特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

無花果

2007-09-29 08:04:34 | Weblog
時が経つのは早いもので、9月も明日で終わり。
もうじき、本格的な秋だ。

秋は身体だけでなく、心にも優しい季節。
〝淋しい季節〟と感じる人も多いみたいだけど、私にとってはホッと落ち着ける季節だ。
夏に過熱した心身を休めるには、少し淋しいくらいが丁度いい。

また、〝秋〟と言えば、収穫の季節。
店頭には、季節の美味しい食べ物がたくさん並び始める。
飲み食いと寝ることぐらいしか楽しみがない私は、財布と相談しながら季節の美味を買い求める。
肴が旨いと、おのずと酒の量も増える。
が、このメタ坊は、酒のついでに体重まで増やさないように気をつけなければいけない。

秋は、果物も美味しい。
梨に柿・・・ちょっとマイナーなところでは無花果も。
あの独特の外見と食感を好まない人も多そうだけど、私は結構好きである。
その野暮ったい外見とアカぬけない食感は自分と重なって親しみ深く、素朴な甘味には自然の優しさがある。
そんな地味な無花果を店頭で見かけると、ついつい買いたくなる。


ある日の午後、私は、とある病院に向かって車を走らせていた。
上着とネクタイは助手席に放り投げ、交通渋滞と到着時間ばかりを気にしながら走っていた。

遺体搬送業務は時間との戦い。
これは、遺族や故人のためでなく、業界・商売上の事情。
モタモタしていると、色々な問題がでてくるのだ。
(医療・葬儀業界には、一般の人が知ったらゲンナリするような裏事情があるんだよね。)

病院に到着した私は、霊安室に直行。
病院は外来の診療時間を終えていたので、人目に邪魔されることなくストレッチャーを搬入できた。

霊安室には数人の遺族がいて、厳粛な雰囲気が覆っていた。
闘病生活の中で遺族は故人の死期を覚り、それを受け入れる準備(覚悟)ができていたのだろうか、泣いている人も泣き顔の人もいなかった。
ただ、故人の死を真摯に受け止めているようで、誰もが鎮重な面持ちだった。

「この度は誠に御愁傷様です」
「これから御自宅までお連れ致します」
私は、遺族に深々と頭を下げて作業を開始した。

遺族や故人に礼をもって接することは大事だけど、軽薄な感情移入はしないのが私の流儀。

私は、故人の死を深く痛んでいるわけではない。
そして、遺族と同じような悲哀を抱えているわけでもない。
仕事が終われば、故人の死や遺族の悲哀は簡単に忘れてしまう。
だから、悲しそうな表情や振る舞いをしたとしても、それはただのパフォーマンスでしかない。
〝礼を尽くしている〟とまで大きなことは言えないけど、今の自分は、このスタンスで仕事をすることが礼儀を守ることだと思っている。

そんな私は、寡黙・無表情を心掛けながら、できるだけ淡々と作業を進めるよう努めた。

故人は年配の男性で、集まっていたのは子や孫達だった。
遺族は、私にも丁寧に応対してくれ、その作業も誰かれとなく積極的に手伝ってくれた。
ストレッチャーに移す時、何人もの家族に抱えられた故人の顔は、どことなく笑っているようにも見えてホッとできるものだった。

故人を積み込んだ遺体搬送車には、二人の中年女性が同乗した。
二人は故人の娘、姉妹だった。
車中の会話から、二人もまた故人の死を受け入れる準備ができていたことが伺えた。
二人は故人の思い出話に花を咲かせ、時折、笑い声もでるくらいに穏やかだった。

目的地である故人の自宅に近づいてきた頃、女性が私に話し掛けてきた。
「自宅に行く前に寄ってもらいたいところがあるのですが、お願いできますか?」
「は?・・・ええ、そんなに遠くなければ・・・」
「大丈夫です・・・近く・・・すぐそこですから」

私は、女性の道案内に沿って車のルートを変えた。
向かった先は、静かな住宅街の一角にある空き地。
その時は何の樹か分からなかったが、柵で囲まれたそこには一本の樹が立ち、地面は生い繁った雑草で覆われていた。
そして、〝管理地〟と書かれた立看板が、その殺風景さに輪をかけていた。

移動中は普通に会話していた二人は、そこに到着した途端に沈黙。
窓越しに空き地を眺めたかと思ったら、シクシクと静かに泣き始めた。

事情が分からない私は困惑。
声を掛けようにも適当な言葉を見つけられず、その時間を黙って付き合うしかなかった。
そんな私には、時間の流れが随分とゆっくりに感じられるのだった。

結局、二人の女性は、車から降りることも窓を開けることもないまま外を眺めて泣いているだけだった。

数分後、車は故人宅に向かって再び走り出したのだが、その車の中で二人はあの空き地についての話を聞かせてくれた。

その昔、あそこには故人一家の家があった。
二人が子供の頃、故人が買ったものだった。
引っ越して間もないある日、庭に樹を植えることになり家族で検討。
全員一致で柿の樹を植えることになった。
しかし、故人が買ってきた樹は無花果。
その理由は、「〝無花果〟という名前が気に入ったから」というもの。
その文字から、〝花が咲かなくてもちゃんと実をつける〟というイメージを持った故人は、自分の望む生き方と重ね合わせたらしかった。
最初は実らしい実をつけなかった樹も、年を負うごとにそれなりの実をつけるようになった。
毎秋、無花果の樹が実をつける度に故人は嬉しそうにしていた。
そして、秋には庭の無花果を食べるのがこの家の定番となり、そこに家族のささやかな幸せがあった。

二人は、泣きながら笑い・笑いながら泣いて、そのエピソードを話してくれた。
二人の話から浮かび上がる家族の暮らしぶりには幸せがたくさん詰まっていたことが伺えて、何とも微笑ましくて温かい気持ちになった。
そしてまた、時の移り変わりが全てを夢幻の想い出に変えていくこともあらためて実感するのだった。

その後、この家は他人の手に渡ることになったようだったけど、その辺の事情はあえて尋かないでおいた。
家族には、幸せだけじゃなく苦難のときもあったのだろう。
ただ、故人の人生には目を見張るような花は咲かなかったかもしれないけど、甘露な実がたくさんついていたように思えるのだった。


あの日から、もうどれくらいの季節が巡っただろうか。
二人の女性も、それぞれの家族と共にそれぞれの人生を歩いていることだろう。
そして、その後、あの空き地と無花果の樹がどうなったか・・・。

「この秋もまた、たわわに実をつけていてほしいものだな」
と、何となく思っている初秋の私である。




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Holiday(後編)

2007-09-26 08:59:47 | Weblog
私という人間は、もとのもとから根性なし。
ちょっとしたことにもクヨクヨするし、何事に対しても臆病。
くじけるのもやたらと早い。
努力には悲痛が、忍耐には悲哀が、挑戦には悲観がともなう。
そんな人間だからこそ、特掃をやる宿命が与えられているのかもしれない・・・そう思うようにしている。

特掃作業は過酷。
しかし、見方を変えると面白いものでもある。
もちろん、〝面白い〟と言っても〝愉快〟とか〝楽しい〟とかの類ではない。
〝普通に生きてたら、なかなか経験できないこと〟という意味での面白さだ。

そこには、人間(自分)の喜怒哀楽や苦悩、人生の悲哀が凝縮されたかたちで現れる。
そんなに長くはない作業の間に、人間(自分)の泣き笑いが色濃く映し出される。

過去に何度となく書いているけど、特掃のプロセスは、汚物を人間に戻していくプロセスでもある。
密室での孤独な作業には、恥も外聞もない。
丸裸の自分を露にして格闘することによって、汚物は人に戻る。


浴槽の中は、ホントに酷い状態だった。
故人や依頼者に失礼な表現ながら、まさに人間の○○煮。
浴槽の中はおドロおドロしく、これまた故人・依頼者に失礼な表現ながら、私にとっては超がつくぐらいの汚物でしかなかった。

「余計なことを考えずに、淡々とやろう」
そう心に決めても、並じゃない汚腐呂は私の脳に容赦ないジャブを連打。
私は、口から飛び出ようとする胃を喉で抑え、特掃魂のカラータイマーを点滅させながら悪戦苦闘した。


汚腐呂の特掃には一定の手法がある。
汗と涙と試行錯誤の末に導き出された、私なりのやり方があるのだ。
だから、今は、特掃を始めた頃の悪戦苦闘・七転八倒に比べれば随分とスマートにできるようになった。
そうは言っても、その過酷さは特掃の中でもハイレベル。
手や腕はもちろん、身体はハンパじゃなく汚れるし、作業中に気持ちがくじけそうになることも何度となくある。
そして、悪臭なんかは、身体の中に染み込んでるんじゃないかと思うくらいに付着する。
心を苦悩まみれ、身体を汚物まみれにしてこその汚腐呂特掃なのだ。


「ん?何だ?」
作業も終盤になり、浴槽内のドロドロもだいぶ少なくなってきたころ、底の方に銀色に光るものが見えてきた。

「は?歯?」
指で摘み上げてみると、それは白く細長い人間の歯だった。
それには銀色の治療痕があり、故人が、間違いなく生きた人間であったことをリアルに伝えてきた。

「うあ!こんなにある」
よく見ると、銀色の歯は浴槽の底に散在。
手で探してみると、次から次へとでてきた。
その数は、遺体の腐敗がかなり進んでいたことを物語っていた。

「やっぱ、これは遺族に渡した方がいいよな」
手の平に集めた歯を転がしながら、そう思った。
しかし、汚物にまみれた歯は、そのまま渡せるはずもなかった。

「ポ○デ○トに漬けときゃいいってもんじゃないな」
私は、その歯を洗浄することにした。
洗剤とスポンジで一個一個を洗い、消毒剤にしばらく漬け置き。
最後に軽く消臭剤をふりかけて完了。

浴室に一人しゃがみ込み、きれいになった故人の歯を手の平で見つめていると、人生のはかなさと命の希少さがじんわりと伝わってきた。
すると、悲しい訳でもないのに自分の目が潤んでくるのだった。

自分をダメな人間だと卑下してしまうせいか
自分をマシな人間だと思えることがあるからか
社会的にはダメな仕事でも自分がマシな人間になれているせいか
ダメな自分でもマシな仕事をさせてもらえているからか
この時、自分の目が何故潤んだのか、自分でも分からなかった。
ただ、引き受けた仕事を責任をもってやり遂げたことと、自分がやったプラスαの作業に何かの意味を感じるのだった。


依頼者夫妻は、作業が終わるまで外で待っていた。
どこか離れたところで休んでることもできたのに・・・それは、中で汗する私への心遣いのような気がした。

ボロボロに汚れた私を嫌がりもせず、
「ご苦労様です・・・ありがとうございました」
と、ねぎってくれた。
私は、
「これで、もう大丈夫ですよ」
と、故人にも伝えるような気持ちを持って返事をした。

警察から「見ない方がいい!」と言われた二人は、最初の汚腐呂がどういう状態だったか知らなかったが、警察の霊安室で見た遺体から、それにともなう現場の状況が凄惨を極めるものであることは察していた。
そして、それを片付けることがどれほど大変なことかも理解してくれていた。

「大変だったでしょ?」
「いいえ・・・はい・・・」
「ごめんなさいね、こんなことやらせて」
「いえいえ、仕事ですから」
「他に頼める人がいなくて・・・」
「大丈夫です、慣れてますから」
「お陰で助かりました」
「浴室も、もう大丈夫ですから、確認してもらえませんか?」
「・・・」
「あまり見たくはないと思いますけど・・・清掃代をいただくわけですから」
「・・・」
きれいになったとは言え、二人は、浴室を見ることには気が進まないみたいだった。

そんな二人の心情もわかったので、雰囲気が気まずくなる前に私は話題を変えた。
「あ!そう言えば、歯がでてきたんで渡しておきますね」
「歯?」
「そうです、歯です」
「・・・」
「あ、ちゃんときれいにしてありますので心配はいりません」
「・・・」
「持ち帰って、骨壷に入れて下さい」
「わかりました・・・ありがとうございます」

結局、依頼者は特掃後の現場を確認しなかった。
ただ、渡した歯を大事そうに受け取り、私に何度も礼を言ってくれた。


お金をもらえるうえに御礼まで言ってもらえる。
たとえこんな仕事でも、人の役に立てたことが実感できると嬉しいし、その反響は明日への励みになる。
私は、休日を返上したストレスもどこへやら、身についた悪臭も気にならないくらいに爽快な気分になった。

「休みはつぶれちゃったけど、やっぱ仕事をやってよかったな」
私は、人に戻った故人と肩の荷が降りた依頼者、そして心地よい疲労感に酔う私自身、三者三様の想いを胸に巡らせながら帰途につくのだった。






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Holiday(前編)

2007-09-23 18:07:49 | Weblog
9月も後半に入り、朝夕はだいぶ秋めいてきた。
昼間は、厳しい残暑の日もあれば、肌寒く感じるくらいに涼しい日もあり、その温度がビールの喉ゴシを左右している。

世間では、今月二回目の三連休真っ只中。
色んな行事やレジャーを楽しんでいる人も多いと思う。
しかしながら、例によって死体業の私には連休も何も関係ない。
人の死は、盆も正月も土日祝祭日も関係ないからね。

したがって、休暇予定は定まらないこともやむなし。
〝予定は未定〟
〝休めるときに休むしかない〟
そんな生活を送る私には、休暇返上も日常茶飯事。
あまりに休めないと、〝生きるために仕事をしている〟はずのものが、〝仕事をするために生きている〟みたいになってしまう。
これは、生活を負い仕事に追われている人なら誰しも抱えている課題だろう。

「仕事も大事だけど、プライベートも大事」
「どちらをどちらの犠牲にもしたくない」
その辺のバランスをとりながら人生を楽しむのはなかなか難しい。

「毎日が休暇ならいいのになぁ」
なんて、いつも思ってる私だけど、実際にそんなことになったら途端に堕落していくに決まっている。
ダラダラと過ごす時間に輝きはなくなり、人生は味気のないものに変わっていきそうだ。
その挙げ句、心と身体を持ち崩し、今以上に寿命を縮めるのだろうと思う。

ま、なんだかんだと理屈をこねても、仕事と休暇両方あるからどちらも大事に思えるわけで、私には、どちらか一方で生きていくなんてあり得ないことだ。


「明日は久々の休みだ・・・ゆっくり呑もう」
ある日の夜、久し振りの休日を翌日に控え、私はアルコール分数%の飲物を片手に至福のときを過ごしていた。
一日の仕事を無事に終えて迎える晩酌は、言葉にできないくらいにうまいもの。
アルコールが回ってフニャフニャになった脳には色々な想いが頭を駆け巡るのだが、仕事のことや将来のことを考えると悪酔いしてしまうので、そのことは努めて考えないようにして飲んでいた。

「明日は休みだから、朝は寝坊できるな・・・zzz」
夜もふけていきウツラウツラしていると、ホロ酔い呑気を吹き飛ばすかのように電話が鳴った。
そんな時間の電話は、仕事の電話に決まっている。
私は、休日返上の危機を感じながら電話をとった。

「こんな夜分に申し訳ありません」
「いえ・・・」
「部屋の片付けをお願いしたいのですが・・・そこで兄弟が亡くなってまして・・・」
「簡単に状況を教えて下さい」
「遺体は警察が運んで行ったのですが・・・その痕がちょっと・・・」
「亡くなられてから時間が経ってたわけですね」「え、えぇ・・・」
「どれぐらい経過してましたか?」
「約二週間です・・・」
「二週間ですか・・・ところで、亡くなられていた場所はどこですか?」
「風呂場です」
「風呂場にも色々なケースがありまして・・・浴槽の中ですか?それとも洗い場ですか?」
「浴槽の中です・・・」
「浴槽の中に・・・二週間ですかぁ」
「ご近所にも迷惑を掛けちゃってるんで、できたら明朝にでも来てほしいんですけど・・・」
「明日!?ちょ、ちょっと待って下さいね・・・明日ですか・・・」
(割り切って断るか、せめて明後日以降にするか・・・そうは言っても、汚腐呂なんてそうそう長く放っておけるものではないしな・・・)

翌日は久し振りの休みでもあり、身体の疲れもかなり溜まっていたので、正直言うと行きたくなかった。
しかし、他に仕事を抱えてる訳でもなし、どうしても行けない事情がある訳でもなし。
ただ単にその日は休みたかっただけの私は、不安気な依頼者を邪険にできるはずもなかった。

「いっちょ、ウ○コ男になってくるか!」
依頼者の要望を受けて朝一で現場に行くことにした私は、飲みかけの酒を一気に飲み干し、翌日に備えて寝る支度にとりかかったのだった。

翌朝、私は早い時間に出発。
前夜の酒も残っておらず、私の車は、空いた道を軽快に走った。

現場に到着した私は、車を降りて指定された番地に目的の部屋を探した。
アパート名も部屋番も聞かされてなかったけど、風に乗って流れてくる腐乱臭が汚部屋の場所を教えてくれた。

「このニオイにコイツらときたら・・・この部屋に間違いないな」
ニオイのする部屋に近づくと、窓の内側には太ったハエがうごめいていた。
誰がどう見ても、その部屋が現場であることは明らかだった。

「朝早くからすいません・・・すぐに来てもらって助かります」
依頼者は年配の夫妻で、私に丁寧に挨拶。
そして、その心細そうな表情と藁をも掴むような眼差しが、私の特掃魂に火をつけた。

依頼者には鍵だけ開けてもらい、あとは一人で突入。
そして、いつもの異臭は気にせず浴室に直行。
自分に躊躇う時間を与えると後でツラいだけなので、それから間髪入れずに浴室の扉を開けた。

「は?何?これ」
目の前に現れたバスタブを見て呆然。
それは、まるで人間でつくった○○のようだった(スゴすぎて詳細省略)。

「ウプッ・・・ボクシングはやったことないけど、ボディブローをくらうとこんな感じかな・・・ウプッ」
鼻を通して腹にパンチを受けることは多いけど、この汚腐呂は目を通して腹にパンチを打ってきた。
鼻にくるパンチはマスクで防げるけど、目に目隠しはできない。
哀れ、特掃隊長はサンドバッグと化してその場に立ち尽くすのみ。
燃える特掃魂は、風前の灯火になってしまった。

「このままじゃ手を出す前にKOされてしまう!・・・マズイ!」
私の脳は、防御モードに切り替わった。

「ここを汚腐呂だと思うからイケないんだよ!どこか別の場所だと思えばいいじゃん!」(自分A)
「別の場所?・・・温泉とか?」(自分B)
「そうそう」(自分A)
「でも、こんな温泉ありえねーよ!あっても誰も行かねーよ!」(自分B)
「そっか・・・だったら、特掃を仕事だと思うからイケないじゃないの?」(自分A)
「仕事じゃないこと?例えば?」(自分B)
「例えば・・・趣味とか・・・」(自分A)
「趣味!?特掃が趣味?趣味でこんなことやるヤツいねーよ!やっても楽しくねーよ!」(自分B)
「やっぱそお?」(自分A)
「ここは男気だして頑張るしかないだろ」(自分B)
「そうして、午後を休みにするか?」(自分A)
「そうそう」(自分B)
「それ、いいね」(自分A)
「好きな肴を用意して、のんびり風呂にでも入って、陽も明るいうちからにうまい酒を呑めばいいじゃん!」(自分B)
「おー、そーしよ、そーしよ」(自分A)

自分の小心に笑心が戻ったのを確認した私の脳は、苦笑いとともに戦闘モードに切り替わった。
そして、いよいよ特掃作業を開始するのだった。

つづく







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花園

2007-09-20 06:29:41 | Weblog
依頼があればどこにでも出掛ける私は、あちこちの街に季節ごとの花を見かけることも多い。
仕事の中にあっても、公園や道端に咲く花を見ると気持ちが和む。
中でも、野に咲く野性花に至っては、人間にはどうすることもできない大きな摂理すら感じる。

また、仕事の用事で行くホームセンターでも、花を愛でることができる。
特に急ぐ必要のないときは、園芸コーナーに立ち寄って見るのだ。

花がたくさんあっても、花を買う用なんてまるでない私には花屋の敷居は高い。
小心者の私には、買うつもりもないのに入る度胸なんてとてもない。
でも、ホームセンターの園芸コーナーだったら誰に気兼ねすることなく気楽に眺めていられる。
どの季節であっても、色とりどりの花が並べてあり、何も考えずにそれを鑑賞するとちょっとした気分転換になる。

その昔は、
「花なんて、腹の足しにもならない!」
「無駄な産物!」
等と豪語していた私なのに、今はこの変わりよう。
花の生涯はどことなく人のそれと似て、その生い立ちを想いながら眺めているだけで余計な力みが抜けて気分が軽くなる。
この歳になって、やっと花のよさがわかってきた私は、心にもまた一つ小さな花を持てたような気がして嬉しく思っている。
歳って、とってみるもんだね。


ビルの管理会社から特掃の依頼が入った。
「隣のマンションから人が転落し、下がヒドイことになっている」
とのこと。
たまたま手の空いていた私は、必要になりそうな道具を携えて現場に急行した。

「随分と賑やかなところだな」
現場となったビルは繁華街のド真ん中にあり、建物の前は多くの人や車が往来していた。

「なるべく目立たないように来て下さい」
依頼者にそう言われていたので、手袋・マスク・特掃靴などの七ツ道具(七ツもないんだけど)は紙袋に入れて現場のビルに入った。

妙な風評が立って、ビルにお客が来なくなったり入居者・テナントが出ていったりしては困る。
また、賃料を下げなければならなくなったりしたら一大事。
だから、管理会社からすると、なるべく事を荒立てずに穏便・内密に処理したいようだった。

依頼者とは、ビルのロビーで待ち合わせた。
約束通り、私が〝特掃野郎〟を思わせない風体で現れたので、依頼者は安心したようだった。

「〝人が転落した〟と聞きましたが、事故ですか?それとも・・・」
「それが・・・わからないんです」
「不明?・・・」
「とにかく、現場を見てきて下さい」

早速、転落現場を見るように促された私は、一人で汚染箇所の確認に行った。
正面入口を通り抜け、裏の非常口を出たところにに汚染の一部が見えた。
「この辺かぁ」
私は非常口から外に出て汚染箇所の見分を開始。
その場所は、このビルと隣のマンションの間、人通りからは丁度裏手に位置していた。

「これは・・・」
汚染場所の全容を把握した私は、その状況に絶句した。
飛散した血肉を目にしたことは何度もあった私だけど、この現場ほど多面に飛び散っているケースは珍しかったのだ。
肉片や血痕はビルの壁面、それもかなり高い所にまで付着。
それはまるで、ここで人間が爆発したのではないかと疑いたくなるような凄惨さだった。

故人は、隣接するマンションから転落。
誰が見ても即死状態で、呼ばれたのは救急車ではなく警察。
当ビルの関係者でも隣マンションの住人でもなく、ハッキリした身元もわからず。
そして、転落が自意なのか事故なのかも不明のようだった。

ただ、ハッキリしていたのは、その場に故人の身体の残骸があることと、それを私が何とかしなければならないということだった。

「まったく!人にこんな迷惑かけやがって!」
依頼者には、人の死を悼む気持ちはなさそうで、ただただ故人に対する怒りと嫌悪に満ちているようだった。
亡くなった故人を愚弄するつもりもなかったけど、現場の状況を見た私には、依頼者のその気持ちは理解できるものだった。

「急いでやっても、今日一日では終わらないと思いますから、少し準備の時間を下さい」
作業が困難を極めることは充分に予想できることだったので、私は、場所を変えて怖じ気づく気持ちを暖気運転した。

「さて!始めるか!」
気持ちと道具を準備した私は、意を決して現場に突入。
肉片はあちこちに飛び散り、悪臭を放ちながら腐り始めていた。
私は、それらを一つ一つ拾い・削り、その痕を洗浄・消毒。

各所には血糊がベットリ。
その大半は乾いており、ザラザラのコンクリートに染み込んでいた。
また、肉片の大半は脂。
肉だと思って触れてみるとグチャッと崩壊。
赤い被膜の中には、クリームチーズに似た粘体があった。

「自殺だったのかなぁ・・・」
単調な作業の合間、私は、時々隣のマンションを見上げてはそう思った。

〝飛び降り自殺を図ろうとする人にとっては、階下の地上は花園に見える〟
という話を聞いたことがある。
〝飛び降りさえすれば、楽になれる〟
という闇の心理が、地上の修羅場を花園に幻想させるのだろうか。

しかし、着地と同時に舞い散るのは、花ビラではなく人間の血骨肉。
身体は、おぞましく破壊され醜く変形。
そこには、花園には程遠い凄惨な光景が広がるのみ。

「故人は、自分が死んだあとの光景が想像できていただろうか・・・」
「早く楽になりたい一心で、そんなことを考える余裕もなかったのだろうか・・・」
「故人は花園に到達できたのだろうか・・・」
私は、自分が知る由もないことをグルグルと思考し、苦悩の中に生きることに虚無感を覚えた。


この世の最期を花園で彩らせるためには、人生の土壌と心の種が必要な気がする。
そこを泥だらけになって必死で歩き、花を咲かせて喜び、実をつかせて安堵することによって心の種は収穫できる。
人生に咲く花は、枯れても枯れても、何度枯れても必ず・必ず次の芽をだす。
決して、死ぬことはない。

最期の花園を彩る人生の種・・・
花をきれいと思う心。
空を気持ちよく仰ぐ心。食べ物を美味しいと思う心。
仕事の疲労を爽快に思う心。
人の悲しみに泣く心。
人の喜びに笑う心。
命を愛する心。

どんなに小さなことでも、そんな心に花は咲く。
そして、それを通して人生の土壌は肥やされ、心の種は増えていく。

その種は、人生の最期を満開の花園に導いてくれる・・・私は、そう信じて、残りの人生を歩いていきたい。





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孤軍奮闘(vs人生編)

2007-09-17 18:32:51 | Weblog
「おばあちゃんの嫁入り道具だったのかな?」
故人が亡くなっていた部屋には、骨董品になりそうな桐箪笥があった。
そして、そのタンスの上には小さな仏壇があり、遺影の老年男性がモノクロの微笑みを浮かべていた。
それは故人の夫、依頼者の父親であろうことはほぼ確実だった。
そして、生前の故人が供えたものだろう、そこには少しホコリを被ったカップ酒とカチカチに乾燥した小盛の御飯があった。
そこから、一組の夫婦がこの世を去ってからも、時間は真理に従って流れ続けていることを思わされる私だった。

「さてと、まずは引き出しから見てみるかな」
貴重品がある可能性が高いのは引出しの類なので、私は、収納ケース・棚・タンス等の引出しを一つ一つ開けてチェックした。

簡単に〝引き出し〟と言っても、その数は膨大。
普段は何気なく使っているけど、自分の身の回りにある引き出しを数えてみれば、それが分かるはず。
小物を収める小引き出しからタンスの引き出し。
流し台・洗面台や食器棚・クローゼットにも引き出しはついている。
押入の収納ケースだって、引き出しと言えば引き出し。

中のモノを散らかさず、それらを一つ一つチェックしていくことは、結構根気のいる作業。
他のモノの中に大事なモノが紛れていることや、意図的に隠されているようなケースもあるため、私は、できる限り念入りに調べた。

滲みでる汗も放って作業を進めているうち、私の前には、ある特異な状況が露になってきた。
あちこちの引き出しから、財布が一つ二つ三つ・・・と出てきたのだ。
そして、作業を進めれば進めるほど、次第にその数は増えていった。
更に、どの財布も金銭在中。

「財布って、一人でたくさん持つようなものじゃないはずだよなぁ」
それは、通常、一人の人間が持つ数をはるかに越えており、私は、その不可思議さに困惑した。

結局、各所引き出しからは、小銭入れから札入れまで大中小の財布が20個ちかくでてきた。

「次は・・・台所を見てみるか・・・」
台所に場所を変えると、多めにたまった生活ゴミが目についた。
ゴミには、惣菜や弁当の容器類が多く、それにより故人の食生活がどういったものだったかが容易に想像できた。
自炊なんてなかなかできなくて、女性(娘)が来ない日は買ってきた惣菜や弁当で食事を済ませていたようだった。

「老人の独り暮しじゃ、仕方ないか・・・」
そんな故人の生活ぶりを想像しながら何気なくゴミを眺めていると、それに混ざるように放置してある、口を縛った小さなレジ袋がいくつか目についた。

「ん?これもゴミかな?」
生活ゴミにしては小さいその袋に気を留めた私は、その一つを手に取ってみた。

「ん?」
持ち上げると、ジャリッとした音とそれなりの重量感があった。
その質感から、中身は小銭であることを直感的に察知。
念のために袋を透かして見ると、間違いなく中身は硬貨。
それも、一円玉や五円玉だけではなく、それ以上の硬貨も混ざっているようだった。

「と言うことは・・・」
私は、そこら辺に目につくレジ袋を手に取った。
すると、予想通り、小銭が入った袋があちこちからでてきた。

一円玉や五円玉を瓶などに貯めている人はよくいる。
一般的によくあることで、決して珍しいことではない。
しかし、この家のお金は額も量も、そして置いてあるところも全く違っていた。

「そう言えば・・・近所の人達は故人のことを〝ボケてきてた〟って言ってたな・・・痴呆だったのかなぁ」
この状況をそんな風に考えながら、私は、途中経過を遺族に知らせるために、一旦外にでた。

「財布がたくさんでてきました・・・あと、お金も!」
中の状況をテンションを上げながら話す私に対し、遺族の二人はさして驚いた様子もなかった。
そして、ずっと無言だった女性が始めて口を開いた。

「母は、特殊な病気を煩ってまして・・・」
「特殊な?」
「ええ、アルツハイマーを・・・」
「アルツハイマー・・・」
「そう・・・老人性痴呆症とは少し違ってて・・・」
「・・・」
「・・・それが少しずつ進行してまして・・・」
「・・・」
「最期の方は、お金の勘定もできなくなってしまって・・・お店でも紙幣しか使ってなかったんです・・・」
「・・・」
「だから・・・でてきているお金は、買物に行った毎の釣銭だと思うんです・・・」
「・・・」
「財布も、失くしては買っての繰り返しで・・・」
「アルツ・・・ハイマー・・・ですか・・・」
「自分でもそれが分かってましたから、ツラかったと思います・・・」
「・・・」
話しているうちに感極まってきた女性は、両手で顔を覆って泣き始めた。
一方の男性も、黙ったまま顔を歪めていた。
私は、そんな二人に掛ける言葉もなかった。

「作業の続きをやってきます」
それ以上の話を聞いても遺族の悲しさを蘇らせるだけなので、私は、話を打ち切って家の中に戻った。

「気持ちを入れ替えて作業再開!」
私は、怪しそうなバッグや鞄、ちょっした袋類の中もチェック。
すると、やはりそれらの中からもジャラジャラと硬貨がでてきた。

「まさか、ここにも?」
部屋の隅に脱ぎ置かれた洋服を何の気なしに持ち上げると、チャリンと金属音。
ポケットに手を入れると、そこからもまた、まとまった量の小銭がでてきた。

「と言うことは・・・ひょっとして?」
私は、壁やクローゼットにかかる服をポンポンと叩いてみた。
すると、そのほとんどからそれらしい金属音が。

「やっぱり?」
私は、一着一着のポケットに手を突っ込んで、中身をを確認。
すると、出るわ出るわ、小銭がジャラジャラとでてきた。

「こんな状態で暮らしていたとは・・・おばあちゃん、楽じゃなかっただろうな・・・」
私は、作業の手間を忘れて故人の晩年を想った。

故人は、自分の行く末をどう受け止めていたのか・・・。
生きる重圧に押し潰されそうになったことがあったかもしれない。
行く末を悲観して、生きる意欲を失ったことがあったかもしれない。
それでも、ギリギリまでこの家に留まることを選択した故人。

それを決意させたのは何だったのか、
それを支えたものは何だったのか、
それに耐え得る力はどこからでてきたのか・・・。
力のない私には、想像すらできなかった。

結局、財布・服のポケット・部屋に散乱するレジ袋の中etc・・・小銭は部屋の至るところに隠れており、最終的に集まった硬貨は、段ボール箱一杯分にもなった。
それは、非力の私ではとても持ち上げることはできず、仮に持ち上がったとしても段ボール箱が壊れてしまうくらいの重さになっていた。
そして、その重さは、まるで故人の晩年を象徴しているかのようでもあった。

「もし俺が同じような境遇になったら、保ち堪えることができるだろうか・・・自信ないなぁ・・・」
自分の無力さを常日頃からイヤと言うほど痛感させられている私は、部屋の隅に梱包された汚腐団の方を見てただただ首を振るだけだった。


これからも続く人生戦。
その孤独な戦いを想うと気持ちの中に重い空気が流れてばかりだけど、人が生きているかぎりは避けられない宿命。
その結末は誰も知る由もないことだけど、ただ、喜びと悲しみを携えて戦っていくのみ。
それしかない。

そう考えると、何となく、故人の晩年が暗いだけのものではなかったように思えてきた。
そして、そんな私に頷くかのように、仏壇の遺影は笑っていたのであった。





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孤軍奮闘(vs自分編)

2007-09-14 07:18:20 | Weblog
その日の空も、どこまでも青くどこまでも遠かった。
私は、そんな空をただ見上げては、軽い溜め息を繰り返した。

「このストレス・・・結局は、自分との戦いなのかなぁ・・・」
人間駆除作業の疲労感のせいか、広い空を風の向くままに流れていく雲を眺めていると、地ベタを這い摺り回って生きることが煩わしく思えて気分がブルーになってくる私だった。

そうして待つことしばし、遺族がやってきた。
やって来たのは中年の男女二人。
男性の方は疲れた感じの暗い表情、女性の方は憔悴した感じの虚ろな表情を表情。
遺族が気丈そうなタイプの人だったら、近隣住民との出来事を報告するつもりだったけど、どう見てもそうではなさそうな二人を見て、私は余計な報告をするのはやめた。

お互いに簡単な挨拶を交わし、私は、キョロキョロと近所のハエを警戒しながら、二人を車庫の陰に誘導。
そこで、細かい事情を聞いた。

夫婦に見えた二人は、実は姉弟。
亡くなったのは二人の母親で、夫を亡くして以来この家で独り暮しをしていた。
近年は高齢と持病が重なって、独り暮らしをするのも無理がではじめていた。
しかし、故人はこの家から離れるのを嫌がり、一方の男性・女性にもそれぞれの家族と生活があり、故人を引き取って同居するには難しい事情を抱えていた。
そうは言っても、衰えていくことが目に見えている母親を放っておくわけにもいかない。
どちらかの家に引き取るか、どこか施設に入居させるか、考えあぐねるうちに時間ばかりが過ぎていった。

娘である女性は、頻繁に故人宅を訪問しては、家事や身の回りの世話をしていた。
たまには、何日か連続して訪問できないこともあったけど、できるかぎりのことはやっていた。
そんなある日、何日かぶりに女性は故人宅を訪問。
生活感が失せた室内といつもにない異臭に、〝まさか!?〟と胸騒ぎ。
そして、布団に横になったまま亡くなっている母親を発見したのであった。

事の経緯を話すのは男性の方ばかりで、女性の方は一言も口をきかなかった。
第一発見者となった女性は、ただただ、目を潤ませて私の方を見るばかり。
その眼差しは、女性が受けたショックの大きさと抱える悲しみの深さを物語り、何かに救いを求めているようでもあった。

「とりあえず、中に入ってきます」
中に入りたくないと言う二人から鍵を預かって、私は玄関に向かった。

「大したニオイじゃないな」
若干の腐乱死体臭に混ざってカビ臭さもあった。
老人の独り暮しでは、家事・清掃が行き届かないのもやむなしか、家の中は全体的に雑然としており、少しホコリっぽかった。

「この部屋だな」
外周観察で現場の部屋を特定していた私は、その部屋に向かってまっすぐ進んだ
汚染現場は、奥の和室。
聞いていた通り、故人は布団の上で亡くなっていた。
そして、その布団には、生きた人ではつけることができない濃色のシミが残留。
汚染痕は乱れた形ではなく、故人が安らかな死を迎えたであろうことが伺えた。

「汚染はライト級・・・パパッとやってしまうか」
頭の中で作業手順を組み立てた私は、必要な道具をとりに一旦外へ出た。

「どうですか?」
心配そう尋いてくる男性と黙ったままの女性は、かなり消沈していた。
どうも、母親を放置してしまったことを重く受け止めて悔やんでいるようだった。
同時に、自分で自分を責めているようでもあった。

「汚染はスゴク軽いものです・・・多分、眠るように亡くなったんだと思いますよ・・・」
「ご遺体が痛んだのは誰のせいでもありませんよ・・・時間が経てば誰だってそうなります・・・ごく自然なことです」
私は、故人が天寿をまっとうしたことと、安らかな死を迎えたであろうことを二人に強調したかった。
それが、二人へのフォローになったかどうかはわからないけど、わずかに表情を和らげてくれたような気がした。

「すぐに片付けてきますから」
私は、必要な道具を携えて、再び部屋に向かった。
まずは、殺虫剤でハエを始末。
墜落した連中をビニール袋にかき集めた。
次に、汚腐団を畳んで梱包。
汚染は畳にまでは達しておらず、簡単に消毒・消臭をして一次作業を終了。

「よし!とりあえず、これで遺族も中に入れるだろう」
私は、意気を上げて外で待つ二人のところに戻った。

「一次処理が終わりましたので、中に入って貴重品を探されたらいかがですか?」
私は、今後の仕事をやりやすくするためとトラブル防止のために、家の中から貴重品を出すよう促した。

「申し訳ないのですが、見てきていただけませんか?」
二人はとても中に入る心境にはなれないらしかく、その役目を私に任せたいと言ってきた。
その心情を察した私は、その役目を快く引き受けた。
それは単に仕事の一つとしてだけではなく、やろうと思えば現金等はポケットに盗むことぐらいできるのに、それでも私を信じて頼ってくれたことに応えたい気持ちもあった。

「じゃ、行ってきますから、しばらく待ってて下さい」
「よろしくお願いします」
「あ!あと・・・一応、駆除しといたんですけど、その辺からハエがでてくるかもしれませんから、気をつけて下さいね」
「は?・・・はい・・・」
「家の中にいるハエより、外に湧くハエの方がやっかいですから」
「は、はぁ・・・」
「人目につきにくい所で待っていて下さい」
「はい・・・」

私は、自分にしか分からないジョークをとばして、それから始まる自分との戦いを前に気持ちを鼓舞させるのだった。


〝自分との戦い〟
自分で決めたことをやり遂げること、自分が自分とした約束を守ること、自分を律すること。
そしてまた、悲しみを乗り越えること、苦しみに耐えること、後悔を未来の希望にかえること。

人は、強くもあり弱くもある。
弱くもあり、強くもある。
外(人)に対しては孤軍奮闘できても、内(自分)に対してはなかなかそうもいかないもの。
自分との戦いは、自分だけでやろうとするから苦戦する。
自分の中に戦力を整えようとするから、いつまでも戦えない。
誰かの助け・何かのヒントがあれば、意外と善戦できるものなのかもしれない。

それは、人から直接的に受けるの励ましや助けとは限らない。
人の生き様だったり死に様だったり、何気ない言葉だったり。
または、過去の想い出だったり将来への希望だったり。

故人の子である遺族二人が抱える苦悩を克服するのは並大抵のことではなさそうだけど、これから始まる自分との戦いには、この家に残る家族の想い出とそれぞれの家族の未来が支えになっていくのだろうと思った。

そして、そんな二人を天国から見守る両親の姿を思い浮かべ、私も優しく励まされるのだった。








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孤軍奮闘(vs人間編)

2007-09-11 06:58:12 | Weblog
敵と味方。
世の中の人をどちらかに分けるとしたら、どちらが多いだろう。
敵だと思っていた人が味方だったり、その逆があったり。
また、同じ人でも、状況や局面によって敵になったり味方になったりすることもあり、結局は、〝敵でもなく味方でもない人が最も多い〟と、希薄なところに落ち着くのだろうか。

人生を生き抜くことは、孤独な戦いでもある。
だんだんと生きにくくなっているこの世の中では、まずは、自分が自分の敵にならないように奮闘するのみか。

基本的に、特殊清掃は孤独な仕事。
一人で黙々とやる仕事。
考え方によっては、〝故人+自分≠孤独〟とも言えるかもしれないけど、目に見える人間は一人。

決して好きでやっている仕事ではないのだが、魂に刺激を覚える仕事。
汚物との戦いは自分との戦いでもあり、故人の死に様を自分の生き様に写し換える作業でもある。

ま、私の場合は、〝一人で黙々〟とはいかないことがほとんど。
愚痴ったり、ボヤいたり、時には悲鳴をあげたり、泣いたり・・・普段は寡黙なわりに現場では結構騒々しい男なのである。


そこは、どこにでもあるような一般的な住宅街。
あちらこちらに空地や畑もあるような、ちょっと長閑なところだった。

現場の家は、古い一戸建。
かなり寂れた感のあるその家は、家人と共に老いていったことが伺えて、かつては若い家族で賑わっていたであろうことが想像できた。

玄関の前に立っても特段の異臭はなし。
私は、鍵を持った遺族を待つ間、家の外周を観察することにし、雑草が繁りゴミが散乱する家の外周を歩いた。
窓の内側には何匹かのハエが見え、それが、この家から腐乱死体がでたことを物語っていた。

少し進んで家の裏手に回ると、いつもの異臭をわずかに感じ始めた。
更に歩を進めと、私の鼻は、それが死体腐乱臭であることを確信。
そして、それを最もハッキリ感じる部屋の窓には、黒壁のハエだかりができていた。
おそらく、そこが故人が倒れていたであろう部屋に違いなかった。

一通りの外周確認を終えた私は玄関の前で待機することにし、ついでに、特掃の準備を開始した。

少しすると、あちこちの家から住民達が出てき始めた。
近所の誰かが、噂の家をうろつく風変わりな男を見つけて連絡をとりあったのだろうか、示し合わせたようにゾロゾロと。
それはまるで、ウ○コに寄りつくウジのようだった(例えが悪すぎ?)。

そして、近所のウジ・・・もとい、近所の人達は、遠くから私を眺め始めた。
それから、何やらヒソヒソ話。
その様子はあまり気持ちのいいものではなかったが、私は黙って作業の準備を進めた。

しばらくすると、住民達の中から一人の年配男性が私に近づいてきた。
怒ったようにズカズカと歩いてくる姿は、何だか私を威嚇しているかのように威圧的だった。

「アンタ、ここんちに来たの?」
「そうですけど・・・」
「これから何やるの?」「は?・・・」
「〝何をするんだ?〟と尋いてるんだよ!」
「遺族に頼まれたことです」
「だから!〝これから何をするんだ?〟と尋いてるんだよ!」
「この家のプライバシーもあるんで、詳しいことは答えられませんが・・・」
「何?、近所にこれだけ迷惑をかけておいて〝プライバシー〟もへったくれもあるか!」
「そんなこと、私が言われる筋合いはありませんよ!」

男性は、険しい顔でまくし立ててきた。
その高圧的かつ礼儀をわきまえない態度に、私は、自分が悪人扱いされているようで嫌悪感を露にした。

そんなやりとりをしていると、始めは遠巻きに眺めているだけだった他の住民達も近寄ってきて、男性に加勢し始めた。
そして、男性と一緒になって、この家に関する苦情を私にぶつけてきた。

「家の中が臭くなった」
「洗濯物が干せない」
「ハエが飛んできて不衛生」
「地域の資産価値が下がる」
「気持ちが悪い」etc

確かに、近所から腐乱死体がでるようなことは、滅多に起こることではない。
一生かかっても、そんな経験はしない人が大半だろう。
したがって、住民達の感情が理解できないわけではなかった。
しかし、私の耳には、住民達が大袈裟なことを言っているようにしか聞こえなかった。

異臭だって、その部屋の側まで近づかないと感じないし、ハエだって家の中にたくさん湧いているだけで、それが大量に外に飛散しているとは思えず、〝資産価値が下がる〟ったって、その地域のもともとの資産価値は高いとは思えなかった。

私が黙って聞いていると、今度は、生前の故人の暮らしぶりにまで悪口を言い始めた。

「家が汚い」
「ゴミの出し方が悪い」
「回覧板も回さない」
「挨拶もしない」
「だらしない」
「ボケてきてた」etc

その場に故人や遺族がいないことをいいことに、住民達は言いたい放題。
一人では何も言えないくせに大勢だと大きな口を叩く、典型的なパターン。
そこには、無責任さに擁護された人間による、人を見下げることによってしか自分を高めることができない悲しい人間性があった。

そんな中、騒々しくなってきた衆の話を割って、再び最初の男性が言い分を主張し始めた。

「とにかく、一刻も早く片付けてくれないと困るんだよ!我々みんなが迷惑してるんだから!」

男性は地域の世話役・自治会長で、本人の弁によると、〝地域のため住民のために心血を注いで事の収拾に奔走している〟とのことだった。

男性は、自治会長というポストが余程気にいっているらしく、尋いてもいないのにその任に就くまでの経緯を長々と話し始めた。
遡っては、出身大学からかつての勤務先・肩書にまで及び、自分の正義感と人望の厚さをアピール。

片や、そんな男性の話を聞く住民達は、
「またいつもの自慢話が始まった」
とばかりに、ニヤニヤと顔を見合わせて冷笑。
見せかけの一枚岩は、自治会長を筆頭に、ただの利己主義者の集団だった。
そんな二枚舌連合に腹の中で失笑しながらも、地域住民を敵に回しては仕事がやりにくいだけなので、私は男性の話を黙って聞いた。

調子に乗ってきた男性は、アレもやれ!コレもやれ!と言いたい放題のことを私に命令してきた。
挙げ句の果てには、「幽霊屋敷になったら困るから」と、現場の家の取り壊しまで要求。

ここまでくると、私の耳は次第に拒否反応を示し、その奥の脳はカッカと加熱。
生前の故人を知らない私には反論する根拠はなかったけど、さすがに黙ってはいられなくなってきた。
しかし、前述の通り、近隣住民を敵に回しては、何かと仕事がやりにくくなる。
それはまた、遺族にとってもマイナス。
そうは言っても、この人達をおとなしく引っ込ませないと仕事にならない・・・と言うより気持ちが収まらない。

私は、多勢に無勢の中、ない頭をひねった。
そして、私の零感を霊感に変える妙案を思いついた。

「あまり言いたくはないんですけどねぇ・・・私ねぇ・・・こんな仕事をしてますからねぇ・・・ちょっとした霊感みたいなものがあるんですよねぇ・・・亡くなった人のことは、あまり悪く言わない方がいいと思うんですよねぇ・・・世の中、何が起こるかわかりませんからねぇ・・・」
何かに怯えるようにチラチラと故人宅に目をやりながらそう話すと、住民は態度を一変。
表情を固く強張らせた。

「べ、別に悪口を言ってるわけじゃないんですよ」
と、言い訳がましいことを言ったかと思うと
「あとは会長さん、よろしくお願いします」
と、男性に丸投げして、それぞれの玄関にそそくさと引っ込んでいった。
当初の威勢と自己顕示はどこへやら、男性も住民達についてスゴスゴと退却。
まるで何もなかったかのように、私一人がポツンと残された。

「あー、スッキリした!遺族が来る前に駆除できてよかった」
「ウジ・ハエの駆除も大変だけど、始末が一番やっかいなのは人間かもしれないな」
孤軍奮闘のあと、そんなことを考えながらいつもの空に向かって背伸びする私だった。






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ほっとコーヒー(後編)

2007-09-08 06:48:49 | Weblog
コーヒーは、酒・タバコに並んで嗜好品の代表格。
私の場合は、酒○・タバコ×・コーヒー△・・・限りなく×に近い△。
残念ながら、私はその味を理解することができないから。
何度飲んでも、「美味しい!」とは思えないのだ。

だから、自分からすすんで買い求めることはない。
喫茶店などで他に適当なものがないときに注文したり、人からだされたときに飲むくらい。
どちらかと言うと、仕方なく飲んでいる感じ。

私にとってはそんなコーヒーだけど、愛好者はかなりいそう。
身の回りにも、コーヒーを嗜好する人は多い。
缶コーヒーだけでも相当の種類があるし、街々にある飲食店も、コーヒーをメニューに入れた店がほとんど。
また、ここ数年でコーヒーショップが急増している。
それだけ飲む人がいる証拠。
〝日本茶を超えて国民の飲み物になった〟と言っても過言ではないかもしれないね。

コーヒー好きからすると、一口にコーヒーと言ってもその味は千差万別らしい。
やはり、いい豆で上手にいれたコーヒーは美味しいし、中にはまずいコーヒーもあるらしい。
どこでどんなコーヒーを飲んでも苦マズくしか感じない私には、縁のない大人?の世界。

「このコーヒーはうまい!」
「コーヒーを飲むと、気分が落ち着くんだよな」
等と言いながら満足気に飲んでいる人を見ると、羨ましいかぎりだ。

余談だが、その昔、知ったかぶって、
「コーヒーにはコカインが入っているから、俺は好きじゃないんだよ」
と言った男がいた。
単に、コカインとカフェインを言い間違えただけなのだが、そのバカぶりは周囲の顔を引きつらせるものだった。
その男が誰だったのか、戦う男にも名誉の破片くらいはあるので、公表しないでおく。


前回からの話を続けよう。

床にしゃがんで黙々と作業をする私の背後から、ある女性が声を掛けてきた。

「ご苦労様です・・・大変なお仕事ですね」
振り向くと、初老の女性が立っていた。
女性は近所の住人らしく、ここで起こったことも知っているようだった。

「よかったらどうぞ」
近くの自販機で買ってきてくれたのだろう、女性は、手に持っていた温かそうな缶コーヒーを差し出してくれた。

「あ、ありがとうございます・・・ただ、手がコレでして・・・」
私は、自分の汚手を上げてみせ、〝手では受け取れない〟ことをジェスチャー。

「じゃ、ここに置いておきますから、後で飲んで下さいね・・・寒いですから、風邪をひかないように気をつけて」
女性は、優しい言葉と缶コーヒーを置いて立ち去った。

「小さな親切・大きな心・・・ありがたいな」
見ず知らずの人の優しい心遣いに気持ちが温まって、少し元気がでてきた私だった。

作業が完了する頃、遺族の男性がやってきた。

「○○(故人名)の父親です・・・ご面倒をお掛けして申し訳ありません」
故人の父親らしく、私に深々と頭を下げた。
その名前を聞いて、初めて故人の性別を認識。
そして、男性の外見年齢から故人が若者であることも察することができた。

死因を尋いたところで、私のくだらない野次馬根性が満たされるばかり。
男性の傷心をフォローできるわけでもないので、私は余計なことは尋きかなかった。

「ありがとうございます」
男性は、きれいになった玄関前を見て、礼を言ってくれた。

「中も見てもらえますか?」
男性は、持っていた鍵で玄関を開錠。
ドアを開けると、予想通りの血海が一面に広がっていた。
その中には、履物やドアポストからこぼれた郵便物が散乱。

「こんなになっちゃって・・・」
その声は力なく震え、男性の気が動転していることは明白だった。

「とりあえず、中に入りましょうか」
外からの視線を避けるため、私は、男性を押し込めるようにしてドアを閉めた。

「・・・」
そこには、険しい表情で血痕を見降ろす男性と、その悲壮感を無言で受け止める私がいた。

「こんなに散らかってたらどうしようもないな・・・」
男性は、おもむろに腰を屈むめると、血まみれのゴミを素手で拾い始めた。

「わ!私がやりますから!」
驚いた私(手袋着用)は、男性の手から血物を奪い取り、床に散乱するそれらを急いで拾い集めた。
それから、消毒綿を渡し、手を拭くことを強く促した。

「ここは、私が後できれいにしますから、大丈夫です」
男性の手前、いつまでも汚染箇所を露出させておくのは気の毒に思えた私は、ベッドから毛布を持って来て、血海の上を覆った。
その傍らに呆然と立ち尽くす男性の手は血に染まり、それはまた男性の心情を痛切に表わしていた。

「とりあえず貴重品類を探しましょうか」
私は、今後の仕事をしやすくするためと、いたたまれない雰囲気を緩和させるため、男性に貴重品探しを提案。
私も手伝いながら、貴重品を探した。

「だいたいこんな感じですかね・・・一旦、外に出ましょうか」
一通りの貴重品探索を終え、私達は外へ出た。
玄関に敷いた毛布を躊躇なく踏む私だったが、男性の方は恐る恐るだった。

「これから、どうすればいいんでしょう・・・」
男性の言う〝これから〟の意味の意味は重かった。
現場を片付けることはそんなに難しいことではない。
しかし、残された人の心は、そう簡単に片付けられるものではない。
男性の問いに〝生半可な返事はできないな〟と思った私は、黙ることしかできなかった。

「とりあえず、一休みしましょうか・・・不動産屋さんも呼びますから」
我々は、外で不動産屋の到着を玄関の前で待つことにした。
特に喋ることもなく、だからと言って雰囲気が煮詰まるわけでもなく、それぞれがそれぞれの感慨を持って沈黙の時を過ごした。

「何か飲物でも買ってきますよ」
少しして、私は近くの自販機まで行き、缶コーヒーを一本買ってきた。
そして、その一本を男性に渡した。

「すいません・・・いただきます」
男性は、冷えた手を温めるように両手で缶を握り締めた。
そして、そのまま再び沈黙。
その姿は、何かを一心に祈ってるようにも見え、私は、人が負わなければならない性を重く感じ取った。

「あー、あったかい!」
コーヒーを一口飲んで、男性は笑顔にならない笑顔をつくった。
それに笑顔で頷く私は、先に女性がくれた缶コーヒーを飲んでいた。
それはとっくに冷えていたけど、気持ちを熱くするには充分の教示があった。
そしてまた、その苦味は人生の妙を象徴していた。


気分が憂鬱になる原因の一つに、私は、愛情不足があると思っていた。
もっと優しくして欲しい、もっと守って欲しい、もっと支えて欲しい、もっと励まして欲しい、もっと助けて欲しい、もっと、もっと・・・それが足りないから心の闇に負けてしまうのだと。

しかし、ここへ来て、そうではないような気がしてきた。

愛は、もらうものではなく与えるもの。
もらう愛と与える愛、その両方がないと心の闇は決して晴れない。
そして、与える愛が大きければ大きいほど、人(私)は元気になれるのではないだろうか。

じきに迎える闇の季節をどう乗り切るか。
愛をもらう側から与える側へと転じることができれば、私は自分の心の闇を葬り去ることができるかもしれない。

憂鬱な冬が、ほんの少しだけ楽しみになってきた。





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ほっとコーヒー(前編)

2007-09-05 17:22:12 | Weblog
暑い夏も終盤になり、いつの間にか9月に入った。
「暑い!暑い!」
と騒いでいた夏も、もう終わり。
夜明けは次第に遅くなり、陽が沈むのも早くなりつつある。
過ぎてみると、季節の移り変わりは早いものだ。

東京界隈では8月末から急に涼しくなり、比較的過ごしやすい日が続いている。
夏の猛暑が嘘のよう。
朝晩、外の空気がヒンヤリしていると、ホッとして夏の疲労が癒される。
心地よい秋風が吹いてくるのも、もうじきだ。

過ぎ行く春夏秋冬は、人の一生にも重なるところがある。
20年区切りで考えると、私の年齢では晩夏。
もうじき秋を迎える頃合だから、ちょうど今頃の季節だろうか。
「せっかくの人生、何か熱中できること・情熱が注げることが欲しいなぁ」
等と思いつつも、結局のところ、食べてくことに精一杯で仕事に追われるばかり。
人生晩夏の今、もっと熱く燃えるべきか、歳相応に冷めていく方が楽か・・・悩むところだ。

行楽の秋・食欲の秋・読書の秋etcと言われているように、秋は何をするにも心地よい季節。
猛暑の夏を乗り越え、やっと来る秋に安堵しながら、人々はそれぞれの秋を満喫するのだろう。
一方、私にとっては・・・やはり仕事の秋になりそう。

食って寝て働く、そしてまた食って寝て働く・・・季節感もなく、その繰り返し。
疲労感ばかりを抱える単調な毎日でも、ささやかな幸せはある。確かにある。
そして、それに感謝する必要があることは分かっている。
しかし、疲労困憊の昨今、どうやったら本心で感謝の日々を過ごすことができるのだろうか・・・悶々としながら、不満と感謝の狭間で足踏みをしている私。

私の中にある際限のない欲望と不満・不安感は、人生に感謝の気持ちを持つ謙虚さを打ち倒す。
しかし、〝そうはさせじ〟と踏ん張ろうとする私もいる。
その答を得るためにも、仕事+αしかない。
死人の残すメッセージが、何らかのヒントを与えてくれるから。


身体的には過ごしやすくなるこれからの季節でも、私にとってはツラくなることがある。
暗い時間が序々に長くなる晩夏から、私の中にだんだんとその兆候が現れてくる。
私自身が〝心の闇〟と表している、精神的な虚無感・疲労感だ。
鬱状態と言ってもいいだろう。
それは、自分でもコントロールできないやっかいなもの。

私が、
「肉体的には夏が、精神的には冬の方がキツい!」
「冬より夏の方がいい」
と言う由縁は、この辺のところにある。

昨年の今頃も、
「何となくイヤ~な予感がするな・・・」
と思っていたら、やはり私の心は序々に闇に覆われてきていた。
そして、秋が深まるにつれ、それが自分でもハッキリと感じ取られるようになっていた。
そうなってくると、毎日がツラい。ホントに。
まだ見ぬことなのに、将来の不安ばかりが頭を占めてきて、〝お先真っ暗〟の気分になる。

そんな時は、できる限り余計なことを考えず、とにかくその日一日を生きることだけに集中するよう努める。
「とりあえず、今日一日・・・」
と自分をなだめて、朝をスタートする。
私は、それ以上先のことを考える余裕もなくなるくらいにダウンするのだ。


それはある晩秋の日の作業だった。
現場は、車通り沿いのアパート。
築年数は浅く、学生等の若い単身者向きの建物だった。

依頼してきたのは、そのアパートを管理する不動産会社。
依頼の内容は、特殊清掃。

現場に着いた私は、目的の玄関に向かった。

「これかぁ・・・」
汚染箇所は一目瞭然。
玄関ドアの下から、大量の血が流出。
それは、時間の経過とともに茶色く変色しつつあった。

「一体、何があったんだろう・・・」
玄関ドアの隙間から、液体が流れ出していることは珍しいことではない。
玄関やその近くで亡くなっている場合、そこから出た液体が表に流れるケースがよくあるから。
多いパターンは、遺体の腐乱がかなり進んだ状態で溶け出る腐敗液。
それは、凄まじい異臭を放ちながら、脂をタップリ含んだ茶黒い粘体として姿を現す。

「これは、腐敗液と言うより血液に近いなぁ」、この現場の汚染液は異臭も軽微、色も赤に近かった。
丁度、コーヒーを流したような感じ。

そうこうしていると、不動産会社の担当者がやってきた。
一通りの挨拶を交わしたあと、私は尋ねてみた。
「部屋の中で、何があったんですか?」
「ハッキリしたことは分からないんですが・・・」
「はぁ・・・」
「今、遺族が警察に行っていますから、ハッキリしたことはすぐに分かると思います」
「・・・ですね」

担当者は、自分の口から余計なことを言いたくなかったのだろう、奥歯にモノが挟まったように口を濁した。
その態度から死因を察した私は、口をつぐんだ。。
その辺を詮索したところで、私の作業には影響するわけではないし。

私への依頼内容は、
「近隣住民が騒いでいるので、玄関前の血痕をきれいにしてほしい」
とのこと。
部屋の中から異臭が漂い、そのニオイやウジ・ハエが近隣に迷惑をかけているわけではなく、この現場が抱えているのは視覚的な問題だけ。
早急にそれを解消する必要があった。
部屋の中が気にならないでもなかったが、とにかく、私は指示された部分を片付けることにした。

「きれいになりますか?」
「脂とコンクリートは相性がいいのか悪いのか・・・なかなか落ちないんですよ」
「脂?・・・」
「血液にも脂分はありますからね」
「なるほど・・・」
「ま、多分、大丈夫だと思います」
「よろしくお願いします」
「じゃ、早速やっちゃいますね」
「終わったら連絡下さい」
「了解です」

私は、そそくさと汚染状況に合った道具類を整えた。
そして、玄関前にしゃがみ込み作業を開始。

少しすると、私は人々から飛んでくる視線が気になり始めた。
そこは、人目につきやすい場所で、側を通る人が皆、私を見世物にしているような錯覚に陥った。

私は、誰がどう見ても清掃作業をしている人間であることは分かったはず。
そして、コーヒー色に染まる床から、私がやっていることが普通の清掃作業ではないことも分かっただろう。
この現場に起こったことを知っている人もいたかもしれない。

私は、通り過ぎる人々が私に対して好奇・嫌悪の視線を注いでいるような気がして、いたたまれなくなってきた。
更に、ヒソヒソと話し声なんか聞こえようものなら、自分が悪いことでもしているのではないかと、罪悪感すら覚えてしまった。

感じる視線にいちいち顔を上げてもいられない。
私は、冷たい視線を背中で耐え、ひたすらコンクリートの床を磨き続けた。

晩秋の寒風が吹きさらす外での作業は、夏の猛暑とは違ったキツさがある。
冷たくかじかむ手は思うように動いてくれず、それが〝自分は何の役にも立たたない人間ではないか?〟という疑心にもつながった。
気分が低滞している時は、些細なことでもダウンしやすい。
そんな心境で地ベタに這いつくばっていると、ネガティブなことばかりが頭を巡った。

「世間と晩秋の風は冷たいなぁ」
「こう寒いと、気持ちまで冷えてくるよ」
「何だか惨め・・・」

そんな作業中、背中を丸める私の後ろから声を掛けてくる人がいた。

つづく





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PERSONS

2007-09-02 07:53:55 | Weblog
ある日の夕刻、オレンジに燃える陽を見ながら思った。

「俺の人生なんてちっぽけなものだよなぁ」
「俺一人が死んだって、世の中には何の影響もないだろうし」
「太平洋に砂粒が落ちた程の波も立たないはず」
「いつか死に、誰からも忘れられ、生きていた事実さえも夢のように消え去るだけか・・・」

遠くに沈みゆく夕陽は、私に人生の終焉と、自分という人間の存在が、どこまでも軽く・どこまでも小さいことを想わせるのだった。

私は、たまに夜の繁華街に出掛けることがある。
自らすすんでのことではなく、人の付き合いで。
若い頃は、意味もなく夜の繁華街にワクワクしていたものだが、歳を追うごとにその嗜好は変化し、今では苦手になっている。
あの人ゴミの騒々しさとネオンの乱舞には、何とも言えない疲れと熱を覚えるのだ。

普段は少人数の小さなコミュニティーに身を置き、単独行動・単独プレーも少なくない私は、自然と人ゴミに馴染めない人間になっているのだろうか。
それとも、それ以前に、もともとが人間集団にマッチしない性質なのだろうか。
どちらにしろ、軽くて小さい私は、人に流されないように、ちょっと距離をあけておいた方がいいのかもしれない。

そんな繁華街は、いつでも人ゴミでごったがえしている。
不夜城のごとく、深夜になっても人通りが途絶えることがない。

「うわぁ、腐るほどいるなぁ」
「こんだけの人間がいれば、少々の人が死んだって、世の中にはほとんど影響しなそうだな」
人ゴミの中に紛れると、ついつい、そんな風に思ってしまう。
そう考えると、尚更、人の命なんて小さくて軽いものに思えてくる。

実際、一人の人間が亡くなっても、世の中に与える影響はわずか。
友人・知人、身内や関係者の中でいくらかの騒動になるくらい。
それも、いくらかの時間が経ってしまえば何もなかったかのように消えていく。
なんだか、〝人の命は地球より重い〟という言葉が説得力を失う感じ。
まぁ、この言葉は、あくまで、誰にでも分かりやすい比喩表現として用いられているのだろうけどね。

〝ひねくれ者の戯言〟と流してもらって構わないが、私は、〝人の命が地球より重い〟なんて思わない。
仮にそうだとして、だったら、何故、この世の中では人の命を軽く感じるのだろう。
人の死を小さく感じるのだろう。
この地球が、それよりも軽くて小さいとは、とても思えない。

また、人がいるから地球があるのではなく、地球があるから人がいれるわけで、一人の命のどうこうは、地球にとっては大事ではない。
逆に、地球の小事は万民にとって大事。
したがって、私は、愚考を承知で上記の言葉に異を唱えるのである。

ついでに言うと、〝地球より人の方が大切〟という傲慢な考え方が、今日の環境破壊につながっているのかもしれないしね。

そもそも、人の命の重さを測ろうとすること、具現化しようとする自体がナンセンス。
もっと言うと、愚行・愚考である。
人がする命の査定には限界がある。
本来、人には、人の命を測る資格も能力もないのだから。
あるのは、生存本能に基づいた希望・願望のみ。
しいて言えば、〝人の命は、重くもあり軽くもあり〟または〝重くもなく軽くもなく〟と言ったところか。


忙しい時は、私は、一日に2~3件の特掃をこなすこともある。
そうなってくると、余計なことを考えているヒマはない。
モタモタ手間取っていると次の現場に影響するので、あらゆる無駄を省いて、ひたすら作業効率の向上に努める。

そして、一旦、現場に入ったら徹底して作業に集中。
集中すれば集中するほどに無心になり、まるで 何かにとりつかれたように腐敗汚物と格闘する。
言葉の使い方が間違っているかもしれないけど、〝夢中〟になるのだ。
やっているうちに〝気持ち悪い〟という感情が薄まり、自分が鍛練されているような熱を感じてくる。
特掃は、現場を磨くだけのものではなく、自分をも磨くものなのかもしれない。
それが、使命でも、運命でも、宿命でもなく、私の定め・・・モノ凄くツラいんだけど。


ある日の夕刻、とあるマンションの一室。
その日に予定されていた三件の特掃を終え、私は最後の玄関を出た。
そして、マスクを外して仰天!

「く、くっせーっ!」
自分の身体が放つ凄まじい悪臭に、一瞬、頭が真っ白になった。

「く、くさすぎるーっ!」
そのニオイに、私の脳は破壊されそうな危険に晒された。
私の身体は、三人分の腐乱臭に私自身の体臭が加えて、計四人分のニオイのハーモニーを強烈に奏でていた。
それは、ウ○コ男が、それまでの自己記録を更新した瞬間でもあった。

「俺は危険な男・・・女・子供は近づかない方が身のためだぜ」
自分でも、一件一件の仕事をこなす毎に臭くなっていることは分かっていたけど、まさかそこまで臭くなるとは思っておらず、この時の私は、かなりの要注意人物になっていた。

「長居は無用!自分がキズつく前にさっさと退散しよう」
私は、急いで帰り支度を整え、回りに人がいないのを見計らってマンションの出口に向かってダッシュ。
当然、エレベーターは使わず、誰とも出会わないことを祈りながら階段を駆け降りた。
私が通り過ぎたあとの残り香はなかなかの珍臭に違いなかったが、そんなことを気にしている余裕はなかった。

「作業は終わりましたか?大変だったでしょ!」
一階フロアに降りると、私が返事をする間もなく管理人は私に急接近。
同時に、悪臭パンチをモロに受けた管理人は、驚愕の表情で目をパチパチ。
四人分・・・しかも、ただの四人じゃない者の体臭を纏っているわけだから、臭さがヘビー級なのも仕方がない。

「スイマセン!失礼しま~す」
と、私は逃げるように現場を離れた。

帰りの車の中も悪臭が充満。
とても、窓を閉めたままではいられなかった。
車窓から吹く外の風を心地よくうけていると、一気に気が抜け、くだらないことが頭に浮かんできた↓

・・・・・
このニオイ、香水にでもしてブランド化したら凄そうだな。
〝虫除け〟ならぬ〝人除け〟に効果を発揮しそう。
〝孤独を愛する硬派な貴方に最適!〟なんてキャッチコピーをつけたりすると、人を寄せ付けたくない人に重宝されるかも。
ブランド名は、どんな名前がいいだろう。
原材料は人間だから・・・横文字にして〝PERSON〟なんてどうだろう。
イヤ、一人じゃなく大勢だから、複数型にして〝PERSONS〟だな。うん、それがいい。
生産国は、どこにしようかな・・・。
洗練されたお洒落なところがいいから・・・やっぱ〝ふらんす〟かな。うん、それしかない!
・・・・・

私は、腐乱死体のニオイをプンプンさせながらも、そんなことを考えてニヤニヤと楽しそうにする危ない(バカな?)男だった。


皆が嫌うPERSONS、皆が恐れるPERSONS、されど元は皆と同じ人間。
多くのPERSONSに出会うことによってコノ世での寿命を縮めている?私だけど、それに引き換えて、多くのPERSONSからコノ世に生きるうえで大切なものを教えてもらっている。
そしてまた、そんなPERSONSに支えられて生きている私だったりする。

今まで、一体私は、何人のPERSONSを纏ってきただろう。
そして、これから何人のPERSONSが私と遭遇することになるのだろう。

これからも、あちらこちらでPERSONSと出逢いながら、少しでもマトモな人間になれるよう研鑽を積んでいこうと思う。





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