特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

金メダル

2008-08-30 08:03:04 | Weblog
暦の上では、もう秋。
次第に、朝が遅くなり夜が早くなってきている。
また、朝晩の空気には、秋の気配が感じられるようになってきた。
樹々の緑が暖色に変わり始めるのも、もうじきか・・・
活気に満ちた夏が終わるのは寂しい気もするけど、静かな秋は、何となくホッとできる。

ここ数日は曇雨の天気が続いて、比較的涼しい日が続いているけど、このまま大人しく夏が秋に季節を譲るとは思えない。
やはり、晴れた日には厳しい残暑がぶり返すはず。
大汗をかきながらヒーヒー・フーフーと肉体労働に勤しむ日々は、もう少し続くだろう。


盛大に催されていた北京オリンピックも、とりあえず無事に終わった。
過日、オリンピックムード一色だった世の中も落ち着きを取り戻し、一息ついているところだろうか。
そして、連日の熱戦を昼夜を問わずに観戦し、今頃になってグッタリきている人も多いのではないだろうか。

元来、スポーツに縁のない私は、オリンピックには〝全く〟と言う程ではないものの〝ほとんど〟興味が沸かなかった。
そして、TVをあまり観ない私の場合、オリンピックもすすんで観ることもなかった。
それでも、社会に溢れかえる関係情報は、黙ってても目や耳に入ってきていた。
そんな騒がしいオリンピックムードに少々ウンザリしていた私は、今の静けさにちょっとホッとしている。

何はともあれ、スポーツというものはいいものだと思う。
もちろん、勝利・栄光の陰には、敗北・挫折などのツラい部分もあるけど、それらを通しても多くのことが学べるだろうから。
また、肌の色も言語も文化も越えて、全ての選手が同じルールに則ってフェアに競うところにもスポーツの魅力はある。
現実には、政治的な背景や利権のからんだ陰の話も多そうだけど・・・
まぁ、人間のやることだから、これもある意味で自然なことだろう。
陰があるから日向がうまれるのではなく、日向があるから陰ができるわけだから。

何はともあれ、メダルはとれなくてもマスコミに取り上げられなくても、オリンピックに出場した人達はスゴいと思う。
彼ら彼女らの努力と根性と才能は、すべて金メダル級だ。
そして、優れているのは肉体や技能だけにとどまらず、人格面も高次元に保たれているはず。
努力も根性も人格を基礎にしないと成り立たないから。
比べること自体が恥ずかしいけど、これは、私には無縁の代物だ。

私は、自分の仕事について、労働条件の劣悪さや作業の過酷さを強調して訴える傾向がある。
「俺は、こんなに頑張ってるんだぞ!」
「俺は、いつもこんなに大変な思いをしているんだぞ!」
ってな具合に。
そして、そこに垣間見える性質は、
「どうだ、スゴいだろ?」
「結構、偉いだろ?」
「わりと、できた人間だろ?」
と言わんばかりの旺盛な自己顕示欲と低レベルの優越感。
色んな人の支えがあって今があり、自分の力なんて限りなくゼロに近いのに、すぐ自分の力だけで生きているかのように錯覚するのだ。
こんな私は、さしづめ〝禁メダル級の人間〟といったところか。


亡くなったのは、二十歳そこそこの大学生。
名の知れた学校のスポーツ部に所属する、長身の青年だった。

自宅のリビングに横たわる故人の傍らには、憔悴した様子の父母と姉妹。
泣くでもなく、もちろん笑うでもなく、口を開くこともなく呆然と座り込んでいた。

さりげなく見回すと、部屋の棚や壁には数多くのトロフィーやメダル、賞状。
そのどれもが誇らしげで、生前の故人の活躍ぶりを物語っていた。

遺体の回りには多くの供花。
それに付けられた札から、故人が通っていた大学と、やっていたスポーツがすぐにわかった。

死因は、手術中のショック死。
医学的にみると〝あり得る死〟だったが、家族からすると〝不慮の死〟だった。

健康そのものだった故人は、急な心臓疾患で緊急入院。
その闘病生活は難儀の連続。
特に、発作に襲われたときの苦しみようは半端ではなく、まさに死んだ方がマシじゃないかと思えるくらい。
そんな苦闘の中、念入りな検査が行行われ、その結果として一つの診断がくだされた。
〝治すには手術が必要〟
しかし、その手術は、一般的に行われているものでありながらも〝術中の死亡率が1000分の3〟と比較的リスクの高いもの。
その数値を〝高い〟とみるか〝低い〟とみるか、それは立場によって異なったが、どちらにしろ心臓を弱めたままではスポーツ生命が絶たれるのはもちろん人生をも短くしかねない。
将来に明るい希望を持つため、本人も家族もリスクを覚悟で手術に賭けた。
しかし、〝まさか〟のことが現実に起こるのが世の常・・・
願いも虚しく、たった0.3%の確率に命を奪われてしまったのだった。


故人には、サイズの合わない浴衣が、センスも無視して着せられていた。
言葉は悪いけど、その着こなしは貧相で、気の毒なくらい。
それを見かねる余裕もなかっただろうが、家族は、「愛用のジャージに着せ替えてほしい」と私に依頼。
そのつもりだった私は、その作業を当然のごとく引き受けた。

しかし、故人は体格がいい上に死後硬直も激しく、着衣を変えるのは容易ではなく・・・
着せる服がジャージだったからよかったものの、学校のブレザーやスーツだったら、そのまま着せることはできなかったかもしれず・・・
私は、作業の難易度を考え、着せ替えが終わるまで家族には席を外してもらうことにした。

それから、しばし・・・
故人の見慣れたジャージ姿を見ると、家族は安堵の表情を浮かべた。
そして、
「何でこんなことになるんだ!?」
「何で○○(故人)が、こんな目に遭わなければならないんだ!?」
等と叫びながら、泣き崩れた。

そんな家族に掛ける言葉を私が持ち合わせているはずもなく。
私の中で、仕事として作業を進めなければならない責任と人間として作業を停止しなければならない心情が交錯し、しばらく沈黙の時を過ごした。

「息子の首にこれをかけてほしい」
しばらくして、落ち着きを取り戻した父親が私に金色のメダルを差し出した。
それは、とある大会で好成績をおさめたときのもので、故人にとっても家族にとっても大きな意味のあるメダルのようだった。
しかし、難燃物や不燃物を柩に入れないのは業界の掟。
首にかけたまま出棺されるとそのまま火葬炉に入ってしまうので、私は、出棺前には必ず取り出してもらうことを確認してから、故人の首にメダルをかけた。


「人って、いつ何時どういうかたちで死ぬことになるのか、ホントにわからないもんだなぁ・・・」
若かった私は、柩の中で笑うように眠る故人に、生死の妙を見た。
そして、薄っぺらい同情心だけを抱いて故人と家族を哀れんだ。


人生は、マラソンを走るようなもの・・・〝人生マラソン〟だ
左カーブ・右カーブ、上り坂・下り坂、追い風に乗ることもあれば逆風に阻まれることもある。
それでも皆、死に物狂いで必死に走る。
コースは、人それぞれ。
行く手は決して平坦な道程ではなく、極限の力が試され・極限の力を鍛錬するためのコースが待ち受けている。
楽に走り抜けられる者は誰一人いない。
ライバルは、他人ではなく自分・・・過去の自分。
目標は、完走。
完走すればメダルは確実だから。

晩年、ゴールを目前にした時、自分が走ってきた道程を思い返してみると、何が頭に浮かぶだろう・・・
金メダル級の走りをしたのは、どういう時だっただろうか・・・
それは、下り坂を追い風に乗って好タイムで走ったときより、登り坂を逆風に阻まれながら必死に走ったときではないだろうか。
タイムは悪くても、生きることと必死に戦ったその時だったのではないだろうか。


人にはそれぞれ、定められた運命・宿命がある。
偶然なんて何もなく、すべてが必然。
生き方だけでなく寿命もそう。
長寿の末の老衰死だけが完走ではない。
事故死だって病死だって、若い死だって完走は完走。
気の毒ではあっても、敗者ではない。
誰に劣るわけでもなく、卑屈になる必要もない。

これは、私がこの仕事を始めて間もない頃・・・20代半ばの頃の話。
故人の死は、誰が考えても、〝人生を完走した〟なんて思えるわけがなかったかもしれない。
しかし、この歳になってみると、色々な想いが廻ってくる。
〝故人は故人で、自分なりの人生を立派に完走したんじゃないだろうか・・・〟
〝あの笑顔は、戦いの勝敗にとらわれず、人生を完走した者しか浮かべることができなかったものじゃないだろうか・・・〟
そしてまた、あのとき首に掛けた金メダルが、若かった故人が必死に走りきった人生マラソンの結果を象徴しているようにも思えてくるのである。





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金縛り

2008-08-24 12:35:26 | Weblog
今のところ、私は体験したことはない・・・金縛り。
しかし、私の周りには、それを体験したことがある人が少なくない。

「金縛りに遭っているときは、目を開けない方がいい」
これも、よく聞く俗説。
このアドバイス?が一般に浸透しているということは、やはり、金縛り中は何かが見える可能性が高いということだろうか・・・
実際、身体が硬直して息もできず声もだせない状態になるだけにとどまらず、もっと奇異な体験をした話も多い。

「急に身体が動かなったと思ったら、目を前にはこの世のものとは思えないものがいた」
「誰かが、寝ている自分に馬乗りになって首を絞めてきた」
「誰かの手が、息もできないくらいに背中を押さえつけてきた」
等々・・・色んな事例がある。
その原因を肉体的な問題とする説もあるらしいが、多くの人は霊的な問題と捉えているのではないだろうか。

そんな世にあって、〝研究〟と呼ぶには程遠いけど、長年に渡って悩んだり考えたりした結果として、今、私は自分なりにその類の正体をつかんでいる。
だからと言って、全く怖くない訳ではない。
ただ、それ以前に比べたら、格段にその恐怖感は弱まっている。
誤解されて蔑視されるのも心外なので、これについては具体的に書かないでおくけど。


出向いた現場は老朽アパート。
昼間の業務を終えてから駆けつけたため、現場に着いた時、外はとっくに夜闇。
辺りはシーンと静まり返り、空室が多いせいでアパートに明かりは乏しく・・・
そのせいもあってか、建物全体がオ○ケ屋敷のようにも見えた。

故人は、初老の男性。
死後2ヶ月。
生活保護の受給者で、近しい身内も賃貸借契約の保証人もおらず。
親しい人付き合いもなく、周囲に異臭が漂いはじめても、〝孤独死・腐乱死体〟の概念を持たない近隣住民は関心を持たず。
発見されたときは充分に溶けきった状態で白骨化しており、警察の作業は〝遺体搬出〟と言うよりも〝拾骨〟と言った方が適切なくらいだった。

問題の部屋は二階。
そこへたどり着くには、錆びてボロボロになった鉄階段を上がるのみ。
私は、体重をかけるたびにキーキーと泣くその階段をゆっくり上った。

二階の共有廊下へでると、足元を照らす電灯は、電球が劣化しているせいでチカチカと点滅。
〝いかにも〟といった雰囲気を演出していた。

目的の部屋は、その廊下の突き当たり。
部屋に鍵はかかっておらず、私は薄汚れたノブに手をかけた。

「うあ゛っ!」
ドアを開けると、散弾銃でも打ったかのようにハエが弾け飛んできた。
私は思わず目を閉じ、いくつかを被弾しながらそれが過ぎるのを待った。

「失礼しま~す・・・」
私は、開けたドアから頭だけを入れた。
しかし、中に明かりはなく真っ暗。
雨戸のせいかカーテンのせいか、窓から入るはずの外明かりも遮断されていた。

「電気、電気・・・」
モァ~ッとした悪臭が鼻を、ブ~ンというハエの羽音が耳を刺激してくるばかりで、肝心の目はほとんど利かず。
視界ゼロでは仕事にならない私は、頭上に電気ブレーカーを探した。

「うあ!止められてる!」
見つけたブレーカーを上げても電気系統はウンともスンとも言わず。
スイッチを入れても電灯はつかず、暗闇に抵抗する術は小さな懐中電灯一つのみとなった。

「ちょっと不気味だな・・・」
腐乱死体があった真っ暗な部屋を不気味に感じないとしたら、〝私の頭はイッてる〟とみなしてもよかった。
しかし、幸い?私は、その不気味さに鳥肌を立てるくらいの正常さは失っていなかった。

「昼間に出直そうかな・・・」
労働効率とコストを考えればそんなことができるはずもなく。
私は弱気になりながらも、身体を一歩進めた。

「随分と汚いなぁ・・・」
私は、懐中電灯の光を床に這わせながら目を凝らした。
すると、老年男性の独居イメージそのままに、床はかなりの散らかりようで、ホコリをかぶったゴミが床を覆い隠していた。

次に、私は懐中電灯を壁から天井に向けた。
天井も壁もヒドく汚れ、ホコリと蜘蛛の巣だらけ。
まるで、ホラー映画用に造ったセットのような状態だった。

不気味さにのまれて、いつまでも台所に止まっていても仕事にならないし、立ち止まっている時間が長ければ長いほど、そこに居る時間が伸びるだけ。
私は、意を決して、部屋に向かって歩を進めた。

「ここか・・・」
キューキューと軋む襖をこじ開けると、奥は6畳の和室。
懐中電灯を向けると、その中央に季節はずれのコタツ。
天板の上には腐った食べ物、下には腐った人間の痕。
頭髪の位置と腐敗液の形状は、故人はコタツに入ったまま逝ったことを物語っていた。

「スイッチはちゃんと切ってあるかな?」
コタツが火事の原因になりことはあるし、実際にそうなったら大変。
老朽の木造アパートなんてあっという間に灰だ。
それまでにも、コタツやホットカーペットのスイッチが入れられたままの現場を何ヶ所も経験していた私は、スイッチが入っている可能性は極めて低いことを想像しながらも万が一のことを危惧した。

「どぉしよぉ・・・」
コタツにかかる汚腐団は、茶色い粘土質。
本来はフカフカのはずの布団が、モッタリした粘土質になっているわけで・・・どこからどう見ても、気持ちを平静に保ってはいられなかった。

「しょーがないなぁ・・・」
私は、懐中電灯を片手に、コタツにかかる汚腐団を、二本の指で嫌々つまみ上げた。
そして、未知の世界に飛び込むつもりで、中をのぞき込んだ。
自分では見れるはずもなかったけど、この時の私はモノ凄く嫌そうな顔をしていたに違いなかった。

コタツの中は、暗闇の中の暗闇。
私は、スイッチが入ってないことだけを確認すると、余計な見分はよして即座に汚腐団から指を離した。

「???・・・」
片手に持つ懐中電灯に、奇妙な感覚。
暗闇の中で視界を狭くしていた私は、肝心なことが頭から抜けていた。
そう、電気が止められているわけだからコタツがついているわけがない。
そのマヌケぶりには、場に合わない苦笑いをするしかなかった。


間取りは1DK。
見分には、そんなに時間がかかる訳もないのだが、私は、部屋にいた時間をヤケに長く感じた。
そうして、ブツブツと独り言を吐きながらも一通りの見分を終えて外に出た私は、玄関を閉めるためドアノブを握った。
そして、それを閉めようとしたその瞬間・・・

「・・・痛いよぉ・・・痛いよぉ・・・」
年配の男性と思われる呻き声。
その声に思わずギョッ!!
まるで、金縛りに遭ったかのように全身が硬直。
自分の耳を疑うヒマもなく一瞬にして心臓が凍りつき、背中に悪寒が走った。

「何!?今の声は何なんだ!?」
辺りを見回しても人っ子一人おらず、外は来たときと同じ暗闇とシーンとした静けさのみ。
空耳にしたい気持ちが強かったものの、ハッキリと耳に残る声がそれを許してくれなかった。

私は、故人に呼び止められたような感覚にとらわれ、そのままドアを閉めるべきか、それとも何かを解決するために再び部屋に入るべきか、悩みに悩んだ。
しかし、その状況で、真っ暗な部屋に戻ることに気が進むわけはない。
私は、再びドアを閉めようと手に力を入れた。
すると・・・

「・・・うぅぅ・・・うぅぅ・・・」
今度は、言葉になってない呻き声。
その声は、気のせいでもなんでもなく、ハッキリと私の耳に入ってきた。
わずかに溶けかかっていた私の心臓は再凍結。
悪寒は、背中だけでなく、全身を駆け巡った。

「とても中には入れん!とっとと退散だ!」
私は、長居するとドツボにハマりそうだったので、さっさと退散することに。
その声が追いかけてきそうな恐怖感に苛まれながら、足早に現場を離れた。


後日、故人の部屋を片付けることになった私は、再び現場を訪れた。
昼間は、辺りも明るく周辺に人の気配もあったので、不気味さや恐怖感はほとんど覚えなかった。
しかし、あらためて見る現場は凄惨で、過酷な作業が想定された。
そしてまた、〝あの声〟を思い出すと、若干の寒気がゾゾッ。
だけど、
「生きてくため!生きてくため!」
「自分のため!自分のため!」
「金のため!金のため!」
と、臆病風に吹かれながらも自分にそう言い聞かせ、とにかく、余計なことは考えないようにして作業に勤しんだ。
・・・これも、ある種の金縛り?

作業が終わると、部屋は見違えるようにきれいに・・・はならなかった。
ただ、ゴミや家財生活用品をはじめ、古びた襖や汚れた畳を全て撤去したため、簡素な小ぎれいさは生まれた。
そして、床板に滲みた腐敗液だけが、故人が存在していたことを静かに訴えていた。

それをしみじみ見下ろして、
「あの声は、もう聞こえてこないだろうな・・・」
と、安堵した私だった。



PS:しばらくして後、私は〝あの声〟の正体を突きとめた。
それは〝TのTのGのG〟だった・・・




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天災

2008-08-18 16:45:55 | Weblog
嬉しいとき、悲しいとき・・・
誰しも、一度や二度は天を仰いだことがあるだろう。
そして、それに癒され・慰められ・励まされ・支えられた経験はないだろうか。

すべてを包む天は、多くの恵みをもたらす。
計り知れない恩恵を与えてくれる。
しかしまた、天は人に災いをもたらすことがある。

異常気象の一つだろうか、今年は恵みの雨が災いに転じるケースが多いような気がする。
そう、〝ゲリラ豪雨〟だ。
ニュースでも知られているように、もう何人もの人がそれで命を落としている。

急に空が曇りだしたかと思ったらピカッピカッと光りだす。
そのうちゴロゴロと雷が鳴りだし、そうこうしてる間にバケツをひっくり返したような雨が落ちてくる・・・
急な通り雨は、何も今年に限ったことではないけど、今年のその降り方は別格だ。

また海川の事故も、例年通りに発生している。
海や川は、泳ぎが達者な人でも溺れることがあるから油断できない。
日によっては、一日に数人の人が亡くなることもある。

今までに、何度も溺死体を処置してきたけど、その様は悼ましいかぎり。
とりすがる遺族には声の掛けようがなく、ただただ落ち着くのを待つしかない。
そんな遺族は、どの人も天から真っ逆さまに転落したような鎮痛の面持ちになっている。

子供達の夏休みはもう少し続く。
長い夏休みはついついハメを外しがちになりそうだけど、ケガや事故がないようにくれぐれも気をつけてほしい。


盆休みも終わって、また今日から仕事という人も多いのだろうか。
私の周りにも、まるまる一週間、またはそれ以上の連休をとった人が少なくない。
長期休暇の後の職場は鬱々とした雰囲気かもしれないけど、楽しいひと時を事故なく過ごせ、無事に仕事を再開できたことを喜んでもいいのかもしれない。

「夏休みはないの?」
一種の挨拶がわりなのかもしれないけど、何人かの知り合いから毎年わかりきった質問をされる。
もちろん?私に夏休みなんてない。
社会人になってからこのかた、〝夏休み〟なるものをとった記憶がない。
それどころか、夏場は、週休一日も不可能。
普通に夏休みがとれる人達を「羨ましくない」と言えば嘘になるけど、私には私の人生がある。
日々の生活に困らないだけの糧を与えてくれる仕事に感謝しなければならない。
ただ、他人が羨ましくて休みがほしいのではなく、身体の疲れをとるために休みが欲しい。
海川で泳ぐ以前に、世間を泳ぐことにアップアップしてるもので・・・


マンションの管理会社から現地調査の依頼が入った。
担当者は、何から話してよいものやら考えあぐねている様子で一呼吸。
それから、その込み入った事情をしどろもどろになりながら説明。
まったくの素人が聞いたらチンプンカンプンだったかもしれないけど、私には担当者の言いたいことを容易に察することができ、現場の状況が手に取るように理解できた。

現場を取り巻く状況はこうだった・・・

現場は低層小規模の分譲マンション。
亡くなったのは上階に住む初老の男性。
一人暮しの孤独死。
死後二週間でヒドく腐乱。
遺体は警察が回収していったものの、その後には凄まじい痕が残留。
玄関ドアの隙間から漏れ出す悪臭と這い出るウジに隣近所の住民は閉口。
大至急、何らかの処置を行うことが迫られていた。

しかし、そこに問題が一つ二つ。
故人に身内の影はなく、法的な義務権利継承者も見当たらず。
賃貸マンションならまだしも、分譲マンションの場合、法定相続人を差し置いて手を出すと後々にトラブルが起きるリスクがある。
したがって、警察の立ち入り許可はでていたものの、誰もが、部屋に立ち入ることに二の足を踏んでいた。
更に、問題はそれだけではなかった。
同じ間取りで真下に位置する下階に、腐敗液が滲み出していたのだ。

木造アパートでは腐敗液が下の部屋に染み出すことは珍しいことではない。
しかし、鉄筋の入った部厚いコンクリートを腐敗液が滲み通るケースは稀で、普通の人にはなかなかイメージできないはず。
かつての私もそうで、同様のケースに初めて遭遇したときは驚き、「まさか!」「何かの間違いじゃない?」と、現場を見るまではまったく信じられなかった。
ただ、これは、建物に欠陥や建築工事に手抜があるわけではない。
たまたま悪い条件が重なることによって起こるのだ。

どちらにしろ、そんなケースは状況としてかなり深刻。
作業が困難であると同時に、原状回復にも相当の手間と費用がかかってくる。
場合によっては、工場費用にとどまらず、家財の弁償・外泊費用・引っ越し費用まで請求されることがある。
こうなると、残った義務者は大変。
故人の死を悼む余裕もなくなってしまう。


私は、約束の時間に遅れず現場に出向いた。
不動産会社の担当者は私より先に来ていて、落ち着かない様子でペコリ。
電話で話を詰めていた我々は、挨拶もそこそこに本題を進めた。

「お待たせしました」
「早速、部屋を見てもらえますか?」
「はい・・・その前に、下の部屋を見せていただけますか?」
「はぁ・・・」
「ニオイの問題がありますので・・・」
「???・・・」
腐乱死体現場の場合、瞬時に〝PERSONS〟が付着してくる。
身体が腐乱臭を纏うのだ。
だから、私が下の部屋に行くときはおのずと〝ヤツ〟もついて来る。
しかし、そんなモノを連れて入られては、そこの住人もたまったものではない。
私は、そのトラブルを避けるために下の部屋へ先に訪問することを促したのだが、担当者は、その意図がわかっていないようだった。

下の階の部屋には、中年の女性がいた。
我々の到着を心待ちにしていたようで、玄関を開けるなりテンションを上げて手招き。
人様に気味悪がられることが日常茶飯事の私は、そこまでの歓迎を受けることはなかなかないので、女性一家の災難をよそにちょっと嬉しいような・・・そんな気持ちが申し訳ないような気分だった。
それから、促されるままに中に上がり、女性の指し示す方向に視線をやった。

「あら゛ら゛・・・」
天井の一部には不自然な黒ずみ。
それが壁面につながり、縦長に下降。
椅子に乗って顔を近づけてみると、それは明らかに腐敗液だった。

「これは、間違いないですねぇ・・・」
私がコメントするまでもなく、担当者も女性もそれとわかっていた。
私はただ、それに念を押すにとどまり、それ以上のアドバイスを思いつかなかった。


女性一家にとっては、それはまさに災難。
ただの漏水でも大きな問題なのに、腐乱死体の腐敗液が漏れてきたわけだから落ち着いていられるはずはない。
しかし、逃げ出したくても、自宅はそう簡単に捨てられるものではないし、何の計画もないところで、いきなり引っ越しなんかできる訳もない。
一時的にホテルに避難するにも、それなりの費用がかかる。
仮に、引っ越せたとしても当マンションを売却するのは至難。
そう簡単に買い手がつくとは思えないし、買い手がついたとしても、安値で買い叩かれることは目に見えている。
まったく、「気の毒」の一言に尽きるケースだった。


しばらくすると、故人の関係者が見つかった。
故人の姉とその夫だった。
それで、事後処理が大きく前進するものと、周囲は期待した。
しかし、事はそう簡単ではなかった。

「もう何十年も付き合いがなかった」
「急に後始末を要求されても困る」
「相続を放棄して、あとのこと関わるつもりはない」
故人の姉は、マンション側にその旨を伝え、以後の関わりを拒否。
結果として、身内の存在が問題解決に貢献することはなかった。

その身内を「無責任!」「冷酷!」「不道徳!」と非難することは簡単。
しかし、断腸の思いで決断したことかもしれず、マンション側の苦難も気の毒でありながらも、遺族の立場を思えばその決断も理解できなくはなかった。

結局、天井裏の処理費用はマンションの管理費から支出され、天井・壁の改修工事・消臭消毒費用は住人が負担することに。
〝故人宅は?〟と言うと、厳重な目張りをして放置するしかなかった。


故人の孤独死は、周りの人に重大な心労を負わせた。
そして、女性一家とマンション管理組合に多大な出費を負わせ、女性宅の資産価値を落とした。
それどころか、マンション全体の資産価値を落とす可能性も大きかった。

「亡くなった本人が悪いわけでも、遺族が悪いわけでもないことはわかりますけど・・・だからと言ってうちがね・・・誰だって先のことはわからないものですから、天災に遭ったと思うようにするしかないですね・・・」
〝死〟は他人事ではない・・・それに気づいたのだろうか、こんな災難に遭っても女性は故人のことを悪く言うことはなかった。
そして、それは、人生の行く先に何が起こるかなんて誰にもわからないことと、どんな災いの中にも必ず恵みがあることを私に気づかせてくれ、心地よい緊張感を与えてくれたのだった。



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見上げれば青空

2008-08-12 17:57:11 | Weblog
景気が後退気味の昨今。
どっちを向いても、聞こえてくるのは不景気な話ばかり。
そんな話ばかりを聞いていると、自分の首まで回らなくなりそうで怖くなる。
実際、死体業は景気に左右されないイメージを持たれがちだが、決してそんなことはない。
直接的にも間接的にも、その影響は受ける。
えげつなく聞こえるかもしれないけど、死体業もれっきとした〝商売〟であり、儲けをださないと成り立たないものなのである。

そんな今日この頃。
ガソリン値上りの影響らしかったけど、少し前まではどこを走っても道が空いていた。
平日にも関わらず、首都高も土日のように走りやすかった。
それは、日によって出掛ける場所がまちまちで一般道・高速道を問わず毎日のように車で走り回っている私にとってはありがたい現象だった。
しかし、最近になってまた道が渋滞。
どこに行っても、「必ず」と言っていいほど渋滞にハマるようになってきた。
お陰で、コスト増に追い討ちをかけるように仕事の効率は低下。
依頼者との約束時刻にも、大きく幅を持たさなければならなくなっている。

強い日差しがジリジリと照りつける車中は、エアコンをつけていてもそれなりに暑い。
渋滞のストレスも重なって、ついついイライラしてしまう。
そんな時、ふと見上げる空は、青く広く広がっている。
その爽快さ・雄大さに心を委ねると、小さなことにイライラすることがバカバカしく思えてくる。

そう言えば、10代の頃は夏空が大好きだった。
自分の悩みの小ささを教えてくれる大きな空・・・
自分に可能性を感じさせてくれる入道雲・・・
それらを見上げていると、希望にも似たエネルギーが充填されるようだった。
しかし、それが、歳を負ってくると目線が自然と下降し、気づけば、自分の足元ばかり見てはクヨクヨする日々に陥っている。
若かりし頃のエネルギッシュな感性は、もう取り戻せないのだろうか。

足元を見つめて地に足を固めることは大切。
同時に、顔を上げて行く先を見通すことも大切。
そのバランスが崩れると、進むべき道が湾曲してくる。
これは、自分に言い聞かせなければいけないこと。


マンションの管理会社から特掃の依頼が入った。
「管理しているマンションの一室で人が亡くなった」
「依頼者は別にいるので、一度、現地で打ち合わせをしてほしい」
とのこと。
現場を確認していない管理会社から伝えられる情報は乏しく、とりあえず現地調査に出向くことに。
私は、管理会社に現地への訪問日時を伝え、依頼者との待ち合わせを仲介してもらった。


現場は、立地のいい分譲マンション。
最近のマンションのほとんどがそうであるように、洒落たエントランスはオートロックになっており、中に入れない私は依頼者らしき人影を探してキョロキョロ。
すると、マンションに向かって歩いてくる初老の男性が一人。
遠目にも私の素性がわかったらしく、その男性は軽く会釈をしながら私に近づいてきた。

「ご苦労様です・・・お忙しいところ、申し訳ないですね」
「いえいえ・・・現地調査も仕事のうちですから、気になさらないで下さい」
男性は、私とは初対面のはずなのに、以前からの知り合いのように気さくに話しかけてきた。
その服装は管理会社の担当者には見えず、かと言っての表情はいたって明るく故人の身内にも見えず。
その穏やかな笑顔に親しみを覚えながらも、男性の身分が〝依頼者〟であることしかわからないまま話は進んだ。

「このマンションの○階○号室なんですけどね・・・」
「はい・・・」
「死んでからだいぶ時間が経ってたみたいでね・・・」
「みたいですね・・・だいたいとことは聞いてきましたので・・・」
「そうですか・・・」
第一発見者は男性。
凄惨な現場にショックを受けたものの、すぐに正気を取り戻して冷静に対処・・・
その時の詳しい状況を、身振り手振りを交えて私に教えてくれた。

「失礼ですが、部屋のオーナーさんですか?」
「いえいえ・・・」
「管理会社の方ではないですよね?」
「違います、違います・・・死んだのは私の息子で・・・私は父親なんです」
「え゛!?お父さん!?」
「はい・・・」
男性からは予想してなかった返事。
冷静かつ淡々とした態度・物腰に〝男性は身内ではない〟と勝手に決めつけていた私は驚いた。

「亡くなったのは息子さんなんですか!?」
「えぇ・・・」
「そうでしたか・・・」
「そうなんです・・・」
「・・・まだ、若かったでしょうに・・・」
「三十○才です・・・」
「・・・若いですね・・・」
「えぇ・・・でも、まさか、こんなことするなんて・・・」
「!?」
男性は、私が死因を知ったうえで現場に来たものと思っていたよう。
ただ、実際は、誰からも死因を聞かされずに参上した私。
勝手に自然死を想像していた私は、一瞬、驚きの表情を浮かべてしまった。
そして、次に言うべき言葉を見つけられなかった。


現場の部屋は最上階。
玄関を開けると、いきなりの腐乱臭。
男性はマスクもせずに中に入り、私もその後をついて入室。
本音を言うとマスクを着けたかったけど、自分だけマスクをするのに気が引けたので、首にブラ下げただけで顔には装着しなかった。
また、警察の作業痕が残る室内は土足のまま上がりたかったけど、当然のように靴を脱ぐ男性に対してそういう訳にもいかず、諦めて靴を脱いだ。

〝築数年〟ということもあり、部屋の中はきれいそのもの。
広い室内は今風の造りで、ニオイ以外に特段の問題は見受けられず。
また、家財生活用品の類は少なく、整理整頓も行き届いていた。
そして、ベランダ越しに見える空と景色は広々としていた。

「広くてきれいな部屋ですね」
「まぁ・・・」
「窓からの見晴らしもいいですし・・・」
「本人も気に入って住んでたはずなんですが・・・」
「・・・」
油断すると雰囲気が煮詰まりそうになるので、私は男性にうるさいくらいの世間話をふった。
一方の男性も同じ気持ちだったのか、それに対して多弁に応えてくれた。

「このマンションは、息子さんの所有ですか?」
「えぇ・・・まぁ・・・」
「こんなに立派なマンションを・・・お若いのに、大したもんですねぇ」
「いやいや・・・実際は、私が買ってやったようなものなんです・・・」
「そうだったんですか・・・」
「子供可愛さに、ついつい甘やかしちゃってねぇ・・・」
男性は、後悔した様子もなく苦笑い。
とても優しい父親の顔になっていた。

「浴室を見ていいですか?」
「・・・構いませんけど、かなりヒドいことになってますよ・・・」
「大丈夫です・・・年中やってることですから」
「申し訳ないですね・・・」
私は、首にブラ下げていたマスクを顔に着けて、浴室につながる洗面所の扉を開けた。
すると、洗面台の下には場違いな七輪が二つ。
故人が自死を図ったことが、それで確定的になった。

浴槽に水は溜まっていなかったけど、その代わりに見慣れた黒茶色の粘液が滞溜。
そして、浴槽の側面から洗い場にかけて、警察が遺体を引きずり出した際についた模様が不気味に伸びていた。

「どうです?・・・ヒドいでしょ?」
浴室から出てきた私に、男性の方から声を掛けてきた。
申し訳なさそうに言うその心中は複雑に違いなく、私は「ヒドい」とも「軽い」とも言えず、黙って視線を落とした。

「必要でしたら、これからすぐ掃除に取りかかりますけど・・・」
「近所からも苦情がきてますし、そうしてもらえると助かります」
打ち合わせの結果、浴室の清掃は直ちに取りかかることに。
特掃は、男性にとって特掃は未知のものでも私にとっては慣れたもの。
心配そうな男性をよそに、必要な道具・手法・所要時間・労力をピピッと頭に浮かべ、そのまま作業の準備に入った。
手の空いた男性も、過酷な作業に従事する私に気をつかってくれたのか、私が作業をやっている間も外には出ず部屋にとどまっていた。


「ニオイは残ってますけど、見た目にはきれいになりました」
「本当に・・・ありがとうございます」
私を労う気持ちもあったのだろう、男性は浴室を見て驚いてくれた。
そして、深々と頭を下げてくれた。

疲労を蓄えた私は、ベランダに出て小休止。
そして、新鮮な空気を吸い、自分にまとわりついた悪臭を外の風に委ねた。
少しすると、男性も飲み物を持ってベランダに出てきた。
それから、私と同じ景色を見ながら故人について色々と話してくれた・・・


決行の数日前、故人から男性(父親)に連絡が入った。
「夕飯でも一緒に食べよう」との誘いだった。
親のことをうっとおしがることは多々あれど、故人の方から声を掛けてくることは珍しいこと。
男性は変に思わなくもなかったけど、嬉しい気持ちの方が大きくて、深くは考えなかった。
そして、食事をしたときも変わった様子はなかったため、その後も故人(息子)気持ちに引っかかるようなこともなかった。
しかし、それが、男性が見た生きた息子の最後の姿となった。

「ホント、親不孝者ですよ・・・」
私は、震える声を詰まらせる男性の顔は見なかった・・・
当事者になりかけた過去を持つ私には、その顔を見ることはできなかった。
そして、贖罪の念や同情を越えた何かが私の目を潤ませたのだった。


現場を離れるとき、男性には元の笑顔が戻っていた。
そして、その心情を知ってか知らずか、見上げる空はどこまでも青くどこまでも広く・・・
悲哀も疲労も癒やしてくれるかのように輝いていた。



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涼風

2008-08-06 17:09:30 | Weblog
8月に入って夏も真っ盛り。
身体に負担を強いる猛暑が続いている。
私には、エアコンがきいている仕事場はまずない。
それどころか、外気より暑いところで作業することも珍しくない。
汗と脂にまみれる日々はしばらく続くが、私の場合、まみれるのが自分の脂だけではないところがミソだ。

ただ、半年もすれば冬。
暑かった夏がウソのような極寒の季節になっている。
〝次の季節を迎える〟ということは、〝それだけ死に近づく〟ということ。
だけど、人は次の季節を恋しがる・・・
まぁ、自分が死ぬことを意識して生きている人は少ないか・・・
何はともあれ、春夏秋冬、季節の移り変わりって、ホントに不思議なものだ。

この夏、例年同様に食中毒のニュースをチラホラと耳にする。
この暑さだと、やむを得ない部分もあるのかもしれないけど、〝単なる食あたり〟と舐めてかかると大事になることがある。
菌によっては、下痢・嘔吐・発熱にとどまらず、命を脅かすこともあるから。
また、食中毒をだした店(会社)の方も、営業停止処分のあとに客離れを起こしてしまい、店としての命を落とすこともある。
そうなると、もう取り返しがつかない。
働く者にとって日々の衛生管理は面倒なことかもしれないけど、お客の身を守るだけのことではなく自分の身をも守ることとの認識して油断なくやってもらいたいと思う。

衛生管理は、私にとっても大切なこと。
この季節、腐りやすいのは食べ物ばかりではなく、私が扱うモノも同様。
驚く程のハイスピードで腐っていく。
したがって、ただでさえ私の仕事場は不衛生なのに、夏場はそれに輪をかけて劣悪になる。
しかし、こればっかりは誰が悪いわけでもない。
誰もが好き好んでそうなるわけではないから。


ある日の夜、不動産会社から緊急の電話が入った。
「管理するアパートで腐乱死体がでた!」
「至急、何とかしてほしい!」
とのこと。
話をよく聞くと、現場は、まだ警察が遺体搬出作業を行っている真っ最中。
私は、〝警察からの立ち入り許可がでないと現場にはいけない〟旨を話して、電話口の担当者を落ち着かせた。
そして、〝事件性がなければ翌日には立ち入り許可がでる〟旨も伝えて、暫定ながらも翌日の訪問を約束した。


「警察から立ち入り許可がおりたので、すぐに来てほしい」
翌日の昼前、同じ不動産会社から連絡。
心積もりができていた私は、炎天下、現場に向かって車を出した。

「ぐ・・・なんだ!?」
教えられたアパートまではまだ数十メートルあるというのに、私の鼻はよろしくないニオイを感知。
それは、熱風に乗って、受け身の準備もマスクの準備もできていない私の鼻にいきなり入ってきた。

「これはマズいな・・・」
風に乗っているとは言え、そんな遠くまで臭ってきていることに驚愕。
私は、悪臭に誘われる?ように目的地に向かって前進。
そのニオイは、アパートが近づくにつれて濃さを増していった。

「いかにも・・・」
到着した建物は汚れた老朽アパート。
目的の部屋は一階の一室。
玄関の前には腐乱臭がモァ~。
私は、不動産会社から預かってきた鍵を使って玄関を開けた。

「あ゛・・・」
玄関は小さな台所と直結。
例えが適切かどうかはさておき、その床は、大量のサラダ油と赤味噌をブレンドしたものを一面にぶちまけたようにベトベトのドロドロ。
各所で見慣れた光景ではあったものの、私は、その凄まじさに圧倒されて呆然と立ち尽くした。

「はぁ・・・これを掃除すんのか・・・」
いつものことながら、私の思いには愚痴とも弱音ともつかないことが彷彿。
自分の中に、気持ちと身体に力を入れる術を探った。

「これじゃ、ヒドく臭うのも当り前だな」
玄関ドアこそ閉まっていたものの、部屋の窓という窓は全てオープン。
そこから、例のニオイがプン!プン!と外に漂出していた。

「誰か閉めればよかったのに・・・」
常識的に考えて、誰かが後から開たとは思えず。
生前の故人が、涼風を入れようと開けたものがそのままになっているものと思われた。

「近隣に対しては、少しはマシになるだろ」
私は、部屋が腐乱サウナになることを覚悟して全部の窓を閉めた。
そして、身体からジットリと湧いてくる汗と脂を重く感じながら、部屋の見分を行った。

一通りの見分を終えた私は、不動産会社と電話で協議。
不動産会社によると、
「近隣住民が悪臭と虫で難儀している」
「大至急なんとかしてほしい!」
とのこと。
結局、覚悟していた通り、そのまま特掃作業を行うことに。
余計なことを考えると怖じ気づくだけなので、私は無心で必要な装備を整えて汚台所にこもった。

「どうかしてるよな・・・」
そこまでになった遺体がか、目の前に広がる凄惨な光景がか、それを片付ける自分がか・・・
私は、何かが狂っているようにしか思えず、〝どうかしてるよ・・・〟という言葉を呟きながら、腐敗汚物と格闘。
そしてまた、その手元には、心臓の鼓動を乱そうとするかのように、不規則なテンポで汗が滴り落ちた。

「うぁ・・・」
床に散乱するゴミの陰には無数のウジ。
私の手によって隠れ蓑を奪われたウジは、一斉にスタートダッシュ。
猛烈な勢いで(実際のスピードは超スローだけど)避難移動。
追っ手を逃れた一部の輩は、そのまま流し台の脇や冷蔵庫の下などに逃げ去った。

「いい加減にしてほしいよなぁ・・・」
引力に従っただけなら、腐敗液は床面から下にしかいかないはず。
しかし、ウジは腐敗脂を纏った状態で部屋の壁面も闊歩。
そのお陰で、脂汚れは床面だけでなく、壁面にまで広く及んでいた。

「ハァッ・ハァッ・ハァッ・・」
肺に酸素が足りないのか、心に気合いが足りないのか、時間経過とともに頭がボーッ。
私は、特掃作業特有の息苦しさを抱えながら腐敗汚物の除去に没頭した。

どれくらいの時間が過ぎただろうか、作業完了の目処が立った頃、私は小休止するため一旦外に脱出。
猛暑の折、外気温は優に30℃を超えていたはずだが、サウナ状態の汚部屋にいた私には、そんな外の熱風も涼風に感じるのだった。

そうしていると、隣の部屋から年配の女性がでてきた。
そして、自室玄関前に置いてあった手押車を押しながら私に近づいてきた。

「ご苦労様です・・・」
「どうも・・・」
「何のお手伝いもできなくて、申し訳ないですね」
「いえいえ!こちらこそ、お騒がせしてスイマセン」
「大変なお仕事ですね・・・」
「まぁ・・・よく言われます・・・」
「でも、だいぶ臭わなくなりましたね」
「えぇ・・・やれることはやりましたから・・・」
「ありがとうございます」
女性は柔らかい物腰で私を労ってくれた。
そして、自分のことのように礼を言って深々と頭を下げてくれた。

「こんなことになっちゃいましたけど、○○さん(故人)は、とてもいい人だったんですよ・・・」
私が尋ねたわけでもなかったが、女性は、事の経緯を話し始めた。
聞いて害になるとは思えなかったし、状況に似合わない穏やかな表情の女性に興味も湧いてきたので、私は休憩ついでに耳を傾けた。

故人は、年配の男性。当然、一人暮らし。
女性とは隣同士ということもあって、長年の顔見知り。
男手が必要なときに頼み事をしても、故人は嫌な顔ひとつせずいつも快くやってくれた。
そんな具合に、お互いに負担にならない・お節介にならない適度な距離感を保って助け合っていた。

故人と女性に限らず、空室が目立つこのアパートに居住するのは高齢者ばかり。
経済的にも肉体的にも力の弱い人達の集合体。
食品の分け合い・物品の貸し合い・力仕事の手伝い合い・病院タクシーの相乗りなど、一人一人が相互に協力。
建物も人間も見た目には老朽化していたけど、その互助精神は若い者には負けず劣らず、円満な人間関係が構築されているようだった。

第一通報者は、この女性。
暑い時季なので昼夜窓が開けっ放しなのは不審に思わなかったけど、声を掛けても返事がないことを変に思った。
ただ、お互い老身を抱えた身でもあり、特段の用事でもない限りはお節介を焼かないのが暗黙のルール。
気にはなりつつも、それ以上の詮索は控えておいた。
そして、それから数日が経過するうちに故人宅から異臭が発生。
日に日に増していく悪臭に異変を感じた女性は、不動産屋に連絡。
結果、警察の出番となったのであった。

「本当にいい人だったんですよ」
本人が意図したことではないし悪意がないこととはいえ、結果的に残された人達に迷惑をかけ、後始末を押し付けるかたちになった故人。
その死の痕は、人々から嫌悪され顰蹙をかっても仕方がない。
しかし、女性はそれを庇うかのように何度もそう言っては懐かしそうに微笑んだ。

詳しい話こそ聞かなかったものの、この女性も老年を迎えるまで・このアパートで暮らすことになるまでに数えきれない喜怒哀楽を経てきたはず。
そして、その道程は決して平坦でなかった・・・
だからこそ、他人の幸を喜び・他人の不幸を悲しむ心が育まれたのかもしれない。
他人の幸を妬み・他人の不幸を蜜にする私には有し得ない心だ。
ただ、そんな女性の笑みが、荒む心身を癒やす涼風のようにも感じられ、作業再開を前に力が蘇ってくるのであった。




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