特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

だいごみ(後編)

2008-05-30 15:22:25 | Weblog
前編の記事をアップしてから、何件かの書き込みコメントをもらった。
どんなかたちであれ、読んでくれている人から具体的に反応をもらえるのは嬉しい。

ただ、今回は・・・
前フリが分かりやす過ぎたせいか?、後編の展開をほとんど読まれてしまっている。
読み手も方々の脳も、特掃風の味付けがなされてきているのだろうか。
「死体業ってどんな仕事?」
「特殊清掃って何をするもの?」
「そんなの、見たことも聞いたこともないよ」
なんて、純粋な初心を取り戻してもらえると、少しは書きやすいのだが・・・(?)
とにもかくにも、話を続けよう。


「何だよー!アレー!」
外に退避した私は、トイレで見たものを思い出しながら、何かの間違いであってほしいと思った。
しかし、見慣れないものを見間違える可能性は低い。
残念ながら、見間違いでないことは自分でも認めざるを得なかった。

「しょーがないなぁ・・・もぉ・・・」
小休止の後、私は、足取りも重く部屋に戻った。
そして、トイレの扉を再び開けた。

「勘弁してほしいよなぁ・・・」
目の前には、便器が埋もれるくらいに大量の生理用品。
しかも、すべて使用済・・・
ソレがトイレに流せないものであることは私にもわかったけど、だからと言って・・・
これには、さすがの特掃野郎も閉口。
それ以上の愚痴もでなかった。

こんな仕事をしていて、私も色んなトイレと遭遇してきた。
〝お手のもの〟だったかどうかはわからないけど、どんなトイレでも何とかしてきた。

液体人間が、床にタプタプ溜まっていたトイレ・・・
粘土人間が、便器を詰まらせていたトイレ・・・
場違いな練炭が置かれていたトイレ・・・
便器が赤茶色に染められていたトイレ・・・
・・そんな数々の汚手荒と格闘の中で少しは鍛えられていたいたはずの私でも、このトイレには閉口したのだった。

一般女性に失礼な言い方になってしまうかもしれないけど・・・
正直、それは、他のゴミとは次元を異にして、ものスゴく汚いもののように思えて仕方がなかった。
同時に、これを片付ける男の姿を想像すると、他人事のように不憫に思えた。
そして、それが自分だと思うと、何とも言えない惨めな感情がこみ上げてきた。

ただ、いくら気が進まなくても、そのまま放置しておくわけにはいかない。
そうは言っても、すぐに手をつける気にもなれず・・・
私は、その作業を後回しにしようかどうか思案した。

「仕事!仕事!俺の仕事!」
私は、乗り越えてきた過去の仕事を思い出して一念発起。
当初の予定を変えることなく、トイレをやっつけることにした。

それは、量はあっても重くはない。
肉体的には楽な作業だったが、精神的にはあまり経験できないような試練を与えてくれた。
そんな中で、私は、手元に焦点を合わせないように黙々と動き、短時間のうちにトイレは空になった。

「フーッ・・・次は、いよいよ部屋だな」
私は、曲がり疲れた腰を伸ばしながら、未開の部屋に視線を送った。
そして、再び腰をかがめて、それまでと変わりのない動作で片っ端からゴミを梱包していった。

ゴミは厚い層になっており、その上は凹凸のある丘陵状態。
そこからは、〝これでもか!〟と言わんばかりの、ありとあらゆる物がでてきた。
それでも、腐りモノや害虫はほとんどなく、ゴミ屋敷歴が比較的短期間であることが伺えた。

「金にルーズ?・・・」
ゴミの中には、〝督促状〟と書かれた紙がチラホラ。
携帯電話や公共料金・家賃など何種類もの督促状があった。

「打たれ強くなるもんなのかなぁ」
私だったら、督促状の類が自分に届いたら、怖くなるはず。
しかし、この女性は、その辺のところはタフみたいだった。

「ところで、この代金は大丈夫かなぁ・・・」
督促状を始末しているうちに、私の頭には一抹の不安が過ぎった。
しかし、そんなことを考えると仕事の手が止まりそうになるので、私は深く考えないように努めた。

「ま、本人が払う意思を示してるわけだから、大丈夫なはずだよな」
疑心というものは、一度芽を出すと、引っ込めるのは難しい。
努めて考えないようにしてもその雑念は沸々とし、私の手を重くしてきた。

「意外ときれいな部屋だな」
ゴミを全部片付けてしまうと、内装に目立った汚れはなし。
やはり、ゴミ屋敷歴が短かったことは確実だった。

ゴミ屋敷の場合、ゴミを片付けたとしても、それだけでは済まないことがほとんど。
掃除だけではどうにもならない状態にまで内装自体がダメになっていることが多いのだ。
そうなると、原状回復には、相当の手間・時間・費用がかかる。
ただ、不幸中の幸い、この部屋はそれは免れていた。
そのことに安堵しつつ、私は、空っぽになった部屋を念入りに掃除。
それから消毒消臭を行って、請け負った作業は完了となった。


「請け負った仕事は終わりました」
「・・・そうですか・・・」
「手前味噌ですけど、見違えるようにきれいになりましたよ」
「・・・ありがとうございます・・・」
部屋は、当初の予想に比べてはるかにきれいになった。
その成果は自分でも満足できるレベル。
電話から伝わる女性の反応が薄いことが気になりながらも、私は、得意になって作業の完了を報告した。

「何も問題はないはずですけど、後で部屋を見て下さいね」
「はい・・・」
「代金は、2~3日中に支払っていただければ構いませんので」
「・・・」
「もしもし?」
「はい・・・」
「聞こえてます?」
「はい・・・」
鈍くなる一方の女性の反応に、意識して抑えていた私の疑心の芽が再びムクムク。
そして、その疑心は不安に変化。
私は、女性の次のセリフに緊張した。

「じ、実は・・・今、お金がないんです」
「は!?」
「・・・」
「どういうことですか?」
「ですから・・・」
「はい?」
「お金がないんです・・・」
「はぁ~!?かかる費用は、ちゃんとお伝えしてありますよね!?」
「はい・・・」
「それを了承されましたよね?」
「はい・・・」
「〝後ですぐ払う〟って」
「はい・・・」
私の悪い予感は的中。
女性は、部屋がきれいに片付いた後になって、支払うべきお金がないことを打ち明けてきた。
若干の警戒心があったとは言え、それをハッキリと言われてしまって私は結構なショックを受けた。
同時に、頭には前夜からの出来事が走馬灯のように駆け巡り、不快な熱を蓄積。
そのうち、マグマと化した脳が噴火してきそうになった。

「電話で話すようなことじゃないんで、ちょっと来ていただけませんか!?」
「・・・」
「怒りませんから!」
「・・・」
「来てもらえるまで、ここを動きませんよ!」
「・・・わ、わかりました・・・すぐ行きます・・・」
私は、そのまま黙って引き下がるわけにはいかず。
時間をとられても、女性が姿を見せるまで籠城することにして、その覚悟を固めた。
すると、そんな私の温度が伝わったのか、女性も観念して帰宅を承諾した。

「〝代金がもらえない〟からと言って、今更、トラックに積んだゴミを部屋に戻してブチまけてくるわけにもいかないしなぁ・・・」
「何だか、疲れちゃったなぁ・・・」
女性を待つ間、この事態を憂うあまり、意味もないことが頭に浮かんできた。
そのうちに、熱くなっていた頭は冷やされ、荒かった鼻息も静かに。
その代わりに、重い疲労感が押し寄せてきた。

そうして待つことしばし。
帽子を深くかぶり、大きなサングラスをかけた女性がやって来た。

「申し訳ありません」
「事情がどうあれ、そういうのはよくないですよ」
「はい・・・」
「で、どうするおつもりですか?」
「・・・」
「タダにできないのはもちろん、これ以上の値引きもできませんよ」
「はい・・・」
「でも、ない袖は振りようがないでしょうから、支払い方法を工夫するしかありませんね」
「はい・・・」
「それについて、ご希望があればおっしゃって下さい」
「はい・・・」
私は、短気を起こして関係をこじらせるより、時間がかかっても代金を回収することを選択。
女性の事情に、できるかぎり歩み寄ることにした。

「一括がキツいなら、分割払いでも構いませんよ」
「いいんですか?」
「その代わり、身分証の写しと覚書をいただく必要がありますけど」
「はい・・・」
「どうされます?」
「それでお願いします」
私は、女性の身分証を確認し、即製の覚書に署名してもらい、分割払いを了承。
それから、念のため、引越先と実家の住所と親の名を教えてもらった。
また、無理な金額を設定して途中でギブアップされても困るので、月々の支払金額を女性が言う額よりも少なく設定。
それを、毎月末までに支払う旨を約束してもらった。


翌月末。
初回の支払い期日がやってきた。
女性への信頼を失くしていた私は、かなり警戒していた。

すると、またまた悪い予感が的中。
月末はおろか、その翌月になっても入金はなし。
私は、頭にくるのを越えて、妙な脱力感とともに悲しみさえ覚えた。

私は、気がすすまなかったけど、とりあえず女性に電話。
しかし、当然のように女性は電話にでず。
留守番に残すメッセージの口調も日増しに強くなり、数日の後、やっと本人は電話にでた。

「催促の電話なんですけど・・・」
「はい・・・」
「余計なことは言いません・・・とにかく、約束を守って下さい!」
「はい・・・」
「支払いがキツいときは事前に御連絡下さい」
「はい・・・」
「そうすれば、待ちますから」
「はい・・・」
私は、とっくに呆れていた。
だから、口から出る言葉も淡々として、熱くなることもなかった。

その後、女性にはほぼ毎月のように電話をかけるハメに。
こちらが催促をしないかぎり、女性からお金が支払われることはなかった。
そんなことを繰り返していると、当初定めた支払期間は完全にオーバー。
それでも、私は粘り強く請求し続け、翌年になって代金は全額回収となった。


「後で必ず払います!」
今まで、そんな依頼者を信じてやった仕事も多い。
そして、ほとんどの人はその信頼を裏切らなかった。
そんな、特殊清掃というイレギュラーな仕事を通じて構築される人と人との信頼関係には、日常では経験できない味がある。
それは、非日常の仕事のであるからこそ味わえる格別の味。

しかし、世の中には、この女性のような人がいることも現実。
「人が信じられない社会」
「人を信じてはいけない社会」
社会にはそんな陰面がある。
そしてまた、意識せずとも、自分が裏切る側の人間になることも充分にあり得る。
それでも、人が持つ良心・良識が人の不信を覆う力があることを信じたい。


この仕事で味わった、〝不信〟のホロ苦さは、私に何かを学ばせてくれた。
〝人を信じること〟
〝人から信頼されること〟
世の中がいくら殺伐としても、人として失いたくないもの・・・人間の醍醐味である。








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だいごみ(前編)

2008-05-25 15:31:54 | Weblog
「いらない物を片付けたいんですけど・・・」
若い女性の声で電話が入った。

「引っ越しをするので、ついでに不要品も処分したいんです」
「はい・・・」
「でも、自分一人ではできなくて・・・」
「なるほど・・・で、捨てる物の量はどれくらいあります?」
「え~と・・・ちょっと多いかもしれません・・・」
奥歯にモノが挟まったような言い方は、私の特掃琴線に〝ピン〟とくるものがあった。
しかし、野暮なことを言っても男が上がるわけではない。
〝ゴミ屋敷〟というキーワードは頭の隅に隠し、〝ゴミ〟という単語を使わないように気をつけながら、現場の詳細を尋いていった。

「〝不要品〟ってどんなモノがありますか?」
「色々なものが混ざってまして・・・」
「色々なもの・・・」
「はい・・・」
「ところで、引っ越しされる日はいつですか?」
「明後日・・・です」
「明後日!?」
「そうなんです・・・」
「随分と急ですねぇ」
「えぇ・・・」
「延ばせないんですか?」
「えぇ・・・」
私は、急な引っ越しプランに、表面的には驚いてみせた。
その方が、会話として自然だと思ったのだ。
ただ、現実的には、ゴミ屋敷の片付けにはよくあるパターンなので、内心では平静を保っていた。

「じゃ、今日・明日中にはなんとかしないといけない訳ですね」
「そうなんです・・・」
「と言うことは、今すぐにでも何らかの手を打たないと間に合わないんじゃないですか?」
「そうなんです・・・ですから・・・」
「ですね・・・身体は空いてますので、これから伺います」
私は、電話を切るなり、急いで身支度を整えた。
そして、現場に向かって車を出した。

「ここだな」
現場に着く頃、辺りは既に暗闇になっていたが、目的のアパートはすぐに見つかった。
目当ての部屋に表札はなく、私は、部屋番号を念入り確認してからインターフォンを鳴らした。

「ん?出掛けてるのかな?」
部屋の中でインターフォンが鳴る男は聞こえるものの、中からは反応がない。
何度鳴らしても、無反応。
しかし、覗き窓の向こうには明かりが灯っていた。

「変なセールスとでも勘違いしてるのかなぁ・・・」
反応のない玄関ドアを前に、しばし静止。
夜の風を冷たく受けた。

「呼ばれて来た訳だから、俺が来るのはわかってるはずだよなぁ・・・」
私は、ドアを引いてみるため、ノブに手を伸ばした。
しかし、一人暮らしの女性宅のドアを勝手に開けようとするのもどうかと思ったので、私はドアには触れずに携帯電話を取り出した。

〝プルルル・・・プルルル・・・プルルル・・・〟
呼び出し音は鳴るものの、一向に女性はでず。
少し間をおいてかけ直しても、全くつながらず。

「どういうことだ?」
私は、面食らったように呆然。
頭の中で、状況の整理に努めた。

「ひょっとして・・・おちょくられたか?」
私は、女性との最初の電話を細かく思い出して、イタズラの要素がなかったかどうか検証。
しかし、女性の様子・知らされていた現場の状況・・・会話の一つ一つをたどってみても、それらしき結論には至らなかった。

「どおしよぉ・・・」
私は、状況を整理した上で思案。
お遣いにでて迷子になった子供のように、行く先を失った。

「一時間だけ待ってみるか」
私は、とりあえず、一時間だけ待ってみることに。
それでも接触できなかった場合は、退散することにした。

それから、10分くらいの間隔を開けて、インターフォンと携帯を繰り返し鳴らした。
そして、何度目かの電話で、やっとつながった。
一刻も早く片付けの段取りをつける必要があると思って急行してきたのに、肝心の女性と連絡がとれず、その時の私のイライラ感は高位地に上がっていた。
ただ、女性に不可抗力な事情があったかもしれないので、私は、その気持ちを抑えて平静を装った。

「もしもし?〓〓さんですか?」
「はい・・・」
「少し前に到着して、今、部屋の前にいるんですけど」
「はい・・・」
「今、どちらにいらっしゃいます?」
「・・・」
「あの・・・もう、玄関の前にいるんですけど・・・」
「・・・」
「ご要望の通り、急いで来たんですけど・・・」
「・・・」
「どちらにいらっしゃいます?」
「・・・家にいます・・・」
「はぁ!?」
「・・・部屋にいます・・・」
「はい!?」
女性は在宅。
部屋の前に私がいるのを分かってて居留守を使っていたのだった。
これには、私もピキピキ!
頭に血が登ってくるのが、自分でもわかった。

「さっきから、インターフォンと携帯を何度も鳴らしてたんですけど」
「・・・」
「いらっしゃったんですか!?」
「はい・・・」
「だったら・・・」
「ごめんなさい・・・」
詫びる女性に目クジラを立ても仕方がない。
私は、テンションが上がりそうになるのを意識的に抑えて、女性がどういうつもりなのかを尋いた。

すると・・・
どうも女性は、自分の羞恥心に耐えられなくなった様子。
他人の手を借りてでも部屋を片付ける覚悟を決めた女性だったのだが、実際に他人を部屋に入れる段になると怖じ気づいたようだった。

私には、女性の気持ちが理解できないわけではなかった。
たがら、上がりかかっていた頭の熱を鼻息で逃がして、冷静さを取り戻した。
そして、そのままでは仕事にならない私は、〝持久戦or撤退〟の選択を迫られる中で突破口を見いだすべく、女性の立場を考えた。


人にとって、羞恥心を打破するには大きな勇気がいるもの。
この女性のこのケースでは、特にそれが強く必要だろうと思われた。
だから、その心情を変に刺激しないように、心にキズつけないようにする配慮が大切。
そうは言っても、要所・要所で核心を突いていかないと仕事が仕事でなくなる。
その辺のバランスを絶妙に保ってこそ、自分と仕事に付加価値がついてくるというもの。
それが、特掃に大切なポイントなのである。


「お気持ちはわかりますけど、そのまま放置しておくわけにはいきませんよね?」
「まぁ・・・」
「あと、私はこの類を専門の仕事にしていますから、少々のことでは驚いたりしませんよ」
「そうですか・・・」
「顔を合わせるのに抵抗があるんでしたら、外出していただいてもいいですよ」
「え?いいんですか?」
「入室を許可していただければ、短時間でささっと見ますので」
「んー・・・」
「ただ、貴重品だけは、もってって下さいね・・・後でトラブルになったら困るんで」
「はい・・・じゃぁ、それでお願いします」
部屋を見られることもさることながら、女性は、自分の顔を見せることにも強い抵抗感を持っているように思えた私は、女性を外出させたうえで単独で部屋をみることを提案。
そして、女性もそれを承諾した。

それから、私は、アパートから少し離れた所に一旦退避。
女性が部屋から離れたことを電話で確認してから、再びアパートに向かった。

「失礼しま~す」
玄関ドアを開けると、ゴミの方から先にお出迎え。
出てきたゴミを拾いながら、荒野に足を踏み入れた。

「でたなぁ、大ゴミ!」
部屋は、予想通りのゴミ溜。
床なんて全く見えてなく、生活から出るありとあらゆるゴミが散乱・山積み・・・
派手にやらかされていた。
そして、それが、熟成ゴミ特有の異臭を放っていた。

「これで、どうやって生活してるんだろう」
ゴミ屋敷に立つと、いつもそんな考えが頭を過ぎる。
物理的な問題もさることながら、衛生的にも極めて劣悪。
それでも、住人は健康を損なうことなく暮らしている・・・
私は、この時も、女性の暮らしぶりを不思議に思った。


ゴミ屋敷とは言え、本人不在の女性宅に長時間いるのは、気が咎めるもの。
私は、〝どんなゴミがどれくらいあるか〟だけを注視。
ゴミで扉が塞がれていたバス・トイレは見れなかったが、部屋とキッチン廊下をシッカリ目に焼き付けて、急いで部屋を出た。

「今、部屋を出たところです」
「もう済んだんですか?早いですね」
「この片付けだと、だいたい〓万円前後はかかりますね」
「・・・やっぱり、それくらいはかかりますか・・・」
「ええ・・・少しは安くできますけど、大幅な値引きは無理です」
「はい・・・」
「で、いかがしましょう」
「作業は明日お願いしたいんですけど、費用は後払いでもいいですか?」
「構いませんよ・・・急なことなんで」
「では、明日よろしくお願いします」
「承知しました」
私は、見積書をその場で書き、それをドアポストに差した。
それから、翌日の作業を段取り終えてから現場を離れた。

「随分と遅くなっちゃったなぁ」
夜の仕事は、ヤケにその疲労度を増加させるもの。
私は、翌日の作業をイメージすると同時に、重い疲労感を引きずりながら帰途についた。


女性との約束通り、その翌日が作業日。
当然のごとくアパートに女性の姿はなく、連絡は携帯で交わすのみ。
私は、鍵の開いたままの玄関を躊躇うことなく入った。

「さ~て、始めるか!」
私は、山積みになっているゴミを前に早々と疲労を感じながらも、作業を準備。
そして、玄関口から梱包・袋詰めを開始した。


ゴミの片付けは、基本的に、〝梱包・袋詰め・運び出し〟の繰り返し。
極めて単調な作業。
しかも、相手は混合ゴミなので、何がでてくるかわからない。
時には、目を疑うようなものがでてくることがある。

ゴミの中で、〝最も厄介〟と言っても過言ではないものが腐った食物。
以前にも何時書いたことがあるように、これの始末は、なかなかの根性?がいる。
食器・容器や少しの食べ残しでさえも、しばらく放置すれば危険な状態になる。

「柔らか過ぎる草餅?→おにぎり」
「オリジナルカレー?→スパゲティミートソース」
「風変わりな味噌漬?→魚の切り身」
「ゆるい糠漬け?→味噌汁」
「特製おじや?→ウジや」
てな感じで。
このヤバさは半端なものではなく、場合によっては、腐乱死体痕の処理よりも苦労することがある。


幸い、ここのキッチンには、その類のものはなくて助かった。
・・・て言うか、冷蔵庫や台所の棚の中は見事に空。
使っていたような形跡もなく、部屋とは別世界のごとくきれいな状態。
調理器具もほとんどなく、インスタント食品で済ませていたよう。
それを物語るように、ペットボトル・カップラーメン容器・スナック菓子の袋が大量に散乱していた。

私は、玄関からキッチンへとゴミを掘り進み、なんとかトイレの扉を開けるところまでこじつけた。
そして、何の警戒もなく、トイレの扉を開けた。

「オイオイオイ・・・」
私は、目の前に山積みになったモノに唖然。
そして、次々に湧いてくる嫌悪感を抑えることができず後退。
部屋の中にとどまっているのもイヤになり、風の通る外に出た。

つづく







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色眼鏡

2008-05-20 12:57:17 | Weblog
歳のせいか、このところめっきりと視力が落ちてきた。
数年前から視力に波を感じるようになり、次第に遠くのものが見えにくくなってきている。

特に不具合を感じるのは、ピントを合わせるスピード。
近くに見ていて急に遠くに視線をやると、ボヤ~ッとして、視界がクッキリするのに時間がかかるのだ。

私は、もともと視力はいい方。
子供の頃から成人するまで2.0を堅持。
測り方によっては1.5になったこともあったけど、それでもそれより下にいくことはなかった。
それが、歳を重ねるごとに不安定になり、ある年の免許更新時には〝要眼鏡〟の条件をつけられそうになった。
幸い、その時は検査のやり直しでパスすることができたが、それ以降もきわどい線を推移している。

視力が低下する一因として、インターネットやゲームの影響もあるのだろう。
長時間に渡ってテレビやPCモニターを見るのは、やはり目に悪そうだ。
ただ、幸い、私はその類のものを見る時間は短い。
テレビはほとんど観ないし、観たとしても一日一時間以下。
PCも必要最低限で、遊びやヒマつぶしで使うようなことはない。
だから、私の場合、それによる目へのダメージは少ないと思う。

〝疲れた目には自然の緑がいい〟と聞いたことがある。
だから、かつては眺めるように努めていたこともあった。
しかし、もともと〝自然の緑〟って、意識しなくても目が惹きつけられるもの。
気に留めていなくても、自然と目がいく。
それだけ、〝自然の生力は強い〟ということだろう。

ただ、私の場合、〝自然の緑〟を見るより、〝不自然な赤茶黒〟を見ることの方が多い。
そして、その凄惨さは何らかのかたちで心身に影響を及ぼしているだろう。
それは、確かにツラいことはツラいけど、目に見えないものを見る力を強めてくれているのかもしれないので、私は悪い方ばかりには捉えていない。

まぁ、今時は、私が生で見ているような画くらいは、見ようと思えばインターネットを通じて簡単に見ることができるだろう。
ただ、映像と生の現場は違う。
現場には、映像の何倍もの圧力・・・死力があるのだ。
単なる恐いもの見たさ・興味本位の構えでは、その死力を避けきれず、生力を受けきれないと思う。
写真であれ・映像であれ・生身であれ、どんなかたちにせよ人の死を見るなら、それを自分に生かしてほしいと思う。


呼ばれて出向いた現場は、2LDKの分譲マンション。
公営賃貸と見紛うような簡素な造り。
依頼者は中年の男性で、亡くなったのはその弟。
マンションのエントランスで、依頼者の男性は深刻な表情。
私達は、簡単に挨拶を交わしてから、すぐに本題に入った。

「〝弟さん〟ということは、まだお若いですよね?」
「ええ、三十〓才です・・・」
「御身体の具合でも悪くされてたんですか?」
「いえ・・・実は・・・自分で・・・」
「!・・・そうですか・・・」
私は、自分の顔色が変わるのを意識して抑制。
更に、次の言葉までに間を空けると依頼者の動揺を誘ってしまうので、淡々かつ間髪入れずに話を続けた。

「・・・で、部屋は御覧になりました?」
「はい・・・」
「どうでした?」
「いや・・・とにかく臭いがヒドいくて・・・玄関から奧には行けませんでした」
「そうですか・・・亡くなってたのは部屋ですか?」
「えぇ・・・部屋みたいです」
「どのくらい経ってたんでしょうか」
「約一カ月・・・らしいです」
「この時季の一カ月じゃ、深刻な状態になるのもやむを得ませんね・・・」
「申し訳ありません・・・」
男性は、平身低頭。
身体を小さくして私に謝罪。
身体が腐ることは仕方のないことにしろ、〝自殺〟とは、身内をそういう惨めな目に遭わせるものなのである。
残された人間がが責められるべき問題ではないのに。

「いえいえ・・・私が謝られるようなことじゃありませんから・・・」
「でも、弟が迷惑をかけていることには違いはありませんから・・・」
「しかし、ここが賃貸じゃないだけでも損害は少ないですよ」
「は?」
「借り物だったら、大家さんに対する責任も発生しますからね」
「そうかぁ・・・そうですよね」
「持家なら、御近所への対応をキチンとすれば、部屋はどうにだってできますから」
「そうですね・・・」
「ともかく、私はこれが仕事ですから、気になさらないで下さい」
「すいません・・・」
私は、男性をフォローするつもりで、男性が知らなくてもいいことまで話した。
しかし、的が外れていたために、男性の表情は浮いてこなかった。

「とりあえず、部屋を見てきますね」
「私は?・・・」
「大丈夫です・・・私一人で行ってきますから」
「すいません・・・」
「いえいえ」
「かなりヒドいことになってますから、気をつけて下さいね」
〝気をつけて下さい〟という男性の気遣いと、何をどう気をつければいいのかわからない腐乱現場は、私の中で結びつかず。
それでも、いつもの凄惨な現場を思い浮かべつつ、気合いを入れ直した。

「失礼しま~す」
慣れたこととは言え、私は、独特の緊張感をもって開錠。
マスクの下にこもらせた声で挨拶をしながら玄関ドアを開けた。

「これかぁ・・・」
腐乱痕はリビングに残留。
ただ、汚染レベルはライト級。
覚悟が覚悟だっただけに、ちょっと気が抜ける感じがした。

「ここで吊ってたのか・・・」
廊下とリビングを隔てるドアは不自然に歪み、それは、それに全体重がかかったことを示唆。
そして、その傍には、故人が決行の際に使ったであろう椅子が転がっていた。

「汚染度はライト級でも、一般の人が見たら充分に凄惨な現場なんだろうなぁ」
そこに立つ私は、良くも悪くも〝たくましい男〟。
驚かず・怖がらず・・・素人目にはなれない自分の目を奇妙に思った。

私は、汚染痕を観察し終えると、次に部屋の見分に移った。
家財・生活用品の量は少なく、男性が一人で暮らしていた割にはきれいにされており、ごく普通の部屋。
ただ一つ、汚染痕以外で特徴的なものがあった。
「メガネ・・・サングラス・・・随分とたくさんあるなぁ」
部屋の棚やテーブル・洗面台・下駄箱の上には、いくつかのメガネやサングラスが放置。
その様は、それらが趣味で集められた飾り物ではなく、故人が実際に使っていたものであることを物語っていた。

「まぁ・・・ファッションでメガネを好む人もいるだろうからなぁ・・・」
それは、私には理解しえない分野。
私は、故人の趣味嗜好に、それ以上立ち入らないことにして仕事を進めた。


「ジックリ見てきましたけど、比較的、軽い方ですよ」
「え!?あれで軽い方なんですか!?」
「えぇ・・・」
「大変なお仕事ですね・・・」
〝状況は軽い方だ〟と聞いて、男性は驚きながらも少しだけ安心したよう。
そして、そのギャップ分、私を見る目を変えてきたように感じた。

「メガネやサングラスが、やたらとたくさんありましたけど・・・」
「あ~ぁ・・・全部ダテ眼鏡です」
「ダテ眼鏡!?全部ですか?」
「ええ・・・弟は、目は悪くはありませんでしたから」
「そうですかぁ・・・」「そうなんです・・・アイツ、子供の頃から変わったところがありましてね・・・周りからも、よく変人扱いされてたんです・・・」
男性は、〝話した方が手っ取り早いな〟といった風に、故人の生い立ちを話し始めた。
そして、その寂しそうな口調に兄弟愛が滲み出てきた。

故人は、幼い頃から対人関係が苦手。
内向的で、普通に挨拶を交わすこともままならず。
周囲から変わり者扱いされることも日常茶飯事で、登校拒否・引きこもりも頻繁に繰り返した。

そんな故人は、好奇の視線を浴びながら孤独な道を歩き、大人になった。
そして、社会に出ると同時に、視力が落ちたわけでもないのに、急にメガネをかけ始めた。
時には、遮光の必要もないところでサングラスを着用することも。
どうも、それが精神を安定させていたらしかった。

しかし、社会の視線は思いのほか鋭く、社会の冷光はメガネやサングラスでは防ぎきれるものではなかった。
結局、周りの人と馴染めず孤立し、会社や仕事にも適応できず。
安定して身を置けるところもなく、日雇仕事と家族の支援で細々と生計を立てていた。
現場のマンションも、〝社会に適応する一助になれば〟と、故人の親が買ったもの。
しかし、その結末に、家族の想いは生かされなかった。

「何となくですけど・・・こうなるような予感みたいなものはあったんですよね・・・」
「・・・」
「人から変な目で見られ続けて、社会にも馴染めず、疲れたんでしょう・・・」
「・・・」
「家族としても、できるかぎりのことはしてやったつもりなんですけど・・・」
「・・・」
「まぁ、本人にしかわからないことがあったんでしょうね・・・可哀想なヤツです・・・」
「・・・」
男性は、何かに敗北したような溜め息をついた。
一方の私は、返す言葉も見つからず、ただ黙って頷いていた。

故人にとってメガネは、自分を守る防具だったのか。
または、自分を変える小道具だったのか。
そして、故人はメガネを通して何を見ていたのだろうか。
何が見えていたのだろうか。
闇しか見えなかったから死んだのか・・・
光が見えたから死んだのか・・・
その真意は本人にしかわからないことだったけど、私は終わりのない自問自答を繰り返すのだった。


私も、死体業を長くやってきて、世間から・人々から奇異の視線を感じたことは多々ある。
好奇心・先入観・嫌悪感etc・・・いわゆる〝色眼鏡〟と言われる目だ。
そして、その眼差しに寂しさを覚えたこともあれば反感を覚えたこともある。

では、私は、他人を色眼鏡で見ることはないのだろうか・・・
・・・ある。
外見・持ち物・学歴・社会的地位・経済力etc・・・
実のところ、私は、自分の心にバッチリと色眼鏡をかけている。
それなのに、他人の色眼鏡ばかりを非難し、自意識過剰の被害妄想癖を棚に上げて、極めて次元の低いところにある独善のぬるま湯に浸かっているのである。

自分に偏見と固定観念を持ち、自分を縛り付けているのは、他人の色眼鏡ではなく自分の内にある色眼鏡。
自分の心にある色眼鏡を素直に外してみたら、他人の色眼鏡も半分?・・・いや、もっと少なく感じるようになるかもしれない。
そして、新しく生まれ変わる自分が見えてくるかもしれない。

そう思うと、暗い自戒の中に明るい希望が見えてくるのであった。






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陰日向

2008-05-15 07:01:09 | Weblog
このGW前、大手企業に勤めている知人に、
「例年は11連休はとれるのに、今年は少ない」
とボヤいている人がいた。
過ぎてみると9連休だったらしいけど、〝よくもまぁそんなに休めるものだ〟と感心する。

また、地方公務員の知人は、
「うちらの仕事は、〝忙しい〟とか〝ヒマ〟とか関係ないから・・・」
とのこと。
土日祝祭日に有給休暇を加えて、仕事よりプライベートにウエイトを置きながら悠々自適?にやっているみたい。

会社(役所)も本人も、それで仕事に支障がでないのだから大したものだ。
大組織に勤めたことがない私には、その仕組みが不思議でならない。

何はともあれ、苦悩と疲労の中で労働に従事しているのは私だけではない。
その種類が違うだけで、人それぞれに悩みも苦労もあるだろう。
そんな中でも、一人一人がそれぞれの場所で頑張っている。
私も、自分で自分を可哀想がってばかりいないで、頑張らないとね。


ある日の午後、男性から仕事を依頼する電話が入った。

「一人暮らしをしていた父親が亡くなりまして・・・」
「それは御愁傷様です」
「葬儀が終わったので、住んでいた家を片づけようと思いまして」
「そうですか・・・簡単で結構ですので、部屋の状況を教えて下さい」
「はい・・・」
亡くなったのは男性の父親だったが、男性は何事もなかったかのように平静。
私は、建物の種別・間取り・階数・死因・死後経過時間etc・・・頭の準備を整えるため、いつも尋くようなことを男性に質問。
男性は、それに落ち着いて応え、私の頭には具体的な映像が思い浮かんできた。

「できたら、早めに片付けたいのです」
「はい・・・」
「今、休暇をとっているのですが、そうそう休んでもいられないもので・・・」
「なるほど・・・では、明日にでも伺います」
「よろしくお願いします」
「では、明日の〓時に現地で・・・」
男性は、自分の仕事が気にかかっている様子。
更には、賃貸である部屋を明け渡す期限もあるよう。
私達は、携帯電話の番号を交換して電話を終えた。

その翌日、約束通り、私は現場に出向いた。
公営団地らしき建物は、地味な造りながら築浅できれい。
私は、エレベーターを経由して目的の部屋に直行。
それから、表札の外された玄関の前に立つとインターフォンをプッシュ。
すると、スピーカーから返事がきて、続いて玄関ドアから中年の男性が顔をのぞかせた。

「おはようございます」
「お待ちしてました・・・ご足労お掛けして申し訳ありません」
「いえいえ・・・現地調査も大事な仕事ですから」
「では、早速・・・どうぞ中へ・・・」
「失礼します」
男性は、丁寧な口調と紳士的な物腰。
私は、男性の第一印象に好感を抱きながら玄関の中へ。
家に土足で上がることが多い私は、男性の足元を確認してから靴を脱いだ。

「荷物は少ないですね」
「年寄りの一人暮らしでしたからね」
「それに、きれいに片付いてますね」
「几帳面な性格でしたから」
「確か・・・ここで亡くなったっておっしゃってましたよね?」
「ええ・・・そこのベッドの上で・・・」
「そこですか・・・言われないとわかりませんね」
「そうですね・・・」
「特段のニオイもありませんし」
「はい・・・」
家財生活用品の類は極めて少量。
しかも、整理整頓が行き届いており、内装が新しいせいか全体的にもきれいな状態。
年配者が一人で暮らしていたことは感じられない雰囲気があった。

「発見されるまで、どのくらい経ってたんでしょうか」
「担当の方がすぐに駆けつけてくれたらしいんですが、その時はもう・・・」
「担当の方?」
「ええ、この建物には、非常通報装置が設置されてましてね」
「はい・・・」
「倒れる寸前に、親父が自分で知らせたみたいです」
「なるぼど・・・そうでしたかぁ・・・」
「ここに越してきて一年も経ちませんけど、ここに住まわせててよかったですよ」
「はぁ・・・」
「倒れたことに気づかすに放置してたら大変なことになるところでしたから・・・」
「・・・ですね」
「それが避けられただけでも、よかったのかもしれません・・・」
「・・・」
そこは、身体が不自由だったり弱めている人が優先的に入居する所のようで、室内は、段差の少ないバリアフリー・廊下も広めの構造。
部屋には非常通報装置が設置されており、今回、それが使われたようだった。

故人は、妻女に先立たれてからずっと一人暮らし。
男性も、父親のことが気にならない訳でもなかったが、責任ある仕事と日常の生活に追われて、関係は疎遠に。
故人は、年齢を増して身体が弱まってきても、誰かとの同居も老人施設への入所も拒否。
そこで、少しでも安心できて暮らしやすいこの団地に越して、男性との折り合いをつけたのだった。


「部屋もきれいですし荷物も少ないですから、片付けはすぐにできますよ」
「そうですか・・・できるだけ早く片付けたいので、お願いします」
「貴重品類は探されましたか?」
「一部だけ・・・どちらにしろ、大したものはないはずですよ」
「じゃ、私が細かいモノを梱包していきますので、そのついでに貴重品を探してみますか?」
「はい、そうしていただけると助かります」
私は、貴重品探索のついでに荷物を梱包することに。
〝あとは捨てるだけ〟の状態にしておけば、後日の搬出の際に、男性に時間的な負担をかけなくても済むし、男性もそれを望んだ。

小さなモノはいくつか出てきたものの、男性の言う通り、大した貴重品類は出てこず。
ただ、男性は、一つ一つを感慨深そうに・名残惜しそうに手に取ったり眺めたりしていた。
そんな時間がまた、故人の死と故人との死別を深く認識させるのだった。


「今日の作業は、こんなところでしょうか」
「はい」
「鍵を預けていただければ、あとの搬出作業は日をあらためてキチンとやらせていただきますので」
「そうしていただけると助かります・・・ありがとうございます」
「どういたしまして」
「代金は後日でいいですか?」
「ええ、作業が全部終わってからで構いませんよ」
「助かります・・・では、身分証の代わりに勤務先の名刺を渡しておきますね」
「恐縮です」
男性は、売掛のリスクを言わずとも察してくれ、私に名刺を差し出した。
私は、その機転と配慮に、男性へ抱いていた印象を更によくした。

「立派な会社にお勤めなんですね」
「いやぁ・・・大したことないですよ」
「役職もスゴいし・・・」
「いやいや・・・ただ、親父はこの仕事を喜んでくれてましたけどね」
名刺には、名の知れた会社と重みのある肩書き。
その仕事には関係ない私でも、それによって腰を低くさせられそうになった。

通常、仕事や肩書に関するお世辞にノッてくる人は多く、それを自慢したがる人は多い。
勤務先や肩書に自分の価値を置いて、それに依存して生きている人は、意外に多いのだ。
実際、私の過去にも、それをカサに威張り散らしている人が何人もいた。
それがなくなると、呆気なく丸裸になってしまうことも知らずに。

しかし、この男性は違っていた。
会社では相当のヤリ手だろうに、男性は、そんなこと普段から気にも留めていない様子で私のお世辞を軽い謙遜で受け流し、話題を故人のことに移していった。
そして、その物腰が、男性の深い懐と厚い人格を感じさせた。

「この世代の多くの人がそうだったように、親父も苦労人でね・・・」
「はい・・・」
「自分は貧乏しながらも、私にはキチンとした教育を受けさせてくれました」
「そうですか・・・」
「〝学校をでたら陽の当たらない仕事に就け!〟ってね」
「陽の当たらない仕事!?」
「そう・・・」
「〝陽の当たる仕事〟じゃないですか?」
「いや、それがね・・・つまり、〝ホワイトカラー〟・・・オフィスワーカーのことを言いたかったようなんです」
「なるほどぉ・・・ユニークな表現ですね」
「自分がブルーカラーの外仕事・・・いわゆる肉体労働で苦労したから、息子には同じような目には遭わせたくなかったんでしょう」
「そうでしたか・・・」
男性は、故人の生き様を思い出して、あらためて何かを感じた様子。
それを噛みしめるように、口を一の字に固めた。

「ちなみに、私も、ある意味で〝陽の当たらない仕事〟ですよ」
「???」
「作業のほとんどは屋内ですし」
「はぁ・・・」
「ついでに、社会的認知度も低いですしね」
「確かに・・・」
「正直、〝なんでこんな仕事を選んじゃったんだろう〟なんて、よく思うんですよ」
「そうですか・・・」
「世間からの色んな目もありますしね・・・」
「・・・」
「スイマセン・・・余計なこと愚痴っちゃって・・・」
「いえいえ・・・率直なところ、私も第三者だったら変な目で見たかもしれませんよ」
「そうですか・・・でもまぁ、正直にそう言われる方が、上っ面の社交辞令で片付けられるより嬉しいですよ」
「しかし、世の中に必要な仕事だと思いますよ・・・助けられている人も多いんじゃないですか」
「だといいんですけど・・・」
私は、飾らない考えを述べる男性に誠実さを感じた。
そして、この男性をこういう人物に育てた故人にも、敬意に似た好感を抱いた。

「私も、仕事がツラいときもありますけど、そんなときは、いつも親父のことを想い出すんです」
「はい・・・」
「親父が私の歳だった頃のことを想像するんですよ」
「・・・」
「そうすると、今の私なんかより、ずっと苦労してた親父の姿が蘇ってきてね・・・」
「えぇ・・・」
「そうすると、どんな境遇にもへこたれることなく生きてきた親父に励まされたように元気が湧いてくるんです」
「そうなんですね・・・」
話しているうちに、男性の顔はキリリ。
〝少々の困難は打破してみせる〟といった気概が漲ってきた。
そして、その話には、私も励まされるものがあった。

「この歳になって思うと、親父は、気づかないところで陰になり日向になって私を育ててくれてたんですよね」
「そうでしょうね・・・〝父親〟って、そういうものかもしれませんね」
男性は、会社では一目も二目も置かれる存在に違いなかったが、その時は、故人に対する子供そのもの。
その穏やかな表情は、父親に対する感謝の念でいっぱいになっている心情を表していた。


その日の作業を終え、私は男性と別れて現場を後にした。
そして、会話の余韻を残しながらの帰途中で男性親子のエピソードを反芻し、何とも言えず雄々しい気持ちが湧いてくるのを覚えた。
と同時に、〝特掃隊長〟こと悲劇の死体業ヒーローは、いつも自作自演自観の喜劇に埋没している不甲斐なさに苦笑いをした。

「〝陽の当たらない仕事〟かぁ・・・」
かつての故人が男性に話したその言葉は、しばらく私の脳裏に残った。
そして、それを考えているうちに、その意味はただの〝ホワイトカラー〟だけを指したものではないように思えてきた。

「社会の陰にあっても社会に必要な仕事、世間に嫌悪されても依頼者に愛される仕事、価値を持たなくても価値をつくれる仕事・・・そんな仕事をやりなさい」
故人から、そんなメッセージが伝わってきたような気がして、太陽に向かってちょっと胸を張ってみる私だった。








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春の置土産

2008-05-10 15:48:09 | Weblog
「疲れた・・・」「眠い・・・」

新緑も輝くように映え、このところ急に暖かく・・・時には暑いくらいになってきた。
不眠症の私には、このポカポカ陽気が仇となる。
昼間、車に乗っていると、疲労に重なって凄まじい睡魔が襲ってくるのだ。

ガムを噛んだり身体をつねったり、流行遅れの歌を歌ったりして抵抗を試みる。
しかし、敵も強者。
撤退は一時なもので、またすぐに襲ってくる。

幸い、事故こそ起こしたことはないものの、瞬間気絶によってヒヤッ!としたことは何度もある。
ただ、車の運転が欠かせない仕事だから、その辺は重々気をつけないといけないと思う。

そんな春、GWを楽しく過ごした人は多いだろう。
私も、このGWは行楽渋滞を横目に、海や山に出掛けた。
海は海でも〝〓の海〟、山は山でも〝〓〓の山〟だったりするけど。
並のレジャーでは決して味わうことのできない、心的な一大アドベンチャーを経験した。

ところで、世の人は、連休明けの仕事をどんな気分で迎えたのだろう。
鬱状態の自分に鞭を打った人もいれば、勇んで出社した仕事人間もいたかもしれない。
また、私と同じくずっと休まず仕事をして、メリハリのなく過ぎた人もいただろう。

とにもかくにも、一人一人が頑張って社会が成り立っているわけだから、私も頑張らないとね。


何年か前・・・あれも、ちょうど今頃の季節だったと思う。

「死体が発見されまして・・・」
不動産管理会社の担当者から、いきなりの電話が入った。
ま、この仕事は、常に〝いきなり〟なのだが・・・
私は、遺族と話す場合にはださないビジネスライクな口調で、話を進めた。

「遺体はもうありませんよね?」
「ええ、警察が運びました」
「で、現場はそれ以降は手がつけられてない状態ですか?」
「はい・・・」
「現場は見られてます?」
「いえ・・・」
「そうですかぁ・・・」
「見てこないとダメですか?」
「いや、大丈夫です」
「よかった・・・」
担当者は現場を見ておらず、また、〝見たくない!〟気持ちが強そう。
私は、その時点で詳しい情報収集を諦めた。

「現場は、マンションですか?アパートですか?それとも一戸建ですか?」
「雑居ビルの空店舗です」
「は?空店舗?」
「そうなんです・・・」
「そこで孤独死ですか?」
「えぇ・・・」
「珍しいケースですね」
「まぁ、そうですかね・・・」
通常、孤独死・腐乱は住居用の建物で起こることが多いし、私は、それに慣れていた。
だから、現場が空店舗であることに少し驚いた。

「亡くなったのはどなたなんですか?」
「それが・・・身元不明の男性でして・・・」
「身元不明!?」
「どうも、ホームレスらしいんです」
「ホームレス?」
「そう・・・どうも、勝手に住み着いてたらしくて・・・」
亡くなったのが身元不明のホームレスであることを聞いて、私は、これまた少し驚いた。
同時に、一つの心配事が頭に浮かんだ。

「こんな時にこんな話をして申し訳ないのですが、費用はどなたがご負担されますか?」
「は?」
「その辺のところをハッキリしておかないと、後々にトラブルが起こる可能性があるものですから・・・」
「そうか・・・そりゃそうですね」
「通常は、遺族や保証人が負担されることが多いですけど・・・やはり、この場合は、大家さんが泣くことになるんでしょうか」
「・・・多分、ここもオーナーが負担されることになると思いますよ」
私は、〝やっぱ、そういうことか・・・〟と溜め息。
災難が降りかかったオーナーを気の毒に思った。

「自殺ですか?」
「さぁ・・・その辺りのことは何も聞いてないので、わかりません」
「余計なことを聞いてスイマセン」
「いえいえ・・・やはり、自殺だと作業や料金が変わりますか?」
「いや、特にそんなことはありませんけど・・・」
「自殺するくらいなら、ホームレスなんかになってないんじゃないかなぁ・・・」
担当者の言葉には、故人を見下すようなニュアンスが感じられた。
しかしながら、同時に妙な説得力も感じて、善人になれない自分に苦笑いした。

「ところで、亡くなってからどのくらい経ってたんですか?」
「一年・・・らしいです」
「は!?、一年!?」
「はい・・・」
「ひと月の間違いじゃないですか?」
「いえ・・・警察の判断はそのようです」
「そうですかぁ・・・それにしても、随分と長く放置されてたもんですねぇ」
「えぇ・・・ただ、うちは、契約の取り次ぎだけで日常の管理業務を請け負っていたわけではありませんから、うちの責任じゃないんですよねぇ・・・」
私は、一年という期間に驚嘆。
好奇心をくすぐられながら気分は転落。
それは、私が動揺を覚えるには充分の期間だった。

結局のところ、現場を見ていない担当者に詳しい状況を尋ねてもラチがあかないので、私は、現場に行くことに。
また、場合によっては、現地調査のあと直ちに作業を依頼される可能性もあり、私は、その準備も整えて行った。


現場の建物は低層の古い雑居ビル。
街も閑散としていて、シャッターの閉まった現場も周囲の不景気な景観に浮くことなく溶け込んでいた。

私は、現場の近くに住むオーナーに電話。
少しすると、年配の女性が歩いてきた。

「こんちには」
「ご苦労様です」
「今回は災難でしたね」
「えぇ・・・本当に・・・」
「亡くなったのは身元のわからない方と聞きましたが・・・」
「そうなんです・・・勝手に入り込んでたみたいで・・・近くに住んでいるのに、全く気がつきませんでした」
「ところで、一年も経ってたそうですけど・・・」
「そうなの・・・まったく・・・」
「・・・」
「もう一年以上も前になりますけど、ここに入っていたお店がつぶれちゃいましてね・・・家賃も滞納した挙げ句に荷物も片付けないで、〝夜逃げ〟ですよ」
「それはまた災難でしたね・・・」
「そう・・・今回のことも併せて、まさに〝踏んだり蹴ったり〟ですよ!」
オーナーの女性は、誰にも向ければいいのかわからない不満を興奮気味に吐露。
前の店主や故人への不満を露わに顔をしかめた。

「でも、どうやって発見されたんですか?」
「空いて一年以上にもなるから、そろそろ何とかしようかと思って中に入ったんですよ・・・」
「大家さんが?」
「いや、息子が」
「あらら・・・」
「そしたら、こんなことになっててね・・・もう、驚いたのなんのって」
「息子さんは、もっと驚いたでしょうね」
「ホントそう!今だにうなされてますよ」
「お気の毒に・・・」
「それにしても、よくこんな所で暮らしてたもんですよ」
「・・・」
「シャッターの鍵が壊れてて自由に出入りできてたみたいですけど、ここには電気もガスも水道もないんですよ」
「いや~、ホームレスの人にとっては、雨風しのげるだけで充分だったんじゃないですかねぇ」
「そういうものですかね・・・」
「話ばかりしててもなんですから、とりあえず現場を見てきますね」
「シャッターはそのまま開きますから、よろしくお願いします」
私は、〝死後一年〟を充分に頭に叩きこみながら、いつもの道具を装着。
そして、近くに人がいないことを確認してから、入り口のシャッターを小さく開けた。

「なるほど・・・」
足を踏み入れた部屋の中には、不要になった什器備品類が乱雑に放置。
前の店模様が、ほとんどそのまま残っていた。

「ここかぁ・・・」
かつてのバックルームらしき場所にはソファーセット。
その周囲には食べ物ゴミや生活用品が散乱。
故人がそこで生活していたことは明らかだった。

「このソファー、完全にイッちゃってるな」
長ソファーは、ドス黒く変質。
故人は、そこに横になってたようで、片方の肘掛には頭部の痕跡。
腐敗液が平面的に、頭髪が立体的に頭の形を表していた。

「ほぼ予想通り・・・」
故人は、ソファーに横になったまま一年。
液状化していく身体をウジが食い、食いきれないものはソファーが吸い、吸いきれないものは床に流れ・・・
発見されたときは、とっくに白骨化。
そして、そこには凄惨な光景と悪臭だけが残った・・・

「カーッ!・・・下が土だったら、こんなことになってなかったのに!」
床はピータイル。
腐敗液は浸透することなく、ただただ流れるばかり・・・
元人間は、まるでその意思が動かしたかのように不気味な模様を形成していた。

「こりゃ、根拠のいる作業になるぞ」
広範囲に広がる腐敗液は、プラスチックのごとく凝固。
それを除去する作業が一朝一夕にできるものではないことは、すぐに覚悟した。


「チクショー!やっぱ、なかなか落ちないなぁ・・・」
私は、削っても削っても減らない腐敗プラスチックに悪戦苦闘。
床に留まろうとするその執念は、まるで故人の遺志が働いているようにも感じられて、度々へこたれそうに。
〝また後日、出直そうかな・・・〟なんて具合に、気持ちが凹みまくった。

ただ、どんなに嘆いてみても、私がやらなければならないことは決まっている。
私は、手を止めないように努めながら、頭に色んな想いを巡らせた。

「それなりの事情があったんだろうな」
故人の情報は〝男性〟〝ホームレス〟というものだけ。
人柄はもちろん、その年齢も経歴も全く不明。
ただ、床にへばりつく腐敗を削っていると、晩年の暮らしぶりがぼんやりと浮かんできた。
そして、私の嫌悪感は妙な同情心に変わっていき、そのうちに自分との戦いに移っていった。

自分がこの仕事をやっている意味・・・
ここで腐敗プラスチックと格闘する意味・・・
考えても仕方のないようなことばかりが、頭に沸々。
そんなことを考えていると、故人がそこで死んで腐乱したことにも、何らかの意味があるように思えてきた。
そして、食うための仕事でありながら、結果的にそれが自分を人間的に鍛錬し研磨するものであることに気づかされたのだった。

「これは、俺を鍛えるために故人が残していってくれたものかもしれない・・・そう思うことにしよう」
私は、弱虫思考を一転。
一向に進まない作業に対するストレスとプレッシャーを、己を研鑽するためのエネルギーに変えた。


「疲れた・・・」「眠い・・・」
が口癖のようになっている私。
しかし、仕事を通じて関わる見ず知らずの故人が、私の背筋を伸ばし目を醒まさせてくれる。
落ち込んでも凹んでも、泣いても嘆いても、先に逝った人達が次から次へと私に何かを残してくれ、何かを教えてくれているのである。


元人間を吸った重量が原因か、元人間が着けた汚れが原因か、それとも元人間の人生が原因か。
当初、そのソファーは、なかなかの重さがあった。
しかし、故人の置土産を想うと、運び出すソファーが、心なしか軽くなったような気がした。







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火炎(後編)

2008-05-05 09:35:40 | Weblog
火事の原因をみると、〝タバコの火〟は上位にランキングされているよう。
あとは、ガスコンロや電気器具。
そしてまた、非常に残念ながら、〝不審火〟も多いらしい。
・・・付け火・放火の類だ。
放火は、刑法上の罪も重く設定されているらしい。
火災現場とそれを取り巻く人間模様を眺めていると、それも理解できるような気がする。


作業の日。
空は、女性の心情を表すかのように薄曇り、所々に陽がさしていた。

「今日は、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
「作業には、立ち会わなくてもいいですか?」
「構いませんけど・・・」
「全部お任せしますので、終わったら御連絡下さいますか?」
「はい、責任を持ってキチンとやりますから、心配しないで下さい」
「よろしくお願いします」
「ちなみに、どちらで待たれてますか?」
「この近くに新しく部屋を借りたので、そこで待ってます」
「そうですか、わかりました」
女性が作業に立ち会いたくない理由は、だいたい察しがついた。
他の住民に対する罪悪感や火事の恐怖感にこれ以上焦心するのが辛かったのだろうと思った。

現場の火災跡の片付けには、それなりのコツみたいなものがある。
普通のゴミ処分とは、違うのだ。
しかも、黒い煤によって、身体も著しく汚れる。
しかし、人が亡くなった現場とそうでない現場とでは、必要なパワーとかかる負荷は違う。
やはり、人の命が失われた現場は、心身に重いものを感じる。
そしてまた、この現場は猫の件があったので、一味違った気の重さがあった。


この部屋が燃えたことは、同じマンションの住人はもちろん、近隣の住民にも知れていた。
その中で好奇心旺盛な人は、作業中でも部屋を覗きに来る人がいた。
どの世界・どの地域にも、好奇心旺盛な野次馬はいる。
ただ、その行動は、人の不幸蜜を吸いにきた害虫のように思えて何とも不快な感じ・・・
私は、〝作業の邪魔をしないで下さい!〟といったぶっきらぼうな態度を露骨にだし、近寄る人達を追い払った。


燃えた残骸の片付けは、大きな支障もなく進めることができたが、肝心のネコはなかなかでてこず。
それがどこにいるかわからない中での作業だったので、気を緩めることもほとんどできず。
しかも、紛らわしいぬいぐるみがあちこちから出現。
若い女性が多くのぬいぐるみを持っていても何ら不思議なことではないながら、この時もまた、何度も冷や汗をかかされた。

「あ!これか?」
残骸がだいぶ減った頃、台所にそれらしきものを発見。
私は、懐中電灯を持ってきてそれに近づいた。

「これはぬいぐるみじゃなさそうだな」
台所の流し台と冷蔵庫との狭い隙間に、毛の生えた塊。
私は、目を凝らしてそれをよく見た。

「間違いないな!」
そもそも、そんな所にぬいぐるみがあるわけもなく。
私は、それがネコの死骸であることを断定した。

「可哀想に・・・怖かっただろうな・・・」
炎と煙に追われたネコは、そこに入り込むしかなかったのだろう。
逃げ場を失って動けなくなった様には、恐ろしく絶望を感じた。

「これもダメだな」
〝もとから黒色〟かと思うくらいに、冷蔵庫も煤で真っ黒。
直接は燃えてはいなかったけど、プラスチックの部分は熱で変形していた。

私は、ネコを引き出すため、冷蔵庫を雑に移動。
それから、余計なことを考えないように努めながら、動かないネコをバスタオルにくるみ、更にそれをビニール袋に入れた。

「いましたよ!いました!」
私は、作業を中断して女性の携帯に連絡。
そのテンションは、無意識のうちに上がっていた。

「ホントですか!?」
「ええ」
「どこにいました?」
「台所・・・流し台と冷蔵庫の隙間に」
「え・・・」
女性は、電話の向こうで絶句。
ネコの最期を想像して声を詰まらせたことが、私にも伝わってきた。

「このネコ、どうされます?」
「どうって・・・どんな状態ですか?」
「露骨な表現になりますけど・・・」
「はい・・・」
「死んだままの状態で硬直してます」
「・・・」
「あと・・・燃えてはいませんけど、煤で汚れてますね」
「そうですか・・・」
「とりあえず、バスタオルにくるんでおきました」
「そうですか、ありがとうございます」
一人暮らしの女性にとって飼い猫は家族も同然。
それが死んでしまったことに大きな悲哀と喪失感を負い、そしてまた火事に恐ろしい遭わせてしまったことに、重い罪悪感を抱いているようだった。

「作業終了のときにお渡ししますね」
「はぃ・・・」
「それとも、早い方がいいですか?」
「いえ・・・ただ、いつでもいいので、それをうちに持って来ていただくわけにはいきませんか?」
「構いませんけど・・・」
「自分で持って運ぶのがちょっと・・・」
「・・・わかるような気がします」
「・・・」
「そろそろ休憩を入れるつもりなので、ついでに、これから持って行きますよ」
「お手数をおかけして、申し訳ありません」
「どういたしまして」
私は、休憩ついでにネコを届けることに。
ネコを見つけた達成感に疲労感と空腹感を加えて、現場を離れた。


「腹減ったなぁ」
昼時になっても休まず作業を続けていた私の腹はペッタンコ。
私は、近くの商店街を、目立つくらいに汚れた服装で猫の死骸をビニール袋にブラ下げ、女性宅に向かって歩いた。

「オッ!食べ放題!」
商店街に連なる食べ物屋を横目で見ながら歩を進めていると、〝〓〓食べ放題!〟のフレーズが私の目に飛び込んできた。
興味を覚えた私は、立ち止まって書いてある内容をジックリ観察。
揃えられているメニューはどれもこれも美味しそうなものばかりで、私の飢えた腹を強烈に刺激。
しかし、片手に、食事をしない〝連れ〟を伴い、ヒドく汚れた格好をしていた私が店に入れるわけもなく、頭だけで試食して店の前を後にしたのだった。


「どうもお待たせしました」
「いえいえ」
「これなんですけど・・・」
「・・・」
「どうぞ・・・」
「随分と大きい感じがしますけど・・・」
「伸びた体勢で硬直してますから・・・」
「・・・」
女性は、私が差し出したビニール袋をしばし注視。
そして、無表情のまま指先でつまむように受け取った。
その仕草は、ネコへの愛情と死骸への嫌悪感が入り混じって、自分でも整理がつかない複雑な心境を如実に表していた。

不幸中の幸い、命を落としたのはネコだけで、女性は軽傷だけで済んだ。
周りにもケガ人はでなかった。
家財・生活用品は失ってしまったものの、部屋の原状復帰費用のほとんどは保険でまかなえるとのこと。
時が経てば、また平穏な生活が戻る。
話しているうちに、女性は平常の落ち着きを取り戻してきた。

「またネコを飼うんですか?」
「いや、しばらくはもう」
「・・・」
「でも、いつかまた飼うかもしれません」
「どちらにしろ、タバコはやめた方がいいかもしれませんね」
「はぃ・・・」
「その方が、財布にも身体にも優しいですよ」
「は、はい・・・」
「人や環境にもね」
「・・・」
女性を和ませようとして発した私の軽い忠告を、女性は深刻にキャッチ。
女性は、明るい反応をするどころか難しい顔をして頷き、気持ちを和ませるどころか暗い雰囲気を誘発するハメになってしまった。

「よ、余計なことを言ってスイマセン」
「いぇ・・・」
「これから、休憩を挟んで作業を再開します」
「お願いします」
「じきに終わると思いますので、終わったら連絡します」
「わかりました」
私は、フォローする言葉もなくスゴスゴと女性宅から退去。
コンビニ弁当で鋭気を養った後、現場に戻って作業を再開した。


空っぽになった部屋は、月星のない夜のように真っ黒。
それは、ネコの非業の死と女性の受難を象徴しているかのようだった。
しかし、それを見る女性には穏やかな安堵感が滲み出ていた。
そして、私は、それを作業合格のサインとして受け取ったのだった。


タバコを吸わない私は、身近にライターやマッチの類はない。
その分、火をだすリスクは少ない。
また、冬場の暖房も電気系ばかりで、火モノは使わない。
火があるとしたら、せいぜいガスコンロくらい。
やはり、火はできるかぎり抑えて生活したいもの。

しかし、持っていたい火もある。
心の火・魂の炎だ。

人は、何かに燃えることがある。
仕事・学業・スポーツ・趣味・何かとの戦いetc・・・
夢や目標に向かい、希望を持って燃えることは心地よい。
そんなときは、生きている充実感・生き甲斐が大きく感じられる。
ただ、〝燃え尽き症候群〟なんて言葉があるように、表面的なものは何かの拍子に火が消えてしまうことがある。いとも簡単に。
そうなったら、また次に燃えるネタがあればいいけど、必ずしもそんな好機があるわけではない。
事実、何らかの理由や事情で心の火が消えて寒々しくなるときがある。
人生を再燃させることを諦めたくなるときがある。
しかし、心は冷えても魂は生きた熱をもっている。
地表が暑かろうが寒かろうが、それに関係なく核に熱いマグマがある地球のように、一人一人の魂は燃え続けているのだ。
自覚できないだけで、魂は強いエネルギーを持っているのだから、生きることを諦めることはない。

かく言う私も、過去のブログからも読み取れるように、表面的には結構な温度差がある。
それは、私が、感情に起伏を持つ生身の人間である証拠。
だから、人に伝わる温度を考えず、火がついたように文字を連打することがあれば、極めて冷静に打つこともある。

そんな格闘の中で、このブログを打つ(書く)のには、それなりの時間を要する。
新しい携帯電話にもだいぶ慣れたけど、やはり、これには時間をとられているのだ。
この時間をひねり出すのもなかなか楽ではなく、作業の隙間やプライベートの時間をフル活用している状態。

更新頻度を適当に変えていけばいいのかもしれないけど、定期的にしているのは私なりの理由がある。
褒めた言い方をすれば〝几帳面な性格〟、貶した言い方をすれば〝自己管理能力が低い〟から、野放しにすると私の人間性を反映して、極めて不安定なブログになってしまうのだ。

あと、謝罪がひとつ。
隊長との個人的なメール交換を希望して、非公開コメント欄に自分のメールアドレスを書いてくる人がいる。
ただ、正直なところ、一つ一つに返信している時間がない。
返信する気になれば時間はつくれるのかもしれないけど、その時間は他に使いたい。
人気者を気取って高飛車な態度にでているつもりはないのだが、事実上、個人的なメール交換は今の私には困難。
したがって、問い合わせフォームから入ってくる具体的な質問や相談以外は、一切返信を行っていない。
その結果として、何人かの人達のメル友要望を無視したかたちになってしまっていることを、ここで深くお詫びしたい。


とにもかくにも、私の打つこの文字を誰かが必要としてくれ、この文章が誰かの糧になっているとするなら・・・
それを想うと、おのずと親指に力が入る。
ちょっとした使命感みたいなものが湧いてくるのだ。

ただの独り善がりかもしれないし、中身が少々クドくなってきた感も否めないけど、私は、今日もまた渾身の一文字を打っているのである。








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