特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

無駄

2023-02-24 07:00:00 | 特殊清掃
三年が経ち、コロナ禍も終盤に入りつつあるのか・・・
感染症の分類も5類に引き下げられることになり、マスク着用も原則として「個人の判断」となる模様。
そんな中、判断の難しさや想定されるトラブルをネタに各所で議論が巻き起こっている。

コロナ対策とは別の視点だが、人は マスクを着けていると美男美女に見えやすいそう。
事実、TVに映る一般人を観ても、多くの人が美男美女に見える。
同時に、身の回りには、マスクを外した素顔を見て、「この人、こんな顔だったんだ・・・」と、失礼ながら、想像していたほどの美形でなかったことに驚いてしまった人が何人かいた。
私の場合、マスクを着けていても美男には見えないだろうけど、その逆もあるかもしれない。
そう考えるとお互い様。
それを口に出さないことが大切なマナー。

顔半分を隠して生活することになれてしまって、人によっては、もはや、マスクは服の一部。
すでに、多くの人が「マスク依存症」「素顔アレルギー」に罹り、メンタルの問題に発展している気配もある。
「コロナもインフルも花粉も気にならないけど、顔を出すのが恥ずかしいから」と、マスクを着用し続ける人も少なくないのではないかと思う。

私の場合、人と人との距離が近くなる場面においては、“マスクを着けてほしい”と思う。
屋内はもちろん、屋外でも近い距離で会話する場合はマスクを着けてほしい。
心配してもキリがないのはわかりつつも、誰かから感染するのはイヤだし、誰かに感染させるのもイヤ。
そんな感覚だから、おそらく、私は、“着用派”になるだろう。
そして、それが無駄なこととも思わないだろう。
ただ、マスクを着けていない人に対して悪い感情を抱かないように気をつけなければいけないと思っている。



特殊清掃の相談が舞い込んだ。
電話の相手は女性で、声から察する歳は30代くらい。
ただ、声のトーンは弱った老人のように低く、印象は暗い感じ。
現場は、女性の自宅で、賃貸のアパート。
木造の古い建物で、間取りは1DK。
私は、事情を知るため、女性にいくつかの質問を投げかけた。

「特殊清掃」と聞くと、まず孤独死現場の処理が頭に浮かぶかもしれないが、それだけではない。
当社では、その対象となる汚れを「特別汚損」と称しているのだが、その種類は多種多様。
一般のハウスクリーニング業者は対応しないような、非日常的な汚れを対象とする。
ゴミ部屋、ペット部屋、漏水、糞尿、嘔吐物、数は少ないが火災現場等々・・・
また、特別汚損現場ではないところの消毒・消臭も請け負う。
多いの、賃貸物件の入退去にあたっての消毒消臭。
タバコ臭やアロマ臭、前住人の生活臭等が気になる場合に呼ばれるのだ。
神経を使うのはノロウイルス。
感染力が高く、症状も重いため、作業時は余程気をつけなければならない。
コロナ禍の当初は、その消毒に出向いたこともあったが、しばらく前から落ち着きを取り戻している。

本件の相談は、女性自身が引き起こしたことだった。
それは、室内での失禁。
しかも、何度も。
そして、それを拭き取りきらないまま、その上にまた失禁。
それが長期間に渡って繰り返されているようだった。

居室は畳敷きの和室で、カーペットが敷いてあるそう。
となると、当然、尿はそこに浸み込んでしまうわけで、その状況から、私は、“清掃のみで原状回復できるレベルは超えている”と判断。
「現地を見ていないので断言はできませんけど、カーペットと畳は交換する必要があると思いますよ」
と回答。
女性は、“特殊清掃業者に頼めば何とかなるかも”と期待をしていたようで、ややガッカリした様子。
それでも、
「とにかく、見に来てもらえないでしょうか」
と、強く要望。
私は、“仕事にならない可能性が高いけどな・・・”と思った。
が、しかし、仕事にならないことが明らかな場合以外は、できるかぎり要望に応じることをモットーとしている私。
“百聞は一見にしかず”と気持ちを切り替え、現地調査に出向くことを約束した。

女性は、現地で顔を合わせるのは避けたいようで、
「その時間、玄関の鍵を開けておきますから勝手に入ってください」
とのこと。
女性の部屋に一人で入ることに躊躇いを覚えなくもなかったが、それが女性の羞恥心からくるものだと察した私は、二つ返事で承諾。
そうは言っても、これが、後々、トラブルの種になっては困る。
入室を許可する旨と、家財の滅失損傷については免責とする旨の覚書をつくって玄関に用意してもらうことを条件にした。

約束の日時、私は女性のアパートを訪問。
一階の一室である女性の部屋の玄関前に立つと、まず、女性に、
「到着しました」
「これから部屋に入らせていただきます」
と電話。
すると、女性は
「鍵は開けてあります」
「覚書は下駄箱の上に置いてあるので、よろしくお願いします」
と、やや緊張した様子で言葉を返してきた。

ドアを開けると、長く掃除していないトイレのようなニオイ・・・
室内はアンモニア系の異臭が充満。
専用マスクをつけずとも我慢できるレベルではあったものの、明らかにクサい。
私は、下駄箱に置かれた覚書を確認のうえ 靴を上履きに履き替え 薄汚れた台所を通り過ぎ 部屋の奥へ。
すると、そこには、甘かった想像を超える光景が広がっていた。

女性は、相当の長期に渡って失禁を繰り返したよう。
家具等が置いてある部分を除き、露出している床の部分はほぼ全滅。
敷かれたカーペットは、ほぼ元の色を失い茶色く焼けたような色に。
部屋の隅から中央に向かってカーペットをめくってみると、その下の畳も黒ずんで腐食。
ジットリと湿気を帯びた畳は一段と高い濃度の異臭を放ってきた。

また、部屋は、「ゴミ部屋」というほどではなかったが、お世辞にも「きれい」と言える状況ではなし。
整理整頓はできていたものの、台所や部屋の隅にはホコリがたまり、頭髪や細かなゴミも散見された。
水周りも掃除が行き届いておらず、風呂場の浴槽や天井壁には、広範囲に水垢・カビが発生。
キッチンシンクも同様で、ガスコンロ周辺と換気扇は機械オイルを塗ったようにベトベト。
肝心のトイレも似たような状態。
ただ、詰まって水が流れないわけでもなく、便座も座れないくらい汚れているわけでもなかった。

部屋に糞便の影はなし。
トイレも使える状態なわけで、糞便の用はトイレで足していたのだろう。
“何故、小便だけ、部屋でしてしまったのだろうか・・・”
下衆の野次馬=私は、そこのところが不思議でならなかった。
その辺のところが知りたくてたまらなかった。
が、その質問は、あまりに無神経。
しかも、事情を知ったところで、作業の内容が変わるわけでもなかった。

どんな人も、長所があれば短所もある。
得意なことがあれば不得意なこともある。
強みがあれば弱みもある。
そして、当人にしか持ちえない「性質」「癖」「嗜好」がある。
また、心や身体に病を抱えている人だっている。
女性が部屋で失禁し続けた理由を想像することはできなかったが、他人が理解できないところに理由があることは察することができ、そう頭を巡らせると野次馬はおとなしく走り去っていった。

当初の電話で想像していた通り、「清掃での原状回復は不可能」と判断。
汚損したカーペットと畳は物理的に交換するしかなく、畳の下の床板まで汚染されている可能性もあり、場合によっては床板の交換まで必要になる。
下手をしたら、床下にまで垂れている可能性もなくはなかったが、女性の不安を煽るようなことを言っても気の毒になるだけだったので、希望的観測を含めて、そこまでのことは口にせず。
あとは、本格的なルームクリーニングや細かな設備修繕も必要。
大がかりな作業が必要になることは明白だった。

女性には両親のいる実家はあったが遠方。
また、しばらく寝泊りさせてくれる友人もいないそう。
となると、やり方としては、レンタル倉庫を借りて、一旦、家財一式を保管。
そして、自分は、ホテルやウイークリーマンション等に一時避難。
しかし、これには、相応の手間と費用がかかる。
その上、畳や床板の交換を大家・管理会社に黙ってやるのはマズい。
ということは、どちらにしろ、大家・管理会社に実情を伝えなければならないわけ。
だったら、状況をキチンと伝えたうえで転居を計画した方がシンプル。
もちろん、部屋の原状回復費用の多くを女性が負担することを覚悟のうえで。
女性にそこまでの資力があるかどうか不明だったが、私は、それ以上に無難な策を提案することができなかった。

“掃除で復旧できれば・・・”と、淡い期待を抱いていた女性だったが、現場を見た上での私の説明は受け入れざるを得なかったよう。
私の説明に対しては、溜息のような返事を繰り返すばかり。
表情こそ伺い知ることはできなかったが、電話の向こうで消沈している様が痛々しく感じられるほどに伝わってきて、縁の薄いアカの他人ながらも気の毒に思えた。
そうして、ひとまず「検討」というところに着地し、その場の話は終わった。

その後、女性は、部屋から退去。
ただ、そこは老朽アパートにつき、新たな入居者は募集せず。
で、幸いなことに、クリーニングも内装工事も必要最低限の費用で済んだ。
ただ、すべてを管理会社が取り仕切り、当方の出番はなかった。
そして、意図せずして、女性が身体に障害を抱えていたことも判明。
部屋の汚損すべての原因がそこにあるとは言い切れなかったが、少なからずの原因がそこにあったことは容易に想像できた。
加えて、女性が、健常者と同じ環境で四苦八苦しながら生活していたことも。
とにもかくにも、当方には一銭たりとも入ることはなかったが、事の収拾が予想していたよりも大事にならず、また、女性が、困難多い中で生活をリセットできたことを喜ばしく思えたことが、自分の益になったような気がしたのだった。


珍業とはいえ、当社も民間のサービス業者の一つ。
競合他社もあり競争の中にいる(特殊清掃草創期は、当社独占みたいな時期もあったけど)。
したがって、相談を受けた案件、すべてが売上につながるわけではない。
当社は、「初回の現地調査は無料」としており、調査料やアドバイス料を請求することもないから、現地への足労が無駄になってしまうことも珍しくない。
ただ、仕事になりにくそうな案件でも、相談はもちろん、現地調査にも積極的に応じるようにしている。
それで、一つの経験が積み増しされるわけだから。
そして、蓄積された経験から より良いノウハウが生まれ、それによって仕事の質が上がる。
直接的に金銭的な見返りがなくても、大局的に見れば、まったくの無駄にはならないのである。

人生もまた然り。
人生には、無駄なことにように感じられることや、無意味なことのように思われることがたくさんある。
とりわけ、災難な患難に対しては、そんな想いが強くなる。
しかし、実のところは、無駄ではなく、無意味でもない・・・
ただ、それを理解する能力と受け入れる器が自分にないだけで・・・
生きていく力を失わないよう、確信はないけど、そう思いたい。そう信じたい。

ただでさえ、明るい未来を描きにくい時代にあって、どうしても、無駄なことばかりやって無意味な時間をやり過ごしている感を強く抱いてしまう私は、それでも、自分を無駄なく生きさせたいと願っているのである。
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意思不疎通

2023-02-06 07:00:00 | 孤独死
「一月は行く」「二月は逃げる」「三月は去る」とも言われるが、モタモタしている間にもう二月。
とはいえ、春はまだ遠く、寒い日が続いている。
とりわけ、この冬は、厳しい寒波が日本列島を襲っている。
太平洋側の一部を除き、各地、幾度となく大雪に見舞われ、車の立ち往生や家屋の倒壊など、トラブルが頻発。
スリップ事故、屋根の除雪作業、雪に埋もれた車中、バックカントリースキー中の雪崩・・・不慮の死を迎える人も。
TVを観ても、コロナのことより寒波を伝えるニュースの方が多いような気がする。

ただ、世界に目を向ければ、寒々しいのは季節ばかりではない。
世界各地で戦乱が後を絶たず、圧政が堂々と行われている国も少なくない。
“ペン”で解決できないから“銃”を出す。
現実には、話し合いで片付かないことがたくさんあり、結局、人間は暴力に走る。
これは国家レベルだけのことではなく、個人レベルでも同様。
“口”で解決できないから“手”を出す。
我々の社会の中でも暴力は日常的に横行しており、それで亡くなる人もいる。
この世の中には、少しでも気持ちを通じ合わせることができれば避けられる問題、解決できるはずの問題が何と多いことか。
これは、人間の愚かさ、人間の限界が生み出す、逃れることができない“負の定め”なのだろうか。



訪れた現場は、賃貸マンションの一室。
そこで暮らしていた高齢の住人が孤独死。
そして、そのまま数日が経過。
故人は、部屋に敷かれた布団の上で亡くなっていたようだったが、しかし、それによる汚染は見受けられず、また、異臭もほとんどなく、老人特有の生活臭が漂っているくらい。
ヘヴィー級だと、遺体痕がクッキリと布団に浮き出ているようなことがあるが、ここではそんなことはなく、シーツは薄汚れていたものの、それは、ただ洗濯されていないせい。
説明されなければ、そこで人が亡くなっていたことはわからないくらい平穏な状態だった。

ただ、この現場には、大きな問題があった。
それは、隣の住人とのトラブル。
遺体発見時、警察が来たわけで、ちょっとした騒動になったよう。
当然、その事実は、他の住人にも知れ渡ることに。
“死人”が発生したとなると、落ち着いていられないのが世の常 人の常。
それが、自分に近いところで発生したとなると尚更。
異臭や害虫が発生していなくても、嫌悪感や恐怖感を抱くのは、人として、それほど不自然なことではなかった。

それは、本件のマンション管理会社の担当者も同様。
よくよく聞くと、
「マンションには行ったのですが、部屋には入っていなくて・・・」
とのこと。
孤独死現場はかなり苦手なようで、“できることなら関わりたくない”“仕事だから仕方なく関わっている”といった感じ。
私は、そんな担当者から、
「隣室の人に部屋の状況と今後の作業計画を説明して下さい」
と頼まれていた。
更に、
「隣は若い夫婦が住んでいて、二人ともクレーマーだから気をつけて下さい」
とも言われていた。
何だか、イヤな仕事を押し付けられたようで気分はよくなかったが、“これも下請会社の宿命、下請会社の任務の一つ”と飲み込んで現場に出向いていた。

私は、この仕事を長くやってきているけど、万人と平和にやってきたわけではない。
数は少ないながら、依頼者、遺族、不動産会社、マンション管理人、近隣住民等と揉めてしまったことがある。
不可抗力の事由もあれば、相手の理不尽な振る舞いが我慢できなかったこと等、理由は様々。
小心者かつ臆病者の私からケンカを吹っ掛けるようなマネをしたことはないものの、堪忍袋の緒を切ってしまったことが何度かあった。
しかし、何事も平和に解決するに越したことはない。
争うような事態は避けたかった私は、隣室を訪れる前に外で何度か深呼吸をして
「我慢!我慢!、聞き流せ!聞き流せ!」と自分に言い聞かせた。

他に頼める者がいるわけでもないし、気が進まないことを後回しにしても仕方がない。
しかし、男性がどのような人物なのか、不安もある。
故人の部屋の見分を終えた私は、気持ちを整えるため しばしの時を経て隣室の玄関前へ。
何をネタに文句を言われるかわからないので、加齢臭や肉体の劣化は別として、自分に異臭や汚れがついていないことを念入りに確認した上で、いつにない緊張感を抱えながらインターフォンを押した。

室内からは、すぐに応答があった。
そして、インターフォン越しに用件を話すと、すぐに玄関が開いた。
と同時に、中から一人の男性が出てきた。
年の頃は、三十前後か、強面の人物を想像していたのだが、予想に反して表情は穏やか。
物腰も柔らかく
「ご苦労様です」
と、礼儀正しく頭を下げてくれた。

「クレーマー」とのことで、キツいキャラクターの人物を想像していた私。
結構なことを言われる覚悟はあった。
しかし、男性にそのような威圧感はなし。
それどころか、冷静に私の話を聞くつもりがあるような物腰。
いい意味で、意表を突かれた。
が、第一印象だけで油断して、後でヒドい目に遭ってはいけないので、私は警戒の糸を緩めることはしなかった。

手を出されることを心配していたわけではなかったが、私は、玄関前に出てきた男性と少し距離をあけ、ゆっくりとした口調を心掛けながら話をスタート。
まずは、「自分が長い間この仕事をしている」ということ、つまり、「こういった現場を扱う上で素人ではない」と、まったく自慢できない経歴を“バカの自慢”と思われないよう やや消沈気味に自己紹介。
それから、
「グロテスクな話をしても大丈夫ですか?」
と前置きし、了承してもらった上で、至極凄惨な現場の事例をいくつか列挙。
それらと比較して、
「起こった出来事は残念ではありますけど、〇〇さん(故人)の部屋は、言われなければわからないくらいフツーの状態です」
と報告。
その上で、部屋の状況と作業プランを丁寧に説明していった。

私の話にどれだけの説得力があったか不明ながら、男性は、状況を理解。
そして、
「部屋で亡くなっていたのは仕方がないことです」
「気づかれずに時間が経ってしまったのも仕方がないことだと思います」
「〇〇さん(故人)が、わざとやったことじゃないんですから・・・」
と、意外なほど大らかに対応。
“クレーマー”どころか、むしろ、その死生観は寛大なくらいで、男性は、故人が孤独死したことや、しばらく放置されてしまったことをとやかく言うようなことはなかった。

では、苦情の原因は何だったのか。
何が不満で、何に憤ったのか。
それは、管理会社の対応と衛生的な問題。
どうも、遺体が搬出されて後も、管理会社から何の説明もなかったよう。
気になった男性が問い合わせても、部屋の状態について具体的な説明はなし。
また、その間、部屋には遺族が何度も出入り。
その際、遺族は、周りに気遣うこともなく玄関も窓も全開に。
更に、分別や日時等のルールも守らず、自分勝手にゴミ置場にゴミを放置。
それを注意するよう担当者に伝えたが、遺族が言うことをきかなかったのか、そもそも、担当者が遺族に伝えなかったのか、その後も、遺族は無神経な振る舞いを続けたそう。
男性は、そのことを極めて不快に感じ、憤りに近い感情を抱いていたのだった。

私は、男性の気持ちが理解できないわけではなかった。
が、正直なところ、「それにしても、ちょっと神経質過ぎないか?」「特段の悪臭もなく害虫も発生していないのだから、窓くらい開けてもいいだろう」とも思った。
しかし、話を聞き進めると男性には事情があった。
それは、男性夫妻に、生まれて間もない赤ん坊がいること。
故人宅から悪臭が漂ってきたり、ハエが入り込んできたりしたわけではなかったが、部屋の状態がわからない以上、孤独死現場に関する知識・情報はネットから拾わざるを得ない。
そして、ネットでヒットするのは、だいたいがヘヴィー級の腐乱死体現場。
で、人々の気を引くために、大袈裟な表現がされていることも少なくない(このブログはそうなっていないことを信じたいが)。
となると、衛生的なことが気になるのは当然と言えば当然。
無垢の赤子がいるとなると、尚更うなずける。
男性は、どんな菌やウイルスを持っているかわからない空気が無造作に放出されることで「子供に害が及ぶのではないか」と心配になったよう。
それで、管理会社に疑問や苦情を発し続け、時には、煮え切らない対応に声を荒らげてしまったこともあったよう。
そうして、管理会社から“クレーマー”に仕立て上げられてしまったようだった。


ちなみに・・・
本件に限らず、こういった現場では、菌やウイルスを気にする人は少なくない。
他人はもちろん、血のつながる身内の中にも心配する人はいる。
しかし、種類や程度は異なれど、菌やウイルスはどこにでも存在するもの。
無菌状態で日常生活を送っている人はまずいない。
だから、余程 不衛生な状態でないかぎり、気にしても仕方がないところはある。
ただ、潔癖症の人もいれば、その逆の人もいるわけで、衛生観念は個人の性質によるところが大きいため、ちょっと間違うとトラブルになってしまう。
したがって、当社における、消毒事業においても、「消毒の成果を証明することはできない」「無菌化の実現を保証するものではない」ということは、あらかじめ説明し契約条項に記載。
その合意がないと契約・施工はしないのである。


男性が「クレーマー」と揶揄されたしまったところにあった真意は、子を案じる親の気持ち。
コロナ禍でイヤと言うほど思い知らされているが、事実、この世界には、多様な感染症があり、空気感染するウイルスも多い。
それで重い病にかかったり亡くなったりする人も少なくはない。
加えて、ただでさえ、“死”というものは恐怖・嫌悪されるわけで、孤独死・長期放置となると、そのマイナス感情は膨らんでしまう。
異臭や害虫など、ハッキリした害がなくても、気になる人には気になるし、気になるときは気になるもの。
話を聞けば聞く程、私は、男性の想いを察することができた。
と同時に、悪意はないのは百も承知だったが、落度があるのは担当者のような気がしてきた。
当初から、他住人に部屋の状況をキチンと説明し、遺族に対しても近隣への配慮を促すことが必要だった。
それが、実際は、逃げ腰・及び腰で、積極的に事の収拾を図ろうとしなかったわけで、そこのところが男性の不信感を買ってしまったものと思われた。

男性の想いが充分に理解できた私は、男性の要望よりハイレベルの消毒作業を思案。
“超ライト級”の現場なのだが、“ヘヴィー級”に近い対応をすることに。
そして、その内容を男性に説明。
男性は、こういう現場の処理については素人なのだから、理解できなくても納得できなくても私の提案を受け入れるしかなかったのだが、その表情は朗らかで、そこからは「信用してお任せします」といった心情を読み取ることができ、私はホッと胸をなでおろした。

私は、管理会社の担当者に男性の事情を伝えた。
そして、やや担当者を非難するような言い回しになってしまったが、男性と話し合うことを進言。
担当者は、男性が“クレーマー”ではないことを理解してくれたようだったが、トラウマになっているのか、それでも、男性と関わるのは気が進まないよう。
結局、男性と和解する話は、担当者の生返事で終わってしまった。
が、とにもかくにも、男性との約束もあるし、現場を放っておくわけにはいかない。
早急に作業に着手し、充分な期間を設けて粛々と進行。
「気になることがあったら遠慮なく連絡ください」
と、念のため 男性に携帯電話番号を伝えていたのだが、一度もかかってくることはなく、一連の作業は無事に終えることができたのだった。


私にも、痛いほど心当たりがある。
表面的に合わせることは何とかできても、真に誰かと想いを共有するって難しいもの。
「話せばわかる」と言うほど簡単なことではない。
言葉が足りないせいか、行動が足りないせいか、そして、想いが足りないせいか、どこかで、我慢・妥協・迎合を要する。
その我慢を「自制」に、妥協を「寛容」に 迎合を「尊重」に変えることができればいいのだけど、それに先んじて不満や怒りが湧き上がってしまう。
で、理解することも理解されることも、受け入れることも受け入れられることもなくなる。

淋しく諦めるか、無理に開き直るか、それとも、省みて自分をやり直す勇気を持つか。
大切な一人一人に、残された一日一日に、そして、過去と今と未来の自分にキチンと向き合うべきなのだろうと想う寒冷下の私である。
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