特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

酒と遺書

2024-06-20 05:19:19 | 遺言書 遺書
私の仕事においては、自殺遺体や自殺現場に遭遇することは珍しいことではない。
昔は、自殺には通常死とは違った感覚を覚えていた。
変な言い方になるかもしれないが、時に新鮮だったり、時に不気味だったり、時に憤ったり、時に同情したり、時に緊張したり、時に興奮したり。

いいのか悪いのか分からないが、今は、自殺遺体や自殺現場に慣れてしまった自分がいる。
自殺現場となると遺族からの依存度も高いので、それに応えようと妙に張り切ってテンションを上げてしまう自分がいる。
職業柄から仕方のないことかもしれないけど、明らかに一般の人と比べ死に対する感覚が異なっている自分がいる。

自殺を大きく分類すると、衝動的なものと計画的なもの、そしてその両方を兼ね備えたものに分かれると思う。
衝動的な自殺と計画的な自殺を判別する材料は色々あるだろうが、身辺整理をした形跡の有無と遺書の有無は大きな要素になると思う。
私の経験では、明らかに身辺整理をしたような形跡があった現場はなかった。整理整頓された部屋を、故人の死後に警察や遺族が散らかした可能性も大きいが。
また遺書を直接見たことはない。遺書の存在や内容を遺族・関係者から聞かされることはあっても。

遺書にも色々あるよう。
短いメモ書き程度のものやこれから死ぬ人間が書いたとは思えないようなシッカリした文章のもの、同じく残される人に遺志を託すものや残される人のことを案じるもの等。
自分が死んだ後のことを憂いながらも、自ら死を選ぶ究極の選択だ。
私も好き勝手な憶測で文章を書いていながら、真の理由は本人にしか分からないという淋しい現実があることも承知している。

遺体の傍に酒の空瓶や空缶が転がっている現場がある。
本当は死ぬのは不本意なのに死ぬしか道がないと覚悟して、それでもこの世に未練があったり残される人のことを案じたり、死ぬのが怖いと思いながら決死の自殺を図る・・・酒の力を借りて。
例によって、私の勝手な憶測かもしれないけど、酒を煽ったような跡がある現場は少しの戸惑いと嫌悪感みたいなものを覚える。
「酒の力を借りなければ自殺できなかったのか・・・だったら生きてりゃよかったのに・・・」と思ってしまうから。
これは、衝動的な自殺にあたるのだろうか、計画的な自殺にあたるのだろうか。
自殺にスッキリするもしないもないけど、どうもスッキリしないモヤモヤしたものを感じてしまう。

「だったら自殺なんかしなきゃいいじゃないか」と思うのは正しいことか。
「死ぬ気になったら何だってできる」と言うのは健常なことか。

自殺を考える人にとっての死は、楽になれること、苦難から逃れられること、ウサを晴らすこと。自殺を嫌悪する一般の人々とは相容れない価値観を持っている。
「死ぬ気になったら何だってできる」なんて理屈はナンセンス、通用しない。
「何でもやらなきゃいけないのなら死んだ方がマシ」と言うことになる。
6月14日掲載「自死の選択」で記したことも本音ながら、一方で自殺を否定しようとする自分と肯定しようとする自分が葛藤している。

私は遺書(遺言)を書いてある(書き続ける)。
親しい友人・知人に遺言を伝え、希望する葬式の仕様まで残してある。
もちろん、今は自殺願望はないけど私にとって生きるために遺書(遺言)は必要だから。
読者にも遺書(遺言)は書いておくことを勧めたい。
自分の誕生日に合わせて毎年遺書を書き溜めていくのがよくあるパターンかも。
遺書を書くと、自分にとって大事な人は誰か、何が大切なのかがよく分かってくる。
価値観の真(芯)が見えてくる。
そして、生き方が少しだけ変わる。


死にたくなったら、まず遺書を書こう。
一人で静かに時間をかけて、できるだけ素直に、できるだけ詳しく、残される人にできるだけの想いが伝わるように。
それが生きる術になるから。


トラックバック 2006/07/20 08:29:40投稿分より
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思秋期

2015-10-05 09:04:35 | 遺言書 遺書
いつの間にか、もう10月。
長く思えた猛暑の夏はとっくに過ぎ去り、季節は既に秋。
空は高く澄み、樹々は落葉・紅葉がすすみ、風は涼しさを増している。

春秋は、本当に身体に優しい季節。
春暖 秋涼・・・それを感じられるだけででも気持ちが和む。
特に、4月・10月は、“暑からず 寒からず”で一年の中でもっとも過ごし易い時期ではないだろうか。
今は、その10月。
この短い秋涼を心身に沁み込ませて、新たな鋭気を養いたいところである。

とはいえ、恒例の?冬欝の季節はもうすぐそこ。
昨季はチビ犬の死がそれを吹き飛ばしたが、一昨季の秋~冬はかなり苦しい思いをした。
そんなのは懲り懲りなのだが、残念なことに、今現在、嫌な予兆がある。
何となく、心身が重くなってきている。
そして、思考がマイナスへの偏りをみせてきているのだ。

この時季、肉体的に現場作業が楽になる分、重度の肉体疲労は起こりにくい。
しかし、時間に余裕ができるせいか、余計な思い煩いが頭を占めてくる。
かつて、「心の闇」と称していたものだが、これが厄介。
死人や死体現場に遭遇してイキイキ(?)するのも大問題だけど、私にとってはこっちのほうも大問題。
せっかく、自分を労うことができる季節がやってきたというのに、精神がダウンしてしまうなんて、まったく皮肉なものだ。

悪化してくると食欲も落ち、好きな酒も飲みたくなくなる。
大したことはやっていないのに、倦怠感に襲われ身体が重くなる。
何も起こっていないのに、虚無感に襲われ精神が重くなる。
ここ一年近く標準体重の維持に努め、一日でも多くの休肝日を確保することに努めている私にとって食欲・酒欲の減退は、肉体にはいいことのように思えるけど、健康にいいわけはない。

ただ、私の場合は、客観的にこうしてブログに書けているわけで、何とか“一般的な人(仕事以外)”を維持することができている。
ということは、まだ軽症のはず。
重症になると、言動や行動がおかしくなり(既におかしい?)社会に適合できなくなるだろうし、深刻な場合、生きることから逃避しようとするだろうから。
とにもかくにも、若い頃に苦い経験を持つ私は、そうなる前に打てる策は打つつもり。

昨年考えついた対策が、精神疲労と肉体疲労のバランスをとること。
螺旋階段を下ってしまう頭は放っておいて、身体には螺旋階段を上らせる方法。
・・・難しく言っているけど、平たく言えば「身体を動かす」ということ。
仕事はもちろん、それ以外でも、とにかく身体を動かすことに努めたい。
昨季は、山登りやウォーキングで随分とリフレッシュできたから、今季もそれをやりたい。
ウォーキングなんてその辺を歩くわけだからお金もかからないし、山登りも並の旅行や娯楽施設に行くことに比べれば格段に安くすむ。
懐にも優しいので、倹約好き(“ケチ”とも言う)の私にはうってつけ。
夏場に比べれば休みもとりやすいので、ここは積極的に汗を流しに出かけたいところだ。


そんな秋には、違う視点もある。
寿命を80年とし、20年区切りで四季を重ねてみると、40代の私の季節は“秋”。
ちょうど、今と重なる。
どことなく寂しいような気もするが、何とも癒されるような時季でもある。
とかく、世では、若い“春”“夏”ばかりがもて囃(はや)されがちだけど、そうではない。
四季に上下はなく、その価値に差はない。
折々に、その季節にしかない味わい・情緒がある。
私の場合、学ぶべき“春”は遊んでばかり、成すべき“夏”は考えてばかりだったような気がして後悔しきりだけど、それでも、こうして“秋”を迎えることができている。

ただ、“人生の四季”はすべての人に与えられているわけではない。
“春”で亡くなる人もいる。
“夏”で亡くなる人もいる。
“秋”まで生きる人がいる。
“冬”まで生きられる人がいる。
・・・そう、皆が“冬”まで生きられるわけではない。

これまで、私の身近なところにも、色々な“季節”の終わりがあった。
10代で事故死した小学校の同級生。
20代で事故死した中学校の先輩。
30代で病死した友人。
40代で事故死した従兄弟。
50代で急死した元同僚。
承知のとおり、人生の終焉は老若男女・賢者愚者を問わず訪れるのだ。

“30代で病死した友人”ついては、2011年4月1日「一粒の麦」に記したとおり。
彼の勤務先があったビルは、私がよく使う高速道路脇の高層ビル群にある。
高層であると同時に高速道路のすぐ脇に建っているため、イヤでも(“イヤ”ということはないが)視界に入ってくる。
すると、私の視線は、おのずとそのビルに向く。
そして、晩年の出来事を昨日のことのように甦らせる。

病気が発覚してから、たった半年で逝ってしまった彼。
一時は復調したかのように見えたが、それは一時的なもの。
一流企業に勤務し、妻と幼い三人の子供がいて、まさに「これから」というときで、“秋”に夢も持っていた。
しかし、その願いはかなわず・・・
亡くなったのも晩夏なら、年齢も“晩夏”だった。

彼が亡くなってから7年余。
「もうそんなに時間が経ったのか・・・」
と、しみじみ思う。
そして、生きたくて、生きたくて仕方がなかった彼を思い出す。
死にたくなくて、死にたくなくて仕方がなかった彼を思い出す。
それでも、死から逃れることができなかった彼を思い出す。
“秋”を迎えることができなかった彼の苦悩を思い出す。

彼を思い出すのは、彼のためでも彼の家族のためでもない。
結局、自分のため。だから、思い出す。
自分本位の感傷であることはわかっている。
それでも、思い出す。自分のため。
そして、彼の死が私にもたらした実を反芻する。


欝々と始まる月曜の朝。
それでも、多くの人は、行きたくない学校へ行き やりたくない勉強をし、行きたくない会社へ行き やりたくない仕事をする。
際限なく涌いてくる憂鬱と戦いながら、目の前の役割をこなしていく。
私は曜日の関係ない仕事をしているけど、過酷な労働が予定されている日の朝は、億劫になることもしばしば。
とりわけ、これからの時季は、些細なことでも憂鬱に陥りやすい。
それでも・・・それでも、限りある人生にとって今日はかけがえのない一日。
生きていることだけで輝く一日。

「二度とない人生、時間をつまらなく浪費するのはもったいない」
「限りある人生、明るく楽しく過ごさなきゃいともったいない」
下手にそういう理屈を身につけてしまっている私は、それが実行できないがために、ただ悩むだけではなく、悩んでいることにも悩んで沈んでしまう。
ネガティブ思考が自分のためにはならないことは、理屈としてはわかっていても、どうしても、自分のためにならないことを考え、仕方がないことを思い煩ってしまう。

「心」というものは面白いもので、自分の思い通りには動かない。
落ち込みたくなくても落ち込み、沈みたくなくても沈んでしまう。
「頭」もまた然り。思い通りには働かない。
考えたくないことを考え、望まない答を返してくる。
心も頭も自分のモノであるはずなのに、なかなか自分の言うことをきいてくれない。

ならば、一歩譲るしかない。
苦楽、悲喜、泣笑は表裏一体。
悩んだって、苦しんだって、悲しんだって、泣いたって仕方がない。
良薬が口に苦いように、それらは人生に必要なものなのだろうから。
「今日一日、生きられているだけでラッキー!」
と、バカになって悩めばいい、苦しめばいい、悲しめばいい、泣けばいい。
悩んでいることに悩まないで、苦しんでいることに苦しまないで、悲しんでいることに悲しまないで、泣いていることに泣かないで。


私の“秋”はどこまで深まるのか、私に“冬”はくるのか・・・私は、自分の寿命を知らない。
漠然と、“限り”があることを知っているだけ。
そして、それは自分が思っているほど先のことではないだろうということを想像しているだけ。
自分の死期を知りたいと思うことはあるけど、どうしたって知ることはできない。
ただ、せっかくの“秋”。
この“秋”に、私は何をすべきなのか、何ができるのか・・・
ただ働き、ただ生活し、ただ老いていくだけなのか・・・

収穫の秋、行楽の秋。
燃える紅葉が現れるように、私も自分の“秋”を燃えるように生きてみたい。
・・・そう願いながら、秋と残された時間に思いを馳せてい



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備えあれば

2012-03-16 08:39:07 | 遺言書 遺書
大震災から一年が過ぎた・・・
何をどう書いても書ききれず、何をどう書いても軽くなる・・・
これを歴史に片付けるには、まだ相当の時間がかかりそう・・・
しかし、時に後退はない。
個人的にも社会的にも、明るい話題を集めて憂鬱な世相を払拭したいところだ。

今年は、四年に一度のうるう年。
オリンピックイヤー。
夏にはロンドンオリンピックが開催される。
日本にも世界にも、これを楽しみにしている人は多いだろう。

ただ、私の場合、オリンピックにはほとんど興味がない。
これは、昔から。
国家的イベントなのだから、一国民として興味をもってもよさそうなものだけど、そもそもスポーツというものに興味がない。
そうはいっても、日本選手の健闘活躍を願う気持ちはある。
一つでも多くのメダルを持って帰って欲しいと思う
今の日本は、明るいニュースに飢えているから。

ホント、私はスポーツに縁がない。
幼少期から通じて、スポーツを熱中してやったことがない。
部活も“帰宅部”、引っ込み思案で目立たない少年だった。
精神と肉体を酷使する人生が待っていることがわかっていれば、少しは鍛錬を積んでおいたかもしれないのに・・・
イヤ、その前に、それがわかった時点で違う道に進むことを考えるべきだな。

オリンピックといえば、東京も再び招致に名乗りを上げている。
実現すれば2020年、8年後の話。
「オリンピックに興味はない」といっても、東京開催となると話は別。
賛否両論あるみたいだけど、私は賛成派。
難しいことはよくわからないけど、お祭りがやってくるみたいで明るい気持ちになれるから。
ただ、残念ながら、これには地震の可能性が大きく影響するのではないかと思う。

地震といえば、再び大地震がくる可能性が「4年以内70%」と発表された。
「“70%”という数値は“100%”と言っているのと同じこと」と評している人も多い。
「4年なんて長い」「もっとはやく起こる」と言ってる学者もいるそうだ。
とにもかくにも、これは衝撃的な数値。
「4年以内」ということは、今日も明日もその範囲内・・・つまり、「今起こってもおかしくない」ということであり、のん気に酒ばかり飲んでる場合じゃないかもしれない。

実際、日本全国を見渡すと、あちらこちらで毎日のように地震が起きている。
あまりに頻繁に揺れるものだから、もう慣れてしまっている。
震度4くらいでは驚かず、模様眺め。
揺れが大きくなる可能性は充分にあるのに、避難する体勢もとらず他人事みたいにのん気に構えている。
これじゃ、イザというとき逃げ遅れてしまうだろう。

しかし、こうして憂いてばかりでは何にもならない。
情報はしっかり押さえておきつつ冷静さを保つことが必要。
こちらの感情に関係なく、くるものはくるのだから。
ただ、どうせなら、できるだけ先にしてほしい。
立ち直ろうとしているときに追い討ちをかけないでほしい。
そして、できるだけ小さくきてほしい。
ただでさえ経済が冷え込んでいるのに、このうえ大きく被災すると日本がどんでもないことになりそうだから。

とにもかくにも、備えが肝心。
イザというとき、一人一人の小さな備えが大きな力を発揮すると思うし、それが、人を救い、ひいては国を支えることにつながるかもしれないから。
私の場合は、車であちこちの街に出向くことが多いので、出先で被災することも想定している。
だから、車には、わずかながら防災用品を積んでいる。
イザというとき役に立ちそうなものを、役に立つようなことが起こらないことを願いながら備えている。
あと、物資の備蓄だけではなく、知識の習得や情報の共有も大切。
そのとき自分はどこにいるか、自分の生活パターンの一つ一つに地震を重ねてシュミレーションし、とるべき行動を頭に準備しておく。
また、周囲の人達とも、連絡方法や集合場所、むやみに探しあわないこと等の約束事をしておいた方がいいと思う。

縁起でもないことをいうようだけど、地震への備えと同時に、死への備えが必要かもしれない。
これは、私が言うまでもないことで、先の大震災が実証済み。
ことが起これば、街は一変する。平穏と冷静さを失う。
多くの家屋が倒壊するかもしれないし、火災が多発するかもしれない。
残念ながら、多くのケガ人がでることも容易に想像できる。
そしてまた、多くの人が亡くなることも。
その一人に自分が含まれる可能性は充分にあるのだから。

死の準備の代表格は遺言書。
手軽なのは書面。
音声や映像で残しておくのも一手。
ただ、あまり凝ったところに隠しておかないほうがいい。
「遺言書があるみたいなんですけど、見つからなくて・・・」
遺品処理をする中で、そんな相談を受けることがままある。
残された人に見てもらえなければ意味がないわけで、置いておく場所には一工夫いると思う。
ただ、大地震の場合は、家屋倒壊・火災・津波などで遺言書が消失してしまう可能性も大きい。
もう、これは避けようがない。
そうなる可能性もあることを覚悟したうえで備えるか、あとは、あらかじめ口頭で伝えておくしかないだろう。

遺言書って、書いてみると面白いことがわかる。
軽い価値観が沈み、重い価値観が浮かび上がってくる。
漠然としていた物事の優先順位が具体的になる。
そして、向かうべき方向がクリアになる。
死後のための指針が生きるための指針となって反射してくるのである。

ただ・・・
「この世を生きることだけで充分に大変なのだから、死後のことについて考える余裕なんてない」
「歳も若いし身体も健康だから、考える気がしない」
・・・多くの現実がこれか。
「なるようになる、なるようにしかならない・・・備えても仕方がない」
「悪あがきしてるようで見苦しい」
・・・こんな意見もある。
一理あると思う。
そのときに慌てなければそれでいいと思う。
人に迷惑をかけなければそれでいいと思う。
後悔しなければそれでもいいと思う。

私は、事が起こったらうろたえるタイプ。
イザとなったらみっともないくらいに慌てるはず。
「人はいつ死ぬかわからない、いつ死んでもおかしくない」と、常日頃、悟ったような態度をとっているけど、ただ、これは、頭がその理屈を知っているだけのこと。
リアルに受け止めて、覚悟をきめているわけではない。
だから、仮に今、余命宣告でも受けようものなら、ヒドク動揺するし、ヒドく落ち込むと思う。
だから、備えないわけにはいかない。

先の大地震では多くの人が亡くなった。
この冬の大雪でも何人もの人が亡くなっている。
病死、事故死、自殺・・・毎日毎日、多くの人が死んでいる。
うちの会社だけでも、毎日、何人もの人の葬送にたずさわっているわけで、故に、身近なところを死が通り過ぎている。
同時に、自分の番が刻一刻と近づいてきていることも否応なく意識させられている。
だから、備えることを考える。
少しでも死をやわらかく受けとめるために。


母の肺癌は小康状態を保っている。
先走った治療はせず、このまま経過観察を続ける方針。
今のところ、余命宣告は受けていない。
「死ぬのはこわくない」「生きることに執着はない」
悟ったようなことを言ってはいるが、憂鬱に支配された心情は隠しきれていない。
感情の起伏が激しく、周囲を振り回す。
「誰も心配してくれない」「誰もわかってくれない」
口から出る言葉には不平不満が多く、わがまま放題。
まるで、駄々をこねる子供のよう。
親に対して抱くべき感情ではないが、その様は見苦しい。
「もっと穏やかに過ごせないものか、もっと人に優しくなれないものか・・・死を身近に感じてるなら尚のこと」
・・・そう腹立たしく思う。
ただ、そんな母を、一方的に批難することはできない。
その醜態に、近い将来の自分が重なって見えるから。
それが悔しく、寂しく、恐ろしく・・・これまでに自分が培ってきたものを虚しくさせるから。


人は弱い・・・
生きることに対しても、死ぬことに対しても。
進化した医療技術を駆使しても、肉体の老化を止めることはできないし、定められた寿命を延ばすこともできない。
発達した科学を駆使しても、過去を変えることはできないし、先を見定めることもできない。
時間をコントロールする力なんて、到底、持ち得ない。
しかし、時に対して備えることはできる。

死に備えるには、まず、これから先を見てみることが必要。
今の延長線上にある先と自分が死んだ後を見れば、その是非も見えてくる。
自分は、何を大切にし、何を成し、何を残したいか・・・
それらが浮き彫りになれば、生き方を考えることになる。
生き方を考えれば、生き方が変わる。
自分が「正しい」と考える方向、自分が「良い」と考えるかたちに今の生き方を変えることができれば、自ずと、死に対する備えも整ってくるのではないかと思う。

大地震を意識しながら生活するなんて、何とも落ち着かなくて窮屈。
死を意識しながら生きることも、同じように思えるかもしれない。
そんなこと気にしないで気楽に愉快に過ごせば、人生はそれなりに充実したものになるだろう。
しかし、死を意識すれば、時間の密度や濃度は更に上がる。
その有限性と希少性によって特別に取り上げられた人生には、真の充実感、楽しさや喜びの実感、多くの幸が湧き出るのではないだろうか。


“備え”は“憂い”によってもたらされる・・・
憂鬱は、精神を冷たい暗闇で覆う。
それ自体は、温かくも明るくもない。
ただ、それは、ストーブのための灯油のようなもの、懐中電灯のための電池のようなもの。
その精神を温めるきっかけになることがあり、未来を照らす手助けをしてくれることがある。
そしてまた、人生の中のひとつの時間でもある。

幸か不幸か、私には、抱えきれないほどの憂鬱が与えられている。
まずは、そんな備えのチャンスが与えられていることに感謝することから始めたいと思う今日この頃である。




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