BLOGkayaki2

蚊焼です。日記です。
旅のこぼれ話や没写真の再利用、
ブログ1、3、4に載らない
「その他」がメインのブログ。

月日がたつのは─

2006年10月31日 | 凡日記

 今日もまた、天は頗る快晴と相成りました。今年はやけに晴天率が高すぎる気がします。この反動として、今年の冬はどか雪が降りそうな予感です。
 また、相変わらず寒暖の差が10度以上と、激しい気候下にあります。お昼が20度以上で、夜になると10度くらいって、とんでもないですよ。いつ衣替えをすればいいのか分かりませんよ、もう。

 まぁ、そんなこんなで、10月も終わろうとしているわけでございます。
 図書館横のアメリカモミジバフウも、いい感じに紅葉してきだしましたよ。そろそろ見ごろのピークを迎えるでしょうか、明日くらいには写真でも撮ってアップしておきましょうかね。
 しかし時が経つのは早いもんだねぇ、と感じるようになったなんて年取ったねぇ、などと研究室の仲間たちで、そんな他愛も無い話をわいわいやっておったわけでございますよ。平和な時間が、そこには確かに流れておったわけでございます。

 今日が締切りのレポートを書きましてね、夜7時半に印刷して、提出いたしましたよ。ぎりぎりにならないと、なかなか書く気が起きないものですから、困ったものですよね。
 大体書き出したのが昨日の夜(その前まで、構想や資料集めはしていたのですよ)で、徹夜をすれど明け方には眠ってしまい、朝というにはやや遅い10時ごろに目覚めまして、朝ごはんを生協で購入して食べましたよ。
 研究のことじゃないのに、研究生らしい?生活を過ごしております。

 でもまぁこれからは、ますます名実ともに研究生らしい生活を過ごす羽目になるのでございましょうか。
 明日よりもう11月でございます。あと4ヶ月の研究生活でございます。長いようで短いのであります。
 そしてそれは同時に、あと4ヶ月で卒論発表が、さらに1ヵ月後には卒業があることを示唆しておるのでもあります。

 いやはや本当に、月日がたつのは早いものでございます。
 あ、しまった、また年寄りくさいことを言ってしまいました。いやもう実際に、年寄りなのかも。


【NW9】お助けイモ

2006年10月30日 | テレビ

 10月30日の夜は、「ニュースウォッチ9」(NHK)を見ておりました。久々に見たような気がします。何しろ、平日はゴールデンタイムの時間に家にいることが少なくなりましたから。
 そしてニュースは相変わらず、連日話題に上っている高校単位履修漏れ問題を取り上げておりました。どこを見ても、このニュースばかりですね。
 しかも、某高校の校長先生が自殺を図ってお亡くなりになられたのを見ると、またマスコミのメディアスクラムがやってしまったかな、と思いましたね。
 教育問題は、皆が勝手に言いたい放題議論する割には、なかなか有効な対策が打たれない厄介な問題ですからね。ニュース番組は、もっと根本的で、多角的な取材を行っていただきたいと切に願う次第であります。

 そんな中で3番目のニュースに、非常に興味深いニュースが伝えられました。
 NTTグループの都市開発部門の会社、NTTファシリティーズが、このたび屋上緑化に有効な対策を編み出したとのことでした。
 それはなんと、サツマイモを使った緑化でした。(→屋上サツマイモの記事

 サツマイモは乾燥に強く、そして葉を何層にも重ねて横に広げていく。だから、植え込みの土の量は少なくて済む。
 さらに、サツマイモは日差しが弱まる秋ごろになると、収穫が出来る。空中に浮遊する二酸化炭素が、美味しくいただけるわけでございますね。

 屋上緑化といえば芝の改良だとか土の軽量化など、そういう研究にばかり目がいきがちではありました。しかし、そうかそうか。屋上を、畑にしちまえばいいのか。それでもって、あとは乾燥に強く土の量がそんなにいらない作物を選ぶだけ。
 屋上緑化イコール庭園、のような頭だったから、そういう発想が出来なかったのかな、とも思いましたね。

 ところで、サツマイモに関して、番組は面白いところに取材をしておりましたね。
 埼玉県のサツマイモ資料館。ちょっと関係ないような気もいたしますが。

 しかしながらここの館長さんが、実に面白いことを言っておられたのですね。
 サツマイモは昔から「お助けイモ」と呼ばれるように、人々が「異常」なときに活躍してきたものであった。江戸時代の大飢饉や、戦時中の食糧不足などで重宝された。
 そして、今回サツマイモがまた活躍しているということは、それだけ都会の暑さが異常であることをあらわしているのではないか。そういうことを言っておられたのですよね。
 そうか、都会は異常なのか。


持続可能な─

2006年10月30日 | 凡日記

 今日は昼まで寝てしまいましたよ。土日が忙しかったからですね。
 土日のブログが更新されていなかったのはそのためなのでございますよと、とりあえずは言い訳しておきますね。

 昼まで寝てしまうと、なんだか1日を損したような気がしてしまいますよね。いけませんね。だから明日こそはもっと早く起きねば、と思っても、どうせ実行されないのでしょうね。

 しかしホント、この疲れというものは性質(タチ)が悪いですよ。
 実は今朝の6時前でしたかね、いったん目が覚めたのですよ。胃と腸の調子が悪くて。それでトイレに駆け込んで、やれやれでしたよ。
 頭も偏頭痛でしょうか若干痛みを伴っており、なんだか妙な不安の中を、自我の精神は漂っていたような気がしますね。
 これはまだ疲れている。もう少しだけ寝ているか、と思いまして、正露丸を1錠服用いたしまして、また眠りについたわけでございますね。
 薬が聞いたおかげ、では無いのでしょうが、ついついぐっすりと眠りすぎてしまったのですよね。そして気付けば正午過ぎですよ。参った参った、ですね。

 明日までの3000字レポートが残っております。しかしながら午後7時半現在、全く進んでおらず。
 一応の構想はあるのですが、なかなかやる気というものが沸いてこず、もしくは長続きせず、今に至るといった按配でございます。

 小腹が空いたので生協に行きますと、焼そば唐揚げサンド198円が、40円引きされておりました。非常にラッキーでございました。
 これを購入後、すっかり慣習として身についた、UNESCO募金5円を今日も投函。生協レジの前にある青い箱です。
 そしてその箱の横をふと見ると、東京大学などで構成されるサスティナビリティ学連携研究機構による刊行物『サステナ』の第1号が出ておりました。無料です。いい読み物ですよ、これは。今回もまた、森林のサスティナビリティについて触れられていましたね。

 そしてその雑誌をフムフムと読み進め、持続可能な資源や環境に向けての研究が色々となされているものだなぁと関心(と学生が言うのも変な話ですが)しておりましたよ。
 しかし今、自分が求めているのは、持続可能な「やる気」なのでございます。
 まずは自分の行いのサスティナビリティを気にしなさいってね。


環境サミット「次代」in高砂屋

2006年10月29日 | 【大学時代】学外活動

 本日、以前よりお知らせしていた「環境サミット」が催されました。
 本番に向けての話し合いを始めてから4,5ヶ月くらいでございましょうか。なかなか長い道のりだったかと思います。
 当初の予定よりすっかり変貌した形に結局はなってしまいましたが、まぁしかし終わりよければ全て良しでございます。というわけで、全て良しと、会も滞ることなく無事に催しを終えることが出来ました。

 さてこの会で、どのようなことが行われたかを簡単にご紹介いたしますね。

 まずは会場スタッフとして、午後10時前に(遅刻して)、会場となる鳥取市街地にある「高砂屋」へ前入りしておりました。
 そこで会場設営などを行っておりました。

 そして午後1時半に開場、午後2時より「環境サミット」が開始されました。

 まずは3つの講演が行われました。
 はじめに、環境大学客員教授の中川先生による講演「農業から見る地域社会」が行われました。中川先生は、農業という視点から国の産業や経済、はたまた国づくりについての将来像を提言されておられました。

 次に、「鳥取元気茶屋ラダック」という食堂を市街地で経営されている伊藤さんによる講演「ラダックから見る地域社会」が行われました。
 地域住民の代表ということで呼ばれた方でございますが、この方のお話がこれまた面白いものでございました。まず、今回の会のテーマについての文句から。「持続可能な社会」というテーマを掲げていたのですが、「今の社会は持続しない、という前提に立っているのか?」と、学生の思慮の浅さを突っ込まれてしまいました。うーむ。
 地域社会の「伝統」とか「景観」の保全活動などを行う前に、それがどう大切で、どれだけ価値があるかということを挙げるのも大事だが、その前にそれらが形成された背景にある、人々の努力や苦労をもっと知ることが大事であるというお話もありました。「尽力」と「人力」の中で生まれた美しさ、それらをもっとよく知りなさい、と。
 それに限らずすべてのことに言えるのが、まずは「知る」ということ。持続可能云々の前に、もっと知るべきことがあるはずだと、そしてその中から見つけ出したり創造して行けばよろしいというお話でありました。

 最後に、環境大学OBの方のお話しがあって、第1部の講演が全て終了しました。

 午後4時より第2部のパネルディスカッションが行われました。鳥取市役所の部長と環境大学学生(今回の会の首謀者?であります)と、先の講演を行った2方を交えての討論会です。というよりも雰囲気的に、座談会となっておりますが。

 テーマは、「次の地域社会に何を残すか?」というものでございました。
 その中で印象深かったのが、中川先生のお話でした。
 現実問題として、現在の地域社会が次世代に残しているものは、という問いに、「断絶・孤立した社会」を挙げておられました。それは、個人でも家庭でも地域でも、どの単位でも見られる現象であると指摘されておりました。これはなるほど繋がるなと思いました。しかしそのほかに、いい面で残されるものは無いのだろうか、それだけではないだろうとも思いました。でもそれはそれで残されようとしているのですから、問題ですね。

 4名のパネラーは、年代も違えば立場も違うためか、それぞれ異なる意見をお持ちなのが、これまた印象的でしたね。人によって、次世代に残したいものがこうも異なるものなのでしょうか。もちろん根本的に、そこまで異なるものでもないのではありますが。
 例えばそれが地域のなにかとすると、その文化や伝統であったりとか、それに対する関心とか、コミュニティなど様々なわけであります。
 そしてさらに問題なのが、それらを今度はどうやって残せばよいのか、もしくは残していけるのかという問題です。仮に残せる手立てがあったとしても、あれもこれもと残していくのも至難でございます。
 それでもやはり、今のこの鳥取という地域社会を残したいという気持ちは、皆変わらないわけでございます。伊藤さんがおっしゃるには、やりたい人だけでガッツリ頑張り、やりたくない人は何もやらないというのでは意味が無く、かといって「皆で」といって半ば強制的に全員を引き込んでも意味がないとのことでした。ではどうするか。やれることを、やれる人からぼちぼちやっていけばよろしい、ということでございましょうか。それくらいの心持の方が、案外気楽で、「持続可能」なのかもしれませんね。

 結局会が終わったのが、午後5時ごろでありましたでしょうか。
 その後、スタッフなどは新聞記者さんの対応に追われていた(?)ようでございます。

 会場の片付けをして、後にしたのが午後7時過ぎでした。
 その後「ラダック」で懇親会と打ち上げがあったようですが、前日の疲れのため欠席して帰りました。少し、もったいなかったですね。

 実に刺激にみちあふれた、そして会場がもともとの民家であったために「アットホーム」そのものの温かさで充満された、なんとも不思議な時間を過ごすことが出来て非常によかったのであります。



「毎日新聞」鳥取版10月30日付に、記事が掲載されました。
 →http://www.mainichi-msn.co.jp/chihou/tottori/news/20061030ddlk31040175000c.html

 他にも取材に来られていた朝日記者さん、記事が乗るのをお待ちしておりますよー。
 地元密着の日本海記者さん、次の機会もお待ちしておりますよー。


キャプチャそして変換作業─

2006年10月28日 | 凡日記

 終わらない、キャプチャそして変換作業─。
 もう、ハイビジョンはごめんだ、と心でぼやきつつ、学生人材バンクの編集室にて、作業を行っておりました。朝6時からですよ。

 そして最後の1時間の変換作業。
 後4時間半掛かります。しかしながら、それはもうパソコン任せですから、人間は待つのみ。
 ようやく、作業の終わりが見えてきました─。

 早朝、大学へ。写真は、朝の湖山側。ちょっと、いい風景ですよね。見方によっては。
 朝は清々しくてよいです。
 そういえば、清々しいからといって、大学に行く前に、湖山池のお花畑ゾーンのビオトープを久々に見に行ったんでしたっけ。
 柳が育って、いい感じに緑が生い茂った公園となっていました。
 月日がたつのは早いものです。1年前まで、ここでビオトープ整備のお手伝いをしていましたから。というよりも、お手伝いをしなくなったのに問題ありでしたね、申し訳ないです。

 そうやって清々しい午前を過ごした後、またバンクに戻って作業をしておりました。結局全ての作業を終えたのは夕方ごろでしたっけか。まさかパソコンへの取り込みだけに、ここまで時間をとられるとは。映像データは重すぎて敵いませぬ。


大停電

2006年10月28日 | 鳥大時代/就職活動

 うちの大学はですね、年に1度くらい、大学全体が停電になる日があるのですよ。凄まじいですね。
 冷蔵室など電気が無いと困る研究室は、屋外にでっかい発電機を用意して、電力を賄うことが慣わしとなっているのでございます。だからバイオ実験系の研究室なぞは大変なのでございます。
 研究室がそのような状況でございますから、当然ながら図書館やサークルBOX棟も、停電しておるわけでございますね。

 そしてさらにその凄まじさが増すのは、夜でございますよ。

 この右の写真が、普段の農学部棟の光景ですよ。
 そして夜になるとね、電気がいくらかついているものなんですよ、必ず。特に卒論追い込みのこの時期は。

 でも、上の写真は、真っ暗。なんというか、異次元にいるかのような感覚でしたね。建物だけではなく、外灯もそうなのでございますよ。
 大体が木々に囲まれているキャンパスですからね。本当に真っ暗。もはやいつもの場所にいる感覚がありませんでした。ものすごく怖いし、その反面わくわくしますね。

 まぁたまには、こうやって大停電を体験いたしますと、普段の電気があることでの恩恵を、改めて確認することが出来てよかったのではないかと思いましたね。
 電気自給率の低い鳥取。一次エネルギーに至っては完全に輸入に頼りきりの日本。改めてエネルギーの大切さと、自給率が低いことへの危機感を再認識できる一大イベント─それが、鳥大大停電でございますよ。

 そうそう、念のために申し添えておくと、この停電は、電気点検のためですよ。
 毎年何かトラブルが起こっているわけではありませんからね。


曙の東の空

2006年10月28日 | 凡日記

 朝6時頃でした。
 東の空より、やうやう明るくなりゆく山際を望むことが出来ました。

 しかし寒かったです。ガタガタ震えていました。

 朝日を拝もうではないかと思っていたのに、どうも氷ノ山などの山々が東の地平線一帯を占拠しており、日が顔を出さぬまましばらくすると東の空も明るくなりすぎて、望みどおりの日の出の画は撮れそうにないなと、顔を出す前に敢無く退散しました。

 ちなみに右の写真が、同じ場所のお昼の景色でございます。湖山の墓地なのでございます。

 そしてすっかり冷え切った体を摩りながら、人材バンクへと赴くのでございました。
 ビデオキャプチャの作業、まだまだ続くのでございました。


キャプチャ!

2006年10月27日 | 凡日記

 ぬぉぅ!
 本日よりまた、ビデオキャプチャの作業を開始したのであります!
 しかしながら今回も、そう簡単に済むものではありませんでした!
 ハイビジョン映像のキャプチャ及び規格変換作業に、これほどまでに時間が掛かるとは!
 本日もまた、貫徹臨戦態勢で臨まねばなりませぬ!
 もちろんその覚悟で参ったまででございます!

 本日!
 1階では人材バンクの交流会が開かれておりました!
 そしておいしそうな飯の匂いが2階の編集室まで充満しておりました!
 空腹男2人には至極辛かったのであります!
 腹を満たすために、近くのポプラまで走り、ご飯が超大盛りよりも多すぎるぞくらい盛られた弁当を購入して、食したのであります!

 腹は満たせど、作業は相変わらず進みが遅し!
 1時間のビデオを完全に変換するのに4時間半ほど掛かることが発覚!
 じゃぁ全部で最低13時間半掛かっちまうではないか!

 それでも諦めずに作業に掛かる!
 とは言うものの、一番大変なのは人間ではなくて機械の方である!

 設定をあわせたら、あとはOKボタンを押して4時間半、機械の仕事!
 その間人は、飯を食うなり本を読むなり、寝ればよろし!
 協力者のおさーむさーんは、就寝!
 というか、一見過労死!

 結局次の日まで続く!


つめもの

2006年10月27日 | 凡日記

 5度目の歯医者に行ってきましたよ。
 大穴が開いた歯には、銀歯らしき金属系の詰め物が入れられました。
 これでとりあえずは、歯も安泰でございます。

 しかしホントに、歯は大事にしておきたいものでございます。
 歯を毎日磨くのは当然の事でございますが、歯間の掃除も怠らず、薬用歯磨き粉を2種類使い分ける生活をこなしております。
 ぽっかり穴が空いた歯を見ておりますと、本当に、歯を大事にせねばと痛感いたします。

 自分の歯で、美味しいものを噛み砕きたいではございませんか、ねぇ。

 とかいって、治療後(30分間は何も食うなといわれておりましたので、30分経ってから)早速甘いものを頂いている有様でございます。
 甘い物好きには、いくら歯に宜しくないからとはいえ、それを断つ勇気はなかなか湧いて来ないものでございます。
 その代わり、歯の健康管理に勤めるのでございますよ。



870円、満腹

2006年10月26日 | 食生活

 夕飯はね、どこかでガッツリ食べたいよねぇと言ってね、とある飯屋に行ったのですよ。
 賀露港への道中にある、「青葉」という中華飯店なんですよ。あ、飯店といっても、中国語のホテルではありませんよ、念のため。

 そこで頼んだのがね、焼き飯と天津飯。
 しかも、大盛り。

 するとね、写真ではその迫力が分からないかと思うのですがね、恐ろしいくらいの超大盛りが出てきたのでございますよ。圧巻ですよ、ほんまに。spectacularですよ。
 これにまた唐揚げがついたわけですよ。
 それを3人で食す。

 食い終わったのが1時間後くらいでしたでしょうかね。
 最後は半ば修行のような、苦しみがありましたよ。しかしながら食った食ったという満足感はありましたね。
 これでもう次の日の朝飯はいらないなと思いきや、これだけ大量に食いますと翌日の朝というのは、胃袋が広がったがために異常なまで腹が減る、というのがひとつのjinxのようなものでありましょうか、そういうことになってしまうのがオチでありますよ。

 本日の飯、一人当り870円で満腹、満腹。


考察・ブログ

2006年10月26日 | 雑感散文

 朝8時起床。8時40分には大学へ。主題科目で、社会学の勉強。
 教育問題についての講義。教養や、意欲を削ぐ「受験」のための勉強になっていやしないかというもの。偶然だが、今朝の新聞やテレビも、受験対策のために必修科目漏れの高校が相次いでいるとの報道。
 「ゆとり教育」が色々と議論されているが、どうも賛否論者ともに、その本質的なものを見ていないような気がする。勉強時間、しか興味が無いのだろうか。ゆとりとは、勉強の幅を広げる意味ではないのか。だから、むやみに学習時間を減らすのもよくないし、かといって詰め込み勉強も、「受験に必要な」ものしかやらせないというのも宜しくない。
 尤も授業の中では、そのことよりも勉強意欲、ひいては就職意欲についてをクローズアップしていたが。

 今日の授業は朝一本のみ。これも、朝早く起きられるようにするための、自分に課した「義務」である。どうも、何かしらの外的圧力がかかっていないと、つまり外的な理由が無いと、朝早く起きようとは思えないのである。健康にいいからとか、朝のうちに仕事を済まそうと思っても、必ず寝過ごす。不思議なものである。
 それを終えると、後はフリーである。素晴らしい。これが大学1,2年の頃なら本当に素晴らしいのだが、研究生はそうは行かず、研究室に入りっぱなしなのである。
 午前10時半ごろ、研究室へ。ちょっとネットでメールの確認。その後は解析データとにらめっこ。

 午前11時半ごろ、晴れてきだしたので、今のうちにと思い家へ帰り、洗濯をする。久しぶりの洗濯。一昨日くらいに洗濯しようと思っていたら、生憎の大雨だったので、そのタイミングを逸していたところだった。
 やや曇りだしては来たが、風があるので乾きは悪くなさそうである。
 洗濯物を干し、昼飯を食べたら、また研究室へと「戻った」。戻る方向が、逆になってきたような気がする今日この頃。

     

…と、普通に日記を書いたら、
こんな文章になってしまいましたよ。

何か読みづらい。
そして面白くない。
これではいけない。

だけどそれを否定すると、
ブログ=日記という
公式が崩れてしまいかねないのですよ。

それでは、
ブログとは一体何者なのかね、
という質問がね、
沸き起こってくるのも
必至なわけでございますよ。

ブログ自体、
去年一昨年あたりの
ホリエモンの登場の頃より、
注目されてきたわけで
ございましょう。

しかしながら今や、
SNSに取って代わられた
状況にあるわけではありませんか。

にも拘らず、
ブログ数は刻一刻と増えていっている。
その一方、タグ打ちのホームページは
徐々に衰退気味となっている。

つまり、今のブログは
ホームページの代わり。
ただの日記ではなくなって
しまったわけではございますが、
じゃぁ結局、
ブログとは一体何者なのかね
という質問には答えづらい状況
と相成っておるのでございます。

いや、別にいいではないか、
と思ったりもするのですがね、
なんだか寂しい現象が
起こっているわけですよ。

例えば、
「アフィリエイト」。
「成功報酬型広告」とも
言うのだそうです。
小さい「ィ」は「ェ」では
ございません。

広告の話題をブログ記事に連動させると
収入になるというヤツですが、
最近のブログとかを見ると、
そういうものが
蔓延(はびこ)っちゃって、
どうしようもないです。

広告ばっかりの
ホームページ。
現実社会でも、
町の広告看板やビラなどで
景観問題に発展している
町が多いではありませんか。

テレビを見ても、
新聞や雑誌を読んでも、
必ず目に付く広告。
どこを見渡してみても、
広告に取り囲まれて
生きていることを実感
させられるわけですよ。

椎名誠さんの
『アド・バード』(集英社文庫)
なんかは、
それがもっと過度に発達して、
非常に煩わしい世界を
沢山の皮肉を込めて
描いていらっしゃいますよ。

その点、今使っている
gooブログなんて、
目立った広告が無いから、
非常にありがたい
ことでございますね。

ねっ、そうでしょう。
その代わり、
イベントなどの宣伝を
たまに記事として
書いちゃったりは
していますけれども。
まぁそれはいいでしょ。
完全無報酬で、
よいものだけを
宣伝しているのですから。

そういう意味なら…、
このブログ自体、
日記という役割を
逸脱しておりましたな。


平凡はただじゃねぇってことよ

2006年10月25日 | 雑感散文

 こう、なんていいますかね、データ数値の入力をひたすらやるというのは、敵(かな)いませんね。非常に煩わしいし、もどかしい。でも、やるしかないんです。
 そうですよ、卒論の調査のことでね。頑張っておりますわい。
 ハハハ、今日も愚痴から書き出してしまいましたよ。しかしながらこうやって、何かしら溜まったものを発散してゆかねば、持たないのでございますよ。

 昨日から鳥取は、久々の雨模様となっております。そろそろ洗濯でもしようかと思ったら、こうなっちゃうのですから、面白いものです。
 でも山陰はまだましな方で、太平洋側では、もっと強烈な大雨を観測した模様でございます。天気のメリハリがいいというのも、時には困るものです。山陰は相変わらず、メリハリの悪いどんより暗い曇りでございます。

 先日の、というかもう1ヶ月前になるのですね、地域学演習のレポートも、ぼちぼち取り組んでいかねばなりませぬから、これまた大変なのでございます。
 森林地域学演習の日々の日記について、長らくほったらかしにしておりましたから、レポートを書くついでに書いております。まだ2日目までしか書いていないですがね。→こっち。

 うん、今日はそんなところでしょうかねぇ。
 今日もこれといって、この後の人生に常々思い起こされるような出来事なんて、無いのでございますよ。
 でも、そういう平凡な日々を過ごすことが出来るのが、一番のシアワセなのでしょうよ。シアワセを欲しているはずなのに、いざ手にすると、それに対して感謝せぬわ、有り難味を感じぬわで、全く不謹慎なのが、人間というものでございましょう。

 だからね、平和とか環境とかだって、その恩恵に授かっておきながら、その有り難味を感じずに、破壊していくのが、この世の常として現れてくるものなのではないかと思うのですよね。
 平和と自然はただじゃねぇ、という意識を持ち直さないとね。平和ボケしている場合ではないのよ、リサイクル税導入に怒っている場合じゃないのよ。

 そして、今の幸せもただじゃねぇ、だからもっとありがたく享受せよ、という教訓が、ふと頭の中をよぎったから忘れぬうちに書いておくのですよ。
 もう、忘れること前提であるのが、丸バレでございますねぇ。いけませんねぇ。


改修工事3期目

2006年10月24日 | 鳥大時代/就職活動

 本日の農学部棟の一こま。
 派手に解体中です。第3工期目です。
 ようやく、西棟の改修工事と相成りました。

 どうやら耐震構造上の問題があって、昨年度より続く今回の大規模改修工事となったようでございます。
 校舎が綺麗になることは、非常に喜ばしい限りでございます。
 ただ、研究室が狭くなっただのどうのこうのという話は、よく聞きますね、うーむ。

 おそらく我々15回生は、新しくなった農学部棟を見ることなく、ここを去ってしまうことでございましょう…。
 綺麗な校舎が当然と思うなよー、後輩ー。


研究室は異空間か

2006年10月24日 | 凡日記

 はい、今日もなんだか平凡な日々を過ごしてしまったなぁという愚痴をこぼすくらいなら、明日になるまでの残り5時間、何かすりゃぁいいじゃねぇかって突っ込んでしまいがちなユースイでございますよ。
 今日も卒論のことは進まず。というよりも、殆ど手をつけず。なかなかエンジンが掛からないのはワタクシだけではないようでございますが。

 朝の主題科目の講義後の昼休み。ウチの研究室は農学部のごみ収集・分別の補助担当の役割が回ってきたので、ごみ収集場におりました。1週間に一度、ごみ収集と分別をすることになっているのですよ。しっかり分別して、そして重量計算もするのです。
 その、重量計算した結果が手元にあるんですよ。1週間で、こんなにも大学はゴミを出しているのですね、って溜息をついちゃいますね。うーむ、ゴミ減量に向けた手を打たねば。

 お昼を食べた後、生協から届いたアンケートを、書き込んだ後に生協に提出したら、生協500円券を頂きましたよ。よしよし、貴重な収入源でございます。たぶん食費に消えます。

 そしてまた研究室に戻って、ダラダラとレポートなり卒論…は殆どやっていないか、でも兎に角そうやって時間を過ごしていたら、おや、いつの間にやら日は落ちて、雨が土砂降りってか。こりゃ参ったね、外のそういう変化に全然気付きませんでしたもの。

 研究室にいたら、こうやって季節や時を忘れてしまうものですよね。
 そしてふと気がつけば、それらが刻々と進んでいっていることに驚かされるわけでございます。

 一つの小話がありましてね。
 先の大戦で、日本がロシアやアメリカと戦争をしていたなんてつゆも知らずに過ごしていた大学教授さんがいたようでございますね。それで敗戦になってはじめて、戦争をやっていたことを知ったとか。
 研究室というのは、一種の異空間・異次元世界なのでございましょうか。これが研究室のあるべき理想の姿なのでございましょうか。
 とはいえ研究室はどうあるべきかを知りません。研究室の理想の姿というのは人によりまちまちでございましょうし、かといって自分にとって理想の研究室なぞ想像だに出来ないのでございますよ。

 とりあえず今の現状に満足している研究室にて、やることがたくさんあるのに関わらずなかなか手をつけないでのんびりと、しかしながら夜になってようやく焦りつつ(夜にならないと焦らないのよね)、仕事をこなすのみ。
 ほらね、そんな風に「こなすのみ」でいるから、世の中の出来事から置いていかれるんじゃないんですか。外はもう、とっくに雨がやんでおりますよ。


暑い霜降

2006年10月23日 | 凡日記

 今日は「霜降」。
 ということを、お隣の先生から教わりました。
 霜降り和牛のことではありませんよ。
 霜が降るほど寒い日が始まる、という意味でございますよ。

 しかしねぇ。
 日本は、北海道から沖縄まで、亜寒帯から亜熱帯まで気候の変化に富んだ、国土なのですよ。そして時間だって、本当は2時間くらい時差があるはずなのですよ。

 それでも無理やり、日本は暦も時差も統一しているのでございますよ。都合がいいのは兵庫県だけですよ。いや兵庫でも、瀬戸内側と日本海側でかなり違うでしょうよ。

 つまり何をいいたいかと申しますとね、今日は「霜降」にしては暑いじゃねぇか、ということでございますよ。
 外に出れば、ぽかぽか陽気を越えて、むしろ何か蒸し暑さを感じました。

 これは一体どうしたことでございましょうか。これも異常気象のせいでございましょうか。
 しかしながら北海道では、霜が降ったどころか、初冠雪となったようでございますね。
 だから、暦というものは、当てにならないものでございますよ。もしくは、東京あたりでは正確になるように作られているのでございましょうかね。

 しかしながら夜は寒い。
 鳥取は依然として、昼夜の寒暖の差が10度ある、恐るべき状況にあります。


 暑い霜降となった今日、ワタクシは卒論にレポートに、励むつもりではありましたが、如何せんひとたび気が抜けると、そのままズルズルといってしまうものでございます。
 だから今日は何をしたかというと、何もしなかったに等しいような気がして、参った参ったという状況でございます。

 参った、とか言いながら、これだけ日記を書いちゃって。いやむしろ、色々あって忙しい日ほど、どうやら私は、日記を書かない(書けないんだよ)という傾向にあるようでございます。
 ということは、日記の文章が長いほど、「あぁ、今日はこの人は、暇だったんだな」ということに…そう思われるのは、何とか避けねばなりませんな。

 明日は沢山仕事をやって、たくさん日記でも書くかな。