特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

懐具合・心具合(自流編)

2008-06-29 09:07:37 | Weblog
〝タバコ一箱1000円増税〟について、ちょっと追記。

根っからの嫌煙派の私は、〝タバコなんて、世の中からなくなったっていい〟とさえ思っている。
経済的なこと云々以外に、色々な害があるタバコ。
吸ガラ・灰・煙etc・・・
中でも煙害はたまらない。
漂う煙は防ぎようがなく、イヤでも鼻腔に入ってくる。
自業自得ならまだしも、他人の煙を吸わされて身体を壊しでもしたら、目も当てられない。
嫌煙者に喫煙者のタバコ嗜好が理解できないように、喫煙者は自分が嫌煙者の健康をどれだけ脅かしているか理解していないのだろう。

最近は、禁煙や分煙の浸透で、喫煙者の肩身はだんだんと狭くなってきているようだが、私的にはまだまだ不充分である。
だから、〝一箱1000円〟なんて呑気なこと言ってないで、2000円・3000円・・・いや、10000円つけたっていいくらいに思っている。
そうすると、自ずと喫煙者は減るだろうから。
そして、喫煙者が減れば色んな問題が解決の方向へ向かうはず・・・(新たな問題が発生しそうではあるけど・・・)

現実にそうなると仮定すると、色んなことが想定される。
例えば・・・
ビールに対する発泡酒が登場したように、疑似タバコが出回るようになる。
新たなビジネスが続々と生まれ、景気が刺激される。
隠れて葉が栽培され、ヤミで流通するようになる。
取り締まらなければならない警察の仕事が増えて、犯人検挙率が低下の一途をたどる。
一部の富裕層に限られた嗜好品となり、喫煙することがある種のステイタスになる。
未成年・若年層の喫煙率は低下するものの、そのフラストレーションが噴出して新たな社会問題が発生する・・・
等々・・・考えてみると、キリがないくらいに色んなことが頭に浮かぶ。

とにもかくにも、この問題、どうなることやら・・・
しかし、同じようなことを酒でやられては困る。
一升2000円余のにごり酒が10000円になったり、一缶100円余のチューハイが1000円になったりしたらたまらない。
それで、スッパリ断酒できればいいけど、我慢・忍耐が必要となると、それだけで膨大なストレスが蓄積されそう。
それによって健康を損なったりしたら、もともこもない。

私は、酒癖は悪くないと自認している。
しかし、そう思ってるのは自分だけで、意外と周りの人に不快感を与えているようなことがあるかもしれない。
嫌煙者に対する喫煙者のように。
あと、私が、タバコに抱いているのと同じ様に、〝酒なんて、世の中に必要ない〟と思っている人は少なくないだろう。
まぁ、〝酒はよくてタバコはダメ〟だなんて、私も結構なエゴイストだね。


呼び出された現場は、〝超〟をつけてもいいくらいの高級マンション。
管理会社の担当者とは、正面入口から少し離れたところで待ち合わせ。
その担当者は、私の姿を見つけるなり、一目散に駆け寄ってきた。

「このマンションの〓号室なんですけど・・・」
「はい・・・」
「亡くなってから、しばらく経ってまして・・・」
「そうですか・・・」
「私は見てませんけど、だいぶヒドいみたいで・・・」
「死因は?」
「え!?・・・特に何も聞いてませんけど・・・」
私は、担当者の頬が震えて目が泳いだのを見逃さず。
態度にこそださなかったものの、内心でピンとくるものがあった。

「何かの感染症ってことはないですか?」
「その辺は大丈夫みたいです」
「だったらいいんですけど・・・」
「何か問題ありますか?」
「いや・・・衛生管理は最初からキチンとしておかないといけませんから」
「そうです・・・ね・・・」
担当者の奥歯にモノが挟まっていることは明らか。
死因を把握していながらも、それを言えない事情があるようだった。
まぁ、隠しておきたい死因なんて、だいたい決まっている・・・
私は、感染症の危険性のみを確認して核心から遠ざかった。

「あと・・・近隣には内密に・・・」
「え!?気づかれてないんですか?」
「今のところ・・・隣の人にはちょっと怪しまれているかもしれませんけど・・・」
「警察が来て、一騒動にはなったでしょうに・・・」
「・・・」
「ま、その辺も注意して見てきますよ」
「よろしくお願いします」
私は、専用マスクと手袋を袋に隠し、オートロックをくぐり抜けた。
時折、他の住人とも遭遇したけど、誰も私のことなんか意に介してなさそうだった。

玄関前に立っても、特段のニオイは感じず。
あまり長い間うろついていると怪しいので、私は、そそくさと玄関を開けた。

「うわぁ・・・豪華な造りだなぁ・・・」
玄関床はピカピカの大理石調、廊下はただのフローリングではなくオシャレな木製タイル。
造り付けの下駄箱や収納庫も重厚感にあふれていた。

「しかも、この間取り・・・」
広々とした室内は圧巻。
高級ホテルのスイートルームを思わせるほどだった(泊まったことも入ったこともないけど)。

「ライト級だな・・・」汚染は、大きなベッドが座る寝室にあった。
ただ、床に赤茶色の腐敗液が薄っすらと広がっているのみ。
ウジ・ハエの姿はなく、ニオイも専用マスクがなくても我慢できるレベルだった。

「妙だな・・・」
腐敗液の傍らには、ウォークインクローゼット。
その扉が、まるで腐敗液を見下ろすかのように、不自然に傾いていた。

「自殺・・・か?」
頑丈な扉には、相当の加重がかけられた模様。
人間の体重でもかけない限り、扉はそのようにはならないと思われた。

「やっぱ、そうだろうなぁ・・・」
死因について言葉を濁した担当者の顔を思い出し、私は、想像を固めた。
しかし、〝慣れ〟とは怖いもので、私は、軽い溜め息をついただけで平静を保っていた。

「どうでした?」
「比較的、軽いです」
「〝そんなにヒドくない〟と言うことですか?」
「そうです・・・掃除だけだったら、これからすぐにでもできるレベルです」
「ちょっと、会社に相談してみます」
結局、その日は、現場調査だけで終わった。
早急な処理が求められてはいたけど、特掃作業着手には関係各人の確認が必要なため、管理会社の独断では決済しきれなかったのだ。

その翌日。
私は、特掃をやるために、再び現場マンションを訪問。
鍵を借りるために管理人室のインターフォンを鳴らした。
管理会社から話は通っており、年配の管理人が鍵を持ってすぐに出てきてくれた。

「事情は知ってるでしょ?」
「はい・・・」
「どこまで聞いてるの?」
「〝どこまで〟と言われましても・・・」
「いや・・・何と言うか・・・」
「人が亡くなってたんですよね?」
「そりゃそうなんだけど・・・」
管理人が、私に何を尋ね何を言いたいのか、大方の察しはついた。
それでも、私は、推測でモノを言うのを控えておいた。

「他には、何も聞かされてないの?」
「えぇ・・・まぁ・・・」
「そりゃ、ちょっとヒドいなぁ・・・」
「・・・」
管理人は、私のことを気の毒に思ったよう。
自分の顔を私の顔に近づけて、声のトーンを落とした。

「実はね・・・ここだけの話・・・これみたいなんだよ」(首に手をやりジェスチャー)
「そうなんですか!?」(少しは驚かないと悪いかと思い、オーバーリアクション)
「そうなんだよ!周りの住人にはこれなんだけどね」(辺りをキョロキョロしながら、口に人差し指)
「はぁ・・・」(返事に困惑)
人の口には戸は立てられないもの。
管理人による〝ここだけの話〟は地球の果てまで広がりそうな勢いだった。

「このマンションはね、〝金さえ払えば誰でも入れる〟ってところじゃないんだよ」
「へぇ~」
「身分がシッカリとした人じゃないとダメなんだよ」
「はぁ・・・」
「だから、自分で会社をやってる人か大手のお偉いさんばかりで、普通のサラリーマンなんてほとんどいないよ」
「へぇ~・・・」
「管理費もバカ高くてねぇ・・・だから、うちの会社(管理会社)も慌ててるわけよ」
「なるほど・・・」
管理人にだって管理会社の一員。
職務上のプレッシャーはあってしかるべき。
なのに、その態度はまるで他人事。
それどころか、尋きもしない話を延々と喋り続けた。

「(故人は)自分で会社をやってたみたいなんだけど、その会社がダメになっちゃったみたいなんだよね・・・」
「そうなんですか・・・」
「高級車を乗り回したりして、一時期は羽振りがよさそうにしてたんだけどねぇ」
「・・・」
「ここの住民は見栄っ張りが多いから、お金がなくなると肩身が狭くなって惨めなもんだよ」
「・・・」
自分の能力と努力と働きで、大金を稼ぐのはおおいに結構なこと。
羨ましく思うのは仕方がないけど、僻むようなことではない。
ただ、金持ちへの僻みか、日常の不満が積み重なっているのか、管理人は住人に対してストレスを抱えているようだった。


故人が自殺した真の動機は、私にはわからない。
だけど、経営していた会社が潰れたことが大きく影響したであろうことは想像に難くなかった。

もとは金だけの問題だったはずなのに、それが金だけの問題に思えなくなってくる。
それが、経済的問題の落とし穴・・・・・・いらぬプライドを刺激して果ては精神まで蝕んでいく・・・


時代の産物か、この仕事をしていると、多くの自殺者・自殺現場に遭遇する。
もちろん、一人一人の自殺動機はわからない。

ただ、表向きのデータでは、自殺原因のトップは〝経済的問題〟らしい。
裕福は問題にならなそうだから、問題となるのはやはり貧困・窮乏だろう。
それを裏付けるかのように、経済的に困窮していたであろうと思われる現場は実際に多い。

この社会を生きていくうえでは、金は欠かせない。
なくて困ることはあっても、あって困るものではないし、少ないより多いに越したことはない。
ただ、心が懐に支配されることによって起こる弊害には恐ろしいものがある。
金で買えない命が、金によって失わされることがあるから。


私の場合、裕福な家庭ではなかったけど、親の労苦のお陰で、幼少期を通じて極端な窮乏生活に陥ったことはない。
平均的な〝温室育ち〟なのだ。
そして、大人になってからも自分の労苦のお陰で?同様の生活を維持。
贅沢三昧とはいかないまでも、そこそこの生活は守られている。
国に納めるべきものは納め、好きな酒を飲めるくらいの暮らしはできているのだ。
だから、経済的に行き詰まり、精神的に追い詰められた人の気持ちを察するには限りがある。
そしてまた、その苦悩をリアルに感じることはできない。
しかし、事情は違えど、将来に失望し生きることに虚しさしか覚えなくなる心理は理解できるつもりでいる。
しかし、生きなければならない理由を見つけた私は、もう自死を選択することはないだろう。
ただ・・・その病原は消えておらず、その後遺症には今も苦しめられている。
〝心の闇〟などと表現して、本ブログにも何度が書いたことがあるように、瞬間的とは言え、今だ、消えたくなる気持ちに苛まれるときがあるのだ。

些細なことで頭がパンクし、何もかもが面倒になる。
些細なことをマイナス解釈して、精神疲労を起こす。
些細なことにつまずいて、生きることの意味を見失う。
そして、そこから立ち上がる・・・その繰り返しだ。


事の深刻さや大小に差はあれど、懐の具合が心の具合を左右することは、誰にだってあると思う。
しかし、心が懐に支配されるのだけは、何とか避けたいところ。

これは、あくまで自流。
たまにでいい、発想を転換してみる。
金で買えないもの(自分が欲しいもの・自分にとっていいもの)を一つ一つ思い起こしてみるのだ。
表面的には、金で誤魔化したり繕うことができるものであっても、真は買えないものを・・・
探してみると、これが案外とたくさんでてくる(書き込み歓迎)。
そして、その中から、自分が既に手に入れているもの・その気になれば手に入れることができるものを選んでみる。
これもまた、意外とたくさんあることに気づかされる。

そうすると、〝現実逃避〟〝妄想〟とは違う平安が滲みわたってきて、心の具合がよくなってくるのである。





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懐具合・心具合(自考編)

2008-06-24 14:30:30 | Weblog
私が言うまでもなく、しばらく前から、色んな物の値段が上がっている。
始めは、他人事のように思って気にも留めてなかったけど、最近になって少しずつ肌身に感じるようになってきた。
日々の金額に換算すると少額のため、なかなか危機感を持ちにくいけど、こういうのってボディブローのようにジワジワ効いてくるものなのだろう。
そして、気づいた時には、再び立ち上がる力は残されていない?
〝少額だから〟と、舐めてかからない方がよさそうだね。

中でも、ガソリンの高騰は著しい。
車が欠かせない私の仕事では、ガソリンは日常的な消費物。
もちろん、ガソリン代は自腹ではなく会社経費だけど、その費用はかなり気になる。

始めの現地調査(見積り)は、原則として無料で動く。
しかし、ガソリン代・高速道路代・人件費等は相応にかかる。
困っている依頼者の相談に乗ってアドバイスをするだけでも無意味なことではないけど、それが仕事(売上)にならないと、やはりツラいものがある。

それらの影響も少なからずあるのだろうか・・・
年々、社会的弱者・経済的弱者が増えているような気がする。
こういう時勢になってくると、自分の生活を守るだけで精一杯・・・自分の生活を守ることさえままならなくなっている人が増えているような気がしてならない。


呼ばれて出向いたのは、小さな病院の一室。
私は、人と目を合わせないようにしながらストレッチャーを引き、指示された病室に直行。
目的の病室には、廊下に溢れ出るくらいに多くの人が集まっていた。
会話の内容から、その人達は、故人の兄弟姉妹・子・孫・それぞれの配偶者であることが伺えた。
その中には、泣く人もあれば、故人に話し掛ける人もあり・・・
何が起きているのか理解できない子供達も、大人達の悲哀感にのまれて静かに表情を固めていた。
私は、その群をストレッチャーでかき分けながら故人の眠るベッドに近づいた。

私の仕事は、遺体の搬出。
動作的には、決して難しい仕事ではない。
ただ、そこは個室でなかったため、他の患者のことも考えなければならなかった。

同じ部屋の縁で、それぞれの人が生前の故人と関わりを持っていたはず。
同じように病苦・苦悩を抱える身の上で、外界では築けないような人間関係ができていたかもしれない。
その人が逝ってしまったとなると、複雑な心情なっても不自然ではない。

それぞれのベッドは、カーテンで仕切られてきたものの、薄っぺらいそれが遮断できるのは視覚のみ。
他の患者がカーテン越しに聞き耳を立てているかもしれないことを考えると、私は寡黙にならざるを得ず。
更には、大勢の親族はそれぞれにそれぞれの会話をしており、私は、ただ黙々と作業を進めるしかなかった。

故人は、老年の男性。
背丈は標準ながら、体格は大。
ベッドから担架に移動させるときは誰かの手を借りなければならず、私は、傍にいた男性何人かに手伝いを依頼した。
しかし、身内と言えども遺体に触るのは抵抗があるとみえて、皆、戸惑いの表情。
それでも、見よう見まねで遺体を一緒に持ち上げてくれた。

担架に乗った故人は、私の手でスッポリとシーツに包まれ、車のシートベルトと同様の締め付けベルトでシッカリ固定。
その時点で、人間だった故人はただの荷物と化した。
それから、私は、重くなったストレッチャーを押してザワつく病室を出た。

遺体搬送車は、病院裏口に駐車。
その構造として、後部半分はストレッチャーが占有。
座席はあるものの、定員は4人(故人を含めると5人)。
当然、運転席は私専用。残された座席は3人分のみ。
親族は、誰が同乗するかを協議。
乗りたがる人が多かったためか、逆に誰もが乗りたがらなかったためか、話し合いは難航。
第三者からすると、わざわざ議論するようなことではないと思われたのだが、遺族はいつまでも話し合っていた。
まぁ、遺体搬送車なんて珍しい乗り物は、滅多に乗れるものじゃないから?、仕方のないことかもしれなかった。

しばらくして、代表?三人が選抜された。
それは、二人の中年女性と一人の中年男性で、皆、故人の子のようだった。
私は、一番大人しいお客を最初に乗せ、後から三人を乗せた。
それから、残された大勢に一礼してから車を出発させた。

指示された目的地は火葬場の霊安室。
自宅に戻ることなく、葬儀場に直行するルート。
葬儀式場が増えてきているせいか、自宅に戻らないで火葬される遺体は徐々に増えてきているような気がする。
この故人も、やはりそうだった。

遺族は、葬儀場に行く前に、ある所に寄ることを依頼。
思い出の地を経由するのを依頼されるのは珍しいことではないので、私は快く承諾。
遺族の道案内で、進路を変更した。
しばし走って後、車は町工場らしき古びた小さな建物の前へ到着。
そこは、その昔、故人が営んでいた会社のようだった。
この工場でどんな仕事が行われていたのかは知る由もなかったけど、廃屋になってから長い時間が経過していることだけは私にもわかった。
三人は、懐かしそうに建物を眺めながら昔話に花を咲かせた。

そうして停車することしばし。
一通りの昔話を終えた三人は、気が済んだように物静かに。
それを受けて、私は、最終目的地を目指して車を再出発させた。

最終目的地である斎場に到着するまで、一時間くらいかかっただろうか。
その間、私はほとんど黙っていた。
しかし、三人の間には積もる話があったようで、車中に人の声が絶えることはなかった。
一人は隣(助手席)に座っているわけで・・・三人の会話は、聞こうとしなくても私の耳に入ってきた。


故人は、零細ではあったけど、長年に渡って会社を経営。
しかし、その経営は楽なものではなく、サラリーマンが定年を迎える年齢の頃、あえなく会社は倒産。
土地も建物などの資産全て失い、多額の負債だけが残った。
そして、それに時期を合わせたかのように妻が急逝。
故人が生き残る道は、破産しかなかった。
所有していた自宅も手放さざるを得ず、老いた身体をもって賃貸アパート暮らしをスタート。
新たな仕事を探しても安定した仕事にありつくことはできず、生活は困窮。
更に、老齢とストレスが重なってか、体調を崩した。
仕事もない上に身体も壊し・・・
結局、最期の数年は、生活保護の世話にならざるを得ない暮らしとなった・・・
三人は、そんな故人を深く哀れんでいるようだった。


昨今の葬儀の小規模化はに著しいものがある。
〝家族葬〟や〝密葬〟と言われる形態のものが増えてきているのだ。
私の場合、葬式なんて、〝本人のため〟というよりも〝残らせた人のため〟にやるものだと思っている。
もちろん、葬式について故人が遺言している場合などはその限りではないだろうが、基本的にはそう考えている。
だから、葬送形態に〝こうあるべき〟なんてこだわりはない。
関連法規に触れたり、社会倫理を著しく逸脱したりしてはいけないけど、そうでなければ基本的に自由だ。

そんな中で、〝棺一〟(カンイチ)(業界内の俗称)と呼ばれる形態がある。
これは、家族葬や密葬よりもさらに簡素な形態のもの。
読んで字のごとく、柩一本で済ませる葬送のことである。
通夜も告別式もなく、祭壇も弔問もない。
供花や読経が省かれることもある。
納棺して、そのまま荼毘にふされるだけ。
どうしたって、味気なさは否めない。
そんな形態をとる理由の第一は、やはり経済的な問題だろう。
普通に葬式をやる場合に比べれば、格安で済ませることができるから。
三人の話を聞いていると、どうもこの故人も、〝棺一〟で送られるようだった。


三人は、色々な思い出を語っては、故人な同情を寄せていた。
ただ、話が進むにつれ、その悲哀は批判に変化。
まるで、〝(故人の)仕事がうまくいかなかったのは社会の問題〟〝生活保護政策は薄すぎる〟〝故人の周りの人は冷たかった〟と言っているかようにか聞こえてきて・・・その悪口は、私の耳に不快な何かを響かせた。

「仕事がうまくいかなかったのは、自己の責任が大きいんじゃないのかなぁ・・・」
「キチンと年金をかけてれば、そこまでのことにはならなかったんじやないのかなぁ・・・」
「子供が三人もいて、生活保護にならないため支援はできたんじゃないのかなぁ・・・」

単に、故人の過ごした苦境に同情し、その人生を労うだけだったら、私の耳に引っ掛かるものはなかったかもしれない。
身内として、故人を擁護したいと思うのは自然なこと。
しかし、その責任を社会に転嫁していくことに、私は妙な違和感を覚えた。


最近、定められた各種税金・各種社会保険料を納めない人が増えているらしい。
しかし、その将来がどういうものになるか、わからない訳ではないだろう・・・
と言うより、今を生きるのが精一杯で、将来を考える余裕はないのか・・・
もちろん、払わない・払えない理由・事情はあるだろう。
しかし、そんなことがまかり通る社会に希望は持てるだろうか。未来はあるだろうか。
政府や役人の問題や、それを批判したい気持ちは山ほどあるけど、まずは自分が何をすべきか、何ができるかを考えて実行しないと、自分の人生は開けてこないように思う。


生活保護政策の原資は、税金。
血と涙と汗を流す我々の身体から絞り採られた税金である。

社会的・経済的な弱者が国策によって救済されることが当然のことかどうかはさて置き、社会に必要な仕組みだとは思う。
しかし、それが適正・適切に行われているかどうかに、疑問がないわけではない。
大半の受給が適正・適切に行われているものと信じたいけど、一部には不適正・不適切な受給が行われている疑いは消えないのだ。

受給すべき人に支給されず、受給すべきでない人に支給する・・・
事情はどうあれ、定められた税金や社会保険料を払わずにおいて、結果的に生活保護に頼る人間がいることに、妙な不満を覚えてしまう。
社会のルールに反抗してそれを守らない者が、結局は、社会のルールに比護を求めそれにしがみつく・・・
〝勤勉な誠実弱者〟と〝怠慢な不誠実弱者〟を総じて行われる弱者救済を単純に賛同する気にはなれない。
一人一人が自己責任を持って自助努力をしてこそ、真の互助社会が成り立って機能する。
・・・そんな風に思うのは、私の心の具合が悪いからなのだろうか・・・

そんなことを憂いながら、〝タバコ一箱1000円増税〟に陰ながら賛成している私である。





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オセロゲーム

2008-06-19 19:19:16 | Weblog
学校では教わることはなかったが・・・
世の中には、表と裏がある。
〝世の中〟と言うより、〝人間〟と言った方が適切かもしれない。
それらは、心の中できれいに分けられる場合と、そうでない場合がある。
複雑に混在して、それが自分でも〝表〟なのか〝裏〟なのか分からなくなるときもある。

表より裏、建前より本音を正直にだすことが誠実とされる社会。
正直者は、皆から表向きの賛美を受ける。
しかし、それまで。
それ以上は、煙たがられることが少なくない。

現実には、両方をうまく使い分けていかないと世の中の荒波には乗れない・・・
・・・「正直=誠実」という概念そのものが〝表の建前〟になっているということだろうか。
そんな中にあって、誰もが「波に飲まれまい」と必死にもがいている。
しかし、それでも上手く泳げない人がいるのも現実。
そんな人は、自己責任の渦に飲み込まれていくしかないのか・・・

それにしても、表裏・本音と建前を使い分けるテクニックは、いつ・どこで・誰の教示で身につけたのだろうか・・・ハッキリとした記憶がない
でも、いつの間にか身についている。
野生動物の子供が、誰に教わったわけではないのに、産まれた瞬間から敵から身を守る術を身につけているのと同じようなことなのだろうか。
だとすると、それらのことも、殺伐とした世の中から自分の身を守るために必要とされる天来のものなのかもしれない。
しかし、使ってて気持ちのいいことばかりでもなく、疲れることも多い・・・

そんな事を考えると、このテクニックを研磨するべきか鈍化させるべきか、頭を抱えてしまう。


「清掃をお願いしたいのですが・・・」
ある日の朝、中年の男性から電話が入った。

「ちょっと事故がありまして・・・」
〝事故〟という言葉から、私の頭にはすぐある事浮かんだ。
そう、〝自殺〟だ。

ただの自然死でも〝事故〟という言葉を用いる人はいるけど、数で言うと、圧倒的に自殺である場合の方が多い。
そして、その男性が醸し出す暗い雰囲気から、私は〝自殺〟であることを察知した。

「場所はご自宅ですか?」
「えぇ・・・」
「家の中のどちらでしょう」
「風呂場です・・・」
「どんな汚れですか?」
「血なんですけど・・・」
本人が亡くなったのかどうかまでは、業務上で必要な情報ではなかったので、私は、それについては尋かないでおいた。
また、汚れのレベルを言葉で表現するのも限界があるし、経験則でだいたいの状況を描くこともできたので、それも深くは掘り下げずにおいた。

「とりあえず、一度、現場を見せていただけますか?」
「はい」
「問題がなければ、そのまま作業に入りますので」
「いつ頃になります?」
「お急ぎであれば、これからすぐに伺うこともできますけど」
「んー・・・今夜はいかがです?」
「夜ですか?」
「ええ・・・」
男性は、理由を話すこともなく、夜の時間を希望。
日中は他用があるものと、私は、それを気にも留めなかった。

「車で来られますよね?」
「はい」
「どんな車ですか?」
「普通サイズの商業車ですけど・・・」
「いや、そうじゃなくて・・・」
「???」
「目立ちますか?」
「大丈夫です・・・外見は普通の仕事車にしか見えませんから」
訪問時刻を決めるまでは、何も気にならなかった私。
しかし、私が乗り付ける車にまで言及されると、男性が何を気にしているのかピンとくるものがあった。

「失礼なことを尋きますけど・・・服装はどんな感じでしょう・・・」
「普通の作業服です・・・」
「そうですか・・・」
「目立たない格好の方がいいですか?」
「はい・・・できたら・・・」
男性が、近隣・世間の目を気にしているのは明らか。
私の訪問時刻や使用車両だけでなく服装まで気にしている様子から、相当に神経質になっていることが感じられた。

「作業服はやめといた方がいいかなぁ・・・」
ファッションセンスもなく流行にも疎い私は、普段、着るものに悩むことはほとんどない。
しかし、その時は、それをやたらと悩んだ。

「そのままの作業服じゃ不快に思われるだろうし・・・」
「遺体搬送用のスーツじゃ違和感があり過ぎるし・・・」
「私服にしたって、汚れたら困るし・・・」
私は、あれこれと思案。
そして、考えた結果、作業服に私服を混ぜて着て行くことにした。


その日の夕方、汚腐呂に対応できる装備を整えて出発。
目的のエリアは、大きな家が並ぶ閑静な住宅地。
私は、早めに到着したのだが、依頼者宅には接近せず夜が暮れるまでしばらく待機した。

「随分と立派な家だなぁ」
依頼者名の表札が掲げられた家は、ちょっとした豪邸。
ガレージには、そこそこの高級車がとめられていた。

「お待ちしてました」
鳴らしたインターフォンには、女性が応答。
名乗る前から、私であることがわかっていたようだった。

「玄関にどうぞ」
私は、頑丈そうな門扉を抜けて玄関前へ。
ホームセキュリティーのステッカーが気になったので、ドアが中から開くのを待った。

「こんばんは・・・」
玄関には、中年の男女が神妙な面持ちで出迎えてくれた。
二人とも緊張した様子で、何からどう話してよいものやら考えあぐねているようだった。

「実は、母が風呂場で亡くなりまして・・・」
男性が、重そうに口を開いた。
ただ、大方の察しをつけていた私は、全く驚かなかった。
どちらにしろ、驚いたとて、それを表情・態度にだすわけにもいかなかったのだが。

「早速、浴室を見せていただけますか?」
余計なネタで話を長引かせると、気マズい雰囲気を増長させるだけ。
私は、時を待たずに話を進めた。

「ここなんですけど・・・」
依頼者は、私を浴室の前に誘導。
浴室扉の磨ガラス(磨プラスチック)には、赤黒い色がぼんやりと見えた。

「あとは、私一人で大丈夫ですから」
二人は、嫌悪感を露わにしどろもどろ。
扉を開けることに強い抵抗感があるようで、私は、そんな二人を浴室から遠ざけた。

「うわぁ!強烈だな・・・」
扉を開けると、目の前には一面の血の海。
同時に、血生臭いニオイが鼻を直撃。
私は、首にブラ下げていた専用マスクを急いで装着した。

「手首・・・いや、首をザックリやっちゃったかな・・・」
床は一面・・・それだけでなく、壁から天井にいたるまで血飛沫が付着。
更に、浴槽の中にもドロドロの血塊が滞留。
極めつけは、洗面器。
かけられていたタオルをめくってみると、ドス黒い粘液体が大量にたまっていた。

「作業が終わるのは、ちょっと遅くなるかもしれません」
作業が難航しそうなことは、誰の目にも明らか。
私は、長丁場になることを前もって依頼者に告げた。

〝血の海〟の掃除は、何度となくやってきていたので、作業の段取りにヌカリはなかった。
しかし、圧倒的な血の量が私の業に重くのしかかってきた。
それでも、私のやるべきことは一つだけ・・・

もともと、血は赤い。
その赤さに個人差があるのかどうかわからないけど、時間経過とともに黒く変色していく。
また、もともと、血はサラサラの液状。
その粘度に個人差があるのは知っているけど、どの血も時間経過とともに凝固していく。
乾いて固まっているならまだしも、ゼラチン状に震える血に奇妙な寒気を覚えた。

作業の過酷さだけでなく、決行に至った故人の心理状態を思うと、気分は暗くなるばかり・・・
悲嘆・失望・逃避・復讐・怒り・利己愛・利他愛・自己顕示・訴えetc・・・
何が、故人を自殺へと突き動かしたのか・・・
考えなくてもいいこと・考えない方がいいことばかりが頭に浮かんできた。


「大変お待たせしました・・・何とか終わりました」
「そうですか・・・ありがとうございます」
「見た目にはきれいになりましたので」
「また、使えますか?」
「一応・・・大丈夫のはずですけど・・・」
「あとは、気持ちの問題ですね・・・」
「ですね・・・」
この風呂場で起こったことを私がとっくに勘づいていることは、依頼者も気づいている様子。
逆に、それを気づかない方がおかしいくらいに、この現場は凄惨だった。

「では、これで失礼します」
「遅くまでご苦労様でした」
「どういたしまして」
「これ、些少なんですけど・・・」
女性は、男性と目を合わせながら小さな封筒を私の方へ。
私には、差し出されたそれが心付けであることがすぐに分かった。

「・・・お心遣い、恐縮です」
一旦は固辞しようかと思った私。
しかし、それもわざとらしいので、礼を言って素直に受け取った。

「あと・・・この辺のお宅にこのことは・・・」
女性は、奥歯にモノが挟まったように言いにくそう。
男性は、難しい顔をして黙っていた。

依頼者からハッキリと〝自殺〟と聞いたわけでもなく、私が近所にふれ回る必要も意味もなく・・・
受け取った心付けが口止料のように思えて複雑な心境になったけど、私は、黙って深く頷いた。


私が、この依頼者の立場になったら、同じような猜疑心を抱えて、不安になるだろう。
世間体を気にして、同じような振る舞いをする可能性は充分にある。
また、それが悪いことだとは思わない。
ただ、故人の命が世間の冷淡さにかき消されるような気がして、淋しさに似た心細さを覚えた。
そしてまた、表向きは〝病気による突然死〟と説明するであろう依頼者の心情を察すると、やりきれない気の毒さを覚えた。

〝世間体〟という怪物と闘うことができる人は少ない。
表を出しても裏を出しても、負けが込むから。
勇気を持って打って出たとしても、オセロゲームのように単純には進まない。
社会には、〝グレー〟というジョーカーを持っている人間がたくさんいるから。

心の中にあるそのジョーカー。
人生を動かす〝ここぞ!〟という場面では、頼りたくないものである。





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母の哀・子の愛

2008-06-14 08:04:21 | Weblog
つい先日のこと。
腐乱死体現場の片付けをを終えた私は、ある弁当屋の前に車をとめた。
12時をとっくに回り、〝ランチタイム〟と言うより〝おやつタイム〟と言った方がいいくらいの時刻になっていた。
そんな時間だから、お腹はペコペコ。
そうは言っても、〝PERSONS〟を連れては店に入るのもはばかられる。
それで、道路沿いの弁当屋に寄ったのだった。

注文をして、でき上がるまではカウンターから少し離れて待機。
例えそれが短時間であっても、私が近くにいては他の人が迷惑するかもしれなかったからだ。

店先で外の風に当たっていると、作業で擦り減らしたが自然と治癒されていくような感があり・・・
〝ウ〓コ男〟は、ボーッと空を見上げて、頭に溜まった汚物も風に飛ばした。

「ん?何?」
そうしていると、店の軒先に何やら動くものが目についた。
それは、泥で造られた燕の巣だった。

「うぁ~!ひっさしぶり~っ!」
燕の巣なんて何度もみたことはあったけど、近くで眺めるのは子供の時以来。
童心が蘇るような感覚に、ひとりで興奮した。

「いるいる~!」
巣の中には、数羽のヒナ。
それが、愛らしい顔を覗かせていた。

「可愛いなぁ・・・」
軒自体がそう高くもなく、結構な至近距離に営巣。
小さいヒナが首を並べている様がよく見えた。

親鳥が餌を運んでくる度に、どのヒナも自分の頭より大きい口を開けてピーピー。
親鳥は、巣と外の往復を繰り返しながら、一羽ずつに餌を食べさせていた。

「誰が教えたわけでもないだろうに・・・」
もよおしてきたヒナは、身体を反転。
お尻だけを巣外に出して糞をしていた。

どの動きをとってみても愛らしく、いつまで見ていても飽きない感じがした。
そしてまた、その微笑ましさは、仕事の疲れや空腹感を一気に吹き飛ばしてくれた。

「餌を運んでるのは雄鳥?雌鳥?、それとも両方?」
「どの子にも満遍なく餌がいくように、考えてやってるのかな?」
「親鳥も楽じゃなさそうだな・・・疲れないのかな」
甲斐甲斐しく餌を運び続ける親燕の姿を見ていると、単なる偽善や打算を超えた何かがあるように感じられて、励まされるものがあった。

「元気に巣立てよー」
弁当ができ上がるとそれを受け取り、私は、清々しい気分でその場を出発。
その後食べたありきたりの弁当が、格別に美味に感じられたことは言うまでもない。


故人は、30代の男性。
現場は、1Rの賃貸アパート。
依頼してきたのは不動産管理会社。
〝死後一ヶ月〟・・・緊急の呼び出しに応じての出動だった。

「この辺りかな?」
現場近くに到着した私は、適当なスペースを見つけて駐車。
それから、車を降りて教わった番地にアパートを探した。

「このアパートか?」
とめた車の目と鼻の先に、薄汚れた老朽アパートが見えた。
建物の築年数までは想像していなかった私は、その不気味な様相に少し驚いた。

「あの部屋か・・・」
私は、外から、何戸がある部屋の窓を観察。
その中、二階の一室の窓に無数の黒点・・・それがハエであることは、99.99%間違いなかった。

頭をもたげてくる嫌悪感を抑えつけながら、その部屋を見上げていると、電話をくれた不動産会社の担当者が現れた。

「急にお呼びだてして、申し訳ありません」
「 いえいえ」
「このアパートの二階なんですけど・・・」
「はい・・・アノ部屋ですよね?」
「そう・・・わかりますか?」
「まぁ・・・アノ状態ですから・・・」
「あ゛ーぁ・・・」
担当者も、部屋の窓を見て唖然。
中が凄まじいことになっているであろうことは、誰の脳にも明らかなことだった。

「それにしても、随分と古い建物ですねぇ」
「えぇ・・・その分、家賃は格安なんで」
「なるほど・・・」
「ここだけの話・・・住んでる人のほとんどは事情のある人なんですよ」
「そうなんですか・・・」
「最近、その類の人が増えてきましてねぇ・・・」
「わかるような気がします」
この時勢、そんな人が増えてきていることは、不動産管理の仕事を通じても感じられるようだった。
私も、社会に、経済的な問題を抱える人が増えてきているであろうことは、感じることがある。
話は暗い方向へ進む一方だった。

「しかし、〝死後一ヶ月〟とは、時間がかかりましたねぇ」
「えぇ・・・」
「お若い方ですか?」
「えぇ・・・三十〓才だそうです」
「自殺ですか?」
「いえいえ!病気みたいです」
「そうですか・・・余計なことを尋いてすいません」
「大丈夫です・・・でも、そういった人も多いんですか?」
「えぇ・・・少ないとは思いませんね」
「そうですかぁ・・・」
数えられているだけでも、一日あたり、日本のどこかで100人もの人が自ら命を絶っている・・・
その数字を知ってか知らずか、担当者は顔をしかめた。

ことの異変にはじめに気づいたのは、故人宅の下階に住む年配の女性。
自室周辺に、しばらく前から異臭が漂うようになり、そのうちにハエが目につくように。
女性は、〝自宅だけの問題〟と考えて、当初は、市販の消臭剤や殺虫剤で対処。
そこが格安アパートということもあってか、女性はひたすら忍耐。
しかし、状態は日を追うごとに深刻化。
そのうちに、蛍光灯のスイッチ紐が黒いロープに見えるくらいにまでハエがたかるようになってきた。
また、悪臭も濃厚になる一方。
最終的には、ハエだけでなくウジまでも姿を見せるように。
さすがに変に思った女性は、そのことを不動産屋に相談。
そして、遺体発見となったのだった。

発見が遅れたのには、その他にも理由があった。
個人は、地方出身で単身独居。
都会暮らしの御多分にもれず、近隣との付き合いはなし。
無断欠勤を続ければ勤務先が気づきそうなものなのだが、そのときの故人には定職がなく、生活の糧は短期アルバイト。
親しい友人がいたのかどうかまではわからなかったけど、〝一ヶ月放置〟となると、希薄な人間関係しか想像できなかった。

「保証人とか家族はおられるんですか?」
「えぇ・・・田舎にお母さんがいます」
「〝お母さん〟・・・お父さんは?」
「さぁ・・・」
「お母さん一人なんですかねぇ・・・」
「そうかもしれませんねぇ」
私は、故人には父親がいなかったことを想像。
そして、他人を不憫に思う軽率さに気づきつつも、母親のことを気の毒に思った。


「こりゃヒドいなぁ・・・」
故人の仕業か警察の仕業か、部屋は荒れ放題。
私が中に入ると、無数のハエが乱舞。
更に、窓際には、ハエの死骸が砂利山のように重なっていた。

「クッキリ・・・」
腐乱痕は、部屋の中央に敷かれた布団に残留。
私を威圧するかのように、身体のかたちがハッキリと浮き出ていた。

「苦しかったのかな・・・」
布団で亡くなる場合、その身体は伸びていることが多い。
しかし、この故人は、身体をくの字に曲げ、膝を抱えるように背中を丸めていた。

「こりゃ、下までイッてるな・・・」
腐敗液は、布団を通り越して床に到達してることは明らか。
一階天井に垂れていることも危惧された
どちらにしろ、原状回復には大がかりな内装工事が免れないことは、その時点で判断できた。

「やっぱ、お金に苦労してたんだろうか・・・」
家財・生活用品は極端に少量。
失礼な言い方になるけど、大したモノは目につかなかった
更に、小さなテーブルに置かれた履歴書と、壁にかかる汚れたヘルメット・作業服が、何かを物語っていた。

「病気か・・・」
何の病気かはわからなかったけど、枕元には何種類もの薬が散乱。
私は、自殺を疑ったことを心で詫びた。

部屋の始末は、不動産会社が母親から一任されていた。
その、不動産会社は、大至急の作業を要請。
遠方にいる母親と協議することなく、そのまま特掃を依頼してきた。


今までに何度となく書いているけど・・・
始めは、嫌悪感丸出しで仕方なく着手する特掃作業。
それが、やっているうちに使命感・責任感に変わり、故人に対する情が沸いてくる。
〝気持ち悪い!〟といった感情が、故人を労うような気持ちに変わってくるのだ。
この現場でも、私の心理状態は同様に変化していった。

ウジが這い回るベタベタの汚腐団を梱包・・・
床にこびりつく頭髪と腐敗粘土を除去・・・
足を滑らせる腐敗液・腐敗脂のヌルヌル床を処理・・・
逃げようとするウジを捕獲・・・
飛び回るハエを撃墜・・・
その作業は、凄惨かつ過酷・・・そして、地味。
しかし、だからこそ、悲哀を慈愛(自愛)に変えることができるのかもしれない。

作業を終えた部屋の床には、汚腐団に残っていた腐敗痕が、そのままのかたちで浸透。
素人が見ても、それが何物(何者)であるかわかるくらいハッキリしていた。


後日、故人の母親が現場に来ることになった。
費用負担者である母親に、仕事の結果を確認してもらう必要もあり、私も日時を合わせて現場に出向いた。

「この度は、こんなことになって、申し訳ありません」
「いえいえ、仕事ですから大丈夫です」
「でも、大変だったでしょ?」
「いやいや、慣れてますから大丈夫です」
「そうですか・・・」
「念のために写真を撮ってありますので、必要だったらお見せしますが・・・」
「いえ・・・結構です」
母親が、写真なんて見たがるはずないことはわかっていた。
それでも、私は、仕事の信頼性を高めるために、写真の存在を知らせたのだった。

「床の一部を除けば、あとはきれいになってます」
「そうですか・・・」
「ただ、結局、貴重品らしきモノはでてきませんでした」
「それは構いません・・・警察の方にもそう言われましたから・・・」
母親は、貴重品なんて眼中になさそう。
そんなことより、故人の命を取り返したいと思う気持ちが、言葉にだされなくてもヒシヒシと伝わってきた。

「元気でやってるものとばかり思ったんですよ・・・」
「・・・」
「病気のことも仕事のことも全く知りませんで・・・」
「はい・・・」
「こういう所(老朽アパート)で暮らしてたことも・・・」
「・・・」
「本人も、暮らし向きはよさそうなことを言ってましたので・・・」
「・・・お母さんに心配をかけたくなかったんじゃないですかね・・・」
「そうか・・・」
「・・・」
そこには、母の息子に対する愛情と、息子の母に対する愛情が交錯。
私は、人の切なさと人生の妙を知らしめられた。

床に残った人型はあまりにもリアル過ぎて、母親に見せるには気が引けた。
しかし、部屋を確認してもらう必要があったし、母親も見たがったので、我々は共に部屋に入った。

「ここで死んでたんですか?」
「そうです・・・」
「こんな死に方させちゃって・・・」
「・・・」
「どうしてこんなことになっちゃったのか・・・」
「・・・」
母親は、床の汚染痕を憔悴の顔で見つめた。
それから、おもむろにしゃがみ込み、その汚染痕を愛おしそうに撫で始めた。


世の中には、自分の不遇を〝親の育て方が悪かった!〟と親のせいにする大人がいる。
親に迷惑をかけても平気で遊べる大人がいる。
親の愛を逆手にとって、自分の尻を親に拭かせる大人がいる。
ただ、故人はその類の子ではなかっただろう。

また、人生の価値は、生きた長さで測れるものではない。
労苦した時間や遊興の数で測れるものでもない。
もちろん、稼いだ金や遣った金の額で測れるものでもない。
故人の人生だって、同じこと。


母親は、床に座って、寝転がる人痕をいつまでも撫でていた・・・
そこには、子供を寝かしつける母親と、安心して眠る子の姿を見るようで、哀の中にある愛が感じられたのだった。





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老いの先(後編)

2008-06-09 07:53:45 | Weblog
「気が急くなぁ・・・」
そんなときは、赤信号や渋滞がやたらと多く感じるもの。
ハンドルを握る手は汗ばみ、外を見る視線は泳ぎ・・・
電話にでないくらいで死んでる可能性を憂うのは私ならではの思考傾向かもしれないけど、私の頭には男性が部屋で冷たくなっている光景が駆け巡っていた。

一日おきにヘルパーが来てるはずだから、普通に考えると、亡くなっていたとしても2日以内には発見されるはず。
夏場の2日なら、まったく油断はできないが、幸い?そのときの季節は冬。
遺体が大きく損壊している可能性は低いと思われた。
ただ、冬場でも、暖房が大きな影響を与えることがある。
とりわけ、コタツ・ホットカーペット・電気毛布が与えるダメージは大きい。
コタツに入ったままで、上半身は何倍にも膨れ上がり、下半身はミイラ状態になった遺体・・・
ホットカーペットの上で、焼汁が流れ出した遺体・・・
電気毛布にくるまれて、発酵していた遺体・・・
私は、脳裏に焼き付けていた男性宅の模様を慎重思い出し、男性が使っていた暖房器具を記憶の中に探した。

「確か・・・エアコンと電気ストーブを使ってたな」
男性が電気毛布を使っていたかどうか定かではなかったが、コタツとホットカーペットはなかったように思った私は、ひとまず安堵。
そんなことで安心している場合ではないのだろうが、とりあえず一息ついた。

「一人で風呂に入れないはずだから、汚腐呂にはなってないな・・・」
「トイレもポータブルだから、汚手荒になってることもないだろうな・・・」
「やっぱ、ベッドかな・・・」
暖房の次は、倒れている場所を推測。
私には、安否を確認する前から男性を殺してかかることに問題があることに気づく余裕はなかった。

そんなことを考えていると、男性宅への道程がやたらと長く感じた。
時折、苛立ちを覚えながらも、とにかく、私は冬の街を駆け抜けた。


初めて訪問したときは、団地内の要領がわからずに色々と手間取った私だったが、二度目その時は〝勝手知ったる我が家〟のごとく、迷うことなく部屋に直行。
走ったせいか緊張のせいか、玄関前に立つ私の心臓はドッキンドッキンと波打ち、呼吸はハッハッと小さく刻まれていた。

「もし亡くなってたら、俺も一緒に警察行だな・・・」
第一発見者が疑われることは承知のうえ。
私は、躊躇う気持ちを抑えながら、ドアノブに手をかけた。

「あ!開いてる・・・」
前回同様、ドアに鍵はかかっておらず。
と言うことは、〝男性は中に居る〟ということ。
私は、恐る恐るドアを引いた。

「ご、ごめんくださ~い」
私は、微妙に震える声で挨拶。
同時に、小刻みに鼻で空気を吸った。
しかし、緊張のあまり臭覚は麻痺。
部屋に異臭があるかどうか感知することはできなかった。

「入ってみようかな・・・」
呼び掛けに対して反応のない部屋に若干の恐怖感を覚えながら、勝手に中に入っていいものかどうか迷った。
住居不法侵入・窃盗容疑・殺人容疑・・・
マズいことばかりが頭を巡り、私はその場に硬直してしまった。

「ゴホン!ゴホン!」
少しすると、中から物音が。
よく聞くと、男性が咳き込んでいるようだった。
「ん?生きてる?」
中から聞こえるそれは人の声・・・
間違いなく男性が発しているものだった。

「よかったぁ~」
〝胸を撫で下ろす〟とはまさにこのこと。
私は、心臓と肺を労うように、胸をさすった。

「こんにちは~!失礼しま~す!」
私は、男性に確実に届くくらいの大きな声で挨拶。
一呼吸ついてから玄関を上がった。

男性は、奥の和室のベッドにいた。
昼間なのにカーテンは閉められ、部屋は薄暗く、湿っぽい空気が充満。
私の姿を見ると、横になったまま手を上げて笑顔をみせた。

「風邪でもひかれましたか?」
「いやいや、もともと肺が悪くてね・・・」
「〝肺〟ですか・・・」
「結核とかじゃないから、うつる心配はないですよ」
「大丈夫です、そんな心配はしてませんから・・・しかし、他のことを心配してましたよ」
男性は、言葉の後先に、風邪でもひいたような咳をついていた。
会話は普通にできてもベッドから起き上がろうとしないところから、男性が著しく体調を崩していることが伺い知れた。

「何度か電話したんですけど、でられないものですから・・・」
「電話?」
「はい・・・」
「かかってきてたかなぁ・・・」
男性は、枕元に置いてある小機を手に取って不思議そうな顔。
私は、携帯を取り出して男性宅の電話番号を照会した。

「合ってますねぇ・・・」
番号に間違いはなかった。
しかし、気になった私は、そのままダイヤルを発信した。

「ん?かかってるのかな?」
携帯からの呼び出し音は聞こえるものの、家電は静かなまま。
その代わりに液晶部分とダイヤルボタンがピカピカと点滅した。

「かかってるみたいですけど、呼び出し音が鳴りませんねぇ・・・」
携帯と家電を交互に見比べ怪訝な顔をする私を見て、男性は笑った。
そして、その理由を私に話してくれた。

電話機は、機能設定で呼び出し音が消されていた。
過去、寝ているところにどうでもいい電話が鳴って起こされて迷惑したことが何度もあり、それを避けるため、そうしているらしかった。
呼び出し音は鳴らなくても本体と小機がピカピカと光るものだから、それでも不便はなかったとのこと。
私が最初にかけた時も、既にそうなっていたみたいだった。
・・・と言うことは、眠っているときや電話機から離れたところにいるときは、かかってきた電話に気づくはずもない。
だから、私がかけた電話にでなかったことも頷けた。

「体調も優れないようですし、お一人でこれ以上は無理なんじゃないですか?」
「んー・・・」
「どなたかに連絡しましょうか?」
「今日は、ヘルパーさんが来る日だから、大丈夫ですよ」
「そうですか・・・」
力なく横たわる男性を前に、私は、お節介を焼くべきか慎むべきか迷うばかり。
片や、男性の方は身体は弱めながらも、精神は強く保っているようだった。

何はともあれ、男性が生きていたのは、私にとって幸いだった。
しかし、そんな男性を放って帰るわけにもいかず。
私は、介護ヘルパーが来る時間まで、男性宅に留まることにした。

「ヘルパーさんが来るまで、ここに居ていいですか?」
「私は構いませんけど、仕事の方は大丈夫ですか?」
「大丈夫です・・・これも仕事のうちですから」
「お金にならない仕事をさせて、申し訳ないですね」
「いえいえ、とんでもないです」
「でも、働けるうちは喜んで働いて下さいね」
「はい」
「稼いだお金はいずれ消えますけど、汗して働いたことはお金に換えられない宝になりますから」
「はい・・・憶えておきます」
会話を進めるうちに、男性は言葉に力を込めてきた。
そして、気のせいか、少し元気を取り戻してきたようにも思えた。

もともと、老人と話をするのが好きな私。
人生の先輩が聞かせてくれる証に、無駄な話はない。
そして、始めは慈愛で聞く話でも、結果的には自愛の話となって自分の人生に格別の収穫をもたらす。
私は、男性が発する言葉の一つ一つを重く受け止めた。

「それにしても、なかなかポックリとは逝かないもんですな」
「はぁ・・・」
「寝ていると、色んなことを想いますよ」
「そうですか・・・」
「特に、子供の頃や若かった頃のことは、何もかも懐かしく思い出しますね」
「・・・」
「でも、若い頃に戻りたいとは思いませんね」
「そうですか・・・」
「人生はね、一度しかないからいいんですよ」
「・・・」
「二度も三度もあったら、必死に生きないでしょ?」
「はい・・・」
「必死に生きてこそ、人生ってもんですよ」
「はい・・・」
「私は、死んだ父親の歳より十も長生きさせてもらいました」
「はい・・・」
「感謝なことです」
男性は、何かを悲観している風でもなくサバサバとした様子。
何かを達観したように、その表情は柔和そのものだった。

私と男性が、とりとめのない話に花を咲かせていると、予定の時刻になってヘルパーがやってきた。
いつまでも留まっていては邪魔になるばかり。
私は、あとはヘルパーにバトンタッチして、男性宅から退散することにした。


〝死〟・・・特に、自分の死を考えることは、とても有意義なことと私は考える。
もちろん、それで刹那的・短絡的になってはいけないのだが、深く深く考えると自然と神妙かつ厳粛な気持ちになってくるものだと思う。

こんな仕事をしている私は、普通の仕事をしていれば得られるものを得られていないかもしれない。
普通の仕事をしていれば、失わなくて済むものを失っているかもしれない。
(〝普通の仕事〟の定義は、かなり曖昧だけど)
しかし、死を考えるチャンスは、数え切れないくらい与えられている。
これは、何物にも換えられない宝かもしれない。
しかし、その死考は、この男性のように、死と直面し現実のこととして受け入れようとしている人に比べれば、リアルさに欠ける。
これだけ〝死〟にまみれていながら、どうしたって現実味に欠けているのだ。
それは、自らが歳をとったり大病を患ったりしないと、リアルに受け止めることができないものなのかもしれない。
ただ、この男性のような人と会って感情を移入すると、擬似的に自死を自分に近づけることができる。
それによって、薄暗い〝今〟が光に照らされ、人生に力が注ぎ込まれる。
そして、今を生きる力が湧いてくる。


「私、〓〓(男性の名)さんと会えて、よかったですよ」
帰り際、私はそう言って男性宅を後にした。
その時、私は、男性とは二度と会うことはないだろうと思っていた。
男性もまた、同じように思っていただろう。
男性は、痩せた顔に笑顔を浮かべて見送ってくれた。

後日、その後のことを担当のケアマネージャーが知らせてくれた・・・
男性は、一人暮らしは到底無理な状態に。
あの後、何日かのうちに、留まっていたかった家を出て病院に入院。
進退を繰り返しながら、日を追うごとに衰弱していった・・・

それから、程なくして、私は男性宅を片付けることになった。
公営とは言え賃貸住宅にかわりはなく、のんびりもしていられず。
知らせをしんみり噛み締める間もなく、作業の日程は慌ただしく組まれた。
季節は、寒い冬から暖かい春になっていた。

「笑って逝ったのかなぁ・・・」
空っぽになった部屋には、脳裏に焼き付いた記憶と、〝人生は一度しかないからいいんだ〟と言った男性の透明な笑顔が残るだけだった。





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老いの先(前編)

2008-06-04 07:31:27 | Weblog
遺品処理の問い合わせが入った。
会社から連絡があり、外現場にいた私は手が空くのを見計らって依頼主に電話を入れた。

「あれ?留守かな?」
しばらく鳴らしても、誰も電話にでず。
忙しかった私は、しばらくしてかけ直すことにして電話を切った。

それからまた一仕事をこなし、手が空いたところで再び電話。
すると、今度はすぐに年配の男性がでた。
その声は弱々しく、舌もうまく動いていないよう。
男性がかなりの高齢であると踏んだ私は、意識して声を大きくし、ゆっくりと喋った。

「もしもし・・・〓〓さんですか?」
「はい・・・そうです」
「遺品処理の件でお電話したんですけど」
「はいはい・・・少し前に電話くれたのはアナタですか?」
「はい・・・かけました」
「忙しいのに、ごめんなさいね」
「?」
「脚が悪くてねぇ・・・すぐにでられなかったんですよ」
「いえいえ、とんでもないです・・・こちらこそ、もう少し待ってればよかったですね」
私は、男性の気遣いに恐縮。
同時に、自由のきかない身体で急いで電話にでようとした姿を思い浮かべて、何だか申し訳ないような気持ちになった。

「ところで、荷物の量はどれくらいありますか?」
「長く暮らしていましたから、結構ありますよ」
「そうですか・・・できたら、一度、お宅に伺わせていただきたいのですが・・・」
「あぁ、構いませんよ」
「ご都合はいかがですか?」
「家にはずっといますから、いつでもどうぞ」
「そうですか・・・では、ちょっと先になりますけど、〓日の〓時はいかがでしょう」
「いいですよ・・・玄関の鍵は開いてるので、勝手にあがってきて下さい」
〝百聞は一見にしかず〟
高齢の男性にアレコレと質問して頭を悩ませるより、直接、現場を見た方がいいと思った私は、日をあらためて訪問することにした。

約束の日時。
現場は公営の大規模団地。
団地内の案内図も複雑で、男性宅を探すのも一苦労。
方向音痴の私は、建物の位置を念入りに頭に叩き込み、進むべき方向を指差しながら現場に向かった。

目的の建物に着いた私は、一階の集合ポストに男性宅の番号を探した。
そして、ポストの名前で棟が間違っていないことを確認してから、エレベーターに乗り込んだ。
それから、長い通路を歩き、やっと男性宅前に到着。
更に、表札に書かれた名前を見て、そこが目的の家に間違いないことを確認した。

インターフォンはあったが、それには〝ご用の方は玄関にお入り下さい〟との貼り紙。
「いきなり玄関?ちょっと不用心じゃない?」
と思いながらも、
「玄関の鍵は開いてるので、勝手にあがってきて下さい」
と言っていた男性の言葉を思い出し、私は部屋番号と表札を再確認。
それから、ドアノブに手をかけた。

ドアをゆっくり引くと、話の通り、鍵はかかっておらず。
私は、少し開けて頭だけ中に入れた。

「ごめんくださ~い」
私は、室内に向かって、小さく声をかけてみた。
しかし、シーンと静まる部屋からは反応はなく、私の声が響くのみ。

「ごめんくださ~い!」人の家の玄関を勝手に開けて覗く行為は、なかなかの抵抗感を覚えるもの。
私は、その気マズさが嫌で、二度目の声は大きくしてみた。

「は~ぃ」
すると、部屋の奥の方から誰かが応答。
男性が返事をしてくれたみたいだった。

私は、首だけ玄関に突っ込んだまま、名を名乗り要件を伝えた。
すると、男性は、部屋にあがるよう案内。
私は、これまた大きな声で挨拶をしながら部屋に上がった。

「失礼します・・・こんにちは」
「お待ちしてましたよ」
男性は、想像通り見るからに高齢者。
台所の椅子に腰掛けたまま、にこやかに私を迎えてくれた。
そして、キャスター付の椅子を車椅子のように使って、私と話しやすい位置に寄ってきた。

「座ったままですいませんね」
「いえいえ」
「最近、足腰が弱まってきたものですから」
「それは大変ですね」
「歳には勝てませんなー」
男性は、〝身体の衰えも自然のこと〟と素直に受け入れているようで、穏やかに笑っていた。

「早速ですけど、片付けたい荷物は、どの辺りのものですか?」
「この家にあるもの全部です」
「え!?全部ですか?」
「えぇ・・・子供達が、欲しいものがあれば少しは持ち出すかもしれませんけど、ほとんどのものを処分することになるお思います」
「〝どなたかの遺品〟って伺ってるんですけど・・・どなたの遺品なんですか?」
「死んだ女房のものもありますけどね」
「はい・・・」
「お願いしたいのは、私の物も含めた遺品処理なんです」
「・・・」
男性は、亡くなった妻が残した荷物を片付けるついでに、自分の死後始末の段取りをつけようとしていた。
高齢者で、自分の死んだ後の始末を考えている人は案外と多いので、話を聞いた私も大して驚かず。
むしろ、男性の温和な雰囲気もあいまって好感と共感を覚えるくらいだった。

「私も、ご覧の通りの年でしょ」
「はぃ・・・」
「先は短いですよ」
「はぁ・・・」
「だから、今のうちに片付けの段取りをつけとこうと思いましてね」
「はい・・・」
高齢者や病人に死を語ることはタブー視されやすい。
また、それを話すことや聞くことに嫌悪感を覚える人も多いだろう。
しかし、この男性にそんな気遣いは全くいらなそうだった。

「子や孫には迷惑をかけたくないですからね」
「はい・・・」
「そうは言っても、死んだ後じゃ何もできないじゃないですか」
「そうですね」
「だから、今のうちにやっておきたいわけなんです」
「なるほど・・・」
「でも、そう言うわけですから、片付ける日がいつになるかわからないんですよ」
「・・・ですよね」
「こんなんじゃ、仕事になりませんか?」
「いえいえ、そんなことはありませんよ」
自分の死を考えることは、寂しく怖いものかもしれないけど、それだけではなく、思いもよらない意義と新しい気づきを与えてくれるもの。
決して無意味なことではない。
私は内心で、男性の考えに大きく頷いた。

もともと年配者と話をするのが好きな私は、未調教の野次馬にならないように気をつけながら色々と質問。
そんな私を、〝話の合いそうな男だ〟と思ってくれたのか、男性も嫌な顔ひとつせず、プライベートな話を色々と聞かせてくれた。


男性の年齢は90台前半。
年金生活をするようになったのを機に、この団地で暮らすようになった。
奥さんは先に亡くなっており、ここ数年は一人暮らし。
男手しかなくて不便なことも多かったけど、身の回りのことも全部自分でやってきた。
子や孫もいるが、それぞれの土地でそれぞれの生活。
たまに遊びに来たり電話がかかってくるだけで、お互いに負担を掛け合わない、良好な関係を維持していた。
経済的には、年金の範囲内でやりくり。
贅沢はできなくても、人並みの暮らしはできてきた。

そんな生活の中、加齢による身体の弱まりは進行。
80台後半なると介護ヘルパーの手をかりないと、簡単な衣食にも支障をきたすようになってきた。
そして、その依存度は年を追うごとに増していき、とうとう、歩行が困難になるくらいまで体力は低下。
私が訪問したときには、普通に立つこともままならない状態になっていたのだった。

「でも、これ以上、お一人で生活するのは厳しいんじゃないですか?」
「まぁね・・・でもねぇ、今更、住むところを変えたくないんですよ」
「はぁ・・・」
「できることなら、ここでポックリ逝ければいいんですがね」
私には、男性が一人で生活するのも、そろそろ限界にきているように思えた。
男性もまた、自分の一人暮らしが限界にきていることはもちろん、自分に残された時間が長くないことも悟っているようだった。
だから、私も、
「そんなこと言わずに、長生きして下さいよ」
「養生すれは、また元気になりますよ」
なんて、軽率なことを言うのはやめておいた。


私は、男性が望むように、本人がポックリと孤独死した様を思い浮かべてみた。
しかし、私には、男性が思い描いているような安楽な光景は浮かんでこなかった。
それどころか、見慣れた例の光景ばかりが頭を過ぎって、それが私の気分を神妙にさせた。

「死ぬことは怖くないけど、長患いして苦しむのはイヤだね」
「そうですね・・・」
望み通り、長患いもせず住み慣れた我が家でポックリ逝くことは、本人にとってはいいかもしれない。
しかし、場合によっては残された人が長患いしてしまう可能性がある。
「〝部屋でポックリ死にたい〟なんて、気持ちはわかるけどお勧めはできないよなぁ・・・」
私は、内心でそう思った。


〝当然〟と言えば〝当然〟、〝普通〟と言えば〝普通〟なのだろうか・・・
男性の頭には、死んだ人の身体がどうなっていくかなんて、全くないみたいだった。
そして、男性同様、一般の人も、自分が死んだ後に残る身体については、あまり深くは考えないのかもしれない。
せいぜい、〝最期は何を着せてもらおうかな?〟などと考えるくらい。
あとは、〝遺骨はどうしようか〟などと思うくらいか。
やはり、自分の身体が腐っていく状況を想定している人は少ないだろう。
だから、自宅でポックリ逝くことを安易に?望むのかも。
まぁ、その志向自体が悪いわけではないのだが、残念ながら、現実はそう簡単でなかったりするのだ。


部屋の観察と一通りの話を終えた私は、現場から引き揚げることに。

「見積書は会社に帰ってからつくりますから」
「はい、お願いします」
「でき上がったら、お知らせしますので」
「はい・・・鍵はずっと開けっ放しですから、必要があったら、いつでも来て下さい」
「はい・・・でも、鍵を開けっ放しじゃ不用心じゃないですか?」
「平気ですよ・・・鍵をかけたり開けたりするだけでも大変なんでね」
「最近、物騒ですから、気をつけて下さいね」
「な~に、盗みたいものがあれば好きなだけ盗ませればいいですよ」
男性は、何かを達観したような穏やかな笑顔を浮かべた。
その笑顔に見送られながら、私は現場を後にした。


内容にもよるけど、現場作成でない場合の見積書は郵便・FAX・E-mailを使って送ることが多い。
この男性にはFAXもE-mailもなかったので、郵送することに。
そして、その前に、〝金額だけでも伝えておこう〟と男性に電話をかけた。

「でないなぁ・・・」
私は、ゆっくりとした動作で電話にでようとしている男性の姿を想像して、長めに鳴らし続けた。
しかし、いつまて鳴らしても男性はでず。

「出掛けてる?・・・わけないよなぁ・・・」
受話器から聞こえる呼び出し音を聞きながら、私は怪訝に思った。
そのうちに、私の頭は、イヤなことを想像し始めた。

「もしかして・・・」
マイナス思考が染みついている私の頭には、ぼんやりと陰鬱な画が浮かんできた。
そして、そのうちに、それはリアルな光景に変わってきた。

「ちょっと、行ってくるか!」
私は、妙な胸騒ぎを抱えながら、男性宅に向かって車を走らせた。

つづく






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