特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

ウジウジ

2022-09-22 08:47:51 | その他
陽が暮れるのが日に日にはやくなっている。
セミにとって代わった鈴虫の音色が耳に優しく響く。
本格的な秋は、もう目の前。
コロナ七波も落ち着いてきた感があり、秋を満喫する環境は整いつつある。
TVの情報番組でも、あちこちの行楽地や、数多くの秋の味覚が紹介され始めており、“にわか”ではあるけど、私も秋に迎えてもらっているような気分を味わっている。

「食欲の秋」「行楽の秋」「趣味の秋」、人それぞれ色んな秋がある。
私にとってこの秋は、どんな秋になるだろう。
酒は飲み続けているけど、大して食欲はないし、行楽の予定もなければ趣味もない。
そうは言っても、この鬱々とした日常に嫌気がさしている。
だから、とにかく、この現実から離れたい。
すぐに死なないとすれば、何もかも手放して生き直したいような気分である。

私は、自分が書くブログの根底に、「生きろ!」というメッセージを流しているつもりだけど、時々、その熱量が失せることがある。
死にたいわけじゃないけど、生きているのがイヤになるときがある。
自分なりにがんばって、ここまで生きてきたにも関わらず、いまだに
「なんで、人は、こうまでして生きなきゃならないんだろうな・・・」
といった考えに苛まれることがある。
私も、ただの人間、どちらかというと軟弱な人間だから、気分が沈むこともあれば、鬱々とした状態から抜け出せなくなることもあるわけで、そういうときは、生きるための意欲が減退するのである。

食欲がなくても、行楽の予定がなくても、酒に対する欲だけはある。
前にも書いたが、どうしても酒がやめられない。
そうなると、肴もいる。
せっかくの秋なのだから・・・




お急ぎの方はお電話にて
0120-74-4949


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残された時間 ~続編~

2022-03-02 07:00:52 | その他
2022年も3月に入った。
まだまだ朝晩は冷え込むものの、暦の上では、もう春。
晴天に恵まれた昼間には春暖が感じられるようになり、じきに桜の蕾もふくらんでくるはず。
そして、今日は2日。
昨年3月2日に亡くなった“K子さん”の命日。
(※2021年1月26日 1月30日 2月3日「残された時間」参照)
一昨年12月3日に「余命二か月」と宣告された自分の死期について、
「医師も用心して余命は“最短”で言うでしょうから、“桜が見れるかどうか・・・”ってところでしょうかね・・・」
と言っていたK子さんだったが、結局、その命は、桜が咲くまでもたなかった。

当初、この「続編」は、もっと早く書くつもりでいた。
・・・正確にいうと「書けるつもりでいた」。
想いが強すぎるせいか、書きたくても、言葉(文章)として、うまく文字を並べることができず。
薄情な私のことだから、「悲しみに暮れている」とか「心の悼みが癒えていない」とか、そういうことではないのだが、出会ってからのこと、亡くなる前後のことを想い出すと、色々なことが溢れてきて、まったく頭の整理がつかず。
結局、いつまでたっても書くことができず、一年が経過してしまった次第。

出会いは、一昨年、2020年12月9日の電話。
「余命二か月」を宣告された上での生前相談だった。
しかし、抱えている問題に反して、K子さんが、あまりに平然と、また淡々と話すものだから、はじめ、私は「冗談?」「いたずら?」と疑った。
ただ、話は事実であり現実であり・・・その後の関りはブログ三篇に記した通り。
この世での付き合いは、二か月程度の極めて短いものとなったが、同時に、二度と得られないような濃い時間となった。

もちろん、K子さんのことをブログに書くことは、本人も了承済みだった。
2021年1月26日に「前編」をあげると、早速、読んでくれたらしく、翌日には、
「うお!? 
なんかもしかして、ブログに登場してきましたかワタシ!?
なんかすごい嬉しいです。
でも私へのお気遣いは全く無用ですので、お好きなように書いちゃってくださいね!!
お返事はいりませんよ~」(原文のまま)
と、メッセージを入れてくれた。
喜ぶような場面ではないのに、とても喜んでくれたK子さんに、私は、何やら、自分に存在価値のようなものを感じ、場違いも省みず、少し誇らしく思ってしまった。

また、後日には
「私はブログを拝見しながら ずっと“この人とお友達になりたいなぁ”と思っていたことを思い出しました。」
「私が死ぬことで、友人達に何かの芽が発芽してくれたら、こんなに嬉しいことはないなぁと思いました。」(※「一粒の麦」の話から)
とのメッセージを送ってくれた。

最期に会ったのは、宣告された二か月が経過した2021年2月6日の午後。
癌は確実に進行しており、その前に会ったときに比べて体調は明らかに悪化。
それは、K子さんの動作や口調から、ハッキリ見てとれた。
とりわけ、頭(脳)に支障をきたし始めていたようで、著しい物忘れに苦悩。
TVのリモコン操作や冷蔵庫から飲み物を出してコップに注ぐといった、極めて簡単な日常的動作も、ゆっくり考えながらでないとできないくらいに。
それは本人も自覚しており・・・次第にダメになっていく自分を、培ってきた精神力でやっと支えているといった感じだった。

そこでも、色々な話をした。
K子さんについて書いたブログの話もした。
私が、独りよがりであることを承知のうえで、
「とにかく、K子さんに読んでもらいたい一心で書きました!」
「一文字一文字を渾身の想いで打ちました!」
と伝えると、
「ありがとうございます・・・何度も読み返しますね」
と、穏やかな表情で私に礼を言ってくれた。
一方、泣きたいのはK子さんの方だったのかもしれなかったのに、何故か、私の目には、薄っすらと涙が・・・
悲哀?同情?感傷?達成感?独善?、それは、得体の知れない涙だった。

K子さんは、“死”というものについて、私が、どういう概念を持っているのか尋ねてきた。
私は、
「この肉体は、この世の服みたいなもので、“死”というものは、それを脱いで天の故郷に帰ることみたいに思っています」
と応えた。
すると、同意するでもなく反論するでもなく、ただ、
「そうなんですか・・・なるほどね・・・」
と、不思議そうな表情を浮かべ、その後、感慨深げにうなずいた。

「“人生は楽しまないと損”と思いますか?」
と問うと、
「そうは思いません・・・後悔はありますけど、“楽しまなきゃ損”と言う考え方は、何だか薄っぺらく思えますね」
と応えてくれた。
幸せな話の少なかったK子さんだったが、それでも、ここまで生き抜いてきたことに ささやかな誇りを感じ、また、ここまで生かされてきたことに ささやかな幸せを感じているようでもあった。

それまでのやりとりの中で、私が、無神経なくせに神経質な人間であることは充分に伝わっていたはずだったので、
「私に友達がいない理由が少しはわかるでしょ?」
と言うと、
「私は、勝手に友達だと思っていますよ」
と愛嬌タップリに応えてくれた。
私は、素直に嬉しかった。

「死ぬのはいいけど、苦痛だけは困る」
K子さんは、何度もそう言っていた。
“死”への恐怖ではなく、身体的苦痛への恐怖感は強かったよう。
頼みの綱だった麻薬系の薬も効きにくくなり、痛みに襲われたときは、かなり辛かったみたい。
あまりに辛いときは、耐えきれず、規定量を超えて薬を服用。
その効果で、一時的に痛みは軽減するものの、同時に、それは頭(脳)へ大きなダメージを与えた。

「あと、二度でも三度でも会いたいなぁ・・・」
K子さんは、私にそう言ってくれた。
誰かに必要とされることが少ない人生を生きてきた私には、ありがたい言葉だった。
ましてや、K子さんが最期を迎えるにつき、私が役に立つことがあったとすれば、「ここまで生きてきた甲斐があった」いうもの。
ただ、K子さんは、その言葉の後に、
「でも・・・それで死ぬのがイヤになったら困るな・・・」
と、寂しげにつぶやいた。

ときに、時間は残酷なもの・・・
差し迫っている現実は、夢の話ではなく抗いようのない事実なわけで・・・
その言葉に、私は、今までに覚えたことがないくらいの切なさを覚え、返す言葉を見つけられず、その場に流れる静かな時間の中をさ迷うばかりだった。

そんな中で、私は、K子さんに三つのお願いごとをした。
一つ目は、
「亡くなったときは私にも連絡が入るようにしておいてほしい」ということ。
これについては、
「友達に頼むしかないけど、何か方法を考えておきます」
とのことだった。

二つ目は、
「死んだ後、何らかの合図を送ってほしい」というもの。
何という無茶なお願いだろう・・・
フツーなら、かなり無神経、かなり不躾、また、酷な言葉のはずだが、K子さんと“死”を語るのはタブーではなく、“死”は、我々の関係性の中心にあるものだった。
「死んでから、できることなら、何か合図みたいなものを送ってくださいよ」
「ラップ音とか?」
「そうそう!」
「え~!? なんか、恐くないですかぁ?」
「普通だったら恐いでしょうけど、不可解な現象があったらK子さんだと思いますから」
「そうですかぁ・・・」
「(心霊写真のように)スマホの画像に写り込んでもいいですよ!」
「いやぁ~!・・・さすがに、そんな図々しいマネできませんよぉ~!」
と、二人で、真剣な話を冗談のように話して笑った。

三つ目は、
「最期を迎えるにあたって、思いついたこと何でもいいから、率直な想いを言葉にして残してほしい」というもの。
それまでにも、色々な考えや想いを伝えてもらっていたが、まだまだ聞きたいこと知りたいことが尽きなかった私は、以降も、その心持ち吐露してほしくて、そんなお願いをした。
それが、K子さんがいなくなってからも続くであろう自分の人生において貴重な糧になると考えたのだ。
しかし、その後、K子さんの体調は急激に悪化し、メールを打つこともままならない状態になってしまった。

最後に文章らしい文章が届いたのは、2021年2月8日23:12のこと。
「なかなかお返事できなくてすみません。メールが打てなくなったら、次は入力がほとんどできなくなりました。
日々退化しているようです
メール打つのもすごく時間がかかります
このままではめーるすら打てなくなるかもと焦っています
キーボードも日々打てなくなっていて、今現在は退化しているかもです」(原文のまま)

そして、生前最後の言葉は、その少し後、2月9日0:29に受信。
最後に、私に伝えたいことがあったのか・・・
意識が朦朧とする中で、必死の想いでスマホを打ったのだろう・・・
受信したのは「もっといっぱさん」の八文字。それだけ。
一見、意味不明な言葉だが、私には、その意味がすぐにわかった。
「もっと、いっぱい話したかった」
私は、そう受け止めた・・・間違いなくそのはずだった。
元来の薄情者のくせに、その人間性を無視するかのように、私の目には涙が滲んだ。
「“もっと、いっぱい話したい”ですよね? 言葉にならなくても、その想いは伝わってますよ!」
と、私は、すぐにメッセージを返した。
事実、私も、もっとたくさんのことを訊きたかったし、聞きたかったし、話したかった。
が、しかし、もう“K子さん”からメッセージが送られてくることはなかった。

そのまま音信は途絶え、安否がわからぬまま一か月が過ぎ・・・
3月9日の午後、会社に一本の電話が入った。
私宛で、要件は「“K子さん”の件」とのこと。
私は、某腐乱死体ゴミ部屋での作業を終えて、次の現場へ移動するため車を走らせていた。会社から知らせを受けた私には、話の内容が何であるか、すぐに察しがついた。
車をとめ、伝えられた番号に電話をすると、相手は「K子さんの友人」を名乗る女性だった。

K子さんが自宅から病院に移ったのは2月18日。
つまり、「できるだけ自宅に居たい」と言っていた通り、私に最後のメッセージを送ってから、10日も自宅で頑張っていたわけ。
容赦なく襲ってくる苦痛・・・
急速に失われていく自我・・・
日々、医療スタッフが訪れてサポートしていたはずだけど、さぞツラかったことだろう。
癌は脳にまで転移。
モルヒネを打つほかに苦痛を和らげる手はなく、あとは死を待つばかり・・・
その頃は、もう意識も混濁し、自分のこともわからなくなっていたそう。
最期は昏睡状態。
そうして、3月2日、K子さんは、その生涯に幕を降ろしたのだった。

K子さんの死を知った私は、一人、運転席で涙。
音信不通になってから、「もう亡くなったのかもな・・・」と覚悟はしていたのだが、実際に、その知らせを受けてみると、おとなしくしていた感情が噴出。
「悲しい」とか「寂しい」とか、そういうのではなく、「わびしい」「切ない」みたいな感情がドッと沸いてきた。
そして、その、今まで味わったことがない何ともいえない心持ちは、しばらく私の心を支配し、私を感情的にしたり落ち込ませたり、逆に、落ち着かせたり奮い立たせたりした。
また、K子さんと関わるきっかけとなったのは、遺品整理の生前相談だったのだが、遠戚の親族も相続を放棄し、結局、その遺品整理を当社が契約するには至らなかった。

ただ、話は、これで終わりではなく・・・
K子さんの死を知ってから三日後の3月12日8:42、私のスマホがSMSを受信。
なんと、送信元はK子さんのスマホ。
会社にいた私は、「え!?」と、周りの者が振り向くくらい、驚きの声を上げた。
まさか、亡くなったはずのK子さんからメッセージが届くなんて・・・
すかさず画面を開くと、そこには、「書き方かか」の文字が。
おそらく、「もっといっぱさん」と送った後に、「書き方が」と・・・「書き方がわからなくなってきた」と打とうとしたのだろう・・・
しかし、それも最後まで打つことができず、送信ボタンさえ押せず・・・
そんな極限状態になってまで、私に言葉を送ってくれようとしていたなんて・・・
多分、スマホの契約が解除される際に、未送信メッセージが処理されて私に届いただけのことなのだろうけど、私には、それがK子さんに話した“二つ目のお願い事”のように感じられ、あり余る想いに胸がいっぱいに・・・
そうして、それをもって、今生におけるK子さんとの関りは、すべて終わったのだった。


誰の命にも終わりがある。
誰の人生にも終わりがくる。
いずれは、誰しも死んで逝く。
言われなくてもわかっている。
しかし、人間は、どこまでも愚かで、どこまでも無力。
「生きている」という、その奇跡的な希少性を蔑にし、目の前の雑事に心を奪われ、小さなことにつまずき、克己を忘れ、大切な時間を空費してしまう。

K子さんとは、本当に短い付き合いだった。
しかし、とてつもなく濃い時間だった。
そして、本当に稀有な出逢いだった。
多分、この先、こんな出逢いは、二度とないだろう。
仮に、あったとしても、K子さんくらい明るく死と向き合う人はいないと思う。
幼少期から過酷な経験をし、苦労の連続で、辛酸を舐めたことも多々あり・・・
「“よく死なずに生き続けてこれたな・・・”と自分でも思います」と、話していた。
そこには、病魔に襲われ、家も家族(愛猫)も仕事も奪われ、余命二か月を宣告され、それでも、「前向き」という言葉が陳腐に感じられるくらい明るく生きる姿があった。
世間の片隅で、自分の人生を生き抜いた一人の女性の、泣き笑い、幸せと不幸があった。
そこから“一粒の麦”をもらった私は、これからの人生で、それを咲かせ 実らせるべきなのだろう。

私は、「生涯 忘れません」と約束した。
だからでもないが、K子さんのことは、今でもよく思い出す。
目には見えず、耳にも聞こえず、肌にも感じられないけど、どこかで強い味方になってくれているような気がしている。
そして、その度に、透明な空気の中から「かんばって!」と応援してくれる声がきこえてくるような気がするのである。



-1989年設立―
日本初の特殊清掃専門会社
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バカちん

2021-03-30 08:47:12 | その他
春暖の候、満開の桜が、もう散り始めている。
毎年のことだけど、厳しい冬を越えたこの季節には、希望にも似た独特の穏やかさがある。
しかし、二年目に突入したコロナ禍によって、今年もまた、花見などの宴会は自粛しなければならないムード。
ただ、そんなことお構いなく「自分達が楽しければそれでいい」という者がいる。
ま、そんな輩はいつの世にもいるもので、あちこちの桜に集まっては酒盛りをしているよう。
まるで、何かに群がるウジ・ハエのように。
しかも、己も“社会のゴミ”“人間のクズ”になりたいのか、人の迷惑もおかまいなし。
ドンチャン騒ぎだけにとどまらず、自らが出したゴミもその辺にポイ捨て。
「人間ってヤツは、まったく、ロクなもんじゃないな!」
「世のためにならないから、さっさと散ってしまえ!」
とばかりに、せっかく咲いた桜も、嘆き散っているように見える。

時を合わせるように、懸案だった聖火リレーも始まった。
できるかぎりのコロナ対策を講じつつ進めていくらしいが、開催に否定的な私の目には、“実のないパフォーマンス””限られた人間のお遊び“のように映る。
また、オリンピックやる気満々の人達にそんなつもりはないのかもしれないけど、そこからは、戦時中の思想統制を思わせるような雰囲気が感じられて、私には不気味な窮屈ささえ感じられる。
誤解を承知で極端な言い方をすれば、「バカバカしい」。
“コロナ自殺”ではないかと思われるような死痕を目の当たりにすると、自ずと、そんな苛立たしい感情が噴出してくる。

一年も経つとやむを得ないのか、皆、コロナにも緊急事態宣言にも慣れてしまって、タガが外れている感じ。
緊急事態宣言が無意味なことだったように思えるくらい感染者も増えてきているし、変異種の感染者も確実に増えている。
外国からの観客は入れないことに決まったが、選手関係者の入国にも制限がかかるらしい。
下手したら、海外選手の入国にも厳しい制限が設けられるようになるかも。
この調子だと、国内の観客も簡単には観戦できなくなるだろう。
結局、無観客でやらざるを得なくなり・・・そうなって、やっと中止決定か・・・
開催したって大赤字を喰うことは目に見えているわけで、どれだけ無駄な金を、無駄な手間を、無駄な時間をつかえば気が済むのか。

とにもかくにも、このコロナ禍によって、オリンピックどころではない国民がたくさんいることは公然の事実。
自分の命を食いつぶすように、ギリギリで生きている人がいることを忘れてはならない。
しかも、少数ではなく大勢。
個人的には、ここは潔く中止して、その分の労力と費用を、死にかかっている人々の支援に回すべきではないかと思っている。
桜は散っても、また来春 咲くことができるけど、人は散ったら それでおしまいなのだから。



「おたく、“特殊清掃”とかっていう仕事をやっている会社?」
「孤独死の現場とか片づけるヤツでしょ?」
一ヶ月くらい前、ある日の夜中、中年男性の声で電話が入った。
当夜、電話当番だった私は、仕事の依頼、もしくは問い合わせだと思ったので、話の内容を書きとめるべく、メモ用紙を前にボールペンを手に取った。
そして、男性の話を聞き漏らさないよう、受話器の声に耳を傾けた。

「おたくの会社はどこにあるの?」
「○○(某県某市)にはないの?」
現場に近ければそれだけ利便性が高いし、地元業者だと どことなく安心感があるのだろう。で、“地元業者に頼みたい”といったニーズは少なからずある。
しかし、こんな珍業会社、“どこの街にもある”というものではない。
したがって、私は、男性が示した街に営業所はないことを伝え、その上で、男性が示した街も対応可能エリア内であることも伝えた。

「で、日給いくら?」
「月にいくらもらえんの?」
男性は、前置きもなく訊いてきた。
時間帯といい、口のきき方といい、てっきり客だと思い込んで丁寧に対応していた私。
しかし、それは大きな勘違い。
そう・・・男性は、特殊清掃スタッフに応募してきた人物。
とはいえ、“働かせてもらいたい”なんて謙虚な物腰ではなく、“待遇がよければ働いてやってもいい”といった横柄な態度だった。

「こんな時間にかけてきて、その口のきき方とは・・・」
「ケンカ売ってんのか!?」
それは、“ムカつくな”という方が無理な悪態。
そもそも、うちの会社は求人なんかだしていない。
男の正体がわかった途端、私は不愉快に。
愛想よくする必要なんかどこにもなく、私は、気分の赴くまま態度を豹変。
苛立ちを露わにして、憮然と応答した。

「孤独死・自殺数は増えているから、人出が足りないに決まっている」
「人が嫌がる仕事だから高給が稼げるに決まっている」
勘違いはなはだしいが、特殊清掃業には、そういうイメージがあるのだろう。
そして、残念ながら、この類のバカは、たまに涌いてくる。
一体、どういう神経をしているのか、どこの都市伝説を鵜呑みにしているのか、見識がなさすぎ。
あと、常識も良識もなさすぎ!
ついでに、頭も悪すぎ!

「幼稚園から行き直せ!」
「どんなに人手が足りなくたって、オマエのようなヤツは採用しない!」
私は、そう言ってやりたかった。
事実、どんなに高学歴だろうが、熟練者だろうが、無教養で礼儀知らずな人間は必要ない!
面接する以前、履歴書を見るまでもない。
しかし、そんなことを言ったって自分の口が汚れるだけなので、私は、“求人はだしていない”“人手は足りている”とだけ伝えて、さっさと電話を切った。

「ふざけやがって!」
「バカにしやがって!」
人にバカにされるのは慣れたこととはいえ、バカにバカにされると無性に腹が立つ。
私は、独り言でブツブツと電話の男に毒を吐いた。
と同時に、
“あんな男を雇う会社なんかあるのだろうか・・・”
“あそこまでバカだと、ロクな仕事に就けないだろうに”(人のことは言えないけど・・・)
“あんな人間でさえ雇わなければならない会社があるとしたら、気の毒なことだな・・・”
と、つくづく思ったのだった。


また、これも一ヶ月ほど前のこと。
遺品整理の調査依頼が入り、千葉県の田舎の方へ出かけた。
(ちなみに、そこは2020年市町村別魅力度ランキングで全国最下位という栄誉?に輝いたそう。)
車の運転が嫌いではない私は、のんびり走るつもりで早めに会社を出発。
時間にも余裕があったし高速料金も節約できるので、だいぶ手前のICで降りて一般道へ。
仕事とはいえ、走ったことがない道や、出かけたことがない地域を走るのは なかなか楽しいもので、穏やかな天気の中、束の間のドライブ気分を味わっていた。

そんな気分で平和に走っていた千葉の道。
片側二車線の大通りを走っていたときのこと、後方から爆音がこだましてきた。
それは、マフラーのサイレンサーを違法に改造したバイクのエンジン音。
そんなバイクが何台も集まって走行している音だった。
その集団は、爆音を響かせつつ、徐々に私の車に接近。
そして、信号待ちの最前に止まった私の車を取り囲むように停車したのだった。

普通にアイドリングしているだけでは気が済まないのか、彼らは、止まっている間も、“ブンブン!バリバリ!”とアクセルを空吹かし。
私や周囲の車を威圧しているつもりはなさそうなのだが、いつまでも止めず。
とにかく、自律神経が乱れそうになるくらいの爆音で、うるさくてたまらない!
あまりにやかましいものだから、「うるせー!!」と怒鳴ってやりたくなったけど、そんなことをしても、返り討ちに遭うだけ。
小心者は小心者らしく泣き寝入ることにして、私は、黙って彼らに視線を送るのみだった。

その行為に何の目的があるのか、まったく意味不明。
自分で“カッコいい”とでも思っているのか?
人に“カッコいい”と思われるとでも思っているのか?
私からみれば、「私はバカです!」と大声で宣伝しているようなもので、みっともないだけ。
恥を曝しているのは彼らの方なのに、もう、見ている方が恥ずかしくなるくらい。
周囲の車も、珍獣でも見つけたかのような好奇の目で、また、犯罪者でも見下すかのような冷ややかな目で、顔をしかめつつ彼らを見ているようだった。

家族連れのファミリーカーからは、
(親)「あんな大人になりたい?」
(子)「いや、なりたくない!」
(親)「でしょ!?」
(子)「うん!」
(親)「だったら、しっかり勉強しないとね!」
(子)「そうだね!ああはなりたくないからね!」
といった会話が聞こえてきそうなくらいだった。 

そうは言っても、「無法者」とは言い切れず。
半キャップながらも、ちゃんとヘルメットはかぶっているし、信号も守る。
猛スピードで疾走するわけでもなく、蛇行運転はしても車線は越えないし、他の車の走行を邪魔するようなこともしない。
車体は暴走族風に品悪く改造してはあるものの、俗にいう“特攻服”を着ているわけでもない。
いわゆる「暴走族」といわれる輩とは違い、基本的な交通法規は守るよう。
こういう連中のことを「○○族」とか、別の呼び名があるのかもしれないけど、どちらにしろ、世間から白い目で見られることに変わりはないか。

私は、信号待ちの間、“どんなツラしてるか見てやろう”と、彼らの顔をジックリ見てみた。
このコロナ問題でも若者に偏見を持っていることが否めない私は、その集団もてっきり“若僧”だと思っていた。
が!、その顔を見てビックリ!
彼らは、どうみても皆40代、またはそれ以上・・・下手したら私と同年代の者も。
いい歳をして、“年の功”というものがないのか、何を学んで生きてきたのか、生きてきて何かを学ばなかったのか・・・
「呆れてモノが言えない」とは、まさにこのことで、はなはだ疑問に思った私は、驚愕の表情で首を傾げるしかなかった。

趣味を持つことも、趣味を楽しむこともいいこと。
バイクに乗るのもヨシ、好きなようにカスタマイズするのもヨシ、ツーリングでどこに出かけるのも自由。
しかし、社会規範は守るべきで、人に迷惑をかけてはいけない。
ただ、どうみても、あの騒音は不可抗力でも過失でもなく意図的なもの。
健常者だってストレスがかかるのに、近くに、補聴器をつけている人とか、療養している病人や眠っている赤ん坊がいたらどうするのか。
そんな良識、子供だって持っている。

人の迷惑をかけ、人に不快な思いをさせても尚、己の欲望を満たそうとする・・・
そんなことまでして遊んで、本当に楽しいのだろうか・・・
しかし、彼らにとっては楽しいんだろうな・・・
そんな人生、何の徳があろうか・・・
しかし、彼らには得した感があるんだろうな・・・
結局、「自分が楽しければそれでいい」ってことか・・・
私は、他人事では済まされないはずの価値観を他人事にして、ひたすら、彼らをバカにしたのだった。


「バカな奴・・・」
人を見てそう思うことが多々ある。
「バカな人間・・・」
人からそう思われることも多々あるだろう。
「俺も、結構なバカだよな・・・」
自分でそう思うことも多々ある。
自分に自信がない私でも、自分のバカさ加減には自信がある。

完全なバカは、人の目も気にせず、人の迷惑も省みず、能天気に人生を楽しむことができる。
賢い人間は、世の中との調和を守りつつ上手く人生を楽しむことができる。
しかし、バカはバカでも、私のような中途半端なバカは、賢くもなれず、バカにもなりきれない。
で、人生を楽しむことが下手。
振り返ってみると、随分ともったいない生き方をしてきた。

人に無礼を働いたり、自分本位で人に迷惑をかけたりするのはよくない。
当然のこと。
もちろん、そんな人間にはなりたくない。
しかし、やたらと人の目を気にし、やたらと人の心象を想いはかってばかりでは、自分が楽しくない。
品のないバイクにまたがり、爆音を響かせながら楽しげにしていたオッサン達のカッコ悪い姿を思い出すと、嫌悪感や蔑みの中にも、憧れるような、羨ましいような、妙な感覚が湧いてくる。
そして、あるはずの楽しみに気づけない自分の頭の悪さと心の鈍さを、虚しく、また口惜しく思う。


「人生は一度きり・・・短く儚いもんだよな・・・」
「もっと楽しく生きられればいいんだけどな・・・」
「とにかく、俺は、人の目を気にし過ぎ、金を欲しがり過ぎ、先のことを心配し過ぎなんだよな・・・」
ヒラヒラと散りゆく桜をながめながら、頭の回転と心の感度を上げていくことを考えている“バカちん”である。


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自分との戦い

2021-03-02 08:29:46 | その他
前々回の「緊急事態」。
そんなつもりはないながら、当人達をややバカにするような文調で、おもしろおかしく書いてしまったけど、大腸のトラブルは、決して他人事ではない。
ていうか、実際に漏らしはしないにしても、誰しも、似たような経験をしたことがあるのではないだろうか。
半世紀余り生きてきて、私も、同じような経験をしたことが何度となくある(漏らしたことはないよ!)。

最も多かったのは20代後半から30代前半、とにかく大酒を呷っていた時代。
毎日の晩酌は当然、今に比べると外で飲むことも多く(だいたい上野)、二軒・三軒と決まった店をハシゴ。
当時、健康のことはほとんど気にせず、食べたいだけ食べ、飲みたいだけ飲んでいた。
で、体重も今より15kgほど多く、腹回りもパンパン。
これでは身体を壊すのも当り前、結局、肝癌や肝硬変を疑われるくらいの悪い数値がでてしまい(実際は重度の脂肪肝)、禁酒とダイエットを余儀なくされた。
肝臓が悪いと腹を下しやすいそうで、深酒した翌朝は、きまって下腹が不調に。
通勤電車の中で冷や汗をかいたこともしばしば。
ただ、途中下車したところで、トイレまである程度の距離を歩かなければならない。
しかも、朝のラッシュ時にすぐにトイレを確保できる保証はなく、双方リスクは似たようなものなので、私は途中下車を選択せず、尻の穴に気合を入れて何とか会社までもたせていた。

しかし、一度、途中下車せざるを得ないくらい逼迫したことがあった。
「会社までもたせるのは難しいかも・・・」と弱気になった私は、途中の新橋駅で下車。
そして、案内表示を頼りに、人波をかきわけて足を急がせた。
広い駅構内、ようやくトイレにたどり着いた私は、ホッと胸をなで下ろしながら中へ。
すると、そこには想定外の光景が!
なんと、トイレ(大)には長蛇の列ができていたのだ。
難なく入れると思って油断していたらこの事態。
朝の通勤時間帯とはいえ「“緊急事態”の人って、こんなにもいるものなのか・・・」と、面喰らうやら、感心するやら・・・
そうは言っても、とにかく並ばなければ先へは進めない。
「他のトイレに移動するべきか・・・下手に動くと藪蛇になるか・・・」
短い用ですむ“小市民”が苦境に陥った我々を横目に出入りする中、私は、とりあえず列の最後尾へ。
そして、先の読めない待ち時間に焦りが増す中で、順に個室に入っていく“大先輩”に「早く出せ!早く出ろ!」と、まるで呪いでもかけるかのように念を送った。

当然、そんな苦悩もお構いなしに大腸は蠕動運動を活発化。
緩急の波をもって徐々に圧を上げてきた。
そうは言っても、苦悶の表情を浮かべて、ソワソワ・モジモジと身体をくねらせるのはカッコ悪い。
表情にだけは余裕をもたせて、ひたすら、尻の穴と拳に力を込め、身体を固くするのみ。
列の面々をみても、「まだ俺は余裕あるぜ」といった雰囲気を醸し出して平静を装っている。
実際は、緊急事態のはず、必至に!我慢しているはずなのに。
自分もその一人とはいえ、“大腸vs尻の穴”、皆がジッと“糞闘”している様は実に滑稽で、そこに小さな人間の大きな人間味を感じた。
併せて、朝の駅トイレ(大)は簡単に入れると思わないほうがいいことを学んだのだった。

しかし、人間の身体って、一筋縄ではいかないもの。
大腸が、TPОも考えず急に便意を発することがある。
すると、前記のように、一人の人間、一つの身体の中で「大腸vs尻の穴」のバトルが始まる。
直ちにトイレに行ける状況であれば何の問題もないのだが、すぐにトイレに行けない場合は、一進一退の“自分との戦い”が繰り広げられることになる。
当然、脳は便意を抑え込もうとする。
しかし、大腸は、そう簡単には従わない。
ひたすら、「出そう!出そう!」と、力んでくる。
しかも、姑息にも、飴と鞭(緩急)を使いわけて、こちらの意思を挫こうとしてくる。
便意が抑え込めないとなると、あとは、最後の砦“尻の穴”を締めてかかるしかない。
しかし、“尻穴筋”なんて、普段から鍛えようもないし、“大腸筋”に比べたら明らかに筋量が少ない(?)。
結局、圧してくる大腸を前にできるのは、防戦一方の時間稼ぎのみ。
尻の穴が稼いでくれた時間を使って便器を獲得するしか助かる道はないのである。

“鼻づまり”もそう。
風邪を引いたり高熱がでたりすると、ただでさえ呼吸が苦しくなるのに、この身体は、わざわざ鼻孔を詰まらせてくる。
苦しいときに、なんでそんなことをするのだろう。
ウイルスや菌など、悪いモノが身体に入らないように防御しようとしているのか?
病んでから鼻を詰まらせたって手遅れじゃないか?
とにかく、鼻が詰まると、息苦しくて仕方がない。
カッチカチに詰まったりなんかすると、怒りを覚えるくらい。
子供の頃は、棒を差して穴を通したくなるような衝動にかられたことが何度もある。
寝返をうったりして体勢を変えると、一時的に鼻がスーッと通ることがあるけど、その間にチューブを差し込んで穴が閉じるのを阻止しようかと考えたりもした。
そんな過激なことを考えさせるくらいに難儀なことだった。

鼻水・鼻づまり・・・これからの時季は花粉が多くの人を悩ませる。
ただ、ありがたいことに、私には花粉症をはじめ、アレルギーらしいアレルギーはない。
「人の目を気にしすぎる」「人付き合いが苦手」「猜疑心が強い」等、ある種の“人間アレルギー”があるくらい。
ただ、周囲には花粉症の人がたくさんいる。
それぞれ、薬をのんだり目薬をさしたりして対策を講じてはいるものの、万全の策はないらしく、目や鼻を赤くして、涙や鼻水を流している人もいて、ティッシュを箱で持ち歩かなければダメなくらいの人もいる。
それに加えて、今年はコロナがある。
咳やクシャミをするにも人目をはばからなくてはならない世の中。
自分の身体のことだけではなく、人目も気にしなくてはならないわけで、大きなストレスがかかっていることだろう。


そんなコロナ禍にあって、自殺件数が増加しているらしい。
とりわけ、目立つのが若年層と女性の自殺。
近年、私の仕事においても減少傾向にあったのだが、昨年後半から、やや目立つようになってきている。
ただ、現実には、「自殺」という名の病死もあれば、「病死」という名の自殺もある。
私見だけど、多くの場合の自殺は、ある種の病死だと考えている。
経済的に追い詰められている人、精神的に追い詰められている人・・・
何の希望も見いだせず、絶望の淵に立たされている人・・・
虚しさの中で孤独な戦いを強いられている人・・・
それで精神を病んでしまう人・・・
全部が全部、コロナの影響ではないのだろうけど、それだけ、厳しい現実に直面している人が増えているということ。

ということは、コロナ禍がなければ死なずに済んだ人もいたのかもしれない。
そこに抱く感情は、
自分との戦いに負けた悔しさか・・・
自分との戦いに勝てない寂しさか・・・
自分との戦いを終える安堵か・・・
あくまで主観的な想像だけど、もっとも大きいのは諦念と方向違いの解放感。
すでに葛藤や迷いはなく、後悔や悲哀も過去のものにしているのだろうと思う。

しかし、事情はどうあれ、ほとんどの他人は「自殺」というものを嫌悪し批難し、また恐怖する。
ただ、私は、自殺というものを許容するわけではないながらも、自殺者を戦いの同志のように思っている。
だから、自殺者や自殺現場にも嫌悪感や恐怖感は湧いてこない。
湧いてくるのは同情を超えた労いの気持ちのみ。
もちろん、自殺という事象で悲しみのドン底に突き落とされる人や、大迷惑・大損害を被る人もいるわけで、批難されても仕方がない現実があることはイヤと言うほど目の当たりにしている。

それでも、それだけで片づけないでほしい。
うまく言えないけど、そこには苦悩の中にも必死に生きていた命がある。
「敵前逃亡」「戦線離脱」等、色々な見方がある中で、少なくとも不戦敗ではなかったこと・・・その“不戦敗ではない”というところに焦点を当ててほしい。
そして、その家族・友人・知人は、その人がこの地上に生きていたこと、精一杯 生きようとしていたことを自分が生きているかぎり忘れないでほしいと思う。
弔いの意味でも供養の意味でもなく、そのことを自分の戦いの武器にしてもらいたいと思う。


“K子さん”が「メンタルが強い」と褒めてくれたことがある。
どんな凄惨な現場も、果敢に?処理する姿を思い浮かべると、そう思えるらしい。
しかし、それとメンタルの強弱は無関係。
私にとって、この仕事は、「生きていくためにやらざるを得ないもの」「やらないと生きていけないもの」、だからやれているわけで、決してメンタルが強いからではない。
もっと言えば、メンタルが弱い人間だから故に たどり着いた仕事。
メンタルが強い人間は相応の根性があり、こつこつと努力ができて、ジッと忍耐ができて、思い切った挑戦ができる。
だから、もっと立派な仕事に就くことができる。
一方、メンタルが弱い人間は、小さいことでクヨクヨしてしまうし、ちょっとしたことにつまずいてしまう。
些細なことで悩んだり、気分を沈ませたりすることも日常茶飯事。
努力・忍耐・挑戦といったものとは縁がなく、で、こんな顛末・・・四苦八苦・七転八倒の人生を歩いている。

“生きる”って、本来、そんなに難しいことではないはず・・・
しかし、現実には難しく感じる・・・
でも、ここまで難しくしているのは自分なのかも・・・

私は、知らず知らずのうちに贅沢病、わがまま病、怠け病を患っている。
無意識のうちに、常に何かに不満を抱き、常に自己中心的な思考をし、常に楽することばかり考えている。
また、過剰に金を欲しがり、過剰に人の目を気にし、過剰に先のことを不安に思うようになっている。
特に欲しいモノがあるわけではないのに金銭欲だけは旺盛で、見た目も生き様も充分にカッコ悪いくせに開き直れず、いつまでも人の目を気にし、幸せな将来が待っているかもしれないのに悪い想像しかしない。
どういう生き方が正しい生き方なのか、どうすれば楽に生きられるのか、大方のところは本能的にわかっているのに、そこから変わることができない。
自分の愚かさに、自分の弱さに、自分の悪性に、易々と自分を乗っ取られてしまう。
そして、後味の悪い夜をやり過ごし、寝覚めが悪い朝を迎える。

「昨日の自分に今日は勝つ!」「今日に自分に明日は勝つ!」
そう決意しても、その志はそんなに長続きするものではない。
“自分”というものは、そこまで強くはない。
ただ、体力も脳力も落ちてきているとはいえ、無駄に歳はとっていない。
振り返ってみると、若い頃は負けが込んでいたような気がするけど、このところは善戦しているような気がする。
固有の“逃げ癖”も、いくらか弱くなっているような気がする。

しかし、“敵”が弱くなったのでも、“自分”が強くなったのでもない。
敗戦の苦渋から戦術を学び、勝戦のたびに武器を磨き・・・
敵の弱点がみえてきて、自分の強みがわかってきて・・・
「肉を切らせて骨を断つ」というか・・・
歴戦の中で、戦い方がうまくなってきたのではないかと思う。
あと、残りの人生が短くなっていることも影響していると思う。
「最期くらいは、きれいに生きたいな」って。


戦いの相手は、目の前の生活ではあるけど、真の相手は、その向こうにいる愚弱悪な自分。
この戦いは、生きているかぎり終わらない。
粘り強く戦うか、妥協して手をゆるめるか、諦めて人生を下っていくか・・・
どちらにしろ、中途半端なところで戦線を離脱するわけにはいかない。
負け癖に甘えてばかりでは、生きている甲斐がない。

人生、負けるときもあれば勝つときもある。
敗戦から学ぶ必要はあっても、それを引きずる必要はない。
勝敗は、自分次第で、その都度 リセットすればいい。
「ツラいなぁ・・・」「楽したいなぁ・・・」
そう思ったときこそ、いざ勝負。
「絶好のチャンスがきた!」と、闘志を燃やそう!
今はツラくとも、今は苦しくとも、それを乗り越えた先には、達成感、満足感、爽快感、そして、次への希望・・・そういったものが待っている。

日々、繰り広げられる自分との戦い・・・
生きていることの意味と喜びは、そういったところにも隠されているような気がするのである。


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緊急事態

2021-02-15 08:35:29 | その他
この状況では仕方がない・・・おおかたの予想どおり、緊急事態宣言の終了が一ヶ月延長された。
表面上の感染者数は減少傾向にあるものの、高齢者の感染者数や重症者数はそれにリンクしておらず、病床の逼迫具合も改善されていないのが理由らしい。
死亡者数も高止まりしており、延長はやむを得ないと思う。

まったく、「慣れ」というものは恐ろしい。
かつて、東京都一日の感染者数が500人を超えたときは、ビッグニュースとして衝撃的に受け止められた。
が、しかし、今では、500人くらいで驚く人はおらず、もはや「少ない」といった印象。
事実、不要不急の外出自粛が呼びかけられているけど、私が住む世界(昼の世界)では、あまりその変化は見受けられない。
仕事上、あちこちの商店街を通りかかることがあるけど、「緊急事態宣言下」といった雰囲気はない。
いいことなのか 悪いことなのか・・・ほとんどの商店街には、大勢の人が出歩いている。
パチンコ屋は朝から賑わっているし、ランチ時には狭い店も混み合っている。
特に、東京の人間は、もともと人ごみに慣れているせいか、“密”もあまり気にしていないように見える。
余計なおせっかいか・・・神経質な私なんかは、「もっと、人を警戒した方がいいんじゃない?」と思ってしまう。

かくいう私も、正直なところ、春のときよりは明らかに緊迫感がない。
しかし、私の場合は、もともと地味な性格で、金遣いも地味なら遊びも地味。
当然、暮らしぶりも地味なので、不要不急の用も少なく、普段の生活スタイルそのものが自粛生活みたいなものだから自制してるっぽく見えるだけ。
そんな中でも、テレワークできる仕事ではないので、毎日、仕事には出ている。
ただ、電車やバスは避けているうえ、マスクの着用、こまめな消毒はもちろん、できるだけ人と距離をあけるように心がけている。
作業でも密にならないよう気をつけ、飛沫が散らないように口数も減らしている(“減らず口”は多いけど)。
また、感染も重症化も恐いし、後遺症も侮ることはできないので、少しでも免疫力を高めておこうと、食事・運動・睡眠のバランスには気を使っている。

さてさて、この緊急事態、一体、いつまで続くのだろうか。
いつになったら“終わり”が見えてくるのだろうか。
一昨日の深夜には、世の中の不安につけこむかのように、大きな地震が起こったし・・・
その次には何が待っているのだろうか。
景気回復か、それとも第四波か。
少なくとも、東京オリンピックが待っているようには思えない。
図らずも、大会組織委員会のドタバタ劇は、それを後押ししているようで、“延期派”の私は冷めた視線で観劇している。



ある日の深夜、一本の電話が入った。
相手は中年の男性、かなり慌てている様子。
相談の内容は“特殊清掃”。
ただ、得意の(?)腐乱死体とかゴミ部屋とかではなく、対象は糞尿・・・男性自身がやらかした跡を始末する仕事だった。

男性は、人々で賑わう繁華街にいた。
仕事を終えた男性は、職場の仲間とそこで飲んでいた。
愉快で楽しい酒だったのだろう、結構な量を飲んだよう。
で、ひとしきり飲んで後、終電間際で宴はお開きに。
終電を逃すわけにはいかなかったので、時間には余裕をもって駅に向かって千鳥足を進めていた。

そのとき、身体に異変が!
楽しい酒に酔っていい気分だったのに・・・下腹部にイヤ~な圧迫感が・・・
そう・・・急に“大”をもよおしてきたのだ。
しかし、心配無用、駅には安息の地、トイレがある。
そして、駅までは数分の距離、そんなに遠いわけではないし、いつもの帰り道で道順もわかっている。
「落ち着け!このくらいの腹痛なら駅までは充分にもつ」と、男性は慌てそうになった自分を落ち着かせ、駅までの道を確実に進んだ。

しかし!、男性の大腸は、たった数分も待ってくれなかった。
酒を飲み過ぎたせいもあるのか、大腸の圧力は急上昇!
男性の立場も顧みず、ブツを放出しようと躍起に。
尻の穴に力を入れて抵抗する男性に対し、冷酷にも、大腸は膨張と収縮を過激に繰り返して攻め立ててきた。
もはや、数分の猶予もならない状態、大ピンチ!
悲しいかな、このパターン、攻防戦の結末はだいたい決まっている。
尻の穴が決壊するのは時間の問題となっていた。

「慌てるな!間に合う!間に合わせてみせる!」
自分を奮い立たせながら歩行スピードを上げるも、尻の穴を力ませたまま走ることまではできず。
圧力を増すばかりの大腸を前に、次第に男性は弱気に。
「間に合わないかも・・・」
事は、一刻を争う状態に。
「ウウ・・・もう、間に合わない・・・」
諦念した(悟りの境地に達した?)男性は、頭を切り替え、別の選択肢を思案。
そして、急いで周囲を見回し、身を隠せそうな場所を探した。

不幸中の幸い、時刻は深夜。
多くが店じまいする時間帯で、ほとんどの店が暖簾をおろし始めていた。
周辺に人影は少なく、街灯の明かりもまばらで、あちこちに暗闇を発見。
男性は、営業を終えた とある店舗の脇に、人目につかない隙間をみつけ、素早くそこへ身体を滑り込ませた。
そして、せわしなくズボンとパンツを下し、ブリブリブリッ!・・・
・・・クサ~い空気を吸い込みながら、ホッと一息ついたのだった。

しかし、一息ついたのも束の間、その直後、災難は再びやってきた。
不審な物音をききつけた店員が店から出てきたのだ。
そこには、ズボンを下してしゃがみ込んでいる男・・・
周囲には、不穏かつクサい空気が漂い・・・
暗闇に潜む不審者を発見した店員は、
「オイ!そこで何やってんだ!?」
と男性に向かって大声を上げ、一か所しかない通路に立ちふさがって威嚇した。
一方の男性が、
「ウ・・・ウンコしてるんです・・・」
と言ったかどうか定かではないが、どんなに弁が立ったとしても、この状況は言い逃れようがない。
男性は、潔く?観念。
ズボンを上げる前に白旗を上げたのだった。

冷静になって考えれば、新聞を敷くとかレジ袋を使うとか、何かしらの対処ができたはず。
そこまでの余裕がなかったとはいえ、男性は、何の措置も講じず用を足したわけで、はなから“垂れ逃げ”するつもりだったことは明白。
誰にも見つからなければ、そのまま知らんぷりして立ち去るつもりだったのだろう。
さすがに、それは悪質。
不法侵入?器物破損?営業妨害?、多分、何らかの犯罪になるはずで、弁解の余地はない。

しかし、尻丸出しの状態で店員に見つかった男性は、相当にパニックったことだろう。
怒鳴る店員を前に慌てふためき、尻を拭くことも忘れてズボンを上げたかも(訊きたいのは山々だっだけど、仕事に関係ないから、そこのところは詳しく訊いてない)。
店員だって、男が脱糞している姿なんて、見たくないものを見せられて、気持ちが悪かっただろう。
同時に、怒りが込み上げてきたに違いない。
男性が店員にコテンパンに叱られたのは、想像に難くなかった。

翌日の朝一、私は、あまりに滑稽なものだから、遊びに出かけるような気分で現場に出向いた。
着くと、現場には店長らしき人物と依頼者の男性がいた。
結局、男性は、そのまま帰宅できず。
夜通しで、掃除をやらされたのだろう、心身共に疲れ切った様子。
罪悪感・羞恥心・徹夜・二日酔・・・悲愴感を漂わせる男性が、やや気の毒に思えたけど、これは自分で撒いた種。
緊急事態だったとはいえ、脱糞逃亡しようとしたツケが回ってきただけで、同情の余地はあるような ないような・・・とにかく、私は、どうしてもニヤけてしまう顔を隠しながら糞跡を消毒するのみだった。



また、違う日、とある会社から特殊清掃に関する相談が入った。
対象は会社の車。
内容は糞尿。
「車の糞尿汚染?」
私は、すぐには状況が呑み込めず、詳しく話を訊いた。

ある日、男性社員二人が、社用車で外出。
そして、走行中に一方の男性が“大”をもよおしてきてしまった。
しかも、通常の便意ではなく、腹痛をともなう緊急の便意。
しかし、そこは高速道路。
おまけに、大渋滞にハマって超ノロノロ、PAなんて何十キロも先。
そうは言っても、車を降りて路肩で尻を出すわけにもいかない。
(それはそれで、渋滞で退屈していたドライバー達に超ウケだと思うけど)
そうこうしているうちにも、大腸は残酷な蠕動運動をやめず。
腹の痛みも酷くなってきて、限界が近づいてきたことを悟った男性は「もう、我慢できない!」と同僚に告げたかと思うと、おもむろに助手席から後部座席へ移動。
そして、「ま!まさか!?」と思った同僚の予想通り、男性は、ズボンのベルトを外しはじめた。
それは、尻の穴ばかりか、羞恥心までもが大腸の圧力に屈してしまう瞬間だった・・・
「やめろ!やめろーっ!!」と、同僚が制止するのもきかず、シートの下にしゃがみ込み、そのままブリブリブリッ!・・・
で、その後の車が悲惨なことになり、同情していた同僚が悲惨な目に遭ったのはいうまでもない。

自分がやらかしたことの恥ずかしさに耐えられなかったのだろう、その後、数日、「体調不良」ということで、本人は休暇をとった。
そして、わざわざ病院に行って、指示もないのに会社に診断書まで提出したそう。
車中脱糞を病気のせいにして、周囲に不可抗力だったことを理解してもらい、更に同情を誘おうとしたのだろう。
それで、少しは罪悪感や羞恥心を紛らわすことができたかもしれなかったけど、残念ながら、その浅知恵は会社もお見通しで、気の毒にも本人の意図は空振りとなっていた。

問題の車は、社屋の敷地内にある駐車場にあった。
上司や同僚達・・・仕事をそっちのけで野次馬が集まること集まること。
しかも、皆が、ニヤニヤ クスクスと笑っている。
そのうち、上司らしき人がでてきて、
「“固形物”は自分で始末させましたから」
「費用は、私が責任をもって本人に払わせますから」
と、これまた、笑いたいのをこらえるようなニヤケ顔で作業を依頼してきた。

そんな余裕もなかったのだろう、本人は、ビニールとか何も敷かず、ダイレクトに脱糞。
コゲ茶色の変色と濡れた痕・・・
ニオイからしても、それは明らかに糞尿汚れ・・・
汚れは、後部座席の足を置くスペースを中心にシートにまで付着。
限られたスペースの中でズボンを脱いで用を足すわけだから、あちこち汚れてしまうのはやむを得ない。
そうは言っても、当然、特別のチューニングでもしないかぎり、フツーの車は便器仕様にはなっていない(“便器仕様のチューニング”なんて聞いたことないけど)。
内装は布地が多く、染み込んだ汚れを完全に除去するのは困難。
掃除するより内装材を張り替えたり、シートを交換したりする方がはやい。
私は、
「やるだけのことはやりますけど、見た目はあまり変わらないと思いますよ・・・」
と上司に伝えて、一通りの作業をやった。

「それにしても、随分と思い切ったことしたなぁ・・・」
「しかし、そうするしか方法がないか・・・」
「そのままパンツの中に漏らした方がマシだったんじゃないか?」
「いや・・・やっぱり、パンツの中はマズいか・・・」
「ん~・・・車の中orパンツの中、究極の選択だな・・・」
私は、頭のヒマつぶしで、作業をしながら“自分だったらどうするだろう”と考えてみた。
が、やはり、この二者択一で結論を出すのは困難。
で、深酒すると腹を下しやすい(肝臓が弱っているとそうなりやすいらしい)私は、「酒はほどほどが自分のため!」というところに着地し、それで、くだらないことを考えるのをやめた。

休暇を終えた本人がどんな顔で出社してくるのか、また、他の社員がどんな態度で迎えるのか、興味深いものがあった。
どちらにしろ、その車は、会社にとって、誰もが敬遠する“伝説の名車”となり、本人は“伝説のウ○コ男”となり、笑いのネタになったことは間違いない。
そして、車の中で“野グソ”をした男として社史に残るかもしれない。
ただ、“災い転じて福となす”こともある。
車はダメになってしまったけど、一時でも、会社には笑いがあふれ、くだらなくもハッピーな雰囲気に包まれたかもしれない。
その後の本人の動向は知る由もなかったが、羞恥心に負けて転職したりせず、笑いもとれる“恥ずかしいヒーロー”として会社で活躍していてほしいものである。


当人達のことを思うと、笑ってばかりではいけないのだけど、このところ しばらく心が深刻だったので、“明るく、元気よく”をモットーに、バカバカしい記事を書いてみたくなった次第。
それにしても、こんなくだらないネタで、くだらない内容の記事がこんなに長く書けるとは・・・普段の私がくだらないことばかり考えている証拠か?
でも、「くだらない」って悪いことばかりではない。
人生、「無意味なことに意味がある」「無意味だから楽しい」ってことも多い。
どんな時も悪事はよろしくないけど、たまには、くだらないことをしたり、くだらないことを考えたりしてバカ笑いすると人生は楽しくなる。


人生の緊急事態にあるK子さんとは、2月9日0:29に たった八文字の打ちかけたメールが送られてきて以降、連絡が途絶えている。
体調は1月28日から急激に悪化したものの、2月4日には復調の兆しもでてきた。
しかし、以前のようにまで戻ることはなく、8日から再び悪くなり、今日に至っている。
本人も私も、ある程度は予想していたことだけど、ひょっとしたら、もう、この記事も読めなくなっているかもしれない・・・

ただ・・・かすかな望みをつないで、
「特掃隊長のバカっぷりをみて、“クスリ”とでも笑ってくれればいいな・・・」
・・・そんな風に想っているのである。


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野良犬

2021-01-13 08:30:27 | その他
月日がたつのは、はやい・・・
可愛がっていたチビ犬がいなくなって、もう六年半余が経つ。
スマホの待受画面は、ずっとチビ犬にしていたけど、一年前に機種変更したとき画像はど
こかへいってしまい、それからは、待受画面は味気ない既製画像になっている。

外を歩いていると、たまにチビ犬と同じ犬種(シーズー)を見かけることがある。
もともと犬好きの私だから、どんな犬も可愛く思えるのだけど、とりわけシーズーには格別に目を惹かれる。
他人がつれているよその犬なのに、ジーッと見つめてニヤニヤしてしまう。
どこの誰とも知れないオッサンがニヤニヤしていると、すごく怪しいけど・・・
飼主が話しかけやすそうな感じの人(だいたい中高年女性)だと、見ず知らずの人でも声をかけ、犬に触らせてもらう。

もう二十年近く前の話・・・
住んでいたマンションに近接する駅前スーパーの前に一頭のレトリバーがいた。
首輪をしていたものの、リードは着けておらず。
リードにつながれていないことを不審に思わなくもなかったけど、「買い物をしている飼主を待ってるんだろう・・・」と思い、多くの人と同じく、私も、そのまま素通りした。
しかし、それから、何時間か後。
再びスーパーの前を通ると、その犬は まだそこにいた。
さすがに妙に思った私は、犬に近寄り、頭や身体を撫でながら首輪を確認。
同時に、鑑札を探し、それを見つけた。
犬はおとなしく、やや怯えたように、やや遠慮がちに、下がり気味の尻尾をゆっくり振った。

時刻は夕暮れにさしかかっていた。
当時は、動物を飼ってはいけないマンションに住んでいた私。
首輪には鑑札もついており、捨て犬ではなさそうだったから、そのまま放っておいても問題なさそうだったけど、車に撥ねられたり、酒癖の悪い酔っぱらいや、弱い者いじめが好きな不良連中に襲われたりでもしたらマズい。
結局、犬を放っておくことが躊躇われた私は、「一晩くらいならいいだろう・・・」「明日、役所に問い合わせればいいんだから」と、首輪に手をかけた。
犬は、不安そうな顔をしながらも、おとなしくついてきた。
そして、私は、人妻でも誘ってきたかのようにキョロキョロと周りの目を気にしながら、そそくさとエレベーターに乗り、コソコソと部屋に引き入れた。

その翌日、私はすぐに役所へ連絡。
鑑札に刻まれたナンバーと伝え、氏名と住所、無事に引き取っていることを伝えた。
すると、飼主はすぐに見つかった。
飼主の方も、飼犬が失踪したことを前日中に役所へ届けていたらしく、すぐに連絡がきた。
思いのほか早くみつかったことに、私は、鑑札の重要性を再認識。
同時に、見捨てるつもりはなかったものの、「飼主が見つからなかったらどうしよう・・・」と不安に思っていたので、ホッと胸を撫で下ろした。

飼主宅は、同じ江戸川区内。
ただ、犬を見つけたところとは別の街で、何キロも離れたところ。
しばらく待っていると、飼主の女性が犬を迎えに来た。
犬は、何かの拍子で綱が外れ、庭から脱走。
そして、気の向くまま遊んでいるうちに迷子になったよう。
女性は、「このバカ!心配してたんだから!」と泣き笑いで、犬の頭を撫でるようにポンポンと叩いて叱った。
そこからは、犬が、家族の一員として大切にされていることが見てとれ、微笑ましく思った。
一方の犬は、自分が引き起こした事態を理解してか、上目遣いで気マズそうに尻尾をふった。

不意の客を招いた私は、大切な客をもてなすみたいに、美味そうなドッグフードを買いそろえた。
トイレの問題があるから、ビニール紐で即席のリードをつくって、夜と朝に散歩にも出かけた。
周りに気づかれたらマズいので、スリル満点だった。
犬が一宿一飯の恩をどれだけ感じていたかわからないけど、私の方は、なかなか楽しいひと時を過ごした。
あれから、随分の月日がたつ・・・
もう、あの犬も、寿命がきて死んじゃっただろうな・・・
飼主に引き取られて私のもとから去っていくのを少し寂しく思ったことを、今でも憶えている。

その後、私は住居をかえ、その何年か後に、「Hot dog」で書いた現場でチビ犬に出会うことになるのだが、チビ犬の前にも、近所をうろついていた野良犬(捨て犬)を連れて帰って飼っていたことがある。
雑種の中型犬、とてもおとなしくて いい犬だった。
ハスキー犬?の血が混ざっていたのか、額の真ん中に薄っすらとハートマークがあり、愛嬌タップリ。
相当の悪天候でもないがきり、春夏秋冬、朝と晩、それぞれ30分くらい一緒に散歩。
毎日の決まったことなのに、犬は、連れて出るたびに狂喜し、ハイテンションで跳び回った。
私も若かったから、季節の美景とその移ろいを肌で感じながら、とにかく 一緒によく歩いた。

引き取ったとき、犬はフォラリアに感染しており、すぐに入院治療。
その治療が痛かったのだろう、苦しかったのだろう・・・余程恐かったようで、年に一度、病院に連れていっていたのだが、ひどく怯えてガタガタ震えた。
診察室に入るときも、病院のフロアをモップのように引きずられる始末で、その様は、可哀想でありながらも可愛らしくもあった。
結局、六年半くらい共に暮らしたところで、老いて弱り、儚く死んでしまった・・・チビ犬を連れて来る一年半前のことだった。

このコロナ禍で、見捨てられるペットが増えているらしい。
巣ごもり生活で、新たにペットを飼い始めた人が増えた一方、「手間がかかる」「クサい」「うるさい」等と、見放す者も多いそう。
安易な動機と、人間にとって都合のいい欲望が、この状況を生みだしている。
「よくもまぁ“家族”を捨てられるものだ」と、呆れるのを通り越して憎悪の念を覚える。
コロナ禍で飲み歩いている連中よりも、更に性質が悪い。
動物とはいえ、“いのち”を預るということがどういうことなのか、想像も自覚もできないなんて・・・そういう連中は、ロボット犬を買うべきだ。



出向いた現場は、昭和の香が漂う老朽アパート。
橙色にボンヤリ光る裸電球、むき出しの木柱、剥がれかけた土壁、雨戸も窓枠も木製、レトロな磨りガラス、タイル貼の和式便所、蜘蛛の巣だらけの天井・・・
所々がトタン板で補修されていたものの、メンテナンスらしいメンテナンスはされておらず。
外周は、草樹が野性の趣くまま うっそうと茂り、廃材やガラクタも散乱。
陽射しを遮るくらいに荒れ放題で、「幽霊屋敷」と揶揄されてもおかしくないくらいの薄暗さ。
今風の建物に囲まれる中、そのアパートだけがポツンと時代に取り残されていた。

亡くなったのは、70代の男性。
もちろん、一人暮らし。
間取りは1K、風呂はなくトイレは共同。
とはいえ、他の部屋はすべて空いており、「共同」といっても使うのは故人だけだから、事実上は「専用」。
その部屋で、ひっそりと孤独死。
そして、気づいてくれる人もおらず、そのまま何日も放置。
肉は虫の餌になり、骨がむき出しになる頃になって やっと発見され、ゴミのように運び出されたのだった。

依頼者は、故人の元妻(以後“女性”)と、その息子(以後“男性”)。
男性は、故人の実の息子でもあった。
ただ、両親は男性が幼少期のときに離婚。
幼い頃は、時々は、故人と会うこともあったけど、いい想い出は残っていないようで、“父への情”はまったく感じられず。
その死を悼んでいる様子はなく、むしろ、故人を嫌悪しているような、軽蔑しているような冷淡な空気を漂わせていた。

一方の女性は、やや複雑な心境のよう。
女性も、“死”を悲しんでいる風ではなかったけど、故人との いい想い出を大切にしたいのか、悪い想い出が捨てきれないのか、何かしらの想いを持っているよう。
弔いのつもりか、仕返しのつもりか、一時でも、夫だった故人の最期を始末することを、自分のためにしようとしているようにも見え・・・
法定相続人である男性が相続放棄しさえすれば、故人の後始末には関与しなくて済むのに、それを“よし”とせず。
で、後始末を段取るべく、男性を擁して現場に来たのだった。

「自由に生きる! 自由に生きてみせる!」
若かりし頃の故人は、口癖のようにそう言っていた。
そして、実際に仕事も趣味も、好きなようにやっていた。
若かった女性には、そんな故人が、男らしく、頼もしく思え、カッコよくも見えた。
しかし、二人の間に子供ができた途端に状況は一変。
定職に就かなければ生計は安定しない。
生活より趣味を優先すれば、生計が成り立たない。
それでも、故人は、妻子のことを顧みることなく放蕩生活を続けた。
定職に就かなかったのはもちろん、遊ぶために借金までした。
それでも、故人は生き方を変えず、結果、家族の生計と夫婦関係は破綻した。

世の中には、あえて定職に就かずに生きている人はたくさんいる。
夢や目標のために、社会や誰かのために。
フリーランスで失敗する人も少なくない中、成功している人も多い。
とにかく、皆、勇気をもってチャレンジしたり、相当に努力したり、辛抱したりしているはず。
あと、その気概も覚悟もあるはず。
しかし、故人には、その能力はなく、根性もプランも何もなし。
努力も忍耐もできず、何より、人生に対する夢や目標がなかった。

その後、故人がどういう風に生きたのか・・・
職も転々、住居も転々、人間関係も転々、家族からも見捨てられて・・・
野に逃げ出した犬のように、錯覚した自由を胸に・・・
自らが目指していた“自由な生き方”は、とんだ見当違い・・・
生き方を変えないかぎり、明るい将来は想像し難く・・・
事実、借金も重ね、結局、破産者に・・・
一時は、刑務所のお世話になっていた時期もあるようで・・・
最期の何年か、普通の人は入らないようなボロアパートに暮らしていたことや、年金がなく生活保護を受けていたことを勘案すると・・・
他人の人生を勝手に“判定”するのは愚かなことだけど、私は、到底、故人が、自由な人生を手にしていたとは思えなかった。


私の持論。
「飼犬は野良犬の不自由を知らず、野良犬は飼犬の自由を知らない」。
“自由”とは、自分を律しないこと、自制しないことではない。
“自律・自制できない人間”を“自由な人間”と呼ぶことはできない。
皮肉なことに、自由に生きようとすればするほど不自由になる。
結局のところ、自律心・自制心が自分を自由にすることを理解しなければならない。

あくまで、外面的・物理的なところに軸足をおいた自由論だけど、私は、自由の礎になる材料としては「金」「時間」「健康」が三位一体で成り立つことが必要だと思う。
(※内面的・精神的な自由は、重なる部分はあるけど本質的に別物。)
例えば、ディズニーリゾートに遊びに行きたいと思ったとして、
金があっても時間と健康がなければ無理、
時間があっても金と健康がなければ無理、
健康があっても金と時間がなければ無理、
というわけ。
もちろん、その他、世の中が平和であったり、愛する家族や親しい友人がいたり等、外的要因もあるけど、一個人の自由を見るときは、その三要素が基本だと考えている。

では、その三要素を手に入れるにはどうすればいいのか。
言わずと知れたこと・・・勤勉に働き、時間に正しい優先順位をつけ(公私のバランスを適正に保ち)、健康管理に努めること。それに尽きる。
制限・制約は、それに抵抗するのではなく、そこから逃げるのではなく、自律・自制によって取り払われる。
自分を律することや自制するといったことは、一見、不自由なことのように思えるけど、実は、それが自由の礎となり、そこから自由が生まれてくるのである。


コロナ第三波は、これでも、まだ潮位を上げたくらい。
考えたくもないけど、本波はこれからやってくる。
この災難は、摂理による訓戒、摂理による訓練なのかもしれない。
今、我々一人一人に、多くのことを学ばせてくれ、多くのことを気づかせてくれている。
同時に、我々一人一人が、どれだけの自律心・自制心を育むことができるかを問うてきている。

まるで、我々が、野良犬のような不自由な目に遭わないため、正しい自由を手に入れるための生き方を教えてくれようとしているかのように。


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春がくるまで

2021-01-08 08:56:18 | その他
「冬らしい」と言えば、冬らしい。
秋があまりに長く、あまりに暑かったせいか、寒さが 一層 身体に堪える。
特に、朝は色んな意味でツラい!
しかし、それで寝坊なんかしたりしたらアウト!
冗談抜きで、下手したら、そのまま会社を休み、そのまま二度と社会復帰できない事態に陥る可能性もある。
だから、そこは、あえて荒療治。
重い心と重い身体を引きずり起こして、まだ薄暗い極寒の早朝にウォーキングに出たりしている。
そして、「春になれば、きれいに咲くんだよな・・・」と、桜並木をぼんやりと見上げては、憂鬱な一日を始めている。


年末の特番だったか、TVで超常現象・怪奇現象を扱った番組をやっていた。
少し興味はあったけど、苦手なモノがでてきたら困るから、結局、その番組は数分しか観なかった。
「苦手なモノ」とは、いわゆる、“心霊写真”“心霊スポット”、幽霊関係のネタ。
私は、この類が超苦手!
中学の頃、興味本位で、友達が持っていた心霊写真集を見たことがあり、その中には超強烈な画があり、それがトラウマになり、それ以降、そういった類のものを拒絶するようになった。
そのとき抱いた恐怖心・嫌悪感は凄まじく、思い出しただけで 今でも背中に悪寒が走る。
だから、今でも、心霊写真と言われるものは絶対にみないし、心霊スポットと言われるようなところにも絶対に行かない!
恐ろしく苦手な蛇の方が、まだマシに思える。

なのに・・・
腐乱死体現場や自殺現場に一人で入るのは平気。
真っ暗闇の浴室現場だって、我ながらおかしくなるくらい平気で入れる。
自分のスマホで遺体痕写真を撮るもの平気。
そこに何かが写るかもしれないのに、平気でパシャパシャと撮る。
実際、同僚が担当した現場の写真には、白い煙のようなものが、床に横たわる遺体のかたちになって写っていたことがある(社内で話題になったけど、私は断固として見なかった)。
あと、私が特掃した後の自殺現場で、電気工事会社のスタッフが、目に見えない誰かに腕をつかまれて悲鳴をあげたようなこともあった。

相反する、その二つの感覚は、自分でも不思議。
そんな奴が、よくもこんな仕事に就き、ここまで続けられているものだと、呆れついでに感心もする。
自己分析すると、多分、現場に入ると、自分の何かに火がつくからだろうと思う。
あと、目の前の故人を嫌悪・恐怖する感情が湧いてこないからだろうと思う。
凄惨・悲惨に思う気持ちと、嫌悪・恐怖する気持ちは別物だし、嫌悪・恐怖する理由もない。
あとは、私が、“大変な変態”ということもあるかもしれない。


昨今のコロナ禍も ある種の“超常現象”。
で、国の施策も ある種の“怪奇現象”か・・・
「今更?」といった感が否めない中、とうとう一都三県に緊急事態宣言が発出された。
が、「一大事」っぽく感じつつも、春のときとは明らかに様相が異なる。
主策は、飲食店の時短営業のみで、誰がどう見てもお粗末。
そもそも、この期に及んで夜に飲み歩いているのは ごく一部の人間で、それを締めだしたからって、何が変わるというのか・・・
(ニュース映像に、“宣言前の飲み納め”している者が出ていたけど、個人的には、不快なほどその神経を疑う。)
「緊迫感に欠ける」というか、「他人事のように見える」というか・・・
で、多少は街の人通りは減っているのかもしれないけど、ゴーストタウン化するような寒々しさはなく、「これじゃ、大した効果は見込めないんじゃない?」と首を傾げる。

私は、もともと、外食が少ない人間。
外で飲むことは年に一~二度くらい。
昨年なんか、一度も外で飲んでいないし、外食したのも、記憶にあるのは一度きり。
友達がいないうえ、ヒドい面倒臭がり屋なものだから、外での飲食が制限されても、まったく平気。
ただ、自制している部分もある。
仕事以外の外出は極力減らし、外に出るときは常にマスクをつけ、人と話すときは できるだけ距離を空けている。
電車やバスにも乗らない・・・あれは、どうみても危険。
通勤通学などで、乗りたくなくても乗らざるを得ない人を気の毒に思う。

藁にもすがるような思いで、新開発のワクチンに羨望の眼差しが向けられている。
しかし、接種が始まっても、社会が劇的に回復していくわけではない。
数量の限界もあれば、回数の問題もある。
ワクチンが広がるスピードより、ウイルスが広がるスピードの方がはるかにはやい。
ワクチンが防ぐ前に、ウイルスが入り込む。
将来の副作用も不透明。
私は、ワクチンは必要だし役に立つだろうと思ってはいるけど、それが救世主になるとは思っていない。
「このコロナ禍が過去のものとなるには数年かかる」と言っている専門家もおり、それが現実的であることは、世界の混乱ぶりが示唆している。

感染対策と真剣に向き合わない一部の民衆も問題だけど、国や行政の弱腰にも問題がある。
世間に呆れられるほど、国は迷走し、毅然とした対策を打たず、すべてが後手後手、しかも中途半端。
ただ、国の迷走は今に始まったことではなく、「国」「政府」というものが もともとそういうものであることは、かつての“アベノマスク”が、大枚をはたいて国民に教えてくれた。
ここまできたら“指示待ち人間”をやめて、「自分が国を守る」という気概と責任感をもって、一人一人が積極的に自衛していくしかない。

私は、基礎疾患はないけど、自分で気づかないところで病に侵されているかもしれない。
また、「高齢者」ではないけど、若くもない。
同年代はもちろん、自分より若い年代の人でも重症化し、亡くなることが珍しくないことは承知のとおり。
自分が感染したらどうなるか不安もあるし、周囲に大迷惑をかけてしまうことも恐い。
元気を失った今の私は、免疫力がだいぶ下がっていそうだから、コロナに感染したら、相当マズイことになるかもしれない。

まずは、常日頃から免疫力を上げておくことが肝要。
ストレスを溜めず、よく食べ、よく眠り、適度な運動を心がけることが大事。
しかしながら、このところ調子が悪いのは前回書いたとおり。
ストレスは溜まりっぱなしだし、食欲はないし、熟睡なんて程遠い。

ただ、食欲があってもなくても、一日の始まりの朝食はシッカリ食べるようにしている。
玄米飯・味噌汁・納豆・生卵が定番、今の時季は それに菊芋が加わっている。
「精進料理か?」って感じ。
昼食はいたってシンプル。
ここ数年は、決まった菓子パンですませていたのだが、今はそれも食べたくなくなり、バナナ1~2本に加え、煎餅やチョコレート等を間食、とても「食事」とはいえない内容。
夕飯も、わりと軽め、量は決して多くはない。
昔みたいな「肉が食べたい!刺身が食べたい!大福が食べたい!」といった欲もなく、身近にあるモノをテキトーな量食べれば充分。
歳のせいか、コッテリしたものも好まなくなり、このところは、肉や油物なども滅多に食べなくなっている。
結局のところ、これじゃ、身体は強くなりようがないか・・・

その程度の食欲だから、体重も増えてはいかない。
あまりに痩せてくると見た目は貧相になるし、筋力も落ちるので、玉子は必ず一日二個は食べるようにしたり、もともと好きではないけど牛乳を飲むようにしたりしている。
ただ、そこに“食の楽しみ”はない(感謝はある)。


何か、いいストレス解消法があればいいのだけど、趣味らしい趣味を持っていない私。
しいて言えば、飲酒・スーパー銭湯・旅行・ドライブ等々か・・・
できることなら、温泉旅行とか、あちこちのレジャー施設に行ってみたい。
しかし、今の精神状態では、うまい酒を飲むことはできないし、今の時勢では、スーパー銭湯にも出かけにくい。
開き直って長期休暇をとるくらいの余裕が持てればいいのだけど、懐具合とコロナ事情がそれをゆるしてくれない。
今できるのは、せいぜい、仕事中でも、車を運転しているときはドライブ気分を楽しむよう心がけることくらい。
特に、見慣れない景色の道や、遠出の道程は、自分の気分次第でどうにでも楽しめるから。

あと、身近にあり手軽にできることといえば、自然と接すること。
月星・太陽・空雲・海湖・山丘・森林・樹木・草花・風の音・鳥虫の声・・・視界に人を入れず、聴界に人の雑音を入れず、そういったモノに身を晒し、そういったモノの中に身を置き、そういったモノを眺めると、何とも気分が落ち着く。
もちろん、日常生活においては、世界遺産的な大自然に出かけることは簡単ではないけど、身近なところでも空は仰げるし、街路樹もあれば公園には草花もある。雑草でもいい。
実際、自然の中に身を置くメリットには科学的な根拠(フィトンチッド等)があるらしいから、おすすめである。


例年、冬場は、過酷な現場は減る。
低温乾燥の時季、遺体は腐敗損傷しにくい。
また、今年は、コロナの影響もあるのだろうか、仕事量も少ない。
肉体的には楽である。
しかし、“肉体的な楽”と“精神的な楽”は同一とはかぎらない。
このところは、ちょっとしたことが大きな問題のように感じられるし、些細なことが面倒臭く思えるし、大したことをやっていないのにスゴく疲れる。
心配事は、無数に湧いてくるウジのようにキリがなく、不安感は、無数に飛び交うハエのように光を遮る。
無力感・脱力感・虚無感・疲労感となって、私から意欲を奪っている。
精神と肉体のバランスが崩れているだけではなく、精神内の明暗・躁鬱のバランスも崩れているのは明らかである。

やはり、私は“デスクワーカー”ではなく“デスワーカー”。
文字を読むのが苦手なうえ、時代遅れのアナログ人間。
現場仕事がなくて、ずっと事務所にいると気分が煮詰まってくる。
ずっとキツイいのはイヤだけど、ずっと楽チンでいては身体も心も萎えてしまう。
ぬるま湯に浸かっているのは好きだけど、本当に ぬるま湯に浸かりっぱなしでは、人間がぬるくなる。
生活にはメリハリが、人生には彩が大切。
心身のバランスは、適度な苦楽があってこそ保てるのではないかと思う。


世の中に、腐乱死体現場、自殺汚染現場、ゴミ部屋、猫部屋等々・・・いわゆる「特別汚損現場」なんかない方がいいに決まっている。
しかし、現実にはそれがある。
言うまでもなく、私は、その後始末を生業にしている。
そこから糧を得て、それで生活している。
それが、「生きること、そのものになっている」といっても過言ではない。

おかしな現象だけど・・・
特殊清掃なんかやりたくないけど、やらないと心身が衰弱してくる。
きれいなモノばかり触っていたけど、自分の手が それを好しとしない。
きれいなモノばかり見ていたいけど、自分の目が それを好しとしない。
きれいなことばかり聞いていたいけど、自分の耳が それを好しとしない。
・・・私は、人生の半分以上をこうして生きてきたのだから、そんな人間になってしまっている。

凄惨な現場が好きなわけではない。
重度の汚染が好きなわけじゃない。
腐った人肉が好きなわけじゃない。
凄まじい悪臭が好きなわけじゃない。
ウジやハエ、ゴキブリやネズミが好きなわけじゃない。
ゴミや死骸、糞や尿が好きなわけじゃない。

当然、面白おかしい仕事でもなく、楽しい作業でもない。
ただ、そこに集中すると、上下・前後・左右、過去・未来のことが頭から離れて、その瞬間、余計な雑念を捨てることができ、無用な邪心を削ぎ落とすことができ、自分の芯を研ぎ出すことができる。
今風にいうと「全集中」で作業に没頭でき、いい意味で“無”になれ、一時でも強くなれるのである。
心的基礎疾患がある私にとって、これがいい薬になるのである。


春がくる頃には、コロナも、少しは落ち着いているだろう。
こんな私でも、必要としてくれる人が現れるかもしれない。
役に立てる現場があるかもしれない。
今は、その時季がくるまで、ジッと耐えるしかない。

春はくる。必ず。
それを信じて。


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希望の芽

2020-04-18 13:29:01 | その他
2020年、春、新緑の季節。
しかし、今日の東京は大荒れの空模様。
肌寒く、台風がきたかのような暴風雨。
これで、水害や土砂災害が起きなければいいけど・・・

時勢も大荒れ。
気温だけじゃなく、世の中の雰囲気も寒々しい。
オリンピックという大祭もなくなってしまったし、芽吹いて間もない葉桜が、どことなく寂しげに見えるのは私だけだろうか。

前回ブログを更新したのが昨年8月23日だったから、夏が終わり、秋が過ぎ、冬を越え、もう8ヶ月近くが経つ。
しばらくぶりの私、「仕事を辞めた?」「傷病で休んでる?」とか「ひょっとして、死んだ?」等と思われていただろうか。
が、歳だけはとったけど、私は、相変わらず そこそこ元気にやっている。
意識してブログを止めていたわけでもなく、仕事等 時間の都合で、結果的に止まってしまっていた。
ごくたまに「そういえば、しばらくブログが止まっているな・・・」と、気づくときもあった。
そして、「このままやめてしまおうか・・・」と思ったこともあった。
とにかく、睡眠や休息の時間を削ってまで書くほどのことでもないので、放っておいた次第。
しかし、この時勢で仕事が減り、少しずつヒマになってきている。
幸か不幸か、ブログを書く時間がつくれるようになっているわけ。
はたして、今更、これを読んでくれる人がいるのかどうかわからないけど、この“ヒマ人のヒマつぶし”に立ち止まってくれる人がいたら、細やかに嬉しい。

基本的に“相変わらず”やっている私だけど、困ったこともあった。
昨秋、プライベートで大変な目に遭った。
それは、身近な人間の大病。
仕事も休めず、心身の疲労が重なり、情緒不安定な状態に陥ってしまった。
それが一段落ついたかと思った矢先、今冬、仕事で大変な目に遭った。
これもまた、身近な人間の大病。
「少しゆっくりさせてもらおうか・・・」と思っていた矢先の急病で、仕事はテンテコ舞。
休んでいるヒマはなく、夜、寝ている間にも仕事のことを考えているような始末だった。
そして、今、プライベート・仕事、両方で大変な目に遭っている。
そう・・・この新型コロナウイルスの問題だ。

二月の時点では完全に他人事。
自分には関係ない、どこか遠くの出来事のように捉えていた。
三月になると、発生地が身近なところにまで迫ってきて、少しは自分の問題として捉えるようになってきた。
連日、コロナのニュースが踊り、飲食業・観光業・レジャー業などの苦境が多く伝えられるようになってきた。
それでもまだ、“他人事”のような感覚は残っていた。
が、三月下旬になると、身近なところの様相も一変。
業界や取引先に影響が及んできて、仕事が減る兆候が見え始めてきたのだ。

それはそうだ。
私の仕事は、生活を維持するうえで不可欠なものではない。
製造・食品・物流・医療等とは関わりがなく、有事の際の社会貢献度も極めて低い。
更に、遊興快楽的な要素も健康に資する要素もなく、人々に元気をもたらすものでもない。
災難の真っ只中では、まず必要とされない。
近隣から苦情がでるような腐乱死体現場なら緊急性・必要性が高いけど、肌寒いくらいのこの時季はそれもない。
したがって、仕事が減っていくのもうなずける。

ただ、“コロナ消毒”の問い合わせは増えてきている
不動産管理会社やマンション管理組合等が、感染が発生した場合を想定した上での事前準備として。
これだけは、この時勢でニーズがあるわけだ。
が、対象の規模が大き過ぎたり、求められるクオリティが高過ぎたりすることも多く、机上の想定だけで安易に契約するのは危険。
また、施工者(当社)のリスク管理の問題もある。
一人でも感染したら、そこで営業中止になるわけだから、一つの依頼でも売上利益だけ見るのではなく、大局的・長期的・客観的に見て判断することが必要なのである。

かと言って、多くの人達と同様、私も収入がなければ生活を維持できない。
つまり、仕事がなければ・・・働かなければ生きていけない。
事態がこのまま深刻化していけば、仕事を選ぶ余裕はなくなってくるはず。
大袈裟な言い方になるけど、生きていくために命を懸けてコロナ消毒をする日がくるかもしれない(今、最前線で闘っている医療従事者に比べれば、“子供のお遊び”みたいなものかもしれないけど・・・)。

こんな状況になって、今、「失業」という文字が“心構え”として頭に浮かんでいる。
加齢や体力が理由の退職なら想定内のことだけど、この事態はまったく想定外。
説得力のある論拠で、事態の収束時期を具体的に示せる専門家も現れていない。
「なるようにしかならない」「何とかなる」等と、根拠なく楽観視できるほど、事は小さくない。
現場仕事がなくなれば仕方がない。
この状態が長引けば、失業の“心構え”は“覚悟”に変わっていき、いずれ“現実”となってしまう。
似たような境遇にある人はごまんといる。
とてもイヤなことを言うようだけど、この先、感染者や死亡者だけでなく、失業者・破産者も増えていくだろう。
悲しいことながら、自殺者も増えていくかもしれない。

察してもらえる通り、私の仕事は“在宅勤務”ができるものではないし、在宅勤務で給料が得られるものでもない。
在宅勤務を拡大解釈しても、我が家は、特殊清掃が必要なほど汚れてはいないし、ゴミ屋敷でもない。
死人もいないし、死体もない(当り前!)。
ブログ制作くらいは家にいてもできるけど、これは仕事(給料がもらえるもの)ではない。
で、今のところ、現場仕事がない日でもフレックスタイムで出退社している。
まだ、いくらかはやらなければいけない事務作業や雑用があるから。
もちろん、事務所では“三密”にならないよう・・・“一密”もつくらないよう細心の注意をはらい、外出の際もかなり気をつけている。

「三密回避」の警告が出されて久しい。
更に、「緊急事態宣言」が出されていることは、承知のとおり。
同時に“外出自粛要請”も出されている。
自分だけの問題じゃ済まされないから、ある種の社会的責任も発生している。
しかし、普段から私は“外出自粛”をしているようなもの。
友達もなく非社交的、外食をはじめ 外で飲むこともほとんどない。
誰かに遊びに誘われることもなく、趣味や同好会等のグループにも属していない。
結果、“外出自粛要請”の前後で、生活スタイルにほとんど変化はない。
変わったことといえば、マスクや消毒剤を常用するようになったことと、ウォーキングや買い物の際、人との距離を意識するようになったことくらい。
それも、日に日に神経過敏になってきていて、不用意に誰かに近づかれると“イラッ!”とくるようになってしまっている(きれいな女性に近づかれて“イラッ!”とくるかどうかは不明)。

外出自粛で家にいると、特にやることがなく、スマホやPCをいじりながら、暇な一日を過ごしている人も多そう。
SNSが高度に活用されている今日この頃、大衆に重用さて重宝されているよう。
反面、私は、普段、YouTubeを観ることはないし、Twitterとうヤツもやったことがない。
“時代おくれ”は重々承知しているけど、興味がないから積極的に触れることもない。
ただ、多くの著名人がそれらを通じて、励ましや癒しの音楽やメッセージ・パフォーマンスを発信しているのを、TVニュースを通して目にしている。
発信側の芸能人やアーティスト・アスリートにとっては、これも ある種のビジネス、または、先を見越したビジネスの種蒔きなのかもしれないけど、個人的にはシックリこない。

人を励ますことができる人は、まだ、余裕がある人。
新型コロナウイルス被災民は、“まだ余裕がある人”と“もう余裕がない人”に分かれると思う。
つまり、「被災民の中にも階層がうまれ、温度差がうまれている」ということ。
そして、残念ながら、これは、時間が経ては経つほどハッキリとした型を成していくと思われる。
真に追い詰められた人は人を励ます余裕はなく、自分と家族を維持していく力さえ奪われている。
そういった発信者達の善意に目を向けられないほど気力を失い、素直に受け止められないほど疲弊し、絶望し、苦悩しているような気がする。

真に追い詰められている人にとって、角度によっては“他人事”“お遊び”“お祭り騒ぎ”にも見えるそれらの発信は、“癒し”“励まし”にはならず、冷淡に神経を逆なですることにもなりかねない。
もちろん、それらを「偽善」「不要」と言っているわけではない。
善意であるだろうし、そういう発信を欲し、それで、癒され・励まされている人も多いだろう。
私のように、能書きだけ垂れて何の人助けもしない輩よりよっぽどいい。
ただ、被災民の中でも、崖っぷちに立たされている“弱被災民”がいることに心を寄せることも人間同士の礼儀ではないかと思う。
善意の押し売りは、結果的に、悪意に似たものとなる可能性があるのだから。

善意だったかもしれないマスクの高額転売も悪意と見なされ、表面上、今はネットからも消えている。
それが拍車をかけたわけでもないのだろうけど、マスクはもちろん、消毒剤の類も、相変わらず手に入れにくい。
街のあちこちにあるドラッグストアには、朝から長蛇の列ができている。
今のところ、自分達で使うくらいのマスク・消毒剤は確保できているから、私は そこまでの購買行動はしていない。
しかし、このままの状態が続けば、そのうち、朝ドラ(朝のドラッグストア)デビューしなければならない日がくるかもしれない。
ま、早起きは得意だし、開店までボーッとつっ立ってるだけのことだから、難しいことではない。
難しいのは、手間暇かけてもマスクが手に入らなかったときに、自分の感情を理性的にコントロールすること。
“溜まっていく一方の不満・ストレスをどう解消していくか”だろう。

事実、コロナ問題が原因で、家庭不和・DVが増えているらしい。
「コロナ離婚」という言葉まで出現している。
この災難は、健康や経済だけにとどまらず、人間的にも多くのマイナスをもたらしている。
しかし、何かしらのプラスを得られないわけではないと思う。
残念ながら、多くの人間は、失わなくても気づくことができる知恵を持ち合わせていない。
与えられている平和を当り前のことのように、手にしている恩恵を当り前のもののように勘違いして生きている。
失ってみて 多くのことに初めて気づき、初めて気づかされる。
こうした困難に遭ってこそ気づかされる大切な何か、苦難に遭ってこそ学ばされる大切な何か、災難に遭ってこそ養われる・練られる大切な何かがある。

もともと、人は、その“何か”の種をもって生まれてくる。
例えば、日常では影を潜めている家族愛や友情、無視している健康や寿命、衰弱している忍耐力や自制心、目をそむけている正義感や道徳心、遠ざけている使命感や責任感・・・
そういった、人が、ただの獣ではなく、人であるが故に大切にすべきものが、暗い土中から“芽”を出してくるのではないだろうか。

不安は大きい・・・将来に大きな不安を抱えている。
それでも、変わりなく時間は流れている。
この先も、望まない事態、逃げたくなるような出来事は起こるだろう。
ただ、今の苦境を楽境に、逆境を順境に反転させるのは、その“芽”。
その芽は、今生で花を咲かせることはできないかもしれない、実をみのらせることはできないかもしれない。
また、人間がもつ愚弱な性質によって、途中で枯れてしまうかもしれない。
しかし、子や孫に、友や縁もゆかりもない若者に、次の世代・新しい時代に、歴史や教訓としてつないで花を咲かせ実をみのらせることはできる。
先の大戦による死苦痛悩悲哀が、今の平和の礎となっているように。
そのための人生、そのための生き方でも、生きる理由と価値は充分に見いだせるのではないだろうか。

生きていくのが面倒臭く思えるくらい、不満の芽・不安の芽が次々と出てくる昨今。
悪い意味での非日常に、気分も沈みがち。
それでも、希望の種はある。
どうあがいても、私の人生、あと もう少し。
これから、自分の人生がどのように展開していくのか、想像を超えた人生が待っているのではないか、ほんの少しは楽しみに思える瞬間がある。
それは、これまで幾度も「死にたい!」と思ってしまうようなことがあったけど、結局のところ生かされてきたことを思い出し、また今、こうして生かされていることを覚えるとき。
同じように、この先も、この命が尽きるまでは生かしてもらえるだろうと思うと、一寸先の闇に一筋の光が射し、希望の芽を導いてくれるのである。


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他人事?

2018-05-07 07:52:35 | その他
楽しかったGWも終わり、今日から仕事再開の人も多いだろう。
笑顔の想い出と引き換えに、多くのお金と体力を失った人も。
長い連休に縁のない私には他人事だけど、憂鬱な週明けに気分を落ち込ませている人も少なくないかも。
また、残念なことに、事故やトラブルに巻き込まれた人もいただろう。
実際、高速道路を走っていて、追突事故の現場に遭遇したことが何度かあった。
ちょっとした不注意で せっかくのレジャーが台なしになるわけで、悔やんでも悔やみきれない。
しかも、ついてないのは当事者だけじゃなく、事故渋滞に巻き込まれて迷惑を被る人も無数にいるわけで、その辺一帯 大災難に見舞われてしまうのである。
かくいう私も、GW中の先日、車を運転中、事故を起こしてしまった。
しかも、それは、よりによって人身事故だった。

何体もの事故遺体から事故の恐ろしさ教えられてきた私は、日頃から、慎重な運転を心がけている。
車の運転歴は30年近くあり、また、年間の運転距離も50,000~60,000kmと決して少なくない私だけど、人身事故を起こしたのは まったく初めて。
運転中の携帯電話、駐車違反、標識の見落としによる違反など細かな違反はたくさんあるし、電柱に触れたり塀に擦ったり等の小さな物損はいくらかあるけど、それでも、これまで人を相手に事故を起こしたことはなかった。
が、今回、とうとう人とぶつかってしまったのである。

その日、現地調査のため朝一で現場に向かっていた私。
場所は、細い道や路地が幾重にも交錯する混み入った住宅密集地。
目的のアパートが近くなり、私は一方通行の細い道を制限速度を守って徐行していた。
そこへ、左の路地から女性の乗った自転車が急に飛び出してきた。
その角には建物があり、互いに死角にいた。
私は、すぐさまブレーキを踏んだが間に合わず・・・また、女性の自転車も止まれず。
結果、私の車の左前角と女性の自転車が衝突。
異常な衝突音と「キャーッ!」という女性の悲鳴の後、一瞬のうちにフロントガラスの視界から女性と自転車は消えた。

「やっちゃった!!」
一瞬、心臓が凍ったような感覚。
しかし、こんなときこそ慌てるのは禁物。
「慌てるな! 落ち着け!」
私は、まず 自分にそう言い聞かせた。
そして、ただちにエンジンを止め 急いで車を降りた。

自転車は車の左前に倒れ、カゴの荷物も飛び出ていた。
そして、女性はアスファルトの路面に尻餅をついていた。
「大丈夫ですか?」
私は、すぐさま女性に近づき、起き上がろうとする女性に手を貸した。
そして、ケガがないどうか女性の身体を伺い、壊れていないかどうか自転車を見回した。
幸い、女性にケガらしいケガはなさそう。
自転車も通常の形状を保っていた。
119番が急務のように思えなかったため、私は、
「すぐに警察に連絡しますから!」
と、ポケットからスマホを取り出した。

すると、女性は、
「いいです!いいです!」
と言いながら、膝の尻の砂汚れをパンパンとはらった。
それから、
「大丈夫ですから!大丈夫ですから!」
と言いながら倒れた自転車を起こし、飛び出した荷物をテキパキとカゴに集めた。
そして、何事もなかったかのように、そのまま立ち去ろうとした。

女性の無傷な振る舞いに安堵しながらも、私は、ひき逃げしたみたいになるのも、後々になってトラブルが起こることも避けたかった。
だから、立ち去ろうとする女性を制止し、
「そういうわけにはいきませんから・・・警察を呼びましょう!」
と訴えた。
それでも女性は
「急いでますから!ケガもありませんし!大丈夫です!」
と頑なに拒否。
「でも・・・」
と困惑する私を尻目に、そそくさと自転車にまたがった。

不可抗力的な事情があっても、車対人だと、車の方に重い過失責任が負わされるのが常。
警察沙汰になって困るのは、女性ではなく どちらかというと私の方。
で、“Risk & Merit”逆転の理屈を無理強いすることが躊躇われた私は、
「本当に大丈夫ですか!?」
と念を押し、
「せめて連絡先だけでも・・・」
と、互いの氏名と連絡先を交換することを促した。
が、女性はそれも拒否。
「本当に大丈夫ですから!」
と一方的に言ったかと思うと、逃げるように走り去っていった。

一人取り残された私は、やや唖然。
私は、法定速度以下で徐行していたわけで・・・
女性は死角から急に飛び出してきたわけで・・・
いわば、不可抗力・・・
しかも、「警察を呼ばなくていい」と言ったのは女性の方で・・・
何か、警察を呼ばれて困るような事情があったのか?・・・
盗難自転車? 飲酒運転? 薬物使用? 指名手配犯?
釈然としない思いが沸々とわいてはきたけど、とりあえず、双方ケガなく、車も自転車も壊れなかったことで“ヨシ”とすることに。
そして、それから、“Lucky or Unlucky”よくわからない出来事を引きずりながら、目的の現場に向かったのだった(その直後、モヤモヤした気持ちは 衝撃のトイレがスッ飛ばしてくれた)。

常日頃から安全運転を心がけている私。
“過信はない”と思いつつも、人身事故を どこか他人事のように思っていた。
もちろん、「事故に遭ってよかった」とまでは思わないけど、でも、今回の事故は、私にとって貴重な体験となった。
それは リアルな教訓となって、これからの安全運転を支えてくれるのだろうと思う。



前々回のブログに書いた「末期癌の身内」。
医師の見立て通り、病状は あれから悪化の一途をたどり、結局、四月の初旬に死去。
満開の桜が散り始めた頃のことだった。
幸い、今年の桜は例年に比べてはやかった。
だから、車椅子を押されて、病院に敷地に咲いた桜を見ることができた。
癌が進行しつつあった昨年は、桜を見て、
「今年も何とか桜が見れたな・・・」
と喜んでいた。
ただ、今年は、身体がよほど辛かったのだろう、桜をバックに撮った写真に笑顔はなかった。

最期の三週間はホスピスに入院。
痛みが激しいときはモルヒネを使った。
また、苦しさが増したときは、
「もういい・・・もういい・・・(もう死んでもいい)」
と、弱音を吐いた。
もともと明るくポジティブな性格だったからこそ、その分、家族にとって その苦しみ様は辛く悲しいものだった。

私が見舞ったのは、亡くなる前日と前々日。
前々日、ガッシリだった体格もガリガリに痩せ、瞼を開けているのも辛そう。
ただ横になって、息をするだけのことがやっと といった感じだったが、何とか意識はあった。
ベッドサイドで声をかけると、がんばって眼を開け反応。
言葉を発することはできなかったけど、がんばって応答してくれようとしていることが伝わってきた。
亡くなる前日には もう意識はなくなり、穏やかに眠ったような状態で、いつ止まってもおかしくないような間隔の長い息をしていた。
そして、その翌日の早朝、息を引き取った。
仕事を休めなかった私は、結局、最期を看取ることはできなかった。

通夜には行くことができた。
しかし、以前から約束していた仕事があり、葬儀には行けなかった。
死を悲しみ悼む気持ちは、喪服を着なくても、葬儀に参列しなくても抱くことはできる。
依頼者に事情を話せば作業予定の変更を了承してくれたはずだけど、私は そうしなかった。
他の親族に「不義理なヤツ」と思われても、依頼者に対して不義理なことをしたくなかった。
また、生きることに前向きでありたいという私なりの信義が、死者の弔いを優先させることを後向きなことのように思わせたせいもあった。

私は、仕事を通じて、多くの人の死を知っている。
多くの死のかたちを見ている。
多くの死から日常にはないものを感じている。
そして、随分と昔から、私は、いつか自分も死ぬときがきて、この世からいなくなることを知っている。
しかし、夢のような、遠いことのような、ついつい他人事のような感覚で捉えてしまう。

常日頃から死を想っている私。
悟ったつもりはないながらも、死というものを どこか他人事のように思ってしまう。
だからこそ、身近な人の死は、私にとって貴重な体験となり、リアルな教訓を与えてくれている。
そして、“儚い人生、幸せに・楽しく・快適に生きていきたい”という想いを強くさせている。

でも、そうはいかない現実が多々ある。
自分の力ではどうにもできない社会があり、環境がある。
しかし、自分一人の力でできることもある。
満たされない現実や駄欲が尽きない現実に対して、自分ができることもある。
それは、目を向ける方向を変えること。
心を傾ける方向を変えること。
満たされないのは、“何かが足りない”からだけではない。
過去、自分がどれだけ恵まれてきたか、どれだけ与えられてきたか、どれだけ守られてきたか。
そして、今、自分がどれだけ恵まれているか、どれだけ与えられているか、どれだけ守られているか、そっちの方へ目を向けてみる。
すると、自ずと心は感謝と喜びの方へ傾き、満たされていく。

「今に満足するため 向上心を捨てろ」「諦めろ」「我慢しろ」「妥協しろ」等と言っているのではない。
また、自己洗脳や自己満足を自分に強要することを勧めているのでもない。
それとこれとは別のこと。
人生には、いいこともあるし悪いこともある。
ただ、そのどちらに目を向けるかによって、その幸福度や楽しさは大きく変わってくる。
そのことを言いたいだけ。

以上、今回も、自分の事は棚に上げて 他人事みたいな“きれいごと”を吐いてみたけど、読んだ以上は他人事にしないで、愛すべき自分の人生に適用してもらえたら幸いである。



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生き疲れ

2017-04-11 08:54:41 | その他
陽春の候、一年半近くかかった工事も終わり、 桜花より先に“ガードマンF氏”の姿はなくなった。
(※昨年12月7日「万歳!」 本年3月3日「努め人」参照)

私にとってF氏は、まったくのアカの他人。
日課のウォーキング中、ほんの数分の立ち話をするだけの関係。
だけど、雑談を重ねるうちに、何かが情を厚くしていった。
F氏が親と同年代だからか・・・
自分と同じく、ハードな肉体労働者だからか・・・
自分と同じく、社会の底辺に生きているからか・・・
後悔多そうな過去が自分と重なったからか・・・
生きることに苦しむ姿が自分と重なったからか・・・
・・・どことなく自分を見ているようで、自分の将来を見ているようで、とにかく、アカの他人のようには思えなくなっていた。

最後の日の三週間余前のこと、
「ここの仕事もそろそろ終わりだね・・・」
照れ臭そうに私に伝えたF氏。
「そうですよね・・・さびしくなるなぁ・・・」
その日が近いことはわかっていたものの、あらためて言われて、ややしんみりした私。
「おかげで楽しく仕事ができたよ」
F氏はそう言って笑った。
「こちらこそ!」
私も、そう言って笑顔を返した。

最初に声をかけてきたのはF氏のほうだった。
人見知りで会話を盛り上げるのが苦手な私は、他人と関わることが得意ではない。
だけど、自覚のないところに“人を恋しがる自分”がいるのか、人から声を掛けられると、結構 愛想よく応えるのが常。
仕事以外でも、知らない人と言葉を交わすことが少なくない。
このときも、立ち止まって二・三の言葉を交わした。

F氏の主な担当業務は、工事用車両が出入りする際の誘導と歩行者の警護。
ただ、車両は頻繁に出入りするわけではなければ、歩行者も多いわけではない。
八時半の朝礼の後、九時~五時の勤務時間の中では、ただ立って歩行者を見守ったり、付近を見回ったりする時間のほうが圧倒的に長かった。
だから、呑気に立ち話をしていても、F氏の仕事に支障をきたすことはなかった。

「暖かい」「暑い」「涼しい」「寒い」
「晴れそう」「曇りそう」「降りそう」
等と、始めのうちは、ほとんど季節や空模様の話ばかり。
興味はあったけど、そう親しいわけでもないから、プライベートなことを訊くのははばかられた。
しかし、顔なじみを相手にいつまでも季節や天気の話ばかりしているのは何とも不自然。
嫌がられる心配はあったけど、とりあえず歳を訊いてみた。
すると、F氏は、気分を害した様子もなく、年齢を即答。
また、それだけではなく、その他のプライベートな話もし始めた。
そして、以降、我々の話題は多岐に渡っていった。

前にも書いたとおり、歳は七十六。
身体は小さく、もっと若く見えた。
西日本の とある街の出身。
東京にでてきて商売をしたけど、うまくいかず。
それで東京の商売をたたみ、地元に近い街で再チャレンジ。
しかし、悲運なことに、これも失敗。
妻とは離婚となり、二人の息子とも離ればなれになってしまった。
そして、再び、単身で上京。
以来、孤独な生活を続けていた。
唯一の家族は犬。
離れた息子二人の名前の頭文字をとり命名した愛犬(トイプードル)と二人(一人と一匹)で生活していた。
犬は八歳で、可愛い盛り。
かなり可愛がっているようで、犬の話になると満面の笑みを浮かべた。
身体は健康そうに見えたが、大腸癌の疑いがあるそうで、精密検査を予定していた。
しかし、酒も飲みタバコも吸う。
人生の先は見えているため、控えるつもりは毛頭ないよう。
年金だけで悠々自適な暮らしが成り立てばいいのだけど、それが叶わないため警備の仕事に従事。
夏は酷暑に、冬は厳寒にさらされる仕事で、老いた身体にはかなり堪えるようだった。

「いつ死んだっていいんだ・・・」
「早く死にたいよ・・・」
口癖のように、そう言っていた。
口では冗談っぽく言いながらも、目はその本心を表しており、F氏が生きることに疲れているのは確かなようだった。
ただ、そう言われても、気の効いた言葉が思いつかない私。
その都度、切ない寂しさを覚えたけど、思いつく言葉は決まっており、
「そんなこと言ったって、まだワンちゃんがいるじゃないですか・・・」
「八歳だから、まだ平均寿命の半分くらいでしょ?」
と返し、あとは苦笑いするばかりだった。

苦労や苦悩の多い生活なのだろう。
過去に後悔もあり、先々に不安もあるのだろう。
仕事が楽じゃないのもわかる。
年金だけじゃ満足のいく暮らしができないのも知っている。
明るい人柄で自殺を図りそうな暗さはなかったけど、気にかかるものはあった。

最初は、工事現場のガードマンとただの通行人。
一時的とはいえ、それが、ちょっとした友達みたいになった。
そして、時間と共に別れのときもやってきた。
嬉しいような寂しいような・・・人の縁、出会いと別れなんてそんなものかもしれない。
だからこそ、大切にしなければならないのかもしれない。

F氏がいなくなるのを前に、私は、F氏が愛飲している芋焼酎を一升と、同じ銘柄で一つ上のランクのものを一升買った。
あと、小型犬用のドッグフードも。
そして、最後の日に会えるとはかぎらないので、その何日か前、いつもは何も持たない手にそれを持ち、私はいつものコースに歩きにでた。

F氏はいつもと同じ場所に立っていた。
そして、いつも通り、私の姿を見つけると、いつもと変わらないWelcome modeの敬礼で迎えてくれた。
そして、いつもと違う雰囲気を感じたのか、
「どうかしたの?」
と、声を掛けてきた。
「これ・・・焼酎・・・あと、ワンちゃんのおやつ・・・餞別です・・・どうぞ・・・」
私は、そう言って、それを入れた紙袋を渡した。
「え!?・・・こんなことしてもらって・・・ホント、悪いねえ・・・ありがとうございます!」
F氏は、驚きとともに恐縮しきり。
普段、私に対して敬語なんか使わないのに“ありがとうございます”なんてよそよそしい言葉を使って礼を言ってくれた。

「もしかのときには、犬は僕が預りますから・・・」
「縁起でもないこと言って申し訳ないですけど・・・例えば、入院とか・・・もちろん、そんなことにならない方がいいですけど・・・」
私は、スマホに納まる亡チビ犬の写真をF氏にみせ、そして、その想い出を話しながら連絡先のメモを渡した。
するとF氏は笑顔を浮かべ、
「そうか・・・じゃ、その時は遠慮なく連絡させてもらうよ・・・」
と、大事そうに そのメモを懐にしまった。
そして、
「これからも身体を大切に・・・どうぞお元気で・・・」
と、何とも言えない寂しさを引きずりながら その場を立ち去さろうとする私を、
「まだ何日か残ってるし、先々、追加工事もあるみたいだから、またここに来ることがあるかもよ・・・またね・・・」
と、F氏は、寂しさと照れ臭さを紛らわすように明るく手を振って見送ってくれた。

せっかく生まれてきたのに、“早く死にたい・・・”は寂しい。
せっかく生かされているのに“早く死にたい・・・”は悲しい。
私にも覚えがあるけど、自分のことを気にかけてくれる人がいたり、自分を必要としてくれる人がいたりすることは、気持ちに張りがでて嬉しいもの。
私は、F氏に、
「生きててよかった!」
「生きてりゃいいことある!」
とまではいかないにしても、
「ありがたいな・・・」
「嬉しいな・・・」
と、ささやかでも生きていることの喜びを味わってほしかった。
そして、これは、F氏だけのことではなく、私自身にも言えることだけど、“早く死にたい・・・”と思いながら生きるのではなく、生かされていることを喜びながら生きていってほしいと思った。


ブログにしつこいくらい書いてきているように、私だって、生きていることに疲れること、これから生きなけらばならないことに疲れることがよくある。
朝っぱらからクタクタだったりすることもしばしば。
それでも、とにかく身体は起こす。
以前の私は、この精神疲労と肉体疲労を混同して、とにかくグータラしていた。
昼間の眠気にもよく襲われていたため、“少しでも長く布団に入っていよう”と、仕事以外では病人のような生活を送っていた。

しかし、いくら身体を休めても心の疲れはとれない。
それどころか、倦怠感が増長される一方、鬱憤がたまる一方。
それに気づいた私は、精神疲労と肉体疲労をできるかぎり区別することに。
「疲れたら休む」から「疲れをとるために動く」という発想に切り替え、なくならない疲労感は無視して、仕事でもプライベートでも、とにかく身体を動かすことを心掛けている。
また、昼間の睡魔は改善していないけど、それでも寝坊はしない。
必要がなくても朝は早く起き、必要がなくても早く出社する。
現場にも率先して走り、率先して汗をかく。
時間があればウォーキングに出かけ、家でも立ったままTVを観ることもある。
明らかな肉体疲労なら休んだほうがいいけど、そうでないなら動いた方がいい。
仕事でも趣味でも遊びでも、自分を疲れさせる場所とは違う場所で身体を動かした方がいいと思う。
そして、いつの間にか、それについて心も動いてくるようになり、その凝りがほぐれてくるようになるのではないかと思う。
もちろん、それですべてが解決するとは思っていないし、解決しているわけでもない。
だけど、欝々とした気分でジッとしているより随分マシだと思うし、その実感もある。

F氏だってそうかもしれない。
七十代も後半になれば楽隠居もしたいだろうけど、働いて稼ぐことで車も持てるし、タバコも吸えるし、酒肴を楽しむことや可愛い犬を飼うこともできるわけで、ギリギリに切り詰めた年金生活より、多少の労苦がともなっても、経済的に余裕のある生活をしたほうが楽しいと思う。
あと、仕事というものは金銭以外にも恩恵を与えてくれるもので、仕事で身体を使うことで守られる健康があるかもしれない。
また、社会参加することで老いが跳ね返され、自分らしい自分が維持できるのかもしれない。
労働というものは、単に“キツい!!”“ツラい!”というだけのものでなく、体力や精神力の維持増進に大いに役立つものだと思う。

もちろん、F氏が、そういうことを考えていたかどうかわからない。
ただ、外見は、老いた身体に くたびれた作業着姿だったけど、その内からは、苦悩に向かう“人間の美”が滲み出ており、それが、私の日々の疲れを癒してくれていたのかもしれず、また、そのため、私は、誘われるようにF氏のもとへ歩いて行っていたのかもしれなかった。


余命にかぎりがあるのは、高齢のF氏ばかりではない。
私もそう、誰だってそう。
だから、この先、F氏と再び顔を会わせることがあるかどうかわからない。
ただ、これからしばらくの間は、ウォーキングに出る度にF氏のことを思い出すだろう。
そして、
「元気でいるかな・・・元気にやっててほしいな・・・」
と、いつもの空を見上げては、そう願うのだろうと思うのである。


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大海知らず

2017-04-06 13:30:18 | その他
桜花爛漫の候。
進学、卒業、就職、転職等々、環境や気分も新たに新生活をスタートさせた人も多いだろう。
新生活のスタートにあたっては、旧知の人との別れもあれば、新たな人との出会いもあっただろう。
いい出会いがあれば結構なことだけど、この人間社会では、そうでないことも少なくない。そこが悩ましいところ。

“人間関係”は、人の幸福感に大きな影響を及ぼし、人生を左右することもある。
人によって よい方向に導かれることもあれば、よくない方向に流されることもある。
人を好きになることもあれば、嫌いになることもある。
友人、知人、夫婦、親子、親族、上司、同僚、部下、取引先、近所・・・
パワハラ、セクハラ、いじめ、陰口、争い事・・・
歪んだ人間関係が、せっかく入った学校を去らせ、せっかく就いた仕事を辞めさせ、せっかく着いた住居を移させる事態に追い込むこともある。
逆に、良好な人間関係は、生活を楽しくさせ 人を幸せにする。
だから、人は、良好な人間関係を築くことに努め、良好な人間関係を保つことに努める。

しかし、正悪は別にして、世の中には自分とウマが合わない人・反りが合わない人がいる。
そして、イヤでもそんな人と関わらざるを得ないことがある。
プライベートだと距離を空けやすいけど、仕事の場合、そんなワガママは許されない。
関わる人を選ぶことはできず、気の合う相手とだけ付き合うなんて不可能。
不自然な作り笑いと、本音を隠した建前と、心にもない社交辞令を駆使して、ときにストレスでアップアップしながらも荒れる人波を泳いでいかなければならない。
それが、なかなか楽じゃないことなのである。



呼ばれて出向いたのは、都心の一等地、高層ビルの建設現場。
そこで労災事故が発生し、周辺を血液が汚染。
説明を聞くと、特掃をやるのは容易ではない状況のよう。
ただ、私は、その業界の人間ではないので、事前の電話だけは具体的な画を思い浮かべることができず。
電話口の人物の印象もよくないし、仕事になるのかならないのかよくわからない中で、私は少し躊躇したが、
「とりあえず、一度、見に来てよ!」
と強く求められ、それに圧されるように現地を訪問したのだった。

現場は、大手ゼネコンがJVで施工している高層オフィスビルの建築現場。
結構なセキュリティーが敷かれており、私は、事前に指示された手続きを経て、依頼者が待つ管理室へ。
そこには、電話で話した依頼者=担当責任者とその部下らしいスタッフがおり、私を迎えてくれた。
ただ、その態度に、私は、戸惑いを覚えた。
依頼を受けて、しかも無料で来たわけだから、それなりの礼をもって迎えられると思っていたのだが、それは大間違い。
ビジネスマナーに則って、私は、名乗りながら両手で名刺を差し出したのだが、責任者は面倒臭そうにポケットから名刺を出し、名も名乗らず片手で突き出してきた。
更に、足労を労う言葉も礼の言葉もなく、初対面にも関わらず、電話で話したとき以上のタメ口で一方的に事の経緯を説明。
そして、一通り話し終えると、
「じゃ、現地に行こうか! おたく、ヘルメットは!?」
と、突拍子もないことを言ってきた。

「え!?ヘルメット?」
「そう、ヘルメット・・・持ってきてないの!?」
「はぃ・・・」
「ダメじゃん!持ってこなきゃ!」
「・・・・・」
「当り前だろ!」
「・・・・・」
「しょうがねぇなぁ・・・」

法令で定められているのだろうか、こういった建築現場に入る際は、工事用のヘルメットを着用するのが当り前らしい。
そして、それは自前で用意するのがフツーらしい。
しかし、業界の人間ではない私は、そんなの知ったこっちゃない!
事前の案内があったならまだしも、それも聞いてない。
(聞いてたとしても、わざわざ用意なんてしないけど。)

責任者は、
“ヘルメットも持ってこないなんて常識のないヤツだな!”
と言わんばかりのムッとした表情で、“来客用”と書かれた自社のヘルメットを、ぶっきらぼうに私に投げよこした。
一方の私は、強い不快感を覚えつつ
“なんだ・・・来客用があるんじゃないかよ!”
と心中で文句を言い、そのヘルメットを受け取って黙って着用。
そして、
“たまにいるんだよな・・・こういう 井の中のアホ蛙 が”
と、これまた心中でボヤきながら、先を歩く責任者の後姿を鼻で笑った。

目的の現場は、ビルの何十階も上。
工事用エレベーターは使用が止められており、そこまで階段・徒歩で上がる必要があった。
外壁の代わりに足場が組み立てられ、その周囲はネットで覆われていたが、風もビュービュー吹いているし、上下左右 視界もスカスカ。
私は、責任者と部下の後をついて、手すりもない階段を一歩一歩上がった。

もともと、私は、“超”がつくほどの高所恐怖症。
螺旋状に上がる階段と外を隔てるのは一枚のネットだけ。
空も下界も丸見えの状態。
完全にビビッてしまい、足腰は、まる宙を浮いているかのように力が入らず。
私は、外の景色が視界に入らないよう視線を足元に向け、階段の最も内側を“はやく着かないかなぁ・・・”と弱音を吐きながら、ぎこちなく歩を進めた。

やっとのことで昇りきった先には、“立入禁止”のロープに囲まれた物体。
それは、仮設の工事用エレベーター。
操作を間違えたのか、乗り方が悪かったのか、はたまた機械が誤作動を起こしてしまったのか、作業員の一人が籠と枠の間に挟まれて負傷。
幸い、近くにいた別の作業員が素早くエレベーターを緊急停止させたおかげで、重傷を負ったものの命には別状なし。
そのままエレベーターが動いていたら、命を落としていたかもしれなかった。

ロープのくぐった先には多くの血痕。
しかも、横面だけに広がっているだけでなく、縦長にも拡散。
横面は普段の特殊清掃とそう変わりなく、“施工可能”と判断。
しかし、縦方向は、かなり高所での作業となり、しかも、鉄骨が幾重にも組まれた複雑な構造に血痕は飛散・付着。
特掃が困難を極めることは明らか。
私は、あちこちを見て回り、施工方法をあれこれと考えた。
が、いい案は頭に とんと浮かんでこず。
安全が確保できない作業を無理に引き受けて二次災害でも発生させたら元も子もない。
しかも、責任者の性質からみると、作業後にどんな難癖をつけられるかわからない。
結局、私は、“作業の安全を確保するのが困難”“すべての血痕をきれいに消す約束はできない”との結論を得て、“施工不能”と判断した。

私は、あえて苦悩の表情を浮かべながら、
「費用の問題ではない」
「作業の安全が確保できない」
「清掃の成果が保証できない」
「したがって、この作業は辞退させていただく」
旨を責任者に説明した。

しかし、責任者は、それをすんなりとは承諾せず。
「こっちは急いでんだよ!」
「血を拭くだけだよ!?」
「そんなに難しいことじゃないでしょ!?」
「安全帯をつければ平気だよ!」
等と強引なことを言ってきた。


すべてではないのだろうけど、私の経験したところだけで言うと、建設業界の現場って、元請会社があって下請会社があって孫請会社があって、更に、多くの“一人親方(個人事業の職人)”が集まって体を成している。
つまり、“仕事を出す側”と“仕事をもらう側”の人間がおり、“客と業者”が上位から下位に向かって相互につながったような組織となっているわけ。
したがって、縦関係は自ずとできあがる。
そのせいか、年上だろうが初対面だろうが、上位者が下位者にタメ口をきくのは当り前のよう。
私のような部外者でさえ下っぱ扱いされ、やたらと横柄な態度で接してくる。
それが、建設業界の慣習・文化なのかもしれないけど、部外者にとっては、不快以外の何物でもない。

そして、これは、あくまで想像だけど・・・
責任者に対しては、部下はもちろん、下請会社・孫請会社の作業員や職人達は、普段、ペコペコと頭を下げるのだろう。
歯向かうこともせず、逆らうこともせず、「ハイ!」以外の返事はせず、ほとんど言いなりに動くのだろう。
人に頭を下げられることに慣れ、自分に人が従うことが当り前で、謙虚さや人に諭されることの必要性を失った責任者は、相手の立場に立つ思いやりや、礼儀の感覚が麻痺してしまったのではないかと思った。


工期に悪影響がでることを怖れ、焦っていたのだろうけど、それにしても、責任者の態度はよくなかった。
顔を怒らせ、ぶっきらぼうな言い方で、
「ったく、呼んだ意味ないじゃないか!」
と、私に悪態をついた。
それでも、普段、取引のある下位業者なら辛抱せざるを得ないのだろう。
しかし、請負業者でない私は、この責任者に嫌われても痛くも痒くもない。
キレて言い返したってよかったはず。
ただ、感情のまま言い争っても何の徳もない。
後に苦味と恥を残すだけ。
そして、元来 気が弱く、争い事が嫌いな私。
“勝手なこといいやがって!”
“だったら、自分でやりゃいいだろ!”
そんな風に思いはしたけど、その言葉を飲み込み、
「ひょっとして、ケンカ売ってます!?」
と、口元だけに笑みを浮かべながら目を怒らせて、責任者の目をジーッと凝視。
そして、気マズそうに視線を泳がせはじめた責任者に借りていたヘルメットを返し その中にもらった名刺を放り込んで、憮然とその場を立ち去ったのだった。



私は、吹けば飛ぶような小さな業界で仕事をしている。
そして、極めて狭い世界で生活している。
付き合いのある人の数も少ない。
仕事の仲間や知人は何人かいるけど、“友達付き合い”している人はいない。
だから、才覚がないのは置いておいたとしても、人に偉そうにできる機会も相手もいない。
また、高い所には慣れていないから、頭も、自然と あまり高くならないようになっている。
そんな私でも、たまには人に褒められたり、煽(おだ)てられたりすることもあり、ちょっと高ぶってしまうことがある。

相手の多くは、ブログを通じて仕事を依頼してくる人。
ブログでそのように装っていることも否めないけど、“善人”“それなりの人格者”みたいに扱ってくれる。
すると、嬉しいような、気恥ずかしいような、照れ臭いような・・・そんな心持ちになる。
それだけならまだいいのだけど、調子に乗って高飛車にでてしまうことがある。
もちろん、横柄な態度にでたり偉そうにしたりするわけではないけど、くだらないことを自慢したり、目上の人に知った風なことを言ってしまったりするのだ。
聞いてる人に不快な思いをさせることを気にもせず。
結果、自分で自分の格を下げてしまい、後で自己嫌悪に陥るのである。

私は、大海を知らない井の中の蛙。
今更、大海に出られるわけもない。
仮に出られたとしても、今の泳力では溺れ沈むのがオチ。
だから、生きる世界は狭くてもいい。
多くの人と付き合えなくてもいい。
ただ、広い世界にいる多くの人を大切にすることはできなくても、この狭い世界にいる身近な人くらいは大切にしなければならないと思う。

その人の幸せのために・・・・・私自身の幸せのために。



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幸せのドン底

2017-01-04 09:19:25 | その他
2017謹賀新年。
古来より何ら変わることがないスピードで時は過ぎ、また新たな年が明けた。
そして、正月三が日も終わり、街は祝の余韻を残しながら乾いた日常に戻りつつある。

世の中には、私のように、年末年始関係なく働いた人もいれば、休暇を楽しんだ人もいただろう。
そして、晴々した気分で仕事始めを迎えた人もいれば、欝々とした気分で仕事始めを迎えた人もいるだろう。
私の場合、元旦の朝、快晴の空とは裏腹にちょっと欝っぽくなってしまった。
寒いはずなのにジットリと脂汗がでて、夜が明けることに疲れを覚えた。
長年の付き合い・・・慣れた症状とはいえ、なかなかしんどいものがある。
何はともあれ、こうして新年を迎えることができたことに感謝!感謝!

そんな年末年始、多くの人が財布の紐をゆるませたことだろう。
私の財布の紐も少しはゆるんだけど、ほんの少しだけ。
質素倹約生活が身に滲みついているため、そんなに出費はかさまなかった。
また、仕事柄、複数日の旅行や遠出のレジャー等に出かけられないわけで、それも出費が抑えられた要因になっていると思う(嬉しいような、嬉しくないような・・・)。

とにもかくにも、お金は、得難く、使い易いもの。
気を抜いていると、アッという間に、しかも無尽蔵になくなっていく。
だから、細かいところも意識して、質素倹約を心掛ける必要がある。
いい年した社会人のクセに、一円もお金を遣わない日だってザラにある。
自分で言うのもなんだけど、その倹約ブリ(ケチぶり)は自慢してもいいくらいのレベルだと思う。
だけど、バカ丸出しになってしまうから、あまり細かな話は差し控える。

私の場合、日常生活では、口に入れるもの(飲食料費)に費やすコストが他のコストに比べて圧倒的に多い。
もちろん、飲食しないと身体を維持できないわけだから、これは、必要経費として仕方がない。
しかし、その中身を工夫することはできる。
そして、それがもたらす節約効果は、他のモノに比べるとかなり大きい。

ただし、食欲を満たすこと、“飲む”“食べる”という行為は、大きな幸せの一つ。
これを犠牲にすることは生きる楽しみを削ぐことにもなる。
そうは言っても、不摂生は、経済的にも身体的にも害となり、場合によっては精神まで害する。
不摂生もよくなければ、過度の摂生もよくない。
自分にとって最良と思われる芯を見出して、それを軸に生活するのが肝要だと思う。

私の場合はこんな感じ・・・
原則として、定価売りのコンビニや自販機は利用しない。
また、スーパーとかに行っても、目的のモノ以外は買わない。
誘惑も多いし、ついつい買ってしまいそうになるから、目的外のモノは見もしない。
飲食料については、安いモノ、安い店を探して、まとめ買いする。
その他の買い物も、ほとんど生活必需品のみとし、余計なモノは買わない。
酒は「余計」と言えば余計だけど、安い国産ウイスキー(味は充分に美味い)で済ませている。

「質素倹約」「節約生活」と聞くと、すぐに「我慢」「忍耐」「ストレス」といったものが思い浮かぶかもしれない。
しかし、ほとんどストレスは感じていない。
それどころか、「充実感を感じる」というか、「軽快さを感じる」というか、意外と快適。
私が“筋金入りのケチ”だからそう感じるのかもしれないけど、結構 楽しいものだったりしている。
また、金銭的メリットだけでなく、結果的にカロリーの過剰摂取リスクも低減でき、適正体重維持にも貢献。
まさに、一石二鳥・三鳥。
ま、こんな小器生活は、人にバカにされるかもしれないし、女性にはもてないだろうけど、誰かに迷惑をかけているわけでもないから、堂々と続けている。

常日頃はそんな私だけど、この正月はちょっと贅沢をした。
昨年12月上旬、ひいていた風邪が治りかけた頃 無性に飲みたくなり、いつまでたってもそれが治まらなかったため、超久しぶりに にごり酒と清酒を買ったのだ。
しかし、ウイスキーに比べると、清酒・にごり酒はかなりコスパが悪い。
また、糖質も気になる(“日本酒の糖質問題に科学的根拠はない”という説もあるが・・・)うえ、私の体質だと、蒸留酒に比べて翌日まで残るリスクが高いのである。
だから、ここ何年か飲むのは控えていた。

「飲みだしたらキリがない・・・金の無駄・・・」
「ウイスキーで充分じゃないか! 我慢! 我慢!」
私は、自分なりに一生懸命 自制心を働かせて、誘惑に負けて店に向かおうとする足を何度となく止めた。
しかし、そんなことが何度か続くと、自制心も疲弊してくる。
「普段は質素倹約に努めているわけだし・・・借金して買うわけじゃないし・・・正月くらいいいかな・・・」
と、徐々に挫け(くじけ)はじめた。
そして、結局、誘惑に負けてしまった。
ちなみに、にごり酒も清酒も、自分が気に入っている銘柄がある。
それぞれ違う店で売っているのだが、誘惑に負けた私は、
「今年もがんばったし、来年もがんばんなきゃいけないんだから・・・」
と開き直り、時間も手間も惜しまず いそいそと買いに出掛けたのだった。

何年ぶりかに飲むそれは、ニヤけてしまうくらいの美味。
だから、少しずつ飲めば長く楽しめるものを、どうしても多く飲んでしまう。
大晦日の夜も、自分なりに ささやかな贅沢を楽しんだわけだけど、やはり飲みすぎてしまった。
そして、それが翌朝にまで残り、若干 二日酔い気味に。
で、それが欝を重くさせる一因となってしまったのだった。


そんな感じで精神や身体に不具合を起こすことが少なくない私。
とりわけ、昨年は、体調を崩しまくった。
蕁麻疹や目眩など、初めて経験する不調もあり、ちょっとビビッたりもした。
それでも、私は、これまで、大病を患ったり、大ケガを負ったりしたことはない。
救急車に乗ったことも、病院に入院しなければならないくらいの重症に陥ったこともない。

別な視点で見ると、贅沢な暮らしはできないながらも、喰うに困っているわけでもない。
もう何年も、一般的な生活を維持できるくらいの糧を得ることはできている。
お金があっても物がなければどうにもならないけど、衣食住、日常生活に困らないくらいの物資にも恵まれている。

にも関わらず、心に湧いてくるのは、後悔・不満・不安ばかり。
人生は思い通りにならないことが常であることを悟ったつもりでいても、所詮、それは心底からでたものではなく、自分で外側だけを拵えた(こしらえた)作り物。
だから、鬱憤はシッカリたまっていく。
そして、それらは、
「幸せを感じることが少ない」
「不幸というほどでもないけど、幸せではない気がする」
等といった、漠然とした不幸感となって心を覆う。

確かに、生活をしていく上で、仕事をしていく上で大変なことはたくさんある。
時には、逃げ出したくなるような現実が、目の前に立ちはだかることもある。
悩みや苦しみは尽きることがない。
そして、それは、自分が不幸の中にいるような、そして、そのドン底に落ちていくような錯覚を覚えさせることも多い。

そんな私は、一体、どこにいるのだろうか・・・
本当に不幸の中にいるのか? 不幸のドン底に落ちているのか?
・・・そんなことはないはず。
私は、不幸の中にいるのではない。
社会的に、経済的に低いところにいても、不幸の中にいるのではない。
少なくとも、不幸の中ではなく、幸せの中にいるはず。
幸せを感じられることが皆無なわけではないし、また、目の前、身の回りには、数え切れないほどの幸せがあるのだから。

問題なのは、不幸に敏感で、幸せに鈍感である私の心。
幸せがあることに気づかない、幸せに気づけない私の心。
皮肉なもので、私の心は、幸せを欲しながらも不幸の種ばかりを集めてしまう性質がある。
そればかりに気が向き、そればかりに気をとられる性質がある。
それをバラバラに壊して、つくり直すことができればどんなにいいか・・・


始まったばかりの2017年。
今年も、色々と大変なことがあるだろう。
凄惨な光景に顔を歪める日々が待っているだろう。
過酷な作業に涙汗をかく日々が待っているだろう。
そして、相も変わらないことに苦悩することだろう。
楽に生きさせてはもらえなそうだけど、それでも、こうして自由な意志をもって生きていられることは幸せなこと。

ケガや病を抱える人や、心身に障害を持つ人と比べるつもりはないけど、私には、考えられる頭があり、見える目があり、聞える耳があり、話せる口があり、持てる手があり、歩ける足がある。
貧困にあえぐ人と比べるつもりはないけど、私には、生活の糧となる仕事もある。
何気ないことかもしれないけど、これは、とても幸せなこと。

地には春夏秋冬それぞれの美が現れ、空には晴曇雨雪それぞれの趣がうまれる。
浮世には人それぞれの愛が現れ、社会には人それぞれの機微がうまれる。
ありきたりのことかもしれないけど、これらが与えられていること、感じられることもまた幸せなこと。

贅沢な暮らしができるに越したことはないかもしれない。
しかし、質素倹約生活にも それなりの楽しさがある。
贅沢暮らしでは味わえない美味がある。
それと同じように、苦労多き人生の中にも幸せはある。
私の心が、それにどう気づいていくか・・・
そして、残り少なくなってきた人生をどう楽しんでいくか・・・

私は、“幸せのドン底”にある自分の心を少しでも上にもっていくため、目の前にある幸せを、身の回りにある幸せを、一つ一つ数えているのである。



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0120-74-4949
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ルービックキューブ

2006-08-20 09:05:42 | その他
今の若い人達は知らないだろうか、ルービックキューブを。
流行ったのはいつ頃だったか・・・ハッキリは憶えてないけど、私と同世代、またはそれ以上の年代の人には知っている人が多いと思う。

私の友達には、短時間で6面を合わせる頭脳派もいれば、時間はかかるが諦めないでやる努力家もいた。
ちなみ、私は頭脳派でもなければ努力家でもないので、恥をかくだけの無用なチャレンジはしなかった(こういうとこがダメなんだよね)。

故人は初老の男性。
脳神経系の病気を長く患っていたらしい。
故人は、病気の進行具合を自分で把握するために、ルービックキューブを解くことを日課にしていた。
家族や看護師に適当にシャッフルしてもらい、6面合わせられるまでの時間を毎日測っていた。
次第に時間はかかるようになってきたものの意識はハッキリしており、最期の方は「解けない」と言うより(体力的に?)「続けられない」と言った感じだったらしい。

ひとつの家族でも、故人に対する個々の想いは同じ色とは限らない。
「優しい夫だった」「厳しい父だった」「誠実な兄弟だった」
もちろん、どれも一人の故人。
一人の故人が色々な顔・面・色を見せていた訳で。

生まれてきた時は一つの顔しかなったものが、歳を重ねるごとに持つ顔が増えていく。
息子、兄弟、夫、父、部下、上司、知人、友人など。
全て一つの顔で通すのが理想かもしれないが、なかなかそうはいかないのが現実。

「本当の自分はどれ?」
一体、本当の自分の顔はどれなのだろう。
全て?一部?一つ?

いつの間にかシャッフルされたまま放置している心のルービックキューブ。
解き戻せたとしても6面6色。一面一色ではない。
何だか、人の心のよう。
「二枚舌」「二重人格」なんて可愛いものだ。

たくさんの顔・面・色を持ち過ぎた私は、今では元の状態さえも忘れてしまっている。
元に戻せる賢明さがほしい。
子供のようになるしかないかも。

故人愛用のルービックキューブを柩に納めながら、そんなことを考えた。
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同じ空の下で

2006-08-10 11:38:51 | その他
昨日までグズついていた東京の空は、今日は快晴!
また夏の猛暑が戻ってきた。
夏は特掃業務にとっては過酷な季節だが、青い空を見上げると気持ちに涼風が通る。

読者からの書き込みを非公開にしてから一ヶ月余りが経った。
それ以前に比べれば書き込み件数が明らかに減っているが、私の気分に余計な波風が立つこともなくなり、ブログも落ち着いて書けるようになっている。
そして、書き込んでくれる人自体も変わってきているように思う。
今でも色んな意見や感想があるものの、冷静に読むことができている。

あの当時は、「スルーすればいい」という類のアドバイスをたくさんもらったが、私の性格ではアレが限界だった。
我ながら、器量不足も感じているが、どうにもならない。
私はこの性格で三十数年生きてきたので、今更、大きなモデルチェンジもできないのだろう。「人間ってそんなもんだ」と開き直っている。
そして、何事もスルーできるような性格だったら、もともとこんな人生を歩いてないかもしれない。

書き込みの非公開については色々な意見がある。
「非公開の方が書き込みやすい」等、現在の書き込みには非公開に賛成する意見が多い。
ただ、公開を望む声もある。
そんな読者には申し訳ない気持ちがある。
また、公開を好む人は書き込むこと自体をやめている可能性が高いので、一概に非公開が歓迎されているとも思っていない。

しかし、今はまだ書き込みを公開する予定はない。
公開しても、いずれまた荒れてくるだろうから。
やたらと気の短い金色の蝿がでてこなくなったのは少し寂しい気もするけど、現場業務が過激な分、それ以外の時は平穏にいきたい今日この頃である。

「ブログのアップくらいは自分でやれ」「たまには休んだら?」という類の書き込みも少なくない。確かにそうかもしれない。
ただ、私の本職はデスクワークではなくデスワーク。
机に向かってカチャカチャやるのはかなり苦手、しかも決まった時間に机に向かえる仕事ではない。
そんな私は、ブログを携帯電話を使って小刻みに打つことも多い。
誤字が多いときは、携帯電話で打ったと思って間違いない。
あと、管理人との二人三脚はブログ運営に限ったことではなく、その相乗効果は多岐に渡っているので、今後もこの体制を変えるつもりはない。
私も意固地になって毎日更新している訳でもないので、これからは適当に休むかもしれない。

「怖くない?」「ストレスは?」という類の書き込みがある。
死体に「怖い」という感情を持ったことはほとんどない。
「気持ち悪い」はたくさんあるけど。
人は、死体を何故そんなに怖がるのだろうか。

死体は、私を裏切ったり傷つけたりしない。
死体は、私を困らせたり悲しませたりしない。
死体は、私に生きることを考えさせてくれる。
死体は、私に死ぬことを考えさせてくれる。
そして、死体は私に生きるヒントを与えてくれる。

こんなにいい死体を、何でみんな嫌うのだろう。
みんなも、いつかは死体になるのに。

死体を怖がる理由をよくよく考えてみると、ハッキリした理由を挙げられない人が多いような気がする。
考えてみると面白いかも。

ストレスはある。人並みにあると思う。
日々のストレスから人生のストレスまで。
物欲では決して満たされない何かがある。
詳細を書くとただの愚痴になるので省略するけど、こんな仕事をやっているからって人並み以上に精神力が強いとか神経がズ太い等といったことはない。全然。

私は、ネガティブシンキングが大得意!マイナス面に神経質!
障害に果敢に挑んだり、物事を楽観的に考えたりすることが不得意!
不平不満や愚痴を吐くことも日常茶飯事!
できるだけ、腹に溜め込まないようにしている・・イヤ、溜め込む器量がない!
そんな私は、これといったストレス解消法は持っていない。
辛くて苦しいときは「永遠にこの苦しみが続くことはない」と考えて自分を鼓舞する。
それでも、片付かないものは片付かないし、処理できないものもある。
でも、それでいいと思っている。
それが生きている証、生きることの宿命、そして「生きる」ということかもしれないから。

今日もみんな同じ空の下で生かされている。
このブログを通じて、色々な読者との触れ合いがある。
何の因果か、この世に生かされているうちは、共に泣いて笑って過ごしていこう。
ね、皆さん。
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線香花火

2006-08-04 09:53:32 | その他
私は夏の夜の花火が好きだ。
夜空に舞う打ち上げ花火は特に。
時間が合わなくて、ここ何年も花火大会には行っていないけど、綺麗な花火を思い浮かべるだけでワクワクする。
ドン!と上がったかと思ったら、パッと開き、サラッと消えていく。
音に迫力、火花に華、去り際に潔さ、その華麗さに魅了される。
同じ一つの花火なのに、光速と音速の差から視覚と聴覚に時を異にして届いてくるのも絶妙。

そんな花火には、人の生き死にが重なって見える。
日本文化においては、日本男児的な「男らしさ」に通じる部分もあるのかもしれない。
玉の大小、上がる高さに違いはあれど、誰の人生にも華があると思う。
そういう私は、いつ頃が華だったのだろうか。
それとも、華はこれから来るのだろうか。
生きていること自体が華だったりして・・・ね。

壮年の男性が死んだ。
死因は糖尿病。
どんな病気でも、闘病は辛く苦しい。少なくとも、快く楽しいものではないと思う。
糖尿病の食事制限や運動強制も相当のストレスを抱えるらしい。
故人は医師の忠告を軽く見たのか、節制ができなかったのか分からないが、病気を回復に向かわせるはずの自己管理を自らが怠ったらしい。
遺族の話を組み立ててみると、故人は、まさか死に至る程の深刻な状況になるとは思ってなかったらしい。
家族も本人も、いくら後悔したところで後の祭だ。
それでも、遺族は何かをごまかすために?故人の死を受け入れるために?やたらと「男らしかった」と褒めて場の混沌を払拭しようとしていた。

意志の弱い私などにとっては、何事についても自己管理というものは難しい。
自分で自分を律する力が問われる問題。
自分で自分を管理することよりも、他人に自分を管理してもらう方がよっぽど楽なことだと思う。

ひと昔前、アメリカで出世できない人物像というものを聞いたことがある。
それには、たった二つの要因しか挙げられていなかった。
「太った人間」と「タバコを吸う人間」。
要は、「肥満・喫煙」→「自己管理能力が低い」→「社会に通用しない」→「出世できない」という式図らしい。
肥満と喫煙については一概には言えないかもされないけど、自己管理能力の重要性については同感したものだった。

では、人生においては
何をどう自己管理すればよいのだろうか。
「人生」という道を歩む時、どこに重きを置いて進めばよいのか。
我々は、常に明日の不安ばかりに心を奪われ、今日を見失ってはいないだろうか。
昨日のことばかり悔やんで、今日を暗い一日にしてはいないだろうか。
はたまた、「今が良ければそれでいい」と短絡的な歩を進めてはいないだろうか。

昨日を悔やまず、明日を思い煩わず、今日を楽しむ。
昨日を反省し、明日に備え、今日を実らせる。
昨日の思い出に笑い、明日の夢に期待し、今日の糧に感謝する。
なかなかできないけど、それが私の理想。

自分の命は自己管理できるものではない。
人生だって、一体どれだけ自分の力が通用するものなのか。

私は、派手な花火に憧れる線香花火。
世の中の表舞台に立つことはない地味な存在。
若年の頃は、やたらと派手な花火を打ち上げてやろうと燃えたこともあった。
それが、いつの間にか花火をあげるかわりに線香をあげている。

それでも、火玉の途中で落ちてしまう線香花火に思う。
「俺は最期まで燃えて尽きたい」と。
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