脱原発・・・・でも先が見えない
今をどうするのか・・・
未来はどうなるのか・・・
決め手が無いまま時間だけが過ぎていきます
脱葬儀・・・
こんな無駄なモノ無い・・・?
お金が掛かりすぎる・・・
お寺様は必要・・・?
そのような風潮の元、脱葬儀へのシフトは
やはり、先が見えないまま風潮だけ先走り気味です
景気が悪いから
お金がないから
葬儀どころでは無い・・・
いろんな理由は都合の良い方へと流れます
脱原発は命に係る問題
脱葬儀はこころに係る問題
もし、全ての人が葬儀をしなくなったら・・・
それだけ、生活が豊かになったり、経済的に楽になったり
するのでしょうか
先人のことを偲んだり、称えたり、学んだり・・・
尊敬とか敬うとか言葉が消えていきそうな気もいたします
「無理はしても葬式は出す」ことが
今までの日本人の考え方でしょう
良く聞く言葉に
「せめて、葬式だけは出してあげたい」
なにはなくても、お葬式という大事な事は
お金云々より
お葬式を出してあげたいという
想いや優しさのこころの在り様になるのでしょう
無理をしてまで「葬儀をすること無い・・・!」風潮は
この先
津波のようにこころの堤防を越えて行くのでしょうか・・・
取り返しのつかない出来事とは
日々の心の中から生まれていくことなのです
気がつかないことの積み重ねが
方向を定める道を新たに造り
ある日その先にたどり着いたときに
何を見るか・・・
原発で学ぶことはたくさんあるようです・・・