特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

肉親の情

2022-09-01 08:45:44 | 腐乱死体
まだまだ残暑が厳しい中、二~三日前、秋が来たことを勘違いさせるような涼しい日が二日続いた。
もちろん、身体を動かせば汗はかくものの、随分と楽だった。
しかし、昨日から、再び真夏日に。
おとなしくしていたセミも復活。
これまで、何十回も夏を過ごしているが、これほどセミの鳴き声が苦痛だった夏はない。
それだけ、メンタルが弱っているのだろう。
 
それでも、今日から九月。
八月三十一日と九月一日では、たった一日しか違わないし、気温・湿度も大差はないのだが、気分的には大きな違いがある。
「夏が終わり秋になった」といった感が強く、「これからは涼しくなる一方」だと思えて、ホッとするものがあるのだ。
 
ただ、コロナ七波を見ると、そう呑気なことも言っていられない。
六波までは身近なところに感染者はでなかったのだが、とうとう、七波になって感染者がでてしまった。
世の中を見渡しても、減少傾向にあるとはいえ、感染者数は高止まり。
とりわけ、死者数は「一日200人台~300人台」と、かなり多い。
何日か前には、過去最悪を更新。
わずか三日~四日の間で1000もの人が亡くなっているわけで、恐ろしさを通り越して、悪い夢でもみているような気分である。
 
最近も、基礎疾患のない10代の死亡事例が発生したりもして、「若いから」といって油断はならない。
ただ、やはり、死亡者の多くは高齢者。
そうなってくると、高齢の両親が心配。
とりわけ、母は、この夏でだいぶ弱ってしまった。
食欲が落ち、かなり痩せてしまい、体力も落ちたよう。
コロナに感染したらどうなるかわかっているらしく、感染対策にも、かなり神経を使っているよう。
「会いに来てくれたら嬉しいけど・・・来てほしいような、ほしくないような・・・」
そんなことを言っている。
私の方も、会いに行きたいけど、万が一にでもコロナを持って行ってしまったら、元も子もない。
「先が短いのだから、会えるうちに会っておかないと」といった気持ちが強い中で、躊躇いがある。
 
幼少期からこの歳になるまで、母とは、決して「良好!」と言える関係ではなかった。
子供の頃は、暴言を吐かれることも日常茶飯事で、暴力をふるわれたことも幾度となくある。
大人になってからも、何かにつけ大喧嘩を繰り返す始末。
「もう、一生、会わなくてもかまわない!」と絶交したことも何度もあった。
が、母だって、ただの人間。
短所や弱点をはじめ、悪性や愚性もある。
もちろん、私だって同じ。
母ばかりを責められたものではない。
ただ、もう、何もかも過ぎた話。
いよいよ、死別が近いことが感じられてくると、「あとは、仲良く平和な関係でいたい」「少しでも親孝行したい」といった気持ちが強くなっている。
とにかく、最期くらいは、“マトモな息子”でいたいのである。
 
 
 
「管理しているマンションで孤独死が発生」
「死後、半年以上が経過」
「とりあえず、中を見てほしい」
と、とある不動産管理会社から連絡が入った。
「遺族も来る」
とのことで、私・担当者・遺族、三者の都合を調整。
数日後に現地調査の日時を設定した。
 
約束の時間より早く到着した私は、マンションのエントランス前へ。
すると、そこには、手荷物を持った初老の男性がポツンと一人。
落ち着かない様子で周囲をキョロキョロ見回している様子から、それが遺族であることを直感した私は、
「〇〇さん(遺族名)ですか?」
と声を掛けてみた。
そして、
「そうです・・・」
と、戸惑いがちに応える男性に
「片付けの調査に来た業者です」
と、名刺を差し出した。
そして、黙ったままいるのも気マズイので、適当に雑談。
男性も、誰かと喋っていた方が落ち着くのか、ソワソワの種を吐き出すかのように多弁に。
訊いたわけでもないのだが、事の経緯と、身内の事情を話し始めた。
 
男性は、故人の弟。
今回の件で、はるばる遠い地方から上京。
故人と最後に会ったのは三十年も前のことで、まったく疎遠な関係。
電話はおろか、年賀状のやりとりもせず、音信不通のまま。
血を分けた兄弟ながらも、どこでどのように暮らしているかも知らなかった。
 
そんなところで、突然、警察から訃報が舞い込んできた。
しかも、孤独死で、長い間そのまま放置。
それだけでも、充分に嫌悪される理由になるのだが、それだけではなく故人は疎まれた。
男性には妻子があり、老齢の姉や妹もいたが、皆、口を揃えて、
「“身内”といっても事実上はアカの他人!」「関わらない方がいい!」
と言うばかりで、腰を上げようとする者はおらず。
事実、親族一同、マンション契約の保証人になっている者や身元引受人になっている者はおらず、また、故人と付き合いのあった者もおらず。
しかし、男性は、兄弟としての情が捨てきれず、「何かできることがあれば」と、とりあえず やってきたのだった。
 
現場にやってきた経緯について一通りの事情を聞き終わった頃、管理会社の担当者は、約束の時間を少し遅れて現れた。
そして、早急に、特殊清掃・消臭消毒の見積を作って男性(遺族)と交渉するよう私に要請し、男性にもそれに応じるよう要請。
そもそも、担当者自身、部屋に入りたくない上、法的責任のない男性との交渉が難航することも予想され、“とりあえずは、業者(私)と遺族(男性)を直接やりとりさせた方がスムーズに事が運ぶかも”と考えてのことのようだった。
 
しかし、現実に起こっている事は、そんなにすんなり片付けられるほど甘いものではなかった。
部屋の汚損は重症。
ウジもハエもとっくにいなくなり、床一面には、“おがくず”のようになった遺体カスが広がり、遺体は、ほぼ白骨化していたことがハッキリとうかがえた。
もちろん、高濃度の悪臭が充満し、置いてある家財はもちろん、内装建材・設備も全滅。
そうなると、特殊清掃・家財処分・消臭消毒だけでも相応の費用がかかる。
しかも、それだけで、部屋は人が暮らせる状態に戻るわけはなく、別に大がかりな改修工事が必要。
残念なことに、当室に残せる内装設備はほとんどなく、床・壁・天井・建具・収納・水周設備等々、丸ごと造り換えないと復旧できない状態。
そんな原状回復工事には、何百万円もの費用がかかることが想定された。
 
概算ながら、そのことを伝えると、男性は
「私も姉も妹も、皆、年金生活ですし・・・」
「そんな金額、とても払うことはできません・・・」
「もともと、身内は皆“相続放棄する”と言ってますし・・・」
と、申し訳なさそうにうな垂れた。
 
「相続放棄」という言葉を聞いた担当者は不愉快そうな顔に。
こういった事案では、大家側に立って仕事をするのが管理会社の役目だから仕方がない。
そうは言っても、男性に後始末を負うべき義務はなく、男性に後始末を負わせる権利もない。
ただただ、「大家さんのことも考えていただけないですか?」と、情に訴えるしかなく、それが通じなければ諦めるしかない。
商売上のことを考えると、私が管理会社を敵に回すことは得策ではなく、つまりは、忖度によって担当者(大家)側に立った物言いをすることが求められ、なかなか難しい立ち位置に立たされるのだが、男性が訊いてくることに対してウソをついても仕方がない。
あと、故人が、部屋の補償ができるくらいの財産を持っていればよかったのだが、遺産らしい遺産もなし。
結局、話の展開は、男性が尻込みするような結果になり、男性の、
「もう一度、皆で話し合って結論を出します」
という言葉をもって、その場はお開きとなった。
 
無論、大家は、孤独・自殺をはじめ、ゴミ部屋・ペット部屋等にリスクがあることは承知した上で不動産経営をしているはず。
そうは言っても、どことなく「他人事」「自分には起こらないこと」といった甘い考えを持っている大家も少なくないはず。
しかし、実際に事が起こった場合、借主側が負担しないとなると、大家が負担するしかない。
大金をかけて改修工事をするか、最低限の処理だけして空室のまま放っておくか、見込まれる家賃収入と復旧費用を天秤にかけて思案。
しかも、内装設備を新品にしても、この部屋が瑕疵物件であることに変わりはなく、家賃も相場より下げなければならず収益性は下がるわけで、気の毒ではあるが、大家としても難しい選択を迫られるのである。
 
 
現場で別れて数日後、男性から電話が入った。
「部屋の片づけくらいは、こっちの負担でやろうと思ってたんですけど、その後のことまでは、ちょっとね・・・」
結局、男性は、自分の妻・息子・娘をはじめ、姉・妹・甥・姪たちからの強い反対にあい、故人の始末の一切から手を引くことにしたそう。
私が、これまで経験した案件の中には、「ゴミになるばかりの家財を処分することは故人の財産に手をつけたことにならないから相続放棄に抵触しない」といったケースもあったが、その判断は、事案の中身や弁護士等の見解により微妙なところで分かれる。
当然、遺族側にリスクがないわけではなく、つまりは、「故人(部屋)の後始末をする」ということが、遺産の相続放棄に抵触する可能性が否定しきれず、「良かれ」と思ってやったことが災いの種にもなりかねない。
それを考えると、「一切から手を引く」という結論は、至って合理的なものだった。
 
「嫌味を言われましたけどね・・・」
やはり、管理会社には、かなり気分を悪くされたそう。
「やはり、そうですか・・・」
恨みはないながら、苦虫を嚙み潰したような担当者の顔が思い浮かぶようだった。
「色々と動いていただいたのに、申し訳ありません・・・」
と、男性は私に謝罪。
「いえいえ、現地調査に行っただけのことですから、謝っていただくほどのことじゃありませんよ」
と、私は恐縮。
「しかし、あんな部屋に入って、色々調べてもらって・・・」
男性は、クサ~い!ウ〇コ男に変身して部屋から出てきた、あの日の私を思い出してくれているようだった。
「そう言っていただけるとありがたいです」
私は、気遣ってもらえただけで嬉しかった。
 
男性は男二人・女二人の兄弟姉妹で、子供の頃、男性と故人は仲が良かった。
歳も近く、兄弟ながらも親友のようでもあった。
そんな幼少期のことが、今でも、いい想い出になっているそう。
また、そんな男性には、とりわけ、心に刻まれている出来事があった。
 
幼い頃、ちょっとしたイタズラをして親に叱られたことがあり、罰として、その月の小遣いをもらえなくなったことがあった。
たった一か月分の小遣いとはいえ、男性にとっては大切なお金で、かなり落ち込んだ。
そんなとき、故人(兄)が「元気だせ!」と、自分の小遣いを半分くれた。
一度きりのことで、子供の小遣いだから金額も多くはなかったのだが、とにかく、その優しさとあたたかさが心に沁み、子供ながらに涙が出るような想いだった。
もう、随分と昔のことで、ほとんど忘れていた想い出なのに、兄の死を知ってから、自分でも不思議に思うくらい、そのことばかりが繰り返し脳裏に甦ってくるのだという。
男性にとって今回の動きは、その恩返しのつもりでもなかったのだろうけど、無意識のうちにその想い出が働いていたのかもしれなかった。
 
「でも、この件の放ったからといっても、お兄さんは何とも思ってないと思いますよ・・・」
私は、何の根拠もない、何の説得力もない、ありきたりのセリフしか吐けなかった。
「そうですかね・・・」
顔こそ見えなかったが、男性は、寂しげな表情を浮かべているに違いなかった。
「それどころか、ここまで心を配ってもらえて、嬉しく思ってるんじゃないですか?」
男性を慰めるつもりもなく、私は、何となくそう思った。
「だといいんですけどね・・・」
男性の表情が、少しだけ和んだように感じられた。
そして、その昔、情で繋がっていた兄弟と、時空を超えて再び情で繋がった兄弟に、自分のことのような嬉しさを覚えたのだった。
 
 
 
“歳の順”が好ましいのかもしれないけど、人は、歳の順に亡くなるとはかぎらない。
父より母の方が五歳若いのだが、身体の具合を考えると、父より母の方が先に逝きそうな予感がしている。
しかも、そう、遠くない将来に。
厳しかった母、大嫌いだった母・・・
優しかった母、大好きだった母・・・
その時は、心にポッカリと大きな穴が空くだろう。
涙もでないくらいの淋しさと、震えるくらいの心細さに襲われるだろう。
そうなったときの精神状態を想像すると恐ろしい。
 
苦い思い出も忘れたい思い出もたくさんあるけど、笑顔の想い出もたくさんある。
母がいなくなって後、元気を取り戻すまで時間はかかるだろうけど、それらを糧に、最後の力を振り絞ってがんばりたい。
私もそうありたいし、母もそれを望むはずだから。
 
“人生のラストスパート”
もう、間近なところに、その時期が迫ってきているのかもしれない。




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紙一重

2022-08-25 09:02:24 | 腐乱死体
まだ秋の足音は聞こえてこないけど、そろそろ、夏の終わりが見えてきそうな今日この頃。
久しぶりにコロナ制限がない夏で、多くの人が、この夏休みを楽しんだことだろう。
夏休みや盆休みには縁がない私でも、TVニュースで、人々が帰省・旅行やレジャーを楽しんでいる姿を観たりすると、“楽しさ”のお裾分けをもらえたりもした。
しかし、残念ながら、今年もまた、水の事故で命が失われたニュースも多かった。
そして、その原因のほとんどが、ちょっとした油断と不運なタイミング。
ただただ、楽しく遊んでいただけなのに、紙一重のところで命を落とす・・・
子供が亡くなったケースも多く、悔やんでも悔やみきれない家族の心情を察すると、かけるべき言葉がみつからない。
 
それでも、季節は、時に人に優しく、時に人に厳しく、これまでと何も変わることなく移ろう。
これから暦は晩夏から初秋に向かうところだが、まだ、しばらくは暑い日が続くだろう。
ただ、ここ数日は、わずかに過ごしやすくなったような気がしている。
暑いことは暑いけど、朝晩が、やや楽になった感じ。
瞬間的にでも秋の気配が感じられることがあり、なんとなくホッとできるときがある。
 
しかし、油断は禁物。
通常の台風にとどまらず、まだまだ「猛暑」「豪雨」「竜巻」等には注意が必要。
近年では、「線状降水帯」「大雨特別警報」等、私が子供の頃にはなかった“新語”が頻出し、これまでの歴史で災害に見舞われなかった地域が、当たり前のように被災している。
各地で引き起こされている、河川の氾濫、土砂災害、そんな映像をみると、子供の頃に取り巻いていた気象環境と違うのは明らかで、地球の気候が大きく変動していることをヒシヒシと感じている。
 
振り返ってみると、六月末から季節外れの猛暑が続いた。
あれから、七月を経て八月も下旬になり、猛暑日は過去最多を記録。
35℃を超えると「猛暑日」と言われるらしいが、気温35℃の体感はほぼ40℃。
車載の温度計が「37℃」「38℃」「39℃」を示すこともざらにあった。
埼玉に行くと、「40℃」とか「41℃」になったことも何度かある。
 
やはり、首都圏一都三県の中でも、暑さにおいて埼玉は別格。
東京・神奈川・千葉に比べて温度計は2~3℃高い数値を示す。
こうなると、本当に危険。
今に比べるとまだまだ元気だったのだろうけど、何年か前までは、車ではエアコンを使わないことを貫いていた私だが、もう、そんなことはやっていられない。
忍耐もほどほどにしないと、熱中症になってダウンするのがオチ。
下手したら命を落としてしまいかねない。
 
もともと、私はエアコンをあまり使わない方。
節電節約の目的もあるけど、あまり身体を甘やかし過ぎると、逆に身体によくないような気がするから。
だから、夜も、窓を開けて扇風機の風を浴びながら、汗ダクでハイボールを飲むようなこともザラにある。
ただ、就寝時に室温が30℃を下回っていないときは、エアコンをつける。
26~27℃設定の3時間タイマーで。
そうして、夜中に目が醒めたときに、窓を開け扇風機を回す。
それで、朝まで寝るのだ。
しかし、早朝5時頃からセミが鳴きはじめ(天候気温にもよるけど)、これが、かなり暑苦しい。
仕事に行きたくない気持ちが掻き立てられ、鬱状態に陥る。
 
 
 
出向いた現場は、街中の住宅密集地に建つ木造三階の一戸建。
そこで、住人の女性が孤独死。
依頼者は、故人の夫(以降「男性」)であり、遺体の第一発見者。
故人の死は、男性が長期の海外出張に出掛けている最中の出来事。
故人は専業主婦で、外に働きにでているわけでもなく、近所付き合いも社交辞令に毛が生えた程度。
誰にも気づかれることなく、猛暑の中で、そのまま時が経過。
結果、高濃度の異臭をはじめ、無数のウジ・ハエを発生させながら変容。
数日後には、原型をとどめないくらい、変わり果てた姿になってしまった。
 
男性は、何日か前に帰国予定を、前日に帰宅予定を妻にメール。
しかし、妻から返信はなし。
ただ、熟年夫婦ともなると、その生活は、言葉ではなく阿吽の呼吸で営まれるわけで、妻が返信をスルーすることも日常のこと。
で、男性は、妻からの連絡がないことを気にも留めず。
一仕事終えた安堵感と、久しぶりに我が家に戻れる安心感を携えて、とても平和な心持ちで、予定通り家路についた。
その後に待ち受ける現実を、微塵も予感することなく。
 
帰宅した男性は、何ともいえない静けさが漂う家に「???」。
駐車場に車はあるのに、家の中に妻がいるような気配がない。
インターフォンを鳴らしても応答はなし。
「ただいま~!」と、あえて騒々しく玄関を開けたものの、それでも、家の中はシ~ンと静まり返ったまま。
しかし、それを怪訝に思う間もなく、異様な異臭が男性の鼻に入り込んできた。
 
それは、今までに経験したことがない異臭、これまでの人生で覚えがない異臭。
驚きとともに、頭の中には「???」ばかりが増えていった。
ただ、その時点では、異臭の正体は不明。
もちろん、それが腐乱死体のニオイであるなんてわかるはずもなく、男性は、とりあえず、家の中へ。
怪しい雰囲気と異臭が漂う中、見た目には異変が感じられない我が家を奥へと進んだ。
 
おそらく、「ただいま!」「いるの?」等と声を掛けながら、一歩一歩 慎重に入っていったのだろう。
それでも、いるはずの妻からの返事はなく、更に、いる気配もない。
一階の部屋から順に見て回り、次は二階へ。
二階に上がると、異臭は一段と濃厚に。
たどっていくと、異臭が出ているのは寝室。
もはや、部屋の中で、何かよからぬ事が起こっていることは明白・・・
何が起こっているのか具体的に想像することは難しかったが、その時点で、頭にはイヤな予感が過り、背中には季節外れの悪寒が走った。
 
男性は、意を決して寝室の扉を開けた・・・
すると、その向こうには、凄まじい悪臭が充満し、無数のハエが・・・
そして、ベッドの脇の床には、人間に見えないくらい変容した人間らしきものが・・・
「この悪臭は何!?」
「横たわっている物体は何!?」
「なぜ、こんなにハエがいる!?」
あまりにショッキングな光景に、男性は失神寸前に。
自分を失いそうになったところ、何とか持ち直して、目の前の状況を必死に飲み込んだ。
その結果、「目の前に横たわっているモノは妻」という結論が導き出され、同時に「もう生きていない」ということも確信でき、近寄って確認(介抱)することもせず。
頭がグルグルと混乱する中で、必死に自分を落ち着かせ、消防と警察に通報。
そして、周囲が騒然とする中、妻の遺体は警察によって運び出されたのだった。
 
 
このブログをよく読んでくれている人にとっては、言わずと知れたことか・・・
高温高湿の夏場は、現場が凄惨なことになりやすい。
とにかく、肉体が腐り溶けるスピードがはやい!
猛暑の中で一週間も放置されると、とんでもないことになってしまう。
当然、その分、現場作業も過酷さを増す。
「暑い」のと「寒い」のでは、かかる負担がまったく違う。
多くの肉体労働がそうであるように、やはり、暑いとキツい!
特に、年々衰えているこの身体には相当に堪え、死体業歴三十年で、もう限界が近いことを悟らされる。
 
故人が残した腐敗液・腐敗脂・腐敗粘土・・・それらは、床を広く汚染。
故人に失礼な言い方かもしれないけど、そのクサいこと、汚いこと、しつこいことと言ったら超ド級。
そして、それらが付着したフローリングは重度に腐食。
もう、通常の作業靴ではなく、ゴム長靴を履かないと立ち入れないくらいのレベル。
更に、部屋は高温多湿のサウナ状態。
一つ間違うと、間違いが起こってもおかしくない状況で、とても「安全」とは言えない環境。
 
凄惨な光景を前にすると、
「どうして、こんなことになっちゃったかな・・・」
と、ボヤいても仕方がないことなのに、ついつい、そんな言葉が心に湧いてくる。
そして、
「そうは言っても、死んだ後は、自分じゃどうすることもできないしな・・・」
と、故人を責めたみたいになったのが気マズくて、勝手に故人をフォローする。
そしてまた、
「毎度のことながら、俺も、よくやるよな・・・」
諦念と劣等感と自分に呆れる気持ちを、溜め息とともに吐き出す。
それを繰り返しながら、やるべき作業を進める。
 
冷汗と脂汗が混ざったクサい汗が、全身から噴き出してくる。
頭に巻いたタオルが重くなってくる。
上下の作業着が重くなってくる。
全身がビショ濡れ状態になる。
腐乱死体痕を処理する代わりに、こっちが腐乱死体みたいになるような始末。
それでも、やるべきことをやり遂げるまで手は止められない。
心が折れようが、気持ちが挫けようが、手は止められない。
無理をしないように無理をし、無理をしながら無理をしないようにする。
故人に対する使命感でもなく、依頼者に対する責任感でもなく、ただ、自分が生きるために。
 
 
「若くはありませんでしたけど、“高齢”と言われるほどの年齢でもなかったし・・・」
「持病があったわけでもないし・・・」
「出掛けるときも、いつも通り見送ってくれたのに・・・」
「何が起こるかわからないものですね・・・」
男性は、発見したときに受けたショックが消えないのだろう、妻と死別した悲哀より、凄惨な部屋に対する嫌悪感や腐乱した遺体に対する恐怖感の方が大きいよう。
「出張に行かなければ、こんなことにならなかったかもしれませんよね・・・」
と、疲れた顔に後悔の念を滲ませながら、しみじみとそうつぶやいた。
 
しかし、私は、こう思う。
男性が出張に出ても出なくても、摂理によって故人は倒れていただろう。
ただ、男性がすぐに気づいて、救命処置を受けることができたら、命を取り留めていたかもしれない。
仮に、男性が仕事に出ている時に亡くなっていたとしても、帰宅した男性によって通常の遺体のまま発見され、腐乱死体によって苛まれる強烈な嫌悪感や恐怖感を他所に、男性の心は“悲しみ”“淋しさ”のみが包んだだろう。
そして、想い出として、先々に渡って静かに留まったことだろう。
 
 
本件とはまったく別の事案で、十数年前、ブログ初期の頃に書いた覚えがあるが・・・
 
故人は中年の女性、依頼者はその夫。
「朝の出勤時はいつも通りに見送ってくれた妻が、夜、帰宅したらトイレで亡くなっていた」という事案があった。
もちろん、その事案では、発見が早かったため、遺体は腐敗していなかったが、故人は便器を抱えるような姿勢で亡くなっており、前傾で背中を丸めたまま死後硬直していた。
 
故人は若年の男性、依頼者はその母親。
「風邪薬を飲んで就寝した息子が、朝になっても起きてこないので見に行ったら、息をしていなかった」という事案もあった。
この事案も、すみやかに発見されたため、遺体は安らかなものだったが、母親は、起こったことを受け止めきれず、深い悲しみの底で、ただただ呆然としていた。
 
 
まさに、生と死は表裏一体。
人生、何が起こるかわからない。
だから、おそろしい。
だから、おもしろい。
だから、生きていられるのかもしれない。
 
何が、人を死に追いやるのか、
何が、人の命を奪うのか、
それが、寿命や大病とはかぎらないところに摂理がある。
私の“死”も、貴方の“死”も、誰の“死”も、すぐそばにいる。すぐそばにある。
 
とにもかくにも、人は、“死”に対して紙一重のところで生かされていることを、よくよく知っておくべきではないか。
そして、その上で、この奇跡的な時間を大切に、元気に生きていきたいもの。
 
先が短くなってきた「特掃隊長」という名のポンコツ親父は、そう想うのである。



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無駄な抵抗

2022-06-29 07:56:02 | 腐乱死体
梅雨入りは遅く、梅雨明けは早く、まだ六月だというのに、連日の猛暑日。
慌てているのは人間ばかりではなく、蝉も土の中で慌てているのではないだろうか。
こう暑いと、当然、現場作業は、キツい!
仕事ばかりではなく、日常生活においても、水不足、電力不足、物価高、念のためのコロナ対策等々、なかなか楽には生きさせてもらえない。
それでも、まだ、ここは平和。
悲しいことに、平和とは程遠い状況にある地域は世界にたくさんある。
 
身近なところではウクライナ。
遠く離れた我が国でも、ニュースにならない日はない。
当初は、ロシアの圧倒的な戦力を前に、数日で終結すると思われていたよう。
しかし、現実は承知の通り。
無駄な抵抗と思われていたウクライナ軍の戦いは、四カ月が経っても続いている。
 
浅はかな考えかもしれないけど、私は、ウクライナの勝利を望んでいる。
クリミア半島を含めて、ウクライナの領土は回復・保全されるべきだと思っている。
しかし、仮に、ウクライナが勝利したとしても、その人的・物的損害は、あまりにも甚大。
ロシア側においても同様だが、取り返しのつかないことだらけ。
ロシア指導者の首くらいでは、何の贖いにもならない。
とにもかくにも、一刻も早く戦争が終わり、復興に向かってほしいもの。
 
とは言え、世界中で起こっている悲惨な出来事のうち、私の目や耳に入っているのは、ほんの一部。
ウクライナことを小事だとはまったく思わないけど、これは、人間がやらかす無数の惨事のうちの たった一つ。
目を覆いたくなるような、耳を疑いたくなるような悲しい出来事は、日本にも世界にも無数にあるはず。
「まったく、人間ってヤツは・・・」
そんなことを考えると憂鬱にならざるを得ず、「“時”を戻せないものか・・・」と思ってしまう。
 
そう・・・人間に“時”を戻す力はない。
しかし、人は、“時の流れ”に抵抗しながら生きているようにも見える。
わかりやすくいうと、「“老い衰え”に対する抵抗」。
三十路を過ぎた頃くらいから、人は、“若づくり”が大好きになってしまう。
男の偏見かもしれないけど、とりわけ、女性はそう。
歳を訊くのは失礼にあたり、当人も、年齢を言いたがらなくなる。
で、トレーニング、美容器具、整形、化粧品、健康食品、医薬品等々、色々なものを駆使。
根底には、「元気で長生きしたい」という願望もあるのだろうけど、まずは、“アンチエイジング”。
「歳には勝てない」とよく言うが、どうあがいても老い衰えには勝てないのに、直向きに抵抗し続ける。
そして、実年齢より若く見られたら、子供のように大喜び。
そのほとんどは、お世辞か社交辞令のはずなのに、それでも加齢に抵抗し続ける姿には、「お疲れ様です」と苦笑いしてしまう。
 
しかし、気持ちが沈んでいるとき、精神が疲れ切っているとき、先に希望が持てないとき、今の努力や忍耐が、すべて無駄なことのように思えてしまうことがある。
「無駄」と思うとやる気はでない。
「無駄」と思った瞬間に諦念にとらわれ心が折れる。
果ては、「“生きる”って、死に対する無駄な抵抗なのではないだろうか・・・」といった考えが頭を過るようになり、「どうせ死ぬんだから生きていても意味がないのでは?」といったところに行きついてしまう。
そうなると、その思考は、短絡的な方向ばかりに傾いてしまい、何もかもが虚しくなってしまう。
 
「生きる意味」って、生きていることそのものでありながら、同時に、人生のプロセス、生涯で起こる出来事に宿っている。
言い換えると、「“死”という結果、つまり、“死には降参せざるを得ない”ということだけに生きる意味が完結するわけではなく、“死に抵抗する”というプロセスにも充分な意味がある」ということ。
“生きる”ということは、“死”に対する無駄な抵抗ではない。
ただ、「楽して生きたい」という欲望のもと、楽に生きようとすることは無駄な抵抗なのかもしれない。
何故なら、人生なんて、もともと、楽に生きられるようなものではないから。
少なくとも、この私にとっては。
 
 
 
とあるマンションで腐乱死体が発生。
調査要請を受けた私は、管理会社の担当者と日時を調整。
当初、遺族は、「行きたくないから任せる」との意向だったが、気になることがあったのか、結局、「同行する」とのこと。
三者で調査日時を調整し、当日を待つこととなった。
 
調査の日。
一足はやく現地に着いた私は、とりあえず、人目につかない建物脇で待機。
ただ、時間もあったので、「先に部屋の位置を確認しとくか」と、目的の部屋の玄関へ。
すると、まだ玄関に着いてもいないうちから、にわかに例の異臭を感知。
風向きによっては、ハッキリと感じられ、
「結構、臭うな・・・」
「これで、よく苦情がこないもんだな・・・」
「これが何のニオイかわからないから何も言ってこないのか・・・」
等と、室内が凄惨なことになっていることを想像しながら、正体不明の悪臭を嗅がされている他住人のことを気の毒に思った。
 
建物前の道路は、住宅地の生活道路なので、車の通りも少なく、人や自転車もまばら。
それでも、時々は、道行く人があり、私は、ぼんやりと、そんな日常を眺めながら、これから入る“非日常”に向かって心を準備。
しかし、良くも悪くも、「慣れ」というものは神経を麻痺させる。
これから、重症が予想される腐乱死体現場に入らなければならないというのに、緊張感や不安感は一切なし。
どちらかというと、道を行き交う人達の日常をみて、平和を感じたくらい。
更に、「早く家に帰って一杯やりたいなぁ・・・」とか「肴は何にしようかなぁ・・・」等と、仕事に関係ないことを考えるような始末。
仕事を舐めているわけではないし、当人の死や遺族の悼みを軽んじているわけではないけど、凄惨な現場に拘束される身体から頭だけでも解放して遊ばせてやると、意外と、それが心を整えてくれることがあるのだ。
 
遺族である老年の男女二人と担当者は、約束の時間ピッタリに現れた。
聞くと、遺族二人は故人の両親。
勝手な固定観念で、故人は老齢、遺族は、その子息または兄弟姉妹だと思っていたので、私は、かけるべき言葉に窮した。
子に先立たれた親の悲しみは、はかり知れないものがあるはずだから。
一方、二人は、とにかく、気持ちが落ち着かない様子。
悪気がないのは重々わかっていたから不快ではなかったが、ぶっきらぼうな態度。
それだけ緊張し、それだけ動揺していることが、痛いほど伝わってきた。
 
急な知らせを受けた両親は、さぞや驚き、嘆き悲しんだことだろう
しかも、発見されたときは、かなり腐敗が進んだ状態で、遺体を厳粛に取り扱うこともできず。
警察署の霊安室で遺体を確認したのは父親だけ。
それも、顔の一部だけ。
警察から、「遺体を見るのは一部だけにした方がいい」と言われたそうで、「部屋も見ない方がいい」とも言われたよう。
その死を悼む余裕もなく、故人の身体は、慌ただしく荼毘に付されたのだった。
 
玄関前に立つと、漏洩した異臭が鼻を突いてきた。
部屋の鍵は、担当者の手にあった。
出しゃばったわけじゃないけど、開錠されたドアを引く役目は私。
そして、志願したわけじゃないけど、先に入るのも私の役目。
私は、ドアを開けて、「失礼しま~す」と、はるかに濃度を上げた異臭の中へ。
薄暗い室内へと歩を進めた。
 
間取りは1LDK。
故人が倒れていたのはリビング。
蛍光灯の白光に照らし出されたその床には赤黒い腐敗体液がベッタリ。
その面積は広く、また、赤と黒のコントラストと脂の光沢が鮮やかで、白っぽいフローリングが、それを更に強調。
眼にも精神にも、インパクトのある光景をつくり出していた。
 
担当者と両親は、玄関前で待機。
私は、目に焼き付いた光景を携えて、再び、三人の待つ玄関前へ。
そして、
「リビングの床が、かなり汚れてます・・・」
「ニオイも強くて、すぐに服や髪についてしまいます・・・」
と、私の身体が連れてきたニオイに目を丸くしながら、怯えるように聞く三人に、中の状態を説明。
その上で、
「中に入るかどうかは、ご自分で決めて下さい・・・」
「ただ、部屋に入ったら、汚染部分を踏まないよう気をつけて下さい」
と注意を促した。
 
担当者は、「写真だけ撮ってきて下さい」と、私にカメラを渡し、入室を辞退。
母親は、「お前は見ない方がいい」という夫(父親)の言うことをきいて辞退。
父親だけは、「どんな状態だろうと、息子の部屋ですから・・・」と入室を決意。
異臭対策のつもりだろう、不織布マスクを二枚重ねて装着。
不織布マスクを一枚つけただけで、平気な顔で入室した私を見て、「二枚重ねれば大丈夫だろう」と判断したのかも。
しかし、そんなの無駄な抵抗。
単に、私が慣れているだけのこと。
あと、重厚な専用マスクを着けるのが面倒だっただけのこと。
実際、著しい悪臭を前に、不織布マスクなんて何の役に立つはずもなかった。
 
使い捨てのグローブとシューズカバーは私が提供。
父親がそれらを着け終わるのを待って、私は、再び室内へ。
その後ろに着いて、父親も入室。
玄関前に比べて、一段も二段も濃度を上げた異臭に父親は怯み気味。
そして、リビングに入り、それを生み出した光景を目の当たりにすると、
「こんなことになってしまうのか・・・」
と、驚きの声を上げ硬直。
表情のほとんどはマスクで隠されていたが、父親が強いショックを受けたことは明らかだった。
 
遺体が腐敗すると、どのように変容していくのか、
また、その痕は、どのように汚れるのか、
遺体が搬出された後には、どのようなものが残るのか、
そんなこと、一般の人が知る由もないことだし、リアルに想像できないのは当然のこと。
以後の生活において、この光景や異臭がトラウマにもなりかねないから、事前に、相応のアドバイスをするのが親切だったのかも。
余計なお世話なようでも、「見ない方がいい」と言った警察のように。
父親は、自らに意思で部屋に入ったわけだから、私には何の責任もないのだが、それでも、私は、父親に悪いことをしてしまったかのような、罪悪感みたいなものを覚えた。
 
「あれを一人で掃除するわけですか・・・」
呆れたのか、感心してくれたのか、はたまた、気の毒に思われてしまったのか、父親は、複雑な面持ちでそう言った。
「いつものことですから・・・」
いつものことながら、頼れる誰かがいるわけでもないし、誰かを頼る気にもならない。
いつも、一人でやるのが当り前。
ひょっとしたら、投げやりな、ちょっとフテ腐れたような感じに受け取られたかもしれなかったが、私は、父親の問いに対して、とっさにそう答えた。
すると、何か思うところがあったのか、父親は、
「仕事とはいえ・・・本当にありがとうございます」
と、まだ何もやっていないのに、真摯な物腰で礼を言ってくれた。
 
 
現場で作業するにあたって「気持ち悪い」「クサい」「汚い」といった感覚は抱く。
しかし、「恐い」「心細い」といった感情は、まず湧いてこない。
故人に対して情を持つわけではなく、感情を移入するわけでもなく、もちろん、使命感が強いわけでもなく、強がっているわけでもない。
単純にそう。
凄まじいニオイも凄惨な光景も、とっくに慣れてしまっている。
自分がクサくなることも汚れることも、承知のうえ。
時々、「きれいになりますからね」と故人に話しかけて折れかかる自分を鼓舞したり、「どんな人生でしたか?」と故人に問いかけて凄惨さを中和したりすることはあるけど、返事があるわけでもないし、霊的な何かを感じているわけでもないから、ほとんどアブナイ奴の独り言。
他に生きていく術がないのだから、こんな仕事でも、丸腰で受け入れるしかない。
好き嫌い関係なく、これに抵抗はできない。
 
それでも、「楽して生きたい」という欲望と、「楽に生きたい」という願望は、いつまでも尽きない。
それどころか、日に日に生きにくくなっているせいか、次第に強くなっているような気がする。
私は、この“無駄な抵抗”を、いつまで続けるのか・・・
ひょっとして、一生続いてしまうのか・・・
どこかで、キッパリ絶つことができればいいのだが、私が私である以上、どうしようもない。
“私”という人間に 元来 備わっている、持って生まれた性質なのだから、どうにもできない。
 
それはそうだとしても、この“無駄な抵抗”に対して、新たな抵抗はできるかも。
楽に生きようとする自分に抵抗してみる・・・
ツラいだけで、何の得もないように思えるかもしれないけど・・・
ただ、それは、無駄な抵抗にはならないだろう。
生きているうちに決着がつかなくても、それは、きっと、生きるプロセスや生涯の出来事に自分なりの意味を持たせ、自分に示してくれるのだろうから。



お急ぎの方は0120-74-4949

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親心 子心

2022-05-19 07:00:30 | 腐乱死体
五月に入り、梅雨のような日や、寒暖差が激しい日が続いたが、ここにきて、やっと、この時季らしい陽気に恵まれるようになってきた。
次の波が来ないとも限らないが、幾度となく社会と人々を苦しめてきたコロナも派手な動きを見せないようになってきている。
マスク着用の要否も議論され始めている中、先日の11日、私も、ワクチン三回目を接種してきた。
自宅近くの病院で、結局、三回ともすべてファイザー。
「今日は激しい運動は控えて下さい」と看護師から言われたが、残念ながら、夜になっても、一緒に“激しい運動”をしてくれる相手はおらず、いつも通り、おとなしく酒を飲んで就寝。
何はともあれ、三回とも、副反応は腕(肩)の痛みのみで、倦怠感も発熱もなく、仕事にも影響なく済んで助かった。

高齢の両親も、幸い、コロナに感染することなく今日に至っており、しばらく前に三回目の接種も終えている。
しかし、すんなり受け入れた父とは違い、当初、母は、得体の知れないワクチンを打つことに難色を示していた。
母は、肺癌と糖尿病、基礎疾患の中でも「コロナにかかると最も危ない」とされる病気をWで患っているわけで、おまけに高齢ときている。
したがって、大多数の専門家と同様、私は、「ワクチンを打つリスクより、打たないデメリットの方がはるかに大きい」と判断した。

それで、その辺のところを幾度となく説明。
脅して強制するつもりは毛頭なかったが、
「その身体でコロナにかかったら命はないよ!」
「“打たない”という選択肢はあり得ない!」
「自分のためだけじゃないよ!」
と、接種を強くすすめた。
かつて、よくやらかしていた親子喧嘩にならないよう気をつけながら。
すると、私が本気で心配していることが通じたのか、しばらくして、母は、やっと承諾。
同地域同年代の人には遅れをとったものの、無事にワクチンを接種することができ、ひとまず、安心することができたのだった。



訪れた現場は、古い賃貸マンションの一室。
間取りは、今では少なくなってきた和室二間と台所の2DK。
その一方の和室で、暮らしていた高齢女性が死去。
「ありがち」とはおかしな表現かもしれないが、ここまでは“ありがち”な孤独死。
しかし、ここからが、あまりないケース。
故人は、亡くなってから半年余り経過して発見されたのだった。

半年も放置されると、当然、遺体は、それなりに腐敗。
ただ、気温が下がり始める秋に亡くなり、上り始める春に発見されたわけで、山場は、低温・乾燥期の冬。
畳には、人のカタチが残留し、頭があったと思われる部分には、白髪まじりの頭髪が大量に残留していたものの、それでも、その汚染は軽症。
また、異臭は発生していたが、「外にまでプンプン臭う」といったほどでもなし。
ウジ・ハエの発生もほとんどなし。
おそらく、その身体は、「腐敗溶解」という過程ではなく、「乾燥収縮」という過程を踏んで傷んでいったものと思われた。

家賃も水道光熱費も、銀行口座からの自動引き落としになっていたのだろう。
そして、同じマンションで親しく付き合っている人もいなければ、わざわざ訪ねてくる人もいなかったのだろう。
また、無職の年金生活者であって、社会との関りも希薄だったのだろう。
高齢につき、ネット通販を利用するようなこともなかったか。
ただ、故人は、天涯孤独な身の上ではなく、息子とその家族がいた。
それを考えると、「半年」という時間は、決して、短い月日ではなく、私には、長すぎるように思えた。

依頼者は、その息子(以後「男性」)。
母親の孤独死したことを半年も気づかずにいたことに罪悪感みたいな想いを抱いているようで、気マズそうにしながら、
「家族の恥をさらすようですが・・・」
と前置きし、発見までの経緯を話してくれた。

男性宅は、もともと男性の両親が建てたもので、現場とは駅の反対側、現場からそう遠くない距離にあった。
そして、数年前まで、男性家族と故人は、一つ屋根の下で同居していた。
ただ、家族といえども、一人一人の人間であり、人間関係に多少のギクシャクがあっても不自然なことではない。
また、「どっちが正しい」とか「どっちが悪い」とかいう問題ではなく、人には「相性」ってものがある。
相性が合わない同士は、どうしたって合わない。
ただ、生計を一にする家族である以上、相性がどうのこうのとワガママは言えない。
お互い、ある程度は、尊重と我慢をしなくては生活が成り立たない。
しかし、それにも限界があるわけで、限界を超えてしまうと、その生活は保てなくなる。
それを理解していたのだろう、もともと、“一枚岩”の家族ではなかったものの、皆がテキトーなところで折り合いをつけることによって、何とかうまくおさまっていた。

転機となったのは、男性の父親(故人の夫)の死去。
「家族の重石がなくなった」というか「規律を失った」というか、家族関係のバランスをとっていた支柱がなくなったみたいな感じで、それ以降、目に見えない何かが変わっていった。
露骨に変わったのは、嫁(男性の妻)と故人。
それまでは、お互い、抑えるところは抑えて、耐えるべきところは耐えてきたのに・・・
「これからは自分の天下」とまでは思っていなかっただろうけど、それぞれ、自分でも気づかないうちに気持ちが大きくなっていったよう。
その結果、家事の分担、家計費の分担、共用スペースの使い方、食事の好み、生活スタイルやリズム等々、些細なことで二人はぶつかるように。
嫁姑の確執なんて、家族間にありがちな揉め事の代表格なのだが、日を追うごとに、その関係は悪化していった。


ここからは、私の想像も含まれるけど・・・
もともと、自分達夫婦が建てた家にやってきた新参者(嫁)が、年月が経つにつれ、自分より幅を利かせるようになってきた。
「老いては子に従え」とも言うが、老いた者にだって自尊心やプライドはある。
年寄り扱いするだけならまだしも、疎まれ、邪魔者扱いされるのは我慢ならない。
必要のないところでも上下関係をつくりたがるのが人間の悪い性質だったりするのだが、居心地が悪くなってくるばかりか、この家で一緒に生活すること自体が苦痛になり、故人は、別れて暮らすことを思案。
「息子家族を追い出すより自分一人が出ていく方が諸々の影響が少ない」と判断し、結局、自分一人が出ていくことに。
高齢で始める一人暮らしのハードルは低くない中で、それでも意地を通すべく、地元の知り合いをツテに、今回、現場となった部屋を見つけ、そこに移り住んだ。

比較的、中立的な立場にあった男性は、時には妻の味方になり、時には母親の味方になり、何とかうまくやろうとしていたのだろうと思う。
しかし、男性には男性の生活がある。
そしてまた、家族のためだけではなく、自分のために生きていい人生がある。
争い事があまりに多いと、いちいち関与していられない。
また、その種があまりに小さいと、いちいち仲裁に入っていられない。
そんな男性の心情や事情は、充分に察することができた。

事実上のケンカ別れだから、以降、双方、関わり合いになろうとせず。
互いに行き来することはもちろん、電話やメールで連絡を取り合うこともなし。
盆暮れのイベントや誕生日などの記念日もスルー。
他人以上に他人行儀な関係に。
“意地とプライドの戦い”でもあったのか、結局、それは最期まで続き、あまりに変わり果てた姿での再会となってしまったのだった。


「それくらいは私がやります・・・」
と、男性は、台所にあったレジ袋を手に遺体痕の方へ。
そして、遺体頭部の脇にしゃがんで合掌。
それから、そのレジ袋を手袋の代わりにして、腐敗体液と混ざって畳にへばり着いた頭髪を、むしり取るようにベリベリと引き剥がし始めた。
時々、小さな溜め息をこぼしながら。

男性が、何を想いながら故人の遺髪を掴み取っていったのか・・・
供養の気持ち、感謝の気持ち、後悔の気持ち、謝罪の気持ち、色々な想いが交錯していたはずで、それを察するに余りあるものがあり・・・
その作業は、本来、私がやるつもりだったことだが、口出しはせず。
「お母さん、天国で喜んでいると思いますよ」なんて歯の浮くようなセリフは、とても吐けたものではなかったが、まんざらそう思わなくもない中で、私は、男性の後ろから、泣いているかのように震える背中を黙って見ていた。
時々、小さな溜め息をこぼしながら。



人間という生き物の性なのだろうか、小さなことのこだわりが捨てられず、意地になってしまうことってよくある。
自分が不幸になることに気づかず、自らの手で、大切な人を蔑ろにしてしまうことも。
時間が経ち、頭が冷えた頃になって、自分で自分がイヤになるほど悔やんだり、情けなくなったりすることもしばしば。

かく言う私も、これまで、随分と小さなことに引っ掛かり、随分と小さなことにつまずいてきた
それで、随分と親子喧嘩を繰り返してきた。
とりわけ、母親とは、子供の頃から、ほんの数年前まで頻繁にケンカ。
顔を合わせたときにかぎらず、電話で何気ない会話をしているうちにケンカになったことも多々。
長い間、絶交状態になったことも、「もう、一生、会えなくてもかまわない」と、頑なに心を冷たくしたことも一度や二度ではない。
しかし、もう、父は八十五、母は八十になり、この私も、結構な年齢になっている。
「もう、先が短いことが見えている」というか、ここまでくると、小さなことにこだわっている場合じゃない。

今となっては、親不孝を悔いることもしばしば。
両親共働きで、中学から私立の進学校へ。
貧乏しながら行かせてくれた大学でも、車やバイクを乗り回し、酒と女の子との遊びに興じ、勉学より優先して得たバイト代も、親に何か贈るどころか、すべて遊び代に費やしてしまった。
挙句の果てが、社会の底辺を這いずり回るような“死体業”への就職と、不名誉極まりない“特掃隊長”への就任。
こんな親不孝・自分不幸が他にあろうか・・・
あれから三十年経つのに、今でも自分の生活を維持するのが精一杯で、何の恩返しもできていない。
もう、申し訳なさ過ぎて、情けなさ過ぎて、この世にいる価値さえ見失いかけている。
そしてまた、そのことに、いい歳にならないと気づけなかったことが、とても恨めしく感じられている。

父や母に、私がやってあげられることがあるとすれば、孤独死腐乱した場合、誰にも負けないくらいシッカリ掃除することくらい。
冗談じゃなく・・・ホント、ガッカリなことだけど・・・
でも、もし、そうなったら、一生懸命!やろう・・・
異臭と汚れと残留汚物を、涙と汗で流しながら。
そして、この先、自分が死の床についたら、ロクに動かせなくなった身体と、ロクに動かなくなった頭で、病院の天井を見つめながら、最期を悟りながら、できるかぎり想い出そう・・・
父と母が与えてくれた“笑顔の想い出”を、後悔と謝罪に勝る、喜びと感謝の気持ちを抱きながら。

「親の心、子知らず」「子の心、親知らず」
それでも、いくつになっても親は親、子は子。
有限の命にある その愛と絆は無限。
こうなってしまった私の人生は もう仕方がないし、孝行らしい孝行ができるとも思えないけど、頻繁に会えない代わりに、メールや電話は こまめにしようと思っている。
そして、あまり無理をしないで、でも、無理をしてでも長生きしてほしいと思っているのである。



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不正直者

2022-04-07 07:00:54 | 腐乱死体
舞い散る桜の下、コロナ禍は、第六波が収束しきることなく、第七波を予感させるような事態になっている。
どうも、従来のオミクロン株に比べ、「BA2」は、更に感染力が高いらしい。
困ったことに、重症化リスクも。
しかし、まだ、私のところには、三回目ワクチンの接種券が届いていない。
精神脆弱な今の私にとっては、こんなことも悩みの種のなるわけで・・・早いところ、済ませたいものだ。

そんな中、日本では新年度が始まり、希望に満ちて新しい生活をスタートさせた人も多いことだろう。
しかし、同じ地球の向こう側、東欧のウクライナは、それどころではない状況に陥っている。
つい一か月半前までは、賑わっていた街が廃墟となり、平和な日常を暮らしていた人々が殺され、また、家族を奪われ、家を追われ・・・
ウクライナの人々は、悪夢でもみているかのような心持ちか・・・
いや・・・そんな生ぬるいものではないだろう。

一方のロシアでは、不正直な指導者による子供だましの詭弁がまかり通っている。
惨殺・虐殺・拷問・拉致・略奪・・・人身売買まで噂されている。
歴史的背景や国益がからんでいるとはいえ、よくも、あんなヒドいマネができたものだ・・・
男も女も、子供も老人も、軍人も市民も、一人一人が“命”なのに。
ロシア兵だって一人の命。
いつだって、泣きをみるのは下々の者。
とりわけ、赤ん坊や子供が亡くなったニュースに触れると涙が流れる。
そんなに戦争がしたければ、それを指導する者が最前線に立てばいい。

殺人を命令する指導者達も人間。
人として生まれ、人として育ち、人として生きている。
死ななくてよかった人が、その人間の手によって殺されている。
生きようとしている命が、その人間に手によって消されている。
その人間の行いによって、あったはずの平和な暮らしや、希望の未来が奪われている。
これも、摂理なのか・・・
元来、人間が持ち合わせているはずの、「理性」とか「良心」とか「道徳心」はどこへいってしまったのか・・・
自分自身を含めて、人間一人一人が、省みる機会とするべきではないだろうか。



孤独死現場が発生。
依頼者は、故人の息子(以後、「男性」)。
「早急に対応してほしい!」という要望に、私は、ヘヴィー級、少なくともミドル級の現場を想像。
当日の予定を変更し、現場へ向かうことに。
約束の時刻を「到着次第」として、電話を終えた。

到着した現場は、住宅地に建つ一軒家。
「豪邸」というほどではなかったが、近隣とくらべると土地も広く家屋も立派。
インターフォンを押すと、男性が玄関を開けてくれた。
そして、私は、案内されるまま二階へ。
「ここなんです・・・」と男性が指さす和室にゆっくり入った。

結構、深刻な状況を想像していた私は、ちょっと拍子抜け。
故人は、布団に横になったまま亡くなったよう。
その布団は、既にたたまれた状態。
少しめくってみると、一部は赤茶色に変色。
結構な量の遺体液を吸っているようだった。
その下にあった畳二枚には水をこぼしたような遺体シミが。
ただ、窓が開けられていたせいもあって、異臭はほとんど感じず。
ウジ・ハエの発生もなかった。

男性によると、「死後一日で発見」とのこと。
しかし、私の見立ては違っていた。
寒冷の季節で、暖房も動いてなかったよう。
その割には、布団に滲みた遺体液の量が多すぎる。
敷布団を越えて畳にまで到達するくらいだから、少なくとも2~3日、おそらく4~5日は放置されていたと考えるのが合理的だった。

疑義に思うことは他にもあった。
それは、故人は、独居ではなかったということ。
故人には、同居する妻(男性の母親)がいた。
同居家族がいる一軒家で腐乱死体が発生したわけで・・・
一般的な感覚からすると、極めて不自然な状況・・・
その疑念を態度に出したつもりはなかったが、
「うちの両親は、ちょっと色々ありまして・・・」
と男性は、気マズそうな表情を浮かべながら、何かを弁解たそうに口を濁した。

故人夫妻は、縁あって出逢い、好き合って結婚したのだろうから、もともと仲の良い夫婦だったのだろうに・・・
子育てに夢中になっていた若い時分には、ともに笑い、ともに泣くこともあっただろうに・・・
しかし、いつのまにか、夫婦仲は良好ではなくなってしまった・・・

昨今、離婚なんて、まったく珍しいことではない。
熟年離婚だってそう。
恋人同士でいた頃は、特に何をするわけでもなく、ただ一緒にいるだけで楽しいもの。
しかし、いつのまにか、特に何があるわけでもないのに、一緒にいるだけで苦痛を感じるようになる。
人って、変えてはいけないところは変わり、変えた方がいいことが変わらないもので、何かが変わってしまうのだろう。
とりわけ、「子供」という鎹(かすがい)が居なくなってからは、それに拍車がかかったのではないかと思われた。

故人夫妻は、老い先短い人生において、正式に離婚するつもりもなかったのだろう。
離婚となると、現実的な問題として、経済的問題と社会的問題がでてくる。
財産を分割するのも、住居を別々にするのも、極めて面倒。
いい歳をしてからの離婚はスキャンダラスで世間体も悪い。
子供達(男性達)にもバツの悪い思いをさせ迷惑をかける。
また、嫌いな相手でも、“生活必需品”としての価値がないわけでもない。
で、結局、「仮面夫婦」という関係になり、「家庭内別居」という状況に至ったのだろう。

幸い、広い家屋のため、それぞれの部屋も確保でき、寝食を別々にすることも、そんなに難しくなかったのだろう。
お互いの生活パターンやリズムを把握し、水周りなどの共用部は阿吽の呼吸で使用し、顔を合わさずとも生活が成り立っていたのかもしれない。
ただ、仮に顔を合わさずとも、同じ家に暮らしているわけだから、お互いの生活音や気配は感じられていたはず。
ある日、突然、それが消えてしまったわけだから、不審に思いはしなかったのだろうか・・・
結果的に、腐敗が進行するまで放置されていたわけで、そこまで、夫妻の確執は深刻で、頑なにお互いを拒絶していたものと思うほかはなかった。

とにもかくにも、死後経過日数が何日だろうが、故人夫妻の関係がどうだろうが、私に、そんなことを問いただす権限はない。
男性の話が嘘でも本当でも、私には関係のないこと。
私は、余計なことは口にせず、黙って仕事をするべき立場。
頭の中を走り回る下衆の野次馬は放っておいて、私は、作業の方に頭を向けた。

私にとって、作業自体は軽易なものだった。
遺体液を吸い込んだ布団一組と数点の衣類を袋に梱包。
そして、水をこぼしたようなシミがついた畳を二枚、ビニールでグルグル巻きに。
それらを部屋から出してから、消臭剤・消毒剤を周囲に噴霧。
幸い、床板にまでは汚染は浸透しておらず、薬剤を撒いたのみ。
ものの30分程度で作業は終わった。

故人の部屋の畳は、新規に入れ替えれば、それで済む。
その後、一人で暮らすことになる男性の母親(故人の妻)に不便はない。
しかし、その心持ちはどうか・・・
良好な関係ではなかったとはいえ、長年、連れ添った夫が急にいなくなったわけで・・・
かつては、共に楽しく幸せな日々を過ごしていた時期もあったはずで・・・
「生きているうちに和解しておけばよかった」と悔やんだか・・・
「死んでくれてせいせいした」と喜んだか・・・
それとも、まったく無関心で、心が動くことはなかったか・・・
とにもかくにも、人生は一度きり、パートナーは一人きり・・・そこからは、何とも言えない寂しさが感じられた。

もちろん、夫婦関係が良好であっても、この孤独死が防げていたかどうかはわからない。
「寿命」という摂理は、人がどうこうできるものではないから。
だから、故人が部屋で静かに亡くなったことは不可抗力。
それに、すぐ気づけなかったことも不可抗力。
ただ、並の夫婦関係なら、遺体の腐敗までは防げたはず。
とはいえ、それは、後になってみれば何とでも言える「仮」の話。
「家族」といえども、一人一人、個々の人間。
価値観・感性・嗜好・志向も、違っていて当たり前。
その家族にはその家族なり家族関係があり、その家族にはその家族なりの事情がある。
家族にはそれぞれの“かたち”があり、良好な関係の家族もあれば、そうでない家族もある。
理想像はあっても、「こうあるべき」という姿はない。

豪邸とまでは言えなくても、周辺の家と比べると土地も広く、家も大きかった。
経済的には困ってはいなかっただろう。
しかし、例え家が小さくても、御馳走が食べられなくても、ブランド品が持てなくても、とにかく、家族は、仲良くして楽しく暮らす方がいいに決まっている。
そうしないと、人生がもったいないような気がする。

しかし、しかしだ、そこが人間の愚かさ。
小さなことに気持ちを引っ掛ける
小さなことが見過ごせない
小さなことが許せない
小さなことが我慢できない
そして、人間関係をこじらせ、殺し合いにまで発展させてしまう。

世の中で起こる殺人事件は、家族間・血縁者間で起こるものが最も多いらしい。
他人が他人を殺す件数よりも、身内同士の方が多いわけだ。
歴史をみてもそう。
親子・兄弟間の殺し合いなんてザラにあった。
何とも殺伐とした現実だが、これもまた、いかんともしがたい人間の性質。
一体、これは、何を表しているのだろうか。
固い絆で結び付きやすい反面、裏を返せば、危うい関係でもあるということだろうか。

「人間」というヤツは、どうしてこうも愚かなのだろうか。
つまらない意地や面子に固執し、過去の小事をいつまでも根にもち、それが、自分の首を絞めていることにも気づかず、いつまでも拘り続ける。
それでいて、世間・他人に対しては、寛容・謙虚な仮面をかぶって善人を装う。
本当は、素直な自分のまま、自然体で、清々しく生きていきたいのに。

「素直な自分=自分の悪性に従順」ということになりがちだが、本来は、「=自分の良性に正直」ということなのだろうと思う。
しかし、現実には、そうでない自分がいる。
世間体・欲・意地・面子・怠心・虚栄心・対抗心・・・そんなものが“素直な心”を覆い隠す・・・
そして、そのまま、理想に反した自分、不正直な自分だけが成長してしまい、後戻りできるチャンスも自らの手で放してしまう・・・
それが、幸せな人生を失わせることに薄々気づいていながら・・・
・・・素直さが欠けるが故に苦労している、この私が言うのだから間違いない。


本件において、私は、情もないアカの他人。
故人が孤独死したことに大した悼みは覚えず、肉体が腐敗してしまったことも事務的に捉えたのみ。
ただ、故人夫妻の晩年の葛藤や苦悩を察すると、他人事のようには思えず。
素直な心が持てない自分、正直な生き方ができない自分に、憤りや悔しさにも似た寂しさと虚しさを覚え、同時に、悔やまれてならない昨日を振り返り、また、見えない明日を探しきれず、私は、ただただ、溜め息をつくしかなかったのだった。



-1989年設立―
日本初の特殊清掃専門会社
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板ばさみ

2022-03-30 07:38:39 | 腐乱死体
東京で桜の開花が宣言されたのは、3月20日。
あれから一週間余、あちらこちらで桜がきれいに咲いている。
なのに、私の精神は、深く沈み込んだまま。
特に、この一か月余はヒドい状態。
孤独感・疲労感・虚無感・絶望感・倦怠感・緊張感・不安感・・・心の中にあるのはそんなモノばかり。
そんなモノと、元気になりたい自分との板ばさみで、苦しんでいる毎日。
「こうしてブログが書けているうちは、まだ軽症」「まだ余裕がある」という見方もできるかもしれないけど、自分の中では、かなり危ないところまできているという感覚がある。
そして、「これが“鬱病”というヤツの恐ろしさか・・・」と、今更ながらに思い知らされている。



腐乱死体現場が発生。
電話をしてきたのは高齢の男性。
知らされた住所は、郊外の街。
建物は分譲マンションで、故人所有のよう。
亡くなったのは男性の兄で、自宅での孤独死のようだった。

男性は、部屋に入って状況を確認したよう。
ただ、慌てたような様子はなし。
遺体系汚染については、「布団が少し汚れている」とだけ説明。
私は、男性の様子から、発見が早く、特段の汚染異臭もない状況を想像。
現地調査予定は、男性の都合により、その数日後となった。

しかし、間もなく、事態は急変。
その翌日、再び男性から電話がかかってきた。
用件は、「周りの人が文句を言ってきてるらしいから、急いで、何とかしてほしい!」というもの。
いまいち、その状況が飲み込めなかった私が苦情の原因を問うと「悪臭」とのこと。
更に質問を続けると、「部屋がクサいものだからベランダ側の窓を開けっぱなしにしている」という。
てっきり、現場の状況を“ライト級”だと思っていた私は、”ミドル級”に格上げ。
そして、「とにかく、できるだけ早く来てほしい!」との要請に、その日の夕方、現地に急行することにした。

到着したマンションは利便性の高い街中にあった。
多くの世帯が暮らす大規模マンションで、現場は上の階。
私は、下に到着した旨を知らせるため男性に電話。
すると、男性は、既に部屋に入っており、1Fエントランスのオートロックは開錠してくれた。

凄惨な状況なら、とても室内で待っていることはできないはず・・・
ただ、男性は、部屋にいるよう・・・
ということは、軽症なのか・・・
しかし、そんな中で、苦情をよせる近隣住人・・・
一体、現場は、どういう状況なのか・・・
「酷い? 酷くない?」「クサい? クサくない?」
整合しない状況を怪訝に思いながら、私はエレベーターに乗り込んだ。

「著しい」とまではいかないものの、玄関を開けると、私の鼻は、妙な悪臭を感知。
男性が市販の消臭芳香剤を手当たり次第に撒いたようで、腐乱死体臭とそのニオイが混ざり、妙に不快なニオイに。
併せて、その液剤によって床は濡れた状態。
それでも、男性は、スリッパも出してくれず、私は、仕方なく、濡れた廊下を靴下のまま爪先立ちで奥へと進んだ。

「ここなんです・・・」と、男性が指さした和室を見ると、そこには、「いかにも」といった具合の、“汚腐団”が敷かれ、“汚妖服”が放置されたまま。
当然、相応の悪臭も発生しており、少な目ではあったもののウジも発生。
こんな状態で窓を開けっぱなしにすれば、悪臭が外に漏れるのは当たり前で、周辺の部屋から苦情かくるのも当たり前。
慣れないクサさに窓を開けた男性の気持ちもわからなくはなかったが、やはり、それはやってはいけない。
しかも、ただの悪臭ではなく腐乱死体のニオイなのだから尚更だった。

“ポツンと一軒家”(商標侵害?)ならいざ知らず、こういう現場では、玄関や窓を開けないことは鉄則。
換気扇も回してはいけない。
言うまでもなく、その理由は、異臭を漏洩させないため。
ニオイを嗅いでしまったことが原因でノイローゼになったり、精神を病んだりしてしまう人もいる。
実際、異臭が原因で、“遺族vs近隣住民”で大揉めしたような現場はいくつもある。
だから、目に見える汚物だけでなく、目に見えないニオイも、慎重に扱ことが重要なのである。

しかし、男性は、反省するどころか、
「窓を開けようが閉めようがこっちの自由!」
「騒音や振動ならいざ知らず、そんなことまでとやかく言われる筋合いはない!」
「そんなの、マンションの規約にはないでしょ?」
といった調子。
確かに、“ヘビー級”の現場ではなかったし、外に流れているのは著しい悪臭でもなかった。
が、それは、腐乱死体臭。
身内と他人では感覚か異なるし、「鼻が我慢できても精神が我慢できない」ってこともよくある。
前記の通り、「腐乱死体臭」というヤツは、一般のゴミ臭や糞尿臭とは異なり、精神にダメージを与えやすい。
故人に対して悪意はなくても、気持ち悪いものは気持ち悪い。
「同じマンションの住人同士、お互い様の精神で我慢して下さい」なんて、とても言えるものではなかった。


異変に気づいたのは、マンションの管理人。
当初、集合ポストにチラシや郵便物がたくさん溜まり始めていることに気づいた管理人。
それを不審に思わなくもなかったが、現代は、プライバシーを重視する世の中。
余計なお節介を焼いて顰蹙を買いたくはないし、正規の職務でもない。
だから、そのまま放っておいた。
結局、高齢無職だった故人の死に気づく人はおらず、結果、その肉体は溶解しはじめるまで、放置されたのだった。

孤独死・腐乱といっても、人が一人亡くなったことに変わりはないわけで、一般的には、哀悼の意を示すのが礼儀。
遺族に、直接は文句を言いにくい。
また、反感をかったり逆恨みされたりしても困る。
結局、近隣住人は、遺族と対峙することを避け、苦情を管理人にぶつけた。
一方の管理人は、立場的に、故人の尊厳や死の重みを近隣住人に話して、文句を言わないよう諭すわけにもいかない。
管理人にとってマンション住人は“お客様”なわけで、平たくいうと、余程のことがないかぎり、「たてつけない」わけで。
しかし、そういう管理人だって、なかなか遺族には言いにくい。
で、管理人は、近隣住人の声を私から男性(遺族)に伝えてほしいと要望。
専門業者の意見なら男性も聞く耳を持つのではないかと期待されたのだった。

一口に「マンション管理人」と言っても色んな人がいる。
大半は、事務的な人。
このタイプは、可もなく不可もなく、無難に仕事をこなしている。
ありがたいことに、中には、こちらの立場を考えて親切にしてくれる人や紳士的に接してくれる人もいる。
そういう人は、物腰が柔らかく、あまり細かいことを言わず、こちらが仕事をしやすいように協力してくれる。
しかし、残念ながら、その逆の人もいる。
業者に対して、上から目線でモノを言ってくるような横柄な人だ。
最初から命令口調でタメ口をきく人も多く、イラッとくる。
ずっと前にブログにも書いたけど、私は、堪忍袋の緒を切ってしまい、マンション管理人とケンカをした現場もあった。

幸い、ここの管理人は、紳士的で親切な人。
私の話にもキチンと耳を傾けてくれ、特殊清掃に関する話題で話が核心に近づくと、
「こんなこと訊いたら失礼かもしれませんけど・・・」
と前置きした上で、私に質問。
そこには、野次馬根性や好奇心があったと思うけど、人柄の良さの方が勝っており、私にとっては、まったく許せるレベルで、
「何でも遠慮なく訊いてください」
と、快く応じることができた。

私が、
「誰しも、いつかは死ぬ」
「それが、たまたま自宅で、たまたま発見が遅れただけのこと」
「本人(故人)に悪意はない」
といった類の話をすると、管理人も大きく同意してくれた。
ただ、だからと言って、近隣に対する配慮は必要。
で、結局、私は遺族に対して、管理人は近隣住人に対して、それぞれの立場で対応することになった。

お互い、“遺族vs住人”の板ばさみになるような局面もあったが、質問してくる住人には、管理人が丁寧に応対してくれたようで、苦情等が私のところまで波及してくることはなかった。
一方、男性(遺族)の方も、聞き分けはよくなかったものの、汚れモノを撤去した後は悪臭もかなり低減したうえ消臭作業も順調にでき、周囲への問題は早々になくなった。
結局、管理人と良好に付き合えたおかげで、情報が錯綜することもなく、錯誤も誤解も発生せず、その後は、問題らしい問題は発生せず。
そうして、作業は無事に終了。

我々は、
「大変お世話になり、ありがとうございました!」
「こちらこそ」
「何かと親切にしていただいて、スムーズに仕事ができました!」
「どういたしまして・・・またのときもよろしくお願いします」
「ま、でも、こんなことは二度と起こらない方がいいですけどね・・」
「そりゃそうですけど、このマンションは、高齢で一人暮らしの人も多いし・・・人は いつ死ぬかわかりませんからね・・・」
といった言葉を笑顔で交わし、腐乱死体現場跡には似つかわしくない清々しい気分で別れたのだった。


仕事と家庭、親と配偶者、上司と部下、会社と客、本気と浮気、理性と悪性等々・・・
俗世を生きていくうえで、何かと板ばさみになることは多い。
私も、今、とある欲望と とある願望の狭間にあって、気持ちが揺れ動いている。
欲望は自分次第でどうにでもなるが、いつまでも満たされることはなさそう。
一方、願望は、自分次第でどうにかなるものではないけど、実現すれば大いに満たされるかもしれない。
どちらに軸足を置いた方がいいか、どちらに置くべきか、迷い悩んでいる。

ある意味、“生きる”ということは、生と死の板ばさみになっている状態なのかもしれない。
更に、そこにある、欲望と願望の板ばさみになり、上記のような俗世の板ばさみになり、喜怒哀楽、泣き笑いの中で右往左往し七転八倒する。
時に、非常に苦しい状態に陥る。
それが、人間が生まれ持つ“罪過”であり“業”であるのか・・・
残念ながら、私は、「死」というものの他に、ここから抜け出す方法を思いつかない。

私は、このブログを書くにあたり、「読んでくれる人に生きる勇気を与えている」なんて勘違いはしていないつもり。
ただ、その根底に「生きろ!」というメッセージを流しているつもりはある。
自分が、どんなに弱く、どんなに愚かであっても、そんなことは顧みず。
それが今、何とも窮屈で息苦しい毎日にあって熱量を失いつつある・・・
やっとの思いで一日を生きて残るのは、強い疲労感と重い虚無感のみ。
「助けてくれ!」と、このところ、毎日のように、心がうめくような始末なのである。

「余計なことを考えるのはよせ!」「もう、それ以上考えるな!」
と、気分が沈むたびに自分に言い聞かせる。
が、自分の心は、そう簡単に言うことをきかない。
考えても仕方がないこと、余計な考えが、どうしても頭を過ってしまい苦悩してしまう。

ただ、そう遠くないうちに死なせてもらえる日がくる・・・
そう遠くないうちに死ななきゃならない日がくる・・・
それで、この世のことは全部おしまい。
すべては過ぎ去り、すべてから解放される。
苦しかろうが楽しかろうが、それまで、バカになって一日一日を生きるしかないか・・・

「バカになれ!」
「そうだよな?」
「それでいいんだよな?」
もともとバカだからこんなことになっているクセに、私は、自分にそう言って、後悔の昨日と不安の明日の板ばさみになっての苦しみを、少しでもごまかそうとしているのである。



-1989年設立―
日本初の特殊清掃専門会社
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空回り

2022-03-15 07:00:32 | 腐乱死体
自然のあちらこちらで春の息吹が感じられる今日この頃。
優しい暖かさに癒されている人も多いのではないだろうか。
しかし、季節を逆行するかのように、私のメンタルは悪化。
多少の浮き沈みはあるものの、ほぼ四六時中、緊張状態が続き、息苦しさや動悸も頻発。
当然、気分もずっと落ち込んだままで、永遠の暗闇を彷徨っているような気分。
特に、毎朝、明け方は、一日のうちでも最悪の時間帯。
ここで文字にするのも躊躇われるくらいの感情に苛まれ、危険な状態に陥る。

これまでも、何度も鬱に苦しめられてきた私だが、何とか踏ん張ってきた。
が、ここにきて、元気を出そうとする自分は、完全に空回りするように。
で、藁をもつかむような思いで、この頃は、抗不安薬、いわゆる精神安定剤を服用している。
薬に頼るのは十数年ぶりのこと。
薬を飲んだところで即座に元気がでるものでもないが、「薬は効く!」と思い込むようにしており、そうすると、少しは楽になるような感覚はある。
何の罪過か、何の業か、私という人間は、楽には生きさせてもらえないようだ。

寒々しい時期を過ごしてきたのはメンタルだけでなく、時季もそう。
例年、冬は寒いものだが、今年の冬は特に寒く感じられた。
朝、氷点下になることもざらにあり、とりわけ、雪が、その感覚を強くしたものと思う。
今冬、首都圏では三度、まとまった降雪があった。
一度目1月6日は大雪となり、二度目2月11日も結構積もった。
三度目2月13日は都心の積雪はなかったものの、東京西部はけっこう積もった。
神奈川県の箱根なんて、雪の度にニュースに。
普段は憧れの温泉地・観光地なのだが、降雪により様相は一変。
坂道でタイヤが空回りして動けなくなっている車の映像が、何度も流れた。

当社にも、複数台の社有車があるのだが、使用頻度の高い車には、毎冬、スタッドレスタイヤを装着。
今年と違って、雪が一回も降らない年もあるのだが必ず。
後になってみると、タイヤがもったいないと思うこともあるけど、安全が第一。
事故や立ち往生が起こってからでは遅い。

私も、雪道で恐い思いをしたことが何度かある。
何年も前のことだけど、特殊清掃で福島の浜通りへ行ったときの帰り道と、千葉の山間部に行ったときの帰り道のことが記憶に新しい。
日中はたいしたことなかった雪を甘くみていた私。
しかし、夕方近くになると一気に積もってきて、あれよあれよという間に、辺り一面、真っ白に。
慌てた私は、急ピッチで作業を締め、帰途へ。
スリップするタイヤに車体を左右に振られながら、雪道を走行。
「一度止まったらアウト!」と、ビクビクしながら、ひたすら低速前進。
幸い、その時は、事故もなく立ち往生もせず、無事に、雪道を脱することができたのだが、神経は擦り減り、帰ったときはクタクタの状態だった。

さすがに、もう、積もるほどは降らないと思うけど、やはり、雪の予報を舐めてはいけない。
不要不急の外出予定は変更するのが得策。
また、「備えあれば患いなし」。
冬という季節があるかぎり、スタッドレスタイヤもタイヤチェーンも備えておいた方がいい。
事故の負担を考えれば、そっちの方がよっぽど軽いから。



出向いた現場は、街中に建つ分譲マンション。
その一室で住人が孤独死。
発見までかかった日数は約一か月半。
依頼者は、故人の娘(以後「女性」)。
女性は、何故、一か月半も放置されることになったのかを長々と説明。
ただ、話をまとめてみると、「年金生活で一人暮らしをしていたから」ということを言いたかったよう。
私にとって、それは、あまり必要な情報ではなかったが、業者として好印象を持ってもらうことが大事だった私は黙って応対。
その後、女性と現地調査の日時を約して、最初の電話を終えた。

約束の日時。
女性は、約束の時間になってもなかなか現れず。
時間に厳しい私は、5分を過ぎたところで女性に電話。
しかし、聞こえてくるのは「ただいま、電話に出られません」という機械的なメッセージ。
私は、少し気分を悪くしたが、勝手に帰るわけにはいかず、そのまま待つほかなし。
途方に暮れつつ、そのまましばらくの時間が経過し、結局、女性は、約束の時刻から30分遅れてやってきた。

訊くところによると、電話にでなかったのはバスに乗っていたから。
乗車時のマナーを守ったわけだから、間違ってはいない。
遅れた理由は、バスの遅延。
で、女性は、挨拶もそこそこにバスが遅延した理由を説明。
“もう会えたんだから、今更、そんなことどうでもいいんだけどな・・・”
と思った私だったが、女性があまりに熱心に話すものだから、それを遮るのはやめて話を最後まで聞いた。
ただ、話をまとめてみると、遅延の原因は「ただの工事渋滞」。
最初の電話といい今回といい、女性の個性を垣間見た私は、その後の付き合いが面倒臭いことになりそうなことを予感した。

「死後一か月半」と聞かされていた私は、至極、凄惨な現場を想像。
また、女性が、「恐くて入れない」と言うのも充分に納得できた。
私は、
「一人で中を見てくることもできますから、一緒に入らなくても大丈夫です」
と女性に伝えたうえで、まずは、一緒に部屋前まで行くことに。
女性が開けてくれたオートロックをくぐり、女性の後をついてエレベーターへ乗り込んだ。

玄関前に立つと、まずは、臭気の漏洩を確認。
幸い、そこでは、特段の異臭は感じず。
そして、差し出された鍵を受け取り開錠。
ゆっくりドアを引き、空いた隙間に鼻を近づけると、私の鼻は嗅ぎなれた異臭を感知。
しかし、故人は玄関から離れた部屋にいたのか、または、部屋のドアが閉まっているのか、予想していたほどでもなし。
私は、ドアを更に大きく開け、身体全体で、腐乱死体現場の空気を受け止めた。

そのニオイは、後ろに立つ女性の鼻にも届いたよう。
顔をしかめながら、鼻と口にハンカチを当てた。
私は、そんな女性に、
「じゃ、中を見てきますね・・・」
と言って、一歩二歩と前進した。

すると、女性は予想外の行動に。
「恐くて入れない」と言っていたわけだから、てっきり、女性は玄関の外で待っているものとばかり思っていた。
が、私に着いてそのまま入ってくるではないか。
「大丈夫ですか?入れますか?」
やや驚きながら尋ねると
「あまり大丈夫じゃありません・・・けど、“本当は、一人じゃイヤなんじゃないかな”と思いまして・・・」
とのこと。
“???・・・本当に俺は一人で平気なんだけどな・・・”
突拍子もない言葉に返す言葉はなく、もちろん、「ついて来るな」等という権利もなく、結局、前後並んで、我々は部屋の奥へと進んだ。

遺体があったのは、玄関を入ってすぐ左の寝室。
女性は、故人がいた部屋を警察から聞いており、まずは、そこへ。
私は、女性を遠ざけてから閉まっていた扉を開けた。
すると、異臭のレベルは一気に変わり、高濃度に。
「ちょっと、向こうに行っておいた方がいいかもしれません・・・」
と、女性に声をかけ、部屋に入った。

汚染痕はベッド脇の床にあり、素人目にはわからないだろうけど、人型を形成。
見るも見ないも女性の自由だったし、指図する権利は私にはなかったが、
「ちょっと、ここは見ない方がいいかもしれませんよ・・・」
と、私は、リビングで待つ女性に助言。
もともと、女性は怯えており、衝撃の光景が脳裏に焼き付いて、精神を病んでしまう恐れがあったからだ。
それには、女性もすんなり同意。
ただ、汚染状況を詳細に知りたがり、私に細かな質問を投げてきた。

腐乱死体の汚染を素人にわかりやすく説明するのは難しい。
私が得意とする(?)食べ物に例えるとわかりやすいのだが、それはブログ上でのこと。
依頼者相手に話すのは、さすがに品がない(この仕事に“品格”なんて必要ないかもしれないけど)。
結局、女性は、私の説明が呑み込めないようで、一つ一つの説明に対して、
「どういうことですか?」「よくわかりません!」
といった返事を繰り返してきた。

また、あくまで、主観的な感覚として、
「一か月半のニオイとしては軽い方ですね」
と言うと、女性は、
「え!?これで軽い方!?」と驚いた。
ただ、女性のリアクションは、これだけでは終わらず
「ということは、もっと酷いケースもあるってことですか?」
「それは、どういう状態ですか?」
「どんなニオイになるんですか?」
と矢継早に質問。
ちょっと苛立ってきた私は、
「“百聞は一見にしかず”とも言いますから、実際に見てみますか?」
と言いそうになったが、その言葉は、あまりに不親切なので、吐く前に飲み込んだ。

結局、私は、特殊清掃・消臭消毒を請け負うことになった。
特殊清掃という作業は、一発作業で終わることもあるが、多くは、複数日、または長期間を要する仕事となる。
もっとも時間がかかるのは、「消臭消毒」。
内装建材に染み着いた悪臭を脱臭・消臭する作業は一朝一夕では済まないのだ。
だから、ひとつの現場にも、適宜、何度となく足を運ばせる。
で、「あとはヨロシク頼みます」と、ほとんどは、部屋(家)の鍵を預かる。
本件でも、女性は、部屋の鍵を預けてくれた。
が、大方のケースと違ったのは、作業予定日時を事前に報告する必要があったことと、その度に女性が現場に現れたこと。
正直なところ、「うっとおしいなぁ・・・」と思わなくもなかった。
ただ、「来るな!」と言えるわけもなく、私は、女性が何を意図しているのか、何を考えているのかわからない中で、話相手をしながら作業を進めた。

深夜早朝に電話が鳴ることはなかったけど、女性は、作業のない日も頻繁に私に電話を入れてきた。
はじめは、
「警察から受け取った貴重品の中に、銀行通帳と印鑑がなかった」
というもので、そのとき、私は、
「できるかぎり探してみますね」
と返答。
また、公共料金やクレジットカードの明細書を探すことも頼まれたので、それも快諾。
探し物くらいは“お安い御用”だったから
しかし、事は、それだけでは済まず。
そのうちに、「インターネットのプロバイダーがわからない」「PCの立ち上げ方がわからない」「キーホルダーの鍵束が何の鍵がわからない」「自転車の鍵がない」「公共料金を解約の仕方がわからない」「メールボックスの開け方がわからない」など、色々なことを尋ねてきた。

ほとんどの相談は「そんなの、自分で何とかしてくれ!」と言った類のこと。
世の中には、「背中がかゆい!」と119番したり、「ゴキブリが出た!」と110番したりする輩もいるみたいだが、私にとっては、それに近いものがあった。
そうは言っても、私にとって、女性は“お客様”。
機嫌を損ねられないよう、うまく付き合うのも仕事のうち。
我慢すべきところを我慢し、耐えるべきところを耐えなければならない。
善意的に見れば「頼りにされている」と言えるのだが、悪意的に見れば「便利に使われている」とも言える。
ただ、不思議と、女性に、打算的な図々しさは感じられず。
そのため、一時的には苛立ちを覚えた私だったが、関わっていくうちに、自然と穏やかに対応できるようになっていた。

身内が孤独死して、腐乱死体で発見されるなんてことは、多くの人が経験するものではなく、恐怖感に襲われたのかもしれず・・・
また、最も近い血縁者、相続人だった女性は、故人の後始末をしなければ立場にあってどうしていいかわからず、不安感に襲われたのかもしれず・・・
だからこそ、私に、寄りかかろうとしたのかもしれず・・・
いい方に考えれば、誰かに頼りにされるのって嬉しいもの。
利己主義者の私も、それくらいの善意は持ち合わせていた。


始めの頃は戸惑い、そのうちイラ立ちを覚えるようになり、終わりの頃には女性なりの人間味が味わえるようになっていた私。
不必要なくらい細かな説明は誠意を示すため、
不必要なくらい細かな質問は敬意を示すため、
不必要なくらい細かな相談は信頼を示すため、
そして、最初、無理をしてまで一緒に入室したり、いちいち現場に姿をみせたりしたのは、汚仕事をやる私に対する、女性なりの礼儀と思いやり。
つまり、気持ちを空回りさせていたのは女性ではなく私の方だった。

人の想いを そのままに受け取ること、そして、自分の想いを そのままに伝えることは簡単に思えて、実は難しい。
「素直」の基準は見失いやすく、「自然」の構えは忘れやすい。
どうしても、価値観・感情・願望・打算などが入り交じり、“自分寄り”になってしまう。

その辺のところが、もっとストレートにできれば、私も、少しは人に好かれ、人に必要とされる人間になれるのかもしれない。
人に好かれ 人に必要とされることって、生き甲斐につながることで、元気の源になるものでもあるのだが・・・それが、なかなか難しい。
・・・弱ったおっさんなのである。



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いきづまり

2022-02-10 07:03:20 | 腐乱死体
息詰まる熱戦が繰り広げられている北京冬季オリンピック。
ただ、例によって、私は、興味薄。
連日のTVニュースも飽き飽き。
昨夏もそうだったが、あまりに内容がしつこいと、イラ立ちさえ覚えてしまう。
で、オリンピックの話題をやっていないチャンネルに変えてしまう。

しかし、この前の、スキージャンプ混合団体での出来事は、ちょっと違った。
そう、女子選手がスーツの規定違反で失格になった件だ。
軽はずみな感情なのかもしれないけど、その選手が泣き崩れている姿を見ると、こっちまで“うるっ”ときてしまった。
年齢でいうと娘くらいの子が、あんなに泣いているなんて・・・このポンコツ親父は、可哀想で 可哀想で、仕方がなかった。
そして、自分のダメさを棚に上げて、「人間としても選手としても、これをバネにもっと飛躍してほしい」と強く願った。

そんな二月も、もう中旬に入る。
今更、正月の話をするのもなんだけど・・・
その時季の風物詩の一つに餅がある。
で、この正月、餅を食べた人は多いだろう。
そういう私も食べた。
しかし、肝心の雑煮は食べなかった。
正月くらいは食べてもよかったのだけど、病人のように寝込んでしまい、結局、食べずじまい。
またしばらく、雑煮を口にすることはないだろう。

ただ、私の場合、普段から、たまに餅を食べることがある。
意識して常備しているわけではないのだけど、個包タイプは常温で長期保存できるから、家に餅が置いてあることが多い。
それを、時折、思い出したように食べるのだ。

好きな食べ方は、大福っぽくした粒餡トッピング。
チンして柔らかくした餅に、市販されている既成の粒餡をのせる。
それに、バター(正しくはマーガリン)を少し加えることもある。
ピーナッツバターを試したこともあるが、これはこれで美味だった。
ゴマ団子みたいな風味になるので、ゴマがあったら、ゴマを混ぜたりもする。
もともと、大福とか粒餡菓子は好物なので、とにかく、和菓子感覚で、甘くして食べるのが好きなのだ。

そして、食べるタイミングは、いつも就寝前。
晩酌の後の“締め”で食べるのだ。
ただ、そんな食べ方は、中年男の身体によくはない。
また、酒を飲んだ後、寝る前にそんなことしてたら、普通なら、速攻で太るはず。
なのに、今の私は、体重が増えない。
餅を食べない日はインスタントラーメンを食べることも多いのだが、まったく増えない。
歳のせいか精神的な問題が、食欲も減退しており、一日の総接種カロリーが大したことにはなっていないせいだと思う。
しかし、不健康に太るのはイヤだけど、不健康に太らないのもイヤなもの。
心身ともに元気になり、食欲旺盛なくらいに戻りたいと思っている。

しかし、そんな餅で事故が起きることがある。
毎年、正月は、餅をノドに詰まらせる事故が多発する。
そして、気の毒なことに、そのうちに何人かが、それで亡くなってしまう。
そのすべてが高齢者。
仕方がないことだが、老いとともに身体能力は落ちていくわけで、噛む力も飲み込む力も弱くなっているのだろう。
急に、呼吸ができなくなる苦しみと恐怖感を想像すると、気の毒で仕方がない。



依頼された現場は、街中に立つ一軒家。
二階建ての二世帯住宅。
故人は一階部分で生活。
二階には、本件の依頼者である故人の娘(以後「女性」)とその家族が生活。
で、故人は、自宅の風呂で、浴槽に浸かった状態で孤独死。
発見は比較的はやかったようだったが、それでも、しばらく放置されていた。

「湯に浸かっていた時間は数時間」
女性は、私にそう説明。
ということは、余程、湯が沸いてないかぎり、汚染はライト級のはず。
場合によっては、女性や家族でも掃除できるレベルではないかと思った。
しかし、
「浴槽の栓は抜けているのに、浴槽の半分くらいまで水がたまったままになっている」
とのこと。
排水口に何かが詰まっていることは女性にも容易に想像でき、何が詰まっているのかも、ある程度、想像できているよう。
そう、それは、故人の身体の一部・・・
結局、女性は、浴槽に水が溜まったままになっているのが怖くて、それ以降、浴室に入ることができなくなってしまった。
「たった数時間で?・・・追い炊き機能が動いていたのかな・・・」
私は、怪訝に思いながらも、女性の動揺が感じ取れたため、それ以上のことを尋ねるのはやめ、とりあえず、現場に行ってみることにした。


現場の到着した私を出迎えてくれた女性の顔は曇っていた。
そして、
「恐くて見れないんです・・・」
と、申し訳なさそうにした。
「家族とはいえ、誰しもそうですよ・・・」
と、私は、“気にすることじゃありませんよ”といった雰囲気を前面に醸して女性をフォロー。
それから、女性に促されるまま家に上がり、女性が指差す方の浴室に向かった。

浴室の扉を開けると、独特の異臭が鼻を衝いてきた。
ただ、それは熟成されたニオイではなく、わりとアッサリとしたニオイ。
あえて言うと、生活雑排水と糞尿臭を混ぜて濃くしたような感じ。
もちろん、これでも充分にクサいのだが、“クサいもの慣れ”している私には、「アッサリ」に感じられた。

「しかし・・・これは、“数時間”じゃないな・・・」
水の濁り具合やニオイの感じからして、私は、一~二日の浸水を想像。
ただし、そのことを女性に尋ねる必要は何もない。
また、「数時間」と言った女性の心情もよくわかる。
故人が、突然、風呂で亡くなったことも、発見が遅れたことも、不可抗力な出来事。
人知を超えた領域のことで、女性に非や責があるわけはない。
とは言え、二世帯住宅だろうと同じ家に暮らしていながら、父親の異変に気づくのが遅れたことに罪悪感みたいなものを抱いていたのだろう。
だから、「数時間」と言ったのは、世間体を気にしてのことや私に対しての気遣いだったのかもしれなかったが、自分でも そう思い込みたかったのだろうとも思った。

ちなみに、浴槽死で長期放置だと、かなり厄介なことになる。
想像できるだろう・・・自動運転機能が働いていると、低温調理みたいになって、もう、言葉では表せないくらい強烈なことになる。
しかも、部屋死亡のケースとは異なり、生臭いような、腹をえぐるような、何とも言えない独特のニオイを発する。
当然、見た目も超グロテスク!
色んなモノが溶け込んでいて・・・もう、頭がブッ壊れそうになる。

湯に浸かった遺体は、まず、皮膚が剥離。
よく、日焼けしたとき等に剥がれる、薄い表皮だ。
これが、水でふやけた状態になるから、厚みを増して大きく膨張し、見た目は半透明のレジ袋のようになる。
過去にも書いたが、脱皮したかのようにきれいに抜けている場合もあり、「手袋?」と見まがうくらい良質(?)の状態のものもある。
あと、身体の筋肉が死んでしまうわけだから、脱糞していることも多く、底に糞便が残っていることも少なくない。
おそらく、放尿もしてしまうのだろうけど、尿は水と混合してしまうため判別できない。

この風呂の水も、薄く汚濁。
底に何が沈んでいるか見通せず。
とにもかくにも、浴槽に水が溜まったままでは掃除のしようがない。
私は、まず、バケツで水を汲み、それをトイレに流す・・・バケツで汲みきれない水位に下がるまで、それを繰り返した。
もちろん、汚水をトイレに流すことは女性に許可してもらったうえで。

水位が下がるにつれ、水の濁りは増してきた。
底に沈殿していた異物が水流によって舞い上がるためだ。
ただ、目を引く程の固形物はなく、小さな皮膚の断片が数枚、クラゲのように舞ってくるぐらい。
ヘビーな何かが現れることに緊張しながらの息詰まる作業だったので、私は、ホッと一息。
その場で腰を伸ばして、特掃根性のギアを一つ落とした。

水位が数センチにまで下がったところで作業変更。
排水口は指が入れられる状態になり、私は、軽く指を差し込んでみた。
しかし、水中で手袋をしているせいか、何かに触れた感覚はなし。
とにかく、執拗に指を入れて詰まりがヒドくなったら、作業が行き詰まってしまう。
私は、排水口を目視できるようになるまで、浴槽の汚水を完全に除去することに。
バケツを小さな容器に変え、それでもすくえなくなったら、小さなチリトリを持ってきて、手で汚水をかき集めた。
そして、最後は、雑巾。
雑巾に染み込ませては、バケツに絞り・・・それを繰り返し、浴槽の底を完全に露出させた。

案の定、排水口には、遺体の一部らしき物体が詰まっていた。
一本しか入らない指は諦め、サジのような形状にした針金を差し込んで、少しずつ物体を取り出した。
取り出してみると、それは皮膚。
私は、それらを小さなビニール袋に集め入れた。
また、浴槽の底には、糞便も残留していたが、さすがに、それはトイレに流させてもらった。
皮膚と一緒に収拾したところで、女性も困っただろうし。
もっと言うと、気分を悪くしたかもしれないし。

私は、ビニール袋に入れた皮膚片をハンドタオルに包んで、女性に差し出した。
「何ですか?これは・・・」
私が差し出した包みを見て、女性はそう尋ねた。
「浴槽に残っていた皮膚の一部です・・・」
うまいウソを思いつかなかったし、ウソをついても仕方がなかったので、私はそう答えた。
「・・・・・」
女性は、絶句し手を口に当て、目に涙を滲ませた。
「火葬のとき、柩に入れてください・・・」
私が、そう言うと、女性はゆっくり包みを受け取った。

“余計なことをしてしまったかな・・・”
私は、そう思ったが、遺体の一部が浴槽に残留していたことは女性も察していたはず。
で、それを汚水と一緒にトイレに流したとなると、そっちの方がマズイことになると判断したのだった。

女性は、差し出した包みを悲しそうに見つめながら、
「・・・ということは、こういうものが外の浄化槽にある可能性もありますよね?」
と、私に質問。
私は、
「そうですね・・・その可能性はありますね・・・」
と返答。
すると、女性は、潤んでいた目を更に潤ませ両手で顔を覆った。
“しくじった!”
女性が悲しむ姿を目の当たりにした私は、とっさにそう思った。
ウソも方便、機転をきかせることができなかった私は、「その可能性はないと思います」と答えればよかったところ、バカ正直に答えてしまった。

女性は、浴室で体調が急変し、二階に向かって助けを呼んだかもしれない父親を一人で死なせ、それに気づかず放置し、ほんの一部とはいえ その身体をゴミ同然に流し捨ててしまったことを深刻に捉え、後悔の念と強い罪悪感に苛まれているようだった。
そうは言っても、私は、浄化槽の清掃まではできない。
仮に、できたとしても、日常生活で排出される多種多様の雑排物から、遺体のモノだけ取り出すのは不可能。
結局、女性に対して、気の利いた説明はおろか、何のフォローもできず。
何とも言えない息苦しさが漂う中、「仕方がないこと」と諦めてもらうしかなかった。

「きれいにしてもらって、ありがとうございました」
帰り際、女性は礼を言ってくれた。
が、その表情は曇ったまま。
私は、掃除屋としての仕事は完遂できたはずだったが、何かをやり残してしまったような感覚を拭えず。
女性の曇顔が自分のせいではないことはわかっていたけど、
“もうちょっとマシな仕事ができなかったかな・・・”
と、どことなく、ため息が出るような、息が詰まるような思いで現場を後にしたのだった。



-1989年設立―
日本初の特殊清掃専門会社
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Speed

2022-02-01 08:00:45 | 腐乱死体
それにしても、速かった!
オミクロン株の拡大スピードは。
先月初頭、にわかに感染者が増え始めたかと思うと、すぐに倍々、いや、もっとはやいスピードで感染者は増えていった。
全体的にみると重症化する確率は従来株より低いらしいが、それは、自分が重症化しない根拠にはならないうえ、「軽症」に類されても、実際の症状はけっこうな重症ときく。
また、医療従事者の感染、幼稚園・保育園や学校の閉鎖、自宅待機者や自宅療養者の急増など、今までにない問題が勃発。
従来通りの動きができない人が増えすぎて、社会インフラが麻痺し始めている。

色々考えると、心配は尽きない。
ワクチンを二回接種していても、まったく油断できず。
はやいところ三回目のワクチンを打ちたいところだけど、私のような一般人に回ってくるのは春・・・いや、夏頃になるかもしれない。
となると、私の場合、オミクロンのピークは、下がりゆく抗体のまましのがなければならないわけだ。

マスク着用・こまめは消毒・三密回避は当然のこと。
外で飲食はしないし、買い物に行く回数も最低限で、手早く目的の品だけ買う。
仕事先で人と会うときも、できるだけ換気のいい状態のところで、できるだけ距離をあけ、味気ないけど、“密”になってしまう場合、余計な会話はしないよう心掛けている。
また、街で人とすれ違うときも、できるだけ端に寄って距離をあけるようにしている。
意味ないとは思うけど、距離が空けきれないときは息を止めることもある。
そういった具合に、私は、感染対策にかなり気をつかっている方だと思うのだが、日々のニュースでオミクロン株の威力を目の当たりにしていると、「今回は防ぎきれないかもな・・・」という諦めの気持ちも湧いてくる。

それでも、第六波だっていつかは収束する。
それが、春なのか夏なのか、はたまた秋になるのかわからないけど。
既に、“ステルス”による第七波もささやかれ始めているが、それがくるかどうかは別として、昨秋のように、再び一息つける時期がくるとありがたい。
特に、何がしたいわけでもないけど、そうなったら、この日常から脱出して、どこかに出かけたい。
ドライブに出かけるのもヨシ、温泉旅行とかで遠出するものヨシ、再び老親の顔を見行くのもヨシ。
とにかく、この曇天の生活圏から脱出して気分転換したい!



1月11日「誤算」の現場。
遺族が後始末から手を引いたものの、そのまま放置することは、大家にとって、自分で自分の首を絞めるようなもの。
結局、特殊清掃・消臭消毒は、大家の負担で実施することに。

間取りは1DK。
時季は真夏で、故人の肉体は猛スピードで腐敗溶解。
故人が倒れていたのは部屋の真ん中で、下半身は布団、上半身は床。
その人型は、腐敗物となってハッキリと残留。
布団は、タップリの脂が浸み込んだような状態でグッショリ!
床は、タップリのタールを流したような状態でベッタリ!
おまけに、頭皮ごとズレ落ちた頭髪がカツラのごとく残留。
光景もさることながら異臭濃度も凄まじく、フツーの人なら嘔吐してしまうようなレベル。
しかし、私にとっては、これも、ある種の“日常”。
部屋はどんでもないことになってはいたけど、慌てふためく程のことではなかった。

それよりも、私が閉口したのは、部屋の温度。
密閉された室内はサウナ状態で、一つ一つの汗腺から汗がフツフツと噴き出していることが感じられるくらい。
また、頭に巻いたタオルがジトッと濡れてくる感覚と、作業着の下、首筋から腹部に向かって汗が流れる感覚もあった。

ちなみに、私は、子供の頃から風呂に長く浸かるのが好き。
好みは、ぬるめの湯。
それに長く浸かっているのが好きなのだ。
一方、サウナは苦手。
昨今は、「ととのう」等と言われて、ちょっとしたブームのようになっているみたいだが、
あの不自然な高温に恐怖心を抱くのだ。
あと、それが本当に身体にいいのかどうか疑問もある。
スーパー銭湯で、よく、真っ赤な顔でサウナ室からでてきて、そのまま水風呂に飛び込んでいく人を見かけるけど、あれは、心臓や血管に悪くはないのだろうか。

もちろん、この“腐乱サウナ”は、それとは別物。
辛抱して入っていなければならないことに変わりはないのだが、そのニオイとビジュアルのインパクトは、あまりにも過激。
「ととのう」どころか、心も身体も、何もかも乱れまくる。
サウナに強い人でも、一秒たりと耐えられないだろう。

時は、外気でさえ尋常な温度ではない季節。
私は、大家からエアコンの使用許可をもらっていた。
換気扇とは違い、室内でエアコンを回しても、近隣へ迷惑はかからない。
しかし、肝心のリモコンが見当たらず。
それは、私にとっては、ある意味の死活問題。
私は、少し焦りながら、少し緊張しながら、キョロキョロと部屋のどこかにあるはずのリモコンを目で追った。

目当てのリモコンは、床に落ちていた・・・
残念ながら、腐敗液に溺れた状態で・・・
拾い上げてみると、液晶仮面はのっぺらぼう・・・
私は、かすかな希望を胸に冷房スイッチを押してみた・・・
が、「ピッ」という音もせず、エアコン本体もウンともスンとも言わず・・・
直接、本体を操作する方法もわからずじまい・・・
とは言え、未練がましく、動かないエアコンを見上げて途方に暮れていても仕方がない。
また、その後に、きれいな女性と会う約束があるわけでもない。
汗みどろになろうが、クサくなろうが、カッコなんて気にする必要はまったくないわけで、私は、頭を切り替えて、己の方位を特掃に向けなおした。

とにもかくにも、そんな所に、長時間、居続けるのは危険。
小刻みに外へでて休息し、水分を摂らないと、下手したらこっちも死んでしまう。
孤独死現場で死んでしまったらスゴ~く残念であるのはもちろん、他人様の部屋で事故っては申し訳ない気もするし、故人にも悪いような気がする。
しかも、一人きりの作業だから、「そんなリスクはない」とは言い切れず、用心には用心を重ねないといけない。
ただ、本来、人並外れて神経質(臆病)な性質の私なのだが、特掃に入ると、そんなことお構いなしに没頭してしまうクセがある。
そして、それを自戒しながらも、やり遂げた後の達成感や爽快感が大きいものだから、あちこちの現場で、麻薬(やったことないけど)のように繰り返してしまうのである。


故人が滲みだしたものをタップリ吸い込んでいる布団の重いこと重いこと。
手を当てた部分からは腐敗脂がジュワッ!滲み出てきて、その感触は、手袋が破れたのかと思うくらいリアル。
しかも、ヌルヌルと滑りやすく、また、身体に着けたくないものだから、うまく持ち上がらず。
また、室温のせいか何かが発酵しているせいか、かなりの熱を持っており、それが人の体温にも感じられて、猛烈に暑いのに背筋に悪寒が。
更には、無数のウジが潜んでおり、そいつらの逃亡も阻止しなければならず。
敷布団一枚を畳んで袋詰めするたけでも悪戦苦闘する始末だった。

床の掃除も同様。
腐敗脂は、ヌルヌル・ベトベトの状態で部屋の床面の半分近くまで拡散。
隅に置かれたタンスやTV台の下にも侵入。
汚染された面積もさることながら、上半身があった場所には、腐敗粘土が結構な厚みで堆積。
その上には、必死に(?)走る輩が・・・
「蜘蛛の子を散らす」とは、まさにこのこと。
安住の地(御布団=汚腐団)を失ったウジが四方八方に拡散逃亡。
一匹一匹のスピードは遅いものの、敵は、中年男一人で相手ができるほど少数にあらず。
私は、「外に逃げられなきゃいい」と考え、萎えそうになる根性から、やる気と根気を引きずり出して、腐敗物の除去作業に入った。

ただ、そんな凄惨な現場にも、過酷な作業にも救いはある。
それは、自分の裁量でやれること。
「あぁやれ、こうやれ」と指示してくる者もいなければ、文句を言ってくる者もいない。
自らの判断で、必要なだけ頑張り、必要なだけ休憩をとればいい。
焦る必要もないし、慌てる必要もない、落ち着いてやればいいだけのこと。
あと、まったくの独り善がりなのだけど、仮に、この作業を故人が見ていたとしたら、きっと感謝してくれるんじゃないかな・・・と思えること。
そこに、この仕事の“楽”がある。


誰しも経験があるだろう・・・
楽しいとき、楽なときは時間が過ぎるのがはやい。
日常的なのは、朝の起床時。
「ウソじゃないか!?」と思うくらい、時計が進むスピードは速い!
先日、両親と共に過ごした時間も、やたらと短く感じた。
逆に、楽しくないとき、苦しいときは時間が過ぎるのが遅く感じる。
昔、十代の頃、工場で単純作業のアルバイトをしていたときは、本当に時間が過ぎるのが遅く感じられた。
「もう30分は経っただろう・・・」と思って時計をみると、たった10分しか経ってなかったりしたもの。
あと、最近では、一日一日が過ぎるのが遅く感じる。
多分、今の精神状態が・・・この日々が苦しいからだと思う。

特殊清掃における時間感覚も特有のものがある。
この仕事においては熟練者を自負している私。
自分では効率のいい作業手順を組み立ててテキパキやっているつもりだけど、終わってみると感覚以上の時間が経過していることが多い。
決して楽しい仕事でもなければ楽な仕事でもないのだけど、時間が経つのがはやく感じる。
作業に没頭し夢中になっている証か・・・
良きにしろ悪きにしろ、特掃根性が沁みついてしまっているのだろう。

日常が平坦なのは、とにかく、ひたすらありがたいことなのだけど、その分、つまらない考えやくだらない想いが涌いてきて、それに苛まれやすい。
本当に愚かなことなのだけど、小さいことをグズグズと考える負のスパイラルに陥りやすい。
で、時間が過ぎるのが、やたらと遅く感じ、一日が長く感じられてしまう。
しかし、特殊清掃ってヤツは、心の余裕を奪い、私を、精神力を超えたところに導いてくれる。
人目には最悪に見える状況から、私を最善の状況に救い出してくれる。


言うまでもなく、“時”は、万民平等のスピードで流れている。
ただ、私という人間は、まったく身勝手な生き物。
その時々で、そのスピード感は異なる。

この先の人生、どのようなスピードで過ぎるのだろう・・・
はやく過ぎる感覚でありたいような、はやく過ぎてもらっては困るような・・・
どうあれ、「過ぎてみればアッと言う間だった」という人生でありたい。
そして、「悩んだことも、苦しかったことも、辛かったことも、悲しかったことも、たくさん たくさんあったけど、ま、それでも、おもしろかったかな」と思える人生でありたい。

そのためには、今、ただ楽を求めるのではなく、楽しく遊ぼうとするのではなく、一心不乱に何かに取り組むこと、何かに熱中することが大切なのではないかと思う。
理想を言えば、それは、仕事や生活から離れたところにある、趣味や娯楽なんだけど、今のところ、私は、その類の持ち合わせがない。

不本意ながらも、やはり、私の場合は、特殊清掃に励むのが手取り早い。
当然、一件一件は、おもしろくも何ともない。
だけど、人生としては、おもしろいかもしれないから。

-1989年設立―
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ぼっち

2022-01-17 07:00:00 | 腐乱死体
まだまだ春は遠いところ、間もなく、マスク生活も二年になろうとしている。
そして、多分、今年も、一年を通してマスクは手放せないだろう。
「新薬と三回目のワクチン次第」と、ある専門家は言っているが、今回のオミクロン株は、その感染力の強さをみると、いよいよ他人事にはできない感じがしている。
もちろん、私は、これまでも決して“他人事”にはせず、できるかぎりの感染対策をしながら生活してきた。
しかし、もう、それだけでは防ぎきれないようなイヤな予感がしている。
特に、「老齢の両親が感染してしまったら・・・」と思うとスゴく心配になる。

そのせいでもないが、まったく気分が上向かない。
寝ても覚めても、常に、精神が緊張している感じ。
とりわけ、一日が始まる朝が深刻。
倦怠感、疲労感、嫌悪感、不安感、恐怖心・・・そういったネガティブな感情が容赦なく襲ってくる。
昼間になると、瞬間的に気分に薄日がさすこともあるが、それはほんの束の間。
ほとんどの時間、私の心は、どんより曇ったまま。
いつまでも、どこまでも、厚い曇に覆われている。

ただ、奴隷のように諦めてはいけないこともわかっている。
で、「焼け石に水」とわかりつつも、適度な運動をし、陽にもあたっている。
調子が悪くても、日課のウォーキング(一時間余、約6km)は何とか継続。
少し前までは、かなり気合が入っており、余程の暴風雨でないかぎり、傘をさしてでも長靴を履いてでもやっていた。
何故、そこまで意地になっていたかというと、やれるのにやらないでいると自分が怠け者のように思えてしまうし、また、自分が弱い人間であることはイヤというほどわかっているわけで、一度そこに落ちてしまうとズルズルと堕落してしまうことも恐かったから。
「怠け者になりたくない」「自分の弱さに負けなくない」という一心で、ウォーキングを自分に強制していたわけ。

その目的は、もちろん、心身の健康管理。
やったらやったなりに、その後には、それなりの爽快感・達成感・安心感は得られるのだが、これまで経験したことがない次元にまで精神に支障をきたしているこの頃、それが本当に心身の健康に寄与しているのかどうか疑問に感じるようになってきた。
「そこまで自分にプレッシャーをかけて、いいことあるだろうか・・・」
「ストレスになるくらいならやめた方がいいよな・・・」
精神が元気なら、そんな疑問を抱かなかったのだろうが、今は、それが重荷に感じられるくらい弱っているわけで、元も子もないような状態なのである。

結局、「日課」から外すことに。
時間があっても天気がよくても気か向かないときは、無理はしないことに。
それで、少しでも、自分を余計なプレッシャー・ストレスから解放して、気分を軽くすることを心掛けることにしている。


そんな私のウォーキング。
一月三日(月)の昼下がり、犬を連れた一人の老人(以降「男性」)と会った。
男性を会ったのは二~三年ぶり・・・いや、もっとかもしれない。
以前は、夫妻で犬の散歩をしており、ウォーキング中に顔を会わせることも多く、お互い、名乗り合うほどのことでもなかったが、その都度、しばしの立ち話をしていたような間柄。
で、男性も私の事を憶えてくれており、
「どうも!お久しぶりですね!」
と、声を掛けてくれた。

いつもは、奥さんと二人で歩いていた男性。
しかし、そのとき、男性は一人きり。
私は、何の気なしに そのことを訊ねた。
「奥さんは?」
「それがね・・・体調を崩してしまってね・・・」
「そうなんですか・・・」
「もう、外に散歩に出かけられるような状態じゃないんです・・・」
「・・・」
「おまけに、こっちの方もダメになってしまって・・・」
男性は、リードを持っていない方の手の人差し指を自分のこめかみに当てた。
それは、奥さんが認知症を患ってしまったことを示唆しており、更に、もう普通の社会生活を送れなくなってしまっていることを物語っていた。

「自分の方が先にダメになるとばかり思ってたんだけどね・・・」
「七十を越えるとダメだね・・・あちこちダメになっていくばかりで・・・」
「まったく・・・寂しいもんだね・・・」
男性は、諦め顔でそうつぶやき、悲しそうに足元の犬に視線を落とした。
私も、元気だった頃の奥さんを知っていたので、まったくの他人のようには思えず。
月日の移ろいを薄情にも感じつつ、それに抗えない現実に溜息をついた。
同時に、その様が、自分の老親と重なり、神妙な心持ちに。
生まれ、老い、死にゆくことは人間(生き物)の宿命であり、自然の摂理であることは充分わかっていながらも、この時の流れに、私は、逃れようがない寂しさと切なさを覚えたのだった。



出向いた現場は、街中に建つ小規模の賃貸マンション。
間取りは1K。
独身者用、おそらく投資用のマンション。
暮らしていたのは高齢の男性。
無職で持病もあり、生活保護費を受け取って生活。
そして、ある日のこと、そこで、ひっそりと死を迎えた。

時は、今と同じような寒冷の季節。
夏場と違って、遺体は腐敗溶解することなく乾燥収縮。
鼻を突くような異臭や目を覆いたくなるほどの害虫も発生せず。
床に敷かれた布団に横たわり、敷布団に薄いシミを残しながら、遺体は、ただ静かにミイラ化していった。

故人は、ここに十年余り居住。
生活保護を受けることになったのを機に、このマンションに越してきたよう。
ただ、長く暮らしていた割に、置いてある家財は少量。
家具らしい家具はなく、越してきた当時の段ボール箱をそのまま収納に利用。
TV台もテーブルも段ボール箱。
台所回りには、調理器具らしい調理器具はなく、小さなフライパンと小さな鍋、二~三の皿や椀があるくらい。
冷蔵庫の中も生鮮食品はほとんどなく、若干の調味料と飲料があるくらい。
こまめに自炊していたような雰囲気はなく、たまには、美味しいものを食べていたような雰囲気もなく。
とにかく、余計なことはせず、余計なモノは買わず、シンプルな生活を貫いていたようだった。

しかし、部屋には、その全体に漂う“味気ない生活”を払拭するモノがあった。
それは、台所の隅に並べられた焼酎の大ボトル。
それだけは、雰囲気を異にしていた。
どれだけの保護費を受け取っていたのか知る由もなかったが、質素な生活をしながらも酒だけは飲みたかったのだろう。
おそらく、のっぺりした日々の細やかな楽しみにしていたのだろう。
「せっかく生きてるんだから、ちょっとでも楽しみがあった方がいいよな・・・」
もともと、生活保護受給者が酒を飲んだりタバコを吸ったりギャンブルをしたりすることを快く思わない私だが、整然と並べられた焼酎ボトルには何ともホッとするものを感じた。


七十数年、故人がどんな人生を歩いてきたのか、私は知る由もなかった。
ただ、一人一人の人生には一人一人のドラマがあるように、故人の人生にもドラマがあったはず。

故人には娘がいた。
しかし、完全な絶縁状態。
相続を放棄したことはもちろん、遺骨の引き取りも拒否したそう。
もちろん、それは、相応の経緯と理由があってのことのはず。
何の証もなかったが、私には、その原因が故人側にあったことを想像する方が合理的に思われた。

ここに越してきて以降、最期の十年余りは、楽しく賑やかなものではなかったことは容易に想像できた。
家族とも別離し、自分を必要としてくれる人もおらず、人付き合いもせず、ただただ一人で、終わりがありながらも終わりが見えない日々をやり過ぎしてきたであろう故人。
毎年 毎年、クリスマスも、大晦日も、正月も、多分、一人で質素に過ごしてきたのだろう。
自分が納得しようがしまいが、その現実を受け入れるしかなかったのだろう。
孤独を意識するとツラいから、「一人の方が気楽」として、余計なことは考えないようにしていたかもしれない。

何とも寂しいことだが、そういった現実は意外に多く、社会の陰に、同じような境遇にある人がごまんといることを想像すると、自分自身を含めて「人間って、何でそうなんだろう・・・」と、苦々しい思いが湧いてきた。



コロナ禍によって、安易に人と会うことがはばかられるようになり、ときには、大勢集まることが犯罪視されるようにもなった。
これまで当り前のように行われてきた団体旅行や大人数での宴会も、ほとんど行われなくなったよう。
それらは、リモートや家にこもる時間に取って代わった。
それによって、今まで味わったことのないような孤独感に苛まれている人も多いだろう。
それは、画面の向こうにいる人達と接しても、画面の向こうにある賑やかな世界を覗いても、癒しきれるものではない。
気分を紛らわすには、映画やドラマ等の仮想世界や、ゲームや空想等の架空世界に自分をスリップさせるしかない。
もしくは、薬や酒の力を借りて、束の間でも現実から離れるしかなかったりする。

一体、この心細さは何だろう・・・
一体、この心の寂しさは何だろう・・・
一見、私は、孤独を愛する人間。
しかし、孤独に弱い人間。
孤独に強いフリをしてきたけど、実は、孤独に弱い。
このところ、それがヒシヒシと身に滲みている。
私の孤独感はコロナ禍から派生したものではないが、深刻な孤独感に苛まれている。

とりわけ、この頃は、老親との死別が頭を過ることが多くなっている。
先月、久しぶりに再会したことの余韻がそうさせているのだろうと思うけど、それもまた、私の心に影を落としている。
仕方がない・・・生まれ、老い、死にゆくことは人の宿命であり、自然の摂理なのだから。
ただ、寂しい・・・想像すると、寂しくて仕方がない・・・
「親孝行、したいときに親はなし」とはよく言ったもの。
こんないい歳になっても、心の準備も、受け入れる覚悟もできない。

「自然の摂理だ・・・仕方がない・・・」
どんなに悩んでも、どんなに悲しんでも、どんなに嘆いても、その言葉しかでてこないことに、人の無力さ、人の儚さ、人の切なさを今更ながらに思い知らされる。
同時に、「残された時間は少ない・・・」と、何かと疎遠になりがちだった両親だけでなく、自分が大切に想う人との時間を、これからは、もっと大切にしていこうと強く思っている。

それが、今まで、そのようにして生きてこなかった私を孤独から救い出してくれる手立てなのかもしれないから。


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誤算

2022-01-11 07:00:00 | 腐乱死体
1月6日(木)PM、首都圏南部は大雪に見舞われた。
そして、ニュースで流れたとおり、大混乱となった。
ただ、もともと東京や千葉には雪の予報がでていた。
が、それは、「降雪量は少ない」というもの。
道路事情に影響することなので、私は、当日の朝も天気予報を確認。
しかし、このときもまだ「芝生のうえに薄っすらと積もる程度」とのこと。
で、「気にするほどのことにはならないな・・・」と、曇空の下、曇ったままの心を引きずって仕事にでたのだった。

雪は、予報よりやや早く、予報通りの少量で、昼前から降り始めた。
予報が狂っていったのはそれから。
「少量」と言われていた雪は、次第に大粒に。
「芝生に薄っすら積もる程度」どころか、樹々の葉にも積りはじめ、そのうち、人通りや車通りのない部分も白くなり始めた。

空模様は、予報に反して、刻一刻と変化。
あれよあれよという間に、大雪注意報が出され、それも束の間、夕方には東京23区・千葉県に大雪警報が出されるまでの事態に。
首都高は次々の入口を閉鎖。
事故や立ち往生も多発し、その機能を喪失。
それでも容赦なく雪は降り続き、既に事務所にいた私は、現場に出ていた同僚達が無事に帰社できるかどうか心配になってきた。

雪国の人には鼻で笑われるかもしれないけど、首都圏では、このレベルでも「大雪」。
途端に、パニックに陥る。
事前の小雪予報が混乱に輪をかけたようにも思う。
街は、滑りやすい靴を履いた人や傘を持たない人ばかり。
防寒着もなく観光地に出かけた人やノーマルタイヤで旅行に出かけた人も少なくなく、せっかくのレジャーも台なしに。
とにもかくにも、気象庁にとっても市民にとっても誤算の一日となってしまった。



真夏のある日。
古い賃貸マンションの一室で、住人が死亡。
放置された日数は長くはなかったが、時は高温多湿の真夏。
肉が腐るにはうってつけの時季。
で、遺体は、異臭を放ちながら猛スピードで腐敗溶解し、ウジも大量発生。
どういう経路をたどったのか不明だが、下階の部屋にウジが落っこちてきたことで、故人は発見されることとなった。

現場に到着した私は、まず、外から建物全体を目視。
建物は小規模、目的の部屋は外からも確認でき、視力が悪くない私は、窓に付着する無数の黒点を発見。
言わずと知れたこと・・・それは遺体から発生したハエ。
更に、同じくらいの数のハエが、その下の部屋の窓にも付着。
「下の部屋にもウジが発生している」と聞いてはいたが、その数は私の想像をはるかに超えていた。

時は、うだるような暑さの夏。
もう、その光景を想像しただけで、お腹いっぱい。
そうは言っても、「ごちそう様でした」と引き揚げるわけにもいかず。
ただの汗なのか、冷汗なのか脂汗なのか・・・私は、わからない汗をドッとかきながら、トボトボと灼熱の階段を昇った。

大家が開け放しにしたのだろう、玄関の鍵は解放されたまま。
「泥棒でもなんでも、入りたいヤツがいれば入ればいい」といった状態。
とはいえ、こんな部屋には、限られた人間しか入れない。
私も、その“特権”を持っている人間の一人であるのだが、“特権”に思えるわけもなく、出るのは汗と溜息ばかり。
私は、玄関前に漂う異臭を溜息で押し返しながら、窓際で暴れ回るハエに冷ややかな視線を送りながらドアノブに手をかけた。

室内がサウナ状態とはいえ、そんな状態で玄関ドアを開け放しにするのはタブー。
一般人が嗅いだとろころで何のニオイかわかるはずもないのだが、「クサい!」ということだけはわかる。
したがって、できるだけ、そのニオイが外に漏れないようにする配慮は必要。
幸い、そこは、玄関が外空に面した構造で、ある程度の異臭はすぐに中和されるのだが、ハエはどこに飛んでいくかわからない。
なので、いつも通り、ドアは必要最小限の幅で開け、私は、素早く身体を室内に滑り込ませた。


余談だが・・・
ここで、生活の役に立たない豆知識。
腐乱死体に発生したハエは、時間経過とともに丸々と太ってデカくなるのだが、警察が遺体を回収して以降は食料がなくなるため、図体の割には体力がないことが多い。
で、そのまま放っておくと、いずれは餓死して墜落する。
したがって、仮に外に飛び出しても、遠くまで飛んでいく力がなく、近所の外壁などにくっついたまま動かなくなる。
それでも、誰にも気づかれないうちに墜落するか、鳥の餌食にでもなればいいのだが、人に見つかれば苦情の原因にもなる。
それはそうだ、腐乱死体から涌いたハエが自分の家の外壁にくっついていたら気持ちが悪い。
ましてや、室内に侵入してこようものなら、我慢ならない。
だから、できるかぎり、ウジやハエはシャバに逃亡させないようにしなければならないのである。


話しを戻す・・・
現地調査を終えた私は、依頼者である大家に電話。
遺族が約束したのかどうかは不明ながら、「発生する費用は遺族が負担する」とのことで、部屋を原状回復させるために必要な作業や工事を打ち合わせ。
見積を作成したら、遺族にも連絡をとり、三者で協議することとなった。

協議の日・・・
私は、大家と遺族、どちらに側にも加担するべき立場にはない。
争いになった場合、巻き込まれるようなことは避けなければならない。
また、葬式などで目にしがちな下手な感情移入も白々しいだけ。
「よろしくお願いします」と名刺を差し出し、事務的かつ淡々とした態度を心掛けながら、作業や工事内容の説明に終始した。

遺族は、高齢の男性二人。
故人とは遠縁のようで、関係する複数の親族を代表して来たよう。
孤独死・腐乱は悪意ある犯罪ではないにも関わらず、「ご迷惑をおかけして申し訳ありません・・・」と、平身低頭。
ま、そうは言っても、落ち度のない多くの人に迷惑をかけ、相応の損害を与えてしまう現実もある。
あと、遠縁とはいえ血縁者が孤独死し、それに気づかす放置してしまったことの気マズさもあるのだろう。
だから、遺族は、おのずと謝罪姿勢になったものと思われた。

大家は、「無礼」という程ではなかったものの、やや憮然とした態度。
故人の後始末の一切合切をはじめ、そこから派生した損害の賠償も遺族が負うのが当然といったスタンス。
事に乗じて不当な利益を得るつもりもなかったと思うけど、下室住人が避難している間のホテル宿泊費、その後に予定している引越費用、家財の買い替え費用、下室の消毒費、空室となる下室と故人宅の家賃等々、諸々の費用を請求した。

大家の要求を聞いた遺族は、困惑の表情。
おそらく、そこまでのことを要求されると思っていなかったのだろう。
しかも、聞き方を変えれば、故人を罪人扱いするような物言い。
円満に決着させるつもりで協議に臨んだであろう遺族だったが、
「ある程度は負担するつもりでいますが・・・」
「あまりに大きな金額になりそうなので、家族と相談します・・・」
と、口を濁して、ハッキリした返答をせず。
結局、その場では何も決着せず、以降も双方で協議を続けることが決まっただけで お開きとなった。

当初から、遺族は、「ある程度の負担が生じることは覚悟している」と言っていたよう。
それに安堵した大家は、あれもこれもと要求内容を膨らませていったのだろう。
また、遺族は、争うような構えはみせず、謝罪姿勢の平身低頭だったから、大家も自分の立場を勘違いしていったのかもしれない。
私が第三者として客観的に判断すると、大家の要求は過大に思われ、その物腰は、やや調子の乗り過ぎのように見えた。

遺族の中で故人と近しい間柄だった者は誰一人としておらず。
当然、故人の相続人でもなく、身元保証人でもマンション賃貸借契約の保証人でもなし。
また、皆、高齢で、年金収入で慎ましい生活を送っていた。
それでも、血縁者としての道義を重んじて誠意をもって対応するつもりだった。
が、ない袖は振れない。
金額だけではなく、大家の要求内容も納得できるものではなく、それは、本件への関わり方を再考させるきっかけとなった。

考えあぐねた遺族は、本件を弁護士に相談。
その結論は、「法的責任はなく、大家の要求を受け入れる義務はない」というもの。
そして、遺族は大家に、
「今回の事案は、マンションを経営するうえで想定されるべきリスクであり、我々は責任を負うべき立場になく、よって、一切の後始末から手を引く」
といった旨を通達した。
道義的なことを考えて葛藤もあったが、それは、中途半端に関わるより一切から手を引いた方が安全と考えてのことだった。

一方の大家は・・・
これで一儲けしようとしたわけではないだろうに・・・
当初は遺族も同意していた部分まで賄ってもらえなくなり・・・
慌てて自らも弁護士にも相談したが、その回答は期待外れで・・・
「しまった!」と悔やんでも後の祭り・・・
まさに誤算・・・
結局、誰からも一銭も補償してもらえず、ただ、臭くて汚い部屋だけが残ったのだった。



今回の大雪。
ニュースを伝えるTV画面の向こうには、困惑する大人のことなんかおかまいなしに大喜びする子供達の姿があった。
それは、とても微笑ましく、また、とても羨ましく、癒されるものがあった。
同時に、「俺にもこんな時分があったんだよな・・・」と、夢幻と化した想い出が蘇った。
身も心も重くなった今とは違い、あの頃は、身も心も軽かった。
そして、平凡な日常にも楽しいことがたくさんあった。
「あの頃は、なんであんなに元気だったんだろう・・・」
「なんであんなに楽しかったんだろう・・・」
と、自分でも不思議・不可解である。

「こんな人生になるとはな・・・」
私は、幼い頃から特段の夢はなく、若い頃から目指していた目標もなく、自分の将来を具体的にプランニングしていたわけでもないけど、何となく、人生ってもっと楽なものだと思っていた。
苦労もあるだろうけど、もっと楽に生きられるようなイメージを持っていた。

一体、何が、自分を押しつぶしているのか・・・
自分が背負っている重荷の正体は何なのか・・・
自分が抱え込んでいるモノは、本当に自分が抱え込んでいなければならないモノか・・・
軽くなるために、捨てなければいけない何かがあるのではないか・・・

翌7日(金)朝、快晴の街は白銀の世界に。
朝陽に照らされて光り輝く視界には、花や緑にはだせない美しさがあった。
ただ、私の精神は、その眩しさから目を背けたくなるくらい沈んでいた。
その眩しさに溶け消えてしまいそうなくらい弱っていた。

「この先は、いい誤算があるといいけどな・・・」
陽にあたり少なくなっていく残雪と自分の人生を重ね、小さくなっても白く輝く雪と曇ったままの自分の心を重ね、どちらも そのうちに儚く消えていくことに安堵に似た寂しさを覚えながら、誤算だらけの人生を見つめなおした雪の一日だった。


-1989年設立―
日本初の特殊清掃専門会社
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今の俺 俺の今

2021-08-13 08:36:37 | 腐乱死体
無理矢理に開催されたオリンピックも、先日、“やっと”終わった。
“やっと”という言葉を使ってしまうのは、「早く終わってほしい」と思っていたから。
特に、今回のオリンピックは、「やるべきではない」と思っていたから尚更。
もともと 私は、オリンピックにかぎらず、他のスポーツイベントにも、あまり興味を覚えない人間。
当然、TV中継された開会式も閉会式もまったく観なかったし、何かの競技を能動的に観ることもなかった。
しかし、開催期間中、TVはどこも、競技中継(録画放映)やオリンピック関係のニュースばかり。
「もう、いい加減にしてほしいな・・・」と、あまりに目障りで、イラついたこともあった(だったら、TVをつけなきゃいいんだけど)。
おまけに、首都高速が¥1,000も値上げ。
車で仕事をする者にとっては大迷惑な話。
しかも、あまりに一方的で、何だか、いわれのない差別を受けているような気がして不愉快だった。

開催前の世論は「中止」が大半だった。
しかし、実際に開かれてみると、そんな意見はほとんどマスコミから消えた。
「開催された以上は楽しまなければ損」「水を差すようなことを言っても野暮なだけ」といった感覚だろうか。
それとも、ビジネス優先で、御上に取り込まれてひっくり返った世論に迎合したのか。
その時々の時勢に合わせて立ち位置を変えていくことはスマートな生き方なのかもしれないけど、手の平を返したようなお祭り騒ぎには不気味な違和感を覚えた。
また、国なのか、東京都なのか、IОCなのか、JОCなのか、組織委員会なのかわからないけど、大きな力によって民意がなし崩しにされる様をまざまざと見せつけられたようで、ちょっとした恐怖感すら覚えた。
そして、御上の思惑とは関係ないところで健闘した競技者や奮闘した関係者を労うと同時に、メダルの輝光が当たらない医療従事者やコロナ患者のことも想わずにはいられなかった。

そんなオリンピックが終わったら、心情的には、季節が一歩進んだように感じる。
しかし、気候変動の影響だろうか、依然として危険なくらいの猛暑が続いている。
青空にそびえる積乱雲を見上げると、夏が大好きだった青春期が思い出される。
それでも、これを夏の趣として受け止めるには、さすがに暑すぎる。
で、毎年のことだけど、この時季は、現場の状態が急速に悪化しやすい。
そして、その分、作業も過酷になる。
当然、熱中症には充分に気をつける。
とりわけ、エアコンも使えず、窓も開けられない密室での単独作業は要注意。
そこで倒れても、しばらくは誰も気づいてくれないから。
そんなところで命を落としてしまったら、洒落にならない。
ある意味、故人に失礼なことかもしれないし。
作業に集中すると、ついつい、そこのところが疎かになってしまうので、よくよく慎重にやっていかないといけない。

ただ、現代人は、冷暖房に甘え過ぎのような気がする。
それで、結局、自分の体力(健康)を削いでいるようなところもあるのではないかと思う。
ある程度は、春夏秋冬の温度に生活(身体)を合わせていくことも大切なのではないだろうか。
で、私は、以前、真夏でも、一人で車に乗るときはエアコンを使わなかった。
身体を冷房に甘えさせると酷暑への耐性が弱まるような気がしていたから。
普段から、ある程度の暑さに身体を慣れさせておくと現場作業のツラさが軽減すると考えていたのだ。
この考えに科学的根拠はないけど、あながち間違ってはいないと思う。
実際、冷房の効きすぎた部屋なんかに長時間いると調子が狂う。
しかも、加齢にともなって、体力は間違いなく衰えているわけで、そんな根性論は通用しなくなっている。
いつまでも若いつもりでいてしまうのが人の常だけど、もう、この歳になると、体力を過信してはいけない。
そんなことしていたら、運転中に熱中症になってしまう。
だから、昨夏くらいからは、控えめながら、車でもエアコンを使うようにしている。

近年は、建築現場や道路工事現場などでは、“空調服”を着ている人を多くみかけるようになった。
聞くところによると、「涼しい」とまでは言えないけど、汗を乾かす気化熱の分だけは高温を抑えてくれるので、着ていないときより楽なのだそう。
今のところ、私は導入の予定はないけど、ぼちぼち必要かも。
そのうち、ただの風ではなく冷気がでる空調服が出回るかもしれない(今も高価で重装な製品ならあるのかもしれないけど)。
そんなのがあったら、炎天下で重労働する人達は、本当に助かるはず。
そこはモノづくり大国の日本。
安価で高性能の製品が出てくることを期待している。

この暑さに便乗して人々を苦しめようとするかのように、コロナも最大の広がりをみせている。
頼みの綱はワクチン。
私のところには、7月6日に摂取券が届いた。
「心待ち」にしていたわけではなかったけど、少しずつでもコロナ対策が進んでいることが実感できて、それを手にしたときは、少し嬉しい気持ちを抱いた。
が、肝心のワクチンが足りていないようで、簡単には予約ができない状態。
私は、高齢でもなく基礎疾患もなく、かかりつけの病院もない。
後回しにされるのは仕方がないけど、感染急拡大のニュースを目の当たりにすると、気持ちがザワつくことがある。

この一年半、外での飲食もほとんどせず、不要不急の外出も控えてきた。
なるべく人と接しないようにし、仕事上でやむを得ない場合も細心の注意を払ってきた。
幸い、身近なところで感染者はでていないけど、知り合いの知り合いに感染者が現れたりはしている。
しかし、もう、外堀が埋まってきているような気配がして、身近なところで発生するのも時間の問題か。
これまで、何とか感染を免れてきたわけだけど、ワクチン接種を目前にして感染してしまう恐れもあり、そうなってしまったら・・・もう悔しくて仕方がない。
ワクチン接種が先か、感染してしまうのが先か、誰も当てにはできず、どちらに転ぶのか、結局は自分自身の感染対策にかかっているのだろう。

そうは言っても、頼みのワクチンも万全ではないよう。
ワクチンを打っていても感染はするし、発症する割合も決して低くはない。
また、人に感染させる可能性も充分にあるらしい。
重症化する確率が低いというだけ。
事実、接種率の高い国や地域でも、感染が再拡大している。
つい、この前まで「ワクチンを打てば安心」「コロナ前とほぼ同じ生活ができる」と思っていた私だけど、その勘違いは捨てなければならないと自戒している。

とにもかくにも、いまだにワクチンを打っていない私は、今、これまで以上に慎重な生活を心掛けている。
私生活では、ほぼ問題ないと思っているが、やはりリスクが高いのは仕事。
多数ではないものの、見ず知らずの人と接する場面があるから。
もちろん、今は、誰もがマスク着用を当り前としているが、それでも、誰かと会う場合は気を使う。
短い立ち話で済むことがほとんどだけど、それでも、会話中、あまり近づいて来られると後ずさりするくらいに神経を尖らせている。

とは言え、幸い、私は単独での作業が多い。
コロナの“ソーシャルディスタンス”“三密”とは関係なく、もともと、単独作業を好むから。
一人では手に負えない作業や、手分けしてやった方が明らかに合理的な仕事は複数協働で行うが、大変だろうがキツかろうが、一人でできることは一人でやる。
身体はキツくても、その方が気楽だし、変なストレスがかからない。
結果・成果を出しさえすれば、自分のやり方で、自分のやりたいようにできる。
車での移動時間も、ドライブ気分で心を自由に遊ばせることができる。
だから、どんなに凄惨な特殊清掃でも「誰かに助けてもらいたい」「誰かと一緒に来ればよかった」とは思わない。
「キツー!」「しんどー!」「クセー!」「汚ねぇー!」等と、愚痴りはするけど、一人作業を悔やんだりはしないのである。



「かなり悲惨な状態」
とあるマンションの浴室で住人が孤独死。
不動産管理会社からの特掃依頼だった。
「警察からは“誰も入れる状態ではない”と言われた」
放置された日数だけでなく、季節の暑さも手伝って、肉体のほとんどは溶けてしまったよう。
管理会社の誰も、現場に入ることができなかった。

「扉が開いてんのかな・・・」
浴室は密閉性が高く、扉が閉まっている場合、異臭が大きく広がることは少ない。
しかし、この部屋は、玄関前にも悪臭がプンプン。
「これじゃ、避難するしかないか・・・」
私は、住人が避難して無人となった隣室の玄関ドアを横目に、使い捨ての手袋を両手に装着。
そして、いつものように、諦めきれない不安と逃げ道のない覚悟を胸に玄関を開錠した。

「うは・・・」
玄関前に漂う異臭もさることながら、室内の異臭は、それよりはるかに高濃度。
高い室温が、それを更に醸成させていた。
「ヒドい・・・ヒド過ぎる・・・こんなヒドい“汚腐呂”は久しぶりだな・・・」
“過去一位”という程でもなかったけど、状況は上位クラスのヘビー級。
特掃作業については、前夜から気分が沈むパターンであることが自ずと想定された。

「いつも通りにやるしかないよな・・・」
翌日の作業を前に、私は、作業手順を思案。
結局のところ、その基礎は、並盛の体力と大盛の根性だった。
「俺がやるしかないんだよな・・・」
自分の中で一通り問答。
わかりきった答を前にした、いつものルーティンだった。

「よし!やるか!」
作業手順を念入りにシュミレーションし、必要な道具類も準備万端。
あとは、いつもの体力と根性があれば大丈夫なはず。
「一生続くわけじゃない!」
これから始まる苦難の作業。
私は、それにも“終わり”があることを望みにして、作業に取り掛かった。

「凄まじいな・・・」
故人が倒れていたのは浴室の洗い場。
湯に浸かったままの方がマシだったのかどうかわからないくらいまで溶解。
「でも、こうなろうとしてなったわけじゃないんだからな・・・」
元肉体は、ドロドロの汚泥状態。
それは、排水口を詰まらせたうえ、かなりの厚みをもって堆積していた。

「キツいけど仕方がない・・・」
これが私の仕事。
泣こうが喚こうが、これが自分の責任。
「これで生きてんだから仕方がない・・・」
これが私の糧。
悔やもうが惨めだろうが、これが自分の人生。

「我ながら、うまくやるもんだな・・・」
作業は、シュミレーション通りに進行。
誰にも自慢することができない自画自賛だった。
「ここまでやれれば上出来!上出来!」
思いのほかきれいになった仕上がりに満足。
大きな難はあったものの想定外の難はなく、私は、やり遂げた後、床のシミとなって現れた故人に同志的な眼差しを向けた。

「どんな人生でしたか?」
多くの現場で故人に訊く私。
ここでも、あるはずのない返事に向かって問いかけた。
「楽じゃないけど、食うためにやってるんです・・・」
多くの現場で故人につぶやく私。
ここでも、いるはずのない故人に向かって同情を促した。

「終わったな・・・」
重い仕事を終えると、その分、気分は軽くなる。
そこには、誇らしくも思える 小さな達成感があった。
「今夜の酒は、うまいだろうな・・・」
私は、好物のビールやハイボールを思い浮かべてクスリ。
そこには、“人の死”で飲む酒を美味にしながら生きてきた人間の悲しい性質があった。


かわり映えのない つまらない毎日・・・
飽き飽きするような 退屈な日常・・・
オリンピックにイライラ、コロナに恐々、猛暑にクタクタ・・・
見た目もくたびれ、身なりもパッとせず、生活ぶりも貧乏くさい中年男・・・
「楽しみ」と言えば、一人 気ままにやる晩酌くらい。
一日中、無表情・仏頂面・シカメっ面で過ごし、一日一回も笑顔を浮かべない日もざらにある。

そんな生活に嫌気がさし、「こんな毎日に、一体、何の意味があるのだろうか・・・」と、何度、自分に、そう問うてきたことか。
そんな生き方がイヤになり、「腐るな!スネるな!いじけるな!」と、何度、自分に、そう言いきかせてきたことか。
それでも、愚かな想いばかりが湧いてくる。
それが、人間の悪性・愚性・弱性・・・そもそも、私(人間)とは、そういう性質をもった生き物なのだろうけど、それを知ったところで何も片付かない。

しかし、生きている事実、生かされている事実はある。
そして、平和に生きられるだけの、家も、仕事も、金もある。
そんな日々が、どれだけありがたいことなのか、私は、いまだよくわかっていない。
ただ、がんばることの大切さは知っている。
仕事も学業も、会社での役割も家庭での役割も、趣味も遊びも、そして、喰って 寝て 息をしながら生きることも。
私の この“がんばり”は、また、貴方の その“がんばり”は、望むかたちで報われるかどうかはわからない。
悲しくとも、まったく報われないかもしれない。
しかし、私は思う。
何でもかんでも、とにかく がんばることは気持ちがいい。
そして、違う何かが得られ、別の何かが獲れる。

喜怒哀楽に振り回され、
紆余曲折の中で七転八倒し、
七回転んで八回起き、
汗かきベソかき、
それでも、何とか がんばっている。

ブログは滅多に書かなくなったけど、相変わらずの生き方をしている2021年晩夏の私である。


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雨風

2021-06-15 08:35:09 | 腐乱死体
水無月も半ばになり、真夏への助走が始まっている。
待ち望んでいたわけではないが、昨日、やっと関東の梅雨入りが発表された。
ま、梅雨に入っていようといまいと、もう充分にムシムシしているから関係はないが。
しかし、不快な時節も、移ろう季節の一幕だと思えば趣があるというもの。
幸いにも、この時季ならではの紫陽花が、去年と同じ場所にきれいに咲いている。
生まれたばかりの可愛いカタツムリも、踏んでしまわないよう気をつけないと。

ただ、そんな趣とは裏腹に、この心身は疲れ気味。
夏が大好きだった10代の頃は、とっくに幻。
これからやってくる酷暑を思うと、更に気分はゲンナリ。
生来の怠け心が、にわか仕立ての勤勉さを易々と押しのける。
とにかく、今年もまた、避暑地にでも行かないかぎり避けて通れない夏は、充分な休養とこまめな水分補給を心掛け、どうにかこうにか乗り切るしかない。

昨夏に続いて今夏もコロナウイルスがいる。
しかも、「変異種」といわれる強力な奴が。
緊急事態宣言も延長され、病床も経済もマズイ状況が続いているし、イギリス型とインド型が合体した?更に強いヤツも出現したらしいし、これから、もっとマズイことが起こるのではないかと気が気ではない。
ただ、ワクチン接種が身近なところに近づいてきている。
まだ現実味を感じるには程遠いけど、「今秋までに」という政府の目標をアテにして踏ん張りたい。

オリンピック開催予定まで、あと一ヶ月余。
この期に及んでも、開催の可否が決まっていない。
コロナのせいとはいえ、そんな優柔不断なことでいいのか。
私は、開催中止派だから、そっちの方へ考えが偏っているが、あえて言う。
「やめといた方がいいんじゃない?」「いい加減、諦めたら?」
試算によると、オリンピック中止より緊急事態宣言の方が経済損失は大きいらしい。
立場上「開催する!」としか言えない人も多いのだろうし、下々の者にはわからない大人の事情があるのだろうけど、開催に固執することは全体の利益に反する。
今だって、苦しんでいる人は多いのに、その上で、わざわざ災難を呼び込むようなマネはやめてほしい。

「中止になったら、ここまでがんばってきたアスリートが報われない」といった声もそう。
それはそうだろうけど、がんばっているのはアスリートだけではない。
国の名誉を背負っているわけではないし、世闇を照らす希望の光にもなれいかもしれないけど、名もなき多くの庶民も、自分のため、家族のため、必死に耐え、一生懸命がんばっているわけ。
オリンピックに出る人達の“汗と涙”だけに焦点をあわせた特別扱いには、疑問を抱かざるを得ない。
IОC・JОC・東京都・組織委員会等々、どこまでコロナ禍と世間の雨風に耐えられるのか、もはや、五輪の理念はどこへやら、金と利権に執着する醜態しか見えてこない。
と言いつつも、開催賛成派の人達にも言い分があるわけだから、その意見にも耳を傾けるくらいの客観性も大切だと感じている。
共に闘うべきコロナも、共に楽しむべきオリンピックも、今や、論争のネタにしかなっておらず、このままでは、日本の空は一向に晴れないから。



訪れた現場は、街中の商業地近くに建つマンション。
間取りは1K。
故人は、生活保護の受給者。
社会との関わりが薄い生活での孤独死は、当然、なかなか発見されない。
当人の意思を無視して、自ずと“腐敗コース”を進んでしまう。
で、息絶えた故人も、誰にも気づかれることなく、一人、モノ申さず しばらくの日々を過ごし、朽ちていったのだった。

私が出向いたとき、家財生活用品は既に片づけられていた。
ただ、部屋の中央の床には、故人が残した元人肉が残留。
“人型がクッキリ”なんて程のことはなかったものの、私には、故人が倒れていた姿勢が どことなくわかった。
併せて、特有の異臭が部屋に充満。
そんな現場は、一般の人からすれば「凄惨!」となったかもしれない。
ただ、慣れた私にとってはそんなことはなく、何とも寂しい雰囲気だけが、わずかに気になったくらいの程度だった。

依頼された仕事は、遺体痕の清掃と部屋全体の消臭消毒。
遺体から漏れ出た腐敗体液は乾いた状態で、赤茶色で薄っすらと付着。
頭髪が貼りついているようなこともなく、ウジ・ハエの発生もなし。
削り取るまでもなく、洗剤でふやかせば拭き取れる程度のもの。
汚物との格闘では百戦錬磨(?)の私にとっては、難なくこなせる作業。
誰かに急かされているわけでもなく、チームでの作業でもなく、自分のペースでやればいい。
フツーの人なら呑気な気分にはなれるはずのない部屋で、私は、呑気に作業に取り掛かった。

そこは、一人きりの腐乱死体現場。
世間から隔離されたような静寂に包まれていた。
自らが発する作業音以外は、時折、外の雑踏音が耳に入ってくるくらい。
しかし、そんな中で、不意に「ガチャッ!」と、玄関のドアが開く音がした。
一人で呑気に・・・もっと言うと、“一人でのんびり”やっていたところ、誰も来るはずのないところに いきなりの侵入者。
私は、ビクッ!と心臓が止まりそうになるくらい驚き、思わず身構えた。

そして、オドオドと右往左往。
人が死んだ跡だというのに、何の緊張感も哀悼の気持ちもなく、呑気な気分で、のんびりと仕事をしていたことに後ろめたさがあったのか、私は、まるで、コソコソと悪いことをしていたかのように、落ち着きを失った。
とは言え、私は、不法侵入者ではない。
正規の契約で、正規の仕事をするために、正規の許可を得てこの部屋に入っているわけ。
だから、逃げ隠れする必要はどこにもなかった。

そんな状況で、目の前に人影が現れた。
入ってきたのは、二人の女性。
一人は高齢、一人は中年。
二人も、玄関の鍵が開いていることを不審に思いながら入ってきたよう。
そして、中に人(私)がいるとは思っていなかったよう。
「こ、こんにちは・・・」
と、お互い、驚きと戸惑いの表情を浮かべながら、たどたどしく挨拶を交わした。

訊いたところ、二人は母娘のよう。
母親は、結構な雨に打たれ 風に吹かれ生きてきたのだろう。
野次馬には関係のないことだから事情や経緯は聞かなかったけど、母親は、生活保護を受給することになったよう。
で、優良物件として、役所からこの部屋を斡旋されたのだろう、母親が暮らすための部屋を探すことになり、この部屋を下見に来たのだった。

しかし、まだ、前住人の腐乱死体痕も異臭もバッチリ残っている。
“なにも、このタイミングで見に来なくてもいいのに・・・”
私は、そう思いながらも、
“利便性の高い街中の好立地だから、モタモタしてると他の誰かにとられるかも と心配したのかな・・・”
とも思った。
どちらにしろ、こんな部屋に、躊躇うことなく入ってくるなんて、なかなかの神経の持ち主か、またが、それだけ生活が逼迫しているか、どちらかだと思われた。

二人の会話を聞いていると、そのどちらも当てはまった。
娘は図太い神経の持ち主で、母親の生活は逼迫していた。
ただ、母親は、そんな厳しい現実を理解しつつも、それを受け入れたくなさそうな困惑の表情を浮かべ、どことなく消沈している様子。
そんな母親に娘は、
「いい所じゃない!近くにスーパーも病院もあるし生活しやすいよ!」
「ここにしなよ!ここに決めちゃおうよ!」
としきりにこの部屋を勧めた。

確かに、建物は重量鉄骨構造で築年もそう古くはなく、なかなかきれいで立地もいい。
決して広くはないけど、一人で暮らすには、それほどの不便はない。
難点はただ一つ、孤独死・腐乱死体現場の跡ということだけ。
ただ、そういうことを気にしない人であれば、割安の家賃に惹かれ、喜んで入居するはず。
事実、割安で暮らせる事故物件を好んで選ぶような人もいるらしいから、そういう人にとっては「優良物件」といえる部屋だった。

私は、会話に混ざる立場ではないけど、同じ部屋にいたら、どうしても耳に入ってくる。
また、狭い空間に他人がいては、部屋をジックリ見にくいだろうし、話もしづらいはず。
二人を無視して作業を続けることはできたけど、それも、あまりに生々しい光景なので、私は、
「私は、ちょっと外に出てますね」
と二人に気を配った。
すると、
「いえ、ここにいていただいて大丈夫です」
「伺いたいこともありますし」
と娘が私を呼び止めた。

「この汚れもニオイもなくなるんですよね?」
「これから、きれいになるんですよね?」
娘は、矢継早にそう訊いてきた。
「ニオイは消えますし、床も壁紙も貼り替えられるはずですよ」
「ルームクリーニングも入るはずですし、きれいになりますよ」
私は、娘の援護射撃をするつもりはなかったが、故人や物件の名誉もあるので そう応えた。

すると、娘は、
「気にしなきゃいいだけだから!」
「雨風しのげるだけでありがたいと思わなきゃ!」
と、母親に強調。
その言葉は、故人の名誉を考えて出たものではないことは明白で、身内とはいえ、ちょっと無神経。
一方の母親は、浮かない表情で沈黙。
言葉にできない複雑な心境が、如実に顔に表れていた。

どうも、母娘は実の親子ではなく、嫁姑のよう。
そのせいか、娘の態度は、あまりに事務的で冷淡。
「テキトーな所へ さっさと突っ込んでしまえ」といった悪意を感じるくらい。
娘だって守らなければならない自分の生活があり、義母の面倒をみる余裕はないのだろうけど、それでも、母親が置かれた立場が何とも気の毒に思えて、自分も一人前の親不孝者であることを棚に上げて、私は 心の矛先を娘に向けた。


いずれ、自分が死んでしまうことは、誰しもわかっている。
孤独死することだって、不自然なことではない。
そして、時間がたてば肉体も朽ちる。
周辺を汚し、異臭を放ち、場合よってはウジ・ハエを生み出すこともある。
しかし、これもまた自然なこと。
母親も高齢につき、自分の“死”を身近に感じていたと思う。
ただ、この部屋で起こったことと、目の当たりにしている現実を自分の将来に重ねると、あまりにリアルに感じられるものだから、故人への嫌悪感や死への恐怖感とは離れたところにある一抹の寂しさが顔に表れていたのではないかと思った。

本件の母親が、再び、生活保護生活から脱する可能性は低い。
取り巻く現実は厳しく、誰がどうみても、明るい将来を描けない状況。
冷たい言い方をすれば「夢も希望もない」。
おそらく、質素な暮らしのまま、最期を迎えることだろう。
それまで、寿命が尽きるのを待つように、淡々と生きていくしかないだろう。

しかし、これは、この母親の人生だけのことではなく、私の人生も似たようなもの。
若い頃には知り得なかったことが歳を重ねることで知り得たり、若い頃には気づかなかったことに歳を重ねることで気づけたりすることもあるのだけど、その分、それが裏目にでることも少なくない。
老いと衰えを自覚させられると、将来に夢や希望を持ちにくくなり、薄暗い未来しか想像できなくなったりする。
大なり小なりの「虚無感」「空虚感」というヤツにつきまとわれ、「ただ、生きてるだけ」といった貧しい状態に陥り、諦念・失望・疲労、そういったものに苛まれて力が抜けていく。
そうなったら世と時に身を任せて、流されるまま寿命が尽きるのを待てばいいのだけど、この世に存在する価値を失ったようなツラさが襲ってくる。

とにもかくにも、人生ってやつは苦悩の連続。
宮沢賢治の「雨ニモマケズ 風ニモマケズ・・・」じゃないけど、生きていれば、雨にも打たれ、風にも吹かれる。
その雨風にどう耐え、その雨風をどうしのぎ、その雨風の中をどう進んでいくか。
自分に言い訳をしながら、気休めの言葉をつぶやきながら、ひたすら、雨風が過ぎ去るのを待つしかないのか。


これからの季節、現場は凄惨になり、作業は過酷になる。
そんな今に、何か“楽しみ”を見いだせるか・・・
そんな日々に、何か“生きがい”を感じられるか・・・
そんな人生に、何か“意味”を持たせられるか・・・
雨風を耐える覚悟もないまま、ひたすら雨に打たれ、風に吹かれながら、私は、相も変わらず、自問自答(自悶自闘)の日々を過ごしている。

「やっぱ、俺は、特殊清掃やるしかないんだろうな・・・」
結局のところ、今の自分が心を燃やし、渾身の力を発揮できるのは、それしかなさそう。
趣味らしい趣味もなく、楽しみらしい楽しみもない中で、そんな汚仕事でこそ元気が出るなんて、何と滑稽なことか。
腐乱死体となってしまった人にも、「仕方のないヤツだな・・・」と苦笑されそうで、そんなとき、私は、気持ちの中でペコリと頭を下げる。
そして、繰り返し、繰り返し、次の雨風に耐えうるだけの力をもらい受けるのである。


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2021-03-16 08:53:51 | 腐乱死体
私には、もうじき79歳になる母親がいる。
50代半ばで糖尿病を発症し、60代半ばで肺癌を罹患、最近では、白内障で眼科にかかっている。
もう13年近く前になるが、癌研有明病院で片方の灰を切除した。
今現在、癌は再発しているものの、その進行スピードは極めて遅く、特段の治療はせず定期健診のみでしのいでいる。
糖尿病も、キチンと自己管理しているおかげで重症化することもなく、以前はインシュリンの注射が必要だったところ、今は、飲み薬だけで血糖値を管理できている。
高齢のうえ二つの大病を患っているにも関わらず、頭も身体もシッカリしており、誰の手を借りることもなく日常生活を送っている。
介護保険のお世話になったこともないし、今のところ、その必要もなさそう。
本当に、ありがたいことである。

そんな母と私は、子供の頃から衝突することが多かった。
性格が似ているのか、真逆なのか、そのせいなのか、これまでやらかしてきた大ゲンカは数知れず。
そのときも私が母を激高させたのだろう、四歳の頃には、脚の骨にヒビが入るくらいの暴行を受けたこともある。
何せ身体が小さいものだから、抵抗らしい抵抗ができず やられっぱなし。
グッタリ動かなくなった私を見て我に返った母は、慌てて私を病院に担ぎ込んだ。
そして、負傷した脚はギプスで固められ、しばらく松葉杖生活を送ったのだった。
しかし、これが今の時代だったら、立派な児童虐待。
で、母は警察に捕まってしまうところだ。

言葉の暴力に至っては日常茶飯事。
とにかく私は、生意気で口答えの多い子供だったようで、母を怒らせるのが大得意。
頭にきた母は、ことある毎に、
「お前なんか産むんじゃなかった!」
「伯父さんの家に養子に出せばよかった!」
「お前みたいな子は、少年院に入ってしまえ!」
等と、無茶な暴言を吐きまくった。
一方の私は、言われ慣れてしまっていたせいか、大してキズつくことはなく、屁理屈を言い返しては更に母を激高させていた。

回数は減ったものの、大人になってからも衝突はおさまらず。
何もなければ平和な関係なのだけど、ちょっとしたキッカケが火種になり、口論に発展。
そのうち、お互いに癇に触ることを言い合って大喧嘩。
で、その結果、絶縁。
関わり合わない期間は年単位で、これまで、大喧嘩をしては絶縁し、そのうち何となく復縁し、再びケンカをしては絶縁するといったことを何度となく繰り返してきた。
いい歳をしてみっともないのだけど、コロナが流行る前も大喧嘩をして、しばらく絶縁状態になっていた。
しかし、毎朝のドラッグストアに長蛇の列ができていた頃、コロナ感染を心配するメールと品薄だったマスクを送ってやったことがキッカケで復縁。
それ以降、今日に至るまで、直接顔を会わせることはないものの、ケンカをすることもなく、メールや電話をしながら、平和な親子関係を維持することができている。

それにしても、どうして私は、そんなに性根の悪い子供だったのか・・・
親の育て方が悪かったのか・・・
それとも、こんな性格だから、そんな育て方をしなくてはならなかったのか・・・
私には、兄と妹がいるのだが、うまくいかないのは私とだけ。
同じ腹から生まれてきたのに、三人兄妹の中で、何故かこんなのは私だけ。
母曰く、「とにかく、お前は育てにくい子だった!」とのこと。
そんなこと言われると心境複雑だけど、「確かに・・・わかるような気がする・・・」と、自分でも妙に納得できてしまう。
自分でも、それが何ともおかしい・・・もう、この歳になれば笑い話だ。

そんな母でも、私を産み育ててくれたことに間違いはない。
自分は贅沢らしい贅沢をせず、したいオシャレだってほとんど我慢。
専業主婦だった期間も短く、共働きで中学から大学まで私立に行かせてくれた。
平和な日常においては、働き者の母親、忍耐強い母親、大好きな母親だった。
返しきれない大恩がある。
本来なら、もうずっと前から親孝行してこなければならなかったのに、大学を出て引きこもっていたかと思ったら、わけの分からない仕事に就いて、その後もケンカ&絶縁を繰り返すような始末。
「孝行息子」になるには程遠いイバラ道を歩いている。
今できる孝行は、たまに電話して、元気にやってるフリをするくらいのこと。
ただ、そんなことでも母は喜んでくれる。
私は、ただただ、そんな母に感謝するとともに、心の中で頭を下げるのみなのである。



付き合いのある不動産管理会社から、深い溜息とともに特掃の依頼が入った。
好況は、かなりヒドいよう。
そうは言っても、私は そんな情報に動じるほど青くはない。
もはや変態・・・凄惨であればあるほど、特掃は燃えてくる。
「ヨッシャ・・・いっちょ行ってくるか!」
と、種火のついた特掃魂を携えて、私は、勢いよく現場に向かった。

到着した現場は、郊外の1R賃貸マンション。
その一室で住人の中年女性が孤独死。
発見までかなりの日数が経っており、室内は凄惨な状態に。
玄関前には異臭が漏洩。
ただ、「クサい」という感覚はあっても、それが何のニオイかわからなかったため、近隣住民は“怪しい”と思いつつも放置していたよう。
「なかなかのことになってそうだな・・・」
と、漂う悪臭に、私は、小さく気合を入れ直した。

故人は、台所と居室の境目にドア下に倒れており、そこには、腐敗粘土・腐敗粘液と化した人肉がベッタリ。
頭部があったと思われる部分には大量の毛髪。
やや遠目にみると、床には身体のかたちもクッキリ。
「毎度~!」と言わんばかり、ウジやハエも常連客のように図々しく増殖。
「こりゃ、だいぶ骨になってたな・・・」
と、一目瞭然の腐敗深度に、私は、小さな溜息をついた。

その心情は、極めて事務的、冷淡。
死を悼む気持ちもなければ、同情心もない。
完全に「商売」と割り切ってのこと。
ただ、故人の人生を想わなくもなかった。
故人のためではなく、自分のために。
自分と同じ一人の人間が生きてきて、そして死んだわけだから、その生き様と死に様から何かをキャッチしないと、汚仕事に従事する自分が浮かばれないから。

故人のせいではなく死体のせいで部屋は悲惨なことになっていたけど、それがなければ整理整頓ができたきれいな部屋だった。
不動産会社によると、「故人は身寄りがない」とのこと。
しかし、家財をチェックすると、故人には男の子と女の子、二人の子供がいたことが判明。
ということは、夫もいたわけで、「家族はあった」ということになる。
どういう経緯で別々になったのか知る由もなかったけど、そこには、故人が大切にしていた想いがあった。

それを裏付けたのは、タンスの上の段の小引き出しにあった二つの小さな木箱。
自分も持っているので、それが何であるかすぐにわかった。
それは、ヘソの緒、故人と子供を結びつける証。
小さなラベルが貼ってあり、そこには、出産日時、故人の名前、子の名前、体重、産院などが列記。
引き出しには、他にも色々なモノが入っていた。
幼い子供が描いた母(故人)の絵。
“おかあさん だいすき”と書かれた一枚も。
子供が折ったのだろう、いくつかの折り紙もあった。
それから、小さな靴が二足。
二人の子が初めて外を歩くときに履かせた物だろう。
それらが、きれいに紙に包まれ、きれいに箱に入れられ、一つ一つ、何かを愛おしむように大切にしまわれてあった。

不動産会社からは、
「故人と親族は、絶縁状態だった」
「親族は、遺骨以外は引き取らない」
「部屋にある物はすべて処分していい」
と言われていた。
しかし、故人(母)の想いを無碍にしていいものだろうか・・・
私は、得意とする“善意の押し売り”になるのではないかと思わなくもなかったけど、その引き出しにしまわれたモノを そのまま捨てるのには、妙な寂しさを覚えた。
小さな引き出し一つ分、大した量でもなし。
後で始末したとしても、大した負担にはならない。
結局、私は、それらの品はゴミとして処分しないことに。
小さな段ボール箱に詰めなおし、空っぽになった部屋の押し入れに置き残した。


故人と二人の子が疎遠な関係になったのには、相応の事情があったはず。
多分、よくない事情があってのことだろう。
やむにやまれぬ事情だったら、家族が離散することはなかったかもしれないし、仮に離散となっても、家族としてのつながりは持ち続けただろうから。
少なくとも、故人は、過去に借金問題を抱えていたことがあったよう。
部屋にあった金融機関や裁判所の書類が、それを物語っていた。
生活苦からなのか、ギャンブルなのか、分不相応の買い物なのか、はたまた男遊びなのか定かではないけど、とにかく、健全な理由ではなかったように思う。

私もそうだけど、人間って弱い。
また、世の中には、欲をくすぐる誘惑がゴロゴロ転がっている。
で、コロコロと人生を転げ落ちるのは、意外に簡単なことだったりする。
故人も、人生のどこかで過ちを犯したのかもしれない。
家族を裏切るようなことをしてしまったのかもしれない。
そして、それがキッカケで、夫と離婚、子と別離となったのかもしれなかった。

ただ、往々にして「親の心、子知らず」。
子を想う親の気持ちは、子には、なかなかわからないもの。
親になってはじめてわかること、親になってみないとわからないこと、それでも尚わからないことって多々ある。
かつての私がそうだったように・・・今の私がそうであるように。
二人の子が、故人の親心を理解していたかどうかわからないけど、それでも、故人は、いつまでも子のことを大切に想っていたのだろうと思った。

故人の遺骨は、子供が引き取った。
そして、私が取り置いていた想い出の品も。
「いらないから捨てて下さい」と言われたらそうするつもりだったけど、ヘソの緒も靴もみんな引き取ってくれた。
それを手にした二人の子は、何を想っただろう・・・
いい思い出ばかりではないだろうけど、悪い想い出を錯綜させつつも、ほのぼのとした笑顔で母を偲んだのではないだろうか・・・
勝手な想像ながら、そう思うと、私は、“善意を押し売った”自分を「お手柄!」と褒めてやりたくなった。
そして、それが何とも嬉しくて、いつまでも その余韻に浸ったのだった。


いつの頃だかおぼえていないけど、ずっと昔に母がくれたもの・・・
私は、今も、自宅の机の引き出しに、自分のヘソの緒をもっている。
普段は放ってあるけど、何かのとき、その木箱を手に取ることがある。
そして、それをしみじみと眺めては、
「このときの俺には、色んな可能性があったんだよな・・・」
「この後にこんな人生が待ってるなんてな・・・」
と、悲しいような可笑しいような、複雑な想いが交錯する中で湧いてくる降伏感に近い幸福感に苦笑いしている。
そして、
「命がけで産んでくれたんだよな・・・」
「人生をかけて育ててくれたんだよな・・・」
と、若かった母、労苦していた母、老いた母の姿を心に浮かべては目を潤ませている。

とにもかくにも、それだけの月日が過ぎてしまった。
もう五十年以上経っているわけで、私と母をつないでいたヘソの緒は、私の身体と同じくボロボロ。
一人の人間を生み育てるということが、どれだけ大変なことか・・・産んだ方の身体は、もっとボロボロ。

「ありがとう・・・かあちゃん・・・」
この歳になったからか・・・いや、この歳まで生きさせてもらっているからこそ、私は、そんな風に想うのである。


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底んところ

2020-06-06 08:33:38 | 腐乱死体
緊急事態宣言が解除され安堵の一息をついたのも束の間、「微増」とはいえ感染者数が増えてきている。
所々では、小さなクラスターも発生。
東京では独自の「東京アラート」なるものが発動されている。
それでも、もう我慢ならないのか、街や観光地には多くの人々が繰り出している。
感染者数が爆発的に増えなければ(?)、今月19日には(?)、一部地域から(?)、越境規制も緩和される(?)。
そうなると、人の行き来は、ますます増えていくはず。
慎重派の私は、解除の前後でほとんど生活スタイルを変えていないけど、人々のストレスと経済を考えると、無策でなければ、それはそれで悪いことではないだろう。
ただ、あれから二週間近くたつから“そろそろ大きな第二波がくるのでは?”と、不安に思っている。

知ってのとおり、世界は、健康上のことだけでなく経済的にも大打撃を受けている。
中小零細企業の倒産、解雇・失業はもとより、大企業の業績も悪化。
しかし、こんなに甚大な被害を引き換えにしてもなお、ウイルスは終息していない。
それでも、“withコロナ”ということで、各種の規制要請は次第に緩和されつつあり、“夜の街”が不安視されながらも、経済の歯車は小さいところからゆっくり回り始めている。
今のところ、外食の予定も出かける予定もないけど、行きつけのスーパー銭湯が再開しているから、行ってみようかどうか迷っている。
今、流行りの“水着マスク”を着けて行けば、大丈夫かな。
しかし、そういった、考えの甘さと軽率な行動が、感染を再拡大させてしまうのかもしれず、悩ましいところである。


何度が仕事をしたことがある不動産会社から特殊清掃の依頼が入った。
「管理するアパートの一室で腐乱死体が出た」
「“異臭がする”ということで、隣室の住人が通報」
「どんな状況か、行ってみてきてほしい」
お互いに顔を見知っている我々は、“人が死んでいる”というのに声のトーンもテンポも落とさず、不謹慎にも、時折、談笑を交えながら現地調査の段取りを打ち合わせた。

アパートが建っているのは郊外の住宅地。
近年に大規模修繕を行ったのだろう、建築から三十年近くたっているにも関わらず、それほど古びて見えることはなく、結構きれいな建物。
現場は、その二階の一室、間取りは2DK。
汚染度はライト級~ミドル級程度。
ニオイは、そこそこパンチのある濃度で放たれていたが、実際の遺体汚染はそれほど深刻な状態ではなく、床材もクッションフロア(CF)であったため、遺体痕清掃も、「特殊清掃」というほどハードな作業ではなかった。

亡くなったのは、初老の男性。
無職のため社会から距離が空いており発見が遅延。
その孤独な生活は、生活保護を受給して維持。
にも関わらず、部屋からは、故人が節度・良識をもった生活をしていたことはうかがえず。
ギャンブルのマークカードがなかっただけマシかもしれないけど、酒の空缶やタバコの空箱が転がり、整理整頓・掃除もロクにできておらず。
もともと、この類の人間を快く思わない私は、冷酷非情は承知のうえで、
「ただ、“働く気がない”のを“働けない”ってことにしてただけなんじゃないの?」
と、口の中で飼っている苦虫を噛み潰した。

訊けば、このアパートに暮らしているのは、大半が生活保護受給者。
小ぎれいな建物だし、一般の人でも暮らせる充分な間取り。
ただ、周辺には、より条件のいいアパートが乱立。
家賃が同等であれば、少しでも立地がよく、建物や設備のいい物件に人は流れる。
そういった人気物件は、黙ってても一般の入居者で埋まるわけだから、社会的・人間的にハイリスクな生活保護受給者は相手にしない。
一方、その逆で、人気のない物件はそんな“ワガママ”は言っていられない。
“空室にしておくよりマシ”ということで、生活保護受給者でも何でも入れるのである。

不動産運用って、「金持ちの道楽」とはかぎらず、一部の富裕大家を除き、庶民大家の中には、借金して投資して運用している人も少なくない。
また、月々の家賃収入が、そのまま自分の生活費になっている大家も。
空いたままの部屋は一銭の金も生まないわけで、庶民大家には、そのままにしておく余裕はない。
で、人気のない物件は、空室を埋める策として地域相場より家賃を下げざるをえず、結果として、それが生活保護受給要件(家賃の上限額)を満たして、入居契約に結び付きやすくなる。
同時に、それがキッカケで、生活保護部署の役人とパイプができ、以降もつながっていくのである。

受給者は中高齢者、持病がある人が多いため、一般の人に比べて孤独死する可能性が高いことがリスクとして挙げられるかもしれないけど、役所(税金)が生活費の面倒をみるのだから、家賃を取りっぱぐれることはない。
つまり、「経済的にはローリスク・・・ノーリスク」ということ。
結果的に、大家と入居者・役所の利害が一致し、自ずとアパートにはそういった人達ばかりが集まり、本件の類のアパートができ上がるのである。
実際、そういったアパートは街のあちこちにあり、私が、苦虫を噛み潰しながら片づけてきた現場にも、そういったアパートが多くあった。

受給者は、“中高齢者”“持病あり”といったケースが多いのだろうと思うけど、中には、そうでない人もいる。
“若年・無傷病”でも生活保護を受給している人が。
この現場の隣室に暮らす女性がそうだった。
もともと、故人が発見されたのも、女性が「隣の部屋がクサい」と言いだしたことがキッカケ。
で、「自室もクサくなった」ということで、その後、私は女性宅を何度か訪れ、女性の身辺を知ることとなった。

女性は母子家庭だそうで、3歳くらいの小さな子供がいた。
どういう経緯で生活保護の受給要件を満たしたのか怪訝に思うほど、歳は若く身体も健康そう。
会話もハキハキとしており、表面上は精神疾患があるようにも見えなかった。
ま、その辺のところは、私が詮索することではない。
私が引っかかったのは、「母子家庭」といいながらも、そこに“男”がいたこと。
平日の昼間から、スエット姿、寝ぼけた表情。
私が挨拶をしても、目も合さず無言でペコリと頭を下げるだけ。
私が考えていることが伝わったのか、フテ腐れたようにタバコを吹かしているときもあった。
消臭作業と臭気判定のため、女性宅には何度か入ったのだが、平日の昼間、いつ行っても男の姿はあった。
もしかしたら、夜の仕事をしているのかもしれなかったけど、マトモに仕事をしているような善良な雰囲気は醸し出していなかった。

どうみても男は女性親子と一緒に、この部屋で暮らしていた。
私の先入観も手伝って、想像された素性は“ヒモ”。
もちろん、誰と付き合おうが、誰と暮らそうが女性の自由。
しかし、生活保護受給者となると、その自由度は下がって然るべき。
世に中には、金銭(育児手当・児童手当・減税等)目的で、戸籍上でのみの偽装離婚をしている夫婦がいる。
もちろん、この男女がその類なのかどうかわからない。
しかし、遺体異臭がなくなった時点でも、何かよからぬことをやっていそうな人間の “人間異臭”はずっと残り、それは、クサいものには慣れっこの“ウ○コ男”の鼻をも捻じ曲げるほどだった。


これまでも、受給者の部屋を片付けたことは数えきれないくらいあるけど、酒を飲み、タバコを吸い、博打をやっていた形跡のある部屋もまた、数えきれないくらいあった。
死んだ人に悪意を抱くのは私も悪人だからだろうけど、死を悼むどころか、頭にくるような現場だっていくつもあった。
もちろん、“オフレコ”としてではあるけど、親しい役所の人間も、
「大半の受給者は詐欺師」
と言っていた。
私も、現場でのそう感じたことは多々ある。
また、個人的に付き合いのある警察官も、
「受給者に人権はいらない」
と言っていた。
私も、一般の人と比べて人権が制約を受けるのも当然だと思う。
生活保護制度についてプライベートで話すと、愚痴や悪口が、噴火した火山のようにでてくる。
世の中に、同様の意見を持っている人は多いように思う。
しかし、それは、反論の余地のない現実。
私も、私なりに、仕事を通じて感じたことが蓄積され、また、似たような不満を持っている。

これはまだ緊急事態宣言が解除される前のことだけど、とある失業者(40代男性)がTVインタビューを受けている姿が映った。
その人物は、家賃も払えなくなって住処を失いかけており、「このままだと生活保護を申請するしかない」と言っていた。
ただ、どうも求職活動はしていないらしく、それについての言及はなし。
そんな中での、“失業→生活保護”といった考え方に、私は不快感に近い違和感を覚えた。
「安直」というか「短絡的」というか「他力本願」というか「無責任」というか・・・
失業と生活保護の間には“就職活動”が入るべきではないだろうか。

確かに、羨望の眼差しを浴びるほどのキャリアや、威張れるほどの技能でもないかぎり、この時世で、再就職を果たすのは難しいかもしれない。
難儀することが容易に想像でき、前向きに就活する気分になれないのかもしれない。
また、仮に仕事が見つかったとしても、「キツい、汚い、危険」いわゆる3Kの仕事とか、気のすすまない仕事である可能性が高い。
しかし、もともと、仕事は“好き嫌い”でやるものではないし、特に今は「好き嫌い」を言っているときではないと思う。

この厳しい現実にあって、私の脳裏から「失業」という文字が消えることは片時もないけど、「生活保護」という文字は頭の片隅にも浮かんでこない。
受給要件が簡単にクリアできるような生き方はしてこなかったし、頭と外見を中心に欠陥だらけではあっても働けないほどの傷病も抱えていないし、その前に、その意思がない。
ただ、この私だって、働くのは好きじゃない。
怠けたい、楽したい、遊んで暮らしたい。
「働かなくても生きていけたら どんなにいいいだろう」って、常に憂いている。
税金だって社会保険料だって、払わずに済むのなら払いたくない。
そんなもの払うくらいなら、その分、生活に余裕をもってプチ贅沢でもしたい。
しかし、マトモに生活していくためには、そんなことできるわけがない。
しかも、どうせ生きるのなら最低限の暮らしはイヤ。
少しでも快適に、少しでも楽しく、少しでも幸せに暮らしたい。
となると、その方法は、ただ一つ。
しっかり働いて、社会的責任を果たしていくしかない。

勤労と納税は国民の義務。
社会保険料だって第二の税金で、納める義務がある。
“生活保護費”の原資は、良民の労働による血税。
しかし、受給者の多くは、まともに税金や社会保険料を払ってきていないわけで、そんなデタラメな生活をしていたから困窮したとも言えるわけで、こういうのを「理不尽・不条理」と言わずして、何が「理不尽・不条理」なのか。
そういった義務・責任を果たさないでおいて、“もらえるモノはもらう”といった盗人根性には、憤りすら覚える。

一方で、真に生活保護で守られるべき人に、本当に支援を必要としている人のところに届いていないような気がする。
邪悪な受給者が、生活保護制度の本分を歪め、良民を裏切り、受給者の品格を貶めているが故、また、こういう人達にかぎって結構な人格者だったり高潔なプライドを持っていたりするが故に、生活保護に頼ろうとしない現実もあると思う。
「人様に迷惑をかけたくない」と、仕事を二重三重にかけもちして働いている人、身体を壊すギリギリのところで節約生活を送っている人、惨めな想いに耐え忍んでいる人もたくさんいると思う。
事故や犯罪等の被害者で、自分の努力ではどうすることもできない貧困に陥っている人も。
一生懸命 働いているのに、我が子にひもじい思いをさせなければならない親の悲しさや惨めさを考えたことがあるだろうか・・・
真に社会全体で助ける必要のある人が、正々堂々と受給できるようにならなければいけないのではないだろうか。

私は、生活保護制度に反対しているわけではない。
支援が必要な人を社会全体で守る制度は必要。
しかし、“正直者がバカをみる”社会であってはならないし、ズルい人間、ただの怠け者を甘やかすだけの制度であってはならない。
しかし、現実は、“だらしない生き方をしてきた人間のズルい生活を、善良な市民が身銭を削って守っている制度”になっていやしないだろうか。
働きもせず、他人の金で飯食って、酒飲んで、タバコ吸って、ギャンブル打って、寝たいときに寝ている者が、寝る間も惜しみ、嗜好を楽しむ余裕もなく働きながらも貧困から脱出できないでいる人より楽な暮らしをしているなんて、どう考えてもおかしい。
現実の運用は、はなはだ不愉快であり、大きな不信感と違和感を持っている。

では、
でたらめに生きてきた者は飢え死にしても仕方がないのか?
だらしない生き方をしてきた者は貧乏しても仕方がないのか?
・・・ある意味で、私は「仕方がない」と思う。
少なくとも、日本は自由主義・資本主義の国なのだから。
でなければ、生活を支援する代わりに、人権に相応の制約を加えるべきだと思う。
例えば、一定の場所(言葉は悪いけど“収容所”みたいなところ)に集めて、能力に応じた労働を課すとか。
それが、一般の人が遠ざける、単純作業や重労働、3K仕事であってもやむを得ないだろう。
ただし、特殊清掃だけは除外して・・・私の仕事がなくなるから。

「オマエは、そこまでの苦境に陥ったことがないから、そこまで困窮したことがないから、そんな冷酷非情なことが言えるんだ!」
と言われるかもしれない。
確かに、そう・・・それは認める。
しかし、多くの一般市民は、そうならないために、汗かきベソかき、必死に頑張っているのである。
その頑張りによって獲た実を一方的に横取りすることも、また、人権侵害なのではないだろうか。

世の中は上にいる人達が動かしていることは承知しているけど、たまには、私がいる“底んところ”にも目を向けてほしいものである。



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