特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

変身

2006-09-29 16:04:13 | Weblog
子供の頃、私の回りには多くの変身ヒーローがいた。
ウルトラマン・仮面ライダー・ゴレンジャー・キカイダーetc
ちょっとマイナーな者を含めると、もっとある。
ちなみに、私はそっち系のマニアではない。

彼等は、何故か窮地に陥るまでは変身しないで戦う。
そして、やっと変身したかと思うと、いきなりパワーアップ。
必殺技を繰り出して大逆転。
悪者を倒して一件落着。

毎回、「もっと早く変身すればいいのに」と思いながらも、お決まりのストーリーにのめり込む幼い私だった。

その他にも変身が得意(好き)な人達がいる。

「女性」だ。
女性は、持ち物や服装等によって見事に変身する。
その最たるものは化粧だろう。
全ての女性に当てはまる訳ではないだろうが、before.afterでは、とても同一人物とは思えないくらいの変身を遂げる人がいる。
自分の顔に化粧を施して変身するということは、ハイレベルな技術を要すると思われる。

また、凝り過ぎの化粧が、変身効果をマイナスに逆行させているような人もいる・・・汗をかいてパンダ顔になっている人とか。
・・・セクハラになるので、このネタはこの辺でやめておこう。

ま、女性の変身ぶりには感心するということだ。

まだ他にも、スゴイ変身ができるヤツがいる。
ウジ→ハエだ。

ある腐乱現場。
散らかった部屋の中央に、生々しい汚腐団があった。
「こりゃまたヒドイなぁ」
死体+布団+時間=汚腐団
なかなか完成度の高い汚腐団だった。

原則として、現場初見(見積)と特掃作業は別々の日に行うもの。
しかし、この現場では依頼者の強い希望で、汚腐団だけは直ちに梱包することになった。

汚腐団は、腐敗液で真っ黒に染まっていた。
敷布団をメインに、肌掛・毛布・掛布団まで汚染済み。
端を持ち上げただけで、布団とは思えないズッシリとした重量感。
目にも腕にも、腐敗液をタップリ吸っていることは明白だった。

当然、大小のウジがウヨウヨ。
無数のウジが、いくつかの大きな塊をつくっていた。
個々のウジを相手にしていてもラチがあかないので、私は、そのままの状態で汚腐団をクルクル巻き巻きして袋に入れた。
滴る腐敗液に「ヒェ~ッ」、漂う腐敗臭に「オェ~ッ」。
高濃度の腐敗ガス(メチャクチャ臭い!)を防ぐため、袋は完全密閉。
翌日の特掃作業で撤収するつもりで、その汚腐団袋は部屋の隅に置いておいた。

翌日の朝。
特掃の装備を携えた私は、現場に入った。
そして、前日に梱包しておいた汚腐団の袋を見て驚いた。
袋の内側を、無数のハエが黒く埋め尽くしていたのだ。

「お゛ーっ!なんだ?このハエはーっ!」
しばし頭が混乱。

昨日の時点では、袋の中にハエなんていなかった。
そして、完全密閉状態の袋には、外部からハエが進入できるはずもなかった。
しかも、現実には大量のハエが袋の中にいた。

前日、私が梱包した汚腐団には、大量のウジが暮らしていた。
そのウジ達が一晩でハエに羽化したのか・・・そうとしか考えようがなかった。

汚腐団の中は、ウジにとっては食べる物にも寝るところにも不自由しない快適な環境。
スクスクと成長したとしてもおかしくはない。

しかし、その成長スピードには目を見張るものがある。
前日の午後から当日の朝まで、24時間は経っていない。
正味、たった十数時間でウジは立派な?ハエに変身した訳だ。
んー、凄過ぎる!

ウジの変身パワーに、驚かされるばかりだった。
前段で女性の変身ネタを書いた。
では、男性はどうだろう。

自分より力のある人にはペコペコ、自分より弱い者には横柄に大威張り。
こんなのも、一種の変身かも。
TVヒーローや女性と違って、格好悪い変身だね。



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遺志

2006-09-28 17:34:08 | Weblog
遺体処置と遺品処理の作業で、ある家に訪問した。

亡くなったのは高齢の女性。
行年は、平均寿命を越えていた。
安らかな表情、身体は小さくとても痩せていた。

遺族は、故人の着衣を着替えさせてほしいと要望してきた。

ちょっとしたコツはいるが、作業的には簡単なもの。
だだ・・・私は、死んでいようが高齢だろうが女性は女性として尊重する主義。
故人の羞恥心に配慮したい旨を伝えた上で、遺族の指示を仰いだ。

遺族は私の気持ちを理解してくれたものの、困った表情を見せた。
そして、「これが着せ替えてほしい着物なんですけど」と言って、古ぼけた箱を私に手渡した。

それを受け取った私は、神妙な気持ちになった。

箱の蓋に「死んだら着せて下さい」と書いたメモが貼ってあったのだ。
何かのチラシの裏に書かれた文字は、生前の故人が書いたものだった。

女性の気丈さに感心と切なさを覚えた私。
「これは・・・着せ替えない訳にはいきませんね・・・」
「私が来たのも何かの縁でしょうから、できるかぎり配慮して着せ替えをさせていただきます」

私は、箱を開けて中の着物を取り出した。
中身は木綿の死装束だった。
故人の手作りらしく、お世辞にも立派とは言えない品物。
しかも、だいぶ以前に作っておいたのだろう、全体的に古く黄ばんでいた。

幸い、故人の身体は小さく痩せていたし死後硬直も軽かったので、肌を露にすることなくスムーズに着せ替えることができた。

故人の希望を叶えることができて、遺族も安心したようだった。
その後、厳粛ながらも和やかな雰囲気で納棺を滞りなく済ませた。

次に、私は遺品回収作業にとりかかった。
荷物はきれいに整理整頓されており、タンスも押入もキチンと整えられていた。
その様相からは、故人の几帳面な人柄がうかがえた。

私は、遺品の一つ一つを手に取りながら見分を始めた。
すると、ちょっと困ったことが発生。
タンスの一段一段、収納箱の一つ一つに例の遺言メモが貼ってあったのだ。

「○○に使う」「○○で使う」「○○にあげる」etc。
「不要品」「捨てる」といった類のメモは一切なく、全て再利用するのが当然といった感じだった。

遺品処理・遺品回収を平たく言うと、「廃品回収・不用品処理」だ。
しかし、故人にとって残した遺品は、廃品・不用品ではないのだろう。

これには遺族も困っていた。
「○○にあげる」とされる品物は、実際の○○さん達は欲しくない不要なモノ。
故人の想いに反して、荷物のほとんどが、そんな様なモノだった。

「んー、困った」
処分するしかない荷物。
しかし、故人の遺志を無視するのも偲びない。

例によって、私は勝手な思いを巡らせた。

「故人は、残される人達になるべく迷惑をかけないように逝きたかったのではないだろうか」
「遺族に負担をかけるくらいなら、遺品を処分しても許してくれるのではないだろうか」
「故人の思いを真摯に受け止め、できるだけ使えるモノを探して、それでも残ったモノは処分しよう」

その考えを遺族に伝えたら、そうすることになった。
そして、遺族に遺品を選別してもらった。
その間、私は部屋を出て待っていた。

部屋から聞こえる話し声から、故人の思い出話に花が咲いていることが分かった。
部屋には、故人を納めた柩もあったので、故人に話し掛けるような声も聞こえてきた。
笑い声もあり、和やかなものだった。

結局、少しの遺品を残して、大部分が不用品になってしまった。
遺族も故人に申し訳なさそうにしていたが、仕方がなかった。

人に寿命があるように、モノにも寿命があると思う。
モノが溢れる昨今は、寿命をまっとうする前に用無しにされるモノが多い。
しかし、故人が残した遺品はどれも平均寿命を越えているように思えた。

遺族達は、柩の窓から見える安らかな寝顔の故人に、「おはあちゃん、ありがとう」「おはあちゃん、ごめんね」と声を掛けていた。

上の方から、「気にしなくていいよ」と言う声が聞こえてきそうな温かい雰囲気だった。


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連絡【管理人】

2006-09-28 12:28:03 | Weblog
いつも特殊清掃「戦う男たち」を閲覧いただき、ありがとうございます。
ブログを会社ホームページからも閲覧できるように準備をすすめております。

私のスケジュールによっては会社のホームページにアップするほうが早い場合もありますのでご案内させていただきます。


特殊清掃「戦う男たち」
http://www.omoidekuyo.com/blog/
【工事中ですがよかったらどうぞ】


追記
文字が小さいというクレームが入りましたので、本日中に編集させていただきます。
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デストロイヤー

2006-09-27 16:46:59 | Weblog
「デストロイヤー」と聞いて何を思い浮かべるだろう。
私は、プロレスラー。
白いマスクをした謎の覆面レスラーだった。
・・・もう30年も前、懐かしい昔のことだ。

世の中には、今でも色々なデストロイヤーがいる。

特掃の依頼が入った。
現場はマンションのベランダ。
ベランダと言うより、ルーフバルコニーと言った感じの、広めのスペースだった。

そこには、大量の血痕が広がっており、茶色く乾いていた。

屋上から人が転落してきたらしい。
血痕の広さから、転落した本人は死んだものと思ったが、重傷は負ったものの一命は取り留めていた。

自殺を図って屋上から飛び降りたのだが、高幸か不幸か、その家のベランダに引っ掛かったらしい。

驚いたのは家の人(依頼者一家)。
ベランダから大きな衝撃音が聞こえたかと思ったら、人間が倒れていた・・・しかも、周囲は血まみれで。
それから、救急車が駆けつけたりして、大騒ぎになったらしい。

私が行ったとき、その家は既に空家になっていた。
依頼者一家は、まだ住宅ローンがタップリ残っているのに、「気持ち悪くて住めない」と、出て行ったらしい。
「とても、悲しくて寂しかった」とのこと。

すこし前まで、依頼者一家は古くて狭い公営団地で暮らしていた。
そして、夫婦でコツコツ貯めたお金を頭金に、夢のマンションを購入。
依頼者は、自分も嬉しかったが、妻子の喜ぶ姿が何よりも嬉しかったそう。
平凡でも、平穏な暮らしだった。
しかし、その生活を奪う人間が現れたのであった。

この件は、賠償問題に発展しそうだった。
そして、多分揉めることになるのだろう。
残念ながら、結果的に泣きを見るのは依頼者の方。
仮に、賠償金がとれたとしても、住宅ローン(売却損)・改修費用・引越費用・新生活の経費を満額補填できる金額にはならないはず。

日常生活はもちろん、経済的に受けるダメージも大きい。
平和な家族の暮らしが、一人の人間の勝手な行動によって、いきなり破壊された訳だ。
もう、それは取り返しがつかない。

不幸中の幸いだったのは、飛び降りた人が死ななかったこと。
第三者からすると、「死んだ」と「生きている」では印象がまるで違う。
将来、この部屋を売却するにしても賃貸にだすとしても、その生死は大きく影響してくるはず。

冷たいようだが、本人にとっては命が助かったことがよかったのかどうかは分からない。
ここまでいったら、助からない方がよかったかもしれないと思ってしまう。

どちらにしろ、迷惑をかける筋合いのない他人を不幸に陥れた責任は重い。

清掃作業自体は簡単なものだった。
血液の分解に効く洗剤を使って洗い流すのみ。
短時間で終了した。

作業終了に合わせて、依頼者に来てもらった。
そして、清掃後のベランダを確認してもらった。

依頼者は、いきなり襲ってきた災難に対する怒りと悲しみをどこに持って行けばいいのか分からないみたいだった。

この自殺未遂者に同情する気持ちなんてなく、怒り心頭の様子。
当然と言えば当然の感情だ。

「俺達の生活をブチ壊しにしやがって!」
「病室に殴りこんでやりたい!」
「自殺するくらいなら俺が殺してやる!」
「本人の生死なんて俺の知ったことではない」
「償いのために苦しんで生きるべきだ!」

私に愚痴ることで、少しでも欝憤が晴ればいいので、私は頷きながら黙って聞いていた。

「でも、本人は死ななくてよかったですね・・・色んな意味で」
と、私。

自殺は、自分の人生を破壊するだけでは終わらない。
他人をも巻き込んで、その人生を破壊していくところに、本当の恐さがある。


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昨日は夢、明日は希望

2006-09-26 18:24:39 | Weblog
我々は多くの糧を得て命を保っている。
そして、糧を失った時に、または失いそうになった時に不安に襲われ、落ち込む。

糧には色んなものがある。
何も、お金や食べ物だけではない。
人と人との繋がりや関わり、人間関係も大事な糧の一つ。
あと・・・夢や希望もね。

「人間は社会的動物」と言われるように、人は一人では生きていけないのだろう。
生まれた時から回りに人がいる私は、厳密に一人きりになったことがない。
ま、この社会にいる限りは一人きりになるなんて不可能だろう。
しかし、妙な孤独感に苛まれている人や、「自分は孤独だ」と思っている人は多いのではないだろうか。

以前にも書いたように、私は死体業に就く前の半年間を実家の一室に引きこもって過ごした。
半年という時間は、引きこもりとしては短い方だったのだろうが、当時の私は完全に世間と人を嫌悪していた。
「怯えていた」と言ってもいいかもしれない。

誰とも会いたくなく、誰とも関わりたくなく、一人きりでいたかった。
学生時代の友人・知人はそれぞれの世界にあり、音沙汰のない私のことなんか気にも留めていなかったと思う。

私にとっては、夢も希望も笑顔もない半年だった。
「人生は疲れることばかり」
そう思っていた。

そんな私は、今でも「物理的にある程度満たされていれば、人間は一人でも生きていけるのではないだろうか」と思うことがある。
人間関係に疲れた時は特にそう。

ある人の仲介で、家財整理・廃棄の相談を受けた。
私は、とりあえず現場に出向いた。
老朽アパートの一室、部屋の主は初老の男性だった。
一人暮しの部屋は、かなり異様だった。
天気のいい昼間なのに、光がなかった。

男性が教えてくれた生活ぶりはこうだった。

昼間でも雨戸を閉めきり、外の天気や明るさとは無縁の生活。
外が明るいうちは外出することはなく、夜でも滅多に外に出ない。
風呂には入らず、時々、身体を清拭。
洗髪は、ポットの湯と洗面器を使って行う。
生活のパートナーは、もっぱらTV。
季節や時刻を知らせてくれるのもTVだけ。
人と関わることはほとんどない。

私は、ゴミ処分の見積りをするため、男性の要望を細かく尋ねた。
そんな会話の中で私が吐いた、「大変ですねぇ」というセリフに、男性は反応した。
そして、いきなり激怒し、私を怒鳴り散らし始めた。

「なんだ?この人は」
私は、驚いた。
そして、ムカついた。

私の吐いた同情めいた言葉が、気位の高い男性の勘に触ったらしかった。
「同情」ならまだよく、「見下された」「バカにされた」と思ったのかもしれない。

散々私に文句を言ったかと思うと、今度は私を罵倒しはじめた。
特に、その的は仕事。
一流ビジネスマンだったことを自負している男性には、仕事ネタが最も勝負しやすかったのだろう。

その昔、男性はそれなりの企業のそれなりのポジションでバリバリ活躍していたらしい。
男性は、輝いていた過去に縋って生きていた。
口から出るのは、昔の自慢話ばかり。
今現在の状況には目を閉じる。
自分を肯定し、他人を否定し続けていないと自分の存在そのものを維持できないようだった。

男性の一方的な話をしばらく聞いて(聞かされて)いた私だったが、段々と我慢ができなくなってきた。
私は、男性が依頼する仕事を断って帰ろうかと思った。

しかし、思い止まった。複雑な心境で。

この男性とは、表面的には違っているが、かつての私自身にも似たような心当たりがある。
今に輝きがなく、未来にも輝きが期待できない時には、過去の輝きにもたれかかって生きるしかなくなるのだ。

人は弱いもの。
きれい事を言うようだが、やはり、人が生きるためには人が必要。
どんなに小さなことでも、明日への夢と希望が必要。

夢とか希望って、自分の中で光るもの、人生を輝かせるものかもね。



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父と息子と老朽ビル

2006-09-25 17:14:35 | Weblog
小さな雑居ビルに行った。
「ビル」と言っても低層で、かなりの老朽ぶり。
昭和30年代の建物らしく、かなりレトロな雰囲気だった。

依頼者はその建物のオーナー、中年の男性。
そのビルは、先代の父親から引き継いで所有・管理しているとのこと。
その父親は高齢・病弱で入院中。
「多分、生きては退院できないだろう」とのことだった。

私が依頼されたことは、臭いを嗅ぐことだった。
他の入居者から「変な臭いがする」と、大家である男性にクレームが入ったらしい。

私は、人に比べて格段に嗅覚が優れているわけではないと思う。
ただ、違うことと言えば、一般の人が知らない臭いを知っていることくらい。
「一般の人が知らない臭い」とは、死体の悪臭と私の足の刺激臭のこと。

話が脱線するが、五本指ソックスをこの前初めて買って履いてみた。
足ムレ対策には効果がありそうなんだけど、脱ぎ履きが面倒で私的には本格導入にはならなそう(くだらない話だね、ゴメン)。

私は、男性と一緒に連れられて上階の空部屋に入った。
その昔、男性が子供の頃に家族と暮らしていた部屋らしかった。
さすがにオーナーの部屋らしく、見晴らしがよく広い間取りだった。
しかし、老朽化は否めなかった。
古びた部屋はホコリっぽくて、以降は入居する人を募集しないとのこと。

窓が開いているせいか、部屋に入っても特に異臭はしない。
男性は窓を閉めながら、「しばらくジッとしていて下さい」と言うので、その指示に従った。
すると、しばらくしてプ~ンと変な臭いがしてきた。

「この臭いが分かりますか?」
「・・・分かります」
「じゃぁ、これが 何の臭いでどこから臭うか分かりませんか?」
「んー・・・多分、猫やネズミなどの小動物の死骸じゃないでしょうか」
「そうですか!」
「ただ、それが床下にいるのか天井裏にいるのかは、それぞれを解体してみないと分かりませんが」
「んー、解体ですかぁ」

男性は、大掛かりなことはしたくなさそうだった。
近いうちに取り壊す予定のビルに、今更、余計な費用をかけたくないみたい。
周辺は再開発の波に押されており、男性は、すぐにでもこのビルを取り壊したいようだった。
しかし、それに反対しているのが先代、入院中の父親だった。

父親は、「自分が死んだ後は好きなようにしていいから、生きているうちにビルは壊さないでほしい」と懇願しているらしかった。

不動産は、タイミングによっては莫大な金に化ける。
再開発の波に乗り遅れたら、大きな利益を逃すことにもなりかねない。
しかし、先代が存命中は手出しができない。

父親の長生きを願いたい気持ちと、ビルを取り壊したい気持ちの間で、男性は悩んでいるようだった。

「どうせ親父は病院から出られない身体なんだから、ウソをついて取り壊すことも考えたんだけど、金のために、老い先短い親父を騙すようなまねをしちゃ、人間失格のような気がしてね・・・」
「あと、このビルを壊したら、親父も死んじゃうような気もするしね・・・」

私は黙って聞いていた。
「床と天井を解体すれば何とかなりますか?」
「ええ、何とかします」
「じゃ、お願いするかなぁ」

後日、天井と床を解体した。
案の定、そこには何匹かのネズミの死骸とたくさんの糞があった。
干からびたネズミの死骸くらい、なんてことない。
さっさと片付けた。

でてきたモノのほとんどは塵とホコリだったが、その中に妙なモノを見つけた。
拾ってみると、それは人間の歯のようだった。

私はギョッ!とした。
「なんでこんな所に歯があるんだ?」
数えてみると、何本かあった人間の歯・・・。

廃材やネズミと一緒に捨ててしまおうかと思ったが、念のため男性に確認してもらことにして保管しておいた。

更に後日。
私は、男性と現場で待ち合わせた。
そして、天井裏と床下から歯がでてきたことを伝えた。
最初は驚いた男性だったが、そのうち笑顔に変わり、それから少しして神妙な表情に変わった。

「その歯、あります?」私は、とっておいた歯を渡した。
「・・・これは私の歯、正確に言うと私の乳歯です」
「私が子供の頃、親父と一緒に捨てたんですよ」
「懐かしいなぁ・・・父さん・・・」
男性は、手の平で歯を転がしながら、泣きそうに笑っていた。

「???」
何か、男性と父親には、この歯にまつわる楽しい思い出があるみたいだった。
私は、訳が分からないまま、男性につられて笑うしかなかった。

そして、男性は言った。
「親父が死ぬまでは、このビルはきれいに管理することに決めた!」
「新しい天井と床を注文しますよ」

この男性と父親と老朽ビルの、残り少ない時間を想いながら、リフォーム工事の算段をする私だった。


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How much?Ⅱ

2006-09-24 08:49:06 | Weblog
「お金で買えないものはない」
少し前、こんな言葉が物議をかもしたことがあった。
発言の主は、世間から異論や非難を受けることも承知したうえで、そういった言葉を吐いたのだろうと思う。

発言者の真意は計りかねるが、私は、この言葉に何か深い意味を感じる。
そして、否定したくても、否定できない自分がいる。

私は、お金で買えないものはたくさんあると思っている。
ただ、それらのほとんどは目に見えないもの。
人の心であり、身体の健康であり、時間でもある。
そう言いながら、目に見えないモノに対しても、金が何らかのかたちで影響を及ぼすことがあることも認めざるを得ない。

私も、目に見えるモノのほとんどは金で買えると思う。
そして、目に見えないモノに対しても影響する・・・お金って、それだけの力を持つものだ。

「いい給料もらってるんでしょ?」
色々な人と出会う中で、たまにこんなことを言われる。
「そんなことないですよ」
と返しても、信じてもらえない。
隠しておく必要もないので、具体的な金額を話しても、「また、冗談を・・・」と言わんばかりの表情をされてしまう。

「人の嫌がる仕事をやれば、人より高い給料がもらえる」といった構図は、もはや過去のものになっていると思う。
今は、個人の能力・資質や労働生産性、需給のバランスが、得られる報酬にストレートに反映される時代。

そして、人は個人の能力と資質に合った仕事をするしかなく、それが人の嫌がる仕事であってもなくても、個人の能力・資質・成果によって手にできる収入が変わるのは当然のことだろう。

自分を守ってくれるのは、自分の能力と自分がだす成果。
努力やプロセスより結果重視。
私は、この現実をシビアだとは思わない。
資本主義社会においては当然のことだ。
でも、そんな傾向一色に染まっていく社会に、いくらかの寂しさを覚える。

「幸せは買うものではなく創るもの」
こう言う人がいる。
非常に耳障りのいい言葉だし、ある種納得できる理屈でもある。
しかし、何となくシックリこない。
私レベルの人間は、創る材料は、やはり買わないと手に入らないような気がするのだ。

TV番組によくあるパターン。
発展途上国の自給自足生活やそんな暮らしをする人達を見て、「本当の豊かさとは、こういうものだ」「心が豊かな人達た」「幸せな人生を送っている」「日本人は心が貧しい」等とコメントするTV人がいる。
この類の発言は、私にとっては耳障りなものである。

そもそも、人の幸せや豊かさには万民共通の定義なんて持ちようがない。
なのに、自給自足生活の一部、しかも表面だけしか見えていないのに全部を知り尽くしたかのようなコメントを吐く。
そんな無責任さに抵抗感があるのだ。

「あんな貧乏暮らし、私はイヤだ」
「こんな不衛生な暮らし、私は耐えらない」
「私は、物が豊かで便利な日本の方がいい」
たまには、こんなコメントをするTV人がいたっていいのにね(そんなこと言ったら番組にならないか)。

「人は何のために生きるのだろうか」
「人の幸せって何だろうか」
「・・・やっぱ、金かなぁ」
生きている限り、尽きない悩みだ。

「ボロは着てても心は錦」⇔「心はボロでも錦が着たい」
こんな中途半端なところを行ったり来たりしながら、ここまでやってきた私。
多分、これからもそんな宙ブラリンのまま生きていくんだろう。

予想して(恐れて)いた通り、今年の収入が前年割れすることが確実になったので、少しスネている私である。

何か、支出を削らないとなぁ・・・やっぱ、食費かな。


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脂肪で死亡

2006-09-23 09:17:31 | Weblog
世の中には、好きなだけ飲み食いしても体重が変化しない、羨ましい体質を持った人がいる。
私も、若い頃はそうだった。

二十歳前後の頃は、一食の御飯の量が二合位、多いときは三合の御飯をペロリとたいらげていた。
それでも、体重は増えることなく、わりとスリムな体型を維持できていた。
標準体重を少し下回るくらいで。

ところがである。
20代後半から、少しずつ何かが狂い始めた。
飲み食いした分が、体重に乗ってしまうようになったのだ。
みるみるうちに標準体重を突破したかと思うと、あれよあれよと言う間に「やや肥満」に。
気がついた時には、「肥満!」と太鼓判を押されるような始末になっていた。

私にとって、飲み食いは大事な楽しみの一つ。
大袈裟なようだが、生きる喜びの一つなのである。
特に、酒・肉料理・甘味には目がない。
焼肉+ビール、食後にアイスクリームなんて最高だね!
でも、身体には最悪・・・。
(しかし、飲み食いぐらいしか楽しみがないなんて、寂しい人生だね。)

腐乱した故人も、私と似たような趣向の持ち主だったみたい。
医師からはカロリー制限とダイエットを指示されていたらしい。

「腐乱場所は、浴室と脱衣場」と聞いていたので、私は浴室の方にウェイトを置いて行った。
風呂場の汚染は、これまた独特で、インパクトのある現場ばかり。
今までの経験から、どうしても風呂場の汚染ばかりが頭に浮かんできた。

ところが、汚染のほとんどは浴室の前の脱衣場が占めていた。
風呂場の汚染に比べれば少しはマシだったが、その汚染はジュニアヘビー級。
「うへぇー、こりゃヒドイなぁ」
と、いつもの一言。

作業は単純。
腐敗液を吸い取りながら、腐敗粘土を削り取る。
ひたすら、その繰り返し。
床にある、バスマットや細かい生活用品も、腐敗液・腐敗粘土にまみれてヒドイことになっていた。
そんな汚物を一つ一つ持ち上げて取り除く作業には、たまらないものがある。

そんな中、床の片隅に四角く盛り上がっている所があった。

「ここにも何かあるな」
私は、躊躇うことなく、それに手を出し、そして持ち上げた。
ズシリとした重量感があった。

ボト!ボト!ボト!ボトーッ!!!

「うげー!何だこりゃ?」
持ち上げたモノの中から、淡黄色の腐敗脂とウジが大量に溢れ落ちてきたのである。
その量と言ったら、半端じゃなかった。
フライパンに入れたら揚げ物ができそうなくらい(想像しなくていい)。

ひょっとしたら、故人は風呂上がりに体重計に乗ったところで倒れたのかもしれない。
そして、誰にも発見されないまま溶けていった・・・。

故人が、床に広がる自分の脂の量を見たら驚くに違いない。
そして、思うだろう。
「真剣にダイエットするべきだった」と。

私は、ウジのオイル漬を片付けながら考えた。
「食欲って、どうやったら抑えられるんだろう」
え?
食事前に特掃現場を思い出せばいい?

残念ながら、そのくらいことじゃ私の食欲は微動だにしないんだよねぇ。・・・だけど、一般の人には効果があるかもね。

そう!
ダイエットに苦しんでいる方には、私のブログはおすすめだ!



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死体市場

2006-09-22 14:21:33 | Weblog
東京で最も有名な市場は、築地の魚市場だろう。
テレビの食べ物番組でも、よく放映されている。

私は、中には入ったことはないけど、たまに市場前の通りを車で走る。
朝早くから、たくさんの人が働き、たくさんの車が出入りしている。
そして、場外には、おいしそうな店が軒を連ねている。

機会があったら立ち寄って、食してみたいものだ・・・
あ!ここに行けば、美味しいウニ丼があるかもね。

食べ物を扱っているせいもあるのだろうが、活気あふれる魚市場からは人が生きるエネルギーを感じる。

身内や知人の葬式で、一度くらいは火葬場に行ったことがある人は多いと思う。
仕事柄、私は首都圏の火葬場は一通り行っている。

火葬場には色々な施設がある中で、私が縁のある部屋はやはり霊安室。
霊安室には、柩に納まった状態の遺体が、保管されている。
また、納棺作業をその場で行うことがある。

死亡者数が少ない時期は、霊安室もガラガラ。
多い時期は、保冷庫も満杯になり、棚や床に柩が並べられる。
場所によっては、歩くスペースもなくなるようは所もある。
ある種、壮観な光景でもある。

霊安室だからと言っても、特に暗い雰囲気はない。
絶えず保冷庫と空調の動く音がしているような、機械的な所。
無機質な構造に冷たさはあるものの、精神的に受ける悲壮感はない。
あくまで仕事場。

人は一年を通して平均的に亡くなっていくのではなく、季節ごとに大きな波があり、日ごとに小さな波がある。
亡くなる人が増えるのは冬場。
気温や気圧が影響するのだろうか、冬は葬儀業界が活気づく季節だ。

忙しい時期の火葬場には、魚市場のような活気がある。
一口に葬式と言っても、それは多種多様な仕事で構成されており、それぞれの専門業者・専門部署に分業されている。
したがって、一つの葬式も実に多くの人の働きがあって成り立っているのである。

都市部の火葬場では、毎日何人もの人が焼かれる。
当然のことだが、葬式の裏方は辛気臭い雰囲気で仕事はしない。
葬式がたくさんでる時期に火葬場が活気づくのも自然なこと。

忙しく立ち働く多くの人、激しく出入りする車、遺体や柩があちこちに運ばれていく様・・・
死人は異なれど、いつもと変わらない手際よさで葬式の準備が整えられていく・・・
そんな光景を見ていると生きていることのエネルギーを感じる。

死人を送る仕事によって生きる糧を得る。
(糧とは、金銭のみを指さず。)

不謹慎な言い方かもしれないが、そこは魚市場ならぬ死体市場。
死者を送る仕事に関わっている私自身も、いつかはこういう所で灰にされる。
それは、逃れられない現実。

「俺も、いつかは死ぬんだなぁ・・・」
自分の死は、にわかに信じ難いことでもある。

何度も同じようなことを書いてしまうが、生きていることって、ホントに不思議なことだ。


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寝込んだネコⅡ

2006-09-21 12:11:06 | Weblog
猫という動物は、好む人と嫌う人がわりとハッキリ分かれる動物ではないだろうか。
私は、猫より犬の方が好きだ。
もっとも、犬猫より牛(Beef)・豚(Pork)・鶏(Chicken)の方が好きだけど。

8月21日「飼猫とサラリーマン」の続編。
私は猫の死骸を片付けるため、再び現場に行った。

依頼者は、「気持ち悪くて、とてもネコの死骸を見ることができなかった」と言う。
ただ、私が伝えたその場所に近づくと異臭がするので、死骸の存在を感じたらしかった。

家の裏、陽当たりの悪い狭いスペースにネコの死骸はあった。
私が初めに発見したままの状態で残っていた。
そして、その腐乱臭は人のそれと酷似していた。
ただ、それが屋外だったことと、ネコの身体は小さいことが幸いして、そんなにキツい臭いではなかった。

ネコは、骨だけ残して完全に溶けていた。
これも人と同じ。
違うのは、体毛の有無。
言うまでもなく、ネコの全身は毛で覆われている。
人間でも、体毛の濃い人はいるだろうが、ネコの比ではないだろう。

地面のコンクリートに、溶けかかった毛皮がへばり着いていた。
そして、細かい毛には小さなウジが絡みついていた。

「やっぱ、ここにもいたか」
「まったく、たくましいヤツらだ」
ウジに対しては、嫌悪することより感心することが多い。

精神的に重かったのは、頭部。
眼球がなくなり、歯も剥きだしになっている頭蓋骨が、溶けかかったクサ~イ毛皮に覆われているような状態。
特に、眼球がない様が不気味さを増長させていた。
逆に、眼球だけがシッカリ残っていたら、そっちの方がもっと怖いけど。

私は、その状態をしばし観察してから、死骸の片付けに取り掛かった。
人間に比べてはるかに小さいネコ腐乱の処理は楽なものだった。

一つ一つの骨を拾ったりもせず、スコップですくった。
「小さい」と言っても、一発ですくい取ることはできず、何度かに分けて少しずつすくった。

頭部をすくう作業は、やはり鳥肌モノ。
胴体から外れた頭は、スコップの上でゴロゴロと不安定に転がった。
刺激的なその様からは、おのずと視線を逸らさざるを得なかった。

死骸をきれいに除去した後の地面(コンクリート)には、濡れたような痕が残った。
ネコの腐敗液・腐敗脂が染みついていたのだ。

今後のことにも影響するので、これをどうするかを依頼者と相談した。
すると、依頼者から意外な相談を受けた。
「ネコの死骸を庭に埋葬して欲しい」
「この家は故人の持ち物だし、しばらくは誰も住む予定もないし」
「故人も可愛がっていただろうし、ネコも故人を慕っていただろうから」
との優しい配慮だった。

ただ、埋める場所は私に任せるので、依頼者には知らせなくてもいいとのことだった。
「埋めた場所を知りたくないとは・・・」
依頼者は、単なる優しさだけではなく、ネコや故人の祟り的なものを恐れているようにも感じた。

何はともあれ、埋葬できることは私にとっては嬉しいこと。
庭の一角に適当な場所を見つけて、できるだけ深く穴を掘った。
そして、ネコを丁寧に埋めた。

気持ちもスッキリと、この現場を終えることができた。

私は、猫より犬の方が好きだ。
ただ、これは飼主の立場で考えた場合。
飼われる立場だったら、何事も従わされる犬より自由気ままが許される猫の方がいい。

飼うなら犬がいい、飼われるなら猫がいい。
自分は猫でいたいけど、回りの人間には犬でいてほしい・・・こんな人間関係に心当たりがある人は多いんじゃない?

そんな事を言いながらも、「お手」と「お座り」はシッカリできるように仕込まれて大人になった私。
ただ、残念なことに、尻尾をふるのが下手クソなんだよねぇ。


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社会的動物

2006-09-20 09:40:48 | Weblog
「赤信号、みんなで渡れば恐くない」
「青信号、誰も渡らず渡れない」

個性より協調性、単独行動より団体行動が重んじられる世の中。

「出る杭は打たれる」
「郷に入らば郷に従え」

言うまでもなく、日本は議会制民主主義の国。
何事も多数決で決まる。
多少のストレスがかかっても、大多数の意見や考え方に埋もれていた方が安全である。
学校教育も、通り一辺倒の人間を作ることを最優先しているようにしか思えない。
そして、よくも悪くも、大多数に合わせられない人間は、つまハジキにされる。

小さな老朽一戸建。
狭い間取りの奥の部屋に腐乱痕があった。
部屋の戸を開けると、もぁ~っといつもの腐乱臭が覆ってきた。
「まったく、この臭いはいつ嗅いでもかなわねぇなぁ」
マスクをしていなかった私は、服の袖口で鼻と口を押さえた。

通常は、最もヒドイ汚染物を先に撤去するのだが、ここではそれができなかった。
この部屋でヒドク汚染されていたものは、布団・カーペット。
しかし、半ゴミ屋敷状態のその部屋では、布団もカーペットも、生活雑貨(ゴミ)に埋もれてしまってどうにもならなかったのだ。

仕方なく、私は濃い腐乱臭の中、ひたすらゴミを撤去した。
いたる所にウジの死骸が潜んでおり、それはそれでかなり汚かった。

ほとんどのゴミを部屋から出すと、汚染の全体が見えてきた。
当初の予想以上に汚染範囲は広く、汚染度も深刻だった。
全体が見えないうちはノーマルだと思って踏んでいた床も、実は汚染済みだった。

「おーっ?こりゃヒドイなぁ」
推定された死後経過日数からは、想像し難い汚染の広がり方だった。

私は、最後に残ったヤバイ部分に手をつけた。
汚腐団の一枚一枚を慎重に掴み上げ、ゆっくり袋に入れた。
一枚一枚を持ち上げる度に、自然と「お゛ーっ!」という悲鳴?がでた。

それでも、掛布団・毛布まではまだよかった。
敷布団を見たときは、「お゛ーっ!でたなぁっ!」と驚愕の声。
それは、汚腐団の中の汚腐団だった。
腐敗液をタップリ吸った敷布団は黒光りしそうなくらいで、小さなウジが無数にくっついていた。

参考までに・・・
ウジの大きさを米粒くらいと想像する人が多いと思う。
なかなか見る機会はないと思うけど、初期のウジは極小!
至近距離でないと、肉眼では確認できないくらい。
逆に成長したウジはデカい!
米粒の何倍にもなる。
こんなのが群れを成している光景を見ると、なかなかの迫力を感じる。

私は、心の中で深呼吸して(実際に深呼吸する勇気はない)、気持ちを落ち着けてから敷布団の撤去にとりかかった。

敷布団をめくり上げてみて、更に「お゛ーっ!!」。
表面より裏面の方がヒドク、ネトネトの腐敗粘土がベットリと溜まり、床には無数のデカいウジがいた。

「うぁ゛ーっ!なんてこった!」
私は、動きを止めた。
そして、この後の作業手順を考えた。
慎重に、慎重に。

スーパー汚腐団を何とか袋に詰めた私は、一息入れながら床のウジを眺めた。
よく見ると、ウジ達はみんな同じ方向に逃げていた。
丸々と肥え太った身体を波うたせながら、きれいに一定方向を向いて動いていたのだ。

「ん?おもしろい光景だな」
「一匹くらいは別方向に逃げるヤツがいてもいいのに・・・」
「ウジの社会にも色んな柵や事情があるのかな?」

身の危険を感じた本人達(本ウジ達?)は急いで逃げているつもりなのだろうが、そのスピードがウジの限界だった。
私のスピードに敵う訳がなく、あえなく御用。
悲しい結末が待っているだけだった。
皆とは違う方向に逃げていれば、助かったかもしれないのに・・・。

私は、闇雲に個性を主張すればいいと思っている訳ではない。
個性と個人のエゴを混同してはいけない。
自分を自制できないことを、個人の自由だと勘違いしてはならない。

また、協調性を発揮することと回りに妥協・迎合することは違う。

自由に個性を発揮しながらも、社会の秩序をキチンと守る。
今の世の中、そんな生き方が大事だと思う。


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きのこ狩り(後編)

2006-09-19 09:04:22 | Weblog
この表題と前編からの流れで、後編の話がだいたい想像できると思う。
わざわざ書くまでもないような展開だが、秋らしい話題?として書き残しておこうか。

数日後、現場を確認した依頼者から電話が入った。
契約に沿った仕事をしたので、依頼者からは「問題なし」「ありがとう」の声が聞けるものとばかり思っていた。

しかし、依頼者は私の思いとは逆に、「部屋に何かがいる!」と興奮状態。
ちょっとパニックっていた。
それを聞いた私は、「何言ってんだ?」と、依頼者の言っていることが理解できなかった。
「何かがいる!」と言われても、私は何も心当たりがない。

「作業を終えて退室したときは、間違いなく部屋は空っぽになっていたはず・・・なのに、何かがいる・・・?
「野良犬が野良猫が入り込んだか?」
「それとも、虫の類か?」

とりあえず、その正体を知りたくて、依頼者に細かく質問をした。
腐乱現場では、ウジ・ハエが後から湧いてくることはあるが、どうもその類ではなさそうだった。
依頼者は、驚きのあまり、その正体を確かめないまま玄関ドアを閉めていた。
私は、もう一度中に入って確認してもらいたかったが、「恐くて入れない」と言う依頼者に無理強いはできなかった。
仮に、モノの正体が野良犬や野良猫の類で、依頼者に危害を加えるようなことがあってはマズイし。

「んー、何だろう・・・」
私はモノの正体を全く想像できなかった。
ただ、怖がる依頼者を放っておく訳にもいかないし、「正体を知りたい」という好奇心もあったので、私は現場に行くことにした。

私が現場に到着したとき、既に依頼者は退散していた。
私は、まず中の音に耳を澄ました。
特に、音らしいが音は聞こえなかった。
次に、玄関ドアをノック。
これにも反応がなかった。
それから、片手に棒状の工具を持ち、ビクビクしながらも気持ちを戦闘モードに切り替えた。
そして、意を決して玄関ドアを開けた。

「ん!?」
何もないはずの床に、何かが見えた。
驚いた私は玄関ドアを勢いよく閉めた。
確かに依頼者の言う通り、畳の上に不気味な何かがいた。
私は、ドキドキする心臓を静めるためと、頭を整理するために、しばらく外で小休止した。

「犬猫ではなさそうだし・・・爬虫類系にも見えたが・・・亀?・・・まさかな・・・じゃ、あれは何だ?」
いつまで考えても、私は答がだせなかった。

考えてても仕方がない。もう一度、意を決して、私は玄関ドアを開けた。
畳の上に、こんもりとした何かがいる。
ウロコ系の爬虫類、亀みたいにも見える。
私は、爬虫類が大の苦手!寒気がしてきた。
それでも、勇気を振り絞って近づいた。
そして、謎の物体をよく見た。

「な~んだぁ」
近くでよく見てみると、それはキノコだった。
畳の腐った部分にキノコが群生していたのだ。
大小一つ一つの傘がウロコのように見え、全体として結構な大きさの爬虫類のような形を成していたのであった。

私は、一気に気が抜け、同時に安堵した。
そして、依頼者に電話して、正体がキノコであることを伝えた。
驚きの余韻が残っている依頼者は、理解し難いようだったが、丁寧に説明した。

それにしても、キノコの成長は凄い!
わずか数日で、ここまで群生するなんて。


私は、現場に来たついでにキノコを片付けて行くことにした。
キノコは根を張っている訳ではないので、取り除くのに大した労力はいらなかった。
「このキノコは食える種類かなぁ」と、くだらないことを考えながら作業。
「たくさん採れたら売れるかなぁ」とバカな冗談を思いついた時、大事なことに気がついた。

「今、このキノコを片付けても、また生えてくる可能性は充分あるな・・・ってゆーか、生えてくるに決まってる!」
「だったら、今片付けても意味ないじゃん!」
私は、キノコ狩りを中止して現場を後にした。

それからしばらくの間は、キノコのその後が気になった。
「あの勢いだと、とんでもない量になるに違いない」
仕事に関係ないので、見に行きい好奇心を抑えた私だった。

過ごしやすい季節になり、心身ともにだらけてきた。
どうしたらシャキッとするだろう。

私にとってキノコは、旨くもマズくもないような食べ物。
そんなキノコでも大きな生命力を持っている。
たまには、キノコを食べて元気だそうかな。
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きのこ狩り(前編)

2006-09-17 18:09:19 | Weblog
秋がやってきた。
食欲の秋、行楽の秋、勉強の秋、人によって色んな秋があるだろう。
私にとっては、やっぱ「食欲の秋」かな。
・・・食欲については一年中だが。
意地汚い私は、年柄年中、食い物のことばかり考えている。

若い頃はいくら飲み食いしても体重に響かなかったのに、歳を重ねると少しの飲み食いでも体重が増える。
身体の基礎代謝が落ちているからしい。
んー、悩ましい。
でも、食欲と食物があることだけでも感謝した方がよさそうだな。

老朽アパートの特掃依頼が入った。
木造1R、かなり古いアパートだった。
長い間、掃除や片付けをしていなかったらしく、中はゴミだらけ。
そして、この部屋の主は病院で亡くなって間もなかった。

玄関から中に入り、目に飛び込んできた部屋の光景に溜息がでた。
例によって、「こりゃヒドイなぁ」

暗~い部屋には家財道具・生活用品、そして大量のゴミがあった。
「この部屋で死んでいた」と言われてもおかしくないくらいの汚れ具合いで、私は、「病院で亡くなった」という依頼者(遺族)の説明を疑った。
私は、警戒しながら部屋に踏み入った。
そして、注意深く部屋を観察した。

カビ臭いような異臭(ゴミの臭い)はあるものの、例の腐敗臭はなく、「とりあえずは遺族の説明を信じるしかなかないな」と思った。
それでも、慎重派の私は、「腐敗痕がゴミに隠れている可能性はあるな」という疑いを捨てることはできなかった。

依頼内容は、「中にある家財道具・生活用品・ゴミの撤去だけで、ハウスクリーニング・内装工事は不要」とのこと。
このアパートは、近々取り壊される予定らしかった。

作業の日、念のため私は腐乱汚物が出たとき用の装備も整えて行った。
依頼者は、都合が悪くて現場には来なかった。

まずは、ゴミを袋に詰めたり、梱包したりしながら大型の家財を搬出。
ゴミを動かすごとに種類の違う悪臭が漂った。
「そのうち腐乱臭がでてくるかも」と、私は気を緩めなかった。

ゴミをだいぶ撤去したところで、床の方に布団らしきものが見えてきた。
だんだんと全体が見えてくる布団にイヤな汚れを発見。

「ん!?これは汚腐団か?」
心臓がちょっとドキドキしてきた。
そのうち、布団は全体像を現した。
黒く腐ったそれは、完全に汚腐団だった。
しかし、腐乱臭がしない。居るはずのウジもハエもいない。

「!?おかしいなぁ」
見た目には腐乱死体が寝ていただろう汚腐団にソックリなのに、実際は、長い間ゴミに埋もれて腐った、ただのゴミ布団だった。
かなりの長い間、ここがゴミ屋敷だったことが想像された。

別に、腐乱死体痕を期待していた訳ではないが(職業病?)、拍子抜けした私はさっさとその布団を丸めて袋に入れた。
それから、布団の下の畳を見て少し驚いた。
布団だけじゃなく、畳まで黒茶色に腐ってフニャフニャになっていたのだ。

「これじゃ、床板も相当イッちゃってるな」
「でも、どうせ取り壊されるアパートだから関係ないか」

幸い、畳は撤収する契約ではなかったので、そのままにしておくことができた。
普通は、汚染された畳をそのまま残していくことは滅多にないのだが、近々に取り壊されるこの現場ではそれが許された。

とりあえず、依頼通りに作業は完了。
ゴミだらけの部屋だったのに、いざトラックに積んでみると大した量ではなかった。
「余裕で終わった」
「楽勝だったな」

依頼者に、作業が無事に終了したことを電話。
そして、都合のいい時に現場を確認をしてもらうよう頼んだ。

「腐乱痕があるかも」と警戒していた私だったが、結局ただのゴミ処分で済んだ現場だった。

気分も軽快にトラックを走らせた。

その時は、この後に起こるトラブルを、知る由もない私だった。
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遺骨と自分

2006-09-16 10:30:54 | Weblog
自分が死んだ後、その骨をどうしてほしいか、考えたことがあるだろうか。
火葬された後に残される自分の骨の行く末をだ。

私なりの自論なのだが・・・
骨になった状態は既に自分であって自分でないようなもの。
したがって、骨がどこでどうなろうと、知ったことではない・・・と思う。
しかし現実には、そう思いながら、なかなかそう割り切れないものがある。
やはり、遺骨の状態でも、自分の肉体であることの感覚は捨てにくいものだ。
生きている今は、自分の身体を自分そのものとしている訳なので、なかなか自分と別物とは考えにくい。

アノ世というものがあるなら、そこはコノ世の理解を超越した異次元の世界なのだろう。
それを考えると、「自分の骨をどうするか」なんてたいして大事なこととは思えなくなる。

集合墓地の「永代供養」だって「永久に面倒みます」ということではなく、「しばらくの間は面倒みます」という意味だし、一般の墓だって子々孫々がいつまでも面倒みれるものでもないだろう。

でも、まぁ、墓(遺骨)は、亡くなった本人のためというより、残された人の癒しのために必要でもあろうから、私のように一義的な考えに偏らないは方がいいね。

既婚女性の話に限ってみると、嫁ぎ先の墓に入るのが旧来からの習慣としてあると思う。
核家族化がすすんでいる昨今でも、夫の家の墓に、または夫と一緒の墓に入るのが一般的だろう。
ただ、「夫と一緒の墓なんて、まっぴらゴメン!」こんな奥様方も増えてきているような気がする。
逆に、「妻と一緒の墓に入りたくない!」という男性がいても自然なことだ。
もちろん、これは少数意見に変わりはないのだろうが、その数自体は増えているのでは?
近年の離婚の増加が、何となくそんな気を起こさせる。

だいたいの場合、遺体は専用の火葬場で焼却される。
そして、遺骨は火夫によって選別され、遺族の前に出される。
直接見たわけではないので、軽はずみなことは言えないが、おそらく骨壷に入りきるくらいの大きさと量になるよう、作為的に調整されているものと思う。
少なくとも、細かい残骸は遺族には渡らないはず。
そうすると、燃え残った遺骨の100%が遺族に渡される訳ではないということになる。

では、残った骨(遺族に渡らない骨)はどうなるのだろうか。
きちんと検証した訳ではないが、東海地方の某県某市に全国の火葬場からでた遺骨の残骸が集められているという話を聞いたことがある。
もちろん、ゴミとして捨てるのではなく、きちんとした処分方法が執られていることだろう。

そんな現状を考えると、遺骨(墓)は故人本人のためではなく、残された人のためにあるように思える。

今までに何度が書いたように、たまに特掃現場から骨がでてくることがある。
もちろんレアな状態、腐敗液や腐敗肉片が着いている。
当然、臭い!ベタベタネチョネチョ!

見つけた骨は拾って保管する。
そして、遺族に返す訳だが、とてもそのままで返せるような代物ではない。
汚いうえに、とてつもなく臭いから。
私は、返す前に骨をきれいにする。
時には洗うし、時には磨く。

これまたバカの自慢話として聞いてもらいたいが、この作業は私くらいしかやらない。
結構、骨が折れる面倒な作業なのだが・・・。
他の者ができない理由は、「面倒」というより「気持ち悪い」らしい。

「故人だって、自分の骨が汚くて臭いままで残されるのは残念だろう」
「遺族だって、汚くて臭い骨を渡されたって困るだろう」
私は勝手にそう考える。
ま、もともと、私はレア骨を気持ち悪いなんて感じないから平気なのだ。

一見、心優しい人間に映るかもしれないが、私は、そんな骨を見る度にKFCを思い出してしまうような人間である。
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ダメ男

2006-09-15 12:56:14 | Weblog
どんな仕事にも共通することだろうが、私は仕事を通じて色んな人と出会う。
そして、出会う人(正確に言うと死人)の一人一人にドラマがある。

言うまでもなく、腐乱した本人は独居者であることがほとんど。
独り暮しをしていた理由も色々ある。
連れ合いと死別・離婚、生涯独身etc

ある腐乱現場。
狭い路地を入った古いマンションの一室。
電話をしてきたのは年配の男性だった。
そして、現場に現れたのは初老の男女だった。
てっきり夫婦だと思ったが、そんなことは私には関係ないので、あえて尋ねたりもしなかった。

汚染現場はトイレから脱衣場へまたがった入り組んだスペース。
床はビニールクロス。
半分乾きかけたチョコレート色の腐敗液の回りに、透明の脂が広がっていた。
そして、腐敗液に混ざった頭髪にウジが這い回っていた。
ウジって、身体を波うたせながら前に進む生き物。
よ~く見ると不気味(よ~く見なくても不気味か)。
今にもハエに羽化しそうに肥え太ったウジは、白い身体の中に黒ずんだ内蔵が透けて見えた。

更に、警察が遺体を回収する際に残していったであろう汚れが、トイレ・脱衣場の壁と玄関につながる廊下に付着していた。
そんな状況でも、私にとっては軽いものだった。

「どうしても気持ち悪い」「申し訳ない」と、二人とも汚染部分を見ることを拒んだ。
しかし、作業後のトラブルを防ぐために作業前の現場を見ておいてもらうことは、私にとって重要なこと。
でも、モノがモノだけに無理強いはできない。
仕方ないので、紙に現場の見取図を書き、イラストと口答で汚染の状況を伝えた。
男性は、それだけでも気持ちが悪そうにして、口と鼻からハンカチを離さなかった。
その場に女性も居たが、ほとんど黙ったままだった。

そんな状況で見積を済ませ、男性の強い要望でそのまま清掃作業に入った。
最初の電話でも作業の可能性を示唆されており、作業用の装備は整えていたので、問題はなかった。
やはり、完全にきれいにするには、床壁クロス・床板・壁の一部を交換しなければならなかったが、今回はとりあえずの清掃・消臭だけを先にやっておくことになった。

二人には清掃作業が終わるまで、できるだけ腐乱臭の少ない風通しがいい部屋で待ってもらった。
作業時間もそんなに長くかかりそうでもなく、見えない部分の汚染を残していくため、外出したそうにしていた二人に、頼んで現場に居てもらった。

私にとっては軽い汚染、手際よく作業を進めた。
硬くなった腐敗チョコは工具で削りながら、専用洗剤を使ってひたすら汚物を拭き取った。
予想外に腐敗脂が広範囲に広がっていたことと(薄く広がった脂は透明で、目で確認しにくい)、ウジ・頭髪が若干の障害になったものの、想定外のトラブルもなく作業は終盤に入った。

腐敗汚物はなくなったので、二人にも現場を確認してもらった。
やはり二人は、現場を見るのが怖いようだった。
私に促されてトイレ・脱衣場を恐る恐る覗き込んだ。

ほとんどきれいになった現場を見て、「ありがとうございます」と言ってくれた。
そして、「本当は、私達がやるべきだと思ったのですが、どうしてもできなくて・・・」と誰かに詫びるように言い、続いて故人について話を始めた。
私は、仕上げの拭掃除をしながらその話を聞いた。

依頼者の二人は夫婦ではなく、故人の兄姉だった。
故人(女性)は60代前半。端から見ると惨々な人生だったらしい。

戸籍上は独身だった女性だったが、実際はある男と一緒だった。
男性に言わせると、その男はかなりのダメ男だったらしい。
定職・定収がなく、酒・ギャンブルが好きだった。
男がつくった借金を故人が返済するような生活。
時には、故人に暴力を振るうこともあった。
挙げ句の果てに、他に女をつくって出て行ったことも一度や二度じゃない。
それでも、謝って戻って来る男を故人は許していた。
男は、「大きな夢がある」「並の人生じゃつまらない」「いつかは成功してみせる」等と、口では大きな事を言っていた。
男性は妹に、「そんな男とは早く別れろ!」と、何度も説得を試みたとのこと。
しかし故人は、「そうよねぇ」と同意しながらも、結局その男と別れることができなかったらしい。

私は、男に対する憤りと故人を不憫に思う気持ちがでてきた。
私は、思わず作業を手を止めて男性との会話に入り込んでいった。
いつの間にか、私達二人は男に対する批判を熱く語っていた。

ひとしきり男の悪口を言ったところで、女性が口を挟んできた。

「女心は、男には分からないもの」
「○○(故人の名前)は、それでも幸せだったのよ」
女性は更に続けた。
「自分をマトモだと思っている男ほど、実はダメ男だったりするのよねぇ」

女性に一本とられた。
「確かに、女性の言う通りだ」と思った。
私は黙るしかなく、返す言葉が見つからなかった。
ダメ男は自分だった。

どんな人物であれ、男は故人にとってかけがえのない人だったのだろう。
それは、当人達にしか分からなかったこと。

興味はあったけど、それから男がどうなったかは聞かなかった。
ただ、小さな仏壇にあった遺影と位牌が、それを思わせた。

世間の評価ばかり気にして、肝心の人からの評価は気にも留めない・・・
不特定多数の人から受ける評価を気にして、社会や会社から大事にされたいと思いながら空回りしている人は多のではないだろうか。

しかし、広い社会に、本当に自分のことを大事に思ってくれる人はどれだけいるだろうか。
本当に大切にするべきもの(人)は、もっと身近にある(いる)のではないだろうか。

身近な所に目を向けて生きることの大切さを教わった現場だった。
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