特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

人情味(後編)

2009-05-26 12:31:36 | Weblog
世の中には、ボランティアで働いたり、他人のための無償奉仕を惜しまない人が多くいる。
そんな生き方が、苦にならない人がいる。

〝人助け〟には、少なからず、苦痛や自己犠牲がともなうはず。
それを、金銭と引き替えずに喜びと満足に変えるなんてことは、なかなかできることではない。

頭はよくないくせに、打算だけはよく働くこの私。
物事を損得以外で考える思考回路を、持ち合わせていない。
だから、強いられもしないのに、どうしてそういう生き方ができるのか不思議である。

不思議に思うだけならまだしも、かつて私は、その類のことを冷視していたことがある。
ビジネス性の強いチャリティーイベント等に、強い嫌悪感を覚えていたのだ。

特に若い頃・・・10代・20代の頃は、それが顕著。
人の打算や利害・表裏や偽善ばかりが目について、とても賛同する気にはなれなかった。

しかし、そもそも、人間に、完璧な善行なんてできやしない。
人間なんて、そんなにデキた動物ではない。
短所もあれば愚所もある
弱点もあれば欠点もある。
表があれば、裏もある。
陽があれば、陰もある。
それが、〝人間〟というもの。

問題なのは、そんな人間の不完全性ではなく、そこばかりに目がいく私の感性。
他人が悪人に見えてしまうのは、見る目が邪悪だから。
他人が偽善者に見えてしまうのは、見る目が不誠実だから。
同様に、他人の打算や利害・表裏や偽善ばかりが目につくのは、自分の頭がそれらに侵されているから。
結果は、それがもたらすのは、何もせずに傍観し、ただただ、くだらない批評や非難で利口者気分を味わって満足するだけの情けない自分・・・
とにもかくにも、こんな風に、理屈ばかりこねている私なんかより、どんなに小さくても、偽善や打算がつきまとっていても、身を削って行動している人の方がずっと立派だ。


前回の続き・・・

しばらくすると、大家の男性と不動産会社の担当者がやってきた。
二人とも、見た目は、〝おじさん〟というより〝おじいさん〟。
不動産屋の男性は、個人事業の社長らしく、地域密着で古くから商っているよう。
二人の付き合いは長いようで、幼なじみかと思うくらい随分と親しげ。
同様に、住民達とも古くからの顔見知り。
ただ、苦情に応えていないからだろうか、住民女性達に対して少し気マズそう。
一方、女性達は、いたって穏やか。
こちらも、見た目は〝おばさん〟というより〝おばあさん〟。
苦情らしい苦情も言わず、ニコニコと愛想よくしていた。

年配者には年配者ならではの、若年者にはない懐の深さがある。
悪い意味で年寄り扱いしてはいけないが、いい意味での大らかさがある。
本来なら、ピリピリした空気に包まれてもよさそうなシチュエーションだったが、皆か醸し出すのんびりした雰囲気に自然とリラックスする私だった。

それから、またしばらくすると、故人の母親がやってきた。
特に身体が悪い訳でもなさそうだったが、何分にも高齢。
背中を丸めた前傾姿勢で、ゆっくりと歩いてきた。

その姿が見えるなり、穏やかに弾んでいた会話はストップ。
故人の死を悼む気持ちからなのか、母親を気の毒に思う気持ちからなのか、皆の表情と場の空気は、一気に神妙なものに変わった。

「うちの子が、迷惑をかけて申し訳ありません」
母親は、最初から詫びを入れるつもりだったよう。
我々の傍に寄ってくるなり、深々と頭を下げた。
「・・・」
そんな母親に、誰も声をかけず。
誰も、掛けるべき言葉が見つからないようで、無言で頭を下げるだけだった。


母親がいくら気の毒に思えても、関係者全員が揃ったからには本題を協議しない訳にはいかない。
しかし、大家も不動産屋も、老いた母親に面と向かっては言いにくいよう。
後始末に必要な作業と費用を説明するのは、おのずと私の役回りとなった。

私は、自分が口火を切ることに躊躇を覚えたが、〝これも必要な仕事〟と割り切り。
部屋を元に戻すための必要事項を、それぞれの立場に気を遣いながら説明した。
一方、聞く側の母親は、こちらが恐縮するくらいに平身低頭。
必要な話をしているだけとはいえ、弱い老人をいじめているみたいで、何とも気分のいいものではなかった。


一通りの説明が終わると、今度は、母親の方からポツリポツリ・・・
その話は、本件の言い訳をするつもりでも、後始末の同情を誘うつもりでもなく、ただ、故人(息子)のことを弁護してやりたいと思う親心からきたものだった・・・

「ついこの前も、うちに来たばかりだったんですよ・・・」
「あれが、最後になったんですね・・・」
現場アパート(故人宅)から少し離れたところに、母親も独り暮らし。
高齢独居を案じてのことだろう、故人は、母親によく電話をかけ、よく顔を見せにやって来ていた。

「いつも、私のことを心配してくれてまして・・・」
「〝生活が苦しい〟なんて、一言も言ってませんでした・・・」
故人は、母親に心配を掛けないように努めていたよう。
それで、母親もその生活苦を知らず。
裕福でないことは薄々感づいてはいたけど、家賃や公共料金を滞納するほど逼迫しているとは思ってもいなかった。

「昔から、気の優しい子でね・・・(金銭問題に)悪気はなかったはずです・・・」
「もっと、ちゃんと育てておいてやればね・・・」
母親は、自責の念が、後悔をこえた大きな重荷になっている様子。
その悲しそうな表情からは、集まった関係者だけでなく、故人にも謝りたいと思っている心情が読みとれた。


いくつになっても、親は親・子は子。
親子の愛情は、年齢に応じて形を変化させても、風化することはないのだろう。
既に中年に達していた故人を〝子〟と呼ぶ母親にそれが感じられ、同時に、母親が息子(故人)を想う気持ちと、故人(息子)が母親を想っていたであろう気持ちを考えると、暖かい切なさを感じた。

そして、それは、私だけではなかった・・・
住民女性の中には、母親の話に涙する人もいたりして、それぞれの人がそれぞれの想いを抱いたよう。
皆、固い表情をして、頷いていた。

大家・不動産屋・住民女性達、皆が子を持つ親。
親の気持ちは、言われなくてもわかる・・・皆、母親の気持ちが痛いほどわかったようで、その後の協議は、母親への同情を機軸に進められた。


「私ができることは、精一杯やる」
これが、母親の誠意。

「過ぎたことだから、滞納分の家賃は請求しない」
これが、大家の誠意。

「預かっている敷金は、全額返す」
これが、不動産屋の誠意。

「ゴミ出しを手伝う」
これが、住民女性達の誠意。

そうして、皆が、それぞれの親切心を働かせた。
しかし、肝心要の特掃・消臭消毒を担う人は誰もおらず・・・
さすがに、これだけは、情をもってしても、誰にもどうすることもできないようだった。

場は、〝皆で少しずつ労苦を分け合って、部屋を片付けよう〟といった暖かい雰囲気。
それはそれで感じるものはあったし、嬉しくも思った。
そして、私も、それに相乗りして善行気分を味わうこともできた・・・
しかし、私は、一時的な感傷に動かされて、タダ作業するわけにはいかなかった。

確かに、ここで自分が無償奉仕するれば、ここの人達には感謝されただろう。
しかし、経費がかかる以上は、別のところにシワ寄せがいくし、母親が両手を挙げて喜んでくれるとも思えず・・・
結局、経費ギリギリの代金と引き換えに、作業を行ったのだった。


心や身体が弱っているときは、それがどんな小さなものでも、人の親切は骨身に沁みるもの。
この時の母親も、そうだっただろう。
そして、心の痛みや悲しみは、人と分かち合うことで小さくなることがある。
この時の母親も、そうだったかもしれない・・・
どんなに小さくても、人情には、人を生かす大きな力があることを知った現場であった。


「情けは他人のためならず・・・巡り巡って己がためなり」







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人情味(前編)

2009-05-19 17:07:18 | Weblog
人間関係は、社会的動物である我々が生きていくうえで必要なものではあるけど、時に、煩わしいものでもある。
無人島に一人きりでは困るけど、人間社会にあっての一人きりは、わりと心地よかったりする。
特に、人と関わることを苦手とする私のような人間はそう。

いつの頃からか、私は、人間関係に楽しさを覚えることよりも、疲れを覚えることの方が多くなってきた。
〝仲間とワイワイ〟といったノリは歳とともになくなり、一人で静かに過ごすことを好むようになってきた。

今更、社交的なキャラにはなれないけど、とにもかくにも、人は一人では生きられないものなので、好む・好まざるに関わらず、一定の人間関係は保持しなければならない。
どうせ関わらなければならないなら、できる限り、愛と・誠と・善と・情をもとづいた関係をつくりたいものである。


調査を依頼された現場は、細い路地を迷路のように巡った奥にあるアパート。
私は、塀や電柱に当てないよう、車を慎重に徐行させた。

ナビが目的地指定したアパートの前には、何人かの年配女性達が屯。
議題は、意味のない雑談と噂話だろうか、どこの地域でも見られる井戸端会議をやっているようだった。

「こんにちはぁ」
マスクと手袋を見て、私が何者かわかったのだろう。
女性達は、車を降りて挨拶した私に軽く会釈。
アパートに歩く私に、好奇に感じる視線を送ってきた。

「ボロボロ・・・」
そこは、〝超〟をつけてもいいくらいの老朽アパート。
思わず眉を顰めてしまうくらいの建物だった。

「どの部屋だ?」
一般的なアパートなら、部屋番号は〝102〟とか〝203〟と表記。
しかし、このアパートの部屋は全て一桁の通し番号で記されており、私は教わっていた部屋番を探すため、端から順に一戸一戸を確認した。

「この部屋か?」
錆び付いた鉄階段を上がった二階に、目的の部屋を発見。
いつもの異臭が漂う玄関前に立って、とりあえず、外観を観察した。

「だいぶ、いるな・・・」
窓の内側には、大きく成長した無数のハエ。
それが、死んだ人間から出たとは思えないくらい活発に蠢いていた。

「貧困・・・」
足下には、ドアポストからハミ出たチラシや郵便物が散乱。
その中に混ざる公共料金や消費者金融の督促状が、故人の逼迫した暮らしぶりを代弁していた。

「失礼しま~す」
部屋は、〝オープンルーム〟。
泥棒を警戒する必要もなく、鍵は開いたままになっていた。

「予想通りだな・・・」
間取りは、シンプルな1K。
外観と同じく、中もかなり老朽。
小さな流し台と狭い和式トイレがあるだけで、風呂はなし。
窓も木製で、昭和30年代の佇まいがそのまま残っていた。

「随分、汚いなぁ・・・」
古い部屋でも、整理清掃が行き届いていれば、それなりの趣があるもの。
しかし、この部屋は、ゴミが散らかり放題の上、住人が腐乱していたものだから、〝趣〟どころの話ではなく、ただただ惨状を晒すのみとなっていた。

「これも、〝シンプルライフ〟って言うのかな・・・」
散らかっているとは言っても、家財生活用品は少量。
そこからもまた、故人が質素な生活を送っていたことが伺えた。

「でも、自殺じゃなさそうだな・・・」
人痕は、布団の上に残留。
警察が掛けていったであろう毛布の端からは、腐敗液の一部が顔を覗かせていた。

「うへぇ~・・・」
毛布をめくってみると、下からは、黒茶色の人型がついた敷布団。
更に、そこには、千万?億万?のウジが山盛ライスのように潜伏していた。

「畳もダメか?」
私は、敷布団の隅を指先で摘み上げた。
すると、その下にはビニールシート。
除湿?防カビ?失禁対策?・・・何のためだか、それは、以前から敷かれていたらしく、その御陰で、畳は何とか無事だった。


一通りの見分を終えた私は、数匹のハエとともに外へ。
井戸端会議を続ける女性達の視線を感じながら、車に乗り込んだ。

そして、まずは、不動産屋に電話。
部屋の中で見たことを、素人にも理解しやすいよう例を用いて説明した。
次に、大家に電話。
ショックを与えないよう、不動産屋に話たのと同じ内容のことを、表現を柔らかくして話した。
最後は、遺族である故人の母親に電話。
心を深く傷めていることを想定して、慎重に言葉を選びながら、部屋の状況を伝えた。

「業務責任は果たしている」
「原状回復費用は、当社が払う筋合いのものではない」
これが、不動産会社の言い分。

「生活も苦しそうだったので、家賃の滞納も大目に見てきた」
「後始末の費用までは負担できない」
これが、大家の言い分。

「少ない年金で、やっと生活しているような状態」
「貯金らしい貯金もないし、費用を負担したくても負担できない」
これが、母親の言い分。

「安くやるにも限界がある」
「代金がもらえないなら、作業はできない」
これが、私の言い分。

それぞれにそれぞれの立場と思惑があるのは、然るべきこと・・・
皆、唸ってばかりで、結論を得ず。
結局、その時点で、手を挙げる人は誰もおらず、現場に手のつける術を得られないまま電話は終わった。


八方ふさがりの状態になった私は、その場でしばらく黙想。
本件はそれで放るか、それとも次の手を考えるか、悶々と考えた。

ふと気がつくと、外に屯している女性達が私の方に視線をチラチラ。
どうやら、私に訊きたいこと・話したいことがあるよう。
私は、野次馬的な質疑には応答するつもりはなかったけど、近隣住民の考えを把握しておくことも必要と考え、笑顔をつくって車を降りた。


亡くなったのは、中年の男性。
死後二週間で発見。
それなりに腐乱が進んでおり、搬出時は、近所を巻き込んでの大騒ぎに。
そうして、遺体は何とか搬出されたものの、その後、積極的に後始末をする人は現れず。
そんな中で、悪臭は近所に漏洩し続け、窓につくハエは日に日に増殖。
その状態に、女性達(他住民)の不安も増殖。
不動産屋と大家への苦情も虚しく、部屋は放置されたまま、更に二週間が経過していた。

故人が、このアパートに暮らした期間は、十数年。
その生活は、最初から質素。
見栄を張ることもなく、強がりを言うこともなく、慎ましく生活。
その間、近隣住民達とも仲良く付き合っていた。
しかし、それが、ある時期を境に一変。
正職をなくして収入が不安定になったのを機に、故人は少しずつ人付き合いをしなくなり、そのうち、人目を避けるように。
亡くなる直前の数ヶ月は、外への出入りも見受けられなくなり、近所の人が故人の姿を見かけることもほとんどなかった。

故人は、晩年、一段と困窮した生活を強いられていたよう。
家賃の滞納をはじめ、水道光熱費の支払いもままならず、電気とガスを止められることもしばしば。
水道だけは、アパート全室の共同栓だったので、故人の部屋だけ止められることはなかったが、故人は、この費用も払わず、他住民の費用負担に便乗してタダ使用。
そんな故人が住民達から顰蹙をかわないわけはなく、その関係は、おのずと悪化していった。


住民達は、そんな故人のことが気にならない訳ではなかったが、一人一人、自分の生活を守っていくことで精一杯。
付き合いたがらない故人の意思を侵してまでお節介をやく余裕は誰にもなかった。
そうして、故人の存在は、次第に、誰の気にも留まらない稀薄なものに。
そんな状態での死は、早くに気づいてもらえるはずもなく、結果、気づいてもらえるまで、二週間を要したのであった。


そんなつもりはさらさらないのに、私は、関係者の話を聞くうちに、故人の代理人のような位置づけになりつつあり・・・
何の打開策も・そのヒントも持たないのに、大家・不動産屋・遺族(母親)・住民、四方の間を取り持つことを期待されているようにも感じられ、その後、増々困窮してしまう私であった。

つづく






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死屍糞人・獅子奮迅

2009-05-13 16:54:16 | Weblog
GWも終わり、皆、どんな気分で勤めを再開しているのだろうか。
鬱々としている人、晴れ晴れしている人、そこまで仕事にウェイトを置いてない人etc・・・色んな人がいるだろう。
連休に縁のない私は、気分の浮き沈みがなく過ごせているけど、俗に言われる〝五月病〟は、この時期に顕著に現れる。
特に、それは、新入社員にとっては深刻。

少し古いデータだが、大手企業に入社する新入社員のうち、約10%の人間が一年以内に退職するらしい。
つまり、10人に1人。
これが、二年以内になると約20%、三年以内は約30%になるとのこと。
〝大手企業〟と言われるからには、処遇もステイタス性もそこそこの会社だろう。
また、入社するために、ハードな就活も経験したはず。
なのに、たった三年の間に3人に1人の人間が辞めている・・・
この現実に自分の過去を重ねると、気が病んでいなくても溜息が漏れてしまう。


「このアパートなんですけどぉ・・・」
不動産会社の担当者は、現場アパートの前まで私を案内。
〝ここから先はお一人でどうぞ〟と言いたげな表情に意味深な笑顔を滲ませてそう言った。

「中、見られました?」
ブログでデカい口を叩いていたって、所詮、私も人の子。
心の準備に必要な情報を少しでも得るべく、担当者に尋ねた。

「一応・・・よくは見てませんけど・・・」
私を行かせる手前、〝見てない〟と言いにくかったのか、担当者は曖昧な態度。
気マズそうな顔で、そう応えた。

「ちゃんと見といてもらった方がいいんですけどねぇ・・・」
こういう仕事では、Before.Afterをキチンと確認してもらうのが原則。
汚染レベルが高い現場は特にそうで、私は、担当者に直接確認を促した。

「だ、大丈夫です!お任せします!」
担当者は、中に入ることを拒否。
笑みが混ざるくらいに余裕をみせていた表情は、恐怖に怯える表情に一変した。

「とりあえず、行ってきます」
グズグズしていると、軽く見られるように思えた私。
緊張を腹に隠し、玄関に向かって足を踏み出した。


「グハッ!」
玄関を開けると、いきなり濃厚な腐乱臭が鼻を直撃。
それは、並のパンチ力ではなく、私は、急いでマスクを装着した。

「う゛ぅ・・・」
目の前には、〝凄惨!〟という言葉では物足りないくらいの光景。
鳥肌を立たせるセピア色が、辺り一面を覆っていた。

「なんで?・・・」
腐敗粘土から滲み出た腐敗液は、トイレだけに留まらず。
火山から流れ出た溶岩のように、廊下を広く汚染していた。

「便・・・器?」
かたちは間違いなく便器だが、陶器の面影はなし。
元の色を完全に失い、土を塗りたくった粘土細工のような風体に変わっていた。

「・・・」
糞尿か・・・はたまた姿を変えた元人間か・・・
近づいて見るまでもなく、便器の中にはタップリの何かが溜まっていた。

「詰まってる?」
正体不明の汚物は、便器のキャパを越えて外に漏洩。
排管が詰まっていない訳はなかった。

「スゴ過ぎ・・・」
感心するつもりがなくても感心。
黄土色の粘液表面は、無数のウジが埋め尽くし、一匹一匹が楽しそうに?身体を伸縮させていた。

「〝一ヶ月から二ヶ月〟の間違いじゃないの!?」
〝死後1~2週間〟と聞いていた私だったが、目の前の汚物と時季はそれとリンクせず。
どこからどう見ても、桁が違っているように思われた。

「これを俺にどうしろっつーんだよ・・・」
答えはわかりきっているのに、お約束の愚痴。
次に考えなければならないことを思うと、私の気分は、憂鬱になる以外の選択肢を持てなかった。

「どおすっかなぁ・・・」
考えたくなくても、考えざるを得ず。
私の辞書に〝不可能〟の文字はあるのだが、とにかく、〝可能〟だけを前提に作業の段取りを模索する自分が、頼もしくもあり可笑しくもあった。


「何とかなります?」
担当者の顔には、心の内の好奇心がありあり。
私には、〝仕事〟としてよりも、〝見せ物〟として、〝何とかしてみてほしい〟と彼が考えているように思えた。

「掃除だけ元通りにするのは無理です」
そのトイレは、掃除で処理できるレベルを完全に超越。
再び使えるようにするには、丸ごと壊して新築するしかなかった。

「ですか・・・」
担当者も、そうなることは想像できていた様子。
特に、驚きも異論もないようだった。

「一応、撮ってきたんですけど、写真だけでも見てもらえないですか?」
これも、リスク管理の上で大切なプロセス。
私は、威圧感を漂わせて、担当者が断ってこないように予防線を張った。

「は、はぃ・・・」
担当者は、承諾はしたものの、本音はその逆のよう。
嫌悪感を隠すことなく、諦めたように画像に目を向けた。

「これが便器で、ここが床で、溜まってるのと広がってるのが腐敗物で・・・」
写真を一見しただけでは、何がどうなっているのかわかりにくい。
私は、画面に指先を当てながら、状況を細かく説明した。

「・・・」
頭の中で想像したのだろう・・・
担当者は、顔を蒼くして言葉を無くした。

「写真じゃ、伝えたいことの半分も伝わらないんですけど・・・」
私は、実状の凄まじさが、少しでもリアルに伝わるよう説明。
そして、これを掃除する作業の過酷さを担当者に察してもらった。


作業の日。

「これ、身体のどの部分かなぁ・・・」
〝元〟とは言え、人間に使うにはふさわしくない言葉かもしれないけど、見た目は、まさに〝ウ○コ〟。
床面に広がった腐敗汚物をかき集めると、バケツ一杯半・・・
更に、便器に溜まった腐敗汚物を汲み出すと、バケツ一杯半・・・
結果、私は、計バケツ三杯分もの元人間を始末することになった。

「なんで、俺はこんなことやってるんだろう・・・やらなきゃいけないんだろう・・・」
「生きるため・・・食うため・・・自分のため・・・金のため・・・これが俺の仕事・・・」
私は、作業中、ブツブツと自問自答。
時に自分を励ますように、時に自分を抑えるように・・・
まるで呪文でも唱えるかのように、それを繰り返した。

こんな汚仕事でも、私にとっては大切な仕事。
ポリシーらしいポリシーも、プライドらしいプライドもないけど、食べるためにやっている、生きるためにやっている仕事。
〝やめたい〟と思っても、〝やめよう〟とは思わない仕事。

仕事って、辞めるのは簡単。
ワガママ言わなければ、就くのもそう難しくない。
一番大変なのは、続けること・・・腰を据えてやり続けることではないだろうか。

往々にして、隣の芝は青く見える。
対して、自分がやっていることが枯れて見えるもの。
しかし、ここで勘違いしてはいけないのは、〝やりたいこと〟と〝やれること〟とはまったく別次元の話であるということ。

私だって、他にやってみたい仕事はたくさんある。
カッコいい仕事・イケてる仕事・流行の仕事・儲かる仕事etc・・・
しかし、その中に自分がやれる仕事はない。残念ながら。

自分の〝逃げ根性〟や〝怠け心〟を、〝夢〟や〝野心〟にすり替えてたって、結局、働かなければならないのは自分。
生きるための糧にする限り、ストレスや不平不満を覚えない仕事なんてないと思う。


「働かざる者、食うべからず」
(怠慢によって働かない者は、食うべからず)
色んな悩みを抱えつつも、このシンプルな教えをを肝に銘じて、死屍糞人に獅子奮迅している私である。





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彼のCurryと蟻と俺

2009-05-06 11:32:31 | Weblog
不動産会社から、特掃の依頼が入った。
現場は、管理している一軒家。
故人は、そこで一人暮らしをしていた中年の男性。
亡くなっていた場所は浴室で、浴槽の湯に浸かったままの状態。
〝死後2~3日が経過し、それなりに腐敗汚染が進んでいた〟とのことだった。

「早めに処理した方がよさそうですね」
担当者の慌てぶりからそれを察した私は、訪問する時間を段取り。
それから、〝2~3日ものの汚腐呂〟に対応できる準備を整え、現場に急行した。

「随分と、立派な家だけどなぁ・・・」
立派な家は、演出された○○屋敷のような様相。
私は、ちょっとビビりなが、予め教えられた所から隠しキーを取り出して、それで玄関を開けた。

「うはぁ~・・・」
ドアを開けると、覚悟の腐乱死体臭。
それは、部屋とは異なった、汚腐呂特有のニオイだった。

「ホントに2~3日か?」
歩を進めるに従って、異臭は濃厚に。
それは、かなりの期間を要して熟成したニオイに感じられ、半信半疑でマスクを装着した。

「Curry?・・・」(←何故か横文字)
目に飛び込んできた浴槽に、私の頭はそう反応。
その汚腐呂レベルは、私の想像をはるかに超越し、ものスゴい重圧となって私の呼吸を乱してきた。

「凄まじいな・・・」
光景もさることながら、ニオイも強烈!
そのパワーにマスクのフィルターもギブアップしたのか、〝肌にも嗅覚があるんじゃないか?〟と思われるくらいの異臭が身体で感じとれた。

「こいつのせいか?」
浴槽の脇には、何かの装置の操作パネル。
それは、いわゆる〝24時間風呂〟というやつで、それがずっと稼働していたようだった。

「これじゃ、イクはな・・・」
さしずめ〝弱火で2~3日〟と言ったところか・・・
本物のCurryは、煮込めば煮込む程に美味くなるものだが、これは、逆にマズいことになっていた。

「結構、深刻ですね・・・」
見分を終えた私は、外に出て不動産会社に電話。
保温で煮込まれた可能性を説明し、状況が深刻であることを伝えた。

「え!?今日中に!?」
担当者は、至急の作業を要望。
それに応えるしかないことは理性ではわかっていたけど、本性は完全に逃げ腰。
心の準備と作業の準備に、しばらくの猶予が必要だった。

「足りない道具もありますので、家の中の物を使っても構いませんか?」
遺族は、家財生活用品の処分も不動産会社に一任。
どちらにしろ、それらは廃棄されるものばかりなので、作業に必要な物は遠慮なく使っていいことになった。

「ま、とにかく、やるだけのことはやってみます」
〝仕事〟とは、往々にしてそういったもの。
私は、担当者に返事すると同時に、イヤがる自分にもそう言いきかせた。


現場となった家屋は故人の所有物件で、一般的に、不動産会社の管理下には置かれない家。
しかし、仕事で全国を飛び回り、家を空けていることが多かった故人は、日常の管理を不動産会社に委託していた。

故人には妻子はなく、親兄弟もおらず。
法廷相続人として遠い親戚が探されたが、日頃の付き合いはほとんどなく、単に血のつながりがあるのみ。
そんな親戚に、故人の家財生活用品や家屋への思い入れがある訳はなく、家財を先に処分してから、家自体も売却処分する意向とのことだった。

故人は、一線のビジネスマン。
なかなか仕事がデキる人だったようで、その生活は仕事中心。
経済はおのずと裕福で、誰に迷惑をかけることもなく、悠々自適の生活を送っていた。

仕事が好きだったかどうかは別として、故人も、一生懸命に働いていたのだろう。
そして、久し振りに帰ってきた我が家で、ゆっくり風呂に浸かって労働の疲れを癒していたのかもしれない。
一生、風呂から出られなくなるなんてことは露ほども疑わず・・・


Curryの正体は、脂・・・
人体の脂も、分離してしまえばただの動物性脂肪。
高い温度では透明に溶け、低い温度では黄白く固まる。
ここの場合、黄色く凝固した故人の脂が汚湯(汚水)の表面を覆い尽くしていた。
そして、その層の厚さは、故人の体格とその煮込まれ具合を私に悟らせた。

〝脂〟と言われるものがどれもそうであるように、故人から出たこの脂もドロドロのベタベタのギトギト。
そして、その黄色脂層の下は、コーヒー色の汚水。
更に、その底には、得体の知れない汚泥。
とにもかくにも、それらすべてを除去し・清掃し・消臭消毒するのが私のやるべき作業だった・・・


足りない道具の代わりに無理矢理の特掃魂を使ったせいか、私は、作業の山場を前に早々とギブアップ寸前に。
しかし、自分まで倒れては、それこそ、本末転倒。
私は、小休止するべく、グッタリする身体を引きずって玄関に向かった。

外に出ると、まずは急いでマスクを外し、貪るように深呼吸。
無臭の空気を美味に感じながら、一息ついた。
そして、人目につかない軒先に腰を降ろし、力みを解くために首をうなだれた。
すると、その視界に、動くものが入ってきた・・・

「コイツら・・・何かに悩むことなんて、あるのかなぁ・・・」
「毎日・毎日、同じ仕事の繰り返しで、イヤになんないのかなぁ・・・」
「女王蟻に生まれてこれなかったことを、嘆いたことはないのかなぁ・・・」
「コイツらだって、頑張って生きてるんだよなぁ・・・」
「つまらないこと考えてクヨクヨする俺より、そんなこと考えずに黙々と働く蟻の方が偉かったりするかもな・・・」

考えなくていいことを考える、考えても仕方のないことを考える、考えちゃいけないことを考える・・・それが〝人間〟というものか・・・
私は、地を這う蟻を眺めてボーッ・・・
凄惨な光景と過酷な作業は身体ばかりでなく脳まで溶かし、その頭には、とりとめもない考えばかりが沸々・・・
タバコでも吸えば頭がシャッキリしたのかもしれないが、タバコは嗜まない私。
コーヒーでも飲めば目がシャッキリしたのかもしれないが、コーヒーも好まない私。
ただ、ひたすら、Curryみたいに溶けた脳がもとのかたちに固まるのを待つしかなかった。


そうして、しばしの休息・・・

「そうだ・・・台所にあるだろうな・・・」
私は、家の中に戻り台所へ。
戸棚・吊棚・収納庫・流台etc・・・思いつくところに砂糖を探した。

「あった!これ!これ!」
私は、それをすぐに発見。
塩でないことを念入りに確認して軽く一掴みし、再び外に出た。

「ほら、御馳走だぞ!」
私は、地面に〝盛塩〟ならぬ〝盛砂糖〟を一山。
すると、すかさず一匹の蟻がそれを発見。
そして、そいつが合図したかのように、次々と蟻がやってきて・・・みるみるうちに黒山の蟻集りができた。

「賢いもんだな・・・」
少しすると、蟻達は秩序を形成。
怠ける者も私利私欲に走る者もおらず、一匹一匹が一粒一粒の砂糖を巣に運び始めた。

「お疲れさん・・・」
私は、その様をボーッと傍観。
そしてしばし後、劣等感に近い共感を覚えながら、重くなった腰を上げて空を見上げた。


過ぎたことは、すべてが夢幻の想い出・・・
私も含め多くの人が誤解しているが、自分を取り巻く〝現実〟という名の苦悩も、今の今の今、味わっている辛酸も、人を否定する力も人を不幸に陥れる力もない。
一瞬後には既に夢幻・・・気づいた時にはもう、その柵(シガラミ)の中に自分はいないのだ。

そして、悠久の時の中では、人の一生なんて限りなく〝無〟に近い小さなもの。
大宇宙の中では、その歩みも存在も、地に這う蟻と大差なく小さい。
これまた、私を含めて多くの人が誤解しているが、自分を苛む〝現実〟という名の苦悶も、今の今の今、襲いかかっている辛苦も、人生を壊す力も人の幸を奪う力もない。
一瞬後には既に夢幻・・・気づいた時にはもう、自分の背中からその小さな重荷は無くなっているのだ。


一通りの想いを巡らせた私は、小さな蟻を通してきた大きな知恵を掴み、故人の想いと彼のCurryを汲みに、再び汚腐呂に戻ったのであった。




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