特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

兄妹

2013-11-27 08:41:37 | 特殊清掃
故人は70代の男性。
地方の小さな街の出身。
若い頃は“いい人”がいたこともあったのだろうが結婚歴はなく、子供もおらず。
都会の小さなアパートでながく一人暮らしを続けていた。

家族は、両親と年の離れた妹が一人。
ただ、母とは血がつながっておらず。
実母は故人が幼少の頃に他界。
母は、父の再婚相手だった。
そして妹とも“腹違い”の兄妹だった。

両親は、小さな妹を可愛がった。
故人も、年の離れた妹を可愛がった。
特に、母は妹を溺愛。
そのせいもあってか、故人は母とはなじめずにいた。
自分と義母の間に立つ父の心労や、腹を痛めた我が子を持つ義母に対して遠慮する気持ちがあったのか・・・
父がすすめる高校進学も断り、故人は、中学をでると田舎を離れて上京。
家に自分の居場所がなかったというだけではなく、裕福ではない家庭に負担をかけたくないという理由もあったようだった。

故人は、上京して後、何度かは盆暮れに帰省していたが、次第にそれも少なくなってきた。
特に父親の死後は、田舎に帰ってくることもなくなった。
結果、母妹と顔を合わせることもなくなり、電話で話すこともなくなった。
それでも、故人のもとには、毎年、妹から年賀状が届いた。
ただ、故人が、返礼の賀状を送ることはなかった。

そうして年月が経ち・・・
年を重ねた故人は、寄る年波には勝てず。
身体に不調を抱えていたのか、ひっそりと自宅で死去。
そして、しばらく誰にも気づかれず、その身体を朽ちさせていったのだった。


依頼者は60代の女性。
故人の“腹違い”の妹。
両親もとっくに亡くなり、女性は、故人の唯一の血縁者。
東京から遠く離れた、故人の出身地である地方の街に暮していた。

その女性のもとに、ある日突然、警察から故人の死を知らせる連絡が入った。
高齢でもあり、こんな日がくるのも遠い先のことではないと思ってはいたものの、それが警察から入ってきたことに、女性は驚いた。
更に、それが自宅での孤独死であり、しばらく誰にも気づかれずにいたことを知らされると、単なる寂しさとか悲しみとは違う罪悪感のようなものを覚えた。

女性は、故人に対して負目にも似た情をもっていた。
自分は、両親のもとで大切に育てられ、人並みの教育も受けさせてもらい、結婚し子宝にも恵まれ、家も家庭をもつことができている。
一方の故人は、幼少の頃に実母を亡くし、再婚した父と新しい母親に気をつかい、高校にも行かず働きに出て・・・
家族も持たず、ずっと小さなアパートで一人暮らし・・・
相応の苦労や寂しさをともなって生きてきたであろうことは想像に難くなく・・・
そして、最期は孤独な死を迎え・・・
・・・その対照的な境遇は、女性の心中に大きなシコリを残しているようだった。

故人と女性は、もう40年以上も会っておらず、事実上、音信不通状態。
また、唯一の身内ではあっても、賃貸借契約の保証人ではなかった。
しかも、遺産相続を放棄する手続きをとっていた。
だから、女性が故人の後始末を放棄したとしても著しく道義に反するものとも、また、社会通念を逸脱しているとも思えず、更に、法的にも故人の後始末をする責任は免れる立場にあった。
しかし、関わることに反対する夫や子供を説得し、“自分には道義的責任がある”と言うような姿勢で、故人の後始末は自分が責任をもつことをアパートの大家にも伝えた。
そして、相応の出費と心労をともないながら、ことの収拾にあたったのだった。


部屋に置いてある家財生活用品は、どれも古びたモノばかり。
男性が、余裕のある暮しをしていなかったのは一目瞭然。
貴重品らしい貴重品はなく、あったモノといえば、印鑑、残高の少ない預金通帳、キャッシュカード、年金手帳・・・そんなもの。
また、古いタンスの引き出しのひとつには、何枚もの年賀状と一通の手紙がしまってあった。
みると、差出人は女性。
私は、そのことを女性に知らせた。

電話の向こうの女性は、それを聞いて少し驚いた様子。
同時に、どことなく嬉しそうにし、声のトーンを上げた。
ただ、“年賀状は毎年欠かさず送っているので憶えがあるけど、手紙を送った記憶はない”とのこと。
そして、“気になるので中を確認してほしい”と言われ、私は、その手紙の中を確認した。
すると、手紙の送り主は、間違いなく女性。
中身は、女性自身の結婚式の招待状。
もう40年も前に出されたものだった。
中は、結婚相手の紹介、出会った経緯、結婚式の場所と概要、新居の案内etc・・・
故人が実家を出て行ってからの数年の時間を埋めようとするかのように、身の回りのことや自分が思っていることなどが詳細にしたためてあった。
そして、そこには、夢と希望に満ち溢れている若き日の女性の姿があり、まったくの他人である私にも深い感慨を覚えさせた。

私は、手紙の中身を女性に伝えた。
すると、当時の記憶が瞬時に甦ったよう。
「そんな手紙がまだあったなんて・・・」
と、こみ上げてくるものを抑えられず、声を詰まらせた。

故人は、その結婚式に姿を現さなかった。
祝意を伝える短い手紙と祝儀を送ってきたのみ。
「兄妹の境遇の格差に気を悪くしたのだろうか・・・」
と、女性は、しばらくそのことを気に病んでいた。
しかし、
「本当は、家族が好きだったのかも・・・」
と、大事にとっておかれた年賀状と手紙は、女性にあたたかな思いを与えたのだった。


身内でも後始末の責任を負わない人は少なくない。
賃貸借契約で保証人になっている場合は別だけど、遺産相続を放棄してしまえば法的にはそれも許されるのだ。
もちろん、世の中は法律だけで回っているのではない。法律だけでは回らない。
社会通念、道徳、義理、人情、常識、良識etc、そういった潤滑油があってこそうまく回っているのだ。
だから、“法律で許されることなら何をやってもいい”ということにはならない。
そうは言っても、放棄する人を単純に批難することはできない。
人には人それぞれの事情があるから。
思いと実情が乖離して、不本意ながら放棄せざるを得ない状況にある人も少なくないから。
ただ、やはり、肉親の情愛を重んじ、義理を欠くことを嫌い、負わずにすむ荷をあえて負う人には好感をおぼえる。
苦渋の中にも人間の清々しさがあることを感じさせてくれる。


作業期間の最初から最後まで、女性が東京にくることはなかった。
だから、当然、お互いに顔も知らず。
その分、我々は、電話でたくさんのことを話す必要があった。
信頼関係を築くため、仕事を円滑に進めるために。
その中には、お互い、顔を合わせていないからこそ話せたこともあったような気がする。

請け負った作業が完了したことの報告も電話だった。
女性は、私の労をねぎらい、感謝の言葉をたくさんくれた。
そして、
「二度とお話しすることはないと思いますけど、どうかお元気で・・・」
と言葉を交わして、最後の電話を終えた。


出会いがあれば別れもある。
それが人の縁。
私は、少し寂しいような感慨をおぼえつつ、届くわけもない心の声で、
「家族っていいもんだな・・・」
と、青く晴れた天につぶやいた。
そして、
「大事な人には、もっと素直になったほうがいいんだろうな・・・」
と、難しい性格を自省しながら、ホッと笑みを浮かべたのだった。




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裏切者

2013-11-21 08:47:39 | 特殊清掃
「掃除をお願いしたい」
そんな依頼が入った。
依頼者は、ハウスクリーニングの個人事業者(男性)。
おおきく括れば同業者である人からの依頼で、例によっての事情があることは、話を聞く前から察しがついた。

男性は、取引先からマンションのルームクリーニングを請け負った。
そこは孤独死の現場。浴室腐乱。
そこで人が亡くなっていたこと、かなりの時間がたって遺体は腐敗していたことは知らされたものの、遺体が腐るとどうなるか、その現場がどんな風に汚れるのかは全く想像できず。
男性は、漠然と“なんとかなる”“なんとかするしかない”と考え、その仕事を引き受けてしまった・・・というか立場的に断ることができなかった。
そして、とりあえず、実際に現場に行ってみた。
すると、目の前に現れたのは、想定外の事象。
それまでに嗅いだことがないニオイと見たことがない汚れ・・・
“とても自分の手には負えない”と即座に白旗をあげ、当方に電話してきたのだった。

話を聞いた私は、その心情と事情が痛いほどわかった。
なんてったって、この私だって最初から特掃隊長だったわけじゃなく、腐乱死体現場にビビりまくってオエオエやっていた初心者の頃があったわけだから(今思えば懐かしいかぎり)。
また、元請業者の命令にそむけないのが下請業者の悲しい宿命。
元請業者に喰わせてもらっている立場では、どんなに酷い現場でも引き受けざるを得ない。
したがって、男性には“断る”という選択肢はなかったものと思われた。

「こりゃ、フツーの人じゃ無理だわ」
現地の汚腐呂をみた私は、フツーにそう思った。
しかも、電気が壊れているうえ、その浴室には窓もなし。
扉を開けていても懐中電灯が必要なくらい暗く、すごく不気味だった。

私が提示した金額は、男性の予算をはるかに超えるものだった。
ただ、“元請業者からの請負金額は既に決まっており、その予算内でやらないと赤字を食ってしまう”とのこと。
結局、私は、苦境にある男性に同情するかたちで、作業料金を破格の安値に変更。
普通なら作業前に書面で契約を交わすのだが、電話の口約束だけでその仕事を請け負うことに。
そして、元請業者から「早くやれ!」と催促されている事情を考慮して、そのまま作業に取り掛かった。
更に、「せっかく頼ってきたんだから」と、私は普段にない男気をだして、請け負っていないトイレまで掃除。
約束以上の仕事をして、その現場を終えたのだった。

男性は現場の惨状を知っているわけだし、清掃業だから作業が過酷なものであることは容易に想像できるはず。
電話の向こうの物腰も礼儀正しく丁寧。
そんな男性を私は信用していた。
しかし、その後、問題は起こった。
請求書を発行しても、代金の支払いは一向になし。
はじめのうちは電話で連絡がとれていたものの、そのうち電話もつながらなくなった。
仕方なく、最初に教えられた住所に行ってみると、そこは男性の実家で出てきた家族に話は通じず。
最初から悪意があったものとは思いたくないけど、結局、バックレられたまま時間だけが過ぎ、今日に至っているのである。


「引越しをするので不用品を片付けてほしい」
そんな依頼が入った。
聞くところによると、依頼者女性は夫との離婚を機に引っ越すことに。
子供は自分が引き取るため、これから母子家庭になるとのこと。
元夫のモノ等、いらないモノがたくさんでるため、それを始末したいようだった。

出向いたのは、どこにでもあるタイプのマンション。
引越しの荷造りを進めている途中のようで、だいぶ散らかってはいたものの“ゴミ部屋”というほどの惨状ではなし。
私は、片付ける物とその量を確認し、要する費用と作業内容を提示。
私一人でできるくらいの量であり、費用も高くはならなかった。
作業内容と料金に納得した女性は、その場で作業を依頼。
私は、いつも通り書面で契約を交わし、作業の日時を調整。
代金は作業後に現金決済することを約束して、その日の現地調査を終えた。

作業の日、私は当初の予定通りに女性宅を訪問。
そして、作業の準備に取りかかろうとした。
すると、女性は、
「お金を入れていた財布を落としてしまって・・・」
「代金は後でもいいですか?」
と、イレギュラーなことを言いだした。
妙に思った私は、
「コンビニのATMとかでおろしてこれません?」
と返した。
しかし、
「引っ越しで出費がかさんだもので、今月は余裕がなくて・・・」
「次の給料がでたら必ず払いますから!」
とのこと。

当日にお金が払えないことを事前に連絡することはできたはずなのに、女性は土壇場になってそれを言ってきたわけで・・・
私は、女性がウソをついているんじゃないかと疑った。
が、せっかく、予定を組み作業の準備をして現場まで来たわけで・・・
また、費用もそんなく高額なものではなかったし・・・
子を育てる母親としての人格もあるだろうし・・・
また、母子家庭であることへの同情心も働き・・・
結局、私は、女性を信じることにして、会社に相談なく独断で代金の後払いを了承。
予定通りの作業を行ったのだった。

話の流れで察していただけると思うが、その後、その女性がお金を払ってくることはなかった。
携帯電話もつながらず、教えられた引越先の住所もまったくのデタラメ。
最初からあったと思われる悪意にまんまとやられ、結局、バックレられたまま時間だけが過ぎ、今日に至っているのである。

上記二件の請負金額は、それぞれ数万円。
公に訴えたところで、経費倒れするばかり。
結局のところ、泣き寝入るほかない。
人として、よくもまぁ、こんなことができるものだ。
こんなことするのは、ほんの一握りの人間のはずだけど、こんなことがまかり通る世の中って、残念で仕方がない。
同時に、思い出すとやはり頭にくる。
“裏切るより裏切られるほうがマシ”なんて上品なこと言ってられない。
しかし、怒ったところで、何も解決はしない。
前回の記事に書いたとおり、怒ってストレスを抱える分だけ自分が損。
忘れたほうが自分ためかもしれない。


これまで、人に裏切られたことは数知れず。
ただ、今まで生きていて、最も多く私を裏切ったのは誰か・・・
それは“自分”。
この世の中で一番信用できないのは自分だったりする。
自分で決めたことを守らない、自分と約束したことを守らない。
忍耐と努力が大の苦手で、諦めることと逃げることが大得意。
ちょっとしたことで私は私を裏切ってきた。
これは、今、私がこんなことになっている原因の一つでもある。
望むような人生が送れていないのは、誰のせいでもなく自分のせいなのだ。

私は、弱い人間。
だから、これからも自分を裏切ってしまうことがあるだろう。
そして、そんな“裏切者”を簡単に赦してしまう自分もいれば、どうしても赦せない自分もいるだろう。
もちろん、そんな裏切者がいないに越したことはないが。
ま、私(人間)なんて、そんなにできた生き物ではない。
そして、それがまた人間らしさなのかもしれない。

そう思うと、
「裏切者(弱い自分)のおかげで、俺も味のある人間になれるのかもな」
と、他人事みたいに笑えるのである。



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短気は損気

2013-11-18 08:48:22 | ゴミ部屋 ゴミ屋敷
「引越しをするのでゴミを片付けてほしい」
そんな依頼が入った。
「うちに頼んでくるわけだから、何か事情があるんだろうな・・・」
私はそう思いながら現地調査の日時を設定した。

訪問した現場は小さな一戸建。
家屋の周囲にはゴミやガラクタが散乱しており、家の中が“案の定”であることをうかがわせた。
私は、家の前の路上に車とめ、約束の時間がくるまで待機。
自分でいうのもおかしいが、変なところで几帳面な私は、約束の時刻ピッタリになったところで車を降り、玄関のチャイムを押した。

家の中からは、恥ずかしそうな物腰と気マズそうな表情をもって依頼者がでてきた。
そして、
「驚かないでくださいね」
「靴のままでかまいませんから」
と、外からの視線を避けるようにそそくさと私を家の中へと促した。

室内は、玄関土間からゴミ、ゴミ、そしてまたゴミ・・・
依頼者は、長年にわたって生活ゴミを蓄積。
本当の床なんてどこにも見えておらず、ゴミで埋め尽くされていた。
依頼者は、近々、引っ越す予定。
そのため、“このゴミを片付けたい”とのこと。
ただ、依頼者は“特殊清掃でなんとなる”と考えている様子。
私は、実現不可能な期待を持たせてはいけないので、ゴミの撤去と清掃だけでは原状回復はできないことを伝えた。
それを聞いた依頼者は動揺。
顔をこわばらせたまま黙り込んでしまった。
そうは言っても、このゴミを片付けないと何も始まらない。
私は、作業の内容とかかる費用を説明し、当方に作業を依頼するかどうか充分に検討するよう伝えた。

調査を終え外に出ると、私の車の脇に初老の女性が一人立っていた。
そして、私を見つけると恐い顔で睨みつけ、
「オタクが片付けんの!?」
と一言。
初対面にもかかわらずタメ口をきくその高圧的な態度に気分を害した私は、
「まだわかりません・・・」
と、無愛想に返事。
「○○(依頼者名)はいるの!?」
女性は依頼者を呼び捨て。
「・・・・・」
“いる”というとトラブルに巻き込まれそうな予感がした私は何も応えず。
その態度に、女性は依頼者の在宅を感じたようで、勝手に玄関扉を開けてズカズカと中に踏み込んでいった。

そのまま帰ってもよかったのだが、そのまま帰ってはいけないような気がした私は、玄関前を行ったり来たり。
不審者のようにソワソワ、ウロウロした。
すると、ほどなくして、依頼者と女性が玄関からでてきた。
そして、私は、キナ臭いニオイがプンプンする二人の輪に入れられてしまった。

女性は、この家の大家。
しばらく前から、この家にゴミがたまっているのを知っていた。
もちろん、依頼者に「ゴミを片付けるように!」と再三注告。
しかし、依頼者は、毎回のようにこの注告を聞き流し、ゴミを片付けることはなかった。
結果、堪忍袋の尾が切れた大家は、「すぐに出ていけ!」となり、依頼者は引越しを余儀なくされたのだった。

ゴミを片付ければ元のままの床や壁が現れると思っている人が多い。
しかし、実際はそんなに甘くない。
床や壁には相応の汚損が発生し、再使用が不可能になっていることも多い。
ゴミを片付けたくらいでは、この家が元通りにならないことは大家の目からも明白だった。
その状況が、大家を更に激高させていた。

「どうしてくれんのよ!」
「あれほど“片付けろ!”って言ってきたのに、なんで片付けなかったのよ!」
「アンタがこの家建て替えてくれんの!?」
大家は完全にキレていた。
大家の言い分はいちいち正論で、反論の余地はなく・・・
完全に射程距離内に捉えられた依頼者は、撃たれっぱなしの蜂の巣状態に。
更に、その“蜂の巣”さえもボロボロに砕けるくらい撃ちまくられていた。

当初、私も依頼者の一味みたいに位置づけられ、依頼者を貫通した流れ弾は私にも命中。
しかし、それをいちいち避けていては、本題が一向に進まない。
私は、大家マシンガンの弾が切れるのを待つことにして、しばし地蔵になった。

弾が尽きた頃、私は、自分が専門業者で依頼者とはアカの他人であることを説明。
大家は、私が依頼者の関係者ではなく、このときが初対面であることを知ると、次第にその態度は軟化させた。
そして、それまでの態度を詫びるように、文句を愚痴に変えた。

大家と依頼者は親戚関係。
不動産会社を通さず、また正式な契約書も交わさず、血縁者というところに暗黙の信頼を置き、簡単な口約束だけで家を賃貸借。
家賃も地域の相場より低めに設定。
それでも、依頼者は度々それを滞納。
迷惑はそれだけにとどまらず、本件のようなことをしでかしてしまった。

相手がアカの他人ならもっと毅然と行動し、問題は早期に解決できたかも。
しかし、大家は、相手が身内ということもあって、できるかぎり寛容に接した。
我慢に我慢を重ね、耐えてきた。
しかし、とうとう、我慢の限界を超えたのだった。

「この人のお陰で、性格まで悪くなっちゃいましたよ!」
大家は、そうボヤいた。
ここ数年来、大家は依頼者にずっと腹を立て、苛立ちを抱えたまま過ごしてきたのだから、
自分でも気づかないうちに、関係のない他人に八つ当たりしたり、悪い態度をとってしまうことが多かったのかもしれなかった。
事実、私と最初に顔を合わせたときもそうだったわけだし。
大家が悪い態度をとれば、相手が無愛想になるのは自然なこと。
無愛想な相手に好感は持てず、また、相手も自分に好感を持つはずもない。
その人間関係は悪循環に入っていき、その性格はますます悪くみえてくる。
愚痴る大家を前に、私は、“性格まで悪くされた”という大家の言い分が、まったくの言いがかりとは言いきれないと思った。


後日、相当の時間と相当の手間を要してゴミは撤去された。
しかし、当初の予想通り、家には重汚損と重異臭が残り、とても人が住めるような状態でなくなっていた。
大家は、怒ることに疲れたのか、それとも、怒っても仕方がないことを悟ったのか、以前とはうって変わって穏やかに。
依頼者に対しても、
「あとのことはお金で解決しましょ」
と、淡々とした調子。
大家は、依頼者との血縁にもとづいた心的つながり捨てたのか・・・
家の復旧を諦めて開き直ったのか・・・
時折、浮かべる大家の笑みは、依頼者の目には不気味に映ったかもしれなかったが、私の目には何かを悟ったあとの平安の表情に映ったのだった。



仕事でもプライベートでも、身近なところでも世界的にも、世の中には腹の立つことが少なくない。
仕事上のことだけをとってみても・・・
近隣住民や大家等から私が言われる筋合いではない苦情をぶつけられることもある。
約束の仕事をしたのに金を払わない依頼者もいる。
現地調査に呼んでおいて、何の連絡もなくバックレる人もいる。
この仕事を勝手に“人手不足”“高賃金”と思って、「働いてやる」といわんばかりの態度で応募してくる者もいる。
いちいち思い返すと腹が立ってくる。

一人でイライラし、一人で腹を立てることってよくある。
しかし、腹を立てて損をするのは誰か。
不満を抱いて損をするのは誰か。
それは、結局、自分。
腹を立てたり、不平不満を抱いたりして物事が進捗したり解決したりできる場面にあるなら、それなりに腹を立てて言いたいことをぶちまけてもいいかもしれないが、そうでないときに腹を立てても仕方がない。

腹を立てても仕方がないこと、不満に思っても仕方がないことってたくさんある。
「自分の感情は自分でコントロールできない」というのが私の自論だが、コントロールできなくてもそれを把握することはできる。
把握できれば、そこに、冷静さを取り戻すための思考を加えればいい。
自分が冷静になれる言葉や経験を思い出すといい。
私の場合は、やはり“死”が終局的なキーワードで、そこから派生する人生観が自分を冷静にしてくれることが多い。
このブログで頻繁に書いているとおりである。

元来、気が短い私。
ただ、幸いなことに、歳を重ねるにしたがって少しずつだが気は長くなっていると思う。
もちろん、短気な自分が完全にいなくなることはないけど、できるかぎり、のん気に大らかに生きたいと思っている。
短い人生、気まで短くしたってあまりいいことないと思うから。



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悲愛

2013-11-12 08:05:15 | 特殊清掃
ある日の夕刻、特掃の依頼が入った。
「住人が亡くなって時間が経ってしまった」
「作業を依頼するかどうかわからないけど、とりあえずみてほしい」
とのこと。
現場を見ないと何も始まらないので、事務所にいた私は、デスクワークを中断してデスワークに向かった。

訪問したのは、商業地に建つマンション。
依頼者の男性とは、入口エントランスで待ち合わせた。
男性は、仕事の帰りか、スーツ姿。
片手にはビジネスバッグ、もう片方の手には大きな紙袋を下げていた。

通常なら、依頼者のほうから故人との間柄を教えてくれることが多い。
例えば、「父が亡くなりまして・・・」とか「弟が孤独死しまして・・・」とかいうふうに。
また、それがない場合は、私の方から「お身内の方ですか?」と訊ねる。
そうすると、「息子です」とか「亡くなった者の兄です」等といった返事が返ってくる。
しかし、この男性は、「お身内ですか?」と訊ねても「いえ・・・昔の知り合いで・・・」としか応えず、故人との間柄を具体的に話さなかった。
その様子から、男性は、故人と自分との関係を話したくない・知られたくないのだと察した私は、それ以上余計なことを訊くのをやめた。

玄関ドアの前は、既に異臭がプンプン。
室内が相当のことになっていることは、容易に想像できた。
また、近隣から苦情がくるのは時間の問題と思われた。
管理会社もそれを心配し、一刻も早くなんとかするよう男性にプレッシャーをかけていた。
私は、ポケットに入れていたグローブと脇に挟んでいた愛用のマスクを装着。
ドアを開け、素早く中に入った。
そして、へヴィー級の惨状を前に、特掃魂の階級を上げた。

男性は、片手に下げた紙袋に、レインコート・ゴム手袋・マスク・市販の消臭剤等を用意。
どうも、自分でなんとかしてみようと考えてきたよう。
しかし、故人が倒れていたベッドマットは、腐敗体液をタップリ吸い込んだ状態。
周辺の床にも腐敗体液は滴り、その辺にあるものをかまわず汚染。
男性がそんなものを処理する術を持っているはずはなく、また、そんなところの掃除ができるわけがない。
ライト級の現場ならいざ知らず、へヴィー級の現場は素人の男性の手に負えるはずはなく、私は、
「お金のかかることなんで押し売りするつもりはありませんけど、ご自分でやるのは無理だと思いますよ」
と、正直な考えを伝えた。
と同時に、“俺ならやれる!”と、作業に備えて特掃魂に火をつけた。

結局、男性は私に作業を依頼。
ただ、代金は分割払いにしてほしいとのこと。
目が飛び出るような金額でもないうえ、男性が、人並みに貯えを持っていそうな身なりと物腰だったものだから、私はそれを怪訝に思った。
更に、代金を踏み倒された経験が幾度となくある私は、それを心配。
男性の運転免許証を見せてもらい、契約書の住所・氏名にウソがないか確認。
また、用心のため、自宅の電話番号と勤務先も確認させてもらおうとした。
ところが、男性は、
「携帯番号と住所だけで充分じゃないですか?」
と抵抗。
そして、
「代金をキチンと払うことは約束しますから」
と、私に頭を下げた。
そして、更に、
「自宅に郵便物を送らないでほしい」
「自分への連絡はメールのみとし、平日の夜と土日は連絡しないでほしい」
「現場には、平日の夜しか来れない」
と、ちょっと変わったことも注文。
男性は、家族に知られることを怖れているようで、それを察した私は、気分を害したような顔をしないよう気をつけ、それらを了承した。


故人は、女性。
部屋を見ればすぐわかった。
年齢は、男性と同年代。
遺品を見ればすぐわかった。

男性は、賃貸借契約の保証人。
どういう経緯でそうなったのか知る由もなかったが、契約はもう何年も前のことのようだった。
法定相続人には遠い親戚がいたものの、その親戚は早々と相続放棄。
結局のところ、男性が本件の後始末をする責任を負ったのだった。

身内ではない男性には、警察から正確な死因を知らされておらず。
ただ、男性は口にこそしなかったものの、病死ではなく自殺を疑っているような感じがした。
しかし、私は、内心で自殺ではないと判断。
現場に行けば、自殺かそうでないかが何となくわかるもの。
何の根拠もないけど、私は、故人の死因が自殺ではないと思っている旨と、多くの現場でそれが的中してきた旨を、男性が勘づくようにそれとなく会話の中に織り混ぜた。
更に、それを補強するため、自分がこの仕事をながくやっていることを付け加えると、はじめは嫌悪感が滲んでいた男性の顔にわずかに安堵感が漂った。

私は、男性の注文に従って作業を行った。
私からの連絡は少ないほうがいいと判断し、こちらからの連絡は必要最小限にとどめた。
ただ、逆に、男性は色んなことが気になるようで、頻繁にメールを入れてきた。
結果、メールのやりとりは十数回にも及び、そのうち、男性の気心も知れてきたのだった。

男性は、
「後で捨てることになると思うけど、書類、写真、故人が日常で愛用していた小物類は処分しないでとっておいてほしい」
と要望。
男性が、故人の近年の暮らしぶりを知りたがっていることを感じた私は、できるかぎり細かく家財をチェックした。

残されたのは・・・
貴重品類、アクセサリー、バッグ、メガネ、化粧品、
源氏名の入った名刺、
記入済みの履歴書、
破産に関する法的書類、
生活保護の手続書類、
何種類もの薬、
等々・・・
それらは、ここ数年、故人が楽な人生を歩いてきたわけじゃないことを想像させた。

遺品の中には、何枚もの写真やアルバムもあった。
私は、何枚かの写真の中に男性を発見。
他人のプライベートを覗くつもりはなかったのだが、見知った顔に焦点が合ってしまった。
何年か前の二人は、どうみても“いい仲”にしかみえず・・・
不倫関係にあったのかどうかまではわからないけど、そこからは、その昔、二人が深い関係にあったことがうかがい知れた。
そして、それは、私の心持ちを複雑に絡ませた。


特殊清掃、汚物処理、遺品の選別、家財生活用品の処分、消臭消毒・・・
一連の作業が終わるのに一ヵ月余の時間を要した。
最後の作業は、遺品の確認と部屋の引渡し。
男性の意向を優先して、やはり、その日時は平日の夜に設定された。

男性と顔を合わせるのは、最初と最後の二回だけとなった。
その日も仕事帰りだったのだろう、男性はスーツ姿で現れた。
そして、私を見つけるなりそばに寄ってきて、
「お世話になりました」
と、深々と頭を下げてくれた。
恐縮した私は、
「これから部屋と遺品を確認していただかないといけませんから」
と、礼を言うのはまだ早いことを伝えた。

部屋に入り、私は、とっておいた遺品をクローゼットから出し、男性に差し出した。
そして、必要なものは持って帰ってもらい、いらないものは処分するのでゴミ袋に入れるよう話した。
すると、男性は、遺品を一つ一つ手に取って、しみじみと眺めはじめた。
私には、見ないほうがいいようなものが大半のように思われたが、当然、そこに口を挟む権利はなく、選別する男性の横でゴミ袋の口を広げて黙っているほかなかった。
私が案じたとおり、遺品をみるにつれ、男性の肩が落ちていくように感じられた。
それでも、男性は、一つ一つをキチンと確認し、労わるようにゆっくりとゴミ袋に入れていった。

結局、ほとんどの遺品がゴミとなった。
ただ、
「これだけもらって行こうかな・・・」
と、男性は、何枚かの写真を手に取った。
そして、それをバッグにしまい真剣な表情で一点を見つめた・・・・・
・・・・・しかし、少しして、
「やっぱり、やめよ・・・」
と、男性は、おもむろにバッグに入れた写真を取り出した。
そして、目に焼き付けようとするかのように見つめてのち、何かと決別するように、それをゴミ袋に落とした。

男性は、ひとつの過去を断ち捨て、ひとつの思い出を胸に刻んだのか・・・
悲哀に満ちたその横顔に、私は、人が人であるがゆえに抱いてしまう、いかんともしがたい悲愛をみたのであった。



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2013-11-07 07:57:11 | 特殊清掃
秋も深まり、もう紅の季節。
私は、秋が好きである。
過酷な夏が過ぎ、一息つける季節だから。
ホント、身体に優しい季節だから。

また、ネクラな性格を反映してか、一日のうちでは夕方が好きである。
紅の夕陽をみると、ホッとするものがある。
だから、秋の夕暮れは格別の趣を感じる。
春夏秋冬、自分の死季も秋がいいと思っている。
秋涼の夕刻にでも、色んな思い出に微笑みながら、穏やかな気分で眠って逝きたいと思っている。

ただ、難点がひとつ。
毎年のことで、もう何度も書いていることだが、冬に向かって気分はどんどん欝っぽくなっているのだ。
一日のうちでは、朝が一番ヒドい。
寒い朝でも脂汗がでるような始末で、時には、軽い“ひきつけ”っぽいものを症してパニックに陥ることもある。
性格の問題か、脳の問題か、はたまた心の問題か、まったく厄介なものを抱えてしまっている私の気分は、サンライズに落ち込み、サンセットに落ち着くのだ。



「血の海になってまして・・・」
そこは自殺現場となったアパート。
玄関前に来て依頼者の男性は、嫌悪感を露にそう言った。

「とりあえず見てきますね」
礼儀に合う感情がわからなかった私は、事務的にそう返答。
鍵を開けるところまでは男性にやってもらい、ドアの隙間から身体を滑りこませた。

「うあ・・・」
間取りは2DK。
玄関を入ると奥に向かって廊下があり、おびただしい量の血がそこから奥に向かって伸びていた。

「この部屋か・・・」
故人が倒れていたのは、奥の寝室。
“血の海”と表するにはいささか大袈裟な感もあったが、その半分は布団、残りの半分は床に広がっていた。

「このニオイか・・・」
部屋に充満しているのは、血生臭いニオイ。
死亡後、短い時間で発見されたことがうかがえた。

「ヒドイな・・・」
自傷した故人は、血を滴らせながら部屋中を歩き回ったよう。
天井にこそ付着してはいなかったが、倒れていた付近を主に、血痕はそこいらじゅうの壁や床に残っていた。

「はぁ・・・」
作業を依頼されれば意欲的に取り組まなければならない。
しかし、目の前の光景はあまり遭遇したことがないくらい凄惨なもので、私の士気は早々と萎えていった。


故人を発見したのは、父親である男性。
ある日のこと、故人の勤務先から“出社してこない”“携帯電話にもでない”ということで、身元保証人である男性に連絡が入った。
男性は、故人宅から離れたところに暮し、仕事も持っていた。
“風邪でもひいて寝込んでいる”くらいにしか考えず、すぐに駆けつけることはせず。
その日の翌日、再び勤務先から連絡が入り、そこでやっと故人の部屋を訪問したのだった。

男性がそこで目にしたのは、血の海となった部屋と血まみれで倒れている息子・・・
あまりのショックに気が動転。
どうして救急車が息子を運んでいかないのか、どうして呼んでもいない警察を来たのか、頭がグルグル回って気をおかしくなりそうになった。

故人は高校を卒業して、ある企業に就職。
それは大手企業のグループ会社。
現場部門の一作業員で管理職になれるコースにはいなかったが、仕事は安定していた。
また、高い学歴をもつ後輩に追い越されることもあったが、自分と同じ境遇の同僚はたくさんおり、それが大きなストレスになることはなかった。

そんな故人が、あるときから「仕事を辞めたい」と言うように。
男性は、長く勤めた仕事を辞めること、この不景気で同レベルの仕事に就くことは簡単ではないこと等、ともなうリスクを故人に説明。
“どんな仕事でも、いいときもあれば悪いときもある”と、我慢して続けるよう話してきかせた。

従事する仕事がキツかったのか、給料に不満あったのか、その他の待遇に問題があったのか、理不尽な降格にあったのか、それとも職場の人間関係に問題があったのか・・・
故人は、具体的に辞めたい理由を話さなかった。
そのことを“自分が聞く耳を持たなかったせい”と、男性は自分を責めた。

「本人の希望通り、仕事を辞めさせてやればよかったのかもしれません」
男性は、悔やむように嘆いた。
が、私は、“辞めないほうがいい”“頑張って続けろ”と説得した男性の判断は間違っていたとは思わなかった。
私が男性の立場でも同じことを言ったはずだし、職を失うこと・職を得られない現実は、人を苦しめ、ときには人を死に追いやることがあることを知っているから。

死因の主たる原因が仕事だったとはかぎらない。
他のことが原因で仕事への意欲が著しく低下したことも考えられる。
また、仕事を辞めたからといって故人が死なずに済んだとも限らない。
他のことが原因で、結局、同じ結末を迎えることになったかもしれない。
真相は誰にもわからない。
本人でさえ、わけがわかっていなかったかもしれない。
どちらにしろ、本人はいなくなり、男性の心と部屋に深い爪痕だけが残ったのだった。


作業終了までどれくらいの時間がかかるかわからないため、あとのことは電話でやりとりすることに。
「よろしくお願いします」
と男性は私に頭を下げ、私に鍵を預けて帰っていった。

血痕清掃は何度となくやっている。
目も鼻も手も慣れている。
悪い意味で精神も慣れている。
薄い血痕は洗剤で容易に落とせる。
しかし、厚みのある血痕は固く凝固しており、根気強くやっていかないと落とすことができない。
しかも、汚染は広範囲で各所に点在。
手っとり早くやる方法はなく、ひとつひとつ、コツコツと粘り強くやるしかない。
そうすると、おのずと孤独かつ寡黙な時間が長くなる。
そんな時間が長くなれば、それだけ、頭に浮かぶこと・頭を過ぎることが多くなる。
そして、余計な雑念を篩(ふるい)にかけられる。
雑念が消えれば、自分の中の波風がおさまる。
冷静になった自分は、自分が置かれた状況を自分にプラスに適用させようとする。
結果、それが生きる力に働き、具現化し、生きるための努力と忍耐力となる。

作業が終わったのは夕刻。
自然とモノ思いにふけらせ、感傷にひたらせる時間帯。
紅に染まった部屋は、何かを訴えていたのか・・・
紅に染まった手は、何を受け止めるべきだったのか・・・
紅に染まった夕焼けはどんどん闇に消えていき、私に人生の終わりを連想させながら溜息とも安堵ともとれる一息をつかせたのだった。


これまで、何人もの死人の血で手を汚してきた私。
これから先、私はどれだけの死人の血で手を汚すかわからない。
その昔、この仕事に就く前、自分の血で手を汚したことがある私。
これから先、自分の血で手を汚すようなことはしたくない私は、心に闇を抱えながらも、自分と誰かに「生きろ!」と叫び続けているのである。



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奇なり

2013-11-01 08:33:58 | 特殊清掃
今日から11月。
秋涼というより秋寒の季節。
台風の連打に国土は疲れ気味。
忘れられつつある大地震だって、いつまた起こるかわからない。
奇妙な自然現象は、人間の無力さを露にする。

世の中に奇なることが起こるのは常。
珍事や奇跡めいた出来事は、いつの世にも絶えない。
奇なる仕事をしている私の目の前は、奇なることばかり。
一般の目には、衝撃的なものだろう。

「大変な仕事ですね」
と、他人によく言われる。
「どんなに金をもらっても、それだけは絶対にできない!」
と、友人に言われたこともある。
それでも、私としては、
「いい仕事ですね」
と言われるよりはマシかも。
何をもって“いい仕事”と言えるのか・・・・・
お金をもらって誰かの役に立つことをしたり、誰かを助けたり、誰かに喜びや満足感を与えたりするのなんて当り前のこと。
仕事とは、本来そういうもの。そんな仕事、他にもたくさんある。
私がやっていることは、ボランティアでやるにはいいかもしれないけど、仕事としてやるには決して“いいもの”ではない。
事実、私自身も、“いい仕事”だなんて全然思っていない。
“特別視≒特蔑視”と思ってしまうことがあり、ヘソ曲がりな私は「いい仕事」と言われると、バカにされているような気がしてしまうのだ。

ま、そんな仕事でも、大事な生活の糧。
決して、やりたくてやっているわけじゃないけど、その時の状況や諸事情があって私はこの仕事に会い(遭い?)、時々の状況や色々な事情があって、未だに続けているわけである。
“生活の糧”という部分では、感謝と喜びをもって取り組まなければならない。


奇なる経験といえば・・・・・
遺体処置の業務で、老夫婦が立て続けに亡くなり、数日の間をあけて同じ家に行ったこともある。
中年の夫婦が心中し、一軒の家で二人の遺体を同時に処置したこともある。
自殺腐乱現場に行ってみたら、故人が知人だったこともある。
床下に二匹の無毛の猫が折り重なって死んでおり、何日も経っていたのに腐っていなかったこともある。
また、同じ東京都内であったが、某市の腐乱死体現場で関わった依頼者女性と、数ヵ月後、まったく離れた某区の路上でバッタリ会ったこともある。
女性も私と会って驚いた様子。
そして、“コイツが現れるところに死人あり”と思ってかどうか、
「貴方がここにいるっていうことは、この近くでまた?」
と、悪戯をする子供のような笑顔でそう訊いてきた。
「えぇ・・・まぁ・・・」
事実そうだから、私はそう応えるしかなく・・・
別に悪いことをしているわけでもないのに、何となく気マズい思いをしたのと同時に
「俺って、死神みたいだな・・・」
と、内心で苦笑いしたのだった。



特掃の依頼が入った。
依頼者は、マンションの大家。
大家によると、以前にも当社に特掃を依頼したことがあるとのこと。
会社が過去の業務歴を調べたところ、前回の作業担当は私。
特に指名があったわけではなかったが、“関わったことがある人間のほうがいいだろう”という判断から、本件も私が担当することに。
私は、会社から指示された日時に指示された場所へ出向いた。

現場マンションの近くに行くと、過去の記憶がすぐに甦ってきた。
そして、マンションの前に着くと、以前の現場がハッキリと思い出された。
大家とは、建物の前で待ち合わせ。
会いたくない相手(私)と再び会うことになってしまった奇なる境遇が、大家の顔に苦笑いを浮かべさせていた。

「どうも、お久しぶりです」
「いや~・・・まいりましたよ・・・またこんなことが起こるなんて・・・」
「災難ですね・・・」
「それがね!前と同じ部屋なんです・・・」
「え!?同じ部屋なんですか!?」
「えぇ・・・そうなんですよぉ・・・」
「えー!同じ部屋とは・・・」
「よりによって・・・困ったもんです・・・」

現場の部屋が前回と同じ部屋ときいて、さすがの私も驚いた。
そして、大家が、二度と会うことがないほうがいい私と会うことになってしまったことと、また、その原因が同じ部屋で起こった災難を気に毒に思いつつ、現場の部屋の鍵を受け取った。

部屋には、そこそこの腐乱臭が充満。
汚染はミドル級。
それよりも、私は、本当にそこが以前に私が携わった部屋かどうかが気になった。
ただ、1Kの間取りはどこにでもあるようなタイプ。
この部屋に限った特徴はなし。
本当にそこが前回と同じ部屋であるかどうか、部屋を見たたけでは判断できず。
私には、そこが同じ部屋であってもなくても関係のないことだったのだが、野次馬的好奇心が抑えられず、部屋の中から会社に電話。
そして、同じ部屋であることを確認したのだった。

その後、この部屋の特殊清掃と消臭消毒は私が担当して施工することに。
ベッドの上の汚腐団をウジごと梱包搬出、床に垂れた腐敗液を拭き掃除。
その上で、本格的な消臭消毒作業に入っていった。
通常、消臭は日数をかけて複数回の作業を重ねながら行うもの。
したがって、私は、このマンションに何度も足を運んだ。
そして、その都度、「二度とこんな経験することないだろうなぁ・・・」としみじみ思ったのだった。


消臭の依頼が入った。
依頼者は、アパートの大家。
二階の一室で住人が亡くなり腐乱。
家財生活用品は遺族が片付け、部屋は空になっている。
ただ、遺体汚染と異臭がそのままになっているから何とかしてほしいという依頼だった。

私は、前もって大家に伝えておいた日時に現場に出向いた。
現場のアパートは古い木造、建て替えてもいいくらいの様相を呈していた。
「鍵は開けてあるから勝手に入っていい」とのことだったので、私は躊躇いなく玄関ドアを引いた。
間取りは1DK。
玄関を入ってすぐの台所の床には隙間なく新聞紙が敷き詰められており、遺体汚染がその下にあることは一目瞭然。
私は、糊で貼り付けたようになった新聞紙の片隅をペリペリとめくりとった。
すると、下からは半乾き状態の腐敗液が顔をのぞかせた。

観察を終えた私は玄関をでて、共用通路へ。
外の新鮮な空気で鼻と肺を洗ってから、ポケットの携帯電話を取り出した。
そして、依頼者の大家へ電話をかけ、部屋の現況と必要な作業内容を説明し、一通りの話を終えた。

「もう一つみてもらいたい部屋があるんですけど・・・」
「え?もうひとつですか?」
「そうなんです・・・」
「大家さんも大変ですね・・・じゃ、そこの住所を教えて下さい」
「それが・・・今いらっしゃるそのアパートなんです」
「え!?ここですか!?」
「えぇ・・・」
「え!?ここのどこですか!?」
「今みていただいた部屋の左隣の部屋です・・・」
「隣!?ですか!?」
「そこでも一人亡くなってまして・・・鍵はかけてないので、ちょっとそこも見てもらえませんか?」
「はぁ・・・じゃ、とりあえず、みてきます・・・」

「ってことは・・・隣同士でほぼ同時に亡くなって、同時に腐乱していたってことか?」
百戦錬磨(?)の私は怖れる必要は何もなかったのだが、恐る恐る玄関ドアを開けた。
すると、少し前に嗅いだばかりの臭いと同種の異臭が鼻を突いてきた。
が、それでも、私は目の前の現実がいまいち飲み込めず。
普段ならさっさと室内に入り現場観察するのだが、このときは狐につままれたような感じがして、とりあえず、会社に報告の電話を入れた。
そして、会社の人間と話すことで落ち着きを取り戻した私は、部屋に入り、人型の一部を残した畳を目にしたのだった。

その後、この二部屋の特殊清掃と消臭消毒は私が担当して施工することに。
前の一部屋は台所床のCF(クッションフロア)を剥離撤去、後の一部屋は汚染畳を撤去処分。
その上で、本格的な消臭消毒作業に入っていった。
前記の通り、消臭は日数をかけて複数回の作業を重ねながら行うもの。
したがって、私は、このアパートにも何度も足を運んだ。
そして、その都度、「二度とこんな経験することないだろうなぁ・・・」としみじみ思ったのだった。



世の中に奇なることが起こるのは常。
一人の人間が生まれて、それが私になったこと。
私になる前から私が私であったこと。
それが今、こうして2013年の世に生きていること。
これもまた奇なることのように思える。

往々にして、一般の理解はこう。
「生は奇ならず、死は奇なり」
しかし、実は違う。
「生は奇なり、死は奇ならず」
人はいつ死んでもおかしくなく、実際、老若男女を問わず、多くの人が多くの事情で亡くなっている。
それだけ、生は脆く儚いものなのである。
それだけ、死は固く明確なものなのである。

自分が自分として生まれてきたこと、生きること、生きていることは奇なり。
二度とない人生に立ち、この奇なる出来事をどう楽しもうか、どう楽しんだらいいか、暗中模索と試行錯誤は続いているのである。



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