特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

空元気

2018-12-31 14:18:19 | 孤独死
2018年12月31日(月)、今年も今日でおしまい。
晴天の大晦日、昨日までの寒風もやみ、日向に出ると やわらかい暖かさも感じられる。
空を見上げて心を静めてみれば、一年の出来事の色々が思い起こされる。

この天気とは真逆で、厳寒の暗闇を手探りで歩いているような自分の人生。
決して、人に羨ましがられるような人生でもなければ、人に自慢できるような人生でもないけど、この一年、楽しいこともあったし、幸せもたくさんあった。
楽しさは望むこと、幸せは気づくこと・・・それで味わえる。
もちろん、いいことばかりではなかった。
身体を故障したり、嫌な人と関わったり、仕事が辛かったり、お金がなかったり・・・
所詮は小さいことだけど、悩んだこと、苦しんだこと、悲しかったこと、辛かったこと、痛かったこと、頭にきたこと・・・キリがないくらいあった。
しかし、それもまた人生の薬味であり妙味・・・旨味の前味だったりする。

私にとって、ブログを書くことも、自身に対する戒めや反省や励ましになったりするわけで、薬味・妙味になるものである。
しかし、今年、ブログの更新頻度は、もはや「ブログ」とは呼べないくらいのレベルに低下。
怠慢もあるけど、懸命に生きることをモットーに労働に勤しんでこその“特掃隊長”だから、ブログ更新の少なさは、本業をちゃんとやっていた証であり、ある意味、元気にやっている証ともいえる。

そういえば、最後に休みをとったのは、いつだったか・・・
10月だったか? 9月だったか?・・・よく憶えていない。
カレンダーを遡ってみると、なんと!休暇らしい休暇をとったのは7月29日が最後だったみたい。
正直、そんなに前のことだとは思っていなかった。
夢中で仕事ができるほど勤勉な男でないけど、誰かに頼りにされると気分がいいものだから、ついつい仕事を優先。
また、趣味らしい趣味があるわけでもなく、飲酒と銭湯と睡眠とS○X以外 特にやりたいこともなく、ただただダラダラして しがない一日を浪費するのはもったいないから、結局 作業の予定を入れてしまい、今日に至っている。

そんなこんなで、今年も、クリスマスパーティーはなかった。
もちろん、ケーキもテケン(旧称チキン)も食べていない。
24日の夜は好物の盛そばを食べ、25日の夜は行きつけのスーパー銭湯に行った。
それでも、クリスマスの祝祭ムードはそれなりに味わえた。
街の装飾や賑わいが目に入ったり、流れる讃美歌やクリスマス曲が耳に入ったりするだけでも、結構なクリスマス気分が味わえて楽しめた。
また、今年は、作業に追われて時間がつくれず、会社の忘年会もなかった。
もともと、この類の宴会は不得意(面倒臭い=ハッキリ言うと嫌い)なので、私にとってはラッキーだった。

ありがたい生活の中でも、ありがたくないことはある。
それは、加齢と それにともなう衰弱。
若いのは気ばかりで、身体の外観と能力は、確実に衰えてきている。
つまずく、ぶつける、落っことす・・・
しかし、嘆いてばかりいても仕方がない。
健康を維持するべく、食生活と運動を中心に、できるかぎりの摂生と努力はしている。
休肝日数は変わらないが、一晩の酒は減量。
また、体力をつけるため、体重は あえて3~4kg増量。
体力づくりのつもりで、現場でも積極的に身体を動かすようにしている。

ま、とにもかくにも、こうして元気で年を越せることに感謝!感謝!である。



依頼を受けて出向いたのは郊外のアパート。
電話の感じからすると、依頼者は中高年とおぼしき男性。
現地調査については、こちらの都合は無視して、一方的に日時を指定。
会ったこともないのに敵意すら感じるくらいの尖った口調で、悪印象を抱かざるをえず。
また、「不機嫌」というか「無愛想」というか「横柄」というか、その態度も不快なものだった。

指定された日。
緊張を余儀なくされるような相手でもあり、もともと時間にシビアな私は、遅刻しないよう早めに現地に行き、約束の時刻になるまで路上で待機。
そして、指定された時刻前に部屋に行き、指定された時刻ピッタリに部屋のインターフォンを押した。

一度押しても応答はなし。
少し間を置いて再度押しても無反応。
室内に人がいる気配もなし。
「まだ来てないのか?」
「自分の方から日時を指定しておいて・・・まさか遅刻?」
もともと時間にルーズな人間が苦手な私は、ちょっと“イラッ!”ときた。
しかし、不可抗力な事情は時として誰にでも起こるもの。
「とりあえず、電話してみるか・・・」
と、男性の携帯に電話をかけた。
しかし、スマホから聞こえてきたのは“只今、電話にでることができません”のアナウンス。
「オイオイ!まったく!どういうことだよ!」
気の短い私は、この不条理に“イライラッ!”ときた。

「せっかく来たんだ・・とりあえず、30分だけ待ってみよう・・・」
私は、30分の間に何も音沙汰なかったら、名刺をポストに入れて退散するつもりで、そのまま待つことにした。
すると、数分の後、ヒマつぶしにいじっていたスマホに着信入った。
相手の番号は男性のもので、すぐに電話をとった。
「すみません・・・渋滞にハマってしまって・・・」
男性は、約束の時間に充分間に合うよう家を出たのだが、想定外の事故渋滞にハマってしまったそう。
「30分くらい遅れそうです・・・申し訳ありません・・・ごめんなさい・・・」
と、最初の電話とは別人のように低姿勢、電話の向こうで頭を下げている様が思い浮かぶくらいに謝罪の言葉を並べてきた。

“時間”ってどれだけ貴重なものか・・・死ぬ間際にならないとわからないなんて至極残念。
私は、人に時間を無駄にさせられるのも 人の時間を無駄にするのも大嫌い!
自らの理由で待つのは苦にならないが、自らに理由がない中で待たされるのは大嫌い!
んなわけで、時間にルーズな人間も大嫌い!
また、それを黙認できるほどの度量もない。
「30分ですかぁ・・・ずっと玄関の前に立っていると怪しいので、アパート前に車をとめて待機しておりますので、到着されたら声をお掛け下さい」
と、私は、自分が約束通りの時間に現場に来ていることを強調し、それが嫌味っぽく聞こえてもいいと開き直って言った。

約束の時刻から30分余が経ち、待ちくたびれてきた頃、
「お待たせして申し訳ありません・・・」
と中年の男性が、同年代の女性を連れて現場に現れた。
見たところ、二人は夫婦のよう。
自分から日時を指定しておきながら遅れてきたことが気マズかったのだろう、二人は表情を引きつらせつつ 揃って私に頭を下げた。
一方、私もただの内弁慶。
気の弱さは誰にも負けない自信がある。
横柄な態度をとれるのは一人の時だけ、大口を叩けるもの一人の時だけ(=独り言)。
私の曲がっていたヘソをまっすぐに戻し、
「いえいえ・・・大丈夫です・・・この後は予定もありませんから」
と 世渡りをする中でおぼえた愛想笑いを浮かべ、ペコペコと名刺を差し出した。

遅れてきたせいかどうか、男性はソワソワと落ち着かない様子。
動揺しているような、慌てているような、何かに急かされているような、話す声も震えているような、そんな感じ。
悪意は感じなかったけど、私の名刺も握りつぶすようにしてポケットにねじ込み、玄関もガチャガチャと荒っぽく開錠。
部屋に入る際も、右往左往するような不自然さがあった。

現場は極フツーの部屋。
玄関の履物、掛けてある服、置いてあるモノ等々・・・雰囲気は若い人の部屋。
散らかってもおらず、生活感もそのまま。
私につきものの“異変”も感じず。
ただ、そこには、人の温度を感じない、冷え冷えとした寂しい空気があった。

「ここは・・・どなたの部屋だったんですか?」
事情を一切聞いていなかった私は、男性に質問。
「事情は、先日 お話ししましたよね?」
男性は、やや不満気な表情を浮かべた。
「いえ・・・何も伺っていませんけど・・・」
何も知らない私は、そう応えるしかなかった。
「あれ? そうでしたっけ?」
私を誰と混同しているのか、男性の頭の中では何かが錯綜しているよう。
とにかく、ひどく落ち着かない様子だった。

「息子の部屋です・・・」
男性は、重そうに口を開いた。
「息子さん!?・・・お亡くなりになったんですか!?」
部屋の模様から察しはついていたものの、“若い死”に対して無意識のうちに抵抗感を覚えたようで、私は少しテンションを上げてしまった。
「えぇ・・・昨日、葬式が終わったばかりで・・・」
男性の表情には、困惑と狼狽の心情が如実に現れていた。
「ここで亡くなってたんですか?」
この質問が本当に必要かどうか判断する前に、私の中の野次馬は この言葉を私に吐かせた。
「・・・そうです・・・そのベッドの上で・・・」
男性は、言いたくなさそうにそういうと、視線と溜息を部屋の端のベッドに落とした。
「そうでしたか・・・」
ベッドには汚染痕もなければ部屋に腐敗臭もなく、言われなければ気づかないレベルで、“余計なことを訊いてしまったか・・・”と、私は、“ご愁傷様です”等といった言葉を発したくらいでは誤魔化しきれない罪悪感を覚えた。

亡くなったのは男性夫妻の20代の息子。
私は自殺を疑ってしまったが、死因は病死・・・いわゆる“突然死”というやつだった。
勤務先を無断欠勤し連絡もとれなくなったことで会社が動き、不幸中の幸いで、死後一日で発見。
男性夫妻(両親)の心には大きなキズを残してしまったが、部屋は無傷で済んでいた。

ただでさえ“死”は忌み嫌われる。
更に、「若者が部屋で死亡」と聞くと、世間は、スキャンダラスな想像をしてしまう。
また、腐敗汚損がなくても、それを想像してしまう。
他のアパート住人や近隣の風評にも波風がたつ。
好奇の目を引き、恐怖され、嫌悪されるのは、ある程度仕方がない。
で、男性は、アパートの管理会社から、できるだけ早く退去するようプレッシャーをかけられていた。

息子の急死だけでも大きなショックを受けたのに、葬儀をだしたり、死後の手続きをしたり、部屋の退去も迫られて・・・息子の死を受け止める余裕もなく、冷静になる時間も与えてもらえず、男性は、パニックに陥っただろう。
私は、“子の死”というものに遭遇したことがないから、それがどれほどの苦痛悲哀であるかわからない。
ただ、チビ犬(愛犬)と死別したときの悲しみから類推すると、相当のものであることは察することができる。
そんな状況で、私と関わることになったわけで、当初の男性が、あまり感じのいい態度でなかったことも頷けた。

こういった局面では、男より女の方が強いのだろうか・・・
女性(妻)の方は、落ち着かない感じの男性とは逆に、冷静さを保っているように見えた。
言動や立ち居振る舞いもサバサバとし、現実に抗わず、覚悟を決めて腰を据えている感じ。
“クヨクヨしたって仕方がない”と自分に言い聞かせているような雰囲気で 時折 薄笑を浮かべながら、
「元気だしましょ・・・」
と、何度となく そっと男性に声をかけていた。

苦しむ夫のために、死んだ息子のために、これからを生きる自分のために、必死に涙をこらえ 必死に笑顔をつくる姿・・・
横目に見えた笑顔の涙目に、人の悲しみと苦しみが見えた。
同時に、その空元気に、人の強さと優しさを感じた。


このブログには、“自分を元気づけたい、誰かを元気づけたい”という想いがあり、私の仕事にはその材料がある。
だから、元来、悲観的でネガティブ思考・マイナス思考の傾向が強い私でも、楽観的でポジティブ思考・プラス思考に転じることができるわけ。
正直なところ、数ある記事の中には、カッコつけた空元気も少なくない。
ただ、それでもいいと思っている。
人も羨むような溌剌とした元気より 涙をこらえた空元気の方が、人の心に響き、人の真心に伝わり、人の心底に届くことってあると思うから。

私は、これからも、一生懸命(幸せに楽しく)生きたいし、働きたい。
だから、ブログの更新は少ないかもしれない。
しかし、更新のない私の無言ブログが、2019年も何かを響かせ、何かを伝え、何かを届け、誰かを元気づけていくことを願っている。

「“特掃隊長”ってヤツ、今日もどこかでカッコ悪く生きてんだろうな(笑)」と。



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