国立競技場

2014-05-24 14:56:51 | 塾あれこれ
半世紀前、父がまだ元気なころです。

東京に単身赴任していたことがあります。

池袋のあたりに部屋を借り、東北からの出稼者と
同様の生活だったようです。

父は旧制中学を卒業後、数年だけ東京住まいをした
経験があったと聞いています。

戦後シベリアから帰国、何をやってもことごとく
失敗していた父に、以前勤めていた会社から助け舟、
小さな会社ながら東京に支店を出そうとして
父に仕事を与えてくれたわけです。

父も東京でもう一度なんて思ったのでしょうか。

基本的に病弱であり、かつ生活能力がない人間だけに
母は反対したようですが、父としては最後の賭けに
等しい思いがあったのでしょう。

結果、何とか出張所は出来上がったようですが
数年たたないうちに父がダウンしました。

まあ、飲んだくれ荒れた生活だったようですから
案の定といえばそうなのですがね。

それ以後、亡くなるまでの何年か、以前にも増した
ひどい状況で、母もほぼ離婚状態になりました。

離婚より前に亡くなったのは父の幸福かな。


葬式をしたり仏壇を用意したり、その後の母は
驚くことばかりの連続でした。

「ええ!離婚する気じゃった相手に・・・?」

どこか良いところがあったようには思えないのです。


その父の単身赴任時代、東京オリンピックがありました。

庶民はTVでみるだけだったのですが、五輪開催の前に
競技場を一般公開していました。

たぶんそれと引っかけてでしょう、中学生だった子供の
夏休みに東京へ呼んでくれました。

初めての大都会は驚きの連続でしたね。

銭湯で弟とおしゃべりをしていたら、湯船のおっさんが
広島弁を馬鹿にした目で見ていましたね。

江戸っ子は根拠なく威張る。


ハトバスが五輪施設ツアーというのをやっていました。

父は仕事に行き子供だけでバスに。

さすがに国立競技場には圧倒されました。

あとは馬場の柔らかな土が印象に残っています。


もっと覚えていてよいはずなのに半世紀は長いようです。

あの夏東京は大渇水でした。
そんなことは思い出すのに、


最新の画像もっと見る

コメントを投稿