2025年春、花の季節。
桜が明るい話題を振りまいてくれている一方で、スギ・ヒノキは辛い花粉を振りまいている。
ニュースは「例年に比べて飛散量が多い」と伝えているが、毎年、同じことを言われているような気がする。
となると、年々、増加の一途をたどっているということか。
眼の痒み、クシャミ・鼻水・鼻づまり等、患っている皆さんは なかなかツラそう。
自然に治癒する可能性はゼロに等しいそうで、医療をもってしても治すのは難しいらしい。
ある種、「不治の病」とも言えるのだろうか。
幸い、今現在、私自身に花粉症の自覚はない
ただ、時々、目蓋(まぶた)の淵がピリピリすることはある(花粉とは関係ないかもしれないけど)。
何をどう気をつけるべきなのかわからないけど、罹患発症するリスクは誰もが持っているそうなので油断はできない。
できることなら、このまま花粉症とは無縁でいたいものである。
訪れた現場は、住宅密集地に建つ一軒のアパート。
「築浅」というほど新しくもなければ、「築古」と言うほど古くもなし。
外観的には築十五年といったところか、細かなゴミが溜まったりしがちな共用部はきれいな状態を保持。
こういうところからも、管理会社の仕事ぶりはわかるもの。
日々の管理業務がキチンと行われていることが伺えた。
目的の部屋は一階の端、オシャレな出窓がついた部屋。
「そこがゴミ部屋になっている」とのこと。
仕事の依頼者は、旧知であるアパートの管理会社。
ある日の朝、私は管理会社の担当者と現地で待ち合わせ。
「居住者とは話がついている」とのことで、そのまま部屋に入り、できるだけのゴミを片付ける算段になっていた。
ゴミ問題が発覚して以降、管理会社と居住者の関係はキナ臭いものに。
で、担当者は、やや緊張の面持ち。
入居者と約束した時刻ピッタリに部屋のインターフォンをPush
しかし、中から反応はなし。
しばらくして、もう一度インターフォンをPush
しかし、またしても反応はなし。
担当者は慌てて居住者の携帯へ電話。
ただ、ここも応答なし。
「またやられたか?・・・」
それまでにも、何度か面談交渉の約束を反故にされたことがある担当者の顔色は焦りから怒りへと変化。
拳を固めたかと思うと、居住者を殴るかのようにゴン!ゴン!と強くドアを叩き始めた。
すると、にわかに中から物音が。
程なくしてドアが開き、居住者の男性がヌ~っと顔を覗かせてきた。
失礼な言い方になるが、男性は、ボロを纏ったホームレスのような風貌。
肌も日焼けとは違う脂っぽい褐色。
インターフォンは故障し、携帯は着信音量を下げていたため気づかなかったよう。
意図して無視していたわけではないようだったが、業者(私)の面前で出鼻を挫かれたかたちとなった担当者は、
「業者さんを連れてきました!」
「約束ですから、やらせてもらいますよ!」
と、ややケンカ腰。
その圧に押された男性は、気が進まなそうにしながらもドアを大きく開け、我々が中を覗きやすくするため壁際に身を避けた。
間取りは1K、奥まで途切れなく重症のゴミ部屋になっていることは足を踏み入れるまでもなく分かった。
発覚のキッカケは、アパートの他住人からの通報。
もともと、カーテンはずっと閉めっぱなしで、それだけでも怪しかったのだが、そのカーテンも次第に汚れ破れてきて薄気味悪ささえ漂わせるようになっていた。
そんな中でのある時、出窓から部屋の中が垣間見える状態になったことがあった。
驚いた住人は、すぐさま管理会社へ連絡。
確認要請を受けた管理会社も動かないわけにはいかず、男性に連絡をとり、部屋の状況を質問。
のらりくらりと回答をはぐらかす男性からは不審なニオイがプンプンし、直接確認を要請。
一方の男性は、仕事での不在を理由にして内見を頑なに拒否。
その態度は、ゴミを溜めていることを自ら白状しているのと同じことで、管理会社は立ち入り調査を強硬に要求し続け、男性も躱(かわ)し続け、攻防が続いた。
が、非は男性にあり、アノ手コノ手で攻勢をかけてくる管理会社を男性が防ぎきれるわけもなく、スペアキーを使って強制入室する旨の通告には白旗を上げざるを得なかった。
大家は激怒、管理会社もそれに呼応し、男性に対し ただちにゴミを片付けることを要求。
もちろん、部屋の清掃や内装設備の修繕も、更には、その後の強制退去をもチラつかせた。
男性がやるべきことは、地域で決められたゴミ袋を買い、決められた分別で袋に入れ、決められた日時に、決められた場所に出す・・・
少し面倒ではあっても、そんなに難しいことではない。
しかし、男性は、それをやらない。
「やる気はある」「やる」と口では言うが、実際にはやらない。
管理会社が幾度となく勧告しても、まったくやらない。
「やれ!」「やります・・・」「なんでやらない!?」「やりますから・・・」、堂々巡りで埒が明かず。
シビレを切らしてきた大家からのプレッシャーもあり、結局、管理会社は、強制的にゴミを片付けることを決断。
入室と処分について男性の同意をとったうえで書面を取り交わし、「金がない」という男性に分割弁済を約束させた上でかかる費用を立て替えることにした。
とは言え、男性の資力や暮らしぶりを鑑みると、立て替え払いはハイリスク。
で、組まれた予算は結構な廉価となった。
借りモノとはいえ、賃貸借契約が生きている以上、男性にはこの部屋を占有使用する権利がある。
また、ゴミとはいえ、室内にあるモノは、男性に所有権がある。
大家(貸主)であっても管理会社であっても、勝手に立ち入ることも勝手に片付けることも許されない。
ただ、大家は、ゴミ部屋を理由に賃貸借契約の解除(退去)を求めることは可能。
過去の裁判例においても、
「社会常識の範囲を遥かに越える著しく多量のゴミを放置する行為は賃貸借契約を解除する事由に構成するものと言わざるを得ない」(東京地裁1998年6月26日判例)
と、貸室をゴミ屋敷にしてしまった場合、賃貸人は契約の解除が可能であるとしている。
ただ、訴訟に発展した場合、度重なる注意の実施や裁判手続きなど長い時間・大きな労力・相応の費用が掛かるため、時間的にも精神的にもかなりの根気が必要になる。
結局のところ、揉めようが難航しようが当事者同士で話をつけるのが現実的なのである。
当室は、玄関上り口からゴミだらけ。
裸足や靴下足では入りたくない状態、土足で入っても汚れるのは部屋ではなく靴の方。
「汚いから」というだけでなく、何が落ちているかわからないので危険でもある。
かといって、靴下足の男性の手前、土足で入るのは無礼なので、私はワザとらしく上履きに履き替え、
「自分は外で待ってます(入りたくない)」
という担当者を外に残し、
「では、お邪魔します」
と、異常な汚宅ではなく普通の御宅に上がらせてもらうときのような恭(うやうや)しい物腰で足を踏み入れた。
一歩一歩をゴミに埋もらせながら奥へ進むと、ゴミ箱のごとき部屋が出現。
床は全面ゴミが覆い、場所によって山となり谷となり堆積。
多くは食品系のゴミ。
弁当の容器、空缶、ペットボトル、割箸、レジ袋、小分け調味料、残飯etⅽ・・・
特有の悪臭が充満するとともに、小ハエの集団が縦横無尽に乱舞。
壁についた糞は、ゴミの中に無数のゴキブリが隠れていることを示唆。
キッチンシンクも風呂もトイレも、真っ黒に汚れたうえゴミだらけで使用不能の状態。
その惨状において、管理会社に提示された予算内ですべてを片付けるのは不可能。
作業は限定的なものにせざるを得なかったが、目に見える成果をだすには男気やボランティア精神を発揮するほかない状況だった。
「終わったら画像を撮って報告して下さい」
私と男性の引き合わせを済ませた担当者は、そう言って現場を離脱。
そして、残された私は片付けを開始。
まずは、大まかに分別しながらゴミを袋に梱包。
袋がある程度の数になって場所をふさぐようになったら、外へ運び出し。
そしてまた梱包しては搬出し、それを繰り返した。
男性と二人きりの部屋、沈黙の空気にはなかなかの気マズさがあった。
特に、羞恥心や罪悪感に苛まれてだろう、男性は自分の部屋なのにスゴく居心地が悪そう。
そんな空気にストレスを感じた私は、ムードを和やかにすることを模索。
男性はコミ力が乏しく、人と話すのが苦手なようだったが、「捨てていい」「捨てたくない」の指示くらいはしてもらわないと仕事が進まない。
私は、コミュニケーションの足掛かりにするため、どこからどう見ても無価値のゴミは独断で始末しつつ、そうでないものは、どれだけ汚く傷んでいるものであっても一つ一つ男性に伺いを立てて取捨を選択。
そうしていると、にわかに人間関係ができていき、ちょっとした世間話ができるくらいの雰囲気ができていった。
大人のDVDを「いります・・・」としたときは恥ずかしそうにしたが、「私でも捨てませんよ マジで」とフォローすると笑みを浮かべた。
終始、男性から積極的に話しかけてくることはなかったものの、私が投げた質問以上の応えが返ってくるようになっていった。
年齢は60代前半、婚姻歴はなし。
仕事は運送業、中型トラックのドライバー。
長距離ではないものの昼夜の交代制で休みも不規則、ブラック企業にうまく(コキ)使われているような感じ。
食事は ほとんど買ってきた弁当、風呂は会社のシャワールームを時々、トイレは行き当たりばったりで会社・コンビニ・公園などを利用。
出生地は現場の隣県、あちこち転々として後、このアパートに来たのは十年近く前。
変な浪費癖もなく、勤勉かつ慎ましく生きてきたようだったが、資力が乏しいのは明らか。
管理会社が立て替える本件の作業費も、月々の家賃に上乗せして分割弁済するようだった。
口にこそ出さなかったが、男性は、前に暮らしていたところでもゴミを溜めたことがあるように思えた。
そして、「もうゴミは溜めない!」と決意して、ここへ越してきたのかもしれなかった。
しかし、その決意が続いたのは始めの頃だけで、次第に怠るようになり、そのうちやらなくなり、このような顛末となったよう。
自分の意志が貫徹できない、自分がコントロールできない・・・私は、男性のゴミ溜め癖に、単なる意志の弱さからくるものではない何かを感じ、得体の知れない同情心と不安感を覚えたのだった。
それから数か月後、別の案件で管理会社の担当者とやりとりする機会があったので、その後の男性の様子を訊いてみた。
部屋を復旧させるには莫大な費用がかかるうえ、男性に賠償金を担う力がないのは明らかで、裁判して勝ったとしても実質は大家が損をするだけ。
大家と管理会社は協議し、これまで、家賃の滞納が一度もなかったことを考慮して、「汚損状態のまま居住をみとめ家賃をもらい続ける方が無難」と判断したそう。
もちろん、「これ以上ゴミを溜めないこと」「少しずつでもいいから掃除をすすめること」等を確約させたうえで。
しかし! 「また、少しずつゴミが増えている」とのこと。
もちろん、私は仕事として(金銭目当てで)関わったのだが、私なりに、少しでも男性の役に立とうと頑張ったのも事実。
そして、男性が、ある意味で生まれ変わることを期待したのも事実。
それだけに、その報は無念だった。
と同時に、人(自分)に対する人(自分)の無力さに虚しさを感じた。
意外な人が意外なことをする、正常にみえる人が異常なことをする・・・
片付けたくても片付けられない、ダメとわかっていてもゴミを溜めてしまう・・・
私は、これまで、数多くのゴミ部屋の主と接してきた。
明らかに心身を病んでいることが見受けられる人もいたが、ほとんどの人は、一社会人として社会生活を問題なく送っている。
大企業の管理職や大学の教授など、社会的に地位のある人もいたりして、無職や引きこもりの人は珍しいくらい。
ゴミを溜めてしまう人の根本には自己管理能力の低さがあるのかもしれないが、ただ だらしないだけの人間なのだろうか・・・
表面上、ゴミを溜めてしまうことの原因は、生活スタイルや生活習慣にあるように見えるが、“やる気”の有無だけでは片付けられない、病気や障害など身体的または精神的な事情がある場合も少なくないはず。
目に見える病気や障害なら医療や行政に助けを求めることができるのだが、軽微な精神障害や知的障害は他人だけでなく自分も気づかないことがある。
そして、問題が起きたら自業自得と自分を責め、社会からも自己責任とされてしまう。
安易に、欠点や弱点を病気や障害のせいにしてはならないが、実のところ、その違いは紙一重、表裏一体か。
人を非難するのも人ながら、人を慮(おもんばか)ることができるのも また人。
社会の陰にゴミ部屋・ゴミ屋敷が多いように、人の陰にも“不知の病”は多いのかもしれない。