特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

春近し

2010-03-09 15:07:11 | Weblog
一年に数万キロは走る私。
もちろん、“あっしの足”でではなく会社の車で。
そんな私は、「車に乗らない日は0」と言ってもいいくらい、車に乗っている。
そうしないと仕事にならないわけで、車や道具類は、仕事に欠かせない相棒なのである。
しかし、熟練スタッフ(←私のこと)でも、社有車を100%の占有できるわけではない。
特殊車両やトラックまで入れれば一台/1.5人くらいはあるけど、普通車両に限っては一台/2.5人くらいしかないから。
だから、時と場合によっては、自分が使う車がなくなっても他の人間に譲らなければならないこともあるのだ。

晩冬のある日。
その日の事情もそう。
すべての社用車は実作業が伴う現場にもって行かれ、現地調査だけを予定していた私が現場に行く術は、公共交通機関のみとなっていた。

地図で調べてみると、現場のアパートは駅から離れたところに所在。
しかも、そこは迷路のように道が入り組んだ旧市街。
“方向音痴+面倒臭がり”の私にとって、“電車+バス+徒歩”で現場に行くことは、極めて気の進まないことだった。

私は、現地調査の約束を確認するため、前日の夕方、依頼者の男性に電話。
そして、いつもは車を使うところ、翌日(当日)は公共交通機関を使って現場に向かうことを伝えた。
すると、男性は、私が男性宅の最寄駅まで行けば、そこからは、自分の車に私を乗せて現場まで連れていってくれるという。
どのみち、男性は、現場には自家用車で行くとのこと。
依頼者を“足”にすることに気が引けなくもなかったが、怠け心には勝てず。
結局、「遠慮しなくていい」という男性の言葉に甘えて便乗さえてもらうことにした。

翌日(現地調査の日)。
その日は、朝からあいにくの雨。
雪に変わるかと思われるくらいの冷たい雨が降っていた。 
私は、約束の時間に遅れないよう、早めに事務所を出発。
そして、男性宅の最寄駅に向かうべく、電車に乗りこんだ。

目的駅に着いた私は、案内標示と回りの景色から、自分がいる出口に間違いがないことを確認。
そして、男性宅に“お迎えOK”の電話を入れた。
それは、タクシーを呼ぶみたいなもの。
姿の見えない男性に対し、会話の中で私の頭は何度も下がった。
電話を切って後、私は、男性の車をすぐに見つけられるよう、死角のない場所に移動。
それから、教わった車種と色の車を探しながら数分を過ごした。

車の到着は、意外と早かった。
私は、運転席から笑顔で手を振る男性にペコペコと頭を下げながら助手席に乗り込んだ。
運転席でハンドルを握っていたのは、初老白髪の男性。
電話での会話で抱いていた通り、柔和で腰の低そうな人物で、足労をねぎらってくれたうえ、寒そうにしている私を見て暖房のレベルを上げてくれた。
一方の私は、恐縮しきり。
座り心地はいいはずの座席に座り心地の悪さを覚えながら、視線を外の景色に泳がせた。

男性と私は、電話では何度か話したことはあっても、顔を合わせるのは初。
しかも、歳も違えば、お互いの素性もロクに知らず。
タクシーなら後部座席に乗って黙っていればいいのだが、この場合、そういう訳にいくはずはなく・・・
狭い車中に、独特の気マズさが漂うのは覚悟していたが・・・
しかし、人生の先輩である男性の懐は深かった。
男性は、わざとらしさを感じさせない話術と重くない話題で会話をつなげてくれ、下手な返事しかできない私を相手にしながらも、場を保たせてくれた。

到着した現場は、一般的な1Rアパート。
アパートの前に車を止めた男性は、私に部屋の鍵を差し出した。
男性は、「色々と思い出してしまうので部屋には入りたくない」とのこと。
他人の私を一人で部屋に行かせることに葛藤がないわけではないようだったが、それでも、部屋には行けない様子。
そんな男性が、その内面に余程の心痛を抱えていることを察した私は、愛想よく返事をして車を降りた。

部屋は、お世辞にも「きれい」とは言えない状態。
しかしながら、中年男性の独居部屋としては並の状態。
依頼の内容は、家財生活用品の処分と簡単なルームクリーニング。
さして凝った調査はいらない。
私は、その作業を見積もるために必要な情報を、一目で収集。
荷物の種類と量、そして部屋の汚れ具合を大まかにメモに落とし、現場見分を終えた。

現場での用事を終えた私は、会社への帰途につくことに。
男性も、寄り道せず帰宅する様子。
拾ってもらった駅まで送ってもらうことに抵抗は少なかったが、男性は、その駅ではなく、私の帰りやすい路線の駅まで送ってくれるという。
そこまではかなり遠く、さすがに申し訳なく思った私は、それを固辞しようとしたが、人の親切心は簡単に遮断できるものではなく、また、そこに何か違う意図も感じたので、結局、男性の好意に再び甘えることに。
来たときと同じように、私は、ペコペコと頭を下げながら助手席に乗り込んだ。


亡くなったのは40代の男性。男性の息子。
死因は、薬物を過剰摂取したことによる中毒死。
それは、解剖検査によって明らかになった死因だった。

故人は、30代の頃、頚椎ヘルニアを罹患。
医師からは手術による治療を提案されたこともあったが、それは一つの賭け。
完治する保証はなく、逆に、身体が不自由になるリスクがあった。
故人も両親も悩んだが、結局、手術を受ける決断ができないまま、故人は歳を重ねていった。

主な症状は、首から背中にかけての痛み。
更に、頭痛。
酷いときは、身の置き場を失うくらいに痛むこともあった。
それでも、故人は、鎮痛剤を飲みながら仕事を続けた。
しかし、奮闘の甲斐なく、薬は痛みに負けるように。
そして、それは、仕事にも悪影響を及ぼすようになってきた。
結果、故人は、長年勤めていた会社を、自己都合退職という名のもとに解雇されてしまった。

故人は、無職になったのを機に、鬱病を発症。
そして、紆余曲折の末、妻とも離婚。
それから、持て余すことが明白な家を手放し、実家(男性夫妻宅)近くにアパートを借りて一人暮らしを開始。
心機一転をはかったものの、ヘルニアも欝も目に見えた治癒を得られないまま、数年の時が過ぎていった。

そんなある日の夜、故人は119番通報。
「苦しい!」「助けて!」と、救急車を呼んだ。
しかし、救急隊が駆けつけたときは意識不明で虫の息。
担ぎ込まれた病院で、そのまま帰らぬ人となってしまった。

依頼者は、故人の父親で70代の男性。
減っていくばかりの貯金と企業戦士の恩給である年金を支えに、ささやかながらも、悠々自適な老後生活を送っていた。
しかし、息子(故人)が仕事を失ったことをきっかけに、生活は一変。
男性夫妻の生活は、息子の生活を支えるためだけにあるようなものになってしまった。

「“何度もうちに来い(同居しよう)”って言ったんですけど、息子の方が嫌がりまして・・・」
「一人息子でしたから、甘やかして弱い人間に育ててしまったのかもしれません・・・」
男性の言葉は、“後悔”ではなく”諦め”のニュアンス。
そこに、やり直しのきかない人生に対する人の限界が見えたような気がした。

「痛みを我慢して頑張ってたのに・・・」
「会社なんて、冷たいものですね・・・」
男性の語気には、信頼する誰かに裏切られたかのような悲壮感があった。
そして、冷たいのは会社だけではなく社会もそうであることは、私が言うまでもなかった。

「身体を調べたら、一つの薬の成分が大量にでてきたそうなんです」
「どうなるか自分でもわかって飲んだんじゃないでしょうかね・・・」
男性は、故人が自死を図ったものと思っているようだった。
しかし、それを選んだ故人を非難する気持ちは微塵もなさそうだった。

「私達夫婦も老い先短いですから、息子の方が先に逝ってくれてよかったのかもしれません・・・」
「私達の方が先に逝って、息子一人が残っても困りますでしょ?」
男性の口からは、切ない言葉が・・・
しかし、それは、私ごときが否定できるほど軽い話ではなかった。

「首の痛みからも、生活苦からも解放されて、本人は楽になれたと思います」
「そう思うしかないでしょ!!」
穏やかに話していた男性は、最後に語気を荒げた。
その心情が痛いほどに伝わってきた私は、男性の顔を見ることはおろか、返事をすることさえできなかった。

「暖かくなれば、また、気分も変わってくるでしょう・・・」
「春も近いですからね・・・」
車を降りるとき、男性は最初に会ったときと同じ笑顔を浮かべていた。
そして、同じように手を振り見送ってくれた。


白い息の向こうに見上げる空は灰色。
そして、地上には冷たい雨。
駅のホームに佇む人々は皆、辛そうな顔をして肩をすくめていた。
しかし、そんな冬にあっても、人々は信じて疑わない。春が来ることを。
大切なのは、その疑わない心を、信じる心を、携えること・・・
それを、自分の生きる道に携えて行くことではないだろうか。

私は、男性(依頼者)に来るべき春と、故人(息子)が過ごした春に想いを馳せながら、そんなことを考えた。
そして、冷たくなりがちな明日を温めるのであった。






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