特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

二十歳

2007-05-29 07:28:21 | Weblog
私が二十歳の時は、大学生だった。
生きることの酸いも甘いも分からず、ましてや、死を自分のこととして捉らえることもない、薄味の若輩(弱輩)者だった。

ちょっと余談・・・
以前のblogに「都内の三流私大」と書いたけど、「都内の四流私大」と訂正しておく。
「三流?・・・二流の次ではないよなぁ」
と最近思ったので。
学校が四流なら、社会では何流?→我流?自流?

私にとって二十歳は、何の節目でもなかった。
毎年の誕生日と同じように過ぎ、まったく興味もなくて成人式にも行かず、記念写真などもない。
〝学生〟という無責任な身分も手伝って、大人になった自覚もほとんどなかった。

もともと、「二十歳=大人」という概念も、現代社会が制度的に作り出したもの。
実際には、子供・大人の線引きは難しい。
身体は充分に大人でも、精神は大人になりきれない人もいれば、またその逆の人もいるのではないだろうか。
身体は成長しきっている(それを通り越して衰え始めている)私の場合も、前者が当てはまるかもしれない。

それでも、あれから十数年の時が過ぎ、少しずつは〝大人〟になれているような気がする。


遺体搬送の仕事が入った。
迎えに行った病院は、救命救急センターも併設した大きな総合病院。
ガードマンから指示をもらい、一般の患者や家族の目には触れないようなルートで搬送車を進めた。

ストレッチャーを引いて向かった霊安室には、故人がポツンと安置。
そして、その傍らには両親らしき中年の男女が立ち、無言で遺体の顔を撫でていた。

私は、どんな顔をしてどんな言葉を発すればいいのか分からず、しばらく入口で静止。
遺体の傍らの二人は、まるで私の存在に気づいていないかのように、私の方を見向きもせず、遺体に寄り添っていた。

私は、暗くなりがちな気持ちを抑えて無表情な顔を維持するよう心掛け、言葉数も最低限に抑えて遺体に近づいた。

故人は、若い女性だった。
顔の所々にはキズ・アザ・腫れがあり、生前の顔を知らない私でも、故人の顔が生前とは違っていることが想像できた。

そして、何よりも痛々しかったのは頭。
丸刈りにされた頭髪の下に、大きな手術痕があったのだ。
「事故死か?・・・」
数多くの遺体を見てきた私は、〝交通事故〟が思い浮かんだ。

遺体を搬送するときは、頭の上から足の爪先まで スッポリとシーツで包む。
身体の一部たりとも露出することはなく、顔だけだすようなこともない。
何となく人の形をした白い包みがストレッチャーに横たわっている光景は、それが遺体〝死んだ人〟であることを強烈に訴える。
そして、その姿は、遺族にとってはとてつもなく寂しく悲しいものだと思う。

この現場も同様だった。
故人をいつもの手順でシーツに包みストレッチャーに乗せた途端、それまで静かに(呆然と)していた両親は遺体にすがりついて泣き始めた。
その泣き叫び方は作業を中断せざるをえないくらいに激しいもので、私は行き場のない動揺を抱えた。
何度経験しても、死別の悲しみに立ち会うことに、精神は慣れることができないのである。

搬送車に遺体を積み込む際も、両親はお互いの身体を支え合いながら弱々しく歩いてきた。

故人にとっては無言の帰宅となる搬送車には、母親が同乗。
故人と母親と私。
動く車の中は、母親がすすり泣く声だけが小さく聞こえていた。

運転席から見る街並みは、いつどこにでもある普通の光景。
生きる意味を知ってか知らずか、楽しそうにしている若者達の姿もあった。

若い時を謳歌して生きている人がいる中で、同じ若年で亡くなる人もいる。
搬送車の中の三人と外の不特定多数とでは、体温も気温もまったく違っていた。
同じ地上空間にいながら、この搬送車だけが異次元にいるような錯覚をおぼえるくらいに。

父親の車に先導されて、私の運転する搬送車は目的地・自宅に到着した。

親戚・友人だろう、家には多くの人が集まっていた。
そして、ストレッチャーに横たわっている白布の包みを見ると、ほとんどの人が泣き始めた。
涙が更なる涙を誘うのだろうか、序々に泣く人は増え、また泣き声は大きくなっていった。

故人を運び込んだ部屋には、きれいな布団が用意されていた。
そして、そこには、花・果物・お菓子etc色々なモノが供えられていた。


「○○大学の学生だったのか・・・」
枕元には、故人が在籍していた学校の学生証があった。

「随分と違う顔になっちゃったんだな・・・」
学生証の写真は、遺体となった故人の顔とは違う生前の顔が写っていた。

「ちょうど二十歳か・・・」
生年月日も記されていた。

何とも早くて急な死に、力のない溜息をつくしかない私だった。

寿命は人それぞれ違うけど、人生の味わいはその長短だけでは測れないもの。

とにかく、私は生きている。
自分に残された時間がどれだけあるのか知る由もないけど、一日一日、噛み締めて生きたい。





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人始末(後編)

2007-05-26 08:16:49 | Weblog
「これもお願いできませんか?」
女性が差し出した箱は、明らかに骨壺のケースだった。

「これですか・・・」
私は、それを受け取らず、床に置いてもらった。
あえて受け取らなかったのは、それによって〝引き取りを承諾した〟と思われたくなかったからだ。

私は、床に置かれたモノの四角いカバーを外してみた。
すると、想像の通り、中からは骨壺が姿を現した。

私は、壺が空であることを願いながら、念のため女性に尋ねてみた。
「中に遺骨は入ってますか?」

「ええ・・・母が・・・」
女性は、申し訳なさそうに応えた。

仏壇・位牌は迷うことなく快諾できたけど、モノが遺骨ではそういう訳にはいかなかった。

これも一つの自己矛盾。
人骨だって、本人が亡くなって燃えてしまえば、ただのカルシウム+αの塊。
公序良俗・社会習慣・関連法規からくる規制がなければ、木製品(仏壇・位牌)と同じように処分できるはず。
しかし、私はその発想には行き着かなかった。
公序良俗・社会習慣・関連法規を考慮する前に、自分の中に抵抗感を覚えたのだ。

「さすがに、遺骨は引き取れません・・・」
私は、理由を明確にすることができないまま遺骨の引き取りを断った。
そして、断った私に、表情を暗くする女性だった。

後継ぎのいない女性にとって、親の遺骨処分は仏壇・位牌処分以上の大問題。
寺院墓地の永代供養も考えたみたいだったが、その実態は時限供養であることが分かって断念。
それからずっと、遺骨をキチンと処理できる方法を模索しているところらしかった。

女性は、私が遺骨の引き取りを拒むことは予想していた。
しかし、私が位牌の引き取りをすんなり了承したので、思い切って尋いてみたのだった。
一方の私は、女性の深刻な悩みを抱えていることを考えずに〝何でも引き取りますよ!〟と軽率な態度をとっていたことに反省しきりだった。

私は、何かいいアドバイスができないか、少ない脳をフル回転させて考えた。
せっかく?死体業を長年やってきているのだから、こういう時に役に立ててこその私である。

「散骨はどうですか?!」
閃いた私は、声を上げた。
最近は、海や山へ散骨する人が増えている。
下手に遺骨を残して重荷にするよりも、その方がスッキリする。
所定の場所・手続き・費用は必要だけど、墓の購入・維持管理に比べればはるかに楽。

この女性には、散骨がお勧めだった。
私は、散骨について持っている経験・知識・情報を伝え、質問に応えた。
まるで、行楽に出掛ける計画でも話しているかのような、明るい会話を弾ませる私達だった。

それから、その遺骨がどうなったのか私は知らないけど、とにかく、女性の肩の荷が降りたことを願う。


ある日ある時。
ある中年女性から電話が入った。

「骨を洗ってもらえませんか?」
〝特殊清掃〟の依頼だったのだか、清掃の対象は遺骨だった。

「ほ、骨ですか?」
少々のことでは驚かない私でも、この時はちょっとビックリ。

女性の話はこうだった。
新しく墓を買い、古い墓から親の遺骨を出してみた。
すると、骨壺に泥水が入り、遺骨はかなり汚れていた。
骨を汚れたままにしておくのは親に申し訳ないような気がする。
だから、それをきれいにしてから、新しい墓に納めたい。

私は、生の骨を洗ったことは何度かある。
ただ、火葬後の骨を洗ったことはなかった。
この仕事、正直言うと、やりたくなかった。
いや、正確には〝やりたくない〟と言うより〝できない〟仕事だった。

焼かれた骨は、脆く壊れやすい。
しかも、長年、泥水に浸かっていたのでは、どういう状態になっているのか想像もできない。
遺骨を損壊しても責任をとれない。

「骨を洗うくらい簡単なことじゃないですか?」
まるで、他人事のように言い放つ女性に、モゴモゴと口篭る私だった。

「できません!」
とキッパリ断ることも私の自由なのだが、せっかく特掃隊を探して連絡してきてくれたことを思うと、そうもいかなかった。
あと、押しの強い女性に対して、私の気の弱さが裏目にでたことも事実。

〝あーでもない、こーでもない〟と電話口でしばらくやりとりしていると、男性の声が割り込んできた。
声の主は、女性の夫らしかった。

私の耳には、電話の向こうで夫婦がやりとりする声が聞こえてきた。
どうも夫は、女性がやろうとしていることに水を口差してきたらしく、遺骨洗浄には反対しているらしかった。

「骨がどうなったって、本人は痛くも痒くもないよ」
「人様に迷惑かけてまで、わざわざ洗う必要はない」
そう言う夫に妻は、
「それは冷た過ぎない?」
「自分の親じゃないからそんなこと言えるんだよ」
夫も反撃、
「親想いも結構だけど、その代金は俺が払うんだろ!?」

電話の向こうは、一触即発の犬も食わない状況に。
そのうち二人は熱くなってきて、とうとう喧嘩に発展。
受話器を握るだけで、二人の口論に口を挟めない私だった。

結局、遺骨を洗う件は夫婦喧嘩に掻き消され、スゴク中途半端なところで受話器を置いたのだった。

それから、その遺骨がどうなったのか私は知らないけど、とにかく、夫婦が仲直りしたことを願う。

「片付けられない現場はない」
と豪語する私でも、人の内面を片付けるのは容易ではない。
ま、自分の中身さえ片付けられない男が、人様のそれをできるはずもないか。

人って、ホントに始末におえない生き物だね。





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人始末(前編)

2007-05-23 15:34:22 | Weblog
私の仕事は色々あるけど、その中の一つに遺品の回収処理がある。
〝遺品〟と言っても明確な定義はなく、その種類や量は案件毎に様々である。
家財・生活用品を丸ごと撤去することもあれば、特定の物だけを回収することもある。

単遺品で最も多いのは布団。
故人が、生前だけでなく亡くなってからも安置されていた布団だ。
次にくるのは仏壇。
その他には、神棚・写真・人形(縫いぐるみ)・衣類が比較的多い。

ある中年女性から遺品処理の依頼が入った。
品目は仏壇。
回収するモノが特定できている場合は事前見積も必要ないので、私は、仏壇のサイズと付属品を確認してから料金を伝えた。

私が提示した費用には問題はないようだったが、電話の向こうの依頼者は回収処理を依頼しようかどうしようか迷っているようだった。
そして、理由も告げず歯切れの悪い口調で、回収依頼を撤回してきた。

「落ち着いたら、また電話します」
依頼者にそう言われて、その場の話は終わった。

「何なんだろう・・・」
料金が折り合わなかったのなら仕方がないけど、どうもそんな風ではなかったので、私の頭はしばし消化不良状態になった。

その数日後。
同じ依頼者から、再び電話が入った。

「仏壇を処分することに決めましたので、引き取りに来て下さい・・・できるだけ早い方が助かるんですけど」
特掃ほどの急務ではなかったけど、私は、依頼者の希望に沿うように時間を見つけて現場に出向いた。

現場は、古めの一軒家。
家は古くても、その周囲は整理・清掃がきれいに行き届いていて、清潔感のあるたたずまいだった。

インターフォンを鳴らすと、中から年配の女性がでてきた。
電話で話したその人であることはすぐに分かった。
女性は、私を丁寧に迎えてくれた。
通された家の中も、きれいにされており、そこから女性の人柄を知ることができた。
何はともあれ、異臭もないし靴を脱いで上がれる家に、自然とリラックスする私だった。

「これなんです」
女性は、奥の和室にある小さな仏壇を指差した。
「これですかぁ」
私は、床の間に置いてある古ぼけた仏壇に近づいてシゲシゲと眺めた。
そして、その扉を開けてみた。

「あれ!?」
中には、本尊(仏画)・位牌がそのまま残っていた。

普通は、回収処分する仏壇からは本尊・位牌は出されている。
本尊・位牌を含めて処分することはない。
しかし、ここでは、それが残されたままになっていたのだ。

「あのぉ・・・これも一緒に処分ですか?」
私は、本尊・位牌に手を触れながらそう尋ねた。

「ええ・・・できたらお願いしたいんですけど・・・ダメですか?」
女性は、少々言いにくそうにそう応えた。

女性は独り暮らし。
夫や子の有無までは尋ねなかったけど、近い身寄りもいないらしかった。
今回の仏壇も亡くなった両親から受け継いだもの。
それを長年一人で保ってきた。
しかし、女性も自分の老い先を考える年齢になり、心体がシッカリしているうちに最期を迎える準備をしようとしているところらしかった。
片付けなければいけないモノは色々あれど、中でも、仏壇の処分は特にキチンとやっておきたいようだった。

コノ世での命がある限り守るべきか、しかし、後継ぎがいない自分が死んでしまったら、誰も仏壇の面倒はみてくれない・・・女性は相当に悩んだ様子。

「バチ当たり!」
と言われてしまうかもしれないけど、私にとっては仏壇も位牌もだだの木製品。
何かの霊や魂が宿っているなんて、とても思えない。
だから、祟られる心配もしていない。

乱暴な言い方をすれば、人体も死んでしまえばただの肉塊。
しかも、腐ってしまえばただの汚物。
それと似たような感覚で捉らえるから、御本尊も御位牌も、私にとってはただの木製品。
依頼者の立場や心情・故人の遺志を無視していいなら(実際はできないけど)、仏壇や位牌を廃棄物として処分するのに躊躇いはないのだ。

「位牌でも何でも、問題ありません」
「当方の処分法を了承していただければ、位牌も引き取りますよ」
私は、そう言って仏壇の扉を閉めた。

女性は、私が位牌の処理には難色を示すと思っていたのだろう。
その予想に反して、迷わず即快諾する私に、女性は安心したようだった。

「でしたら・・・これはいかがでしょうか」
女性は、仏壇の脇の四角い箱を静かに持ち上げた。

「え?それですか!?」
それは、明らかにアレだった。

「さすがにソレは・・・」

つづく





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アルコール

2007-05-20 16:33:24 | Weblog
今更言うまでもなく、私は大の酒好き。
飲み始めると、ビール・焼酎・日本酒とすすんでいく。

学生時代は、無茶な飲み方を重ねてきた。
店のトイレや駅のホームで吐いて、人に迷惑をかけたことも何度かある。
社会人になってからも、その癖は治まらず、自分の服はもちろんタクシーをゲロまみれにしたこともある。
まったく、恥ずかしいかぎりだ。

歳を重ねるに従って、飲み方はおとなしくなってきたけど、今でもその名残はある。
「俺ってアル中?」
と思うこともしばしば。

酒は人を変える。
自分が自分ではなくなる。
気分が大きくなり、イヤなことを忘れさせてくれる。
しかし、その代償も小さくはない。

ある日の午後、一本の電話で依頼者に呼ばれた私は、現場に急行した。
道程が遠かったこともあり、私が現場に到着する頃には外は暗くなっていた。

先に訪問したのは依頼者宅。
家の中に入るよう促されたが、
「時間がないので」
と断って玄関での立ち話にした。
そこへ行く前に、別の現場で作業してきた私は、見た目には普通でも実際は〝きれい〟ではなかった。
そんな状態で他人様の家に上がり込むのは申し訳ない感じがしたのだ。

現場は平屋の一戸建、場所は寝室のベッド。
亡くなったのは依頼者の兄弟。
アルコール依存症で長年の独り暮し。
警察の見立てでは、死後二週間。

話をする中で、私が普通の掃除屋ではないことが分かると、依頼者はえらく驚いた。
そして、興味深そうに私をジロジロと眺めた。
私は、依頼者との会話が世間話に変化しそうな予感がしたので、それをかわして現場に向かった。

現場に到着した私は、預かってきた鍵を使って玄関を開錠。
そして、息を止めてドアを開けた。

「アレ!?」
〝死後二週間〟と聞いてきたのに、その現場に腐乱臭はなかった。
濃い腐乱臭が充満していることを覚悟していたので、私にとっては幸いなことなのに拍子抜けした。

玄関から奥の部屋は真っ暗。
しかし、電灯はつかない。
私は、懐中電灯を上下左右に揺らしながら電気ブレーカーを探した。
見つけた電気ブレーカーは上がった状態のまま。
電気代未払いのせいだろう、この家の電気線は外されており、電気は全く使えない状態になっていた。

「まいったなぁ」
私は、電気が使えないことが判明した途端に心細くなってきた。
それでも、現場確認は進めなければならない。
懐中電灯の明かりだけを頼りに、歩を進めるしかなかった。

「失礼しま~す」
小声でいつもの挨拶。
当然、返事はない。
聞こえてくるのは、自分の足音のみ。
仮に、返事があったら退却するところだけど。

〝暗闇〟って普段でもあまり気持ちのいいものではない。
しかも、閉ざされた屋内の死体発生現場では。
酒でも食らって、気持ちに勢いをつけたいくらいだった。

ゆっくり進む家の中に、家財・生活用品は少なかったけど、台所の隅には焼酎の空ボトルが山と積まれていた。
〝アル中〟と聞いていた通りの状況。

「故人は、酒が好きだったんだなぁ・・・俺と一緒だ」
故人に、ちょっとした親しみを覚えた。

「寝室は・・・ここか?」
細く伸びる懐中電灯の光の先、一つの部屋の奥にベッドがあった。

「あのベッドで亡くなってたのか・・・」
心の警戒注意報が警戒警報に切り替わった。

「ウジ君・ハエさんもいないようだし、特に異常なさそうだな」
部屋に足を踏み入れる前に部屋全体を確認した。

「さてと、肝心要のベッドを見てみるか!」
私は、ゆっくりと問題のベッドに近づいた。

布団の乱れはなく、汚腐団の気配もなかった。
それでも、めくり上げるときは少し緊張した。
掛布団をめくってみると、オネショでもしたかのような汚れがあっただけ。
気温の高い時季でないとは言え、とても〝死後二週間〟とは思えなかった。
ただ、枕に付着した大量の毛髪が、ここで人が死んでいたことを暗に示していた。

科学的根拠は不明だか、〝酒飲みの人間は、身体が腐りにくい〟ということを聞いたことがある。
〝生前に多量の酒を飲んでいた人は、身体にアルコールが浸透していて腐りにくい〟という話。
事の真偽は、法医学者にでも尋いてみないと分からないだろうけど、そうなると、ここの故人にヒドイ腐乱がなかったことに合点がいく。

しかし、アルコールの摂り過ぎは、身体は腐らせなくても心を腐らせる危険がある。

摂取?節酒?
そんなことを考えながらの晩酌は、今日も続く。







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夏の日

2007-05-17 09:36:06 | Weblog
春も盛り、日によっては初夏の陽気。
遺体が腐敗しやすくなる季節がやってきた。
そうなると、私がこなす仕事の割合も特掃が大きく占めるようになってくる。

私の仕事を大きく分類すると、頭脳労働や精神労働ではなく肉体労働になるだろう。
まさに〝体力勝負〟の場面も多い。

当然のことながら、私は昨年の同時期からは一つ歳をとっている。
と言うことは、体力も一歳分は衰えている。
そして、残念ながら脳力も衰えているような気がする。
身体も頭も疲れやすくなってきた上に、疲労回復のスピードも落ちてきた。
やはり、歳には勝てないのか。

作業見積の依頼が入った。
依頼の内容は、家財・生活用品の撤去処分。
ただ、依頼者が発する言葉の少なさと声のトーンの低さから、現場で人が亡くなっている可能性を感じさせた。
ただ、直感的にそう感じながらも、依頼者の方も余計な会話をしたくないようだったし、現場に行けば分かることなので、私は余計な質問はしなかった。

約束の日が来た。
現場は公営団地の一室。
依頼者より先に到着した私は玄関の前に行き、その周囲を確認。
異臭もなく、特に変わった様子はなかった。
ただ、玄関ドアの向こうから伝わる冷たい気配が、この現場で人が亡くなった予想を予感に変えた。

しばらくすると、依頼者である中年の女性がやってきた。
始めて会う相手でも、それが電話で話した相手であることは何となく分かる。
お互いで視線を合わせながら会釈。
その現場は、まだ人が亡くなったことが確定している訳ではなかったので、私は明るい態度で接した。
片や、女性の方は暗く疲れた様子で、電話の時と同じく言葉数は少なかった。

私は、女性の後をついて中に入った。
中に入ると、玄関を開ける前には感じなかったかすかな異臭を感じた。
そのニオイは、腐乱臭というよりも、軽度の腐敗臭。
部屋全体のカビ臭さも合わさって独特の異臭になっていた。

「ここにあるモノを全部処分していただきたいんです」
依頼者は、ニオイを感じていないかのような素振りで部屋の一つ一つに私を案内した。
間取りは3DK、私は各部屋を確認し、最後に玄関脇の和室に入った。
女性の心理を反映してか、怪しそうな部屋が最後になった。

鼻に感じるかすかな異臭は、その部屋からのものだった。
その部屋には、ベッドやタンスがあり、この家の住人は寝室として使っていたらしかった。
私は、家財・生活用品の種類と量を記録しながら、それとなくニオイの元を目で探した。

足元に目をやると、小さな敷物。
畳の上にカーペットを敷くのは珍しいことではない。
しかし、この部屋の敷物は大きさも色合いも部屋に合ってなく不自然な感じ。
しかも、踏心地にも違和感があった。

私は、敷物をめくってみてもいいかどうか、女性に尋いてみた。
女性は、諦め顔で了承。
私は、ちょっとドキドキしながら端からゆっくり敷物をめくってみた。
すると、下の畳には新聞紙、更にその下はコーヒーでもこぼした痕のようなシミが広がっていた。

「やっぱり・・・」
そう思いながら、私はしゃがみこんだ。
しばしの沈黙の中、ジッと畳を見つめていると女性が口火をきった。

「私の母が、ここで亡くなっていたんです」
「そうですか・・・」
充分に予想できていたので驚く必要もなかったし、驚くと女性に悪い気がしたので、私は声のトーンを変えずに返事をした。

故人は独り暮らしの老女、女性はその娘で現場の近くに暮らしていた。
〝味噌汁の冷めない距離〟というヤツだ。
普段から、女性は頻繁に母親宅を訪問。
介護が必要なほど弱ってはいなかったけど、女性は母親のことを何かと気にかけていた。
そして、母親が遺体で発見される3日前にも、この家で普通に会っていた。
それからわずかのうちに、〝まさか〟の出来事が起こってしまったのである。

「今まで2~3日、一週間連絡をとらなくても当然に生活してきたのに・・・まさか死んでたなんて・・・」
依頼者は声を詰まらせた。
夏の暑さの中では、2~3日寝てれば充分に腐る。
畳の汚染具合とニオイから推測すると、発見時、遺体はだいぶ変容していたはず。
いきなり死んでしまったことだけでも充分に悲しかっただろうに、それに気づくのが遅れたことと、その変わり果てた姿に女性は大きなショックを受けたに違いなかった。
そのキズが癒えるには相当の時間が必要・・・イヤ、一生癒えないかもしれない。

「音沙汰がないのは達者な証拠」
と、よく言う。
しかし、
「音沙汰がないのは死んでる証拠」
とも言える。
まさに、表裏一体。

人は、当り前に生きているのではない。
言い換えると、いつ死んでもおかしくない生き物なのである。

さてさて、この夏は、どんな戦いが私を待ち受けているのか。
遺体が流す腐敗液の分だけ、人が流す涙の分だけ、私は汗を流すことになるのだろう。






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死の重み

2007-05-14 08:22:23 | Weblog
ある小規模マンションに腐乱死体が発生した。
私は、エントランスロビーで依頼者(遺族)と待ち合わせた。

「大変なことをお願いして申し訳ありません」
「いえいえ・・・」
簡単な挨拶を交わして、すぐに本題に入った。

「早速ですが、現場を見せて下さい」
「こちらです」
私は、依頼者に促されてエレベーターに向かって歩いた。
エレベーターは一階で止まっており、私達は扉を開けて乗り込んだ。
私は、てっきり、上階の現場に向かうものとばかり思っていたのだが、扉が閉まった途端に依頼者は妙な質問をしてきた。

「何かお気づきになりませんか?」
「え!?何をですか?」
「例えばニオイとか・・・」
「ニオイ?特に感じませんが・・・」
「やはり、感じませんか・・・」
「???」
怪訝な表情の私と困惑した表情の依頼者。

依頼者の話によると、遺体はその日の朝に警察の手によって現場の部屋から搬出されたとのこと。
酷い腐乱状態だったようで、遺体は納体袋に入れられ、エレベーターを経由して警察車両に積み込まれ運ばれて行ったらしい。

「このエレベーターが問題なんです」
「特に問題があるようには思えませんが・・・」
「ですよねぇ・・・でも、住人の皆さんが・・・」
「???」
私は、内部の天井・壁・床をグルグルと見回してから首を傾げた。

問題の中身はこうだった。
まず〝腐乱死体発生〟でマンションが大騒ぎ。
次に、野次馬が群がる中を警察が作業。
遺体はエレベーターを使って下まで降ろされ搬出された。
その後、何人かの住人達が、
「エレベーターがクサイ」
と言いだし、その結果、
「このままじゃ使えないから、なんとかしろ!」となった。
そこで、腐乱死体については陰の第一人者?である私が呼ばれたのであった。

事情を知った私は、あらためて内部のニオイを嗅いだ。
壁に鼻を近づけて慎重に嗅いでみたけど、やはり、腐乱死体を積み込んだことが原因と思われるようなニオイは感じなかった。

「人は誰でも死に遭遇するんですから、少しは身内の立場も理解してもらいたいです・・・」
「ここの人(住人)達は、私達のことを気の毒に思ってくれていないようでツラいです」
依頼者は、疲れたようにそう嘆いた。

問題の芯が実際の悪臭ではなく、住人の恐怖感・先入観であることはすぐに分かった。
今まで経験したことのないショッキングな出来事に、住人達は著しい恐怖感・嫌悪感を覚え、心の鼻が異臭を感じていることが想像された。

腐乱死体発生現場では、このようなことは頻繁に起こる。
どんなにキチンと処理しても、
「まだ臭うような気がする」
という類の問題が発生して、解決が長引くのだ。

この類の問題は、精神的なことが原因になっているので、単なる消臭作業をしても効果は期待できない。
もっと言えば、悪臭自体がないのだから、消臭作業も必要ない。
だけど、そのまま放置しては住人達がの抱える問題は解決しない。

私は、マンションの住人達と話をすることにし、自治会長を中心にしてクレームをつけている何人かを管理人室に集めてもらった。
そして、依頼者がキズつくような発言があってもいけないし、逆に、住人が率直な意見が言えないと意味がないので、依頼者には席を外してもらった。

始めは、私が自己紹介。
死体業の専門業者であることを話すと、宇宙人でも現れたかのように皆が一様に驚きの表情。
更には、呆れ顔の人・眉間にシワを寄せる人もいた。
私は、そんなことは気にも留めず、エレベーターにはニオイも汚れも残っていないことを伝えた。
その上で、要望・意見を聞いてみた。
すると、住人達の不安要因は私が想像していた通りであることが分かった。
そして、依頼者を同席させなかった選択が正しかったことを確信した。

住人達の意見は、大別して二つ、
「気味が悪い」
「不動産価値が下がる」というもの。
言いにくそうに自分達の心情を打ち明ける住人達に、人の冷たさは感じなかった。
それどころか、住人達の気持ちはよく分かった。

人の死は、誰にでも厳粛に受け止められるものではない。
人によって受け止め方は様々。
身内にとっては重い悲嘆の対象であっても、他人には冷淡に嫌悪されることも少なくない。
肯定も否定もなく、ただただこれが現実。
死体業に携わっていると、その辺の表裏がよく見える。

結局、このエレベーターは、床マット・壁カーペットを洗浄し消臭剤・消毒剤を噴霧して作業完了とした。
私から見たらやる必要のない作業だったけど、これをやることによって少しでも住人達の気がすめばいいと思って、望まれるままに引き受けた。

しかし、残念ながらこれで全ての問題が解決した訳ではなかった。
それぞれの人に、それぞれの重荷が残ったはず。

人の死は、極めて重くもあり、極めて軽くもある。
〝死の重み〟が、受ける人によって違うところに、人が使い分ける裏表の根源があるような気がする。
受ける〝死の重み〟が皆同じだったら、世の中はガラリと変わるのだろう。





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Up Down

2007-05-11 16:58:58 | Weblog
「気分のUp Downが激し過ぎる」
私は、人にそう指摘され
「Up Downの幅をもう少し小さくしないと、自分も回りも辛いと思う」
とアドバイスされたことがある。

不本意ながら、自分でもその自覚はある。
神経質で気が短く、常に何かの不安を抱えている私の情緒は不安定で波があるのだ。
しかし、人に情緒不安定性や気分の浮き沈みがあるのは自然なことだと思う。
また、それ自体は悪いことだとは思っていない。
ただ、それがあまりに激し過ぎると自分自身がキツいし周囲に悪影響を及ぼすこともある。

「気分の波は、どうやったら凪にできるんだろうか」
自分の気分って、自分でコントロールできそうで実際はできないもの。
自分の理性が自分の感情をコントロールできなくなる度に、そんなことを考える。

ある自殺遺体の処置をした。
その遺体は、手首から胴体にかけてキズだらけ。
手首を切ったが死にきれず、自分の身体を片っ端から切っていったようだった。

気の弱い私は生々しい肉を直視できず、一つ一つのキズが露になる度に目を閉じた。
また、深い裂傷・剥きだしの脂肪に、痛々しさや気持ち悪さを通り越した寒々しい恐怖感を覚えた。

極めつけは、首の切開傷。
誰が見ても、これが致命傷となったことが分かるくらいに首筋が大きく裂けていた。
想像したくなくても、噴水のごとく首から血が吹き出す様が頭に映ってしまい、寒気が一層プラスされた。

一体、何が故人をこういった行動に駆り立てたのだろうか。
怒りか、悲しみか、恨みか・・・そのパワーの根源は何なんだろうか。
極度のDownが何かをきっかけに歪んだUpに変化して、故人は暴走してしまったのだろうか。
私は、故人の気持ちが理解できるような理解できないようなモヤモヤとした気分で作業を進めた。

どんなに酷くても、死人にキズの治療は無用。
死後処置と治療は全く別物であり、死後処置の場合はどちらかと言うと外見重視。
火葬になるまで(葬儀)の間、遺体をきれいに保つことに重点を置いた仕事をする。
遺体のキズや損傷が、遺族や会葬者の心を何かしらのキズをつけたり、暗い陰を落としたりすることがあるから。

体液漏れや出血に注意すれば、身体のキズ処置は比較的容易。
遺体は、「痛い」も「痒い」も言わないし。
そういう意味では、生きた人を扱う医療介護関係に従事する人達に比べれば楽かもしれない。
ただ、顔のキズ処置になかなか繊細な技術を要する。

通常、出棺直前まで故人の顔は露出したまま。
故人にとっても遺族にとっても〝この世での最期の顔〟となる。
だから、できるかぎり清く安らかな顔が求められる(残念ながら、故人の意志は残された人間が推測するしかないのだが)。

気持ちだけじゃなく、身体にもUp Downはある。
体調がいい時or悪いとき、元気に動ける時or動けない時。

特殊清掃撤去・遺品整理・不用品処理etc、私の仕事は荷物を運ぶことが多い。
ある種の精神労働でありながら、重い肉体労働でもある。

キツい作業は色々あるけど、マンションや団地での仕事もかなりキツい。
エレベーターを使える建物ならまだしも、エレベーターのない古い建物やエレベーターの使用を禁止される現場も少なくない。
そんな現場では、梱包した荷物を手に持って、ひたすら階段をUp Downする。
その酷度は、階段の幅や階数によって違うけど、基本にどこに行っても楽な現場はない。
寒い冬場でも汗をかく。
暑い夏だったら尚更だ。
水でも被ったような汗が流れでて、シャツはもちろんズボンも膝くらいまでビショビショになる。
それでも、荷物がなくなるまでひたすら作業を進める。

同じ階段を何度もUp Downしていると、足元に点々と汗のシミができる。
そして、それが次第に線になってくる。
そうなる頃には、頭も身体も疲労困憊。
単調な動きに頭が拒絶反応を示し、必要な筋力に身体が応えられなくなる。

当然、そんな作業では気分もDown。

しかし、Downするままではツラさが増すばかり。
気持ちをUpさせようと、頭の中で色んなことを試みる。
身体は過酷な作業に従事させながら、頭は現実逃避させて元気になれそうなことを考えるのだ。

もちろん、それでもダメなときもある。
そんなときには、
「この苦しみも、この楽しみも、永遠ではない・・・いずれ終わる」
というところに行き着く。
短絡的かもしれないけど、私にとってはこれがいつものパターン。

そうすると、私はUpとDownの間にあるわずかな隙間に落ち着くことができるのだ。
それでもまた、時間が経てばもとのUp Downに振り回される生き方に戻るんだけどね。

さてさて、次はどんなUp Downに呑まれることになるのやら。





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想い出

2007-05-08 07:49:43 | Weblog
私は、わりと過去の思い出を大切にする。
言い方を変えると〝未練たらしく引きづる〟。

時々、自分の歩いてきた道程を振り返っては、色々な出来事を思い出す。
「あんなこともあった」「こんなこともあった」と、懐かしんだり悔やんだり。

そんな回想でマズイのは、
「あの頃はよかったなぁ」
といったパターン(私の得意技)。
過去を輝かせると、そこから遠ざかる一方の現在から未来が暗くなるばかり。
すると、おのずと気分が暗くなる。
だから、そんな回想パターンはイカンのだ。

中年の女性から、遺品処理の依頼が入った。

依頼の内容は、
「独り暮らしをしていた母親が亡くなったので、家財・生活用品を処分したい」
とのことだった。
女性の落ち着いた物腰と、緊急事態ではなさそうな話しぶりから、
「特掃の出番はなさそうだな」
と判断し、死因・死亡日・亡くなった場所も尋ねなかった。
そして、いつもの通り、まずは見積検分に出掛けることにして女性と訪問日時を約束した。

出向いた現場は、どこの街にもよく見掛ける老朽マンション。
約束の訪問時刻からはかなり早く現場に到着した私は、しばらく外で時間を潰した。
車の中で待っていてもよかったのだけど、頭上には気持ちのいい青空が広がり、
「外で黄昏れてるのも悪くないな」
と思ったのだ。

「〝遺品整理〟と言われて来たけど、どんな現場だろうな」
「また一人の人間が死んだんだな・・・」
等と、結論のでないことばかりをボーッと考えながら、外の風に吹かれていた。

約束の時間が近づくにつれ、私は携帯の示す時間が気になり始めた。
それでも、急がなければならない理由がある訳でもなかったので、ピッタリ約束時刻まで待つことにした。

それから待つことしばし、約束の時間がきた。
それでも、依頼者は現れず。
私の方が遅れて来たと思われては不本意なので、私は玄関前から依頼者の携帯を鳴らしてみた。

依頼者は、すぐに電話にでた。
そして、
「もう現場にいます」
と言う。
「ん?」
と思いながら、私は辺りをキョロキョロ見回したが、それらしき人の姿は見当たらず。
「おかしいなぁ」
と思っていたら、間髪入れずに玄関から依頼者が出てきた。

私が訪問するお宅は特殊な家が多く人が中にいることは少ないので、ついつい外での待ち合わせを想定してしまっていたのだった。
〝家に人がいるのは当り前〟〝家に入るのに靴を脱ぐのは当り前〟だよね。

依頼者に招かれて入ったその部屋は、どことなく冷暗な感じがしたものの、その時もまだ誰かが暮らしているような様相に保たれていた。

「この部屋を空っぽに片付けていただきたいんですけど」
中にはかなりの量の家財・生活用品があり、
「この量だと、費用は結構かかると思いますよ」
と応えながら、私は見積検分を始めた。

きれいに収納されている荷物も、出してみると結構な量になり、処分する荷物の量を見誤ると赤字仕事になる危険がある。
私は、押入やタンス・棚の中から風呂・トイレ・ベランダに至るまで家財・生活用品を注意深く観察した。

この部屋に暮らしていたのは高齢の女性(依頼者の母親)で、夫(依頼者の父親)を亡くしてからは独居。
依頼者が自分達との同居を勧めても、気丈に独り暮らしを続けていたらしい。

「両親は若い頃から、〝子供には迷惑をかけない〟と言ってまして・・・母もその意志を変えずに頑張って暮らしてたんです」
女性は、自分の両親の生き方を誇らしく話しながらも、切なさは否めないようだった。

「ところで、亡くなられたのはいつですか?」
「昨年の今頃・・・調度一年前です」
「え!?一年前ですか?」

意外な返事に、私はちょっと驚いた。
私は、てっきり、葬儀を終えて一段落ついたくらい(1~2週間)だと思っていたのだ。

「なかなか片付けられなくて・・・」
「まだ、母は死んでいないような気がしてしまっていて・・・」
「この部屋を片付けてしまうと、両親を完全に亡くしてしまいそうで・・・」

こんな時は、女性の話を黙って聞くのが礼儀だと認識している私だが、気になる点があったので、丁寧に質問をしてみた。

「気持ちに引っ掛かっているのは霊的なことですか?それとも、過去の想い出ですか?」

沈黙の後、女性は応えた。
「〝霊〟か・・・私はその類は半信半疑なんですよね・・・」
「〝想い出〟ね・・・そう、捨てられないのは想い出です」

女性は、両親が生きてきた過去と両親と共に過ごした想い出を、重く抱えているみたいだった。

「目に見えるモノを捨てることと想い出を整理することとは、次元の違うことだと思いますよ」
「脳裏に残る想い出があるかぎり、ご両親はいなくならないんじゃないでしょうか」
「この空間を片付けるか片付けないかを悩んだことも、時が経てば想い出になるだけですし」

後日、女性はこの部屋を片付けることを決断した。
そして、泣いたり笑ったりしながら作業を共にしたのであった。

全ては、やがて過ぎ去る。
過ぎ行く時間を噛み締めながら、今を精一杯生きるのみ。

今が、未来に光をもたらす想い出になるように。





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ドッグフード

2007-05-05 08:40:43 | Weblog
作業に使う道具等を買うため、私はホームセンターに行くことが多い。
郊外によくある大規模店になると品揃えも豊富で、探し物がある時や凝った道具が必要な時はかなり重宝する。

ちなみに、特掃に使う道具類の寿命は長くはない。
特段に壊れるのが早いわけではないのだが、例の汚物がこびりついて精神的な面で長持ちしないのだ。
愛用の特掃靴も同様。
不本意ながら、もう何人も踏みつけてしまっている。
いくら非道でも、ここまで人を踏みつけにして生きている人間はいない?

そんなホームセンターには、ペット用品売場もある。
買い物のついで、通り掛かりに見てみると、最近はペットフードの種類も豊富にあることが分かる。
今は人間様だけではなく、ペットの方も飽食になっているらしい。
各種のオヤツ類をはじめ、犬猫の年齢や肥満度に応じた食品も揃えられている。
子犬・老犬・デブ犬etc・・・それぞれに合わせたモノがある。
更には、人間の食べ物と見紛うケーキやお菓子類まで。
ここまでくると、コメントに困るくらい感心してしまう。

特掃の依頼が入った。
亡くなったのは若い男性、現場は1Rアパート。
依頼者は故人の父親で、孤独死した息子の後始末をするために、遠方から駆け付けていた。

息子の急死、しかも腐乱死体で発見されたことに強い衝撃と深い悲しみを負ったようで、私と話すときも目が潤んだままの状態だった。
男性は、誰かと会話でもしてないと自分を保っていられなかったのだろう、とにかく私と何かを話したそうにしていた。
検死結果は自殺ではなく自然死のようだったけど、男性の気持ちを想うと痛々しく思えた。

不動産会社や近隣住民の強い要望があり、私は急いで腐乱痕をきれいにして悪臭の着いた家財・生活用品を梱包しなければならなかった。
男性の話をゆっくり聞いてあげたい気持ちもあったけど、それは仕事を終えた後にすることにして作業にとりかかった。

部屋の中は地味な雰囲気で、大きな家具や家電もなし。
言葉は悪いけど、年齢の割には大したモノが置いてなく、普段から質素な暮らしをしていたであろうことが伺えた。
肝心の汚染は部屋の隅にあり、側のクローゼットにも広がっていた。

汚染箇所以外に、特に目を引いたのはキッチン。
棚の中には、普通の食品に混ざって、たくさんのドッグフードがあったのだ。

「犬でも飼ってたのかな?・・・でも、このアパートは、動物を飼っちゃいけなそうだけどな・・・」
そう思いながら、辺りを見渡した。
過去に何度か経験したように、その辺に犬の死骸が転がってないかと思ったのだ。
ちょっとした緊張感が身体を走ったが、幸い、部屋のどこにも犬の姿は見当たらなかった。
私は、気を取り直して作業を開始した。

キッチンの片付けを進める頃には、空腹感も手伝って、手からゴミ袋に入れられるドックフード缶が旨そうに見えてきた。
そしてその時、頭にピン!ときた。
「まさか?・・・これを?・・・自分で?」
故人は、ドッグフードを自分の食料にしていたのではないかという疑念が突然湧いてきたのだ。
また、それを想像することによって、私の中で全ての状況のつじつまが合ってきた。

確かに、肉の缶詰にしても、人用より犬用の方が格安。
食欲が抑えられない上の倹約生活には重宝する品かもしれない。
しかし・・・それにしても、ドックフードを食べるとは・・・。

部屋の片付けが終わってから、私は依頼者を呼び戻した。
そして、作業が完了した部屋の中を確認してもらった。

「台所の棚にドッグフー・・・」
色々と報告事項がある中で、私はドッグフードのことにも触れかかった。
息子の孤独死・腐乱だけでも充分な苦痛なのに、ドッグフードを常食とするような貧困生活をしていた事実を知ることはツラさと悲しさを重くするだけ。
だから、私は自分の口から出かかったた野暮な情報を呑み込んだ。

きれいに片付いた部屋と梱包した廃棄物をチェックしてもらっていると、男性は故人(息子)のことを静かに話し始めた。

故人は、親の反対を押し切って上京。
当初は希望していた職業に就いたものの、イメージしていた職業と現実の仕事とのギャップに耐えきれずに挫折。
それから職を転々。
職を変えるごとに忍耐力も削られていき、とうとうロクに働きもしない生活に。
親や故郷の友人達にデカいことを言って上京した手前、みっともない現実を見せられなくなり、そして、次第に誰とも疎遠になっていった。

結果、困窮生活の果てに孤独死・腐乱死体に・・・そうして故人は、葬式らしい葬式もせず慌ただしく火葬されたのであった。

「何の力にもなってやれなくて・・・」
男性は目を潤ませたまま肩を落としてた。
「そんなことないと思いますよ・・・」
私は、男性を少しでも支えられそうな言葉を探したが、見つからなかった。

私にできることと言えば、黙って男性の話を聞くことと、片付けたドッグフードを男性に気づかれないように運び出すことくらいだった。






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お財布

2007-05-03 13:42:31 | Weblog
「すぐに来て下さい!」
特掃の依頼が入った。
電話の主は、マンションの管理人。
非常勤の管理人らしく、週に1~2回くらいしか行かないマンションの一室で腐乱死体が発見されたとのことだった。
現場はだいぶ酷そうで、私に電話が来たときは、警察が遺体を回収していった少し後だった。

「とにかく急いで来て下さい!」
との要望に、私は、警察から立入許可がでているかどうかを確認。
それから、急ぎでない仕事を後に回して現場に急行した。

到着した現場はオートロック式の分譲マンション。
電話をかけてきた管理人は、私の到着を〝今か、今か〟と待ち構えていた。
そして、現れた私に鍵を握らせ、急かすように現場の部屋に向かわせた。

玄関前に立つと明らかな異臭。
そして、警察による遺体の動かし方が悪かったのか、腐敗液の一部が玄関ドアから共有通路へ浸み出していた。
玄関ドアの隙間から腐敗液が浸み出している様は、他の住民にとっては仰天の惨事だっただろう。

「こりゃ、中はだいぶ酷そうだな」
私は、手袋とマスクの装着を確認し、上着のジッパーを全部あげて玄関ドアを開けた。

「あ゛り゛ゃー!いきなりここか!」
玄関には、ドス黒い腐敗液と薄黄の腐敗脂が厚く広がっていた。

「とにかく、これを何とかしないと!」
私は、管理人のところへ行って、汚染の状況と作業の内容を説明した。
管理人は、長くマンション管理の仕事をしているけど、腐乱死体に遭遇したのは初めてらしく、興奮状態で私の話に聞き入っていた。

「責任が持てる方から、部屋への立ち入り許可をもらって下さい」
そのまま特掃作業に入ることになった私は、管理人にそれを依頼してから特掃の仕度を始めた。

腐乱死体現場とは言え、人様の家に入るうえは、とるべき手順がある。
いくら緊急事態と言っても警察と違ってこっちは何の権限もない。
だから、必要な手続きをキチンと経ることによって後々のトラブル発生を未然に防ぐのだ。

準備を整えながら待っていると、遺族から立入許可が得られたことを管理人が伝えてきた。
そして私は、「イッチョやるか!」とばかりに、作業にとりかかった。
各種腐敗物の除去は、過去に何度となく書いた通り。
ここでも、同じように作業。
腐敗粘土に沈む故人の眼鏡と壁面にまとわり着く髪の毛が、汚物の人間性を感じさせた。
私は、情が湧くか湧かないかのギリギリのところを行ったり来たりしながら作業を進めた。

作業も終わりかけの頃、警察に出向いていた遺族が現場に戻って来た。
初対面の私達は、お互いに、
「この度はどうも・・・」
と神妙な面持ちで、頭を下げた。
遺族への〝御愁傷様〟は分かるけど、私への〝御愁傷様〟は分かるような分からないような・・・。
それから、とりあえずの処理が完了したことを伝えると、ホッと安心してくれたようだった。
何はともあれ、無事に掃除できてよかった。

そして私は、遺族に貴重品や必要な遺品類をあらかじめ取り分けておくように依頼して、その日の作業を終了した。

それからしばらくして、遺族から連絡が入った。
「貴重品や捨てたくない物は取り分けたんですけど、財布が出て来ないんですよ」
「ご存知ないですか?」
一通りの貴重品は出てきたものの、故人が普段使っていたらしき財布が見当たらないと言う。

「ひょっとして、オレが疑われてるのか?」
その話を聞いて、イヤ~な感じがした。
だけど、
「よ~く探して下さいね」
「家財撤去の時も、気をつけてみますけど見つけ出られる保証はありませんから」
と、私は関知してないことを暗に伝えた。

後日、家財・生活用品を撤去する日がやってきた。
私は、まず故人の財布の行方が気になって、あちこちを探した。
そして、玄関隅に積まれたの靴の山に、汚れたビニール袋を発見。

「ん!?ゴミ袋か?」
あまりの汚さに内容物も分からず、見過ごそうかとも思った。
しかし、玄関は故人が倒れた場所でもあるので、普段使いの財布があってもおかしくはない。
私は、思い直してビニール袋を手に取って中を覗いてみた。

「お゛ーっ!汚財腐ーっ!」
そこには、見るも無惨な姿(チョコ味噌漬状態)になった故人の財布があった。
故人が身に着けていたものを、警察が袋に入れて取り除けていたみたいだった。

撤去作業も終盤になる頃、私は遺族に連絡を入れた。

「例の財布、見つかりましたよ!」
「ホントですか?よかったぁ」
「だいぶ重いですよ」
「重い?そうですかぁ」「後でトラブルになったら困るので、見つけたままの状態で置いておきますから」
「ええ、そうして下さい」
遺族は嬉しそうだった。

この遺族のように、余計な懸念を招かないためにも人様のお金を無闇に触るのはやめた方がいい。
私は、遺族に言った通り、財布に手を触れることなくビニール袋の口を縛った。
そして、それを故人が最期を迎えた玄関に置いて現場を去った。

見つかってよかったのかどうか・・・汚宝になったお宝、汚財腐になったお財布をその後の遺族がどうしたのか、身の潔白を証せた私には興味のないことだった。




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人想い

2007-05-01 08:33:50 | Weblog
死体業を生業とする私だが、人の死と関係のない仕事を依頼されることがあることは以前に何度か書いた通り。
消臭脱臭・消毒除菌・害虫駆除・不用品処分etc。

ある中年女性から、不用品処分の依頼が入った。
出向いた現場は、古いアパート。
依頼してきたのは、そのアパートのオーナーだった。

アパート住人のほとんどは独居老人。
しかも、入居してから20年以上経過しているような人も少なくないみたいで、オーナーと入居者は運命共同体の様相。
そんなアパートだから、いつ孤独死が発生してもおかしくない。
依頼者は、それを意識して入居者のことをコマメに気に掛けていた。

孤独死の生々しい現場を数多く見てきた私は、依頼者の平素からの心掛けに、大きく頷いた。

問題の現場は、その中の一室にあった。
そこには年配の女性が暮らしており、ここのところ玄関前やベランダにゴミが目立ってきているとのことだった。
見ると、依頼者の言う通り、外観だけでもゴミ屋敷の気配を感じるに充分な材料があった。

依頼者は、部屋がゴミ屋敷になるのも心配ながら、それよりも女性の生活や身体を心配しているようだった。
しかし女性は、どう言っても何度言っても部屋にあるゴミを捨てようとせず。
もともとはきれい暮らしていた女性が急にこうなったことに、依頼者は戸惑っていた。

「専門家に任せた方が解決が早いかと思いまして・・・」
私は、そう頼まれたのはいいけれど、
「俺は片付けの専門家であって、交渉・説得の専門家じゃないんだよなぁ・・・」
と困惑した。

「保証はできませんけど、やるだけはやってみましょうか」
そう言って、私は依頼者と一緒に問題の部屋を訪問した。

〝勝手知ったる我が家〟のごとく、依頼者はノックをすることもなく玄関を開けた。
中は狭い2DK、独特のカビ臭いニオイがこもっていた。
そして、依頼者に聞いていた通りの年配の女性(老婆)がいた。
この女性も、もう20年以上このアパートに暮らしているそうで、その話ぶりから依頼者と女性が親密な関係であることがすぐに分かった。

私は、依頼者から〝かたづけ業者〟と紹介され、ペコリと頭を下げた。
歳のせいで身体の自由が利かないようだったけど、女性の方も私に礼儀正しく応対してくれた。
そして、その物腰からは、ゴミを溜める癖があることは想像しにくい感じがした。

しかし、現実の部屋はゴミ屋敷が形成される途中段階。
本当は土足のままあがりたいくらいだったけど、人が現住する部屋ではそうもいかない。
依頼者が靴を脱ぐのを確認してから、私も渋々靴を脱いであがった。

女性への配慮から、私はいつもの悲嘆コメントは吐かなかった。
ただ、メモ用紙とボールペンを片手に持ち、黙って、ゴミの種類と量を観察した。

「これは捨てていいでしょ?」
「お金の心配はいらないよ、私が払うから」
「こうして業者さんも来てくれたんだから、きれいにしましょうよ」

依頼者は一生懸命に女性の説得を試みた。
しかし、女性は「全部いるモノ」「捨てるモノはない」の一点張り。

依頼者は、「貴方も 何か言って下さいよ」といった表情で、目で私に訴えかけた。
しかし、「 何か言え」ったって、肝心の所有権者が「捨てたくない!」と言ってるんだから、何の権限もない第三者である私は手も足も出ない。
また、物権だの債権だのといったややこしい問題に巻き込まれるのも御免だったので、私は一歩引いたところで控えることにした。

そんなこんなのやりとりの末、善意の依頼者は、今回もやむなく引き下がらざるを得なかった。

「役に立たなくてスイマセン・・・一応、見積書だけ渡しておきます」
「また、何かあったら、遠慮なく連絡下さい」
そう言って、空振りの現場をあとにした。

それから、何日も経ったある日。
再び、依頼者から電話が入った。
「○○さん(入居者の年配女性)入院しちゃって・・・」
「それで、本人はゴミの片付けを承諾したんで作業をお願いしたいのですが」
私は、依頼を聞きながら現場の様子を思い出し、作業日時・作業手順を打ち合わせた。

「それにしても、あれだけ強硬に拒んでいたのに、よく了承しましたね」
「ええ・・・本人は〝迷惑かけてゴメンナサイ〟〝今までアリガトウ〟〝家財は全部あなた(依頼者)にあげる〟〝多分、もう戻って来れないだろうから・・・〟と言って病院に行きましてね・・・」
依頼者は、そう応えて声を詰まらせた。
20年以上も袖を擦り合っていれば、血の繋がらない他人同士でも特別の情が通うのだろうか、依頼者は寂しそうに涙ぐんでいるのが受話器の向こうから伝わってきた。

作業の日。
主がいなくなった部屋は、多くの不用品がありながらもガラーンとした冷たさがあった。
しかし、
「○○さんがいつ帰って来てもいいように・・・」
と、イソイソと不用品と必要品を仕分けする依頼者に、人の温かさを感じた。

人を大事に想う人を知ると、それだけで自分もホットになれる。
この汚仕事では、そんな人と多く出会える。

その後、女性が無事に退院してきたかどうか、私は知らない。
ただ、再び、あの部屋の片付け依頼が入って来ていないことが幸いな今日この頃である。




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