団塊世代は苦言を呈してきたか

2008-10-05 14:29:44 | 塾あれこれ
今の日本が崩壊している原因に団塊世代の責任も
ひとつあるのではないかと疑っています。
もちろんただの感想で、証拠はないのですが。

過去から伝わる文化を途切れさせたのではないか?

学生時代、紅衛兵ばりに旧来の価値を否定した感覚
が残っていて、古いものを継承すべきという心性を
持っていないのではないかなあ。

自分達は幼いころに教育されているので、向上心や
努力などの日本文化のよさを身につけているのだが
後の世代にそれらを伝える努力ができませんね。

そうしておいて(ないものねだり)をします。
例の「今の若いものは・・」


伝えるためには苦言を呈する必要もあります。

何を伝えるべきか意識をはっきりとすることと
嫌われる覚悟をすることが大切です。

嫌われることはつらいことです。
でもね、苦言を呈さなくてもどうせ嫌われてます。
私達だって若い頃意味もなく年寄を嫌いました・・

無自覚に生きてきましたねえ。

十年以上前、勤めていた塾をやめ、送別会を開いて
いただきました。

酒が回るほどに
「イノさんがいなくなると誰も言わなくなるな」

バカヤロと思いました。
嫌われ役を押し付けていたのは誰だ!
まあ口うるさいのは性格だからそう言われても
反論はできなかったのですけれども。


鼻の穴の黒い、ひげもきれいに剃らない、一言で
いえば見るからに汚い若手落語家がいました、
三十年前の話です。

今はTVにもしばしばお出になってご立派になら
れたらしいのですが、小器用な人物でした。
ただ(噺家)にはなれないでしょう。

先代正蔵の弟子でしたので彼が一門会で落語を
披露する場にめぐり合わせました。

「たがや」
(ご存じない方はネットで調べてね)

下げのところで
「首をポーンとはね、あがった、あがった~
 たーが や~」
こうやって高座を降りました。

下げの印象的な噺ですよね。

一門会ですから最後は先代正蔵です。
「あれはいけませんね」と苦言を呈した。

「稽古をしに来ないでレコードで覚えるから
 ああなる。
 首がぽーんと上がるのを目で追って
 たがや、と声をかけて終わるのだ。
 あがった、あがった、はいけません。」

ひゅるひゅると上がる花火に「あがった」と
声をあげるのは江戸っ子らしくありません。

録音ですと目で追うだけでは分りませんから
やむを得ず「上がった」と言います。
それを知らないで手抜きの勉強をするので
形だけの落語になってしまうのですね。

師匠とソリがあわなかったのでしょう。

先代正蔵=彦六と晩年ケンカ状態にあった
円生一門に走っちゃった。
戦国時代で言うなら「寝返った」という
(武士の風上にも置けねえ)ことです。

鼻黒君は意趣返しをしたつもりでしょうが
あれが弟子かと言われずに済んで気が楽に
なられたでしょうね。天国で。


鼻の穴が汚くて客の前に出られるという神経は
衣装が不潔な舞妓みたいで、ありえねー
・・はずなのですがね。

師匠が勉強をしろと言った苦言も彼には
届いていなかったのでしょう。

まあ、苦言というものはおよそそういう運命に
あります。
無視とセットですね。

ただ、それでも言わねばなりません。

そこで手をぬくから官民あげてのブザマな日本に
なってしまうのです。
苦いことをいうものがいなくなれば、ガタガタと
崩れるスピードが速まるのは事実のようですね。 


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