ほなさんの汗かき日記

かくれ肥満の解消に50歳を超えてはじめた健康徒歩ゴルフ。登場する個人名、会社名、内容はフィクションである。

初遠征(8 tomomi丼さん登場) 

2007年02月28日 | 日記
あっ、しまった!!
ほなさんは心で叫んだ。でももう遅すぎる。
ほなさんのドライバーの「カーン」という打音は、
他人にはわからないが、「あかーん」と聞こえる。
そうなのだ、まさしくこの音がするときは、あか~
んのだ。よいときは、乾いた金属音がするのだった。

打たれた球は、右の斜面、林の方にまっしぐらつっ
こんでいった。いわゆる、ひっかけだ。行ってはい
けないといわれると、必ず行ってしまう癖がある。
未だに第二反抗期が終わらない。

「初OBじゃ。テーラーさんのお決まりのOBを
代わりにやりましたので、みなさんお気楽に」とい
いつつ、ほなさんは頭をかいた。
NARASETUさんはオーバースゥイングながら、右の方
でもフェアウエイよりへ。テーラー毎度さんは、左
のOBゾーンの手前へボールを運ぶ。

tomomi丼さんは、
「私は女の子だから、レディースティから打たして」
と女の子(こ)を強調し懇願するが、テーラーさんは、
「(男子と同じ)白ティーから打て」
の一点ばり。やさしいNARASETUさんでさえ、
「白から打っても、オレはかなわんしなぁ」
と言う。
よほどこの女子は飛ばし屋なのだろう。白ティから打
つ女性をほなさんは知らなかったから、ここはだまっ
て見物することに決め込んだ。
するとテーラーさんが
「まぁ最初だけ白から打ってみぃな」
と、その場をとりなしたので、tomomi丼さんも納得。

tomomi丼さんは、2、3度、ビュンビュンと音をたてて
振り、準備万端。やがてアドレスから、振り下ろした
ドライバーは大きなスゥイングで弧を描く。遠心力い
っぱい、最大限のところでボールに当たった。
「キーン、んnnnn」
余韻をのこして、ボールはまっすぐ上っていった。ほ
なさんはあまりのすごさに、高く上っていくボールを
見失なってしまった。テーラーさんも、
「あれどこへいったんかいな」

ほなさんは、
「カッコイイ!惚れるわ、そのスゥイング」
と思わず感嘆の声をあげると、
「惚れてもいいわよ、カモーン」
とtomomi丼さん。tomomi丼さんは気風の良い、いなせ
な男前でありました。

いやはや男どもが白ティにこだわったのが分かりま
す。白ティよりかなり前にある赤ティ(レディース)
なら、絶対、じぇーったい、かないませんて。よーく
わかりました。
テーラーさんが、
「今日からおまえは、tomomi戦車に改名じゃ~」。
戦車のごとく力強い球を打つからなんでしょうね。
女の子には可愛そうですが、ドライバーで打たれた球
を見たら、納得してしまいますわ。

このホール、NARASETUさんが期待の2オンに成功。だ
が残念にも3パットの5。テーラーさんも5。ドライ
バーで一番飛んだtomomi丼さんは、パットがうまくい
かず6となりました。

え?
ほなさん、あんたはどうだったかって?
よく聞いてくださった。OBかと思われたティーショ
ットは、斜面を跳ね返り、なぜか?フェアウエイ
のセンターに落ちてきてたんですよ。

こんなのハジメテ、、、。(できればかわいい女の子
風に言って欲しいですな。)
「いやぁ、こりゃツイテルぞ。こんなこともあるもん
だ。」と気分よく第二打を打つと、グリーン手前。
3オンし、無難に2パットで収め、大正解の5であり
ました。
今日はなんかついてるぞ、そんな予感。
ホントかしら?

初遠征(7 スタート)

2007年02月28日 | 日記
500円なりの朝食を済ませ、準備万端で車のところへ
いくと、フロントガラスが凍りついていた。徳島でも
凍るが、ガラス全体が凍るような根性はない。ここの
方が寒いんだな、やっぱし。

NARASETUさんが迎えにきてくださるので、暖機運転をし
ながら待つ。緊張してるのか、またトイレ。今朝はこれ
で二回目だから、これで在庫一掃だ、と思っても、頭と
下(シモ)のゆるいほなさんは、油断できないのだ。食
べたそばから、飲んだとたんにモヨオス。こんなの私だ
けかと思ったら、そうでもなく、親子ほど違う二十歳の
女子社員でもそうなんだと。ふたりで話して、お互い勇
気付けられ、大いに盛り上がったことがことがある。
「パンツ下ろせば、いつだってできる、あっはっは」が
われわれの合言葉だ。(今じゃセクハラ?)

8時すこしまえ、NARASETUさんがやってきた。
「後ろ、着いてきて」と誘導してくれる。カーナビの指示
とまるで反対の方角へ、NARASETUさんのブルーバードは走
る。県道は朝のラッシュの時間帯だ。どこも混んでいた。
やがてのどかな田舎の風景が多くなり、1時間15分後に
高富GCへ到着した。

こじんまりした、清潔感のあるクラブハウスだ。駐車場
から入った受付が、2階か3階になっている構造で、階
段を降りたら、レストランがあった。NARASETUさんが朝
のコーヒーを誘ってくれたが、またもよおしてもいけな
いので、遠慮した。なにせ今日はゴルフができる、勝負
、勝負の日なのだ。

階段の下から、外へ出る。2,3台のカートが並び、その
向こう側に練習グリーンがあった。パターの練習など、
まったくやったことがない。いやそれでもゴルフをしはじ
めた頃は、練習機を買ってきて少しやっていた。やらんと
いかんのよね、今頃言っても遅いけど。
だから練習グリーンで少し練習する。あまりたくさんやる
と、かえって不安になるから、まっすぐ転がるかどうか、
それだけ確認した。ボールがまっすぐ転がること、ほな
さんレベルならこれで十分。距離感は、日ごろから練習
しないと養えない。

テーラー毎度さんが、スポーツドリンクを持参して到着。
tomomi丼さんもやってきた。「丼」とか「戦車」とかの
ハンドルネームで呼ばれていたから、そういう風貌を描
いていたが、普通の体型のひとで、よく笑い、人あしら
いがうまい感じだ。

スタートホールは、「WEST」と告げられた。
クラブハウスからの道を降りてすぐ、1番ホールのティ
グランドだった。1番ホールは355ヤード(パー4)。
以前は、口火を切るテーラー毎度さんが、決まったように
OBからスタートしてくれるので、みんな助かっていたん
だけどと、NARASETUさんは緊張が解けるような解説をして
くれた。

この場面、みたことがあるぞ、とほなさんは思った。ライ
オンウッズの去年のコンペを撮った、スライドショーで見
たんだ。あのときは「こんなひとたちがゴルフをしている」
とパソコンを眺めていたのに、今日はそこで自分がゴルフ
をしている。なんて不思議なことなんだろうと思った。

いよいよだ。
朝の一発目は、だれもが緊張する。くじの棒を引いたらオ
ナーは、ほなさんになった。
打ち下ろしのホールで、まっすぐ下のほうにグリーンが見
える。今日は右側のグリーンを使うという。
先の組がグリーンへの寄せを試みていた。
NARASETUさんは、このコースの特徴とボールの落とし所を
ことこまかく指示してくれた。
右側は山の斜面。竹林になっている。左側はOBだ。

前は空いた。
いよいよだ。
この日のために使う新品ボールをティーにのせ、やおら
アドレスをとる。親父ギャクの応酬を楽しんでいた周り
が、シーンとなった。張り詰めた空気の中を、ほなさん
はドライバーを振りおろした。
カーン!

初遠征(6 ホテルにて)

2007年02月26日 | 日記
ほなさんは夜、眠れませんでした。ウトウトっとした
ら目が覚め、時計を見ると3時でした。それでも3時
間くらい眠れたので安心し、ゴルフ雑誌を眺めること
にしました。

家にいたって3時に目覚め、それから朝まで起き、陽
が登る頃、1時間ぐっすり眠り、遅刻寸前で飛び起き
ることもあります。だから起きている時、朝食がわり
の食事を済ませたり、顔を洗っておいたりしておくと
目覚めてすぐに出勤できます。こんな学生時代のよう
な自由きままの生活では、家族からは煙たがられてま
すが。

睡眠は十分でなくとも、眠たくなれば寝ると、その場
まかせ考え方になり、こころの焦りは無くなりました。
眠られない夜は誰でも嫌です。12時前に寝床につき
朝目覚めることが理想ですが、これがなかなかうまく
できません。いわゆる睡眠障害という奴なんでしょう。

禁煙してから一時期、特にひどくなりました。タバコ
のニコチンによる覚醒やその逆の作用がなくなり、体
のコントロールが効かなくなったのが原因です。体の
管理を、ニコチンにさせてきたツケが一挙に出たので
した。

こうした体の反乱を、最初は驚き心配しましたが、そ
こは根っからのノンキものの性格が幸いし、眠たくな
いなら起きていればいいや、と思うことにしました。
寝なければいけない、と想えば思うほど、絶対に眠れ
ない、ということはよくわかっていましたからね。

そんなこんなで、ホテルの部屋で、雑誌を一から読ん
でいますと、いつの間にか、眠り、目覚まし時計の音
に起こされました。外をみると、晴れ、快晴の模様で
す。さあ、今日はやるぞ!!!

初遠征(番外:「なぞのGサークル」)

2007年02月25日 | 日記
Gサークルとは、
会員登録制の全国各地のゴルフサークルのようです。
全体の半分強が、50歳から60歳までの男性会員で
構成され、コンペメンバーの募集から、懇親会の募集
まで、活発に活動しています。ホントに驚きました。

この年代がネットの利点を駆使し、アメーバーのよう
に地域会をどんどん増殖させ、ゴルフというスポーツ
を楽しんでいるのです。同じ年代としてびっくりです。

梅さまらは、このGサークルのひとつ「D」(許可を
もらっていないので頭文字だけですが)という東海地
区を拠点とする会のメンバーでした。そしてこの会だ
けでも100名以上の会員を要していることに、さら
に驚かされました。

「元気のない日本」と思っていたら、とんでもない、
お門違いです。ほなさんが知らないだけでした。
そこにはお金持ちのゴルファーから、ほなさんのよう
な貧乏ゴルファーまで、自分の身の丈にあったサーク
ルを選んで参加できる仕組みがありました。

そしていろんな掲示板には、ほなさんのような初心者
ゴルファーの新規サークル立ち上げの呼びかけや、コ
ンペのお誘い、ゴルフ規則の問い合わせなど、多岐に
わたり、わいわい、がやがやとやっているのです。

初遠征(5)

2007年02月24日 | 日記
ホテルから連絡すると、NARASETUさんが迎えにきてくれた。
小さなロビーに現れた第一印象は、やさしそうなサラリーマ
ンだ。ネットでは知り合いといいながら、どんな方がこられ
るか、話は合うのか、とても心配だった。そんな危惧は一目
でなくなった。一応、名刺を出そうとしたら、
「オフ会だから、そういうのなしに」と教えてくれた。

「みんな電車でくるから、迎えに行きましょう」と、連れら
れ、駅の改札口いく。キタックさん、梅さま、テーラー毎度
さんと続々到着。そのたびにNARASETUさんが、ハンドルネー
ムを言い、紹介してくれた。ほなさんは覚えるだけでいっぱ
い、いっぱいだ。

梅さまのときは「この方はライオンウッズじゃなくて、ジー
サークルの方なんですが、、、」と言われた。
ほなさんの頭の中は「ジー?サークル???」。
「爺さんのサークル」というのがあるのか、そしたら「バー
サークル」ってのもあるのか? でもちょっと変だぞ。
梅さまって人は、まだジーさんには早過ぎるみたいに見える
がなぁ。人というのはわからんもんだ。

やがて居酒屋の場所も決まり、遅れてくる「のんちゃん」を
除いた男どもで、ほなさんの歓迎会がスタート。
不思議に思っていた、梅さまのジーサークルをよく聞いていた
ら、ジーはジーでも「ゴルフのG」サークルであることがわか
り、やっと合点がいった。

ほなさんのゴルフ暦なんかも、簡単に自己紹介した。ゴルフは
したいが、まだ友達が少ないこと。ゴルフ場の本コースがわか
らないので、最初は、テレビゲーム「みんごる4」で勉強した
こと。でも、グリーンはTVゲームとまったく違うかったこと。
など話は尽きなかった。あまり呑めない酒も、おいしかった。
同好の士、しかも優しい雰囲気に満ちていたからだった。

この場に集まってくれた方々は、以下のとおり、、。
(敬称は省く。ほなさんの一方的な解説ですので、実際とは
異なるかもしれません。)

NARASETUさん---写真と同じ、温厚そうなやさしい印象。
      自虐ネタを得意とする、完璧なコーディネ
      ーターで、会の主催者。
      もちギャグは 「そんなヤツはおらんだろう」
      メタボリックシンドロームを称して「チョイ
      悪(わる)おやじ」を自認。

テーラー毎度さん--ほなさんと同じ歳らしい。写真より
     ずっと若い。バリバリの姫路弁で口は悪いが
     人はいたって良さそう。突っ込みタイプでNAR
     ASETUさんと張り合う。奥さんとゴルフを楽し
     み、梅さまらと北海道ゴルフツアーに毎年行く。

キタックさん---風貌は役者「大杉 漣」。酒の場が好きで
      ゴルフコンペより、飲み会の出席率がよい。
      黙ってみなの話を聞いているようにみえたが
      実はテーラーさんと飲み比べをしているとい
      う勝負魂をもつ。

梅さま---ライオンウッズ(110王の会)にはうますぎて
     参加できない腕を持つ。参加者の中でゴルフが
     一番うまいから「さま」で呼ばれる。「さま」
     は称号だ。

のんちゃん---この日参加の唯一の女性。ショートカットの
     髪同様、さばさばした性格のようだ。
     アマチュアゴルファーの神様「中部 銀次郎」の
     信奉者。みなに「中部銀次郎」を読みなさいと説
     く。この日は彼の残した「平均の法則」を解説。

夜6時からはじまった宴会は、10時まで続けられた。
気付いたらもうそんな時間だった。オフ会は面白いなぁと
思った。明日は高富ゴルフクラブで、これまたはじめての
「tomomi丼」さんが参加してくる。面白いなぁ。

初遠征(4)

2007年02月23日 | 日記
木曽川沿いに走る車の中は、仕事モードはどこかへ
消し飛び観光モード一色だ。最後のカーブを右に曲がり
観光バスの停まる駐車場へ入るなり、管理人がやってき
た。
「あと5分で天守閣の受付が閉まる。走っていけば間に
合うから」すぐに行けという。
それで三人は走った。

侍たちが出てきそうな石の段を駆け上り、息せき切って
天守閣に通じる門へ飛び込んだ。500円の入場料を
払い、靴をぬいで、1階部分に入る。そこには、おごそ
かとは違う、異質の空気が流れていた。

犬山城は現存する天守閣で最古のものといわれ、驚くこ
とに3年前まで個人が所有する国宝であったそうな。
1537年織田家によって築城された。徳川幕府へと続
く、動乱の戦国時代が織田信長を中心に回っていたこと
を想えば、この地域は日本歴史の中心だったことがわか
る。

急角度の階段をのぼりつめると、日本ライン木曽川の上
流に沈もうとする太陽がみえた。天守閣の外側に50cm
ほど突き出た観覧部分があり、外側の景色をぐるっと一
周できるようになっている。観光客はお殿様になった気
分で、天守閣から見える景色楽しんでいる。

だが、ほなさんは高所恐怖症だ。最上階の部屋の中央部
分の手すりにつかまりながら、そっと外の景色を盗みみ
る。周りの観光客は、天守閣からの360度のすばらし
い眺めに圧倒され、ほなさんの不信な行動にもきずかな
いでいてくれる。
最上階はかすかに揺れていた。恐怖症にはそれが何倍に
も感じられる。よくわかるのだ。ほなさんは静かに階下
へ降りた。腰が半分抜けおり、このまま降りられなくな
ったら困ると思ったのだ。

階下には天守閣の模型が展示してあったが、天守閣は木
を組んで作ってあるようで、風や人々に影響されギシギ
シと音を立て揺れている。戦のおり城主は、鎧兜を
きて、威風堂々とこんな風に居たよと展示もあった。
ほなさんにはとてもできない芸当だ。

芭蕉は「月日は、、、行き交うときもまた旅人なり」と
奥の細道に書いた。長久手の合戦では、秀吉はこの犬山
城に陣取り、12万の兵士を引き連れ、家康と戦った。
時間の流れを生きる人々を、歴史に翻ろうされた人々も、
すべて見てきた犬山城には、これが事実だという説得力
があった。
木曽川はそのそばを、とうとうと、そしてやさしく流れ
ていた。時は違っても、同じ流れだといっているようだ。

仲間ふたりを駅におくる。城下町風情の町並みがつづき
間もなく、名鉄犬山駅についた。ふたりは喜びの声を残
し犬山を去っていった。名古屋まで30分弱らしい。

NARASETUさんのとってくれたホテルへ向かう。
さあいよいよ、見知らぬ人たちとの出会いだ。

初遠征(3)

2007年02月21日 | 日記
岐阜羽島から約1時間、ナビを頼りの道中だ。ナビも更新して
ないから購入時の古いバージョンのまま。去年、夜の大阪で
のこと。
和歌山方面の高速入り口を探して、高速道路の橋げたの下を
30分ぐらいウロウロした。ナビの指示を守ると行く道、行く
道がすべて一方通行の出口ばかりなのだ。
「ナビのバカヤロー、どこへいっきょんだ。」
あまりにおかしいので、この地域の一方通行がすべて逆転した
ことに気付いた。

高速はそこに見えている、だが乗れない。そこからは諦め、
知った高速入り口まで走り、やっと乗れた。ほなさんのナビ
は旧バージョンだから、信じることはできない。機械のいう
ことなんて、信じられるものか。
アナウンスに「さんびゃくメートルさきを ひだり、、」
「まもなくひだり、、」
といわれ曲がった先は、無情な進入禁止の看板。
何度目かに、ほなさんの怒りは爆発。
アナウンスの声に向かって叫んだ。
「ヤカマシイ、進入禁止の看板が見えないのか!」

大阪から同行してきた二人に、NARASETUさんお勧めの犬山
まで一緒に行って、そこから名古屋へ出ませんかと誘った。
ほなさんの友人は、「今日中に帰れたらいいよ」「旅行気
分でいいじゃん」とのってきた。
犬山への道は意外と混んでいた。運転するほなさんの隣に
パラにはまった男性、後部座席に伊豆の女性がのっている。
春の気候にどちらもうたた寝をしている。気持ち良さそう
だ。ラジオが、今日の気候は4月上旬だといった。

やがて目を覚ましたパラの男は、後部座席にむかって
「○○さん、大きなイビキかいてたぞ」
といった。運転手のほなさんには、音なんて聞こえなかっ
たから、オヤ?と思っていると、女の方も心えたもので
「イビキなんかしてません。あれはネ・イ・キ・というの
よ。」と子供に教える口調でたしなめた。
お互い会話のジャブを楽しんでいる。時間がゆったりと
車中を流れていた。

はるか右手前方に、山の上の城が夕日に輝いてみえてきた。
しばらくすると、日本ライン木曽川にかかる橋を渡る。橋の
向こう側はもう緑の小山、城山が、木曽川の流れに沿って
続いている。

一同歓声
「わぁー、犬山城だ」

初遠征(2)

2007年02月18日 | 日記
岐阜のメーカーに3名(3軒)できたのには理由があった。ひとりで
時間をかけて展示物をみると、つい仕入れ過ぎ、買いすぎになるから
だ。メーカーの営業マン(ウーマン)を交互に相手して、3人で一人
前買えばよい、との作戦なのだ。敵もさるもの、こちらの貧相な仕入
れぶりに、さっさと呆れ、諦めてくれればよいものを、若い新人社員
は、キチンと全部のフロアを回り、先のシーズン物まで紹介してくれ
た。

ほなさんひとりだと一時間で済む予定で来たが、仕事もしはじめると
欲が出て、結局4時間半かかった。途中、NARASETUさんから「ホテルに
着いたら連絡ください」とメールを頂戴した。
NARASETUさんは、今晩を「ほなさん歓迎会」、明日はゴルフと企画を
してくれていて、しかも、ほなさんがホテルに早く到着したらと、国
宝の犬山城の散策が良いと、びっちりスケジュールを立ててくれてい
た。

ゲストのほなさんは、まだ返事すら出していなかったので、さぞやNA
RASETUさんは心配されていることだろう。合間をみて返事を出すと、
すぐさまメールが届いた。
この方は、なっ!なんだ!!!
なんともはやメールのタイピングが速いのだ。右手は女学生?かと
想像する。(ただし絵文字はない)

NARASETUさんのメール
「本日午後6時少し前にホテルの方にまいります。犬山は小さい町で
すが木曽川の流れる山紫水明の地で、尾張藩付家老成瀬家の城下町で
もあります。時間があればホテルの裏辺りを散策されたら、城下町の
名残が濃く残っていることに気付かれることと思います。ではお仕事
頑張って下さい。」
どうです、漢字も多く格調高いでしょう。ほなさんがパソコンのキー
ボードでタイプしたら、ゆうに20分以上かかりました。内容を考える
時間までいれると、3日はかかります。
これをほなさんより年上の男性が、小さな携帯電話からスラスラとタ
イプしたのでですから、すごいですね。NARASETUさんの右手は、間も
なく腱鞘炎になることでしょう。

メーカーでの仕事の終了を待ちかねて、宿泊地、そして呑めや歌えの
大宴会の待つ、まだ見ぬ「犬山」へと車を走らせました。

初遠征

2007年02月17日 | 日記
岐阜で仕事があるから、その帰りに一日休みをください、と
言ったら、店から簡単に「いいよ」と了承がでた。

ライ○ンウッズの掲示板で、岐阜でゴルフがしたいと頼んだ
ら、これまた「いいよ」と返事をくださった。去年のコンペ
のピンナップ写真で、登場人物の感じは知っていた。だが、
それ以外の面識もなければ、顔と名前(ハンドルネーム)が
一致しているわけでもなかった。

写真に賞品の「りんご」(この会の賞品なんです)を渡すシ
ーンがあり、にこやかに渡しているのが、たぶん管理人のNA
RASETUさんと思われた。やさしそうな人だ。

ほなさんという人をまったく知らないのだから、ゴルフがした
いという見知らぬ男の願いを、よく引き受けてくれたものだ。
ありがたいなぁ。でもどんな人たちなんだろう。前の晩は、眠
れるだろうか?ゴルフ宅急便にバッグを預けるまで、いろんな
想いが交錯したが、それも預り証をもらったらすべてふっきれ
た。

大阪で1泊し、翌日、天気が良いので、急遽、車でいくこと
にした。米原、関が原の豪雪地帯に、今年は雪がないから
車で行ったほうが、あとで大阪へ車を取りにいくより、何か
と便利だ。商売の友人ふたりと、岐阜羽島の取引先へ同行す
る。ほなさんは車の運転がへたなので、駐車場から出すなり
友人にキーを渡し、後部座席でのんびりさせてもらった。ち
ゃっかりと。

天気は快晴、暑い位だ。窓ガラスをぬけてくる光は春そのも
の。友人たちに、帰りは別々になるからね、と言ったら、
ひとりは「パラもってくるんだった。」と残念がった。この
男は、ほなさんのゴルフと同じ時期から、パラグライダーに
はまって、全国を飛び歩いている。50ちかくなってからの趣
味は、かなり始末が悪い。仕事と趣味、どちらを優先させる
かとなると、どちらも優先できるようになる、それが年齢の
なせるわざだ。車中、あれこれしゃべっていると、予定より
早く取引先についた。

ほなさんは健忘症

2007年02月16日 | 日記
ゴルフも習い事なのだ。
教えてもらったときは、うまくいくが、それを何度も
繰り返してできるか、となると、ちょっとやそっとで
はできるようにならない。

うまくいったときは、どこにも無理なくスッとできる。
なぜそんなことができたのか、確かにコーチの教えな
んだけど、次も同じようにしようとしたら、No!だ。

「できるようにならない」からレッスンプロが成り立
つのだろう。でも、そこにずっとお願いできるほど、
時間と資金に余裕はない。練習をせずにうまくなりた
い、自己流で簡単にうまくなりたい、これが身勝手な
言い訳だと、大人だったらみんなわかっていることな
のだが、「目からウロコの練習法」とか「そのままの
技術で100を切る」なんてのを読むと、がぜん自己
流でやってしまう。そしてなお悪くする。

レッスンプロに教えてもらうという「のぼり快速電車
の指定席」に乗ったはずなのに、いつの間にか下車し、
「自己流という呼び名の下り電車の自由席」で、周り
の景色を楽しんでいる。気付くころには、自己流の癖
でどうしようもなくなって、遠くにきてしまって路頭
に迷う自分がいる。
打った球が、隣の打席の前をかすめてイヤな顔を何度
もされたり、信じられない悪いスコアに背中を押され
また直してもらいに、コーチのところへ行くことにな
る。

もともと目の上に「ウロコ」がつくほど練習したこと
もないし、100が切れるような「技術」なんてもの
は持ちあせてないことを、ほなさんには、すっかり忘
れる癖があるのだ。

1回コーチに習うと、身につかないのに、すぐ試して
みたくなる、これも悪い癖だ。それで、ネットで知り
合った「110の王」の掲示板に書き込んでみた。
ライオンウッズという掲示板は、スコアの悪いほな
さんにも親切だった。しかも、ぶしつけな「お願い」
を聞き届けてくれそうなほど、管理人さんは良い人の
ように感じられた。