1894年の8月25日、北里柴三郎がペスト菌を発見した。18歳で熊本医学校に入学した北里は、東京医学校(のちの東京大学医学部)時代に予防医学の重要性を確信し、ドイツに留学。当時、病原微生物学研究の第一人者であったロベルト・コッホに師事して研究に励んだという。
ペストは14~17世紀の中世ヨーロッパで二度の大流行が発生、数千万人が命を落としたとされている。発症すると、わきの下や足の付け根のリンパ腺がひどく腫れ、そのうち全身の皮膚に黒い斑点ができて数日のうち亡くなることも多かった。当時は原因も治療法もわからず、黒死病(BLack Death)と恐れられ、魔女狩りなど迫害の引き金にもなったという。
3回目のペスト大流行は1894年に香港で起こったが、このとき、北里がペスト菌の発見に成功したことで予防や消毒が行われ、死者数を抑えることができた。
その後、抗生物質などによる治療法が開発されて感染症による死者は激減した。一方で、現在も新たな感染症の登場や、過去に流行した感染症の再登場が問題となっている。
□南雲つぐみ(医学ライター)「ペスト菌の発見 ~歳々元気~」(「日本海新聞」 2017年8月26日)を引用
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ペストは14~17世紀の中世ヨーロッパで二度の大流行が発生、数千万人が命を落としたとされている。発症すると、わきの下や足の付け根のリンパ腺がひどく腫れ、そのうち全身の皮膚に黒い斑点ができて数日のうち亡くなることも多かった。当時は原因も治療法もわからず、黒死病(BLack Death)と恐れられ、魔女狩りなど迫害の引き金にもなったという。
3回目のペスト大流行は1894年に香港で起こったが、このとき、北里がペスト菌の発見に成功したことで予防や消毒が行われ、死者数を抑えることができた。
その後、抗生物質などによる治療法が開発されて感染症による死者は激減した。一方で、現在も新たな感染症の登場や、過去に流行した感染症の再登場が問題となっている。
□南雲つぐみ(医学ライター)「ペスト菌の発見 ~歳々元気~」(「日本海新聞」 2017年8月26日)を引用
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