甘くて冷たいアイスクリーム。
子供の頃からの好物で、大人になった今でも、その好みは変わっていない。
特に、今のような暑い季節には格別の食べ物。
冬の暖房の中で食べるのも、またオツなんだけどね。
この季節、一体、一日に何リットルの汗をかいているのだろうか。
猛暑の中の肉体作業では、こまめな水分補給が欠かせない。
私は、一日に、何リットルものスポーツドリンクと水を飲んでいる。
しかし、日中にトイレに立つことはあまりなく、ほとんど汗となって発散されているのだろうと思う。
規則性のない私の仕事では、昼食をとるタイミングを逸することも多い。
普通だと、自分の空腹感が燃料補給の必要を訴えてくるのだが、水分で満たされた胃は、なかなかそれを訴えてこない。
それをいいことに、ガス欠寸前の身体を放置しておくと、夏バテになってしまう。
そこに登場する救世主がアイスクリーム。
熱くなった身体を中から冷却。
口の中でサラッと溶け、食欲がないときでも喉を通りやすい。
そして、その甘さが脳の疲れを癒してくれる。
また、カロリーもそれなりに高いので、夕方までのエネルギー分は補給できる。
この夏は、そんなアイスクリームに助けられている。
しかし、アイスクリームを昼食代わりにしていると、さすがに体重が減少。
身体が軽くなるのはいいことだけど、あまり好ましい痩せ方ではなさそうだから少し気をつけようと思う。
それがもとで、夏バテ以上に体調を崩したら目も当てられないからね。
私が子供の頃は50円のアイスが主流。
しかも、〝当りクジ〟つきのモノ。
たくさんのアイスが詰まった店頭のアイスクリームケースは、ワクワクの夢の箱。
ケースに頭を突っ込んでアイスを選ぶ作業は、とても楽しいものだった。
そしてまた、私は、ケースの中の何とも言えない匂いが好きだった。
あの、冷たくて甘い匂いがね。
当時の私にとっては、100円のアイスなんて夢の高級品。
ハ○ゲ○ダ○ツなんてものには卒倒していたかもしれない。
たまに、100円アイスが食べられるようになったのは、中学後半。
現存しているので商品名は控えるが、一口サイズのバニラをチョコレートコーティングして6個一箱で売っているあのアイスにハマった。
それを初めて一口頬張ったときは、私の中に衝撃が走った。
「な、なんだ?このうまさは!」
深みのある甘さと、コクのある後味が私の口にフィット。
箱の裏を見てみると、〝種類別:アイスクリーム〟と記されてあり、私が常食していた〝ラクトアイス〟〝アイスミルク〟とは一線を隔したものだった。
そして、私は本物のアイスクリームの美味しさに、ひたすら感心・感動するのであった。
ちなみに、私はソフトクリームも好きなんだけど、この時季はダメだね。
食感や味はいいんだけど、溶けるのが早す過ぎてジックリ味わう暇がないから。
セコイようだけど、アイスクリームに比べて値段も高いしね。
「かなり溶けちゃってるなぁ」
現場は古いマンションの一室。
和室の中央には、見るからにウェッティな色彩を放つ汚腐団が敷きっぱなし。
汚染状況からみると、故人は布団で休んでいたところ、そのまま急逝したっぽかった。
ベトベトの状態で汚妖服が散らかされていたが、これは警察の仕業らしかった。
依頼者は中年の男性で、故人はその父親。
それなりの事情があったのだろう、男性は故人と疎遠で、ほとんど絶縁状態らしかった。
そしてまだ、男性は故人のことを嫌悪しているようでもあった。
そんな調子だから、男性は、父親の後始末をするのも迷惑そうで、
「とっておくモノなんて何もありませんから、全部捨てちゃって下さい」」
と、ドライに言い放った。
「とりあえず、汚染部分だけ何とかしてきますから、ちょっと待ってて下さい」
そう言って、私は部屋の中に入った。
「普通に寝ていただけかもしれないのになぁ・・・こんなことになっちゃって・・・」
予期せぬ腐乱は故人のせいでもなく・・・茶黒く変色した布団を見ていると私の中に妙な情が湧いてきた。
同時に、後始末をしなければならない残された人の苦労も頭を過ぎった。
言わずと知れたことだが、汚腐団と普通の布団は違う。
普通の布団なんてそんなに重いものではない。
しかし、汚腐団は重い。
人間を吸収しているわけだから、それなりに重いのだ。
それでも、汚腐呂掃除とかに比べれば、汚腐団の片付けなんて楽チンなもの。
旅館の仲居さん顔負けの手際のよさで、チョチョイと片付ける。
「さっさと済ませるか!」
私は、まず掛布団から着手。
パラパラと落ちる例のチビ達は無視して、パタパタパタと畳んで梱包。
次は敷布団。
その端を持ち上げてみると、予想通りの重量感。手が汚れることなんか気にせず、それをボテボテボテと畳んで梱包。
敷布団の下では彼等がぬくぬくとしていたが、それも無視して一気に畳を上げた。
「あちゃ~!やっぱ床板までイッてたか・・・」放っておくと、人間はどこまでも溶けていくもの。
故人は、布団も畳も通り抜け、その下の床板まで到達していた。
ただ、床板をはがすことはその場の独断ではできず、とりあえずの応急処置を施しておくしかなかった。
「アブナイ所は片付けましたので、中に入ってみて下さい・・・大事なモノがでてくるかもしれませんから」
と、私は、汚染物・汚染箇所の処理を終えた部屋へと男性を促した。
「大したモノはなさそうだけどな」
そう言いながら、男性はゆっくりと部屋に入り、
「随分な貧乏生活をしてたみたいだな・・・」
と、感慨深げに部屋をグルッ見渡した。
そうして後、男性は家財・生活用品の物色を、私は明らかな不用品の梱包を開始。
少しすると、男性が声を上げた。
「あ!こんなところにあったのか!」
「何かでてきましたか?」
「ええ、・・・これが・・・」
そう言って、紫の布に包まれたモノを渡してくれた。
そっと開けてみると、それは小さな位牌だった。
「位牌ですねぇ・・・どなたのでしょう」
「お袋のです・・・」
「お母さん・・・」
「親父はどうしようもない男でしたけと、お袋はでいい母親でした」
「・・・」
「しかし、お袋の位牌を親父が持ってたとはね・・・」
男性は、驚きながらも、わずかに嬉しそうな表情を浮かべた。
しかし、この後、話は意外な方向へ進んだ。
「でも、これもいらないから捨てちゃって下さい」
「ええっ!?いいんですか?」
「ええ、私は宗教を持ち合わせない人間でしてね」
「はぁ・・・」
「そんな木片を持って帰っても仕方ないですよ」
「まぁ・・・」
「親父が持ってたことが分かっただけでスッキリしましたから、問題ないです」
男性の穏やかな表情からは、色んな感情が滲み出ていた。
この父子が確執の関係に至った経緯も事情も知る由もなかった私。
ただ、男性が心に抱えていた冷たくて固いものが、ゆっくり溶け始めるきっかけができたのではないかと思い、私の特掃魂がホッと温かくなるのだった。
本来、冷たいものは溶けやすいはず。
なのに、心の中で冷たく固まってしまったものは、なかなか溶けない。
固定観念・先入観・偏見・習慣・世間体・面子・プライドetc、色々なものが邪魔をして。
実のところ、それを溶かすのは、夏の猛暑のような熱を帯びた哲学ではなく、春の暖かさに似た子供のような素直さなのかもしれない。
現場からの帰り道、ハンドル片手にアイスクリームを食べながら、そんなことを考える私だった。
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特殊清掃プロセンター
遺品処理・回収・処理・整理、遺体処置等通常の清掃業者では対応出来ない
特殊な清掃業務をメインに活動しております。
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特に、今のような暑い季節には格別の食べ物。
冬の暖房の中で食べるのも、またオツなんだけどね。
この季節、一体、一日に何リットルの汗をかいているのだろうか。
猛暑の中の肉体作業では、こまめな水分補給が欠かせない。
私は、一日に、何リットルものスポーツドリンクと水を飲んでいる。
しかし、日中にトイレに立つことはあまりなく、ほとんど汗となって発散されているのだろうと思う。
規則性のない私の仕事では、昼食をとるタイミングを逸することも多い。
普通だと、自分の空腹感が燃料補給の必要を訴えてくるのだが、水分で満たされた胃は、なかなかそれを訴えてこない。
それをいいことに、ガス欠寸前の身体を放置しておくと、夏バテになってしまう。
そこに登場する救世主がアイスクリーム。
熱くなった身体を中から冷却。
口の中でサラッと溶け、食欲がないときでも喉を通りやすい。
そして、その甘さが脳の疲れを癒してくれる。
また、カロリーもそれなりに高いので、夕方までのエネルギー分は補給できる。
この夏は、そんなアイスクリームに助けられている。
しかし、アイスクリームを昼食代わりにしていると、さすがに体重が減少。
身体が軽くなるのはいいことだけど、あまり好ましい痩せ方ではなさそうだから少し気をつけようと思う。
それがもとで、夏バテ以上に体調を崩したら目も当てられないからね。
私が子供の頃は50円のアイスが主流。
しかも、〝当りクジ〟つきのモノ。
たくさんのアイスが詰まった店頭のアイスクリームケースは、ワクワクの夢の箱。
ケースに頭を突っ込んでアイスを選ぶ作業は、とても楽しいものだった。
そしてまた、私は、ケースの中の何とも言えない匂いが好きだった。
あの、冷たくて甘い匂いがね。
当時の私にとっては、100円のアイスなんて夢の高級品。
ハ○ゲ○ダ○ツなんてものには卒倒していたかもしれない。
たまに、100円アイスが食べられるようになったのは、中学後半。
現存しているので商品名は控えるが、一口サイズのバニラをチョコレートコーティングして6個一箱で売っているあのアイスにハマった。
それを初めて一口頬張ったときは、私の中に衝撃が走った。
「な、なんだ?このうまさは!」
深みのある甘さと、コクのある後味が私の口にフィット。
箱の裏を見てみると、〝種類別:アイスクリーム〟と記されてあり、私が常食していた〝ラクトアイス〟〝アイスミルク〟とは一線を隔したものだった。
そして、私は本物のアイスクリームの美味しさに、ひたすら感心・感動するのであった。
ちなみに、私はソフトクリームも好きなんだけど、この時季はダメだね。
食感や味はいいんだけど、溶けるのが早す過ぎてジックリ味わう暇がないから。
セコイようだけど、アイスクリームに比べて値段も高いしね。
「かなり溶けちゃってるなぁ」
現場は古いマンションの一室。
和室の中央には、見るからにウェッティな色彩を放つ汚腐団が敷きっぱなし。
汚染状況からみると、故人は布団で休んでいたところ、そのまま急逝したっぽかった。
ベトベトの状態で汚妖服が散らかされていたが、これは警察の仕業らしかった。
依頼者は中年の男性で、故人はその父親。
それなりの事情があったのだろう、男性は故人と疎遠で、ほとんど絶縁状態らしかった。
そしてまだ、男性は故人のことを嫌悪しているようでもあった。
そんな調子だから、男性は、父親の後始末をするのも迷惑そうで、
「とっておくモノなんて何もありませんから、全部捨てちゃって下さい」」
と、ドライに言い放った。
「とりあえず、汚染部分だけ何とかしてきますから、ちょっと待ってて下さい」
そう言って、私は部屋の中に入った。
「普通に寝ていただけかもしれないのになぁ・・・こんなことになっちゃって・・・」
予期せぬ腐乱は故人のせいでもなく・・・茶黒く変色した布団を見ていると私の中に妙な情が湧いてきた。
同時に、後始末をしなければならない残された人の苦労も頭を過ぎった。
言わずと知れたことだが、汚腐団と普通の布団は違う。
普通の布団なんてそんなに重いものではない。
しかし、汚腐団は重い。
人間を吸収しているわけだから、それなりに重いのだ。
それでも、汚腐呂掃除とかに比べれば、汚腐団の片付けなんて楽チンなもの。
旅館の仲居さん顔負けの手際のよさで、チョチョイと片付ける。
「さっさと済ませるか!」
私は、まず掛布団から着手。
パラパラと落ちる例のチビ達は無視して、パタパタパタと畳んで梱包。
次は敷布団。
その端を持ち上げてみると、予想通りの重量感。手が汚れることなんか気にせず、それをボテボテボテと畳んで梱包。
敷布団の下では彼等がぬくぬくとしていたが、それも無視して一気に畳を上げた。
「あちゃ~!やっぱ床板までイッてたか・・・」放っておくと、人間はどこまでも溶けていくもの。
故人は、布団も畳も通り抜け、その下の床板まで到達していた。
ただ、床板をはがすことはその場の独断ではできず、とりあえずの応急処置を施しておくしかなかった。
「アブナイ所は片付けましたので、中に入ってみて下さい・・・大事なモノがでてくるかもしれませんから」
と、私は、汚染物・汚染箇所の処理を終えた部屋へと男性を促した。
「大したモノはなさそうだけどな」
そう言いながら、男性はゆっくりと部屋に入り、
「随分な貧乏生活をしてたみたいだな・・・」
と、感慨深げに部屋をグルッ見渡した。
そうして後、男性は家財・生活用品の物色を、私は明らかな不用品の梱包を開始。
少しすると、男性が声を上げた。
「あ!こんなところにあったのか!」
「何かでてきましたか?」
「ええ、・・・これが・・・」
そう言って、紫の布に包まれたモノを渡してくれた。
そっと開けてみると、それは小さな位牌だった。
「位牌ですねぇ・・・どなたのでしょう」
「お袋のです・・・」
「お母さん・・・」
「親父はどうしようもない男でしたけと、お袋はでいい母親でした」
「・・・」
「しかし、お袋の位牌を親父が持ってたとはね・・・」
男性は、驚きながらも、わずかに嬉しそうな表情を浮かべた。
しかし、この後、話は意外な方向へ進んだ。
「でも、これもいらないから捨てちゃって下さい」
「ええっ!?いいんですか?」
「ええ、私は宗教を持ち合わせない人間でしてね」
「はぁ・・・」
「そんな木片を持って帰っても仕方ないですよ」
「まぁ・・・」
「親父が持ってたことが分かっただけでスッキリしましたから、問題ないです」
男性の穏やかな表情からは、色んな感情が滲み出ていた。
この父子が確執の関係に至った経緯も事情も知る由もなかった私。
ただ、男性が心に抱えていた冷たくて固いものが、ゆっくり溶け始めるきっかけができたのではないかと思い、私の特掃魂がホッと温かくなるのだった。
本来、冷たいものは溶けやすいはず。
なのに、心の中で冷たく固まってしまったものは、なかなか溶けない。
固定観念・先入観・偏見・習慣・世間体・面子・プライドetc、色々なものが邪魔をして。
実のところ、それを溶かすのは、夏の猛暑のような熱を帯びた哲学ではなく、春の暖かさに似た子供のような素直さなのかもしれない。
現場からの帰り道、ハンドル片手にアイスクリームを食べながら、そんなことを考える私だった。
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