特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

死期を得て

2009-02-25 17:57:44 | Weblog
〝バカは風邪をひかない〟と言われることを証すかのように、滅多に風邪をひかない私。
しかし、ひと月くらい前、その風邪をひいて、一週間くらいツラい日々を過ごしたことがあった。
(少しは利口になってきた証拠?)

倦怠感に熱っぽさ、咳に鼻水、下痢に食欲不振・・・身体には、一通りの症状が出現。
放っておけない仕事を抱える身では、寝込むに寝込めず。
三食に栄養ドリンクを足して、酒も控えめに早寝を励行。
そうして、数日がかりで克服。
その日々は、なかなかツラいものだったが、悪いことばかりでもなかった。
健康のありがたさが痛感できたし、日常の健康管理の大切さをあらためて学べたので。

しかし、〝喉元過ぎれば、熱さ忘れる〟・・・
いざ回復してしまうと、健康のありがたさや大切さを覚える気持ちが薄らいでくる。
そのうち、元気に暮らしていることを、当然のこととして気にも留めなくなる。
今が、まさにそう。
学習能力の低さを丸出しにしている。
ま、その辺に、人間の愚かさと可愛さ・・・悲しい人間らしさがあるのだろう。


仕事柄、病よって人生を終える人と出合うことが多い私。
これまでに、憶えきれない・数え切れない人々と出会ってきた。
そして、多くのことを教えられてきた。

その中の一つ・・・
もう、10年以上も前のことになる。
知り合いのツテで、ある故人の遺体処置を頼まれたことがあった。

知人の紹介ということもあって、遺族は私に対して丁寧に対応。
大切な客を迎えるように深々と頭を下げ、私を部屋に招き入れてくれた。
一方の私は、「期待に応えねば」と力むと同時に、「知人の顔を潰さないように注意しないと・・・」と、余計なことに頭を働かせた。

働く人の定着率が悪いこの世界では、20代の私でもベテランの域に達しつつあった。
が、一歩外に出れば十分な若輩者。
個人的に、仕事に不安はなかったのだが、遺族からするとただの若造に見えなくもない。
私は、「コイツで大丈夫か?」と不安に思われたくなかったが、かと言って、貫禄を見せようと気張ることが空回りして「生意気なヤツだな!」と不快に思われることも恐れた。
私は、遺族の雰囲気を観察しながら、少しずつ自分の立ち位置のバランスをとっていった。

布団に安置された故人は、とっくに冷えて硬直。
身体は痩せ細り、かなりの血色不良。
頬もヒドく痩け、眼球は半開きで陥没。
口からは詰められた綿がハミだし、唇は不自然なかたち。
腹部には緑黒の腐敗色が現れ、その様は、悲哀を通り越して痛々しいくらい。
それを、少しでも安らかに見えるようにするのが、私に課せられた仕事だった。

故人は、癌を患い、長く闘病。
初期の病状は回復基調。
それが、月日の流れと共に一進一退を繰り返すようになり、更に月日が経過すると、悪化の一途をたどるように。
周囲が演じる楽観顔とは裏腹に、故人の身体は故人に嘘をつかず。
病状が芳しくないことは、誰よりも故人自身が一番よくわかっていた。
そこで、故人は、自らの病状を、医師・家族に問いただした。
そして、覚悟していた余命宣告を受けたのだった。

故人は、生前に愛用していたカジュアルな普段着に着せ替え。
顔を〝加工〟されるのは故人の本望とは思えなかったけど、それは本人のためではなく家族の要望による家族のためのものとして、故人も許してくれるだろうと判断。
そうして、窶れた顔に相応の処置を施し、〝元気そうな顔〟が回復。
それに合わせるかのように、家族も安堵の表情。
柩の中で目を閉じる故人は安らかな表情をしていたが、それは、作られた安らかさではなく、家族の想いを映した安らかさであることを、その時の私は気づかないでいた。


葬儀が終わって後、私の手元に会葬礼状が届いた。
〝ありきたり〟と言っては申し訳ないが、開けてみると、所定の文章で綴られた遺族挨拶が一枚。
普通は、それだけなのだが、そこにはもう一枚。
開いてみると、それは、故人が自分の葬儀のために用意した挨拶文。
そこには、故郷を懐かしみ・家族を愛おしみ、人々に感謝する気持ちが綴られており、末尾には、〝病を得てからの月日は苦しいものだったけど、同時に、人生の幸せや生きる喜びを最高に感じることができた月日だった〟という旨の言葉が書いてあった。

当時、〝自分の死生観は人並以上に育まれている〟と自負していた私。
ただ、その慢心は、自分が気づかないところで自分の死生観を幼稚にさせ、同時に、故人の遺志に対する感性も鈍化。
結果、その言葉に凝縮された故人の想いと意味を理解せず。
ただ、気の毒さばかりが先行する薄っぺらな同情心を抱くことのみで、また一歩、熟練に近づいたような気になっていた。


晩年、人生最高の幸せと喜びを手に入れた故人。
その理由は、何だったのだろう・・・

あれから、十余年の時が経ち、その間、自分の中に何かが蓄積・・・
〝ノウハウ〟とか〝経験〟とか、そういう表面的なものを越えた、
〝哲学〟とか〝思想〟とか、そういう屁理屈を越えた、
〝人生観〟とか〝死生観〟とか、そういう机上観念を越えた何かが蓄積されてきた。
そして、それらは、故人が残した言葉・・・〝人生の幸せ〟〝生きている喜び〟・・・を読み解くヒントを与えてくれるような気がしている。

しかし、こうして生きていて、〝人生の幸せ〟〝生きている喜び〟は、なかなか実感できないのが実状。
実際は、不平・不満・不安、苦労・苦悩・苦渋だらけで、どうしようもない毎日。
目先の遊興快楽で誤魔化さないと、ツラくてツラくてたまらない。

その鍵は、頭と心の関係性の理解にあるように思う。
〝頭と心〟、この二つは、似て非なるもの。
頭の思考と心の感性は、根本的に違うものなのに、混同してしまう・・・
幸せや喜びは頭の思考によって理解するものではなく、心の感性で認識するものなのに、人は、それを頭の思考で得ようと試みる。
〝価値観の転換〟〝思考の変革〟〝志向の変更〟etc・・・自分で自分を変える、いわゆる〝自己改革〟をもって不幸感を打破しようするわけだ。

その昔、この類のことに興味を覚えて、私も何度となく挑戦したことがある。
しかし、結局のところ、それは、〝自分に嘘をつく、もう一人の自分をつくるだけ〟のこと。
単なる、現実逃避・独善主義・自己暗示を促して、幸せや喜びを実感できない自分を誤魔化すだけのことだった。

頭で意識する幸せや喜びは、極めてモロい。
自分に無理強いするそれらは、ちょっとしたことで不幸や虚無感に変化するし、自分に思い込ませるそれらには、人生を貫く力はない。

しかし、心は違う。
その感度は自分でどうこうできるものではないかけど、心がその感性によって受け止める〝幸せ〟〝喜び〟は、理屈抜きにいいもの。
頭では説明がつかない分、広さ・深さ・重さ・堅さ・・・人生を貫く力があるのだ。

では、どうすれば、心の感性を磨けるのか・・・
それは、おそらく、
「〝人生の幸せ〟って何だろう・・・」
「〝生きる喜び〟ってどんなものだろう・・・」
「それは、どこにあるんだろう・・・」
と、悩みながら生きていくことがもたらすものだと思う。
そして、その歩みが、知らず知らずのうちに、心の感性を磨いていくのだと思う。

ま、この程度の抽象的な精神論しか吐けないようでは、私もまだまだ中途半端。
心の感性が鈍い証拠でもある。
だから、もっと考え・もっと生きてみなければならない・・・
死期を得た故人は、身をもってそれを教えてくれたのである。




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道連れ

2009-02-19 19:41:49 | Weblog
今、事務所の隅で、2009年版の自社カレンダーが静かにホコリを被っている。
このカレンダーは毎年恒例のもので、例年、11月になるとまとまった数が用意され、12月に入ると皆で手分けして関係各所に配布する。
思いつく先にはすべて配るのだが、それでも、毎年決まって何本か残ってしまう。
足りなくならないよう多めに作るせいだろう。
そして、今年もそれが十数本残り、放置されているわけだ。

ちなみに、そのカレンダーは、何の変哲もない地味なデザイン。
写真もなく、色も少ない。
特徴と言えば、使いやすいようサイズがデカくしてあることくらい。
特に、イケてるところのない物なのだ。
しかし、それでも、以前に比べればマシ。
その昔は、イケてない・・・て言うか、〝ちょっとヤバくない?〟と思われるくらいの時があった。

問題だったのは、余白の広告欄。
近年は、社名・住所・TEL・FAXのみが印刷されているが、その以前は、〝オドロオドロしい〟というか・〝あまり考えたくない〟というか・〝縁起でもない〟というか・・・日常ではあまり目にすることがない単語・当社の業務内容が遠慮なく羅列されていた。
だもんで、渡した先でドン引きされたり苦笑いされることもしばしば。
私の方も、
「よかったら使って下さい」
と言って渡すものの、
「そうは言われても、貼るところに困るよなぁ・・・」
と、気が利いていない代物に、内心で苦笑いしていた。

それでも、相手は礼を言って受け取ってくれた。
一応の社交辞令というヤツだろう・・・
その後、あえて人目につきにくい場所に貼られたか、開かれることなく捨てられたか・・・実際、配った先で、これが壁に貼られているのを見かけたことはほとんどなく、ちょっと切ない思いをしたのを憶えている。


〝歓迎されない貼り物〟を思うと、ひとつ、ある現場の記憶が甦る・・・

ある日の午後、事務所で油を売っていた私の元へ、特掃の依頼が飛び込んできた。
電話の声は中年の男性で、「とにかく、できるだけ早く来て欲しい!」との要望。
身体の空いていた私は、現地にすぐ向かうことと予想到着時刻を告げて、事務所を飛び出した。

現場は、住宅街に建つ小さなアパート。
アパートの前には、電話をかけてきた人物であろう中年男性が、落ち着かない様子で立っていた。

男性は、いち早く私の車を見つけて会釈。
私も、ハンドル越しに頭をペコリ。
近づいてきた男性の表情は険しく、回りくどい挨拶は無用の緊迫した雰囲気を漂わせていた。

「では、早速、中を・・・」
男性は、一階の一室前に私を案内。
そそくさと玄関の鍵を開けて、進路を私に譲った。

「臭いますね・・・」
ドアが開くと、いつもの腐乱臭。
そのニオイは、私に、男性の心象を考える間を与えず、首にブラ下げたマスクを装着させた。

「土足で・・・いいですよね?」
どちらにしろ、土足で行くつもりだった私。
男性の返事を横に、玄関から上にあがり込んだ。

「あ゛・・・」
玄関から続く廊下の左手は、キッチンシンク。
右手には、浴室とトイレの扉が並列。
その一つ、トイレの扉が破壊され、斜めに放置されていた。

「トイレか・・・」
トイレの前には、見慣れた液体痕。
歩を進めて中を覗くと、床一面がワインレッドの半粘体に覆われていた。

「自殺か?・・・」
トイレの内側には、ドア枠に沿ってガムテープが粘着。
目張りをした跡が残っていた。

「練炭?・・・じゃなさそうだな・・・」
私は、辺りを見回して火元を探した。
しかし、七輪やコンロの類は見当たらなかった。

「・・・と言うことは、流行りのアレか?・・・」
私は、思わず溜息。
何を考える訳でもなく、うなだれるように腐敗液を見下ろした。

「暮らしぶりは、悪くなかったみたいだけどな・・・」
男性の単身ということもあってか、警察の仕業か、部屋は結構な散らかりよう。
それでも、一通りの家具家電・AV機器も揃えられており、生活に不自由していたようには見えなかった。

「さてと・・・出るか・・・」
全体の見分を終えた私は、身体を反転。
トイレ前の腐敗液を飛び越え、玄関に向かった。

「ん!?」
玄関ドアの内側には、何やら書かれた紙。
近づいて見ると、そこには〝硫化水素発生中!即死!危険!〟の文字。
その下に、警察・消防への通報を促す文章が続いていた。

「やっぱ、そういうことか・・・」
想像した通りのことに、再び溜息。
私は、短い警告文をジッと見つめて、何度も溜息をついた。

「ビミョーなところに貼ったもんだな・・・」
故人の意図は想像に難くなかったが、そこは、〝気づきやすい〟とは言い難い場所。
実際、私は、慌てて入ったわけでもないのに、貼り紙に気づかないで部屋に入ったわけで・・・
そこに、故人の意図を越えた現実の悲しさがあった。


亡くなったのは男性の息子で、20代の若者。
何年か前から精神を患い、仕事も、したりしなかったりと不安定。
決まった収入がなく、1~2ヶ月に一度のペースで親(男性)に金を無心。
親心が仇になるとわかっていても、息子(故人)を突き放すことができず。
終わりの見えない経済的支援が、何年も続いていた。

そんな故人は、数ヶ月間、家賃を滞納。
始めのうちは、催促の電話にもでていた故人だったが、そのうち電話もつながらなくなった。
業を煮やした不動産会社の担当者は、故人宅を訪問。
しつこくインターフォンを鳴らしても、中からの応答はなし。
居留守を疑ったけど、勝手に開錠するわけにもいかず。
玄関ドアの内側に別の警告文が貼られてあるのを知る由もなく、外側に警告文を貼ってその場を引き揚げた。

冬の低温は身体の腐敗を遅らせ、ドアの目張りは異臭の外部漏洩を遅らせた。
ドアポストに若干の郵便物が溜まっていた程度で、外観上は特段の異変も見受けられず。
同じアパートに暮らしていても、顔も名前も知らず、付き合いもない関係。
そんな他住人が、故人のことを気に留めないのは当然のことだった。

結果、死後二ヶ月ちかくが経過し、半壊させたドアの向こうから半解した故人が現れたのであった。


硫化水素の元・・・
買いたい人がいるから、売る人間がでてくるのだろうか・・・
売りたい人間がいるから、買う人間がでてくるのだろうか・・・
買いたいから、情報を求めるのだろうか・・・
売りたいから、情報を発信するのだろうか・・・
売る側の人間は、人助けでもしてるつもりなのだろうか・・・
買う側の人間は、それで救われるとでも思っているのだろうか・・・
それとも、双方、ビジネスとして割り切っているのだろうか・・・
死ぬために買い・死ぬために使われると分かってて売る・・・警告用紙まで付けて。

私は、これを否定的に捉えているけど、その売り買い自体を非難できる程の見識は持っていない。
ただ、それが、買う人間と売る人間の意図をはるかに越え・その責任では到底負えない不幸な結果を招くことだけは断言できる。

故人の誤りは明白。
〝人を道連れにしたくない〟との配慮で貼ったのだろうが、それはとんだ的外れ。
人を道連れにしない自殺なんてあり得ない・・・
肉の命は奪わないにしても、輝くべき人生に暗い陰を落とし、心の平安を奪い、場合によっては、一生這い上がることができない奈落の底に生命を突き落とすことになるのだから。


「余計な物、売りやがって!腹立つ!!」
そう吐き捨てた男性。
しかし、怒りの矛先を向ける相手は目の前におらず。
不動産会社に・大家に・近隣住民に、会わせる顔がない・・・
それでも、息子がしでかしたことの後始末はしなければならない・・・
目に涙を滲ませながらも、それを流すまいと必死に堪えている・・・
やり場のない怒りと悲しみに空を睨む男性に、そんな想いが見えた。

「これから、どうなるんでしょう・・・」
男性は表向き、部屋の物理的な処理を心配しているように装っていたが、私には、それが残った家族と自分の人生を案じる言葉にも聞こえた。
そしてまた、その怯えた表情に、故人の死よりも悼まく・その死よりも不幸なものを感じたのだった。




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Choco-late

2009-02-14 13:47:05 | Weblog
んー・・・いまいち調子がでない。
通年の不眠症に加えて、食欲不振(軽い拒食症?)と倦怠感・・・
つい先日も、久し振りの休暇がとれたので、気分転換にどこかに出掛けようかと思ったが、身体が「動きたくない!」とストライキ。
二度の食事と風呂以外のほとんどを、寝て過ごした。
ま、そのお陰で、随分と疲れがとれたような気がしてるんだけどね。

そんな調子だから、今年の冬は、大好物であるはずの〝にごり酒〟もほとんど飲んでいない。
いつもなら、常に一升の在庫を抱えた状態を春までキープするのだが、今年はそれがない。
何度か、買いに行こうかと思ったこともあったけど、面倒臭さが先に立って、結局買わずじまい。
飲みたくない訳ではないのだが、わざわざ買って来てまで飲みたいとは思わず・・・
秋頃(だっけ?)のブログに書いた、例の酒屋で一升買ったのが最後となったままでいるのだ。

それにしても、昔を思い返して比較してみると、ここのところ随分と酒に弱くなった。
ちょっとまとまった量を飲んだだけで、結構な酔いが回る。
だから、飲み始めを若い時と同じペースでいくと、ヤバいことになる。

〝ホロ酔い〟は、気持ちがいいものだが、〝酔い過ぎ〟はかえって不快。
視界が揺れ、呼吸は乱れ、腹はムカムカ。
その辺になってくると、ちょっと手遅れ。
麻痺した舌はアルコールを感じなくなり、アルコール漬にされた理性は自制力を失う。
酒を飲んでは酔い、酔っては酒を飲む・・・そして、泥酔し醜態を曝す。
そしてまた、体調を崩しては、虚しい悔恨に貴重な時間を費やすことになるのである。

・・・そう言えば、年一回の健康診断を、現場に追われて延期したままにしている。
病院嫌いの私は、身体の不調を気のせいにしがちだけど、ちょっと遅れてでも診てもらった方がいいかもね。


「一人暮らしをしていた母親が亡くなり、その後始末をしなければならない」
依頼者は、中年の女性。
依頼された仕事は、家財生活用品の片付けと部屋の消臭・消毒。
指示された現場は、公営の団地だった。

そこは、同じ造りの建物が何十棟も立ち並ぶ大規模団地。
私は、団地内を迷路のように這う道を、目的の棟に向かって車を走らせた。
建物は、〝1-2〟〝3-4〟といった具合に、壁面上部に大きくナンバリング。
それを一つ一つ順番に見ながら、車を徐行させた。
少しすると、目的の棟を発見。
私は、その建物を目指して車を進めた。
しかし、方向音痴(かなり重症)の私は、敷地内道路を右往左往。
なかなか建物前まで行き着くことができず、約束の時刻が迫る中で焦りがで始めた。
敷地内のあちこちに立てられている配置図を見ても、いまいちピンとこず。
通り掛かりの人に丁寧に教えてもらい、やっとのことで建物前へ。
約束の時刻にちょっと遅れて到着したのだった。

インターフォンを押すと、中からは電話で話した女性が応答。
女性は、私が約束の時間に遅れたことを気にも留めていないようで、そのことには触れず丁寧に出迎えてくれた。

私は、お決まりの挨拶を述べた後、中へ入れてもらい、現場調査を開始。
同時に、神経を鼻に集中させて、臭気を確認した。

「きれいに片付いてるなぁ・・・」
間取りは、広めの1DK。
置いてある家財は少なく、充分に整理整頓。
内装もきれいで、故人が居住していた期間が長くはなかったことが伺えた。

「これは、オシッコの臭いだなぁ・・・」
異臭の元は、明らかに尿。
その濃度に差はあれど、それは、高齢者宅に比較的多い臭気。
トイレ掃除・失禁後の掃除・オムツの処理が不充分な場合etc、ちょっとしたことで発生しやすい臭いだった。

「どこから臭ってるのかなぁ・・・」
部屋も置いてある物も、きれいそのもの。
私は、家財の量を計りながら、尿臭の元を探して、部屋のあちこちを見て回った。

「ん!?これか?・・・」
私は、部屋の畳に薄っすらとしたシミを発見。
顔を近づけてみると、モァ~ッとしたアンモニア臭。
それが失禁痕であることは、容易に想像できた。

「故人は、ここで亡くなってたのかな?・・・」
職業病の一つだろうか、何かあるとすぐに〝死〟に結びつけてしまう私。
この時も、直感的にそう思った。

「やっぱ、そうかも・・・」
ビニール袋に梱包された布団が、私の直感に信憑性をプラス。
私は、故人が一人布団で亡くなった様を想像して、気持ちを静止させた。
そして、それを先に伝えてこなかった女性の心情を思い計った。


自殺や孤独死の場合、亡くなった場所や亡くなり方が伏せられる場合が少なくない。
世間体や風評を気にしてのことかもしれないけど、単にそれだけでなく、自分が許容できないことを人に伝えることの矛盾と葛藤もあるだろう。
しかし、依頼者が何も言わなくても、現場の状況からそれを感じることが間々ある。
この時もまさにそうで、そのことを確認するセリフが喉まで出掛かっていていた。

片や、女性は、心に何かを引っかけているようで、故人の死に場所についてのことは全く口にせず。
かと言って、その素振りに不自然なところはなく、隠しておきたいわけでも・知られたくないわけでもなさそう。
私は、単に、女性が自分の口から説明するのに抵抗を感じているだけのことと解釈した。
そして、女性の心情を黙って察して気を効かせるのが自分の役目だと思い、それ以上勘ぐるのはやめにした。


女性宅は、そこから目と鼻の先。
以前は、故人は夫(女性の父親)とともに女性宅で同居生活を送っていた。
ところが、何かの事情で、故人夫婦と娘夫婦は住まいを分けることに。
それで、故人夫婦は、現場の公営団地に越したのだった。

それから、しばらくの時が経過。
寄る年波には勝てず、夫は故人を置いて先に他界。
一人暮らしとなった故人だったが、再び女性家族と同居する環境は整わず。
老いた身体で、そのまま一人暮らしをすることに。
一方、女性は、故人にできるだけ不自由な思いをさせないよう、毎日のように故人宅に通い、身の回りの世話をした。


「いつも、ほとんど同じ時間に来てたんですけどね・・・」
「たまたま、その日だけ、ちょっと遅くなったんです・・・」
女性は、寂しげに呟いた。
死の兆候に気がつかなかったこと、故人を一人で死なせてしまったこと、死に目に会えなかったことに対し、後悔と懺悔の思いに苛まれているようだった。

「こんなことが起こるかもしれないってことは、頭では、わかってたんですけどね・・・」
「でも、どこかで、他人事のように考えた自分がいましたね・・・」
高齢で身体も弱くなってた折、急に体調を崩して倒れる可能性があることを頭では理解していた女性。
しかし、なかなかそれを自分のこととして実感することができないでいた。

そんな女性の苦悩とは裏腹に、私は、故人の最期は穏やかで安らかなものだったのではないかと思った。
現場の状況が、私の例勘を働かせ、そう思わせたのだった。
そして、女性にとっては何の慰めにもならなかったかもしれないけど、私は、そのことを控え目に伝えた。
すると、私に気を使ってくれたからかどうか・・・女性は、笑みを浮かべて頷いてくれた。


〝人は、必ず死ぬ〟
そんなこと、誰だってわかっている。
更に、人間には、〝自覚〟という能力が与えられている。
なのに、人は、身近な人の死や自分の死を、真に自覚できない性質を持つ。
頭脳を持つ人間らしからぬそれは、先天的に植え込まれている死を忌み嫌う本能、生存本能の一片・・・つまり、生きるために必要な性質であるとも言える。
だだ、どうあれ、死を想い・死を考えることは意味深いこと。
だから、実際に、死に迫ってから自覚するのでは、ちょっと遅い。
それでも意味がない訳ではないけど、生きているのが当り前に思えている、常日頃から考えることに大きな意味がある。

私自身を含め、一人一人の人が、人間の死を・身近な人の死を・自分の死を、真正面で捉えるきっかけになればいい・・・
そして、それが、死のこちら側にある生を真摯に受け止めるための力になればいい・・・
このブログが伝えようとしていることの基は、そんなところにあるのだろう。

厳寒が続く中、遅咲きを知らない梅花に、そんな想いを重ねる私である。



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逆転(後編) ~続・根雪~

2009-02-08 14:31:08 | Weblog
車を出そうとした私の後ろには、女性宅に向かって歩く担当者。
私は、ブレーキペダルを踏んでギアをPに戻し、その動きを目で追った。

女性宅の窓の前に立った担当者は、視線を部屋の中へ。
そして、一歩前進して硬直。
首だけをわずかに動かしながら、中を見回した。

私と同様、担当者は部屋を見て驚いたよう。
何度も首を傾げて、難しい顔。
それから、私が、まだ駐車場にいることに気づくと、何かを言いたげに駆け寄ってきた。

「あそこ(女性宅)の窓、開きっ放しなんですよぉ・・・」
「あぁ・・・そう言えば、開いてますね・・・」
「閉め忘れたのかなぁ・・・」
「換気のためじゃないですか?」
「そぉか・・・しかし、不用心ですよねぇ」
「そぉですよねぇ・・・」
私が躊躇ったのと同じように、担当者も部屋の中のことを私に伝えるかどうか迷っている様子。
しかし、結局、〝自分一人では判断しきれない〟と思ったようで、少し間を置いてから私に打ち明けてきた。

「窓から中が見えたんですけど・・・」
「はぃ・・・」
「ちょっと、フツーじゃない感じなんです・・・」
「はぁ・・・」
「荷物が多いというか、汚いというか・・・」
「そうですか・・・」
「見てきてもらっていいですか?」
「構いませんけど・・・」
既に中の状態を知っていた私は、部屋を見る必要はなかったけど、見て見ぬフリをしていたことがバレては気マズい。
私は、平静を装い、窓に向かって歩いた。
そして、驚いた素振りをみせながら、部屋を見回した。

「どおです?」
「言われた通り、フツーじゃないですね・・・」
「ですよね!」
「山積みですね・・・」
「やっぱ、どお見てもゴミですよね」
「ですね・・・」
「〝ゴミ屋敷〟ってヤツですかね」
「まぁ、それに近いものがありますね・・・」
女性が部屋にゴミを溜めていても、近所から苦情がきている訳ではない。
また、部屋を勝手に覗いたことも少々後ろめたく感じ・・・
ただ、そうは言っても、そのまま黙って放置することも心配に思われた。

女性は、ゴミを溜るつもりで溜めた訳ではなく、〝マズい・マズい〟と思いながらも、ズルズルと溜めてしまったのだろう。
そのうち、いつかは片付けるつもりでいた矢先、降って涌いたように腐乱死体騒動が勃発。
急な転居を余儀なくされた女性は、とにもかくにも何とかせざるを得なくなり、慌てて片付け始めたのであろうと思われた。

「それにしても、あのゴミ、どうするつもりなんでしょう・・・」
「ゴミ袋は最近詰めたものみたいですから、片付けている最中ってことだと思いますよ」
「そっか・・・」
「(契約は)いつまでですか?」
「確か・・・今月末になってるんで、あと○日ですね」
「あまり、時間がないですね」
「・・・ですね」
「大丈夫なのかなぁ・・・」
女性が、ゴミの片付けを進めていることは、間違いなさそう。
ただ、女性一人でやるには無理がある。
退去期日までの残り少ない日数が、関係ない私にまで緊張感をもたらした。

「転居先は?」
「この近くの、アパートです」
「でしたら、引っ越しは楽ですね」
「あの人(女性)の希望を聞いて、うちが用意したんです」
「へぇ~・・・」
「礼金も仲介料もタダですよ」
「ほぉ~」
「しかも、新築同然の建物なのに、家賃はここと同額ですよ!」
「それは好条件ですねぇ」
「でしょ!?なのに、あの態度ですよ!」
善意の厚遇に反した女性の振る舞いを思い出して、担当者の不満は再燃。
その鼻息は、次第に荒くなっていった。

「どちらにしろ、〝このまま〟っていう訳にはいきませんよね!」
「まぁ・・・」
「〝臭い!〟だの〝汚い!〟だの〝責任とれ!〟だの、散々文句を言っといて、自分ちがコレですよ!?」
「・・・」
「どおかしてますよ!」
「・・・」
女性から、文句を言われても、悪態をつかれても、担当者は我慢して事の処理に奔走。
〝恨み辛み〟とまではいかないにしても、女性に対して憤慨するのも自然なことのように思われた。

「でも、今のところ、周囲に害は及んでないようですね」
「まぁ・・・」
「表だってどうこう言うのは、この後の様子を見てからにした方がいいと思いますよ」
「んー・・・」
「とりあえず、連絡をとってみたらどうですか?」
「ですね!」
「換気で開けてるのかもしれないし、勝手に閉めて後で文句を言われても困りますからね」
「ま、そうなったら、こちらも言い返してやりますけどね!」
担当者は、携帯を出してその場で女性に電話。
窓が開けっ放しになっていることを伝えて、女性の出方を伺った。

「どおでした?」
「すぐ来るそうです」
「わざと開けてたっぽいですか?」
「いやぁ、〝すぐ来る〟ってことは、そうじゃないでしょ」
「やっぱり、閉め忘れですか・・・」
「みたいですね」
「だとしたら、焦ってるかもしれませんね」
「どんな顔で来るやら、見物ですよ」
担当者は、和平モードに徹していた対女性策を、戦闘モードにチェンジ。
〝言いたいことは山ほどあるぞ!〟と言わんばかりの表情。
頭の中の弾倉に言玉を装填しているのが、虎視眈々とギラつかせる目に表われていた。


女性は、前回とは比べものにはならないくらいの早さで駆足参上。
その顔には、動揺の色が濃く表れ・・・
あれだけペコペコしていた担当者も、この時は頭を下げず・・・
言葉を交わす前から、二人の形勢が逆転していることは明白だった。

「契約通り、月内で引っ越しは完了できそうですか?」
「はぃ・・・」
「荷物は、もうだいぶ片付けられてます?」
「はぃ・・・」
「部屋には何も残さないで下さいね」
「はぃ・・・」
「空室になった時点で、玄関以外の部分を査定させてもらいますから、できるだけきれいにお願いします」
「はぃ・・・」
担当者は、鬼の首でもとったかのように強気。
部屋のゴミのことにはあえて触れず、遠回しに女性をチクリ・チクリ。
溜まった鬱憤を皮肉タップリの指示に代え、女性にプレッシャーをかけた。
対する女性は、来た当初から戦意喪失の状態。
外堀を埋められ、防戦一方。
弱々しい返事をするのが精一杯で、早々と戦線を離脱していった。


「スッキリしました?」
「いやぁ・・・まだ言い足りないくらいですよ」
「でも、もう充分じゃないですか?」
「んー・・・」
「あの人(女性)も、あんな風(消沈)になってましたし・・・」
「・・・ですかね」
「まだ事が片づいた訳じゃありませんから、今のうちからあまりモメない方がいいと思いますよ」
「・・・」
担当者、興奮冷めやらぬ様子。
高揚した闘志を鎮めるには、しばらくの時間を要しそうだった。


人の心は、時に頑なで、時に変わりやすい。
境遇が変われば立場も変わる。
立場が変われば気持ちも変わる。
気持ちが変われば態度も変わる。
しかし、形勢の逆転は、対人関係だけでなく、自分の中でも起こる。

日常を照らす大きな善意と、性根に暗躍する小さな悪意が逆転する。
日常を支配する見える理性と、性根でくずぶる見えない邪心が逆転する。
日常に通じる深い道徳と、性根が好む浅い不道徳が逆転する。
自分の中の善と悪が戦い、心の表裏・明暗・陰陽が逆転することがある。

私もそう・・・
私は、〝女性vs担当者〟のバトルを客席で観戦。
責任がないことをいいことに、第三者を装って高みの見物。
「やっぱ、女性の態度はムカつくよなぁ」
「しかし、担当者も大人気ないよなぁ」
なんて、理性を弁えた評論家を気取って。
しかし、その裏には、「もっとやれ!」と、バトルが激化することを期待する自分もいた・・・
自分が揉め事に巻き込まれるのを嫌いながら、他人の揉め事に刺激(曲がった快感)を求める自分がいた。

そんな生き方が、自分自身を疲れさせていると分かっていても、心の逆転を止められない・・・
心とは、それだけ弱く・際どいところにあるものなのだ。

ただ、願わくば、最期は勝利の逆転で締めたいところ。
そのために、苦戦しても戦意を喪失しても、戦線を離脱することだけはしないでいるのである。




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逆転(前編) ~続・根雪~

2009-02-04 09:15:16 | Weblog
「あのぉ・・・下の部屋も見てもらえませんか?」
「下?」
「えぇ・・・今、住んでた人を呼びますから・・・」
「・・・」
「お疲れのところ、申し訳ありません・・・」
「いえいえ・・・」
故人宅の特掃で結構な精力を使った私は、正直、気が進まなかった。
しかし、後日に出直すのも大変。
何より、担当者が可哀想。
私は、浮かない気分を苦笑いで隠して承諾した。

1F住人を待つ間、私は車で小休止。
〝腹が減っては戦はできぬ〟
本当は、何か軽く食べたいような腹持ちだったが、コンビニに入れるような体臭でもなかったし、そんな状況でモノを食べるのは不謹慎なことのようにも思えたので我慢することに。
とりあえず、飲みかけのお茶で喉と腹を潤し、熱くなった身体と冷えた精神が常温に戻るのを待った。


そうして待つことしばし。
我々が待つ駐車場に、一人の女性が現れた。
避難先は徒歩圏内のようで、歩いてやってきたようだった。
その外見は、「20代」と言えば20代、「30代」と言えば30代・・・
大人っぽいような、子供っぽいような・・・
良く言えばクール、悪く言えばドライ。
その乾いた表情は、女性が、私の苦手とするタイプであることを如実に表していた。

担当者は、そんな女性に対して平身低頭。
管理物件の住人は、不動産会社にとっては〝お客〟だから当然のことなのかもしれないけど、それを勘案しても、その低姿勢は並でなく・・・
担当者は、それまでに散々文句を言われていたようで、女性に対して完全に萎縮していた。

対する女性は、恐縮する訳でもなく平然とした態度。
〝偉そう〟とまではいかないまでも、何かの特権を得た上位者のように、その頭は下がらず。
話を聞くと、そうした態度にも頷けるものがあったが、それを考慮してもも、私が感じた女性の第一印象は良くなかった。


「何日か前から、変な臭いがし始めましてねぇ・・・」
「えぇ・・・」
「それが、日に日に強くなってきたんですよぉ・・・」
「はぁ・・・」
「そのうち、うちの玄関に赤いモノが垂れてきちゃってねぇ・・・」
「はぃ・・・」
「上の人が汚水でも漏らしてるんじゃないかと思って、こちら(不動産会社)に連絡したんですよぉ・・・」
「なるほど・・・」
「そしたら、人が死んでるって言うじゃないですかぁ・・・」
「・・・」
「もぉ、悪い冗談かと思いましたよぉ・・・」
「・・・」
騒ぎの状況を話す女性は、感情を表さず冷静。
本来なら、テンションを上げがちな話を、淡泊なシカメっ面で冷たく語った。


女性が一通りの話を終えたのを見計らって、我々は女性宅の玄関前へ移動。
そこには、二階共有廊下のクラック(ヒビ)から腐敗液が漏れ垂れ、壁やドアに焦茶色の細い筋・・・
女性の説明通り、不気味な汚染痕がついていた。

見た目だけは醤油やコーヒーをこぼしたのと大差なかったが、液体の正体を知って見ると、その光景はかなりグロテスク。
そして、更に、危険な香りを放っていた。

私は、女性に鍵を開けてもらい、まず頭だけを中へ。
腐敗液が頭に垂れてきてはたまったものではないので、上を警戒しながら慎重に身体を中に入れた。

天井をよく見ると、そこには不気味なシミ模様。
そしてまた、壁にも焦茶色の筋が何本か垂れていた。


「これは何ですか?」
液体の筋を指さしながら、その正体を尋ねる女性。
〝人間が腐り溶けていく際にでる、肉体液です〟と言いたいところを、私は省略して答えた。
「体液です」

「これは何ですか?」
床に転がるカプセル状の物体を指さしながら、その正体を尋ねる女性。
〝ウジがハエになる前の蛹です〟と言いたいところを、私は省略して答えた。
「虫です」

「これは何ですか?」
漂う臭気を指さしながら、その正体を尋ねる女性。
〝人間が腐ったニオいです〟と言いたいところを、私は省略して答えた。
「死臭です」

煙に巻いて誤魔化すつもりもなかったが、この女性に回りクドい返答は適さないと判断。
詳しく説明して場が明るくなるわけでもないし、女性もそれ以上は突っ込んでこなかったので、私は、それでその場を治めた。

「玄関で死んでたんですってぇ?」
「え、えぇ・・・そのようですね」
「会ったことがないんで、どんな人だったのかは知りませんけどぉ・・・」
「そうでしたか・・・」
「具合でも悪かったんでしょうかぁ・・・」
「???」
「出掛けようとでもしてたんでしょうかねぇ・・・」
「・・・」
女性の言葉に、一瞬〝?〟が過ぎった私。
しかし、すぐさまその裏事情にピン!
側に立つ担当者を見ると、担当者は、その顔を引きつらせて私を黙視。
その目が言いたいことを察知した私は、乾いた咳で〝了解〟を合図。
それを理解した担当者は、私に目礼してくれた。


汚染域は、玄関のわずかな部分。
汚染度も、二階に比べればストロー級。
その掃除は、別途代金をもらわなければならない程のものでもなく、私は無償やることに。
天井裏は後日の工事に任せ、とりあえず、目と鼻の問題を処理した。

私が作業をする間、担当者は外で待ち、女性は部屋の中へ。
玄関(台所)と部屋を仕切る戸は閉め切られ、中の様子は伺えなかったけど、女性は、避難先に引っ越すための荷物を整理しているようだった。

「(部屋の方は)大丈夫ですか?」
玄関を掃除し終えた私は、隣の部屋の女性に声を掛けた。
汚染が居室にまで及んでいることは極めて考えにくかったが、それは、念のための確認だった。

「大丈夫!」
女性は、戸の向こうから即答。
不機嫌そうに声を大にして、返事をよこした。

自分の部屋を見られることに抵抗感を覚えるのは、女性でなくても自然なこと。
また、頼まれもしないのに人の部屋を見るのも無神経。
余力も少なくなって追加作業を避けたかった私は、素直に女性の返事に従って外に出た。


とりあえずの用事を済ませた我々は、玄関の鍵を閉めて再び駐車場へ。
終了解散を前に頭を下げる私と担当者に対して、女性は、礼も労いの言葉もなく無愛想。
軽く会釈しただけで、来た時と同じように、どこへともなく去って行った。

そんな女性に、私と担当者は憮然。
喉元まで出かかった悪口を、お互いを労う言葉と別れの挨拶に変えて、それぞれの車に向かって歩を分けた。


「あれ!?」
車に向かう途中、私の目に女性宅の開いた窓が入ってきた。
二階ならまだしも、一階窓の開けっ放しは不用心。
私は、確認のため、足を女性宅に向けた。

「やっぱ、開けっ放しだ」
近づいた窓は、やはり開いた状態。
意図的に開けているのか、単に閉め忘れたのか・・・
ソツなさそうな女性像と照らし合わせると怪訝に思えたが、どちらにしろ、閉めた方がよさそうに思えた。

「なぬ!?」
私は、中を見るつもりはなく、さっさと閉めるつもりだった。
しかし、視線は、自然と部屋の中の異様に吸い込まれていった。

「何・・・これ・・・」
驚いて見開いた目に入ってきたのは、膨らんだゴミ袋の山・山・山・・・
その下に見えているのは床ではなく、更なるゴミ・・・
私は、別の現場にテレポーテーションしたかのように錯覚し、意味もなく首を振った。

「どおしよぉ・・・」
この状態を担当者に伝えるべきか、それとも、女性のプライバシーを守るべきか・・・
私は、視線を釘付けにされたまま、その場に棒立ちとなった。

「見なかったことにしよぉっと・・・」
ゴミ袋の積まれ方から見ると、女性は片付けに着手している模様。
このまま、女性が自分で片づけ切れば問題はない。
自分の作業体力と労働意欲が低下していたこともあって、私は、窓もそのままにして、黙ってそこから離れることにした。


車に乗り込んだ私は、そそくさとエンジンを始動。
そして、ギアをDに入れ、サイドブレーキを降ろし、ブレーキペダルを踏む力を緩めながらバックミラーに目をやった。
すると、誰かがそこを通り過ぎた。
振り返って見ると、そこには、かったるそうに女性宅の方へ歩く担当者の姿。
その姿に先が読めた私は、離しかけた足をブレーキに戻したのだった。

つづく





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