特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

根雪(後編)

2009-01-30 07:10:32 | Weblog
死は、生を超えた力を秘めている。
そして、人の死が、人の人生を変えることは、往々にしてある。
そして、〝変える〟だけにとどまらず、死んだ本人の意思を無視して〝狂わせる〟ところまでいくこともある。

この故人が自死を選んだ理由は、知る由もないこと。
また、その場所を玄関にした理由も推測しきれるものではない。
ただ、それだけの行動をするからには、それ相応の事情と理由があったのだろう。
しかし、それが、どんな理由からきたものであったとしても、その結果は人へ害を加えた。
故人の遺志に関係なく、それが現実だった。

下の階の住人は、自室にいることができなくなった。
悪臭だけでも耐え難いのに、腐敗液は玄関前だけでなく玄関中にまで漏洩。
責任の所在や補償の有無もわからないまま、部屋から退去。
結果的に、故人は、下の住人を追い出したようなかたちになってしまった。

担当者も、精神的に傷を負わされた。
ただでさえ、〝死〟や〝死体〟は忌み嫌われるもの。
しかも、本件は、自殺腐乱。
そのニュースを耳で聞くだけならまだしも、目と鼻で体感してしまっては簡単に消し去ることはできない。
結果的に、故人は、担当者を痛めつけたようなかたちになってしまった。

大家もまた、大打撃を受けた。
部屋を片づけて原状を回復するには、大きな手間と費用がかかる。
しかし、もうそこは〝普通の部屋〟ではない。
また、そのマイナスイメージは故人の部屋だけにとどまらす、アパート全体に波及する可能性もある。
そうなると、アパートの運用効率と資産価値は落ちていくのみ。
結果的に、故人は大家の資産を盗んだようなかたちになってしまった。

故人が抱えていた事情も知らず、故人と関わりもなく、故人の人生に責任もなく、故人の遺志も察しきれない私は、故人を擁護する立場にも非難できる立場にもなかったかもしれない。
しかし、その死が残した問題に、また一つ冷たい何かが自分の中に降り積もるのを感じた。


「見てきましたけど・・・」
駐車場に戻った私は、ソフトな言葉を探すために口を止めた。
それを不安そうに見つめる担当者。
まるで、汚したのは自分であるかのように怯えた顔をしていた。

「やっぱ、結構キテますねぇ・・・」
しばらくの間、現場に立ち会わされただけのことはある。
担当者は、納得の表情。
私が説明するまでもなく、担当者は、その状態をよく把握していた。

「とりあえず、玄関前くらいは何とかした方がいいでしょうね・・・」
悪いことに、故人の部屋は階段寄りに位置。
したがって、他の住人が外と往来するには、腐敗液をまたいで行かざるを得ず・・・
それを強いたままにして腐敗液放置するのは、さすがにマズいことと思われた。

「所要時間は・・・〝一時間半から二時間〟ってとこですかね」
私は、作業の段取りを思い浮かべながら、必要な時間を想定。
そして、必要とあれば、直ちに特掃に取りかかれることを伝えた。

「跡は残るでしょうが、きれいにできるはずですよ」
作業内容と費用を伝えると、担当者は会社に連絡。
電話の向こうの姿なき上司にペコペコと頭を下げながら、状況を説明。
その決裁によって、私は、そのまま特掃作業をすることになった。

「終わったら声をかけますので、車で待ってて下さい」
私は、担当者を駐車場に置き、いそいそと作業の準備。
そして、故人の死についての思考を一旦凍結し、再び階段を駆け上がった。


侘もなく寂もなく、これこそ、まさに〝殺風景〟。
私は、一通り見回してから気合いを入れ直し、特掃を開始。
いつものように、ドロドロの中に身を屈めて、黙々と手を動かした。

腐敗液を滴らせる玄関のの靴・・・
腐敗粘土に浸かった郵便物・・・
除去されることに抵抗する腐敗脂・・・
マスクの隙間から腹を抉る悪臭・・・
天敵参上に逃げ惑うウジ・・・
格闘する私を冷ややかに見下ろすフック・・・

予定した作業を完了させても、汚染跡はシミのように残留。
しかし、きれいになりきらなかった玄関の得点不足を自分の汚れで補って、私は自分の一次作業に合格点をだした。


作業を終えて駐車場に戻ると、担当者は、再び車中で仮眠中。
担当者の疲労困憊ぶりを聞いて気の毒に思っていた私は、一時静止。
その気配を感じたのか、担当者はすぐに目を開け車を降りてきた。
私は、担当者に作業の終了を報告し、同時に、現場を確認してもらう必要があることと、ただ実際の確認は任意で構わない旨を伝えた。
それを聞いた担当者は、明らかな迷い顔。
少し沈黙した後、同行を決意。
しかし、進まない気持ちが行動にでてしまうようで、階段を上がる前から私の後ろに回る担当者だった。


〝元通り〟にはなってないにせよ、その清掃度は、担当者が想像していたレベルを超えていたよう。
暗かった顔に笑みがさした。
そして、お世辞込みだったのかもしれないけど、私の仕事ぶりを高く評価してくれた。


「(精神的に)結構、きませんか?」
担当者には、平然としている私が不思議に映ったよう。
それに対して、心にのしかかる重いものが一向に軽くならない自分。
そのギャップを埋める材料を探すかのように、私に色々な質問をぶつけてきた。

「(この仕事)もう長くされてるんですか?」
かれこれ、十数年。
色んな業務に色んな出来事があった中で、ふと振り返ってみると、いつの間にかそれだけの月日が経過。
作業を思い出すとウンザリするほど長く感じ、年齢を考えると寂しいくらいに短く感じている。

「ダウンしたことはないんですか?」
どこの現場に行っても、〝まったく平気〟ということはない。
心が折れることは日常茶飯事。
過酷な作業に骨を折ることもまた日常茶飯事。
ただ、体調が優れなくても精神が低滞してても仕事は止められない。
いちいち気に病んで休んでられるほどの余裕は、私にはないから。
ほどほどの責任感とわずかな使命感はあるけど、結局のところ、私を突き動かしているのは、生きてくための人生感だ。

「(耐える)コツみたいなものはあるんですか?」
ない。そんなのがあったら、私が欲しい。
ただ、常に、追い詰められた状態に身を置いているだけ。
〝耐えている〟のではなくて、逃げ場がないだけ。
私は、能動的になれるほど自分に厳しくないし意志が強くもない。

「この仕事に、早くも限界を感じちゃいましたよ・・・」
担当者が抱く気持ちが分からないではない。
私だって、同じような気持ちになることが多々あるから。
しかし、仕事(生きてくこと)なんてそんなに甘いもんじゃない。
現に、楽しいことより辛いことの方が圧倒的に多いし。
私だって、遊んで暮らせるのならそうさたいさ。

担当者は、自分が投げる質問が私の心象を害する可能性があることなんかまったく考えにないように、私の返答に驚愕したり頷いたり。
そこら辺に、担当者自身が本件から受けたダメージの大きさと、担当者自身の社会経験の乏しさが垣間見えた。


悩み・苦しみ・痛み・恨み・辛さ・悲しさ・寂しさ・怒り・憤り・妬み・嫉み・嫌悪・軽蔑・失望・疲労・・・
そんな冷たいものを心に積もらせてしまうのが人の常・悲しい性。
そして、積もったそれらは、まるで根雪のように心に居座る。

故人も、そんな根雪に押し潰されたのだろうか・・・
そして、担当者も・大家も・下の住人も、故人に対して冷たい感情を降り積もらせただろう。
しかし、それによって最も冷やされるのは他人ではなく自分。
冷たい自分が、自分を凍えさせる。
心の根雪は、自分の人生に冷気を放つのだ。

事情はどうあれ、この三者には、故人のことを赦してほしいと思った。
それは、三者が舐めた辛酸を帳消しにするためでも、故人の死に方を肯定するためでも、故人の冥福を祈るためでもなく、それぞれの人生に、温かさ・爽快さ・心地よさをもたらすために。
そしてまた、私が、自分に降り積もった根雪を溶かすために。






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根雪(前編)

2009-01-26 15:49:33 | Weblog
冬に雪はつきもの。
雪は、冬を代表する風物詩。
例年、東京でも2~3度は降る。
しかし、今季はまだ。
雪の予報がでたことはあったけど、私の目の前には降っていない。

灰色の空、どこからともなく突然現れる。
そして、地に着いた瞬間に音もなく消える・・・
その儚さには、この歳になった心をもしっとりさせる風情がある。
それは、雪国の人から見れば飽き飽き(ウンザリ)したものかもしれないけど、東京では滅多に見ることができない光景。
だから、「たまには、降ってくれてもいいのに・・・」なんて、後先を考えずに思う。

そんな東京では、2~3㎝も積もれば大雪。
そうなると、大人達は大変。
道路を中心に交通機関が麻痺し、通勤や仕事の足が乱されるからだ。

この私も同様。
雪道の運転はまったく不慣れだし、不測の事態に陥る可能性が高まるので、雪の予報がでるとにわかに緊張する。
そして、降り始めは新鮮な感動があったのに、降り積もるにしたがってそんな気持ちはなくなってくる。
しまいには、「もぉいいから、早くやんでくれ!」なんて、勝手な思いを抱く。
〝気まぐれは、天の気にあらず人の心にあり〟ってことだ。

片や、子供達は大雪を大歓迎。
寒さも雪濡れもそっちのけで、外へ繰り出す。
そして、あちこちの校庭や公園に〝土ダルマ〟を出現させる。
薄っすらにしか積もっていない雪でつくった苦心の作は、微笑ましいかぎり。
冷たいはずの雪が、温かい情緒を滲ませる。

しかし、その存在は束の間の夢。
陽の光を浴びたかと思ったら、アッという間に溶けてなくなる・・・
その様を、人と重ねて見るのは私くらいだろうか・・・ちょっと寂しく・ちょっと切なく、そして、愛おしいような気がする。


「できるだけ早く来て下さい!」
ある不動産会社からそんな依頼が入った。
身体が空いていた私は、直ちに現場に急行した。

到着したのは、ちょっと古めのアパート。
依頼主は、それを管理する不動産会社。
建物前の駐車場には、会社名の入った車が一台。
私は、その隣に車をつけて、窓越しに中を覗いてみた。

運転席には、男性が一人。
私を待つ間のヒマをつぶすためか、もしくは、疲れが溜まっていたのか、リクライニングシートを倒して眠っている様子。
せっかく休んでいるところを邪魔するのも申し訳なかったが、いつ起きるかわからないものを待ってる訳にもいかない。
私は、運転席の窓ガラスを、控え目にコンコンと叩いた。

「!?」
私に気づいた担当者は、飛び起きて目をパチクリ。
寝ていたことにバツの悪さを感じたのだろうか、ドギマギと気マズそうに車から出てきた。

「ご、ご苦労様です!」
担当者は若く、経験も乏しそう。
上から一方的に押しつけられてやって来たのか、この任もやや重そう。
愛想笑いの下に浮かない本心があるのがハッキリわかった。

「あの部屋なんですけど・・・」
担当者は、アパート二階の一室を指さして顔をしかめた。
何かを喋ってないと落ち着かないようで、自分の動揺を誤魔化すかのように、遭遇した一つ一つの事を細かく説明してくれた。

「イヤ~な予感がしたんですよねぇ・・・・」
担当者は、下に住む住人からの苦情と上司の指示で、管理用のスペアキーを持って現場に急行。
玄関前に立つと、明らかな異臭。
〝人が死んでる〟なんてことが頭を過ぎることはなかったけど、中で尋常じゃないことが起こっていることだけは想像できた。

「ドキドキもんで・・・」
とりあえず、呼鈴とノックを数回。
当然のように、中から反応はなし。
スペアキーを鍵穴に差してみると、鍵は開いたままのよう。
怪訝に思いながら、恐る恐るドアノブに手を掛けてみた。

「もお、驚いたのなんのって!」
ドアを開けると、いきなり腐乱死体。
腐ったバナナのように溶壊した人間が、引いたドアに連れられて手前にバタッ!
同時に、土間に滞留していた腐敗液が外へ流れ出し、一張羅の皮靴に襲いかかってきた。

「頭が真っシロで・・・呆然ですよ・・・」
第一発見者となった担当者。
駆けつけてきた警察は、そんな担当者の身柄を拘束。
一刻も早く現場から立ち去りたい気持ちとは裏腹に、そのまま現場に立ち会わされるハメになった。

「普通の死に方じゃなくて・・・」
亡くなったのは、部屋に一人で暮らしていた中年の男性。
警察の見立てによると、死後10日前後が経過。
死因は、玄関での首吊自殺だった。

「トドメを刺されたような気分でしたよぉ・・・」
警察は、担当者を遺体の側に立たせ、更に遺体を指さしてポーズをとるよう指示。
そして、そんな二人を、有無も言わさず写真撮影。
自殺腐乱死体と一緒に写真に収まるなんて・・・恐ろしくもあり気持ちが悪くもあり・・・担当者は、吐き気を覚えるくらいに気分が悪くなった。

「僕、まだ入社一年目なんですよ・・・」
彼は、入社一年目の新米社員。
第一希望ではなかったものの、正社員として就職できたことに喜びをもちながら勤めること数ヶ月。
半人前ながらも、ようやく仕事の一端をおぼえてきた矢先にコレと遭遇。
このことをどう受け止めるべきか・どう消化すべきか苦悩。
しかし、考えても答は得られなかった。

「こんなこと、よくあるんですか?」
一生のうちで一度もこんな経験をしない不動産会社の人間だって多くいる。
しかし、残念ながら、その逆の人も少なくない。
そんな出来事に、一年目にして遭遇してしまった担当者。
〝貴重な経験〟とはいえ、〝いい経験〟と言えるはずもなかった。

「夢にまで出てくるようになっちゃって・・・」
大袈裟に言っているのではなく、ホントにそうらしく・・・
事は、かなり深刻。
ストレスに睡眠不足がプラスされて、疲労困憊。
眠くてたまらないくせに、夜がくるのが恐ろしくもあった。

「僕が、気にし過ぎなんでしょうか・・・」
ハードな現場でも耐えられる人もいれば、ライトな現場でも腰を抜かしそうになる人もいる。
何をもって〝気にし過ぎ〟とするのか、難しい質問だった。
ただ、平気な人はほとんどいないのが現実なので、私は、そのことを伝えてフォローした。


一通りの話を聞いた私は、とりあえず、部屋を見てくることに。
私まで暗くなったら担当者の不安も更に増しそうだったので、私はそんな素振りは見せず、逆に、平然かつ軽快な足取りで階段を駆け上がった。


「あらら・・・」
想像した通り、玄関ドアの前には黒茶色の液体。
それが、強烈な悪臭を放出。
私は、それを踏まないように注意しながら、ドアを開けた。

「なるほど・・・こういうことね・・・」
中の状況も、ほぼイメージ通り。
正方形の小さな土間には、ドロドロの腐敗液が滞留。
その表面は、不気味な黒光りがあった。

「あ゛~ぁ・・・いるいる・・・」
土間に溜まった腐敗液には、ウジがウジャウジャ。
この後に襲ってくるであろう災難を知る由もなく、悠々と屯していた。

「コイツらぁ゛~・・・」
ウジは、適度な気温と充分な食料を得て猛繁殖。
腐敗液を引きずって、縦横無尽に闊歩。
引力ではあり得ない範囲にまで、汚染を拡大させていた。

「なんで玄関・・・」
一般的な建物の玄関ドアには、クローザー(開閉補助金具)がついている。
それが、吊る元として都合がいいからだろう、自死決行の場所を玄関にするケースは多い。
しかし、故人はクローザーではなく、鴨居とハンガーフックを使っていた。

鴨居なんて、玄関でなくても、部屋・台所・風呂・トイレetc、いたるところにある。
冷たい言い方になるけど、吊りやすい場所は他にあったはず。
なのに、故人は、玄関を選んだ・・・

故人が、開けっぱなしの鍵と鴨居に引っかけた三個のフックに込めた意図は何だったのか・・・
誰かに気づいてほしかったのか・・・
誰かに止めてもらいたかったのか・・・
早く見つけてもらいたかったのか・・・
死後の迷惑を考慮したのか・・・

やめときゃいいのに・・・
そこには、知り得るはずもない故人の意思を知ろうとしてしまう私がいた。
知る必要があるかのように・・・
それに費やされるエネルギーは大きく、心中に積もる冷たいものに震えがくる私だった。

つづく



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一日一全

2009-01-19 20:27:22 | Weblog
寒い!寒い!・・・12月・1月は、気候だけでなく懐までもが寒い。
特別な何かがある訳でもないのに、お金の減り方が速い。
「年末年始くらいは、ちょっと贅沢しようか」と、普段なら手を出さない美味しいものに手を出したツケが回ってきてるのだろう。
ま、墓に衣が着せられるわけでなし。
稼ぐだけじゃもったいない。
バランスよく使っていくことも大切だよね。

そんな厳しい冬にも、いいことはある。
〝死体が腐りにくい〟とか〝ウジ・ハエが涌きにくい〟とか、そういうこともあるけど、ここで言いたいのはそういうことじゃなくて、〝空気が澄んでいる〟とか〝空がきれい〟とか、そういうこと。
冬ならではの澄んだ風景に心が透き通って、それが心の靄をはらってくれるのだ。

仕事柄、私は毎日のように車を走らせている。
でも、単なる移動手段だけにするのはもったいないので、時間が押してない時はちょっとしたドライブ気分で運転する。
好きなCDやラジオを適当に聴いたり、回りの景色を楽しんだりしながら。
休みが少ない分、私は、そんな所で小刻みに気分転換を図る習性が身についているのだ。

仕事場が都県をまたがる私は、高速道路も頻繁に使う。
首都高をはじめ、首都圏の高速道は走りまくっている。
だから、頭には一通りの道路網が頭の中にインプットされており、高速道路だけならナビがなくても平気で走ることができる。

そんな高速道路。
場所によっては眺めのいいところがある。
特に、レインボーブリッジ・ベイブリッジ等の橋梁部はそう。
前後左右に、融合された自然美と人工美が広がる。

中で最も気に入っているのは、東京湾アクアライン。
川崎側は海底トンネル、木更津側は海上橋、それをひたすらまっすぐ(わずかなカーブはあるけど)に走るルート。
横風にあおられることも多いけど、目の前に広がる周辺の景色は爽快。
上には青い空、下には碧い海。
行き交う船や飛行機はオモチャのようにも見え、よくできたジオラマのよう。
とりわけ、木更津から川崎へ向かう橋から見える景色は絶景!
目の前には、グルッと360度の景色・・・房総半島から千葉・東京・川崎・横浜を経て三浦半島まで見渡せる。
更に、日によっては、富士山をはじめとして、関東平野を取り囲む山々まで見える。

途中にある〝海ほたる〟もまたお気に入りのスポット。
洋上に浮かぶ巨大客船のように、トンネルと橋をつなぐポイントにあるPAだ。
私は、少しでも時間に余裕があれば、「必ず」と言っていいほどここに立ち寄る。
車から降りる用が何もなくても立ち寄り、色んなことを考えながら広々とした上の空・下の海・遠くの地を眺める。

空・海・地とは不思議なもので、求めながら眺めていると何かが返ってくるのを感じる。
自分の中のマイナスをリセットしてくれる何かを感じる。
そして、勇気をだして生きる方へと、自分の背中が押されるような気がする。


その現場から見える景色もまた、絶景だった・・・
そこは、一等地に建つ高層マンション。
いわゆる〝億ション〟というヤツらしく、その佇まいは高級そのもの。
部外者の侵入を阻止するためのセキュリティーが万全で、下界に住む私は、なかなか中に入ることができなかった。

依頼者と携帯で話しながら、やっとのことで中へ。
二重のオートロックをくぐり抜けたエントランスは、どこかの高級ホテルを思わせるような落ち着かない雰囲気。
受付カウンターにはパリッとした身なりの女性コンシェルジュ。
自分の風貌が場に合わなかったからだろう、無許可で立ち入っている訳でもないのに、私は妙な居心地の悪さを感じた。

目的の部屋は上階の一室。
外光を遮る建物はなく、〝隣は空〟といった感。
「窓」というには大きすぎるガラス壁の眼下には、〝これがいつもの街?〟と疑いたくなるくらいのきれいな街並。
高所恐怖症の私は、〝住んでみたい〟とは思わなかったけど、それでも惹かれるものがあった。

故人は、フローリンク床に布団を敷いただけの寝室で孤独死。
発見は早かったため腐敗は軽かったものの、部屋中に異物(胃物)を嘔吐。
泥酔してたのか、それとも七転八倒したのか・・・それは、〝なんで?〟と思われるくらいの広範囲に拡散。
その異臭に酒臭とタバコ臭が加わって、せっかくのマンションにあって、この部屋だけは悲惨なことになっていた。

頼まれた仕事は、その部屋の掃除と消臭消毒。
乾いてこびりついた嘔吐物が頑固そうではあったが、特掃の難易度はライト級。
作業の段取りは考える程もなく簡単で、私は、部屋に閉じこもり黙々と作業を進行。
そんな私を、眺めのいい景色が後押ししてくれた。

依頼者は、中年の女性で故人の妹。
私の作業が終わるまで、リビングで待機。
作業が終わると、女性は私をリビングのソファーに座らせ、お茶とお菓子を出してくれた。

それにしても、私のような話下手にとって、〝オバさん〟という生き物は、相手にしていて楽である。
気の利いた話題を提供しなくても、大袈裟な相槌を打たなくても問題なし。
地蔵のように座り、時折、軽く頷くだけで勝手に喋ってくれて場の空気を煮詰まらせないでくれるから。

そんな女性。
「大変なお仕事ですねぇ」
と、労いの言葉に害のない好奇心を滲ませ、それを口火にに昔話を始めた。

故人は、若い頃に結婚と離婚を経験。
子供はおらず、以降は独り身の生活を謳歌。
仕事も安定し、収入は、一人暮らしには余るほど。
まさに、〝独身貴族〟〝悠々自適〟といった言葉がピッタリの暮らしぶり。
酒と煙草をこよなく愛し、良く言えば「太っ腹」「大らか」、悪く言えば「大雑把」「非堅実」。
若い頃から、宵越しの銭は持たない主義で、資産らしい資産も貯金らしい貯金もなく。
この高級マンションも、地場に土地を持っていた親からの相続財産がかたちを変えただけのものだった。

「クヨクヨと何かを悩んだりするようなタイプじゃなく、いつも笑ってるような人だったんですよ」
「人が好過ぎて身内をイライラさせることもありましたけど、人の悪口を言うこともなくて・・・ニコニコとお酒を飲んで、ニコニコと煙草をふかしている姿ばかりが思い出されますね」
「今思うと、兄は、きれいな生き方をしてましたよ・・・最期はちょっと汚しちゃいましたけど、長患いは兄らしくありませんから、これでよかったのかもしれません・・・」
遺影の中の故人と目の前の女性の顔には、悲しさも寂しさも覆い隠すような、温かい微笑みがあった。
それが、外の明かりと相まった光となって、故人に対する劣等感に暗くなりかけた私の奥底に射し込んできたのだった。


「俺は、一体、何を思い煩っているんだろう・・・一体、何に疲れているんだろう・・・」
私は、思い悩んだって何も解決しないことは分かっていながらも、漠然とした将来の不安に気落ちし疲労することがしばしばある。
過去を省みることより、今を必死に生きることより、将来の不安と疲ればかりが頭を占めて離れなくなる。
ヒドいときは、自己暗示も効かない。

この私は、明日を思い煩うことに、どれだけの時間とエネルギーを費やしているのか・・・
明日を思い煩うことによって、どれだけ今日を損じているのか・・・
しかし、それが現実の私。

焦る必要はない。
生き急ぐ必要もない。
決められた終わりに向かって一定に流れる時間の中で、目前にある今のことを全うすればいい。
一年も・一月も・一週間も続けなくてていい。
とにかく、今日一日だけは、今日一日に集中してみる。
そうすれば、悲観に冷やされた日々が熱を帯び、明日の心配が頭の隅に追いやられていく。
そして、何も見えてなかったはずの明日が見えてくる・・・イヤ、〝見えてくる〟のではなく、〝見えない不安がなくなる〟のかもしれない。


全うされた人生に与えられた死には、これからまだ生きなければならない人の思い煩いを消す力があるように思える。
そしてまた、先人の死は、後人に生きる知恵を与えてくれるものでもあると思う。
その前線に身を置く私は、先に死んだ人々に助けられて生きている・・・
そして、人として、助けてくれた人々に不義はできない。

「もっと生きねば・・・」
寒空の下、うつむき加減の自分に、そんなことを言い聞かせている冬である。




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運好(後編)

2009-01-13 14:57:47 | Weblog
「!?!?!」
トイレには、大量のオムツと生理用品。
もちろん、それらは使用済の状態で、床はもちろん便器をも埋没させ、壁半分くらいの高さまで山積。
私は、そのオムツが、ゴミで埋まって使えなくなった便器の代用品だったことを想像。
また、生理用品からは、〝家主=初老女性〟がイメージできず、野次馬の仮説は、次第に現実味を帯びてくるのだった。

更に浴室。
ゴミだらけの浴室を覗き込むと、浴槽には何やら黒い物体。
それは、懐中電灯を向けるのが怖いくらいに私を威圧。
〝せめて、ビニール袋に入れるか何かできなかったのか?〟とも思ったけど、そんな後始末ができる人なら、部屋をこんなことにしないはず。
私は、自分の考えがナンセンスであることに気がついて一人で納得。
浴槽三分の一ほどに達した量を、ただ呆然と眺めるしかなかった。


全体の見分を終えて、私は外で待つ〝姉妹〟のもとへ。
愛想笑いを浮かべる〝姉〟に対して、〝妹〟の表情は硬く、二人の間に分かち合いようのない温度差があるのを感じた。

「中、御覧になってますよね?」
「はい・・・玄関から覗いただけですけど・・・」
「入られてはいないんですか?」
「はい・・・さすがに・・・」
「じゃ、奥の部屋とかがどうなっているかご存知ないわけですか?」
「えぇ・・・まぁ・・・」
「トイレと浴室も?」
「はぃ・・・」
私の話に受け答るのは、もっぱら〝姉〟の方。
妹は、二人の会話を黙って聞いているだけ。
私は、トイレ・浴室についての話に触れると同時に、黙ったままの〝妹〟に視線を送った。

「お風呂とトイレくらいは普通ですか?」
「失礼な言い方になったら申し訳ないのですが、〝普通〟ではありません・・・」
「どんな具合に普通じゃないんですか?」
「・・・まぁ・・・やっぱり、ゴミが溜まってまして・・・」
「使えない状態まで?」
「いや・・・それは・・・どうか・・・」
先入観が働いたからそう見えたのか、もともと悪かった〝妹〟の顔色が更に悪くなったような気がした。
そして、話を進めるに従って、表情が引きつってきているようにも見えた。

〝姉〟は、この部屋を最初に見たとき、かなり驚いただろう。
しかし、溜めるか溜めないかの違いだけで、自分だってゴミを出すことに変わりはない。
謙遜かつ譲歩をもって、〝妹〟がつくった現実を飲み込んだ。
しかし、〝姉〟には、トイレと風呂を使わない生活はあり得ない。
しかも、そこに恥ずかしい汚物が大量に溜めてることを知ったら、〝姉〟としてより〝友人〟としてより、それ以前に、女として嫌悪感が芽を出し、〝妹〟を見損ない・軽蔑する気持ちが爆発するかもしれず・・・
一方の〝妹〟だって、恥を忍んで〝姉〟に打ち明けたものの、最もヤバい部分を露わにされるのは耐えられないかもしれず・・・
私は、双方の心情と将来を推察して、トイレ・浴室の話は、それ以上は深堀りしないことにした。

「手前の台所だけじゃなく奥の部屋にもだいぶ溜まってまして・・・」
「えぇ・・・」
「ところで、この状態を大家さんは知ってます?」
「知らない・・・はずです」
「お隣さんとか、近所の人は?」
「気づいている人はいるかもしれませんけど、直接何か言われたことはないみたいです」
「そうですか・・・よくバレませんでしたねぇ」
「ですね・・・」
〝姉〟は、何か答えるたびに〝妹〟の顔をチラ見。
私には、その仕草が、返答に間違いがないかどうかを真の住人に確認している姿に見え、仮説が確信へと変わっていった。

「先に、大家さんに見せた方がいいですか?」
「これを?」
「正直にみせて誠意を示した方がいいかと思いまして・・・」
「いや~・・・ある程度片づけてからの方がいいと思いますよ」
「はぁ・・・」
「普通の人なら、コレを見たら激怒するはずですし、せっかくの誠意もこのゴミには歯が立たないと思いますよ」
「・・・」
「大家さんを怒らせると、いらぬ問題を招くことにもなりますから」
「なるほど・・・そうかもしれませんね・・・」
とにもかくにも、早急にゴミを片づけてできる限りの清掃を入れることを提案。
二人は短く協議し、最終的には〝妹〟の決済によって、施工が決定した。


作業の日。
依頼者の〝姉妹〟は二人とも姿を現さず。
また、来たい訳もなかっただろう。
作業を一任されていた私は預かっていた鍵で開錠し、予定通り作業を開始した。

トイレ・浴室を、特掃パワーが温存されている最初のうちに片付けてしまうのも一つの手だったが、それは、早々から気持ちが挫いてしまうリスクも高い。
そうなると、後々の作業に差し障るので、結局、それは最後に残しておく安全策を選択。
まず先に、部屋の片付けに着手し、焦らず・怠けず・諦めず、コツコツ少しずつ片付けていった。


何日か後、作業の最終日。
最後に、懸案のトイレ・浴室が残った。

「やるか・・・」
トイレの方は、余計なことを考えないようにして、ひたすらモノを梱包。
汚れ物ではあっても、実際の手が目に見えて汚れる訳ではない。
だから、ただひたすら思考を停止して手だけを動かした。
ただ、溜息だけは、どうにも抑えようがなく、吐く息がそのまま溜息となって延々と出続けた。

「いよいよ・・・か・・・」
トイレをやっつけた私は、いよいよ魔の浴室に突入。
暗黒の浴槽を見下ろした。
そして、自分の気持ちが片付けられないうちに、目の前のモノを片付けなければならない葛藤に怖じ気づきそうになりながらも、とにかく手を動かし始めた。

〝鮮度〟の関係か、上の方は粘土状。
それが、下にいくにしたがって固くなり、底の部分は石のようにカチカチ。
遅々として進まない作業と私を容赦なく汚してくる汚物に、やり場のない苛立ちが沸々。
しかし、それに支配される訳にはいかず、私は、自らの定めをブツブツと自分に言い聞かせて作業を続けた。


ここの作業だけに限ったことではなく、汚物を片付ける作業は楽なものではない。
汚物の中には、手が受け付けても脳が受け付けないもの、脳が受け付けても手が受け付けないものがある。
目が受け付けても鼻が受け付けないもの、鼻が受け付けても目が受け付けないものもある。
気落ちすることがあれば、泣きが入ることもある。
腹立つことがあれば苛立つこともある。

しかし、私は、
「今は、これをやるしかない!」
「これが、俺の定め!」
「自分のために決められたこと!」
そう思って進むことにしている。
ツラいけど・・・

確かに、その真っ只中にいる時はツラい!
しかし、そればかりではない。
いいこともある。
経済的な報酬も得られるし、精神的に鍛錬もされる。
更には、人様にも感謝してもらえる。
何よりも、生きている実感を強く感じることができる。
それが、後の日に、生きている喜びと感謝に変わり・・・人生の幸せにつながる。

それは、運なんかではない。
必然の宿命の中に定められたもの。
試練や苦難の渋皮に隠れた、宿命の甘実なのだ。


最終日、現場に来たのは〝妹〟一人。
てっきり〝姉妹二人〟で来るものとばかり思っていた私は、少し意表を突かれた。
同時に、目を合わさずに挨拶してきた女性との間に、気マズくも真摯な空気が流れるのを感じた。

私は、作業の成果を確認してもらうため、女性を促しながら一緒に入室。
部屋からゴミはなくなったものの、土足レベルは変わらず。
独特の異臭も残留。
中の建具・建材を清掃によって回復させることは不可能で、普通に住める状態にするには内装工事が必要であることを伝えた。
女性は、固い表情を変えなかったけど、それでも小さな声で私を労ってくれた。

「すいませんでした・・・ありがとうございます」
その言葉にまた一つ、宿命という好運を人生に得た私だった。




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運好(前編)

2009-01-10 13:39:25 | Weblog
私が、運に頼らないタイプの人間であることは過述の通り。
でも、昔からそうだった訳ではない。
目の前で遭遇する色んな局面を、幸運のお陰にした悪運のせいにしたり・・・
そんな風に考えないとやってられない局面が多々あった。
迷路に迷い込んだ時や物事に行き詰まった時など、自分の不甲斐なさを運に転嫁させれば楽になれた。

しかし、何もかもを運と捉えるには限界がある。
偶然の積み重ねから自然の摂理が生まれる訳はないから。
そんな熟考の結果として、ある時期からの私は、運より宿命を信じるようになっている。
これは私のようなタイプの人間に限ったことかもしれないけど、何事も〝運〟任せにするよりも〝定め〟と捉えた方が、よくも悪くも開き直れたりして、その方がずっと強固に軽快に生きていけることを実感できてきたからだ。

現場仕事の過酷度もそう。
運によって左右されていると思うと、気分が極端に浮き沈みする。
以前は、想像してたよりも実際の現場がヘビーだったりすると、〝運が悪い!〟〝ツイてない!〟なんて不満が湧いてきていた。
(かと言って、想定より軽くても〝運がいい〟〝ツイてる〟と思えないんだけど・・・)
そして、しばらくの間、自分の愚痴とボヤきを自分で聞くハメになっていたのである。
しかし、現在は、〝今、こうして生きるのが自分の宿命〟と思い直すようにしている。
・・・悪く言えば〝諦め〟〝受動的〟、どっちつかずの言い方をすれば〝開き直り〟〝割り切り〟、良く言えば〝安心〟〝安定〟・・・色んな側面があるけど、そう認識すると、高低はあっても気分は安定してくる。
そして、地に足をつけ・腰を据えて仕事ができるのだ。


この時の現場も、そんな感じで展開していった・・・

「アパートで独り暮らしをしていた母親が、部屋にゴミを溜めてしまった」
ある日の午後、〝住人の娘〟と名乗る女性から電話が入った。
事情をテキパキと話してくる様子に特段の不信感も覚えず、私は、いつものように必要事項を淡々と尋ね、現地調査の段取りを組んだ。

それから数日後。
依頼者の女性と私は、現場アパートの前で待ち合わせ。
約束の時刻を前に、現場では、二人の女性が私の到着を待っていた。
見た目には30代半ばから後半、二人は姉妹とのこと。
ゴミ部屋の主は、二人の母親とのことだった。

先の電話で私と話したのは姉の方で、この時もハキハキと普通に会話。
前もって話す練習でもしてきたかのように、淀みなく事情を説明してくれた。
一方、妹の方は、それとは対照的に姉の後ろに隠れるように立って、どことなくオドオド。
ほとんど言葉を発することもなく、視線を空に泳がせるばかり。
私は、私と目が合わないように注意しながら私を観察する彼女の視線を肌に感じたが、気づいていないフリをして話を続けた。

私は、全く似ていない二人の顔と全く違う二人の表情に、わずかな不審感を抱いた。
しかし、顔の似てない姉妹がいたって不自然ではないし、性質が違うのも自然なこと。
私は、そう思って、芽が出そうになった疑心を抑えた。


「とりあえず、中を見せて下さい」
私は、愛用のマスクを首にブラ下げ、手袋を装着。
経験で得た懐中電灯を片手に、玄関へ向かった。

「く、崩れますから、気をつけて下さい・・・」
寡黙だった妹が、私に一言。
その一言で中がどんな状態であるか察知した私は、緊張の度合を上げた。

「あ゛・・・」
玄関を開けると、いきなりゴミの崖。
そして、妹の言葉通り、その一部が足下に崩れ落ちてきた。

とっさに後ろを振り返ると、こちらを見つめる対照的な顔の二人。
姉は、他人事のような苦笑いを浮かべ、妹は、顔を強ばらせていた。
そのギャップに、何とも怪訝な思いが沸々。
しかし、そんなことを考えている場面ではないので、私は玄関に向き直ってマスクを装着した。

「じゃ、いってきます」
近隣の手前、玄関ドアを長く開けておくわけにはいかない。
私は、勢いをつけてゴミ崖の上に飛び乗り、玄関を閉めた。

「こりゃ、スゴいなぁ・・・」
案の定、中は夜のような暗闇。
口癖のようになったいつものセリフを呟きながら、懐中電灯を四方に照射。
そして、ゴミに足をとられながらも少しずつ歩を進めた。

部屋の蛍光灯を点灯させて、全容を露にしてみると・・・
言葉の使い方が間違っていると思うけど、その光景はまさに〝壮観〟。
〝よくぞここまでやったもんだ!〟と思えてしまうくらいのゴミが、部屋を埋め尽くしていた。

台所は三分の一、一部屋は半分、もう一部屋は三分の二の高さまで埋没。
当然、床が見えている部分なんてまったくなく、それぞれの部屋毎にゴミの種類を異にしながら、奥に向かっていくほど高く積み上がっていた。

「なんか妙だなぁ・・・」
ゴミの内容を観察しているうちに、抑えたはずの疑心が再び発芽。
目の前のゴミ山野は、野次馬が走り回る絶好の広場となってしまった。

炭酸飲料のペットボトル・マンガの単行本・ゲームソフト・CD等々・・・
姉妹の年齢から推測して、住人だった母親は50~60代と考えるのが普通。
しかし、ゴミの中に目につくのは、もっと若い年代の人が好みそうなものばかり。
50~60代の初老女性が、炭酸飲料を飲みながらゲームをしたりマンガを読んだりしている姿は、なかなか想像しにくく・・・
想像の域内ではあったが、私は、ゴチャゴチャと競合していた事柄を整理して、ある仮説を導き出した。

二人は〝姉妹〟ではなく友人。
そして、住人は母親ではなく妹と名乗っている方の女性。
住人女性(自称妹)は、長年に渡ってゴミを蓄積。
そして、いよいよ生活に窮するようになり親しい友人(自称姉)に相談。
とにかく、片づけることにしたものの、自分が前面にでることに抵抗があり、その役目を友人が肩代わりすることに。
そしてまた、自分がゴミ主であることも知られたくなくて、顔の見えない母親を家主に仕立て上げた・・・

依頼者が、嘘をついてまでも保身に走りたい気持ちは理解できる。
やってしまった事が事だけに、抱える羞恥心も小さくないはず。
それを、どこの馬の骨ともわからない他人に曝すことを躊躇うのも自然なこと。
誰をキズつけるわけでもなし、私にとっては実害のない嘘であり、充分に許容できるものだった。
だから、ことの真偽を依頼者に確認する必要はなく、単に真の事情を把握できればそれでよかった。
それによって、仕事の中身も成果も、依頼者にとってプラス方向へもっていくことができるし、私も仕事がやりやすくなるから。

そうして、一定の結論を得た私は、頭を切り替えて、現場調査に集中することに。
ゴミの中身と量を詳しく見分するため、一つ一つの部屋をジックリ確認した。

「一番危険なのは、やっぱ台所か?」
通常、食べ物・・・腐り物が集中するのは台所。
だから、往々にして、台所の危険度は高い。
調査のためにマスクをずらして鼻から空気を吸ってみると、独特の湿度と悪臭が入り込んできた。

「うへぇ~・・・こりゃイカンわ」
濃い悪臭を吸い入れてしまった私は、鼻から急排気。
そして、マスクを戻してから、息を吸い直した。

二つの部屋と台所を見分し終えた私は、次にトイレを見ることに。
その扉は、ゴミによって半開きのまま固定。
元来は、臆病で用心深い性質の私なのだが、しばらくゴミ部屋にいたせいで感覚が麻痺。
不用意に、扉の隙間から首を突っ込んだ。

「!?コレ、俺!?」
(〝俺が片づけんの!?〟の意)
狭いトイレには、汚れた○○○等が山積み。
私は、その光景に目眩を覚えて後退。
しかし、あまりの衝撃光景に視線は釘付け。
私は、それから逃れるために、浴室の方へ身体の向きを変えた。

「ここはどこ?これは何?コレも俺!?」
(〝ここ、ホントに風呂?ひょっとして、コレは○○○?コレも俺が片づけんの!?〟の意)
しかし、現実は冷たく、私を追い討ち。
トイレから逃げるように開けた浴室の扉の向こうには、更に衝撃の光景が広がっていたのであった。

つづく




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Heart Work

2009-01-05 17:04:41 | Weblog
「2009謹賀新年!」
と、新年初回のブログを元気にいきたいところだったのだが、実のところ、今朝はこの冬一番の鬱に見舞われてしまった私。
でもって、新年早々、ネガティブビームを発射しながらのブログ更新。

この原因を突き止めようともがいたところで、何かが改善するわけでもなし・・・
また、身の役割と負う責任は、いつになるかわからない心の夜明けを待ってはくれないし・・・
とにかく、カーテンの向こうが明るくなるのを見計らって布団を這い出たのだった。


新しい年が始まり、今日が仕事始めの人も多かったのではないだろうか。
ところで、12月28日~1月4日、9連休の後の仕事ってどんな気分になるのだろう。
持て余した時間がやっと過ぎて、気分も新たに意欲満々?
それとも、再び始まる過酷なサバイバルを想って疲労鬱々?
私だったら後者。
酷い鬱状態になること間違いなし!
それどころか、休み明けの鬱状態が恐ろしくて休み中から意気消沈するのだろうと思う・・・
〝よくないこと〟とわかりつつも、多分、私は自分の仕事が嫌いだなんだろう・・・


そんな私の仕事。
今までに紹介した通り、死体業には色々な業務がある。
そのどれもが、土日祝祭日も昼夜も関係なく、突然入ってくる。
そして、迅速な対応が求められるケースも多い。
その最たるモノが遺体搬送業務。
通常は、入電から30分以内・・・遅くとも一時間以内に病院に到着する必要がある。
当社の場合は、遺体搬送が専業ではない〝総合死体業〟(←My造語)なので、そんな縛りのキツい仕事はできないけど、それでも〝いざ出動〟となると大慌てで支度を整える。
そして、怠け者の心がついて来なくても、とにかく、身体だけは走らせる。
そんな仕事なのだ。


ある日の早朝、その遺体搬送業務が入った。
眠りの浅い私の脳は、すぐに状況を理解。
必要事項をメモにとって、大急ぎで出動準備。
そして、誰もいない早朝の街に飛び出していった。

冬場だと、寒いし暗いし、鬱々とした気分を引きずっていくパターンなのだが、その時の季節は夏。
明るい空と心地よい涼しさが、重くなりがちな気分を軽くしてくれた。
ただ、向かう先にいる人達のことを想うと、足取りまで軽くすることはできなかった。

着いた先は、古い造りの中規模病院。
目立たない場所に搬送車をとめた私は、担当の看護士の案内についてストレッチャーを進行。
そして、看護士が開けた病室のドアを、誰とも目を合わさないように視線を落としてくぐった。

病室にいた家族は、妻らしき中年女性・娘らしき若い女性・息子らしき若い男性の三人。
三人とも泣いてはいなかったけど、その分、場の空気には神妙かつ厳粛な重みがあった。
また、ただの自意識過剰だったのかもしれないけど、〝招かざる客〟といった家族の意志が私を刺しているようにも感じられ、独特の居心地の悪さを覚えた。

ベッドに横たわる故人の顔には、白い面布。
枕元の壁には、その何倍もある大きな紙。
それは、勤務先から送られた激励の寄せ書きだった。

中央には、某大手企業名と肩書のついた故人の名前。
その回りには、多くの人からのメッセージ。
最も目を引いたのは、生前の故人が書いたものであろう文字。
そこには、職場へ復帰する意欲が、短くも力強く綴られていた。
私は、それを複雑な心境で横目に流し、家族の了承のもと顔の面布をめくった。
そして、特段の変異がないかどうかを見るため、故人の顔に自分の顔を少し近づけた。

私は、生気を失った故人に、生体としての異常と遺体としての通常を確認。
骸骨に皮を貼っただけのように痩せて小さくなった顔に、闘病生活の過酷さを想像しながらも、何となくホッとしたような表情を見出した。
そして、単なる先入観かもしれなかったけど、それが私の居心地の悪さを緩和してくれたような気がした。


自宅に到着する頃には、下がりゆく故人の体温を補うかのように気温は上昇。
そして、家族を慰めるかのように、頭上には、きれいな夏空が広がっていた。
しかし、無常もまた自然の摂理。
故人の体温は次第に下がり、死後硬直も発生。
私は、体重の軽くなった故人を用意された布団に安置し、防腐対策のドライアイスを準備した。
そんな一連の作業を、家族は黙って見ていたのだが、故人にドライアイスをのせようとしたところで私に声を掛けてきた。

「冷やさないといけないものなんですか?」
「はい・・・この季節は特に・・・」
「そうなんですか・・・」
「・・・」
「このまま硬くなっちゃうものですか?」
「ええ・・・今はまだ初期段階ですけど・・・」
「(故人の着衣を)後からでも着せ替えられますか?」
「大丈夫ですけど、今のうちの方が着せ替えはしやすいですよ」

そんなやりとりの末、〝苦しみを味わったときの汚れたパジャマじゃ可哀相〟ということになり、故人の着衣を替えることに。
そして、遺族三人は、何を着せるか協議し始めた。

家着・外出着・スーツetc
最期の一着とあって、三人は慎重に思案。
一張羅にすべきか・ラフな服装にすべきか、それぞれにそれぞれの想いがあって、なかなか一つに絞れず。
〝あれがいい〟〝これがいい〟と、しばらくの間、話し合いは続いた。

そうして待つことしばし。
「何を着せたらいいと思いますか?」
なかなか結論が出せない家族は、私にヒントを求めてきた。
後々の遺族心情にまで責任がとれるものなら思い切ったことが言えたのかもしれなかったが、もともと、〝自分が死に体になったときは、素っ裸でいいから、海にでも山にでも放ってほしい〟なんて思っている私に名案が浮かぶわけもなく・・・
結局、私は、〝故人らしい服〟〝故人が気に入っていた服装〟という、無難過ぎる答以外に気の利いた答を出すことができなかった。

結局、何着もあるスーツの中で、故人が一番気に入っていたものに決定。
それは、オーダーメイドでつくった高級品で、故人が〝ここぞ!〟という時にだけ着ていたスーツだった。

通常、スーツ・ワイシャツの着せ替えには結構な手間がかかるものなのだが、故人は極度に痩せていた上に死後硬直もあまかったので、着せ替えは容易に完了。
ただ、痩せ細った身体に元気だった頃の服が合うはずもなく・・・
首周りも胴回りもブカブカで、せっかく正装させても見栄えのいい姿にはならなかった。
それでも、家族は満足げに
「お父さんらしくなった」
「格好よくなった」
「背広にしてよかった・・・お父さん、仕事が好きだったからね」
と喜んでくれた。


勤めていた会社と役職から察するに、生前の故人は、バリバリと仕事をこなすやり手のビジネスマンだったよう。
人が羨むような収入を得、人が妬むような出世コースを歩いていたのかもしれない。
しかし、それに見合うだけの労苦と努力はしたはずだし、順風満帆なことばかりでもなかったはず。
少なくとも、病気が発覚して以降は、苦痛と苦悩の連続だっただろう。

そんな故人は、本当はスーツ(仕事着)なんか着たくなかったかもしれない。
ひょっとしたら、会社も仕事も嫌いだったかもしれない。
その真意は誰にもわからないことだけど、それでも、家族に〝仕事好き〟と思われるくらいに一生懸命に働いていたことは事実。
好きだろうが嫌いだろうが、与えられた仕事を一生懸命やってきた・・・
私は、故人の顔にそんな強さが見えるような気がして、身の引き締まる思いがしたのだった。


私は、偶然より必然を、運より宿命を、可能性より定めを、夢より希望を信じる人間。
自身を取り巻く何もかもに、何かしらの意味がある・・・目的がある・・・
私が、この仕事をやらなければならない理由も、そんなところにあると思っている。

されど、私は、自分の仕事を好きになれない。
過酷だから・・・
惨めだから・・・
悲しいから・・・
その根っこにあるのは、一生懸命にやってないことからくる怠け心と感謝の念に欠ける高慢な心。
仕事が好きになれないのは、本気でやってないから・真剣にやってないから。

この仕事、誰にでもできるものじゃない。
そして、面白おかしくできる仕事でもない。
キツいこと・ツラいこと・ベソかくことetc・・・この一年も酷な事が色々とあるはず。
しかし、かいた汗と流した涙に無駄はない。

今はまだ全然無理だけど、いつの日かこのHard Workを私にしかできないHeart Workにできれば、ようやく私も一人前なのかもしれない。




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