BLOGkayaki2

蚊焼です。日記です。
旅のこぼれ話や没写真の再利用、
ブログ1、3、4に載らない
「その他」がメインのブログ。

答えの一つが猫─

2010年02月24日 | 凡日記


暑い、暑い。
今日は大変暑い日でした。

外で暫く作業をしていたら
汗が滲み出るほど。

春を通り越して
夏が来てしまったような、
それくらいの気候でした。


   


先日、また本を図書館で
バカバカっと借りまくりました。

村上春樹訳の『空飛び猫』
『帰ってきた空飛び猫』(講談社)と、
『ビッグ・ファット・キャットの
 世界一簡単な英語の本』(幻冬舎)を
借りてきました。

他にも頭の凝る新書などを
借りているものですからね。
たまにはこういった猫本で癒される
というのも大事なことでございますよ。


『猫語の教科書』(ポール・ギャリコ著、筑摩書店)
を読んだのは先々週でしたか。

その前も内田百『贋作吾輩は猫である』
(筑摩書店)や、ブルーバックスで
『猫のなるほど不思議学』(講談社)
「ブログ1」に読感記事あり)を
読みました。只管猫のことばかり。


よくよく考えてみれば、これらは
文学だったり科学本だったり
果ては英語の本だったりと、
ジャンルはてんでバラバラなわけですが。
猫を介して、様々な分野を
学べるっていうモンです。

猫が、世の中のあらゆるものを
繋ぎ止めてくれる役割をになっている。

そういえば、ミヒャエル・エンデの
「鏡の中の鏡─迷宮─」(岩波書店)の
一篇で、世の中で細分化されて
粉々になりそうなものを繋ぐ何かを
捜し求める一団が登場したけれども。
その答えの一つが猫だろうか。

話が急に飛んで申し訳ない。


何処となく拙速で─

2010年02月23日 | 凡日記


おそらくは気のせいなんだろうと
思うのですけれども。

昨日と比べて、
太陽の入射角が
急に変わったような。

日の入りも、昨日と比べて
大分遅くなったような
気さえ致します。

そして日差しは直に当たると
痛いくらい強い。

唐突に春となった感じです。
まぁ時期的にそろそろ
春の気候になっても
おかしくは無いのですが。
ただぱっと変わったような感じが
何処となく拙速で、
身体がついてゆけない
といった塩梅なのです。


   


花粉症です。

これから森林関係の
仕事に就くってのに、
何とも情け無い限りです。


減らない算段─

2010年02月23日 | 凡日記


まだまだ、
大学時代の荷物を整理中。

要らないものをガンガン仕分けして
捨てる作業をしております。

しかしながら依然として
その作業は捗らず。
この間仕分けたばかりのものを
更に絞ろうというのですから、
そりゃぁ難儀でございます。


写真は、高校時代に集めた
シーナ本80冊です。
これだけあると、圧巻です。
実は1冊以外は皆古本なのですがね。

しかしシーナ氏といえば
自他共に認める「粗製乱造」作家。
今年も新刊の文庫が出まくっております。

将来、100冊を越えること
間違いナシでございます。
だから荷物がいつまでたっても
減らない算段であります。


盆栽の梅が─

2010年02月21日 | 凡日記


ぬっかねぇ。

「温(ぬく)い」の
長崎弁なのですがね。

今日はぬっかけん、
うちの盆栽の梅が
花を開かせましたよ。

写真はいつものように
「虫眼鏡ズーム」を
駆使して撮りました。
この技については
「ブログ4」をご覧下さいませ


   


今日もちゃんと、
選挙に行きましたよ。
長崎県知事選。

二十歳になって以来、
一度たりとも選挙権を
放棄したことがありませぬ。

ただ、なにか
周りはあまり選挙ムードでは
無いといいましょうかね。
これといって盛り上がりに
欠けるような気も致しました。

長崎市内なんかじゃ
喧々囂々、声が飛び交い
大いに盛り上がっては
いたのでありましょうが。
うちらが住む辺境では
その声もあまり届かず。

それは辺境の地で
閉じこもっているからだと
反論されると困るのですがね。

まぁ兎に角今回は、
具体策も見えず方針もあやふやなまま
政党対決ばかりで色めき立った
ばかりの選挙といった感じでした。

具体策の云々と言やぁ
「ナンバワーンナンバワーン」と
叫ぶ中卒のおじいさんも
そうなんだけれどもさ。


キャッチすることに─

2010年02月20日 | 凡日記


写真は、2年以上も
前のものなのですがね。
大阪で勤めていた頃の。

テレビはパソコンのワンセグで
視聴しておりました。


初めて録画したのは3年前の
「世界・ふしぎ発見!」でしたね。
鮮明に覚えております。
4年間使ってきたパソコン画面に、
テレビ番組が映し出される
というこの喜び。画期的でした。

ところが去年より実家に戻りましたらば。
デジタル電波が地形的問題で届かず
(それどころかケータイの電波も怪しい)。

おかげでこの1年間は、
NHKは辛うじて移るものの
民放は全く映らないという
憂き目に遭いました。

とはいいつつ、実家には
右上に「アナログ」と表示される
ブラウン管テレビがありますから。
民放の番組自体は観る事が
出来ていました。


それが、今日!
ついに民放の電波を
キャッチすることに成功しました!

成功記念に、早速録画したのが
「世界・ふしぎ発見!」だったのです。

とまぁ他人から見ればどうでもいい
話題ではございますけれども、
本人としては至極大事なことなのであります。
運命的なものすら感じます。


さぁ、明日は早速、
「THE世界遺産」を撮らなくては!

その他にも…他には、無いなぁ。

実は民放の電波が入らなくとも、
世界遺産以外は全くもって
困ることは無いのでありました。


しかも4月には実家を離れるというのに。
酷い話の顛末だ。


反動のためか─

2010年02月19日 | 凡日記


一昨日でしたか、
新書を2冊一気に読んだのは。
その反動のためか、
昨日と今日は
ちっとも読書が捗りません。

無理をすると後日響きますね。
いや、己の怠慢の問題や。


 


そのうちの1冊の感想を
「ブログ1」に書きました
インターネットの動向と
将来に関する話です。

けれどもイマイチ、考えが
まとめ切れて無い駄文に
なってしまいました。
第一ネガティブすぎる。
寛容さを欠いているとも捉えられるかも。

考えが纏まりそうになったら、
また書き直そうかなと思います。
とりあえず今の頭の混乱加減を
表明するというのも手かなと。
そんな勝手な解釈で掲載しております。

ちょいと叱咤を頂戴することに
なるやもしれませんが、
そこはまぁどうかご容赦を。


「がい」が害となって─

2010年02月18日 | 凡日記


今日の「西日本新聞」のコラムに、
佐賀県知事の発言に関する
事が載っていました。

知事は、「障がい者」の表記を
「障碍者」とすべきとの事。
成る程、と思いました。
その手があったか、と。



「害」という字は「わざわい」の
意味が有るからいけない、
だから「障がい者」と
表記する気持ちは分かります。

しかしながら、
「がい」と平仮名で表記すると、
却ってその部分が目立ってしまう。
目立つとますます意識が向いてしまう。
さすればますます、
「がい」が害となって意識されて
甚だ困る、と思っていました。

第一、「障害」という熟語の
一文字ばかりを取り上げて、
この字はよく無いと攻撃するのは
如何なものかと考えておりました。



知事の提案する「障碍者」は、
以前はそう表記された事もあり、
「碍」には「わざわい」の意味が
無いから相応しいということでした。

なによりも、「漢字文化の観点から
好ましくない」というのが
大きな理由だったようです。

最近は難解な地名を
平気で平仮名に改める傾向も
どうかと思っていたところですからね。

そういえばポスターの名前も
苗字か名前のどちらかを
平仮名で表記するというのも、
間の抜けていてイヤですね。
何のポスターかは察してね。

まぁ兎に角、成る程と。
知事の新提案にいたく感心した
次第でありました。


もう貪欲に─

2010年02月17日 | 凡日記


成る程、「快読」か。

サクサク読書が進むコツを書いた
新書を、サクサク読みました。

この新書を含めて、
2冊の新書を2時間で
一気に読むことが出来ました。


段々と読書のコツを
掴める様になって来ました。

読書のコツとか技術とか、
そんなモンは人による。だから
それを書いた本なんか読む暇があったら
他の本を次々と読んでいった方がいい。
そんな風に以前は思っていました。

しかしながら、いくら努力したところで
自力や独学で上達するというのは
限界があるというか、効率が悪いことに
今更気がつきました。

だからもう貪欲に、人の技術の
指南書を読んで、気が合えば
お試しで使ってみるのも
いいんじゃないか、と柔軟な考えを
持ち合わせるに至りました。


それで、本日は人生で初めて
本を2冊読了することに
成功したわけであります。

その代わり頭がパンパンです。
脳をもっと鍛えなくては。


ちょいと気紛れで─

2010年02月16日 | 凡日記


なんだか今日は目まぐるしく
天候が変わる日でした。

鳥取だったら日常茶飯事なんだけどなぁ。


   

今日はちょいと気紛れで、
クスノキの巨木を撮りました。

来週くらいには
「ブログ1」で動画を、
「ブログ4」で写真を上げます。
その折に、もう少し詳しく
解説をしたく思います。

まぁ兎に角、たまには
巨木でも見て、心をまったりと
させたほうが健康に宜しいです。


巨樹クスノキ

2010年02月16日 | 自適休暇



諫早市街地のすぐそばに、
小さな山があります。
中世にお城があったので
「城山」と呼ばれています。

その頂上に、
県下最大のクスノキが
屹立しております。

樹高は29.5メートル。
幹周りは11.6メートル。

そして樹齢は、600年とも
800年ともいわれております。

2世紀も開きがあるではないかと
仰るなかれ、
樹齢の特定は難儀なのですから。

尚、この巨木を含めた
「諫早城山暖地性樹叢」は
国指定天然記念物です。
スダジイなど常緑樹の
原始的自然がよく残っているのが
指定理由なのだそうです。

「ブログ1」では1分動画を公開しています。

「ブログ4」では写真を公開しています。




逆効果ではなかろうか─

2010年02月15日 | 凡日記


最近、ネガティブキャンペーンが
目に余るような気がするのですが、
気のせいでしょうか。

日本には馴染まないキャンペーンは、
控えた方がいい、でないと逆効果では
なかろうかと思うのですがね。



今、真っ盛りの県知事選で
そういったネガディブ合戦の
ビラを見るにつけうんざりするのです。
で、あなた方の具体策は
何なのと言いたくてむず痒い。

それだけではなくて。
ガス会社はオール電化をムダと謳い、
電気会社はガス暖房を危険と謳う。

そういったビラが、
メーター計測表と一緒に
ポストに投函されるというのは
あまり気持ちのいい事ではありません。



だけれども不思議なことに。

諫早湾干拓事業については
誰も思い切った事を言わないのね。
口裏合わせをしたかのように、
干拓については誰もお互いの意見に
詰(なじ)ったりはしない。

安全かつムダを減らすために、
電気とガスを上手に使い分けることも
誰も言ってくれないのね。
ひいては、ガスも電気も減らして
太陽光やバイオマスで賄おうという
動きについては、黙殺だもんね。



ちょいと、今日は辛口だったかも
しれません。けれどもしかし
今日ポストに投函されてきた
選挙と商業の下品なビラに憤り、
どうしても書かずにはおれませんでした。

ネガティブキャンペーンの
ネガティブキャンペーンではないかと
揶揄する声も聞こえてきそうですが。
本末転倒でした、
気を悪くなされたらすみませんね。

「ブログ4」で目の保養でもしてください。


 


補足、ってわけでもないのですが。

諫早湾干拓事業の件で、
この状況について県外の方は
意味が分からない点もあろうかと思います。

何故賛成、または反対と言えないのか。

まぁそこは長崎人の悪い所でも
あるのですがね。
色々有るんです、ってだけ言っておきます。


【WH】五輪で記憶しておきたい事

2010年02月14日 | テレビ

 スポーツの話にばかり偏っていては
いけませんよ。
 五輪とはそもそも平和の祭典。
 もっと、本来の開催意義というものを
考えることを忘れないようにしなければ。

 カナダの多文化主義に倣う。そのためには、
「他」文化のことを知る必要があります。
 我々はカナダの歴史や文化及び自然に対して、
いったいどれだけのことを知っているでしょうか。

 カナダの首都はどこか。
 カナダの国技は何か。
 イギリスから独立し終えたのは何年か。
 日加修交が合意されたのは何年か。

 まぁ、詳しい年数まで覚える必要は無いですが。
 色々と調べるうちに、その古さ及び新しさに
驚いたので、ここに紹介したまでです。


 * * *


 五輪開幕までの予習として、カナダの文化や
歴史についてを特集する番組を期待したいです。

 というのも、テレビは何処もそういった
番組を作ってないではないか、と思ったからです。
 あって、カナダの五輪会場はどうなっているかとか
雪が不足しているとかそんな話ばかり。
 後はもう、スポーツに限った話ばかり。しかも
日本人選手の調子など、自国のことばかり。

 これではちょっと、視野が狭いのでは
なかろうかと思うのです。
 せっかくカナダの大自然の中で優雅に行われる
スポーツも、自国の選手の点数にばかり
目が行ってしまうというのは寂しいばかりです。

 五輪が終わって、記憶に残ったのは
獲得した金メダルの数。それは味気なさ過ぎます。
 勿論、選手の素晴らしい演技や技も記憶に
残っているぞという人も出てくることでしょう。
 それに加えて、新しく幾つかの国旗を覚えたとか、
カナダの都市や観光名所の名前を覚えたとか、
そういう記憶もあるといいなと思うのです。


 * * *


 やっと、テレビでカナダの大自然について
取り上げてくれた番組がありました。
 今日の「THE世界遺産」(TBS)は1984年登録の
「カナディアンロッキー山脈自然公園群」でした。

 というわけで今回は番組の内容に触れず、
いつもと違った角度で話をしてみました。


想像し難い世界の話に─

2010年02月14日 | 凡日記


今日までに、大学時代のノートや
書類とかの整理を終えました。

本当はもっと大胆に
量を減らしたかったのですがね。
どうしても、思うようには
いきませんでした。

まぁ、致し方ないです、
思い入れの強いものばかりだから。


   


「THE世界遺産」を観ました。
その間、パソコンのワンセグで
「日曜フォーラム」を録っていたので、
それも見ました。

フォーラムの方は、
中東シルクロード地域での
文化の共存や寛容の精神は
実現できるだろうか?と
いうものでした。

今はまだ、頭の中で
自分の意見が整理し切れていないです。
それくらい難しいというか、
ある意味想像し難い世界の話に
困惑している所なのです。
ううむ。



【ふしぎ】香格里拉の奇祭

2010年02月13日 | テレビ

雲南省は世界遺産が多く存在する地域だ。
麗江に三江併流、そして石林(中国南部カルスト)。

(尚、余計な補足をすると、一番世界遺産が
 多い省は四川省。九塞溝とか。
 一番世界遺産が密集しているのは
 北京市とその郊外。天壇など。)

しかしそれでも尚、世界遺産に登録されていない
美しい自然や多様な文化芸能がここには多く残されている。

特に、「シャングリラ」には驚かされた。
香格里拉(シャングリラ)は2002年に改名した地名という。
ここはイギリスの小説に登場する「シャングリラ」の記述を
髣髴とさせるものが多く、ここがモデルではないか
とさえ言われている(チベットやネパール等の説もある)。

奇観、奇祭、そして驚かされるのは
「小ポタラ宮」とも言われる松賛林寺の建物。
実に立派で、風格のある建物だ。

見過ごされている自然遺産や
文化遺産、無形遺産がまだまだ沢山ある。
今日もまたそれを痛感するのだった。


 * * *


 というわけで今日の「世界・ふしぎ発見!」(TBS)は、
中国の雲南省でした。
 公演「シャングリ・ラ」に合わせた特集でした。

 しかしこの公演の主催者の言葉は、
中国の多様な文化を考える上で欠かせない
示唆に富んだものでした。

 芸能は、楽しむためにある、と。

 つらく厳しい農耕社会の中で、
憂さを晴らすような楽しい歌や舞が
催されるようになった。それが芸能となったわけです。

 芸能はその後、神々に対する畏敬の念を込めたり
雨乞いをしたり、呪術や卜術の意味を込めるなど、
様々な要素も混じっていったのでしょう。

 また、仏教もそれを接収して人々に楽しく
経典を教えるという役割もあったことでしょう。
 これこそ、松賛林寺で催された奇祭「チャム」が
その形をとっています。

 楽しむための芸能は、土地や民俗風習宗教によって
様々な意味合いを持つようになったわけです。
 それは同時に、文化の集大成となったわけです。

 だから一つの芸能が失われると、
一つの文化が消えることにつながるといいます。
 今やそれを受け継ぐ人が2,3人という
芸能もあるといいます。


 翻って日本ではどうだろう、と考えてしまいます。

 いろんな所で後継者不足であるという話を聞きます。
 しかし芸能以前に、「過疎化」や「限界集落」などの
言葉が先行しているような気さえします。

 まずは農林業からとか、医療やインフラだといった
対策が議題に上がる傾向にあるのではないかと
見受けられます。
 勿論それらも大事なのは至極千万、されど
芸能文化の話も取り上げたい所です。


 * * *


ところでこの奇祭「チャム」で、気付いたことがあります。

仏教寺院で、祭を行うのですね。
日本だったら神社でやるものでしょう。

しかしよく考えてみると日本も明治の神仏分離令以前は、
神社と寺院の区別なんてなかったわけでしょう。
ならばこの祭は、古の日本の寺院の姿に
重なる所もありやと思惟するのですがどうでしょう。

また、芸能とは日本だと神々に奉納するものです。
しかしこの祭では、神々が民衆に楽しませる
という形をとっていますね。
このところが、中国と日本の、神々と人間の
関係の相違点といいますか、
神々に対する意識の違いというものが
あるように思えるのです。

学術的にはよく存じませんが、
しかし素人考えでそれを面白く思うのです。