一向に減る気配のない自殺・・・我が国は、まさに〝自殺大国〟。
本ブログにも度々取り上げているように、その数は少なくない。
手法として多く用いられるのは、やはり、首吊りか。
正式にカウントしてきた訳ではないけど、私個人の経験でも、それが最多だと思う。
だいぶ前のこと、日本人の多くが縊死を選ぶことを分析したものを見聞したことがある。
仕事柄、興味を覚えたのだが、それを知ったところで自殺が防げる訳でなし。
私の仕事には手遅れな内容ばかりだったので、中身を頭に刻むことはなく、今ではほとんど忘れてしまっている。
一口に〝縊死遺体〟と言っても、その状態は様々。
自然死と変わらず、特段の変異が見られない遺体もあれば、逆に、不自然な変容が表れている遺体もある。
よくある変容は、顔の変色。
鬱血による変色なのだが、その色は、赤から紫まで様々。
深刻な場合、黒に近いグレーになることもある。
あとは、舌出し。
吊った衝動で、一時的に垂れ出るのだろうが、場合によっては、そのまま噛んでしまっていることもある。
その場合、舌が切れかかって出血していることがあり、処置に手を焼くことも多い。
〝口から出てしまった舌は、口の中に戻せばいい〟
簡単に言うと、それだけのことなのだが、これがなかなか難しい。
往々にして、強く噛み締めたまま硬直しているから。
下顎を強く押して、口に隙間を開けようと試みるのだが、これがなかなか開かない。
自分で歯を強く食いしばり、その顎を押してみればわかるけど、首ばかりが動いて肝心の口は一向に開かないもの。
それを、時間がかかろうが・手間がかかろうが、何とかこじ開けて、舌を口の中にもどさなければならないのである。
そんな変容の中で、最も特徴的なのは、やはり首の傷痕。
一般の人は、映画やTVのメイクでたまに見かけたことがあると思うけど、ありがちなのは、首の中央・真横に引かれた紫色の線。
内出血した様を模しているのだろうが、実状とはかけ離れている。
細い紐状のものに、自分の全体重をかけるわけで・・・
それに、首の柔らかい表皮が耐えられる訳はなく・・・
実際は、顎のラインに沿って深く食い込み、表皮に裂傷・擦傷を負っていることがほとんど。
たまのケースでは、首の骨が折れたり外れたりして、首が不自然にグラグラしていることもある。
そんな縊死体。
遺族が最も気にするのは、やはり首の傷痕。
見ていて痛々しい・・・
会葬者に見られたくない・・・
自殺した事実を許容できない・・・
等の遺族感情が働くからだろう。
だから、
「損傷を修復してほしい」
「首を隠してほしい」
「傷痕を目立たなくしてほしい」etc・・・
そんな依頼が多い。
この時の仕事も、そんな風だった。
依頼されたのは、故人に遺体処置を施し、柩に納めた上で斎場に運ぶ作業。
凝った段取りは要らず、手数も少なくて済む、シンプルな仕事だった。
呼ばれて出向いたのは、警察署の霊安室。
目的の遺体の他にも〝訳あり遺体〟が何体も保管され、殺伐とした雰囲気。
そこは、本来、〝死体検案〟をするところであって〝遺体処置〟をするところではない。
〝納棺〟をすることはあっても、〝納棺式〟をすることはない。
哀悼の精神も厳粛さも二の次の、慌ただしい作業場。
私は、与えられた時間が少ないことは言われなくてもわかったので、署員に急かされる前に作業を終えるべく、頭と手を同時に動かしながら作業に取りかかった。
立ち会っていたのは、中年の男性一人・・・故人の父親。
無精髭に、頭もボサボサ。
服装も、普段着を更に乱した感じのもの。
自分のとるべき態度がわからないようで、憔悴した顔に狼狽の色を滲ませていた。
「目立たなくできますか?」
やはり、男性はそれを要望。
口にしたくなかったのだろう、男性は、〝首〟とか〝傷痕〟といったキーワードを避けるように、そう言ってきた。
「大丈夫ですよ」
ほとんどの場合、特別な処置を施さなくても、納棺するだけで傷痕の大半は隠れるもの。
私は、故人を納棺した状態を思い浮かべて、そう応えた。
「本人も、人に見られるのはイヤでしょうから・・・」
男性は、少し後ろめたそうな感じ。
何かの言い訳をするみたいに、小声でそう言った。
「そうですか・・・」
〝気にしているのは家族じゃない?〟
私は、そう思ったが、あえて気にも留めない素振りで空返事。
その方が、男性も気が楽だろうと思ったためだった。
亡くなったのは、20代の男性。
霊安室にいくつか並ぶ検死台の一つに安置。
裸の上に時代遅れの浴衣がかけられており、首には、それとわかる傷痕がクッキリ。
それは、故人が自分にやった事と、故人が警察に連れてこられた理由を暗に示していた。
〝不幸中の幸い〟と言っていいのか・・・顔に鬱血色はでておらず。
ただ、口から頬にかけて一筋の血痕。
わずかに唇を分けると、案の定、その隙間か血が漏出。
口の中には、赤い血がタップリ溜まっているようで、頬に少し圧をかけるとグシュグシュと不快な音がたった。
更に唇を開いてみると、歯と唇の間に異物を発見。
それは、小指の先くらいの肉片・・・
首を引かれた衝動だろう・・・よく見ると、それは故人が噛み切った舌先だった。
事情がどうあれ、その状態は、葬式をするにあたって難をもたらす。
私は、できる限りの〝血抜き〟をするため、口を開けることにチャレンジ。
しかし、例によって、顎は食いしばられたまま強く硬直。
それは、まるで、故人の死に対する意思を表しているかのようで、少々の力ではどうすることもできなかった。
時間がないこともあって、私は、口を開けることを早々と断念。
代わりに、脱脂綿を使って血を少しずつ排出。
それから、外れた舌先を口の奥の方に押し込めた。
そんな私の作業を見つめながら、男性はブツブツと独り言・・・
「バカな奴だ・・・」
呻き声と溜息が混ざったような声で、また、何かにとりつかれたように、何度も何度もそうつぶやいた。
私は、最初、その言葉は、故人にぶつけているものとばかり思った。
同時に、それに圧倒的な虚無感を覚えた。
しかし、男性が繰り返す言葉を何度も聞いているうちに、それは故人だけにぶつけている言葉のようには聞こえなくなってきた。
そして、そんな男性の心情を察すると、私が、この親子に抱いていた悲しい虚無感に、生きることの苦しさと悲しさが加わって、更に辛さが増してきた。
「ダメな父親だったな・・・すまなかったな・・・」
一通りの作業を終え、柩の蓋を閉めようとした時、男性は、何もなかったかのように目を閉じる故人にそうつぶやいた。
そして、その様に、正味の人間が見えたような気がした。
世の中、善人や賢者はたくさんいる。
博学な頭脳者や立派な人格者も多い。
しかし、欠点や短所のない人間は一人もいない。
皆、少なからず、愚かさや弱さを持っている。
皆が、ダメな自分・バカな自分を内包して生きている。
だから、私は、男性がダメな親父だったとも、故人がバカな息子だったとも思わない。
それどころか、それが正味の人間なのだと思う。
故人が、自死を選んでしまったことも含めて・・・
人間は、適当にダメで・適当にバカな生き物・・・
悪に触れないダメさや、命に触れないバカさなら、あっていいと思う。
そして、自分のダメさ・自分のバカさは、力んで対峙するのではなく、怯えて目を背けるのでもなく、構わずそっとしておけばいいと思う。
その陰は、人生を照らす日向の明るさを、一層際立たせるために必要なのだろうから。
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本ブログにも度々取り上げているように、その数は少なくない。
手法として多く用いられるのは、やはり、首吊りか。
正式にカウントしてきた訳ではないけど、私個人の経験でも、それが最多だと思う。
だいぶ前のこと、日本人の多くが縊死を選ぶことを分析したものを見聞したことがある。
仕事柄、興味を覚えたのだが、それを知ったところで自殺が防げる訳でなし。
私の仕事には手遅れな内容ばかりだったので、中身を頭に刻むことはなく、今ではほとんど忘れてしまっている。
一口に〝縊死遺体〟と言っても、その状態は様々。
自然死と変わらず、特段の変異が見られない遺体もあれば、逆に、不自然な変容が表れている遺体もある。
よくある変容は、顔の変色。
鬱血による変色なのだが、その色は、赤から紫まで様々。
深刻な場合、黒に近いグレーになることもある。
あとは、舌出し。
吊った衝動で、一時的に垂れ出るのだろうが、場合によっては、そのまま噛んでしまっていることもある。
その場合、舌が切れかかって出血していることがあり、処置に手を焼くことも多い。
〝口から出てしまった舌は、口の中に戻せばいい〟
簡単に言うと、それだけのことなのだが、これがなかなか難しい。
往々にして、強く噛み締めたまま硬直しているから。
下顎を強く押して、口に隙間を開けようと試みるのだが、これがなかなか開かない。
自分で歯を強く食いしばり、その顎を押してみればわかるけど、首ばかりが動いて肝心の口は一向に開かないもの。
それを、時間がかかろうが・手間がかかろうが、何とかこじ開けて、舌を口の中にもどさなければならないのである。
そんな変容の中で、最も特徴的なのは、やはり首の傷痕。
一般の人は、映画やTVのメイクでたまに見かけたことがあると思うけど、ありがちなのは、首の中央・真横に引かれた紫色の線。
内出血した様を模しているのだろうが、実状とはかけ離れている。
細い紐状のものに、自分の全体重をかけるわけで・・・
それに、首の柔らかい表皮が耐えられる訳はなく・・・
実際は、顎のラインに沿って深く食い込み、表皮に裂傷・擦傷を負っていることがほとんど。
たまのケースでは、首の骨が折れたり外れたりして、首が不自然にグラグラしていることもある。
そんな縊死体。
遺族が最も気にするのは、やはり首の傷痕。
見ていて痛々しい・・・
会葬者に見られたくない・・・
自殺した事実を許容できない・・・
等の遺族感情が働くからだろう。
だから、
「損傷を修復してほしい」
「首を隠してほしい」
「傷痕を目立たなくしてほしい」etc・・・
そんな依頼が多い。
この時の仕事も、そんな風だった。
依頼されたのは、故人に遺体処置を施し、柩に納めた上で斎場に運ぶ作業。
凝った段取りは要らず、手数も少なくて済む、シンプルな仕事だった。
呼ばれて出向いたのは、警察署の霊安室。
目的の遺体の他にも〝訳あり遺体〟が何体も保管され、殺伐とした雰囲気。
そこは、本来、〝死体検案〟をするところであって〝遺体処置〟をするところではない。
〝納棺〟をすることはあっても、〝納棺式〟をすることはない。
哀悼の精神も厳粛さも二の次の、慌ただしい作業場。
私は、与えられた時間が少ないことは言われなくてもわかったので、署員に急かされる前に作業を終えるべく、頭と手を同時に動かしながら作業に取りかかった。
立ち会っていたのは、中年の男性一人・・・故人の父親。
無精髭に、頭もボサボサ。
服装も、普段着を更に乱した感じのもの。
自分のとるべき態度がわからないようで、憔悴した顔に狼狽の色を滲ませていた。
「目立たなくできますか?」
やはり、男性はそれを要望。
口にしたくなかったのだろう、男性は、〝首〟とか〝傷痕〟といったキーワードを避けるように、そう言ってきた。
「大丈夫ですよ」
ほとんどの場合、特別な処置を施さなくても、納棺するだけで傷痕の大半は隠れるもの。
私は、故人を納棺した状態を思い浮かべて、そう応えた。
「本人も、人に見られるのはイヤでしょうから・・・」
男性は、少し後ろめたそうな感じ。
何かの言い訳をするみたいに、小声でそう言った。
「そうですか・・・」
〝気にしているのは家族じゃない?〟
私は、そう思ったが、あえて気にも留めない素振りで空返事。
その方が、男性も気が楽だろうと思ったためだった。
亡くなったのは、20代の男性。
霊安室にいくつか並ぶ検死台の一つに安置。
裸の上に時代遅れの浴衣がかけられており、首には、それとわかる傷痕がクッキリ。
それは、故人が自分にやった事と、故人が警察に連れてこられた理由を暗に示していた。
〝不幸中の幸い〟と言っていいのか・・・顔に鬱血色はでておらず。
ただ、口から頬にかけて一筋の血痕。
わずかに唇を分けると、案の定、その隙間か血が漏出。
口の中には、赤い血がタップリ溜まっているようで、頬に少し圧をかけるとグシュグシュと不快な音がたった。
更に唇を開いてみると、歯と唇の間に異物を発見。
それは、小指の先くらいの肉片・・・
首を引かれた衝動だろう・・・よく見ると、それは故人が噛み切った舌先だった。
事情がどうあれ、その状態は、葬式をするにあたって難をもたらす。
私は、できる限りの〝血抜き〟をするため、口を開けることにチャレンジ。
しかし、例によって、顎は食いしばられたまま強く硬直。
それは、まるで、故人の死に対する意思を表しているかのようで、少々の力ではどうすることもできなかった。
時間がないこともあって、私は、口を開けることを早々と断念。
代わりに、脱脂綿を使って血を少しずつ排出。
それから、外れた舌先を口の奥の方に押し込めた。
そんな私の作業を見つめながら、男性はブツブツと独り言・・・
「バカな奴だ・・・」
呻き声と溜息が混ざったような声で、また、何かにとりつかれたように、何度も何度もそうつぶやいた。
私は、最初、その言葉は、故人にぶつけているものとばかり思った。
同時に、それに圧倒的な虚無感を覚えた。
しかし、男性が繰り返す言葉を何度も聞いているうちに、それは故人だけにぶつけている言葉のようには聞こえなくなってきた。
そして、そんな男性の心情を察すると、私が、この親子に抱いていた悲しい虚無感に、生きることの苦しさと悲しさが加わって、更に辛さが増してきた。
「ダメな父親だったな・・・すまなかったな・・・」
一通りの作業を終え、柩の蓋を閉めようとした時、男性は、何もなかったかのように目を閉じる故人にそうつぶやいた。
そして、その様に、正味の人間が見えたような気がした。
世の中、善人や賢者はたくさんいる。
博学な頭脳者や立派な人格者も多い。
しかし、欠点や短所のない人間は一人もいない。
皆、少なからず、愚かさや弱さを持っている。
皆が、ダメな自分・バカな自分を内包して生きている。
だから、私は、男性がダメな親父だったとも、故人がバカな息子だったとも思わない。
それどころか、それが正味の人間なのだと思う。
故人が、自死を選んでしまったことも含めて・・・
人間は、適当にダメで・適当にバカな生き物・・・
悪に触れないダメさや、命に触れないバカさなら、あっていいと思う。
そして、自分のダメさ・自分のバカさは、力んで対峙するのではなく、怯えて目を背けるのでもなく、構わずそっとしておけばいいと思う。
その陰は、人生を照らす日向の明るさを、一層際立たせるために必要なのだろうから。
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