特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

曇空の下

2017-02-21 08:50:34 | 特殊清掃
二月も早下旬。
立春を過ぎても、まだまだ寒い日が続いている。
とは言え、私の感覚では、今年の冬は暖かい。
雨(雪)も少なく、青空を仰げる日が多い。
寒いことは寒いけど、例年に比べると穏やかだと思う。
しかしながら、このところ、気分が晴れない日が続いている。
特に悪いことがあったわけでもないのに、身に周りに いいことはたくさんあるはずなのに、漠然とした過去の後悔と現在の不満と将来の不安が心を曇らせている。

例によって、最もキツいのは起床前の朝。
まだ夜も明けきらぬ暗いうちから、重い虚無感・疲労感・倦怠感に襲われて難儀している。
それでも、毎朝、重い身体を引きずり起こし、決めた時間に決めた通り動かす。
そしてまた、重い足を引きずるように、会社に向かって家を出る。
その壁を越えると、少しずつながら、気分は落ち着いてくる。
そして、会社に着く頃には、だいぶフツーに戻っている。
更に、現場に出てしまえば、欝々している余裕(?)もなくなるので、欝気は楽になる(別の意味での苦しさはあるけど)。

コイツとはもう長い付き合いなので、自分がどういう状況に陥っているのか、わりと客観的に把握することができていると思う。
で、その対処法も、いくつか持っているつもり。
しかし、それらを駆使しても、一向に気分は晴れていかない。
虚無感は感性が鈍いせい、疲労感は怠け心のせい、倦怠感は心構えが悪いせい・・・
旧態依然・・・燃えない自分が、強くならない自分が、賢くならない自分が情けなくて、涙が出ることもある。

本当は・・・
もっとポジティブな人間になりたい。
もっと強い人間になりたい。
もっと明るい人間になりたい。
ずっとずっと昔から、そう思っている。
しかし、いつまで経っても変わらない・・・
変わりたくても変われない自分が、ここにいる。

心の調子ばかりでなく、身体にも難があった。
同僚からうつったものと思われるが、先月下旬、A型インフルエンザ(多分)にかかってしまった。
しかも、休めない現場作業が重なり、病院にいくこともできず。
市販の咳止薬と栄養ドリンクを飲みながら、昼間は現場作業に勤しみ、夜はシッカリ御飯を食べ、シッカリ風呂に浸かり、早い時間から布団で休養。
もちろん、晩酌はなし。
それでも、一週間ばかり具合は悪く、なかなかしんどい思いをした。

例の目眩(めまい)は、たまに「?」と思うような軽いフラつきを覚えるくらいで、ほとんど治まっている。
蕁麻疹については、たまに、腰のベルト回り等に怪しい発疹がでることがある。
そして、重症化すると見た目も悲惨で痒みもツラいので、三種の飲薬は常時携帯している。
ただ、幸いなことに、重症化したのは最初だけで、それ以降の発疹は極小規模で治まっている。
あれから、原因とされるストレスが解消できた自覚もないし、疲労感が拭えたわけでもないし、リラックスして過ごせるようになっているわけでもないのだけど・・・
どちらかと言うと、その辺のところは何も改善されていないような気がしており、喜ぶべきか悲しむべきか悩ましいところに立っている。



出向いた現場は、立派な造りのアパート。
その一階一室で住人の男性が孤独死。
死後経過日数は2~3日。
季節は晩春で、遺体の腐敗はそれなりに進んでいた。
それでも、汚損レベルはライト級。
家財も少なく、汚染や異臭もほどほど。
一般の人には大きな難のある部屋だったが、私にとっては特に難のない部屋だった。

依頼者は、不動産管理会社の社長。
そして、このアパートのオーナーでもあった(いわゆる自社物件)。
社長は長年に渡って不動産業を経営。
しかし、管理物件で孤独死・腐乱死体が発生したのはこれが初めて。
何をどうしたらよいのか、何をどうすべきかわからず戸惑っていた。

「この部屋に次に入ってくれる人はいないかもしれない・・・」
「気持ち悪がって、他に出ていく住人がいるかもしれない・・・」
と、社長はヒドく心配していた。
しかし、外にまで異臭が漏洩したり、ハエが窓に張りついたりしたわけでもなく、そんなに悲観的になるような状態ではなし。
私は、社長が冷静になれるよう、もっと深刻な現場でも原状回復させてきた経験を話した。
そして、個人的見解であることを前置きし、人間(生き物)にとって死はごく自然なことであり、過剰に嫌悪することには抵抗感を覚える旨を伝え、
「あまり深刻に考えないほうがいいと思いますよ!」
と、熱っぽく自論を語り、社長を励ました。
しかし、それでも、その表情は晴れず。
何のリスクも負わない私が発する言葉は社長の心に届かなかったのか、残念ながら、その表情は曇ったままだった。


家財生活用品の撤去は後回しにし、とりあえず、私は汚れた布団・衣類とその下の畳を撤去することに。
愛用の道具類を備え、部屋に入った。
そして、軽症の汚腐団をビニール袋に梱包。
更に、その下の畳の隙間にマイナスドライバーを差し込み、両手に力を込めてコジ上げた。
腐敗液のほとんどは敷布団が吸収し、畳の汚染は極めて軽度。
水をこぼしたようなシミが小さくついているくらい。
そこそこの悪臭は放っていたものの、運び出す際に人目を気にしなければならない程の問題はなく、私は「エッサ」と担ぎ上げ「ホイサ」と運び出した。

そうこうしていると、窓ガラスに人影がうつった。
他の部屋の住人だろう、作業の物音を聞きつけて出てきたよう。
目を向けると、年配の男性がガラス越しにこちらを覗きこんでいた。
しかし、「野次馬?」と思った私は、男性を無視して作業を続行。
それでも、男性はいつまでもそこに立って動かない。
そして、再び私と目が合うと、私に向かって軽く会釈。
男性は何か言いたげで、無視するわけにいかなくなった私は、作業の手を止めて窓を開けた。

男性の用件がわからないため、私は、とりあえず、
「クサイですか? うるさいですか? ご迷惑をお掛けしてたらスイマセン・・・」
と頭を下げた。
すると、男性はすぐに、
「いやいや・・・そういうことじゃなくて・・・」
と、顔の前で手を横に振りながら、気マズそうに愛想笑いを浮かべた。

男性は、隣の部屋の住人。
そして、故人の死に最初に気づいたのもこの男性。
きっかけは、あるときからパッタリとしなくなった故人宅の生活音。
それまでは、物音が聞えてくるのが当り前の日常だったのに、ある日を境にそれがまったく聞えなくなった。
男性は、そのことを不審に思った。
と同時に妙な胸騒ぎを覚えた。
そうしてドタバタの末、還らぬ人となった故人は発見されたのだった。

故人と男性は、生前、特別に親しくしていたわけではなく、隣同士ながら、お互いの部屋を行き来したり飲食や外出を共にしたりするほどの間柄ではなかった。
ただ、玄関前で顔を合わせたときは、よく立ち話をした。
お互い、同性・同年代で近しい身寄りもない一人暮らし、時間に大きな余裕と金に少しの余裕がある境遇も似ていて、一身上のことが話題になることも多かった。
自分達の死について語り合ったこともあった。

「ついこの間まで元気にしてたのに・・・アッケなく逝っちゃったな・・・」
男性は、感慨深げにそう言って表情を曇らせた。
そして、それは、故人の人生を儚むと同時に、“自分もそうなるかも・・・”といった不安を抱える表情にも見えた。

「死は避けられないけど、他人に余計は迷惑はかけたくない・・・」
「そうは言っても、最期の世話や死後の始末を頼める人はいない・・・」
と、男性は、故人の最期と自分の行く末を重ねて悩んでいた。
しかし、老いには逆らえないながらも身体は健康そうで、経済的に困窮しているわけでもない。
焦って悲観的になるような状態ではなし。
私は、男性が冷静になれるよう、一般に認知されつつある“終活”をベースに、準備できることはいくつもあることを話した。
そして、個人的見解であることを前置きし、人間(生き物)にとって死はごく自然なことであり、過剰に不安視することは生きている時間を暗くしてしまうことを伝え、
「あまり深刻に考えないほうがいいと思いますよ!」
と、熱っぽく自論を語り、男性を励ました。
しかし、それでも、その表情は晴れず。
何の責任も負わない私が発する言葉は男性の心に届かなかったのか、残念ながら、その表情は曇ったままだった。


ありきたりの言葉だけど、“人生、晴れたり曇ったり”。
風も吹くし、雨も降れば雪も降る。
幼少期以降、雲ひとつない快晴の日なんて“ない”に等しい。
ほとんどの日は、多かれ少なかれ、雲がかかっている。
そして、心が曇ると、生きることが面倒に思えてしまうことがある。
ただ、青空を求める心を持っているからこそ頑張れる。
青空を期待する心を持っているからこそ耐えられる。
青空を信じる心を持っているからこそ上を向くことができる。

月並みに生かされたとしても、私の残人生は10年~20年くらいのものだろう。
誰にも予測できないことだけど、心身メンテナンスの粗さを考えると、到底、平均寿命には届かないと考えている。
だとすると・・・・・終わりは近い・・・・・あともう少し。

私は、時々見える青空を仰いでは、ささやかに笑っている。
また、人生の終わりがくるのを楽しみにしているわけではないけど、終わりがあること、終わりが近いことを頼みに、曇空の下で泣きながらも、粘って生きている。
「思い通りにいかないから人生は面白い」と、一途に自分を励ましながら。



遺品整理についてのお問い合わせは
0120-74-4949
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