特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

ビーフシチュー(後編)

2024-06-28 06:31:35 | 浴室腐乱
書いているうちに気持ち悪くなってきたので、前編と後編に分けさせてもらった。
今回はその後編。
しかし、現場の悲惨さを読者に伝えきれないのが非常に残念!
でも、臨場感があり過ぎると誰も読んでくれなくなるかもね(笑)。

さて、本題のつづき。
思わず悲鳴を上げた私。
なんと、腐敗した肉塊の中に体調10cm・直径3cmくらいの巨ウジがいたのである!
私は悲鳴を上げながら浴室を飛び出した!
全身に鳥肌が立ちまくり、しばらくの間、全身が痒くなるような悪寒が続いた。
「ウジってあんなに大きくなるものか?」「その前にハエになるはずじゃないのか?」「仮にウジじゃないとしたら何?」
もう、頭はパニック状態、仕事なんか放り投げてとっとと帰りたくなった。

しばらくブツブツと独り言をいいながら、「これからどうしようか・・・」と考えた。
引き受けた仕事は途中で投げ出す訳にはいかないのは当然、だけど浴室に戻る勇気がなかなか出てこない。
「適当な言い訳をして逃げようか・・・」⇔「ダメダメ、責任を果たさなきゃ!」
しばらくの間、独り問答を繰り返しながら自分と戦った。

気分を落ち着かせるのと、勇気を振り絞るのに少々の時間を要した私。
「俺は泣く子も目をしかめる特掃隊長、ヨッシャ!」と気合を入れ直して再び浴室へ。
放り投げたままのスコップと肉塊を再び手にした。
自分を勇気づけるために、何かの鼻歌を歌ったように記憶している。
そして、勢いをつけてさっきの巨ウジを直視してみた。
すると、どうも様子がおかしい。
おそるおそる腐敗粘土を削ぎ落として見たら、巨ウジと思ったモノはただの浴室の石鹸だった。
「キーッ!石鹸ごときに脅されて悲鳴をあげてしまうとは!」
ただの石鹸にここまで驚く人間って、そうはいないだろう。
まったく、不覚をとってしまった。
釈明するとしたら、石鹸にここまで怯えられるくらいに凄惨を極めた現場であったとも言えるだろうか。

元気を取り戻した私は、腐敗粘土に包まれて柔らかくなっていたその石鹸をグニュッと踏み潰し、作業を再開した。
相変わらず、腐敗肉塊がかもし出す気持ち悪さも絶好調。
とにかく、違うことを考えるようにしながら、手と体だけを単調に動かした。
食道にこみ上げて来るモノを強引に押し戻しながら。
そうこうしていると、急に腹が痛くなってきた。
そのうち、その痛みと圧迫感は下腹部に降りて行った。
「ゲロだかウ○コだか知らないが、上がダメなら下に行こうって寸法か?」
しばらくして、自分が下痢の腹痛に襲われていることを察知。
「よりによってこんな時に!」
誰に腹を立てていいのか分からないけど、とにかくイラついた。
そのイラつきも、次第に焦りに変わり始めた。
お約束の通り、下腹部の圧迫感が増してきたのである。

我慢できないことは自分がよく分かっていた(諦)。
モノを出すしかないけど、出すところがない(焦)。
作業用の装備と汚れて臭いユニフォームが邪魔をして、外のトイレを借りに出ることもできない(悲)。
苦慮していると、グッドアイデアをひらめいた(喜)。
「灯台元暗し!俺がいる所はトイレじゃないか!」
渡りに船、幸いな事に私はトイレにいたのである(快)。
しかし、こんなトイレに喜ぶ自分って一体・・・(苦笑)。

肝心の便器は腐敗液まみれ。とてもそのままでは用を足せる訳もなく・・・。
皮肉なことに、用を足したければ自分できれいにするしかない状況だった。
私の下腹部の圧迫感は、ひと山越えるごとに強くなってきていた(似たような経験がある人、いるでしょ?)。
そのうち、腸がゴボゴボと妙な音を出し始めた。
限界点へ到達するのは時間の問題だった。
(これ以上、詳細な描写をすると下ネタ注意報が発令されてしまうので、書きたいけどやめておく。)

ウ○コ男が本当にウ○コを漏らしてしまったんでは、汚れた人生に更に汚点が残る。
それからの私は、まるで人が代わったように迅速に動いた。
石鹸ごときに驚嘆した自分がウソのように、腐敗肉塊の気持ち悪さもそっちのけで。
ウ○コを漏らすのが先か、トイレをきれいにするのが先か、背に腹は代えられない時間との戦いであった。
もはや、依頼者のためというより自分のためにトイレを掃除していた。
仕事に対する心構えがなっちゃいないから、自業自得だったのかもしれない。

私は、人生に汚点を残すことになったのか、はたまた無事にクリアできたのか。
その後のことは想像にお任せする。
気が向いたら、今後のブログに載せるかも(ま、誰も興味ないね)。


滅多に食べないビーフシチューを、次に食べるまでは忘れることにする。


  • トラックバック 2006/07/28 14:17:50投稿分より
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ビーフシチュー(前編)

2024-06-27 04:35:34 | 浴室腐乱
嫌いな訳ではないけど、ビーフシチューなんて滅多に食べない。
しかも、この暑い季節には。
そんな私は、ビーフシチューを目にすると思い出すことがある。
自分の中では伝説になっている現場のことを。

現場はマンションのユニットバス。
狭いスペースに風呂とトイレが一体型で設置されている密閉された空間。
その光景は、「なんでここまでになるまで発見されなかったんだ?」と場慣れしている私でも驚嘆するくらいに衝撃を受けるものだった。
溶けかかった人肉が床一面に広がり、5cmくらいの厚みがある腐敗粘土層を形成していた。
それ自体が床のようにも見えるくらいに、床一面がきれいに腐敗粘土に覆われていたのだ。
そして、その粘土層の数箇所にこんもりと盛り上がった部分があった。
そう、解けるスピードが遅い部位が半固体のまま残っていたのである。
熟成された腐敗臭に、細長い体型をした奇妙なウジがいたりして、現場の不気味さを色濃くしてくれていた。

「とにかく、きれいにしてほしい」という依頼者の要望に対し、さすがに「どうやったらきれいになるんだろうか・・・」とたじろいだ。
依頼者は他に頼める人がいないらしく、藁をも掴むような物腰と弱りきった表情だった。
「この現場じゃ、できるヤツは限られているだろうなぁ・・・(冷汗)」と内心で呟きながら、「とにかく、やるしかない」と心に決め、策を見つけられないまま勢いで引き受けた。
私は依頼者に対して変な使命感を持ってしまうことが多く、ほとんど職業病かもしれない。
引き受ける代わりの条件として、見た目をきれいにすることを最優先に「悪臭は根絶できないこと」「ある程度の日数を要するかもしれないこと」を了承してもらった。

作業初日は緊張した。
とにかく、実践と対策を繰り返しながら試行錯誤するしかなかった。
細かい作業内容や作業手順、使用薬剤や器具等は企業秘密(という程のものでもないけど)と言うことで省略するが、今回は作業の山場を記そうと思う。

困難を極めたのは腐敗粘土(元人間)を除去する作業。
小さなスコップ状の道具で腐敗粘土をすくい取る。
それは、液体に近いものから固体に近いものまで場所によって態様が違い、サックリすくえるモノからスコップからボタボタと垂れてしまうモノまであった。
すくい取ったモノはバケツに移す。
バケツがいっぱいになったら、外へ運んでビニール袋に入れる。
その作業をひたすら繰り返した。
汚物が身体に着かないように作業するものだから、無理な体勢を続けざるを得ず、体力的にもかなりキツかった!
それにも増してその気色悪さときたら・・・泣けるくらい(笑)。
「人間をスコップですくうって、どういうことだよぉ!」「バケツに入る人間って、何なんだよぉ!」「何でこれが人間なんだよぉ!」
私は脳の思考を停止することによって気持ち悪さをクリアするタイプなのに、この現場は思考を停止することを許してくれなかった。
無理矢理に動かされた私の思考回路はショート寸前でぶっ壊れてしまいそうだった。

そんな作業をコツコツと続け、やっとのことで作業も後半戦い入ることができた。
しかし、本当の山場はこれからだった。
防衛本能が働いたのだろうか、私は無意識のうちに床に盛り上がった肉塊を残してしまっていた。
当然、そんなモノを残して帰る訳にはいかない。
意を決して、その肉塊にスコップを入れた。
グスグスとスコップが入る感触とモッチャリした重量感、グレード変えて襲ってくる悪臭に気が遠くなりそうだった。

グルメ番組のリポーターが肉の柔らかさを表現するためによく使うセリフ。
「歯を立てなくても舌の上で崩れる」「口の中で溶ける」
まさに、この表現はこの人肉にもピッタリ当てはまった(当てはめてゴメン)。

しかし、腐敗肉は食い物ではない(言うまでもないね!)。
しばらく直視なんてしようものなら、逆に胃の中のモノが飛び出てきただろう。
私は、とにかく視線を上に向けて泳がせながら、なんとかこらえるしかなかった。
何個か目の肉塊をすくった時、持ち上げたスコップから肉塊の一部が崩れ落ちた。
その肉塊の中に目をやった途端、私の全身に雷のような悪寒が走り抜けた!
私は、持っていたスコップを放り投げて、思わず叫んだ。

「何!?何だよぉ・・・これは一体何なんだよぉーッ!」

つづく。


トラックバック 2006/07/27 15:09:38投稿分より
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皮の流れのように

2024-06-23 13:24:55 | 浴室腐乱
「皮」と言えば何を想像するだろう。
値段は高いけど、皮製品には味わいがある。
身体には悪いらしいけど、焼き鳥の皮は美味い。
面倒臭いけど、果物は皮を剥いた方が甘露。


前フリはこのくらいにしておいて、そろそろ本題。
私が何の皮について書こうとしているのか・・・そう、既にお見通しの人間の皮。


人の皮は薄いけど意外に丈夫。
梅雨が明けたら海水浴に逝く・・・もとい、海水浴に行く人が多いと思う。


本題が始まったばかりなのに早速脱線。
私のwordは「いく」と打てば「行く」じゃなく「逝く」が、「いたい」と打てば「痛い」じゃなく「遺体」が一番に出る。
そんな語句ばかりを毎日当り前のように打っている自分自身が笑える(笑)。


本題に戻る。
日光に弱い人は日焼けの後に水膨れができ、そのうち痒くなってきて皮が破れ剥がれる。
死体が残す皮は、その皮をもっと丈夫にしたようなもの。

浴槽に浸かったままで腐乱した遺体は、体表の皮の大部分を浴槽に置いて行く。
また食べ物に例えてしまうが、濁ったコーラ(コーヒーでもいいけど、そんなのどっちだっていいか)の中に湯葉(ホットミルクの湯膜でもいいけど、そんなのどっちだっていいか)がたくさん入っているような感じ。

浴槽を掃除するのに、皮をそのままにはしておけない。
元人間で排水口を詰まらせでもしたら大変なことになる。
したがって、腐敗水の中の固形物のほとんどは網状の器具を使ってすくい取らなければならない。海や河のように流れて行ってくれれば楽なんだけど。


私自身は未経験だけど、海やダム等の水中で腐乱した場合、皮が身体の形をとどめたままスッポリと抜けていることがあるらしい。
だから、手の皮なんかは手袋と見間違えるような形で浮いていることもあるそう。

ただ、私が浴槽からすくい取る皮は、身体の形を残しているようなものはない。
そんな浴槽をまさぐる緊張感はたまらなくBAD!
まさに「何がでるかな♪何がでるかな♪」と言った感じで。

器具を通じて伝わる感触は何とも言えないものがあり、明らかに何かをキャッチした網を腐敗水から上げるときは緊張度もMAX!
分かるかなぁ、分かんないだろうなぁ・・・このドキドキ感を伝えきれないことが残念だ。


また、床で死んだ場合も、極めて黒に近い茶色になった皮が残っていることが多い。
これは、皮が乾燥した状態で床にくっついているものだから、削り取るしかない。
カーペット・畳や布団・ベッドの上だとそのまま廃棄できるものが、フローリング床とかだと床を傷めないように除去しなければならないので大変。
汗をかきかき、コツコツと削るしかない。
大工仕事みたいな作業を続けていると、自分が削っているものが元人間だったことを忘れてしまう。
この仕事は経験を積めば積むほど神経もズ太く(おかしく?)なる。
いつの間にか、どんなグロい現場も平気でこなしてしまうようになっている自分に、我ながら感心してしまうこともある。
自分の将来を考えるとちょっと恐い(笑)。

最後に一言。
この時季は毎年必ず水の事故で亡くなる人がいる。
これから、海や川に出掛ける予定のある方、くれぐれも事故には注意を。
水を怖がることは格好悪いことじゃないからね。

避暑・納涼と言ったって、出掛けた先で本当に冷たくなって帰ってきちゃいけない
よ。


トラックバック 2006/07/23 09:16:41投稿分より

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いい湯だな~

2024-04-23 08:19:35 | 浴室腐乱
浴室で発見される腐乱死体も珍しくない。いい気分で湯に浸かってそのままあの世に行くのも本人にとっては悪くない話かもしれない。
ただ、残された者のとっては災難だ。
持家ならまだマシなのだが、賃貸物件ともなると近隣や大家に対する社会的責任を追求されたり、水回り工事に莫大は費用負担を強いられるからだ。
では、我々業者はどうか。これがまた難しい。
湯(水)の色は濃いコーヒー色に染まり、脂や皮が浮いている。もちろん、強烈は悪臭はどの現場も共通。水は濁っていて浴槽の中がどうなっているか分からない。下手に栓を抜いて配管を詰まらせでもしたら、もっと大変なことになる。
不安と憶測が渦巻く中、水の中に何かないかをまさぐる。何が出てくるか分からないところを探るというのは、結構緊張するものである。露天の金魚すくいで、紙網が破れないかどうか心配するのとは訳が違う。
ほとんどの場合、皮・髪・小骨だが、時にはビックリ!するようなものがでてくることがある(内緒)。
配管を詰まらせないように汚染水を抜くには経験が要るが、汚染水を処理できれば仕事の8割は成功したようなもの。
あとは、頑張って我慢して、我慢して頑張って、お掃除お掃除。

トラックバック 2006/05/23 投稿分より


-1989年設立―
特殊清掃専門会社
ヒューマンケア株式会社
0120-74-4949

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一寸先

2020-06-24 08:44:23 | 浴室腐乱
やっときた“アベノマスク”、もういらない“アベノマスク”。
周囲にも、それらしきモノを使ってる人を見たこともない。
TVで観る政治家の一部が仕方なさそうに着けている布マスクがそれなのだろうが、そのサイズは明らかに小さい。
本来なら、鼻の上から顎の下までスッポリ覆われなければならないはずなのに、あの小ささは、昔よく見た(?)エロ本の水着級で、貧相を通り越して卑猥に見える。
「何かの冗談か?」と思ってしまうくらい。
安直発想の企画立案、欠陥品だらけの開発製造、いつまで経っても届かない配達頒布、すべてにおいて大失敗ではないか!
おまけに、多額の税金が突っ込まれているわけで・・・
“善意でやったことなら赦される”と思ったら大間違い、世の中には“過失責任”というものがある。
この大コケの責任は、誰がどうとるのか。
ただ、世間の雑音は当事者の耳には届かないだろう。
人間というものは、権力をつかむと“背徳性難聴”を患いやすいようで、都合の悪いことは聞こえないらしい。
また、“部分性視覚障害”も併発しやすいのか、都合の悪いものは見えないらしい。
結局、先を読めなかった御上の責任は、「アベノマスク」なんていう不名誉な名前によって静かに相殺され、“なかったこと”にされるのだろう。

定額給付金の申請書、私のところには6月1日に届いた。
で、早速、返送。
入金がいつになるかわからないけど、助かることは助かる。
しかし、得した気分にはなれない。
先々、徴税というかたちで、この何倍もの金額が課されるのだから。
それはさておき、まずは温泉旅行にでも行きたいところだけど、寂しいかな、気持ちにも懐にもそんな余裕はない。
今のところ減収には至っていないけど、“一寸先は闇”。
私は、もともと、余裕のある生活をしているわけではないけど、この先に待ち受けているかもしれない経済苦を考えると、生活資金は少しでも多く手元に置いておきたい。
給付金は一時的に貯蓄に回った後、結局のところ、生活費としていつの間にか消えていくのだろうと思う。
ま、筋金入りの守銭奴の私は、節約生活は苦にならないので、これからも“ケチ道”に邁進するのみだ。


重症の“汚腐呂”が発生。
現場は、公営団地の一室。
依頼者は初老の女性で、亡くなったのは女性の弟。
無職の一人暮らしで近所づき合いもなかったため、長期放置。
で、遺体は腐敗溶解し、浴室は凄まじい光景に変容。
遺体も浴室も、とても一般人が見られる状態ではなく、女性は、警察からも「見ないほうがいい」と忠告を受けていた。

このレベルで汚損してしまった浴槽設備は、清掃消毒をしたところで再び使えるようにはならない。
浴槽内側には遺体液の色素が沈着し変色したままになる。
給湯設備内にも汚物や異物が侵入し、それをきれいに除去することは困難。
仮に、きれいに掃除できたとしても、次に入居する人が気にしないとは思えない。
並の神経では、そんな経緯のある風呂は入りたくないだろう。
結局、浴室設備は一切合切、新しいものに入れ替える必要がある。
ただ、解体処分される浴室設備とはいえ、そのままの状態では何の工事もできない。
できるかぎりの清掃・消毒をしないと、工事業者も仕事ができない。
で、特殊清掃の出番となるのである。

“浴室死亡”って、居室死に比べれば少ないけど、そんなに珍しいことではない。
中でも、浴槽に浸かったまま亡くなるケースは多い。
そして、それがそのまま放置されるとどうなるか・・・
経過時間や湯温にもよるけど、相当なことになる・・・
“24時間風呂”等、湯温が自動的に維持される仕組みだったりすると、それはもう・・・
その昔、文章を書くことに慣れていなかった頃は、“煮込系の肉料理”で表現したこともあったけど、当然、実際は そんな生易しいものではない。
同時に、放たれる悪臭がどれほど深刻なものかも 言うまでもない。
浴槽死亡の場合、部屋死亡の場合とは異なった独特の生臭さがある。
私が嗅ぐケースとしては部屋死亡の方が圧倒的に多いから、“慣れ”の問題もあるのだろうが、これが、結構 腹にくる。
結局のところ、不気味さや悪臭はハンパなレベルではなく、常人を寄せつけない威圧感を放つのである。

この故人も、浴槽に浸かった状態で死亡。
ただ、その死因はちょっと違っていた。
それは、“溺死”。
通常は、脳梗塞は心筋梗塞等、脳血管や心臓の疾患での突然死。
しかし、故人はそうではなく、上半身は湯をはった浴槽の中に突っ込み、下半身は洗い場に残し、前屈したような姿勢で亡くなっていた。
風呂に入ろうとしたところで何かの病気を発症し、そのまま浴槽に向かって倒れ込んだのだろう。
しかし、腐敗がヒドくて、解剖もままならず。
生前から脳血管系の疾患があったことはわかっていたものの、死因は“事件性のない溺死”となった。
最期、故人が苦しんだのかどうか・・・
多分、突然に意識を失ったのだろうから、苦しまずに逝ったことが想像されたが、“上半身だけ湯に浸かっての溺死”って、無理矢理、水中で頭を押さえつけられたような光景がイメージされ、ヒドく気の毒に思えた。

故人は、もともと高血圧症で降圧剤を服用。
酒は飲まなかったが、高血圧の大敵であるタバコをやめず。
また、生活習慣の改善にも取り組まなければならなかったのに、それも満足にやらず。
たまの電話で忠告する女性にも、自分に都合のいい言い訳ばかりしては、体調については「そんなに悪くはない・・・」と言葉を濁していた。
数か月前、路上で倒れ、通りすがりの人に助けられて救急搬送されたこともあったらしい。
この時は、軽症で事なきを得たのだが、以降も、それを教訓にすることなく不摂生な生活を送った。
そういった具合だから、急に倒れるリスクは常にあった。

浴室から漂ってきているのだろう、玄関を開けると汚腐呂特有の異臭が私をお出迎え。
更に、明りのない室内の薄暗さが、不気味さを演出。
私は、ゆっくり歩を進めながら、壁のスイッチを一つ一つ押して明りを灯していった。
そして、この後に受けることになる衝撃に備え、それまでに遭遇した幾つもの“汚腐呂”を思い浮かべながら、メンタルのウォーミングアップをはじめた。

玄関を入って進んだ廊下の左側に洗面所があり、問題の浴室はその脇。
遺体を引きずり出した際に汚れたのだろう、手前の洗面所の床や浴室扉の枠にも汚染痕。
そこからは、遺体を搬出する際の難儀がうかがえた。
全身ズルズル、膨張溶解して、大人二~三人がかりでも容易に持ち上げらなかっただろう。
しかも、頭部はまるごと湯に浸かっていたわけで、その形相は、例えようもなく恐ろしいものに変容していたはず(故人を愚弄しているわけではない)。
その昔は、そういった作業は、葬儀屋が“仕事欲しさ”でやらされることがほとんどだったようだが、最近では、コンプライアンスの問題(警察と葬儀社の癒着)で警察自らの手で行うようになっているらしい(実のところは不明)。
とにかく、誰がやるにしても、その作業が超過酷であることに変わりはない。
私は、見ず知らずの誰かがやったその作業を労いながら、同じような労苦を味わうことになる自分を励ました。

私は、浴室の前で停止。
明りを灯すと、扉越しに中の色がボンヤリと映し出された。
普通の浴室なら、だいたい白っぽく見えるはず。
しかし、この浴室は全体的に黒。
それは、本来の浴室にはないはずの大量の何かがあることを示唆。
それが、扉を開けなくてもわかるくらいで、私は、微かに期待していた“軽症”を諦めざるを得なかった。

高まる緊張感を無視して浴室の扉を開けると、そこには凄まじい光景が・・・
浴槽の淵には皮膚や頭髪がベッタリ・・・
下半身があった洗い場には、茶黒の腐敗粘土・・・
重厚な悪臭を放っていたことは言うまでもなく、警察が女性に「見ないほうがいい」と言ったのは大正解!
衝撃的な光景が精神を患わせ、あまりの悪臭が胃まで吐き出させるくらいに腹をえぐってきただろうから。
もちろん、“非日常”を楽しむ余裕はないものの、私は、悲惨な光景も、凄まじい異臭も、ほぼほぼ慣れている。
あと、止まって見物していても仕方がないわけで、床の汚れに気をつけながら浴室に足を踏み入れ、浴槽に顔を近づけた。

ゆっくり湯に浸かろうとしていたのだろう、浴槽にはタップリの水。
もちろん、上半身の多くが溶け込んでしまっているわけだから、凄まじい汚水に変容。
コーヒー色に濁り、その水面は黄色い脂が覆い、水中には得体の知れない異物が浮遊。
当然、浴槽の底なんか見えるわけはなく、視界は ほぼゼロ。
ただ、底の方はヘドロ状態で、身体の何かしらが沈んでいるに決まっている。
水の色の濃度と浮遊物から大方の判断はできるので、見通せなくてもわかる。
水の中に何が溶け込んでいるのか、何が残留していそうなのか、“汚腐呂屋”の私には容易に想像できるものだったけど、できることなら想像したくなかった。

汚水の濃度や中身によって作業の難易度は大きく変わる。
もちろん、ドロドロじゃなく、できるだけサラサラである方が助かる。
汚染レベルを確認するため、ゆっくりかき回してみると、視界の悪い汚水の中なら白いクラゲのような物体がいくつも舞い上がってきた。
見慣れていればすぐわかる、それは、故人の身体から剥がれた皮膚。
水死体特有の現象で、長く放置すると遺体は“脱皮”する。
ふやけてサイズアップした皮膚が、手の場合は手袋のように、足の場合は五本指靴下のように、スッポリ抜けるのだ。
所々が破れてしまい 五本指すべてが揃っていたわけではなかったが、爪まできれいに残っており、指関節の曲がり具合も実物そのもので、それがあまりにリアルなものだから、そんなことあるはずないのに、“手が落っこちてんのか?”と驚くくらいだった。

この状況、どう見たって簡単な作業にはなりそうにない。
見たくないものを見、嗅ぎたくないものを嗅ぎ、触りたくないものを触らなければならない。
仕事とはいえ、こんな現場で気分が乗るわけはない。
それでも、やらなければならない・・・憂鬱と戦いながら、自分が生きていくために。
ただ、作業が進めば進むほど、先が見通せてくるから、気持ちが楽になってくる。
同時に、憂鬱感は薄らいでいく。
浴槽の底が見えてくると もうこっちのもの、“峠を越した”感じて、気持ちに余裕がでてくる。
そのうちに憂鬱な気分は消えていき、達成感や爽快感が湧いてくる(こんな現場で“爽快感”ってのも変だけど)。

作業中、私は、独特の緊張感や恐怖感を覚えながら、何度も汚水に手を突っ込んだ。
そして、視界に浮遊してきた“故人の手”を自分の手で掴み取った。
そのとき、汚物に怯え、汚物を嫌悪していたはずの私に、生身の人と握手したみたいな妙な感覚が走った。
同時に、この汚物が、自分と同じ人間であったことを、人として生きていたことを再認識した。
しかし、それは、実態のない、ただの皮。
水から上げると、一瞬で無実態・無重量に。
その様は、生死の境に建つ壁は、自分が思っているほど高くなく、自分が思っているほど厚くなく、ただ、細い線が一本引いてあるだけのような状態であることを表しているかのように感じられて、“いずれ、皆 死ぬ・・・”“それでも、今 生きている!”と、ひと時ではあったけど、私から余計な憂いを取り去ってくれた。


すべては、自分が蒔いた種、自業自得。
決して、好きでやっている仕事ではない。
辞められるものなら辞めてしまいたい。
「なんでこんなことになってしまったのだろう・・・」と、この人生に自問する日々。
しかし、私は、この仕事、過酷であればあるほど、生きていること、生かされていることを実感する。
そして、これまで私に与えられてきた無数の恵と自分を取り巻く無数の幸を再認識して、そのありがたさを痛感する。

一寸先は闇か、光か。
それを決めるのは自分であったり、自分でなかったり。
自分次第の部分もあれば、自分の力が及ばない部分もある。
それでも、時間だけは過ぎていく。
明るい未来を想像(創造)しにくい昨今ではあるけど、一日一日の出来事を積み重ねて、一週間が過ぎ、一ヶ月が過ぎ、一年が過ぎ、一生が過ぎていく。

見えない先には不安しかない。
しかし、わかっているはず・・・人生、ずっと真っ暗闇ではないことを。
まずは、一寸先・・・一寸先に集中。
私は、明るい明日を掴み取るため、必要なだけの勇気と小さな希望をもって、一寸先も見えない汚水に手を入れるのである。


特殊清掃についてのお問い合わせは
0120-74-4949
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カレーライス

2006-11-09 08:28:20 | 浴室腐乱
私は、オニギリをよく食べる。
「好物」と言う訳ではないのだが、その手軽さや携行の利便性から重宝している。

緊急性を要さない特掃のときは、一日の作業開始時刻は10:00~11:00頃。
身体には汚れや悪臭が着くので、昼食休憩をとらないで作業を進めることが多い。
だから、昼食が夕方近くになることも日常茶飯事。

そんな時にオニギリはいい。
作業前の腹ごしらえに、作業途中のおやつ代わりに、作業後の食事に、車の中でいつでも食べられる。

カレーライスは、幼少の頃からの好物。
「大好物」と言うほどではないのだか、たまに食べる。
カレーって、いくら安物でもどこで食べても、それなりに美味しい。
まずいカレーって、当たったことがない(ふざけ半分の激辛カレーは例外)。
いい食べ物だ。

食べ物を表題にするときは、ロクな話じゃなくて恐縮だ。
・・・と思いながらも書く。

ある風呂場での話。
ちなみに、これは「不慮の事故」が起きた現場とは違う、ずっと以前の話。

ボロボロの老朽団地の一室、故人は風呂場で腐っていた。
私は、浴室全体をゆっくりと眺めた後、恐々と浴槽を覗き込んだ。
幸い、汚水は抜けていた。
が!、浴槽の底には腐敗粘土がたんまりと溜まっていた。
そして、その中にはおびただしい数のウジが。

「うぁちゃー!」
毎度、ワンパターンの反応をする私。

一口に「腐敗粘土」と言っても、その色は黄色っぽいものから焦茶色っぽいものまである。
また、粘度も高いものから低いものまである。
(以前の記事で説明したっけ?)

この現場の腐敗粘度は黄色っぽくてドロドロしたものだった。
それはまるで、程よく煮込んだ・・・
ここまで書いたら何が言いたいのか分かると思うので、以下省略。

では次の具材を探そう。
老朽団地の風呂は、かなりの旧式。
追焚ができないタイプで、浴槽は浴室に置いてあるだけのものだった。
浴槽の汚物を片付けてから、その浴槽を動かしてみた。

すると、浴槽の陰、浴室の隅に大量のウジが固まっていた。
大量のウジが平面的に広がっているのは珍しくない。
しかし、折り重なって立体的に群生しているのは珍しい。
それはまるで、オニギ・・・
ここまで書いたら何が言いたいのか分かると思うので、以下省略。

汚物容器の中。
白いウジと黄色い腐敗粘度。
それはまるで、カ・・・
ここまで書いたら何が言いたいのか分かると思うので、以下省略。

やはり、カレーライスは大衆食。
心に響く(のしかかる)その深いテイストは、ビーフシチューに敵わない?

どちらにしろ、カレーもビーフシチューも人間が作るものの方がいい。
人間で作られるものよりね。





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