特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

無才凡人

2016-12-31 09:01:13 | 生前整理
「怪しそうな人が来るんじゃないかと思ってました・・・」
依頼者の女性二人は、そう言って、気マズそうに笑った・・・・・


知人を介して、現場の調査依頼が入った。
依頼の内容は遺品処理の見積り。
訪れた現場は、郊外の住宅地に建つ古いマンション。
依頼者は、二人の初老女性。
二人は姉妹で、亡くなったのは二人の姉、三姉妹の長姉。
間取りは一般的な3LDK。
一人で暮すには広すぎるくらいの部屋だったが、夫に先立たれ子がなかった故の一人暮らしだった。

故人は老齢となった頃、癌を罹患。
ただ、高齢者特有の病状で、その進行はかなり遅く、病とは長い付き合いとなっていた。
そうは言っても、病状は少しずつ進み、晩年は、ほとんど病院生活。
そんな故人は、自分の死期を悟り、少しずつ家財を片付け始めた。
それは、“自分の後始末はできるだけ自分でしたい”との意志と、“残される親族の負担を少しでも軽くしておきたい”との配慮からくる故人なりのケジメだった。
だから、残された家財の量も多くはなく、室内は生活感がないくらい整然としていた。

それでも、自分が生きているうちにすべてを片付けることは不可能。
夫も子もない故人にとって後始末を頼めるのは二人の妹だけで、故人は、死後の後始末を二人の妹に託した。
しかし、そんな二人も老齢で、しかも未経験のこと。
何をどうすればよいのかよくわからず、遺品の処分は二人の手に余った。
が、自分達がよくわからないことを見ず知らずの人間に頼むのは不安がある。
また、精一杯の終活をして逝った姉を悲しませぬよう、事はトラブルなく処理したい。
かと言って、信頼をもって頼めそうな知人もいない。
そこで、人づてに私との接点が生まれたのだった。

昨今は、「消費者契約法」などという法制が必要になるくらい物騒な世に中になっている。
二人が、何を不安に思い、何を心配しているのか、だいたいの想像はついた。
それは、「自分達が老齢の女性であることをいいことに、無茶な契約を結ばされるのではないか?」「いい加減な仕事をされるのではないか?」ということ。
そのため、見ず知らずの人間ではなく、知人を介して頼める人間を探したわけ。
それでも、二人は用心深く、私に対して強い警戒心を抱いているようで、私が穏やかな雰囲気を醸しながら挨拶をしても表情と態度は硬く、それは、中年男のつくり笑顔くらいで崩れるようなものではなかった。

二人が、私の仕事やそれに従事する人間についていい印象を持っていないのは明らかだった。
ある意味で職業に貴賎はないが、ある意味では、職業に貴賎はある。
努力・忍耐とは縁のない、低学歴で無教養の無才凡人が行き着く仕事・・・
自堕落な無才凡人が、職を転々とした挙句に行き着く仕事・・・
そんな印象を持っていたのではないかと思う。
そして、それは、あながち間違っていないと思う・・・残念ながら。

私の仕事に対して持たれる印象やイメージに“偏見”を感じることは少ない。
「それは偏見だ!」と非難したいところけど、実のところ事実であることが少なくないから。
「儲かる」「稼げる」といった金銭がらみの偏見は事実に反するけど、従事している人間の人格・キャリア・能力・資質などは「世間の偏見≒事実」である。
この仕事は、世間(人)からは、“いいイメージは持たれない=悪いイメージを持たれやすい”のである。

先入観が沸く心や偏見をもって見る目は、誰かに備えつけられたものでもなく、誰に押しつけられたものでもない。
それは、生来の人間が持って生まれた性質、人が抱く素直な気持ち。
もちろん、それらを受ける当事者(私)にとって愉快なことではない。
だけど、憤るほどのことでもなければ、非難するほどのことでもない。
私だって、先入観をもち、偏見で人や物事を見ることはあるから。

私は、それを受け入れつつも、そのマイナスイメージをプラスに転じようと努力する。
丁寧な言葉をつかい、礼儀をわきまえ、態度や表情にも注意をはらう。
名刺もキチンとしたものを持ち、資格に裏打ちされた知識も駆使する。
現場を流しているから仕方がないときも多いけど、それなりに身だしなみにも気をつける。
業務上で酷い格好になってしまったときは、
「作業をやってきたものですから、汚い格好でスミマセン」
と、最初の挨拶に一言つけ加える。
事前印象はマイナスでも、第一印象でプラマイゼロまでもっていき、作業完了までにプラスに転じることができればいいと思っている。


家財の少ない3LDKを見るのに、そんなに時間はかからず。
一通りの検分を終えた私は、すすめられるままリビングのダイニングチェアに腰を降ろした。
お茶をすすめられたものの、そこに雑談を挟むような和やかな雰囲気はなく、私は、必要な作業の内容と費用を事務的に説明。
そして、業務上の質疑応答を二~三度繰り返して、とりあえずの話を終えた。

営業上は契約を勧める必要があったのだが、二人は、押し売られることを最も警戒しているはず。
それを察していた私は、あえてそれをせず。
また、仲介してくれた知人の顔を潰すようなことになったらマズイし、二人が契約の意向を積極的にみせないかぎり、現地調査だけで退散するつもりでいた。

「他に何かお尋ねになりたいことありませんか?」
「ないようでしたら、今日はこれで失礼します・・・」
私は、暗に、“契約の強要はしない”という意思を示しつつ、無用の長居はしない姿勢をみせた。
すると、二人は、少し間を置き、ちょっと訊きにくそうにしながら、
「このお仕事、長くされているんですか?」
と、質問してきた。

実際、この類の質問を受けることは多い。
したがって、それに応えた数も多い。
私は、“よくぞ訊いてくれました”とまでは思わなかったものの、それが二人の警戒心を解く会話の糸口になりそうな気がして、そんな期待感を抱きつつ話を始めた。

私が答えた従事歴は二人の想像をはるかに越え、その動機や仕事内容は、まったくの想定外だったよう。
二人は、“職を転々とするような人がやる仕事”“仕方なくやる仕事”といった先入観を持っていたのだろう。
しかし、幸か不幸か、私は職を転々とはしていない。
他にやれることがないから、ずっとこれをやっている。
また、生活のためとは言え、結構、積極的にやっており、「金のため 自分のため」とイキがってはいるけど、依頼者や関係者に感謝されたり頼りにされたりすると、喜びを覚えたりもしている。

二人は、私の話が進むと同時に、私がそんなに怪しい人間ではない(自分で言うのも変だけど)ことがわかってきたのか、少し驚いた表情をみせた後、硬かった表情を徐々に和らげていった。
そして、それが私の信頼度を計るバロメーターになったのか、話は契約締結の方へ進んでいった。


「実のところ・・・怪しそうな人が来るんじゃないかと思ってました・・・ごめんなさいい・・・」
その言葉に悪意は感じず、むしろ好意をもってもらえたが故の言葉、私を褒めてくれる言葉だと感じた私は素直に喜んだのだった。
そして、限界を感じることが多く、後悔だらけの職業人生だけど、長くやっていることを評価してもらえるだけで、人に認めてもらえたような気がして、自分の人生を肯定できる喜びを感じることができたのだった。



今日で今年もおしまい。
凛と澄んだ空の下、今のところ、今日は小さな現場を一件予定しているだけ。
追加業務が発生しなければ、夕方も遅くならず退社できるだろう。
そして、普段は粗食でも充分に満足できる私だけど、今夜は、少しはいいモノを食べようと思っている。
ただ、明日も仕事だから、深酒はできない。
ま、仕事柄、それも仕方がない。
まずは、そんな中にあっても、一年を生き通すことができ、また新たな年を迎えることができる(多分)ことに感謝!感謝!

ブログはあまり書けなかったけど、今年も色々なことがあった。
多くの現場を走り回り、そして、色々な人との出会いがあった。
そのほとんどは良識をもった良心的な人達なのだが、少数ながら、中には、苦手なタイプの人や嫌なタイプの人もいた。
心無い態度や言葉によって、悲しい思いや悔しい思い、惨めな思いしたこともあった。
自分自身の弱さや信念のなさで、悲しい思いや悔しい思い、惨めな思いしたこともあった。
世間一般にマイナスの印象を持たれるのは仕方がない。
それは、ある種、自然なこと。
ただ、誰かにとってプラスの存在になれればいいと思っている。
依頼者との関係において価値ある仕事ができればいいと思っている。
それが、汚仕事に従事してくたびれる自分を励まし、勇気づけるのだから。

私は、何事においても、一つのことを続けていくことは大切なことだと思っている。
「究める」なんて大袈裟なことは言えないけど、そう思う。
こんな仕事だけど、現に、そうしてきてよかったと思えることは多い。
しかし、肉体は老い衰え、精神は熟し鮮を失い、社会情勢は変化していく。
この先、いつまでこの仕事を続けていけるかわからない。
この先、いつまでこの人生を続けていけるかわからない。

この先、どうなるかわからない不安がある。
この先、どうなるかわからない恐怖がある。
しかし、どうなるかわからないから希望が持てる。
どうなるかわからないから期待ができる。
自由は不確かなところにあり、不確かな明日だからこそ自由に志向できる。

2016年大晦日にあって、この無才凡人は、新たな年に向かって覚える不安と恐怖を希望と期待を変えようと、マイナスの心とプラスの心を必死に戦わせている。
そして、幾度も繰り返されてきたその戦いに、幾度も繰り返されるであろうその戦いに、「俺って、懲りないヤツだよな・・・」と、希望を誘うための笑みを浮かべているのである。



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Gambler

2016-12-27 09:26:27 | 特殊清掃
唯一年の今年も残り少なくなってきた。
唯一生の私の人生も残り少なくなってきた。
「どうすれば、なりたい自分になれるのか・・・」
と苦悩しているうちに時間ばかりが過ぎている。
「この先、どう生きていくべきか・・・」
と思案しているうちに時間ばかりが過ぎている。

そんな年の瀬にあって、先日、不気味なくらい暖かい日があった。
日中も20℃近くまで気温が上がり、夜になってもほとんど下がらず。
車中だと暑いくらいで、とても12月の下旬とは思えないような気候だった。
冬の温暖と地球温暖化を直結するのは見識がなさすぎるのだろうけど、人知を超えた力が人類の望まない方向へいっていないことを願うばかり。
ただ、このところは冬らしい寒さが再来し、身体は縮こまっている。
プラス、年末の物入りで、懐まで寒くなっている人が少なくないのではないだろうか。

そんな真冬にあって、あちこちの街を走り回っている私は、先日まで、ある光景をよく目にした。
それは、宝クジの売店とそれに並ぶ人々。
売る側はアノ手コノ手で宣伝し、庶民の金銭欲をかき立てる。
過去に当選クジがでたことがある店は、派手な看板を掲げて大々的にPR。
そして、その看板の下には、厚着をした人々の長蛇の列。
お金は万能ではないけど、大きな力を持つのも事実。
この世には、お金で解決できる悩みが多すぎるため、一攫千金を夢見る庶民は1000万分の1の紙切れに人生の大逆転を懸けてみる。
同類の私にとっては、それは、微笑ましいような、また苦笑いがでるような光景だった。

列に並ぶ人達の気持ちはよくわかる。
私だって、お金は大好き。
楽して手に入れられるものなら手に入れたい。
しかし、稼金の王道は労働・・・働くしかない、一生懸命に。
“楽して稼ぎたい”という欲望を消すことはできないけど、労働意欲も失わないでいたい。
働かずして得る富は楽しいものだけど、働いて得る富は喜ばしいもの、そして尊いものだから。



出向いた現場は、公営団地の一室。
建物はかなり古く、近年、大規模修繕がされた様子もなし。
公営住宅は定期的に修繕がなされるのだが、それがされていないということは、その建物に“取り壊し・建て替え”の計画があるケースが考えられる。
となると、役所は、住人が退去した後に新たな入居者を入れたりはしない。
つまり、空室が多くなる。
同時に、建物や他住人に対して使う神経も少なくて済み、作業もやりやすくなる。
空室の有無や数は、建物全体をベランダ側から眺めたり、集合ポストを見たりすれば一目瞭然。
私は、約束の時刻まで時間があったので、その辺のところを確認するべく、建物の周囲をブラリと歩いた。

案の定、建物には多くの空室があった。
建物をベランダ側から眺めると、カーテンのないガランとした部屋がいくつもあり、1Fの集合ポストエリアには、テープで口をふさがれたポストがたくさんあった。
あとは、住人が一人もいなくなるのを待つのみ・・・
建築物としての“死”を待つばかりの老朽建物が醸し出すもの悲しさは、そこに暮す人々の人生と重なって、私に、時の移ろいの寂しさと切なさを感じさせた。


約束の時刻の少し前、依頼者の男性は、私が待つ玄関の前に姿を現した。
その玄関前には例の異臭が漏洩。
それが共用廊下に漂っており、何とも不快な状況をつくりだしていた。
「かなりニオイますねぇ・・・」
「そうですね・・・」
我々は、そんな言葉を交わし、それを初対面の挨拶とした。
ただ、幸いなことに、両隣は空室で、同じ階に住む住人もまばら。
苦情がきても不自然ではない状況でありながら、どこからも苦情はきていなかった。

玄関を開けると、異臭濃度は急上昇。
それでも、私に気を使ってだろう、男性は私と一緒に部屋に入ろうとした。
が、男性にとって、それは相当に酷なことのはず。
だから、私は、
「私は慣れていますから・・・」
「服にニオイもつきますし・・・」
と、一人で入ることを示唆。
すると、男性は、
「申し訳ありません・・・」
「正直・・・見たくないもので・・・」
と、申し訳なさそうに、私に頭を下げた。


亡くなったのは70代の男性。
依頼者の男性はその息子。
ただ、故人と妻(男性の母親)とは、もう何年も前に離婚。
以降、関係は疎遠になり、特段の要がない限り連絡を取り合うようなこともなかった。

故人と家族の別離の原因は、金銭問題。
故人は、真面目な職業人であったのだが、大のギャンブル好き。
家族に隠れて借金をしてまでギャンブルをするような人だった。
そんな生き方が明るく想像できないのは私だけではないだろう・・・
結局、それが祟って、家庭は崩壊。
以来、故人は、この部屋で一人暮しをしていたのだった。

定年で職を辞した後、故人は年金生活となったのだが、それでもギャンブルをやめず。
生活費を切り詰めてでも、ギャンブルにつぎ込んでいたよう。
そんな故人の生活ぶりを表すかのように、部屋は荒れ放題。
水回りはカビだらけ、床はゴミだらけ、この件(遺体腐乱)を除外したとしても相当に汚損。
また、部屋には、多くの公営ギャンブルのグッズや購入券をはじめ、消費者金融の明細書等も目障りなくらい散乱していた。

社会や人に迷惑をかけることなく、自分が責任をとれる範囲内でギャンブルを楽しむのは悪いことではないと思う。
けど、家族に迷惑をかけたり、借金を返さなかったりするのはよくない。
ただ、私には到底 理解できないけど、世の中には、借金をしてまでギャンブルをする人がいるのも事実らしい。
これは、薬物のような、一種の中毒みたいものなのだろうけど、どう考えてもマトモなこととは思えない。

「これまで、家が一軒建つくらいスッたんじゃないでしょうか・・・」
「それがなきゃ、いい父親だったんですけどね・・・」
男性は、諦め顔でそう言った。
そして、
「それでも、本人は好きなように生きたんでしょうから・・・」
「家族は迷惑しましたけどね・・・」
と、苦い過去は全て水に流して、良い父親だった故人だけを残そうとするかのように、薄い笑みを浮かべた。



「人生はギャンブルみたいなもの」
そう思える局面は多いし、そう考える人も多いだろう。
確かに、人は、日々、小さな選択 大きな選択を繰り返し、そして何かに懸けて生きている。
それが、吉とでるか凶とでるかわかならい中で。
しかし、ギャンブルとは少し違う。
人生は、ギャンブルとは違い、勝ち負けがハッキリ区別できない。
また、仮に負けたと判断したとしても、ゼロにはならない。
一生懸命やったこと、頑張ったこと・・・それらは“ゼロ”ではない。
目当ての“勝ち(価値)”がもたらされなくても、何かが残る。
それは、違うときに活き、違うかたちの“勝ち(価値)”を残す。

「自分に懸けてみる」
そう言えばカッコはいいけど、この俺(自分)は人生を懸けるに値する者かどうか・・・自信はない。
しかし、自分の人生を他人に懸けることはできない。
他に懸ける者はいない・・・誰にも懸けないで終わるか、自分に懸けて生きるか、どちらかしかない。
どうせなら・・・一度きりの人生なら、自分に懸けてみたいような気がする。
自分に懸けて“ゼロ”はないのだから。
せっかく、自分として生まれ、自分として生かされているのだから。

“自分に懸ける”とは、大きな夢や高い目標を持つことばかりではない(もちろん、それらを持てたほうがいいけど)。
自信の持てる自分をなろうとすることでもなければ、誇れる自分になろうとすることでもない(もちろん、そんな自分になれたほうがいいけど)。
夢や目標が持てなくても、自信がなくても誇れなくても、まずは、目の前の役割に誠実に取り組み、日常の使命を頑張ることが大切。
休肝日を守り、ウォーキングを心がけ、汚仕事へ いの一番に走り、駄欲を遠避け・・・
笑えるくらい些細なことをコツコツと着実にこなすことで、見えてくるものがあり、作られてくるものがある。
そして、それらは配当となって、人生の各所にもたらされるのだと思う。


ケチで小心者の私は、ギャンブルには向かない。
神経質で臆病者の私は、ギャンブルには向かない。
しかし、人生の終盤にさしかかり、ようやく、私は「自分に懸けてみようかな」と思えるようになってきている。
浮き沈みのある気分の中で、ときには恐れや躊躇いも覚えるけど、自分に期待しつつ、自分なりの力量で、日々の時間=人生を懸けてみようと思っているのである。



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万歳!

2016-12-07 07:28:05 | 腐乱死体
二ヶ月近く中断していたウォーキングを再開したことは、前記事で書いた通り。
寒中の外歩きは なかなか面倒なことではあるけど、どちらかと言うと、歩かない方がストレスになるような気がしている。
だから、“歩きすぎ”と左股関節の具合に注意しながら、また、日によっては休みながら続けていこうと思っている。

私のウォーキングコースは、主に二つある。
一つは会社の近くで、もう一つは自宅の近く。
早朝や夜間に歩くのは大変なので、回数的には、会社近くのコースを歩くことが圧倒的に多い。
時間帯を同じくすると、何人か同じ面々と重なる。
多いのは、高齢者。
時間があり、かつ健康が気になる年代だ。
あとは、犬の散歩で歩く奥さん方。
夕方、早い時刻だと、部活のトレーニングで走る高校生もいる。
その他、何かのトレーニングなのだろう、ハイスピードで駆けていく若者もいる。
筋力もなく、関節も痛め、心臓も弱く、とても走ることなんかできない私は、その若々しい姿を、羨ましく、また懐かしく思いながら眺めている。

今年の初めの頃だったか、会社近くのウォーキングコース近くで、私等 下々の者には縁のない利権がからんでいると思われても仕方がないような ある設備を設置する大規模な工事が始まった。
そして、現場周辺に何箇所かある工事車両通過ポイントにガードマンが立つようになった。
その中の一人に、60代後半くらいの男性ガードマンがいた。
男性の名は“Fさん”、胸元の名札に表示されていた。
毎日のように歩いていると、お互いに顔をおぼえ、そのうち挨拶を交わすようになり、次第に一言二言と言葉を交わすようになった。
そして、日が進むと、2~3分の立ち話をするように。
工事のことや天気のこと、たいして意味のない会話だけど、顔を合わせる度に何かしらの話をするようになった。
そうして、春・夏と季節は過ぎていき、仲秋になって、私はウォーキングを中断した。

そして、最近、二ヶ月近くぶりにウォーキングを再開。
再開初日、コースを進んでいくと、変わらず警備の仕事をするF氏の姿が遠くに見えはじめた。
更に進んでいくと、F氏も私に気づいて、
「最近、目が悪くなっちゃって・・・どっかで見たことある人なんだけど・・・誰だっけ?」
と、久しぶりに姿を現した私を、目をこすりながら冗談でイジり、
「久しぶりじゃないのよぉ! 何かあったのかと思って心配してたんだよ!」
と、笑って迎えてくれた。
「いや~・・・ちょっと・・・また股関節の調子が悪くなっちゃって、歩くの しばらく控えてたんですよぉ・・・」
と、私も笑いながらペコペコし、
「でも、最近、少しよくなったんで、ぼちぼち再開しようと思って・・・」
と、その場で高く腕を振り、軽快に足踏みをしてみせた。

積もる話があるような ないような妙な間柄だけど、とりあえず、股関節の具合を説明したり、工事の進捗具合を聞いたり、11月24日の雪が大変だったことを話したり、しばし、とりとめのない話をして後、
「じゃ、また近いうちに!」
と、私はF氏に浅く敬礼。
一方のF氏は、万歳をするように両腕を上げ、
「がんばって!」
と、再び歩き始めた私を見送ってくれた。

私は、F氏の正確な年齢や家族構成、この仕事に就くに至った動機や経緯などは一切知らない。
ただ、工事現場のガードマンって、決して楽な仕事ではないはず。
しかも、F氏は身体も小柄で若くもない。
夏の暑さや冬の寒さは、相当、身体に堪えるはず。
それでも、生活のため・・・生きるために頑張っている。
この工事は来春まで続くらしいから、F氏は、まだしばらくそこで頑張るのだろう。
そして、これからも、F氏と顔を合わせることは何度かあるだろう。
私は、“社交辞令かもしれない”とはいえ、自分のことを気にかけてくれる人がいることを、とても嬉しく思うと同時に、F氏が頑張って働く姿を励みにもしているのである。


腐乱死体現場の検分依頼が入った。
依頼者は、地元の不動産会社の社長。
悪く言えば「無神経」、良く言えば「腹蔵ない」、そんなニオイのする人物だった。

「店番する者が他にいないから、鍵を取りに来て」
とのこと。
現地に鍵を持ってきてもらうケースが多い私は、“面倒臭いなぁ・・・”と思いつつも、
「はい!承知しました!」
と、商売返事をして、不動産会社の住所を訊いた。

出向いた不動産会社は、小さな商店街の中にある、これまた小さな店舗。
造りも古く、店頭に掲げられている宅地建物取引業の免許更新番号も大きく(古く)、業歴が長いことがうかがえた。

狭い店に入ると、老年の男性が一人。
この人物が、依頼者である社長。
私は、客用なのかスタッフ用なのか判断つかない古い椅子に座らされ、一通りの話を聞かされた。


現場は、社長の会社が所有し賃貸しているアパートで、かなりの老朽建物。
ガタガタの木造二階建、風呂はなくトイレも共同。
部屋は四畳半で、押入とモノ凄く小さな流し台がついているだけの簡素な造りだった。

そこで、部屋の住人が、ひっそりと亡くなった。
そして、その肉体は、長い時間をかけて溶解。
発見されたときは、ほとんど原形をとどめていなかった。

狭い室内は、ゴミだらけ。
床なんて、まったく見えておらず。
壁際や隅の方にいたっては、ゴミがパズルのように結構な高さに積み上がっていた。

遺体痕は、部屋の中央、ゴミが一番低い部分に残留。
その部分だけは、使用済みの機械油をぶちまけたように変色・変質。
更には、そこを住処にするウジ達が、我が物顔(どこが顔だかわからないけど・・・)で、這いまわっていた。

当然、部屋には悪臭が充満。
しかも、恐ろしく濃厚。
干渉し合わないのがアパート生活の暗黙のルールとはいえ、これで他住人が気づかなかったことを不思議に思った。


一通りの検分を終えた私は、鍵を返すため、再び不動産会社へ。
身についた悪臭をにわかに漂わせつつ、そのことを先に断ってから店の中に入った。
そして、室内の状況を説明しつつ、必要な作業と費用を2~3パターン提示した。

部屋は、一度、社長も見ており、大方の状況は把握していた。
しかし、“気持ち悪い”やら“クサイ”やらで、室内には一歩も足を踏み入れることはできず。
何をどうすればいいのか、何からどう手をつければいいのか、見当もつかないようだった。

私の提案を聞いた社長は、
「次、人に貸す予定はないから、最低限の仕事でいいんだけど・・・」
「おたくだって、こんな大変なことやらされて儲からないんじゃ、やってらんないだろうしねぇ・・・」
と、配慮をみせてくれ、私の要望も寛容に受け入れてくれた。

「仕事とはいえ、大変だねぇ!・・・」
「俺も、仕事で散々苦労してきたクチだけど・・・」
私の身体から漂い出る“ニオイ”に苦笑いしながら、社長はそう言った。
そして、
「こっちから頼んどいて こんなこと言っちゃ悪いけど、“なんで、そんな仕事やってんのかな”って思っちゃうよ・・・」
「その金額じゃ、そんなに儲かるとは思えないしねぇ・・・」
と、溜息まじりの呆れ顔でそう言った。

これは、多くの人が抱く、率直な疑問だと思う。
これまで、似たようなことを訊かれたことは数知れず。
きれいな言葉を使って遠まわしに探られるよりは、よっぽど気分が悪くない。
だから、この時も、「まったく」と言っていいほど気分は害さなかった。

私は、
「詳しく話すと長くなりますから・・・」
と前置きしたうえで、この仕事に就いた動機や経緯、そして、続けている理由をできるだけ簡略に伝えようと試みた。
が、要点があまりに多すぎて、たいして話を短くすることはできず。
それでも、社長は、真正面からジーッと私の目を見つめ、最後まで黙って私の話を聞いてくれた。

一応の話が済んだところで、私は、引き上げることに。
私が席を立つと、社長も席を立ち、手振りで私を制止。
そして、
「いい話を聞かせてもらったから、これは、その御礼だ」
と言ったかと思うと、
「○○君(私のフルネーム)の前途を祝して、万歳!万歳!万歳!」
と、大きな声で万歳三唱。
そして、
「これからも頑張んなよ!」
と、豪快な笑顔で励ましてくれた。

私は、社長の思いがけない行動に、ちょっとビックリ。
そして、しばし唖然。
しかし、そのうちに、胸の内に熱い喜びがジ~ンと込み上げてきた。
そして、目の前の問題や人生の不安が解決したわけでもないのに、晴々とした気分が身を覆い、また、“元気に頑張ろう!”と自分に思わせる力が身体の芯から漲ってきたのだった。


もう何年も前の話になるけど、あの時の万歳三唱は、今でも、思い出すと笑みがこぼれる。
誰かに気にかけてもらえたこと、励ましてもらったことは、とても嬉しいことだから。
また、社長がそれを知ったうえで声を張ってくれたのかどうかわからないけど、「万歳」という言葉には“生きろ”という意味もあるらしい。
それ思うと、一時的な喜びを超越した、自分に対する責任感のようなものが湧いてくる。

このブログにだって、同じようなことが言える。
その根底には、「生きろ」というメッセージが流れている。
もちろん、特定の誰かを意識して書いているものではないけど(あえて言うと“自分”だけど)、それでも、読んでくれる誰かのことを気にしながら書いているのも事実であり、読んでくれる誰かのことを励ましたいと思いながら書いているのも事実。
そしてまた、読んでくれる人の存在と、また、何の応答もしないのに、わざわざ書いてもらえるコメントに、私も、大いに励まされている。

共に笑い、共に泣き、
共に考え、共に悩み、
共に生き、共に生かされ、
自分の人生のひと時、誰かの人生のひと時、この小さなブログが、その舞台になるとするなら、それは、私にとって万々歳!なことなのである。



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特別な日

2016-12-01 07:25:14 | 遺品整理
このところの私、色々と弱っているため体調を崩したネタが多い。
体調が悪くても頑張っていることを自慢しているみたい?だけど、無論、そんなつもりはなくない。
それはさておき、今度は風邪をひいてしまった話。
この前の日曜から喉が少し痛み始め、次第にその痛みはヒドくなっていき、翌月曜の夜になると唾を飲み込むのも躊躇われるほどのツラい痛みに。
そんな具合だから、夜中もしょっちゅう目が醒める。
おまけに、汗をかくくらいの熱がでてしまい、熱いやら寒気がするやら。
ただでさえ目眩でヨロヨロしてるのに、更に、倦怠感まで加わって、結構 大変。
それでも、体調不良にかこつけて、むやみやたらにゴロゴロ・ダラダラするのは、逆に、心身によくないから、“よく食べ よく動き よく寝る”の生活を心がけている。

何はともあれ、今日から12月、何かと慌ただしくなる師走に突入。
桜や新緑を愛でたのは、ついこの前のような気がするのに、もう冬。
それまでは寒暖を繰り返していた気温も、下降の一途をたどりはじめたよう。
先月24日、季節はずれの雪が降った日を境に、寒さも厳しくなってきているように感じる。

夏の暑さも堪えるけど、冬の寒さも相当に堪える。
現場作業は冬のほうが楽だけど、冬場は気分まで冷えてきて苦悩する。
そういって不満を覚えながらも春夏秋冬を愛でたがるこのワガママ人間は、結構なエコイスト(≒ドケチ)でもあり、寒くなっても暖房は最低限。
今年も、バームクーヘン調ファッションで寒さを凌(しの)ごうと思っている。

重ね着もそうだけど、寒さを吹き飛ばすには、積極的に身体を動かすことも有効。
そうすれば、始めは寒くても、じきに温かくなる。
現場仕事となると、真冬でも汗をかくことがある。
また、現場作業だけでなく、ちょっとした運動でも身体は温まる。
私にとっての運動はウォーキングだけど、股関節痛と仕事の都合で、ここ二ヶ月弱の間、それまで日課にしていたウォーキングを中断していた。
しかし、最近、股関節痛も和らいだし(代わりに目眩を発症してしまったけど・・・)、仕事にも余裕がでてきたので、目眩による多少のフラつきをともないながらも、徐々に再開している。
やはり、適度に身体を動かすのは、身体的健康だけではなく精神衛生上もいいことのように思えるから、身体と時間がゆるすかぎり日課としていきたい。

日課といえは、最近、新しい日課ができた。
それは、朝の独り言。
“朝の独り言”だなんて、根クラで変態的な感じがするけど、詳細は以下。

人の死に日常的に接している私は、時間の有限性や希少性を痛感している。
事故、事件、災害、急病・・・
亡くなった人や悲哀に苦しむ遺族に対して無神経な言い方かもしれないけど、人間ってものが呆気なく死んでしまう場面は少なくない。
最も多いのは闘病の末に亡くなる人なのだろうけど、そうでない人も意外と多い。
そう・・・“死”というものは、いつ どんなかたちで現れるかわからない。
また、いつ どんなかたちで現れてもおかしくない。
“必然”は“生”ではなく“死”。
にも関わらず、当り前のような気分で生きている(生かされている)。
その辺のギャップが、人(自分)を滑稽に映し、また、人間らしく映している。
そして、その辺りの見識を活かした生き方ができないため、苦悩している。
そこで、それを少しでも解決するために思いついたのがコレなのである。

朝の起床時や出勤時などに
「2016年12月1日、一度きりの今日 二度とない今日は、俺にとって 俺の人生にとって特別な日! 大切に過ごさなきゃ!」
と、口にするようにしている。
小声で一度つぶやくだけだけど、心で思うだけではなく声をだして言うようにしているのだ。

何のためか。
今日一日を頑張るため、今日一日を充実させるため、今日一日を無駄にしないため、
自分を励ますため、自分を鍛えるため、自分を喜ばせるため、
・・・意味や目的は色々ある。

どうでもいいような些細なことだけど、実際、このセリフを口にするだけで、ちょっと気分が変わる。
憂鬱な気分に支配されることが多い私にとっては、これがちょっとした妙薬になる。
ドシャ降り雨の気分が いきなり快晴に変わるような劇的な変化はないけど、曇空に薄日が差すくらいの好転はみられる。
また、時間に対する意識と、その使い方が少し変わってくる。
そして、それが、うつむきがちな顔を上げ、止まりがちな足を進める。
働くうえでも、休むうえでも、学ぶうえでも、遊ぶうえでも、これを意識して、とにかく、ただの“ひまつぶし”で時間を浪費しないための自律訓にしているのである。



遺品処理の依頼が入った。
現場は、郊外の閑静な住宅地にある、やや古い一戸建。
故人は、その家の主で、行年は初老。
残されたのは、その妻で、夫と同じ年代。
傷心を癒すために遺品を片付けないでおいたのだが、夫の死からしばらくの時が経つうち、自分の先々にとってそれはプラスにならないような気がし始めて、思い切って片付けることを決意したのだった。

女性の夫(故人)は、とある企業で、長くサラリーマンをしていた。
仕事人間で、もともと健康志向は薄く、酒を飲みタバコも吸い、運動らしい運動もせず、食生活も自分の好みに従った食事が中心だった。
60歳で定年退職すると、不摂生生活は更に加速。
生活の足しにするためアルバイトを始めたが、それでも、サラリーマン時代に比べると時間は有り余った。
時間を持て余す日々が続き、タバコや酒の量は増え、おまけに食事や間食の量まで増えていった。

そんな夫を女性(妻)は心配した。
が、夫は、そのまま不摂生な生活スタイルに陥ることはなかった。
生活習慣病による同年代の友人の壮絶な闘病生活とその後の寂しい死を目の当たりにし、自分の老後の生活や健康寿命が急に気にし始めた。
そして、それまでの欲に任せた生活スタイルや嗜好を見直し、改善すべきところは改善するべくチャレンジすることにしたのだった。

まず始めた着手したのは、タバコと酒の減量。
長年に渡って嗜好し続けたタバコや酒を急にやめるのが不可能なことくらいは、自分でもわかっていた。
だから、ストレスとのバランスをとりながら、徐々に減らすことに。
収入が減ったことに対する家計節約も一助にしながら、少しずつ減らしていった。
また、多めだった体重を適正値に減らすべく、ダイエットも実施。
そのため、それまではまったく縁がなかった運動・・・ウォーキングをするように。
食事にも気をつかい、肉中心だった食生活も野菜穀類中心に切り替え、更に、腹八分を心がけた。

はじめは、少し辛そうにしていた夫だったが、しばらくすると、逆に健康管理を楽しむように。
いそいそとウォーキングに出かけるようになり、以前なら車を使っていたような距離でも、わざわざ歩いて出かけるように。
また、それまでは興味を示さなかった地域のイベントにも積極的に参加。
家にいるときも、ゴロゴロ・ダラダラするのをやめ、家事を積極的に手伝うようになった。
女性には、そんな夫の時間が充実しているように見え、またその性格も、以前より明るく温和になったように思えた。

そんな具合に、“血の滲むような努力”というほどではなかったものの、余生を家族に迷惑かけることなく健康に快適に過ごすため、故人なりに努力していたのだった。


朝、夫は、女性より先に起きるのが日常だった。
そして、極端に寒い日や悪天候の日でなければ、早朝からウォーキングに出かけていた。
その日の朝も、夫はいつもの時刻に起き出していった。
女性も、いつも通り布団に横になったまま「いってらっしゃい・・・気をつけて」と、寝室を出ていく夫に声をかけた。
ただ、いつもなら、すぐに玄関を出て行く音が聞えてくるのに、その日は、その音が聞えてこない。
女性は、少し変に思ったけど、たいして気にすることもなく、自分の起床時刻がくるまで布団の温かさに身体を委ねた。

起床時刻になり、いつも通り起きだした女性は、いつも通り着替えて、いつも通り洗面。
そして、朝食の支度にとりかかるべく、いつも通り台所に向かった。
すると、その視界に夫の姿が入ってきた
夫は、ウォーキングには出かけず、食卓の椅子に座っていた。
寒い中 暖房もつけずに。

変に思った女性は、すぐに声をかけたが、返答はなし・・・
夫は、グッタリと首を下げたまま動かない・・・
女性は、“居眠りでもしている?”と思いながらも、日常では見たことがない姿なので心配になり、すぐさま駆け寄った。
すると・・・
夫は息をしておらず・・・
耳元で大きく声を発しても、身体をゆすっても反応はなし・・・
すぐに救急車を呼んだが、時すでに遅し・・・
必死の救命処置にもかかわらず、夫の蘇生はかなわず・・・
穏やかな老後を過ごすつもりでいたのに、人生の終わりは、突然やってきたのだった。

死因は、高血圧の中高齢者がなりやすい急性の血管系疾患。
事前の兆候はほとんどないうえ、発症した場合の致死率は高く、危険な病気。
それまでの故人は、大病を患ったことはなかったが、気づかないところで色んなところが傷んでいたのかもしれなかった。


「健康には、かなり気を使っていたのに・・・」
「何のために我慢してきたのか・・・ 何のために頑張ってきたのか・・・」
「こんなことになるんだったら、好きなようにしてればよかったのかも・・・」
女性は、そう嘆き悲しんだ。
対する私の胸内には、
“そんなことはない・・・故人なりに頑張って生き、その時間は充実していたはず”
との思いが湧いてきた。
が、そこには、そんなセリフで女性を慰められるほど やわらかい空気は流れておらず。
私は、故人の晩年に賛同の意を持ちつつも、女性の話を、ただただ黙って聞くことしかできなかった。


世の中、“結果がすべて”みたいな価値観や風潮は蔓延しているけど、そんなことはない。
もちろん、直接的な結果や成果は大きな意味がある。
しかし、努力した事実、辛抱した事実 チャレンジした事実が無意味なわけではない。
間接的な結果や成果もたくさんある。
大切なのは時間の使い方、無意味なのは時間の無駄遣い。
いちいちそんなことを深刻に考えながら生きるのは窮屈かもしれないけど、少なくとも“ひまつぶし”のような生き方をするほどの退屈さはない。

死は、誰にもやってくる。
死は、どうしたって避けることはできない。
結局、みんな死んでしまう。
だからといって、“どうせ死ぬんだから、生きても無駄”なんてことはない。
それは、“どうせ腹は減るんだから、食べても無駄”と悲観するのと同じこと。
食べ物があること、食べられること、美味しいこと、腹が満たされることは幸せなこと。
同じように、生まれてきたこと、生きること、生きていること・・・生きるプロセス(時間)に意味(楽しさ)があるのだ。
だから、そのプロセスを無駄にするのはもったいない・・・無駄にしちゃいけないと思う。


2016年12月1日。
一度きりの今日 二度とない今日は、誰にとっても 誰の人生にとっても特別な日!
大切に過ごさなきゃ!  ・・・ね。



特殊清掃についてのお問い合わせは
0120-74-4949
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