特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

資格

2010-11-24 15:49:34 | Weblog
これから、ますます生きにくくなることが予想されるこの社会。
国の財政・社会保障・環境破壊・各種の格差など、問題や課題に事欠かない現代において、
学歴だけでは食べていけなくなっているのは、近年の就職難が証明している。
そんな時勢では、学歴+αが求められる。
そして、多くの若者が、その“+α”を手に入れるため、自己啓発に勤しむ。
独立起業を検討したり、手に職をつけることを考えたり、公的資格の取得に挑戦したりと。

「その仕事をやるのに、特別な資格がいるんですか?」
たまに、そんな質問をされることがある。
ある意味とても難しいような、またある意味でとても簡単なような・・・やはり、世の人からみると、不可思議な仕事なのだろう。
・・・答えは、「No」
特別な資格はいらない。
会社法人レベルで資格免許が必要な部分はあるけど、個人的なことでの必須資格はない。
(車の運転免許がないと仕事にならないけど、“できない”わけではないし、根性とか忍耐力は公的資格でもなんでもないしね。)


とある病院の一室。
亡くなったのは、30代の女性。
死因は、癌による衰弱死。
腐敗進行が早く、その顔に、生前の面影はなかった。

その全身は、腐敗し膨張。
生前の何倍もの大きさに膨らんでいた。
体表には水疱が発生。
膨らみかけた水風船のように、黄色い体液がたまっていた。
それが敗血症であることは、一目瞭然だった。

着ているパジャマ各所には、黄色い体液シミ・・・
水疱や破れて、腐敗体液が染み出していた。
それは、人間が人間じゃなくなっていくプロセスのひとつ・・・
しかし、遺族の前で遺体を“汚いもの扱い”するのはタブー。
それでも、故人の身体は、衛生上も作業上も、とても素手で触れるようなものではなく・・・
私は、ラテックスグローブを両手に装着し、遺体をストレッチャーに移動する準備を整えた。

体表は脆弱・・・
不用意に触れると、表皮がズレ剥がれる。
身体もまた脆弱・・・
指に少し力を入れただけで、低反発ウレタンのようになった肉は簡単に陥没する。
そんな身体が、大きく膨張・・・
故人の身体を抱え上げることなんて、容易にできるものではなかった。

そんな遺体の変容に、遺族は驚愕した様子。
「どんな遺体でも、こうなるんですか?」と、しきりに訊いてきた。
「そうです・・・亡くなると皆こうなるんです・・・」と答えてあげたかったのは山々だったが、そんなウソはつけず・・・
しかしまた、気の利いた言葉も返せず・・・
私は、黙って作業を進めるしかなく・・・
結局、故人は、歯止めのかからない腐敗進行と汚れたパジャマと共に防水シーツに梱包され、そして、無言の退院をしたのだった。

故人を自宅に連れ帰ると、部屋には、遺体を安置するめための布団が用意されていた。
しかし、故人をこのまま布団に寝かせていても、その身体は収拾がつかなくなる一方であることは明白。
私は、この変容は、身体を冷凍しないかぎり止められない旨を説明。
そして、早めに納棺して静かに火葬のときを待つのが無難であることを伝えた。

納棺式は、“儀式”というよりも、“作業”として行われた。
まるで、危険物でも封じ込めるかのように・・・
故人の部屋に集ったのは家族だけで、それ以外の親戚や友人達の同席は許さず。
“見世物になりかねない”との遺族の危惧と、私が経験則ですすめた結論だった。
そして、本来なら、納棺後でも故人の顔だけは見られるようにしてあるのだが、ここでは、故人の顔に面布をかけて、外から見えないようにして蓋を閉じたのだった。


とある警察署の霊安室。
亡くなったのは、20代の男性。
死因は、無謀運転による交通事故死。
頭部は破壊され、その顔に、生前の面影はなかった。

他にも不自然死遺体が並ぶ霊安室には、故人が放つ血生臭いニオイが充満。
そんな冷気漂う霊安室に、故人は、ステンレス台をベッド代わりに、ビニールシートを布団代わりにして横たわっていた。
ビニールシートをめくると、検死の終わった痛々しい身体が露に。
その腕や脚は不自然に湾曲し、打撲痕も多数。
特に、顔面から頭部は激しく損傷しており、“即死”であったことは容易に想像できた。

その遺体を搬送車に乗せて帰宅させる役目を負っていた私は、故人を防水シーツに包むことに。
両手にラテックスグローブを装着して、作業を開始。
動かすたびに“グズグズ”と奇怪な軋音をたてる遺体と手につく血に戸惑いながら、頭の先から足の先までスッポリ隠れるように包みこんだ。
そうして後、故人はストレッチャーに乗せられ、無言のまま警察署から放免されたのだった。

故人を自宅に連れ帰ると、遺体を安置するめための布団が用意されていた。
しかし、“安らかな死に顔”を完全に失った故人を“安置”する術はなく・・・
また、故人の梱包を解くにあたっては、多難が予想され・・・
結局のところ、故人を布団に寝かせたところで、その損傷を人目に晒すのみであることが容易に想像でき・・・
私は、納棺を早めに行うことと、ドライアイスを多めに入れることを遺族にすすめた。

納棺式は、“儀式”というよりも、“作業”として行われた。
まるで、危険物でも封じ込めるかのように・・・
故人の部屋に集ったのは家族だけで、それ以外の親戚や友人達の同席は許さず。
“見世物になりかねない”との遺族の危惧と、私が経験則ですすめた結論だった。
そして、本来なら、納棺後でも故人の顔だけは見られるようにしてあるのだが、ここでは、故人の顔に面布をかけて、外から見えないようにして蓋を閉じたのだった。


死体には、人々の好奇心をくすぐる何かがあるのだろうか・・・
死体は、見世物になりやすい。
神経過敏なのかもしれないけど、私は、この仕事をしていて、死体に対する好奇の視線・・・
悲哀・同情・哀悼の意といった潤いのあるものではなく、単なる“恐いもの見たさの乾いた好奇心” を感じることが少なくない。
その死よりも、好奇の視線に晒されることの方に気の毒さを覚えることがある。
自殺遺体・損傷遺体・腐乱遺体などの変異遺体の場合は特に。
しかしまた、自分自身が、そんな好奇心を持ってしまうこともある。
残念ながら、そこには、死体にまとわりつくウジやハエと大差ない自分がおり、“自分自身が、死体を見世物にしてしまう”という自己矛盾を抱えている自分がいるのである。

哀悼の意を好奇心が勝るとき、死体は見世物になる。
しかし、本来、死体は見世物ではない。
結局のところ、後の自分なのである。
そして、私は、見世物になりたくない。
自分の屍を見世物にされたくないと思っている。
だから、私は、自己矛盾を抱えながらも、自分の屍と扱う遺体を重ねて、“死体を見世物にしない”ことに軸足を置いた仕事をしている。

もちろん、これが、正しいことかどうかはわからない。
中には、「多くの人に自分の屍を見てほしい」「多くの人に家族の亡骸を見てほしい」という人もいるかもしれないし、“価値観の押し売り”なっている可能性も否定できないから。
また、習慣習俗として継承されている葬送儀礼の一部を否定することになっているかもしれないから。
ただ、自分の頭で何も考えず、自分の心を何も動かさないでいては、この仕事を自分がやっていることの意味が見出せない・・・
・・・深く考える必要のないことかもしれないけど、そう思う。


自己矛盾の、こっち側とむこう側を行ったり来たりするのが生きること・・・
そして、自己矛盾の、こっち側と向こう側を行ったり来たりしなければならないのが人生・・・
その中にあっても、私は、他人の死を、悼むことができないまま。
この仕事のことも、“ビジネス”と割り切ったまま。
だけど、この仕事をやるうえでは、わずかでも、故人の遺志や遺族の立場を慮ることのできる心と頭を持ち合わせていたいと思っている。
小さなことだけど、それが、この仕事をやるうえで大切な資格かもしれないから。





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Ad便ture

2010-11-12 11:39:47 | Weblog
いきなりの、汚い話で申し訳ないけど・・・
(ま、もともと汚い話の多いブログだけど・・・)
私は、深酒した翌日は、腹を下すことが多い。
“酒を飲んで腹を壊すのは、肝臓が悪い証拠”とも言われるそうだが、その確率が極めて高い。
しかも、それは、いきなりくる。
ほとんどは、翌日の早朝一回で済むのだが、かなり飲んだときは二回~三回と複数回もよおしてしまう。
だから、それに当る日は、二日酔いの頭痛や倦怠感とともに、それなりの緊張感がついてまわるのである。

その日も、深酒をした次の日。
私は、“二日酔い”の身体を抱え、腐乱死体現場を調査するため、とある街に出かけたときのことだった・・・


「早すぎたかな・・・」
私は、依頼者との約束の時刻を前にして現場に到着。
そこは狭い路地の奥にあるアパートで、近くに車を置くスペースはなし。
私は、少し離れたコインPに車を置き、徒歩でアパートにUターン。
いつもの小道具を小脇に抱え、アパートの前に立って依頼者が現れるのを待った。

「ん?・・・アレ?・・・また?・・・」
そうしていたところ、いきなり、下腹部に違和感を感知。
そう・・・朝から腹の具合がよくなかった私は、“大”をもよおしてきたのだった。
その違和感は、時間経過とともに嫌な予感を感じさせる鈍痛に進化。
それは次第に大きくなり、嫌な予感は恐ろしい確信へと変化。
それまでの経験から、腹と尻が制御不能の状態に陥ることは明らかで、そのうち、背筋には悪寒が走りはじめ、心臓は鼓動を大きくしてきた。

「これ・・・ちょっと・・・マズイかも・・・」
依頼者と約束した時間は、迫ってきている。
しかし、ギュルギュルと怪音を発する腹を抱えてしまっては、尻が決壊するのも時間の問題。
究極の選択に迫られた私の頭は、右往左往。
いい年をした大人とは思えないような、幼稚なパニックに陥ってしまった。

「落ち着け!落ち着け!」
私は、車で走ってきた道程や、駐車場から歩いてきた経路の周辺景色を回想。
コンビニ・GS・公園etc・・・近辺にトイレが借りられそうな所がなかったか、慌てる頭の中に探した。
そして、そう遠くないところに一軒のコンビニがあったのを思い出した。

「(依頼者が)そろそろ来るかも・・・」
私の頭には、若干の迷いが・・・
依頼者が来るのを待って、現場のトイレを借りた方が早いかも・・・
しかし、いきなりのトイレ借用とは、あまりに不躾すぎる・・・
しかも、部屋のトイレが普通の状態である保証はどこにもないし・・・
用を足すために、一旦、そこを離れるか・・・
しかし、約束の時刻はもうすぐ・・・
私は、依頼者との約束をやぶる気マズさと、ウ○コ漏洩の危機を天秤にかけた。

「ダメだ!我慢できん!」
長く迷うことはなかった。
“漏らすわけにはいかない!”と短い時間で判断した私は、一旦、現場を離れることに。
ウソも方便、依頼者に道路渋滞を理由に遅れる旨を電話。
そして、頭に浮かべた地図を頼りに、足早にコンビニを目指した。
ただ、策が決まっても腹の状態は“山あり谷あり”、起伏はおさまらず。
“山”のときは静かに徐行、“谷”のときは一気に駆け足。
そうして、目当てのコンビニに向かって、冷や汗をかきながら歩を進めた。

「ヨッシャ!間に合った!」
やっとのことで到達したコンビニは、幸いなことに客用トイレが設置されている店。
更に、“先客”もない模様。
“体裁男”の私は、緊急事態を悟られぬよう店員に声をかけ、内心とは裏腹に平静を装ってトイレに入った。
そして、ズボンのベルトと苦痛の緊張感を急いでゆるめた。
しかし、これで問題が解決したわけではなかった・・・。
不運なことに、そこには、トイレットペーパーがなかったのだ。

「ヴゥ・・・」
大腸は、モノを出そう!出そう!とするばかり。
そして、一度ゆるんでしまった尻の穴は、緊張感を取り戻しきれず・・・
刻一刻と何かが迫ってくる脅威が脂汗となって、額と手のひらに滲んできた。
・・・その緊迫した状況は、とても文字では表せない。
結局、私は、苦渋の決断というか・・・ひとつの決意を得て、用を足したのだった。

さて、その結末とは・・・
1)レジカウンターに行き、店員からトイレットペーパーをもらった。
2)店内でトイレットペーパーを買って持ち込んだ。
3)特掃隊長らしく、手で拭いた。
4)パンツで拭いて、その日はノーパンで過ごした。
答はこのうちの一つなのだが、ここは想像にお任せする。
自分では、なかなか勇気のいる行動だったと思っている。
(気が向いたら、今後のブログで公開するかもしれない。)


これと似たような経験を持つ人はいるだろうか・・・朝の駅のトイレの混みようを見ると、多分、少なからずいるだろう。
ことの大小や事態を問わなければ、日常生活において、ハラハラ・ドキドキすることは結構ある。
そういう意味で、人生は、ある種の冒険みたいなもの。
日々に起こる小さな冒険が積み重なって人生が形成されている。
そして、そういうところから、人生に面白みが生まれるのだろうとも思う。

だから、人は、安定を求めながらも刺激を欲しがる。
日常を維持したうえでの非日常を求める。
そういった意味では、私は“非日常”に恵まれている。
私の“汚死事”がまさにそう・・・
・・・一般の人にとって、私のオシゴトは非日常的な出来事に極まりないだろうから。

非日常的な事柄を相手にする仕事だから、「予定は未定」であることがほとんど。
明日のことはもちろん、今日のことさえ一日が終わってみないとわからない。
また、“ハラハラ”“ドキドキ”と、仕事の中に冒険的な要素がたくさんある。
不適切な用語かもしれないけど、“面白み”もある。
だからこそ、私のような根気のない人間にも務まっているのだろう。

しかし、楽しい冒険ならしたいけど、苦しい冒険はしたくない。
これが、正直なところ。
やはり、背負わされる労苦と苦悩を憂い、その労苦と苦悩から開放されることばかりを望む自分は、常にどこかにいる。
と同時に、「そもそも自分は、幸せに生る資格はあるのか?」「人生を楽しむ権利を持つのか?」と疑問に思う自分もいる。
なぜなら、その資格や権利の根拠となるものが見当たらない・・・
・・・人間社会がつくった法規範や人間関係から派生した道徳倫理には、それを類推させるものがあるだろうけど、それには本質的な根拠が見出せないから。

私は、このところ、この労苦も苦悩も自然・当然のことであると理解するようになっている。
ある種の達観か、一種の開き直りか、それとも悲しい諦めか・・・その正体はわからないけど、素直にそう思う。
ただ、そう考えることによって、気持ちが重くなることはない。暗くなることはない。
逆に、不思議と気持ちは軽くなる。明るくなる。
そして、喜び・嬉しさ・楽しさ等の幸福感に対する感度が増す。
越えなければならない山にたじろぎ、渡らなければならない谷に恐怖することがあるとしても、この労苦と苦悩が、人生を楽しむことを教えてくれているような気がしているのである。


日常は平凡に支配され、特別なことは何も起こらないと思っていないか・・・
しかし、「人生」という名の冒険は、何が起きてもおかしくない。
“死”を“非日常”として、たやすく他人事にしていないか・・・
しかし、自分にも、身近にいる人にも、いつか終わりの日がくる。
十年後か、一年後か、一ヵ月後か、一週間後か、それとも明日か・・・
いつ、どこで、どんな終わり方をするのか知りたいような、知りたくないような・・・興味はあるけど、それは“神のみぞ知る”こと。
予想も想像も、まったくできない。先は見えない。

それでも、“当り前のように思って生きている人生は、本当は当り前じゃない”ということを気づかせてくれる毎日に感謝して、楽しんでいるのである。
(そしてまた、ウ○コの話を人生哲学の話に着地させる独特の術と頭のギャップが我ながら可笑しくて、一人で笑っているのである。)




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秋のぬくもり

2010-11-02 11:39:16 | Weblog
秋は短し・・・
猛暑から開放されたと気を緩めていたら、いつの間にか外は肌寒くなっている。
春暖と秋涼の短さは、毎年のように感じることだが、それにしても短すぎる。
冬の寒さと夏の暑さは、「イヤ!」と言うほど長いのに、春の暖かさと秋の涼しさは「もうおしまい?」と思うほど短い。
食欲の秋も行楽の秋も、まだ何も満喫していないのに、もう秋は終わってしまうというのか・・・
どうも、季節を満喫するのは、後回しにしない方がよさそうだ。
そう・・・人生を満喫するのもね。

私は、“寒がり”な方ではないと思っている。
どちらかというと、“暑がり”ではないだろうか。
しかし、心は“寒がり”。
その本性に冷酷さを抱えながらも、常に、“ぬくもり”を必要としている。
そして、“ぬくもり”を得るため、ついつい、社会的な体裁や経済的な効果に寄り添ってしまう。
“ぬくもり”の本質は、そんなところにはないことを薄々気づいていながら・・・


先日、都内某所を車で走っていたときのこと。
両手に買い物袋をさげた一人の老人が、横断歩道をトボトボと歩いていた。
その歩調は、かなりのスローペース。
歩行者信号「青」が点滅し始めても、横断歩道の半ば。
青信号の点滅が終わるまでに渡りきれないことは、誰の目にも明らかだった。

その姿は、私を含め、多くの人の目を引いていたと思う。
そんな中、少しすると、歩道にいた若い男女が進み出てきた。
そして、男性は老人の荷物を持ち、女性は老人の腕を支えて、老人をサポート。
そのお陰で、赤信号の中、老人は無事に横断歩道を渡りきれたのだった

車であちこち走り回っている私は、同様の光景を何度も見かけることがある。
また、電車に乗っていても、老人や妊婦に席を譲る光景がよく見られる。
その親切は、小さなものかもしれない。
それでも、親切にした人、親切にされた人それぞれに、人の“ぬくもり”が感じられたはず。
そしてまた、私のような傍観者でさえも、心があったまるのである。

しかし、これとは逆に、人は、他人の不幸で自分の不幸を中和しようとする性質を持つ。
また、他人の不幸にスリルを求め、それを楽しむ冷たい性質もある。
・・・「人の不幸は蜜の味」と言われる類のものだ。
私は、これをよく“人間の悪性”と表現しているが、残念ながら、人の本性には、前記のような良性がありながらも、この悪性も混在している。
それでも、悪性を抑えようと奮闘努力したり、妥協したり、迎合したり、開き直ったり、深く考えないようにしたり・・・
はたまた、私のように、「偽善者」を自称して誤魔化したり・・・
・・・色々な策を講じて折り合いをつけながら、自分とその社会を成り立たせているのである。


現地調査の依頼が入った。
依頼者は、年配の女性。
亡くなったのは、女性の弟。
現場は、古いアパート。
「発見が遅れた」とのことで、特有のニオイと汚れがある様子。
私は、片方の脳で女性の話を聞きながら、もう片方の脳で現場急行の仕度を整えた。

女性が提供してくれる情報を整理すると、私には、現地調査は急務と思われた。
しかしながら、女性は、落ち着いた様子。
何かに急かされているような雰囲気はなし。
「まだ、何も手をつけていないものですから・・・」と、現地調査の日時を二週間余後に希望してきた。

私は、急行を要望されるものとばかり思っていたため、ちょっと拍子抜け。
同時に、“まだ、何も手をつけていない”という言葉が引っかかった私は、“その類の清掃を請け負うこともできる”旨を伝えた。
ただ、その作業を無料で行うわけではないため、それ以上の御節介はやかなかった。
そして、結局、現地調査の日程は、女性の希望した日となった。

現場は、ビルが建ち並ぶ繁華街。
教わった住所をカーナビが案内してくれたが、入り組んだ路地に車は入っていけず。
結果、近くのコインPに車を置き、徒歩で目的のアパートに向かうことに。
方向音痴の私は、何度も後ろを振り返り、その景色を目に焼き付けながら歩を進めた。

目的のアパートは、周囲の景色に溶け込んでおらず。
日当たりの悪そうなビルの陰に、押し潰されるように建っていた。
依頼者の女性が言っていた通り、かなり古そうで、いたるところが朽廃。
全体的に傾いているようにも見受けられ、「ホントに人が住んでるの?」と疑いたくなるくらいだった。

私は、共同玄関らしき入口を発見。
薄暗い土間で靴を脱ぎ、土足のまま上がってもよさそうな汚れ具合の廊下を進んだ。
前方をみると、扉の開いた部屋が一室。
漂ってくるニオイと人の気配から、そこが目的の部屋であることを察した。

部屋には、年配の女性が一人。
過日、電話で話した依頼者だった。
私は、名を名乗って挨拶。
鼻に独特と異臭と、足の裏に独特の冷たさを感じながら、室内に足を踏み入れた。

部屋は四畳半の一間。
玄関もトイレも水道も共同。当然、風呂もなし。
家財生活用品も少なめで、全体的にモノクロの雰囲気。
何の説明がなくとも、故人の質素な生活ぶりがリアルに想像できた。

汚染痕は、足元の畳に、若干の頭髪をともなって薄く残留。
そして、その脇には、大きく膨らんだビニール袋。
私の目には、そこに汚腐団が詰められていることは明らかだった。
そして、その作業を女性がやったことも。
汚腐団を梱包し、腐敗液を掃除する作業が、身体的にも心的にも女性にとってどれだけ負担のかかるものだったか・・・
それを思い浮かべると、ちょっと切ない思いがした。

このアパートは、住人全員がいなくなったら取り壊される予定とのこと。
したがって、原状回復は無用。
家財生活用品を撤去処分するだけで、少々の汚損は放置していいとのことだった。
しかし、女性は、そのことを躊躇。
畳の汚染痕や部屋にこもる異臭を放置していくのに抵抗がある様子。
それは、“大家に申し訳ない”というよりも、“弟(故人)に申し訳ない”という想いからきているようだった。

故人は、60代の男性。
布団に寝転がり、テレビを観ながらの孤独死だった。
故人がそこに暮らしたのは40年弱。
若い頃、妻子と別れ、ここに移り住み、長年に渡って慎ましい生活を続けてきていた。
ずっとまじめに働いていたのだが、数年前に大病を患ってからは療養中心の生活。
周囲に迷惑をかけることを嫌い、晩年は、貯金を切り崩して生活を成り立たせていた。
それでも、故人は、大きく積み上がった定期預金を残していた。
「自分が死んだときは、娘に渡してほしい」との遺言とともに・・・

「兄弟(姉妹)は、他人のはじまり」という言葉を聞いたことがある。
なるほど・・・確かに、そうかもしれない。
自分の家庭を持ったりした場合、特にそうかも。
愛情や絆は、親兄弟(姉妹)より配偶者や子にスライドしていく。
しかし、女性と故人は、そうではなかったよう。
若いときに親を亡くした女性は、歳の離れた弟(故人)に対して半分母親みたいな感覚をもっていた。
そして、故人は故人で、そんな女性と別れた娘のことを大切に思っていたようだった。

「“うちに来なさい(一緒に暮らそう)”って何度も言ったんですけどねぇ・・・」
「・・・」
「“大丈夫!大丈夫!”って、言うことをきかなかったんですよ」
「そうだったんですか・・・」
「こんなに汚いところに40年も暮らして・・・」
「この部屋にもこの街にも、愛着があったんじゃないですかね・・・」
「・・・」
「でも、内心では嬉しかったと思いますし、そう言ってくれる人がいて心強かったと思いますよ」
「・・・だといいんですけどね・・・」
そこにいる女性からは、“悲しい”とか“寂しい”とかいった感情を超越した“ぬくもり”が滲み出ていた。
そして、そこには、人の“ぬくもり”を“ぬくもり”として感じる私もいた。


常日頃、寒風ばかり吹きさらしているように感じられる世の中・・・
懐の温かさと心の温かさが区別しにくい世の中・・・
クールに生きることがスマートに生きることと混同され、カッコいいとされる世の中・・・
しかし、人を思いやる気持ちや、人に親切にした経験は、誰しも持っているはず。
そう・・・一人一人は、結構あたたかいものだと思う。

この冬、私の精神は、どれだけ冷え込むことになるのか・・・
自分のために生きようとするから、ちょっとしたことで行き詰る。すぐにへこたれる。
しかし、自分以外の誰か、自分以外の何かのために生きることを覚えれば、もっと強くなれるのではないだろうか。
そのために、今、人の“ぬくもり”が心を支えることを学ばせてもらっているのかも・・・
人の冷たさばかりに気をとられて震えるのではなく、温かさを感じて喜ぶことの大切さを学ばせてもらっているのかも・・・
・・・私は、この歳になり、人生の秋を満喫させてもらっているのかもしれない。




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