特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

温故知新・恩古恥心

2008-02-26 07:40:28 | Weblog
〝一月は行く、二月は逃げる、三月は去る〟と言われるように、年が明けたと思っていたら、もう二月も終盤。
相変わらず寒さは厳しいけど、陽は随分と延びてきた。
晴れた日には、かすかに春の匂いも感じられ、それだけでもホッとするものがある。


少し前、仕事である街に出掛けた。
その日も、気持ちのいい晴天で空気も澄んでいた。
走らせる車からの景色はクッキリときれいで、気持ちを仕事モードに切り替えるには邪魔なくらいだった。

「あれ?この辺りは確か・・・」
目的地が近づいてくるにつれ、ある過去の記憶が蘇ってきた。

「やっぱりそうだ!」
そこは、その昔、特掃をやった現場のすぐ近くだった。

「懐かしいなぁ・・・時間もあることだし、ちょっと行ってみるか」
依頼者との約束の時間までだいぶあったので、私はそこに行ってみることにした。

こなした現場は数知れず、出逢った遺体も数知れず・・・
その一つ一つを憶えていられるはずもないけど、時間が経っても記憶に留まっている仕事がある。
やはり、何かインパクトのある出来事があった現場は、頭に残りやすい。
ただ、残念ながら〝インパクトのある出来事〟って、歓迎できないことがほとんどなんだけど・・・


あれは、何年も前の暑い季節こと。
その現場も、インパクトのある出来事が起こってしまい、私の記憶に留まっている。

そこそこに経験を積んでいた私は、現場調査の依頼に冷静に対応。
特段の不安もなく現場に向かった。

依頼者は、故人の弟と大家である年配の女性。
現場は、狭い路地に建つ老朽アパート。
風呂もない狭い2DK。
その二階の一室で、老年の男性が孤独死・腐乱していた。

例の異臭は、玄関の外にまでプンプン漏出。
外の蒸し暑さも加わって、そのニオイは強烈なものとなっていた。

玄関の鍵は壊れており、マイナスドライバーを使って開錠。
ドアを開けると、更に強烈な腐乱臭が襲ってきた。

故人は奥の和室、布団の上で死亡。
熱悪臭が充満した部屋には無数のハエが飛び回り、漆黒に染まった布団には大量のウジが群がっていた。

枕は丸く凹み、頭髪が皮ごと残留。
人の形に広がった腐敗液は、布団の下の畳まで汚染しついることは明白だった。

依頼者から、「至急なんとかしてくれ!」と頼まれていた私は、現場調査と平行して作業に着手。
とりあえず汚腐団を厳重に梱包し、周辺の汚染物も袋に詰めた。

その翌日。
汚染物をはじめ、家財・生活用品を搬出。
部屋の中にあるものはただでさえ古く汚れたものばかりで、更に、その全てには腐乱臭が付着しており、捨てるのを躊躇するようなものはほとんどなかった。

作業を進める中で、何匹かのハエは死に、多数のハエは逃飛。
そして、何匹かのウジは死に、多数のウジは逃避。
しかし、私は、
「食べるものがなくなれば、ヤツらも生きていけないだろう」
と、ウジの逃避を軽く考え、彼等を追うことなく荷物の搬出を優先させた。

部屋からは、襖や畳等の建具も全撤去。
何枚かの畳は腐敗粘土に塗れ腐敗液に侵されており、畳屋でも引き取れないような代物になっていた。

そうして、多少の悪臭は残ったものの、部屋はきれいに空っぽになった。
依頼者の二人にも部屋を確認してもらい、問題が片付いたことを報告。
どちらにしろ原状回復には内装工事が必要だったので、特殊清掃撤去作業はそれで終了。
一仕事を無事に完了させた私は、臭い身体と疲労感を抱えて帰途についたのだった。


それから何日か後。
「現場の部屋に大量のハエが発生している!」と、大家の女性から緊急入電。
私は、状況がのみこめないまま現場に急行した。

アパートの下に到着した私は、まず部屋の窓を見上げた。
しかし、窓は暗くてハエらしき影は見受けられず。
頭を傾げながら階段を上がり、玄関ドアを開けると、そこには驚きの光景が・・・
窓には、黒いフィルムでも貼ったようにビッシリとハエがたかっていたのだ。

恐るべし!ウジの生命力。
一体、彼等はどこに身を潜めていたのか!?
私が部屋に入っていくと、ハエ達は狂気乱舞。
ブンブンと飛び回り、私に体当たり。
慌てた私は、用意していた殺虫剤を両手に応戦。
手当たり次第に噴射して、ハエを落としていった。

部屋に落ちたハエの死骸を掃き集めると、床板の上に黒い光沢を放つ山ができた。
ただ、ハエ退治に一段落つけたとは言え、新たなハエが発生する可能性は充分にあった。
したがって、私はその翌日も現場を訪問する予定を立てた。
結局、ハエの発生は一日では治まらず、数は減少しつつも3~4日続き、ハエ退治にも数日を要した。

それにしても驚いた!
きれいに片付けたはずの部屋に、大量のハエが湧いたわけだから。
そんな不可解な出来事には、唯一、心当たりがあった。
そう、作業中に逃げたウジ共だ。
彼等は、壁や柱の・隙間や床板の下に逃げ込んで潜伏。
食うや食わずの中でも辛抱。
そして、数日のうちにハエへ成長。
蹴散らせたと油断していたのは私ばかりで、予想もつかない反撃を無防備のままモロに食らったのであった。

〝一つの失敗は一つのノウハウになる〟
それは、苦い経験ではあったが、いい経験にもなった。
・・・そんなことを懐かしく思い出しながら、アパートを目指して車を進めた。


私は、やたらと昔を懐かしむ癖がある。
そんなことは誰にもあることだろうけど、私の場合はちょっと厄介。
それが、〝今〟を否定することに直結するから。

「一度きりしかない人生で、よりによって何で死体業なんかに入ってしまったんだろう・・・」
私は、昔を懐かしむ度に、そんなことを考える。
しかし、その結論は、深い溜め息となって空中に消えるだけ。
今更、自分に理由を探しても幸せな気分にはなれない。

残念ながら、私は自分の職業を卑下している。
責任感はあってもプライドはない。
〝それを解決するのは金だ!〟とばかりに汗を流すのだが、一向に羽振りはよくならず。
〝だったら酒だ!〟と血迷ってみても、酔った空想は翌朝までもたない。
それどころか、欝になって跳ね返ってくる。

想い出を大切にすることは悪いことではないけど、それを引きずってそれに拘われることは好ましいことではない。
想い出をバネにして、将来を飛躍させることが大切・・・
・・・理屈でわかっていても、なかなかそうできない。
また、自分を取り囲む現実を喜んで受け入れるのは難しいけど、とりあえずは素直に受け入れて、その中で頑張ることも大事・・・
・・・理屈でわかっていても、なかなかそうできない。
しかし、今の自分を卑下することは、汗と涙を流しながら何とか生きてきた過去の自分に失礼なことかもしれないと思うようになってきた。

過去があるから今がある。
過去の自分がいたから今の自分がいる。
過去の汗と涙で今の実がある。
・・・過去の自分に恥ずかしくない、今の自分でありたいもの。


「確か、この辺だったはず・・・あ!ここだ!」
あのアパートが建っていた場所には、新しいアパートが建てられていた。
壁に掲げられた名称も「○○壮」から「○○コーポ」に変わっており、時の移り変わりを強く感じた。


「建て替えられたアパートのように、自分の心を建て替えられれば明日が開けてくるかもしれないな・・・土地(命)はあるんだから」
そう思いながら、次の目的地と明日へのアクセルを踏む私だった。




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生きる力

2008-02-22 09:21:41 | Weblog
私は、幼い頃から高い所が苦手。
よくある「高所恐怖症」というヤツだ。
しかも、私のそれは重度。
この歳になっても、目立った改善はない。

その昔は、分譲マンションの広告を見ても、
「一階は人気も値段も高いんだろうな」
と本気で思っていた。
「好んで高いところに暮らしたがる人なんているはずない!」
と、勝手に思っていたのだ。
しかし、実際はその逆で、高階に上がれば上がるほど人気も値段も高くなる。
そのことを知って、モノ凄く驚いたことを今でも憶えている。


呼ばれた現場は、大小のビルがひしめき合う繁華街。
依頼してきたのは、ビルメンテナンスの会社。
現場で私を待っていたのは、その会社の部門責任者。
もらった名刺を見ると、その会社は某大手企業グループの一社だった。

その男性は、建物の図面を広げて、話を始めた。
「隣のビルからこのビルの上に人が転落しましてね・・・」
「はい・・・」
「それで、屋上の空調機が壊れてしまったんです」
「はい・・・」
「機械を修理しなければならないのですが、痕がそのままで手が出せない状態で・・・」
「それをうちで何とかしろと言うことですね」
「そうなんです・・・」
「ちなみに、落ちた人は?」
「亡くなりました・・・即死だったみたいです・・・」
「そうですかぁ・・・」
「・・・」
「事故ですか?それとも・・・」
「さぁ・・・ただ、あそこ(隣ビルの屋上)から過って落ちる人はいないと思いますけどね・・・」
「そういうことですか・・・」

亡くなったのは若い男性。
それが、隣ビルの屋上から転落・・・どうも、自殺の可能性が濃厚のようだった。

本人には本人にしかわからない苦悩があったのだろう・・・
また、生きていることに耐えられない程の虚無感にも襲われたのだろう・・・
結果的に、身を投げることを選択したわけだ。

〝若いうちは何だってできる〟〝死ぬつもりになったら何だってできる〟と思えるのは、生きる力を持った人。
生きる力を持った人が、生きる力を失った人の気持ちを理解しきることはできない。
また、生きる力を持った人が、生きる力を失った人に生きる力を吹き込むことは難しい。
しかし、生きる力を持った人は生きる力を失った人に〝生きる力を吹き込める〟と勘違いしやすい。
それは何故か。
〝生きる力は自分でつくりだすもの〟〝つくりだせるもの〟と過信しているから。
でも、そう思える思考そのものが、本人を生かしているとも言える。
・・・まぁ、その類の意味はあまりに深大で、私ごときでは説明し尽くせるものではない。


私に依頼された仕事は、残された肉片・血痕の特掃。
汚染箇所は、屋上に突き出た設備棟とその下の地面。
投身自殺を図った遺体や転落死した遺体、そして、その凄惨痕を幾度となく見てきた私の頭にはリアルな画が浮かんできた。
そして、それが困難な作業になることは、現場を見なくてもわかった。

一通りの説明を受けた後、私は現場に向かうことになった。

「この上か・・・」
建物は七階建。
落下地点はその屋上。
下から見上げたビルの屋上は、はるか彼方のように思えた。

「これを登らないと現場に行けないのか・・・」
屋上までは内階段段を使って難なく上がれたものの、やっかいなのはそこから先。
設備棟に上がるためには外壁についた鉄ハシゴを昇るしかなく、私は、呆然と空を見上げた。

「行くしかないよな・・・」
私は、襲い掛かる恐怖感に尿意を覚えながら深呼吸。
意を決してハシゴに手をかけ、最初の一段を踏み込んだ。

「ヨイショ!ヨイショ!」
私は、ナマケモノのような超スローペースで、一段ずつ上昇。
自分の手足にちゃんと力が入っているのかそうでもないのか、よくわからないくらいに気持ちが動揺していた。

やっとのことで、設備棟の上に到達した私の目には、いきなり衝撃の光景が・・・
空調設備らしき機械の一部が破壊され、いたる所に赤茶色の血痕と肉片が飛び散っていた。
それはまた、遺体の損傷が激しかったことを想像させた。

私は、自分の作業に関わることなので、汚染部分を念入りに観察。
肉片と血痕は、当初の予想をはるかに越えて広範囲を汚染。
それだけならまだしも、私は、その肉片の大きさに驚愕・・・小さいミンチ肉だけではなく、拳半大の大きなブロック肉があちこちに残されていた。

そこは、風通しのいい屋外ということもあって、異臭はさして気にならなかったけど、見た目は超グロテスク。
まるで、ホラー映画用に作られたセットのようだった。


「あれを掃除するのは、なかなか大変ですよ」
「わかります・・・」
「不気味とか気持ち悪いとかはないんですけど・・・」
「ええ」
「あの高さがどうにも苦手で・・・」
「はぁ・・・」
「そちらは設備屋さんなんで、高い所が平気な人はたくさんいらっしゃるんじゃないですか?」
「えぇ・・・それはそうですけど・・・」
「死体痕がダメですか?」
「そうなんですよぉ」
「余計なことを考えなきゃ、結構イケるもんなんですけどねぇ」
「仕事柄、高い所が平気な人間はうちにたくさんいますけど、皆怖がっちゃって・・・一人、ダウンした者もいますし・・・」
「ダウン?」
「えぇ・・・」

第一発見者は、偶然に居合わせたこの会社の若手社員。
現場で通常の作業に従事していた社員は、突然の衝撃音に驚き、音のした方へ走った。
向かった先はビルとビルの間の狭いスペース。
すると、そこには人間らしき物体が赤い肉塊となって崩れていた・・・。
その社員は、精神的に甚大なショックを受けたのだろう、それ以来ずっと仕事を休んだままで、復帰のメドも立っていないとのこと。
その様子からは、多分、そのまま退職になる可能性が高いとのことだった。

就職氷河期に大学を卒業した社員は、就職難を突破。
本人の第一希望だったのかどうかは分からないけど、この会社に入った。
そして、一通りの仕事をおぼえて独り立ちした矢先にこの出来事と遭遇したのだった。

仕事を辞めることって、当人にとってはなかなかの大事のはず。
大袈裟かもしれないけど、それが人生を大きく左右することもあると思う。
それが、不可抗力的な事故によって定められてしまうことに、気の毒な理不尽さを感じた。


覚悟していた通り、作業は困難なものとなった。
地面の方は、警察が拾えるだけ拾っていったようで大した肉片は落ちていなかったのだが、屋上の方はほとんど手つかずの状態。
高所恐怖症も手伝って、手足には力が入らず心臓も凍りつきそうになったが、ビビってばかりでは仕事にならない。
私は、頭は休ませても手だけは休ませないように動かし続けた。

人肉と言えども、人の形をなくしてしまえば、牛豚とさして変わりはない。
私は、あちこちに付着した肉片を一つ一つ削りとり、血痕を擦りとった。
そして、最初は心身ともにきごちない動きしかとれなかったのだが、肉片になる前の若い故人やダウンした若い社員に想いを巡らせていると、特掃魂に火がつき、私の作業は次第に熱を帯びていくのだった。


人生の転落は、何がきっかけになるかわからない。
仕事・金・病気・人間関係etc・・・
そして、それらとは、いつどんなかたちで遭遇することになるかわからない。
また、自分の力で回避できることと、そうでないことがある。
しかし、転落しそうになったときに踏ん張れる力・生きる力は、本来から人間の本性に備わっているような気がする。
それが、自分に意識できなくても、自分が自覚できなくても・・・それを信じることが大切。
どんなに自分を弱虫にして卑下しても、生きていること自体が生きる力を持っているという証だから。
そして、そんな小さな生きる力を積み重ねることによって大きな生きる力が育まれていることを信じたい。


「俺まで落っこちないように気をつけないとな!」
地面が近づくにつれ、ハシゴを握る手に生きる力を込める私だった。





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塵も積もればヤマトナデシコ

2008-02-18 07:24:09 | Weblog
「引越しをするので、部屋を片付けたいんですけど・・・」
ある晴れた昼下がり、若い女性の声で、そんな相談が舞い込んできた。

「お住まいはマンションですか?アパートですか?」
「アパートです」
「間取りはどれくらいあります?」
「1Rです」
「何階建の何階ですか?」
「二階建の一階です」
「荷物の量はいかがですか?」
「ん゛ー、少なくはないですね」
「車はつけられますか?」
「はい、前が駐車場になってますので」
私は、決まったパターンの質問を事務的に投げ掛け、対する女性も即答。
基本情報を入手したところで、質問の内容を突っ込んだものに変えた。

「うちは普通の引越業者とは違いますよ」
「はい、わかってます」
「場合によっては、割高になることもありますけど・・・」
「・・・」
「一般の引越業者じゃダメなんですか?」
「ええ・・・ちょっと・・・」
私の質問に対して言葉を濁す女性に〝わけあり〟を感じた私は、それ以上のことを尋くのはやめた。
そして、女性の奥歯に引っ掛かってるものを気にしつつも、現場調査に行くことを決めた。

「ひょっとして、人が死んでた現場じゃないだろうな」
女性の醸し出す雰囲気があまりに怪しいので、私はいつもの悪い癖がでて、一般の人には考えもつかない疑心がでてきていた。

「しかし、たとえそうでも、俺の目と鼻はごまかせないぞ!」
妄想(職業病?)とともに変な気合が入る私だった。


陽も落ちかけた、その日の夕方。
女性はアパートの前の駐車場で、私の到着を待っていた。

電話の声も若かったけど実際の外見も若くて清楚な感じ。
ただ、表情には溌剌とした若さはなく、どことなくオドオドした様子であった。

「じゃ、早速、部屋を見せて下さい」
「そ、その前に・・・」
「は?」
「実は、ここは私の家じゃないんです・・・」
「はぁ・・・」
「あ、姉が住んでいたんです」
「お姉さん・・・」
「ええ・・・」
「で、そのお姉さんは?」
「身体を壊してしまいまして・・・今は実家で療養中なんです」
「それはお気の毒に・・・」
「それで、もうここには戻って来るない予定がなくなったので、引き払うことになったんです」
「なるほど・・・とりあえず、部屋を見ましょうか」
私は、話の内容が妙な方向に変わってきたことと、作業を一般の引越業者ではなくうちに依頼してきたことに、不審感を抱いた。

「こういうことか・・・」
玄関を開けると、その奥には警戒していた通りの光景・・・立派な?ゴミ屋敷。
ゴミで埋めつくされた部屋には異臭が充満し、床が見えている部分はほとんどなく、部屋・キッチン・浴室・トイレを結ぶ獣道の部分だけ床が露出。
冷蔵庫内の食品も完全に腐っており、住人がいなくなってからしばらくの日数が経過していることが伺えた。
ただ、幸い、人が死んでいたような形跡はなかった。

「ゴミ屋敷としては軽い方だと思いますけど・・・それでも、スゴイですね・・・」
「え、ええ・・・」
「どうやったらこんなことになるんですかねぇ」
「・・・」
「これで、よく暮らせてたなぁ・・・」
「・・・」
女性は、かなり気マズそうにモジモジ。
表情は引きつり、目も泳いでいた。

「これは〝引越し〟と言うより〝ゴミの片付け〟ですねぇ」
「はい・・・」
「いる物といらない物の分別は、どうします?」
「ほとんど捨てます」
「お姉さんに相談しなくても大丈夫ですか?」
「え!?えぇ・・・全部任されてますから・・・」
「親御さんは?
「両親には内緒なんです・・・心配をかけたくなくて・・・」
「そうですか・・・」
結局、〝とっておく物はなにもない〟ということで、女性は部屋の片付けを私に一任。
スペアキーを私に渡して、作業には立ち会わないことを伝えてきた。


作業の日。
当初の予定通り、女性は姿を現さなかった。

「こりゃ、根気のいる作業になりそうだな」
私は、いつものように仕事への覚悟を決めて、家財・生活用品・・・ゴミの梱包から着手。
〝どうせ捨てるものだから〟と、部屋にあるものを片っ端から袋に梱包していった。

「いちいち分別なんかしてられないな」
中には、まだ使えそうな物もたくさんあったけど、いちいちそんな事を迷っていては仕事が進まない。
割り切って、どんどん袋に詰めていった。

「これがお姉さん(住人)の名前かな?」
ゴミには、公共料金の請求明細書などの郵便物がいくつか混入。
私は、その宛名からここに暮らしていた人の名を知った。

「しかし・・・姉妹のはずなのに、○○さん(依頼者)とは名字が違うなぁ・・・」
郵便物に記されていた氏名と依頼者女性の名前とは名字が異なっていた。
ただ、どちらかが結婚して名字が変わっている可能性もあったので、長くは気にならなかった。

「あれ?この女性は・・・」
ゴミの下からは何枚かの写真がでてきた。
見ると、そこには写っているのは依頼者の女性。
しかも、中には現場の部屋が背景になっているものもあった。

「あれれ?なんかおかしいぞ」
極めつけは、とある会社の社員証。
写真の顔は女性本人に違いなく、記された氏名は郵便物の宛名と同じ名前だった。

「そういうことか・・・」
依頼者の女性は、始めから偽名を使用。
そして、部屋に住んでいたのもゴミ屋敷をつくったのも女性本人。
それが、何らかの理由で偽名を名乗り架空の姉を捏造したようだった。

多分、女性は自分の羞恥心に耐えられなかったのだろう。
しかし、部屋の片付けは自分一人の手には負えないレベルまで悪化。
家族や友人・知人に相談できるものではなく、長い間一人で苦悩。
しかし、そのままでは事は解決しない。
それで、〝病の姉〟という架空の人物の仕業にして、片付けることを画策したものと思われた。

「随分と悩んだんだろうな」
「自分なりに、精一杯の勇気を振り絞ってるのかもな」
「しかし、本人だと知らなかったとは言え、デリカシーのない言葉を吐き過ぎちゃったな・・・」
女性の嘘は、私に大した害を及ぼすもののようには思えなかったし、女性に健気さを覚えた私は、最後まで何も気づいていないフリを通すことにした。


とりあえず、一通りの作業を終えて、私は女性の携帯に連絡。
作業前までは何ともなかったのに、一旦女性の名前が偽名とわかってしまうと、それを呼ぶ度に口がムズ痒くなることが自分でもおもしろかった。

「多少の汚れは残ってますけど、部屋はきれいになりましたよ」
「ありがとうございました」
「あとは、都合のいいときに見に来て下さい」
「はい」
「あと、請求書を送りますので御実家の住所を教えて下さい」
「・・・そこの住所(現場)じゃダメですか?」
「ここには、どなたも住んでおられませんからねぇ」
「わかりました・・・宛名は姉の名前で送って下さい」
「はい」
「月末には間違いなくお支払いします」
「念のため、御実家の電話番号も教えておいていただけますか?」
「・・・」
「こちらから電話するようなことはないはずですから」
「両親はこの件を知らないので、その辺はよろしくお願いします」
「承知しました」
女性は、実家の所在地と電話番号を私に教えるには抵抗があるようだった。
しかし、私の方も意地悪でやった訳ではなく、代金回収のリスクを抑えておく必要があったのだ。

「あと・・・お姉さん、早くよくなるといいですね」
「は?はい!・・・ありがとうございます!」

電話を終えた私は、女性の重荷を積んだトラックを発進させた。
そして、最後に聞けた女性の元気な声を思い出しながら、顔を緩めるのであった。





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守銭奴

2008-02-14 09:27:37 | Weblog
「守銭奴」→意味:ケチでお金への執着心が強い者。

では、実際の守銭奴は、どんな奴なのだろうか。
それは多分、私みたいな輩だろう。
普段は、何事においても自信過少な私でも、これには自信を持って名乗りを上げられる。
何故なら、私は、お金を愛し・敬い・恐れているから。
お金の持つ真価を理解しているのではなく、お金の持つ力に毒されているから。

着る機会もないのにブランドスーツを欲しがったり、必要もないのに高そうな腕時計に目が行ったり、仕事には使えないのに高級車に憧れたり・・・
いい歳をして、玩具を欲しがる子供に毛が生えた程度の低次元。

「いい事を言ったって、きれい事を吐いたって、所詮は金がなければ何もできないじゃないか!」
こんなセリフを何度となく吐きながら生きてきた私。
そんな考えが完全に消えたわけではないけど、それでも多くのことを自問自答しながら現在に至っている。
そうして行き着いた結論は、「金が大事」なのではなく「金も大事」ということ。
そして、もっと探求すると〝金より大事〟なものがたくさん見えてくる。
・・・目には見えないものが多いけどね。


「ちょっとした知り合いに孤独死した人がいまして・・・一度、部屋を見ていただけますか?」
中年の女性から、そんな依頼が入った。
話の内容に似合わない明るい声とハキハキした受け応えに、私は小さな戸惑いを覚えながら話を進めた。

待ち合わせの日時は、それからしばらく後に設定された。
それは、遠方から出向いて来る女性の都合だった。

現場は、老朽気味の分譲マンション。
立地は悪くないものの間取りはそう広くなく、資産価値としては厳しそうな物件だった。

現れた女性は、電話での会話から抱いていた印象よりも年配に見えた。
しかし、相変わらず話す声は明るく快活。
わざとらしく沈み込む必要はないけど、少しは落ち着いてほしいと思うくらいだった。

「亡くなったのは、お身内の方ですか?」
「身内と言えば身内ですけど、そうでないと言えばそうではありませんね・・・」
「はぁ・・・」
「・・・随分前に離婚した元夫なんです」
「そうなんですか・・・お子さんは?」
「娘が一人・・・とっくに成人してますけどね」
「そうですか・・・」
「元夫に特別な感情は残ってませんから、お気遣いは無用ですよ」
女性に気を遣って曇らせた表情がわざとらしく映ったのか、女性は明るい声で自分が悲嘆を抱えていないことを伝えてきた。

「とりあえず、部屋に行きましょうか」
「私は、中に入らないでもいいですか?」
「構いませんけど・・・貴重品とかは大丈夫ですか?」
「ええ、主だったものは警察が探してくれましたし、もともと大したものはなかったはずですから」
「そうですか・・・わかりました」
私は、マスクと手袋を手に、女性とともに現場の階へ上がった。

現場の玄関には古びた表札がかかっており、女性はそれを注視。
同じ名字を名乗っていた若かりし頃の自分を思いだして、何かしらの感慨を覚えたのかもしれなかった。

「じゃ、開けますね」
女性は、慣れない手つきで玄関ドアを開錠。
ドアを引いた途端、いつもの悪臭パンチが炸裂。
同時に数匹のハエが飛び出てきた。

「う゛っ!!」
女性は、言葉にならない驚嘆の声を発して後退り。
手を離したドアはバタン!と元に戻った。

「あとは私がやりますね」
私は、手に持っていた専用マスクを鼻口に装着。
手袋を着けた手をドアノブにかけて引いた。

「うはっ!こりゃ強烈ッ!」
足を踏み入れた私を出迎えてくれたのは、無数のハエ。
私は、彼等との空中戦をかい潜って部屋を進んだ。

「これか・・・」
故人が亡くなっていたのは、奥の和室。
ベッドマットには人型がくっきりと、その脇にはミドル級の腐乱痕が残り、その上をウジが我が物顔に闊這していた。

「中年男性の独り暮しだから、これくらい汚れてても仕方がないか」
汚染された和室以外の部屋も、整理整頓・清掃が行き届いているとは言えず。
そこは、人が亡くなってなかったとしても、片付けるのには一苦労を要しそうだった。

私は、玄関前で待つ女性のもとに戻って、中の様子を伝えた。

「中は、だいぶ不衛生な状態になってます」
「そのようですね・・・」
「私の身体についたニオイでお分かりになるでしょ?」
「え゛ぇ・・・」
「奥の和室で亡くなってまして、汚れたベッドとその周辺を片付けないと、中に入るのはキツいと思いますよ」
「でしょうね・・・」
ニオイにやられたのか中の凄惨さが理解できたのか、女性からは、当初の快活さは消え失せていた。


故人は裕福な家庭に生まれ育った、いわゆる〝お坊ちゃん〟。
過剰な庇護のもとで大人になったせいか、労働意欲に乏しく金銭感覚も鈍感。
結婚した当初はそれなりにやっていたものの、身を保ち崩し始めるのに多くの時間はかからず。
それでも、潤沢な親の財産を基に、それなりの生活を維持。
しかし、次第に食い潰されていく身代をみて、女性は将来への危機感を抱き始めた。

幾度となく夫を諌めてはみたものの、故人の生活スタイルは変わらず。
人のいい性格は憎めなかったけど、そのままでは子供を育てられないと判断した女性は、夫と別れることを決断したのであった。

女性と故人が別れたのは20年前。
離婚してからの交流は皆無。
女手一つで娘を育てなくてはならなくなった女性は、元夫に関心を持つ余裕もなく生活に追われるばかり。
逼迫した暮らしを余儀なくされながらも、何とか生活を堅持。
子供の方も父親に会いたがりもせず、故人の方からも子供に会いたがるようなことはなく、双方の近況は、親戚を通じてたまに交わされる程度。
時が経ってみれば、アカの他人同然の関係になっていた。

そして、女性は、元夫が孤独死して腐乱死体で発見されたとの知らせを受けても、自分でも不思議なくらいに驚きも悲しみもなかった。


「冷たい女なのかもしれませんね・・・私は・・・」
「・・・」
「金の切れ目が縁の切れ目だったわけですから・・・」
「いや・・・そんなのは、○○(女性)さんだけじゃないですよ」
「そうですかねぇ・・・」
「私だって、結構な守銭奴ですよ・・・仕事はこんなですけど」
「そんなことないでしょ・・・」
女性は、私の仕事と守銭奴が結びつかないらしく、笑ってごまかしてくれた。

「こうして後始末をやってるのも、遺産のためですし・・・」
「・・・」
「ま、〝遺産〟ったって、わずかな貯金とこのボロマンションくらいですけど」
「相続人は娘さんだけですか?」
「らしいです・・・本人は興味もないみたいですけどね」
「そうですかぁ・・・」
「ただね・・・一応、父親ですから・・・娘に何かを残してほしいような気がするんです」
「・・・」
「不自由して育った娘の過去を埋め合わせるためにね・・・」
女性との会話からは、女性が意図していることが故人が残した金銭の引き受けではなく、娘の人生に空いた穴を埋めようとする母の想いであることが読み取れた。

「このマンションは、ただでさえいくらにもならないでしょ?」
「多分、そうでしょうねぇ・・・」
「しかも、中でこんなことが起こったわけですから、ますます価値は下がるでしょうし・・・」
「ですね」
「まぁ、二束三文でも売れればいいですよ・・・もとはタダなんですから」
「しかし、片付けの費用と売却手数料は頭に入れておかれた方がいいですよ」
「あ!そうかぁ」
「まとまった金額がかかりそうですからね」
「なるべく安くお願いしますね」
「はい、損しない範囲で・・・守銭奴ですから」
一見、〝遺産目当て〟のようにも見えなくもない女性だったが、私は、女性の真の目的は金銭的な財産ではないことを確信した。
そして、たとえそれが故人の意志ではなくても、父親が存在していたことの証として、父親からの目に見えるものを娘に渡してやりたいと願う母親の愛情が伝わってきて、私は自分の気持ちまでが温かくなるのを覚えたのだった。


「やっぱ、金より大切なものはあるな」
そう思わせてくれる仕事と、そう思える自分が何だか嬉しくて、似合わない笑顔を浮かべる守銭奴であった。




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自探旅

2008-02-10 10:25:29 | Weblog
それにしても寒い!
今は、世間の風よりも実際の空気の方が冷たい。
冬は毎年寒いものだけど、昨年の冬に比べると明らかに寒く感じる。
先週の日曜には首都圏でも大雪が降ったし、その後も雪の日があった。

雪が降ると、まずは仕事の足が心配になる。
幸い、日曜日だったため、人の通りや車の通行量は少なくて大きなトラブルに巻き込まれなくて済んだが、辺り一面を白く覆いながら降り続く雪は、どこかの雪国を旅しているような錯覚を感じさせるほどだった。

こんな季節に雪中の露天風呂なんかに入ると、それはそれは格別だろう。
熱い天然温泉に雪を入れて温度を調節。
冷たい空気がオーバーヒート気味の頭を冷やし、温かい湯が死人相手に冷えた身体を温めてくれる。
更に、酒があると至福。
香が飛ばない程度に冷えた日本酒が、身体を中から温める・・・
・・・想像するだけで頬が緩む。

しかし、私には、温泉旅行なんてとても無理だから酒だけで我慢するしかない。
となると、例によって〝にごり酒〟に手を出すこととなる。
今年の冬も、既にかなりの量を飲んでいる。

銘柄によっては清酒でもいいのだが、この季節はやはりにごり酒の方が口に合う。
ただ、同じ銘柄でも、秋口に出荷されたものと冬場に出荷されたものとでは味が違う。
やはり、冬場に出荷されたものの方が味が〝にごり〟らしさが濃厚で味わいが深い。
また、この時季のものは冷蔵庫で人工的に冷やされたわけではなく、外気温に合わせて自然に冷えているので、口にふくんだむときの当たりもやわらかくて、にごり特有の風味が一層引き立っている。

しかし、旬のにごり酒は、そろそろ出荷が止まる頃。
店頭に並ぶ数も、目に見えて減ってきた。
〝そろそろおしまいか・・・〟と思うと寂しくもあり、その心情も手伝って、ついつい何本も買いだめして懐を冷やしてしまう私である。


話はガラリと変わって・・・
年に何度かだが、私の仕事に関して残念な問題が発生することがある。
テレビかラジオか、はたまたインターネットか新聞・雑誌か、どのメディアから発信されるのか知らないけど、〝死体業は儲かる!〟といったガセ情報が世間に流れることがあるのだ。

すると、金銭欲が旺盛な人達がすかさず反応して就業への応募・問い合わせをしてくる。
しかも、それらの人達は、失礼な時間帯に無礼な態度で連絡してくることがほとんど。
こういった類の人には、〝残念〟というより〝憤り〟を覚える。

憤りを覚えるのは応募者に対してだけではない。
裏付けもないガセ情報を節操なく流すメディアに対しても同様。
〝嘘をつかない〟ことと〝真実を伝える〟ことの分別もつかないくらい、最近のメディアは腐っているのだろうか。

そんなメディアが、どういうかたちで情報を流すかを、エンゼルケア業務を例に挙げてみる。

「社会の陰に〝死体業〟という特殊な仕事が存在する」
「一体につき数万円の稼ぎになる」
「それを一日1~2件こなすだけ」
と発信。
つまり、ひと月に20日働いて5万円の業務を30件やったとすると、月収が150万円になるという計算になるのだ。

こんな情報を受け取ると、一般の人は誤解するのは当り前。
年収300万円時代で喘いでいる人からすると、死体への嫌悪感さえクリアしてしまえばこんな美味しい話はない。
先を争うように問い合わせてくるのも頷ける。

では、実際にはどうなのだろうか・・・
確かに、エンゼルケア業務の一種には一件5万円くらいになるものがある。
しかし、これはあくまで個人の収入(給料)ではなく〝売上〟。
仕事をする上で必要な諸々の経費が全て除外されている金額だ。

わかりやすく説明すると、〝コンビニやスーパーのレジに入るお金が、そのままスタッフの給料となるorならない〟といっているようなものなのである。
仮に、〝売上=給料〟だとしたら、そこで働く人達の給料は、現実の何倍にもなるだろうし、求人に対する応募は殺到するに決まっている。
しかし、現実にはそんな仕組みで商売・仕事が成り立つわけはなく、そんなバカな話を真に受ける人はいまい。

死体業についての風説にも、これと全く同じことが言えるのだ。
売上が、そのまま給料になるわけがないのである。
一体、どこの業種にそんな計算がまかり通っているというのだろう。
たとえ、個人事業でやったって経費がゼロなんてあり得ないのに。

無責任なメディアは視聴者確保のために、あえて売上と給料を混同させるような表現を使い、インパクトのある情報を捏造しているに過ぎない。
こんなかたちの情報発信は、無責任とか不道徳を通り越して、作為的な悪意すら感じるものである。

本当にメディア情報の通りだったら、私なんかとっくに裕福になってるはず。
実際に、死体業に従事している者には迷惑千万な話だ!

また、それに踊らされた人達は、「給料はいくらもらえるの?」と、礼儀も無視して、いきなりそんな質問を投げてくる。

死体業に興味を覚えて問い合わせてくるのはいい。
しかし、口のきき方や時間帯は気をつけるべき。
今の時勢、この程度の配慮さえできない人が多すぎる!

そんな人は、無意識のうちに死体業を軽く見ているのだろう。
もっと言うと、死体業を見下しているのかもしれない。
しかし、死体業だって立派な?サービス業だ。
最低限の礼儀作法さえ身についていない人には死体業ははじめから無理、向かない。


応募者の中には、「社会貢献がしたい!」と、言ってくる人もいる。
偏見を持って金銭のことばかりを前面に出されても嫌悪感を覚えるけど、〝社会貢献〟なんてきれい事を押してこられても困惑する。

私は、金のため・自分のために仕事をしているわけで、社会貢献なんて全くと言っていいほど意識していない。
人様への貢献は、あくまで結果論。
自分の力でつくりだしているものではない。
そう考える私には、その意気込みには共感できるものがないのだ。

そもそも、死体業だってお金をもらってやる仕事。
社会貢献どころか、逆にに社会のお世話になっている仕事。
〝やってやっている〟のではなく〝やらせていただいている〟のである。
その辺を勘違いするから、「社会貢献」なんて言葉がたやすくでてくるのだろう。
そんなのは、ただの傲慢・高慢・甘えでしかないのではないだろうか。

仮に、本当に謙遜な人格の持ち主で真に社会貢献を志しているなら、この仕事は選択しないはずだし選択すべきでもない。


また、「どんなにツラいことも辛抱できる!」と、やる気が示してくる人も多い。
耐えられないことが多い弱虫の私には、そんな固いスタンスは共有できない。

「死体業の現実も知らないのに、そんな軽はずみなことを言っていいのかな」
「どんな過酷さにも耐えられるんなら、今の自分の現実にも耐えられるはずなんじゃないのかなぁ」
なんて考えが湧いてきて、何も気持ちに響いてこないのだ。

「より厳しい環境に自分を置いて、自分を鍛練したい」
なんて表面的な動機は、死体業には通用しないし受け入れられない。
そのきれいな上っ面の下には、もっとドロドロと濁った真の動機があるはずだから。
そして、それを曝けださないと、ヒネクレ隊長のの気持ちは動かせないし自分が変わることもできないはず。


自分を分析し、自分を理解し、自分を把握することって案外難しい。
偉そうなことばかり吐いている私でも、実際は自分が何をしたいのか・どうすればいいのか分からなくなって心が錯乱することもしばしば。
その都度、自分を見つめ直そうと試みるのだが、何も見えてこないことも多い。
それでも、道を大きく逸れないために、そこに帰って立ち止まる。


人生は、自分を探す旅のようでもある。
それは楽な道程ではないはずだから、時には立ち止まってもいいし休んだっていいと思う。
しかし、少しずつでも、前に進むことをやめない・諦めないこと。
旅のゴールは見えなくても、旅を続けることが大切だ。
旅の途中にある多くの実り(身の利)が自分を待ってくれているはずだから。

温泉旅行には行けないけど、人生旅行を満喫できればそれでいい・・・
そんな風に考えて寒さを凌いでいる、冬真っ只中の私である。






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真偽の痛み(事前編・下)

2008-02-06 08:37:39 | Weblog
「私の方が死にたくなりました・・・」
女性は、遺体を発見したときの様子を静かに語り始めた。

都会で独り暮しをしていた娘の突然の死・・・
それも、不自然な死に方・・・
しかも、遺体は誰にも気づかれることなく腐乱・・・
そして、それを最初に発見したのは自分・・・
その時に受けたショックとその後の心痛は、他人の私には想像すらできず・・・
そんな話を聞いて返す言葉もない私は、場の雰囲気をどこに落ち着けるべきか戸惑うばかりだった。

「とりあえず、部屋を原状回復するところまでは責任を持たれた方がいいと思います」
私は、事の真相を他人に明かすかどうかの前に、社会の一員としての最低限の誠を守ることを勧めた。

「それはそうですね・・・」
夫妻は、何かを深刻に考えているような様子で、私の提案に同意した。


作業の日も夫妻は二人揃って現場に現れた。
私に作業を一任することに不安を覚えたというよりも、〝居ても立ってもいられない〟といった様子だった。

孤独死が近隣住民に発覚することなく処理されたことは奇跡的。
その後始末が内密に進められることも、珍しいと言えば珍しいケース。
その状態のまま施工しなければならないことに、私は独特の緊張感を抱えていた。

「では、早速始めますね」
「よろしくお願いします」
「できるかぎり気をつけてやりますけど、結果的にバレたら、それは許して下さい」
「えぇ・・・それはもう・・・」
「なるべく短時間で片付けますので、どこかで待っていて下さい」
「はい・・・では、車で待ってます」
「では、一段落ついたら連絡します」
「はい・・・」

私は、部屋の鍵を預かり、人目を気にしながらエレベーターに乗り込んだ。
そして、部屋に着くなり、すぐ作業に着手。
荷物の搬出は、人目につかないよう、できるかぎり階段を使用。
ニオイの漏洩を最小限にとどめるため、窓も開けずに玄関ドアも小刻みに開閉。
それには、なかなかの労力と心労を要した。
ただ、幸いなことに、他の住人と遭遇することなく、荷物の搬出は粛々と進んでいった。

部屋は相変わらず臭かったけど、私は、愛用の専用マスクは使わないでおいた。
マスクを着用した姿は異様そのもので、どう見ても普通の引越しには見えないからだ。
しかし、悪事を働いているようなピリピリとした動きが日常を逸した雰囲気を放っていた感もあった。
また、どんなに普通の引越しに見せかけようとしても、私の脳と身体に染み付いている死体業的性質が無意識のうちに顔を覗かせ、それが怪しい雰囲気を倍増させていたかもしれなかった。

一番の難関は、赤黒のシミが広がったベッドマットの搬出。
一通りの物の搬出を終えた部屋には、最後にこれが残った。
中身が見えないように完全梱包したもののその態様はかなり不自然なうえ、例の異臭をプンプン放出。
これが人目についたら・・・いや、ニオイだけでも、一発でアウト!だった。
しかし、ベッドマットを隠して運べるわけもなく・・・あとは運を天に任せるしかなかった・・・


「人の運命なんて、わかんないもんだな・・・」
何とか無事に荷物を搬出し終えた私は、外に出て重い脱力感を覚えながら曇天を仰いだ。

「荷物の搬出が終わりましたので、部屋に来ていただけますか?」
小休止の後、自家用車で待つ夫妻に連絡。
異臭だけを残して空っぽになった部屋を確認してもらった。

「随分と早く終わりましたね」
「ええ・・・何年もこんなことばかりやってて慣れてますからね」
「・・・大変なお仕事ですね・・・」
「まぁ、これも生きてくためです」
「・・・」
「これから、掃除と消臭作業に入りますので」

「あのぉ・・・色々考えまして・・・」
「?・・・」
「やっぱり、本当のことを話そうと思うんです」
「え?」
「罪悪感を抱えたまま怯えて暮らすことを考えると、それも耐えられそうになくて・・・」
「・・・」
「どうでしょうか・・・」
「勇気のいる判断・・・正しい判断だと思います
「そうですか・・・そうですよね」

事実を明らかにする覚悟ができたせいか、両親の顔には、前回見受けられたような弱々しさはなく、逆に逆境に立ち向かおうとする覇気が感じられた。
良心の呵責に苛まれながら苦悩したのだろうが、私は、とにかく夫妻の決断を嬉しく思った。
それは、自分が隠蔽工作の片棒を担ぐことから解放された利己的な喜びではなく、悲嘆のドン底にあっても人としての良心を守ろうとする夫妻の人格が与えてくれた本性の喜びであった。

腐乱死体現場でも、見た目がピカピカにきれいでニオイもなければ、大家・不動産屋の心象も違うはず。
私の特掃魂は、おのずと熱を帯びていくのだった。


作業を終えて数日後。
お茶を飲みながら休憩していると、依頼者の男性から電話が入った。

「先日は、お世話になりました」
「こちらこそ・・・その後、ニオイはどうですか?」
「御蔭様で、消えました」
「そうですか!」
異臭が解消できたことを聞いて、まずは安堵。
そしてまた、成功事例を一つ蓄積できたことも個人的な収穫で嬉しくもあった。

「それで・・・大家さんと不動産屋さんに、事実を話しまして・・・」
「どうでした?」
「やはり、かなり驚かれました」
「部屋は?」
「見てもらいました」
「で?」
「〝特に問題は見られない〟とのことでした」
「あとは、精神的な問題ですか・・・」
「えぇ・・・」
「その辺のところは、毅然と一線引いた方がいいかもしれませんね」
「そうですね・・・とりあえずは、壁紙の貼り替えと通常の消毒クリーニングでOKだそうです」
「そうですか、それはよかった」

本件は、夫妻にとって極めて不幸な出来事だった。
死んだ人にはわからない苦悩があった。
しかし、そんな中にも生きている人間にしか味わえない人生の真髄があった。
私は、清々しい切なさを感じながら依頼者との電話を終えた。

「それにしても・・・〝自殺〟・〝腐乱〟まで話したのかなぁ・・・」
一仕事を完了させた安心感に浸りながらも、飲んでいたお茶にちょっとした苦みを感じる私だった。




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真偽の痛み(事前編・上)

2008-02-02 07:55:51 | Weblog
「ちょっと事故がありまして・・・」
ある日の夜、中年の男性から電話が入った。
〝独り暮しをしていた身内が亡くなった〟とのことだったが、〝事故〟という言葉と震える声から、死因が自殺であることがすぐに私の頭を過ぎった。
それから、男性がかなり動揺していることを感じた私は、必要最低限のことだけを聞いて電話を終えた。

その翌日の昼間、私は現場マンションの前で男性を待った。
教わった住所に建っていたのは、築年数の浅い1Rマンション。
建物全体を包む斬新なデザインから、そこが単身の若者向マンションであることが伺えた。

しばらく待っていると、男性は中年の女性と一緒に現れた。
二人はソワソワと落ち着きがなく、その揺れる心中は目の動きと顔に表れていた。
また、その雰囲気とやりとりから、二人が夫婦であることが尋かなくてもわかった。

夫妻は言葉数も少なめに、そそくさと私を部屋に案内。
そして、人目を避けるように玄関を開けると、私に中へ入るよう促した。
続いて自分達も入り、急いでドアを閉めた。

部屋にはライト級の腐乱臭が充満。
慣れた私には我慢できるレベルでも、夫妻にはキツいものだったはず。
それでも夫妻は〝それどころではない〟といった感じで意にも介していないない様子だった。

家財・生活用品の梱包はほとんど済んでおり、部屋には特段の汚れも目につかず。
ただ、赤黒く染まったベッドマットと厳重に梱包された物品が、部屋で起こった凄惨な出来事を物語っていた。
そして、家財からは、そこに暮らしていたのは若い女性・・・つまり、故人は夫妻の娘であることが伺えた。
同時に、切迫した状況で部屋を片付けた夫妻の痛ましい姿が想像された。

「亡くなってたのはこの辺ですか?」
「えぇ・・・」
「随分と片付いてますね」
「すぐに退去できるように、できるだけの準備はしておいたんです」
「大変じゃなかったですか?」
「まぁ・・・」
「床などに汚れはありませんでしたか?」
「大丈夫です・・・汚れてたのはベッドとカーペットくらいでしたから」
「そうですか・・・では、内装の直接汚染はなかったのですね?」
「はい、そのはずです」
私は、夫妻の心のキズを突くようなことになりそうだったし自分の中で確信めいたものがあったので、亡くなったのが誰なのか・死因は何なのかはあえて尋ねなかった。

「荷物を片付けた後の掃除は簡単なものでいいと思いますよ」
「・・・」
「どちらにしろ、ルームクリーニングは契約が変わる毎に不動産屋さんがやりますから、費用がもったいないですよ」
「・・・」
「いかがです?」
「・・・」
「???・・・え゛!?もしかして・・・大家さんや不動産屋さんには内緒ですか?」
「・・・え、えぇ・・・」
驚く私に、二人は気マズそうに顔を見合わせた。
その様子は、何かに怯えているようにも見え、複雑な心中を如実に表していた。


遺体の第一発見者は女性。
しばらく連絡がとれなくなったことを不審に思い、故人宅を訪問。
すると、故人は冷たくベッドに朽ちていた。

死体が発生すると警察・その他がやってきて、近隣を巻き込んでそれなりの騒ぎになるのが普通。
しかし、このマンションは世帯数が少ない上に住人のほとんどが若い単身者で、日中は無人に近い状態。
したがって、本件は近隣の誰にもバレないで、遺体搬出を終えたのだった。

それが幸運だったのか不運だったのか・・・結果的に、そのことが両親を本件の隠蔽工作に走らせるきっかけになったのかもしれない。


「ん゛ー・・・」
「だって、本当のことを言ったら、大変なことになるでしょ?」
「まぁ・・・」
「どう思われます?」
「確かに・・・大変なことになる場合も多いですけど・・・」
「でしょ!?」
「だからと言って・・・」
「・・・」
死人が発生した現場のその後がどうなるか、私の方こそ言われなくてもよくわかっていた。
更に、ここで発生したのは普通の死体ではなく腐乱死体。
しかも、自殺の可能性が濃厚。
そんな部屋の退去が、普通の引越しと同じように済むはずはない。
しかし、この夫妻はそれをやろうとしていたのだった。

「では、一切を内密に処理されるおつもりなんですか?」
「えぇ・・・」
「ん゛ー・・・」
「・・・」
「・・・それはいかがなものでしょうか・・・」
「わかってます・・・でも・・・」
夫妻が恐れていたのは、補償問題。
大家や不動産会社から、どこまでの責任を追求されるものなのか皆目検討もつかず、それを考えると不安で不安で仕方がないようだった。

現実として、遺族の中には、法的責任はおろか社会的責任さえも全く無視して事後処理を放り投げる人も少なくない。
また、本件は保証会社が賃貸借契約の保証人になっており、身内の誰かが判を押しているわけではなかったので、夫妻に逃げ道がないわけではなかった。
なのに、この夫妻は故人が起こしたことへの責任を強く感じていた。

無責任な人間が横行する今の社会にあって、この夫妻が持つ責任感と罪悪感には、私の気持ちを動かすものがあった。
その重圧を負いきれずにもがいている姿は、人間の誠実性を見るようで、私の気持ちに響いてくるものがあったのだ。

「このままと言うわけにはいきませんから、御依頼の仕事は引き受けさせていただきます」
「あ、ありがとうございます・・・よろしくお願いします」
「荷物を片付けて見た目をきれいにすることは簡単ですが、ニオイが完全に消えるかどうか・・・とにかく、できるかぎりのことをやってみます」
「あと・・・」
「???・・・」
「このことは・・・」
「大丈夫です、他言はしませんから」
「すみません・・・」
「私が責任を負えることではないので、口は閉じておきます」
私への依頼内容は、荷物の撤去処分・ルームクリーニング、そして消臭消毒。
私は余計なことは考えずに、まずは依頼された作業のみに徹することにした。


「なるようになるだろう・・・」
私は、自分の中に妙な罪悪感と漠然とした期待感が湧いてくるのを感じながら、夫妻と作業の段取りを打ち合わせていった。

つづく







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