特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

非難民

2021-05-12 08:15:57 | 猫屋敷
かつてなかったほどの最悪の事態になっているコロナ第四波。
うろたえる国・自治体、疲弊する医療体制、苦境にあえぐ民、他人事の民・・・混迷を極めている。
ただ、この災難は、「歴史」であり「摂理」である。
いつかは過去のものとなり、何かしらの意味を残すはず。
とはいえ、その真っ只中にいるうちは、そんな捉え方をする余裕はない。
苦境にある人は 日々をただ耐え、平和にある人は 日々を少しでも楽しもうとする。

人々の自制心はどこへ行ってしまったのか・・・
あれほど自粛が呼びかけられていたのに、先般のGWで見かけた光景は、自宅に避難するどころか、“コロナ前”を彷彿とさせるようなものが多かった。
各高速道路AMの下り、PMの上りは、軒並み大渋滞。
レジャー施設は、臨時駐車場が用意されるほど車が集まり、人気の飲食店の前には、客が列をつくっていた。
身近なところの大型ショッピング施設や商店街、公園や河川敷にも多くの人が繰り出していた。
ほとんどの人が、色々な言い訳を用意して「このくらいなら大丈夫だろう」と出かけているのだろうが、人と人との距離が近いのは明らか。
感染力は強いといわれる変異ウイルスも“我関せず”で、結構な密状態。
崩壊しつつある医療体制も、人が死んでいることも、どこか別世界の出来事のように捉えているように見える。
これじゃ、感染者が減るわけもなく、緊急事態宣言を解除しようもない。
そういった光景を眺める私も、もはや、以前ほどの憤りは覚えず、ただただ、諦めの気持ちで溜息をつくばかり。
「感染するのが先か、ワクチン接種が先か」といった瀬戸際に追いやられるのも、そう遠いことではないような気がする。

もともと、私の生活スタイルは地味なもので、自粛じみたもの。
だから、自粛疲れも自粛ストレスはほとんどないつもりでいるけど、はじけたくなるような、何ともいえない“ムシャクシャ感”に苛まれることはある。
何か、楽しいことをしたくなったり、この日常から離れて、遠くに出かけたくなったりする。
だから、宣言下でも出かけてしまう人達の気持ちもわからなくはない。
しかし、不要不急の外出は控えるのが昨今のマナー、社会の一人としての義務であり責任である。
で、結局、仕事以外で出かけるのは、地元のスーパーくらいにとどめている。

ただ、このストレスは、誰もが秘める“人間悪”として、思わぬかたちで、いらぬ方向に噴出することがある。
誰かを非難することも、その一例。
不要不急の外出をする人、営業自粛要請に従わない飲食店、路上飲みをする人、現実に目を向けずオリンピックをやろうとしている人、迷走する政治家etc・・・
そして、非難・偏見・差別・争い・暴力etc・・・そこから、色んな罪悪も生まれている。
自身を省みると、私も、常に、誰かを責め、誰かを悪者に仕立て上げようとしている。

かつて、コロナ禍は非日常だった。
しかし、現在、コロナ禍は日常になっている。
悪いのは誰でもなくコロナウイルスなわけで、ここまできたら、私のような一個人が、チマチマと誰かを責めたって、何の解決にもならない。
社会の秩序を乱す者やルールを守らない者は、正当な権限を有する者が取り締まればいい。
そして、「言論の自由」は、もっと正々堂々と行使すればいい。
もう、この不自由な世界を、現実として受け入れるしかない。
そして、この“日常”の上に、ありきたりの毎日を、平々凡々とした毎日を・・・平和な毎日をつくっていくしかない。
だから、私は、非難ばかりするのではなく、不安ばかり呷るのではなく、もっと建設的なスタンスをとるべきではないかと思い始めた。
それが、社会のためであり、ひいては、自分のためでもあると思うから。



訪れた現場は、住宅地に建つ木造二階一戸建。
案件は、いわゆる猫屋敷。
異臭は屋外にも漏洩。
それだけではなく、玄関ドアは、不自然に錆びついている状態で、家の中に入らずとも、ヤバい状態になっていることが十二分に伝わってきた。
案の定、室内の汚染は重症。
部屋の床、廊下、階段は猫の糞は散らばり、隅の方にはブ厚く堆積している部分も。
もう、家自体が猫トイレのような状態。
更に、異臭は強烈。
ネコ糞尿特有の刺激臭が高濃度に充満しており、単にクサいというレベルを超えて目に滲みるくらい。
とにかく、不衛生極まりない・・・異臭に関しては身の危険を感じるくらいの状況だった。

常識的に考えると、とても人間が生活できるとは思えない状態。
並みの人間なら数時間もいられない。
間違いなく身体を壊す。
しかし、人間の順応性というものはスゴい!
徐々に特有の耐性ができてくるのか、そんな状況にもかかわらず、依頼者は至極平然。
フツーに呼吸しているし、足や身体に糞がつくのも気にならない様子。
感心している場合ではなかったのだけど、私は、その不可解なたくましさに、「スゴイなぁ・・・」と、感心するばかりだった。

目はショボショボするし、とにかくフツーに呼吸することが困難。
少々の腐乱死体現場ならガスマスクは着けない私だけど、身体を壊したら元も子もない。依頼者に遠慮せず、専用マスクを着用することに。
しかし、愛用のマスクは、一流メーカーの国産品なのに、その刺激臭は、高性能フィルターでも完全には濾過しきれず。
かなり低減はしたものの、その刺激は、容赦なく、鼻から気管を経て肺へ入り込んできた。

悪臭は悪臭でも、健康を害するものとそうでないものがある。
本件は、明らかに前者。
私は、タバコを吸わないものだから、空気の一般的な汚れは別として、異物を肺に入れる習慣がない。耐性もない。
だからか、「身体によくないものを吸い込んでいる」という嫌悪感が強く、実際にも、強いミントガムを噛んだときのようなスースーする感覚を気管に感じた。

そんな状況に長く居続けるのは困難。
ただでさえ、専用マスクは呼吸がしづらい。
たいした動きをしなくても、息が上がる。
まさに、高地トレーニング状態(やったことないけど)。
メンタルの弱さも影響してか、少し呼吸しただけで息苦しくなり、外の空気を吸いたくなった。
しかし、近隣への影響を考えると、窓を解放するわけにもいかず。
また、その度に、いちいち外に出ていては仕事にならない。
私は、息つぎに水面に上がってくる亀のように、その都度、窓を開け、顔だけ外に出しては、貪るように空気を吸い、肺の換気を行った。

糞を除去したからといっても、それは悪臭を抑える決定打にはならず。
なにせ、長年の悪臭は、家屋自体に染みついている。
その上、内装建材や建具は、糞尿によってヒドく腐食。
つまり、家屋自体が糞同然の状態。
だから、糞尿本体を始末したくらいでは、原状回復は不可能。
効果としては、室内が、ほんのわずか衛生的になり、異臭を低減できるくらいのこと。
最大の目的は、近隣苦情を抑えることだから、まずは、そこを目指して作業を始めた。

当然、作業も、楽には進まなかった。
腐乱死体現場やゴミ部屋にはない労苦があった。
それは、まるで土木作業。
スコップで土を掘るように、山積になった糞を崩していった。
しかも、身体に悪い刺激臭を吸いながら、舞い上がる糞粉にまみれながらでは、自慢の?特掃魂も長続きせず。
いつもならサクサク片づけていくところ、「刺激臭」という見えない敵に苦戦し、作業は遅々として進まず。
それだけでなく、作業半ばで体調を崩しかけるような始末だった。


依頼者が、糞尿掃除に動くことになったキッカケは、近隣からの苦情。
そこは都会の住宅街で、家屋が密集している地域。
依頼者宅から発せられる異臭は屋外にも漏洩し、周辺の住宅にも侵入。
風向きによっては、少し離れた家にも到達。
天気がよくても窓を開けることもできず、ベランダに洗濯物を干すことも躊躇われるような状況。
あまりにクサイものだから、「悪いウイルスや有害物質が混入しているかも」といった憶測まで呼んだ。
しかも、こういう類の話は、人を介せば介すほど、人が集まれば集まるほど大きくなる。
結果、周辺住民から苦情が殺到することとなった。
一方の依頼者は依頼者で、「いちいちうるさい!」「ここは自分の家!」「どう生活しようが自分の勝手!」「干渉される筋合いはない!」と聞く耳をもたず。
結局、町会や行政を巻き込んでの揉め事に発展し、依頼者は重い腰を上げざるを得なくなったのだった。

そんな状況では、当然、依頼者は町内でも孤立。
“変人扱い”・・・もっと言えば“犯罪者扱い”。
近所に親しく付き合っている人がないことは、よそ者の私にもすぐわかった。
「火のないところに煙は立たず」というように、依頼者がつけた“火”は間違いなくあるわけで、こういうのを「偏見」「差別」というのかどうか、私にもわからなかったけど、とにかく、依頼者は、近隣から村八分にされていたことは明白。
事実、私が、外にでて休憩をとっていると、近所の人達が一人二人と集まってきた。
まるで、ウンコにたかるハエのように。
そして、仕事とはいえ痛い目に遭っている私も味方だと思ったのか、被害者ヅラで話しかけてきたかと思うと、依頼者の人柄や家の中の様子を探るように下世話な話をズラズラとしはじめた。

身勝手な生活スタイルで、近隣に迷惑をかけていた依頼者は悪い。
のけ者にされるにも、それなりの理由があったと思う。
しかし、“無勢に多勢”で寄ってたかって悪口雑言を吐くのもいかがなものか。
そこにいたのは、もはや、悪臭の被害者ではなく、ただの野次馬。
言いたいことはわかるけど、それは、決して耳触りのいいものではなく、“どっちもどっちだな”と思わせるものだった。


そもそも、人間という生き物は、自分より弱い者を探す(つくる)のが好き。
そして、それをいじめることが好きな動物。
自分が卑怯者になっていることにも気づかず、まるで、“我こそ正義”のごとく。
また、食い物を口に入れるだけでなく、自慢話と悪口を口から吐くことも大好きな動物。
聞く人の耳を汚すだけでなく、自分の口が汚れることにも気づかず。

例えば、有名人のスキャンダルに惹かれるのも、ある種の人間悪。
アカの他人の不倫や浮気なんか、どうでもいい話。
しかし、TVワイドショーは、政治経済や社会情勢のニュースはそっちのけで、重大ニュースのごとく大々的かつ詳細に報道する。
しかも、多くの時間を費やし、同じ内容を何度も何度も繰り返し。
そして、何故か、まったく害を被っていない人間達が、寄ってたかって当人を吊し上げる。
画面の向こう側にいる不特定多数に謝罪させられている姿を見かけることもあるが、それが「有名人の宿命」だとしても、当人からしたら、こんな理不尽な話はないだろう。

私を含め、多くの人は、自分を“常識人”だと思っている。
で、それに合わない人や意に沿わない人を「非常識!」と非難する。
SNS内で頻発している匿名での誹謗中傷が典型的だけど、自分は安全なところに避難したうえで特定の誰かを非難する。
曲げて解釈した「言論の自由」の傘に隠れ、表に顔を出さないままで。
残念で情けないことではあるが、この私も その類の人間の一人かもしれない。
SNSは一切やらないし、匿名での投稿もしない私だけど、本質的には“同じ穴のムジナ”かもしれない。

多分、気のせいではないだろう・・・
コロナ禍になって、誰かが誰かを非難する声を多く耳にするようになったような気がする。
そして、自分が誰かを非難する気持ちも大きくなったような気がする。
ただ、それでいいのかどうか考えなおすとき、明るい未来の扉が開くような気がするのである。


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手遅れ

2021-05-06 09:05:52 | 吐血死現場
多くの人が自粛し、また、多くの人が自粛しなかったGWも終わった。
桜花の3月21日で緊急事態宣言(首都圏)が明け、少しは落ち着きを取り戻すかに見えたところ、期待されていた(誰も期待してなかった?)「まん延防止等重点措置」も、ほとんど意味をなさず、早々と第四波に襲われている。
で、再びの緊急事態宣言(東京)。
しかしながら、その緊張感はほとんど感じず。
人出は大きく減っていない模様で、街には人があふれ、通勤電車も満員。
一回目の宣言時とは、明らかに雰囲気が違う。
予定通り5月11日に宣言が解除された場合、第五波・第六波が次々にやってきて、緊急事態宣言も四回目・五回目と続くことが想定されているらしい。
残り、たったの数日で著しく減少していくとは思えず、どうしたって宣言は延長されるのだろう。

“期待の星”ワクチン接種も かなりのスローペースで、目に見えた効果がでるのは、どうも来年以降のよう。
しかも、追い討ちをかけるように、変異ウイルスが頭角を現してきている。
クルーズ船のニュースを傍観していた頃のことを思うと、まさに、悪夢が現実になってしまっている。
2021年も、三分の一が過ぎたわけで、残念ながら、年内で収束する見込みはなく、今年もまたコロナ対策に明け暮れる年となるのだろう。

それでも、まだ、オリンピックは開催するつもりらしい。
昨年の今頃より、今年の方が悲惨な状態なのに、それでも中止を決断しないなんて理屈に合わない。
また、臭いモノにフタをしているのか、“さわらぬ神に祟りなし”と思っているのか、どのメディアにおいても、「オリンピック中止」を主張するメディアもない。
某TV局は、風前の灯になっている聖火リレーが盛り上がっている体をつくろうとしてか、しきりに肯定的なニュースを流している。
関係者は楽しそうだけど、無理矢理感は否めず、コロナ禍で苦しめられている“外野”との温度差も著しい。
「もはや茶番だな・・・」と、私も、冷めた目でしか見れなくなっている。

国や自治体のリーダー達だって、ただの人間。
今まで経験したことがないことに戸惑うのは仕方がない。
だから、“奔走”が“迷走”に見えてしまうのもやむを得ない。
ただ、それがわかっていても、やはり、手遅れ感は拭えない。
無責任に批判する野党議員や評論家のようにはなりたくないけど、批判する気持ちがどうしても湧いてくる。

コロナのニュースが流れない日はないが、併せて、生活困窮者を取り上げたニュースも時々流れる。
職を失って路上生活に陥る人が増えているそう。
これまでは、ホームレスの多くは中高年男性だったところ、このところは、若者や女性が激増しているらしい。
本当に気の毒なことである。
一方で、冷たい言い方かもしれないけど、「失業→路上生活」という安直な構図には、やや疑問がある。
「職を失ったからといって、そんなにあっさりと路上生活に転落するものか?」と。
もちろん、メディアは視聴者の目を引きやすい顕著な例(人物)を探して取材するのだろうけど、それにしても、易々と落ちすぎるような気がする。
また、「選ばなければ仕事はあるんじゃないの?」「好き嫌い言ってるから仕事にありつけないんじゃないの?」とも思ってしまう。

常々、税金や社会保険料をキチンと納めていれば、それなりに身は守れるはず。
雇用保険や各種助成金制度を利用すれば、数か月~一年くらいはもちそうなもの。
しかし、それが叶わないということは、つまり、「平時から、きわどい生活を続けていた」、つまり、「社会的責任をキチンと果たしてきていなかったのでは?」ということになる。
よく、「非正規だから」「派遣だから」と、人々の同情を買おうとするような口調を耳にするけど、そうなるにはそれなりの原因があったはず。
もちろん、非正規になりたくてなったわけではないだろう。
自分の力ではどうすることもできない不可能力的な事情があったかもしれない。
しかし、しかしだ、そこに、努力や忍耐が足りなくはなかったか?
社会に対する責任を果たし、社会に貢献してきたか?
それをなくして、社会が守ってくれないことを批難するのはスジ筋違い。
極論すれば「自業自得」。
「非正規だから」「派遣だから」という声も、ただただ、独りよがりの言い訳にしか聞こえない。

随分前に、某有名企業の敏腕経営者が、
「派遣労働者や非正規雇用の労働者は被害者意識が強すぎる!」
「税金や社会保険料をキチンと納めないでおいて、どういうつもりか!」
と叱責するような意見を言っていたことがあった。
この意見に批判が多かったかどうか定かではないけど、私個人は、大いに賛同した。
自分の無能さ、根性のなさを棚に上げて、何でもかんでも社会や他人のせいばかりにする。
若い頃(特に高校生の頃)の私が、まさにそんな人間だったのだが、そんな考えの人間に未来が開けるわけがない。
そして、そういったモノの考え方をしているうちは、いつまでたっても這い上がれないだろう。

私は、「非正規」ではないけど、吹けば飛ぶような零細企業の珍業で、なかなかの労苦の下で生きている。
ただ、この苦境を社会や他人のせいにしたことはない。
そんな考えも、まったくない。
ヘソの曲がった言い訳ばかりして、イヤなことから逃げてばかり、たいした能力もなく、ろくに努力もせず、ちょっとしたことにも忍耐もできず、自分に負荷がかかることに挑戦する勇気もなかった結果がこれ。
親のせいでも、境遇のせいでも、社会のせいでもない。
自分で撒いた種を自分で刈り取っているだけ、100%自分の責任!
「諦め」という名の「達観」か、「達観」という名の「諦め」か、
「後悔」という名の「納得」か、「納得」という名の「後悔」か、
私は、自分でそう思っている。



出向いた現場は、高級マンションの一室。
1Fロビーのカウンターにはコンセルジュがおり、まるでホテルのよう。
当然、セキィリティーシステムも万全。
ただ、私の身の丈に合わないのだろう、そういった場所はどうも落ち着かず。
正規に鍵を預かっていた私は、そのままカウンターを素通りすることはできたけど、作業服姿の風貌は明らかに部外者で、キョロキョロとした挙動は明らかに不審。
だから、私は、あえて受付カウンターに寄り、訪問者リストに、訪問先の部屋番号と、社名・氏名・連絡先を記入。
すると、そこで起こったことを知っていたようで、部屋番号を見た女性コンセルジュは、「こんにちは」と言いながら、きれいに整った顔をやや引きつらせた。

目的の部屋は、眺望のいい上の階。
そこで、住人が吐血死。
「部屋中、血だらけになっている!」
ここに来る前、電話で話した管理会社の担当者は、画像でしか見たことがないような凄惨な光景を目の当たりにしてか、かなり興奮していた。
確かに、血だらけの現場には、独特の寒々しさ・痛々しさがある。
その“赤いインパクト”は、視覚や臭覚だけでなく、精神面にも衝撃を与える。
ただ、自刃自殺現場や刺殺現場など、凄惨な現場を何度も経験していた私は、“そこまでのことじゃないだろう・・・”と、わりと軽く考えながら部屋の鍵を開けた。

部屋に入ると、そこには、一般社会ではなかなか目にすることがない、凄惨な光景が広がっていた。
床や壁のあちこちには血痕が付着し、手や足のかたちを残す痕も残留。
水廻りを中心に深刻な汚染が発生していたけど、ただ、大騒ぎするほどの状況でもなく、ありがちな、血生臭いニオイもほとんどなし。
腐乱死体現場とは違い、ウジやハエの発生もなし。
ひたすら、光景が生々しいだけ。
私は、それで気持ちを凹ませるほど優しい人間ではないし、気持ちを凹ませずにいられるほど強靭な人間でもない。
とにかく、好き嫌い言わず、お金がもらえる仕事をがんばるしかなく、気合の溜息をついた。

血痕清掃は、そんなに難しいものではない。
簡単に言えば、固形物を削り取り、拭き取るだけのこと。
対象が“人間の血”で、“本人死亡”ということと、“自分の手も血だらけになる”ということ以外、特別なことはない。
ただ、とにかく、手間がかかるし根気がいる。
小さなことをコツコツと積み上げていくことが苦手な私には、一種の修行みたいな作業。
あと、汚染が生々しい分、“死”というものが、結構、重く圧しかかったりする。
故人の“生”がリアルに感じられて、色々と考えさせられるから、別に それがイヤなわけではないけど、何とも言えない重苦しさは感じる。
ただ、一つの命が不慮の死に遭遇したわけで、私にもその可能性は充分にあるわけだから、重苦しく感じるくらいでないといけないのではないかとも思っている。

大量の血液は、プルプルのゼリー状になる。
それを放っておくと、カチカチの板状になる。
それを思慮なく削ると、パチパチと弾け飛んで、周囲を汚すのみならず、自分の腕や顔にピチピチと当たってくる(眼にだけは入らないように気をつける)。
血みどろになった自分の両手を持ち上げて、「何じゃ!こりゃ~!」とジョークを飛ばしてみても、ウケる者は誰もおらず虚しいだけ。
とにもかくにも、終わりの見えない作業を、一人、黙々とこなしていくのである。

楽なところから片づけるか、キツいところから片づけるか、やらなければならない作業に変わりはないのだが、順番によって作業効率は変わる。
メンタルへの影響も少なくない。
ただ、イヤなことを後回しにしてロクなことはない。
だけど、イヤなことを後回しにするのが、私の悪い癖。
また、身体と精神を、軽いところから徐々に慣らしていくことも一つのやり方。
しかし、作業にも飽き、身体も疲れてきた先にへヴィー級の汚染が待っていることを想像するとゾッとするものがあったので、一番キツいところから着手することに。
私は、そう意を決し、広すぎるくらいのトイレに入り込んだ。

そう、最も酷かったのはトイレ。
自分で気づいていたのかどうか、故人は内臓を患っていたのだろう。
吐き気をもよおした故人は、まず、トイレに駆け込んだよう。
そして、そこで嘔吐。
ただ、吐瀉物が真っ赤な血だったものだから、仰天したはず。
これで吐き気は収束すると思ったのか、動揺する自分を落ち着かせようとしたのか、汚してしまった便器や床を、トイレットペーパーで途中まで拭いたような痕があった。

次に酷かったのは、洗面所。
吐き気がある程度治まって口を洗おうとしたのだろうか。
ただ、そこでもまた嘔吐。
純白の洗面台は赤黒く染まり、大理石の床にまで飛散。
しかし、そこでは、掃除するような余裕はなく、洗浄した形跡も血を拭いたような痕もまったくなく、血痕は 無残なかたちでそのまま放置されていた。

その次は、キッチンシンク。
口をゆすごうとしたのだろうか、水を飲もうとしたのか、故人は、キッチンに足を踏み入れたよう。
また、血痕は、キッチンから部屋の方へも拡散。
延々とおさまらない吐血によって、気は動転するばかり。
そして、動揺と貧血でフラフラだったのではないかとも思う。
救急車を呼ぶためにスマホを探し歩いたのか、パニックに陥って一所に止まっていられなかったのか、口から流れ出る血を手で受け止めながら、床に垂れた血を踏み広げながら、部屋中を右往左往したものと思われた。

しかし、こうなると、もう時間の問題。
救急車の到着が先か、失血死するのが先か・・・
口から血が噴き出たときは、心臓が止まりそうになるくらいの恐怖感を覚えたことだろう。
「病院で診てもらっておくべきだった・・・」と、取り返しのつかない後悔に、嘆き悲しむ瞬間があったかもしれない。
血で汚れゆく高価な部屋に、この世の虚しさを覚えた瞬間があったかもしれない。
そして、薄れゆく意識の中で、「あぁ・・・もう・・・これで、死んじゃうのかな・・・」と覚悟を決めたかもしれない。
結局、救急車を呼ぶこともできず、故人は気を失い、そのまま逝ってしまったのだった。


「生きていれば、いつ 何が起こるかわからない」
「人は、いつ死ぬことになるかわからない」
理屈では、それがわかっていても、私のような凡人は、いつも楽な方へ流される。
本当に自分のためになることをことごとくやらず、実のところは自分のためにならない道ばかりを選んでしまう。
で、いつの時点で手遅れになってしまうのかわからないまま、「人生、志と心がけ次第で、いつでもやり直すことができる」なんていう絵空事で自分をごまかしながら、いつの間にか、人生を右往左往するようになる。

ただ、そうは言っても、人生の意味は、生きているプロセスに練り込まれている。
しばしば不本意な人生を嘆き、疲労感や虚無感に襲われることも多いけど、それでも、食べていけるだけの仕事があり、それを続けることができ、また、贅沢な暮らしではないけど、雨風しのげる家があり、それを守ることができている。
労苦が続く中にも、充実感はある。
苦悩が尽きない中にも、感謝すべきことはたくさんある。

謙虚になることと自分を否定することは違う。
自分を責めすぎてはいけない。
高慢になることと自分を肯定することは違う。
自分を褒めてやることも、ときには必要。
手遅れの人生だって、まだ、やれることはたくさんある。
今、心の持ちようを変えることはできる。

初めて会ったときは、既に“手遅れ”だった“K子さん”。
春の風のあたたかさを肌身に感じつつ、冬の風と共に去った彼女が教えてくれた、自分を責めないことの大切さと その優しさを、私は、毎日のように想い出し、噛みしめているのである。



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コメント

バカちん

2021-03-30 08:47:12 | その他
春暖の候、満開の桜が、もう散り始めている。
毎年のことだけど、厳しい冬を越えたこの季節には、希望にも似た独特の穏やかさがある。
しかし、二年目に突入したコロナ禍によって、今年もまた、花見などの宴会は自粛しなければならないムード。
ただ、そんなことお構いなく「自分達が楽しければそれでいい」という者がいる。
ま、そんな輩はいつの世にもいるもので、あちこちの桜に集まっては酒盛りをしているよう。
まるで、何かに群がるウジ・ハエのように。
しかも、己も“社会のゴミ”“人間のクズ”になりたいのか、人の迷惑もおかまいなし。
ドンチャン騒ぎだけにとどまらず、自らが出したゴミもその辺にポイ捨て。
「人間ってヤツは、まったく、ロクなもんじゃないな!」
「世のためにならないから、さっさと散ってしまえ!」
とばかりに、せっかく咲いた桜も、嘆き散っているように見える。

時を合わせるように、懸案だった聖火リレーも始まった。
できるかぎりのコロナ対策を講じつつ進めていくらしいが、開催に否定的な私の目には、“実のないパフォーマンス””限られた人間のお遊び“のように映る。
また、オリンピックやる気満々の人達にそんなつもりはないのかもしれないけど、そこからは、戦時中の思想統制を思わせるような雰囲気が感じられて、私には不気味な窮屈ささえ感じられる。
誤解を承知で極端な言い方をすれば、「バカバカしい」。
“コロナ自殺”ではないかと思われるような死痕を目の当たりにすると、自ずと、そんな苛立たしい感情が噴出してくる。

一年も経つとやむを得ないのか、皆、コロナにも緊急事態宣言にも慣れてしまって、タガが外れている感じ。
緊急事態宣言が無意味なことだったように思えるくらい感染者も増えてきているし、変異種の感染者も確実に増えている。
外国からの観客は入れないことに決まったが、選手関係者の入国にも制限がかかるらしい。
下手したら、海外選手の入国にも厳しい制限が設けられるようになるかも。
この調子だと、国内の観客も簡単には観戦できなくなるだろう。
結局、無観客でやらざるを得なくなり・・・そうなって、やっと中止決定か・・・
開催したって大赤字を喰うことは目に見えているわけで、どれだけ無駄な金を、無駄な手間を、無駄な時間をつかえば気が済むのか。

とにもかくにも、このコロナ禍によって、オリンピックどころではない国民がたくさんいることは公然の事実。
自分の命を食いつぶすように、ギリギリで生きている人がいることを忘れてはならない。
しかも、少数ではなく大勢。
個人的には、ここは潔く中止して、その分の労力と費用を、死にかかっている人々の支援に回すべきではないかと思っている。
桜は散っても、また来春 咲くことができるけど、人は散ったら それでおしまいなのだから。



「おたく、“特殊清掃”とかっていう仕事をやっている会社?」
「孤独死の現場とか片づけるヤツでしょ?」
一ヶ月くらい前、ある日の夜中、中年男性の声で電話が入った。
当夜、電話当番だった私は、仕事の依頼、もしくは問い合わせだと思ったので、話の内容を書きとめるべく、メモ用紙を前にボールペンを手に取った。
そして、男性の話を聞き漏らさないよう、受話器の声に耳を傾けた。

「おたくの会社はどこにあるの?」
「○○(某県某市)にはないの?」
現場に近ければそれだけ利便性が高いし、地元業者だと どことなく安心感があるのだろう。で、“地元業者に頼みたい”といったニーズは少なからずある。
しかし、こんな珍業会社、“どこの街にもある”というものではない。
したがって、私は、男性が示した街に営業所はないことを伝え、その上で、男性が示した街も対応可能エリア内であることも伝えた。

「で、日給いくら?」
「月にいくらもらえんの?」
男性は、前置きもなく訊いてきた。
時間帯といい、口のきき方といい、てっきり客だと思い込んで丁寧に対応していた私。
しかし、それは大きな勘違い。
そう・・・男性は、特殊清掃スタッフに応募してきた人物。
とはいえ、“働かせてもらいたい”なんて謙虚な物腰ではなく、“待遇がよければ働いてやってもいい”といった横柄な態度だった。

「こんな時間にかけてきて、その口のきき方とは・・・」
「ケンカ売ってんのか!?」
それは、“ムカつくな”という方が無理な悪態。
そもそも、うちの会社は求人なんかだしていない。
男の正体がわかった途端、私は不愉快に。
愛想よくする必要なんかどこにもなく、私は、気分の赴くまま態度を豹変。
苛立ちを露わにして、憮然と応答した。

「孤独死・自殺数は増えているから、人出が足りないに決まっている」
「人が嫌がる仕事だから高給が稼げるに決まっている」
勘違いはなはだしいが、特殊清掃業には、そういうイメージがあるのだろう。
そして、残念ながら、この類のバカは、たまに涌いてくる。
一体、どういう神経をしているのか、どこの都市伝説を鵜呑みにしているのか、見識がなさすぎ。
あと、常識も良識もなさすぎ!
ついでに、頭も悪すぎ!

「幼稚園から行き直せ!」
「どんなに人手が足りなくたって、オマエのようなヤツは採用しない!」
私は、そう言ってやりたかった。
事実、どんなに高学歴だろうが、熟練者だろうが、無教養で礼儀知らずな人間は必要ない!
面接する以前、履歴書を見るまでもない。
しかし、そんなことを言ったって自分の口が汚れるだけなので、私は、“求人はだしていない”“人手は足りている”とだけ伝えて、さっさと電話を切った。

「ふざけやがって!」
「バカにしやがって!」
人にバカにされるのは慣れたこととはいえ、バカにバカにされると無性に腹が立つ。
私は、独り言でブツブツと電話の男に毒を吐いた。
と同時に、
“あんな男を雇う会社なんかあるのだろうか・・・”
“あそこまでバカだと、ロクな仕事に就けないだろうに”(人のことは言えないけど・・・)
“あんな人間でさえ雇わなければならない会社があるとしたら、気の毒なことだな・・・”
と、つくづく思ったのだった。


また、これも一ヶ月ほど前のこと。
遺品整理の調査依頼が入り、千葉県の田舎の方へ出かけた。
(ちなみに、そこは2020年市町村別魅力度ランキングで全国最下位という栄誉?に輝いたそう。)
車の運転が嫌いではない私は、のんびり走るつもりで早めに会社を出発。
時間にも余裕があったし高速料金も節約できるので、だいぶ手前のICで降りて一般道へ。
仕事とはいえ、走ったことがない道や、出かけたことがない地域を走るのは なかなか楽しいもので、穏やかな天気の中、束の間のドライブ気分を味わっていた。

そんな気分で平和に走っていた千葉の道。
片側二車線の大通りを走っていたときのこと、後方から爆音がこだましてきた。
それは、マフラーのサイレンサーを違法に改造したバイクのエンジン音。
そんなバイクが何台も集まって走行している音だった。
その集団は、爆音を響かせつつ、徐々に私の車に接近。
そして、信号待ちの最前に止まった私の車を取り囲むように停車したのだった。

普通にアイドリングしているだけでは気が済まないのか、彼らは、止まっている間も、“ブンブン!バリバリ!”とアクセルを空吹かし。
私や周囲の車を威圧しているつもりはなさそうなのだが、いつまでも止めず。
とにかく、自律神経が乱れそうになるくらいの爆音で、うるさくてたまらない!
あまりにやかましいものだから、「うるせー!!」と怒鳴ってやりたくなったけど、そんなことをしても、返り討ちに遭うだけ。
小心者は小心者らしく泣き寝入ることにして、私は、黙って彼らに視線を送るのみだった。

その行為に何の目的があるのか、まったく意味不明。
自分で“カッコいい”とでも思っているのか?
人に“カッコいい”と思われるとでも思っているのか?
私からみれば、「私はバカです!」と大声で宣伝しているようなもので、みっともないだけ。
恥を曝しているのは彼らの方なのに、もう、見ている方が恥ずかしくなるくらい。
周囲の車も、珍獣でも見つけたかのような好奇の目で、また、犯罪者でも見下すかのような冷ややかな目で、顔をしかめつつ彼らを見ているようだった。

家族連れのファミリーカーからは、
(親)「あんな大人になりたい?」
(子)「いや、なりたくない!」
(親)「でしょ!?」
(子)「うん!」
(親)「だったら、しっかり勉強しないとね!」
(子)「そうだね!ああはなりたくないからね!」
といった会話が聞こえてきそうなくらいだった。 

そうは言っても、「無法者」とは言い切れず。
半キャップながらも、ちゃんとヘルメットはかぶっているし、信号も守る。
猛スピードで疾走するわけでもなく、蛇行運転はしても車線は越えないし、他の車の走行を邪魔するようなこともしない。
車体は暴走族風に品悪く改造してはあるものの、俗にいう“特攻服”を着ているわけでもない。
いわゆる「暴走族」といわれる輩とは違い、基本的な交通法規は守るよう。
こういう連中のことを「○○族」とか、別の呼び名があるのかもしれないけど、どちらにしろ、世間から白い目で見られることに変わりはないか。

私は、信号待ちの間、“どんなツラしてるか見てやろう”と、彼らの顔をジックリ見てみた。
このコロナ問題でも若者に偏見を持っていることが否めない私は、その集団もてっきり“若僧”だと思っていた。
が!、その顔を見てビックリ!
彼らは、どうみても皆40代、またはそれ以上・・・下手したら私と同年代の者も。
いい歳をして、“年の功”というものがないのか、何を学んで生きてきたのか、生きてきて何かを学ばなかったのか・・・
「呆れてモノが言えない」とは、まさにこのことで、はなはだ疑問に思った私は、驚愕の表情で首を傾げるしかなかった。

趣味を持つことも、趣味を楽しむこともいいこと。
バイクに乗るのもヨシ、好きなようにカスタマイズするのもヨシ、ツーリングでどこに出かけるのも自由。
しかし、社会規範は守るべきで、人に迷惑をかけてはいけない。
ただ、どうみても、あの騒音は不可抗力でも過失でもなく意図的なもの。
健常者だってストレスがかかるのに、近くに、補聴器をつけている人とか、療養している病人や眠っている赤ん坊がいたらどうするのか。
そんな良識、子供だって持っている。

人の迷惑をかけ、人に不快な思いをさせても尚、己の欲望を満たそうとする・・・
そんなことまでして遊んで、本当に楽しいのだろうか・・・
しかし、彼らにとっては楽しいんだろうな・・・
そんな人生、何の徳があろうか・・・
しかし、彼らには得した感があるんだろうな・・・
結局、「自分が楽しければそれでいい」ってことか・・・
私は、他人事では済まされないはずの価値観を他人事にして、ひたすら、彼らをバカにしたのだった。


「バカな奴・・・」
人を見てそう思うことが多々ある。
「バカな人間・・・」
人からそう思われることも多々あるだろう。
「俺も、結構なバカだよな・・・」
自分でそう思うことも多々ある。
自分に自信がない私でも、自分のバカさ加減には自信がある。

完全なバカは、人の目も気にせず、人の迷惑も省みず、能天気に人生を楽しむことができる。
賢い人間は、世の中との調和を守りつつ上手く人生を楽しむことができる。
しかし、バカはバカでも、私のような中途半端なバカは、賢くもなれず、バカにもなりきれない。
で、人生を楽しむことが下手。
振り返ってみると、随分ともったいない生き方をしてきた。

人に無礼を働いたり、自分本位で人に迷惑をかけたりするのはよくない。
当然のこと。
もちろん、そんな人間にはなりたくない。
しかし、やたらと人の目を気にし、やたらと人の心象を想いはかってばかりでは、自分が楽しくない。
品のないバイクにまたがり、爆音を響かせながら楽しげにしていたオッサン達のカッコ悪い姿を思い出すと、嫌悪感や蔑みの中にも、憧れるような、羨ましいような、妙な感覚が湧いてくる。
そして、あるはずの楽しみに気づけない自分の頭の悪さと心の鈍さを、虚しく、また口惜しく思う。


「人生は一度きり・・・短く儚いもんだよな・・・」
「もっと楽しく生きられればいいんだけどな・・・」
「とにかく、俺は、人の目を気にし過ぎ、金を欲しがり過ぎ、先のことを心配し過ぎなんだよな・・・」
ヒラヒラと散りゆく桜をながめながら、頭の回転と心の感度を上げていくことを考えている“バカちん”である。


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2021-03-16 08:53:51 | 腐乱死体
私には、もうじき79歳になる母親がいる。
50代半ばで糖尿病を発症し、60代半ばで肺癌を罹患、最近では、白内障で眼科にかかっている。
もう13年近く前になるが、癌研有明病院で片方の灰を切除した。
今現在、癌は再発しているものの、その進行スピードは極めて遅く、特段の治療はせず定期健診のみでしのいでいる。
糖尿病も、キチンと自己管理しているおかげで重症化することもなく、以前はインシュリンの注射が必要だったところ、今は、飲み薬だけで血糖値を管理できている。
高齢のうえ二つの大病を患っているにも関わらず、頭も身体もシッカリしており、誰の手を借りることもなく日常生活を送っている。
介護保険のお世話になったこともないし、今のところ、その必要もなさそう。
本当に、ありがたいことである。

そんな母と私は、子供の頃から衝突することが多かった。
性格が似ているのか、真逆なのか、そのせいなのか、これまでやらかしてきた大ゲンカは数知れず。
そのときも私が母を激高させたのだろう、四歳の頃には、脚の骨にヒビが入るくらいの暴行を受けたこともある。
何せ身体が小さいものだから、抵抗らしい抵抗ができず やられっぱなし。
グッタリ動かなくなった私を見て我に返った母は、慌てて私を病院に担ぎ込んだ。
そして、負傷した脚はギプスで固められ、しばらく松葉杖生活を送ったのだった。
しかし、これが今の時代だったら、立派な児童虐待。
で、母は警察に捕まってしまうところだ。

言葉の暴力に至っては日常茶飯事。
とにかく私は、生意気で口答えの多い子供だったようで、母を怒らせるのが大得意。
頭にきた母は、ことある毎に、
「お前なんか産むんじゃなかった!」
「伯父さんの家に養子に出せばよかった!」
「お前みたいな子は、少年院に入ってしまえ!」
等と、無茶な暴言を吐きまくった。
一方の私は、言われ慣れてしまっていたせいか、大してキズつくことはなく、屁理屈を言い返しては更に母を激高させていた。

回数は減ったものの、大人になってからも衝突はおさまらず。
何もなければ平和な関係なのだけど、ちょっとしたキッカケが火種になり、口論に発展。
そのうち、お互いに癇に触ることを言い合って大喧嘩。
で、その結果、絶縁。
関わり合わない期間は年単位で、これまで、大喧嘩をしては絶縁し、そのうち何となく復縁し、再びケンカをしては絶縁するといったことを何度となく繰り返してきた。
いい歳をしてみっともないのだけど、コロナが流行る前も大喧嘩をして、しばらく絶縁状態になっていた。
しかし、毎朝のドラッグストアに長蛇の列ができていた頃、コロナ感染を心配するメールと品薄だったマスクを送ってやったことがキッカケで復縁。
それ以降、今日に至るまで、直接顔を会わせることはないものの、ケンカをすることもなく、メールや電話をしながら、平和な親子関係を維持することができている。

それにしても、どうして私は、そんなに性根の悪い子供だったのか・・・
親の育て方が悪かったのか・・・
それとも、こんな性格だから、そんな育て方をしなくてはならなかったのか・・・
私には、兄と妹がいるのだが、うまくいかないのは私とだけ。
同じ腹から生まれてきたのに、三人兄妹の中で、何故かこんなのは私だけ。
母曰く、「とにかく、お前は育てにくい子だった!」とのこと。
そんなこと言われると心境複雑だけど、「確かに・・・わかるような気がする・・・」と、自分でも妙に納得できてしまう。
自分でも、それが何ともおかしい・・・もう、この歳になれば笑い話だ。

そんな母でも、私を産み育ててくれたことに間違いはない。
自分は贅沢らしい贅沢をせず、したいオシャレだってほとんど我慢。
専業主婦だった期間も短く、共働きで中学から大学まで私立に行かせてくれた。
平和な日常においては、働き者の母親、忍耐強い母親、大好きな母親だった。
返しきれない大恩がある。
本来なら、もうずっと前から親孝行してこなければならなかったのに、大学を出て引きこもっていたかと思ったら、わけの分からない仕事に就いて、その後もケンカ&絶縁を繰り返すような始末。
「孝行息子」になるには程遠いイバラ道を歩いている。
今できる孝行は、たまに電話して、元気にやってるフリをするくらいのこと。
ただ、そんなことでも母は喜んでくれる。
私は、ただただ、そんな母に感謝するとともに、心の中で頭を下げるのみなのである。



付き合いのある不動産管理会社から、深い溜息とともに特掃の依頼が入った。
好況は、かなりヒドいよう。
そうは言っても、私は そんな情報に動じるほど青くはない。
もはや変態・・・凄惨であればあるほど、特掃は燃えてくる。
「ヨッシャ・・・いっちょ行ってくるか!」
と、種火のついた特掃魂を携えて、私は、勢いよく現場に向かった。

到着した現場は、郊外の1R賃貸マンション。
その一室で住人の中年女性が孤独死。
発見までかなりの日数が経っており、室内は凄惨な状態に。
玄関前には異臭が漏洩。
ただ、「クサい」という感覚はあっても、それが何のニオイかわからなかったため、近隣住民は“怪しい”と思いつつも放置していたよう。
「なかなかのことになってそうだな・・・」
と、漂う悪臭に、私は、小さく気合を入れ直した。

故人は、台所と居室の境目にドア下に倒れており、そこには、腐敗粘土・腐敗粘液と化した人肉がベッタリ。
頭部があったと思われる部分には大量の毛髪。
やや遠目にみると、床には身体のかたちもクッキリ。
「毎度~!」と言わんばかり、ウジやハエも常連客のように図々しく増殖。
「こりゃ、だいぶ骨になってたな・・・」
と、一目瞭然の腐敗深度に、私は、小さな溜息をついた。

その心情は、極めて事務的、冷淡。
死を悼む気持ちもなければ、同情心もない。
完全に「商売」と割り切ってのこと。
ただ、故人の人生を想わなくもなかった。
故人のためではなく、自分のために。
自分と同じ一人の人間が生きてきて、そして死んだわけだから、その生き様と死に様から何かをキャッチしないと、汚仕事に従事する自分が浮かばれないから。

故人のせいではなく死体のせいで部屋は悲惨なことになっていたけど、それがなければ整理整頓ができたきれいな部屋だった。
不動産会社によると、「故人は身寄りがない」とのこと。
しかし、家財をチェックすると、故人には男の子と女の子、二人の子供がいたことが判明。
ということは、夫もいたわけで、「家族はあった」ということになる。
どういう経緯で別々になったのか知る由もなかったけど、そこには、故人が大切にしていた想いがあった。

それを裏付けたのは、タンスの上の段の小引き出しにあった二つの小さな木箱。
自分も持っているので、それが何であるかすぐにわかった。
それは、ヘソの緒、故人と子供を結びつける証。
小さなラベルが貼ってあり、そこには、出産日時、故人の名前、子の名前、体重、産院などが列記。
引き出しには、他にも色々なモノが入っていた。
幼い子供が描いた母(故人)の絵。
“おかあさん だいすき”と書かれた一枚も。
子供が折ったのだろう、いくつかの折り紙もあった。
それから、小さな靴が二足。
二人の子が初めて外を歩くときに履かせた物だろう。
それらが、きれいに紙に包まれ、きれいに箱に入れられ、一つ一つ、何かを愛おしむように大切にしまわれてあった。

不動産会社からは、
「故人と親族は、絶縁状態だった」
「親族は、遺骨以外は引き取らない」
「部屋にある物はすべて処分していい」
と言われていた。
しかし、故人(母)の想いを無碍にしていいものだろうか・・・
私は、得意とする“善意の押し売り”になるのではないかと思わなくもなかったけど、その引き出しにしまわれたモノを そのまま捨てるのには、妙な寂しさを覚えた。
小さな引き出し一つ分、大した量でもなし。
後で始末したとしても、大した負担にはならない。
結局、私は、それらの品はゴミとして処分しないことに。
小さな段ボール箱に詰めなおし、空っぽになった部屋の押し入れに置き残した。


故人と二人の子が疎遠な関係になったのには、相応の事情があったはず。
多分、よくない事情があってのことだろう。
やむにやまれぬ事情だったら、家族が離散することはなかったかもしれないし、仮に離散となっても、家族としてのつながりは持ち続けただろうから。
少なくとも、故人は、過去に借金問題を抱えていたことがあったよう。
部屋にあった金融機関や裁判所の書類が、それを物語っていた。
生活苦からなのか、ギャンブルなのか、分不相応の買い物なのか、はたまた男遊びなのか定かではないけど、とにかく、健全な理由ではなかったように思う。

私もそうだけど、人間って弱い。
また、世の中には、欲をくすぐる誘惑がゴロゴロ転がっている。
で、コロコロと人生を転げ落ちるのは、意外に簡単なことだったりする。
故人も、人生のどこかで過ちを犯したのかもしれない。
家族を裏切るようなことをしてしまったのかもしれない。
そして、それがキッカケで、夫と離婚、子と別離となったのかもしれなかった。

ただ、往々にして「親の心、子知らず」。
子を想う親の気持ちは、子には、なかなかわからないもの。
親になってはじめてわかること、親になってみないとわからないこと、それでも尚わからないことって多々ある。
かつての私がそうだったように・・・今の私がそうであるように。
二人の子が、故人の親心を理解していたかどうかわからないけど、それでも、故人は、いつまでも子のことを大切に想っていたのだろうと思った。

故人の遺骨は、子供が引き取った。
そして、私が取り置いていた想い出の品も。
「いらないから捨てて下さい」と言われたらそうするつもりだったけど、ヘソの緒も靴もみんな引き取ってくれた。
それを手にした二人の子は、何を想っただろう・・・
いい思い出ばかりではないだろうけど、悪い想い出を錯綜させつつも、ほのぼのとした笑顔で母を偲んだのではないだろうか・・・
勝手な想像ながら、そう思うと、私は、“善意を押し売った”自分を「お手柄!」と褒めてやりたくなった。
そして、それが何とも嬉しくて、いつまでも その余韻に浸ったのだった。


いつの頃だかおぼえていないけど、ずっと昔に母がくれたもの・・・
私は、今も、自宅の机の引き出しに、自分のヘソの緒をもっている。
普段は放ってあるけど、何かのとき、その木箱を手に取ることがある。
そして、それをしみじみと眺めては、
「このときの俺には、色んな可能性があったんだよな・・・」
「この後にこんな人生が待ってるなんてな・・・」
と、悲しいような可笑しいような、複雑な想いが交錯する中で湧いてくる降伏感に近い幸福感に苦笑いしている。
そして、
「命がけで産んでくれたんだよな・・・」
「人生をかけて育ててくれたんだよな・・・」
と、若かった母、労苦していた母、老いた母の姿を心に浮かべては目を潤ませている。

とにもかくにも、それだけの月日が過ぎてしまった。
もう五十年以上経っているわけで、私と母をつないでいたヘソの緒は、私の身体と同じくボロボロ。
一人の人間を生み育てるということが、どれだけ大変なことか・・・産んだ方の身体は、もっとボロボロ。

「ありがとう・・・かあちゃん・・・」
この歳になったからか・・・いや、この歳まで生きさせてもらっているからこそ、私は、そんな風に想うのである。


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悪癖

2021-03-08 08:36:33 | 孤独死 遺品整理
「今年いっぱいはダメだろうな・・・」
首都圏の緊急事態宣言が再延長された中での個人的な感想。
事実、待望のワクチン接種が医療従事者からスタートしてはいるけど、「この社会が今年中に集団免疫を獲得するのは難しい」という見方が主流らしい。
私のような基礎疾患のない中年男に回ってくるのは、早くても夏~秋頃になるのだろうし、ほとんどの国民が摂取し終わるのはもっと先。
一人二回の摂取が必要となると、それはもう年内で済む話ではない。

そんな状況にあっても、流れるニュース映像からは、顕著に人出が抑えられているような光景は見受けられない。
インタビューを受ける市民も「思ってたより人が多い」「人手は減っていない」等と、批判めいたコメントをしているけど、そういう自分だって不要不急で街に繰り出している一人なわけで、まさに本末転倒。
結局のところ、他人事か・・・
「自分一人くらいならいいだろう」「自分一人が自粛したところで何も変わらない」という甘えた考えが、コロナで窒息しかけている人々の首を更に絞めているのではないかと思う。

信念なく迷走してばかりの政府、国民目線をうたった猿芝居に没頭する与党、重箱の隅をつつくような批判しかできない野党、そして、他人事のような振る舞いをやめない一部の市民・・・
今夏には第四波も予想されているし、こんなんじゃダメなんだろうけど・・・
・・・「下々の者は、黙って税金だけ納めてろ!」ってことか。
何はともあれ、対策は確実に進めていかなければならない。
例えそのスピードが遅くても、国は確保できるだけのワクチンを買い、配れるだけ配り、打てるだけ打っていくしかない。
そして、我々は、それにできるだけ協力していくしかない。

当初、私は、今回のワクチンについては、突貫製造感が否めず、いささか懐疑的で、
「俺の番が回ってきても、やめておこうかな・・・」
と思っていた。
しかし、ワクチンにもいろいろなタイプがあり、今現在 摂取されているF社のものは安全性が高いこと等、色々な情報が重なっていくうちに、摂取を受ける方向に考えが変わってきた。
正直なところ、中国製やロシア製は受けたくないけど、それらは日本で認可される見込みはないそうだから、それらが勝手に注入される恐れはないし、今のところ、自分の番がきたら受けようと思っている。
それが、自分のため、周囲のため、社会のためになりそうだから。

しかし、ワクチンを打つと、一気に気が緩みそう。
私の場合、特に、何を我慢してきたということはないのだけど、世間の雰囲気に押されて不要不急の外出をしたくなるかもしれない。
多くの人も同様。
それまで、自粛自制で色んなことを抑えてきたし、多くのことが抑え込まれてきたわけで、その反動を考えると諸手を挙げて喜ぶわけにもいかない。
これで「Go to」でも再開されようものなら、たまった鬱憤が大爆発するかも。
一人のときは小さくなっていても、徒党を組んだ途端に気分が大きくなる。
人間が塊になると個人の理性は呑みこまれ、集団心理によって過激な行動に走る。
これが人間の悪い癖。
それで経済が活性化するのは大いに結構なことだけど、人々がはじけ過ぎて、変な事件や事故が起こらないともかぎらない。
高い道徳心をもって社会秩序を守りつつ、コロナ明けの生活を楽しみたいものである。



出向いた現場は公営団地。
古い団地で、建物の老朽化も顕著。
自治会がキチンと機能していないのか、住人のモラルが低いのか、周囲にはゴミやガラクタが散乱。
人の気配も少なく、実際はそんなことないはずなのに、どことなく治安の悪そうな雰囲気。
「ここは日本か?」と思わせるような、まるで発展途上国のダウンタウンを思わせるようなエリアだった。

訪れたのはその一室。
出迎えてくれたのは、私より年上に見える中年の男性。
ボサボサの白髪頭に無精ヒゲ。
身なりは、毛玉が目立つボテボテのスウェット姿。
失礼ながら、かなり冴えない風貌。
中へあがると、室内には独特の生活異臭。
それにも増して気になったのは、男性が放つ酒臭。
二日酔なのかどうか、昼前だというのに酒のニオイがプンプンしていた。

男性は、外見だけで判断すると、いい印象を持てない人物。
もっと言うと、不気味で、やや恐い感じ。
しかし、実際は、それに反して人柄は社交的で愛想も悪くない。
馴れ馴れしい口のきき方が気に障らなくもなかったけど、極端に横柄でもなく、まぁ許容できるレベル。
そんな男性は、訊きもしないうちから、一緒に暮らしていた母親が急に倒れたこと、救急車が到着したときは心肺が停止していたこと、運ばれた病院で死亡が確認されたこと等を事細かく説明。
そして、その後、警察の取り調べを受けたことに至っては、自慢話でもするかのように多弁に語ってきた。

母親の死因は、老衰による心臓発作。
しかし、密室で人が死んだわけで、他殺の可能性をつぶしておくことも警察の仕事。
で、一緒に暮らしていた男性は警察の取り調べを受けたよう。
「“念のため”って言われたんだけど、まったくヒドいよなぁ・・・俺を疑うなんてなぉ・・・」
目の前にいる男性が、舞台役者級のよくできた“殺人犯”に見える風貌なものだから、私は、内心で笑いながら、男性の話に耳を傾けた。

そんな男性について気になることは他にもあった。
それは、酒とタバコ。
業者とはいえ、外から客(私)が来ているというのに、タバコを吸い始めたかと思うと、次は冷蔵庫から安い缶チューハイを出してきて飲み始めた。
今の時勢、人前でタバコを吹かすだけでもマナー違反なのに、酒まで飲むなんて、一般的な良識をもった人なら、そんなことはしない・・・できないはず。
しかし、癖なのか中毒なのか、男性は、私に断りを入れるわけでもなく、お茶を出すわけでもなく、一人でスパスパ・グビグビ。
タバコ嫌いの私は、好き放題にやる男性に呆れるとともに、あからさまに顔をしかめた。

男性は、常識のない人間、礼儀をわきまえない人間。
露骨な私のシカメっ面もどこ吹く風で、神経の図太さは人並以上。
一方、私も、子供ではない。
それまでにも、たくさん“イヤな奴”に遭ってきた。
それに比べれば、男性の無礼悪態は可愛いモノ。
また、一応“お客さん候補”でもあるし、私は、男性の粗暴は気にせず、“なかなかお目にかかれない珍キャラに会えた”と思って割り切ることにした。

そんな男性が依頼してきた内容は特殊清掃の見積書作成。
しかし、故人(母親)は、倒れた直後に搬送されているため、汚れも異臭もなし。
誰がどう見ても、特掃の必要はなく、私の出る幕はない状況。
「特に汚れもニオイもありませんね・・・」
「やろうと思えば自分でもできると思うんですけど・・・」
と、私が、商売抜きの善意でそのことを伝えても、
「どういう菌が残ってるかわかんないからねぇ・・・」
「専門の人にちゃんと掃除してもらわないと気持ち悪いんだよね」
と、男性は執拗に食い下がった。

しかし、現場は、それ以前の問題。
建物自体が古いせいもあって、内装・建具もボロボロ、全体的に薄汚れている。
また、普段からの掃除もキチンとできておらず、生活汚損は顕著。
生活臭もキツく、部屋の空気さえ汚れているように感じるくらい。
家財生活用品も所狭しと雑然放置されており、故人(母親)が倒れていた場所はおろか、それに関係なく、あちこちが不衛生な状態。
そんな部屋に暮らす男性が潔癖症でないことは一目瞭然で、特掃を強く要求する目的が読めなかった。

また、住まいや格好で人を判断するのは軽率かもしれないけど、男性が裕福でないのは明らか。
仕事は、個人事業で何かをやっているらしかったが、事実上は、日雇生活と無職生活を繰り返しながらの暮らしのよう。
つまり、生活を支えていたのは、“母親のスネ”だったわけで、そうなると、見積金額は少しでも安い方がいいはず。
しかし、
「フツーの掃除じゃないから料金が高くなるのは仕方がないよ」
と、これまた妙なことを言う。
商売だから、業者が売り込むのは当然としても、客側が無駄金を遣おうとするなんて、その意味が解せなかった私は、妙な気持ち悪さを覚えた。

当初は怪訝に思った私だったが、話を進めていくうち、直感的に、あることに気づいた。
そもそも、男性は、私に作業を依頼するつもりはない。
目的は、私に見積書を提出させることだけ。
どうも、家屋保険なのか親族からの弔慰金なのか、何なのかわからないけど、それで、いくらかの金をせしめようとしているよう。
話の中で見え隠れしていた男性の魂胆が、話が進むにしたがってハッキリと見えてきた。

“こりゃ、仕事にならんな・・・”
そう判断した私は、男性を“お客さん候補”から“迷惑な輩”に格下げ。
スパスパ・グビグビとやりながら途切れなく続く男性の話をテキトーに聞き流した。
そして、早々に切り上げるべく、話が切れるタイミングを待った。
が、飲み続ける酒に酔いが回ってきた男性は、ますます饒舌に。
“愛想よく話を聴くのも仕事のうち”と、肯定的に相槌をうつ私に気を良くしたのだろう、なかなか話をやめようとしない。
「会社を経営していた」「高級外車に乗っていた」等と、次から次へと大口を叩いた。
しかし、どれもこれもウソかホントかわからない、仮に事実であっても今に至っては寂しいだけの どうでもいい話。
そんなくだらない自慢話は、“耳障り”を越えて気の毒に思えるくらいだった。

“まったく時間の無駄だな・・・”
しばらくは我慢していたものの、虚しい話に耐えられなくなった私。
「次がありますから、これで失礼します!」
と、男性の話を一方的に断ち切って腰を上げ、足早に玄関に向かった。
そして、変なところで責任が回ってきても厄介なので、
「必要のないものに見積はつくれませんので・・・スイマセン」
と言い、身に積もったホコリを振り払うように、そそくさと現場を後にした。


無駄な時間を浪費させられた私は、不愉快ついでに男性の行く末を想像した。
安定した収入もなく、定職に就ける見込みもなさそう。
おまけに、所かまわずタバコを吸う癖、時をわきまえず酒を飲む癖、そして、楽して金を稼ごうとする癖がある。
身体を壊すことになるのか、犯罪をおかすことになるのか、生活保護を申請することになるのか・・・
どう考えても、男性の人生に明るい展望はひらけなかった。
そして、それが、自業自得だとも思った。

ただ、男性だって、本当は怠けたいわけじゃないのかもしれない。
安定した職に就いてマトモに働きたいのかもしれない。
労苦があっても、そうやって清々しく生きていきたいのかもしれない。
しかし、世間は、その暮らしぶりだけをみて、「怠け者」のレッテルを貼る。
風貌だけをみて「放蕩者」のレッテルを貼る。
粗暴な振る舞いだけをみて「野蛮人」のレッテルを貼る。
それが意図せずして、光の届かない社会の隅へ追いやる。
そういう私も、想像の中で、男性の人生を暗い方向へ追いやった。
そして、得もいわれぬ優越感のようなもの・・・社会という表舞台では味わうことができない勝ち組のような気分を貪ったのだった。


自分の弱さを他人の失敗で紛らわそうとする・・・
自分の愚かさを他人の愚行で隠そうとする・・・
自分の悪性を他人の悪事でごまかそうとする・・・
そして、自分の心のあり方の誤りを他人の不幸で消し去ろうとする。
そういう心のしくじりが、自分の人生に暗い影を落としていることにも気づかす、いつまでもそうやって生きている。

「そんな人間は、俺だけじゃないさ・・・」
今も尚、私は、そういう悪い癖を直せないでいるのである。


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自分との戦い

2021-03-02 08:29:46 | その他
前々回の「緊急事態」。
そんなつもりはないながら、当人達をややバカにするような文調で、おもしろおかしく書いてしまったけど、大腸のトラブルは、決して他人事ではない。
ていうか、実際に漏らしはしないにしても、誰しも、似たような経験をしたことがあるのではないだろうか。
半世紀余り生きてきて、私も、同じような経験をしたことが何度となくある(漏らしたことはないよ!)。

最も多かったのは20代後半から30代前半、とにかく大酒を呷っていた時代。
毎日の晩酌は当然、今に比べると外で飲むことも多く(だいたい上野)、二軒・三軒と決まった店をハシゴ。
当時、健康のことはほとんど気にせず、食べたいだけ食べ、飲みたいだけ飲んでいた。
で、体重も今より15kgほど多く、腹回りもパンパン。
これでは身体を壊すのも当り前、結局、肝癌や肝硬変を疑われるくらいの悪い数値がでてしまい(実際は重度の脂肪肝)、禁酒とダイエットを余儀なくされた。
肝臓が悪いと腹を下しやすいそうで、深酒した翌朝は、きまって下腹が不調に。
通勤電車の中で冷や汗をかいたこともしばしば。
ただ、途中下車したところで、トイレまである程度の距離を歩かなければならない。
しかも、朝のラッシュ時にすぐにトイレを確保できる保証はなく、双方リスクは似たようなものなので、私は途中下車を選択せず、尻の穴に気合を入れて何とか会社までもたせていた。

しかし、一度、途中下車せざるを得ないくらい逼迫したことがあった。
「会社までもたせるのは難しいかも・・・」と弱気になった私は、途中の新橋駅で下車。
そして、案内表示を頼りに、人波をかきわけて足を急がせた。
広い駅構内、ようやくトイレにたどり着いた私は、ホッと胸をなで下ろしながら中へ。
すると、そこには想定外の光景が!
なんと、トイレ(大)には長蛇の列ができていたのだ。
難なく入れると思って油断していたらこの事態。
朝の通勤時間帯とはいえ「“緊急事態”の人って、こんなにもいるものなのか・・・」と、面喰らうやら、感心するやら・・・
そうは言っても、とにかく並ばなければ先へは進めない。
「他のトイレに移動するべきか・・・下手に動くと藪蛇になるか・・・」
短い用ですむ“小市民”が苦境に陥った我々を横目に出入りする中、私は、とりあえず列の最後尾へ。
そして、先の読めない待ち時間に焦りが増す中で、順に個室に入っていく“大先輩”に「早く出せ!早く出ろ!」と、まるで呪いでもかけるかのように念を送った。

当然、そんな苦悩もお構いなしに大腸は蠕動運動を活発化。
緩急の波をもって徐々に圧を上げてきた。
そうは言っても、苦悶の表情を浮かべて、ソワソワ・モジモジと身体をくねらせるのはカッコ悪い。
表情にだけは余裕をもたせて、ひたすら、尻の穴と拳に力を込め、身体を固くするのみ。
列の面々をみても、「まだ俺は余裕あるぜ」といった雰囲気を醸し出して平静を装っている。
実際は、緊急事態のはず、必至に!我慢しているはずなのに。
自分もその一人とはいえ、“大腸vs尻の穴”、皆がジッと“糞闘”している様は実に滑稽で、そこに小さな人間の大きな人間味を感じた。
併せて、朝の駅トイレ(大)は簡単に入れると思わないほうがいいことを学んだのだった。

しかし、人間の身体って、一筋縄ではいかないもの。
大腸が、TPОも考えず急に便意を発することがある。
すると、前記のように、一人の人間、一つの身体の中で「大腸vs尻の穴」のバトルが始まる。
直ちにトイレに行ける状況であれば何の問題もないのだが、すぐにトイレに行けない場合は、一進一退の“自分との戦い”が繰り広げられることになる。
当然、脳は便意を抑え込もうとする。
しかし、大腸は、そう簡単には従わない。
ひたすら、「出そう!出そう!」と、力んでくる。
しかも、姑息にも、飴と鞭(緩急)を使いわけて、こちらの意思を挫こうとしてくる。
便意が抑え込めないとなると、あとは、最後の砦“尻の穴”を締めてかかるしかない。
しかし、“尻穴筋”なんて、普段から鍛えようもないし、“大腸筋”に比べたら明らかに筋量が少ない(?)。
結局、圧してくる大腸を前にできるのは、防戦一方の時間稼ぎのみ。
尻の穴が稼いでくれた時間を使って便器を獲得するしか助かる道はないのである。

“鼻づまり”もそう。
風邪を引いたり高熱がでたりすると、ただでさえ呼吸が苦しくなるのに、この身体は、わざわざ鼻孔を詰まらせてくる。
苦しいときに、なんでそんなことをするのだろう。
ウイルスや菌など、悪いモノが身体に入らないように防御しようとしているのか?
病んでから鼻を詰まらせたって手遅れじゃないか?
とにかく、鼻が詰まると、息苦しくて仕方がない。
カッチカチに詰まったりなんかすると、怒りを覚えるくらい。
子供の頃は、棒を差して穴を通したくなるような衝動にかられたことが何度もある。
寝返をうったりして体勢を変えると、一時的に鼻がスーッと通ることがあるけど、その間にチューブを差し込んで穴が閉じるのを阻止しようかと考えたりもした。
そんな過激なことを考えさせるくらいに難儀なことだった。

鼻水・鼻づまり・・・これからの時季は花粉が多くの人を悩ませる。
ただ、ありがたいことに、私には花粉症をはじめ、アレルギーらしいアレルギーはない。
「人の目を気にしすぎる」「人付き合いが苦手」「猜疑心が強い」等、ある種の“人間アレルギー”があるくらい。
ただ、周囲には花粉症の人がたくさんいる。
それぞれ、薬をのんだり目薬をさしたりして対策を講じてはいるものの、万全の策はないらしく、目や鼻を赤くして、涙や鼻水を流している人もいて、ティッシュを箱で持ち歩かなければダメなくらいの人もいる。
それに加えて、今年はコロナがある。
咳やクシャミをするにも人目をはばからなくてはならない世の中。
自分の身体のことだけではなく、人目も気にしなくてはならないわけで、大きなストレスがかかっていることだろう。


そんなコロナ禍にあって、自殺件数が増加しているらしい。
とりわけ、目立つのが若年層と女性の自殺。
近年、私の仕事においても減少傾向にあったのだが、昨年後半から、やや目立つようになってきている。
ただ、現実には、「自殺」という名の病死もあれば、「病死」という名の自殺もある。
私見だけど、多くの場合の自殺は、ある種の病死だと考えている。
経済的に追い詰められている人、精神的に追い詰められている人・・・
何の希望も見いだせず、絶望の淵に立たされている人・・・
虚しさの中で孤独な戦いを強いられている人・・・
それで精神を病んでしまう人・・・
全部が全部、コロナの影響ではないのだろうけど、それだけ、厳しい現実に直面している人が増えているということ。

ということは、コロナ禍がなければ死なずに済んだ人もいたのかもしれない。
そこに抱く感情は、
自分との戦いに負けた悔しさか・・・
自分との戦いに勝てない寂しさか・・・
自分との戦いを終える安堵か・・・
あくまで主観的な想像だけど、もっとも大きいのは諦念と方向違いの解放感。
すでに葛藤や迷いはなく、後悔や悲哀も過去のものにしているのだろうと思う。

しかし、事情はどうあれ、ほとんどの他人は「自殺」というものを嫌悪し批難し、また恐怖する。
ただ、私は、自殺というものを許容するわけではないながらも、自殺者を戦いの同志のように思っている。
だから、自殺者や自殺現場にも嫌悪感や恐怖感は湧いてこない。
湧いてくるのは同情を超えた労いの気持ちのみ。
もちろん、自殺という事象で悲しみのドン底に突き落とされる人や、大迷惑・大損害を被る人もいるわけで、批難されても仕方がない現実があることはイヤと言うほど目の当たりにしている。

それでも、それだけで片づけないでほしい。
うまく言えないけど、そこには苦悩の中にも必死に生きていた命がある。
「敵前逃亡」「戦線離脱」等、色々な見方がある中で、少なくとも不戦敗ではなかったこと・・・その“不戦敗ではない”というところに焦点を当ててほしい。
そして、その家族・友人・知人は、その人がこの地上に生きていたこと、精一杯 生きようとしていたことを自分が生きているかぎり忘れないでほしいと思う。
弔いの意味でも供養の意味でもなく、そのことを自分の戦いの武器にしてもらいたいと思う。


“K子さん”が「メンタルが強い」と褒めてくれたことがある。
どんな凄惨な現場も、果敢に?処理する姿を思い浮かべると、そう思えるらしい。
しかし、それとメンタルの強弱は無関係。
私にとって、この仕事は、「生きていくためにやらざるを得ないもの」「やらないと生きていけないもの」、だからやれているわけで、決してメンタルが強いからではない。
もっと言えば、メンタルが弱い人間だから故に たどり着いた仕事。
メンタルが強い人間は相応の根性があり、こつこつと努力ができて、ジッと忍耐ができて、思い切った挑戦ができる。
だから、もっと立派な仕事に就くことができる。
一方、メンタルが弱い人間は、小さいことでクヨクヨしてしまうし、ちょっとしたことにつまずいてしまう。
些細なことで悩んだり、気分を沈ませたりすることも日常茶飯事。
努力・忍耐・挑戦といったものとは縁がなく、で、こんな顛末・・・四苦八苦・七転八倒の人生を歩いている。

“生きる”って、本来、そんなに難しいことではないはず・・・
しかし、現実には難しく感じる・・・
でも、ここまで難しくしているのは自分なのかも・・・

私は、知らず知らずのうちに贅沢病、わがまま病、怠け病を患っている。
無意識のうちに、常に何かに不満を抱き、常に自己中心的な思考をし、常に楽することばかり考えている。
また、過剰に金を欲しがり、過剰に人の目を気にし、過剰に先のことを不安に思うようになっている。
特に欲しいモノがあるわけではないのに金銭欲だけは旺盛で、見た目も生き様も充分にカッコ悪いくせに開き直れず、いつまでも人の目を気にし、幸せな将来が待っているかもしれないのに悪い想像しかしない。
どういう生き方が正しい生き方なのか、どうすれば楽に生きられるのか、大方のところは本能的にわかっているのに、そこから変わることができない。
自分の愚かさに、自分の弱さに、自分の悪性に、易々と自分を乗っ取られてしまう。
そして、後味の悪い夜をやり過ごし、寝覚めが悪い朝を迎える。

「昨日の自分に今日は勝つ!」「今日に自分に明日は勝つ!」
そう決意しても、その志はそんなに長続きするものではない。
“自分”というものは、そこまで強くはない。
ただ、体力も脳力も落ちてきているとはいえ、無駄に歳はとっていない。
振り返ってみると、若い頃は負けが込んでいたような気がするけど、このところは善戦しているような気がする。
固有の“逃げ癖”も、いくらか弱くなっているような気がする。

しかし、“敵”が弱くなったのでも、“自分”が強くなったのでもない。
敗戦の苦渋から戦術を学び、勝戦のたびに武器を磨き・・・
敵の弱点がみえてきて、自分の強みがわかってきて・・・
「肉を切らせて骨を断つ」というか・・・
歴戦の中で、戦い方がうまくなってきたのではないかと思う。
あと、残りの人生が短くなっていることも影響していると思う。
「最期くらいは、きれいに生きたいな」って。


戦いの相手は、目の前の生活ではあるけど、真の相手は、その向こうにいる愚弱悪な自分。
この戦いは、生きているかぎり終わらない。
粘り強く戦うか、妥協して手をゆるめるか、諦めて人生を下っていくか・・・
どちらにしろ、中途半端なところで戦線を離脱するわけにはいかない。
負け癖に甘えてばかりでは、生きている甲斐がない。

人生、負けるときもあれば勝つときもある。
敗戦から学ぶ必要はあっても、それを引きずる必要はない。
勝敗は、自分次第で、その都度 リセットすればいい。
「ツラいなぁ・・・」「楽したいなぁ・・・」
そう思ったときこそ、いざ勝負。
「絶好のチャンスがきた!」と、闘志を燃やそう!
今はツラくとも、今は苦しくとも、それを乗り越えた先には、達成感、満足感、爽快感、そして、次への希望・・・そういったものが待っている。

日々、繰り広げられる自分との戦い・・・
生きていることの意味と喜びは、そういったところにも隠されているような気がするのである。


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想定害

2021-02-22 08:27:45 | 遺品整理
「早起きは三文の徳」
できるかぎり、私は、早起きを励行している。
夜明けが遅い冬場でも、起床はほとんど5時台。
夜明けが早い夏場だと、4時台。
不眠症のメリット?で、夜中には何度も目が醒めるし、自分が予定していた時間を過ぎて目を醒ますことは、ごくたまにあるけど、仕事に遅刻するくらいに寝坊してしまうことは皆無。
当然、目覚まし時計なんて、まったく必要がない。
それで何をするかというと、早朝のウォーキング。
それから、朝ご飯をしっかりと食べるのだ。
もちろん、仕事の予定によって変動はするけど、おおかた朝はこのパターン。

もちろん、早朝の起床はツラい。
特に、冬は暗いし寒いし。
しかも、ほとんど朝は「このまま夜が明けなければいいのに・・・」と思うような鬱状態。
だからこそ、そこで思い切って起きないと余計に苦しむことになる。
怠惰な欲望を振り切って自分を叩き起こさないと、その後が大変なことになるのだ。

楽ではないけど、早起きしていいこともある。
ウォーキングの時間帯は、ちょうど朝陽が上がるタイミングで、晴れた日には絶景がおがめるのだ。
澄みきった空気、オレンジに染まる空、日によっては輝く月星もみえる。
「人生は短い・・・絶景が見られるなら、見られるうちに見ておかないともったいない」と言っている人がいたけど、まったく同感!
感動や感激、そして感謝の念は、いくつになっても持ち続けることができる!
それこそ、“生きてる楽しみ”というもの!

ただ、そうなると、逆に夜は弱い。
何も用がないときの就寝時刻は、高齢者or小学校低学年レベル。
起きたまま0:00を越すなんてことは、年に一度の大晦日くらい(前の大晦日は0:00前に寝てしまったけど)。
でも、それもまたヨシ。
晩酌しても深酒にはならないし、遅い時間に食べて脂肪を蓄えることもない。
質はともかく、充分な睡眠時間が確保できるため、ゆったりとした気持ちで寝床につくことができる。
そして、そんな安息のひとときは、次へのエネルギーを養ってくれる。

そんな深夜、2月13日、枕元に置いているスマホがいきなり唸った。
昼間でもそこそこ驚くのに、夜中だとビックリ仰天!
そう、それは、緊急地震速報。
誰が考えたのか、あの警報音は、本当に不気味で恐怖心があおられる。
十年前の出来事が思い起こされ、今でもある種のトラウマみたいになっている。
また、心臓麻痺で亡くなる人もでてくるのではないかと心配にもなる。
その警報が、けたたましく鳴ったのだ。
そして、間髪入れずにグラグラ!っときた。
福島県を中心に最大震度6強の地震に見舞われたのだった。

いつものように浅い眠りについていた私は、すぐに目を醒ました。
首都直下、東南海、南海トラフ・・・今の日本は、いつ どこで、大きな地震がきてもおかしくない状態にあるのは承知のとおり。
いつもとは違う強い揺れ方に、私は「大地震がいよいよ来たか!?」と身構えながら身体を起こし、そのまま立ち上がった。
が、外で出るべきか室内にとどまるべきか、すぐに判断がつかず。
また、持って出るべきものも、すぐに思いつかず。
とっさに掴んだキーホルダーを手に、ギシギシと軋む音がする室内を右往左往するばかり。
心配性の私は、一般の人よりも強くコロナや地震に対する心構えをもっている自負していたけど、結局、戸惑うばかりで素早い判断と行動ができなかった。

揺れが治まってきた頃、NHKをつけると、早速、地震のニュースをやっていた。
「福島県で震度6強」「震源が海底の場合、津波が起こる可能性があるので注意」
と、アナウンサーがやや早口で情報を流していた。
私は、津波の心配がない土地に暮らしているので、その不安はなかったけど、脳裏には十年前の映像が蘇ってきていた。
そして、「大事にならなければいいけどな・・・」と、スウェット(パジャマ)の上に袢纏を羽織り、冷え冷えとした部屋の中で、しばらく繰り返されるニュースを注視した。

考える時間、迷っている時間が、結果的に命取りになる危険性もある。
頭ではわかっていても、実際に地震が起こったとき、すみやかに適切な行動ができないと意味がない。
今回、私は、コロナ同様に地震にも慣れてしまっていることに気づかされた。
あと、実際に大揺れすると、一時的に頭が真っ白になることも。
不意に地震が起こることは想定内のはずなのに、実際の感覚は想定外。
「想定外」を「想定内」にしておくこと・・・物理的な備えはもちろん、自分がとるべき行動もよくよく考え置いて、直感的に動けるようにしておくことが大切だと、つくづく思った。



訪れた現場は、郊外の閑静な住宅地に建つメゾネット式アパート。
オシャレな外観、凝った造りで、軽量鉄骨構造ながらも一般的な重量鉄骨マンションよりも高級感がある建物。
亡くなったのは50代男性、自室で孤独死。
仕事は個人事業で、亡くなったことをすぐに察知されるような人付き合いもなく、発見されたのは亡くなってから数日後。
ただ、寒冷な季節でもあり、その肉体は、腐敗らしい腐敗はしておらず。
寝室のベッドに、薄いシミが発生している程度。
わずかにアンモニア系の異臭があったものの、一般的な生活臭の方が強く、“そこで人が亡くなっていた”ということは言われなければわからないくらいだった。
また、長年の一人暮らしで家事には慣れていたのだろう、中年男性の一人暮らしの割に部屋はきれいで、汚くなりやすい水廻りもきれいに保たれていた。

故人は独身独居、親兄弟はなく、もっとも近い血縁者は叔父・叔母。
ただ、叔父・叔母は遠方の田舎に暮らし、また、かなりの高齢。
一族の文化か、田舎の風習か、親族は“血のつながり”というものを重く考えているよう。
遠戚とはいえ、借り物の家で身内が孤独死したことに少なからずに責任?負い目?みたいなものを感じているようで、深刻な表情。
その様子から、故人の後始末を引き受けるつもりがあることは充分に伺い知ることができた。

大家は、代々、この地域の地主。
先祖は、この地域に田畑をもって汗を流していた農家だったのだろうが、時代の移り変わりとともに農地は商業地や宅地となり、資産価値は上昇。
汗水流していたのは先祖、その末裔である大家は、ハッキリ言ってしまえば“棚ぼた”で資産を手に入れた身。
もちろん、相応の労苦はあるのだろうけど、一般庶民に比べれば、経済には余裕があり、生活は優雅。
何の資産も持たない貧乏人(私)からみると、羨ましく思える身分。
ただ、同じ資産家でも色んな人がいて、寛容な人もいれば強欲な人もいる。
自分のことを棚に上げて言わせてもらえば、残念ながら、本件の大家は後者だった。

大家、親族、業者(私)、三者協議のテーブルでのこと。
親族に対して大家は、家財生活用品の処分と、そこで亡くなっていたことを理由に、ある程度の消臭消毒を要求。
もともとそのつもりはあったようで、これは、親族も承諾。
しかし、ことはそれだけにはとどまらず。
“世間知らずの田舎者”“お人よしのお年寄り”といった体の親族が黙って頷いていることに気を大きくしたのか、大家は、全面的な内装改修工事や設備の入れ替えまで打診。
「新築にする気か?」「そこまでする必要ないだろ?」と思うようなことまで、当然のように要求しはじめた。
そして、用意周到なことに、親族の前に、「原状回復に関する全責任を負う」といった旨の覚書を差し出し、署名押印するよう促した。

対する親族は、戸惑いの表情。
家財処分や消毒、一部の内装改修や清掃を強いられるのは仕方がないと思っていたようだったが、大家の要求はそれをはるかに超越した想定外のもの。
故人の部屋は、何も言わなければフツーの部屋、特段の汚損も異臭もない。
いくら、親族が孤独死現場の後始末に関して素人といっても、そのくらいの分別はつく。
三者の中では若輩だった私の目からみても大家の下心はみえみえで、親族も大家の言うことを黙って聞いてはいたものの、それは“=納得”でないことは明らかだった。


不動産にかぎったことではなく、物の貸借契約において借主は「善良な管理者としての注意義務」、つまり、「借りたものは良識をもって大切に使用しなければならない」という責任・義務を負う。
通常の生活を送るなかで傷んでしまうものや、経年による劣化は免責されるのが通例だけど、「内装建材・建具設備を通常使用外で損傷させてはならない」という責任を負うわけ。
具体的には、「禁煙の部屋でタバコを吸ったり、ペット不可の部屋で動物を飼ったり、大量のゴミを溜めたり、常識的な清掃を怠ってヒドく汚したりしてはいけない」ということ。
不可抗力ながら、孤独死して腐乱した場合も、汚損が顕著に表れるので、なかなか抗弁しにくい。
自殺となれば尚更で、「不可抗力」ではなく「故意」とみなされるので、借主側の責任は大きなものとなる。

話を一般の案件に戻すと、通常損耗・経年劣化の判断基準にはグレーなところがあり、借主・貸主の間で争いになることも少なくない。
私自身も、三年暮らした部屋で原状回復代が全額免除されて嬉しかったこともあれば、一年しか暮らさなかった部屋で少なくない額の修繕費をとられて不満に思ったこともある。
が、本物件は、上記の借主義務を逸脱しておらず。
家賃の滞納をはじめ、迷惑行為もトラブルもなし。
所々に通常の生活汚れがあるのは当然ながら、全体的に部屋はきれいで経年劣化も軽症。
居住年数を考えると、原状回復費用のほとんどは貸主(大家)が負担するべきものと考えるのが自然だった。

しかし、“孤独死”というところが借主(故人)側の急所となっていた。
で、大家は、被害者色を前面に押し出して、その一点を突いてきた。
ただ、それは、法的拘束力をもっているものではなく、あくまで情に訴えるもの。
親族は、故人と生前の付き合いも浅く、賃貸借契約の連帯保証人や身元保証人にもなっておらず。
しかも、「血縁者」とはいえ、親子・兄弟でもない遠戚。
ただただ、一族の倫理観・・・つまり、血はつながった者としての善意で後始末をしようとしていたわけで、放り投げよう思えば、容易に放り投げられる立場にあった。


大家は、話が進むにつれ、それまで従順だった親族の空気が不穏なものに変わってきたのを察知したよう。
それを警戒してだろう、そしてまた、専門業者の意見だったら説得力があると思ったのだろう、大家は、私にも意見を求めてきた。
大家の主張は業者の私にも利があるため、当然、大家は、自分側に立った“援護射撃”を期待していたはず。
しかし、一つ間違えば悪質な押し売り、もっと言えば詐欺にもなりかねない。
私だって、仕事=商売をするためにやってきたわけで、一儲けも二儲けもしたかったけど、大家とグルだと思われるのは不本意だし、犯罪者みたいな後ろめたさを味わうのはもっとイヤ。
そうは言っても、大家を敵に回したら、仕事を獲たとしてもやりにくくなるに決まっている。
業者の立場としては、大家側につくのが得策・・・
個人の立場としては、親族側につきたい・・・
私は、大家側につくべきか、親族側につくべきか、ない頭をめいっぱい捻って打算を働かせた。
で、いつでも都合よく自分の立ち位置を変えられるようにしておくため、
「業者である私も利害関係者の一人ですから、ここでの意見は差し控えます」
と言って、結局、どちら側にもつかず。
その結果、大家の思惑は外れ、決着には至らず。
親族の、「この案件は持ち帰って検討する」という回答をもって、その場はお開きとなった。

数日後、親族は、
「弁護士に相談したところ、“負うべき責任はない”と言われた」
「ある程度は負担するつもりだったけど、もう一切の後始末から手を引く」
と大家に通達してきた。
肉親の情に厚い田舎者だと思っていたら、いきなり手のひらを反してきたわけで、これは大家も想定外。
慌てて腰を低くしても、もう手遅れ、後の祭り。
結局、親族の善意につけ込んで欲をかいたばかりに、大家は、本来なら得られるはずだったものまですべて逸してしまった。
一方の私は、親族に悪者扱いされることもなく、仕事の規模は縮小したものの大家との請負契約で一仕事を獲ることができ、このときは、どちら側にもつかない優柔不断なスタンスが「吉」とでたのだった。


とにもかくにも、人の善意に乗っかって一儲けしようとするのはよろしくない。
詐欺や窃盗を筆頭に、このコロナ禍に、そういった輩が横行しているのは、承知の通り。
そんな卑怯者は、あえて善良な高齢者や弱っている店を狙う。
「コロナなんか関係ない」と我が物顔で店をハシゴしイキがっている連中より、更に性質が悪い。
関連するニュースを見聞きすると、「くたばってしまえ」と、過剰な思いが湧きあがってくる。

そうは言っても、我を顧みれば、
「オマエだって、他人の不幸で飯を喰ってるんじゃないの?」
「似たようなもんじゃない?」
と、どこからかそんな声が聞こえてきそう。
これまでも、たまに、内から外から、そんな声が聞こえてきた。
ただ、私は、人生の半分以上をこうやって生きてきた。
もう、他の生き方は忘れてしまったし、今更、他の生き方なんてできっこない。

人生は、想定外のことが起こるから楽じゃない。
それで、どれだけ泣かされてきたことか・・・
しかし、想定外のことが起こるから面白くもある。
それで、いくらか笑いもした・・・
想定内の死に向かう中で、想定外の死期と死に方を覚悟しつつ、これからも、私は、こうやって生きていくしかない。

狭苦しく冷暗な地ベタを、ひたすら這いずり回っているような人生。
若かりし頃の自分にとっては、まったく想定外の人生。
そんな想いに、気分を沈ませてばかりの日々・・・
くたびれた男になってしまった自分に、ここから這い出るチャンスは、まだあるのか・・・もうないのか・・・
ただ、泣いても笑っても、残りの人生が刻一刻と短くなっていることだけは間違いない。

「だったら、全力で地ベタを這い回ってやろうじゃないか!」
そんな覚悟も根性もないくせに、生きてる楽しみを少しでも味わおうと、時々、私は自分にそう言って朝陽に向かっているのである。



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緊急事態

2021-02-15 08:35:29 | その他
この状況では仕方がない・・・おおかたの予想どおり、緊急事態宣言の終了が一ヶ月延長された。
表面上の感染者数は減少傾向にあるものの、高齢者の感染者数や重症者数はそれにリンクしておらず、病床の逼迫具合も改善されていないのが理由らしい。
死亡者数も高止まりしており、延長はやむを得ないと思う。

まったく、「慣れ」というものは恐ろしい。
かつて、東京都一日の感染者数が500人を超えたときは、ビッグニュースとして衝撃的に受け止められた。
が、しかし、今では、500人くらいで驚く人はおらず、もはや「少ない」といった印象。
事実、不要不急の外出自粛が呼びかけられているけど、私が住む世界(昼の世界)では、あまりその変化は見受けられない。
仕事上、あちこちの商店街を通りかかることがあるけど、「緊急事態宣言下」といった雰囲気はない。
いいことなのか 悪いことなのか・・・ほとんどの商店街には、大勢の人が出歩いている。
パチンコ屋は朝から賑わっているし、ランチ時には狭い店も混み合っている。
特に、東京の人間は、もともと人ごみに慣れているせいか、“密”もあまり気にしていないように見える。
余計なおせっかいか・・・神経質な私なんかは、「もっと、人を警戒した方がいいんじゃない?」と思ってしまう。

かくいう私も、正直なところ、春のときよりは明らかに緊迫感がない。
しかし、私の場合は、もともと地味な性格で、金遣いも地味なら遊びも地味。
当然、暮らしぶりも地味なので、不要不急の用も少なく、普段の生活スタイルそのものが自粛生活みたいなものだから自制してるっぽく見えるだけ。
そんな中でも、テレワークできる仕事ではないので、毎日、仕事には出ている。
ただ、電車やバスは避けているうえ、マスクの着用、こまめな消毒はもちろん、できるだけ人と距離をあけるように心がけている。
作業でも密にならないよう気をつけ、飛沫が散らないように口数も減らしている(“減らず口”は多いけど)。
また、感染も重症化も恐いし、後遺症も侮ることはできないので、少しでも免疫力を高めておこうと、食事・運動・睡眠のバランスには気を使っている。

さてさて、この緊急事態、一体、いつまで続くのだろうか。
いつになったら“終わり”が見えてくるのだろうか。
一昨日の深夜には、世の中の不安につけこむかのように、大きな地震が起こったし・・・
その次には何が待っているのだろうか。
景気回復か、それとも第四波か。
少なくとも、東京オリンピックが待っているようには思えない。
図らずも、大会組織委員会のドタバタ劇は、それを後押ししているようで、“延期派”の私は冷めた視線で観劇している。



ある日の深夜、一本の電話が入った。
相手は中年の男性、かなり慌てている様子。
相談の内容は“特殊清掃”。
ただ、得意の(?)腐乱死体とかゴミ部屋とかではなく、対象は糞尿・・・男性自身がやらかした跡を始末する仕事だった。

男性は、人々で賑わう繁華街にいた。
仕事を終えた男性は、職場の仲間とそこで飲んでいた。
愉快で楽しい酒だったのだろう、結構な量を飲んだよう。
で、ひとしきり飲んで後、終電間際で宴はお開きに。
終電を逃すわけにはいかなかったので、時間には余裕をもって駅に向かって千鳥足を進めていた。

そのとき、身体に異変が!
楽しい酒に酔っていい気分だったのに・・・下腹部にイヤ~な圧迫感が・・・
そう・・・急に“大”をもよおしてきたのだ。
しかし、心配無用、駅には安息の地、トイレがある。
そして、駅までは数分の距離、そんなに遠いわけではないし、いつもの帰り道で道順もわかっている。
「落ち着け!このくらいの腹痛なら駅までは充分にもつ」と、男性は慌てそうになった自分を落ち着かせ、駅までの道を確実に進んだ。

しかし!、男性の大腸は、たった数分も待ってくれなかった。
酒を飲み過ぎたせいもあるのか、大腸の圧力は急上昇!
男性の立場も顧みず、ブツを放出しようと躍起に。
尻の穴に力を入れて抵抗する男性に対し、冷酷にも、大腸は膨張と収縮を過激に繰り返して攻め立ててきた。
もはや、数分の猶予もならない状態、大ピンチ!
悲しいかな、このパターン、攻防戦の結末はだいたい決まっている。
尻の穴が決壊するのは時間の問題となっていた。

「慌てるな!間に合う!間に合わせてみせる!」
自分を奮い立たせながら歩行スピードを上げるも、尻の穴を力ませたまま走ることまではできず。
圧力を増すばかりの大腸を前に、次第に男性は弱気に。
「間に合わないかも・・・」
事は、一刻を争う状態に。
「ウウ・・・もう、間に合わない・・・」
諦念した(悟りの境地に達した?)男性は、頭を切り替え、別の選択肢を思案。
そして、急いで周囲を見回し、身を隠せそうな場所を探した。

不幸中の幸い、時刻は深夜。
多くが店じまいする時間帯で、ほとんどの店が暖簾をおろし始めていた。
周辺に人影は少なく、街灯の明かりもまばらで、あちこちに暗闇を発見。
男性は、営業を終えた とある店舗の脇に、人目につかない隙間をみつけ、素早くそこへ身体を滑り込ませた。
そして、せわしなくズボンとパンツを下し、ブリブリブリッ!・・・
・・・クサ~い空気を吸い込みながら、ホッと一息ついたのだった。

しかし、一息ついたのも束の間、その直後、災難は再びやってきた。
不審な物音をききつけた店員が店から出てきたのだ。
そこには、ズボンを下してしゃがみ込んでいる男・・・
周囲には、不穏かつクサい空気が漂い・・・
暗闇に潜む不審者を発見した店員は、
「オイ!そこで何やってんだ!?」
と男性に向かって大声を上げ、一か所しかない通路に立ちふさがって威嚇した。
一方の男性が、
「ウ・・・ウンコしてるんです・・・」
と言ったかどうか定かではないが、どんなに弁が立ったとしても、この状況は言い逃れようがない。
男性は、潔く?観念。
ズボンを上げる前に白旗を上げたのだった。

冷静になって考えれば、新聞を敷くとかレジ袋を使うとか、何かしらの対処ができたはず。
そこまでの余裕がなかったとはいえ、男性は、何の措置も講じず用を足したわけで、はなから“垂れ逃げ”するつもりだったことは明白。
誰にも見つからなければ、そのまま知らんぷりして立ち去るつもりだったのだろう。
さすがに、それは悪質。
不法侵入?器物破損?営業妨害?、多分、何らかの犯罪になるはずで、弁解の余地はない。

しかし、尻丸出しの状態で店員に見つかった男性は、相当にパニックったことだろう。
怒鳴る店員を前に慌てふためき、尻を拭くことも忘れてズボンを上げたかも(訊きたいのは山々だっだけど、仕事に関係ないから、そこのところは詳しく訊いてない)。
店員だって、男が脱糞している姿なんて、見たくないものを見せられて、気持ちが悪かっただろう。
同時に、怒りが込み上げてきたに違いない。
男性が店員にコテンパンに叱られたのは、想像に難くなかった。

翌日の朝一、私は、あまりに滑稽なものだから、遊びに出かけるような気分で現場に出向いた。
着くと、現場には店長らしき人物と依頼者の男性がいた。
結局、男性は、そのまま帰宅できず。
夜通しで、掃除をやらされたのだろう、心身共に疲れ切った様子。
罪悪感・羞恥心・徹夜・二日酔・・・悲愴感を漂わせる男性が、やや気の毒に思えたけど、これは自分で撒いた種。
緊急事態だったとはいえ、脱糞逃亡しようとしたツケが回ってきただけで、同情の余地はあるような ないような・・・とにかく、私は、どうしてもニヤけてしまう顔を隠しながら糞跡を消毒するのみだった。



また、違う日、とある会社から特殊清掃に関する相談が入った。
対象は会社の車。
内容は糞尿。
「車の糞尿汚染?」
私は、すぐには状況が呑み込めず、詳しく話を訊いた。

ある日、男性社員二人が、社用車で外出。
そして、走行中に一方の男性が“大”をもよおしてきてしまった。
しかも、通常の便意ではなく、腹痛をともなう緊急の便意。
しかし、そこは高速道路。
おまけに、大渋滞にハマって超ノロノロ、PAなんて何十キロも先。
そうは言っても、車を降りて路肩で尻を出すわけにもいかない。
(それはそれで、渋滞で退屈していたドライバー達に超ウケだと思うけど)
そうこうしているうちにも、大腸は残酷な蠕動運動をやめず。
腹の痛みも酷くなってきて、限界が近づいてきたことを悟った男性は「もう、我慢できない!」と同僚に告げたかと思うと、おもむろに助手席から後部座席へ移動。
そして、「ま!まさか!?」と思った同僚の予想通り、男性は、ズボンのベルトを外しはじめた。
それは、尻の穴ばかりか、羞恥心までもが大腸の圧力に屈してしまう瞬間だった・・・
「やめろ!やめろーっ!!」と、同僚が制止するのもきかず、シートの下にしゃがみ込み、そのままブリブリブリッ!・・・
で、その後の車が悲惨なことになり、同情していた同僚が悲惨な目に遭ったのはいうまでもない。

自分がやらかしたことの恥ずかしさに耐えられなかったのだろう、その後、数日、「体調不良」ということで、本人は休暇をとった。
そして、わざわざ病院に行って、指示もないのに会社に診断書まで提出したそう。
車中脱糞を病気のせいにして、周囲に不可抗力だったことを理解してもらい、更に同情を誘おうとしたのだろう。
それで、少しは罪悪感や羞恥心を紛らわすことができたかもしれなかったけど、残念ながら、その浅知恵は会社もお見通しで、気の毒にも本人の意図は空振りとなっていた。

問題の車は、社屋の敷地内にある駐車場にあった。
上司や同僚達・・・仕事をそっちのけで野次馬が集まること集まること。
しかも、皆が、ニヤニヤ クスクスと笑っている。
そのうち、上司らしき人がでてきて、
「“固形物”は自分で始末させましたから」
「費用は、私が責任をもって本人に払わせますから」
と、これまた、笑いたいのをこらえるようなニヤケ顔で作業を依頼してきた。

そんな余裕もなかったのだろう、本人は、ビニールとか何も敷かず、ダイレクトに脱糞。
コゲ茶色の変色と濡れた痕・・・
ニオイからしても、それは明らかに糞尿汚れ・・・
汚れは、後部座席の足を置くスペースを中心にシートにまで付着。
限られたスペースの中でズボンを脱いで用を足すわけだから、あちこち汚れてしまうのはやむを得ない。
そうは言っても、当然、特別のチューニングでもしないかぎり、フツーの車は便器仕様にはなっていない(“便器仕様のチューニング”なんて聞いたことないけど)。
内装は布地が多く、染み込んだ汚れを完全に除去するのは困難。
掃除するより内装材を張り替えたり、シートを交換したりする方がはやい。
私は、
「やるだけのことはやりますけど、見た目はあまり変わらないと思いますよ・・・」
と上司に伝えて、一通りの作業をやった。

「それにしても、随分と思い切ったことしたなぁ・・・」
「しかし、そうするしか方法がないか・・・」
「そのままパンツの中に漏らした方がマシだったんじゃないか?」
「いや・・・やっぱり、パンツの中はマズいか・・・」
「ん~・・・車の中orパンツの中、究極の選択だな・・・」
私は、頭のヒマつぶしで、作業をしながら“自分だったらどうするだろう”と考えてみた。
が、やはり、この二者択一で結論を出すのは困難。
で、深酒すると腹を下しやすい(肝臓が弱っているとそうなりやすいらしい)私は、「酒はほどほどが自分のため!」というところに着地し、それで、くだらないことを考えるのをやめた。

休暇を終えた本人がどんな顔で出社してくるのか、また、他の社員がどんな態度で迎えるのか、興味深いものがあった。
どちらにしろ、その車は、会社にとって、誰もが敬遠する“伝説の名車”となり、本人は“伝説のウ○コ男”となり、笑いのネタになったことは間違いない。
そして、車の中で“野グソ”をした男として社史に残るかもしれない。
ただ、“災い転じて福となす”こともある。
車はダメになってしまったけど、一時でも、会社には笑いがあふれ、くだらなくもハッピーな雰囲気に包まれたかもしれない。
その後の本人の動向は知る由もなかったが、羞恥心に負けて転職したりせず、笑いもとれる“恥ずかしいヒーロー”として会社で活躍していてほしいものである。


当人達のことを思うと、笑ってばかりではいけないのだけど、このところ しばらく心が深刻だったので、“明るく、元気よく”をモットーに、バカバカしい記事を書いてみたくなった次第。
それにしても、こんなくだらないネタで、くだらない内容の記事がこんなに長く書けるとは・・・普段の私がくだらないことばかり考えている証拠か?
でも、「くだらない」って悪いことばかりではない。
人生、「無意味なことに意味がある」「無意味だから楽しい」ってことも多い。
どんな時も悪事はよろしくないけど、たまには、くだらないことをしたり、くだらないことを考えたりしてバカ笑いすると人生は楽しくなる。


人生の緊急事態にあるK子さんとは、2月9日0:29に たった八文字の打ちかけたメールが送られてきて以降、連絡が途絶えている。
体調は1月28日から急激に悪化したものの、2月4日には復調の兆しもでてきた。
しかし、以前のようにまで戻ることはなく、8日から再び悪くなり、今日に至っている。
本人も私も、ある程度は予想していたことだけど、ひょっとしたら、もう、この記事も読めなくなっているかもしれない・・・

ただ・・・かすかな望みをつないで、
「特掃隊長のバカっぷりをみて、“クスリ”とでも笑ってくれればいいな・・・」
・・・そんな風に想っているのである。


特殊清掃についてのお問い合わせは
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残された時間 ~後編~

2021-02-03 08:17:05 | 遺品整理
女性の両親は共に聾唖者で、父親は幼少期に、母親もだいぶ前に亡くなり、兄弟姉妹もおらず、女性自身、結婚歴もなし。
父が亡くなって以降、将来を悲観した母親から心中を持ちかけられたりと、悲しく悔しい思いをしたことも少なくなかった。
生前の母親との関係も良好ではなく、手話をおぼえる気も起きず、血縁的には孤独な身の上だった。
苦難の多い少女期を過ごして後、大人になると誰を頼ることもなく懸命に働き、駅近の好立地にマンションを購入、四匹の愛猫との幸せな暮らしを手に入れた。
また、その人柄から、親しく付き合える友達が何人も与えられた。

女性が癌を患ったのは十年以上も前、それから長い闘病生活がはじまり、再発・転移を繰り返し、徐々に悪化。
しかし、悪いことは重なるもの、癌を患っただけでも充分なのに、勤務先の倒産・失業・・・災難が女性に襲いかかった。
多くの苦難に遭遇、ツラいことばかりが起こり、辛酸という辛酸を舐めつくし、自殺を考えた時期もあった。
癌の悪化で働くこともままならなくなり、貯えは底を尽き、生活のために借金。
ようやくありつけた正社員の仕事も5日でクビになり、闘病しながらの生活はどうにも回らなくなってしまった。

最後のトドメは、借金苦のまま仕事も見つからず、身動きがとれなくなった二年前。
癌が悪化する中、とうとう破産、やむなく生活保護を申請・・・
家族だった愛猫とも引き離され、一生住み続けたいと思っていたマンションも取り上げられ・・・
女性に幸せをくれていたもの、すべてを失ってしまった。
ただ、唯一、もともと猫をくれた友人が愛猫を再び引き取ってくれたことのみが救いだった。

新しく暮らす家が必要になっても、女性のような境遇の人を入居させてくれるところはなかなか見つからず。
病身を押しての家探しは、惨めなものだったかもしれない・・・やっとの思いで見つけたのは、小さな賃貸マンション。
どうしても手放したくない最低限の物と一緒に そこへ越し、部屋の大きさに合う小さな家電を揃えて、新しい生活をスタート。
そのとき、女性は、「自分の人生で本当にツラいことは、やっと、やっと全部終わった・・・」「これ以上、苦しまなくてすむ・・・」と悟った。
そこには、諦念を超えた安堵感があった・・・もっと言うと、その時、女性は、絶望感を超えた希望のようなものを抱いたのではないかと私は思った。


女性が余命宣告を受けたのは、昨年12月3日のこと。
その日、女性が訊ねたわけでもないのに、主治医は、「これ以上、やれる治療はなくなりました」「余命二カ月、ですね」と、淡々と告げたそう。
医師と女性の間には信頼関係ができており、医師は、女性の性質をわかったうえで告げたのだった。
それは、女性にとって最悪のシナリオだったが、その可能性があることも充分に覚悟しており、“仕方ないな・・・”と素直に受け入れた。
そして、淡々とした心持ちで、「あ~・・・そ~ですか・・・」とだけ返した。

「医者も用心して、余命は“最短”を言うでしょうから、“桜が見れるかどうか・・・”ってところでしょうかね・・・」
「部屋で倒れてもすぐ発見してもらえるように、看護ヘルパーに来てもらっています」
女性は、さすがに、私のブログをよく読んでくれている。
孤独死して放置されるとどうなるか、よく理解。
まるで他人のことを話すかのように、軽々とそう言った。

「多くの人は、“明日がある”“次の季節がある”“来年がある”と思っている・・・そのことが何だか不思議に思える」
「自分には“次”がないという感覚が、何とも新鮮」
一般の人に比べると、はるかに“死”というものを意識して生きてきたつもりの私だけど、その「不思議」「新鮮」といった言葉は、到底、私の口からは発し得ないもの。
私の中では、“そういうものなのか・・・”といった思いと、“なるほど・・・”といった思いが複雑に交錯。
そこは、まったく未知の境地・・・それこそ、私にとっては“不思議”で“新鮮”な感覚だった。

確かに、平均寿命を、漠然と自分の寿命のように思っている人は多いだろう。
何の保証もなく、何の確証もないまま、勝手に。
また、そう思わないと自分の人生をプランニングできないし、まともに生きられない。
しかし、残された時間は自分が思っているほど長くはなく、現実的には、いつ どこで この人生が終わるかわからない。
平均寿命まで生きるつもりでいながらも、残された時間が少ないことを知って生きることが賢い生き方なのだろうと、あらためて気づかされた私だった。

相手に精神的な重荷を負わせることになりかねないから、女性は、一時、「余命二カ月」と告げられたことを親しい人に伝えることを躊躇った。
それに対する応えとして、私は、「麦は、生きているうちは一粒のままだが、死ねば多くの実をむすぶ」という聖書の言葉を引用し、同時に、2011年4月1日のブログ「一粒の麦」を紹介しながら、冷たい人間に似合わない熱量をもって持論を展開。
女性の最期の生き様と、その死は、私を含めた周囲の人の心に、“大切な気づき”を必ず与えること・・・
生活に追われる毎日から、一旦 目を離し、立ち止まって、静かに命や人生を見つめ直すチャンスをもたらすこと・・・
それが、人の心に“よい実”を実らせること、決して“無”ではないことを伝えると、「心に刺さりました・・・」と、それまでの様子とはうってかわって、女性は、ポロポロと涙をこぼした。


話が尽きない中 ダラダラと居座るわけにもいかず、夕方には帰社する必要もあったので、女性との面談は二時間余で終えた。
ただ、その後も、女性に訊きたいことが次々にでてきて、女性も私に話したいことがでてきて(?)、その関係性に釣り合わないくらい頻繁にメールでやりとりしている。
別れた直後には、本気なのか冗談なのか、ジョークを飛ばすように「冥土の土産になりました」とメールが入った。
また、その後にも、私と会えたことについて「やってまいりました、千載一遇のチャンスが!」「“余命二カ月も悪くないな”と本気で思いました」との言葉(文字)が出てきた。
「何が何でも長生きすることが、命の価値を高めたり、人生に意味を持たせたりするものだとは思っていませんけど、せっかく知り合いになれたのですから、粘り強く生きて下さい」と送ると、「“余命?なんだっけソレ?”という感じで元気でやってます」と返ってきた。

女性は、私と会ったのを機に、650編を超えるこのブログを、はじめから再び読み直し始めたそう。
また、 “みき さえ”さんという漫画家が、何年も前から、このブログを原案に描いておられる「命の足あと」という作品があるのだが、それを紹介したら、早速、電子コミックで読み始めてくれた。
もともと漫画は好きなようで、「読者に伝わるように構成がよく考えられている」「絵もコマ割りもとても上手」とプロっぽいコメントで作品の出来ばえを褒めてくれた。
とは言え、私は、作者から質問があったときに応答しているだけで、制作に細かく携わっているわけではない。
とにかく、女性は、私に関わることは何でもかんでも褒めてくれ、楽しげに喜んでくれた。

そんな具合に、女性は、病んだ肉体とは裏腹に、内面は、とにかく明るくて元気!
深く落ち込んだり、気分が沈んだりすることも、ほとんどないよう。
ウィットに富んだ表現もとても上手で、いい意味で、「どういう神経してるんだ?」と笑ってしまうくらい。
しかし、そんな女性だって、これまで何度となく鬱状態に陥ったことがあり、自殺を考えた時期もあったわけで、“強い人間”というわけでもなかった。
「人それぞれ」と言えばそれまでだけど、とにかく女性は、弱くて脆く、ネクラな私とは まったく異なるタイプで、私は、そこのところに、憧れに近い疑問(興味)を覚え、同時に、その理由を探って、そこから、楽に生きるためのコツ・ヒントを学び取りたいと思った。

女性が人生を楽に生きられるようになったのは、ここ数年のこと。
何もかも失って以降は尚更。
もう、死ぬことも恐くなく、生きることへ執着もなく、ただ、残された一日一日を大切に、楽しんで生きたいのだそう。
そんな女性の明るさは、絶望や諦念の反動からくるものではないことはハッキリしている。
それは、打ちのめされた弱い自分から錬りだされた強さと、守るべき人も 守るべきものもない身軽さと、すべてを失うことの達観からきているもの・・・
しかし、それだけではなく、私には、女性自身も気づいていない深層心理の部分に、一つの信念、ある種の信仰心のようなものがあるように思えた。

そんな元気な様子が伺えても、身体は、容赦なく癌が蝕み続けている・・・特に、1月28日からは深刻な状態に陥っている・・・
まだ何とか一人での生活を営めているものの、腹部を中心に身体には鈍い痛みがあり、少し前までは、鎮痛剤“ロキソニン”が飲むと痛みが引いていたのだけど、今では、もうそれも効かなくなっている。
で、この頃は、イザというときの“御守”として処方してもらっていた、麻薬系の鎮痛剤“オキノーム”を服用。
それも、はじめは一日一回で抑えられていたのが、今では一日三回にまで増量せざるを得ない状況で、それでも、痛みは治まりきらず、更に、記憶がとんだり、意識が朦朧としたりするときもあるよう。
その苦痛を想うと、こんな私の心でもシクシクと痛んでくる・・・女性の心身が癒されるよう、祈らずにはいられない。


私が、このブログ「特殊清掃 戦う男たち」を始めたのは、2006年5月17日・・・もう15年近く前のこと。
650編を超える中で、色んなことを書いてきた。
経験したこと、想ったこと、考えていること、愚痴や弱音や泣き言も。
できるかぎり自分と正直に向き合い、できるかぎり自分の心の声に耳を傾けながら。
そしてまた、自分から出る言葉だけではなく、僭越ながらも、故人の声を代弁するようなエピソードもしたためてきた。

当初は、自分なりに精一杯 女性を癒し、励ますことが自分の役目だと考えていた私。
しかし、前述のとおり、私には、女性を癒し励ますことができるほどの見識はない。
勇気や希望を与えることができるほどの力量もない。
それでも、できることはある・・・私は、とにかく、自分ができることをしようと思った。
独善でも、独断でも、偏見でもいい、私は、女性の心の声をきいて、それを特掃隊長というフィルター通して核心を洗い出し、ダメ人間なりに研磨して代弁することが、“特掃隊長ができること”ということに行きついた。

で、この経験をブログに書こうと思い立った。
この経験を自分に刻み、また読者に伝えて、そこから何か大切なものを得よう、得てもらおうと考えた。
しかし、困った・・・悩んだ・・・
起こった出来事だけを新聞記事のように書くのは簡単なのだけど、それだけでは何かが足りない・・・
“何かが足りない”のはわかっていながらも“何が足りないのか”、考えても考えても、それがわからなかった。

一般の世では、現実的な“死”を語ることはタブー視されやすい。
とりわけ、リアルに該当する当人の前では。
しかし、女性に そのタブーはなかった。
“女性の心の声をきく力”が不足していることに気づいた私は、“無神経”を承知で女性へ質問を投げかけた。
一方の女性は、「今は何でもオープンですので、何でも訊いて下さい!」と、大らかな姿勢で応じてくれた。

「仮に、愛猫と一緒に、マンションで平和に暮らしていたとしても、その精神状態は変わらなかったでしょうか?」
「それに答えるのは、ちょっと難しいです・・・それを現実に想像するのが難しいです・・・“何もかも失った今の私には想像かつかない”というのが正直なところです」
「切ない質問をしてゴメンナサイ・・・」
「大好きだった猫達と 大事にしていたマンションを失った悲しみが通り過ぎたら、もう何にも恐いものがなくなりました」
この他にも、私は、ビジネスライクなお願いや酷な質問を連発した。

そして、女性からも、たくさんの言葉を送って(贈って)もらった。
「フツーに生きてるだけでめっけもん!」
「自分が好きなように過ごしたのだから、何もしなくても、充分、幸せな一日」
「自分がツラいだけで誰の得にもならないから、自分を責めることを一切やめた」
「親身になってくれる友人はもちろん、この世の ありとあらゆるものに対して感謝が止まらない」等々・・・


当初、私は、この経験をここに書くにあたって、おさまりのよい一つの着地点をつくろうとしていた。
女性とのやりとりを通して、その“大切な想い”を探り出し、多くの人に共感してもらえるようなゴールを目指そうとした
打算癖のある頭に頼った、変な計算が働いていた。
しかし、悲しいかな、女性の心の声をきく力だけではなく、その深層心理を探りきる力、それをキチンと文章にまとめる力までも不足。
結局、悩んでいるうちに 時間は足早に過ぎていき、ゴールにたどり着くことはおろか、メッセージらしいメッセージをかたち造ることさえできなかった。

ただ、もっと もっと時間をかければ、自分を錬ることができ、思慮を深めることができ、納得のいくゴールが見えてきたかもしれない。
しかし、女性が「余命二カ月」と告げられて、今日が その二カ月・・・もう時間がない。
もたもた悩んでいるうちに、時間は“酷”一刻と過ぎていく。
私は、女性が自分の目で読めるうちにこれを書くことが、自分に課された“務め”のような、“使命”のような、“責任”のような・・・私を必要としてくれ、私を呼んでくれた、女性に対する“こたえ”のような気がしている。
だから、私は、ひとしきり悩んだ末、想いが伝わらなくても、想いが届かなくても、女性のために・・・結局は自分のためにも、“二カ月以内”に書きあげることに渾身の力を注ぐことにした。


もともと、私は、薄情な人間、いちいち感傷に浸るクセは強いけど、だいたい一過性のもの。
いよいよになって、悲しむかどうかわからない。
目に涙が滲むかどうかも、心が痛むかどうかも、喪失感に襲われるかどうかもわからない。
仮に、涙を流したとしても、多分、それは自分の偽善性をごまかすための感傷、自分の悪性と折り合いをつけるためのパフォーマンス。
ただ、しかし、そのことで、何か 自分のためになるものがこの胸に刻まれること・・・この胸に蒔かれた“一粒の麦”が芽吹くことは間違いない。

女性との出逢いによって蒔かれた種が、その別れによって芽をだし、その先、何日、何ヶ月、何年かかるかわからないけど、自分の生き方によって実をつける・・・
いずれ、私にも死が訪れる。
それまでには実をつけ、そのときは、私も誰かの・・・欲を言えば、一人でも多くの誰かの“一粒の麦”となりたい。
そのためにも、私は、自分に残された時間を大切に、精一杯生きたいと思う。
ボロボロの身体でも、クタクタの心でも、ヘトヘトの人生でも・・・それでも、女性のように、明るく、元気よく。


『 K子さん
私は、この経験を、これから生きていく日々の・・・私に残された時間の糧にします。
やりとりしたメッセージも、消さないで残しておきます。
そして、何よりも、貴女のことを生涯忘れません。        
2021年2月3日  特掃隊長 』


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残された時間 ~中編~

2021-01-30 08:52:25 | 遺品整理
依頼者は、「余命二カ月を宣告された」とのこと。
そして、また、「できたら、ブログを書いている人に来てほしい」とのこと。
“ブログを書いている人”って・・・つまり、私のこと・・・
ただの仕事ではないことは依頼者と話すまでもなく明らかで、しかも“ご指名”ときた。
私は、慣れない依頼に、狼狽に似た戸惑いを覚えた。

が、まったく、自分らしい・・・
少しすると、今度は、いつもの悪い性質が頭をもたげてきた。
妙に気分が高揚、酒に酔ったときのように気持ちが大きくなってきた。
そこには、“誰かに頼りにされている”といった男気や、“誰かの役に立てるかも”といった喜びはなく、あったのは、“思い上がり”と“下衆の高ぶり”だけ。
「人の不幸は蜜の味」とまでは言わないけど、情けないことに、依頼者を思いやる優しい気持ちは小さく、珍事が起こったごとく、好奇心旺盛な野次馬が駆け回るばかりだった。

訊くまでもなく、女性はブログの読者。
しかも、“通りすがり”ではなく、多分、愛読者。
ということは、女性なりの“特掃隊長像”を持っているはず。
自分でいうのもなんだけど、「特掃隊長」って、欠点や短所を脇に置いてカッコつけるクセがある。
女性がイメージしているキャラクターと実際が大きく異なっていたら申し訳ないような気がして、野次馬は野次馬なりに、妙なプレッシャーがかかってきた。

想像するに、女性は、おそらく末期の癌患者・・・
しかも、「余命二カ月」ということは、かなり進行しているのだろう・・・
身も心もボロボロになっているかもしれない・・・
特掃隊長を指名してきた理由は何だろう・・・
“癒し”とか“励まし”とか、何かを求めてのことだろうか・・・

どちらにしろ、“余命二カ月”ということを知ってしまった以上は、「プレッシャーゼロ」というわけにはいかない。
“特掃隊長=私”、別に化けているわけじゃないから、化けの皮は剥がされようがないけど、女性の期待を蔑にする“裏切者”にはなりたくない。
私が冷酷非情な一面を持っているのは事実だけど、そこばかりに囚われて卑屈になっていては、女性が失望する側に人間が偏る。
結局のところ、明るく話せばいいのか、厳粛に落ち着いた感じで話せばいいのか、自分がブレまくり、どういったスタンスをもって電話をすればいいのか、固めることができず。
結局、私は、手が空いても、すぐに電話をかけることができなかった。

独りよがりでいつまで考えても、所詮は、私が特掃隊長で、特掃隊長は私。
ブログだって、他人が打った文字はこれまで一つもなく、今更、立派な男に化けようもない。
もともと、“特掃隊長=私”なんてダメ人間の代表格。
今更、気どる必要など どこにもないし、どんなに気どったってポンコツはポンコツ。
開き直った私は、小心者らしい不安を抱えたまま、素に近い自分で電話をかけた。


スマホを手元に置いて連絡を待っていたのか、女性はすぐに電話をとった。
神妙な心持ちでかけた私とは対照的に、思いのほか明るく、礼儀正しく丁寧な物腰。
重い病を患っていることは、言われなければわからないくらい、明るい声でハキハキとした口調。
そして、一通りの話がすんだ後、女性は、少し言いにくそうに、私が“特掃隊長”なのかどうかを訊いてきた。
私にウソをつく理由はなく、「そうです・・・そのようにご要望いただいたものですから・・・」と正直に答えた。

私が特掃隊長だとわかると、女性は、テンションを一段上げて喜んでくれた。
そして、自分がブログの昔からの愛読者であること、まさか自分が特掃隊長に仕事を依頼する立場になるなんて思っていなかったこと等々、興奮気味に話してくれた。
まるで、自分に 幸運が訪れたかのように・・・
私は、そんな女性に対して、声のトーンを落として応対。
短い会話だけでは、女性の真(心)の温度を想い計ることができなかったからである。

女性宅を訪問する日時を決めるにあたっては、「午前中は体調が整わないから、できたら午後にしてほしい」とのこと要望があった。
で、私は、次の日曜の午後を予定。
すると、女性は、「本来、日曜は休みなのでは?」「自分との面談より休暇を優先してほしい」と、心遣いをみせてくれた。
残された時間が二カ月とすると、たった一週間でも、その一割くらいを占める・・・そんな厳しい状況にも関わらず。
もう時間がない・・・日にちを空けることが躊躇われた私は、女性の心遣いに感謝しつつ「原則、年中無休だから大丈夫です」と返答した。

訪問予定の日まで四日の間があった。
その間、あまり経験したことのない出来事を前に、私の心持ちは、神妙なものに変わっていった。
そして、昼となく夜となく、私は、女性のことを考え、その心情を想った。
女性に関して知っていることは、氏名・住所、余命二カ月ということくらいで、顔も、年齢も、経歴も、何も知らないのに。
「残された時間が二カ月しかない」という現実は、ドライな私にも、それだけのインパクトを与えていたのだった。

「どんな心持ちだろう・・・」
「街や人は、どんな風に見えているだろうか・・・」
「空は、きれいだろうか・・・」
それが、ただの好奇心なのか、勝手な同情心なのか、独りよがりの感傷なのか、自分でもわからなかった・・・今でもわからない。
ただ、わずかでも、女性を思いやる気持ちが湧いており、そこには、自分らしくない、ある種の正義感があった。


12月13日 快晴、約束の日。
その日の午前中、私は、自分が片づけた腐乱死体現場跡を確認する仕事があった。
コロナウイルスは空気中を漂うだけでなく、服等にもついて移動するらしい。
自分が感染しないことはもちろん、女性宅にウイルスを持ち込んだら大変なことになる。
この身に腐乱死体臭はついてはいなかったが、私は、その現場を離れるとき、手指をキチンと消毒し、車の中で洗いたての作業服に着替えた。

約束の13:00の15分前、私は、女性が暮らすマンション近くのコインPに車を入れた。
そして、マスクを新品に交換し、手指を再度 念入りに消毒しながら、約束の時刻が近づくのを待った。
私は、ピッタリの時刻にインターフォンを押すつもりで、数分前に車を降り、ゆっくりと女性宅に向かった。
約束の時刻が迫ってくると、にわかに心臓がドキドキしはじめ、3Fへの階段を昇ると それは動悸にように不快なものに変わってきた。
自分が気弱な小心者であることは充分に承知しているけど、その類の緊張感を味わうのは滅多にないことだった。

私は、3分前の12:57に女性宅前に到着。
玄関を開ける前から心臓がドキドキするなんて・・・
どんな凄惨な現場に入るときも、そこまで緊張することはないのに・・・
「どんな男がやってくるのだろう・・・」と、女性は期待しているはず。
「俺に何ができるだろう・・・」と、私は不安に思っていた。

私には、余命短い女性を癒し励ますことができるほどの見識はない。
勇気や希望を与えることができるほどの力もない。
そんなこと充分にわかっていた。
しかし、どうしようもないプレッシャーを感じていた。
それは、偽善者でもダメ人間でも、少しはマトモな正義感が持てている証かもしれなかったが、そのときは、そんなことで自分を慰める余裕もなかった。

高ぶる気分を少しでも落ち着かせるため、私は、晴れ渡る青空に向かって深呼吸。
昔から、何かにつけ仰ぐ空に、そのときもまた助けを求めた。
それでも、なかなか心臓の鼓動はおさまらず。
自分に自信が持てない私にかかるプレッシャーも なかなかのもの。
結局、その間に耐えきれなくなり、私は13:00になるのを待たず、12:58、意を決して力が入りきらない指に勢いをつけてインターフォンを押した。                       


約束の時刻が迫る中で待ち構えていたのか、女性は、すぐに玄関を開けてくれた。
「はじめまして・・・」と言いながらも、親しい友人を出迎えたときのようなフレンドリーな雰囲気。
そして、「お待ちしてました・・・」と、イソイソとスリッパをすすめてくれた。
一方の私も、多少はドギマギしていたものの、半分は古い友人に会うような感覚。
「こんにちは・・・」と、マスクの下で社交辞令的な笑顔をつくり、部屋へあがらせてもらった。

訪問の目的は、“遺品整理の見積調査”。
とはいえ、事実上、それは「付録」みたいなもの。
“面談”が、女性の真の依頼であり、目的であった。
そうは言っても、見積調査を放っておくわけにはいかず、そそくさと家財を確認。
部屋は1Kの賃貸マンション、お世辞にも「広い」とは言えず・・・ハッキリ言えば「狭く」、更に、余命を意識してかどうか、家財の量も少なく、見分作業は ものの数分で終わった。

見分作業が終わると、女性は私に椅子をすすめ、自分は「いつもここに座ってるんです」と、使い古されたソファーに腰をおろした。
いつもそうなのか、寒い外からやってくる私に気をつかってか、暖房がきいた部屋は とても暖かく、やや暑いくらい。
しかも、その日は快晴で、私の左側の窓からは明るい陽光が射しこんでいた。
少し暑かったし、“密”になるのを避けたかった私は、窓を少し開けて換気してもらおうかとも思ったけど、風邪でも引かれたら困るのでやめておいた。
何はともあれ、天気のいい穏やかな日曜の昼下がりだった。


はじめ、女性は、熱いお茶を入れてくれた。
私は、それに口をつけるかどうか迷った。
重々気をつけてはいるし、自覚症状はないけど、PCR検査は受けておらず、私がコロナウイルスをもっていない保証はどこにもない。
茶碗にウイルスが付着して、それに女性が感染でもしたらマズイと考えたのだ。
しかし、缶やペットボトルならいざ知らず、せっかく入れてもらったお茶に口をつけないのは失礼だし、しばらく手をつけないでいると「どうぞ」と二度すすめられたので、結局、ウイルスのことは考えないで普通にいただくことにした。

初対面なのだから「当然」といえば当然か。
揉め事の解決や難しい商談をしに来たわけでもないのに、はじめは、何とも落ち着かず。
どんな態度で、どんな温度で、何をどう話せばいいのか・・・
ナーバスになっているかもしれない女性にとっては、私が吐く何気ない言葉が、デリカシーのない暴言になる可能性だってある
だから、当初は、女性の様子をうかがいながら頭に浮かぶ単語を慎重に選び、ややビクビクしながら言葉を発した。

そしてまた、目も口ほどにものを言う。
顔の半分はマスクで隠れているから、表情はつかみにくいけど、その分、“目の色”の変化は鮮明に表れる。
曇らせたり、驚いたり、引きつらせたり、険しくしたり・・・女性の余生を暗くするために来たのではないのだから、女性の心持ちにそぐわない目の色を浮かべてしまってはよろしくない。
私は、口から出す言葉だけではなく、自分の目の色にまで神経を尖らせた。
そして、お茶を飲むためマスクを外すときは、似合いもしない柔和な顔をあえてつくった。


女性は、このブログ初期からの愛読者で、実によく読み込んでくれていた。
気が向いたときに気が向いた記事だけ“つまみ読み”してもらっても充分なのに、すべてに目を通してくれているよう。
書いた本人でも忘れているようなこともシッカリ憶えてくれており、例年、冬の時季、私が調子を崩すこともわかってくれていた。
それで、自分の病気をそっちのけで、「大丈夫ですか?」と心配してくれた。
そして、普通なら「大丈夫です!」と言うべきところ、私は、「実は、あまり大丈夫じゃないんです・・・」と、バカ正直に答えてしまった。

そういうときは、ウソでも何でも「大丈夫です!」と明るく応えるべきだろう。
「大丈夫じゃない・・・」なんて言われたら、招いた女性も気を遣うし、気マズい思いをする。
ましてや、大きな病を抱えているのは女性の方で、「大丈夫じゃない」というのは、本来、女性のセリフ。
吐く言葉には細心の注意を払うつもりでいたのに、しょっぱなからしくじった。
私は、どんなときも自己中心的な自分に対し、マスクの下で小さな溜息をついた。

女性は、ブログを愛読してくれているだけではなく、“特掃隊長”のことをやけに気に入ってくれていた。
私の何かを勘違いしているのだろう、「前からの大ファン!」とのこと。
やたらと特掃隊長を褒めてくれ、賞賛してくれ、「カッコいい!」と持ちあげてくれた。
また、野次馬根性で訪問したにも関わらず、私と顔を会わせたことも大いに喜んでくれた。
その、はしゃぎようといったら、“残された時間が少ない・・・”といった切迫感を忘れさせるくらいのものだった。


この私、性格は暗く 内向的、人付き合いも下手なうえ苦手。
しかし、女性はその真逆。
明るく社交的な人柄。
誰とでも、親しく上手に付き合えるような感じ。
私は、人に褒められる喜びと、自分は持ちえない明るさに惹かれつつ、女性が醸し出すWelcomeな雰囲気に、温泉にでも浸かっているような心地よさを覚えた。

そんな女性の人柄と、自分の苦境を他人事のように話す明るい語り口によって、張りつめていた緊張の糸はみるみるうちに緩んでいった。
結局、色々と神経を尖らせ、気を遣っていた私が“素”で会話できるようになるまで、そんなに時間はかからなかった。
場の雰囲気に酔ってしまったのか、気をよくした私は、まるで酒に酔ったときのように饒舌に。
自分が話すことより女性の話を聴くことを心掛けつつも、聴き上手の女性を相手にすると、どうしても多弁に。
そう簡単には、自己中心的な性格は直らないのだった。

私を必要としてくれ、私の存在を喜んでくれ、こんなブログが女性の生き方に良い影響を与えているなんて・・・
おだてられる一方の私は、表向きは恐縮至極、内面は鼻高々。
照れくさいやら、恥ずかしいやら・・・
同時に、それは、とても嬉しく、とてもありがたく、少し誇らしくも思えることだった。
ただ、その後、話題は、向かうべきところに向かっていき、女性を泣かせてしまう場面もあったのだった。
つづく


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残された時間 ~前編~

2021-01-26 08:37:10 | 遺品整理
もう時間がない・・・
今夏に予定されている東京オリンピック、コロナ禍のせいで盛り上がりに欠けている・・・国民の関心が著しく薄れているのは明らか。
街には、開催を諦める空気が充満、再延期や中止を求める声も多くなっている。
いや・・・もっと言うと、もう、どうでもいい・・・今では、人々の関心はコロナと経済に集中し、オリンピックなんて何処吹く風。
それは、日本だけにとどまらず、世界中に広がりつつある。

もう半年しかないという段階でも、コロナ禍は一向に治まる気配はなく、悪化の一途をたどっている。
世界に目を向ければ、欧米の状況は、我が国よりも更に悪い。
国によっては、突貫工事のごとくワクチンが乱打されているけど、仮に、これがうまくいったとしても、全体的な効果がでるには一年も二年もかかるらしい。
こんな状況で、どうやってオリンピックが開催できるというのか・・・
出場予定の選手や関係者には気の毒なことではあるけど、どこからどう見ても無理。

“お偉いさん”達に、庶民にはわからない大人の事情があるのはわかる。
それぞれに立場(利権?)があり、表立って、開催に否定的な発言ができないのもわかる。
しかし、決断力や指導力、頼もしさや潔さがなさすぎる。
“国の祭”より、“国民の命”“国民の生活”の方が大切なのは、わかりきったこと。
はたして、こんな状況で無理矢理に開催したオリンピックが、楽しいものになるだろうか、喜ばしいものになるだろうか、弱っている人達が勇気づけられたり、困っている人達が癒されたりするだろうか・・・はなはだ疑問である。

いつみても虚ろな目をしている総理の言葉は、他人が書いた学芸会のセリフのようで、力強さや熱もなく、魂や志も感じず、信念やビジョンもみえない。
国が右往左往、迷走する中で強引に開催しようものなら、思いもよらないしっぺ返しがくるはず。
そして、そんな愚策によって、真っ先に犠牲になるのは、下々にいる身体的・社会的・経済的弱者であり、また、医療従事者やエッセンシャルワーカーの人達。
金や利権、権力や名声をもった、社会の上の方にいる人達ではない。
国民は、国のリーダー達の、政治家としてのスポーツマンシップと最高のパフォーマンスを求めているのである。



もう何年も前の話・・・
初老の男性から遺品整理の相談を受けたことがあった。
ただ、「遺品整理」と言っても、男性は、遺族ではなかった。
相談の内容は、“自分が死んだ後の始末について”ということ。
今風にいえば「終活」ということになるのだろうが、その中身は、一般的な終活とは異なっていた。

男性は、緩和ケア病棟、いわゆる“ホスピス”に入院中。
末期癌で、余命が短いことを宣告されていた。
しかも、医師から宣告された余命期間は過ぎた状態で、いよいよ残された時間が少なくなっていた。
何らかの事情があってそうなったのか、意図的にそうしたのか、結構、ギリギリのタイミング。
“モタモタしていられない”と判断した私は、早速、面会の日時を調整した。

男性の事情だけでなく、病院の都合もあり、面会予定の日時はすぐには決まらず。
また、「日時を約束しても、体調によっては急に変更をお願いすることがあるかも」とのこと。
あと、男性が現場(男性宅)に同行することはできないので、私が鍵を預かって一人で見に行くことになることも、面談の条件となった。
ただ、どれも私にとっては問題ないことなので、二つ返事で引き受けた。
その上で、私は、何かに急かされるように、一日でもはやく動ける日を探していった。

原則として、当社は遺品処理について生前契約は行わない。
当人の死後に相続が円滑に行われるとはかぎらないし、本人が想定していなかった相続人が現れるかもしれないし、誰も気づかなかった負債があるかもしれない。
つまり、遺産相続手続きに抵触し、トラブルに発展するリスクが高いのである。
あと、本人の死後に渡って、確実に当方の信用度を担保するものも提供できない。
したがって、死後の始末については見積書や契約書の作成にとどめ、事前に契約締結や金銭を授受することはないのである。

本来、こういった類の相談には、故人の代理人として相続人、もしくは相続人と同等の権限を有する人(後見人)を立ててもらう必要がある。
そして、その上で、本人には遺言書を書いてもらっておく。
正式な契約は、その代理人と取り交わし、作業はその契約・権限において実施するわけ。
たから、本件でも、代理人を立ててもらうつもりでいた。
ただ、会う前からそんな難しいことを言っても話がややこしくなるだけなので、まずは、面会日時を決めることを最優先にした。

この仕事を長年に渡ってやってきて、多くの経験も積んできた私。
世間様に自慢できる仕事ではないことは重々承知しているものの、“熟練”の自負はある。
ただ、経験してきた現場のほとんどは、本人が亡くなった後の始末。
生前の相談を受けたことがあっても、皆、健常な高齢者で、死期が明確に迫った人達ではなく、ほとんど一般論や世間話に近い内容。
“死”を取り扱った話でも、そこに、切迫感や緊張感はなかった。

稀有な仕事が舞い込んできたことに、私は興奮。
自分が頼られていることを誇らしく思い、喜びもあった。
心優しき善人でいたかったけど、私の中には、野次馬が闊歩。
若干の同情心はあったけど、深い悲しみや、男性を憐れむ気持ちはなかった。
自分の薄情さにはとっくに慣れており、そういう自分が“人としてどんなもんか”という疑問や嫌悪感は微塵も湧いてこなかった。

ただ、思いあぐねるところはたくさんあった。
余命いくばくもない人を相手に、どう接することが適切なのか・・・
男性の心を癒すことに努めるべきか、事務的な姿勢に徹するべきか・・・
どちらにしろ、下衆な野次馬根性や好奇心はもちろん、薄っぺらな同情心や、心にもない傷心は、簡単に見透かされるはず。
私は、心にもない沈んだ表情を浮かべたり、白々しいセリフを吐いたりするのはやめにして、とにかく、男性の雰囲気や温度を観察し、それに合わせることを心がけようと思った。

面会を約束した日の朝。
私は、どことなく高揚、どことなく緊張・・・落ち着きを失っていた。
不謹慎ながら、私の中には、どこか楽しいところに遊びにでも行くかのような妙な感覚が湧いていた。
同時に、そういう自分の悪い性質に対する敗北感も。
そんなソワソワした気分を携え、私は、男性が待つ病院へイソイソと車を走らせた。

そうして車を走らせることしばし、もう少しで到着するというとき携帯電話が鳴った。
相手は、男性を担当する看護師。
「少し前に、○○さん(男性)が亡くなりまして・・・」
「面会のお約束をされていると思うんですけど、そういうわけですから・・・」
それは、その日の未明に男性が死去したことを知らせる電話だった。

「え!? 亡くなったんですか!?」「そうでしたか・・・」
看護師に「ご愁傷様です」なんて言うのもおかしい。
驚きとともに、それ以上 返す言葉失った私は、
「それは・・・どうも・・・お疲れ様でした・・・」「じゃ・・・引き返します・・・」
とだけ応えて、そのまま電話を切った。

いきなり“肩すかし”を喰ったかたちとなり、とりわけ、それが人の死によるものだったから、私は、強い脱力感に襲われた。
面会の約束がキャンセルになったのは理解できたものの、その先にすべきことがすぐに思いつかず、しばし呆然。
未経験の寂寥感、妙な喪失感を覚えて、身体の力が抜けてしまった。
そうは言っても、いつまでもボーッとはしていられないので、気を取り直し、後ろ髪を引かれるような思いを胸に、イソイソと来た道をトボトボと引き返したのだった。



約一ヶ月半前のこと・・・2020年12月9日、曇天の昼下がり、一本の電話が会社に入った。
電話の相手は女性、相談の内容は遺品整理。
しかし、ただの遺品整理ではなかった。
電話を受けたスタッフは、その旨を部署の人間にメールで連絡。
その一人である私のスマホにも、その連絡は入った。

通常、日中は現場に出ていることが多い私。
緊急でないかぎり、会社からの連絡はメールで入る。
着信音が鳴るから気づくことはできるけど、作業中で手がふさがっているときは、わざわざ手を空けて見ることはしない。
とりわけ、汚物と格闘しているときなんかは。
私は、その時も作業中で、着信に気づいたものの、スマホを手に取るのは後回しにした。

「さてさて・・・どんな仕事かな・・・」
作業が一段落ついて、私は、いつものようにポケットからスマホを取り出した。
そして、会社からの連絡事項を確認すべく、メールの受信画面を開け、思わず目を見開いた。
そこには、依頼者曰くとして、「余命二カ月を宣告された」との文字。
そして、依頼者からの要望として「できたら、ブログを書いている人に来てほしい」
と記してあったのだった。
つづく



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野良犬

2021-01-13 08:30:27 | その他
月日がたつのは、はやい・・・
可愛がっていたチビ犬がいなくなって、もう六年半余が経つ。
スマホの待受画面は、ずっとチビ犬にしていたけど、一年前に機種変更したとき画像はど
こかへいってしまい、それからは、待受画面は味気ない既製画像になっている。

外を歩いていると、たまにチビ犬と同じ犬種(シーズー)を見かけることがある。
もともと犬好きの私だから、どんな犬も可愛く思えるのだけど、とりわけシーズーには格別に目を惹かれる。
他人がつれているよその犬なのに、ジーッと見つめてニヤニヤしてしまう。
どこの誰とも知れないオッサンがニヤニヤしていると、すごく怪しいけど・・・
飼主が話しかけやすそうな感じの人(だいたい中高年女性)だと、見ず知らずの人でも声をかけ、犬に触らせてもらう。

もう二十年近く前の話・・・
住んでいたマンションに近接する駅前スーパーの前に一頭のレトリバーがいた。
首輪をしていたものの、リードは着けておらず。
リードにつながれていないことを不審に思わなくもなかったけど、「買い物をしている飼主を待ってるんだろう・・・」と思い、多くの人と同じく、私も、そのまま素通りした。
しかし、それから、何時間か後。
再びスーパーの前を通ると、その犬は まだそこにいた。
さすがに妙に思った私は、犬に近寄り、頭や身体を撫でながら首輪を確認。
同時に、鑑札を探し、それを見つけた。
犬はおとなしく、やや怯えたように、やや遠慮がちに、下がり気味の尻尾をゆっくり振った。

時刻は夕暮れにさしかかっていた。
当時は、動物を飼ってはいけないマンションに住んでいた私。
首輪には鑑札もついており、捨て犬ではなさそうだったから、そのまま放っておいても問題なさそうだったけど、車に撥ねられたり、酒癖の悪い酔っぱらいや、弱い者いじめが好きな不良連中に襲われたりでもしたらマズい。
結局、犬を放っておくことが躊躇われた私は、「一晩くらいならいいだろう・・・」「明日、役所に問い合わせればいいんだから」と、首輪に手をかけた。
犬は、不安そうな顔をしながらも、おとなしくついてきた。
そして、私は、人妻でも誘ってきたかのようにキョロキョロと周りの目を気にしながら、そそくさとエレベーターに乗り、コソコソと部屋に引き入れた。

その翌日、私はすぐに役所へ連絡。
鑑札に刻まれたナンバーと伝え、氏名と住所、無事に引き取っていることを伝えた。
すると、飼主はすぐに見つかった。
飼主の方も、飼犬が失踪したことを前日中に役所へ届けていたらしく、すぐに連絡がきた。
思いのほか早くみつかったことに、私は、鑑札の重要性を再認識。
同時に、見捨てるつもりはなかったものの、「飼主が見つからなかったらどうしよう・・・」と不安に思っていたので、ホッと胸を撫で下ろした。

飼主宅は、同じ江戸川区内。
ただ、犬を見つけたところとは別の街で、何キロも離れたところ。
しばらく待っていると、飼主の女性が犬を迎えに来た。
犬は、何かの拍子で綱が外れ、庭から脱走。
そして、気の向くまま遊んでいるうちに迷子になったよう。
女性は、「このバカ!心配してたんだから!」と泣き笑いで、犬の頭を撫でるようにポンポンと叩いて叱った。
そこからは、犬が、家族の一員として大切にされていることが見てとれ、微笑ましく思った。
一方の犬は、自分が引き起こした事態を理解してか、上目遣いで気マズそうに尻尾をふった。

不意の客を招いた私は、大切な客をもてなすみたいに、美味そうなドッグフードを買いそろえた。
トイレの問題があるから、ビニール紐で即席のリードをつくって、夜と朝に散歩にも出かけた。
周りに気づかれたらマズいので、スリル満点だった。
犬が一宿一飯の恩をどれだけ感じていたかわからないけど、私の方は、なかなか楽しいひと時を過ごした。
あれから、随分の月日がたつ・・・
もう、あの犬も、寿命がきて死んじゃっただろうな・・・
飼主に引き取られて私のもとから去っていくのを少し寂しく思ったことを、今でも憶えている。

その後、私は住居をかえ、その何年か後に、「Hot dog」で書いた現場でチビ犬に出会うことになるのだが、チビ犬の前にも、近所をうろついていた野良犬(捨て犬)を連れて帰って飼っていたことがある。
雑種の中型犬、とてもおとなしくて いい犬だった。
ハスキー犬?の血が混ざっていたのか、額の真ん中に薄っすらとハートマークがあり、愛嬌タップリ。
相当の悪天候でもないがきり、春夏秋冬、朝と晩、それぞれ30分くらい一緒に散歩。
毎日の決まったことなのに、犬は、連れて出るたびに狂喜し、ハイテンションで跳び回った。
私も若かったから、季節の美景とその移ろいを肌で感じながら、とにかく 一緒によく歩いた。

引き取ったとき、犬はフォラリアに感染しており、すぐに入院治療。
その治療が痛かったのだろう、苦しかったのだろう・・・余程恐かったようで、年に一度、病院に連れていっていたのだが、ひどく怯えてガタガタ震えた。
診察室に入るときも、病院のフロアをモップのように引きずられる始末で、その様は、可哀想でありながらも可愛らしくもあった。
結局、六年半くらい共に暮らしたところで、老いて弱り、儚く死んでしまった・・・チビ犬を連れて来る一年半前のことだった。

このコロナ禍で、見捨てられるペットが増えているらしい。
巣ごもり生活で、新たにペットを飼い始めた人が増えた一方、「手間がかかる」「クサい」「うるさい」等と、見放す者も多いそう。
安易な動機と、人間にとって都合のいい欲望が、この状況を生みだしている。
「よくもまぁ“家族”を捨てられるものだ」と、呆れるのを通り越して憎悪の念を覚える。
コロナ禍で飲み歩いている連中よりも、更に性質が悪い。
動物とはいえ、“いのち”を預るということがどういうことなのか、想像も自覚もできないなんて・・・そういう連中は、ロボット犬を買うべきだ。



出向いた現場は、昭和の香が漂う老朽アパート。
橙色にボンヤリ光る裸電球、むき出しの木柱、剥がれかけた土壁、雨戸も窓枠も木製、レトロな磨りガラス、タイル貼の和式便所、蜘蛛の巣だらけの天井・・・
所々がトタン板で補修されていたものの、メンテナンスらしいメンテナンスはされておらず。
外周は、草樹が野性の趣くまま うっそうと茂り、廃材やガラクタも散乱。
陽射しを遮るくらいに荒れ放題で、「幽霊屋敷」と揶揄されてもおかしくないくらいの薄暗さ。
今風の建物に囲まれる中、そのアパートだけがポツンと時代に取り残されていた。

亡くなったのは、70代の男性。
もちろん、一人暮らし。
間取りは1K、風呂はなくトイレは共同。
とはいえ、他の部屋はすべて空いており、「共同」といっても使うのは故人だけだから、事実上は「専用」。
その部屋で、ひっそりと孤独死。
そして、気づいてくれる人もおらず、そのまま何日も放置。
肉は虫の餌になり、骨がむき出しになる頃になって やっと発見され、ゴミのように運び出されたのだった。

依頼者は、故人の元妻(以後“女性”)と、その息子(以後“男性”)。
男性は、故人の実の息子でもあった。
ただ、両親は男性が幼少期のときに離婚。
幼い頃は、時々は、故人と会うこともあったけど、いい想い出は残っていないようで、“父への情”はまったく感じられず。
その死を悼んでいる様子はなく、むしろ、故人を嫌悪しているような、軽蔑しているような冷淡な空気を漂わせていた。

一方の女性は、やや複雑な心境のよう。
女性も、“死”を悲しんでいる風ではなかったけど、故人との いい想い出を大切にしたいのか、悪い想い出が捨てきれないのか、何かしらの想いを持っているよう。
弔いのつもりか、仕返しのつもりか、一時でも、夫だった故人の最期を始末することを、自分のためにしようとしているようにも見え・・・
法定相続人である男性が相続放棄しさえすれば、故人の後始末には関与しなくて済むのに、それを“よし”とせず。
で、後始末を段取るべく、男性を擁して現場に来たのだった。

「自由に生きる! 自由に生きてみせる!」
若かりし頃の故人は、口癖のようにそう言っていた。
そして、実際に仕事も趣味も、好きなようにやっていた。
若かった女性には、そんな故人が、男らしく、頼もしく思え、カッコよくも見えた。
しかし、二人の間に子供ができた途端に状況は一変。
定職に就かなければ生計は安定しない。
生活より趣味を優先すれば、生計が成り立たない。
それでも、故人は、妻子のことを顧みることなく放蕩生活を続けた。
定職に就かなかったのはもちろん、遊ぶために借金までした。
それでも、故人は生き方を変えず、結果、家族の生計と夫婦関係は破綻した。

世の中には、あえて定職に就かずに生きている人はたくさんいる。
夢や目標のために、社会や誰かのために。
フリーランスで失敗する人も少なくない中、成功している人も多い。
とにかく、皆、勇気をもってチャレンジしたり、相当に努力したり、辛抱したりしているはず。
あと、その気概も覚悟もあるはず。
しかし、故人には、その能力はなく、根性もプランも何もなし。
努力も忍耐もできず、何より、人生に対する夢や目標がなかった。

その後、故人がどういう風に生きたのか・・・
職も転々、住居も転々、人間関係も転々、家族からも見捨てられて・・・
野に逃げ出した犬のように、錯覚した自由を胸に・・・
自らが目指していた“自由な生き方”は、とんだ見当違い・・・
生き方を変えないかぎり、明るい将来は想像し難く・・・
事実、借金も重ね、結局、破産者に・・・
一時は、刑務所のお世話になっていた時期もあるようで・・・
最期の何年か、普通の人は入らないようなボロアパートに暮らしていたことや、年金がなく生活保護を受けていたことを勘案すると・・・
他人の人生を勝手に“判定”するのは愚かなことだけど、私は、到底、故人が、自由な人生を手にしていたとは思えなかった。


私の持論。
「飼犬は野良犬の不自由を知らず、野良犬は飼犬の自由を知らない」。
“自由”とは、自分を律しないこと、自制しないことではない。
“自律・自制できない人間”を“自由な人間”と呼ぶことはできない。
皮肉なことに、自由に生きようとすればするほど不自由になる。
結局のところ、自律心・自制心が自分を自由にすることを理解しなければならない。

あくまで、外面的・物理的なところに軸足をおいた自由論だけど、私は、自由の礎になる材料としては「金」「時間」「健康」が三位一体で成り立つことが必要だと思う。
(※内面的・精神的な自由は、重なる部分はあるけど本質的に別物。)
例えば、ディズニーリゾートに遊びに行きたいと思ったとして、
金があっても時間と健康がなければ無理、
時間があっても金と健康がなければ無理、
健康があっても金と時間がなければ無理、
というわけ。
もちろん、その他、世の中が平和であったり、愛する家族や親しい友人がいたり等、外的要因もあるけど、一個人の自由を見るときは、その三要素が基本だと考えている。

では、その三要素を手に入れるにはどうすればいいのか。
言わずと知れたこと・・・勤勉に働き、時間に正しい優先順位をつけ(公私のバランスを適正に保ち)、健康管理に努めること。それに尽きる。
制限・制約は、それに抵抗するのではなく、そこから逃げるのではなく、自律・自制によって取り払われる。
自分を律することや自制するといったことは、一見、不自由なことのように思えるけど、実は、それが自由の礎となり、そこから自由が生まれてくるのである。


コロナ第三波は、これでも、まだ潮位を上げたくらい。
考えたくもないけど、本波はこれからやってくる。
この災難は、摂理による訓戒、摂理による訓練なのかもしれない。
今、我々一人一人に、多くのことを学ばせてくれ、多くのことを気づかせてくれている。
同時に、我々一人一人が、どれだけの自律心・自制心を育むことができるかを問うてきている。

まるで、我々が、野良犬のような不自由な目に遭わないため、正しい自由を手に入れるための生き方を教えてくれようとしているかのように。


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春がくるまで

2021-01-08 08:56:18 | その他
「冬らしい」と言えば、冬らしい。
秋があまりに長く、あまりに暑かったせいか、寒さが 一層 身体に堪える。
特に、朝は色んな意味でツラい!
しかし、それで寝坊なんかしたりしたらアウト!
冗談抜きで、下手したら、そのまま会社を休み、そのまま二度と社会復帰できない事態に陥る可能性もある。
だから、そこは、あえて荒療治。
重い心と重い身体を引きずり起こして、まだ薄暗い極寒の早朝にウォーキングに出たりしている。
そして、「春になれば、きれいに咲くんだよな・・・」と、桜並木をぼんやりと見上げては、憂鬱な一日を始めている。


年末の特番だったか、TVで超常現象・怪奇現象を扱った番組をやっていた。
少し興味はあったけど、苦手なモノがでてきたら困るから、結局、その番組は数分しか観なかった。
「苦手なモノ」とは、いわゆる、“心霊写真”“心霊スポット”、幽霊関係のネタ。
私は、この類が超苦手!
中学の頃、興味本位で、友達が持っていた心霊写真集を見たことがあり、その中には超強烈な画があり、それがトラウマになり、それ以降、そういった類のものを拒絶するようになった。
そのとき抱いた恐怖心・嫌悪感は凄まじく、思い出しただけで 今でも背中に悪寒が走る。
だから、今でも、心霊写真と言われるものは絶対にみないし、心霊スポットと言われるようなところにも絶対に行かない!
恐ろしく苦手な蛇の方が、まだマシに思える。

なのに・・・
腐乱死体現場や自殺現場に一人で入るのは平気。
真っ暗闇の浴室現場だって、我ながらおかしくなるくらい平気で入れる。
自分のスマホで遺体痕写真を撮るもの平気。
そこに何かが写るかもしれないのに、平気でパシャパシャと撮る。
実際、同僚が担当した現場の写真には、白い煙のようなものが、床に横たわる遺体のかたちになって写っていたことがある(社内で話題になったけど、私は断固として見なかった)。
あと、私が特掃した後の自殺現場で、電気工事会社のスタッフが、目に見えない誰かに腕をつかまれて悲鳴をあげたようなこともあった。

相反する、その二つの感覚は、自分でも不思議。
そんな奴が、よくもこんな仕事に就き、ここまで続けられているものだと、呆れついでに感心もする。
自己分析すると、多分、現場に入ると、自分の何かに火がつくからだろうと思う。
あと、目の前の故人を嫌悪・恐怖する感情が湧いてこないからだろうと思う。
凄惨・悲惨に思う気持ちと、嫌悪・恐怖する気持ちは別物だし、嫌悪・恐怖する理由もない。
あとは、私が、“大変な変態”ということもあるかもしれない。


昨今のコロナ禍も ある種の“超常現象”。
で、国の施策も ある種の“怪奇現象”か・・・
「今更?」といった感が否めない中、とうとう一都三県に緊急事態宣言が発出された。
が、「一大事」っぽく感じつつも、春のときとは明らかに様相が異なる。
主策は、飲食店の時短営業のみで、誰がどう見てもお粗末。
そもそも、この期に及んで夜に飲み歩いているのは ごく一部の人間で、それを締めだしたからって、何が変わるというのか・・・
(ニュース映像に、“宣言前の飲み納め”している者が出ていたけど、個人的には、不快なほどその神経を疑う。)
「緊迫感に欠ける」というか、「他人事のように見える」というか・・・
で、多少は街の人通りは減っているのかもしれないけど、ゴーストタウン化するような寒々しさはなく、「これじゃ、大した効果は見込めないんじゃない?」と首を傾げる。

私は、もともと、外食が少ない人間。
外で飲むことは年に一~二度くらい。
昨年なんか、一度も外で飲んでいないし、外食したのも、記憶にあるのは一度きり。
友達がいないうえ、ヒドい面倒臭がり屋なものだから、外での飲食が制限されても、まったく平気。
ただ、自制している部分もある。
仕事以外の外出は極力減らし、外に出るときは常にマスクをつけ、人と話すときは できるだけ距離を空けている。
電車やバスにも乗らない・・・あれは、どうみても危険。
通勤通学などで、乗りたくなくても乗らざるを得ない人を気の毒に思う。

藁にもすがるような思いで、新開発のワクチンに羨望の眼差しが向けられている。
しかし、接種が始まっても、社会が劇的に回復していくわけではない。
数量の限界もあれば、回数の問題もある。
ワクチンが広がるスピードより、ウイルスが広がるスピードの方がはるかにはやい。
ワクチンが防ぐ前に、ウイルスが入り込む。
将来の副作用も不透明。
私は、ワクチンは必要だし役に立つだろうと思ってはいるけど、それが救世主になるとは思っていない。
「このコロナ禍が過去のものとなるには数年かかる」と言っている専門家もおり、それが現実的であることは、世界の混乱ぶりが示唆している。

感染対策と真剣に向き合わない一部の民衆も問題だけど、国や行政の弱腰にも問題がある。
世間に呆れられるほど、国は迷走し、毅然とした対策を打たず、すべてが後手後手、しかも中途半端。
ただ、国の迷走は今に始まったことではなく、「国」「政府」というものが もともとそういうものであることは、かつての“アベノマスク”が、大枚をはたいて国民に教えてくれた。
ここまできたら“指示待ち人間”をやめて、「自分が国を守る」という気概と責任感をもって、一人一人が積極的に自衛していくしかない。

私は、基礎疾患はないけど、自分で気づかないところで病に侵されているかもしれない。
また、「高齢者」ではないけど、若くもない。
同年代はもちろん、自分より若い年代の人でも重症化し、亡くなることが珍しくないことは承知のとおり。
自分が感染したらどうなるか不安もあるし、周囲に大迷惑をかけてしまうことも恐い。
元気を失った今の私は、免疫力がだいぶ下がっていそうだから、コロナに感染したら、相当マズイことになるかもしれない。

まずは、常日頃から免疫力を上げておくことが肝要。
ストレスを溜めず、よく食べ、よく眠り、適度な運動を心がけることが大事。
しかしながら、このところ調子が悪いのは前回書いたとおり。
ストレスは溜まりっぱなしだし、食欲はないし、熟睡なんて程遠い。

ただ、食欲があってもなくても、一日の始まりの朝食はシッカリ食べるようにしている。
玄米飯・味噌汁・納豆・生卵が定番、今の時季は それに菊芋が加わっている。
「精進料理か?」って感じ。
昼食はいたってシンプル。
ここ数年は、決まった菓子パンですませていたのだが、今はそれも食べたくなくなり、バナナ1~2本に加え、煎餅やチョコレート等を間食、とても「食事」とはいえない内容。
夕飯も、わりと軽め、量は決して多くはない。
昔みたいな「肉が食べたい!刺身が食べたい!大福が食べたい!」といった欲もなく、身近にあるモノをテキトーな量食べれば充分。
歳のせいか、コッテリしたものも好まなくなり、このところは、肉や油物なども滅多に食べなくなっている。
結局のところ、これじゃ、身体は強くなりようがないか・・・

その程度の食欲だから、体重も増えてはいかない。
あまりに痩せてくると見た目は貧相になるし、筋力も落ちるので、玉子は必ず一日二個は食べるようにしたり、もともと好きではないけど牛乳を飲むようにしたりしている。
ただ、そこに“食の楽しみ”はない(感謝はある)。


何か、いいストレス解消法があればいいのだけど、趣味らしい趣味を持っていない私。
しいて言えば、飲酒・スーパー銭湯・旅行・ドライブ等々か・・・
できることなら、温泉旅行とか、あちこちのレジャー施設に行ってみたい。
しかし、今の精神状態では、うまい酒を飲むことはできないし、今の時勢では、スーパー銭湯にも出かけにくい。
開き直って長期休暇をとるくらいの余裕が持てればいいのだけど、懐具合とコロナ事情がそれをゆるしてくれない。
今できるのは、せいぜい、仕事中でも、車を運転しているときはドライブ気分を楽しむよう心がけることくらい。
特に、見慣れない景色の道や、遠出の道程は、自分の気分次第でどうにでも楽しめるから。

あと、身近にあり手軽にできることといえば、自然と接すること。
月星・太陽・空雲・海湖・山丘・森林・樹木・草花・風の音・鳥虫の声・・・視界に人を入れず、聴界に人の雑音を入れず、そういったモノに身を晒し、そういったモノの中に身を置き、そういったモノを眺めると、何とも気分が落ち着く。
もちろん、日常生活においては、世界遺産的な大自然に出かけることは簡単ではないけど、身近なところでも空は仰げるし、街路樹もあれば公園には草花もある。雑草でもいい。
実際、自然の中に身を置くメリットには科学的な根拠(フィトンチッド等)があるらしいから、おすすめである。


例年、冬場は、過酷な現場は減る。
低温乾燥の時季、遺体は腐敗損傷しにくい。
また、今年は、コロナの影響もあるのだろうか、仕事量も少ない。
肉体的には楽である。
しかし、“肉体的な楽”と“精神的な楽”は同一とはかぎらない。
このところは、ちょっとしたことが大きな問題のように感じられるし、些細なことが面倒臭く思えるし、大したことをやっていないのにスゴく疲れる。
心配事は、無数に湧いてくるウジのようにキリがなく、不安感は、無数に飛び交うハエのように光を遮る。
無力感・脱力感・虚無感・疲労感となって、私から意欲を奪っている。
精神と肉体のバランスが崩れているだけではなく、精神内の明暗・躁鬱のバランスも崩れているのは明らかである。

やはり、私は“デスクワーカー”ではなく“デスワーカー”。
文字を読むのが苦手なうえ、時代遅れのアナログ人間。
現場仕事がなくて、ずっと事務所にいると気分が煮詰まってくる。
ずっとキツイいのはイヤだけど、ずっと楽チンでいては身体も心も萎えてしまう。
ぬるま湯に浸かっているのは好きだけど、本当に ぬるま湯に浸かりっぱなしでは、人間がぬるくなる。
生活にはメリハリが、人生には彩が大切。
心身のバランスは、適度な苦楽があってこそ保てるのではないかと思う。


世の中に、腐乱死体現場、自殺汚染現場、ゴミ部屋、猫部屋等々・・・いわゆる「特別汚損現場」なんかない方がいいに決まっている。
しかし、現実にはそれがある。
言うまでもなく、私は、その後始末を生業にしている。
そこから糧を得て、それで生活している。
それが、「生きること、そのものになっている」といっても過言ではない。

おかしな現象だけど・・・
特殊清掃なんかやりたくないけど、やらないと心身が衰弱してくる。
きれいなモノばかり触っていたけど、自分の手が それを好しとしない。
きれいなモノばかり見ていたいけど、自分の目が それを好しとしない。
きれいなことばかり聞いていたいけど、自分の耳が それを好しとしない。
・・・私は、人生の半分以上をこうして生きてきたのだから、そんな人間になってしまっている。

凄惨な現場が好きなわけではない。
重度の汚染が好きなわけじゃない。
腐った人肉が好きなわけじゃない。
凄まじい悪臭が好きなわけじゃない。
ウジやハエ、ゴキブリやネズミが好きなわけじゃない。
ゴミや死骸、糞や尿が好きなわけじゃない。

当然、面白おかしい仕事でもなく、楽しい作業でもない。
ただ、そこに集中すると、上下・前後・左右、過去・未来のことが頭から離れて、その瞬間、余計な雑念を捨てることができ、無用な邪心を削ぎ落とすことができ、自分の芯を研ぎ出すことができる。
今風にいうと「全集中」で作業に没頭でき、いい意味で“無”になれ、一時でも強くなれるのである。
心的基礎疾患がある私にとって、これがいい薬になるのである。


春がくる頃には、コロナも、少しは落ち着いているだろう。
こんな私でも、必要としてくれる人が現れるかもしれない。
役に立てる現場があるかもしれない。
今は、その時季がくるまで、ジッと耐えるしかない。

春はくる。必ず。
それを信じて。


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重圧

2021-01-03 16:36:05 | 自殺腐乱死体
2021謹賀新年。
日本海側は大雪で難儀しているようだけど、この三が日、こちらは気持ちのいい快晴に恵まれた。
一見は穏やかな正月、元旦は、早朝から日課のウォーキングに出かけ、明るくなれない心に初陽の光を当てながら黙々と歩いた。
自分の心に纏わりつく暗い過去を振り払うように、自分の心が欲しがっている明るい未来を探すように。

特に忙しかったわけでもないが、例年通り、大晦日が仕事納めで、元旦が仕事始め。
また、これも、ほとんど毎年のことだけど、
「また、一年、労苦に汗し、苦悩を携えて生きていかなければならないのか・・・」
と、動悸にも似た浅い溜息が、幾重にも口を突いてでてきた。
とはいえ、大晦日と元旦の夜は、TVを相手に、いつにない御馳走に舌鼓を打った。
気分は浮かないながらも、「せっかくの正月だから」と、酒も、いつもより多めに飲み、それなりに穏やかに、それなりに平和に年を越すことができた(0:00になる前に寝てしまったけど)。

しかし、今年の正月は、「おめでとう」とばかりは言っていられない。
承知の通り、コロナ第三波が猛威をふるっているからだ。
その禍は、春の緊急事態宣言時をはるかに超越していて、もはや制御不能の状態。
しかも、そのピークは、まだ見えていない。
緊急事態宣言が再び発出されるのは、時間の問題かもしれない。

この冬が、今回のコロナ禍において、最大・最悪の山場になるであろうことは、かねてから予想されていたことだろうけど、我々がコロナに慣れてしまっていること、我慢・自制に疲れてしまっていること、政府の対策が後手後手になっていること等々、一波・二波にはなかった要因が、感染に拍車をかけているように思う。
併せて、「経済を回すため」「自分は重症化しない」等とのたまわり、医療従事者の苦境も他人事にして自制しない人達のことが目につき、どうしても気に障ってしまっている。
飲食店や観光業を支援する術は、他にもたくさんあるはずなのに。

ただ、身体が不要不急の外出をしていないだけで、自分だって、中身は似たようなもの。
「人々の気が緩んでいる」と言われている中、私にも心当たりがある。
忘年会中止や、新年会不要不急の外出を自粛しているのはもちろん、スーパーマーケット以外、人が多いところに出向くこともしていないけど、第一波のときに比べると緊張感は薄い。
あの頃は、人の少ない屋外をウォーキングするだけでもピリピリしていたけど、今は、そこまでではない。
で、この期に及んでも、「たまには、スーパー銭湯くらいには行きたいな」なんて、呑気なことを考えてしまう。
そんな自分を顧みて、“他人を批難することは簡単、自分を改めることは難しい”と、つくづく思う。
とにかく、国や自治体が行う感染対策の足を引っ張らないようにだけは気をつけたい。

やはり、心配なのは医療体制。
このままだと、医療体制が崩壊するうえ、医療従事者といわれる人達が病んでしまう(既に病んでしまっている人も多いらしい)。
「感染したって重症化しなければいい」と、自分だけのことを考えるのはよした方がいい。
感染者を罪人扱いするつもりもないし、罪人扱いしてならないけど、無責任な行動によって多くの人を感染のリスクに晒し、多くの人の手を煩わせることになることを肝に銘じよう。
自分だって、コロナに限らず、いつ、どんな傷病で病院のお世話になることになるかわからないのだから。

それでも、残念ながら、これから、感染者数・死者数は激増していくはず。
私の場合、感染者数や死者数だけでなく、同年代男性の、倒産、破産、失業、路上生活に転落・・・なんていうニュースがやたらと目につき、とても他人事として流すことができず、気分を落ち込ませている。
この寒空の下、外で夜を明かさなければならないなんて・・・
どんなに寒いだろうか・・・
どんなに惨めだろうか・・・
どんなに淋しいだろうか・・・
「生きているのがイヤになる」って、よくわかる・・・切ない。

それも一因としてあるのだろう、昨年から気分が優れない。
例年の“冬鬱”か。
虚無感・疲労感、そして、得も知れぬ孤独感・・・
今回はここ数年になかったくらい重症で、なかなかツラいものがある。
夕方から夜にかけては、比較的 楽になるのだが、夜明け前の早朝がもっとも苦しい。
不眠症は長年の持病なので仕方がないとしても、寒いはずなのに身体が熱くなって、ベットリと汗をかく。
息は浅く、小刻みになり、時にはうなされる。
一体、自分はどうなっているのだろう・・・原因は何なのだろう・・・
自分よりはるかに苦しい境遇にあっても、果敢に生きようとしている人達もたくさんいるというのに、得体の知れない重圧が、私の精神を押さえつけてくるのである。

重鬱になると、今や未来、周りの環境や周り人達に気持ちが向かなくなる。
仕事や家族のことさえ、心の視界から消える。
周りの迷惑を考えないわけでもなく、誰かが悲しむのがわからないのでもなく、「周りがどうなってもいい」と思うのでもなく、自分のツラさだけで手いっぱいになり、周りのことに想いが行かなくなるのである。
そして、人によっては、それが自死に向かわせる・・・それが恐い。
死生観的な“健常者”が、そこのところを理解すれば、少しは自死を減らすことができるような気がする。



出向いた現場は、市街地に建つ賃貸マンション。
駅近で生活の利便性は高い地域。
築年数は浅く、間取りは1K。
部屋の状態は、一言でいうと、「腐乱死体ゴミ部屋」。
ドロドロの遺体汚物、無数のウジ・ハエ、凄まじい悪臭はもちろんのこと、目を引いたのは、ウイスキーの空瓶と氷の空袋。
かなりの量を飲んでいたのだろう、それが、部屋中に散乱・山積みされていた。
その荒れ様は、そのまま、故人の最期の生き様が映し出されているようで、凄惨さの中にも何ともいえない切なさがあった。

発見のキッカケは異臭と害虫。
当該現場から妙な異臭がしはじめ、そのうち小さなハエまででるように。
それが日に日に悪化してきたものだから、隣室の住人は、管理会社に通報。
玄関ドアの隙間から漏れ出る異臭は、それまでに嗅いだことがない種類の悪臭。
部屋の中でとんでもないことが起こっていることはドアを開けずとも察することができ、管理会社は、そのまま警察に通報。
そして、部屋の床、ゴミに埋もれるように、人間のかたちをした物体が、人間とは思えないくらい変わり果てた姿で横たわっているのを発見。
凄まじい悪臭と、無数のウジ・ハエが放たれる中、その後、警察の手によって、その物体は、人間扱いしたくてもできないくらいの状態で、引きずられるように搬出されたのだった。

亡くなったのは、50代後半の男性。
死因は、一応、自然死(病死)。
晩年は無職。
ただ、一流企業でもなく、エリートでもなかったけど、それ以前は一所の会社に長く勤務。
出世も望まず、当たり障りなく、誰かと競うこともなく、無難なサラリーマン生活だった。
一方、社宅暮らしの独身で、上司に従順だった故人は、会社にとっても動かしやすく、使い勝手のいい社員だった。

そんな中で転機となったのは異動。
肩書きは“昇進”だったが、社内の誰の目にも、それは“左遷”。
ただでさえ、歴代、そのポジションに就いて長くもった人はおらず、いわば“窓際”。
五十も半ばにして「NО!」と言えない立場であることは、会社にも見透かされていた。
会社都合の転勤や異動に黙って従い、実直に勤めてきた見返りがこれ・・・
余計なプライドや自分を幸せにしない意地は持たないようにして、従順サラリーマンを渡世として無難に過ごしてきた故人だったが、事実上の「クビ」を言い渡され、自分の中で、張りつめていた何かが“プツン”と切れた。

結局、定年を待たず退職。
同時に、住み慣れた社宅を出て、新しい住処(現場)へ転居。
「何とかなる!」「まだやれる!」と信じて。
が、自分が思っていたよりはるかに現実は厳しく、なかなか新しい仕事にありつけず。
それでも、非正規のアルバイトや派遣の仕事で食いつなぎながら、粘り強く就職活動を続けた。
しかし、経験や能力をよそに、自分の年齢が、それを邪魔した。
年齢だけ訊かれてはねられたことは数知れず。
悲しく、悔しい思いをしたことも数知れず。
“現実”に打ちのめされ、“現実”をイヤと言うほど思い知らされた。

この状況では、「心を折らず がんばれ!」と言う方に無理がある。
労働意欲は次第に削がれていき、そのうち、就活も頓挫。
現実を忘れたくて・・・
昼間から酒を飲むクセがつき・・・
貯えは減っていく一方で・・・
先には暗闇しか見えず・・・
自らを破滅に追いやることはわかっていたけど・・・
そこから抜けだす術がわからず・・・
理性は麻痺し、そのまま酒に溺れる日々は続いていった。

病死、老衰、事故死、戦死、餓死etc・・・そして自死・・・死因は後の人が決める。
また、“自殺という名の病死”があれば“病死という名の自殺”もある。
故人は、「このまま死んだってかまわない」と思いながら飲んでいたように思え・・・
私には、故人が、生きること・生きなければばらないことの重圧に押しつぶされた、いわば“圧死”のように思えた。
そして、それは、私にとって決して他人事ではなく・・・
その圧が重すぎるのか、こちらか弱すぎるのか・・・その答を導くヒントさえ見つけることができず、私は、ただただ重苦しい溜息を吐くしかなかった。



死業二十九年目の冬・・・
私も、随分と歳をとった・・・
そして、何だかスゴく疲れた・・・
鏡の中に衰えた自分を見ると、その顔からは、「後悔」なんて簡単な言葉では片づけられないくらい重苦しいものが滲み出ている。

あと、どれくらい、こうやって生きていかなければならないのだろうか・・・
この重い虚無感・疲労感・孤独感が癒される日はくるのだろうか・・・
自分に待っているのは明るい未来ではなく、暗い日々ばかりのように思えることもしばしば。

それでも、生かされているうえは生きなければならない。
死ぬまでは生きなければならない。
それが、摂理だから。

私は、「生かされている」ことの感謝・喜びと、「生きなければならない」ことの苦悩・重圧の狭間で、もがいている。
決意もなければ、覚悟もできていない中で・・・
しかし、生きていくかぎりは、これからも もがき続けるしかない。

「がんばれ・・・」
心の奥底にこだまする、幸せに生きたがる自分のそんな声に、かすかな希望を抱きながら。


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暴発

2020-07-13 08:40:09 | 特殊清掃
休業要請や自粛要請が緩和されてしばらく経ち、街は“日常”取り戻しつつある。
先月19日、都道府県を跨いでの移動が緩和され、観光地でも人が増えているよう。
しかし、それに合わせるように、報告される感染者数は増えている。
ある程度は想定内のことだろうけど、「東京一日200人超」まで想定していたかどうか・・・政治家の表情から漂うのは想定以上の状況になっているというような不安感。
「第二波がきている」という専門家もいる中、再び、緊急事態宣言は発令されたら経済は壊滅的な打撃をうけるらしいから、そう簡単には出せないらしい。
やっと動き始めた社会経済活動を再び止めることが、感染拡大と同じくらいリスキーなことは、素人の私でもわかる。
ただ、上からの指示がどうあれ、個々人が、事実上 緊急事態下にあることを認識し、感染しないこと・感染させないことに努めなければならないと思う。

5月上旬、緊急事態宣言下のある日、税金を納めるため、銀行の窓口に行ったときのこと。
メガバンクの支店なのだが、入口には消毒剤が置いてあり、「マスク非着用での入店禁止」の札も掲げられていた。
更に、「窓口は約120分待ち」と表示され、傍らに立つ行員は、「不要不急の用であれば日をあらためて下さい」と、どことなく“上から目線”で、客を追い返そうとするような案内。
“120分待ち”にも行員の態度にも不満を覚えた私だったが、納期も迫っていたし、“日をあらためて出直しても同じことだろう”と、諦めて列に並んだ。
その私のすぐ後ろには初老の男性が立った。
“120分待ち”なんてまったく想定してなかったのだろう、驚いた様子。
それでも並ばなければならない用事があるのだろう、イライラした様子でブツブツ・ブツブツ。
そのうち、案内係の行員に文句を言い始めた。
行員の態度もよくなかったけど、用を済ませたいなら順番がくるまで黙って待つしかない。
我慢できなければ帰ればいい。
にも関わらず、男性は行員に不満をぶつけ、行員も悪態ギリギリのところでチクチクと反論し、その場の空気は換気が必要なくらい汚れたのだった。

また、これはコロナ渦初期の頃、スーパーでの出来事。
レジ列の前の前、カップ麺を大量に箱買している男性がいた。
そこへ、私の前に立つ老人が「こんな人がいるから皆が困るんだよ」と、善人気取り?で文句を言った。
どうも、自分本位の買い占めだと思ったらしい。
すると、その声が聞こえた男性は、「何!?俺に言ったのか!?」と振り向き、「文句でもあんのか!?」と老人に喰ってかかった。
老人も、「買い占めはよくないだろ!」と応戦。
周囲の賛同を得られるとでも思ったのか、振り絞った勇気に満悦したのか、はたまた、振りあげた拳を降ろせなくなったのか、衰えた外見に似合わず強気に。
当然、男性も黙ってはいない。
“三密回避”はどこへやら、「この くたばり損ないのジジイが、妙な言いがかりつけやがって!」と、怒顔を老人の顔に近づけて睨みつけた。
傍にいた店員がすぐさま割って入り、大ゲンカに発展するのは抑えられたが、公衆の面前での小競り合いはしばし続いた。
結局、男性の行為は買い占めではなく、普段の買い物で、大人数で食べるための買い出しだったよう。
しかし、二人は和解することなく、周囲には殺伐とした虚無感が漂い、換気が必要なくらい汚れた空気だけが残ったのだった。

殺伐とした世の中は、今に始まったことではない。
この時代、殺人事件や傷害事件を筆頭に、そんなニュースが途絶えることはない。
ちょっとしたことでキレる・・・
ちょっとしたことで揉める・・・
コロナ渦によって、それが増長されているような気がする。

あの時、あの警官も、ある意味でキレてしまったのだろうか・・・
5月25日、アメリカで黒人男性が白人警察官に殺された事件。
警官が男性の首を膝で抑えつけている映像を観て、私も「ヒドい!」と思った。
既に抵抗できない状態で、明らかに苦しがっているにも関わらず、それを無視して抑え続ける様には嫌悪感しか覚えなかった。
これに抗議するデモは、アメリカだけにとどまらず世界中に広がった。
この日本にも。
私は、こういったデモに反対ではない。
しかし、度を越したもの・・・暴力をともなうものは反対。
考えを主張するのは自由かもしれないけど、とにかく、暴力はよくない。
暴力は暴力を呼ぶだけ、暴言は暴言を呼ぶだけ。
たとえ、それが、正義を貫くためであっても、暴発はしてはいけない。

団体行動が苦手な私は「デモ」というものに参加したことがないからわからないけど、独特の高揚感みたいなものがあり、日常にはない心地よい正義感が味わえるのだろう。
また、「赤信号、みんなで渡れば怖くない」、一種の集団心理も働くのだろう。
多数でやれば罪悪感が薄まり、大人数でやれば正義になる。
その昔、封建主義の世の正義は支配者が決めたが、今、民主主義の世の正義は“数”が決めるのだから。
それが、強い力を得たような錯覚をおぼえさせたり、それに陶酔させたりするのか。
そして、本来、人々が持ち合わせている理性を麻痺させるのかもしれない。
便乗した暴力・放火・略奪は、もはや抗議デモではなく、ただの犯罪。
いつの間にか、そこから正義は消えている。

ちょっとしたことがキッカケで、暴力・暴言が噴出するこの社会。
人間の悪性や人々のストレスが、言葉の暴力・文字の暴力・拳の暴力となって、いらぬところで、いらぬかたちで現れている。
刑事的犯罪の陰で、SNS上でのイジメや誹謗中傷がまかり通ったり、人知れずDVや児童虐待が行われていたり、あおり運転が横行したり。
そして、今や、銃や刃物だけじゃなく、言葉や文字が人を殺す凶器になる時代。
「個人情報保護」という鎧を着て、「匿名」という盾を持ち、文字(言葉)という刃物で容赦なく他人を突き刺す。
一体、これは、どういうことか・・・
私も含め、人間という生き物は、どうして そんなくだらないことをしてしまうのか、くだらないことがやめられないのか・・・
人間は、弱い者をいじめる習性をもち、他人の不幸を喜ぶ習性をもつ・・・
このまま、人々は理性・道徳心・正義感を失い、あたたかい笑顔を捨てていくのか・・・
他人に対する悪態が常態化し、弱肉強食が顕著な社会になっていくのか・・・
コロナ渦の第二波はもちろん、風水害や地震などの災害、減給や失業による貧困も恐いけど、もっと恐いのは、人々の心が荒むこと。
そして、それが人と人との絆を、人と人の情愛を、社会秩序を破壊していくこと。
先を楽観できない時代、とにかく、少しでも“人間の悪性”が影を潜めてくれることを祈るしかない。

かくいう私も他人事では済まされない。
SNSは一切やらないから、その世界での加害・被害はない。
また、暴言を吐くことも暴力をふるうこともない。
しかし、情緒不安定で感情の起伏が激しい。
人間の器が小さく、人間が弱い。
気も短く、ちょっとしたことイラつく。
恥ずかしながら、心の中で暴言を吐き、空想で拳を振りあげることがある。
それが自分を不幸にすることがわかっていても、理性で抑えることができない。
特に、このコロナ渦に見舞われてからは、減収・失業が現実味を帯びてきているから尚更。鬱だけではなく、持病の不眠症まで重症化し、心身を蝕んでいる。

ただ、とにかく、日本は、銃のない社会でよかった。
銃は、小さな引き金をちょっと引くだけで人を殺せるのだから、たった一瞬の感情、瞬間的に理性を失うことよって取り返しのつかないことが起こる。
拳で殴るのとはわけが違う。
カッ!となって、取り返しのつかないことをしてしまった、取り返しのつかない事態に陥ってしまった・・・
そうなったら、後悔しても遅い。
加害者・被害者を問わず、銃社会において、それで人生を狂わせた人間は少なくないのではないだろうか。
あんな、飛び道具ひとつで・・・まったく、悲惨である。



ある日の昼間。
“ズドン!!”
とある民家の二階で大きな爆発音がした。
驚いた家族が部屋に駆けつけてみると、部屋の模様は一変・・・
そこに横たわる故人も変わり果てた姿となり・・・
その光景はあまりにショッキングで・・・
失神寸前で、そのままその場にへたり込んでしまった。

私が現場の呼ばれたのは、その翌々日。
依頼の内容は、特殊清掃。
事件性がないことが確認され、警察から立入許可がでてからのこと。
事前にだいたいの状況を聞いていた私だったが、よくあるケースではないので、リアルに想像することが困難。
作業の難易度が高いことは想像できたものの、それがどこまでの高さなのかが見えず。
私は、重症の飛び降り自殺現場を思い浮かべながら、また、少し緊張しながら現地に向かった。

部屋のドアを開けた目の前には、ある部分は想像通り、ある部分は想像を越えた悲惨な光景が広がっていた。
故人が倒れていた床には大きな血痕・・・
更に、赤黒の血痕が天井・壁・床、上下左右、360℃に飛散・・・
凝視すると、白子を粉砕させたような脳片、木屑のようになった頭蓋骨片も・・・
そして、床のあちこちには、極小の鉄球が無数に転がり・・・
故人は、趣味を楽しむために所有していた散弾銃を、自分に向かって打ったのだった。

銃口を何処にあてたのかはわからなかったが、一発で死ぬことを目的とするなら頭を狙うのが自然。
ただ、銃身長を考えると、手指で引き金を引くことは困難。
おそらく、銃口を自分の額に向け、足指で引き金を引いたのだろう。
生きることを楽しむために持っていた銃で、生きることを終わらせた・・・
頭の上半分を粉々に吹き飛ばし、一瞬にして、この世から去ったのだった。

故人は、私と同年代の男性。
社会人としてバリバリ働いていたとき大病を罹患。
会社は休職し、入院、治療。
療養の結果、病状は随分と落ち着いたが、それは完治を見込みにくい難病。
勤務先は、そんな故人に“いい顔”をせず冷遇。
結果、追い立てられるように退職。
表向きは“自己都合による退職”だったが、事実上の“クビ”だった。

故人は、病と闘いながら社会復帰を目指した。
しかし、当然、企業は健康な人を優先して採用する。
少しでも経験が活かせるよう、前職と同業種を目指し、中小零細にこだわらず 多くの会社に応募するも、ことごとく採用には至らず。
願望を捨て、異業種や非正規の求人にも応募したが、それでも、なかなか色よい返事は得られず。
不採用の理由をハッキリ告げられることは少なかったが、結局、持病があることが敬遠される原因であることは明白だった。

そんな故人の生計は同居の家族が支えていた。
それは、家族として当然のこととしてなされており、故人を責めるようなことはもちろん、社会復帰へのプレッシャーをかけるようなことも一切なかった。
しかし、
「家族に迷惑をかけている・・・」
「家族の負担になっている・・・」
と、その家族愛が、一層、故人を苦しめていたのかもしれなかった。

働きたくても働けないツラさがどんなものか・・・
怠けるつもりはないのに怠け者に見られる惨めさがどんなものか・・・
そんな生活は、まさに“生地獄”・・・
自ずと心身は衰弱していき、始めは小さな石コロだったものが 次第に大きな岩になり、始めは薄低の壁だったものが 次第に厚高の壁になり、社会に戻ろうとする故人の行く手を阻む・・・
ともなって、その精神は、病んでいくばかり・・・狂ったように・・・

「甘やかすからそうなる」
「生きていれば楽しいこともある」
「死ぬ気になれば何でもできる」
と、人は言う。
一理あるかもしれないけど、これは、まったくわかっていない人間がいうセリフ。
生きる力を失った者にとっては、日常生活ほとんどのことが虚無・疲労の原因となる。
生きる力を失った者にとっては、人生の楽しみさえもどうでもよくなる。
生きる力を失った者とって“死”は、最悪のことではなく最良のことのように思えてしまう。
そして、家族を悲しませることがわかっていても、抱える苦しみは、それを超越してしまうのである。

事情や境遇はまったく違うけど、私にも似たような経験があり、生きる意欲を失った時期・・・自分に刃を向けた過去がある。
あれからもう三十年近くが経とうとしているけど、ヒドく苦しみ、両親もヒドく苦しめた。
その後遺症は今でもあり、遠い昔のことなのに、思い出すと息が重くなる。
だから、故人の苦悩が痛いほど・・・涙が出るほどわかった。

私は、黙々と血・肉・骨を除去・・・
天井や壁の高部は、脚立に昇って・・・
点々と無数に広がる汚れと格闘・・・
無数に転がる散弾も、床を這って探し回り・・・
静かに流れる汗と、寂しく潤む目を拭きながら・・・
手間と時間がかかる作業であったことはもちろん、湧いてくる想いが多すぎて、考えさせられることが多すぎて、重い心労をともなう作業となった。

結局、想い描いていた人生をまっとうすることなく、最期を決断した故人。
愛用の銃を手に取り、弾を込め、銃口を額に当てて決行・・・
その様を思い浮かべると、自然と目に涙が滲んできた。
ただの同情・・・ただの感傷・・・しかし、身に覚えがある私には、心の奥深くに突き刺さるものがあった。
あの時、私が、銃を持っていたら、今、こうして生きているかどうかわからない・・・
一瞬の“魔”で決まるのだから。
ただ、銃を持っていなかったから、そうならなかっただけかも・・・
だから、こうして生きていられるのかもしれない。


生きることは素晴らしい。
生きることは楽しい。
同時に、
生きることは苦しい。
生きることは辛い。
しかし、“始まり”があれば、必ず“終わり”がある。
生まれてきたからには、いずれ死んでいかなければならない。
だから、それまで、耐え忍んで待つしかないのだ。

けれど、この世には、耐えきれない苦悩・苦痛がある。
他人が推し量ることができない苦しみが。
故人は、それに負けたのかもしれない・・・
そこから逃げたのかもしれない・・・
しかし、弱虫や卑怯者なんかではなかったと思う。
本当の弱虫や卑怯者は、苦しむことはないし、悩むこともない。
悪い意味で開き直って、悪い意味で堂々と生きていくもの。
そうはせず、悩みに悩んで、苦しんで苦しみ抜いて、戦いに戦って散らせた命の誠実さを、私は、生きることにくじけやすい自分に刻み込んだ。


「しんどかったね・・・お疲れ様・・・」
「俺は・・・もうちょっと頑張ってみるよ・・・」
私は、一仕事を終えた自分と 一人生を終えた故人にそう言い、くたびれた命を新たにして現場を後にしたのだった。





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