特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

カワの味

2008-03-29 08:10:22 | Weblog
だいぶ暖かくなってきたせいか、川でマリンスポーツを楽しむ人を見かけるようになってきた。
その光景は、いつも仕事中、車での移動で橋を渡るときに見かける。
別にマリンスポーツをやりたい訳ではないのだが、その〝余裕〟をいつも羨ましく思いながら眺めている。
〝余裕〟とは・・・つまり、経済的余裕と時間的余裕。

〝マリンジェット〟とか言う水上バイクは、買うと結構な金額しそう。
購入費用だけではなく付属備品費や維持管理費もかかるのだろう。
それに、近場で気軽に遊べるものでもないから車も必要だし、その移動経費もバカにならないのではないだろうか。
また、仕事帰りの夜に遊ぶわけにもいかないだろうから、休暇もきちんと必要。
となると、〝お金と時間にそれなりの余裕がある人でないとできない遊び〟ということになる。

ただ、気になることが一点。
東京界隈の川は、一昔前から汚く濁りきっている。
飲用はもちろん、そのまま生活用水に使えるような代物ではない。
汚物に縁の深い私がそんなことを気にするのも滑稽かもしれないけど、〝汚水に身体を浸すことに抵抗はないのだろうか〟と思う。
また、それが目や口に入って、病気になったりしないのだろうか心配になる。
・・・金や時間の問題はさておき、そんな軟弱な人間は、アウトドアスポーツをやる資格はない?


〝川→かわ→皮〟と話は変わる。

私に縁のある皮は、やはり人の皮。
人の皮は薄くて弱い。
日焼けした後に剥ける皮を見ればわかると思う。
遺体の皮も、それと同様。

その昔、死体業初心者だった頃、不用意に遺体に触れて皮を剥がしてしまったことが何度かある。
表向き、変色や膨張といった腐敗現象が見られないからと言って、皮膚が生前の状態を保っているとはかぎらない。
不可抗力なケースがほとんどながら、中には、自分の判断ミスで皮を剥がしてしまったことがあったのだ。

剥がれてしまう部分で多かったのは、胴体や腕。
死後処置や着せ替えをするとき、弱くなった皮膚はどうしてもズレてしまいやすい。
注意はしてても、〝気づいたら剥けていた〟なんてこともあった。

そんな中で、最も注意が必要なのは顔。
顔は、火葬の直前まで露出させておく部分だから、何かあると一番目立つ。
だから、灰になる迄の間は、できるかぎりきれいに保つことを遺族は望む(本人も望んでいる?)。
しかし、不幸にも、その遺族が故人の顔にキズをつけてしまうことがある。
悲しみの中、故人を労る気持ちで顔に触れたら、皮膚がズルッ!・・・
そうなると、遺体よりも遺族の方が顔面蒼白。
遺族にとって、何とも後味の悪い葬式となってしまうのである。


皮ネタでもう一つ。
(遺体ネタの後にこのネタは不謹慎?)

食べ盛りのメタ坊に居座られている私は、大の肉好き。
懐の具合が悪くなるので焼肉屋に行くことは滅多にないけど、懐に優しい焼鳥ならたまに食べることがある。
それでも、大食いの私はまとまった本数を食べないと気が済まないので、結構な出費になってしまう。
ただ、いくら安くても、スーパー等にある激安の焼鳥は買わない。
タレに浸かった状態で凍らされ、駄菓子のような値段で売られているヤツだ。
何度か食べたことがあるけど、あまり美味しくないし、その値段で儲けがでていることに良からぬ疑念を覚えるのだ。
しかし、〝値段が食の安全を担保している〟なんて安易に信じていること自体が浅はかなことかもしれないけどね。

種類は色々あれど、焼鳥って一通り美味い。
しかし、あまり食べないように心掛けているものが一つある。
〝皮〟だ。
アレも美味いことには違いがないのだが、所詮は脂の塊。
ワガママになりやすいメタ坊を甘やかさないように、心掛けている。
〝舌の味方は身体の敵〟と言うわけだ。


ある冬の日。
その日に予定していた仕事を終え、帰社しようとしているところに、急な仕事が入ってきた。
「一刻も早く来てほしい!」との要請に、私は車の進路を変えて現場に急行した。

現場は公営団地の上階。
建物の前では、中年の女性が私の到着を待ちわびていた。

「お待たせしました」
「すいません・・・急にお呼びだてして」
「いえいえ・・・寒い中、随分待たれたんじゃないですか?」
「近くの喫茶店にいましたから、大丈夫です」
「では、早速ですが、部屋の中を・・・」
「お願いします」
私は、古びたコンクリート階段を、女性の後に続いて上へ。
ゆっくりと歩を進めながら、現場の状況を聞いた。

「ところで、亡くなってたのはどこですか?」
「お風呂みたいです」
「〝お風呂〟ですかぁ・・・」
「えぇ・・・」
「浴槽の中ですかね?それとも・・・」
「中みたいです」
「〝中〟ですかぁ・・・」
「はい・・・」
「〝みたい〟ということは、中をご覧になられてないんですね?」
「えぇ・・・」
それまでにも、汚腐呂に散々痛い目に遭わされてきていた私の頭には、イヤ~な映像が急浮上。
現場を見ないうちからアレコレ思案しても仕方ないのに、マイナス志向の私は、悪い方ばかりに考えが向いて胃が縮み上がりそうになった。

「大変申し訳ないのですが・・・」
「はい?」
「私は中に入れない・・・入りたくないんですけど・・・」
「あぁ、それは構いませんよ」
「いいですか?」
「ただ、貴重品類は大丈夫ですか?・・・もちろん、余計なモノには手を触れないお約束はできますけど」
「いえいえ!その辺は全く心配してません・・・警察の方が目につく財布や現金などは渡してくれましたから」
「そうですか・・・そういうことでしたら大丈夫です」
私は、専用マスクと手袋を装着し、女性から鍵を預かって玄関ドアを開錠。
〝行ってきます〟と女性に会釈をして、一人で中に入った。

「風呂場はこっちか・・・」
部屋の空気は冷えきり、当然、人気もなし。
そんな中にも、ほんの何日か前まで人がいた気配を感じながら浴室を探した。

「ここだな!」
浴室の前に到着すると、おもむろに扉をオープン。
室内のあちこちに残留する故人の皮を横目に、恐る恐る浴槽の中を覗き込んだ。

「なんだ!?」
そこに、溜まっているはずの水らしきモノは見えず。
〝カーキ色〟と言えばいいのだろうか、くすんだ深緑色の膜が水面のあるべきところを覆っていた。
それは、脂でもなさそうで・・・
何と説明すればいいのだろう・・・
あえて言うと、深めに焼いた焼プリンの表面をその色にした感じ。
汚腐呂通の私でも、その下がどうなっているのか想像もつかなかった。

「部屋もご覧になってないわけですから、当然、浴室をご覧になってるわけありませんよね?」
「も、もちろんです!」
「できたら、掃除前の状態を見ておいていただきたいんですけど・・・」
「それは・・・ちょっと・・・」
「お金のかかることですから」
「いやいや、全部お任せしますので、よろしくお願いします」
「そうですか・・・では、作業が終わったら電話しますので、喫茶店かどこかで待っていて下さい」
「はい・・・」
結局、女性に現場を確認してもらうことなく、そのまま作業を開始することに。
私は、装備を整えて、再び現場に向かった。

先に取りかかったのは、皮の除去。
乾いているものはペリペリと、そうでないものはヌルヌルとした質感。
それらの一切合切をテキパキと剥離させた。

私は、水面を覆う緑色の被膜が何なのか、興味津々。
掃除道具でつついてみると、結構固い。
強く押して破ってみると、その裂け目からはコーヒー色の液体が漏出。
その透明度から、故人の長湯がどのくらいのものだったのかが想像できた。

よく観察してみると、汚腐呂としてはライト級であることが判明。
私は、そう手を焼くこともなく順調に作業を進めた。
しかし、結局、その被膜の正体は最後までわからないままだった。


作業を終え、女性に電話しようと外にでると、既に女性の姿はそこにあった。
「今、終わったところです」
「ありがとうございます」
「ひょっとして、ずっと外で待たれてたんですか?」
「他人にこんなことやらせておいて、私一人ぬくぬくとしている訳にはいきませんよ」
「そんな・・・恐縮です」
「で、どうです?」
「ニオイは少し残ってますけど、きれいになりましたよ」
「そうですか・・・よかったぁ」
「ご覧になります?」
「・・・まだ、ちょっと・・・」
掃除が終わっても、女性は現場を見るのを躊躇った。
私が念のために撮ってきたデジカメ写真も、〝見たくない〟と固辞。
しかし、それ以上、強要できるものでもなく、私はそのまま引き下がった。

「むき出しで失礼かもしれませんが、夕飯の足しにでもして下さい」
「いやぁ・・・お気持ちだけで・・・」
「そうおっしゃらずに・・・とっておいて下さい」
「それにしても、こんなには・・・」
「いいんです、どうぞ!どうぞ!」
「そ、そうですか・・・では、遠慮なく・・・」
「私の気持ちですから」
「恐れ入ります」
別れ際、女性は財布から一万円札を取り出し、私に差し出した。
社交辞令として一旦は固辞しつつ、最終的にはありがたく頂戴した。
欲しがらない口と欲しがる腹・・・そのイヤらしいギャップが自分でも可笑しく、ちょっと恥ずかしかった。

「さてと・・・仕事は無事に終わったし、臨時収入もあったし、奮発して美味い焼鳥でも買って帰るかな」
寒風吹きさらす夜闇の中、女性の笑顔と臨時収入に顔をほころばせながら現場を後にしたのだった。


・・・
ん?〝焼鳥〟と言えば・・・
そうだ!まだアノ話が残ってたね。
それは、また次回。






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弱気弱腰

2008-03-25 07:25:24 | Weblog
私の仕事は、わすかな頭脳労働とそれなりの精神労働が混ざった超?肉体労働。
日々、そんな労働に勤しんでいる私は、身体のあちこちを弱めている。
中でも、膝腰は傷めやすい部位である。
治りかけた頃にまた傷める・・・慣れた仕事とは言え、寄る年波には勝てないのだろう、年を追うごとに傷みやすく治りにくくなっているのが自分でもわかる。
ドラッグストアに売っているパッケージ抜群の塗薬でごまかしているけど、それが効いているのかいないのか、私にも分からない。
まぁ、〝効果が分からない〟ということは、〝効いていない〟ということなのだろうが。
とにかく、仕事ができなくなるくらいの重傷を負わないようには、充分に気をつけている。

しかし、身体の調子が悪いと、気まで弱くなってしまう。
〝病は気から〟・・・〝気は健康から〟だね。
普段は当り前のように思っている健康がどれだけありがたいことか、実際に身体傷めて(病んで)みると、あらためて身に沁みるものがある。


話はガラリと変わる。
私がラーメン好きであることは、過去に書いた通り。
相変わらずあちこちの街で食べるけど、今、気に入っている店は三つ。
それぞれにそれぞれの工夫と独自性があって、なかなか美味しい。
しかし、私が紹介したら営業妨害になりかねないので、ここでは詳しい情報はださないでおこう。

何ヶ月か前のこと。
ある日の夜、10年来の友人と外で飲んだことがあった。
その友人と飲むときは、いつも同じ街。
メジャーな繁華街ではなくマイナーな外れ街。
お互い酒好きということもあって、二軒三軒とハシゴしなくても一軒目にちょっと長居するだけで充分できあがる。
その時も、いい気分に酔った頃、悩み多きお互いを励まし合ってお開きとした。
その後、私は、駅に向かう友人を見送ってから近くのラーメン屋に向かった。

これは、よくあるパターンなのだが、私は酒を飲んだ後に無性にラーメンが食べたくなる。
飲んだ後のラーメンなんてすこぶる身体に悪いらしいけど、その時もまたラーメンが食べたくなったのだ。
私は、〝たまの贅沢〟と自分を正当化して、足をラーメン屋に向かわせた。

向かった先は、行列ができるほどではないながらも、私の口に合うラーメンをだす店。
それまでにも、飲んだ後に何度か入ったことのある店。
暖簾をくぐってカウンターの隅に座った私は、普通のラーメンを注文。
ラーメンを着々とつくっていく店員の手元を眺めながら、至福の時を待った。

「おまちどぉ!」
目の前に出された丼からは、美味そうなスープの匂いと湯気が立ちのぼり食欲を刺激。
勇んで食べようとしたとき、丼の中にある妙なモノに目がついた。

「何?」
麺の上のモヤシに、黒く細長いモノが絡みついているのを発見。
それが髪の毛であることはすぐにわかった。

「・・・」
そのまま黙って食べようか、それとも苦情を訴えようか困惑。
私は、小心者特有の緊張感を覚えた。

素面(シラフ)だったら、間違いなく黙って食べていただろう。
しかし、酒に酔っていた私は気分が大きくなっており、〝ここはガツンと言ってやろう!〟と、顔を上げた。

「す、すいません・・・か、髪の毛が入ってるんですけど・・・」
「え!?」
店員は、慌てて丼を注視。
中に髪の毛が入っていることを確認すると表情を強ばらせた。

「も、申し訳ありません!」
「・・・」
「す、すぐ作り直します!」
「・・・いや、そこまでしなくていいですよ・・・髪の毛だけ取ってくれれば」
「しかし・・・」
「作り直してもらわなければならないほど、上等な人間じゃありませんから」
「・・・」
結局、店員は一旦丼を下げて髪の毛一本をつまみ出し、再びその丼を私の元へ。
そして、カウンター越しに何枚ものチャーシューをのせてくれ、ノーマルのラーメンをチャーシュー麺に変身させてくれた。

飲んだ後のチャーシュー麺は腹に重すぎるものではあったけど、そのサービスに私は恐縮。
まるで、ミスを犯したのは私の方であるかのように、コシの弱くなったラーメンを身体を小さくしてすすったのであった。


特掃の依頼が入った。
仕事の内容は、血痕清掃。
依頼してきたのは中年の男性。

汚れているのは洗面所と浴室であることがわかっただけで、その原因と汚染がどの程度のものなのか、具体的な要領を得ないまま話は進んだ。
ただ、微妙に震える男性の声から不穏な空気を感じた私は、余計な追求は控えて、それ以上の情報は現場で収集することにした。

現場は、閑静な住宅街にある一戸建。
依頼者の男性は、少しオドオドしながら私を出迎えてくれた。
そして、玄関前で挨拶をしようとする私を急かせるように招き入れ、そそくさとドアを閉めた。
それだけで、男性が、周り(近所)の目を気にしていることがわかった。

「急がせてすみません」
「いえいえ」
「とりあえず、清掃箇所を見せて下さい」
「どうぞ・・・そこの洗面所とその奥の風呂場です」

男性が示す方に足を進めると、洗面所から浴室にかけて広範囲に血痕が広がっていた。
ただ、腐敗したようなニオイも脂っぽい汚れもなく、当人は早期に発見された様子。
また、そこには水を流したような跡があり、誰かが掃除を試みたことが伺えた。

「母が風呂場で転倒してしまいまして・・・」
「ケガですか・・・」
「え、えぇ・・・」
「それは大変でしたねぇ」
「・・・」
「それにしても、この吐血量はスゴいですが、大丈夫だったんですか?」
「まぁ・・・何とか・・・」
「・・・それは何よりです」
私は、男性の話に嘘のニオイを感知。
これだけの出血がありながら〝命を取り留めた〟とは、どうしても思えなかったし、その血痕には〝自傷〟の疑わせる模様があった。
更に、男性の不自然な弱腰も私には解せなかった。

男性の虚言が、私が気持ち悪がらないようにするための配慮か、掃除を断られたら困るからか、近隣対策か、それとも自分にそれを言い聞かせるためなのか・・・
その真意は読み切れなかったけど、男性には、あくまで事故として処理する決意みたいなものを感じた。
どちらにしろ、下世話な野次馬は仕事の邪魔をするばかり。
また、男性の言う〝事故・存命〟を否定する理由・必要はどこにもない。
私は、余計なことを考えるのはやめて、頭を仕事に向けた。


作業自体は大した困難もなく、着々と進行。
ただ、狭い所での窮屈作業のため、足腰への負担が大。
また、男性の方は、私の作業がやたらと気になると見えて、行ったり来たりしながら作業を観察。
落ち着きなく、時折、私に話し掛けてきた。

「どおですか?」
「汚れ自体は想定の範囲にとどまってますけど・・・この血液の量はハンパじゃないですね」
「・・・」
「この通り、排水溝にもかなり溜まってますでしょ」
「・・・」
「ちょっと時間がかかりそうです」
「きれいになりますか?」
「ええ、それは大丈夫です」
「よかった・・・」
男性は、弱々しく微笑。
私は、自分の辛労などでは、男性の心労をどうすることできないことを悟った。

手をつける前の血塊は黒く死んだ状態でも、一旦手をつけると鮮明な赤を蘇らせる。
私の両手は真っ赤に染まり、その生々しさと血生臭さは、私の中でその人の死を揺るぎないものにした。

そんな中、私は、それを決定づけるモノを発見した。
排水溝の血塊の中に金属片らしきものが露出。
それを見つけた私は、慎重に探った。
姿を現したのは、刃が剥き出しのままのカミソリ。
私は、粘度を増した血をベットリとからませたそのカミソリをゆっくり拾い上げ、ちょっとした寒気を覚えながら、自分の手を切らないようにそれを始末。
洗面所や浴室にカミソリがあるのはさして不自然なことではないけど、この状態での発見は極めて不自然なことに思われてならなかった。


作業が終わって、浴室と洗面所の確認を男性に依頼。
汚染物とは言え、一応は依頼者側の所有物なので、回収して帰る廃棄物も一つ一つ報告。
ただ、カミソリがでてきたことだけは黙秘。
男性は腰を低くして清掃箇所を眺めると、特掃の成果に安堵してくれた。

「この道のプロでらっしゃるから、とっくにお見通しですよね・・・」
「は?」
「いや・・・あの・・・」
「何のことです?」
「・・・」
「大丈夫!掃除は完璧ですから、誰にもわかりませんよ!」
「・・・」
「あとは、元気になるのを待つだけですね」
私は、憔悴の中に笑顔を見せた男性に見送られて玄関出た。

外には、近所の人達がタムロ。
私が何者であるか、ほぼ察しがついているようで、私に向かって何かを疑うような視線を送ってきた。
私は、余計な事情を悟られないように、何かを言いたそうな人達に満面の笑みを送りながら現場を後にした。


人は誰も、言いたくないことを抱えてしまうことがある。
探られたくないことを抱えてしまうこともある。
それらは、正直に話して楽になるとはかぎらない。

それらを、誰に気づかれることなくフォローするのも、特掃の大切な仕事なのである。






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風に吹かれて

2008-03-21 08:29:17 | Weblog
一度現場に入ると、昼休憩もとらずにぶっ通しで作業をすることが少なくない。
腹も、現場に向かう車中のブランチで保たせる。
汚れた装備の脱着が面倒なせいもあるけど、中途半端に休憩なんかとってしまうと、気持ちが萎えてしまうことがあるからだ。

ただ、涼しい季節はそれで何とかなるけど、さすがにこれからの季節はそういう訳にはいかない。
春先でも重労働になると汗が流れる。
それが、夏場になると尚更。
外は炎天下、屋内はサウナ状態、そんな環境での作業にはこまめな小休止と水分補給が不可欠。
作業に集中し過ぎてそれを怠ると脱水症状で倒れかねないため、その辺は慎重にならなければならないのだ。

晴天の日には、現場を少し離れて外の風に当たることが多い。
これが、何とも爽快!
マスクをしているとは言え、鼻にも口にも肺にも、何かよからぬモノが入っているような気がする私は、外の風を吸うだけで心身が浄化されるような気分になれる。
意識的にやっているわけではなく、自然と気持ちが空を欲するのだ。
・・・さしずめ、〝風で一服〟といったところか。


故人の兄を名乗るその男性は、随分とフランク・・・いや、横柄な喋り方をする人物だった。
身内の死を悲しむ素振りもなく、電話の向こうでべらんめえ口調を展開。
私の話もロクに聞かず、電話機からハミ出るくらいの大きな声で現場訪問の日時を指定。
タメ口を越えた言葉使いに眉間にシワを寄せた私だったが、もともと〝押し〟の強い人には調子よく合わせて世間を渡ってきた私は、この男性にも〝いい顔〟をして従うことにした。


「確か、この辺のはずだけどなぁ・・・」
指定された住所に現場の番地を探しながら、車を徐行。
それらしきアパートを見つけた私は、道路脇に車を寄せた。

「ゲッ!何!?」
現場建物から少し離れたところに停めたにも関わらす、車を降りた私の鼻を例の悪臭が突いてきた。

「あそこだな!」
二階の一室に、窓が開け放たれた部屋を発見。
私は、そこに向かって外階段を駆け上がった。

「うぁ~!全開~!」
現場の部屋は、玄関ドアも窓も全開。
濃い腐乱臭が、風に吹かれて周辺に飛散していた。
「こんちにちはぁ」
アパートは2DK。
玄関を入ってすぐのところに狭いDK、その奥の左右に和室が二部屋。
右側の一室は襖が閉められ、左側の一室は襖も窓も開放。
右部屋に腐乱痕があることは明白で、左部屋には、ビニール合羽を着て簡易マスクを着けた男性が一人。
荷物を片付けているというより、何か探し物をしているようだった。

「こっち、こっち」
玄関前に立つ私に気づいた男性は、部屋に上がるよう手招き。
私は、男性の足元を見て土足OKを確認し、特掃靴そのままで上がり込んだ。

「おー!ご苦労さん、ご苦労さん」
「どうも・・・」
「あっちの部屋で弟のヤツが死んでたんだけどよぉ、気持ち悪くて入れないんだよ」
「はぁ・・・」
「随分ヒドいことになってんだろ?」
「多分・・・」
「このままじゃ入れないんで何とかしてくんねぇか」
「とりあえず、見てきますよ」
私は、隣の部屋に移動。
襖を開けた途端に、中のハエがウンウンと唸りだし、ブンブンと飛び交い始めた。

故人は布団の上で亡くなり、ヒドく腐乱。
横に広がる腐敗液と縦に盛り上がる腐敗粘土によって、布団一組と畳二枚を完全な汚物に変容。
その強烈な臭いとグロテスクな光景には、生きた人間の侵入を拒もうとする見えない力を感じた。

「布団一式と畳二枚が完全にダメですね」
「あ、そぉ!」
「多分、床板もダメになってると思います」
「え!?そこまで!?」
「ここを片付けるとしたら、いくらでできる?」
「ちょっと待って下さいね」
私は、男性の依頼内容と汚部屋の状況を確認しながら、作業費用を積算。
足し算が終わったところで、見積金額を提示した。

「ご依頼の内容を全部やるとなると、〓万円くらいになります」
「え゛ー?そんなにすんの?」
「まぁ・・・」
「じゃぁ、汚れモノだけだったら?」
「布団と畳ですか・・・」
「それだけなら〓千円くらいでできるだろ?」
「〓千円!?・・・いやぁ、その金額じゃぁ・・・」
「なんでよ!布団と畳二枚だけだろ?」
「〝なんで?〟って言われましても・・・」
「布団なんてちょっとした粗大ゴミ程度だし、畳なんかは畳屋だったら喜んで持ってくだろ?」
「その畳とこの畳は、違いがあり過ぎますよ・・・」
「何とかなんない?」
「そう言われても・・・」
コテコテの汚腐団と畳が普通ゴミになるわけもなく、私は、男性の理屈に閉口。
段々と気分が悪くなってきた。

「ちょっと探したいものがあるんだよ・・・」
「何ですか?」
「預金通帳と生命保険証書」
「はぁ・・・」
「いくら探しても、こっちの部屋にはなくてなぁ」
「・・・」
「多分、そっちの部屋にあるんじゃないかと思うんだよ」
「・・・」
「だから、何とか人が入れるくらいにしてほしいんだよな」
男性は、片付けるつもりで部屋に来たのではなく、目的はあくまで金品。
その浅ましさは同類の私が非難できるものでもなかったけど、〝それ以外のことは知ったこっちゃない〟といった姿勢がありありと見てとれて、私は気分は悪くなる一方。
それが、いつか誰かがやる・やらなけるばならない事であることは分かっていたけど、了見の狭い私は、すぐにはそれに協力する気持ちにはなれず、気難しい顔で黙り込んだ。

「じゃぁ、窓だけでも開けてきてくんねぇか」
「いやぁ・・・それはできません」
「なんで?」
「近隣から悪臭の苦情がきても責任が負えないからです」
「・・・」
「ついでに言わせていただくと、今でも充分に迷惑がかかっていると思いますけど」
「そんなこと言ったって、仕方ねーだろ!」
そこは、住居が密集する住宅地。
普通は、近隣への配慮から、ドアや窓は閉めたままにする人が多いのだが、男性は、そんなことにはお構いなしで汚部屋以外の全てのドア・窓を全開。
周辺に、不気味な悪臭を撒き散らしていた。

結局、私は、男性とすったもんだのやりとりをした後に、とりあえず、汚物の梱包だけをやることにした。
車から、必要な道具・備品を持ってきて、汚腐団を手際よく梱包。
それから、黒茶に汚れた畳二枚もめくり上げた。
それから、シミの着いた床板にシートを貼り、見た目の問題を応急処置的に解消させた。

「え!?もう終わったの?」
「まぁ・・・慣れてますからね」
「もう入って大丈夫?」
「ええ・・・ただ、クサいですよ」
「OK!OK!それくらいなら大丈夫!」
男性は、喜び勇んで部屋へ。
その様は、腐乱死体部屋とはミスマッチで、脳が抵抗感と消化不良感を併発。
増していく不快感が抑えられなくなってきた私は、現場から退散することにした。

「私は、一旦、これで帰りますけど、また何かあったら御連絡下さい」
「あいよ!ご苦労さん!」
私は、中途半端な仕事のせいか、男性に自分の陰を見たせいか、何だかスッキリしないものを感じながらアパートを離れた。


その後、この現場は大家・不動産会社が主体となって処理が行われ、〝乗りかかった船〟の私も携わることに。
しかし、あの日が最初で最後、それから私が男性と顔を合わせることは二度となく、その存在は大家・不動産会社の愚痴を通じて知るのみとなった。

故人は生涯独身。
地味な仕事ながらも、一つの会社に勤務。
生前の生活ぶりは、〝左団扇〟とまではいかないまでも、誰の目にも悠々自適に見えた。
そして、本人も、兄(男性)に対して、〝自分の生活には余裕がある〟ような素振りを見せていた。
それで、男性は、弟(故人)がそれなりの財産を蓄えていたものと判断。
唯一の肉親として、遺産を我が物にしようとしていたのだった。

しかし、男性が目の色を変えて探していた生命保険証書は見つからず、以前に解約されていたことが判明。
通帳はでてきたものの、残金は雀の涙ほど。
すると、男性は手のひらを返したように豹変。
〝故人とは関わりは薄かった〟〝保証人でもないから、事後処理の責任はない〟〝遺産相続も放棄する〟と、いきなりの他人面。
これには大家も不動産会社も憤慨しており、その後の事後処理が難航することは必至の様相を呈していた。

作業を終え帰るときには、最初に外で感じたような悪臭はもうなかった。
それより何より、弟の死をも蔑ろにするような男性の拝金的振る舞いとそれを他人事にしきれないない守銭奴(自分)に、鼻が曲がりそうなくらいの人間臭を感じたのであった。


「あとは風が消してくれるか・・・」
部屋に残ったニオイも鼻を突く人間臭も、風が吹いて時が経てば自然と消えていくもの。
目に見える外の汚れも、目に見えない内なる汚れも、全てが過去の夢幻となる。

真っ青な空に透明な風を受けながら深呼吸して、自らの人間臭を中和する私だった。





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花一輪

2008-03-17 07:44:47 | Weblog
先日、とある現場でのこと。
そこは、道の狭いエリアで建物の前には車は停めておけず、少し離れた有料駐車場に置いておいた。

私が作業を終えて現場を離れる頃には、陽は傾き肌寒い夕風が吹き始めていた。
駐車場までの道をゆっくり歩いていると、前方の道端に小さな黄色が目についた。
近づいてよく見ると、それはアスファルトを割って芽を出した一輪のタンポポ。
土埃で汚れてはいたけど、一仕事を終えて心身ともに疲れていた私には、それがヤケにきれいに見えた。

花屋の店先に並ぶ華やかな花々もきれいだけど、無機質なアスファルトに咲く花にも独特の美しさがある。
固いアスファルトを突き破る生命力・孤独に負けない彩色・土埃にもへこたれないで立つ姿は、私を、柄にもなく花を愛でる気分にさせる力強さがあった。


ある日の夜、仕事の問い合わせが入った。
電話をしてきたのはアパート大家の女性。
その穏やかな話し方と声からは、女性が結構な年配者であることが伺えた。

依頼の内容は、遺品・不要品処分。
〝アパートの住人が亡くなったので、残った家財・生活用品を処分してほしい〟とのこと。
詳しく訊いてみると、故人は高年の男性で、部屋で孤独死。
ただ、発見が早かったらしく、緊急の要請でもなかったため、私は、翌日の仕事の合間を見て現場を見に行くことにした。

到着した現場は、車通りから奥に入った場所。
目的の建物は、ボロボロの老朽アパート。
一階が大家宅、二階が間貸アパート。
私はまず、一階の大家宅を訪問。
でてきたのは、電話で抱いていたイメージよりも更に年配の老年女性。
物腰はソフトで、至極穏やかな人物。
〝現場の部屋は二階〟〝脚が悪くて階段がツラいので、一人で見に行ってほしい〟とのこと。
私は、女性から鍵を預かって目的の部屋に向かった。

昭和30年代の建物だろうか、外観だけでなく中もかなりレトロな雰囲気。
私は、共有玄関で靴を脱いで、薄暗い急階段を二階へ。
ギシギシと軋む廊下を進むと、目的の部屋の前へ到着。
部屋の入口はドアではなく戸。
鍵もネジ式。
キュロキュロと奥歯が痒くなるような金属音を発しながら、入り口の戸は開錠された。

部屋は、四畳半一間に押入と半畳分の台所らしきスペースがあるのみ。
バストイレがついているはずもなく、エアコンもなし。
お世辞にも〝きれい〟とは言えない部屋に家財・生活用品は少なく、床には薄汚れた布団が敷かれていた。
あとは、カビ臭い空気が漂うのみ。

一通りの見分を終え、私は下の大家宅に戻った。
女性は、私に、家に上がるよう促してくれたが、私の身体が他人の家を汚すような罪悪感を覚えた私はそれを固辞。
しかし、年配の人と話するのが嫌いじゃない私は、玄関先に腰を降ろし、出されたお茶に口をつけた。

「〓〓さん(故人)は、布団に眠るように亡くなってたそうなんです」
「そうなんですかぁ・・・」
「ビックリしません?」
「いえ、特には・・・慣れてますから」
「あらそぉ・・・だったら話は早いわね」
「はい」
「もともと、身体も悪かったみたいでねぇ・・・」
「でも、特段の汚れやニオイはないので、言われなければわかりませんよ」
「そうですか・・・」
女性には、故人がこの部屋で孤独死したことに対する嫌悪感はなさそうで、それどころかその死を悼んでいるようだった。

「部屋の荷物は少なかったですよ」
「まぁ・・・お金のない人でしたからね」
「半日もあれば作業は済むはずです」
「費用はどれくらいかかりますか?」
「消臭消毒も特に必要なさそうですし、荷物の撤去処分だけ〓万円くらいですかね」
「そうですか、わかりました」
「費用は、どなたが御負担されるんですか?」
「私です」
「え?身内の方や保証人は?」
「この人(故人)には、そういった人はいないんですよ」
大家の女性と故人は、数年前にあることがキッカケで知り合いに。
その時、故人はホームレス。
家賃を滞納し、前のアパートを追い出された直後だった。

「じゃぁ、身内も保証人になる人もいないことを承知で入居させたんですか?」
「えぇ・・・」
「余計なことを訊きますけど、家賃はちゃんともらってたんですか?」
「少しはね・・・」
「・・・」
「〝ホームレスになったのも自業自得〟と言ってしまえばそれまでですけど、何だか可哀想に思えてね・・・」
「しかし・・・」
「どうせ、こんなボロアパート、放っておいたって誰も入りませんし」
「・・・」
「だったら、困っている人に入ってもらってもいいかと思いましてね・・・」
「それはそうかもしれませんけど・・・」
「家賃はそうでしたけど、アノ人(故人)はアノ人なりに、いいところもあったんですよ」
「・・・」
「アパートの周りを掃除してくれたり、時々、美味しいお菓子を持ってきてもくれましたし」
「お金が遣えない分、気は使っておられたんですかね」
「えぇ・・・本人なりに一生懸命に生きてたんでしょう」
故人について話す女性の口調は同情に満ち、私は、完全に意表を突かれたかたちになった。

このアパートは、子供のない妻に残してやれる財産として、何十年も前に女性の夫が建てたもの。
女性は、その経緯を感慨深げに話してくれた。

「亡くなった主人は早くに親を亡くしましてね、そのせいか、身体が弱いわけでもないのに、若い頃から自分の死を真剣に考えているような人でした」
「その考え方には、私も共感できます」
「〝俺が死んでも、家賃収入があれば何とか生きていけるだろう〟なんて言って、私のためにこれを建ててくれたんです」
「・・・優しい方だったんですね」
「他人の言うことをほとんど聞かない頑固者でしたけど、今思うと、優しい人でした・・・」
「・・・」
「でも、そんな主人も〓歳まで長生きしたんですよ」
「そうでしたかぁ」
「でも今は、私一人が普通に生活していけるだけのお金があれば充分なんです」
「・・・」
「家賃がなくたって年金がありますし、今の生活で不自由なのは老いた身体くらいです」
「でも、誰にでもできることじゃないですよ」
「亡くなった主人のお陰です」
女性は、身体も小さく弱々しく、家も身なりも決して裕福そうにも見えない老婆であったが、私ごときでは到底太刀打ちできない力強さを感じた。
そしてまた、この女性が若い頃からこの人格を備えていたのか、それとも、歳を重ねる毎にそれが育まれてきたのかわからなかったけど、私は、そんな懐を持った女性に癒やしと憧れを感じたのだった。


予定通り、荷物の撤去には半日もかからなかった。
掃除までは請け負っていなかったけど、女性の慈愛に感化されて部屋の掃除にも着手。
しかし、建材も建具も古すぎて、掃除をしても見た目にはほとんど変わらず。
「やり損か?」と思った私だったが、〝やったことに意味がある〟と思い直して、小さな自己満足を喫した。


「部屋にあった荷物は全部運び出して、軽く掃除もしておきましたから」
「そうですか・・・すみませんね」
「見た目にはあまり変わってませんけど」
「いえいえ、お気持ちだけで充分です」
「お金をいただく訳ですから、できたら、部屋を確認していただきたいんですけど・・・」
「大丈夫です・・・信用してますから」
「恐縮です」
「〝その代わり〟と言ってはなんですけど、部屋にこれを置いてきていただけますか?」
疎い私にはそれが何の花だか分からなかったけど、女性は白く咲く一輪の花を私に差し出した。
私は、その依頼を快く引き受け、帰り際に再び二階に上がった。


〝身からでた錆〟なのだろうが、世知辛い世の中に生きている私は、自分が生きることで精一杯。
悪気があるわけではないけど、他人を顧みる余裕はない。
しかし、この女性のように、世の中には、心に大きな花を持つ人がいるのも事実。
そういう人の存在に触れると、時に癒され、励まされ、勇気づけられる。

その一方で、自分の中に花一輪さえ見つけられないモノクロの辛苦・・・アスファルトで敷き固められたような、冷たく頑なな心を抱えている人もいるだろう。
しかし、人として生まれてきたからには、花の種は必ずあるはず。
たとえ、それが芽吹き花を咲かせる時が晩年、死ぬ間際になったとしても、それがあると思うだけで心に力強い息吹きを感じることができる。


殺風景な部屋に映える一輪の花が、大家の女性と亡き夫・今回の故人、三人の心にある花と重なり合って、私にそれを教えてくれた。





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冬支度

2008-03-13 08:31:56 | Weblog
この時季、週休1日くらいはとれている私。
週休2日制・祝祭日休みの世間一般に比べると少ない休日だけど、夏場の月休2日比べれば、随分と身体は楽。
冬の冷暗さに心を縮み上がらせながらも、天気のいい日には澄んだ空気を浴びて爽快な気分を蘇らせている。

しかし、私は、せっかくの休みでも一日中布団に潜っていることがある。
普段の朝は、欝だろうが何だろうが、仕事の責任と食うために、布団から起きて活動しなければならない。
それが休日ともなると一変。
ただでさえ根性がないうえに、仕事の責任から解放されることで気持ちが緩むのだろうか、暗い疲労感と倦怠感に襲われて身体に力が入らなくなるのだ。

その昔、一日中寝ていて、夕方になって急に起き上がろうとして倒れたこともある。
頭の血が急に下がって、貧血を起こしたのだ。
それで具合を悪くして、結局、そのまま朝まで寝込んでしまった。
まったく、情けない話だ。

人間誰しも休養は必要なので、たまには、私にもそういう時があってもいいはずだけど、その脱力感は自分でも残念なくらいに重度。
願望としては、一般の人のように、趣味・スポーツやレジャーに活動的になってみたいんだけど・・・
・・・しかし、まぁ、私の趣味は、飲み・食い・睡眠だから、〝趣味の部分では充分に活動的〟と言えるかもしれない?

そんな私は、昼間の生活がなければ、〝ずっと冬眠していたい〟とさえ思ってしまう。
ツラい冬の間は安眠して、春からまた活き活きと生きる・・・
それができたら、どんなに楽だろう・・・想像するだけで頭がゆるくなっとしてくる(←ダメ人間)。


何年か前の、ちょうど今くらいの季節、遺品処理の仕事が入った。
現場は、平屋の一戸建。
建物はかなり古びていたものの、立地も土地の広さもまずまずで、資産価値としてはかなりのものであることが伺えた。

依頼者は、中年の男性。
住んでいたのは男性の母親で、しばらく前に逝去。
父親は、もっと以前に亡くなっており、主をなくした家は冷え冷えとした雰囲気に包まれていた。

中の間取りは広く、家財・生活用品もそれに合った量が残留。
整理整頓・清掃はいき届いており、生活するにしても支障がないレベル。
そこからは、故人の生活ぶりと人柄が偲ばれた。

「きれいに片付いてますね」
「お袋は、几帳面な人だったからね」
「ここにある物は、全部処分ですか?」
「ええ、必要なものは持って出ましたから」
「この後、どなたかお住まいになる予定はないんですか?」
「ええ・・・中だけ空っぽにして、売却する予定なんです」
「そうなんですかぁ」
男性は、私の質問に淡々と回答。
それは、故人が亡くなったことへの悲壮感を抑え、事後処理をスムーズに進めようと努めているように見えた。

「部屋数も多いですし、荷物は結構な量になりそうですね」
「そうでしょうね」
「タイムリミットはありますか?」
「できることなら、今月中には何とかしたいんですが」
「あまり時間がありませんねぇ・・・何かご事情がおありですか?」
「ええ・・・実は、この土地を買いたがっているところがありましてね、来月早々にその商談があるんです」
「そうなんですか」
「家の中に荷物が残ってると、査定しにくいでしょ?」
「なるほど・・・しかし、この場所にこれだけと土地となると、なかなかいい値段がつきそうですね」
「えぇ・・・まぁ・・・建物には価値はありませんけどね」
男性は、神妙な表情の中にまんざらでもなさそうな笑顔を浮かべて、そう応えた。
男性の複雑な心情は察することのできるものであり、私は、その人間臭さには親しみを感じたのだった。


作業は、複数日に渡って実施。
荷物の多さもあったのだが、立地のよさからくる長時間駐車の困難な道路事情が大きく影響したのだ。

家財は古いものが多く、その年代の人特有の物持ちのよさが、ここにもあった。
しかし、生前どんなに愛着を持っていた物でも、所有者が死んでしまえば第三者の手でアッサリと捨てられてしまう。
この仕事をやっていると、その無常さを感じさせられることが多い。

そんな仕事の中で、処分が厄介なものの一つに食べ物がある。
現場によっては、消費期限内の食品が大量に残されているところがある。
それらを捨てるには、それなりの抵抗を覚える。
しかし、いくら〝もったいない〟と思っても、リサイクルの術はなし。
あえなく、廃棄処分への道をたどるのみ。

もっと抵抗を覚えるのは腐った食べ物。
特に、長期間放置されていたような冷蔵庫は、開けるのに恐怖すら感じる。
野菜室に黒い液体がなみなみと溜まってたりすると、ショックで卒倒しそうになる。
そんなモノの片付けのツラさは、一言二言で片付けられるものではない。


幸いなことに、この家の冷蔵庫はきれいな状態。
故人が入院した際に、身内の誰かが片付けたらしかった。

実のところ、ここまで気の回る人は少ない。
普通は、人の世話ばかりに気をとられて、そういうところまで気が回らないのだ。
・・・身近に潜む暮らしの盲点かもしれない。


余談だが・・・
〝長期旅行に出掛けて、帰って来たら、冷蔵庫が取り返しのつかないことになっていた〟なんて現場もあった。
長期不在になるため、気を利かせて電気ブレーカーを落としたのだが、肝心の満杯中身をそのままにして行ってしまったのだ。
その後がどうなるかは、想像に難くなく・・・その処分が、大変な仕事になったことは言うまでもない。


「ん?ちょっと変だな」
台所が一通り片付いてみると、床板の一部に微妙な浮き沈みがあることに気がついた。
触ってみると、床板は開閉できそうな感じ。

「この床板、外れそうだな」
今で言う、床板収納のようなものを想像しながら、私は床板を持ち上げた。

「ん!?」
床下には、漬物の樽や瓶らしき容器がいくつか並べてあった。
興味を覚えた私は、不用意に手を伸ばした。

「う゛あ゛ーっ!」
樽の蓋を開けると、凄まじい悪臭が私の鼻を殴打。
中には、黄土色の半液体が入っており、その表面を無数のウジが覆っていた。

「どうかしました?」
別の部屋にいた男性が、私の悲鳴を聞きつけて台所にやってきた。

「う゛あ゛っ!何だこりゃ!」
「漬物のようなんですけど・・・」
「お袋が漬けたヤツだな・・・自分で作るのが好きだったから」
「そうですかぁ」
「それにしてもヒドいなぁ・・・吐きそう」
「・・・ですね」
「でも、これも、どうにかしないといけないなぁ」
「・・・ですかね」
「申し訳ないんだけど、これも処分してもらえます?」
「・・・」

仕事の成り行き上、その汚漬物も回収するしかなく、私はウジ達の冬眠?を揺り動かしながらそれらを運び出した。
各種汚物には慣れているとは言え、きれいだった冷蔵庫にガードを下げていた私には、相当気がすすまない作業となった。


「生まれ育った家ですから、手放すのに抵抗がないわけじゃないをですよ」
「はぁ・・・」
「家として必要がない訳だから、仕方がないことですよね」
「まぁ、精神論ばかりでは、現実の問題は片付きませんからね」
「そうなんだよねぇ・・・あ~ぁ、親父もお袋もいなくなったのか・・・何もかもが懐かしいな・・・」
家が空っぽになって、あらためて母親の死を受け止めたようで、男性は穏やかな笑みを浮かべながら深い溜め息を一つ。
その溜め息には、春夏秋を生き抜いて冬を迎える人生の儚さが凝縮されているような気がした。
そして、男性の思い出に、未来の自分を重ね合わせる私だった。


ちょっと追記・・・
些細な思いつきではないことを理解してもらうために、あえてこの時期に伝えておこうと思う。
再来月で丸二年になる本ブログだが、ちょっと思うところがあって、今年の冬前ぐらいで終わりにしようと考えている。
重大な理由があるわけではないんだけど・・・まぁ、その辺については、その時になって書くかもしれない。
どちらにしろ、一時的な休止ではなく、多分、完全終了になると思う。
ま、予定は未定・・・実際は、晩秋になってみないとわからないけどね。

念のために言っておくけど、残念ながら?この仕事を辞めるつもりがあるとか、転職を考えているという訳ではない。
食べてくために、私には、そんな悠長なことしてられないからね。

何はともあれ、冬になるまでには、暖かい春・暑い夏・涼しい秋を越さなければならない。
そのハンパじゃない戦いをくぐり抜けてからの冬だ。

これから最終回まで、特掃隊長の死っ筆はまだまだ続く。




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Telephone shocking

2008-03-09 08:31:06 | Weblog
食べ物と飲み物・日用消耗品以外、普段は買い物らしい買い物をしない私。
ウィンドウショッピングの類もかなり苦手。
そんなことをする時間があるなら、家で寝ていたいタイプ。

そんな具合だから、服や靴も、何年も同じものを身に着けている。
「アイツは、いつも同じ格好をしているな」と、私の身近でそう思っている人も多いだろう。
ダサい服装が全く気ならないわけでもないけど、センスのない私には充分に我慢できるレベル。
芸能人やファッションモデルでもあるまいし、そんなこと考えること自体が面倒臭い。

また、人にはそれぞれの趣味嗜好があって当然だけど、自意識過剰が自己満足を着て歩いてるような人を見かけて、滑稽に思うこともある。
美人タレントのファッションや髪型・化粧を真似てるんだろうけど・・・中身がともなってないんで・・・
そんな厳しい現実にもへこたれない姿は、神々しいくらい?

それにしても、服って、なかなか痛まない。
作業服ならいざ知らず、私服が着られないくらいまで傷むには、一生かかるんじゃないかと思うくらい。
だいたいの人は、物理的な障害よりもサイズと流行によって買い換えているのだろう。
しかし、体型も変わらず流行にも疎い私は、服を買い換える必要もなく・・・だから、何年も同じ様な服装でいるのだ。

そんな私も一昨日、ある買い物をした。
〝ある買い物〟だなんてもったいをつける程の買い物でもないんだけど・・・携帯電話を買い替えたのだ。

まずは、街のショップに行ってみて価格にビックリ!
ほとんどが五万円代、ランクを落としても三万円代。
次に機能に仰天。
カメラ・ビデオや映像・音楽は当たり前、店の人が色々と説明してくれたけどほとんど理解できず。
PC化する携帯に、どんどん取り残されていっている。

私が使う機能は、通話とメール、時計と電卓。
情報を取るにしても、渋滞情報と天気予報くらい。
ま、何と言っても、一番はブログ制作か。
そんな程度だから、私に最新機種は必要ない。
どちらにしろ、最初から旧型を買うつもりだったので、結局、数千円の旧モデルを購入。
また、使い方が大きく変わると困るので、引き続き同系にした。
それでも、微妙に違っていて、完全に手・頭に馴染んでいた前機種に比べると使いにくい。
ま、そのうちに慣れていくんだろうけど。

最初の030アナログ通信のリース機から数えて、多分、これで7台目になると思う。
前の機種は、約二年半使用。
色んな現場に持って行き、色んな所に落っことした。
末期の頃は不具合も多く、外観はキズだらけ、バイブは不動、ボタンは軋んでいた。
一番困ったのは、いきなりダウンすること。
私は、ブログ制作に携帯を使っているので、打っている途中でのダウンには結構なショックを受ける。
特に、完成間際にダウンされてしまうと、全てが消去。
そうなると、最初から打ち直さなければならなくなるわけで、面倒臭くてたまらない。
同じ内容で書くと頭が煮詰まってくるので、その場合は内容を変えて書き(打ち)直すことが多かった。
しかし、これからしばらくはそんな災難に遭わなくても済みそうで、気が楽だ。


これは、前の機種を買い換えて間もない頃の話。
ある日、電話会社からの発信を思わせるメールが届いた。
何の気なしにそのメールを開けると、それと同時に何かを受信。
そこには、〝登録完了〟とのメッセージが・・・それは、ワンクリック詐欺の類であることはすぐに分かった。
しかし、後ろめたいことが何もない私に不安はなく、逆に、他人事だと思っていたことが自分の身に起こったことに、社会の一員に加えてもらったような満足感?を覚えたくらいだった。

そして、それを機に、私の携帯には、有料サイトの利用料を請求するメールが届くように。
しかし、身に覚えが全くないのでことごとく無視。
すると、ある日、不審な男が携帯に電話を入れてきた。

男は、高圧的な口調で私にプレッシャーをかけ、法外な代金を請求。
私は、「とうとう電話までしてきたか」と、ちょっと愉快に思った。
そして、
「どちらにおかけですか?」
「何のことかさっぱりわかりませんが」
と、のらりくらりと男の口撃をかわした。

その世界にも営業ノルマがあるのだろうか、それでも、しつこく食い下がる男。
しかし、私は反応らしい反応もせず、冷笑を最後に男が喋るままを返事もせずに放置。
しばらくそのままにしていると、電話は勝手に切れた。
そして、それから、その類のメールや電話が入ることはなかった。


現場のアパートに着いたのは、薄暗くなりかけた夕刻。
亡くなったのは中年の男性、依頼してきたのはアパート大家の年配男性。
故人の死を悼む気持ちはほとんどなさそうで、〝まったく迷惑な!〟と言わんばかりに嫌悪感を露わにしていた。

「まったく!とんだことになっちゃって・・・」
「中は見ました?」
「見るわけないだろ!」
「・・・」
「早く何とかしてよ!」
「はぁ・・・」
男性の嫌悪感は、だんだんと怒りに変化。
語気を荒げてヒートアップしてきた。

「とりあえず、中を見せて下さい」
「俺は入らなくてもいいんだろ?」
「ええ」
「しかし、大変な仕事だねぇ」
「まぁ・・・」
「よろしく頼むよ」
嫌悪感か恐怖感か、男性は、手袋とマスクを準備する私に鍵を渡して小走りに遠退いて行った。

故人が倒れていたのは浴室。
幸い?浴槽に浸かった状態ではなかったけど、汚染は床一面に広がっており、大きく成長したウジが呑気に徘徊。
古い造りのため、作業には一手間も二手間もかかることが想定された。

「どおだった?」
「ん゛ー、かなり厳しいですね」
「と言うと?」
「原状復帰・・・次に貸すためには内装工事までやらないとダメですね」
「そんなにヒドいの?」
「えぇ・・・」
「まいったなぁ・・・もお!」
「・・・」
男性の中は、この災難への怒りと悲しみが混在。
その解決をどこに求めるべきか、考えているようだった。

「とにかく、このまま放置はできないよ」
「ですね・・・」
「何とかしてよ」
「はい・・・」
「かかる費用は、保証人にキッチリ払わせるから!」
「時間も時間ですから、応急処置くらいしかできないかもしれませんけど、できる限りのことはやります」
「俺は家に帰ってるから、終わったら連絡くれる?」
「わかりました」
私は、手早く装備を整えて、作業にとりかかった。

私の登場に異変を感じた浴室のウジ達は、隅に向かって一斉に移動。
しかし、時は既に遅く、呆気なく特掃隊長の餌食に。
暗くなっていく窓に時間の経過と孤独を感じながら、私は、狭い浴室での作業を黙々と進めていった。

〝プルルル・・・プルルル・・・〟
静まり返った暗い部屋から、いきなりの電子音。
シーンとした暗闇に物音がすると、誰でも驚くはず。
しかも、そこは人が死んでいたアパート、時は夜。
私の心臓は、一瞬、凍りついた。

「なんだ、電話か・・・ビックリしたぁ!」
それは、部屋の電話が鳴る音だった。

「誰だろう・・・」
家の者でもない私がでる筋合いもないし、特掃中の私の手はかなり危険な状態になっていたので、そのままやり過ごすことにした。

「お!留守電になったぞ」
少しすると、コール音は留守電のメッセージに切り替わった。

「もしもし、〓〓だけど」(友達かな?)
「△△さん、居るんだろ?」(いないよ)
「いい年して、居留守なんて幼稚なマネはやめなよ!」(だから、いなくなったんだってば)
「このままだと、□□さんにも迷惑をかけることになるよ」(どちらにしろ、そうなるかもよ)
「そっちに押し掛けてもいいのか!?」(今はやめといた方が・・・)
「そんなんじゃ、ロクな死に方しないぞ!」(そんなこと言っていいのかなぁ・・・)
話の内容は、電話の向こうの男性と故人と間に何らかのトラブルがあるようにしか聞こえず。
そして、生前の故人は誠意を持って対応していなかったよう。
電話の男性は、超能力的な捨て台詞を吐いて、叩くように電話を切った。

「〝ロクな死に方はしない〟って・・・この孤独死を知ったら、言った本人もビックリするだろうな」
私は、顔の見えない電話の男性が、故人の死を知って青ざめる様を思い浮かべ、人が持つ口の軽率さを自分に戒めた。
そして、止まっていた汚手を再び動かし始めたのであった。


何につけても、電話は便利。
生活には欠かせないアイテムだ。
携帯電話にいたっては、生活必需品を通り越して中毒のように身体から離せなくなっている。
そして、気がつくと、携帯電話の指示で動く奴隷のようになっている。
その利便性に、判断力や思考力・誰かと面と向かって話すコミュニケーション能力を削がれていることに気づくことなく、携帯依存症は進行しているのだ。

私の場合、プライベートより仕事の用で使うことが圧倒的に多い携帯電話。
手放したくても手放せない・・・しかし、ホントに手放してみると、かつて経験したことのないくらいの、爽快な開放感が得られるかもしれない。

そんなことを考えながら、新しい携帯に四苦八苦しながら文字を打ち込んでいる私である。






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春の訪れ

2008-03-05 08:19:04 | Weblog
普段、私は首都圏を縄張り?として仕事をしている。
依頼によっては関東近郊をはじめ地方にも出向くことはあるけど、やはり東京界隈の陽のあたらないところを這い回っていることが多い。

転勤・就職・進学・・・この三月は、春を前に、それぞれの人がそれぞれの新天地に移り住んでいく時期。
この東京にも、多くの人が越してくる。
中でも、進学のために地方から上京してくる若者は、かなり多いのではないだろうか。
彼等・彼女等が、大きな希望と小さな不安を抱えて新生活をスタートさせる様を思い浮かべると、羨ましくもあり微笑ましくもある。
しかしまた、私特有の憂いもある。

親の方は、大きな心配と小さな夢をもって子供を送り出しているのだろう。
そんな親は、社会ピラミッドの厳しさを痛いほど知っている。
しかし、親の現実と子供の夢は合致せず、子供は才能もリスクも無視して突っ走る。
その行く末を悲観してばかりでもつまらないけど、呑気に楽観してもいられない現実もある。

卒業後に、シビアな現実に乗ることができるか呑み込まれるか・・・
何はともあれ、大いに学び、大いに働き、大いに遊べばいい。
自由がきく学生のうちに試行錯誤し、その中で、自分を鍛え成長させ、〝悲観に耐えられる楽観的な自分〟をつくり上げればいいのだ。

ここ何年も変わり映えしない生活をしている私でも、春は、わずかながら新鮮な気持ちが蘇ってくる。
かつては、小・中・高・大と、新鮮な気持ちでそれぞれの新天地に進んでいった私。
しかし、最後に行き着いた新天地はとんだ心転地で・・・それに気づくのが遅過ぎて、そのまま現在に至っている。

若者に偉そうなことが言えるのは、私自身がいい失敗事例だから。
残念なことだけど、実体験として語れちゃうんだよね。


「え゛ーっ!これから出動!?」
その日の仕事を終え、ガス欠の身体とアル欠の脳を抱えて帰途についていた私は、そうぼやいた。

就寝中の出動もかなりキツいけど、〝あとは帰って風呂に入って一杯やって寝るだけ〟という至福の希望をブチ壊される帰途中の出動要請にも、格別のツラさがある。
「明日にしてくれないかなぁ・・・」
そう思っても仕方がない。
「仕事がなくて食えない苦しみを味わうより、忙しくて大変な方がマシ!」
と自分に言いきかせて、自らの身体をUターンさせた。

私が現場に到着したのは、夜も遅い時間。
現場は、世帯数の少ない賃貸マンション。
依頼してきたのは不動産管理会社で、現場には担当の中年女性がいた。

「こんな時間に申し訳ありません」
「いえいえ、大丈夫ですよ」
「他の住民に〝すぐに何とかしろ!〟と言われてしまいまして・・・」
「住民の方の気持ちもわかりますよ」
「何とかなりますか?」
「まぁ・・・来たからには、何とかします」


部屋はロフト付で今風のきれいな造り。
床に紙ゴミと酒の空缶が散乱していたものの、家財・生活用品の類は比較的少なく、男の独り暮らしの割には片付いている方。
ただ、いつもの腐乱臭と凄惨な汚れが、そこを社会から隔離された空間にしていた。

「あ゛ー・・・ここに吊ったか・・・」
床に広がる腐敗液と壁に付着した汚れから、故人が首を吊って自殺したことがわかった。
もちろん、遺体は警察が運んで行ったあとだったが、残された汚物は故人の自死とその後の腐乱をリアルに想像させた。


「自殺ですか?」
「わかります?」
「ええ・・・若い方のようですけど」
「大学一年のときからここに住んでて、よく知った子だったんです・・・」
「そうですか・・・」
「借金苦と就職難・・・全てに行き詰まって何もかもがイヤになったんでしょう・・・」
「・・・」
生前の故人と長く関わってきた女性は、故人が抱えていた事情を把握していた。
そしてまた、故人の悲惨な末路を予想していたかのようでもあった。


故人は、地方の出身で、大学入学と同時にそのマンションに入居。
通っていたのは都内の中堅大学。
当時は、社交的で愛嬌のあるキャラクター。
親からの仕送りもあり、家賃も毎月きちんと納入。
卒業して就職してからも、そのまま同じマンションに居住。

社会人生活は、自分の思い描いていたものとあまりにかけ離れていたのだろうか、勤務先は1年で退職。
しかし、時は、新卒者でも就職が困難な不景気な時代。
そう簡単には次の就職先は見つからず。
それでも、アルバイトを転々としながら、次の就職先を探した。

本人の意志を無視して、時間は過ぎる。
そして、時間が経てば経つほど、就職の困難さは増大。
いつまでもアルバイト生活をしているわけにもいかず、田舎に帰る話が浮上。
しかし、田舎に固い就職口があるわけでもなく、何よりも世間体が悪い。
大学進学の際は意気揚々と上京したのに、数年後には負け犬になって帰ってくる・・・親も本人も、そのプライドを捨てられず、実家に帰る案は立ち消えになった。

いつまで経っても将来が開けていかないことにイラ立ちが積もったのか、そのうちに故人はマンションの問題住人となった。
昼間でも雨戸を閉めきったままで、大きな音で音楽を聴いたり、時には奇声を発したり、壁を叩いたりと、近隣住人とのトラブルを頻発。
大家や不動産会社も、対策に手を焼くように。
身元保証人である田舎の親に相談しても、遠隔地のため根本的な解決には至らず。

たまのアルバイトだけではプラス生活ができるわけもなく、生活も困窮。
学生時代には遅れることがなかった家賃も遅れるようになり、最後は滞納。
そのうちに、無計画な借金を重ねるようになった。
その類の金は、みるみるうちに膨らんでいくのが世の常。
首が回らなくなった故人は、それを吊ることを選んだのであった・・・


「何とかなりそうですか?」
「はい・・・とりあえず、汚染箇所の清掃が必要なので、これから取り掛かりますね」
「お願いします」
「それから、汚染されたものを梱包します」
「はい・・・」
「あとは、一次消臭を行って・・・今夜はそんなところでいいと思いますよ」
「わかりました・・・よろしくお願いします」
「了解です」
私は、慣れた手順で支度を整えて作業に取り掛かった。

寒々しい静けさ・・・夜の特掃作業には特有の雰囲気がともなうもので、現場によっては電気が止められているところもあり、真っ暗闇の中を懐中電灯の明かりだけを頼りに作業しなければならないことがある。
その明暗は背中に悪寒を走らせ、その心細さは呼吸を乱してくる。
それでも、作業のペースは死守しなければならない。
そんなことにいちいち惑わされていては、私はこの仕事をやっていけない・・・言わば、〝己が生きるため〟にやらなければならないのだ。
ただ、幸い、この部屋は電気が使えたので少しは楽だった。

「こんなになっちゃって・・・」
腐敗粘土を掻き集めながら、私は、故人の数年に想いを巡らせた。

若い夢と将来への希望に満ちてスタートした東京生活。
順風満帆とは言えずとも、それなりに楽しく過ごした学生生活。
しかし、楽しいばかりの生き方は、学校には通用しても社会には通用しない。
希望が失望に変わり、夢が現実に呑み込まれた。
そのうちに、社会ピラミッドの底辺に転落。
苦しみながらも生きなければならないことの真理を知る前に、自らの手で人生の幕を引いた・・・


この春も、新しい生活をスタートさせる人が多いことだろう。
過去を糧にして将来への夢と希望に満ちている人ばかりではなく、中には、自分の過去を悔やみ将来を憂いながら失望と苦難の中で再出発を図る人もいるはず。

季節は必ず変わる。
冬の次は春がくる。
人生だって同じこと。
今がどんなに辛い冬だって、春はきっとやってくる。

暖かい風をうけ、花の香に生気を蘇らせる・・・
そんな春を待ち望む。






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生き腐れ

2008-03-01 11:28:04 | Weblog
あ゛ー!何なんだ!?
この虚しさは!この疲れは!

私は、ただでさえネガティブ思考の強い弱虫なのに、更に冬場はそれが顕著に表れる。
際立って困難な状況に陥っているわけではないのに漠然とした不安感に苛まれ、大したことをやっているわけではないのに不可解な疲労感に襲われている。
死んだ人なら暖かい季節の方が腐りやすいのだが、私という生モノは今のような寒い季節の方が腐りやすい。
肉体疾患なのか精神疾患なのか、はたまたその両方なのか微妙なところだ。

そんな私の朝は、完全な欝状態で始まる。
一日を清々しくスタートしたいのは山々なのに、実際にそうできることはほとんどない。
数少ない休日の朝だってそう。
毎朝、欝々・悶々としたものを引きずりながら、心を泣かせながら布団を這い出ているような始末なのだ。

一日の楽しみと言えば、飲み食いと就寝。
タバコもギャンブルもやらず、余暇も少なく特段の趣味も持たない私にはこれが格別。

嗜好するものはたくさんあるけど、特段の好き嫌いがない私は、生モノも好んで食べる。
魚介の刺身はもちろん生肉も。
牛刺・馬刺・鳥刺・鯨刺etc、レバ刺などの臓物系・・・これを肴に一杯やるとたまらない。
まぁ、私にとってこの類のツマミは、外で飲むときにしか食べられない贅沢品なので、雰囲気だけで美味しく感じているだけのことかもしれないけど。

しかし、生モノはちょっと間違うと食アタリを起こしやすいので注意が必要。
私も子供の頃、鯖にあたって苦しんだことがある・・・刺身ではなく、ちゃんと〆てあったのに。
〆方があまかったのか鮮度が悪かったのか、はたまた私の体調に問題があったのか、食べた日の夜中に気分が悪くなって嘔吐。
体調不良は、それからしばらく続いた。

もともと鯖は、〝生き腐れ〟と言われて、昔は生では食べる習慣はなかったものらしい。
〝生きているうちから腐っている〟なんて言われるくらいに食アタリを起こしやすかったわけだ。
私が子供の頃も、食卓の常連ではあったものの、生で食べることはなかった。
生っぽく食べるにしても、せいぜい〆鯖くらい。
それが、今では、保管技術の向上と物流の発展から、鯖は生(刺身)で食べられる魚として定着しつつあるのではないだろうか。
そうありながらも、あいにく、私はまだ鯖の刺身は食べたことがない。
「いつかは食べてみたい」と思っているのだが、私が行く店は場末の安居酒屋ばかりなので鯖の刺身なんて置いていない。
だから、このままの生活だと、いつまで経っても食べられそうにない。
ま、そんな暮らしにもオツな味わいがあるんだけどね。


「できるだけ早く来て下さい」
遺体搬送の依頼が入った。
指示された目的地は病院。
亡くなった患者を、病院から自宅に運ぶ仕事。
私は、慌てて支度を整えて飛び出した。

一報を受けてから、直ちに急行するのが遺体搬送の仕事。
いつもそれだけしかやってない者だったらそうできるけど、ご存知の通り?私は色んな仕事をしているので、依頼を受けてから目的地に到着するまでに時間がかかることが多い。
それでも、できる限りの努力をして、依頼者を待たせないように心掛けている。

私が病室に到着したときには、故人が息を引き取ってから一時間余りが経過。
ベッドには、痩せた年配の女性が永眠。
その顔には面布はかけられておらず、何人かの家族が寄り添いすすり泣き。
故人の夫らしき年配の男性が傍らに立ち、その模様をジッと見ていた。

「ちょっと早く来すぎちゃったかな・・・」
故人が息をしなくなったことを受け入れるにはしばらくの時間を要するのだろうか、病室にはまだ〝死体業者〟を受け付けない雰囲気が充満。
そして、それを感じた私は、〝お呼びでないところに乱入した雰囲気を読めないヤツ〟みたいな気マズさを感じた。
また、同行した看護士も、悲嘆に暮れる遺族に対して、遺体搬出を切り出すタイミングをはかりかねて困ったように黙っていた。

「少し時間を空けて出直した方がよさそうだな」
私は、看護士に目と身振りで合図し、静かに退室。
遺族がある程度落ち着くまで、外で待機していることにした。

「ふー・・・、なかなかツラい雰囲気だな」
遺族の前で故人を死体扱いして搬出する作業は、何か悪いことをしてるような気になってしまい気分が硬直しやすい。
私は、そんな重い気持ちで病室の前に佇んだ。

「しばらくダメそうね・・・」
私の後、少しして看護士も病室からでてきた。
家族の心情よりも業務効率を優先する病院が多い中で、その看護士はそれをしなかった。
遺族と故人の絆を強引に断ち切るような看護士でなかったことに、私は、硬直しそうだった気持ちを解すことができた。

「お母さん・・・お母さん・・・」
他人である私や看護士が部屋から居なくなって気持ちが緩んだのか、少しすると中からは遺族が泣き叫ぶ声が聞こえてきた。
それが聞こえる私と看護士は、その悲しみを裂いてまで仕事を進めることはできず、ただただ廊下に俯いているほかなかった。

「お待たせして申し訳ありません」
それからしばしの時が経ち・・・
泣き声が落ち着いたかと思ったら、男性が病室からでてきた。
そして、故人を運び出すことを促してきた。

「ん?!」
触れた故人に死後硬直はみられず、背中には体温もしっかり残留。
息をしていないことが不思議に思えるくらいの状態。
しかし、既に鼻口からは遺体特有の異臭が漏洩。
そのニオイは遺族も感じているようだった。

本当は、早急に遺体を冷やす必要があったけど、体温が残る身体にドライアイスを当てるのは故人の死と遺族の悲嘆にトドメを刺すような気がして躊躇われた。
そうは言っても、著しい腐敗の進行を招いてしまっては困る。
自分一人で判断するには荷が重過ぎたので、その判断は遺族に任せるしかなかった。

「さっきまで生きてたのに、随分とニオイますね・・・」
「えぇ・・・」
「でも、仕方ないか・・・全身に癌が転移して、生きているうちから身体が腐っていたようなもんだからな・・・」
「・・・」
ホッとしたように話す男性の言葉からは、故人の晩年が壮絶なものだったことが伝わってきた。
そして、それは本人だけではなく、看病する家族にとっても耐え難い苦痛となっていたことが伺えた。
そして、それは、切なく悲しい別れではあったけど、故人も家族も、耐え難い苦痛から解放された瞬間であったようにも思えた。

「〝生きてるうちから腐る〟か・・・」
男性が言ったその一言に、私は衝撃を覚えた。
そして、男性の言った意味とは違うことが頭を巡った。


人間もある種の生モノ。
身体はもちろん、精神も腐りやすい。
思い通りにならなかったり、ちょっとイヤなことがあったりしただけですぐ腐る。

何か、いい防腐剤があれはいいのだけど、そんなものはなかなか見つからない。
唯一、その類のものがあるとすれば、命の限りを知ることかもしれない。

死に向かって、確実に過ぎていく今の今の今を、腐って生きるのか新鮮に生きるのか・・・
普通に考えれば、腐って生きるなんて、そんなもったいないことはできるはずもない。
・・・しかし、実際は腐って生きてしまう。

腐りそうになったら、「今日一日で自分の人生は終わり」と仮定してみるといいかもしれない。
〝今日一日〟が短か過ぎるなら、一週間・一ヶ月・一年だっていい。
個人差はあるだろうけど、この〝防腐剤〟は結構効く。
これが単なる〝仮定〟で終わるものではないことは、誰もが承知させられていることであり、誰もが定められていることだから。

私の場合、ツラい朝は決まってこう考える。
「余計なことは考えない・・・」
「とりあえず、今日一日を生きよう」
「とりあえず、今日一日に集中しよう」
「とりあえず、今日一日、できることだけを頑張ろう」
腐りやすい肉体と精神を抱えてながら、どこまで腐らずに生きていけるか・・・
その格闘の成果は、人間味となって表れる。

その美味を味わうべく・・・
さぁ!今日も一日、心に防腐剤を注入して生くぞ!





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