今年の8月中旬は、平日にお盆の3ヶ日をはさむ、9日間もの大型連休となってしまった大学。そのおかげで、研究室は閉まり(どさくさにまぎれて、という感じで、研究室の入ったVBLという建物全体が閉鎖されてしまったのだ)、図書館も閉館(去年は、ラウンジコーナーだけは空いていたのに、何故今年はそのサービスが廃止されたかは不明)であるため、避暑地(つまりクーラーがある部屋)をすっかり失ってしまった格好となった。おかげで、行くところがないのだ。こうなるともう出掛けようとも思わなくなってしまう。だが行くところがないからといって、家でウダウダと扇風機が送り出す風の前に横たわって、蒸し暑い部屋の中で終日過ごす訳には行かないのだ。何せ体が鈍ってしまうし、脳まで蕩(とろ)けてしまいそうな危機感を持ってしまうのだ。だから強烈な日差しが降り注がなくなった夕方を狙って、外出するようにしている。自転車でも漕いで、坂道を駆け下りれば、たちまち涼しい風が全身をすり抜け、熱った体をたちまちのうちに涼めてくれる。ところで自転車を漕いで、どこへ行くのか。それは大学内の湖山演習林の近くにある、環セミの畑に行くのだ。それは草抜きや水遣り、そして今真っ赤に熟れたミニトマトを喰らう為である。しかしそこには落とし穴というものがあった。畑は人工林が隣接し、さらに周囲には藪や下草が生い茂った中に畑があるものだから、厄介な自体が発生している。蚊が多いのだ。悪いことに蚊は、成長した枝豆や大豆の「茂み」の中にも多数生息していた。のんびりと草抜きをしようものなら、半袖半ズボン殻露出した肌に容赦なく屯(たむろ)って来る。この蚊の数がまた、半端ないのだ。あっという間に黒い塊のようになって脛や腕の周りを飛び回り、勇気のあるものから肌に止まって、口をぶっ刺すのである。かなり脅威の、そして戦慄なる光景である。しかしここの蚊は、口の針を刺すのが随分と不器用であるようだ。というのは刺された瞬間、まるで蜂にでも刺されたかのようにちくりと痛みを感じるのである。これでは目で見なくても、反射的に手がその箇所を叩(はた)いてしまえる。しかしやはりそれらの中には射すのが上手い輩もいるわけで、そいつらはふと腕や脛を見ると、堂々と赤いご馳走を啜っているのである。その間の痛みを感じないわけだから、その場合は定期的に目で見て蚊が止まっているかを確認しながら叩くしかない。だがこちらは、草を抜いたり水を撒いたりしているのである。常にそうやって蚊を叩けるわけではない。血こそ満足に吸わせることは阻止できただろうが、それでもその監視を掻い潜(くぐ)って、蚊達は容赦なく肌に止まっては口の針を刺して、いわゆる麻酔液を注入してくるのである。それこそまさに、蚊に刺された(射された?)ときの腫れと痒みをもたらすものである。その麻酔液は、どうやら蚊の唾液だということらしい。だから水を撒いている最中の、脛や腕は多数の腫れが生じた箇所の下には、多量の唾液が注入されてしまったわけである。射されたときも痛し痒しだが、苦闘はその後からであった。家に帰って飯を食っていても、風呂に入っていても、その痒みは収まらなかった。そして風呂から上がって、もっとびっくりした。体が温まり、どうやら刺された箇所が充血して赤く染まるらしいのだが、その赤い斑点が多数、脛と腕を埋め尽くしていたのだった。これは見ているだけで痒かった。とにかく痒い、痒い、痒い、痒い、痒痒痒痒痒痒痒痒痒痒痒痒痒痒痒痒痒、痒いのだ。この「痒」という漢字も随分と痒い感じであるが、実際はそれ以上に痒い。掻いても掻いても、ますます痒くなるばかりである。中でも一番痒かったのは、右手の小指で射された箇所だ。こんなところにも蚊が止まって、刺していったのか、という驚きと呆れ共に、何か異常な痒さに苦しまされるのである。何故だろうか。脂肪や筋肉が他の箇所よりも断然少ないから、もろに神経へその痒み(もしくは軽度の痛み)というものが伝わってしまうからであろうか。随分と蚊に刺されたが、しかしその刺された箇所と同じだけ、この日は蚊を叩きまくったように思う。蚊も必死に、食料を求めなければならないのだから、随分気の毒なことをしてしまったなぁと、そしてこの痒みは叩いた蚊達一匹一匹の怨霊なのかもしれないなと思いつつ、横になって就寝しようとした。もちろん、すぐに眠れるはずもなかった。痒い。痒すぎる。汗を掻き続けながら、足も掻き続ける。これはかえって、暑苦しくて寝付けないことよりも、辛いことのように思えた。暑い暑いついでに痒い痒い。まったく、とんだ夕涼みに行ってしまったものである。
※椎名誠さんの『蚊』をご存知でないと、↑の文章の読みにくさの恣意的な狙いが分かりませんね、はい、ゴメンナサイね。