特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

まりも(前編)

2024-11-30 05:14:12 | 遺体処置
「毬藻」を知っているだろうか。

子供の頃、私の家には毬藻がいた。
祖父が買ってきたものらしかった。
小さな容器の水の中、いつまでもジッとしている緑の球体が不思議に思えた。
実際にも摩訶不思議な生物らしい。


「毬藻」は知っていても、「毬藻人間」を知っている人はいないだろう。
私は、不本意にも毬藻人間と遭遇してしまったことがある(本件に限らず何度も)。


ある日の午後、遺体搬送の依頼が入った。
遺体搬送業務の制服はスーツなので、私はスーツに着替えて出発した。
到着した現場は、警察の霊安室。
何人かの人が入口の前で右往左往しており、中には誰も入れない様子。
どことなく、ザワついた雰囲気だった。


「ヒドイよー!」「クサイよー!」と嫌悪する誰かの声が聞こえた。
正直言うと、私も中に入るのはかなりの抵抗があったのだが、仕事の責任があるので仕方なくドアを開けた。


「ブハッ!」
「ゲホッ!」
あまりの悪臭に、鼻と肺が空気を吸うのを拒んだ。
それ以上、ドアから先に進むことができなかった私は、急いでドアを閉めて一時退却。


とにかく、モノ凄い臭いだった。
普段嗅いでいる腐乱臭を、もっと生々しくしたような臭い(と言っても分かる訳ないか)。
私は、簡易マスクを何重にも着け、気持ちを落ち着けて再突入。
寂しいことに、後に続く者は誰もいなかった。


検死の終わった遺体は、ステンレス台に置かれていた。
バンバンに膨らんだ身体は、今にも溶けだしそうに全身緑色。
全体の形を見ないと、人間だと分からないくらいに酷い有様だった。


「これをどうやって運べっつーんだよ!」
私は、誰にでもなく腹が立ってきた。
遺体搬送業務では、大した装備は携行しない。
しかし、これは特掃級の装備が必要なレベルだった。


中は猛烈な悪臭が充満しており、私の身体は一瞬にしてその悪臭を纏った。
遺族や故人には申し訳ない表現だが、私にとってその遺体は「緑色の怪物」。
私は、怪物を前にしばらく立ち尽くすしかなかった。
そして、どうやって運び出すかを悶々と考えた。


とりあえず、私一人では無理なことは明白。
誰かの助けが必要。
助手を頼めそうな人がいないかと、外に出てみた。
すると、ほとんどの人が私と目を合わすことなく蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。


「うわぁ、薄情だなぁ」
わずかに残った人も、私が何か言う前から私と目を合わせようとしなかった。
イザと言う時の人の冷たさを、あらためて痛感した。


そんな中でも、一人だけ「手伝ってもいい」と言う人がいた。
本件の担当刑事らしかった。
仕事への責任感からか、慈善意識からか分からなかったが、とにかく助かった。
イザと言う時の人の温かさを、あらためて痛感した。


私は、その人と中に入り、ジェスチャーを交えながら作業手順を打ち合わせた伝えた。


どちらにしろ、遺体は納体袋に入れなければならないのだが、このままの状態では持ち上げることさえできない。
とりあえず、吸防水シーツで遺体を包んでから納体袋に入れることにした。


まずは、遺体を横に転がすようにしながら、背中からシーツを回し、膨張腐敗した怪物を包む作業。
この作業が、かなり過酷なものになった。


何倍にも膨らんだ遺体の表皮は苔のようなものが付着して、全身緑色。
あちこちに水房ができて破れている。
そして、各所から黄色・茶色・緑色の液体が漏れ出していた。
そのクサイことと言ったら・・・文字でしか表現できないのが悔しいくらい。


身体に触ると皮がズルッと剥けてしまい、下からツルンとした白い脂肪層かでてくるような始末。
シッカリ持つために力を入れようものなら、腐った肉に自分の指がグズグズと食い込んでいく・・・。
でも、そんなことを躊躇っていたら、一向に作業が進まない。


「もー、最悪!」
私は、開き直って手を汚すしかなかった。

つづく


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2006-10-06 13:26:28
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もったいない

2024-11-28 04:56:30 | 腐乱死体
小さい頃の私は、モノが捨てられない子供だった。
何を見ても、いつか必要な時が来るような気がしていた。
そんな訳だから、私の机の引き出しや収納箱には不要な物がたくさん納まっていた。


何事にも「もったいない精神」は大事だと思うが、度が過ぎると問題がでる。


ある腐乱死体現場。
年配の女性が依頼者で、依頼者と共に現場に入った。


「かなり臭いですよ」
と、申し訳なさそうに言いながら、女性は玄関ドアを開けた。
そして、あちこちの窓を急いで開けて回った。
少しでも悪臭を緩和させようと、私に気を使ってくれたみたいだった。


「大丈夫ですよ、慣れてますから」
と、言いながら私は汚染部屋に入った。
汚染は、ベッドだけに見えた。
やはり、他の部屋に増して濃い腐乱臭がこもり、ハエが飛んでウジが這っていた。


「ヒドイでしょ?」
「スイマセンねぇ」
と、女性は私に優しい声を掛けてくれた。
「大丈夫ですよ、慣れてますから」
と応えて部屋の観察に入った。


汚染度は深刻な状態だった。
一見、ベッド以外に汚染されたものはないように見えた。
ただ、腐敗液がどこまで染み込んでいるかを確かめておく必要があった。


まず、私は敷布団をめくった。OUT!
更に、その下のマットをめくった。OUT!
そして、ベットマットを動かした。OUT!
ベッドの底板まで腐敗液は下りていた。
まぁ、ここまでは仕方がない。よくあることだ。


腐敗液がベッドを通り抜けて畳に到達していると、作業も費用も全然変わってくる。
私は、「止まっていてくれよ!」と念じながらベットを横にずらした。SAFE!
幸い、床の畳には汚染痕はなかった。
腐敗液は、ベットの底板でかろうじて止まっていた。


腐敗液は少しでも見逃す訳にはいかないもの。
悪臭はもちろん、ウジの温床になる危険性があるから、私は念入りに畳を見た。
とりあえずは、汚染ベッド一式を撤去すれば急場は凌げそうだった。


私がそんなことをしていると、台所の方から女性の独り言が聞こえてきた。
「お茶くらい出した方がいいわねぇ」
「何かないかしら」
「あら牛乳、賞味期限は・・・切れちゃってるわ」
「もったいない」
「あとは・・・このジュースはどうかしら」
「○○(故人の名前)の飲みかけか・・・賞味期限は・・・あら、これも過ぎちゃってるわ」
「もったいない」
「他には・・・何もないわねぇ」
「一昨日までだから、ま、大丈夫でしょ」


断片的に聞こえる言葉から意味を推測すると、どうも私に飲物でもだしてくれようとしているらしかった。
そして、見つけたのが賞味期限が切れた、故人飲みかけのジュース。


冷蔵庫の中に保存してあったとは言え、腐乱現場にある物を口にするのは抵抗がある。
しかも、故人が生前に飲みかけていたうえ、賞味期限が切れてるものなんて。
私は、イヤ~な予感がして不安になってきた。


見積を終えた私は、女性と今後のことを打ち合わせるため、台所の椅子に腰を掛けた。
全部の窓が開いているとは言っても、腐敗臭はバッチリ臭っていた。
話し始める前に女性は、「どうぞ」と言ってジュースを出してくれた。


「このジュースは・・・」
さすがに、このジュースには「慣れているから大丈夫」とは思えなかった。
私の脳は、非常事態宣言を発令。
女性は、自分の分は用意していなく、私は増々警戒感を募らせた。


「せっかく出してくれた物に口をつけないなんて、女性は気分を悪くしないだろうか」
「ここで飲むのが礼儀か?」
「俺って失礼なヤツ?」


自分の中に葛藤があったが、どうしてもコップに手を出す気にはなれなかった。
打ち合わせの最中も、女性はジュースを飲むように促してきた。


私が飲まないのは、明らかに不自然だった。
「仕方ない・・・口をつけるか・・・」
私が諦めかけた時、一匹のハエが飛んで来てコップにとまった。
私と女性は、ハエを見た後にお互いの顔を見合わせた。
三者、しばし沈黙。


「嫌なハエだこと、すぐ新しいのを入れますから」
「すぐに失礼しますから、もう結構ですよ」


私は、ハエに助けられて、その場を切り抜けることができた。


物があふれている現在、まだまだ使える物がどんどん捨てられていく。
機能・性能より外見・デザイン重視か。
これは人間にも当てはまる。
人格や性格は二の次・三の次。


こんな時代には、この女性のような「もったいない精神」を持つ人が貴重かもしれない。


コップにとまったハエが、両手を合わせて「いただきま~す」する姿が印象的な出来事だった。



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2006-10-05 09:23:41
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勇気

2024-11-26 05:42:57 | 生前相談
ある日、女性の声で電話が入った。
タドタドしい喋り方と、的を射ない内容に、始めは間違い電話?イタズラ電話?と思ってしまった。
しかし、話を聞いているうちに、この電話が間違いでもイタズラでもないことが分かった。


話の内容はこうだった。
「自分はかなりの高齢者」
「自宅で独り暮しをしている」
「難病にかかり、歩行も困難」
「週一回、ホームヘルパーが来る」
「子供はいるが、離れて暮らしている」
「死期が近いものと覚悟している」
「愛着のある、この家で死にたい」
「孤独死したときのために備えておきたい」


私は話の内容を聞いて、この女性が独り暮しを続けていることが信じらなかった。
ただ、家と家族への愛着が並大抵ではないということが、すぐに理解できた。


私が言うまでもなく、女性は遺言を残しており、残された人が困らないような配慮をしていた。
残された問題は、身体のこと。
どんなに死の準備を整えたところで、身体ばかりは事前にどうこうできるものではない。
女性は、死ぬ覚悟と死への整理はできているものの、実際に孤独死してしまった後にどのようなことが起こるのかが想像できないようだった。
そして、私が経験してきた多くのケースを、一つでも多く聞きたいみたいだった。


正直、私は躊躇った。
女性の要望に応えるには、グロい話を避けては通れなかったからだ。
ただ、女性は耳障りのいいきれいな話を期待しているのではなく、現実に起こる可能性のある話を聞きだかっていることは明白だった。
私は、慎重に前置きして、話を聞ける心の準備ができているのかを確認した。


しかし、これは愚問だった。
私なんかより、ずっと深く死を考え、しっかり覚悟も整えている女性。
私のグロい話ごときに動揺するはずもなかった。


私は、遺体が腐っていく様、回りに与える影響、事後処理の実態をゆっくり話した。


夏は腐りやすい
冬は腐りにくいが、コタツやホットカーペットには注意が必要
一番は布団・ベッド、次に風呂・トイレで亡くなる人が多い
どんなにきれいにしていてもウジは湧く
etc・・・


話した内容は、あくまで発見が遅れて腐乱した場合。
話題は、発見の遅れを防ぐ対策に絞られた。
そこで、アドバイスを求められた私は、いくつかの方法を伝えた。


離れて暮らす子供と、毎日連絡をとる
ホームヘルパーの日数を、できるだけ増やす
新聞をとる
etc・・・


どの方法も、ありきたり過ぎてもどかしかったが、私には決定策が思い浮かばなかった。


「実際に私が死んだら、貴方は何ができますか?」
「遺体搬送・遺体処置・特掃・・・必要なことは一通りできますよ」
「でしたら、そちらの連絡先を大きく書いて玄関にでも貼っておけば安心ですね」
「安心かどうかは分かりませんが、連絡が入ったら急いで伺いますよ」
「その時が来たら、よろしくお願いしますね」
「でも、具合が悪くなったら119番ですよ」
「いいの、私は家族で楽しく暮らしたこの家で死にたいんです」
「そうですか・・・分かりました・・・その時が来たら、一生懸命やります」


「貴方がその仕事をされている理由は知りませんけど、私のような者にとってはありがたい仕事ですよ」
「そう言っていただけるだけで、救われるものがありますよ」
「歳は、まだお若いんでしょ?」
「若いような若くないような・・・○歳です」
「まだ若いじゃないですか!」
「そうですかね・・・」
「今のうちに色んなことを勉強して下さいね」
「ハイ・・・」
「お金や物は失くなったり盗られたりするけど、自分が学んだことは失くしたり盗られたりすることはありませんからね」
「私には、大した能力はありませんから・・・」
「能力なんかなくていいんです」
「でも・・・」
「ほんの少し、勇気を持てばいいだけですよ」」
「・・・」
「二度とない人生、勇気をだして生きないともったいないですよ」


私の過去には、女性の言葉に思い当たる節がいくつもあった。
「少しの勇気か・・・確かにそうだなぁ」


私は、女性の住所と連絡先を聞いた。
そして、自分の名刺をでっかく拡大コピーしたものを何枚か郵送した。


私は、自分の晩年に何を思うだろう。
普通に考えたら、最期に目に入る景色は味気ない病室の天井。
それを見ながら、色々なことを考えるのだろう。

女性の住所は、今でも残している。
会ってみたいような気もするけど、私なんかの出番がない方がいいと思う。


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2006-10-04 10:58:49
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女心Ⅱ(後編) ~独居女の悲哀~

2024-11-23 05:55:49 | 遺品整理
私は、仏壇の中身を丁寧に取り出しては、遺族に手渡していった。

布の隙間から見えてきたものは、仏像ではなく何やら妙なモノだった。
布の上から見える形は、完全に仏像。
なのに、実際に見える一部は、木でも金属でもなさそう。


妙な勘が働いた私は、モノが遺族から見えない死角に移動し、布を開けてみた。
でてきたモノを見て、驚+笑。
モノの正体はバイブ、いわゆる大人のオモチャの一種(経験不足のため、私は正式名称を知らない)。


若い頃、エロ本の裏表紙とかに載っていたのは何度か(何度も?)見たことはあったが、実物を見たのは初めてだった。
しかも、手に取って。
私にとってはかなり珍しいモノで、ちょっと新鮮な気分だった。


「結構、デカいな」
「このかたちはイケてる」
「意外に重いモノなんだなぁ」
「この質感はヤバイそう!」
「スイッチはどこだ?」
「どういう風に動くんだろう」etc


私は、興味があるような気持ち悪いような感覚で、その形や構造をマジマジと見てしまった(念のために言っておくが、私はずっと手袋は着用しており、素手で触った訳ではない)。


少しの間眺めてから、正気に戻った。
「それにしても、何でこんなモノが仏壇に入ってるんだよ!」


遺族から「何でした?」ときかれた私は、とっさに「隠さなきゃ!」という心理が働いて、動揺した。
私が動揺する必要なんかどこにもないのに、男の本能か?


私には、エログッズを隠す習性が染み付いているのだろうか。
ちなみに、今はエロ本・AV等は一切持っていない。
これホント!


遺族に見つからないように、私は慌ててバイブを布に包んで、仏壇の引き出しにしまった。


「どうかしましたか?」
「い・いえ、別に・・・」
「仏像でした?」
「いえ、仏像じゃありませんでした」


私は、何か代わりになりそうな物を言おうとしたのだが、頭の中がバイブだらけで代わりのモノを思いつかなかった。


「じゃ、何だったのですか?」
「わ・私には何をするモノなのか分からなくて・・・何かの機械みたいですが・・・」
「何だろう、ちょっと見てみようか」
「あ゛ーっ!」
「え?」
「やめといた方がいいですよ」
「なんで?」
「なんでって・・・ウ・ウジがゴロゴロしてますから」
「ウジ?、うぇー、それじゃダメだ」
「でしょ!」
「早いとこ、仏壇も処分して下さい」


私は、バイブを入れた仏壇を部屋から運びだした。


後になって考えてみても、バイブの存在を遺族には隠しておいてよかったと思っている。
故人のイメージに合わないだろうし、故人も知られたくなかっただろうし。


それにしても、きれいに布に包んで仏壇の引き出しにしまっておくなんて、その動機への興味が尽きない。
余程に大切なモノだったのか、別れた夫との思い出の品だったのか・・・はたまた、単純に寂しかったのか。
想像したくないのに、想像してしまう私だった。
女は強し、されど女は弱し。


何はともあれ、バイブを仏壇にしまっておくとは、なかなか味のある行動だと思った。
そして、知ったかぶりして「高価な仏像に違いない」とほざいた自分がバカバカしく思えた。


誰しも、人には知られたくない恥ずかしいモノや過去があるはず。
本人にとっては顔から火が出るようなことでも、他人には愉快で楽しいことだったりするもの。

恥をオープンにして笑い合うことも、生きる実の一つかもね。
? 


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2006-10-03 11:47:15
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女心Ⅱ(前編) ~独居女の悲哀~

2024-11-22 07:09:31 | 特殊清掃
統計によると、自殺者数の性別比は、だいたい男7:女3らしい。
私の経験からもそれは実証されている。
また、孤独死の数も男性の方が多いと思う。


自殺をする人間を一概に「弱い」とするのは軽率かとも思うが、生きることの本質においては男性より女性の方が強いのだろう。
平均寿命が男性より女性の方が長いこともしかり。
ちなみに、街で見かける浮浪者は、圧倒的に男性が多いことにも 何か共通するものがあるような気がする。


中年の女性が孤独死した。
離婚経験のある故人は、子供もいなかったらしかった。


「オシャレな人だった」
「上品な人だった」


遺族の言葉通り、部屋はきれいに整理整頓されており、インテリアもオシャレにコーディネイトされていた。


ただ、どんなにオシャレできれいな部屋でも、腐乱死体がだいなしにしてしまう。
腐乱の程度は酷かったが、汚染状態はシンプルだった。
主だった汚染は布団とベッドくらい。
それを撤去してウジ・ハエを始末してしまえば、見た目には普通の部屋になった。
「見た目には」というのは、「腐乱臭はバッチリ残っている」ということ。


遺族は、「いくつかの物を持ち帰りたい」と言う。
廃棄物が少なくなるのは私にとっても助かることなので、家財の選別を手伝うことにした。


その前に、消臭剤を噴霧し、窓を開け、悪臭を軽減させた。
それから、遺族にマスクと手袋を渡して、部屋に入ってもらった。
遺族は、あれこれと相談しながら捨てる物と捨てない物を仕分け始めた。
汚染物を片付けたとは言え、遺族は、腐乱部屋には入りたがらなかった。
その部屋は悪臭も強く、何よりも精神的に抵抗があるようだった。


そういう訳で、その部屋にある荷物の分別は私が代行することになった。
タンス・書庫・収納ケース・引き出し類の中身を一つ一つ確認。
そして、それらの物の必要or不要を隣の部屋で作業中の遺族に尋ねた。
必要な物は遺族のいる部屋に運び、不要な物は廃棄物袋にポイッ。


部屋には小さな仏壇があった。
家具調の仏壇で、特に汚れてもいなかった。
私は、遺族が見やすい所まで仏壇を移動して、その処分についての指示を仰いだ。


遺族は、仏壇を捨てるかどうか悩んだ。
「捨てたいのに捨てられない」と言った感じで。
アドバイスを求められた私は、あくまで個人的な見解であることを前置きしてから応えた。


「仏壇や位牌なんて、 ただのモノ」
「魂や霊とは関わりのない」
「家具やインテリアと同じ」
「物理的な存在を維持するには限界がある」
「したがって、捨てたって構わないと思う」


それを聞いた遺族は、「そりゃまた極端な考え方だなぁ・・・」と、割り切れない様子だった。


自論を吐いた私も、ほとんどの人には賛同を得られない理屈であることは承知していた。
後は、遺族の判断を待つしかなかった。


結果、位牌などの中身だけを持ち帰って、仏壇本体は廃棄することになった。
よくあるパターンの結論だ。


私は、仏壇の中身を丁寧に取り出し、一つ一つを遺族へ渡していった。
下部の引き出しからは、経本や予備の線香・ローソクなどがでてきた。


そして、その中に、布に包まれた細長いモノがあった。
手に取ると、ズシッとした重量感。
「多分、仏像だと思います」
「この大きさでこの重さだと、高価なモノだと思いますよ」
と調子のいいことを言いながら、うやうやしく布をめくってみた。


「ん?何だこりゃ!」
そこで私が目にしたモノとは・・・


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2006-10-02 17:59:32
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一期一会

2024-11-21 05:33:12 | 遺体処置
30代の男性。
軽自動車で出勤途中だった故人は、生きて帰宅することはなかった。
残された妻子の悲しみは、いかばかりか・・・。


警察の霊安室。
納体袋を開けると、プ~ンと血生臭い臭気があがってきた。
そして、目に飛び込んできた遺体を見て、私は絶句した。


遺体は損傷が激しく、死後処置をどうこうできるレベルではなかった。
腕や脚は不自然な向きに曲がり、何本かの指も引きちぎれていた。
胴体は押し潰され、大きく口を開けた各所のキズから得体のしれない何かがハミ出ていた。
頭も潰れ、顔も既に人間ではなくなっていた。
飛び出した眼球に寒気を覚えた。


言葉は悪いが、ミンチ状態。
「血だらけ」と言うか「肉だらけ」と言うか、それは酷い有様だった。


「せめて、顔だけでも見えるようにできないか」


そう思って納体袋を開けた私だったが、手の施しようもなく黙って再び閉じるしかなかった。


故人には、奥さんと幼い子供がいた。
とても話ができる状態ではなく(話をする必要もなく)、私にできることは、空気のような存在になることくらいだった。


身元確認のため、奥さんは遺体を見たらしい。
遺体慣れした私、あかの他人の私ですら目を背けたくなるような損傷凄まじい遺体。
それを見せられた家族は、とても普通ではいられなかっただろう。


故人の車は、交差点を信号待ちしていた。
そこに、後ろから来た大型トラックが激突したのだった。
トラックは結構なスピードをだしており、ほとんど減速しないまま故人の車に衝突。
そして、故人の車を押し潰しながらビルの外壁に激突して止まった。


故人の車は紙屑のようにグシャグシャに潰れたらしい。
当然、故人の身体もコッパ微塵に。
ほぼ即死状態だったという。


それでも、トラックに衝突されてからビルに激突するまでは、わずかでも間があっただろう。
「アッ!?」と思った瞬間に、故人は何か思うことがあっただろうか。


私は、ふと、そんなことを考えた。


故人とその車がクッションになってくれたお陰で、トラックの運転手は無傷。
交通事故って、往々にしてこんなもの。
まったく、皮肉なものだ。


故人は、いつもの様に、いつもの時間で、いつもの道を通って勤務先に向かっていた。
そして、いつもと違う災難に襲われた。


「いってきます」
「いってらっしゃい」
毎朝と変わらない言葉を交わして家を出たはず。
それが、最期の別れになることは知る由もなかった。


「ただいま」
「おかえりなさい」
夕方になれば、いつもと変わらない言葉を交わすはずだった。
しかし、この家族には遺体と静かに過ごす時間さえ与えられない、寂しい別れが待っていた。


好きな言葉として「一期一会」を挙げる人は多い。
ただ、人の生死やその別れを考えると、簡単な気持ちでは口にできない言葉であるような気がする。


私も、真(深)の意味を学んだことはないが、好きな言葉の一つである。
ただ、その意味を初対面の人に当てはめてしまいがち。
本当は、いつも一緒にいる身近な人にも「一期一会」は当てはめた方がいいのだろうと思う。


生きていれば、色んな苦難に遭遇する。
このケースのように、何の前触れもなく無残な別れを強いられるようなこともある。


「時が経てば、全てが思い出になる」
「人生は夢幻」
とは言え、現実にはそれを背負って生きていかなければならない人達もいる。
そして、それが何時、自分にふりかかってきても不自然なことではない。


当たり前の日常、当たり前のように傍にいる人達に対して、たまに「一期一会」の精神を思い出してみるといいと思う。

・・・なんて偉そうなことを言っていても、人間関係の好き嫌いがなくならない私である。


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2006-10-01 11:05:14
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変身

2024-11-20 05:14:36 | 特殊清掃
子供の頃、私の回りには多くの変身ヒーローがいた。
ウルトラマン・仮面ライダー・ゴレンジャー・キカイダーetc
ちょっとマイナーな者を含めると、もっとある。
ちなみに、私はそっち系のマニアではない。


彼等は、何故か窮地に陥るまでは変身しないで戦う。
そして、やっと変身したかと思うと、いきなりパワーアップ。
必殺技を繰り出して大逆転。
悪者を倒して一件落着。


毎回、「もっと早く変身すればいいのに」と思いながらも、お決まりのストーリーにのめり込む幼い私だった。


その他にも変身が得意(好き)な人達がいる。


「女性」だ。
女性は、持ち物や服装等によって見事に変身する。
その最たるものは化粧だろう。
全ての女性に当てはまる訳ではないだろうが、before.afterでは、とても同一人物とは思えないくらいの変身を遂げる人がいる。
自分の顔に化粧を施して変身するということは、ハイレベルな技術を要すると思われる。


また、凝り過ぎの化粧が、変身効果をマイナスに逆行させているような人もいる・・・汗をかいてパンダ顔になっている人とか。
・・・セクハラになるので、このネタはこの辺でやめておこう。


ま、女性の変身ぶりには感心するということだ。


まだ他にも、スゴイ変身ができるヤツがいる。
ウジ→ハエだ。


ある腐乱現場。
散らかった部屋の中央に、生々しい汚腐団があった。
「こりゃまたヒドイなぁ」
死体+布団+時間=汚腐団
なかなか完成度の高い汚腐団だった。


原則として、現場初見(見積)と特掃作業は別々の日に行うもの。
しかし、この現場では依頼者の強い希望で、汚腐団だけは直ちに梱包することになった。


汚腐団は、腐敗液で真っ黒に染まっていた。
敷布団をメインに、肌掛・毛布・掛布団まで汚染済み。
端を持ち上げただけで、布団とは思えないズッシリとした重量感。
目にも腕にも、腐敗液をタップリ吸っていることは明白だった。


当然、大小のウジがウヨウヨ。
無数のウジが、いくつかの大きな塊をつくっていた。
個々のウジを相手にしていてもラチがあかないので、私は、そのままの状態で汚腐団をクルクル巻き巻きして袋に入れた。
滴る腐敗液に「ヒェ~ッ」、漂う腐敗臭に「オェ~ッ」。
高濃度の腐敗ガス(メチャクチャ臭い!)を防ぐため、袋は完全密閉。
翌日の特掃作業で撤収するつもりで、その汚腐団袋は部屋の隅に置いておいた。


翌日の朝。
特掃の装備を携えた私は、現場に入った。
そして、前日に梱包しておいた汚腐団の袋を見て驚いた。
袋の内側を、無数のハエが黒く埋め尽くしていたのだ。


「お゛ーっ!なんだ?このハエはーっ!」
しばし頭が混乱。


昨日の時点では、袋の中にハエなんていなかった。
そして、完全密閉状態の袋には、外部からハエが進入できるはずもなかった。
しかも、現実には大量のハエが袋の中にいた。


前日、私が梱包した汚腐団には、大量のウジが暮らしていた。
そのウジ達が一晩でハエに羽化したのか・・・そうとしか考えようがなかった。


汚腐団の中は、ウジにとっては食べる物にも寝るところにも不自由しない快適な環境。
スクスクと成長したとしてもおかしくはない。


しかし、その成長スピードには目を見張るものがある。
前日の午後から当日の朝まで、24時間は経っていない。
正味、たった十数時間でウジは立派な?ハエに変身した訳だ。
んー、凄過ぎる!


ウジの変身パワーに、驚かされるばかりだった。
前段で女性の変身ネタを書いた。
では、男性はどうだろう。


自分より力のある人にはペコペコ、自分より弱い者には横柄に大威張り。
こんなのも、一種の変身かも。
TVヒーローや女性と違って、格好悪い変身だね。


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2006-09-29 16:04:13
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遺志

2024-11-19 05:15:08 | 遺品整理
遺体処置と遺品処理の作業で、ある家に訪問した。

亡くなったのは高齢の女性。
行年は、平均寿命を越えていた。
安らかな表情、身体は小さくとても痩せていた。


遺族は、故人の着衣を着替えさせてほしいと要望してきた。


ちょっとしたコツはいるが、作業的には簡単なもの。
だだ・・・私は、死んでいようが高齢だろうが女性は女性として尊重する主義。
故人の羞恥心に配慮したい旨を伝えた上で、遺族の指示を仰いだ。


遺族は私の気持ちを理解してくれたものの、困った表情を見せた。
そして、「これが着せ替えてほしい着物なんですけど」と言って、古ぼけた箱を私に手渡した。


それを受け取った私は、神妙な気持ちになった。


箱の蓋に「死んだら着せて下さい」と書いたメモが貼ってあったのだ。
何かのチラシの裏に書かれた文字は、生前の故人が書いたものだった。


女性の気丈さに感心と切なさを覚えた私。
「これは・・・着せ替えない訳にはいきませんね・・・」
「私が来たのも何かの縁でしょうから、できるかぎり配慮して着せ替えをさせていただきます」


私は、箱を開けて中の着物を取り出した。
中身は木綿の死装束だった。
故人の手作りらしく、お世辞にも立派とは言えない品物。
しかも、だいぶ以前に作っておいたのだろう、全体的に古く黄ばんでいた。


幸い、故人の身体は小さく痩せていたし死後硬直も軽かったので、肌を露にすることなくスムーズに着せ替えることができた。


故人の希望を叶えることができて、遺族も安心したようだった。
その後、厳粛ながらも和やかな雰囲気で納棺を滞りなく済ませた。


次に、私は遺品回収作業にとりかかった。
荷物はきれいに整理整頓されており、タンスも押入もキチンと整えられていた。
その様相からは、故人の几帳面な人柄がうかがえた。


私は、遺品の一つ一つを手に取りながら見分を始めた。
すると、ちょっと困ったことが発生。
タンスの一段一段、収納箱の一つ一つに例の遺言メモが貼ってあったのだ。


「○○に使う」「○○で使う」「○○にあげる」etc。
「不要品」「捨てる」といった類のメモは一切なく、全て再利用するのが当然といった感じだった。


遺品処理・遺品回収を平たく言うと、「廃品回収・不用品処理」だ。
しかし、故人にとって残した遺品は、廃品・不用品ではないのだろう。


これには遺族も困っていた。
「○○にあげる」とされる品物は、実際の○○さん達は欲しくない不要なモノ。
故人の想いに反して、荷物のほとんどが、そんな様なモノだった。


「んー、困った」
処分するしかない荷物。
しかし、故人の遺志を無視するのも偲びない。


例によって、私は勝手な思いを巡らせた。


「故人は、残される人達になるべく迷惑をかけないように逝きたかったのではないだろうか」
「遺族に負担をかけるくらいなら、遺品を処分しても許してくれるのではないだろうか」
「故人の思いを真摯に受け止め、できるだけ使えるモノを探して、それでも残ったモノは処分しよう」


その考えを遺族に伝えたら、そうすることになった。
そして、遺族に遺品を選別してもらった。
その間、私は部屋を出て待っていた。


部屋から聞こえる話し声から、故人の思い出話に花が咲いていることが分かった。
部屋には、故人を納めた柩もあったので、故人に話し掛けるような声も聞こえてきた。
笑い声もあり、和やかなものだった。


結局、少しの遺品を残して、大部分が不用品になってしまった。
遺族も故人に申し訳なさそうにしていたが、仕方がなかった。


人に寿命があるように、モノにも寿命があると思う。
モノが溢れる昨今は、寿命をまっとうする前に用無しにされるモノが多い。
しかし、故人が残した遺品はどれも平均寿命を越えているように思えた。


遺族達は、柩の窓から見える安らかな寝顔の故人に、「おはあちゃん、ありがとう」「おはあちゃん、ごめんね」と声を掛けていた。


上の方から、「気にしなくていいよ」と言う声が聞こえてきそうな温かい雰囲気だった。


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2006-09-28 17:34:08
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デストロイヤー

2024-11-18 06:50:13 | 特殊清掃
「デストロイヤー」と聞いて何を思い浮かべるだろう。
私は、プロレスラー。
白いマスクをした謎の覆面レスラーだった。
・・・もう30年も前、懐かしい昔のことだ。


世の中には、今でも色々なデストロイヤーがいる。


特掃の依頼が入った。
現場はマンションのベランダ。
ベランダと言うより、ルーフバルコニーと言った感じの、広めのスペースだった。


そこには、大量の血痕が広がっており、茶色く乾いていた。


屋上から人が転落してきたらしい。
血痕の広さから、転落した本人は死んだものと思ったが、重傷は負ったものの一命は取り留めていた。


自殺を図って屋上から飛び降りたのだが、高幸か不幸か、その家のベランダに引っ掛かったらしい。


驚いたのは家の人(依頼者一家)。
ベランダから大きな衝撃音が聞こえたかと思ったら、人間が倒れていた・・・しかも、周囲は血まみれで。
それから、救急車が駆けつけたりして、大騒ぎになったらしい。


私が行ったとき、その家は既に空家になっていた。
依頼者一家は、まだ住宅ローンがタップリ残っているのに、「気持ち悪くて住めない」と、出て行ったらしい。
「とても、悲しくて寂しかった」とのこと。


すこし前まで、依頼者一家は古くて狭い公営団地で暮らしていた。
そして、夫婦でコツコツ貯めたお金を頭金に、夢のマンションを購入。
依頼者は、自分も嬉しかったが、妻子の喜ぶ姿が何よりも嬉しかったそう。
平凡でも、平穏な暮らしだった。
しかし、その生活を奪う人間が現れたのであった。


この件は、賠償問題に発展しそうだった。
そして、多分揉めることになるのだろう。
残念ながら、結果的に泣きを見るのは依頼者の方。
仮に、賠償金がとれたとしても、住宅ローン(売却損)・改修費用・引越費用・新生活の経費を満額補填できる金額にはならないはず。


日常生活はもちろん、経済的に受けるダメージも大きい。
平和な家族の暮らしが、一人の人間の勝手な行動によって、いきなり破壊された訳だ。
もう、それは取り返しがつかない。


不幸中の幸いだったのは、飛び降りた人が死ななかったこと。
第三者からすると、「死んだ」と「生きている」では印象がまるで違う。
将来、この部屋を売却するにしても賃貸にだすとしても、その生死は大きく影響してくるはず。


冷たいようだが、本人にとっては命が助かったことがよかったのかどうかは分からない。
ここまでいったら、助からない方がよかったかもしれないと思ってしまう。


どちらにしろ、迷惑をかける筋合いのない他人を不幸に陥れた責任は重い。


清掃作業自体は簡単なものだった。
血液の分解に効く洗剤を使って洗い流すのみ。
短時間で終了した。


作業終了に合わせて、依頼者に来てもらった。
そして、清掃後のベランダを確認してもらった。


依頼者は、いきなり襲ってきた災難に対する怒りと悲しみをどこに持って行けばいいのか分からないみたいだった。


この自殺未遂者に同情する気持ちなんてなく、怒り心頭の様子。
当然と言えば当然の感情だ。


「俺達の生活をブチ壊しにしやがって!」
「病室に殴りこんでやりたい!」
「自殺するくらいなら俺が殺してやる!」
「本人の生死なんて俺の知ったことではない」
「償いのために苦しんで生きるべきだ!」


私に愚痴ることで、少しでも欝憤が晴ればいいので、私は頷きながら黙って聞いていた。


「でも、本人は死ななくてよかったですね・・・色んな意味で」
と、私。


自殺は、自分の人生を破壊するだけでは終わらない。
他人をも巻き込んで、その人生を破壊していくところに、本当の恐さがある。


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2006-09-27 16:46:59
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昨日は夢、明日は希望、

2024-11-17 04:37:58 | その他
我々は多くの糧を得て命を保っている。
そして、糧を失った時に、または失いそうになった時に不安に襲われ、落ち込む。


糧には色んなものがある。
何も、お金や食べ物だけではない。
人と人との繋がりや関わり、人間関係も大事な糧の一つ。
あと・・・夢や希望もね。


「人間は社会的動物」と言われるように、人は一人では生きていけないのだろう。
生まれた時から回りに人がいる私は、厳密に一人きりになったことがない。
ま、この社会にいる限りは一人きりになるなんて不可能だろう。
しかし、妙な孤独感に苛まれている人や、「自分は孤独だ」と思っている人は多いのではないだろうか。


以前にも書いたように、私は死体業に就く前の半年間を実家の一室に引きこもって過ごした。
半年という時間は、引きこもりとしては短い方だったのだろうが、当時の私は完全に世間と人を嫌悪していた。
「怯えていた」と言ってもいいかもしれない。


誰とも会いたくなく、誰とも関わりたくなく、一人きりでいたかった。
学生時代の友人・知人はそれぞれの世界にあり、音沙汰のない私のことなんか気にも留めていなかったと思う。


私にとっては、夢も希望も笑顔もない半年だった。
「人生は疲れることばかり」
そう思っていた。


そんな私は、今でも「物理的に

ある程度満たされていれば、人間は一人でも生きていけるのではないだろうか」と思うことがある。
人間関係に疲れた時は特にそう。


ある人の仲介で、家財整理・廃棄の相談を受けた。
私は、とりあえず現場に出向いた。
老朽アパートの一室、部屋の主は初老の男性だった。
一人暮しの部屋は、かなり異様だった。
天気のいい昼間なのに、光がなかった。


男性が教えてくれた生活ぶりはこうだった。


昼間でも雨戸を閉めきり、外の天気や明るさとは無縁の生活。
外が明るいうちは外出することはなく、夜でも滅多に外に出ない。
風呂には入らず、時々、身体を清拭。
洗髪は、ポットの湯と洗面器を使って行う。
生活のパートナーは、もっぱらTV。
季節や時刻を知らせてくれるのもTVだけ。
人と関わることはほとんどない。


私は、ゴミ処分の見積りをするため、男性の要望を細かく尋ねた。
そんな会話の中で私が吐いた、「大変ですねぇ」というセリフに、男性は反応した。
そして、いきなり激怒し、私を怒鳴り散らし始めた。


「なんだ?この人は」
私は、驚いた。
そして、ムカついた。


私の吐いた同情めいた言葉が、気位の高い男性の勘に触ったらしかった。
「同情」ならまだよく、「見下された」「バカにされた」と思ったのかもしれない。


散々私に文句を言ったかと思うと、今度は私を罵倒しはじめた。
特に、その的は仕事。
一流ビジネスマンだったことを自負している男性には、仕事ネタが最も勝負しやすかったのだろう。


その昔、男性はそれなりの企業のそれなりのポジションでバリバリ活躍していたらしい。
男性は、輝いていた過去に縋って生きていた。
口から出るのは、昔の自慢話ばかり。
今現在の状況には目を閉じる。
自分を肯定し、他人を否定し続けていないと自分の存在そのものを維持できないようだった。


男性の一方的な話をしばらく聞いて(聞かされて)いた私だったが、段々と我慢ができなくなってきた。
私は、男性が依頼する仕事を断って帰ろうかと思った。


しかし、思い止まった。複雑な心境で。


この男性とは、表面的には違っているが、かつての私自身にも似たような心当たりがある。
今に輝きがなく、未来にも輝きが期待できない時には、過去の輝きにもたれかかって生きるしかなくなるのだ。


人は弱いもの。
きれい事を言うようだが、やはり、人が生きるためには人が必要。
どんなに小さなことでも、明日への夢と希望が必要。


夢とか希望って、自分の中で光るもの、人生を輝かせるものかもね。


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2006-09-26 18:24:39
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父と息子と老朽ビル

2024-11-16 05:42:54 | 動物死骸特殊清掃
小さな雑居ビルに行った。
「ビル」と言っても低層で、かなりの老朽ぶり。
昭和30年代の建物らしく、かなりレトロな雰囲気だった。


依頼者はその建物のオーナー、中年の男性。
そのビルは、先代の父親から引き継いで所有・管理しているとのこと。
その父親は高齢・病弱で入院中。
「多分、生きては退院できないだろう」とのことだった。


私が依頼されたことは、臭いを嗅ぐことだった。
他の入居者から「変な臭いがする」と、大家である男性にクレームが入ったらしい。


私は、人に比べて格段に嗅覚が優れているわけではないと思う。
ただ、違うことと言えば、一般の人が知らない臭いを知っていることくらい。
「一般の人が知らない臭い」とは、死体の悪臭と私の足の刺激臭のこと。


話が脱線するが、五本指ソックスをこの前初めて買って履いてみた。
足ムレ対策には効果がありそうなんだけど、脱ぎ履きが面倒で私的には本格導入にはならなそう(くだらない話だね、ゴメン)。


私は、男性と一緒に連れられて上階の空部屋に入った。
その昔、男性が子供の頃に家族と暮らしていた部屋らしかった。
さすがにオーナーの部屋らしく、見晴らしがよく広い間取りだった。
しかし、老朽化は否めなかった。
古びた部屋はホコリっぽくて、以降は入居する人を募集しないとのこと。


窓が開いているせいか、部屋に入っても特に異臭はしない。
男性は窓を閉めながら、「しばらくジッとしていて下さい」と言うので、その指示に従った。
すると、しばらくしてプ~ンと変な臭いがしてきた。


「この臭いが分かりますか?」
「・・・分かります」
「じゃぁ、これが 何の臭いでどこから臭うか分かりませんか?」
「んー・・・多分、猫やネズミなどの小動物の死骸じゃないでしょうか」
「そうですか!」
「ただ、それが床下にいるのか天井裏にいるのかは、それぞれを解体してみないと分かりませんが」
「んー、解体ですかぁ」


男性は、大掛かりなことはしたくなさそうだった。
近いうちに取り壊す予定のビルに、今更、余計な費用をかけたくないみたい。
周辺は再開発の波に押されており、男性は、すぐにでもこのビルを取り壊したいようだった。
しかし、それに反対しているのが先代、入院中の父親だった。


父親は、「自分が死んだ後は好きなようにしていいから、生きているうちにビルは壊さないでほしい」と懇願しているらしかった。


不動産は、タイミングによっては莫大な金に化ける。
再開発の波に乗り遅れたら、大きな利益を逃すことにもなりかねない。
しかし、先代が存命中は手出しができない。


父親の長生きを願いたい気持ちと、ビルを取り壊したい気持ちの間で、男性は悩んでいるようだった。


「どうせ親父は病院から出られない身体なんだから、ウソをついて取り壊すことも考えたんだけど、金のために、老い先短い親父を騙すようなまねをしちゃ、人間失格のような気がしてね・・・」
「あと、このビルを壊したら、親父も死んじゃうような気もするしね・・・」


私は黙って聞いていた。
「床と天井を解体すれば何とかなりますか?」
「ええ、何とかします」
「じゃ、お願いするかなぁ」


後日、天井と床を解体した。
案の定、そこには何匹かのネズミの死骸とたくさんの糞があった。
干からびたネズミの死骸くらい、なんてことない。
さっさと片付けた。


でてきたモノのほとんどは塵とホコリだったが、その中に妙なモノを見つけた。
拾ってみると、それは人間の歯のようだった。

私はギョッ!とした。
「なんでこんな所に歯があるんだ?」
数えてみると、何本かあった人間の歯・・・。


廃材やネズミと一緒に捨ててしまおうかと思ったが、念のため男性に確認してもらことにして保管しておいた。


更に後日。
私は、男性と現場で待ち合わせた。
そして、天井裏と床下から歯がでてきたことを伝えた。
最初は驚いた男性だったが、そのうち笑顔に変わり、それから少しして神妙な表情に変わった。


「その歯、あります?」私は、とっておいた歯を渡した。
「・・・これは私の歯、正確に言うと私の乳歯です」
「私が子供の頃、親父と一緒に捨てたんですよ」
「懐かしいなぁ・・・父さん・・・」
男性は、手の平で歯を転がしながら、泣きそうに笑っていた。


「???」
何か、男性と父親には、この歯にまつわる楽しい思い出があるみたいだった。
私は、訳が分からないまま、男性につられて笑うしかなかった。


そして、男性は言った。
「親父が死ぬまでは、このビルはきれいに管理することに決めた!」
「新しい天井と床を注文しますよ」


この男性と父親と老朽ビルの、残り少ない時間を想いながら、リフォーム工事の算段をする私だった。



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2006-09-25 17:14:35
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How much?Ⅱ

2024-11-15 05:33:05 | 特殊清掃
「お金で買えないものはない」
少し前、こんな言葉が物議をかもしたことがあった。
発言の主は、世間から異論や非難を受けることも承知したうえで、そういった言葉を吐いたのだろうと思う。


発言者の真意は計りかねるが、私は、この言葉に何か深い意味を感じる。
そして、否定したくても、否定できない自分がいる。


私は、お金で買えないものはたくさんあると思っている。
ただ、それらのほとんどは目に見えないもの。
人の心であり、身体の健康であり、時間でもある。
そう言いながら、目に見えないモノに対しても、金が何らかのかたちで影響を及ぼすことがあることも認めざるを得ない。


私も、目に見えるモノのほとんどは金で買えると思う。
そして、目に見えないモノに対しても影響する・・・お金って、それだけの力を持つものだ。


「いい給料もらってるんでしょ?」
色々な人と出会う中で、たまにこんなことを言われる。
「そんなことないですよ」
と返しても、信じてもらえない。
隠しておく必要もないので、具体的な金額を話しても、「また、冗談を・・・」と言わんばかりの表情をされてしまう。


「人の嫌がる仕事をやれば、人より高い給料がもらえる」といった構図は、もはや過去のものになっていると思う。
今は、個人の能力・資質や労働生産性、需給のバランスが、得られる報酬にストレートに反映される時代。


そして、人は個人の能力と資質に合った仕事をするしかなく、それが人の嫌がる仕事であってもなくても、個人の能力・資質・成果によって手にできる収入が変わるのは当然のことだろう。


自分を守ってくれるのは、自分の能力と自分がだす成果。
努力やプロセスより結果重視。
私は、この現実をシビアだとは思わない。
資本主義社会においては当然のことだ。
でも、そんな傾向一色に染まっていく社会に、いくらかの寂しさを覚える。


「幸せは買うものではなく創るもの」
こう言う人がいる。
非常に耳障りのいい言葉だし、ある種納得できる理屈でもある。
しかし、何となくシックリこない。
私レベルの人間は、創る材料は、やはり買わないと手に入らないような気がするのだ。


TV番組によくあるパターン。
発展途上国の自給自足生活やそんな暮らしをする人達を見て、「本当の豊かさとは、こういうものだ」「心が豊かな人達た」「幸せな人生を送っている」「日本人は心が貧しい」等とコメントするTV人がいる。
この類の発言は、私にとっては耳障りなものである。


そもそも、人の幸せや豊かさには万民共通の定義なんて持ちようがない。
なのに、自給自足生活の一部、しかも表面だけしか見えていないのに全部を知り尽くしたかのようなコメントを吐く。
そんな無責任さに抵抗感があるのだ。


「あんな貧乏暮らし、私はイヤだ」
「こんな不衛生な暮らし、私は耐えらない」
「私は、物が豊かで便利な日本の方がいい」
たまには、こんなコメントをするTV人がいたっていいのにね(そんなこと言ったら番組にならないか)。


「人は何のために生きるのだろうか」
「人の幸せって何だろうか」
「・・・やっぱ、金かなぁ」
生きている限り、尽きない悩みだ。


「ボロは着てても心は錦」⇔「心はボロでも錦が着たい」
こんな中途半端なところを行ったり来たりしながら、ここまでやってきた私。
多分、これからもそんな宙ブラリンのまま生きていくんだろう。


予想して(恐れて)いた通り、今年の収入が前年割れすることが確実になったので、少しスネている私である。
何か、支出を削らないとなぁ・・・やっぱ、食費かな。


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2006-09-24 08:49:07
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脂肪で死亡

2024-11-14 06:11:56 | 特殊清掃
世の中には、好きなだけ飲み食いしても体重が変化しない、羨ましい体質を持った人がいる。
私も、若い頃はそうだった。


二十歳前後の頃は、一食の御飯の量が二合位、多いときは三合の御飯をペロリとたいらげていた。
それでも、体重は増えることなく、わりとスリムな体型を維持できていた。
標準体重を少し下回るくらいで。


ところがである。
20代後半から、少しずつ何かが狂い始めた。
飲み食いした分が、体重に乗ってしまうようになったのだ。
みるみるうちに標準体重を突破したかと思うと、あれよあれよと言う間に「やや肥満」に。
気がついた時には、「肥満!」と太鼓判を押されるような始末になっていた。


私にとって、飲み食いは大事な楽しみの一つ。
大袈裟なようだが、生きる喜びの一つなのである。
特に、酒・肉料理・甘味には目がない。
焼肉+ビール、食後にアイスクリームなんて最高だね!
でも、身体には最悪・・・。
(しかし、飲み食いぐらいしか楽しみがないなんて、寂しい人生だね。)


腐乱した故人も、私と似たような趣向の持ち主だったみたい。
医師からはカロリー制限とダイエットを指示されていたらしい。


「腐乱場所は、浴室と脱衣場」と聞いていたので、私は浴室の方にウェイトを置いて行った。
風呂場の汚染は、これまた独特で、インパクトのある現場ばかり。
今までの経験から、どうしても風呂場の汚染ばかりが頭に浮かんできた。


ところが、汚染のほとんどは浴室の前の脱衣場が占めていた。
風呂場の汚染に比べれば少しはマシだったが、その汚染はジュニアヘビー級。
「うへぇー、こりゃヒドイなぁ」
と、いつもの一言。


作業は単純。
腐敗液を吸い取りながら、腐敗粘土を削り取る。
ひたすら、その繰り返し。
床にある、バスマットや細かい生活用品も、腐敗液・腐敗粘土にまみれてヒドイことになっていた。
そんな汚物を一つ一つ持ち上げて取り除く作業には、たまらないものがある。


そんな中、床の片隅に四角く盛り上がっている所があった。


「ここにも何かあるな」
私は、躊躇うことなく、それに手を出し、そして持ち上げた。
ズシリとした重量感があった。


ボト!ボト!ボト!ボトーッ!!!


「うげー!何だこりゃ?」
持ち上げたモノの中から、淡黄色の腐敗脂とウジが大量に溢れ落ちてきたのである。
その量と言ったら、半端じゃなかった。
フライパンに入れたら揚げ物ができそうなくらい(想像しなくていい)。


ひょっとしたら、故人は風呂上がりに体重計に乗ったところで倒れたのかもしれない。
そして、誰にも発見されないまま溶けていった・・・。

故人が、床に広がる自分の脂の量を見たら驚くに違いない。
そして、思うだろう。
「真剣にダイエットするべきだった」と。


私は、ウジのオイル漬を片付けながら考えた。
「食欲って、どうやったら抑えられるんだろう」
え?
食事前に特掃現場を思い出せばいい?


残念ながら、そのくらいことじゃ私の食欲は微動だにしないんだよねぇ。・・・だけど、一般の人には効果があるかもね。


そう!
ダイエットに苦しんでいる方には、私のブログはおすすめだ!






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2006-09-23 09:17:31
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死体市場

2024-11-12 06:07:27 | その他
東京で最も有名な市場は、築地の魚市場だろう。
テレビの食べ物番組でも、よく放映されている。

私は、中には入ったことはないけど、たまに市場前の通りを車で走る。
朝早くから、たくさんの人が働き、たくさんの車が出入りしている。
そして、場外には、おいしそうな店が軒を連ねている。


機会があったら立ち寄って、食してみたいものだ・・・
あ!ここに行けば、美味しいウニ丼があるかもね。

食べ物を扱っているせいもあるのだろうが、活気あふれる魚市場からは人が生きるエネルギーを感じる。


身内や知人の葬式で、一度くらいは火葬場に行ったことがある人は多いと思う。
仕事柄、私は首都圏の火葬場は一通り行っている。

火葬場には色々な施設がある中で、私が縁のある部屋はやはり霊安室。
霊安室には、柩に納まった状態の遺体が、保管されている。
また、納棺作業をその場で行うことがある。


死亡者数が少ない時期は、霊安室もガラガラ。
多い時期は、保冷庫も満杯になり、棚や床に柩が並べられる。
場所によっては、歩くスペースもなくなるようは所もある。
ある種、壮観な光景でもある。


霊安室だからと言っても、特に暗い雰囲気はない。
絶えず保冷庫と空調の動く音がしているような、機械的な所。
無機質な構造に冷たさはあるものの、精神的に受ける悲壮感はない。
あくまで仕事場。


人は一年を通して平均的に亡くなっていくのではなく、季節ごとに大きな波があり、日ごとに小さな波がある。
亡くなる人が増えるのは冬場。
気温や気圧が影響するのだろうか、冬は葬儀業界が活気づく季節だ。


忙しい時期の火葬場には、魚市場のような活気がある。
一口に葬式と言っても、それは多種多様な仕事で構成されており、それぞれの専門業者・専門部署に分業されている。
したがって、一つの葬式も実に多くの人の働きがあって成り立っているのである。


都市部の火葬場では、毎日何人もの人が焼かれる。
当然のことだが、葬式の裏方は辛気臭い雰囲気で仕事はしない。
葬式がたくさんでる時期に火葬場が活気づくのも自然なこと。


忙しく立ち働く多くの人、激しく出入りする車、遺体や柩があちこちに運ばれていく様・・・
死人は異なれど、いつもと変わらない手際よさで葬式の準備が整えられていく・・・
そんな光景を見ていると生きていることのエネルギーを感じる。


死人を送る仕事によって生きる糧を得る。
(糧とは、金銭のみを指さず。)


不謹慎な言い方かもしれないが、そこは魚市場ならぬ死体市場。
死者を送る仕事に関わっている私自身も、いつかはこういう所で灰にされる。
それは、逃れられない現実。


「俺も、いつかは死ぬんだなぁ・・・」
自分の死は、にわかに信じ難いことでもある。


何度も同じようなことを書いてしまうが、生きていることって、ホントに不思議なことだ。


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2006-09-22 14:21:33
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寝込んだネコ!!

2024-11-10 12:49:22 | 特殊清掃
猫という動物は、好む人と嫌う人がわりとハッキリ分かれる動物ではないだろうか。
私は、猫より犬の方が好きだ。
もっとも、犬猫より牛(Beef)・豚(Pork)・鶏(Chicken)の方が好きだけど。


8月21日「飼猫とサラリーマン」の続編。
私は猫の死骸を片付けるため、再び現場に行った。


依頼者は、「気持ち悪くて、とてもネコの死骸を見ることができなかった」と言う。
ただ、私が伝えたその場所に近づくと異臭がするので、死骸の存在を感じたらしかった。


家の裏、陽当たりの悪い狭いスペースにネコの死骸はあった。
私が初めに発見したままの状態で残っていた。
そして、その腐乱臭は人のそれと酷似していた。
ただ、それが屋外だったことと、ネコの身体は小さいことが幸いして、そんなにキツい臭いではなかった。


ネコは、骨だけ残して完全に溶けていた。
これも人と同じ。
違うのは、体毛の有無。
言うまでもなく、ネコの全身は毛で覆われている。
人間でも、体毛の濃い人はいるだろうが、ネコの比ではないだろう。


地面のコンクリートに、溶けかかった毛皮がへばり着いていた。
そして、細かい毛には小さなウジが絡みついていた。


「やっぱ、ここにもいたか」
「まったく、たくましいヤツらだ」
ウジに対しては、嫌悪することより感心することが多い。


精神的に重かったのは、頭部。
眼球がなくなり、歯も剥きだしになっている頭蓋骨が、溶けかかったクサ~イ毛皮に覆われているような状態。
特に、眼球がない様が不気味さを増長させていた。
逆に、眼球だけがシッカリ残っていたら、そっちの方がもっと怖いけど。


私は、その状態をしばし観察してから、死骸の片付けに取り掛かった。
人間に比べてはるかに小さいネコ腐乱の処理は楽なものだった。


一つ一つの骨を拾ったりもせず、スコップですくった。
「小さい」と言っても、一発ですくい取ることはできず、何度かに分けて少しずつすくった。


頭部をすくう作業は、やはり鳥肌モノ。
胴体から外れた頭は、スコップの上でゴロゴロと不安定に転がった。
刺激的なその様からは、おのずと視線を逸らさざるを得なかった。


死骸をきれいに除去した後の地面(コンクリート)には、濡れたような痕が残った。
ネコの腐敗液・腐敗脂が染みついていたのだ。


今後のことにも影響するので、これをどうするかを依頼者と相談した。
すると、依頼者から意外な相談を受けた。
「ネコの死骸を庭に埋葬して欲しい」
「この家は故人の持ち物だし、しばらくは誰も住む予定もないし」
「故人も可愛がっていただろうし、ネコも故人を慕っていただろうから」
との優しい配慮だった。


ただ、埋める場所は私に任せるので、依頼者には知らせなくてもいいとのことだった。
「埋めた場所を知りたくないとは・・・」
依頼者は、単なる優しさだけではなく、ネコや故人の祟り的なものを恐れているようにも感じた。


何はともあれ、埋葬できることは私にとっては嬉しいこと。
庭の一角に適当な場所を見つけて、できるだけ深く穴を掘った。
そして、ネコを丁寧に埋めた。


気持ちもスッキリと、この現場を終えることができた。


私は、猫より犬の方が好きだ。
ただ、これは飼主の立場で考えた場合。
飼われる立場だったら、何事も従わされる犬より自由気ままが許される猫の方がいい。


飼うなら犬がいい、飼われるなら猫がいい。
自分は猫でいたいけど、回りの人間には犬でいてほしい・・・こんな人間関係に心当たりがある人は多いんじゃない?


そんな事を言いながらも、「お手」と「お座り」はシッカリできるように仕込まれて大人になった私。
ただ、残念なことに、尻尾をふるのが下手クソなんだよねぇ。

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2006-09-21 12:11:06
投稿分より

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