はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

齢92歳

2014-12-29 18:11:08 | はがき随筆
 遅めの買い物で店に飛び込み、レジに並んでいると、何げに耳に入ったご高齢の男性と若い店員のやり取り。数分間のことだった。互いに顔なじみのようで「風邪には気をつけて。早く寝るのよ」「寒いから、そうする」と心温まる親子の会話にも似た光景。92歳のお年で買い物、調理をされるお一人様だとか。
「青春真っ盛り!」と明るくジョークを飛ばし、粋な帽子にジャンパーを身にまとい、弱い足元をかばいつつカートを押されるお姿に感動した。元気で長生きは誰しもの願い。果たして自分は、どうなのか自信がない。来年も、お元気でと祈った。
  鹿屋市 中鶴裕子 2014/12/22 毎日新聞鹿児島版掲載

冬のバラの魔法

2014-12-29 18:00:10 | はがき随筆
 寒い朝、ベランダに一輪だけ咲いたピンクのバラ。小さくて、可愛くて、清らかで温かい。思わず「ありがとう、咲いてくれたんだねえ」と声を掛けた。
 こんな冷たい冬の朝なのに、誰よりも早起きして待っていてくれたバラ。2月末に亡くなった夫が生きていたら、このうれしさをすぐに報告できるのにと思う。一緒に喜んでくれたのに。ため息をつく私を、じっと見つめるバラ。見つめ返す私……。ベランダにしゃがみこんだ。
 「母ちゃん、朝ごはん、朝ごはん」。17歳の娘の大きな声で我に返った。冬のバラの魔法は、もったいなくも解けた。
  鹿児島市 萩原裕子 2014/12/21 毎日新聞鹿児島版掲載

地引き網

2014-12-28 23:46:01 | はがき随筆
 今は1軒もない。昔は軒を連ねていた。沖ノ浜という砂嘴の上の松林の中に掘っ立ての網小屋が数多く点在していた。漁期になると地引き網を積んで多くの網元の網舟が潮目を目指して競って網を仕掛けた。沖合の伝馬の旗で引き子に合図して引き方を右、左に加減した。回遊魚が豊富だったので、網元は中央の袋網に一攫千金の夢を託した。引き子を多く必要としたので、小学校の子供たちも家計を少しなりと助けた。
 いつしか豊潤だった海と砂浜が消え、今は波消しブロックで見る影もない。沖ノ浜の網小屋も歴史の中にかき消えた。
  いちき串木野市 新川宣史 2014/12/11 毎日新聞鹿児島版掲載

うぬぼれか

2014-12-28 19:33:59 | はがき随筆
 直木賞作家、古川薫さんの著「松下村塾と吉田松陰」を山口の旅館に頼む。新幹線の如く1日も要せず手元に届く。送料、手数料が本代と同額になった。書店では日数は要するが本代だけで済む。お金と日数だけで計算すると、どちらが得したのか。勝敗はつけがたいが、1日も早く本に出会えて読書出来たことは事実で、味わいも増した。
「放哉句集」を鳥取の新聞社に頼む。送料150円で本代は無料であった。得した感もするが前著と同じく価値がある。繰り返し読み続けていくことになる。2冊は鹿児島での持ち主は少ないと思うのはうぬぼれか。
  鹿児島市 岩田昭治 2014/12/10 毎日新聞鹿児島版掲載

笑顔が見たい

2014-12-28 19:23:27 | はがき随筆
 10歳にもならない子が「もう死にたい、死ぬ」と口走るのを初めて聞いた時、私は固まってしまった。どういう意味なのか、どう対応していいのか、見当もつかなかった。その後、幾度がそういう言葉を聞くうちに思い当たるようになった。多分、この子たちは「もう死にたい」と口走る母親の声を聞いて育ってきたのだろうと。
 「死んだらね、大好きなママに会えなくなるよ。おいしいケーキも食べられなくなるよ。死ぬとか、死ねとか言ってはいけない言葉なのよ。またママと一緒に暮らせる日まで頑張ろう。ママも頑張っているよ」
  出水市 清水昌子 2014/12/9 毎日新聞鹿児島版掲載

引き継ぐ思い

2014-12-28 19:16:38 | はがき随筆
 線香の香りが漂う朝。母は長い時間、何かをいっぱい話しかけながら仏壇に手を合わせる。しばらくすると花立てを持ち外に出る。雪が降る冷たい朝も、雨が降るうっとうしい朝も、汗が噴き出る真夏の朝も、決まって外の流しで時間をかけて丁寧に仏壇の花を取り換える。一緒に過ごした34年間、私が当たり前のように見てきたそんな母の姿。一本一本に心を込めてご先祖さまを敬い、家族の幸せを祈りながら枯れた葉を落とし、きれいに洗って水切りをする。今、母の思いがひしひしと私に伝わってくる。亡き母の日課は今、私の日課になった。
  垂水市 宮下庚 2014/12/8 毎日新聞鹿児島版掲載

ぼくの昭和史2

2014-12-28 19:05:24 | はがき随筆
 赤松、楢、櫟など生い茂る一角にぼくの家はあり、民家は雑木林に点在する。あの大戦をそんな静けさの中で体験した。父は出征しており、母と妹の3人。空襲警報の度に松林へ逃げ込む。防空壕は無く、ただ身を寄せ合って解除を待つのだが、立川と調布の飛行場が爆撃され、夜空を染める炎は恐怖には違いないが、探照灯の光芒が交錯する中、焼夷弾が光の尾を引いて落下し、光を放つ光景は美しくさえ見えた。物心ついた時、戦争は日常で、怖いもの恐ろしいものとして、妹を背負った母に手を引かれ松の根方に身を寄せるしかなかった。
  志布志市 若宮庸成 2014/12/7 毎日新聞鹿児島版掲載

元気で長生きを

2014-12-28 18:58:28 | はがき随筆
 母が89歳になった。幸い体に悪い所はなく、庭の草取りをしたり、1人でバスに乗ってデパートにも行く。
 しかし友が1人、また1人と亡くなり、長電話をする相手もめっきり減った。仲良し数人で時々食事に出かけておしゃべりを楽しんでいたが、足腰が痛くて、出て来られない人が増え、先日はついに2人だけの食事会だったそうだ。最愛の父も5年前に亡くなり、このごろ「つまらない」と言う。
 元気で長生きすることは娘としてもうれしい。人からはうらやましがられるが、当人には意外とつらいことであるらしい。
  鹿児島市 種子田真理 2014/12/6 毎日新聞鹿児島版掲載

ツバキの絵

2014-12-28 07:12:57 | はがき随筆
 ツバキの絵が、出水の文化祭会場で私の足を止めた。開き始めた6輪のツバキの花と一つのつぼみを瓶に生けた絵である。
 画面の巧みな構成と色調が醸し出す、深い雰囲気が私の心をつかんだ。絵はツバキの静寂さと重厚さに満ち、そのうえ小気味よくて、生き生きしている。
 不届きな私は、絵の制作者Fさんに「気に入った。絵が欲しい」と相談してみた。叱られるかと思ったが「いいよ」と、一言で承諾してもらった。ツバキの絵は彼女そのものだった。
 絵をもらったのは北風が吹いている寒い日だった。しかし私の胸はずっと温かかった。
  出水市 小村忍 2014/12/5 毎日新聞鹿児島版掲載

紫尾の里さんぽ

2014-12-28 07:02:20 | はがき随筆
 深まる秋。生まれ育った里をぐるりと散歩してみた。村でただ一軒のお店では、おばあさんが笑顔で店番をしていた。道路の落ち葉を踏みしめながら、歩いていくとそこは天空集落。ここから眺める棚田の景色は郷愁をぐっと感じる。村の川の源流に水天神、ちょっと下ると田の神さあ。そして鎮守の森からは「ちゃんばら」に夢中だったあの日のワレコッポの声がよみがえってきた。この風情ある村も限界集落の一途をたどっている。ふるさと創生とはほど遠いが、ここには歴史がある。もう一度あの日の「ふるさと」に戻って見たいと願う僕がいた。
  さつま町 小向井一成 2014/12/4 毎日新聞鹿児島版掲載

ひげそり2

2014-12-28 06:55:54 | はがき随筆
 高校三年生の長男は、私の電気カミソリを共用している。アフターシェープローションも使う念の入れようだ。大学進学を希望しているのでセンター試験が近づき、親子とも緊張が高まっている。また、大学は県外を志望、合格したら別居生活が始まることになる。
 職場の上司に「卒業後、鹿児島に帰って来るか分からない。今を大切にした方がいいよ」と言われてから、長男との会話を心がけてきた。最近、長男も家族と離れて生活する現実を感じ始めたのか、私の声掛けに素直に応えている気がする。さあ、目標に向けてスクラムだ。
  垂水市 川畑千歳 2014/12/3 毎日新聞鹿児島版掲載

相撲見物

2014-12-28 06:48:48 | はがき随筆
 福岡に行き、大相撲九州場所を観戦した。
 一人一人違った化粧まわしを着けた力士がずらりと土俵に上がる幕内土俵入りは圧巻。
 3横綱の気迫こもった土俵入りは「すごい」の一言。取組前の儀式に国技の重みを感じる。
 2階席に座し、遠藤、勢と次から次にあらん限りの大声を張り上げて応援する。
 家でのテレビ観戦は「生の声援が送れない」と足を運んだのだから、もう必死。恥ずかしくも何ともない。
 右隣席の夫はなぜか身を小さくし、左隣はいつの間にか空席になっていた。
  鹿児島市 馬渡浩子 2014/12/2 毎日新聞鹿児島版掲載

花々

2014-12-27 21:21:21 | はがき随筆
 「あっ、赤だ」
 ここの信号機の赤は、少し長い。車を止め、左側の家に目をやると、石垣から赤いバラが顔を出している。このバラは、一年中、次々ときれいな赤い花を咲かせ、道行く人たちの心を和ませてくれた。
 11月。久しぶりに長島の友人宅を訪ねた時、道路沿いにずっとツワブキが植えられ、黄色いきれいな花を咲かせていた。それはまるで、ずっとずっと続く花の道のじゅうたんのようで、心が和んだ。
 それぞれの場所で、それぞれに咲く美しい花々。強くてたくましい。
  出水市 山岡淳子  2014/12/20 毎日新聞鹿児島版掲載

ムカゴ

2014-12-27 21:14:16 | はがき随筆
 ムカゴ取りに友が誘ってくれた。不要になった傘を持ってくるように言う。友の車で山道に入ると、両道脇の立木に絡んだツルが黄色になっていた。葉腋に茶褐色の粒が付いていた。形も大きさもさまざま、木の側に立ち、枝を揺するとぽろぽろあられのように粒が落ちてきた。友が傘を広げ、逆さにもって枝の下でムカゴを受けた。なるほど傘の使い方を知った。収穫したムカゴ。大きいものはフライパンでしょうゆ味でいりあげた。1粒口に入れた。なんとも野趣豊かな味に感動。残りはムカゴ飯。ほくほくしたうまさ。山の味を頂いた。
 出水市 年神貞子 2014/12/19 毎日新聞鹿児島版掲載

何かあったか!

2014-12-27 21:04:52 | はがき随筆
 初冬のその日、私は夫を見舞えなかった。毎月同じ日に加治木の病院へ通ったが、風邪で寝込んでいた。風邪が治り、その日から3日目に病院へ行った。
 夫と話すうち、うっかり、血痰が出たと言った時の夫の「驚きと心配」。血痰は咳で喉を痛めたせいで「大丈夫よ」と、夫の不安を拭った。
 夫の死後、遺品の手帳に「陽子、来なかった。明日は来るだろう」「陽子、今日も来なかった。何かあったか?」と書いてあった。肺結核の夫は、必要以外、病院に来ないよう言っていたが、待っていた夫の気持ちが切なく胸に迫った。
  鹿児島市 内山陽子 2014/12/18 毎日新聞鹿児島版掲載