特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

想定害

2021-02-22 08:27:45 | 遺品整理
「早起きは三文の徳」
できるかぎり、私は、早起きを励行している。
夜明けが遅い冬場でも、起床はほとんど5時台。
夜明けが早い夏場だと、4時台。
不眠症のメリット?で、夜中には何度も目が醒めるし、自分が予定していた時間を過ぎて目を醒ますことは、ごくたまにあるけど、仕事に遅刻するくらいに寝坊してしまうことは皆無。
当然、目覚まし時計なんて、まったく必要がない。
それで何をするかというと、早朝のウォーキング。
それから、朝ご飯をしっかりと食べるのだ。
もちろん、仕事の予定によって変動はするけど、おおかた朝はこのパターン。

もちろん、早朝の起床はツラい。
特に、冬は暗いし寒いし。
しかも、ほとんど朝は「このまま夜が明けなければいいのに・・・」と思うような鬱状態。
だからこそ、そこで思い切って起きないと余計に苦しむことになる。
怠惰な欲望を振り切って自分を叩き起こさないと、その後が大変なことになるのだ。

楽ではないけど、早起きしていいこともある。
ウォーキングの時間帯は、ちょうど朝陽が上がるタイミングで、晴れた日には絶景がおがめるのだ。
澄みきった空気、オレンジに染まる空、日によっては輝く月星もみえる。
「人生は短い・・・絶景が見られるなら、見られるうちに見ておかないともったいない」と言っている人がいたけど、まったく同感!
感動や感激、そして感謝の念は、いくつになっても持ち続けることができる!
それこそ、“生きてる楽しみ”というもの!

ただ、そうなると、逆に夜は弱い。
何も用がないときの就寝時刻は、高齢者or小学校低学年レベル。
起きたまま0:00を越すなんてことは、年に一度の大晦日くらい(前の大晦日は0:00前に寝てしまったけど)。
でも、それもまたヨシ。
晩酌しても深酒にはならないし、遅い時間に食べて脂肪を蓄えることもない。
質はともかく、充分な睡眠時間が確保できるため、ゆったりとした気持ちで寝床につくことができる。
そして、そんな安息のひとときは、次へのエネルギーを養ってくれる。

そんな深夜、2月13日、枕元に置いているスマホがいきなり唸った。
昼間でもそこそこ驚くのに、夜中だとビックリ仰天!
そう、それは、緊急地震速報。
誰が考えたのか、あの警報音は、本当に不気味で恐怖心があおられる。
十年前の出来事が思い起こされ、今でもある種のトラウマみたいになっている。
また、心臓麻痺で亡くなる人もでてくるのではないかと心配にもなる。
その警報が、けたたましく鳴ったのだ。
そして、間髪入れずにグラグラ!っときた。
福島県を中心に最大震度6強の地震に見舞われたのだった。

いつものように浅い眠りについていた私は、すぐに目を醒ました。
首都直下、東南海、南海トラフ・・・今の日本は、いつ どこで、大きな地震がきてもおかしくない状態にあるのは承知のとおり。
いつもとは違う強い揺れ方に、私は「大地震がいよいよ来たか!?」と身構えながら身体を起こし、そのまま立ち上がった。
が、外で出るべきか室内にとどまるべきか、すぐに判断がつかず。
また、持って出るべきものも、すぐに思いつかず。
とっさに掴んだキーホルダーを手に、ギシギシと軋む音がする室内を右往左往するばかり。
心配性の私は、一般の人よりも強くコロナや地震に対する心構えをもっている自負していたけど、結局、戸惑うばかりで素早い判断と行動ができなかった。

揺れが治まってきた頃、NHKをつけると、早速、地震のニュースをやっていた。
「福島県で震度6強」「震源が海底の場合、津波が起こる可能性があるので注意」
と、アナウンサーがやや早口で情報を流していた。
私は、津波の心配がない土地に暮らしているので、その不安はなかったけど、脳裏には十年前の映像が蘇ってきていた。
そして、「大事にならなければいいけどな・・・」と、スウェット(パジャマ)の上に袢纏を羽織り、冷え冷えとした部屋の中で、しばらく繰り返されるニュースを注視した。

考える時間、迷っている時間が、結果的に命取りになる危険性もある。
頭ではわかっていても、実際に地震が起こったとき、すみやかに適切な行動ができないと意味がない。
今回、私は、コロナ同様に地震にも慣れてしまっていることに気づかされた。
あと、実際に大揺れすると、一時的に頭が真っ白になることも。
不意に地震が起こることは想定内のはずなのに、実際の感覚は想定外。
「想定外」を「想定内」にしておくこと・・・物理的な備えはもちろん、自分がとるべき行動もよくよく考え置いて、直感的に動けるようにしておくことが大切だと、つくづく思った。



訪れた現場は、郊外の閑静な住宅地に建つメゾネット式アパート。
オシャレな外観、凝った造りで、軽量鉄骨構造ながらも一般的な重量鉄骨マンションよりも高級感がある建物。
亡くなったのは50代男性、自室で孤独死。
仕事は個人事業で、亡くなったことをすぐに察知されるような人付き合いもなく、発見されたのは亡くなってから数日後。
ただ、寒冷な季節でもあり、その肉体は、腐敗らしい腐敗はしておらず。
寝室のベッドに、薄いシミが発生している程度。
わずかにアンモニア系の異臭があったものの、一般的な生活臭の方が強く、“そこで人が亡くなっていた”ということは言われなければわからないくらいだった。
また、長年の一人暮らしで家事には慣れていたのだろう、中年男性の一人暮らしの割に部屋はきれいで、汚くなりやすい水廻りもきれいに保たれていた。

故人は独身独居、親兄弟はなく、もっとも近い血縁者は叔父・叔母。
ただ、叔父・叔母は遠方の田舎に暮らし、また、かなりの高齢。
一族の文化か、田舎の風習か、親族は“血のつながり”というものを重く考えているよう。
遠戚とはいえ、借り物の家で身内が孤独死したことに少なからずに責任?負い目?みたいなものを感じているようで、深刻な表情。
その様子から、故人の後始末を引き受けるつもりがあることは充分に伺い知ることができた。

大家は、代々、この地域の地主。
先祖は、この地域に田畑をもって汗を流していた農家だったのだろうが、時代の移り変わりとともに農地は商業地や宅地となり、資産価値は上昇。
汗水流していたのは先祖、その末裔である大家は、ハッキリ言ってしまえば“棚ぼた”で資産を手に入れた身。
もちろん、相応の労苦はあるのだろうけど、一般庶民に比べれば、経済には余裕があり、生活は優雅。
何の資産も持たない貧乏人(私)からみると、羨ましく思える身分。
ただ、同じ資産家でも色んな人がいて、寛容な人もいれば強欲な人もいる。
自分のことを棚に上げて言わせてもらえば、残念ながら、本件の大家は後者だった。

大家、親族、業者(私)、三者協議のテーブルでのこと。
親族に対して大家は、家財生活用品の処分と、そこで亡くなっていたことを理由に、ある程度の消臭消毒を要求。
もともとそのつもりはあったようで、これは、親族も承諾。
しかし、ことはそれだけにはとどまらず。
“世間知らずの田舎者”“お人よしのお年寄り”といった体の親族が黙って頷いていることに気を大きくしたのか、大家は、全面的な内装改修工事や設備の入れ替えまで打診。
「新築にする気か?」「そこまでする必要ないだろ?」と思うようなことまで、当然のように要求しはじめた。
そして、用意周到なことに、親族の前に、「原状回復に関する全責任を負う」といった旨の覚書を差し出し、署名押印するよう促した。

対する親族は、戸惑いの表情。
家財処分や消毒、一部の内装改修や清掃を強いられるのは仕方がないと思っていたようだったが、大家の要求はそれをはるかに超越した想定外のもの。
故人の部屋は、何も言わなければフツーの部屋、特段の汚損も異臭もない。
いくら、親族が孤独死現場の後始末に関して素人といっても、そのくらいの分別はつく。
三者の中では若輩だった私の目からみても大家の下心はみえみえで、親族も大家の言うことを黙って聞いてはいたものの、それは“=納得”でないことは明らかだった。


不動産にかぎったことではなく、物の貸借契約において借主は「善良な管理者としての注意義務」、つまり、「借りたものは良識をもって大切に使用しなければならない」という責任・義務を負う。
通常の生活を送るなかで傷んでしまうものや、経年による劣化は免責されるのが通例だけど、「内装建材・建具設備を通常使用外で損傷させてはならない」という責任を負うわけ。
具体的には、「禁煙の部屋でタバコを吸ったり、ペット不可の部屋で動物を飼ったり、大量のゴミを溜めたり、常識的な清掃を怠ってヒドく汚したりしてはいけない」ということ。
不可抗力ながら、孤独死して腐乱した場合も、汚損が顕著に表れるので、なかなか抗弁しにくい。
自殺となれば尚更で、「不可抗力」ではなく「故意」とみなされるので、借主側の責任は大きなものとなる。

話を一般の案件に戻すと、通常損耗・経年劣化の判断基準にはグレーなところがあり、借主・貸主の間で争いになることも少なくない。
私自身も、三年暮らした部屋で原状回復代が全額免除されて嬉しかったこともあれば、一年しか暮らさなかった部屋で少なくない額の修繕費をとられて不満に思ったこともある。
が、本物件は、上記の借主義務を逸脱しておらず。
家賃の滞納をはじめ、迷惑行為もトラブルもなし。
所々に通常の生活汚れがあるのは当然ながら、全体的に部屋はきれいで経年劣化も軽症。
居住年数を考えると、原状回復費用のほとんどは貸主(大家)が負担するべきものと考えるのが自然だった。

しかし、“孤独死”というところが借主(故人)側の急所となっていた。
で、大家は、被害者色を前面に押し出して、その一点を突いてきた。
ただ、それは、法的拘束力をもっているものではなく、あくまで情に訴えるもの。
親族は、故人と生前の付き合いも浅く、賃貸借契約の連帯保証人や身元保証人にもなっておらず。
しかも、「血縁者」とはいえ、親子・兄弟でもない遠戚。
ただただ、一族の倫理観・・・つまり、血はつながった者としての善意で後始末をしようとしていたわけで、放り投げよう思えば、容易に放り投げられる立場にあった。


大家は、話が進むにつれ、それまで従順だった親族の空気が不穏なものに変わってきたのを察知したよう。
それを警戒してだろう、そしてまた、専門業者の意見だったら説得力があると思ったのだろう、大家は、私にも意見を求めてきた。
大家の主張は業者の私にも利があるため、当然、大家は、自分側に立った“援護射撃”を期待していたはず。
しかし、一つ間違えば悪質な押し売り、もっと言えば詐欺にもなりかねない。
私だって、仕事=商売をするためにやってきたわけで、一儲けも二儲けもしたかったけど、大家とグルだと思われるのは不本意だし、犯罪者みたいな後ろめたさを味わうのはもっとイヤ。
そうは言っても、大家を敵に回したら、仕事を獲たとしてもやりにくくなるに決まっている。
業者の立場としては、大家側につくのが得策・・・
個人の立場としては、親族側につきたい・・・
私は、大家側につくべきか、親族側につくべきか、ない頭をめいっぱい捻って打算を働かせた。
で、いつでも都合よく自分の立ち位置を変えられるようにしておくため、
「業者である私も利害関係者の一人ですから、ここでの意見は差し控えます」
と言って、結局、どちら側にもつかず。
その結果、大家の思惑は外れ、決着には至らず。
親族の、「この案件は持ち帰って検討する」という回答をもって、その場はお開きとなった。

数日後、親族は、
「弁護士に相談したところ、“負うべき責任はない”と言われた」
「ある程度は負担するつもりだったけど、もう一切の後始末から手を引く」
と大家に通達してきた。
肉親の情に厚い田舎者だと思っていたら、いきなり手のひらを反してきたわけで、これは大家も想定外。
慌てて腰を低くしても、もう手遅れ、後の祭り。
結局、親族の善意につけ込んで欲をかいたばかりに、大家は、本来なら得られるはずだったものまですべて逸してしまった。
一方の私は、親族に悪者扱いされることもなく、仕事の規模は縮小したものの大家との請負契約で一仕事を獲ることができ、このときは、どちら側にもつかない優柔不断なスタンスが「吉」とでたのだった。


とにもかくにも、人の善意に乗っかって一儲けしようとするのはよろしくない。
詐欺や窃盗を筆頭に、このコロナ禍に、そういった輩が横行しているのは、承知の通り。
そんな卑怯者は、あえて善良な高齢者や弱っている店を狙う。
「コロナなんか関係ない」と我が物顔で店をハシゴしイキがっている連中より、更に性質が悪い。
関連するニュースを見聞きすると、「くたばってしまえ」と、過剰な思いが湧きあがってくる。

そうは言っても、我を顧みれば、
「オマエだって、他人の不幸で飯を喰ってるんじゃないの?」
「似たようなもんじゃない?」
と、どこからかそんな声が聞こえてきそう。
これまでも、たまに、内から外から、そんな声が聞こえてきた。
ただ、私は、人生の半分以上をこうやって生きてきた。
もう、他の生き方は忘れてしまったし、今更、他の生き方なんてできっこない。

人生は、想定外のことが起こるから楽じゃない。
それで、どれだけ泣かされてきたことか・・・
しかし、想定外のことが起こるから面白くもある。
それで、いくらか笑いもした・・・
想定内の死に向かう中で、想定外の死期と死に方を覚悟しつつ、これからも、私は、こうやって生きていくしかない。

狭苦しく冷暗な地ベタを、ひたすら這いずり回っているような人生。
若かりし頃の自分にとっては、まったく想定外の人生。
そんな想いに、気分を沈ませてばかりの日々・・・
くたびれた男になってしまった自分に、ここから這い出るチャンスは、まだあるのか・・・もうないのか・・・
ただ、泣いても笑っても、残りの人生が刻一刻と短くなっていることだけは間違いない。

「だったら、全力で地ベタを這い回ってやろうじゃないか!」
そんな覚悟も根性もないくせに、生きてる楽しみを少しでも味わおうと、時々、私は自分にそう言って朝陽に向かっているのである。



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緊急事態

2021-02-15 08:35:29 | その他
この状況では仕方がない・・・おおかたの予想どおり、緊急事態宣言の終了が一ヶ月延長された。
表面上の感染者数は減少傾向にあるものの、高齢者の感染者数や重症者数はそれにリンクしておらず、病床の逼迫具合も改善されていないのが理由らしい。
死亡者数も高止まりしており、延長はやむを得ないと思う。

まったく、「慣れ」というものは恐ろしい。
かつて、東京都一日の感染者数が500人を超えたときは、ビッグニュースとして衝撃的に受け止められた。
が、しかし、今では、500人くらいで驚く人はおらず、もはや「少ない」といった印象。
事実、不要不急の外出自粛が呼びかけられているけど、私が住む世界(昼の世界)では、あまりその変化は見受けられない。
仕事上、あちこちの商店街を通りかかることがあるけど、「緊急事態宣言下」といった雰囲気はない。
いいことなのか 悪いことなのか・・・ほとんどの商店街には、大勢の人が出歩いている。
パチンコ屋は朝から賑わっているし、ランチ時には狭い店も混み合っている。
特に、東京の人間は、もともと人ごみに慣れているせいか、“密”もあまり気にしていないように見える。
余計なおせっかいか・・・神経質な私なんかは、「もっと、人を警戒した方がいいんじゃない?」と思ってしまう。

かくいう私も、正直なところ、春のときよりは明らかに緊迫感がない。
しかし、私の場合は、もともと地味な性格で、金遣いも地味なら遊びも地味。
当然、暮らしぶりも地味なので、不要不急の用も少なく、普段の生活スタイルそのものが自粛生活みたいなものだから自制してるっぽく見えるだけ。
そんな中でも、テレワークできる仕事ではないので、毎日、仕事には出ている。
ただ、電車やバスは避けているうえ、マスクの着用、こまめな消毒はもちろん、できるだけ人と距離をあけるように心がけている。
作業でも密にならないよう気をつけ、飛沫が散らないように口数も減らしている(“減らず口”は多いけど)。
また、感染も重症化も恐いし、後遺症も侮ることはできないので、少しでも免疫力を高めておこうと、食事・運動・睡眠のバランスには気を使っている。

さてさて、この緊急事態、一体、いつまで続くのだろうか。
いつになったら“終わり”が見えてくるのだろうか。
一昨日の深夜には、世の中の不安につけこむかのように、大きな地震が起こったし・・・
その次には何が待っているのだろうか。
景気回復か、それとも第四波か。
少なくとも、東京オリンピックが待っているようには思えない。
図らずも、大会組織委員会のドタバタ劇は、それを後押ししているようで、“延期派”の私は冷めた視線で観劇している。



ある日の深夜、一本の電話が入った。
相手は中年の男性、かなり慌てている様子。
相談の内容は“特殊清掃”。
ただ、得意の(?)腐乱死体とかゴミ部屋とかではなく、対象は糞尿・・・男性自身がやらかした跡を始末する仕事だった。

男性は、人々で賑わう繁華街にいた。
仕事を終えた男性は、職場の仲間とそこで飲んでいた。
愉快で楽しい酒だったのだろう、結構な量を飲んだよう。
で、ひとしきり飲んで後、終電間際で宴はお開きに。
終電を逃すわけにはいかなかったので、時間には余裕をもって駅に向かって千鳥足を進めていた。

そのとき、身体に異変が!
楽しい酒に酔っていい気分だったのに・・・下腹部にイヤ~な圧迫感が・・・
そう・・・急に“大”をもよおしてきたのだ。
しかし、心配無用、駅には安息の地、トイレがある。
そして、駅までは数分の距離、そんなに遠いわけではないし、いつもの帰り道で道順もわかっている。
「落ち着け!このくらいの腹痛なら駅までは充分にもつ」と、男性は慌てそうになった自分を落ち着かせ、駅までの道を確実に進んだ。

しかし!、男性の大腸は、たった数分も待ってくれなかった。
酒を飲み過ぎたせいもあるのか、大腸の圧力は急上昇!
男性の立場も顧みず、ブツを放出しようと躍起に。
尻の穴に力を入れて抵抗する男性に対し、冷酷にも、大腸は膨張と収縮を過激に繰り返して攻め立ててきた。
もはや、数分の猶予もならない状態、大ピンチ!
悲しいかな、このパターン、攻防戦の結末はだいたい決まっている。
尻の穴が決壊するのは時間の問題となっていた。

「慌てるな!間に合う!間に合わせてみせる!」
自分を奮い立たせながら歩行スピードを上げるも、尻の穴を力ませたまま走ることまではできず。
圧力を増すばかりの大腸を前に、次第に男性は弱気に。
「間に合わないかも・・・」
事は、一刻を争う状態に。
「ウウ・・・もう、間に合わない・・・」
諦念した(悟りの境地に達した?)男性は、頭を切り替え、別の選択肢を思案。
そして、急いで周囲を見回し、身を隠せそうな場所を探した。

不幸中の幸い、時刻は深夜。
多くが店じまいする時間帯で、ほとんどの店が暖簾をおろし始めていた。
周辺に人影は少なく、街灯の明かりもまばらで、あちこちに暗闇を発見。
男性は、営業を終えた とある店舗の脇に、人目につかない隙間をみつけ、素早くそこへ身体を滑り込ませた。
そして、せわしなくズボンとパンツを下し、ブリブリブリッ!・・・
・・・クサ~い空気を吸い込みながら、ホッと一息ついたのだった。

しかし、一息ついたのも束の間、その直後、災難は再びやってきた。
不審な物音をききつけた店員が店から出てきたのだ。
そこには、ズボンを下してしゃがみ込んでいる男・・・
周囲には、不穏かつクサい空気が漂い・・・
暗闇に潜む不審者を発見した店員は、
「オイ!そこで何やってんだ!?」
と男性に向かって大声を上げ、一か所しかない通路に立ちふさがって威嚇した。
一方の男性が、
「ウ・・・ウンコしてるんです・・・」
と言ったかどうか定かではないが、どんなに弁が立ったとしても、この状況は言い逃れようがない。
男性は、潔く?観念。
ズボンを上げる前に白旗を上げたのだった。

冷静になって考えれば、新聞を敷くとかレジ袋を使うとか、何かしらの対処ができたはず。
そこまでの余裕がなかったとはいえ、男性は、何の措置も講じず用を足したわけで、はなから“垂れ逃げ”するつもりだったことは明白。
誰にも見つからなければ、そのまま知らんぷりして立ち去るつもりだったのだろう。
さすがに、それは悪質。
不法侵入?器物破損?営業妨害?、多分、何らかの犯罪になるはずで、弁解の余地はない。

しかし、尻丸出しの状態で店員に見つかった男性は、相当にパニックったことだろう。
怒鳴る店員を前に慌てふためき、尻を拭くことも忘れてズボンを上げたかも(訊きたいのは山々だっだけど、仕事に関係ないから、そこのところは詳しく訊いてない)。
店員だって、男が脱糞している姿なんて、見たくないものを見せられて、気持ちが悪かっただろう。
同時に、怒りが込み上げてきたに違いない。
男性が店員にコテンパンに叱られたのは、想像に難くなかった。

翌日の朝一、私は、あまりに滑稽なものだから、遊びに出かけるような気分で現場に出向いた。
着くと、現場には店長らしき人物と依頼者の男性がいた。
結局、男性は、そのまま帰宅できず。
夜通しで、掃除をやらされたのだろう、心身共に疲れ切った様子。
罪悪感・羞恥心・徹夜・二日酔・・・悲愴感を漂わせる男性が、やや気の毒に思えたけど、これは自分で撒いた種。
緊急事態だったとはいえ、脱糞逃亡しようとしたツケが回ってきただけで、同情の余地はあるような ないような・・・とにかく、私は、どうしてもニヤけてしまう顔を隠しながら糞跡を消毒するのみだった。



また、違う日、とある会社から特殊清掃に関する相談が入った。
対象は会社の車。
内容は糞尿。
「車の糞尿汚染?」
私は、すぐには状況が呑み込めず、詳しく話を訊いた。

ある日、男性社員二人が、社用車で外出。
そして、走行中に一方の男性が“大”をもよおしてきてしまった。
しかも、通常の便意ではなく、腹痛をともなう緊急の便意。
しかし、そこは高速道路。
おまけに、大渋滞にハマって超ノロノロ、PAなんて何十キロも先。
そうは言っても、車を降りて路肩で尻を出すわけにもいかない。
(それはそれで、渋滞で退屈していたドライバー達に超ウケだと思うけど)
そうこうしているうちにも、大腸は残酷な蠕動運動をやめず。
腹の痛みも酷くなってきて、限界が近づいてきたことを悟った男性は「もう、我慢できない!」と同僚に告げたかと思うと、おもむろに助手席から後部座席へ移動。
そして、「ま!まさか!?」と思った同僚の予想通り、男性は、ズボンのベルトを外しはじめた。
それは、尻の穴ばかりか、羞恥心までもが大腸の圧力に屈してしまう瞬間だった・・・
「やめろ!やめろーっ!!」と、同僚が制止するのもきかず、シートの下にしゃがみ込み、そのままブリブリブリッ!・・・
で、その後の車が悲惨なことになり、同情していた同僚が悲惨な目に遭ったのはいうまでもない。

自分がやらかしたことの恥ずかしさに耐えられなかったのだろう、その後、数日、「体調不良」ということで、本人は休暇をとった。
そして、わざわざ病院に行って、指示もないのに会社に診断書まで提出したそう。
車中脱糞を病気のせいにして、周囲に不可抗力だったことを理解してもらい、更に同情を誘おうとしたのだろう。
それで、少しは罪悪感や羞恥心を紛らわすことができたかもしれなかったけど、残念ながら、その浅知恵は会社もお見通しで、気の毒にも本人の意図は空振りとなっていた。

問題の車は、社屋の敷地内にある駐車場にあった。
上司や同僚達・・・仕事をそっちのけで野次馬が集まること集まること。
しかも、皆が、ニヤニヤ クスクスと笑っている。
そのうち、上司らしき人がでてきて、
「“固形物”は自分で始末させましたから」
「費用は、私が責任をもって本人に払わせますから」
と、これまた、笑いたいのをこらえるようなニヤケ顔で作業を依頼してきた。

そんな余裕もなかったのだろう、本人は、ビニールとか何も敷かず、ダイレクトに脱糞。
コゲ茶色の変色と濡れた痕・・・
ニオイからしても、それは明らかに糞尿汚れ・・・
汚れは、後部座席の足を置くスペースを中心にシートにまで付着。
限られたスペースの中でズボンを脱いで用を足すわけだから、あちこち汚れてしまうのはやむを得ない。
そうは言っても、当然、特別のチューニングでもしないかぎり、フツーの車は便器仕様にはなっていない(“便器仕様のチューニング”なんて聞いたことないけど)。
内装は布地が多く、染み込んだ汚れを完全に除去するのは困難。
掃除するより内装材を張り替えたり、シートを交換したりする方がはやい。
私は、
「やるだけのことはやりますけど、見た目はあまり変わらないと思いますよ・・・」
と上司に伝えて、一通りの作業をやった。

「それにしても、随分と思い切ったことしたなぁ・・・」
「しかし、そうするしか方法がないか・・・」
「そのままパンツの中に漏らした方がマシだったんじゃないか?」
「いや・・・やっぱり、パンツの中はマズいか・・・」
「ん~・・・車の中orパンツの中、究極の選択だな・・・」
私は、頭のヒマつぶしで、作業をしながら“自分だったらどうするだろう”と考えてみた。
が、やはり、この二者択一で結論を出すのは困難。
で、深酒すると腹を下しやすい(肝臓が弱っているとそうなりやすいらしい)私は、「酒はほどほどが自分のため!」というところに着地し、それで、くだらないことを考えるのをやめた。

休暇を終えた本人がどんな顔で出社してくるのか、また、他の社員がどんな態度で迎えるのか、興味深いものがあった。
どちらにしろ、その車は、会社にとって、誰もが敬遠する“伝説の名車”となり、本人は“伝説のウ○コ男”となり、笑いのネタになったことは間違いない。
そして、車の中で“野グソ”をした男として社史に残るかもしれない。
ただ、“災い転じて福となす”こともある。
車はダメになってしまったけど、一時でも、会社には笑いがあふれ、くだらなくもハッピーな雰囲気に包まれたかもしれない。
その後の本人の動向は知る由もなかったが、羞恥心に負けて転職したりせず、笑いもとれる“恥ずかしいヒーロー”として会社で活躍していてほしいものである。


当人達のことを思うと、笑ってばかりではいけないのだけど、このところ しばらく心が深刻だったので、“明るく、元気よく”をモットーに、バカバカしい記事を書いてみたくなった次第。
それにしても、こんなくだらないネタで、くだらない内容の記事がこんなに長く書けるとは・・・普段の私がくだらないことばかり考えている証拠か?
でも、「くだらない」って悪いことばかりではない。
人生、「無意味なことに意味がある」「無意味だから楽しい」ってことも多い。
どんな時も悪事はよろしくないけど、たまには、くだらないことをしたり、くだらないことを考えたりしてバカ笑いすると人生は楽しくなる。


人生の緊急事態にあるK子さんとは、2月9日0:29に たった八文字の打ちかけたメールが送られてきて以降、連絡が途絶えている。
体調は1月28日から急激に悪化したものの、2月4日には復調の兆しもでてきた。
しかし、以前のようにまで戻ることはなく、8日から再び悪くなり、今日に至っている。
本人も私も、ある程度は予想していたことだけど、ひょっとしたら、もう、この記事も読めなくなっているかもしれない・・・

ただ・・・かすかな望みをつないで、
「特掃隊長のバカっぷりをみて、“クスリ”とでも笑ってくれればいいな・・・」
・・・そんな風に想っているのである。


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残された時間 ~後編~

2021-02-03 08:17:05 | 遺品整理
女性の両親は共に聾唖者で、父親は幼少期に、母親もだいぶ前に亡くなり、兄弟姉妹もおらず、女性自身、結婚歴もなし。
父が亡くなって以降、将来を悲観した母親から心中を持ちかけられたりと、悲しく悔しい思いをしたことも少なくなかった。
生前の母親との関係も良好ではなく、手話をおぼえる気も起きず、血縁的には孤独な身の上だった。
苦難の多い少女期を過ごして後、大人になると誰を頼ることもなく懸命に働き、駅近の好立地にマンションを購入、四匹の愛猫との幸せな暮らしを手に入れた。
また、その人柄から、親しく付き合える友達が何人も与えられた。

女性が癌を患ったのは十年以上も前、それから長い闘病生活がはじまり、再発・転移を繰り返し、徐々に悪化。
しかし、悪いことは重なるもの、癌を患っただけでも充分なのに、勤務先の倒産・失業・・・災難が女性に襲いかかった。
多くの苦難に遭遇、ツラいことばかりが起こり、辛酸という辛酸を舐めつくし、自殺を考えた時期もあった。
癌の悪化で働くこともままならなくなり、貯えは底を尽き、生活のために借金。
ようやくありつけた正社員の仕事も5日でクビになり、闘病しながらの生活はどうにも回らなくなってしまった。

最後のトドメは、借金苦のまま仕事も見つからず、身動きがとれなくなった二年前。
癌が悪化する中、とうとう破産、やむなく生活保護を申請・・・
家族だった愛猫とも引き離され、一生住み続けたいと思っていたマンションも取り上げられ・・・
女性に幸せをくれていたもの、すべてを失ってしまった。
ただ、唯一、もともと猫をくれた友人が愛猫を再び引き取ってくれたことのみが救いだった。

新しく暮らす家が必要になっても、女性のような境遇の人を入居させてくれるところはなかなか見つからず。
病身を押しての家探しは、惨めなものだったかもしれない・・・やっとの思いで見つけたのは、小さな賃貸マンション。
どうしても手放したくない最低限の物と一緒に そこへ越し、部屋の大きさに合う小さな家電を揃えて、新しい生活をスタート。
そのとき、女性は、「自分の人生で本当にツラいことは、やっと、やっと全部終わった・・・」「これ以上、苦しまなくてすむ・・・」と悟った。
そこには、諦念を超えた安堵感があった・・・もっと言うと、その時、女性は、絶望感を超えた希望のようなものを抱いたのではないかと私は思った。


女性が余命宣告を受けたのは、昨年12月3日のこと。
その日、女性が訊ねたわけでもないのに、主治医は、「これ以上、やれる治療はなくなりました」「余命二カ月、ですね」と、淡々と告げたそう。
医師と女性の間には信頼関係ができており、医師は、女性の性質をわかったうえで告げたのだった。
それは、女性にとって最悪のシナリオだったが、その可能性があることも充分に覚悟しており、“仕方ないな・・・”と素直に受け入れた。
そして、淡々とした心持ちで、「あ~・・・そ~ですか・・・」とだけ返した。

「医者も用心して、余命は“最短”を言うでしょうから、“桜が見れるかどうか・・・”ってところでしょうかね・・・」
「部屋で倒れてもすぐ発見してもらえるように、看護ヘルパーに来てもらっています」
女性は、さすがに、私のブログをよく読んでくれている。
孤独死して放置されるとどうなるか、よく理解。
まるで他人のことを話すかのように、軽々とそう言った。

「多くの人は、“明日がある”“次の季節がある”“来年がある”と思っている・・・そのことが何だか不思議に思える」
「自分には“次”がないという感覚が、何とも新鮮」
一般の人に比べると、はるかに“死”というものを意識して生きてきたつもりの私だけど、その「不思議」「新鮮」といった言葉は、到底、私の口からは発し得ないもの。
私の中では、“そういうものなのか・・・”といった思いと、“なるほど・・・”といった思いが複雑に交錯。
そこは、まったく未知の境地・・・それこそ、私にとっては“不思議”で“新鮮”な感覚だった。

確かに、平均寿命を、漠然と自分の寿命のように思っている人は多いだろう。
何の保証もなく、何の確証もないまま、勝手に。
また、そう思わないと自分の人生をプランニングできないし、まともに生きられない。
しかし、残された時間は自分が思っているほど長くはなく、現実的には、いつ どこで この人生が終わるかわからない。
平均寿命まで生きるつもりでいながらも、残された時間が少ないことを知って生きることが賢い生き方なのだろうと、あらためて気づかされた私だった。

相手に精神的な重荷を負わせることになりかねないから、女性は、一時、「余命二カ月」と告げられたことを親しい人に伝えることを躊躇った。
それに対する応えとして、私は、「麦は、生きているうちは一粒のままだが、死ねば多くの実をむすぶ」という聖書の言葉を引用し、同時に、2011年4月1日のブログ「一粒の麦」を紹介しながら、冷たい人間に似合わない熱量をもって持論を展開。
女性の最期の生き様と、その死は、私を含めた周囲の人の心に、“大切な気づき”を必ず与えること・・・
生活に追われる毎日から、一旦 目を離し、立ち止まって、静かに命や人生を見つめ直すチャンスをもたらすこと・・・
それが、人の心に“よい実”を実らせること、決して“無”ではないことを伝えると、「心に刺さりました・・・」と、それまでの様子とはうってかわって、女性は、ポロポロと涙をこぼした。


話が尽きない中 ダラダラと居座るわけにもいかず、夕方には帰社する必要もあったので、女性との面談は二時間余で終えた。
ただ、その後も、女性に訊きたいことが次々にでてきて、女性も私に話したいことがでてきて(?)、その関係性に釣り合わないくらい頻繁にメールでやりとりしている。
別れた直後には、本気なのか冗談なのか、ジョークを飛ばすように「冥土の土産になりました」とメールが入った。
また、その後にも、私と会えたことについて「やってまいりました、千載一遇のチャンスが!」「“余命二カ月も悪くないな”と本気で思いました」との言葉(文字)が出てきた。
「何が何でも長生きすることが、命の価値を高めたり、人生に意味を持たせたりするものだとは思っていませんけど、せっかく知り合いになれたのですから、粘り強く生きて下さい」と送ると、「“余命?なんだっけソレ?”という感じで元気でやってます」と返ってきた。

女性は、私と会ったのを機に、650編を超えるこのブログを、はじめから再び読み直し始めたそう。
また、 “みき さえ”さんという漫画家が、何年も前から、このブログを原案に描いておられる「命の足あと」という作品があるのだが、それを紹介したら、早速、電子コミックで読み始めてくれた。
もともと漫画は好きなようで、「読者に伝わるように構成がよく考えられている」「絵もコマ割りもとても上手」とプロっぽいコメントで作品の出来ばえを褒めてくれた。
とは言え、私は、作者から質問があったときに応答しているだけで、制作に細かく携わっているわけではない。
とにかく、女性は、私に関わることは何でもかんでも褒めてくれ、楽しげに喜んでくれた。

そんな具合に、女性は、病んだ肉体とは裏腹に、内面は、とにかく明るくて元気!
深く落ち込んだり、気分が沈んだりすることも、ほとんどないよう。
ウィットに富んだ表現もとても上手で、いい意味で、「どういう神経してるんだ?」と笑ってしまうくらい。
しかし、そんな女性だって、これまで何度となく鬱状態に陥ったことがあり、自殺を考えた時期もあったわけで、“強い人間”というわけでもなかった。
「人それぞれ」と言えばそれまでだけど、とにかく女性は、弱くて脆く、ネクラな私とは まったく異なるタイプで、私は、そこのところに、憧れに近い疑問(興味)を覚え、同時に、その理由を探って、そこから、楽に生きるためのコツ・ヒントを学び取りたいと思った。

女性が人生を楽に生きられるようになったのは、ここ数年のこと。
何もかも失って以降は尚更。
もう、死ぬことも恐くなく、生きることへ執着もなく、ただ、残された一日一日を大切に、楽しんで生きたいのだそう。
そんな女性の明るさは、絶望や諦念の反動からくるものではないことはハッキリしている。
それは、打ちのめされた弱い自分から錬りだされた強さと、守るべき人も 守るべきものもない身軽さと、すべてを失うことの達観からきているもの・・・
しかし、それだけではなく、私には、女性自身も気づいていない深層心理の部分に、一つの信念、ある種の信仰心のようなものがあるように思えた。

そんな元気な様子が伺えても、身体は、容赦なく癌が蝕み続けている・・・特に、1月28日からは深刻な状態に陥っている・・・
まだ何とか一人での生活を営めているものの、腹部を中心に身体には鈍い痛みがあり、少し前までは、鎮痛剤“ロキソニン”が飲むと痛みが引いていたのだけど、今では、もうそれも効かなくなっている。
で、この頃は、イザというときの“御守”として処方してもらっていた、麻薬系の鎮痛剤“オキノーム”を服用。
それも、はじめは一日一回で抑えられていたのが、今では一日三回にまで増量せざるを得ない状況で、それでも、痛みは治まりきらず、更に、記憶がとんだり、意識が朦朧としたりするときもあるよう。
その苦痛を想うと、こんな私の心でもシクシクと痛んでくる・・・女性の心身が癒されるよう、祈らずにはいられない。


私が、このブログ「特殊清掃 戦う男たち」を始めたのは、2006年5月17日・・・もう15年近く前のこと。
650編を超える中で、色んなことを書いてきた。
経験したこと、想ったこと、考えていること、愚痴や弱音や泣き言も。
できるかぎり自分と正直に向き合い、できるかぎり自分の心の声に耳を傾けながら。
そしてまた、自分から出る言葉だけではなく、僭越ながらも、故人の声を代弁するようなエピソードもしたためてきた。

当初は、自分なりに精一杯 女性を癒し、励ますことが自分の役目だと考えていた私。
しかし、前述のとおり、私には、女性を癒し励ますことができるほどの見識はない。
勇気や希望を与えることができるほどの力量もない。
それでも、できることはある・・・私は、とにかく、自分ができることをしようと思った。
独善でも、独断でも、偏見でもいい、私は、女性の心の声をきいて、それを特掃隊長というフィルター通して核心を洗い出し、ダメ人間なりに研磨して代弁することが、“特掃隊長ができること”ということに行きついた。

で、この経験をブログに書こうと思い立った。
この経験を自分に刻み、また読者に伝えて、そこから何か大切なものを得よう、得てもらおうと考えた。
しかし、困った・・・悩んだ・・・
起こった出来事だけを新聞記事のように書くのは簡単なのだけど、それだけでは何かが足りない・・・
“何かが足りない”のはわかっていながらも“何が足りないのか”、考えても考えても、それがわからなかった。

一般の世では、現実的な“死”を語ることはタブー視されやすい。
とりわけ、リアルに該当する当人の前では。
しかし、女性に そのタブーはなかった。
“女性の心の声をきく力”が不足していることに気づいた私は、“無神経”を承知で女性へ質問を投げかけた。
一方の女性は、「今は何でもオープンですので、何でも訊いて下さい!」と、大らかな姿勢で応じてくれた。

「仮に、愛猫と一緒に、マンションで平和に暮らしていたとしても、その精神状態は変わらなかったでしょうか?」
「それに答えるのは、ちょっと難しいです・・・それを現実に想像するのが難しいです・・・“何もかも失った今の私には想像かつかない”というのが正直なところです」
「切ない質問をしてゴメンナサイ・・・」
「大好きだった猫達と 大事にしていたマンションを失った悲しみが通り過ぎたら、もう何にも恐いものがなくなりました」
この他にも、私は、ビジネスライクなお願いや酷な質問を連発した。

そして、女性からも、たくさんの言葉を送って(贈って)もらった。
「フツーに生きてるだけでめっけもん!」
「自分が好きなように過ごしたのだから、何もしなくても、充分、幸せな一日」
「自分がツラいだけで誰の得にもならないから、自分を責めることを一切やめた」
「親身になってくれる友人はもちろん、この世の ありとあらゆるものに対して感謝が止まらない」等々・・・


当初、私は、この経験をここに書くにあたって、おさまりのよい一つの着地点をつくろうとしていた。
女性とのやりとりを通して、その“大切な想い”を探り出し、多くの人に共感してもらえるようなゴールを目指そうとした
打算癖のある頭に頼った、変な計算が働いていた。
しかし、悲しいかな、女性の心の声をきく力だけではなく、その深層心理を探りきる力、それをキチンと文章にまとめる力までも不足。
結局、悩んでいるうちに 時間は足早に過ぎていき、ゴールにたどり着くことはおろか、メッセージらしいメッセージをかたち造ることさえできなかった。

ただ、もっと もっと時間をかければ、自分を錬ることができ、思慮を深めることができ、納得のいくゴールが見えてきたかもしれない。
しかし、女性が「余命二カ月」と告げられて、今日が その二カ月・・・もう時間がない。
もたもた悩んでいるうちに、時間は“酷”一刻と過ぎていく。
私は、女性が自分の目で読めるうちにこれを書くことが、自分に課された“務め”のような、“使命”のような、“責任”のような・・・私を必要としてくれ、私を呼んでくれた、女性に対する“こたえ”のような気がしている。
だから、私は、ひとしきり悩んだ末、想いが伝わらなくても、想いが届かなくても、女性のために・・・結局は自分のためにも、“二カ月以内”に書きあげることに渾身の力を注ぐことにした。


もともと、私は、薄情な人間、いちいち感傷に浸るクセは強いけど、だいたい一過性のもの。
いよいよになって、悲しむかどうかわからない。
目に涙が滲むかどうかも、心が痛むかどうかも、喪失感に襲われるかどうかもわからない。
仮に、涙を流したとしても、多分、それは自分の偽善性をごまかすための感傷、自分の悪性と折り合いをつけるためのパフォーマンス。
ただ、しかし、そのことで、何か 自分のためになるものがこの胸に刻まれること・・・この胸に蒔かれた“一粒の麦”が芽吹くことは間違いない。

女性との出逢いによって蒔かれた種が、その別れによって芽をだし、その先、何日、何ヶ月、何年かかるかわからないけど、自分の生き方によって実をつける・・・
いずれ、私にも死が訪れる。
それまでには実をつけ、そのときは、私も誰かの・・・欲を言えば、一人でも多くの誰かの“一粒の麦”となりたい。
そのためにも、私は、自分に残された時間を大切に、精一杯生きたいと思う。
ボロボロの身体でも、クタクタの心でも、ヘトヘトの人生でも・・・それでも、女性のように、明るく、元気よく。


『 K子さん
私は、この経験を、これから生きていく日々の・・・私に残された時間の糧にします。
やりとりしたメッセージも、消さないで残しておきます。
そして、何よりも、貴女のことを生涯忘れません。        
2021年2月3日  特掃隊長 』


特殊清掃についてのお問い合わせは
0120-74-4949
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