夏の癒しか
はたまた迷惑者か。
夜、
また新たに
日中の喧騒を
演出する奴が、
一匹、
地上に現れました。
朝日が周辺を
照らしだす頃にはもう、
ジイジイと
啼いているんでしょうな。
7年間土の中で
ひっそりと生活して、
地上に這い出て空を舞い
自由に音を奏でるのは
わずかに7日間。
この儚き生命を
日本人は古より
哀れ憂い、
そして畏敬の念を持って、
あたかも先人の
生き方を見るように、
人生というものを
教えてくれる存在と
捉えられてきたわけでしょう。
それが現代においても、
蝉の命に人生が映り、
あぁ人生80年の中で
輝けるのは最後の
2ヵ月半ほどのものなのかは、
と考える事もしばしば
あったりなかったり。
華やかさのウラには
その350倍もの
苦労や下積みを
重ねなくてはならんのかと
考えることもしばしば
あったりなかったり。
あんまし、ないか。
セミの命の儚さって、
何を示唆するものかは。
今年初めて聞いたセミの声は
もう2週間ほど前のこと、
だからそいつはもうこの世には
いないんだろうな。