特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

さみしがり

2022-05-30 07:30:14 | 不用品
まだ五月だというのに、ここ数日、夏のような日が続いている。
ただ、その五月も明日で終わり、もうじき梅雨の時季。
しばらく、ムシムシ・ジメジメと過ごしにくい日が続くことになるけど、例年、私のウォーキングコースの一角には紫陽花が咲く。
今年も、蕾が出ているので、じきに咲き始めることだろう。
そして、雨が降っているときや雨上がりには、その脇の歩道に、生まれたばかりの小さなカタツムリがたくさん這い出てくる。
その姿は、とても小さく、とても可愛らしい。
ただ、彼らは、まったくの無防備で、よくよく見て歩かないと踏みつぶしかねず、その際は、ゆっくり慎重に歩くことが必要。
しかし、道行く人が、皆、私と同じことを心配しているとは限らず、となると、当然、踏みつぶされる子もいるわけで・・・残念ながら、淋しい想いをすることも少なくない。
 
歳のせいか、メンタルが弱っているせいか、このところ、何もかもが淋しく想えて仕方がない。
人間関係もそうなのだが、特に淋しく思えるのは、過ぎ去りし日の想い出。
事ある毎に、「笑顔の想い出は人生の宝物」と言ってきた私。
今も、その考えに変わりはない。
しかし、今は、そこに、極端な淋しさが覆いかぶさってくる。
 
ネクラな私にも、過去には、楽しかった想い出がたくさんあるわけで、それを想い出すたびに、
「もう二度とないんだな・・・」
「もう、この先、あんな楽しいことはないんだろうな・・・」
と、やたらと悲観的に捉えてしまう。
そうすると、生き甲斐が見いだせなくなり、その結果、生きることの意義や、自分の存在価値も見失ってしまう。
 
人生のプロセスには、すべて“時”がある。
すべてにおいて、“始まり”があれば“終わり”もある。
その“時”が過ぎてしまえば、すべておしまい。
時の流れに抗う力がない以上、諦めるしかない、受け入れるしかない。
「元気を出そう!」と、藁をも掴む思いですがりつく“笑顔の想い出”が、更に、淋しさを増長させているような始末。
戻れない時を想うと、戻せない時を想うと、私は、ヒドく淋しい気持ちになってしまうのである。
 
 
 
出向いた現場は、住宅地に建つ一軒家。
建てられてからそれなりの年数が経っており、そこそこ古びて傷んではいたものの、大きな家屋で、ちょっとした豪邸。
新築当初は、きっと、人も羨むような家だったに違いない。
また、下世話な話だけど、当時、結構な建築費がかかったはずだった。
 
そこでは、高齢の女性が一人で生活。
しかし、その昔は、一家五人で生活。
子供達はこの家で大きくなり、夫は会社勤めを続けた。
ただ、時の流れには逆らえず、子供達は成長、独立し、老齢になった夫も死去。
女性も齢を重ね、不自由の多い身となった。
 
私が訪問したとき、女性は、体調を崩して入院中。
で、現場で私に応対してくれたのは、女性の長男(以後「男性」)。
男性にとって、ここは実家で、依頼の内容は、家財生活用品の処分についての相談。
それは、単なる「不用品処分」というより、「生前整理」「終活」に近いニュアンスのもの。
なかなかデリケートな仕事になることが予感される相談内容だった。
 
促されるまま、家の中に入ってみると、広いはずの屋内は手狭な雰囲気。
大型の家具が数多く置かれ、その他の家財もかなりの量。
「ゴミ屋敷」と言うほど、ヒドく散らかっていたり、不衛生な状態になったりはしていないながらも、まるで家全体が、倉庫・物置になってしまったような状態。
あまりの窮屈さに、感嘆の溜め息を漏らしてしまうくらいだった。
 
この家は、男性が幼い頃、まだ若かった男性の両親が建てたもの。
築年数は、約五十年。
長年に渡って買い増されたのだろう、タンスには衣類等がギュウギュウ。
子供のモノから亡き夫のモノまで。
親戚が集まって寝泊りするときに使っていたのだろう、押入には、「旅館か?」と思う程の布団や座布団。
誰かの結婚式などの贈答品だろう、ギフト箱に入ったままの毛布やタオル、鍋やフライパン、コップや皿。
時の移り変わりと共に増えていったのだろう、食器棚には食堂を思わせる程の大量の食器。
その他、大量の割り箸やレジ袋、たたまれた包装紙や紙袋。
居間の物入れの引き出しには、昔出掛けた旅行のパンフレットや泊まった旅館の手ぬぐい、
果ては、ご当地弁当の容器や割り箸の袋まで。
どれもこれも、かなりの年代物。
ただ、これらは、ほんの一例。
一つ一つ説明しているとキリがないくらい。
家中に、五十年の生活の中で手に入れた、ありとあらゆるモノが保管されていた。
 
私にとって、特に圧巻だったのは、二階の子供部屋。
つまり、男性をはじめとする女性の子供達が使っていた部屋。
もちろん、「模様は当時のまま」という訳ではなかったが、部屋に置いてあるモノや しまってあるモノは、ほとんど当時からのモノ。
子供用の勉強机はもちろん、二段ベッドも当時のまま。
押入には、当時の布団をはじめ、箱に入れられた教科書やノート、漫画や玩具も。
ランドセルや学生カバンも。
タンスには、学生服や子供服までも保管。
それ以外にも、とにかく、想い出の残るモノは、徹底的に取り置いてあり、この家に何の想い出もないアカの他人の私でも「懐かしい!」と思ってしまうようなモノがたくさんあった。
 
モノであふれる家を見るにつけ、男性は、それまでも、幾度となく片づけを思案。
しかし、女性が、それをスンナリ認めないことも容易に想像がついたし、また、それは、母親をはじめ、家族の人生を否定するようにも思えて、結局、具体的な行動にまではつながらず。
ただ、そうは言っても、人は、時間には逆らえない。
誰もが皆、過ぎた時間の分だけ歳をとり、老い衰え、やがて死んでいく。
だから、どんなに大切にしているモノでも、どこかのタイミングで始末しなければならない。
どんなに執着しているモノでも、いずれは手放さなくてはならない。
自身もいい年齢になり、更に、女性が病院の世話になるようになって、そのことを悟った男性は、少しずつでも片付けることを決意。
女性に、そのことを相談する意思を固めていた。
 
家は、「異常」と言っても過言ではない状態だったが、女性の心情を察すると、理解できるところもあった。
戦中戦後の、貧しくてモノのない時代を経験した人にとって「使えるものを捨てる」というのは、我々が想像する以上に抵抗があるのかもしれない。
また、“想い出”というものは、心に残るものだけど、忘れ去られやすいものでもある。
しかし、それに関係するモノが物理的に残っている場合は、それに接する度に、当時の温かさを蘇らせることができる。
そうすることによって、知らず知らずのうちに、無機質のモノが擬人化され、“家族同然”みたいな感覚を抱くこともあると思う。
女性にとっては、それらを捨ててしまうことが、まるで、大切な想い出と家族を捨ててしまうような感覚で、大きな淋しさを覚えることだったのかも。
また、自分でも気づかないところで、どことなく、満たされない淋しさを抱えていたのかも。
それで、自分でも気づかないところで、心の隙間を物理的に埋めようとしていたのかもしれなかった。
 
 
モノに対する想いの込め方は、人それぞれ。
モノに想い出を重ねる人もいれば、ドライな人もいる。
私のように、極端に、過去の想い出に縛られる人は、実は、未来志向で生きることが苦手な、さみしがりなのかもしれない。
 
しかし、生き方としては、モノに執着しない方が楽なような気がする。
その人の性格や、その時の精神状態によるのだけど、想い出というものは、心を軽くする浮きになることもあるけど、逆に、心を重くする錘になってしまうこともあるから。
ただ、人によっては、それが簡単でないこともある。
“想い出の品”って、そう簡単に割り切ることも、冷淡に処分することもできるものではない。
 
「心がときめかないモノは捨てた方がいいモノ」「一年使わなかったモノは一生使わないモノだから不要なモノ」と、他人は勝手なことを言う。
そう言われても、当人には「使わないから不要」「使うから必要」といった概念はなく、“使うor使わない”は、問題ではない。
想い出の品が手放せないのは、ただの所有欲とは違う。
何に使うわけでもなく、金銭的な価値がなくても、持っているだけで心が満たされ、心が癒されるのだから。
 
 
私は、これまで、「あれが欲しい!これが欲しい!」と欲張った生き方をしてきた。
余計なモノを手に入れるために、どれだけの時間と労力を費やしてきたことか。
無用なモノを手に入れるために、どれだけの金と気を使ってきたことか。
それだけの、時間・労力・金・気をもっと有用なことへ投じれば、人生はもっと豊かになったかもしれない・・・
しかし、結局のところ、最期は、全部ゴミ。
どんな物持ちも人も、何も持っては逝けない・・・
まま、一生かけて、必死で手に入れた数々のモノは置き去りにするしかない・・・
自分のこの身体だって、ゴミと同じように燃やされてしまうだけ・・・
「この身体も、最期は骨クズと灰クズ」「ゴミ屑も同然」
それを悟ると、モノに対する考え方と自分が出す答が変わってくる。
 
この鬱々とした気分が少しでも変わることを期待して、私は、この春、断捨離することを思い立った。
「死ぬ準備をしておけば、少しは気が楽になるかな・・・」と、ただの“断捨離”というだけではなく“終活”するような気持ちもあった。
というわけで、「想い出は心の中にある」と、今まで捨てられなかったモノも思い切って処分することに。
そして、「こういうことは一気にやった方がいい!」と、先日、そのためだけに休暇をとって一人で作業した。
 
すると、あるわ あるわ、出るわ 出るわ、つまらないモノが、わんさか。
無趣味につき、何かを集めるような収集癖はないのだが、ケチな性分も手伝って、使っていないモノはもちろん、棚・引き出し・押入・クローゼット・収納ケース等には、存在自体を忘れていたり、一体、何のために取って置いたのか、自分でもわからないようなモノまでたくさん。
中には、ホコリにまみれたモノや、カビが出たモノもあり、取って置いた自分をバカにしたくなるようなモノも。
昔の日記や写真、プレゼント、手紙etc、想い出深いモノが現れたときは、思わず声を上げたり、つい手が止まったり、涙が出そうになったりもした。
もちろん、「淋しいなぁ・・・」「もったいないなぁ・・・」といった未練はあった。
それでも、当初の決意を思い出し、思い切ってゴミ袋に放り込んだ。
 
昼休憩はとったけど、朝からやって夕方前には終了。
それで、「処分する!」と決めていたモノの九割くらいは片付けることができた。
残ったモノは、一部の書類と衣類、それから、手紙・写真・日記の類、つまり、想い出深~いモノ。
これらのモノは、最初から「捨てる」と決意していたものではないのだが、それでも「日記くらいは捨てよう」と考えていた。
が、結局、手をつけることができず、「次回にしよう・・・」ということに。
ただ、“次回”も、そんなに先にするつもりはない。
気が変わらないうちに、心が折れないうちに、面倒臭くなる前に、少しずつでも進めたいと思う。
 
今回の“自分始末”は、自分としては思い切ったアクションだったのだが、結果として、メンタルに期待していたほどの変化はなし。
「俺は、この世に不必要な人間なんじゃないか・・・」
「俺の代わりになる人間なんて、いくらでもいる・・・」
そういった淋しさは、ほとんど変わっていない。
まぁ、それでも、「余計なことしたかな?」といった後悔はなく、「片付けてよかった」という気持ちにはなっている。
鬱っぽさは変わらないけど、スッキリした感覚はある。
 
気持ちに変化がないのは、“心の断捨離”できていないから。
気持ちを変化させるには、“心の断捨離”をするしかない。
何の気配もない心配事、自分を陰鬱する勝手な想像、根も葉もない劣等感、勝者のいない敗北感・・・そして、気分を沈ませる過去の記憶・・・
探してみると、心の中には、捨てた方がいいモノがたくさんある。
手放すべきものは手放し、捨てるべきものは捨て、身も心も軽くなれば、この淋しさも、いくらか癒えるかも。
 
必要なのは、「勇気」と「決意」と「覚悟」。
勇気を出さず、固い決意も、強い覚悟もないままで、変化だけを求めるなんて、人生にも世の中にも、そんな虫のいい話はない。
しかし、いつになったら、それらを持てるのか自分でもわからない。
どちらにしろ、こんなに弱っているうちは無理そうだから、もうしばらくは、淋しい人生をしのいでいくしかなさそう。
 
「今の苦しみは、明るい未来に向かうための“鍛錬”“荒療治”、そして、“吉兆”」と、無理矢理にでも自分に信じ込ませて。




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再出発

2016-04-01 08:01:23 | 不用品

「引越しをするので、不要品の処分をお願いしたい」
依頼者は女性。
一人暮らしで、仕事の合間をぬって引越しの準備を進めているよう。
特別汚損が発生している現場でもなく、通常なら、私が出る幕ではなかったのだが、現地調査の希望時刻は女性の仕事が終わった後の夜。
しかも、仕事が忙しいらしく、結構な遅い時間。
そんな時間に動きたがるスタッフはいない。
また、同じような依頼で現地に出向くと、“実はゴミ部屋だった”なんてことも珍しくない。
人が行きたがらないところへ行き、やりたがらないことをやるのが特掃隊長。
気が向こうが気が向くまいが、そんなこと関係なく私が出向くことになり、約束の日の夜、私は女性宅に赴いた。

現場は、低層小規模の賃貸マンション。
オートロックもなく、玄関までは誰でも素通りが可能。
夜遅い時刻に女性一人の部屋を訪れるのは、ちょっと抵抗がある。
自分が頼んだこととはいえ、見ず知らずの男が部屋に入り込んでくることには、女性のほうも少なからずの不安感を覚えるはず。
私は、“マジメな人間”であることを少しでもアピールするため約束の時刻ピッタリにマンション下から女性の携帯電話を鳴らし、その上で玄関前に行きインターフォンを押した。
そして、ドアの覗き窓からこちらを見られることを意識してキリッとした顔をつくった。

女性はすぐにドアを開けてくれた。
見たところ、年齢は40歳前後か・・・
そして、
「こんな時間にスミマセン・・・お疲れ様です・・・」
と、私を労ってくれ、
「どうぞ・・・」
と、玄関内に招き入れ、スリッパをだしてくれた。

「この際、使わないモノは思い切って捨てて、身軽になろうと思いまして・・・」
引っ越す理由はわからなかったが、女性は、張り切っている様子。
自分でマンションでも買ったのか、それとも、新しい仕事への転職による転居なのか、夜遅くまで仕事をしていたことを感じさせないくらいハツラツとしていた。
そして、そんな女性の姿は、夜間仕事に消沈気味の私に気を使ってくれようとしているようにも見え、私も、その日最後の仕事を明るくこなそうと気持ちを入れ替え、笑顔を浮かべた。

新居はここより手狭らしく、荷物の量を減らす必要があった。
ただ、その“要らないモノ”は、まったく分別されておらず。
引っ越しの日が近いとみえて、ある程度の荷造はすすめられていたが、それでもまだ要るモノと要らないモノが家財生活要品の中に混在していた。
例えば・・・
本棚の中に、要る本と要らない本があり、
タンスの中に、要る服と要らない服があり、
下駄箱の中に、要る靴と要らない靴があり、
食器棚の中に、要る食器と要らない食器があり、
収納ラックの中に、要るCD・DVDと要らないCD・DVDがある。
そんな具合で、その他、押入れや収納ケースにも、必要品と不要品が混在したままだった。

“この仕事、気がすすまないなぁ・・・”
私は、そう思った。
何故なら、作業が面倒臭いものになるのは目に見えているから。
しかも、要るモノを捨ててしまったり、要らないモノを残したりしてしまうミスが起こりやすい。
つまり、“トラブルが起こる可能性が高い”ということ。
更に、汚物がからんでいないため、料金もほどほどにしか見積れない。
“作業が面倒なわりに、それに見合った料金がもらえない”となると、やる気がでないのも仕方がない。
私は、やる気のない心持ちが言動や態度にでないよう気をつけながら、契約不成立を覚悟の上で、トラブルが起こった際の責任のほとんど女性に負ってもらうかたちで打ち合わせを進めていった。

当の女性も、自分が依頼する作業がかなり面倒臭いものであることは理解していたようで、
「貴重品はあらかじめ取り避けておきますし、細かいことは言いませんから・・・」
と、少々の取捨錯誤は気にしないとのこと。
結局、“必要品・不要品の取捨錯誤及び貴重品類の滅失・損傷について、当社は一切の責任を負わない”という条項が付いた契約が成立した。

このケースのように、依頼者が女で、かつ細かな関わりが必要な作業の場合、ムサ苦しい男と一緒にやるより女同士の方がやりやすいため、女性スタッフを希望されることが多い。
しかし、女性は、
「誰でもいい(私でいい)」
という。
結果、この仕事は、私が担当することに。
“うまくいけば、この面倒な作業を他のスタッフに押しつけられるかも”
と悪知恵を働かせていた私は一時消沈。
まだ何十分とたっていないのに、この仕事を明るくこなすことにしたことを忘れて不満を覚えてしまった。
しかし、本来、仕事があること・仕事ができるのはありがたいこと。
私は、感謝すべきことを不満に思ってしまう悪いクセをすぐに反省し、また、この仕事を明るくこなすことにしたこと思い出し、気を取り直して作業の話を進めた。


作業の日・・・
覚悟していたより、作業はスムーズにすすんだ。
そして、その労働は、一次消沈したことが恥ずかしいくらい軽くすんだ。
それは、女性が、ある程度の取捨基準を伝えただけで、それ以上のことは私の判断に任せてくれ、いちいち細かいことを言わなかったから。
私は、女性の意図を汲んで、判断に小さく迷うモノはいちいち女性の確認をとらず、廃棄用のビニール袋に放り込んでいった。

家の中からは、色々な不要品がでてきた。
特に目についたのは“男モノ”。
服や靴はもちろん、細かな持ち物にも男性用のモノがたくさんあった。
“男モノは全部捨てる”ということは、あらかじめ指示されていたため、私は、それらを躊躇わずビニール袋に入れていった。

ただ、気にならないことがなくもなかった。
そこには、女性が男と一緒に暮らししているような雰囲気がなかったから。
ま、そうは言っても、男女の別れなんてどこにでもあることだし、別れのかたちが様々あるのも当然のこと。
一緒に暮していた男が、事情あって、私物を置いて出て行ったのかもしれず・・・
私は、頭に野次馬を走らせながら、作業の手を動かし続けた。

そうして、しばらく黙々と作業。
ただ、次から次へと目の前に現れる男モノを前に、何も訊かないのも不自然なような気がした私は、
「随分、男モノがありますね・・・」
と、独り言っぽくつぶやいた。
すると、女性は、
「これ、全部、彼のモノだったんです・・・」
と、それまでの明るい口調からトーンを落とし、神妙な表情で小さく溜息をついた。

“やっぱ、そうか・・・”
と、女性の言葉にあった“過去形”に確信を得た私は、
“余計なこと、訊いちゃったな・・・”
と、気マズさを覚えながら手綱をとって、頭の野次馬がこれ以上走らないようにした。

ところが、女性と“彼”の別れは、私が想像していたかたちではなかった・・・
「昨年、亡くなったんです・・・急に・・・」
女性は、言葉を落とすようにつぶやいた。

“生と死は隣り合わせ”
“人は、いつ死んでもおかしくない状況で生かされている”
なんて、普段から知った風なことを言っているクセに、若年という先入観が働いていたこの時の私の頭には“死別”というかたちがまったく用意されておらず、女性に、何も言葉を返すことができなかった。

聞けば・・・
女性は、“彼”とこのマンションで10年近く同棲。
「同棲」という言葉は女性が使ったものだが、そう言ったところをみると籍は入れてなかったよう。
いわゆる“内縁関係”“事実婚”というかたちだ。
まぁ、“籍”なんてものは、つくられた型に過ぎない。
もともとは、政を治める者の都合でつくられた支配制度。
今は、意識付けと利便性を求めた社会制度。
あとは、浮気の抑止力になるかどうかといったところか。
どちらにしろ、男女の愛とか情といったものを否定できるものではない。

そんなパートナーの“彼”・・・
ある日の朝、
「体調が優れない・・」
と言いながらも、いつも通り仕事に出かけた。
そして、いつも通り、仕事に励んだ。
ところが、その日の午後、勤務先の会社で急に倒れ、そのまま意識不明に。
そして、数日後、意識は戻らぬまま、帰らぬ人となってしまったのだった。


それから、約一年。
女性は、この部屋で、一人で暮らし続けた。
“彼”との想い出を背負い、部屋に残る“彼”のモノもほとんど始末できないまま。
女性が、深い悲しみに打ちひしがれたこと、寂しくて辛い日々を過ごしたこと、そして、なかなかそこから抜け出すことができなかったことは、聞かなくても想像できた。

そんな中、いわゆる“カープ女子”の友人が野球観戦に誘ってくれた。
しかし、女性は、野球なんてまったく興味はなく、プロのチーム数やチーム名はもちろん、ルールさえ知らず。
それでも、“気晴らし・気分転換になれば”と思い、その誘いに乗ってみた。
そして、友人ともども、真っ赤に染まるレフトスタンドに赤いユニフォームを羽織って座った。

初めて行った野球場には、目を見張るものがあった。
その広さ、その彩り、そのプレー、その演出、その歓声、その迫力・・・
何万もの人が集まって一つのことに集中するエネルギーはすさまじく、女性は、それまで体験したことがない熱気と興奮に包まれた。
そして、人々が喜怒哀楽の感情を露に、そのひと時を楽しむ姿は、日常の世界で目にする人々や自分の姿とはまったく異なりイキイキとしたもので、心躍らされるものがあった。
と同時に、その心に沸々と湧いてきた想いがあった。
それは、「残りの人生を楽しもう!」というもの。
そして、その想いは、日を追うごとに深々と心に刻まれていき、女性に再出発する勇気と希望を与えていったのだった。


あれから、しばらくの時がたった・・・
新しい生活は、女性の勇気と希望に応えてくれただろうか・・・
寂しさと悲しみを想い出に変えることができただろうか・・・
残された日々を楽しめているだろうか・・・
過ぎ行く時間のなかで、女性の顔も女性の声も遠くにかすみ、ほとんど忘れてしまった。

ただ、
「残りの人生を楽しもうと思う」
その言葉だけは、昨日のことのように思い出せる。
そして、私は、女性のそれが叶っていることを想い、また、自分のそれが叶うことを願っているのである。

公開コメント版

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特殊清掃プロセンター
0120-74-4949
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