特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

葛藤

2011-06-03 08:17:57 | Weblog
これも、私という人間の性質だろうか・・・
私の場合、昼間の出来事や想いが、かたちを変えて夜の夢に現れることが多い。
昼間の現実と夢の中の非現実が混ざり合って、不快な寝汗をかくこともしばしばある。
また、昼間の延長線上で何かを考えて、夢の中で答が得られることもある。
この性質もまた不眠症の一因になっていると思うけど、自分ではどうにもコントロールできない。
考えることも難しいものだけど、考えないようにすることはもっと難しいものだ。

ひと月くらい前になるだろうか、そのときの私は、自分の死期について考えていた。
「余命がわかると、人生の計画が立てやすいよな・・・」
「余計なことに悩まないで済むかもしれない・・・」
「今を、より大切にすることができるかもしれない・・・」
そんな風に。
そして、その結果として「自分の死期を知りたい」という思いが涌いてきていた。

この夢をみたのはそんなときのこと。
夢の中の私は、私の死期を知っている相手(人の風体だが正体不明)と話をする場面にいた。

(私)「自分の死期を知りたい」
(相手)「ダメ、教えられない」
(私)「何故?自分の人生なのに・・・」
(相手)「多くの人間がそれを知ったことを後悔し、残りの人生を台無しにしてしまうはずだから」
(私)「なるほど・・・わからなくはないけど・・・それでも知りたい」
(相手)「後悔しないか?」
(私)「わからない・・・多分、しないと思う」
(相手)「では特別に教えてやろう・・・お前の死期は○年○月○日だ」
(私)「え?・・・ということは、あと○ヵ月?・・・意外と早いんだな・・・」

その夢は、それで終わった。
夢の中では「○年○月○日」と正確な年月日が示されたのだが、その数字は憶えていない。
ただ、余命はそう長くなかったことは感覚的に憶えている。
それは、確か、年内・・・それはほんの数ヶ月後だった。

余命が数ヶ月だと知って、嘆き悲しむ人は多いだろうか・・・
しかし、夢の中の私は、それに驚いたり悲しんだりすることはなかった。
それどころか、「そんなもんで済むのか・・・」と、なんだかホッとしたのだった。
そして、夢から醒めた私は、その安堵の気持ちに、自分のことながら妙な気持ち悪さを感じたのだった。

この夢が、果たして単なる夢なのか、何らかの予兆か、誰にもわからない。
ただ、“死ぬ”ということは確実。
単に、いつ死ぬかわからない、いつ死んでもおかしくないだけで。
だから、常日頃からそこそこの身辺整理と心辺整理を心がけたいと思う。
強欲の虚しさを知るために、心の軽さを知るために、今という時間の味を知るために。



消臭消毒(特殊清掃)の相談が入った。
「死後二週間くらい」「かなりクサイ!」「近隣住人が困っている」「どうすればいい?」とのこと。
依頼者は、当アパートを管理する不動産会社。
近隣住民からの苦情に、困っている様子。
私は、「部屋に立ち入るに際し遺族や保証人の許可を事前にとっておいてほしい」「そうでないと、やれることがかなり制限される可能性がある」「ある程度の改善は見込めるけど、悪臭をただちに完全除去するのは難しいと思う」と回答。
そうは言っても、現場を見ずして事は進まないので、とりあえず現場に行く約束をした。

「結構きてるな・・・」
現場は、郊外の繁華街に建つアパートの二階。
風向きによってはアパートの敷地外・・・離れた場所でもニオイは感じられた。
ただ、周辺を往来する一般の人は腐乱死体臭を知っているはずもなく、単なる不快臭として感じているものと思われた。
先に来て私の到着を待っていた担当者も弱り顔に二重のマスク。
挨拶もそこそこに部屋の鍵を私に差し出し、“自分は同行しなくてもいいでしょ?”といった意味を悟らせようとするかのように、ペコペコと頭を下げた。

「とりあえず、見てきますね」
担当者は、自社の管理物件にもかかわらず私を一人で部屋に行かせることに後ろめたさを感じたようで、どことなく気マズそう。
私は、恐縮する担当者が気の毒に思えて、場に合わない明るい口調と表情をもって平気であることを強調。
未知との遭遇を前にして内心は穏やかではなかったが、平静を装って二階への階段を駆け上がった。

「こりゃ、相当なことになってそうだな・・・」
嗅ぎなれた異臭は階段を上がる途中から感じられ、二階の共用廊下に着いた時点では、相当の濃度に。
ドアの前に立った私は、手元の専用マスクを顔に装着。
それから、預かった鍵をつかってドアを開錠。
ドアを開けるやいなや、私はその身体を室内に滑り込ませ、急いでドアを閉めた。

「失礼しま~す」
間取りは1DK。
小さめのDKにバス・トイレが併設。
トイレのドアは半開きの状態。
その隙間から、腐敗液が伸びた舌のようにその姿の一部をのぞかせていた。

「とりあえず、トイレだな・・・」
私は、誰の許可もとらず、土足のまま中へ。
脇目もふらずトイレに向かい、電灯のスイッチをON。
それから、半開きのドアを全開にし、中を覗き込んだ。

「ん・・・」
まず、目に飛び込んできたのは、限りなく黒に近い赤色の液体。
その腐敗体液はトイレの床のほとんどを覆い、中央の便器も360度それに取り囲まれていた。
更に、一部は故人の身体位置を表す紋様を浮かび上がらせ、私の気持ちと呼吸に重い負荷をかけてきた。

「しかし、こんなもんか・・・」
ハエが飛び交い、ウジが這い回る・・・
おびただしい量の腐敗液と腐敗粘土が床に残留・・・
ニオイのレベルから“ヘビー級”を想像していた私だったが、実際はそんなことなく・・・
床のほとんどは遺体腐敗液に占有されていたものの、それにたいした厚さはなく、また顕著な固形物の残留も見受けられなかった。
そんな状況に、私は、安堵する場面でないにもかかわらず、独特の安堵感を覚えた。

「随分きれいに片付いてんなぁ・・・」
部屋には一式の家財が置いてあったが、きれに片付けられていた。
ゴミはもちろん、細かな生活用品はほとんど見当たらず。
冷蔵庫も空っぽ、調理器具や調味料の類もなし。
生活感がなくなるくらいにまで物が減らされ、整理整頓されていた。

「汚れ自体はそれほどでもありませんが、やはりニオイのほうが・・・」
私が部屋にいた時間は、ほんの数分。
しかし、腐乱死体臭は私の身体にバッチリ付着。
室内の悪臭の凄まじさは、ウ○コ男になって戻ってきた私自身の身体が証明。
そんな私のニオイに担当者は驚きの表情を浮かべ、細かな説明をしなくても室内の臭気が悲惨なことになっていることを理解してくれた。


故人は男性。
年齢は50代。
死因は自殺。
「自殺」と聞いて、私の頭には部屋の様子が浮かんだ。
そして、故人は、自殺をはかるにあたって身辺整理をしたことが容易に想像された。
同時に、私の中の何かが冷たくなり、何かが熱くなった。
また、何かの力が削がれ、何かの力が加わった。
生の揚力と死の引力か、光の温かさと闇の冷たさか・・・その両端がハッキリと感じ取れた。

特殊清掃・一次消臭消毒作業は、そのままの流れで施工。
「ベテラン」なんて自称することではないけど、気づいてみればそれなりの熟練者になっている私。
慣れた作業に悪戦苦闘することはなかった。
ただ、
「どうして死んじゃいけないんだろう・・・」
「どうして生きなければいけないんだろう・・・」
そんな思いが頭を廻り、故人に対してではなく、社会に対してでもなく、そして自死に対してでもなく、とにかく無性に腹が立ってきた。
そして、同情や悼みではなく、悲しいような悔しいような気持ちがして泣けてきた。


自殺という死に方は、人生の負けを意味するものではない。
不戦敗を意味するものではない。
亡くなる人にはその人なりに、何らかの葛藤と格闘があるはず。
にも関わらず、“敗北”“逃避”のイメージがつきまとう。
その時の私は、そこに、ある種の悲しさや悔しさを覚えて涙したのかもしれなかった。

そして、
「俺は、あとどれくらい生きられるんだろう・・・」
「あとどれくらい生きなければならないんだろう・・・」
そんな葛藤を覚えたのだった。

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