特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

損得感情

2018-10-30 08:50:53 | 腐乱死体
深まりつつある秋、快適な十月も もう終わる。
ついこの前まで、酷暑と闘っていたのに・・・秋は短い。
寒冷な朝の空気と葉の落ちた樹々には、冬の気配すら感じる。
この涼しさは、心身には優しいのだが、「またこの季節が来たのかぁ・・・」と溜息をついてしまうことがある。
持病?の冬鬱もそうなのだが、それは毎晩の入浴。
以前書いたことがあるけど、ケチな私は寒い冬でも湯に浸かることが少ない。
湯を大量に使い捨てることが損なことのように思えてしまうのだ。
だから、シャワーで済ませることがほとんど。
で、寒い日はこれがなかなかキツい。
当然、浴室暖房なんかないし、シャワー(湯)を出しっぱなしにもしない。
だからといって、仕事柄、風呂に入らないわけにもいかず、身体と懐の寒さに身を震わせているのである。

酒にしたってそう。
私は完全な“家飲み主義者”。
“たまには外で飲みたいな”と思うこともあるけど、行き帰りが面倒臭いし、相手もいない。
何より、かかる費用が違う。
同じ銘柄の酒を飲んでも、家と外では三倍くらい違うのではないかと思う。
肴まで入れると、それじゃ済まないのはハッキリしている。
似たような酒肴に数倍の金を払うことが損なことのように思えてしまうのだ。
そう考えると、当然、外で飲む気は失せる。
また、そんなこと心配しながら飲む酒は美味くないだろうし、宴も楽しくないだろう

「守銭奴」「拝金主義者」「ケチで強欲」
それを自認している私は、上記のように、事あるごとに、また何かにつけ、金銭的な損得勘定でモノを判断するクセがある。
しかし、実のところは、そういった性質で金銭的にはわずかばかり得をしているのかもしれないけど、“人も幸せ”という面では大きく損をしているような気がしてならない。
上手に損得勘定しながら世を渡っているつもりが、その損得勘定そのものが自分の幸せを削っているのかもしれない。
一度きりの人生、二度とない人生、こんなもったいない話はない・・・こんな損な話はない。
そう思うと、この損得感情も危機として、放っておくわけにはいかないのである。


ちょっと、ここから現場の話に移ろう。

取り扱う仕事には、保険がからむ案件も珍しくない。
故人が加入していた生命保険だけではなく建物に関係する保険も。
建物に関する保険は、火災保険や家財保険、地震保険だけではなく、昨今は、孤独死が発生した場合に備える保険もある。
もちろん、加入条件や現場状況によって保険の適用内容は異なるけど、当該建物が事前にその類の保険に加入していれば、その原状回復(復旧)にあたって保険が適用される場合があるわけだ。
ただ、この場合も、保険機能を適正に運用するため、専門家(鑑定会社の鑑定人)が現地を調査し保険適用の有無や要否を査定する。
つまり、専門の鑑定人による現地調査を行わなければならないのである。
私は、求められて この作業に立ち会うことが少なくない。
場数だけは誰よりも踏んでいるので、こんなダメ人間のポンコツ親父でも 何かと役に立つことがあるのだ。

この現場も然り。
合流したのは、遺族でもなく 管理会社の担当者でもなく 大家でもなく 鑑定会社の担当者。
保険適用に関する調査・査定をする鑑定人、30代後半くらいの男性。
鑑定人としては、ベテランの域に入りつつある雰囲気。
ただ、この現場は気が進まないのか、ちょっと腰が引けたような感じで、
「よろしくお願いします・・・」
と、頼るような目を私に向けて名刺を差し出した。

男性は、これまでにも孤独死の現場を鑑定したことは何度かあったが、詳しく訊いたところ、どこも“ライト級”だったよう。
しかし、今回は「かなりヒドい」ということで、会社から手袋・マスクをはじめ、長靴やレインコートも持参。
会社の命により、安心の?重装備を用意していた。
ただ、男性は、孤独死現場の凄惨さにレベル感は持っておらず、猛暑の中、会社に大荷物を持たされたことに“そこまでしなくても・・・”と、不満を覚えているようだった。

一方の私は、特段の装備はなし。
暑いから防護服も着ないし、息苦しいから専用マスクもなし。
装備といえば、紙マスク・ラテックスグローブ(使い捨て手袋)・シューズカバーくらい。
一式は常に車載してはいるものの、防護服を着ないのはかなり前からで、最近の私は、余程のことがないかぎり、専用マスクも使わなくなっている。
衛生面を考えれば好ましくないけど、息苦しいし 顔に痕が残るし・・・
この歳になると皮膚の弾力もなくなり、顔(頬)についたマスクの痕がなかなかとれないわけ(たいしたツラじゃないから 気にする必要はないんだろうけど)。
“ウ○コ男”になるのも日常茶飯事だし、だいたいの悪臭は我慢できるから(嘔吐く新鮮さ?も失っている)、結局、軽装で済むのである。

玄人だと思っていた私が素人っぽい恰好をしているのを妙に思ったのだろう、男性は、
「そのままですか!?」
少し驚き気味に訊いてきた。
「えぇ・・・もう慣れてますから・・・暑苦しくて、ニオイより暑さにやられてしまいますよ」
と、私は、当たり前のことのように返答。
すると、男性は、
「私も、このままで大丈夫ですかね?」
と期待感を滲ませながら訊いてきた。
猛暑の中、できることなら男性も軽装のままで事を済ませたいよう。
しかし、私は、
「ニオイがついて モノ凄くクサくなりますよ・・・服とか髪とかに・・・電車も乗りにくいし、店とかにも寄れないですよ・・・」
と、忠告。
その後にも別の現場に行く予定があった男性は、結局、防護備品を身に着けることに。
大汗をカキカキ、用意してきた装備品を身にまとった。


現場は、小さなアパートの一室。
亡くなったのは部屋の主で、老年の男性。
季節は真夏で、死後1~2週間。
周辺には異臭が漏洩し、窓には無数の蠅が集っていた。
部屋を見るまでもなく・・・故人の肉体は、ほとんど液状化していることが容易に想像された。

異臭は外にまで漏洩。
それは、同じアパートの他室だけではなく、風向きによっては周辺の建物内部にまで到達してしまうくらいのレベル。
「これが、そのニオイですか?」
部屋への歩を進める中で そのニオイを感知した男性は、眉をひそめた。
「そうです・・・中は もっとスゴいですよ・・・」
脅すつもりはなかったが、事実であるが故、そう応えざるを得なかった。
「そ・・・そうなんですか・・・」
男性は、固くした表情を更に強張らせた。
「近隣に迷惑がかかるし、苦情がくると困るので、ドアを開けたらすぐに入って下さいね」
プレッシャーをかけるつもりはなかったが、事実であるが故、そう言わざるを得なかった。

開錠入室の責任者は男性。
私は二番手に回り、ノブを握る男性の背後に控えた。
男性は、少々の間をとって後、ドアをゆっくり引いた。
すると、
「うわッ!!」
といった男性の驚嘆とともに、間髪入れず 室内から何匹ものハエと強烈な異臭が噴出。
それに驚いた男性は、私の進言も忘れ、そのまま 素早く中に入るどころか、後ろにいる私にぶつかることも気にせず後退して玄関を閉めてしまった。

「何ですか!?今のは!?」
「ハエです・・・」
「・・・・・」
「中には凄まじい数がいると思いますよ・・・」
「・・・・・」
「大丈夫ですか?」
「・・・やっぱ・・・無理・・・無理です・・・」
男性は、首を横に振りながら 更に後退。
しかし、部屋に入って、中の汚損状況を観察・査定するのは男性の役目。
中に入らないと仕事にならない。
ただ、凄惨過ぎる室内に男性は完全にビビって 入る気力を喪失したようだった。

男性は、思案の末、自分の会社に電話。
相手は職場の上司だろう、室内調査の役目を免れるため、汗が涙に変わりそうなくらいのハイテンションで現場の状況を報告。
レインコートはサウナスーツと化し、その内側が汗で濡れてきているのは外からもわかり、それに冷汗や心涙が加わったような状態。
でも、そんなこと意に介さず 必死に自分の苦境を訴える男性。
私の目には、こういう現場と分かったうえで損な役回りを背負わされたサラリーマンの悲哀が映り、同時に、その姿には同情心が湧いてきた。

腐乱死体現場の惨状を言葉で伝え、相手に理解させるのは至難の業。
素人・一般人なら尚更で、わかってもらえなくて困ることは私でも多々ある。
男性は、なかなかわかってくれない上司に 電話では意味をなさない身振り手振りを交えて熱弁。
そして、しばしのやりとりの後、男性の要望は何とか通った。
男性は、上司に嬉しそうに何度も礼を言い、ホッとしたような笑顔で電話を終えた。

そうなると、不本意ながら、私の出番がやってくる。
よくあるパターンだが、電話の会話を傍らで聞いていた私は、すぐにピンときた。
男性は、バッグから取り出した小さなデジカメを恭(うやうや)しく両手で持ち、姿勢を屈めて、
「大変申し訳ないのですが・・・中の様子を撮ってきてもらうことはできないでしょうか・・・」
と言って、再び頼るような視線を私に向けた。

私も自分の仕事として現地調査をする必要がある。
つまり、私には“室内に入らない”という選択肢はない。
どうせなら、一人で入る方が気楽でいいくらい。
だから、断る理由はない。
しかも、男性は、真顔で低姿勢。
立場を利用したり同情心を煽ったりして 嫌な雑用を他人に押し付ける輩に何度も遭遇してきたことがある私は、男性がそういう類の人間ではないことがわかったので、
「立ち入りに関する責任をそちらで持っていただければ、かまいませんよ」
と、二つ返事で引き受けた。


室内の調査・撮影を終え外に出た私は、“超”をつけてもいいくらいの“ウ○コ男”と化していた。
男性は、もう用がないのだから、少しでも涼しい恰好で身軽に待っていればいいものを、猛暑の中、着用した装備はそのままに、玄関の脇に直立していた。
並の人間なら、さっさと装備を解いて、どこか涼しい日陰で座り込んでいたりするもの。
しかし、男性はそうしなかった。
多分、損な役回りを肩代わりさせた私への礼儀のつもりだったのだろう。
私は、こういった些細な気遣いができたり、礼儀が守れたりする人間には大きな好感を持つ。
また、室内の撮影なんて、自分の仕事のついでにやった簡単なもので、私にとっては“お安い御用”。
“損な役回り”なんてフテ腐れるわけはなく、それどころか、男性の律義さと 私を頼りにしてくれたことが嬉しくて 得したような気分を味わったくらいだった。

男性は、私が放つ悪臭に戸惑いの表情を浮かべながら、時限爆弾でも触るかのようにそっと私からカメラを受け取り、時限装置を解除するかのようにボタンを操作し恐る恐るその画像を開けた。
一枚目を見た男性は目を大きく見開いた。
あまりのグロテスクさに驚いたよう。
そして、画像をめくるにしたがって、その表情を曇らせていき
「こういう状態になるんですか・・・」
「ものスゴいことになってますね・・・」
「申し訳なかったですけど・・・やはり、入らなくてよかったです・・・」
と、驚嘆を超えた溜息のような息を何度も吐きながら心情を吐露した。

同時に、男性は、
「それにしても、大変なお仕事ですね・・・」
と、どこでも誰からもよく言われる ありきたりの言葉を口にした。
「まぁ・・・よく言われます・・・」
そういった言葉に、蔑視されているような悪意を感じてしまう私・・・善意を感じられなくなっている私は、不用意に表情を曇らせ 無愛想な返事をしてしまった。
そんな私の心情が伝わったのか、男性は何か訊きたそうな顔をしたものの 何も言わず口ごもった。
多分、私に対して、感心するような、呆れるような、憐れむような・・・何か理解しがたい違和感・異質感が湧いてきた・・・何とも言えない不思議な感情を抱いたのだろう。


現地調査を終え、男性と別れた帰り道、私は、男性が口にしなかった言葉を自分に問いかけてみた。
「俺は、何のためにこんな仕事をやっているのか?」
「どうして続けているのか?」
「何か得なことがあるのか?」

ただの成り行き・・・金のため・・・生活のため・・・
信念はない・・・使命感もない・・・“依頼者のため”なんて想いもない・・・
休みは少ない・・・不規則、不安定・・・楽な暮らしができるほど稼げない・・・
仕事はキツい・・・ときに精神を患い・・・肉体は疲弊する・・・
カッコ悪い・・・世間から蔑視・嫌悪される・・・人にバカにされることもある・・・
努力できないから仕方がない・・・忍耐できないから仕方がない・・・自分が能無しだから仕方がない・・・
どこからどう見ても得な仕事ではない・・・

でも、損な仕事でもない・・・“損な仕事”とは思いたくない。
“損”だと思ってしまうこと・・・そのことによって、自分の人生は損をする、自分は人生を損させる・・・自分の幸せが削られてしまう。
一度きりの人生、二度とない人生、こんなもったいない話はない・・・こんな損な話はない。
そう思うと、この損得感情も危機として、放っておくわけにはいかない。

賤職だろうが、汚仕事だろうが、ダメ人間のポンコツ親父だろうが、「懸命に働く」ということの“美”は確かにある。
私は、自分を騙してでも、懸命に働いて 懸命に生きて、“幸せなウ○コ男になりたい”と思っている。
それが、私の一生において 得な生き方のはずだから。



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