特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

過去片付け

2008-07-31 08:26:15 | Weblog
殺人・傷害・窃盗・詐欺・・・殺伐とした事件が絶えない。
次から次ぎへと、際限なく悲しい出来事は起こる。
最近は、通り魔事件も頻発。
まるで、目に見えない闇の力が働いているかのよう。

怖いのは、〝いかにも〟といった風体の人物でなく、普段は〝ごく普通〟に見えている人間が豹変して凶行に及ぶこと。
「まさかアノ人が・・・」
「そんな事するような人には思えなかった」
なんて言うセリフは、何か事が起こるたびに囁かれる。
そんな輩が一般人に紛れ込んで急に襲ってくる訳だから、逃げようがない。
これからは、「人を見たら泥棒と思え」ではなく、「人を見たら殺人者だと思え」が教訓になるかも。
「知らない人にでも、気持ちのいい挨拶をしよう」
と言っていた古き良き時代は、もう戻ってこないのだろうか。

専門家がどう分析して理屈をつけても、全ての原因は人間の心。
その心が、人を善行にも悪行にも駆り立てる。
その中で被害に遭う側になるの人もいれば、危害を加える側になる人間もいる。
刻まれた過去は、法的には片付けられても人間的には片付けられず、どちら側に立ってもその重荷は一生背負っていかなければならない。

自分が被害者にならないように気をつけるのはもちろん、実のところは、自分が加害者にならないように己を見張ることも大切なのかもしれない。
邪悪の種は、誰の心にもあるものだから。
そして、残念ながら、その種を枯らす力は人間にはないから。

そんな時代を反映してか私固有の性質か、日常の中に不安を覚えることがいくつかある。

まずは電車。
ホームで電車を待つ際、最前列に並ぶのに抵抗がある。
「後ろから押すヤツがいるんじゃないか」と、思ってしまうのだ。
過去に危ない目に遭ったことがあるわけでもないし、危ない場面を目撃したことがある訳でもないのに。
そんな私は、自分の後ろに立つ人のことが気になってチラチラと観察してしまう。
〝D東郷〟のように、いつも壁を背にしていれば安心なのかもしれないけど、それじゃ生活に困るし・・・

あとは、空き巣。
今までに空き巣に入られたことがある訳でもなく、また、入られたところで空き巣が欲しがりそうなものがある訳でもないのに。
でも、留守の自宅のことが無性に気になる。
また、出掛けるときも締め忘れが気になって、一つの鍵を何回も確認してしまう。
いい言い方をすると〝用心深い慎重派〟なんだけど、ちょっと度が過ぎているような気がする。

引きこもり願望・手のひらの多汗・不安神経症・不眠症・アルコール依存症・対人恐怖症・パニック症・鬱症etc・・・
専門の医師ではないけど、経験のある人が私をみて、「軽度の自閉症では?」と言ってきたことがあった。
それを聞いて、始めは首を傾げたけど、過去の苦い経験やストレスなど色んなことを思い返してみると、心当たりがチラホラ。
そして、それらを病気として捉えてみると、何となくホッとするような感情が湧いてきた。

「自分のせいではなく、病気のせい?」
自閉症は精神疾患だと思われがちだが、実は脳の疾患。
メンタルトレーニングでどうこうできるものではないらしい。
自分で自分の精神的な軟弱さを責めては、自分で自分に〝ダメ人間〟の烙印を押してきた。
そうして、自分で自分に精神的ダメージを与える中毒にかかったまま生きてきたけど、〝自閉症・脳疾患〟の可能性があることを聞いて、何となくホッとするものがあったのだ。
だからと言って、何もかも病気のせいにして甘えてはいけないし、開き直って自己チューになってもいけないけどね。


「この人、大丈夫かな?・・・」
その依頼者と電話で初めて話した時、私は直感的にそう思った。
暗い声に無愛想な口調。
女性が意図したことでもないのだろうが、受話器の向こうは低滞した雰囲気。
「部屋の中にゴミを溜めてしまい、困ったことになっている」
「同じアパートの住人も不審に思ってるみたい」
「近々、不動産屋が見に来ることになった」
「追い出されたら困るので、その前に何とかしたい」
そんな相談。
女性は口数も少なく、細かいことを話すのが面倒臭そうでもあったので、私からの質問は基本的なものにとどめて、ひとまず女性の家に行くことにした。

到着した現場は、小ぎれいな普通のアパート。
その一階に女性の部屋はあった。
私は、いきなりインターフォンを鳴らすより電話を入れてから訪問した方がいいような気がして、アパートを一旦離れた。

電話をして後、しばらく待機。
それから、再びアパート行き女性宅のインターフォンを鳴らした。
心の準備ができていたであろう依頼者の女性は、すぐにでてきた。
私が営業上の愛想を振りまいて挨拶をすると、女性は私と目を合わせることなく頭を下げた。
その顔に笑顔はなく、声のトーンも口調も電話で話したときと同じく低滞。
ただでさえ人と上手に話せない私は、女性に対する苦手意識が膨らんできた。

「じゃ、とりあえず、中を見せていただけますか?」
早々と煮詰りそうになった雰囲気に見切りをつけ、私は、中を見せてもらうことに。
女性は、暗い表情のまま、私を中に通してくれた。
しかし、中を見られるのが恥ずかしかったのか、どこの馬の骨ともわからない男と二人になるのがイヤだったのか、女性は、私と入れ違いに表へ出て行った。

「やっぱ、土禁かなぁ・・・」
靴を脱いで上がることに抵抗感があり・・・
かと言って、人の家に土足で上がり込むことに罪悪感もあり・・・
女性が上で靴を履いていたかどうかも思い出せず、結局、私は靴を脱いで上がることにした。

「こんな感じか・・・」
所々は床が見えているレベルで、ゴミの量は驚くほどではなく。
〝ゴミ屋敷〟とはいえ一人暮らしの女性宅を勝手にあさるのも無礼かと思い、私は、中にあるものに手を触れないように注意しながら、全体を慎重に観察した。

「あ゛~ぁ・・・」
圧巻だったのは台所。
食器や食物容器、更には腐った食べ物が山積みとなり、流し台はほとんど見えず。
その周辺を無数の小バエがホバリングしていた。

一通りの見分を終えて、私は、女性の待つ外へ出た。
そして、人を寄せ付けようとしないオーラを放つ女性に勇気を持って声を掛けた。

「それなりに溜まってますね・・・」
「・・・」
「いや・・・でも、最近はゴミを溜める人は珍しくないですよ・・・表面的にわからないだけで・・・」
「・・・」
「特に台所が・・・」
「やっぱり、ヒドイですか?」
「はい・・・や・・・フツーですね」
「・・・」
それがもともとのペースなのか、この時が特別に気落ちしていたのか、女性は元気なく、私の話を聞いているのか聞いていないのかハッキリせず。
イラつきこそしなかったものの、私は自分に心労を覚えた。

「片付けは、お急ぎですか?」
「まぁ・・・」
「タイムリミットはいつですか?」
「○日です・・・」
「その日に不動産会社が来るんですね」
「えぇ・・・」
「じゃ、あまり時間がないですね」
「はぃ・・・」
私は、必要と思われる作業内容とそれに伴う費用を明示。
すると、女性の暗い表情には険しさが加わり、何かを思い詰めたかのように黙り込んだ。
その様子からは、女性の懐具合が悪いことが伺えた。

当然のことだが、私は、ボランティアで仕事をしているわけではない。
何度も言うけど、〝自分のため金のため〟に仕事をしているのだ。
ビジネスとして成り立つ許容範囲内なら値引にも応じるけど、赤字になってまではやれない。
一つ一つの現場それぞれに相手の窮状は理解できるけど、〝大人の自己責任〟として、一線を引かないとキリがなかったりするのだ。
しかし、私は、女性の面影に自分の一面を見るようで、〝他人事〟〝仕事〟と割り切る中にも情を動かす何かを感じて、女性の事情を聞いてみることにした。

私の質問に対してしばしの沈黙を挟みながら女性は重そうな口を開いた。
そうして、とぎれとぎれに事情を話してくれた。

女性は、独身で一人暮らし。
実家には両親も健在で、姉弟もいた。
もともとは、女性も実家で暮らしていたのだが、転職を機に独り立ち。
仕事も順調で、一人暮らしの生活も問題はなかった。
しかし、ある時、女性はちょっとした病気を患って入院。
その後も体調が優れない日が続き、会社も休みがちに。
休暇をとるたびに自分の席は窓際に近づき、最終的には居場所がなくなって退職。
ゴミが溜まりだしたのはそれから。
それまでは普通にゴミを出し、普通に掃除洗濯ができていたのに、それが全くできなくなった。
陰鬱な気分が晴れることはなく、何もする気が起きず。
自分に〝ダメ人間〟のレッテルを貼っても、社会人としての義務を果たさない罪悪感と老いた親のスネをかじる自己嫌悪感からは解放されず。
苦悩の中を悶々と過ごす日々が続いた。
しかし、そんな暮らしをいつまでも続けられる訳もなく。
いつかは、自分で終止符を打たなければならないことはわかっていたが、そのキッカケをつかめないまま時は過ぎ・・・
突然、不動産会社による設備点検予定の知らせが入ったのだった。

話し合いの結果、片付けの費用は女性の両親が負担することで決着。
時間的猶予が少なかったため、私は、急いで作業の手はずを整えた。
そして、それから日を空けないうちに作業を実施。
静かに作業を見守る女性を横目に見つつ、その日のうちにゴミの片付けは無事に完了。
一作業を終えてホッとする私とは対照的に、女性に笑顔はなかった。
女性が患っている病気が何なのか聞きもしなかったけど、私には、身体だけではなく心にも闇を抱えているように思えた・・・


人が生き方を変えるのは簡単なことではない。
「自力では無理」と言ってもいいかもしれない。
そしてまた、人が生きていくのは楽なことじゃない。
しかし、苦難は、人にあるべき道・・・生き方を変えるチャンスをもたらしてくれることがある。
また、苦悩が、過去から未来へと続く人生の足どりを確かなものにしてくれることがある。

女性の将来に明るい材料は少ないのも現実。
しかし、別れ際にチラッと私の目を見て礼を言ってくれた女性に、過去を片付けて未来の生き方を変える決意を見たような気がした。
そして、女性の顔に再び笑顔が戻る日がくることを期待しつつ現場をあとにした私だった。



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人生の正真

2008-07-25 17:32:05 | Weblog
私が酒を控えるようになってから、しばらくの時が経つ。
かれこる6月末からだから、五臓六腑に滲み渡っていたアルコールもだいぶ抜けてきただろうか。
意図せずして、人との付き合いで飲むことは何度かあったけど、珍しいことに、あまり美味く感じなかった。
冷えたビールも磨かれた日本酒も、口や腹は歓迎せず。
例年になくこの時季に買い置きしてある〝にごり酒〟も、冷蔵庫で長らくその白い肢体を横たわらせている。
このまま酒嫌いになった方が身体にも懐にも人にも?優しいのだろうが、それだと人生の楽しみを失ってしまうような・・・複雑な心境である。
何はともあれ、そんな節制の甲斐あってか、体調も少しはよくなりつつある。
ただ、この夏を乗り切るためには、もう少し回復したいところ。

不幸中の幸いで、食欲は減退していない。
仕事柄、食事を摂る時間は極めて不規則だけど、食べられるときはシッカリ食べている。
だから、空腹時、飲食店から漂う食べ物の匂いを嗅ぐと、猛烈に食欲が刺激される。
とりわけ、鰻や焼鳥が焼ける匂いは格別で、嗅いだだけでヨダレがでてくる。

鰻と言えば、夏が旬のようになっているけど、もともとは冬の食べ物だったらしい。
それが、夏の消費量を増やすため人為的な工夫がなされた結果として夏が旬のようになったとのこと(一説)。
どちらにしろ、出回っている鰻のほとんでは養殖・外国産らしいので、旬なんてあってないようなもの。
その味の本質は季節や食材・調理法ではなく、空腹感と感謝の気持ちが決めるのではないだろうか。

それはさておき、昨日は、土用の丑の日だった。
現場を走り回ってヘトヘトになっていた私は、鰻の〝う〟の字も頭に浮かんでこなかった。
覚えていたところで懐が拒絶するんで、結果は同じことなんだけど・・・
ちなみに、今年は土用の丑の日は二回あるみたいで、次は8月5日らしい。
その日、どこでどんな仕事をするのか全く未定で、食事時にどこで何をしているかわからないけど、多分、鰻が私の口に入ることはないだろう。
こんな体調だからこそ、たまには奮発して精をつけた方がいいのかもしれないけど。

〝鰻は煙を喰わせる〟と言われるように、蒲焼のタレと鰻脂が焦げる匂いにはたまらないものがある。
焼鳥や焼肉にも同じようなことが言えるけど、ジュージューと焼ける匂いだけでも御飯のおかずにできそうなくらい。
肉が焼ける匂いを香ばしく感じ食欲が反応するのは、肉を食らう動物の本能なのだろうか。
それとも、ただの個人的な好みだろうか。

しかし、肉が焼けたニオイも、いいニオイばかりではない・・・


霊安室の扉を開けると、中には薄っすらと焦げ臭さが漂っていた。

事前に〝焼身自殺〟と聞いていた私には、そのニオイの原因をすぐに察知。
私は、冷たく光沢するジュラルミン台にポツンと置かれた納体袋に近づいた。

警察署の霊安室では、遺体は仕事の用品のよう。
誰にも悪気はないけれど、〝死人の尊厳〟がどうのこうのと言っているヒマはない。
日によっては変死体が次から次ぎへと運び込まれ、市場の活気に似た慌ただしさが生じる。
検死待ちの遺体が並ぶ中で、検死を済ませた遺体は早急に運び出すことが求められる。
その時もまた、その遺体をさっさと柩に納めて、とっとと運び出す必要があった。

まずは、その損傷が遺族が見れるくらいかどうか確認するため、私は、納体袋に近づいて閉じられたジッパーに手をかけた。
そして、片目だけ薄く開いて、手元に視線を送った。

「あ゛・・・」
濃い異臭とともに、目の前には、黒焦げの顔が出現。
〝不気味〟といった感情を通り越して、よくできたホラーメイクでも眺めるかのように私の感情は動かなかった。

「こりゃ、ヒドいなぁ・・・」
顔・頭は黒コゲ状態。
髪の毛はもちろん、更に、耳・目蓋・鼻・唇・・・燃えやすそうな部位も焼失。
むき出しの白い歯は苦しそうに何かを噛み締め、眼球は虚ろに一点を凝視していた。

「こりゃ、遺族には見せられないな・・・」
私は、その顔をマジマジと観察。
いくら眺めでも、それは遺族に見せられるような顔ではなかった。

頭部から上半身にかけて酷い火傷を負い、腐敗も進行。
袋の底には得体の知れない液体が溜まり、肌の色をなくすまで損傷。
私は、溜め息に近い深呼吸をして、ジッパーを元通りに閉じた。

一応、納体袋も警察の備品であるので、私は、遺体を袋ごと納棺して搬出していいものかを警察に確認。
この遺体を一旦袋からだして柩に納めるなんて業は、とてもできるものではないことは警察も察してくれ、結局、代わりの新品袋を置いていくことで決着。
私は、遺体を袋に入れたまま柩に納めた。


故人は中年の男性で、自分で会社を経営。
業種や規模まではわからなかったけど、業績不振に長く苦悩。
生活していくためには廃業もできず、かと言って経営を継続していても業績は悪化していく一方。
八方塞がりの状態のまま、会社は倒産。
そして、あとには男性一人では負いきれない額の負債だけが残った。
あくまで推測の域はでなかったけど、関係者によると、自殺の原因はそれのようだった。

妻子はいたらしかったが、亡くなる少し前から別居。
これにもそれなりの事情があったのだろう、知らせを受けても駆けつけて来ることはなかった・・・

搬送車が向かった先は斎場の霊安室。
遺族の迎えはなく、私は、誰もいない(死人はたくさんいるけど)霊安室に、柩を安置。
故人は、火葬炉の空く適当な時刻に、誰に見送られることもなく〝棺一〟で葬られるらしかった。


これはまた別の仕事。
現場は街から外れた郊外にある一軒家。
亡くなったのは中年の男性で、焼身自殺だった。

現場の家では、故人の妻であろう中年女性が出迎えでくれた。
家の中にも人の気配があり、多分、子供がいるものと思われた。
意識してかしなくてか、女性の顔に悲嘆の色はなく、サバサバとした様子。
まるで、客間にでも通すかのように、私を現場となったガレージに案内した。
そして、片隅の不自然な焦げと汚れに向かって指を差した・・・


故人は、自分で小さな事業を営んでいた。
それを裏付けるかのように、表札には個人名と法人名が併記。
一時期は業績も好調で、〝左団扇〟とまではいかないまでも、それなりに余裕のある生活ができていた。
しかし、それも過ぎてみると短かいもの。
業界全体の低迷に故人の事業も飲み込まれ、苦しい時が続いた。
そして、辛抱の甲斐なく倒産・廃業・・・故人は、仕事を変えることを余儀なくされてしまった。

長い間その業界に身を置き、独立してからも同業一筋にやってきた故人は、異業種に通用する程の技能らしい技能も経験らしい経験もなく。
更には、若くない年齢も足を引っ張り、勤めにでたくても雇ってくれるところは見つからず。
日雇のアルバイトで食いつないではいたものの、社会はプライドを持ち続けることを許してくれなかった。

晩年は、故人と家族の間に喧嘩や争いが絶えず、その関係はかなり険悪なものに。
そして、決行の数日前に妻子は家を出て行ったのであった。


女性が指差した先を見ると、下地コンクリートに液体シミとスス汚れ。
そことつながった建物の一部も黒く焦げていた。
そこは、故人が、自身を焼いて亡くなった場所。
ただ、既に、女性の手で一通りの清掃がなされており、汚れのレベルはライト級。
また、屋外ということもあって、特段のニオイもなし。
原状回復は外壁工事と下地,コンクリートの処理が主になりそうで、その程度のことなら普通の工務店で事足りると思われた。
しかし、女性には女性なりての事情があった。
一般の工務店に問い合わせたところ、露骨に断られ・・・
地域の工務店には、地縁のしがらみがあって頼みづらい・・・
そういう訳で、私が呼ばれたのだった。


今の時勢では、働きたくても働けない人が大勢いる。
仕事を求めても仕事にありつけない多くの人がいる。
〝やる気はあのに能力がない〟
〝根性はあるのに技能がない〟
〝年はとっているのに経験がない〟
そう言ってしまえばそれまでだが、仕事の有無は生活に直結する死活問題。
ただ、経営者・事業家と従業員・サラリーマンとでは、仕事を失うことの意味が少し違う。
事業に失敗するのと単なる失業とでは、その負荷に違いがあるのだ。

サラリーマンが再起を図ろうとすると、ゼロからスタートできる。
損があっても、せいぜい賃金の遅延や退職金の不払いくらい。
しかし、自営業者の再起はマイナススタート・・・
一般的な中小零細企業や個人事業には、買掛金や借入金などの負債はつきもの。
だから、商売に失敗すると〝負債〟と言う重い荷物が残るのだ。
それが返済できる程度の金額ならまだしも、一般的な生涯賃金の何倍もの額であることも珍しくない。
そうなると、もうお手上げ。
破産するしかなくなる。

規模の大小・法人個人・業種の違いはあれど、私にも事業を経営している知人が何人かいる。
そんな人達の話を聞くと、現実のシビアさがヒシヒシと伝わってくる。
肉体労働はサラリーマンと同じく一日数時間かもしれないけど、頭脳労働・精神労働はその何倍。
人によっては寝てる間の夢でも仕事のことを考えたりして、24時間365日休まずに働いているのではないかと思うような人もいる。
また、中には、
「事業に失敗するということは、社会的な死だけでなく本当の死を意味する・・・命がけだよ」
と言っている人もいる。
そのストレスとプレッシャーは、計り知れない。

商心・焦心・小心・傷心・衝心・・・その時々で心は変化する。
そんな中で、ハイリターンを夢見てハイリスクな道を進むのか、ローリターンに妥協してローリスクな道を進むのか、それは人それぞれ。
〝正しい道〟なんて、後にも先にもわかるはずはない。
ただ、苦悩と葛藤のない道はないだろう。
しかし、どんな道にあっても人生の正真を捨ててはいけない。見失ってはいけない。

鰻屋の店先に漂う香ばしい匂いに
「あ~・・・いい匂い・・・」
と、雑念なく素直に笑う・・・
そんな瞬間に、生きることの正真があったりするのかもしれない。




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灰色のカーテン

2008-07-19 16:56:39 | Weblog
いや~!本格的に暑くなってきた!
冬の寒さもツラいけど、夏の暑さもなかなかくる。

鬱々と精神を蝕む冬と酷々と肉体を虐める夏と、どっちがいいだろう・・・
やはり、朝のカーテンを開けたとき、明るい空がある夏の方がいい。
冬は、「今日も一日頑張らなきゃな・・・」だけど、
夏は、「今日も一日頑張るぞ!」と思えるから。
冬は、一日の始まりのカーテンを開けることに恐怖感すら覚える。
部屋のカーテンも心のカーテンもずっと閉めっぱなしで、一人静かに引きこもっていたいと思う。
それに比べれば、夏朝の疲労と暑さなんて軽いもの。
汗と脂にまみれても、悪臭と汚物にまとわりつかれても、気持ちが立っていればなんのその。
泣くほどの辛抱はいらない。

そんな私の仕事は、いつどこで発生するかわからない。
毎日、決まった時間に決まった場所で決まった内容の仕事があるわけではない。
行く先々も、騒々しい都会もあれば、のどかな田舎もある。
住宅地もあれば、商業地もある。
時には、遠い地方に行くこともある。
・・・変な言い方だけど、そう言った面では〝飽きない仕事〟かもしれない。

そんな具合なので、過去に行ったことのある街に再び出向くこともある。
向かう風景の中では、かつて自分が処理した現場と遭遇することも少なくない。
しばらくの時が経っていても、建物を見ると、それが昨日のことのように蘇ってくる。
〝いい思い出〟という訳でもなく、〝悪い思い出〟という訳でもなく、ただただ〝夢の跡〟のような感慨をもって。


「この辺りは、確か・・・」
その街を訪れた私は、見覚えのある景色に誘われて車を進めた。
そこは、かつて自分が作業に来たことのある住宅地だった。

「あー・・・ここだ・・・」
その一角に、私がかつて処理したアパートがあった。
ただ、かつての色を失ってモノクロに薄汚れていた・・・


その時から何年か前のこと・・・
アパートの大家から急な電話が入った。
ザワつく気持ちの中に深刻さが垣間見え、言葉で説明されなくても、現場が相当なことになっていることが伝わってきた。

「うちのアパートが大変なことになってしまって・・・」
「どうされました?」
「実は、住んでた人が亡くなりまして・・・」
「そうですかぁ・・・」
「この後、どうしていいものかと・・・」
依頼者は、何かを訴えたいのだが、何からどう話してよいものやら考えあぐねている様子。
私は、依頼者が説明しやすいように、質問を細かく切り分けて投げかけた。

建物はアパート。
部屋数は4世帯。
現場は二階。
間取はロフト付1R。
故人は若い男性。
賃貸借契約の保証人は、父親。
死因は自殺。
死後一週間。

「とにかく、急いで来てほしい!」
との依頼で、私は、抱えていた予定を変更。
現場を見る前のソワソワ感(〝ワクワク感〟じゃないからね)を従えて、車を走らせた。

「ここか・・・」
到着したところは、一戸建やアパートが建ち並ぶ静かな住宅地。
目的のアパートは小さい建物だったが、奇抜な外壁の色がそれを目立たせていた。
私は、階段を駆け上がり玄関の前まで行ってみた。

「あ゛ら゛ら゛ら゛・・・」
玄関ドアの下からは、何かの液体が流出。
赤茶と透明、下地コンクリートに二色の模様が意思を持ったように這っていた。
その正体が醤油やケチャップの類でないことは明らか・・・それは猛烈な悪臭を放って人を寄せつけまいとしていた。
そして、その様からは、中が結構な状態になっていることが想像され、私は、吸った悪臭を溜め息にして吐き出した。

私は、てっきり、依頼者は現場いるものとばかり思っていたが、周辺にそれらしき人影は見当たらず。
部屋には鍵がかかっているし、待っていても誰も来ず。
業を煮やした私は依頼者に電話し、現場に来てくれるよう促した。
しかし、依頼者はそれにを拒絶。
それだけでなく、逆に、私に場所の移動を要請。
私を現場に呼び出しておきながら更なる移動を指示してきて、内心で〝イラッ!〟とくるものを感じたが、こんな仕事でも〝依頼者はお客様〟なので、素直に従うことにした。

指示された場所は、アパートから離れたコンビニの駐車場。
そこで、依頼者である大家と保証人である故人の父親が私の到着を待っていた。
通常、人と会うときは愛想笑いの一つでも浮かべるのだろうが、用件が用件なんで、私は自分の表情を固くしていた。
それに対する二人もまた、表情に深刻さを滲ませていた。

私には、依頼者が現場アパートに近づきたくない理由が察せられた。
誰だって、人が死んだ現場・・・しかも自殺・腐乱現場なんて気味が悪くて近づきたくないもの。
それが普通の神経かもしれない。
しかし、実情は私の推察とは違っていた・・・

知らせを受けた依頼者は仰天!
とるものもとりあえず、アパートに急行。
玄関から流れ出る不気味な液体と悪臭は、それまでの人生経験で蓄積した多種多様のカテゴリーを超越。
湧いてくる疑いを肯定する光景と否定したい理性とがぶつかり合い、頭はパニックに。
玄関を開けることなく、そのまま警察に通報したのだった。

故人は、リストカットのうえロフトから首吊り。
発見のきっかけになったのは、下階の部屋の異変。
異臭がし始めて少し後、天井の片隅から赤黒い液体が染み垂れてきた。
これには、部屋の住人も仰天!
液体の正体が分からないまま不動産会社に連絡。
そこから、大家に連絡が回ったのだった。

遺体は、警察が搬出したものの、中はかなり凄惨なことに。
その後始末は、とても大家の手に負えるものではないことは明白だった。
それだけでなく、大家には更なる追い討ちがかかってきた。

下階の住人は大家と遺族に損害賠償・慰謝料を要求を突きつけ、液垂れが発生したその日のうちにアパートを退去。
それに連鎖してか、他の住人も同様のクレームをつけ、後ろ足で砂をかけるようにして退去。
そうして、アパートはアッという間に無人化。
更に、気味悪がる近隣住民が、〝心的被害〟の名のもとに怒りの弾丸を連打。
大家も遺族も、近隣住民の集中砲火を浴びて火ダルマに。
その場は何とか耐え忍んだものの、蜂の巣にされた精神はボロボロ・クタクタ。
それ以降はアパートに近づけなくなってしまったのだった。

「またいつ戻ってこれるかわかりませんので、どこか時間のつぶしやすいところで待ってて下さい」
一通りの話を聞き、大家と遺族がアパートに行きたくない理由を気の毒に思った私は、その事情に頷いた。
そして、鍵を預かって再び現場アパートに向かった。

「ウヘェ~・・・こりゃヒドいなぁ・・・」
玄関は、足の踏み場もないくらいにベタベタ。
部屋の床も、大量の血液と腐敗液が覆い尽くしていた。

見分を終えてアパートを出た私を、待ち構える人影・・・気がつくと、近所の住人が私の方へ鋭い視線を送っていた。
そのうち、どこからともなく次々と住民が現れて私のもとへ集合。
私は、ちょっとした人気者みたいになってしまった。
ただ、どの人も不機嫌そうな表情に憮然とした態度。
自分を〝人気者〟と勘違いさせてくれる要素はどこにもなかった。
そして、依頼者が浴びた集中砲火が、私にもきそうな焦臭さがプンプンと漂っていた。

一人一人をとってみると決して悪い人ではないのだろうが、それが集団になると礼儀より本心の方が表にでてしまう・・・
集団心理・集団行動は、常にそういう性質を持っている。
それが〝善〟にでればいいのだが、〝悪〟にでた場合は怖い。
住民達の態度は、善意の悪行によるものなのか悪意の善行よるものなのかわからなかったけど、どうにもシックリこないものを感じさせた。

「おたく、ここの始末をする業者?」
「そうですけど・・・」
「大家と家族は?」
「来られないと思います」
「来ない!?なんで!?」
「・・・」
「困るよ!ここへ来るように伝えてよ」
「・・・」
「言っとかなきゃいけないことが山ほどあるんだから!」
「それはちょっと・・・」
「じゃあ、おたくが責任を持って始末してくれるわけね!」
「・・・できる限りはやりますけど・・・」

住民達は、何の権利があってか、私にも強気な態度。
まるで、脅すかのように威圧的に迫ってきた。
その気持ちがわからないでもなかったが、私は、それを柔らかく受け止める術は持っていなかった。

周辺環境を観察すると、腐乱臭は隣近所にまで届いているようには思えず。
しかし、現場で起きたことを知ってしまっては、臭ってきているように思えて仕方なくなるのが人の心情。
私は、作業によって部屋の消臭はできても、近隣住民が精神的に感じる悪臭まで消せるとは思えなかった。
それでも、やれるだけのことをやるのが使命であり責任。
「とりあえず、今日はできる限りのことをやっていきますから」
と、私は、住民の代表格らしき男性を諫めるように話をつけ、作業の準備にとりかかった。


「何度見てもヒドいなぁ・・・」
作業に着手する前から、ドッと疲労感。
以降がどんな作業になるか察しのついた私は、覚悟を決めた。

「こりゃ強烈・・・」
本来ならウッドブラウンの床がブラッドブラウンに。
私は、汚染家財を梱包しながら、故人の身体の一部だったものを床から剥ぎ取り・削り取り・拭き取った・・・


作業を終えて間もないある日、依頼者(大家)から再び連絡が入ってきた。
近隣住民から依頼者へ、新たなクレームが入ったしかった。
詳しく話を聞いてみると、
「窓から部屋が丸見えで、気持ち悪い!」
「景観が悪いから、カーテンくらいつけろ!」
と、言われたとのこと。

その部屋は、特掃・消臭・消毒作業にとどまらす最終的には家財・生活も全て撤去。
悪臭を吸いハエの糞にまみれていたカーテンも処分したため、部屋の中は丸見えに。
ただ、そこは、二階でもあるし見た目には普通の空部屋なので、私には特段の問題があるようには思えず。
しかし、近隣住民には、部屋の中が一部でも見えることが耐え難い苦痛を感じているようだった。

「見なきゃいいだけのことじゃないのかなぁ・・・」
そうは思っても、やはり嫌悪される原因をつくったアパートの方が分が悪い。
私は、グズグズと不満を漏らしながら重い腰を上げた。

処分したカーテンを戻すことができるはずもなく、私は新しいカーテンを買って行くことに。
もともとは、鮮やかなワインレッドのカーテンがかかっていたのだが、私は色柄は二の次にして値段の安いものを選択。
結局、手に入れたのはグレーの無地の安物。
私は、それを残臭と空虚感が充満する部屋に取り付けたのだった。


大家・遺族・近隣住民etc・・・
故人が意図してもしなくても、その自死によって多くの人の人生を変えられた。
中身は異なれど、多くの人の人生が悪い方に変えられてしまった。
それでも、残された人々は重荷を背負いながら生きなければならない。

「あのカーテン・・・次に開くのはいつになるのかな・・・」
人の体温を失って色なく佇ずむアパートに、カーテンを開ける日が来るのかどうか・・・
ただ、人々の心を陰冷に閉ざす灰色のカーテンに、再び明るい光が差し込む日は必ずやってくる・・・
人には、人生には、必ずそのチャンスがあると信じたい私である。



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ギャンブル

2008-07-14 10:20:52 | Weblog
自然環境・政治腐敗・社会保障・少子高齢化・貧困層拡大・国力低下・教育etc・・・
社会が抱える問題・課題を挙げていったらキリがない。
ただ、感じるのは、この世の中が段々と生きにくくなっているということ。
気のせいであってほしいけど、目の前には、気のせいには思えない実情がある。

その一端を表すように、相変わらず殺伐とした事件や悲惨な事故が絶えない。
そんな毎日で、多くの人が悲惨な目に遭っている。
この日本・・・いや、この世界には、耳を疑い目を覆いたくなるような現実がある。
そしてまた、それに対してあまり心が動かない私がいる。
人のために、周りのために何かをしようなんて心が持てない私がいる。
もともとの性格が利己的で冷たいうえに、そういった類のことに悪い意味で慣れてしまって、〝他人事〟としてしか感じられなくなっているのかもしれない。

しかし、こんな私でも憤りを覚えることがある。
極めて残念ながら、毎年、この時期になると、決まって起こってしまうこと・・・夏場の車中に放置された乳幼児が熱中症で死亡する事故だ。
よくあるのは、親がパチンコに夢中になっていて起きるケース。
そんなニュースが耳に入ると、「またか!?」「いい加減にしてほしいよな!」と思う。
幼い子供が、サウナ状態の車中に置かれて蒸し殺される様を想像すると、身の毛もよだつ。
それも、子供が最も信頼を寄せ、愛情の源とする親の愚行が原因だなんて、可哀想で仕方がない。
もう、これは〝事故〟と言うより〝事件〟だ。

そもそも、パチンコってそんなに面白いものなのだろうか。
私の知人にも、パチンコ好きの人間がいるけど、その〝旨味〟は私にはわからない。
私も学生の時分、友人に付き合って何度かやったことはあるけど、つまらなすぎて仕方がなかった。
鼓膜が麻痺しそうなくらいの騒音に息苦しくなるくらいの煙・・・それだけで充分嫌悪に値するのに、下手をするとお金を巻き上げられてしまうときた。
どうしたって好めるものではない。

ちなみに、平日の午前、新装開店前の店でたむろし、通行人の邪魔になってようがお構いなしに地ベタに座り込んで、煙と唾と雑言を吐きながらトランプに興じている金髪の若者達を見て、悲哀に近い気の毒さを覚えるのは私だけだろうか。
彼らの人格や事情も知らないで、一方的に非難するようだけど・・・
他人のことをどうこう言える立場にないことを承知しつつも、〝彼等は、将来、格差社会のどこら辺に位置するのだろうか〟等と考えてしまう。
そして、そんな下世話な先入観と偏見が気分を暗くさせる。
同時に、10代後半~20代前半がもう手遅れなのか、それともまだ間に合うのか、深く考えさせられる。
とにもかくにも、人生は、賭けるものをちょっと間違っただけで、その先がとんでもないことになる可能性を秘めている・・・
ある意味で、恐いものなのである。

また、パチンコ好きの傾向として共通するのは、儲けた話(自慢話)をするのが大好きなところ。
こっちは興味がないものだから上の空で聞き流していても、当人はそれに構わず熱くなって話す。
話す側には自慢話でも、聞く側にとっては恥慢話。
余計な口をきくヒマがあったら、黙っておごってくれでもしたら、私の見方も変わる?のにね。

そんな私は、当然のごとくギャンブルはやらない。
学生の時分は競馬を少しやっていたけど、今は、たま~にジャンボ宝くじを買うくらいのもの。
人生そのものがギャンブルみたいになっちゃったんで。
その人生ギャンブルとは、今なお悪戦苦闘中。
そして、その行く末と勝敗は未だ見えてこない。


ある盛夏の夜、女性から電話が入った。
亡くなったのは女性の父親。
疎遠な関係でしばらく会っていなかったところ、突然、腐乱死体で発見。
女性にとっては、悲しみよりも驚きの方が強いみたいだった。
ただ、そこまでの話は私にとってよくあるケース。
しかし、その後の話が、私の野次馬が鞭を入れられるレアなケースだった。

亡くなっていた場所は、某所の河川敷。
故人は車上生活をしていたらしく、その中で死亡。
なかなかないケースに興味が湧いてきたこともあって、私は、女性の話にジックリ耳を傾けた。

かつては、故人は家族と生活を共にしていた。
故人の仕事は、建築工事関係の個人自営。
仕事ぶりは真面目だったものの、無類のギャンブル好き。
当初は小遣いの範囲で遊んでいたものが、収入が減るにつれて小さな借金を繰り返すように。
それでも、始めのうちは金額も小さく家族間の小競り合いで済んでいた。
それが、仕事の不振とともに次第にエスカレート。
故人のギャンブル癖・借金癖は変わらず、そのうち、家族とかなり険悪な関係になり、故人は家に居辛くなってきた。

そして、ある日のこと、故人は仕事に出掛けたまま行方不明・音信不通に。
それまでにも何度かプチ家出をしたことがあった故人に「そのうち、戻ってくるだろう」と、家族は少し心配しただけ。
警察に捜索願いをだすこともなく放っておいた。
そして、何の音沙汰もないまま時が流れた。

一報を入れてきたのは、河川敷を所轄する警察。
異様な雰囲気を漂わせている車を不審に思った近所の住民が、警察に通報。
駆けつけた警察がドアを開けてみると、車中で故人は腐乱。
遺体は生前の風貌をなくしていたが、故人が持っていた運転免許証と車検証が手掛かりとなり、遺族への連絡がいったのは発見当日。
知らせを受けた遺族は、驚きとともに警察署に急行。
霊安室で故人と対面・・・のはずが、損傷がヒドくて、直接は見ることができなかった。

違法放置車両を放っておくわけにもいかない警察は、車の撤去処分を遺族に指示。
家とは違い、車だったらそのまま廃車・解体すればいいだけのことと思われた。
しかし、そのままの状態では処理を担ってくれる人は誰もおらず、結局、私のところに回ってきたのだった。


一通りの話を聞いた私は、とりあえず現場に行くことに。
女性も家族も現場(車)を見ていなかったが、「見たくない」とのことで、私一人で見てくることになった。

その当日。
車の鍵は、所轄の警察署が保管。
私は、現場河川敷に行く前に、鍵を預かるため警察署に立ち寄った。
署員は、私の労苦が言わずと知れたみたいで、とても丁寧に応対してくれた。

現場は、見晴らしのいい広々とした河川敷。
目的の車以外にも同類らしき車が何台かとまっており、更に、橋の下にはいくつかのブルーシートテントが設営されていた。
その人口密度から、そこは比較的、居心地のいいところであることが伺えた。
と同時に、その光景に下流社会の近未来を見るようで、何とも複雑な思いがした。

「あの車だな・・・」
車は何台かあったけど、私は、目的の車をすぐに発見。
あらかじめ、車種と色を教わっていたせいもあったが、外観が〝いかにも!〟といった様相・・・窓には、黒いフィルムが貼られているのかと見紛うくらいのハエがたかり、どう見ても普通の車には見えなかったからだ。

「ちょっくら見てくるか・・・」
私は、遠くからくる人の好奇視線を感じながら、ゆっくりと車に接近。
そして、恐る恐る窓に顔を近づけた。

「なるほどね・・・」
故人が、そこで生活していたのは事実らしく、車中には雑多なモノが散乱。
ただ、無数のハエが視界を遮って、肝心の汚染痕をハッキリ見て取ることができなかった。

「こりゃ、ドアを開けてみないと、わかんないな」
私は、ポケットから鍵を取り出し、鍵穴に挿入。鍵が開いたことを確認して専用マスクと手袋を装着した。

「さよなら、ハエ君」
私は、ドアを最小限に開け、業務用殺虫剤のノズルを車内に挿入。
それから、〝これでも食らえ!〟と幼稚心を剥き出しにして目一杯噴射した。

「ちょっと待ちだな・・・」
私は、ハエが落ちるまでしばらく待機。
見渡す河川敷は広々として芝も青々。
晴天に涼風が吹き、その車がなければ気分も爽快になったはずだった。

「こういうことか・・・」
ドアを開けて中を見ると、生活用品や食べ物ゴミが大量に散乱。
そして、後部シートから足元にかけて、腐敗液がベットリ付着。
その様を見ると、普通の車屋が処理するわけがないことにも頷けた。

警察の見立てによると、死因は、自殺や事件性があるものではないもの。
身体衰弱による自然死とみられていた。
食べ物も満足に食べていなかったかもしれないし、それに上乗せしての猛暑。
そんな過酷な環境での車上生活は、著しく体力を消耗させたことだろう。
具合を悪くしても何らおかしくなく、今のように暑い季節だったので、熱中症だったのかもしれなかった。

場所が車であるだけで、基本的な作業は家の特掃とさして変わらず。
清掃は、家とは違う困難さが想定されたけど、私は、頭の中で段取りを組んでいった。


作業は、それから数日後に実施。
警察が一通りの探索をしたせいもあってか、車中にあるものはゴミ同然のものばかりで貴重品らしい貴重品は出てこず。
その他のモノで目についたのは、博打系の新聞・雑誌。
それらは、新しいものから古いものまで、結構な部数が溜められていた。
ただの道楽でやっていたのか一攫千金を狙ってやっていたのか、はたまた頭の中だけで楽しんでいたのかはわからなかったけど、それは、故人が車上生活をしながらもギャンブルから解放されていなかったことを物語っていた。


お金をもらう以上は、作業の内容と成果を確認してもらう必要がある。
しかし、依頼者は現場に来なかったため、それを証するもの・・・つまり、何かのときに代金回収を担保するものが必要となった。
私は、そのために、作業のBefore・After写真を撮っておいた。

結局、依頼者の女性とは、すべて電話だけのやりとりで済ませ、最初から最後まで顔を合わせることはなく、請け負った作業は全て完了。
また、遺族に返すものは何一つ残らなかった。
しかし、写真の存在を伝えると、遺族はAfterの写真を要望。
この車には、家族の思い出がギッシリ詰まっているらしく、写真だけでも手元に残しておきたいとのことだった。
その話に家族の温かさを覚えた私は、要望に応えて写真を送った。


人生の道程は、選択の繰り返し。
それは、時にギャンブルの性質を持つ。
一か八か、吉とでるか凶とでるか、勝つか負けるか・・・
思い出と借金を残して侘びしく逝った故人は、人生のギャンブルに敗れたのだろうか・・・それとも・・・
それを計れる者は誰もいない。
ただ、故人の過去と家族の想い出を優しく解す時間だけが、その答を知っているのである。




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限界

2008-07-09 17:25:47 | Weblog
地球温暖化の影響か・・・
今年の梅雨には調子を狂わされている。
例年より早く梅雨入りしたかと思ったら空梅雨?を思わせるような日が続いたり、肌寒い日が続いたと思ったら急に猛暑が襲ってきたり・・・
そんな中で、暑さは日に日に増している。

やはり、私の仕事は、暑い時季は更に過酷さを増す。
伴って、体力の限界をヒシヒシと感じる。
一年一年、確実に歳をとっているのだから、体力が衰えていくのは仕方のないことだけど。
反面、仕事のハードさは変わらないので、そのギャップは広がる一方。
身体への負担は重くなるばかりだ。

毎年のようにこんな愚痴を吐いている私だが、愚痴だけで済んでいるうちはまだマシである。
身体が言うことをきかなくなる日がくることを思うと、頭が痛い。
一体、いつまでこの仕事が続けられるものやら・・・
世間一般が定年とする60や65まで続けられないことは明白。
と言いつつも、一体、いつまで続けらるものなのかは、自分でもわからない。
でも、その限界は、それほど遠くない将来であることは、自分の身体が教えてくれている。

某名横綱の言葉をかりて
「体力の限界!」
と言って潔く退いたところで、それじゃ食べていけない。
年金をもらえる歳にはまだまだだし、他にやれる仕事もないし。
将来のビジョンを持ちたい願望と持てない現実の間で、時折、溜め息。
考えても仕方のないことをクヨクヨ考えてしまう。
私の悪い癖だ。

将来が不安になると気分が暗くなる。
気分が暗くなると悪いことばかりが頭につく。
頭が悲観的になると体調までおかしくなってくる。

そのせいだろうか、このところ、いまいち体調が優れない。
腹上部の異物感・腹部の不快感・慢性的な睡眠不足感・全身の倦怠感etc・・・
たまに、例の胸痛も襲ってくるしし・・・

まぁ、それらは、仕事ができないくらいに重症ではないので、そのまま放置。
多分、一過性のものだろうから、そのうちに自然と回復してくると思っている。

しかし、気になることもある。
最近、色んな所で色んな人に「最近、痩せたでしょ?」と言われるのがちょっと気がかり。
ダイエットをしてるのだったら喜ぶべきところだが、実際、そんなことはしていない。
なのに、痩せてきているとなると、何となくマズい感じ。
普通に食べているのに痩せてきているなんて、ちょっと不気味だよね。

幸いなことに、そんな状態でも食欲はある。
だから、今は、意識してモリモリ食べるようにしている。
しばらくの間は、メタ坊と休戦協定を結んで共存共栄路線に転換だ。

「肝臓が悪いんじゃない?」
顔色を悪くしてしんどそうにしている私に管理人が一言。
「その可能性は充分あるな・・・」
過去にも肝臓を悪くした経験のある私は、心当たりがないわけじゃなかった。

〝酒が美味しく飲めるのは、身体が健康な証拠〟
と理屈をつけ、
〝体調が悪いときは酒が美味くない〟
ことを身を持って体験している私。
そして、今、実際に酒が美味くない。
そんなこんなで、しばらくの間は酒の量を控えることにした。
もちろん、飲まない日もつくりながら。
私の生涯酒蔵も、そろそろ限界にきているのだろうか。

何はともあれ、暑さも増してきて、冷えたビールが美味い季節になってきている今日この頃。
早いとこ体調を戻して、ゴクゴクといきたいものだ。

しかし、こうして、体調を崩してみると、普段では気づくことができないことに気づかされ、学ぶことができないことを学ばされることが多い。
感謝の気持ちや謙遜な気持ちが与えられる。
それまでの自分の限界を超えて、自分の中の何かが生まれ変わる。
そうして、新しい人生が開けてくる。
そう考えると、ケガや病気のすべてが悪いことばかりではない。


これもまた〝限界〟の一つか・・・
本ブログの文字数が頭打ちになってきた。
私の携帯では10000文字が限界。
それ以上は入力を拒絶される。
打つ親指も、それくらいが限界。
それ以上になると、脳のスピードに指ついていかなくなる。
そう言いながらも、文はダラダラと長くなるばかり。
薄い内容を文字数でごまかしている感も否めない(?)。
要点を絞って短くまとめりゃいいのかもしれないけど、それじゃ特掃隊長の死体臭さ・・・もとい、人間臭さがでない。

私は、アップされた状態のブログを読むことはほとんどない。
当り前の話だが、内容を熟知しているわけなので、あらためて読む必要がないのだ。
読むとしても、超ヒマなとき、一部を読み流すくらい。
管理人も、私がメールしたものをチェックも入れずにそのままアップ。
かつては、事前に一読していたようだが、いい加減に飽きてきたのか、今ではそれもなし。
だから、誤字脱字・改行ミスはもちろん、文章としておかしなところや足りたいところがあっても気づかず。
また、後になって気づいても、そのまま放置している。
後になって修正するのも変な感じがするし、そんなのも含まって本ブログなりの〝珍味〟が醸し出してされているものと思うから。

一般的に、ブログは寄せられたコメントに対して返事を書くらしい。
世の中に、どれくらいのブログがあって、その中のどのくらいの人がそうしているのかは定かではないけど、そうらしいのだ。
コメント欄を通じて、書き手と読者が双方向のコミュニケーションを図るのだという。

「有名人じゃあるまいし、返事ぐらい書きなよ」
これは、最近、個人でブログをやってる知人に言われたこと。
私のこのスタイルが〝偉そうなヤツ〟に映るらしい。
書き込みに返事を書かないことが、そんなに変なことだったとはつゆ知らず・・・
私の場合、もともとが薄っぺらい人間が、精一杯に背伸びして厚みをもたせているだけなので、不用意に返事でも書こうものなら、すぐにボロがでてしまいそう。
そうしてすぐに限界がきて、呆気なくこのスタイルに戻りそうなんで、そこには最初から手をつけないでおこうと思っている。


亡くなったのは70代半ばの男性。
痩せて変色した顔は年齢よりも老けて憔悴。
その晩年が壮絶であったことを物語っていた・・・

男性は癌を患っていた。
最初に癌が発見されたのは、亡くなる10年ほど前。
胃癌だった。
比較的早期の発見だったが、胃の三分の二を切除。
年齢も若くない上に精神的な落ち込みも激しく、早期の回復は難しいかと思われた。

退院後の生活は、それまでのものとはガラリと変わった。
最も変わったのは食生活。
徹底した菜食主義に変え、肉・魚など動物性の類は口にせず。
好きだった甘味も控えめに。
酒・タバコに至っては、全くやらなくなった。

食べることって、生きている楽しみ(幸せ)の大きな一つ。
相当に意志が強いか大きな引き換えがないと、その制限には耐えられるものではない。
しかし、男性は、〝命の代償〟と思って頑張った。
そして、その努力の甲斐あってか、身体は周囲が驚くほどに回復。
食生活以外は、以前の生活を取り戻すことができた。

しかし、その数年後、癌は再発。
肺を中心に、手術ができないくらい、あちこちに拡散していた。
治療は、入退院を繰り返しながらの抗癌剤と放射線。
しかし、進退の中で病状は少しずつ悪化。
そして、翌年には、とうとう余命宣告を受けることになってしまった。

一般的には、余命は短めに宣告する傾向が強いらしい。
宣告された期間を満たさずに亡くなってしまうのを予防するためだろうか。
男性の場合も、宣告された期間に亡くなることはなく、病状を悪化させながらもそれを越えて生き続けた。

その闘病生活は、本人はもちろん家族にとっても壮絶なものだった。
病気の進行と薬の副作用が重なって、その苦しみようは残酷な拷問を思わせるほど。
それでも、本人は生きることに強く執着。
それは〝生きる希望〟というより〝生きることへの執念〟のようであった。
その執念は凄まじく、身体が弱まろうが余命を宣告されようが、決して諦めることはなかった。

いよいよ最期の方。
本人と家族の苦しみを見かねた医師は、〝ホスピス療法or延命治療〟の選択肢を与えた。
実のところ、〝選択〟とは名ばかりで、医師も家族もホスピス療法に切り替えたかったのだ。
しかし、本人は頑としてそれを受けつけず。
最期の最期まで、生きることに固執した。

先に限界に達したのは、本人ではなく家族だった。
苦しむ本人を見るに耐えられなくなってきたのだ。
それでも、
「生きることを諦めてくれ」
「楽に死んだ方がいいんじゃない?」
なんて、とても言えるはずもなく・・・
結局、男性は、家族に別れの言葉を残すことなく苦しみ抜いて死んでいった。


「死にたくない・・・」
これは、かの名僧・一休の最期の言葉(一説)。
彼は、思想的にも人格的にも優れた人物だっただろう。
そしてまた、健康で長寿をまっとうしたとも伝えられている。
そんな彼でも、最期までそんな本性を捨てられなかったと思うと、ホッとするような切なさを覚える。

本来、人は、〝生きていたい〟〝死にたくない〟という本性をもっているものだと思う。
しかし、いくら〝死にたくない〟と思っていても、その時はいずれくる。
それがいつなのかわからないけど、それまではひたすら生きるのみ。
この命・この身体の限界がくるまで。




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兄弟と孤独

2008-07-04 15:32:03 | Weblog
人間は、孤独な生き物なのかどうか・・・
生まれてくるときは孤独ではない・・・母があるから。
ただ、死んでいくときは孤独・・・共に逝く人もおらず自分の身体さえ手放さなくてはならないから。
そう考えると、ちと淋しいものがある。

そんな節理の下、出生率の低下が危惧されるようになって久しい。
一人の女性が一生のうちに産む子供の数は二人に満たないそう。
ただ、これは平均のデータだろうから、一概に、一人っ子の家庭が増えていると言えるものではないだろう。
まぁ、一人っ子には一人っ子のよさが、子沢山には子沢山のよさがあるだろうが、どちらにしろ、子供が少ない社会より子供が多い社会の方が明るく思える。

ちょっと昔は、三人兄弟(姉妹)・四人兄弟なんて当り前で、父母・祖父母の代では五人以上の子沢山も珍しくなかったみたい。
さぞや、賑やかな生活だったことだろう。
家族関係や隣近所の人間関係も、今ほどは希薄ではなかっただろうから、孤独死も少なかっただろうか。
〝腐乱〟なんていうと、更に少なかったかもしれない。

現代には、当時にない豊かさや便利さがあるけど、逆に、現代が失ったものが当時にはあったような気がする。
古い時代ばかりを賛美するのは現代人の悪い癖だが、現代が、子供を産みにくい時代、子供を育てにくい時代、大人が夢を持ちにくい時代、大人が希望を持ちにくい時代になっているのは間違いないような気がする。
歴史の無知からくる、ただの思い込み・気のせいだろうか・・・
これからの世、人は皆、薄暗い孤独の一本道を寒々と歩いていくしかないのか・・・


それは、陽差しが刺すように暑い夏の日のことだった。
入り組んだ路地の中にその現場はあった。

閑静な住宅街に一際目立つ老朽アパートの二階。
私は、階段下に日陰を探して、依頼者が来るのを待った。
そうして待ことしばし、約束の時間より少し早く老年の男性が現れた。
猛暑が負荷を与えてか、歩くのもツラそうに見えた。

死後2ヶ月。
時代遅れのアパートに住んでいたのは故人一人きり。
しばらく前からその状態で他に住人はなく、どんなにウジが湧こうがハエが飛ぼうが、どんなに悪臭が充満しようが、一向に誰かの気に触れることはなかった。

私は、とりあえず、部屋を見てくることに。
依頼者から鍵を預かって、小さな階段を駆け上がった。
そして、玄関前で〝スゥ~ッ〟と大きく息を吸い、〝ふぅ~っ〟と深く息を吐いた。
それから、おもむろに玄関ドアを開けた。

玄関を開けてすぐの所が小さな台所。
汚染痕はそこにあった。
床には、醤油でもこぼしたかのような独特のシミ。
それが、床板に広く染み込んでいた。

身体の具合が悪くなって椅子に腰掛けたのだろうか、故人は、台所の椅子に腰掛けたままの状態で死亡。
そして、そのまま2ヶ月・・・発見されたときは、頭を後ろに仰け反るような格好で半白骨化。
それを裏付けるかのように、傍にある椅子は色を変えていた。

そんな状況で、汚染痕はかなり深刻なものだったが、肝心の?腐敗液や腐敗粘土の類は皆無。
通常なら、腐敗液が広がり、腐敗粘土が盛り上がり、ウジが這い回っていて当然のはず。
しかし、その類のものは残されておらず。
そこは、誰かが掃除した後であることが明らかだった。

第一発見者は、故人の弟である依頼者。
依頼者と故人は、特に不仲だったわけではなかった。
ただ、お互いとっくに一線を退き老齢を抱えた身。
特段の用事でもない限り連絡を取り合うようなこともなかった。

そんな中、ちょっとした用ができて依頼者は故人に電話。
しかし、何日にも渡って連絡がつかず。
業を煮やした依頼者は、故人宅を訪問。
預かっていた合鍵を使って玄関を開けると、強烈な悪臭の中に変わり果てた故人の姿があった・・・

遺体は警察が運んで行ってくれたものの、その跡にはおびただしい量の汚物が残留。
しかし、誰に相談して誰の手を貸りればいいものやら、皆目見当もつかず。
結局、依頼者は、一人きりで腐乱死体痕を掃除したのであった。

故人がこのアパートに住み始めたの新築当初。
賃貸契約自体かなり古いもので、それから幾度も更新。
とっくに定年を迎えていた故人は、年金生活。
経済的に裕福ではなかったけど、家賃を滞らせるようなこともなく、平穏に暮らしていた。

賃貸契約の保証人はとっくに亡くなっており、大家は法的補償を求める相手を喪失。
そうして巡り巡って、故人の弟である依頼者が、〝法的〟と言うより〝道義的〟に後始末しなければならない立場になったのだった。

この事後処理には、諸々の費用が発生。
それは、故人と同じく年金暮らしをしていた依頼者の懐を直撃。
依頼者は、その費用を捻出するのに頭を悩ませていた・・・


また別の時期、別の案件。
それは、春の盛りを越えた初夏のことだった。

現場は、閑散とした風景に建つ小ぎれいなアパートの二階。
依頼者は、遠方に暮らす故人の兄。
早めに到着した私は、アパート前の駐車場に車をとめて待機。
依頼者も、どこかで待機していたかのように約束の時間ピッタリに姿を現した。

依頼者は私を伴って部屋へ。
玄関の向こうには、特有のニオイが充満。
ただ、それはマスクをしなくても我慢できるレベルのものだった。

亡くなっていたのは、3DKの中の寝室に使っていたであろう一室。
ベッドは折り畳まれ、布団は梱包され、更には、床にはあるべき汚物がなく掃除の跡が見て取れた。
誰かが手を加えたであろうことは明白で、唯一、フローリングの木目に染みた黒いものと濃い腐乱臭が、故人の最期を明らかにしていた。

故人は、死後一ヶ月で発見。
第一発見者は大家・・・厳密に言うと、大家の通報を受けた警察だった。
ドアポストからあふれる新聞に他の住民が異変を察知。
大家が呼び出されたのだが、嫌な勘が働いた大家は迷うことなく警察に通報。
鍵を開けドアチェーンを切断して中に入ると、強烈な悪臭の中に変わり果てた故人の姿。
具合が悪くなってベッドで休もうとしたのだろうか、故人は、上半身だけをベッドにのせて、倒れかかるように亡くなっていたのだった。

故人と依頼者は、遠方に離れていたこともあってか、普段から付き合いらしい付き合いはなし。
ただ、依頼者は、現場アパート賃貸借契約の保証人になっており、事後処理を担うほかなく・・・
知らせを受けて遠方から駆けつけ、私が初めて会ったときも、各方面の手続きに奔走している真っ最中だった。


通常、賃貸借契約の保証人になるときに最も気になるのは、借主による家賃の不払いとその補償ではないだろうか。
まさか、借主が孤独死することはもちろん、それが腐乱死体で発見されることなんか想定していないだろう。
しかし、これは、現実には充分に起こり得ること・・・老若男女を問わず、独居をする人とその関係者が抱える陰のリスクなのである。


故人は生涯独身。
仕事は真面目に勤め上げ、定年を迎えてからは多くの趣味を持って悠々自適にやっていた。
家賃や公共料金を滞らせることもなく、周りに迷惑をかけるようなこともなかった。
同時に、無類の酒好き。
実際、それを裏付けるかのように、台所の隅には大きな焼酎ボトルが何本もストックされていた。

故人は、それまでにも何度となく酒によって体調を崩していた。
依頼者も故人に対して酒を控えるように口を酸っぱくして言っていた。
しかし、故人にとってそんな小言はどこ吹く風。
生計を共にしていた訳ではないので、依頼者の苦言は拘束力を持たず。
故人は、相も変わらず飲み続けた。
そして、とうとう一人で逝ってしまったのだった。

いきなり腐乱死体現場の後始末を背負いこんだ依頼者は当惑。
遠方から来た孤独な身に加えて、周囲からのプレッシャー。
誰にどう相談すればいいのかわからないまま、とりあえず、一人で腐乱痕の清掃したのだった。


愛か情か、責任感か使命感か、この二人の依頼者がどういう心境で掃除したのかは、察するに余りある。
どちらにしろ、孤独な作業であったことは想像に難くなく・・・自分でもやっていることだから、私には、その作業の過酷さが誰より分かった。
更に、専用の装備を持たない依頼者が、苦労して掃除する様を思い浮かべると目が潤むような思いがした。

二人の依頼者は、共に年金生活。
個人差はあれど、とても裕福な生活をしている風ではなかった。
更には、故人に特段の遺産がない上、その事後処理に大きな費用が発生。
そんな事情があってだろう、一人は分割払いを、もう一人は翌々月の全額後払いを希望してきた。

ただ、この場合、私の方がリスクを背負うことになる。
後になって〝ない袖は振れない〟〝取れるものなら取ってみろ〟と開き直られたら、それでおしまいになるからだ。
しかし、私にとっては、腐乱痕を掃除した根性と責任感は充分信用に値するもの。
私は、迷うことなく、無条件で依頼者それぞれが希望する支払い方法に応じた。
そして、その後、二人の依頼者が約束を守ってくれたことは言うまでもない。


特殊清掃は、極めて孤独な作業。
しかし、私の場合、仕事としてやっているのだから、それくらい我慢しないといけない。
でも、あまりに過酷な現場だと、泣きが入ることがある。

普通、腐乱死体現場の後始末なんて、できることなら関わりたくないもの。
依頼者の中には、皆にそっぽを向かれて孤軍奮闘せざるを得ない人も少なくない。
死んでいく故人も孤独だったかもしれないけど、後始末をする依頼者も孤独になりがち。
その孤独と戦わなければならなくなることがあるのだ。

戦う動機が、〝積極的な使命感〟であれ、〝消極的な責任感〟であれ、それでも逃げずに清掃をこなした依頼者は〝ビジネス〟と割り切れる私ごときとは比べものにならないくらいの重圧に襲われたはず。
そんな依頼者に対して同士的な感情が湧いてきて、自分を甘やかす孤独感が叱咤されるような思いがした。


「助かりました」
安堵とも疲労ともつかない脱力感を滲ませながら私を労ってくれた依頼者達の笑顔を援軍にしながら、日々の孤独と戦う私である。




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