BLOGkayaki2

蚊焼です。日記です。
旅のこぼれ話や没写真の再利用、
ブログ1、3、4に載らない
「その他」がメインのブログ。

書かなくて良かった─

2016年05月23日 | 凡日記


この1年間というものの、
すっかりブログ投稿ペースが
落ち込んでおりました。

それでも書こう書こうと
思ってはいたのです。

記事に添える写真もちゃんと
選りすぐってフォルダに
ストックしておいたのです。
ちゃんと意志は有ったのです、
また、書くネタも持っていたのです。



基本的に、猫の写真が多いです。
前に住んでいた場所は、
野良猫が異常に多かったです。

この写真は去年の5月21日に撮影。
ほぼ、1年前の今頃に撮影したものです。
1年もかかってようやく日の目を見ました。



一方で、1年経ってしまっては、
当時は何のために撮影したのか
よく分からなくなってしまった写真も
沢山あるわけです。

この写真は去年の4月に撮影。
何をしたかったんでしょうか。
映り映えするように、真っ暗な部屋で
フラッシュ焚いて撮ったのは覚えています。
わざわざ何のために…もはや当時の心境は
知るすべもありません。




ほら、こういう写真が、あとで困るんです。

多分、撮影した瞬間は、
やったいい画が撮れたぞと
さぞかし大満足だったに違いないのです。

でもこれが結局何が凄くて何が綺麗で
何を感じとって何を伝えたかったのか。

これは去年7月に撮影したのですが、
もう、わからないです。
分からないのに、今、ブログに載せているのです。



こうやって並べてみると、
大したネタじゃなかったというのが
よく分かるというものです。

この1年間、ブログを書かなくて
良かった…いやいやそんな結論では困る。
今回は意味不明な写真を選んだまででして。

猫の写真、だけじゃなくて、
いろんなところに行った写真、
さまざまな風景や動植物の写真も
ストックしております。

これから空白の時間を取り戻すように
上げていけたらと思います。


お出迎えする準備を─

2016年05月23日 | 凡日記


今日は基本的に
先々週と変わらない休日
送っておりました。

充実した休日は過ごせたのです
が、
これといった成果品は出来ず、
今日の目標として立てていたものは
何一つ達成できず…。

動画や写真を撮影するのが
好きなんですけれども、もっとそれを
外に向けて発信する気概を
持たなくては…
明らかに大学時代に比べて
衰えている…
個人の発信力がせっかく強まった
時代になったというのに…


 


今日は何をしていたのだろうかと
胸に手を当て考えてみれば、
そうだ、ノートパソコンに
Win10をお出迎えする準備を
整えていたところでした。

我がノーパソは6年前に購入した、
東芝製のダイナブック。
(もうすぐ無くなるかもしれないブランド)

6年前と言うからには
入っているOSはWin7。
動作が重い、と言いながらも
それより前のOSに比べれば
ずっと評判がよいものでした。

しかし重いものは重い。

ましてや、6年の歳月で
HDDもすっかり物理的に
動きが鈍くなってしまった。

これはもはやご臨終間近だ、と覚って
殆どのソフトや写真データなどを
新しいパソコンに移してしまいました。

いまでは写真の取り込みと写真編集にしか
使っていないこのノートパソコン、
あとは寿命をまっとうするまで
使いこんでみるかと思っていたところでした。



新しいパソコンはWin8なのですが、
毎日のように10にアップしろと
ポップアップが出てうるさい。
新手のウィルスかよ。

それが最近になって、
「あとで」または「今夜」の
2択を迫られるという脅迫まがいの
ポップアップ。

それでも意固地になって無視していたら、
気が付けば無料期間終了まであと2カ月。
Win10導入に興味はあったのですが、
ウィルス紛いのアナウンスにすっかり
アップデートする気が失せ切っていました。

どうせWin8もあと5年使えるし、
ノートパソコンはあと3年待たずに
寿命を迎えるだろうから、
別にいいや、と思っておりました。

そんな中で、ネットの評判を見てみれば。

「Win7より圧倒的に軽い。」

ほぉ。
そんなもんなのか。
ならば、物は試しという事で
どうせ寿命が尽きるのを待つばかりの
ノートパソコンに導入してみるか、と
思い至ったわけであります。



そして今日はノートパソコン内のデータを
更に移動、削除しまくった結果。

かなり動作が軽くなりました。
導入前から軽くなっちゃったよ。

これで導入したら、更に軽くなるというのだろうか。
期待は増すばかりです。

そんなわけで、今日、この後、
早速ダウンロードします。



…あ、予約制ね、
そしていつ更新が始まるのか分からないのね。
今晩はPCつけっぱにしてみるか。

そして気がつけばもう深夜1時ね。


マニアックな世界遺産に─

2016年05月15日 | 凡日記

今日の「世界遺産」は
シンハラジャ森林保護区(スリランカ)でした。

懐かしく思いながら見ておりました。

いや、何を隠そう、
2年前にスリランカを訪れた際
行ってきました、この世界自然遺産に。


保護区に行くまでの間は
番組に有ったように茶畑やら宝石採掘場やら
周囲に沢山拓かれているのを見ましたし、
森の中では鳥やトカゲを
もう良いよっちゅうくらいに沢山見ました。

シンハラジャは雨が多いとも番組で言っていました。
そうだ、シンハラジャに入る前日の夜は
大雨が降って雷までなって、
どうなる事やら冷や冷やしたのを思い出しました。

現地ガイドを付けないといけないのが少し
煩わしいなと思っていましたが、
そうか、森の中にはヒョウがいたんですね、
それならば仕方が無いと2年の時を経て
納得しました。

ところでその現地のガイドは若い人で、
その人曰く「ここで日本人を見たのは初めてだ」と。
そうか、我ながらマニアックな世界遺産に
来てしまったものだなぁと
密かにほくそ笑んでいました。

そんな誰も行かないような世界遺産が
テレビで紹介され、
それを懐かしむという日本人。
俺くらいしかいないんじゃないの?と
思うにつけ優越感に浸れて良い気になっています。





シンハラジャで撮影したたくさんの
動植物の写真をご覧いただきましょう、と
ブログ3の旅の記事リンクを貼ろうと思ったら、
あれ、まだ作っておりませんでしたな。

それどころかスリランカの世界遺産、
6つ回ったのにまだ1つしか記事を
作っておりませんでした。

あまりにもデータ量が多過ぎて
編集を途中で放棄した
のでしたっけね…。

2年越しに、写真を見なおして
作成することといたしますか。

そして動画も編集して、
日の目を見せたいと思うところです。


凝視すれば─

2016年05月11日 | 凡日記


毎日の事務作業で
体力は日々、
劇的に低下しております。

そんなときは昼休みの時間を使って、
たとい多少の雨が降っていようとも
散歩するのがよいです。


散歩をしていると、
草むらにマフラーか何かが
落ちているのに気が付き、
近づいてみました。

よくよく凝視すれば
猫でした。



猫でした。

久々にいい写真が
撮れたような気がする。

(いい写真の基準は人それぞれだ。)

散歩の副産物です。


2016年で一番手ごわい─

2016年05月09日 | 凡日記


10連休を満喫した人ほど、
今日は死んでいたような気がします。
2016年で一番手ごわい
月曜日であったかと思われます。

それを尻目にカレンダー通りに過ごした自分は
今日だけ勝ち組になった気分です。

金曜日に出勤した時、
前日まで3日休んだのに
もう週末でまた休めるんだから、
サイコーっすねwwwwwwwwwww
なんて会話をしておりましたが、
本当にその通りだと思います。

1日だけ来てまた休む。
10連休の真ん中くらいで
中だるみするよりはるかに
幸せを噛み締められます。

というアドバンテージを得た気分で
朝は余裕綽々だったのですが。
結局、飛び石連休でも、
この月曜日は手ごわかった。


明日また仕事かと思うと
うんざりしちゃうね…

7月まで祝日がないと思うと
更にうんざりしちゃうね…

なぜ山の日を8月にしたんだと思うと
ますますうんざりしちゃうね…


部屋とパソコンデータの散らかり具合は─

2016年05月08日 | 凡日記


ブログが滞っていた半年の間。

異動直後でまだ慣れない仕事に
右往左往したまま年度末に
突入してしまったもので、
ブログ更新どころではなかったのは
もちろんのこと、部屋の片づけや
写真データの整理もままならない
状況でした。

ようやく、本当にようやく、
ゆっくりと部屋を片付けて
パソコン内のデータの整理を
やり遂げることが出来ました。


部屋とパソコンデータの散らかり具合は、
どうも頭の中の混乱と
連動しているように思われます。

ちょっと部屋を片付けると、
頭の中の少しの不安も
取り除かれることに気が付きました。

だから本当は早いとこ、年度末に突入する前に
部屋の中を徹底的に
綺麗にしたかったのですが。
でもまぁ過ぎた事は致し方無い。
今、ようやく、綺麗になったのだから、
よしとしましょう。

おかげ様でいま、頭の中の不安もすっかり
取り除かれたような気がいたします。
※個人の感想です。



…忙しいと言いながら、
ハマっていたゲームだけは
たとい10分でもほぼ毎日
欠かさなかった…

片付ける時間は作ればあったろ!


   


『上海の西、デリーの東』(素樹文生著、新潮文庫)
を、先週から読んでいます。

この本の存在は10年以上前の大学時代から知っていて、
高校時代にハマった『深夜特急』に通ずるものを感じ、
いつか読みたいなぁと思っていました。
大学時代は確か、古本を買って
手元に置いていたんじゃなかったっけ?

ところが、その「いつか」は訪れることなく、
大学卒業を機に手放したきり、
しばらく忘れていた存在でした。


ついこの間、『深夜特急』を
図書館で借りて、読みなおしてみました。
読みなおした感想は多分長くなるから
ここでは書かない事にしまして。

そしてふと思い出したのです、
まだ『上海の西─』を読んでいなかった、
ぜひとも読まねば、と。

仕事が出来るここの図書館は、
その本もちゃんと蔵書されておりまして。
久々に、手にとりました。なかなかに厚い。(450頁。)


まだ読んでいる最中なので、
最終的な感想はまた別の機会に
長ったらしくかこうかなんて思うわけですが。

今のところの感想は、

・『深夜特急』の10年以上後に旅された話なのに
 所々古臭く感じられる。なぜだろう?

・しょっぱなは愚痴と文句ばかりで
 読み手にワクワク感を与えない弊害が出ている。
 (ネタ的に)良い旅をしているのに、もったいない。

・文中にあるように著者が30歳前後の話で、
 20代前半ならもっと違ったとらえ方をしていたかも
 しれないとある。同じくらいの年になった今の自分が
 読むと共感するところもあるから、
 大学時代に読まなくて良かったかもしれない。

・出てくる国々や土地は、自分がこれまで巡ってきた
 場所ばかり。その思い出が、本の中の旅を邪魔する。
 もはや自分は、高校時代の『深夜特急』のように
 未知への羨望を持った読み方が出来なくなってしまった…。

・いま、『「読み」の整理学』(外山滋比古、ちくま文庫)
 を読んでいて、「既知」の読書と「未知」の読書
 というものがあり、己を進化させんとすれば
 未知の読書がよいといっているわけだが、
 もはや自分は旅行記の類にそれを期待することは
 難しいということか…

長くなった上に、最後は関係の無い本の感想まで
書き出してますます長くなりそうなので、
このへんにしときますか。

箇条書きした割には、感想がまとまってないなぁ。
もっとも読んでいる途中ですから。


 


半年の間に、読書だけは絶やすまいと
短くても毎日10分以上は続けていました。

これはゲームをやっている時間と同じ…
ゲーム上のマッチング時間に読書をしていたら、
ゲームにはまるほど読書量が増えたという
思わぬゲームの副産物を得ることができました。
と、まぁこれは余談なのですが。

半年の間に、いくらか本は読みました。
そして本を通していくらか考えることなどが
頭の片隅で渦巻いています。
それらを吐き出したいなぁ、上述の感想のように。

しばらくしたら、ブログ1(読書記録)も
復活させたいですね。
(こっちは3年半も更新してねぇ…!!)


結構いろんなことが出来て─

2016年05月07日 | 凡日記


本日はあまり外に出掛ける気が無かったので、
朝からずっとPCモニター前に坐っておりました。

それだけでも、結構いろんな事が出来てしまうわけです。


①朝は紀行ドキュメンタリー番組を見ておりました。




②昼は陣取りゲームで頭の体操+ストレスの発散。




③夜はじっくり世界遺産動画の編集とナレーション撮り。




うん、間違ったことは書いてないはずです、
ちゃんとその通りに過ごしておりました。

いやぁ実に充実した1日でございました
が、
体は動かさないといけないですね…


成果は何一つ─

2016年05月05日 | 凡日記


半年ぶりにブログを再開して、
これから毎日書いていこうと思った矢先の
三日坊主キタコレ。

とりあえず今日も何か書いておこう。
継続は力、継続しなかったら
また半年ほど放置しかねませんから。


今日はパソコンとにらめっこすること半日。
撮りためた動画や写真を整理し、
そして編集する作業をしていました。
が、
編集作業は半年ぶり故、
なかなか集中できません。持続しません。

結局、披露できるような成果は
何一つ得られない一日でした。
総じて、何の成果も無い3連休でした。


でも心身ともに休めたので、
良かったっちゃぁよかった…のかな、
年度末前後のしにかけた状況から
やっとこさ回復できたように思えます。

明日からまた頑張るさ…。


近場の秘湯─

2016年05月03日 | 凡日記


最大10日間という今年の大型連休。
残念ながらカレンダー通りに
出勤する羽目になりまして。
ましてや年度末前後は忙殺されて
3連休の予定すら立てられず。

そのままずるずると、
3連休に突入してしまいました。

さて、今更どこかへ出掛ける
プランを立てるのも面倒だ。
近場でもちょいとうろうろするか。

手元の地図を見ますれば、
半径5キロ圏内に、
温泉があるではないか。知らなんだ。

車で10分、住宅街のど真ん中をつっきり、
ちょいと脇道にそれること20秒。
あれ?何という大自然(スギ多いけど)。
突如、自然あふれる田舎にやってきた、
というより瞬間移動してしまったかのような
本当に唐突な秘境中の秘境。
そこに温泉があるなんて。
とんだ近場の秘湯ですわ。



どれくらい自然にあふれているかというと、
庭でウサギが草を食んでいるのを見て
思わず噴き出してしまったくらい。

何で住宅地のど真ん中にこんな秘境、秘湯があるのか。
この山の裏には、ショッピングモールがあるんですよ。

しかしよく良く考えてみると、
住宅地及びショッピングモールの方が
田舎のただ中にあるわけで、
元々はこの辺全部がこんな感じで
のんびりとしていたのかなぁと思ったり。


秘湯に、一人でのんびり浸かっておりました。
ご主人曰く、ここの鉱泉は保温性に優れていて、
冬は浸かったあと水で流さずにでると
いつまでも体が温かいそうだ。
逆に夏は熱すぎるから、温度を低く
しているとのこと。
要望によりもっと熱く出来ますよと言われたけれども、
ぬるま湯が好きな自分としては丁度よく浸かれました。



住宅地の中には、
仮設住宅団地があります。

秘湯から出て、すぐのところにあります。

自分が暮らしている場所から、
たった10分で秘湯もあれば、
震災の被害を受けた人々が大勢暮らす場所もある。

湯冷めはせずとも気が覚めるというか、
色々と考えを巡らせた
そんな3連休の初日でした。


「頑張れ」を擁護する

2016年05月02日 | 雑感散文

ブログを半年ほどさぼっている間に、
これといった変化は
自分の身の回りで見ることはなかった。

久し振りにブログを書くのだから、
何か一つや二つ、ネタなり報告なりを
持ち合わせてしかるべき所だろうが、
何も無いのだから仕方も無い。

しかし世間では大きな変化が起こってしまった。
先月、熊本地震が発生した。

この事について思うめぐらすことは
沢山あるのだけれども、
どうもそれを書き付けると
上げ足を取るご苦労様な人たちが
いるらしいから書けない。(と言いつつ下記長文は何なんだ。)


熊本から現状報告したブログが
どうもここのところ燃え広がっている。
配給が行き渡らない中で弁当の写真を
載せただけで燃えるのもやり過ぎな気もするが、
現状を訴えるブログが次々に
標的とされているらしい。

勿論それは有名人のブログに
限った話…ではないのが
最近のトレンドのようだ。

今熊本でボランティアやってます、
というのは「偽善」らしい。
報告の発信は大事だと思うのだが。
「お見舞い及びお悔やみ申し上げます」と
書き付けるのは「偽善」らしい。
確かに紋切り型な文面に何となく
取って付けた感があるのは分かるけれども。
募金しました、なんて書こうものなら
まさに偽善ハンターの格好の餌食と
いうものだろうか。

「今日は上の写真の募金箱に
 ○○円入れてきました!」
なんて迂闊に書けたものではない。
(もっともこのブログを読んでくださる方は
 そんなことないだろうと安心しているのだが、
 閲覧者の大半はボットが占める、ボットが跋扈する時代なのだから、
 粗捜ししようと検索かければすぐ見つかってしまいかねない。)


「何もしない悪よりはマシだろ」という
「偽善」疑惑を晴らすコメントを見かけるが、
多分偽善ハンターの論点はそこではないのだろう。
本当の善は、黙ってやるものだ、と。

黙ってやる事に美学を見出す人が、
ただブログやツイッターやインスタやミーバースで
「頑張れ」というコトバばかり書く人に
大いなる嫌気を抱いていることを想像する。
頑張れと言うだけならだれでもできる、
言っている暇があったら募金なりボランティアでもしろよ、と。
でも、募金やボランティアをやったと言ったら
またわめくのだろう。素晴らしい美学である。


このネット上の美学に、
ここ東北に移ってきた元熊本市民(わずか1年だけど)は、
大いに疑問を呈したい。
特に東日本大震災を経験してしまった方々は、
まったく他人事と思っていない。
まず何かしなくてはと
いても経ってもいられない人たちもいた。

フットワークが軽い人はすぐにボランティアに応募した。
コンビニやスーパーには募金箱が設置され、
千円札が何枚もつっこまれていた。
それだけではなく、なんとか励ましたい、という
気持ちが前に出て「頑張れ」のコメントで
溢れかえった。

しかし地震とは無縁な人には、
「頑張れ」が上の空な響きに聞こえるのだろう。
実際に東北の被災者の中には
「頑張れを聞き飽きた」という人もいる。
テレビでも本でも「頑張れ」を懐疑的にとらえる論調を見たし、
実際にここ東北で、「頑張れと言われてもなぁ」と
こぼす人もいた。もう充分に頑張っているんだから、と。
それでも、他方で災害が起きると、
先の人でも口を衝いて出てくるのは「頑張れ」だった。


5年前には熊本に住んでいて、
東日本大震災をニュースで見聞きし、
東北で力を貸すことが出来ないものかと
考えていた。
それが縁あって東北に異動となり、
でも特にこれといったことが出来ないままに
今度は熊本で震災が起きてしまった。
見方によっては、「強運の持ち主」かもしれない。
一方で自分は何もできていないと
勝手に思い悩んでいる。

ただ、熊本から観た東北と、
東北から観た熊本、
この両方の視点に立つことが出来たのは
さまざまな気付きを得られて良かった。
それが先の、「頑張れ」というコトバに
対する擁護である。


頭ごなしに否定してかかる風潮はやはりおかしい。
発言の真意も、多面的に見た上で
評価を下すべきである。
ああ、そういう見方もあるのね、という
柔軟さも兼ね備えてSNSと接していきたい。

ブログを再開します。