特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

志向錯誤

2010-09-30 18:13:17 | Weblog
今年の夏は、本当に暑かった!
熱中症で亡くなったと思われる現場にも、何度か遭遇した。
毎日毎日、大汗をかき、毎日毎日、何リットルもの水分を補給した。
食欲が減退し、アイスクリームを昼食にしたこともザラにあった。
それでも、体重は落ちることを知らず。
健康な証拠か、はたまた不健康な証拠か、“メタ坊”は腹回りに居座り続けている。

そんな夏も一段落つき、このところは、秋涼が感じられるようになってきた。
“やっと”といった感じだ。
「秋の寂しい雰囲気が苦手」という人は少なくないけど、私にとっては、秋はホッとする季節。
次に控える冬欝は厄介だけど、ひとまず一息つけるから好きである。
これから美味しいものでも食べて、心と身体に休息を与えたい。

しかし、これには注意点が一つ。
そう・・・“メタ坊”だ。
私くらいの年齢になると、生活習慣病とはいつも隣り合わせ。
そして、肥満は、その原因の最たるもの。
だから、“食欲の秋”でも、ある程度の節制が必要なのだ。

生活習慣病の主な原因としては、タバコも挙げられる。
幸い、私は、タバコをやらない。
ただ、伏流煙は相当吸っていると思う。
何せ、うちの会社はヘビースモーカーが多いもので・・・
「タバコから吸う煙より、伏流煙の方が身体に悪い」と聞いたことがあるが、これは本当のことなのだろうか。
本当だとしたら、なんと不条理なことだろう。
「今回の値上げなんて、まだまだあまい!もっと上げるべき!」なんて、ついつい思ってしまう。

そう・・・タバコは、明日から大幅に値が上がるらしい。
愛煙家の中には、この値上げを深刻な問題として捉えている人もいるだろう。
冷静に考えると、影響のない私からみても、この上げ幅は大きいと思うから。
知人の中には、これを機に禁煙にチャレンジしようとしている人もいる。
しかし、これが禁煙するきっかけになれば、結局は、本人にとっても周囲にとってもプラス大ではないだろうか。
勝手ながら、あとは、酒税に同じことをやられないよう祈るのみだ。

私が酒好きであることは、言わずと知れたことか・・・
この夏も、大量の酒を飲んだ。
暑いうちはビールやチューハイが主役だったが、秋は、度数の高い酒が恋しくなる季節。
そんな訳で、数日前、ウイスキーを開栓。
いつも悪臭ばかり嗅いでいる鼻は、その芳しい香りに大喜び。
同じく、その甘味に舌が、その刺激に咽が、その重量感に胃が喜んだ。
結果、一人前の酔っぱらいオヤジができあがった。

こんな私は、酒を飲まないで過ごすのはなかなか大変。
飲まないでいられたのは、肝臓を悪くしたときや、欝に陥ったときくらい
しかし、過去に何度か禁酒を試みたことがある。
ノンアルコールビールを飲んだり、食事前に多めのお茶や水を飲んでみたり・・・
色々と試行錯誤してはみたものの、結局、何も変わらないまま現在に至っている。
今のところ、禁酒する予定はないけど、せめて減酒はしたいと思う。
身体を壊してからでは、遅いから。


そうこうしているうちに、9月も末日。
前回更新してから、早くも、ひと月が経った。
やはり、現場作業に追われると、ブログを書くことに頭が向かない。
書きたいことはあるのだが、休息時間を削ってまで書こうとは思わない。
結局のところ、ここまで続けていても、私は、ブログ製作を生活の一部にまではしていないのだ。

そもそも、私は、何のためにこのブログを書いているのだろうか。
自己を顕示するため・・・
仕事や会社を知ってもらうため・・・
人生の歩みを刻むため・・・
思い出をつくるため・・・
自分を見つめるため・・・
その意味や理由は、色々と考えられる。

また、私は、何を目的に文字を刻んでいるのか・・・
命の大切さを人に訴えたいのか・・・
・・・いや・・・それもあるかもしれないけど、何か違うような気がする。
“命”ではなく、生きることの大切さ、生き方を考えることの大切さを人に伝えたいのか・・・
・・・そんな感じがする・・・けど、これも核心ではない。
やはり、私は、生きることの大切さと、生き方を見つめることの大切さを自分にわからせたいのだ。
そこを目指しながらも、いつまで経っても、そこに辿り着けないで苦悩しているから。

結局のところ、その根本は、“利己であって利他ではない”ということ。
誰かのためではなく、自分のために書いているということ。
自分を正すため、自分を励ますために、自分に向けて書いているのだ。

それでも、これを読んで、元気づけられる人がいるよう。
本来、私ごときが書く薄っぺらい自論には、もともと、人に力を与える力なんてないはずなのに・・・
単純に考えれば、これは感謝なことであり、嬉しいことである。名誉なことでもある。
しかし、うまく言えないけど・・・何だか危うい感じもする。
私のつまずきが、人をつまずかせてしまうかもしれないから。
また、私の弱さが、人の強さを削いでしまうかもしれないから。
そして、私の愚かさが、人から賢さを奪うかもしれないから。

人からの感謝や賞賛は、大いに嬉しい。
励ましは、力づけとなる。高揚感も覚える。
ただ、このブログを、上に持っていってはダメ。
ここに、そんな価値や力はない。
私は、真理と思われるものに触れているだけで、真理を掴み取っているわけではないから。

私は、コメントに書いてもらっているような強い人間ではない。残念ながら。
しかし、自分が悲しんでいるほど弱い人間ではないのかもしれない。
私は、コメントに書いてもらっているような善い人間ではない。決して。
しかし、自分が憂いているほど、悪い人間ではないのかもしれない。
私は、コメントに書いてもらっているような賢い人間ではない。本当に。
しかし、自分が卑下しているほど愚かな人間ではないのかもしれない。
力なく弱く、善少なく悪多く、知恵なく愚かでありながらも、これを書くことによって、自分の中に何か良いものが蓄積されているような気がするから。

ただ・・・
「自分は善人」と思った時点で悪が入る。
「自分は強者」と思った時点で弱さが入る。
「自分は賢者」と思った時点で愚かさが入る。
そのこともまた、重々承知しておかなければならない。

今、何かに落ち込んでいるわけでも、何かあって卑屈になっているわけでもない。
“特掃隊長”でいることに限界を感じて愚痴りたいわけでもない。
私は、素の自分にある悪性と愚かさと弱さを弁えたい。
いい意味で、自分の志向に疑問を持ちたい。
そして、つまらない人間であることを、知ってもらいたい。
体裁ばかりを取り繕った、空虚なハリボテにならないために。


これから先、この“浮世にもがく偽善者”は、“浮世離れした独善者”にならないよう自戒しながら、素の自分と向き合っていきたい。
右往左往しながら、七転八倒しながら、試行錯誤しながら、それでも、喜びと心の笑顔を忘れずに。
そして、時に精一杯背伸びをし、時に臭いくらいにキザに、時に自然体で、これからも、気の向くままに、何かを書いていこうと思っている。




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