特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

損得感情

2018-10-30 08:50:53 | 腐乱死体
深まりつつある秋、快適な十月も もう終わる。
ついこの前まで、酷暑と闘っていたのに・・・秋は短い。
寒冷な朝の空気と葉の落ちた樹々には、冬の気配すら感じる。
この涼しさは、心身には優しいのだが、「またこの季節が来たのかぁ・・・」と溜息をついてしまうことがある。
持病?の冬鬱もそうなのだが、それは毎晩の入浴。
以前書いたことがあるけど、ケチな私は寒い冬でも湯に浸かることが少ない。
湯を大量に使い捨てることが損なことのように思えてしまうのだ。
だから、シャワーで済ませることがほとんど。
で、寒い日はこれがなかなかキツい。
当然、浴室暖房なんかないし、シャワー(湯)を出しっぱなしにもしない。
だからといって、仕事柄、風呂に入らないわけにもいかず、身体と懐の寒さに身を震わせているのである。

酒にしたってそう。
私は完全な“家飲み主義者”。
“たまには外で飲みたいな”と思うこともあるけど、行き帰りが面倒臭いし、相手もいない。
何より、かかる費用が違う。
同じ銘柄の酒を飲んでも、家と外では三倍くらい違うのではないかと思う。
肴まで入れると、それじゃ済まないのはハッキリしている。
似たような酒肴に数倍の金を払うことが損なことのように思えてしまうのだ。
そう考えると、当然、外で飲む気は失せる。
また、そんなこと心配しながら飲む酒は美味くないだろうし、宴も楽しくないだろう

「守銭奴」「拝金主義者」「ケチで強欲」
それを自認している私は、上記のように、事あるごとに、また何かにつけ、金銭的な損得勘定でモノを判断するクセがある。
しかし、実のところは、そういった性質で金銭的にはわずかばかり得をしているのかもしれないけど、“人も幸せ”という面では大きく損をしているような気がしてならない。
上手に損得勘定しながら世を渡っているつもりが、その損得勘定そのものが自分の幸せを削っているのかもしれない。
一度きりの人生、二度とない人生、こんなもったいない話はない・・・こんな損な話はない。
そう思うと、この損得感情も危機として、放っておくわけにはいかないのである。


ちょっと、ここから現場の話に移ろう。

取り扱う仕事には、保険がからむ案件も珍しくない。
故人が加入していた生命保険だけではなく建物に関係する保険も。
建物に関する保険は、火災保険や家財保険、地震保険だけではなく、昨今は、孤独死が発生した場合に備える保険もある。
もちろん、加入条件や現場状況によって保険の適用内容は異なるけど、当該建物が事前にその類の保険に加入していれば、その原状回復(復旧)にあたって保険が適用される場合があるわけだ。
ただ、この場合も、保険機能を適正に運用するため、専門家(鑑定会社の鑑定人)が現地を調査し保険適用の有無や要否を査定する。
つまり、専門の鑑定人による現地調査を行わなければならないのである。
私は、求められて この作業に立ち会うことが少なくない。
場数だけは誰よりも踏んでいるので、こんなダメ人間のポンコツ親父でも 何かと役に立つことがあるのだ。

この現場も然り。
合流したのは、遺族でもなく 管理会社の担当者でもなく 大家でもなく 鑑定会社の担当者。
保険適用に関する調査・査定をする鑑定人、30代後半くらいの男性。
鑑定人としては、ベテランの域に入りつつある雰囲気。
ただ、この現場は気が進まないのか、ちょっと腰が引けたような感じで、
「よろしくお願いします・・・」
と、頼るような目を私に向けて名刺を差し出した。

男性は、これまでにも孤独死の現場を鑑定したことは何度かあったが、詳しく訊いたところ、どこも“ライト級”だったよう。
しかし、今回は「かなりヒドい」ということで、会社から手袋・マスクをはじめ、長靴やレインコートも持参。
会社の命により、安心の?重装備を用意していた。
ただ、男性は、孤独死現場の凄惨さにレベル感は持っておらず、猛暑の中、会社に大荷物を持たされたことに“そこまでしなくても・・・”と、不満を覚えているようだった。

一方の私は、特段の装備はなし。
暑いから防護服も着ないし、息苦しいから専用マスクもなし。
装備といえば、紙マスク・ラテックスグローブ(使い捨て手袋)・シューズカバーくらい。
一式は常に車載してはいるものの、防護服を着ないのはかなり前からで、最近の私は、余程のことがないかぎり、専用マスクも使わなくなっている。
衛生面を考えれば好ましくないけど、息苦しいし 顔に痕が残るし・・・
この歳になると皮膚の弾力もなくなり、顔(頬)についたマスクの痕がなかなかとれないわけ(たいしたツラじゃないから 気にする必要はないんだろうけど)。
“ウ○コ男”になるのも日常茶飯事だし、だいたいの悪臭は我慢できるから(嘔吐く新鮮さ?も失っている)、結局、軽装で済むのである。

玄人だと思っていた私が素人っぽい恰好をしているのを妙に思ったのだろう、男性は、
「そのままですか!?」
少し驚き気味に訊いてきた。
「えぇ・・・もう慣れてますから・・・暑苦しくて、ニオイより暑さにやられてしまいますよ」
と、私は、当たり前のことのように返答。
すると、男性は、
「私も、このままで大丈夫ですかね?」
と期待感を滲ませながら訊いてきた。
猛暑の中、できることなら男性も軽装のままで事を済ませたいよう。
しかし、私は、
「ニオイがついて モノ凄くクサくなりますよ・・・服とか髪とかに・・・電車も乗りにくいし、店とかにも寄れないですよ・・・」
と、忠告。
その後にも別の現場に行く予定があった男性は、結局、防護備品を身に着けることに。
大汗をカキカキ、用意してきた装備品を身にまとった。


現場は、小さなアパートの一室。
亡くなったのは部屋の主で、老年の男性。
季節は真夏で、死後1~2週間。
周辺には異臭が漏洩し、窓には無数の蠅が集っていた。
部屋を見るまでもなく・・・故人の肉体は、ほとんど液状化していることが容易に想像された。

異臭は外にまで漏洩。
それは、同じアパートの他室だけではなく、風向きによっては周辺の建物内部にまで到達してしまうくらいのレベル。
「これが、そのニオイですか?」
部屋への歩を進める中で そのニオイを感知した男性は、眉をひそめた。
「そうです・・・中は もっとスゴいですよ・・・」
脅すつもりはなかったが、事実であるが故、そう応えざるを得なかった。
「そ・・・そうなんですか・・・」
男性は、固くした表情を更に強張らせた。
「近隣に迷惑がかかるし、苦情がくると困るので、ドアを開けたらすぐに入って下さいね」
プレッシャーをかけるつもりはなかったが、事実であるが故、そう言わざるを得なかった。

開錠入室の責任者は男性。
私は二番手に回り、ノブを握る男性の背後に控えた。
男性は、少々の間をとって後、ドアをゆっくり引いた。
すると、
「うわッ!!」
といった男性の驚嘆とともに、間髪入れず 室内から何匹ものハエと強烈な異臭が噴出。
それに驚いた男性は、私の進言も忘れ、そのまま 素早く中に入るどころか、後ろにいる私にぶつかることも気にせず後退して玄関を閉めてしまった。

「何ですか!?今のは!?」
「ハエです・・・」
「・・・・・」
「中には凄まじい数がいると思いますよ・・・」
「・・・・・」
「大丈夫ですか?」
「・・・やっぱ・・・無理・・・無理です・・・」
男性は、首を横に振りながら 更に後退。
しかし、部屋に入って、中の汚損状況を観察・査定するのは男性の役目。
中に入らないと仕事にならない。
ただ、凄惨過ぎる室内に男性は完全にビビって 入る気力を喪失したようだった。

男性は、思案の末、自分の会社に電話。
相手は職場の上司だろう、室内調査の役目を免れるため、汗が涙に変わりそうなくらいのハイテンションで現場の状況を報告。
レインコートはサウナスーツと化し、その内側が汗で濡れてきているのは外からもわかり、それに冷汗や心涙が加わったような状態。
でも、そんなこと意に介さず 必死に自分の苦境を訴える男性。
私の目には、こういう現場と分かったうえで損な役回りを背負わされたサラリーマンの悲哀が映り、同時に、その姿には同情心が湧いてきた。

腐乱死体現場の惨状を言葉で伝え、相手に理解させるのは至難の業。
素人・一般人なら尚更で、わかってもらえなくて困ることは私でも多々ある。
男性は、なかなかわかってくれない上司に 電話では意味をなさない身振り手振りを交えて熱弁。
そして、しばしのやりとりの後、男性の要望は何とか通った。
男性は、上司に嬉しそうに何度も礼を言い、ホッとしたような笑顔で電話を終えた。

そうなると、不本意ながら、私の出番がやってくる。
よくあるパターンだが、電話の会話を傍らで聞いていた私は、すぐにピンときた。
男性は、バッグから取り出した小さなデジカメを恭(うやうや)しく両手で持ち、姿勢を屈めて、
「大変申し訳ないのですが・・・中の様子を撮ってきてもらうことはできないでしょうか・・・」
と言って、再び頼るような視線を私に向けた。

私も自分の仕事として現地調査をする必要がある。
つまり、私には“室内に入らない”という選択肢はない。
どうせなら、一人で入る方が気楽でいいくらい。
だから、断る理由はない。
しかも、男性は、真顔で低姿勢。
立場を利用したり同情心を煽ったりして 嫌な雑用を他人に押し付ける輩に何度も遭遇してきたことがある私は、男性がそういう類の人間ではないことがわかったので、
「立ち入りに関する責任をそちらで持っていただければ、かまいませんよ」
と、二つ返事で引き受けた。


室内の調査・撮影を終え外に出た私は、“超”をつけてもいいくらいの“ウ○コ男”と化していた。
男性は、もう用がないのだから、少しでも涼しい恰好で身軽に待っていればいいものを、猛暑の中、着用した装備はそのままに、玄関の脇に直立していた。
並の人間なら、さっさと装備を解いて、どこか涼しい日陰で座り込んでいたりするもの。
しかし、男性はそうしなかった。
多分、損な役回りを肩代わりさせた私への礼儀のつもりだったのだろう。
私は、こういった些細な気遣いができたり、礼儀が守れたりする人間には大きな好感を持つ。
また、室内の撮影なんて、自分の仕事のついでにやった簡単なもので、私にとっては“お安い御用”。
“損な役回り”なんてフテ腐れるわけはなく、それどころか、男性の律義さと 私を頼りにしてくれたことが嬉しくて 得したような気分を味わったくらいだった。

男性は、私が放つ悪臭に戸惑いの表情を浮かべながら、時限爆弾でも触るかのようにそっと私からカメラを受け取り、時限装置を解除するかのようにボタンを操作し恐る恐るその画像を開けた。
一枚目を見た男性は目を大きく見開いた。
あまりのグロテスクさに驚いたよう。
そして、画像をめくるにしたがって、その表情を曇らせていき
「こういう状態になるんですか・・・」
「ものスゴいことになってますね・・・」
「申し訳なかったですけど・・・やはり、入らなくてよかったです・・・」
と、驚嘆を超えた溜息のような息を何度も吐きながら心情を吐露した。

同時に、男性は、
「それにしても、大変なお仕事ですね・・・」
と、どこでも誰からもよく言われる ありきたりの言葉を口にした。
「まぁ・・・よく言われます・・・」
そういった言葉に、蔑視されているような悪意を感じてしまう私・・・善意を感じられなくなっている私は、不用意に表情を曇らせ 無愛想な返事をしてしまった。
そんな私の心情が伝わったのか、男性は何か訊きたそうな顔をしたものの 何も言わず口ごもった。
多分、私に対して、感心するような、呆れるような、憐れむような・・・何か理解しがたい違和感・異質感が湧いてきた・・・何とも言えない不思議な感情を抱いたのだろう。


現地調査を終え、男性と別れた帰り道、私は、男性が口にしなかった言葉を自分に問いかけてみた。
「俺は、何のためにこんな仕事をやっているのか?」
「どうして続けているのか?」
「何か得なことがあるのか?」

ただの成り行き・・・金のため・・・生活のため・・・
信念はない・・・使命感もない・・・“依頼者のため”なんて想いもない・・・
休みは少ない・・・不規則、不安定・・・楽な暮らしができるほど稼げない・・・
仕事はキツい・・・ときに精神を患い・・・肉体は疲弊する・・・
カッコ悪い・・・世間から蔑視・嫌悪される・・・人にバカにされることもある・・・
努力できないから仕方がない・・・忍耐できないから仕方がない・・・自分が能無しだから仕方がない・・・
どこからどう見ても得な仕事ではない・・・

でも、損な仕事でもない・・・“損な仕事”とは思いたくない。
“損”だと思ってしまうこと・・・そのことによって、自分の人生は損をする、自分は人生を損させる・・・自分の幸せが削られてしまう。
一度きりの人生、二度とない人生、こんなもったいない話はない・・・こんな損な話はない。
そう思うと、この損得感情も危機として、放っておくわけにはいかない。

賤職だろうが、汚仕事だろうが、ダメ人間のポンコツ親父だろうが、「懸命に働く」ということの“美”は確かにある。
私は、自分を騙してでも、懸命に働いて 懸命に生きて、“幸せなウ○コ男になりたい”と思っている。
それが、私の一生において 得な生き方のはずだから。


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楽しも

2018-09-21 08:08:42 | 腐乱死体
初秋の涼風に、酷暑を乗り越えた安堵と 楽に動けることの心地よさを感じている今日この頃。
「仕事 辞めた?」
「病気?」
「とうとう死んだ?」
長ぁ~くブログを更新していなかったので、そんな風に思われていたかもしれない。
でも、大丈夫。
幸い(残念?)なことに、私は、相も変わらない毎日を送っている。
ある意味で「平穏な毎日」とも言えるが、凝りもせず、身体を汚しながら、社会の地ベタを 汗かきベソかき這いずり回っている。

それにしても、今夏の暑さはキツかった!
夏が暑いのは仕方ないけど、今年は梅雨らしい時季がほとんどなく、早 六月下旬から危険な酷暑がスタート。
当然、その分、作業もハードに。
滝のように流れる汗、熱気に乱れる呼吸、飛び出しそうにバクつく心臓・・・作業中、心が折れそうになったことは何度もあった。
あまりのキツさに、座り込んでしまったこともしばしば。
また、睡魔にも似た倦怠感に襲われて、悪臭が充満する部屋のソファーに横にならせてもらったこともあった。
しかし、個人的な軟弱さを理由に仕事を途中で放り投げることはゆるされない。
こまめな水分補給と休憩を心がけ、“ヒーヒー”“ハァハァ”弱音と溜息が混ざった短息を吐きながら、その時その時を何とか踏ん張った。
・・・というわけで、ブログを書くどころではなかった次第。

そんな夏、今年も色々な出来事があった。
不幸な災難も少なくなかった。
水の事故で亡くなった人も大勢いた。
豪雨災害や地震も然り。
老いや病気の関わらないところで、非日常のちょっとした出来事によって、多くの命が、突如、失われた。
決して他人事ではない事象に不安を感じながら、命に対する人の脆弱性を あらためて思い知らされることとなった。

春夏秋冬、季節が巡ると同時に歳は重ねられ、私は、もうじき五十。
“おじさん”から“おじいさん”へ成長?衰退?するビミョーなお年頃で、四十を迎えたときよりも、その心持ちはやや深刻。
人生の半分以上 こんなことやってるわけで、呆れるやら 悔やむやら、落ち込むやら・・・ま、最後は笑うしかないのだが・・・“やらかしちゃった感”が否めない。
また、不慮の出来事を別にしても、“人生の終わり=死”というものが、急速にリアル化している。
で、心境も少しずつ変化している。
その一つが、
「生きるために働くのであって、働くために生きているのではない」
といった価値観の変化。

これまで、私は、とにかく仕事優先で生きてきた。
しかし、ここにきて、残り少なくなってきた時間に緊張感を走らせることが多くなり、ともなって、これまでより具体的に“人生を楽しむ”ということを大切にしたいと思うようになってきた。
もちろん、“遊興にふけること=人生を楽しむこと”ではない。
キツい思いをしながらも努力したり、ツラい思いをしながらも頑張ったりすることにも楽しさはある。
しかし、思い返してみると、私の場合、勤勉な仕事人間であることを“美”としてきた節があり、その分、遊興が少なすぎたような気がする。
もちろん、働くことを嫌う怠惰な生き方より 労働に勤しむ方がマシではあるけど、それだけだとせっかくの人生がもったいないような気がしているのである。
そんなわけで、これからは、少しずつでも、自分の人生に“遊興”を取り入れたいと思うのである。

しかし、「遊びを楽しむ」ということは意外と難しい。
金と時間がゆるしてくれても、そのネタがなかなか見つからない。
もともと趣味らしい趣味を持たず、「日常の楽しみ」といえば 週に何度かの晩酌と 月に何度かのスーパー銭湯くらいの私。
長くそんな生活を続けてきた私に“やりたい遊び”なんて、すぐに見つかるわけはない。
仕事以外に熱中できるものを持っている人が羨ましくもあるけど、かと言って、誰かの真似をしても仕方がない。
ま、でも、自分が“本当に楽しい”と思えることを探そうとすることそのものが、楽しいことだったりするのかもしれない。
とにもかくにも、人生を楽しめないことを“貧乏ヒマなし”のせいにしないで、色んなことを考えてみたいと思う。



訪れた現場は、閑静な住宅地にある古い一軒家。
依頼者は中年の女性。
現地で待ち合わせた女性は、緊張の面持ちで挨拶。
私の名刺をうやうやしく受け取ると、父親がこの家で孤独死し、かなり時間が経って腐敗し、本人も室内も凄惨な状態になってしまったことを まるで悪事でも告白するかのように とても言いにくそうに私に説明。
そして、最後に、自分は中に入れない・・・入りたくないことを付け加えて頭を下げた。

上記のとおり、亡くなったのは、この家に一人で暮らしていた女性の父親。
死後経過時間は、約二週間。
暑い季節でもあり、遺体はかなり変容。
外見だけでは、どこの誰だか判別不能の状態。
身元は歯型によって確認。
「生前の面影はまるでない」「見ないほうがいい」ということで、警察の霊安室でも、女性達親族は 遺体を見ることはしなかった。

遺体がそんな状態で、部屋が無事であるはずはない。
故人が倒れていたのは台所らしかったが、その異臭は全室に拡散。
もちろん、玄関フロアにも充満しており、常人の行く手を阻んでいた。
しかし、そんな場所へ先陣をきって入るのが非(悲)常人=私の仕事。
私は、後ずさりする女性を背に、玄関ドアを引いて 半老体を滑り込ませた。

予想通り、故人が倒れていた台所の床は、凄惨な腐敗汚物に覆われていた。
しかも、それは、厚く堆積し、また、広く流出。
そして、時代に遅れた家屋の老朽感と古びた家具家電の疲労感が、その雰囲気を更に暗くしていた。
ただ、一通りの特掃をやれば、見た目はある程度回復させることができる。
しかし、悪臭ばかりは そう簡単に片付かず、手間も時間も相応にかかる。
重症であればあるほど手間数も増え、期間も長くなるため、この現場も結構な日数を要した。

作業の最終日。
手間暇かけた甲斐あって、家の中の異臭は、ほとんど感じなくなるまで消すことができた。
そして、当初は家の中に入りたがらなかった女性も及び腰ながら中に入ってくれた。
我々は、台所の隣のリビングに入り、私は、実施した作業の内容と成果を女性に説明。
それから、問題の台所を確認するよう促した。
代金をいただく以上、契約した通りの掃除がキチンとできているかどうかチェックしてもらいたかったわけ。
しかし、女性はそれを辞退。
女性は、まったく見たくないようで、
「見なくても大丈夫です・・・きれいにしていただけたことはわかってますから・・・後で文句を言ったりもしませんから・・・」
と、頑なに拒んだ。
“汚染痕が消えても、嫌悪感や恐怖感は消えていない”ということだろう。
そんな状態で無理強いできるはずもなく、私は そのまま引き下がった。

「では、これで失礼します」
この仕事を無事に締めることができた私は、現場を立ち去ろうとした。
すると、女性は、
「もうしばらくいてもらっていいですか?・・・少しくらいなら追加の料金がかかってもかまいませんから・・・」
と、“?”と思うような言葉を口にした。
その強張った表情には、女性の心情が如実に表れており、私はすぐにそれを察した。
恐怖感なのか嫌悪感なのか・・・どうも、女性は、この家で一人きりになるのが嫌なよう。
私には、整理消化できない死に対する恐怖感と、腐乱死体に対する嫌悪感と、亡父に対する悲哀が、女性を怯えさせているように思えた。
そして、そんな女性だけではなく故人のこともちょっと気の毒に思った。

次の現場はなく あとは会社に戻るだけだった私は、同情心も手伝って
「時間はありますから、追加料金はいりません」
と、女性の依頼を快諾。
各種手続きに必要な書類や貴重品類を探す女性に付き従って、家の中を移動した。
ただ、その間、シ~ンと無言のままでは雰囲気が煮詰まる。
私は、女性とテキトーに雑談をしながら場の空気をつないだ。

故人は70代前半。
早くに妻(女性の母親)を亡くしたせいもあって、健康寿命を強く意識。
元気で長生きするつもりで 好きだった酒もタバコもやめ、食生活や運動にも気を配っていた。
また、長く生きれば それだけお金はかかる。
老後を楽しく過ごそうと思えば尚更。
そのため、故人は質素倹約に努めていた。
「本人は、元気で長生きするつもりだったんですよ・・・」
「“生きていくにはお金がかかる”“子供達に迷惑はかけたくない”と、ホント、爪の先に火をともすような生活をしていたんですよ・・・」
「食べたいものも食べず、行きたいところにも行かず、欲しいものも買わず・・・家も こんなボロのままでね・・・」
女性は、溜息まじりに そうこぼした。
それでも、私が、
「そういう暮らしも、意外と楽しかったんじゃないですか?・・・私も かなりケチなほうですから、何となくわかるような気がするんですよ・・・」
というと、女性は固かった表情を少し和らげ、
「・・・ならいいんですけどねぇ・・・」
と言い、言葉が終わると微笑みを浮かべた。



計れる金と計れない時間・・・
限りある金銭と読めない余命のバランスをとるのは難しい。
その中で、どれだけ人生を楽しむことができるか・・・
もちろん、お金を必要としない楽しさはたくさんある。
しかし、お金のかかる楽しみも、それはそれでいいもの。

自分が楽しめそうなことって何だろう・・・
強欲・ケチ・守銭奴の悲しき習性か・・・軽登山、BBQ、ソロキャンプ・・・あまりお金のかかりそうもないことばかり思いつく。
女遊びは、逆に金がかかり過ぎるし・・・(金の問題じゃないか・・・)
たまには、仕事を忘れて、のんびり 温泉旅行とかいいかもな・・・ゆっくり湯に浸かって、美味い酒肴に舌鼓を打って・・・思い浮かべるだけで結構楽しい。
そのためには・・・まずは汚仕事 がんばらないと!

誰がどう見ても楽しくなさそうな人生を送っている私だけど・・・
初秋の涼風に吹かれ、夏の終わりの寂しさに一生の短さと命の儚さを重ねながらも 人生の黄昏を楽しもうとしているのである。


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勉学の行方

2018-05-15 07:29:12 | 腐乱死体
「しっかり勉強しろ!」
「でないと、大人になって苦労することになるぞ!」
子供の頃、親や教師によく言われた。

小学校のときはトップクラスだった私の成績。
私立中学に入ると“中の上”から“中の下”をウロウロするように。
高額な学費を捻出するための共働きがストレスになっていたのか、両親は、上位にいないことに激怒した。

学期が終わって順位が発表される度に、ひどく叱られた。
そして、自分の努力不足・能力不足が原因とはいえ、その都度 悲しい思いをした。
が、高校に入ると一変。

「高校なんて いつ辞めてもいい」と開き直った。
愚かなことに、虚勢やハッタリではなく、本気でそう思っていた。
で、中退を恐れた親は、成績が悪くても怒ることはなくなった。

そこそこ高いレベルの進学校だったけど、私の成績は下の方。
それでも、実態のともなわない能書きと屁みたいな理屈だけは一人前。
俗にいう「不良」とはタイプの違う“不良”で、教師も その取り扱いに苦慮していた。

それ以降は、これまで何度か書いてきた通り。
三流私大に入り、そこを卒業し、早二十数年、この始末。
無駄な後悔と自業自得の不安に もがき苦しんでいる。



季節は初夏、日中には気温が30℃を超える季節。
とある賃貸マンションで異臭騒ぎが発生。
間もなく、元となった一室で腐乱した遺体が発見された。

応急処置で管理会社が貼ったのだろう、玄関ドアには目張り。
それでも、玄関前には、鼻(腹)を突く異臭が漏洩。
ベランダ側の窓には無数の蠅(今風にいうと“インスタ蠅”)が“黒いカーテン”のごとく集っていた。

私は、預かってきた鍵を鍵穴に差し込み ゆっくり開錠。
周囲に人がいないことを確認して、静かにドアを引いた。
そして、異臭の噴出とハエの脱走を最小限にするため、私は、影のように素早く身体を室内に滑り込ませた。

汚染痕は、重異臭を発生させながら寝室のベッドに残留。
腐敗した肉体は、各種暖色系の色彩を重なり合わせながら人の型を形成。
枕は丸く凹んだままで、まるで そこから生えているかのように頭髪が黒々と残されていた。

ベッドの隅に放られた毛布や枕の下にはウジがビッシリ。
私という天敵に動揺した彼らは、手足のない身体を器用に動かしながら右往左往。
あまりの数の多さに捕獲駆除は諦めざるを得ず、一旦は その逃走を見逃した。

床や窓辺にはハエの死骸がゴロゴロ、蛹(さなぎ)の殻もゴロゴロ。
食糧不足が祟ってだろう、生きているハエも非力。
飛び回る力もないようで、壁や窓にへばり付いているのがやっとのようだった。

羽化していない蛹カプセルの中はクリーム状で、誤って踏んでしまうと床を汚してしまう。
しかし、相手は極小で無数、いちいち避けて歩いていては仕事にならない。
結局、後で掃除するということで、彼らの存在は無視して(ときには踏み潰して)歩を進めた。

部屋は、半ゴミ部屋。
整理整頓も掃除もできておらず、特に、水廻りの汚れは顕著。
亡くなった住人に対して批判的な感情を抱かせるには充分な汚損具合だった。

亡くなったのは40代後半の男性。
私より一つ若く働き盛りの年代。
ただ、私と違うのは一流私大卒であり、かつては一流企業に勤めていたということ。

男性に妻子があったのかは不明。
ただ、最後の数年は一人暮らしで日雇派遣の仕事をしていたよう。
部屋にあった書きかけの履歴書とくたびれた作業着がそれを物語っていた。

男性は、新卒で入った一流企業に二十年近く勤務した後に退職。
出世競争に敗れたのか、職場で不倫でもしたのか、上司に恵まれず窓際に追いやられたのか・・・
以降、職を転々とし、最後は日雇派遣の仕事に就いた。

他県の実家には高齢の両親が健在。
ただ、賃貸借契約の保証人にもなっておらず、相続も放棄するとのこと。
親子関係は、あまり良好ではなかったようだった。

部屋には、故人の学位記(卒業証書)と学位授与式(卒業式)の写真があった。
大学の正門前だろう、写真の中央には、「平成○年○月○○日 ○○大学 学位授与式」と書かれた大きな看板。
そして、その傍らには、若かりし日の故人と その両親らしき男女、正装の三人が笑顔で写っていた。

「皆、嬉しそうな笑顔だな・・・」
「希望に満ち溢れてるって感じだな・・・」
「でも、今となっては ただのゴミが・・・」

最期の一場面だけをみて その人の人生を決めつけてはいけない。
にしても、“他人の不幸は蜜の味”。
私は、深い感慨・・・というか、後味の悪そうな美味を覚えた。

努力して一流大学に入ったことも、頑張って一流企業に勤めたことも、それはそれで素晴らしいこと。
無駄なことは何もなく、晩年の生活ぶりや最期の死に様が否定できるものでもない。
“人生の幸or不幸”は、他人が勝手に想う(判断する)ことはできても、決めることはできない。

にも関わらず、人(私)は、過去と現在を+-で相殺してしまう。
しかも、最期の方が強印象になるため、結果として、“終わり良ければ すべて良し”の逆で“終わり悪ければ すべて悪し”という具合になってしまう。
そして、「不幸な人生、不遇の人生だったんだろう・・・」という風に考えてしまう。

私は、故人の人生と対比して、後悔だらけの自分の人生を肯定し、自分を慰めた。
故人に対して抱いた優越感を美味として味わった。
故人に対して、あたたかく礼儀正しい感情は抱かなかった。

結局のところ、これが“人間”というものなのかもしれないけど、“あるべき姿の人間”でないことくらいはわかった。
けど、“想い”というものは、自分ではどうにもならない・・・感情はある程度コントロールできても、自然と湧いてくる想いはコントロールできない。
他人の不幸と自分の幸せをリンクさせてしまう“人間悪”には、どうにもできないものがある。


私は、努力らしい努力をしてこなかった。
行動がともなわない能書きを垂れ、言い訳にもならない屁理屈をこね、その場その場を誤魔化しながら逃げ回ってきた。
また、能力や根性がないことを棚に上げ、自分の不遇を他人のせい・世の中のせいばかりにしてきた。

勉学の大切さを、努力することの大切さを、もっと若いうちに、学生のうちに気づいていればよかった。
だけど、我々に与えられるのは、過去でも未来でもなく“今”。
後悔は教訓にするしかない。

「自画自賛」と笑われ、「自慢話」と嫌われるのを承知のうえで書く。
中年になり 手遅れの感も否めなかったけど、私は、四十になって一念発起。
仕事の役に立ちそうな、遺族や関係者の役に立つことができそうな資格を取得するための試験勉強を始めた。

仕事をしながらの独学は、意志の強さや自制心、自己管理能力を試されるものだった。
過酷な夏場等、心身ともクタクタに疲れて思うようにできない時もあった。
しかし、苦しみながらも、自分に課した学習ノルマをこなしたときは清々しくもあった。

ありがたいことに、数年がかりで、目指した資格はすべて手に入れた。
二つ目に挑んだ試験の合格通知を受けたときは感謝感激して涙が滲んだ。
ただ、今になると、資格自体にも価値はあるけど、努力したことにはもっと大きな価値があり、努力した時間には更に大きな価値があるように思う。

努力とは、時間や楽しみを犠牲にすることではない。
“今”を充実させること、“今”を精一杯生きること。
そして、引き換えにするものより はるかに価値のあるものを掴むこと。

人生、何かを成し遂げることも大切、何かを残そうとすることも大切。
だけど、その時 その時、“今”をいかに生きるかは、もっと大切。
“人間悪”を寄せつけないくらい まっすぐな情熱をもって自分と向き合い 活きることに努めることは、人生を謳歌する上でとても大切なことのように思う。

卒業写真の親子三人の笑顔を否定できるものは何もない。
今を懸命に生きれば過去は輝き、未来が照らされる。
そして、その人生の輝きはいつまでも失われない。

終わりが近づきつつある私の人生。
半世紀近く使ってきた身体は4S(白髪・シミ・シワ・脂肪)に覆われ、半世紀近く痛めてきた精神は4M(無気力・無思慮・無関心・無感想)に狙われ、輝くには程遠い状態。
それでも、自分次第で、いつでも その内に輝きを放つことはできる。

「努力・忍耐・挑戦 vs 怠惰・逃避・保身」「勝利・強・賢 vs 敗北・弱・愚」、そして、「善 vs 悪」「生 vs 死」。
この歳になっても、まだまだ色んなことを学ばされている私。
“でも、こういう学びが 人生を彩る薬味として、自分を味のある人間にしてくれるのかもしれないよな・・・”と、清々しい気持ちで受け入れているのである。


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他人事?

2018-05-07 07:52:35 | その他
楽しかったGWも終わり、今日から仕事再開の人も多いだろう。
笑顔の想い出と引き換えに、多くのお金と体力を失った人も。
長い連休に縁のない私には他人事だけど、憂鬱な週明けに気分を落ち込ませている人も少なくないかも。
また、残念なことに、事故やトラブルに巻き込まれた人もいただろう。
実際、高速道路を走っていて、追突事故の現場に遭遇したことが何度かあった。
ちょっとした不注意で せっかくのレジャーが台なしになるわけで、悔やんでも悔やみきれない。
しかも、ついてないのは当事者だけじゃなく、事故渋滞に巻き込まれて迷惑を被る人も無数にいるわけで、その辺一帯 大災難に見舞われてしまうのである。
かくいう私も、GW中の先日、車を運転中、事故を起こしてしまった。
しかも、それは、よりによって人身事故だった。

何体もの事故遺体から事故の恐ろしさ教えられてきた私は、日頃から、慎重な運転を心がけている。
車の運転歴は30年近くあり、また、年間の運転距離も50,000~60,000kmと決して少なくない私だけど、人身事故を起こしたのは まったく初めて。
運転中の携帯電話、駐車違反、標識の見落としによる違反など細かな違反はたくさんあるし、電柱に触れたり塀に擦ったり等の小さな物損はいくらかあるけど、それでも、これまで人を相手に事故を起こしたことはなかった。
が、今回、とうとう人とぶつかってしまったのである。

その日、現地調査のため朝一で現場に向かっていた私。
場所は、細い道や路地が幾重にも交錯する混み入った住宅密集地。
目的のアパートが近くなり、私は一方通行の細い道を制限速度を守って徐行していた。
そこへ、左の路地から女性の乗った自転車が急に飛び出してきた。
その角には建物があり、互いに死角にいた。
私は、すぐさまブレーキを踏んだが間に合わず・・・また、女性の自転車も止まれず。
結果、私の車の左前角と女性の自転車が衝突。
異常な衝突音と「キャーッ!」という女性の悲鳴の後、一瞬のうちにフロントガラスの視界から女性と自転車は消えた。

「やっちゃった!!」
一瞬、心臓が凍ったような感覚。
しかし、こんなときこそ慌てるのは禁物。
「慌てるな! 落ち着け!」
私は、まず 自分にそう言い聞かせた。
そして、ただちにエンジンを止め 急いで車を降りた。

自転車は車の左前に倒れ、カゴの荷物も飛び出ていた。
そして、女性はアスファルトの路面に尻餅をついていた。
「大丈夫ですか?」
私は、すぐさま女性に近づき、起き上がろうとする女性に手を貸した。
そして、ケガがないどうか女性の身体を伺い、壊れていないかどうか自転車を見回した。
幸い、女性にケガらしいケガはなさそう。
自転車も通常の形状を保っていた。
119番が急務のように思えなかったため、私は、
「すぐに警察に連絡しますから!」
と、ポケットからスマホを取り出した。

すると、女性は、
「いいです!いいです!」
と言いながら、膝の尻の砂汚れをパンパンとはらった。
それから、
「大丈夫ですから!大丈夫ですから!」
と言いながら倒れた自転車を起こし、飛び出した荷物をテキパキとカゴに集めた。
そして、何事もなかったかのように、そのまま立ち去ろうとした。

女性の無傷な振る舞いに安堵しながらも、私は、ひき逃げしたみたいになるのも、後々になってトラブルが起こることも避けたかった。
だから、立ち去ろうとする女性を制止し、
「そういうわけにはいきませんから・・・警察を呼びましょう!」
と訴えた。
それでも女性は
「急いでますから!ケガもありませんし!大丈夫です!」
と頑なに拒否。
「でも・・・」
と困惑する私を尻目に、そそくさと自転車にまたがった。

不可抗力的な事情があっても、車対人だと、車の方に重い過失責任が負わされるのが常。
警察沙汰になって困るのは、女性ではなく どちらかというと私の方。
で、“Risk & Merit”逆転の理屈を無理強いすることが躊躇われた私は、
「本当に大丈夫ですか!?」
と念を押し、
「せめて連絡先だけでも・・・」
と、互いの氏名と連絡先を交換することを促した。
が、女性はそれも拒否。
「本当に大丈夫ですから!」
と一方的に言ったかと思うと、逃げるように走り去っていった。

一人取り残された私は、やや唖然。
私は、法定速度以下で徐行していたわけで・・・
女性は死角から急に飛び出してきたわけで・・・
いわば、不可抗力・・・
しかも、「警察を呼ばなくていい」と言ったのは女性の方で・・・
何か、警察を呼ばれて困るような事情があったのか?・・・
盗難自転車? 飲酒運転? 薬物使用? 指名手配犯?
釈然としない思いが沸々とわいてはきたけど、とりあえず、双方ケガなく、車も自転車も壊れなかったことで“ヨシ”とすることに。
そして、それから、“Lucky or Unlucky”よくわからない出来事を引きずりながら、目的の現場に向かったのだった(その直後、モヤモヤした気持ちは 衝撃のトイレがスッ飛ばしてくれた)。

常日頃から安全運転を心がけている私。
“過信はない”と思いつつも、人身事故を どこか他人事のように思っていた。
もちろん、「事故に遭ってよかった」とまでは思わないけど、でも、今回の事故は、私にとって貴重な体験となった。
それは リアルな教訓となって、これからの安全運転を支えてくれるのだろうと思う。



前々回のブログに書いた「末期癌の身内」。
医師の見立て通り、病状は あれから悪化の一途をたどり、結局、四月の初旬に死去。
満開の桜が散り始めた頃のことだった。
幸い、今年の桜は例年に比べてはやかった。
だから、車椅子を押されて、病院に敷地に咲いた桜を見ることができた。
癌が進行しつつあった昨年は、桜を見て、
「今年も何とか桜が見れたな・・・」
と喜んでいた。
ただ、今年は、身体がよほど辛かったのだろう、桜をバックに撮った写真に笑顔はなかった。

最期の三週間はホスピスに入院。
痛みが激しいときはモルヒネを使った。
また、苦しさが増したときは、
「もういい・・・もういい・・・(もう死んでもいい)」
と、弱音を吐いた。
もともと明るくポジティブな性格だったからこそ、その分、家族にとって その苦しみ様は辛く悲しいものだった。

私が見舞ったのは、亡くなる前日と前々日。
前々日、ガッシリだった体格もガリガリに痩せ、瞼を開けているのも辛そう。
ただ横になって、息をするだけのことがやっと といった感じだったが、何とか意識はあった。
ベッドサイドで声をかけると、がんばって眼を開け反応。
言葉を発することはできなかったけど、がんばって応答してくれようとしていることが伝わってきた。
亡くなる前日には もう意識はなくなり、穏やかに眠ったような状態で、いつ止まってもおかしくないような間隔の長い息をしていた。
そして、その翌日の早朝、息を引き取った。
仕事を休めなかった私は、結局、最期を看取ることはできなかった。

通夜には行くことができた。
しかし、以前から約束していた仕事があり、葬儀には行けなかった。
死を悲しみ悼む気持ちは、喪服を着なくても、葬儀に参列しなくても抱くことはできる。
依頼者に事情を話せば作業予定の変更を了承してくれたはずだけど、私は そうしなかった。
他の親族に「不義理なヤツ」と思われても、依頼者に対して不義理なことをしたくなかった。
また、生きることに前向きでありたいという私なりの信義が、死者の弔いを優先させることを後向きなことのように思わせたせいもあった。

私は、仕事を通じて、多くの人の死を知っている。
多くの死のかたちを見ている。
多くの死から日常にはないものを感じている。
そして、随分と昔から、私は、いつか自分も死ぬときがきて、この世からいなくなることを知っている。
しかし、夢のような、遠いことのような、ついつい他人事のような感覚で捉えてしまう。

常日頃から死を想っている私。
悟ったつもりはないながらも、死というものを どこか他人事のように思ってしまう。
だからこそ、身近な人の死は、私にとって貴重な体験となり、リアルな教訓を与えてくれている。
そして、“儚い人生、幸せに・楽しく・快適に生きていきたい”という想いを強くさせている。

でも、そうはいかない現実が多々ある。
自分の力ではどうにもできない社会があり、環境がある。
しかし、自分一人の力でできることもある。
満たされない現実や駄欲が尽きない現実に対して、自分ができることもある。
それは、目を向ける方向を変えること。
心を傾ける方向を変えること。
満たされないのは、“何かが足りない”からだけではない。
過去、自分がどれだけ恵まれてきたか、どれだけ与えられてきたか、どれだけ守られてきたか。
そして、今、自分がどれだけ恵まれているか、どれだけ与えられているか、どれだけ守られているか、そっちの方へ目を向けてみる。
すると、自ずと心は感謝と喜びの方へ傾き、満たされていく。

「今に満足するため 向上心を捨てろ」「諦めろ」「我慢しろ」「妥協しろ」等と言っているのではない。
また、自己洗脳や自己満足を自分に強要することを勧めているのでもない。
それとこれとは別のこと。
人生には、いいこともあるし悪いこともある。
ただ、そのどちらに目を向けるかによって、その幸福度や楽しさは大きく変わってくる。
そのことを言いたいだけ。

以上、今回も、自分の事は棚に上げて 他人事みたいな“きれいごと”を吐いてみたけど、読んだ以上は他人事にしないで、愛すべき自分の人生に適用してもらえたら幸いである。


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情けは人の為ならず

2018-04-30 08:21:42 | その他
相変わらず仕事に追われる日々を送っていたため、久しぶりのブログ更新。
かなりの期間が空いてしまった前回更新よりマシながら、それでも およそ一か月半ぶり。
ただ、ブログの更新がないのは元気に働いている証拠。
読んでくれる人が離れていくのは寂しいけど、“元気に働ける”って、私には、とても幸せなことなのである。

はやいもので、そうこうしている間に、今日で四月も終わり。
そして、世の中はGWの真っ只中。
長い人では九連休の人もいるらしい。
ま、私にはまったく縁のない話・・・・・どころか、私はここ一カ月休みをとっていない。
三月下旬、どうしても外せない私用があって、一日だけ休みをとった。
二カ月と二十一日ぶりの休暇だった。
更にそれから、無休で一カ月余が経過している。

私は、神経質であるがゆえに健康管理にはそれなりに気を遣っているけど、それでも、明らかに身体は疲労を溜めこんでいる。
ポンコツ親父の肉体はギシギシと凝り固まって、就寝時、寝返りをうつ度にうめき声をあげてしまうような始末。
がんばることは大切だけど、時には、自分を労わることも大切。
ただ、自分が堕落しやすい人間だということをよく知っている私は、
「俺は、楽しようとしているんじゃないか・・・」
「俺は、怠けようとしているんじゃないか・・・」
と常に危機感をもっている。
だから、なかなか“純粋に休む”ということができない。
で、その代わりの気休め、また、私のために休まず働いてくれている身体に対する せめてもの償いで、眼肩腰に効くと宣伝されている「ア○ナ○ンEXプラス」を朝食後に、肉体疲労を和らげると宣伝されている「養○酒」を就寝前に毎日飲んでいる。
ただ、しばらく飲み続けているのに、効果を自覚するまでには至っていない。
多分、特効薬は、何か別次元のところにあるのだろう。

それでも、精神は比較的元気。
「人生は短い」「腐ってるヒマはない」「スネてる場合じゃない」「クヨクヨしてる時じゃない」等と、ことあるごとに自分鼓舞激励するようにしている。
不平・不満・不安etc・・・私の心(頭)にはそんなことばかりが湧いてくるけど、そんなものに占められている間は幸せでもないし楽しくもない。
自分で自分を不幸にすることは人生に対する愚行で、モノ凄くもったいないことをしているということを、何かにつけて腐ってしまう自分に分からせようとしているのである。

あと、それほど深刻な不調に陥らないでいられるのは、季節的な要因もあると思う。
今は、優しい春だから、希望の春だから。
暑からず 寒からず、過ごしていて楽。
花や新緑も美しいし、命の新生も感じられる。
これから暑くなっていくことを思うと、ゲンナリする気持ちがないではないが、短くなってきた余生に“やる気”のような上向きの気持ちが湧いてきて、自然と元気がでてくるのである。



相談を受けた男性は60代後半。
賃貸マンションに独り暮らし。
両親はとっくに亡くなり、兄弟姉妹もなし。
叔父や叔母もいたが、長く付き合いをしていなかったうえ、皆、既に他界。
生存する血縁者としては何人かの従兄弟がいたものの、叔父叔母よりも更に付き合いはなく、近所の他人より もっと他人状態。
事実上、身寄りなしの孤独な身の上だった。

マンションの賃貸借契約更新時期になって、大家は「契約は更新しない」と通告。
表向きの理由は、「近い将来、アパートの建て替えを予定しているから」というものだったが、男性は すぐにピンときた。
真の理由は「身寄りのない独居老人を入居させておくのはリスクが高い」と考えての“追い出し”のよう。
大家や他の住人に迷惑をかけたこともなく、家賃を滞納したこともなく、その恐れもないのに追い出されるわけで、男性は、そのことをヒドく気に病んでいた。
しかし、表向きの理由を突き付けられては抵抗できない。
男性は、泣く泣く承諾し、転居先を探し始めた。

男性は、無職で年金生活。
ただ、経済的な余裕はあった。
親からの遺産が多くあり、年金に足して 少しずつそれを切り崩して生活しているのだった。
しかし、その経済力も世間は評価してくれず。
身寄りのない単身老人と契約してくれる物件は簡単には見つからず。
シニア向けの賃貸住宅はいくつもあったけど、その多くは、不便なところ建つ老朽物件等、一般に人気のない物件。
「住みたい」と思えるような物件ではなく、惨めな思いをしそうな物件ばかりだった。

「自分は社会のお荷物?社会の邪魔者?」
「自分は世の中に必要ない人間なのか?」
「まっとうに生きてきたつもりなのに、老い先短くなってこんな仕打ちを受けるなんて・・・」
理不尽な世の中や人の冷たさが悲しく、男性はヒドく失望。
そして、
「もう、この世にいないほうがいいんじゃないだろうか・・・」
と生きていくことが憂鬱になってきた。

今の時勢、住む家を失う高齢者が増えていると聞く。
貸主(大家)からすると、孤独死のリスクや死後処理の手間や費用を考えると、高齢者は厄介な客。
確かに、可能性で考えると、高齢者はハイリスク。
“死”は老若男女に平等とはいえ、確率統計で考えると、若者に比べて部屋で孤独死する可能性は高いと判断される。
そして、誰にも気づかれず、しばらく放置される可能性も。
酷い場合、被害はその部屋だけにとどまらず 他住人も出て行ってしまい、アパートが全滅することだってある。
したがって、そういったリスクの高い入居者は、何だかんだと理由をつけて賃貸借契約を更新しなかったり、何かと口実をつけて追い出しにかかったりするのである。

頼れる人がいない男性は、転居先を探すとともに“緊急連絡先”及び“身元保証人”になってくれる人を探していた。
新しい住まいを契約するためにも、それが必要だった。
また、死後の財産や家財の処理も大きな課題だった。
そんな中で、遺品整理をやっている会社に片っ端から調べて電話。
生前契約ができるかどうか、その場合、確実な契約履行をどうやって担保・保証するのか等、色々と問い合わせた。
しかし、まともに取り合ってくれるところは極少数。
ほとんどが、どうにも信用できなそうな会社や、金の話ばかりしてくる怪しげな会社ばかりだった。

そんな中で、たどり着いた当社。
「“良心的な会社”と聞いたもので・・・」
誰からどう聞いたのかわからなかったが、“良心的”と言われて悪い気はしない。
それが男性の作戦だったら脱帽だが、その言葉は私の耳に何とも心地よく、本当に良心的かどうか怪しいものながら、軽率にも気分は上々に。
売上利益的には仕事にならなそうな案件とわかりつつも、一応は相談に乗ってみる方向に気持ちは傾いていった。

男性から悩みの一通りを聞いた私は、後見制度を利用することを勧めた。
後見制度には、意思能力や判断能力が充分でない人のための法定後見制度だけではなく、脳力が衰える将来に備える任意後見制度がある。
男性は、後見制度についての認識は持っていたが、把握していたのは法定後見制度のみ。
だから、“健康な自分は利用できない”と諦めていた。
しかし、男性のような境遇の人のための任意後見制度がある。
過去に資格試験の勉強でかじったことがある私は、そういう制度があることを男性に伝えた。
そして、日をあらため、男性の住所を管轄する任意後見制度が利用できる法律家の団体を調べ、そこから色々教わったうえで、必要な手続き等の詳細を男性に伝えた。

併せて、住居は、建物に多少の難があっても、県営とか市営などの公営住宅を申し込むことを進言。
メリットは、家賃が安いことと、民間のアパートやマンションに比べて退室後(死後)の原状回復責任の基準が甘いこと。
デメリットは、老朽建物が多いことと、自治会の活動が多く他住民との関わり(人間関係)が煩わしいこと。
男性の高い資力が引っかかる心配はあったものの、男性の境遇と将来の不安を総合的に考慮すると、男性には公営住宅が適していると判断。
そこで、私は、同県や近隣市の公営住宅の申し込みについてネットで調べ、詳細については男性自身が積極的に動くよう促し、ひとまず、その一件は終わった。

それから何ヶ月か後、この一件が頭から消えた頃、久しぶりに男性から電話が入った。
S県C市に暮らしていた男性は、そこから少しばかり東京に寄った同県T市の公営住宅に移ることが決まった。
また、先が見通せるようになって気持ちが落ち着いたのだろう、任意後見についても余裕をもって進めていた。
男性は、肩の荷が降りた分、以前に比べて声も明るく口調も軽やかで、私も嬉しくなった。

男性は、「何かお礼がしたい」と言ってくれたが、やったことと言えば、男性やその他との電話が十数回とインターネット検索等の情報収集が数回だけ。
男性のもとへ出向いたわけでもなく、男性の用で実作業をしたこともなかった。
それに費やした時間や費用はわずかなもの。
結局ところ、金銭をもらうほどの仕事はしていなかった。
また、“先々、遺品処理業務等を請け負う可能性もゼロではない”という打算もなくはなかった。
だから、謝礼については辞退した。


“タダ働き”なんか、まっぴら御免!
これまで何度となく書いてきた通り、私は、この仕事を、お金のため・生きるための糧を得るためやっている。
故人や遺族のためでは決してなく、あくまで自分のため。
しかし、私も 体力・精神力に限界がある ただの人間だから、それだけで精力を持続させるのは困難。
金銭以外のやり甲斐が必要になってくる。
それは、「人に必要とされる」「人に頼りにされる」というところ。

不平・不満・不安等、自分の悪性や弱性により精神を腐らせることが多い私は、自分の存在価値や生きる価値を見失うことも多い。
そして、それが、生きることに疲れを覚えさせる。
しかし、人に必要とされる・人に頼りにされると、「生きていていいんだ」「生きるべきなんだ」と、自分の存在価値を感じることができる。
そして、それが生きがいになったりする。
例によって“きれいごと”を吐かせてもらうけど、人に必要とされ、人に頼りにされ、人の役に立てるって、何だか気持ちがいい。
何か善いことができるような、善いことをしたような気分が味わえて、心が晴れ晴れとする。
結果、体力や精神力がパワーアップし、過酷な作業も元気に頑張れるのである。

“人に優しく、自分に厳しく”は、カッコはいいけど、そればかりじゃ能がない。
時には“人に優しく、自分にも優しく”ありたいもの。
その優しさは巡り巡って己の為になり、やがてくる酷な夏を、難しい秋を、厳しい冬を乗り越える元気と、その時々に生きる幸せをもたらしてくれるのだから


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毎日元旦

2018-03-11 13:31:34 | その他
季節錯誤も甚だしくて恐縮だが、「2018謹賀新年」。
早春、三月も中旬になろうかというのに、昨年大晦日以来、今年初のブログ更新。
作業が より過酷になる夏場にブログが止まるのは珍しくないけど、この時季に止まるのは珍しいかも。
正直、こんなに長く書かないつもりはなかった。
その理由は単純、単に仕事が忙しかっただけのこと。
体調を崩したわけでもないし、精神状態が悪かったわけでもない(恒常的な不具合はあるけど)。

話を正月まで遡らせる。
私は、大晦日も元旦も仕事だったのだが、体調はすこぶる優れなかった。
12月30日の午後から頭痛がしはじめ、腹には不快感も発症。
翌31日になると寒気がきて鼻が詰まってきた。
どこからもらってきたのか、どうも風邪を引いたらしい。
それでも、せっかくの年越しなので、おとなしく寝る気にはなれず。
一通りの肴を食べ、一通り酒を飲み、カップ蕎麦を年越蕎麦とし、0:00をまたいで新鮮な気分を味わった。
しかし、翌日の元旦、体調は更に悪化。
発熱と倦怠感に襲われ、食欲もでず。
夕方までの仕事を何とかこなし、寄り道もせず帰宅。
当然、その日の夜は酒も飲まず。
「よりによって、元旦早々 風邪にやられるなんて・・・」
と、一年を始まりに不吉さを覚えつつ、
「始まりが悪い分、今年はいいことがある!」
と、無理矢理、自分にそう言い聞かせながら、おとなしく布団に入った。

幸い、それ以来、風邪も引かず、大きく体調を崩してもいない。
周辺で大流行しているインフルエンザにもかかっていない。
難といえば、慢性的な腰痛と左股関節の不具合くらい。
身体を壊すと自分が苦しいし、周りにも迷惑をかけるから、一応、健康管理には留意している。
好物の酒や甘味は控えめにし、適度な運動を心がけ、毎晩 体重計に乗っている。
もちろん、それで、すべての病気が防げるわけではない。
病気やケガは、自分ではどうにもできない領域が広い。
ましてや、モノが経年劣化するのと同様 身体も歳を負う毎に衰え弱るわけで、そのリスクは高まるばかり。
だけど、ある程度の摂生(≒ケチ生活)は、精神衛生上もいいような気がするし、身体を楽にしてくれるような気がする。
だから、少々の我慢や忍耐が伴おうが、心身の健康のために摂生をやめるつもりはない。

摂生だけではなく、仕事を頑張ることも健康の一要因。
ある高齢労働者が言っていた。
「元気だから働くのではなく、働くから元気なのである」
“働かずに生きていけたら どんなにいいだろう・・・”なんて邪念がつきまとっている私だからこそ、この言葉は心に刻まれ、時には励まされている。

カレンダーを遡ってみると、私が最後に休みをとったのは1月8日。
つまり、それ以来、今日に至るまで二か月余り休みをとっていないことになる。
仕事に追われていたのか、それとも夢中で仕事をしていたのか、そんなに長い間 休みをとっていなかったなんて、まったく自覚していなかった。
ま、確実に言えるのは、「それだけ働けた」「それだけ頑張った」ということ。
決して悪いことではない。

ただ、これだけみると、うちの会社は、今 流行りの(?)“ブラック企業”みたいに思われるだろう。
しかし、実のところ、“受動的に働かされている”が故に、白いものが黒く見えることってあると思う。
逆に、“能動的に働いている”が故に、黒いものが白く見えることもあると思う。
隣の芝生が青く見えるのは世の常・人の常、不平不満が消えないも世の常・人の常。
楽しんで幸せは手に入るけど、楽して幸せは手に入らない。
結局のところ自分次第。
実際にブラックかどうかはさておき、勤労者として幸せなのは 先の前者or後者 どちらかは言うまでもない。
自分で言うのもおこがましいが、私は、能動的に働いているつもり。
同僚を差し置いて、好きで現場に走っているわけで、そのせいで休みがとれないわけだから、少なくとも、私にとって うちの会社はブラック企業ではない。

私は、ヒマで楽するより、忙しくて疲れるくらいの方がいい。
心身が壊れるほどの疲労困憊はご免だけど、結局のところ、人間 ヒマだとロクなことがない。
ロクなことを考えないし、ロクなことをしない。
頭は余計なことを思い煩うばかりだし、身体は怠けてダラけてしまうし、伴って心は萎えてしまう。
そして、金より大事な時間を無駄に垂れ流してしまう。
私みたいなネガティブ人間は、少々忙しいくらいの方が、生きてて丁度いいような気がしている。

とにもかくにも、“働ける”ってありがたい!
不本意なブラック作業だけど、それでも、ありがたい!
ホント、素直にそう思う。



今、身内の一人に末期癌の患者がいる。
タバコも吸わず、飲酒も少量、スポーツジムに通って筋骨隆々、病気とは無縁の元気な人だった。
それが、数年前に食道癌を罹患。
そして、食道を切除。
以降は、継続して抗癌剤治療。
進行性の癌だったため、薬は強いものが使われた。
その副作用は重く食欲は減退し、ガッシリした体格も細くなり、濃かった頭髪も薄くなった。
あまりにツラいものだから、本人は、癌への効きは弱くなってもいいから、薬の強度を下げることも希望。
医師も、本人の意思を尊重した。

病状は、徐々に悪化。
身体が弱ってきているのは、たまにしか会わない私の目にも明らかだった。
結局、癌は各所に転移し、もう手の施しようがなくなってきた。
そして、昨年の晩秋、医師から家族に「年を越せないかも・・・」と告げられた。
ただ、闘病の意志と生きる希望が削がれてはいけないので、本人には、そのことは伏せられた。
ホスピスに入れることを薦める親族もいたが、表向きには余命を宣告されていないため、その話は立ち消えになった。

私が直近で会ったのは、昨年12月の下旬。
本人の自宅を訪問した際。
悟られないように気をつけながらも、“最期のお別れ”のつもりも少しはあった。
元気な頃に比べて身体は痩せ、髪も薄くなってしまっていたが、顔色はいいし言葉も弱々しくなく、比較的元気そう。
家に引きこもっていると身体が鈍るので、買い物や散歩等、できるだけ外に出るようにしているとのこと。
日常生活はフツーにできているようで、医師の「年を越せないかも・・・」といった言葉が信じられないほどだった。

その時は、一緒に昼食を食べ、お茶を飲みながら しばらく雑談。
抗癌剤を打っている間とその後しばらくは食欲が減退するらしかったが、そうでない時 食欲はあった。
しかし、モノを食べる際は注意が必要。
食道部分がとても細くなっているため、食べ物は少量ずつ口に入れて、更によく噛んでゆっくり飲み込む必要があった。
ちょっと油断して 手術前みたいな食べ方をすると、すぐに嘔吐してしまうのだ。
“食べたいのに食べられない”、頭が欲する食事と身体が受け入れられる量に大きなギャップがあるため、それがストレスになっているようで、飲食大好きの私は とても気の毒に思った。

「朝 目が覚めたら、“あぁ・・・今日も生きてるな・・・”って思うんだ・・・」
「一日 一日だよ・・・一日 一日を生きてるんだよ・・・」
「私にとっては、毎日が正月の元旦みたいなもんだね・・・」
しんみりと、そうつぶやいた。
でも、私とは逆で、もともと明るくポジティブな性格。
「でもね、はやくよくなって蕎麦を思いっきりすすりたいんだよね!」
心のどこかで 先が長くないことを覚悟しつつも、それでも、病気と闘いながら明るく生きることは諦めていないようで、元気だった頃と変わらない笑顔をみせた。

しかし、生老病死は万民の定め。
先週から、ほとんど食事ができなくなり、横になっていることが多くなったよう。
それでも、本人は明るく過ごしているという。
その状況は、桜を待たずに逝ってしまうことを示唆しているような気がして、私は、独特の怖さとの寂しさと切なさを覚えている。
とにかく、近いうちに休みをとって見舞に行きたい。
仕事柄、危篤の知らせで受けてもすぐに駆けつけられない可能性が高いし、ちゃんと話ができるうちの方がいいから。
ただ、それこそ、“最期のお別れ”になりそう。
「学べ!学べ!」「感じろ!感じろ!」「受け取れ!受け取れ!」
今、私は、身近にあるその生と死を想いながら、また、自分の最期を重ねながら、強く自分に訴えている。


死は、戦いの相手であり、恐怖の怪物であり、嫌悪の対象であり、諦めの原因であり、悟りの機会であり、ときには憧れの行先になるもの。
死は、生きるための戦いを強い、未知の恐怖を与え、恐怖がゆえに嫌悪し、生きることを諦めさせ、人生を悟らせ、生きる苦しみから逃れる先となるわけ。
ただ、こちら側(生きている側)がどんな捉え方をしようが、どんな哲学・思想・宗教を振りかざそうが、到底 太刀打ちできるものではなく、勝てる相手ではない。
老い・病・ケガ・事件・事故・自死、人の死を伝える世のニュースや、身近な人の死を見ればわかるように、死は、多くの人が考えているほど遠いものではなく身近なものであり、絶対的な存在で常に私達の背後につきまとっている。
ただ、そんな“死”があるから生があるわけで、死があるから人生が生きるのではないかと思う。

“死”は、人生を生かすために必要な礎。
「どうせ いつか死ぬんだから・・・」といった空虚感・虚無感が、生きる意味を見失わせることが少なくないけど、実は、“死”は、人を活かし、人生を充実させ、人に生きる意味と生きなければならない理由を示してくれているのではないかと思う。
今の私にとって“死”は、怖く・寂しく・切ないものだけど、実は、それだけのものではなく、優しく・あたたかく・明るいものかもしれない。

そんな死を前に、新鮮な心持ちで、明るい気持ちで毎日を生きることができたら何より。
だけど、色んな事情や悩みがあって、暗い気持ちを引きずったまま朝を迎えることもあるだろう。
「いつか きっといいことある!」
なんて、無責任なことは言えないけど、心の持ち様(大局的・長期的な感性)で、悪いことの中に いいことが見いだせることもある。


あの大震災から今日で7年。
大きなものを失い、多くのものが失われた。
しかし、それで得たものもまた大きく、それで気づかされたこともまた多い。

毎日、元旦のような新鮮な心持ちで、感謝の時を生きていきたいものである。

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負けるな

2017-12-31 09:07:13 | Weblog
薄日差す曇空の大晦日。
2017年も今日でおしまい。
例によって、私は、大晦日の今日が仕事納めで、元旦の明日が仕事始め。
正月三が日ぐらいはゆっくり休んでみたいところだけど、珍業の零細企業に そのゆとりはない。
「だから・・・」というわけではないけど、私は、神社仏閣への初詣とかは、毎年、当然のように行かない。
単に時間がないからではなく、そっち系の信心もなければ興味もないから。
大袈裟な言い方だけど、それを越えて、逆に、心害があるくらいに思っている。

それでも、年末年始の祝ムードは好き。
人生において何十回か目の正月を迎えられることを祝いたい。
だから、今夜は、そんな気分を肴に、美味い酒を飲もうと思う。
ま、そうは言っても、明日も朝から仕事だから深酒はできないし、「美味い酒」といっても、飲むのはいつものウイスキー。
正月だからと言って、特別な酒を用意しているわけではない。
ただ、このウイスキー、頂きモノなのだけど、12年物のスコッチで、なかなかの美味。
また、なかなかの値段。
特別なことでもないかぎり、自腹では手が出ない。
それが、私の飲ペースで2~3か月分くらいもあり、私の気分を上げてくれている。

ありがたいことに、そんな具合で、私の場合、飲んでいる量に比べると かかる酒代は少なく済んでいる。
つい先日も ある人がテネシーウイスキーを送ってくれた。
もともと私はスコッチ派なので、こういう機会でもないかぎりバーボン系を口にすることはない。
ただ、今は、前記の12年物スコッチ以外にも結構な在庫があるので この蓋を開けるのは少し先のことになると思う。
次の春か夏か秋か、それとも順番を無視して先に開けることになるか、予定は未定。
何はともあれ、開けた時に感じるであろう風味の違い(新鮮さ)が楽しみだ。

そう言いながらも、毎晩、飲んだくれているわけではない。
これまで何度も書いたように、私は、毎晩のようには晩酌しない。
財布と身体に配慮して、数年前から、日曜から土曜の暦週の中で週休肝二日制を敷いている(それはルール上のことで、近年は、事実上、週休肝三日制にレベルアップさせている)。
これは、自分と交わした約束。
自分に対する義務であり責任。
しかし!今年の正月は、よりによって大晦日の今日が日曜日で暦週の初日。
そして、明日から正月三が日が始まる。
つまり、週休肝三日を死守するのが極めて困難な週構造となっているわけ。

ただ、「正月くらいいいか・・・」と欲に負けてしまうと、後悔必至。
自分の弱さに自己嫌悪感と苛立ちを覚えながら反省することになるはず。
もう何年も、ノンアルコールビールや炭酸水の力を借りたり、余計なことを考えず夕飯を掻きこんだりしながら、我慢に我慢を重ね、辛抱に辛抱を重ねて死守してきた休肝日。
それを、たった数日の正月祝ごときで台なしにするわけにはいかない。
とは言え、気の弱さと意志の弱さは一流の私。
日常において、自分に負けてしまうこともしばしば。
といった始末だから、
「一体、今週は いつを休肝日にするべきなのか・・・」
と、他人から見ればどうでもいいようなことを真剣に悩んでいる。


とにもかくにも、例年のこどく今年も色んなことがあったけど、一年、何とか生き通せた。
細かな悩みや苦しみ、トラブル等は数えきれないくらいあったけど、仕事ができなくなるほどの病気やケガに見舞われてもいないし、日常の生活が壊れるほどの災難にも遭わずに済んだ。
これは、ホント、ありがたいこと。
しかし、ブログは数えられる程度しか更新できなかった。
それだけ、時間と頭に余裕がなかったということ・・・・・生きるうえでの“戦い”が多かったということか。
ただ、それは、私にとって、悪いことではない。
それは、幸せな、楽しい、快適な人生を求める戦いだから。
そして、何かのために、誰かのために、自分のために戦ったのだから。

そんな中で、今年も多くの人との出会いと別れがあった。
一人一人を思い出すことはできないけど、大方の人がいい人達だった。
丁寧に礼を言ってくれた人、泣きながら喜んでくれた人、家族のように励ましてくれた人、私を必要としてくれた人・・・
そんな人達との縁に支えられ、ツラい仕事も頑張ることができ、暗い仕事も明るくやれた。

しかし、残念ながら、少数ながらも そうでない人達もいた。
口のきき方を知らない人、立場を利用して横柄・高圧的な態度にでる人、そして、何の利害関係もないのに偉そうにしてくる人。
特に気になる(気に障る)のは、その類の高齢者。
私くらいの年齢になると、「最近の若い者は・・・」と、つい若者を批難してしまいがちだけど、礼儀をわきまえず、素行がよろしくないのは若者に限ったことではない。
あくまで、私の個人的な出来事に限定したことだけど、「最近の年寄りは・・・」と愚痴りたくなるような人物に遭遇することが多かったし、気にせいか、そういった老人が増えてきているような気がする。

例えば、口のきき方。
内心で“礼儀知らず”と思ってしまうけど、相手が仕事上の関係者(客)なら、初対面でタメ口をきかれても我慢はできる。
しかし、何の関係もない人物にいきなりタメ口をきかれるのは気分が悪い。
いくら年上だからといっても、初対面の他人に敬語を使わないのはいかがなものか。
また、最近流行り(?)の“キレる老人”というヤツだろうか、私とは何の因果関係もないことで、いきなり怒鳴ってくる輩もいる。
多いのは、マンション・アパート・団地等の集合住宅の一室が現場であるケースで、現場の部屋の影響は皆無である離れた部屋(棟)からやってきて文句を言うパターン。
キレるにはキレるなりの理由や目的があるのだろうけど、それでは社会的に生き残れない。やはり、そんな人は、他の住人からも嫌われて、厄介者として敬遠されていることが多い。

ある現場(マンションのゴミ部屋)で作業中、離れた階の離れた部屋に住む老人に
「ホコリが飛んで迷惑しているから、すぐに作業をやめろ!」
と言いがかりをつけられたことがあった。
私は、慎重に作業を進めている旨と、事前に管理会社と管理組合の許可をとっている旨を低姿勢で説明。
しかし、老人は、
「そんなの関係ない!掃除屋の分際で生意気な!」
と私を恫喝。
心ない言葉に私の血は頭に急上昇。
怒り心頭の強面で老人を睨みつけ、応戦の構えをみせた。
が、感情にまかせた不用意な暴言が自分に不利になることは多々ある。
私は、口から出かかった言弾をグッと飲み込み、理事長と管理人に相談するため、一旦、現場を離れた。
結果、この老人は、“厄介者”“嫌われ者”として、マンション住民から村八分に遭っていることが判明。
私は、自分で自分の首を絞めることをやめることができない老人の弱さを不憫に思いつつ、理事長と管理人からの「相手にする必要ない」「無視していい」という指示のもと、作業を再開したのだった。

これは極端な事例だけど、「人の振り見て我が振り直せ」ということわざがある通り、大局的には他人事で済まさないほうがいい。
私も、一年を振り返って、反省すべきことがたくさんある。
気分にまかせて、不快な態度をとってしまったこと、
感情にまかせて、不適切な言葉を発してしまったこと、
怠心にまかせて、楽な道を選んでしまったこと、
欲にまかせて、害を取り込んでしまったこと、
我にまかせて、人を批難してしまったこと、
屁理屈にまかせて、自分に負けてしまったこと、
思い返すと、キリがないくらいのことがある。

言うまでもなく、私は偉人でもなければ聖人でもない・・・
欠点・短所・弱点がたくさんある、ただの人間・・・
限りある善性と限りない悪性をもつ、ただの人間・・・
これは紛れもない事実ではあるけど、それはそれとして、私には、そんな事を言い、自分を卑下しながらも自分の殊勝さや謙遜さに酔うクセがある。
ただ、そうして自分を卑下しても、それは、ただの自己弁護・自己憐憫。
自分を誤魔化すことにしかすぎず、何の実ももたらさない。
一方、反省は、自分を強くし、賢くし・・・自分を成長させてくれる。
卑下はマイナス、反省はプラス。
「卑下と反省は違う」ということを、自分にわからせると後悔が少し明るくなる。


前にも書いた通り、歳のせいだろう、このところ、“人生の終わり”をヒシヒシと感じるようになってきている。
寂しいような、切ないような、怖いような、緊張するような、そんな気分。
だから、一層、「似たような過ち繰り返すことはしたくない」という気持ちが強くなっている。
併せて、今まで以上に時間の使い方や日常の生き方を意識するようになっている。
幸せに生きるため、楽しく生きるため、快適に生きるため、
目の前に現れる岐路を賢く選択し、目の前に現れる仕事に精一杯取り組み、
飽き飽きするほどの日常を宝とし、退屈するほどの平凡さを喜び、
自分の愚かさを省み、自分の弱さと戦い、
唯一無二の時間を噛みしめながら、その美味を味わいながら、
地味でもいいから、充実した時を生きていきたいと思っている。

そのせいなのかどうなのか、「来年は飛躍の年にしたい」とか「変革の年にしたい」とか、そんな考えは湧いてきていない。
とにかく、平和と平穏と、対自分戦の健闘を願っている。
エキサイティングな日々も面白そうだけど、私のような臆病者には向いてないような気がする(違う意味で、エキサイティング過ぎる日々を送っているけど)。
私が残り少ない人生を充実させるには、激しい荒波より静かな凪が向いているような気がする。

しかし、そんな虫のいい話ばかりではないのが人生。
大小の不安が、常に私につきまとっている。
特に、来年は、不本意な大波がきそうな予感がしないでもない。
それがないにしても、どちらにしても、過去に倣って苦労が多い年になるはず、楽に生きさせてはもらえないはず。
そして、それが吉とでるのか凶とでるのか知る由もないけど、これまで同様、否が応でも、それらに立ち向かっていかなければならない。


「負けるなよ・・・」
私は、薄日差す大晦日の曇空に、諦めにも希望にも似た悟りの心情を重ね、心の中で小さな火を燃やしながら、自分にそう囁いているのである。


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あったかぞく

2017-12-19 08:50:54 | Weblog
夏の暑さが夢のよう・・・
師走に入り、冬らしい寒さが続いている。
「例年の比べて寒さは厳しい」とのことだけど、“冬ってこんなもの”だと思う。
異常気象に苛まれすぎて、気候に関して世の中が少々過敏になっているような気がしないでもない。

とにかく、冬は空気が澄んで景色もきれい。
上がりきらない陽に景色は眩しく輝き、夕焼けも一段と映え、星も夜空を満たす。
とりわけ、アクアラインから眺めは私のお気に入り。
頻繁に走るルートなのに、透明な日は360度の全景をいつもマジマジと見回してしまう。
千葉県・東京都・神奈川県の街々に幕張・都心・横浜のビル群、羽田空港を離着陸する飛行機に東京湾に浮かぶ船、街の向こうに見える山々、富士山はもちろん、またそのうち登りたいと思っている筑波山まで見える。

そんな日の夜は、あったかい風呂にゆっくり浸かって身体をほぐしたいところだけど、ケチな私は、水道光熱費を抑えるため、短いシャワーだけで済ませることが多い。
もちろん、湯を出しっぱなしになんかしない。
だから、頭や身体を洗っている間は、寒くて寒くて仕方がない!
鳥肌を立て、ガタガタと震えながら風呂に入っている。

ただ、侘びしいことばかりではない。
その分、就寝時の布団がありがたく思える。
昨年は掛布団をグレードアップして そのあたたかさに感激したのだが、今年は敷布団もグレードアップして その寝心地のよさは更に向上。
ツラい労働からも解放され、あとはゆっくり眠るだけ。
まるで、あたたかい風呂に浸かっているかのようにリラックスできるのである。


冬の足音が聞こえる晩秋の午後、私の携帯が知らない番号で鳴った。
知らない番号で携帯が鳴るのは日常茶飯事なので、私はいつも通りよそ行きの作り声で電話をとった。

「お久しぶりです!」
「仕事、まだやってます?」
相手は中年の男性。
どうも、私のことを知った上でかけてきたよう。
男性は自分の名を名乗ったが、名前だけでは相手のことを何も思い出せない。
なにせ、私は、現場+その他で、一年に150人~200人くらい(多分)の人と初対面&別離を繰り返すわけで・・・また、延数となると千単位になるわけで、一人一人を記憶しておくなんてできるはずはない。
ただ、男性は、内装工事会社に勤めており、“何年か前、何度か私に仕事を頼んだことがある”という。
私は、すぐに思い出せないことを詫びながら、男性の口からでる情報を頼りに、昔の記憶をたどった。

「あぁ~・・・思い出しました!思い出しました!」
「残念ながら、相変わらずやってます・・・」
一度きりの関わりだったら思い出せなかったと思うけど、男性とは三~四度仕事をした経緯があり、少しのヒントで記憶は回復。
業種は違えど お互い肉体労働者であり、更に、男性は私と年が同じ。
仲間意識みたいなものを持って気持ちよく仕事をさせてもらったことが思い出され、懐かしくてテンションを上げた。

男性の要件は、現地調査の依頼。
現場は、賃貸マンション一室で元ゴミ部屋。
“リフォームしたのにゴミ臭が残留している”とのこと。
本来ならリフォーム前にキチンと消臭消毒するべきところ、リフォーム業者は“床材や壁紙を貼りかえればニオイは消える”と、甘く考えたよう。
軽症ならそれで片付くこともあるけど、重症の場合、そんなに簡単に事は運ばない。
にも関わらず、通常のリフォーム工事を行ってしまったようだった。


調査の日。
空気は冷たがったが空は広く晴れ渡り、日向にいると暖かく感じられた。
現場のマンションは閑静な住宅地に建つ小規模マンション。
私は約束の時間より前に現場に行き、男性も約束に時間より前に現れた。

男性と顔を合わせるのは約五年半ぶり。
「歳を喰いましたね・・・お互いに・・・」
と、ニコニコと 互いの顔を眺めながら挨拶。
そして、とにかく、お互い 達者でやってることを喜び合った。

目的の部屋は、過述のとおりリフォーム済みで、見た目はきれいになっていた。
しかし、きれいになったのは見た目のみ。
レベルは低かったものの、悪臭はしっかり残留。
大家はリフォーム業者にクレームをつけたが、
「契約通りの仕事はした」
「あとの責任はない」
と、何の手も打たず引き揚げてしまった。
困った大家は、男性に
「このままだと賃貸にだせない」
「何とかしてほしい」
と相談を持ちかけた。
リフォームした業者は男性の元勤務先。
大家とは前職時代からの顔見知りで、大家はその縁で、男性に連絡を入れてきたのだった。

男性は、三年ほど前にその会社を退職。
理由は、社長に対する不満。
最後は“ケンカ別れ”みたいな辞め方に。
ただ、退職を決める前、男性は“勤続or退職”を真剣に悩んだ。
転職って、誰にとっても大きな問題。
とりわけ、養わなければならない家族がいる男性にとっては深刻な問題だった。

自分の年齢やその後の生活を考えると、転職はリスクが高い。
自分一人ならいざ知らず、男性には妻子もあれば住宅ローンもある。
更に、子供は、教育費が上がっていく年頃。
転職後は、収入が下がる恐れが極めて高かった。
しかし、それはあくまで金だけの話。
勤続年数が長くなり、ポジションが上がるにつれ、社長と関わることが増え、併せて、社長の欠点や短所がよく見えるようになってきた。
自分や他の従業員に対するパワハラや暴言も少なくなかった。
そんな中で、男性が抱えるストレスは、抱えきれないくらいに膨れ上がってきた。

何事のおいても忍耐すること・辛抱することは大切。
しかし、 “時は金なり”だけでなく、“時間=人生”でもある。
悶々としたまま 時間をつまらなく浪費することに疑問が湧いてきた。
結局、男性は誰に相談することもせず退職を決意。
妻に報告したのは、退職を決めた後。
妻が、怒り嘆くことを覚悟した上でのことだった。

しかし、妻の応対は予想外のものだった。
「あ、そう・・・よく考えて決めたんでしょ?」
「貴方の人生、貴方が思うように進めばいいんじゃない?」
「大丈夫!二人で力を合わせれば、子供のことも家のことも何とかなるよ!」
と、悲嘆するどころか、男性の考えに賛同し 励ましてくれた。

常日頃から、男性の女房殿は、男性が社長に大きなストレスを抱えていることを察していた。
そして、そんな苦境にあっても家族のために辛抱していたことも。
だから、男性の決意を快く受け入れたようだった。

退職後は同業他社に移ることも考えたが、その門は狭く条件も悪かった。
結局、男性は、前職と同じ業種で独立開業。
しかし、男性の動きを警戒した社長は、取引先や職人仲間にまで男性の悪評を触れ回り、男性の営業活動を妨害。
更に、大した準備もしていなかったため、仕事はなかなか入らず。
とりあえず、仲間の職人の手伝いをしながら何とか食いつないでいった。

当然のように、収入はガタ落ち。
家計は節約生活を余儀なくされた。
専業主婦だった妻も外に働きにでるように。
子供達にも転職の事情と家計の状況を説明し、学業に悪影響がでない範囲で協力を求めた。

節約生活にかけては、結構な自信がある私。
仮に“節約検定”とかあったら、上級者になれるだろう。
私は、まるで自慢話、または上の立場で講義でもするかのように、普段の節約ぶりを力説。
男性の節約工夫に負けじと、ちょっと恥ずかしいケチぶりも披露。
すると、男性は、呆れたように苦笑いしながら、私の話に頷いてくれた。

世の中には、“金の切れ目が縁の切れ目”になってしまう寂しい家族もいると思うけど、男性の家族は違った。
不満らしい不満も言わず、皆が助け合い、協力し合った。
それによって、経済力は下がったものの家族の団結力は増し、それまではハッキリ見えていなかった家族愛が具現化。
そして、更に、それによって多くの幸福感がもたらされた

そうして、男性は、一件一件の仕事と一人一人の人脈を大切にしながら、一年目を何とか乗り切った。
努力の甲斐あって、二年目になると、微増ながら売上は上昇。
更に、三年目に入ると、仲間に仕事を手伝ってもらわないと現場が回らないことも増えてきた。
ただ、それでも、収入は、前職のレベルにまでは達しなかった。

「“不満”というストレスが“不安”というストレスに変わっただけかもしれません・・・」
「収入が下がった分だけ損してますよね・・・」
男性は、笑いながらそう言った。
しかし、そこに後悔の暗さはなかった。
それどころか、
「でも、辞めるとき“二人で力を合わせれば何とかなるよ!”って言ってくれた女房には、今だに恩義を感じてますよ!」
と照れくさそうに言う男性の顔は、その時の空のように晴れ晴れとあたたかなものだった。

家族って、嬉しい ありがたい・・・
家族を大切にすることは自分を大切にすること・・・
家族がいるから頑張れる・・・
私には、男性のそれは、“金に代えることができない いいこと”に気づき、また、“金で買うことができない いいもの”を手に入れたからではないかと思えたのだった。



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人生上々

2017-11-30 08:58:39 | 遺品整理
出向いた現場は、郊外の住宅地に建つ有料老人ホーム。
特別養護老人ホーム等とは違い、そこに入所するにも そこで暮らすにも ある程度のお金がかかる。
高級ではなくても、軽費型であっても、相応の費用がかかる。
つまり、ある程度の経済力がないと、入所することはできない。
満額の年金+αが必要。
となると、それが叶わない人もいるわけで・・・
立派な造りの建物を見ながら、私の脳裏には、自分の将来に対して一抹の不安が過った。

まだ少し先のことだけど、私も、“五十”という節目の歳が近くなっている。
「俺が五十!?・・・五十って・・・若くないどころか、もうじき爺さんじゃん・・・」
頭では年齢を受け入れていても、心のどこかでそれを拒否している私。
まだ充分に若いつもりでいる自分がどこかにいるからだろう、四十代を迎えたときよりも、大きなショックと重い悲壮感を抱えている。
同時に、常々、“死”を意識して生きてきた私だけど、そのリアルさが増し、より身近に感じるようになってきている。
「俺の人生、もうじき終わるんだなぁ・・・」
「俺、もうじき死ぬんだなぁ・・・」
特に悲観的になっているわけではないけど、つくづくそう想っている。
そして、時折、緊張している。

でも、余生が短くなることがリアルになるのは、悪いことばかりをもたらすのではない。
減酒、素食、運動、体重維持等々、健康を意識して、そのためにできることをやるようになったから。
おかげで、病院のお世話になるようなこともなく、現場でもキビキビ動けている。
また、以前は、軽はずみに
「もう死んでしまいたい・・・」
「このまま死んじゃってもいいかな・・・」
なんて投げやりになって心を疲れさせることが多かった私だけど、このところ、そんな思いが湧いてくることは少なくなってきた。
その逆に、この頃は、
「辛かろうが苦しかろうが、死にたかろうが死にたくなかろうが、どちらにしろ、人生の終わりは近い」
「だったら、それまでは精一杯生きてみよう!」
と、上を向くことが増えてきた。
これは、なかなかラッキーなことである。


頼まれた仕事は、その施設の一室の遺品処理。
依頼者は初老の女性。
亡くなったのは、この施設に入所していた女性の高齢の母親。
部屋には、故人が使っていた家財や生活用品が残されていた。
そうは言っても、そこは老人ホームの一室。
大型の家具もないし、一般の住宅に比べたらその量は少なめ。
いちいち部屋を歩き回らなくても、荷物の量を把握することができた。

クローゼットの上の段には、何着かの洋服がかかっていた。
それらは外出用の服で、晩年の故人はほとんど袖を通すことはなかった。
そして、下の段にはアルバムが整然と並べられていた。
背表紙には「○年度○年○組」の文字。
一冊一冊、大きくしっかりしたモノで、三十~四十冊はあった。
結構な数に 私が目を留めていると、
「それは、母が大切にしていたアルバムです」
「永年、小学校の教師をしていて、そのときもモノなんです」
「ここに入るときも、“持っていく!”ってきかなかったんですよね・・・」
「重いし 場所もとるので反対したんですけど・・・」
「一人暮らしが無理になって・・・そうは言っても同居もできなくて・・・」
「母をここに入れてしまうことに罪悪感みたいなものもあったので、認めたんです・・・」
と、女性は、その事情と苦悩を打ち明けてくれた。

当初、故人は老人ホームには入りたくなかった。
想い出がタップリ詰まった我が家、愛着のある我が家で余生を過ごしたかった。
しかし、身体の衰えがそれを許さず。
単に“不便”だけのことだった故人の一人暮らしは、“危険”な領域に入ることも増えてきて、いよいよ決断のときが迫ってきた。
そして、苦慮の末、“女性(娘)達家族に迷惑をかけたくない”との思いで余生に対する望みを捨てた。
ただ、せめてもの慰め、心の支えとして想い出のアルバムだけは持って出たのだった。


故人は、教師一筋の社会人生活を送った。
新米教師からスタートし、いくつものクラスを受け持ち、長い時間を幾人もの子供と共に過ごしてきた。
その道程は平たんではなく、悩んだこともあれば、苦しんだこともあった。
大病を患って休職したときは退職も考えた。
また、失敗したり、戸惑ったりしたこともあった。
父兄との確執で担任を外されそうになったときも退職を考えた。
それでも、故人は、教師という仕事に強い愛着を持っており、諦めずに続けた。

アルバムの中の子供達は、何百人・・・いや、千人を超えていたかも・・・
その中には、たくさんの笑顔があった・・・
今を楽しんでいる笑顔が、
希望に満ち溢れる笑顔が、
見えない明日を恐れない無邪気な笑顔が、
・・・人として大切にしたい笑顔があった。

故人は、教え子達の同窓会にも積極的に参加。
それは、現役のときだけにとどまらず、退職後も招かれるまま出かけていた。
そして、家に帰ってきて、その時の模様を嬉しそうに女性達家族に話してきかせるのが常だった。
ただ、そんな同窓会も、回を重ねるとともに参加者・不参加者は固定化。
来る人はいつも来るけど、来ない人はまったく来ない。
もちろん、不参加でも、「遠方に居住している」とか「時間の都合がつかない」とか、理由がわかっていれば心配はない。
しかし、不参加者の中には、その理由はもちろん、住所も連絡先も不明になってしまった人もいた。
「人生がうまくいってないんじゃないかな・・・」
と、故人は、そういった教え子達のことを案じていた。


そう言えば、私も、小中高通して同窓会といった類に一度も参加したことがない。
ハッキリは憶えていないけど、始めのうちは案内が届いていたようにも思うけど、多分、無視していたと思う。
したがって、現在に至るまで、小中高時代の友人との関わりは一切ない。
スマホの電話帳にも一人も入っていないし、SNSの類もまったく興味がないし、連絡がくることもなければ、私から連絡を入れることもない。
ただ、当然のようにそうして生きてきたため、寂しさはない。
しかし、それは、故人の言うとおり、“人生がうまくいっていない”せいかもしれない・・・
・・・イヤ・・・ちょっと違う・・・
うまくいっていないのは“人生”ではなく“自分”。
“面倒臭い”という理由がありつつも、結局は、自分のカッコ悪さを恥じて、敗北感や劣等感を覚えるのが嫌で、学友を遠ざけたように思う。


人生、うまくいく時もあれば うまくいかない時もある。
ただ、人生がうまくいっているかどうかは、見方と感じ方が変える。
正の見方・感じ方をすれば“うまくいっている”と思えるし、負の見方・感じ方をすれば“うまくいっていない”と思えてしまう。
つまり、「心の持ち様による」ということ。
しかし、それは、出来事や事象に大きく左右されやすい。
不運を歓迎できるはずもなければ、災難を喜べるはずもない。
平穏を好み波乱を嫌うのは当然のこと。
現実には、心の持ち様だけではどうにもならないこともある。
だけど、そういう心を持つための努力と挑戦は続けるべきだと思う。
それが、人生がうまくいくための秘訣のように思えるから。

・・・なんて偉そうなこと言ってるけど、大方の見方・多くの感じ方によれば、私は“負け組の負け犬”。
とても、人生がうまくいっているようには見えないはず。
まぁ・・・確かに・・・そう見えてしまう要素は、自分でも笑ってしまうくらいたくさんある。
だけど、それでも、私の人生は結構うまくいっている。

贅沢な暮らしには程遠いけど、三食に困ったこともなければ、飲みたい酒が欠けたこともない。
カッコ悪い仕事だけど、頭と身体もちゃんと働くし、ささやかながら やり甲斐もある。
小さなことかもしれないけど、日々に幸せがあり、日々に楽しみがある。
もちろん、苦労もあれば苦悩もある・・・数えればキリがない。
だから、そんなもの数えない。
ただただ、幸せと楽しさだけ数えることを心がけ、苦労と苦悩を薬味にしながら、それなりに楽しくやっている。

後悔しようがしまいが、過ぎた時間を取り戻すことはできない・・・
不満を抱えようが抱えまいが、今は終わっていく・・・
憂おうが憂うまいが、未来は消えていく・・・
そう・・・この人生は すぐに終わる。
クヨクヨしてるヒマはない!
腐ってる場合じゃない!


持ち帰ったアルバムはゴミとして処分。
その様は、故人の人生が終わってしまったこと、その教え子達の人生が終わりゆくこと・・・・・人の人生には終わりがあることを象徴しているように見えて、何とも言えない切なさを感じた。
と同時に、故人が、アルバムを開き、一つ一つの想い出をめくりながら色んなことを懐かしみつつ、自分や教え子の人生に愛おしさを感じていた様が思い起こされ、それは、「残りの人生、少しでもうまくいくよう頑張りたいな」といった上々の想いを私に与えてくれたのだった。


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個人戦

2017-11-07 08:43:54 | 自殺腐乱死体
相変わらず 現場仕事に勤しむ毎日。
久しぶりのブログ更新となったが、気づけば、晩夏も初秋も通り過ぎ11月になっている。
ありがたいことに、私は、代わり映えのない日々を送っている。
愉快爽快に暮らせているわけではないけど、大きな災難にも見舞われていない。
(「仕事自体が災難」「性格自体が災難」と言ってしまえば そうかもしれないけど。)
ただ、日常の平穏が保たれていながらも、ブログの更新は二の次・三の次。
これで、会社から手当(報酬)が支給されているわけでもないし、その割に結構な時間を取られてしまうわけで、限りある時間(残り少ない人生)の中でリスキーな一面もある。
だから、読んでくれる人には申し訳ないことなのだが、時間の使い方を気にしながら、気が向いたときにだけ書いている。

そんな秋、例によって、私の精神も低空飛行をはじめている。
重症だった四年前の秋冬に比べたらマシだけど、怠けて立ち止まると、ツラいものに襲われる。
しかし、それを言い訳に、だらしなく時間を過ごすようなことはしたくない。
楽することが大好きな私は、それに負けじと、仕事でもプライベートでも積極的に身体を動かすことを心掛けている。
併せて、ささやかなものかもしれないけど、日常にある幸せを数えるようにしている。
やがてくる冬と人生の終わりに備えて、温かな笑顔の想い出を溜め込んでいるのである。


「一人で行かれるんですか?」
所は、不動産会社の事務所。
担当者の男性は、現場の部屋の鍵を私に差し出しながらそう言った。
「はい・・・・・とりあえず、見るだけのことですから・・・」
私は、あちこちで受け慣れた質問に応えながら、鍵を受け取った。
「大丈夫ですか!?」
担当者は、驚きの表情を浮かべた。
「大丈夫です・・・・・慣れてますから・・・・・」
私は、“No problem”の笑みを浮かべた。
そして、現場の状況について、二~三の質問を投げかけた。

現場は、そこから歩いて数分のところにあるマンション。
その一室にある浴室で、住人が孤独死。
死後 どのくらいの日数が経過していたのか、湯(浴槽)に浸かった状態だったのかどうか、浴槽に湯(汚水)が溜まったままになっているかどうか、私は、その辺のところを担当者に訊いた。
しかし、担当者の口からは、ハッキリした返答がでてこず。
「現場を見てないものですから・・・」
と、気マズそうに口を濁すばかり。
“問答を繰り返すのは時間の無駄”“見に行ったほうがはやい”と判断した私は、
「とりあえず、見てきます」
と話を打ち切り、その足を現場マンションに向けた。

現地に到着すると、まずは1Fエントランスの管理人室へ。
管理人に挨拶し、用向きを説明。
部屋は見ていないものの、出来事は管理人も把握。
「事情は・・・・・御存知・・・・・ですよね?」
と、少し言いにくそうにそう言った。
そして、
「お一人ですか? 大丈夫ですか!?」
と、不動産屋と同じことを言ってきた。
私は、そんな管理人に“No problem”の頷きをみせてから、その足を現場の部屋に向けた。

幸い、玄関の外に異臭の漏洩はなし。
窓にハエの影が映っているようなことも。
私は、借りてきた鍵で玄関を開錠し、“失礼しま~す”と心の声で挨拶をしながら、玄関を奥へと進んでいった。

問題の浴室は、玄関から近い場所にあった。
室内には、それなりの異臭が充満していたが、浴室の近づくとその濃度は徐々に上昇。
更に、浴室の扉を開けると一気に上昇。
私は、脇に挟んでいた専用マスクを装着しながら、蛍光灯のスイッチをON。
すると、衝撃の光景が目に飛び込んできた。

浴室は、至極凄惨な状況。
汚染具合を観察すると、故人は、浴槽内にいたことが伺えた。
亡くなった当初から湯は張られていなかった模様。
浴槽の底には、黒・茶・赤・黄、不気味な紋様の腐敗粘土と腐敗液が堆積。
更に、その遺体を搬出した際の“引きずり痕”が浴槽の淵・外面・洗い場・出入口にベッタリ。
「ホラー映画のセットか?」と思われるくらい悍(おぞ)ましい色彩で汚染。
また、警察が指紋を採ったため、浴室の壁を中心に、そこら中 黒カビのような汚れが付着。
これが、見た目の印象を更に衝撃的にしていた。

浴室の手前は洗面所。
そこには、洗面台や洗濯機等があり、洗面用具や洗剤・タオル等、日常の生活用品が整然と置かれていた。
が、その傍らには、日常の生活用品とは思えないモノが。
それは、黒マジックで“浴室内”と書かれた半透明の薄いビニール袋に入れられて、床の隅に置かれていた。
ある種の証拠品として警察が現場に一時保管したものと思われた。
よく見ると、それは七論。
そして、その中には、練炭の灰も残されていた。
結果、私の頭には、そこで起きたことが自ずと浮かんできた。

「自殺か・・・・・」
「不動産屋も管理人も そんなこと言ってなかったなぁ・・・・・」
「知らないのかな・・・・・いや、知らないはずはないな・・・・・」
「知ってて黙ってるんだろうな・・・俺は、そんなこと気にしないのにな・・・」
私は、そんなことを考えながら、不気味な色に染まった浴室をくまなく観察した。
同時に、それを掃除することになるかもしれない自分に湧いてきた不安と対峙できる勇気を自分の中に探した。


特殊清掃の日・・・
「作業も一人でやるんですか!?」
「大丈夫なんですか!?」
何が大丈夫じゃないのかよくわからなかったけど、不動産会社の担当者とマンションの管理人は それぞれに驚いた様子で、一人で現れた私にそう訊いてきた。
先入観も働いて、二人の顔は自殺の事実も知っているように見えた。
それでも、私は、故人への気遣いのつもりで、まったく気づかぬフリをして、
「二人がかりでやるような作業じゃありませんから・・・・・」
「そもそも、浴室の作業スペースは一人分ですしね・・・・・」
と、“Low problem”の笑みを浮かべて そう応えた。

腐乱死体現場に一人で入るなんて、尋常なことではないのだろう・・・
自殺現場を一人で片づけるなんて、驚くようなことなのだろう・・・
“一人で充分に用が足りる仕事なのだから一人でやるのは当り前”“一人のほうが気楽でいい”等と思っている私は、神経がおかしいのだろうか。
ただ、慣れているとはいえ、いざ作業となると、現場が凄惨であればあるほど気分は重くなる。
自分の中の勇気を できるかぎり掻き集めてはみたものの、
「ハァ・・・・・アレを掃除しなきゃならないのか・・・・・」
と、ここでも、前日の夜から気分は重くなっていった。

しかし、それをやるのが自分の仕事。
会社員としての責任であり、請負者としての義務であり、生きるための権利でもある。
そう・・・私は、誰のためでもなく自分のために、生きる責任を負い、義務を履行し、権利を行使しているのだ。
“誰かのため”は結果の実であり、私は、誰かのために頑張るような殊勝な人間ではない。
もっと言えば、“誰かのため”も結局は自分のため。
自分のためだから頑張れる・・・一人きりの戦いである。

浴室とは裏腹に、部屋の方は整理整頓・清掃が行き届いてきれいだった。
リアルな生活感の中、死に支度を整えていたような形跡はなく、故人は、死の間際まで日常の生活を営んでいたよう。
つまり、そこからは、故人が “まだまだ生きるつもりだった” “ギリギリまで生きようとしていた”ということが伺えた。
故人は 生きることの苦しさ・辛さと戦っていた・・・
七輪・練炭を手元に用意したのは、ずっと以前のことなのか、近日中のことだったのか知る由もなかったけど、どこか“心の保険”“心の武器”のようなつもりで用意していたのかもしれない・・・
そんなことを頭で想像すると、その胸の内には 生きることと格闘した故人を労うような同志的な想いが湧いてきた。
そして、それは“俺は この仕事で生きてるんだ”“俺なら この風呂をきれいにできるはずだ”という想いに変化し、くたびれた中年男一人の身体に故人の力が加わるような感覚を覚えたのだった。


自死は敗北ではない・・・
もちろん勝利でもない・・・
いうなれば戦線離脱・・・
戦闘責任・戦闘義務・戦闘権の放棄・・・
私は、そういう風に思っている。
そして、肯定できるものではないけど、一部かもしれないけど、その気持ちはわかる。

人生、一日一日が戦い。
人は一人で生きていけないものではあるけど、一人で生きていかなければならないものでもある。
誰かに悩みを打ち明けたり、誰かと悲しみを分かち合ったりすることで、癒されたり・励まされたり・救われたりすることはある。
しかし、究極的には孤独なもの。
過去の後悔・現在の不満・未来の不安、自分の不運・弱さ・愚かさ、自分を押しつぶそうとするモノと一人で戦いながら生きていかなければならない。

そんな人生では、生きていることがツラくなるときがある。
生きることが面倒臭いことのように思えてしまうことがある。
でも、死にたいわけではない。
私は生きたい・・・・・精一杯生きたい・・・・・間違いなくそう思っている。
だから、悩みながら、苦しみながらも、涙と汗で飯を得て、それを喰う。

私は、一つ一つの現場で一人一人の死痕を消しながらも、その生痕に残る生きる力を与えてもらっているのかもしれない。
そして、それが、人生の個人戦を戦い抜くための力になっているのかもしれない。

約四半世紀、これに携わって生きてきた私は、先逝人が見せてくれた戦いの痕跡、そして、これから見ることになるであろう戦いの痕跡を一助に これからも この小さな人生を精一杯生きていこうと思うのである。


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飲めぬ話

2017-09-05 08:55:06 | 腐乱死体
秋が顕著に感じられるようになってきた今日この頃。
八月が終わり九月に入った途端、気温は急降下。
シチュエーションによっては 日中でも肌寒く感じられ、「このまま秋に直行か?」と勘違いしてしまいそう。
しかし、例年、九月は まだまだ暑い。
このまま、大人しく夏が終わっていくとは思えない。
秋めいてきながらも、暑さがぶり返してくることがあると思う。

当然、暑ければ暑いほど、現場作業では汗をかく。
全身 汗でビショビショになることも、乾いた作業服が塩を吹くことも日常茶飯事。
身を守るため、こまめな水分補給が必要になる。
ただ、私は、一度 作業を始めると、休憩もとらずにずっとやり続けてしまうクセがある。
言葉はおかしいけど“休むのが面倒クサイ”みたいな感じ。
もともとセッカチな性分なもので、“休んでるヒマがあったら、さっさと仕事を終わらせたい”という気持ちが強く働くのだ。
また、熱くなった気持ちを小休止で冷やしてしまうと その後が億劫になるし、気持ちも折れやすくなるから、それを避けたい気持ちもある。
でも、単独作業の時ならいざ知らず、複数作業の場合は、その辺のところはバランスよくやらないと仲間から顰蹙をかってしまう。

現場で、飲み物をだしてくてる依頼者は多い。
多いのは、お茶やスポーツドリンク。
冬場は、それにホットコーヒーが加わる。
少ないけど栄養ドリンクをくれる人もいる。
気の利いたところでは、
「ホントは本物のほうがいいんでしょうけどね・・・」
と言いながら、冷やしたノンアルコールビールをだしてくれた依頼者もいる。
しかし、中には、本物のビールを出してくれる人も。
もちろん、「持って帰って飲んでください」という意味なのだが、冷やしてあると「ここで飲んでもいいって意味なのかな?」と勘違いしてしまう。
当然、その場で飲めるものではないので、持って帰らせてもらうけど。

ただ、仕事を終えて家に帰れば酒も飲める。
しかし、私は、身体と懐のことを考えて、何年か前から禁酒日を設けている。
当初は週二日を目標にしていたのだが、今は、週三日を目標にしている。
調子のいい週は、四日 飲まない日がつくれることがある。
もちろん、飲みたくないわけではない。
本当は毎日飲みたいんだけど、とにかく、決めた日は我慢するのである。
しかし、夏場は、その我慢がツライッ!!
だから、仕事を頑張って大汗をかいた日などは、欲望に負けて飲んでしまうこともしばしば。
そうすると、翌日以降、新たな禁酒日をつくらなければならなくなる。
結局、週末にかけて 「飲まない日をつくらなきゃ!」というプレッシャーが圧しかかってきて難儀するハメになるのである。



とある夏の日。
住宅地の古いアパートの一室で、住人が静かに亡くなった。
そのまま数日が経過し、発見されたとき遺体は酷く傷み、生前の面影はまったくなし。
発見したのは、アパートの隣に居を構える年老いた大家夫妻。
急に姿が見えなくなった故人のことを妙に思ったけど、素行があまりよろしくなく、あまり関わりたくないタイプの人物だったため、部屋に近づくことなく放置。
結果、異臭が発生し、ハエが湧くまで、故人は部屋に横たわったままとなった。

亡くなったのは初老の男性で、生活保護受給者。
親はとっくに亡くなり、妻子も兄弟もなし。
身寄りらしい身寄りもなく、孤独な身の上。
このアパートに暮らし始めたのは数年前。
生活保護を受け始めると同時に、役所の仲介で入居。
しかし、金銭管理がルーズで、家賃の支払いが遅れることもしばしば。
更には、“飲む 打つ”が大好きで、生活費の大半をそれらに浪費していたよう。
役所から幾度も注意指導を受けたにもかかわらず、あらためることなく亡くなってしまった。

亡くなった人のことを悪く言ってはいけないのかもしれないけど・・・
生活保護費で酒を飲んだり賭け事をしたりすることに、私は不快感を覚える。
それらは、自分の金でやるべきこと。
生活保護費は個人の金ではなく公の金。
“働かない理由”を“働けない理由”にすり替えて、人世を欺くのはいかがなものか。
相互扶助の精神は大切だけど、まっとうに働いている人の金でズルく遊んでいる人間がいるなんて、すんなりと飲めるものではない。
受給者の極一部だと信じたいけど、そんな人のために、“健康で文化的な生活”が保証されているとしたら、少額納税者の私でも税金を納めるのがバカバカしくなる。

例によって、現場は凄惨。
遺体痕は部屋の中央に敷かれた布団にあった。
汚腐団の上には、ネットリとした腐敗粘度が残留し、腐敗液は、その下の畳にまで浸透。
故人の肉体は、大量の汚物を滲み出しながら溶解。
その状況は、人の視覚と嗅覚を著しく毀損させるもので、夫妻もかなりのショックを受けていた。

夫妻が希望する金額は、私が見積った金額の約二分の一。
三分の二でも無理なのに半額とは、とても飲めるものではない。
だから、私は即座に
「スミマセンが、その金額では無理です・・・」
と断り、そして、
「御期待に応えられず申し訳ありません・・・うちも赤字は喰えないものですから・・・」
と頭を下げた。

「仕方ないね・・・時間はあるから、自分達でやろうか・・・」
夫妻は、ションボリと相談。
私は、老夫婦のそんな姿をみてヒドく気の毒に思った。
が、私だって、ボランティアでやっているわけではない。
赤字を喰うような仕事を請け負うわけにはいかない。
だから、せめてもの善意で、私は、片付ける際の注意点やコツを伝授。
特に、衛生面と熱中症には気をつけてやるよう伝えた。

そんなこんなで一通りの用を済ませ その場を立ち去ろうとすると、奥さん(以後、女性)が、
「ちょっと待って・・・こんな暑い中、わざわざ来てもらって・・・今、飲み物をもってきますから、それだけでも飲んでって下さい!」
と私を引き止めた。
いつもなら、丁重にお断りして退散するところだけど、部屋を片付けるにあたって、これから大変な思いをするであろう女性の心遣いを無にするのは失礼だと思った私は、暑い中にずっといて咽が渇いていたことも手伝って、
「ありがとうございます!助かります!」
と、勝手にペットボトル飲料をもらっていくつもりになって快く返事。
相棒(業務車)の傍らに立って、女性が戻ってくるのを待った。

少しすると、女性が自宅からでてきた。
お盆を手に、その上に飲み物を入れたコップをのせていた。
「なんだ・・・ペットボトルじゃないのか・・・」
アテが外れた私だったが、
「せっかくの心遣いだから、飲んでから帰ろ・・・」
と思い、近づいてくる女性に恐縮の会釈をした。

「ん? 何?・・・」
コップの中身の色を見た私は妙に思った。
それは、私がまったく想像していなかった色・・・白。
ただ、白色の飲み物、そして、季節が夏となれば、ほぼほぼ決まっている。
そう、カルピス。
で、私は、
「カルピスか・・・」
と思った。
が、それにしては色が濃い・・・濃すぎる。
「濃くつくっただけ?」
とも思ったが、その濃厚な白色は、明らかにそれとは異質。
「もしかして・・・」
私の頭の中では、白色の飲み物って限られている。
にごり酒やカルピスもそうだけど、多くはミルク系飲料。
そう・・・それは牛乳・・・
女性は気を使ってくれたのか、それを、中ジョッキくらいありそうなくらいの大きなコップに氷を入れ、真っ白な牛乳を並々と注いで持ってきてくれた。

「意表を突かれ」というか、「度肝を抜かれた」というか、これは まったくの想定外。
しかも、もともと、私は牛乳が嫌い。
小学生の頃は給食で飲まされていたから飲めないことはないけど、好んで飲んだことは一度もない。
業界を敵に回したいわけではないけど、すすんで買い求めることもない。
そもそも、牛乳って、読んで字のごとく、牛の乳。
人間が牛の乳をダイレクトに飲むのは、なんか無理があるような気がする。
しかも、猛暑の中、水分補給でゴクゴク飲むようなモノでもないと思う。

“まさか牛乳とは・・・飲みたくないなぁ・・・”と私は内心でそうボヤいた。
が、最初に「ありがとうございます!助かります!」と言った手前もある。
仮に、それがなくても、女性の善意を無碍にするのは失礼。
私は、“一期一会、一度きりのことだから・・・”と思い直し、気持ちよくいただくことに。
「ありがとうございます!せっかくなんで、ありがたくいただきます!」
といいながら、盆に乗ったコップを手に取った。
そして、思い切って、グイッと一口目を口に含んだ。

「ん!?」
想定外の飲み物の味は、更に想定外。
「甘い?・・・」
牛乳には、明らかに甘い味つけが。
善意の牛乳は、不快な甘味をともなって私の舌に纏わりついてきた。
そもそも、私は、甘い飲み物が好きではない。
普段、ジュースとか甘いものはほとんど飲まないし、たまにしか飲まないけど、コーヒーもブラック。
そんな私は、砂糖かシロップが溶かしてあるような強い甘みに閉口した。

しかし、それは一度きりのこと。
一度の我慢で、その場は丸くおさまる。
私は、“せめてコーヒーでも入れてくれれば、救われるんだけど・・・”と心で嘆きながらも、
「甘くて美味しいですね!!」
と大袈裟に喜んでみせ、そのままゴクリ!ゴクリ!と一気に飲み干した。
そして、
「ごちそう様でした!美味しかったです!」
と、作り笑顔でコップを返し、現場を後にしたのだった。


その後、夫妻は、部屋の片づけを自らの手でやろうと試みた。
しかし、そこは、並の汚部屋ではない。
汚物や不衛生物は多量にあり、異臭もある。
結局、ほとんど手をつけることができないまま、作業を依頼してきた。
私は、夫妻の予算を考慮し、当初の見積からいくらか値引いた金額で、その仕事を請け負った。

最初のとき、“一度きりの社交辞令”と思って過剰に喜んでしまった私。
それに気をよくした女性は、私が作業に訪れる度に 例のそれを差し入れてくれた。
しかし、私は、まったく飲みたくない。
だから、“悪いけど、その辺に捨ててしまおうか・・・”と思ってしまったこともあった。
が、女性は、
「遠慮しないで、冷たいうちに飲んで!」
と、傍らでニコニコしながら私が一気飲みするのを待っている。
そんな女性の善意の笑顔を前にしては、飲みたくなさそうな顔はできない。
私は、満面の笑顔をつくり、まるで、大学時代のコンパのようなプレッシャーを感じながら、“甘冷牛乳”を胃に落としたのだった。


正直なところ、女性の“甘冷牛乳”は私の口に合わなかった。
だけど、女性の心遣いは とても嬉しかった。
酷く汚れた私、酷くクサくなった私を気味悪がることもなく、嫌な顔ひとつせず近づいてきては、優しい言葉をかけてくれた。
そして、私が喜ぶ姿をみては嬉しそうに笑った。
小さなことかもしれないけど、人の喜びを自分の喜びとする女性の慈愛は、一人間として尊ぶべきものだった。
だから、それは、どんな高価な栄養ドリンクにも勝る、心に効く栄養ドリンクとなった。
凄惨な現場における過酷な作業の中で どうしても湧いてきてしまう 終わりが近づきつつある人生に対する意味のない後悔と疑問に打ち拉がれる心を随分と救ってくれた。

そうして、何日にも渡った作業を終えた私は、“きれいごと”という名の真実を また一つ飲みこんで 習うように心にしまったのだった。


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騙し騙され

2017-08-21 08:55:28 | 腐乱死体
本年6月12日10:00
“Amazonカスタマーセンター”というところから、
「会員登録の未納料金が発生しております。本日ご連絡なき場合、法的手続きに移行いたします。」
というショートメールが届いた。
一瞬「?」と思ったが、まったく心当たりがない。
念のため、併記されたカスタマーセンターの電話番号を検索してみると、案の定、Amazonを騙った架空請求詐欺。
当然、そんなところに電話するわけはなく、そのまま無視。
もちろん、その後、何の問題も起こっていない。

また、これは、もう何年も前の話だけど、ある日、覚えのない番号で私の携帯が鳴った。
相手は中年の男性。
ややスゴ味をきかせたような口調で、
「有料サイトの利用料が滞納されている」
「払わなければ法に訴える!」
とのこと。
身に覚えのない私は、すぐに詐欺だと直感。
しかし、相手の言い分は、もっともらしい内容。
もちろん、褒められたことではないけど、“屁理屈の達人か?”と感心してしまうくらい 口上もよく練られ その話術も巧み。
また、圧しも強く 交渉も粘り強い。
私は、のらりくらりと要求をかわしながら、野次馬根性半分・悪ふざけ半分で相手の主張を聞き続けた。
そして、最後に、
「そういうことなら払いに行くんで、そっちの所在地を教えて下さい」
と、鼻で笑いながら言った。
すると、“真に受けないヤツは相手にするな”というマニュアルでもあるのだろう、一方的に電話を切られ、それで話は終わった。
もちろん、その後、何の問題も起こっていない。

しかし、詐欺を働くほうも“下手な鉄砲 数打ちゃ当たる”と思って片っ端から当たりをつけているのだろう。
大多数の人は、この手には引っかからないことは承知の上で、引っかかってしまう一部の人をターゲットにしているのだろう。
多分、手間暇かけて作戦を練り込み、頭を使って準備万端整えているに違いない。
しかし、それはそれで、結構な労働のはず。
その負のエネルギーを正の方向に向ければ もっと清々しく生きていけるはずなのに、一度きりの人生で、まったく もったいないことをするものである。



「大家」を名乗る女性から特掃の依頼が入った。
現場は、田舎の古い一軒借家。
亡くなったのは一人暮らしをしていた高齢の女性。
浴室で倒れ、誰にも気づかれず何日も放置されてしまったのだった。

現地調査の日、現地には、大家と私と、故人とは離れて暮らしていた中年の息子(以後、男性)が集合。
母親(故人)の死後、男性が現地を訪れるのは初めて。
借主の許可なく立ち入ることはできないため、大家も室内には入っておらず。
遺体発見の際も、玄関の鍵を開けただけで、中には入っていなかった。

したがって、浴室がどうなっているのか二人とも知らず。
また、玄関から漂ってくる異臭が気持ちを萎えさせ、二人とも中には入りたがらず。
で、とりあえず、私が、一人で浴室を見てくることに。
私は、「失礼しま~す」と誰に言うでもなく挨拶をしながら、玄関を上がった。

目的の浴室は、玄関を上がって少し進んだ右側の洗面所の隣。
建物自体が相当古く、浴室もユニットバスとかではなく、床や壁はタイル貼。
浴槽もステンレス製で給湯設備も旧式のバランス釜。
湯に浸かった後に倒れたのか、湯に浸かる前に倒れたのか、汚染痕は、洗い場に残留していた。

湯に浸かったまま何日も放置されると、かなり悲惨なことになる。
ゲスを承知でわかりやすく表現すると、軽度でも豚汁、重度だとカレーやビーフシチューのように。
同時に、その特掃作業も至極悲惨なことになる。
したがって、私は、浴槽内で亡くなっていなかったことに、故人に失礼なくらいホッとした。

床は赤茶色の粘液が厚みなく覆い、皮膚や頭髪もいくらか付着。
更に、浴室特有の腐乱臭が充満。
それでも、汚染度はライト級に近いミドル級。
私にとっては軽いものだった。

浴室を数分みて後、私は、見積書を作成。
そして、作業内容と かかる費用を大家と男性に説明。
大家は、近所の手前もあるし精神的にも落ち着かないので、すぐにでも作業にとりかかってほしそうに。
しかし、数万円の費用が重いのか、一方の男性は、口を閉じたまま表情を曇らせた。

「恥ずかしい話ですけど・・・今、お金がないもので・・・」
少しして、男性は、私から視線を逸らせ、暗い顔のまま呟いた。
「そうなんですか・・・」
その後の気マズい沈黙は予想できたけど、私は、他人事として冷たい返事しかできなかった。

正式な請負契約を結ばなければ、現地調査に出向く際に使った移動交通費も時間も無駄になってしまう。
だから、できるだけ仕事は請け負うよう努力する。
しかし、お金がもらえなければどうしようもない。
また、二の足を踏む相手の足元をみて押し売るわけにもいかず、私は、仕事を超えた別の手を考えた。

「どちらかというと汚れは軽いほうなので、やろうと思えば自分でできると思いますよ」
「少し大変かもしれませんけど、そうすれば費用はかかりませんから」
私は、考え込む男性に、“お金がないことをバカにしている”と思われないよう、言葉に温かみを持たせながら第三案を示した。
そして、そのやり方や、代用できる市販の洗剤や薬剤等を教えた。

そんなやりとりを傍らで聞いていた大家は、
「そんなこと言ったって、フツーの人には無理でしょ!」
と、私をフツーの人間じゃないみたいな言い方をして、不満を露わに。
そして、“グズグズ言ってないで早くやってよ”と言いたげな顔で、我々を睨みつけた。

前回も書いたように、通常、作業代金は後日の銀行振込で回収する。
しかし、住居や仕事がハッキリしない人、資力がなさそうな人など、相手に怪しげなものを感じたときは、作業後に現場で現金決済をする。
私は、いい歳なのに数万円が払えない男性の場合も、そういった類の不審を感じた。
だから、男性と契約を結ぶことには積極的になれなかった。

「支払いは、ボーナスがもらえるまで待ってもらえると助かるんですけど・・・」
しばらくして、男性は、視線を泳がせながら言った。
すると、とにかく 一刻も早く掃除してほしい大家が、そんな男性に援護射撃。
「場合によったら、私が代金を立て替えますから!」
と、契約成立を後押しした。

そこまで言われたら、その条件を呑まざるを得ない。
結局、代金精算は、男性が勤務する会社のボーナス支給日まで待つことにし、私は特掃を受注。
そして、そそくさと準備をして、一人、誰も入りたがらない浴室に籠った。
そうして、しばし後、難ある浴室の特掃は難なく終わった。

作業を終えると、若干の異臭が残っただけで、遺体汚染はきれいになくなった。
その成果に大家も男性も満足。
私は、ボーナスが支給されたら直ちに代金を支払うよう伝え、契約書類にその期日と誓約文を男性の手で書いてもらった。
併せて、住所・氏名・電話番号だけでなく勤務先も教えてもらい、身分証明書も確認させてもらった。


それから、何か月か経過し、約束の期日がやってきた。
しかし、その日を過ぎても男性からの入金はなし。
日数がかなり経っていたため、支払うのを忘れている可能性もあったが、私は、一抹の不安を覚えた。
だから、すぐに男性に電話。
しかし、受話器からは、“お客様がおかけになった電話番号は現在使われておりません”と乾いたアナウンスが流れるのみ。
「やられたッ!!」
私は、そう思いながら、急いで勤務先に電話。
すると、
「ボーナスが支給されたすぐ後に辞めた」
「社宅に住んでいたのだが、そこも出ていった」
「転居先は知らないし、連絡もとれない」
とのこと。
よくよく聞くと、男性の勤続年数は短かく、更に、ボーナス支給日は、私が聞いていた日より随分前。
ということは、“最初から払うつもりがなかった”ということになるわけで、
「最初からハメられてたわけか・・・」
と、憤りを通り越した寂しさを覚え、私は、自分を含めた人間の何かにウンザリした。

不愉快な気分を吐き出したかった私は、とりあえず、大家に電話し状況を説明。
すると、既に大家は、男性が消えたことを知っていた。
故人が住んでいた借家(現場)の家財(遺品)は、特掃の後、できるだけ早急に男性が片づける約束になっていた。
が、何だかんだと理由をつけては、一向に片づけに着手せず。
また、その間の家賃も払わず。
結局、男性は、何度か足を運んできたものの 金目のモノだけ漁って持ち出し、以降、音信不通になってしまったのだった。

しかし、もともと、最初に特掃を依頼してきたのは大家。
しかも、現場の家は大家所有。
大家の依頼で大家の家を掃除したのだから、費用の一部を大家に請求しても理不尽なことではない。
私は、“痛み分け”ということで作業代金の半分を大家に負担してもらえないか持ちかけた。
すると、大家は
「こっちだって被害者なんですから!」
と、私の要望を一蹴。
そして、まるで、私と男性を混同したかのように、不満を一気にまくし立てた。

大家は、滞納された家賃は回収できず、放置された家財も片づけなければならない。
孤独死腐乱現場の曰く(いわく)がつけば、次に貸しにくくもなるわけで、確かに、被害者ではある。
しかし、私を呼んだ責任と、作業させた責任の一端はある。
その態度のイラッ!ときた私は、
「その態度、おかしくないですか!?」
「最初のとき“場合によったら立て替える”って言われたじゃないですか!」
「でも、大家さんの立場もわかるから、全額じゃなく半額をお願いしてるんじゃないですか!」
と、息を荒くして反論。
すると、弱点を突かれた大家は、ドギマギしながらトーンダウン。
「主人と相談してから連絡します・・・」
と、まったく気が進まなそうな返事をよこして電話を切った。

しかし、それから大家から連絡がくることはなかった。
それだけでなく、私の方から電話しても着信を拒否。
知らない番号が鳴ってもでないことにしたのだろう、他の番号でかけても電話にはでず。
しかし、私は大家の自宅を知らされておらず、他に接触する術はなし。
結局、この件は、そのまま自然消滅。
私は、再び、憤りを通り越した寂しさを覚え、自分を含めた人間の何かにウンザリした。

手間とお金をかければ、男性を追いつめたり、大家の自宅を突き止めることができたかもしれない。
しかし、回収すべき作業代金はそこまでする価値があるほどの金額ではない。
結局、諦めることを選び、泣き寝入り、騙されただけで事を終わらせたのだった。


男性は、故人の借家賃貸借契約の連帯保証人になっており、相続放棄の手続きをとっても、後始末の責を免れることはできなかった。
ただ、仕事を辞め、住居を変えてまで消えるなんて、相当の事情と逃れられない悪意を抱えていたのだろう。
私には、そんな男性の、人と自分を騙し続けてきた人生、そして、その都度 落ちていく人生が想像され、そこから何かを学び取らなければならないような緊張感を覚えた。
そしてまた、男性が残りの人生を、一度きりの人生を、良心の呵責に苛まれながら、何かに怯えながら、隠れるように窮々と生きていかなければならないことを思うと、“赦す”とか“赦さない”とかとは次元を異にした恐ろしさを感じた。


騙され、開き直られ、踏み倒される。
頑張って仕事をしても代金を回収できなかったことは、これまで何度もある。
だけど、ジクジクと思い出して悔やんでも仕方がない。
イライラと思い出して腹を立てても仕方がない。
そんなことをしても、自分が不幸なだけ。
負のエネルギーは、正の方向に向けたほうが自分のため。
教訓のみを残し、“事故に遭った”と思って忘れたほうがいい。

いいことばかりじゃないこの人生、時には、自分を騙すことも大切。
もちろん、いい意味で、いい方に。
「泣いた分 笑える!」
「汗した分 楽しめる!」
「悩んだ分 喜べる!」
「苦しんだ分 強くなれる!」
「悪いことがあった分 いいことがある!」
等と、私は、ほとんど本気で自分を騙しながら、騙し騙し生きている。

騙されていると思われるかもしれないけど、そうすると、こんな生き様でも、案外、大きな幸せを感じられるのである。


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夢のカケラ

2017-08-16 08:38:17 | ゴミ部屋 ゴミ屋敷
八月も後半に入るというのに、相変わらず、梅雨のような天気が続いている。
しかし、専門家によると、これでも“異常気象”というほどではないらしい。
でも、何だか おかしな感じがする。
そうは言っても、悪いことばかりではない。
常々不眠症に悩まされている私でも、雨が降っているとよく眠れるから。
気圧のせいなのか湿度のせいなのかよくわからないけど、何故だか昔からそう。
ただ、その分、朝がツラい!
普段、寝起きがいい私も なかなか起きられず、いつもより寝坊してしまうこともしばしば。
もちろん、仕事に遅刻するようなヘマはしないけど、ショボショボする眼とボーッとする頭が朝の私を鈍らせる。

そんな今日この頃、お盆休みが終わった人、また、終わる人も多いだろう。
家族サービスや渋滞混雑で、仕事より疲れた人もいるだろう。
それでも、やはり、長期休暇の後の仕事は憂鬱だろうか。
ま、盆休も正月休もない私には無縁のこと。
長期休暇なんて夢のまた夢。
ただ、そのおかげで、休み明けの鬱に遭わないですんでいる。
また、ここ数日は一部の商業地域を除いて都内は道路が空いていて快適だった。
「いつも、このくらい空いてればいいのにな・・・」
そんな風に思いながら、お盆休みなんかない私も、その平和な雰囲気だけは楽しんだ。



出向いた現場は、郊外の賃貸マンション。
間取りは1K。
依頼者は若い女性。
依頼の内容はゴミの片づけ
そう・・・女性の自宅はゴミ部屋となっていた。

主なゴミは食べ物・飲み物関係。
そこへ、雑誌・衣類・生活消耗品等が混ざっている感じ。
「山のように積まれている」というほどではなかったが、床は見えておらず、そこそこの厚みをもって堆積。
ともなって、ゴミ部屋特有の異臭も充満。
特掃隊長の腕が鳴る前にガス警報器が鳴りそうなくらいだった。

また、台所シンク・浴室・トイレ等の水廻りもヒドい有様。
掃除なんてまったくしていないようで、どこもかしこもカビだらけ垢だらけ。
女性がこれを日常生活で使っていることを思うと、こっちが恥ずかしくなるくらい。
“女=きれい好き”といった男の先入観(エゴ?願望?)を持ち出してしまうと、女性の顔を見て話すのが躊躇われるくらいだった。

ただ、そんな状況に驚いたり顔を顰めたりするのは無神経だと思った私は、あえて表情を変えず、淡々とした口調でコメント。
そして、率直な感想を口にしながらも、針の筵(むしろ)に座らされているかのように表情を強張らせる女性が気の毒に思えた私は、
「でも平気ですよ・・・もっと凄いとこ、たくさんやってきましたから・・・」
と、自分なりの優しさをそっと後付けした。

そうは言っても、状況は、ライト級より重め。
したがって、見積もった費用は、まあまあの金額になった。
「やっぱり、それくらいになりますか・・・」
「ちょっと厳しいです・・・」
おおよその金額は覚悟していたものの、それが現実とわかり、女性は、もともと曇っていた表情を更に曇らせた。

事情をきくと、女性は、学生ではなく社会人。
しかし、定職には就いておらず。
派遣のアルバイトをしながら生活。
ただ、それは、何らかの目的があってのことのようだった。
しかし、収入は不安定で、貯えもほとんどなし。
家賃や公共料金の滞納はなさそうだったが、経済的に逼迫した生活を送っていることは容易に想像できた。

当方としてもビジネスとして成り立つ範囲内なら値引きにも応じる。
しかし、女性の資力は見積金額と随分かけ離れており、とても そこまでの値引きに応じることはできず。
当然、最終的に折り合わなければ、契約はできない。
“ここは仕事にならなそうだな・・・”
私は、内心でそう諦めながら、
「でも、キャッシングとか、変なところで借りたりするのはやめたほうがいいですよ!」
「その気になれば、自分で片づけることもできるはずですし・・・」
と、親切心を押し売り、足労が無駄になった自分を慰めて現場を後にした。


それから、二年近くが経った頃、会社に現地調査の依頼が入った。
依頼者は私の名を挙げ、
「以前、見に来てもらったことがある」
「もう一度、見に来てほしい」
とのこと。
会社からその報を受けた私だったが、あちこちの現場を走り回り、色んな人と関わっているため(おまけに記憶力も悪いため)、すぐには、その依頼者や現場のことを思い出すことができず。
ただ、自ずと 今回も私が出向くことに。
「“流れた”と思っていた仕事が二年近くもたって舞い戻ってくるなんて・・・先のことはわからないもんだよな・・・」
私は、そんな些細なことに人生の機微を重ねながら、事務所の壁にあるスケジュール表に現地調査の予定を書き込んだ。

現地調査の日。
建物を確認すると、その瞬間、それまで何も思い出せなかった私の脳裏に、多くのことが蘇ってきた。
同時に、二年近く経って部屋がどうなっているのか、野次馬根性に近い興味も湧いてきた。
それから、暗かった女性のことも思い出され、それに合わせるため、私は、自分の明るさも暗めに調節。
そうして、やや緊張しながらインターフォンを押した。

女性は、すぐに玄関を開けてくれた。
そして、私の顔を見るなり、旧知の友に再開したときのように、照れくさそうな笑みを浮かべた。
私の中で、女性については暗い印象しか残っていなかったため、その笑顔は意外なものだったが何だか嬉しいものでもあった。
そんな雰囲気に安心した私も笑顔を返し、今回は、淡々とした姿勢をあらためて感情ある人間味を醸し出した。

幸か不幸か、部屋の状況は大きく変わっておらず。
ただ、二年近くが経過していた割にゴミは増えておらず。
水廻りは相変わらずの汚さだったが、ゴミが詰められたゴミ袋が十数個あり、女性が自らの手で片づけているような形跡が残っていた。
そして、女性自身も、その労苦を やや誇らしげに私に話してきた。

見積金額は、女性の労苦を勘案し、前回より若干低めに。
それは、女性の許容範囲内だったようで快諾
ただ、女性の経済力を知っていた私には、精算について疑義が残った。
通常、代金は、作業が終わってから銀行の会社口座に振り込んでもらうことが多いのだが、女性の場合、その辺のところの信用度が低い。
作業が終わった後で値引きを要望されたり、不払いの問題を起こされたりしたらたまらない。
だから、作業後、現地で全額現金精算させてもらうことを条件に契約を結んだ。

女性は、相変わらず、派遣アルバイトで生活。
収入は低く、しかも不安定。
ただ、実のところは、実家の親にいくらか仕送ってもらって生活を成り立たせていた。
そして、今回の費用も、「自分の資力では賄えないので親に出してもらう」とのこと。
それを聞いた私は、瞬間的に複雑な心境に陥った。
が、当方にリスクがあるわけではないので、余計なことは考えずビジネスとして割り切ることにした。


職業は派遣アルバイト。
生計は親の仕送りがないと成り立たない。
家はゴミ部屋。
ルーズな人間・だらしない人間として世間は扱うだろう。
かくいう私も、そういう見方をする。
しかし、そんな女性でも、必死に夢を追いかけていた時期があったよう。
夢見た職業があったよう。

しかし、理想と現実は違ったのだろう。
理想を甘く描きすぎていたのか・・・
現実が厳しすぎたのか・・・
スタート地点に到達することさえできなかったのか・・・
チャレンジするチャンスさえ掴めなかったのか・・・
夢は破れ、それを追うことも諦めてしまったようだった。

そんな女性には、徐々に、ここでの生活の限界が見えてきた。
今はまだ若くとも、時がたてば年をとる。
親も老いていき、仕送りも永久には続かない。
ここにいては、片づけられない習性も変えられない。
結局、親の勧めもあって、女性は、この部屋を引き払って実家に戻ることにしたよう。
そして、夢から離れた定職に就くことを志すよう。
生きる環境を変えて、生き方をリセットするつもりのようだった。


人生、思い通りにならないことはたくさんある。
思い通りになることより、思い通りにならないことのほうが多いかもしれない。
それでも、人は、岐路に立つ度に、次の道を取捨選択して歩いていく。
生きているかぎり、生かされているかぎり、それが不本意な道でも、失望の道でも進んでいかなければならない。
そして、それが人を育み、人生を彩る。

ただ、夢を持ったこと、夢を追いかけたことは無駄ではない。
夢に破れたことも無駄にはならない。
夢はなくなっても、そのカケラは残る。
涙して悩んだこと、汗して努めたこと、歯を食いしばって耐えたこと、勇気を振りしぼって挑んだこと、熱く燃えたこと・・・そのカケラは残る。
そして、それは、次の道の歩みを強めるバネになる。


作業後の私は、汗と脂と汚れにまみれて疲弊。
それでも、無事に終わった安堵感と ささやかな達成感と 心地よい疲労感が心身を覆った。
そして、領収証と引き換えに受け取った紙幣を数えながら、
「ありがとうございます・・・これで、なんとか今月も食べていけますよ」
と冗談を言う余裕も生まれていた。

傍らに立つ女性は、その時、満面の笑顔を浮かべた。
部屋がきれいになった安心感、新しい道を決めた爽快感、新しい道に進む期待感、そういったものが女性に笑顔をもたらしたのかも。
また、女性の耳には、くたびれたオッサンの冗談が冗談に聞こえず、また女性の目には、その気の毒さの中にある幸福感が滑稽に見えたからかも。
とにかく、それは、私にとって、何かいいものを拾ったような喜ばしい笑顔だった。


夢をみたことがない私でも、人の夢に触れることはできる・・・
夢を持ったことがない私でも、夢のカケラを拾うことはできる・・・
そして、夢を追いかけたことがない私でも、誰かに夢をみせてあげることができるかもしれない・・・

汚仕事に次ぐ汚仕事でボロ雑巾のようになっている中年男だけど、私は、そんな夢をみているのである。


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眠れぬ夜

2017-08-07 08:19:05 | 腐乱死体
晴天続きの梅雨が明けた途端、梅雨のような雲雨が続いている。
晴天に比べて少しでも涼しいのは助かるけど、ムシムシとした蒸し暑さには閉口している。
身体を少し動かしただけで汗が吹き出し、水でも被ったかのように全身ビッショリ。
それが乾くと、シャツの襟や袖口は、「人間の身体ってこんなに塩分を含んでるんだ」と感心するくらいの白塩をふく。

これだけ蒸し暑いと、仕事だけでなく家にいても楽じゃない。
エアコンをガンガンかければいいのだろうけど、省エネ派(ただのケチ)の私は、あまりエアコンを使わない。
だから、せっかくシャワーを浴びても、すぐに汗みどろになる。
しかし、就寝時はそうも言っていられない。
さすがに、エアコンなしでは眠れない。
25℃・二時間後OFFに設定し、同時に扇風機を回しながら横になる。

それでも、安眠には縁遠い。
暑さのせいだけではなく、もともと、私は酷い不眠症。
暑かろうが涼しかろうが、夜中に何度も目が覚める。
そして、目が覚める度に時計を見るのだが、実際の時刻は自分の体内時計とほぼ合っていて、そのことに満足したりしている始末。
更に、このところは、その不眠症が重症化。
「仕方がない」と諦めてはいるけど、起床時に襲ってくる睡魔と、昼間の運転中に襲ってくる睡魔に悩まされている。


「管理物件で孤独死腐乱が発生!」
「警察によると、中はかなり酷いらしい!」
「できるだけ早く見にきてほしい!」
ある年の初夏の夜、家でくつろいでいた私の携帯が鳴った。
相手は、過去に何度か仕事をしたことがある不動産会社の担当者。
私は、翌日の予定を変更して、この現場に行くことを約束。
暑くなってきた季節と担当者の慌てぶりから、現場は それなりのことになっていることが容易に想像され、私は、冴える目を無理矢理閉じ 眠れぬ夜を過ごした。

春の涼しさがわずかに感じられる朝のうちから、私は、車を走らせた。
訪れた現場は、郊外に建つ古い賃貸マンション。
早く着いた私より少し遅れて担当者も姿を現した。
私は、近隣の住人に怪しまれないよう、専用マスクを隠すように持ち、平静を装って、久しぶりに顔を合わせる担当者に小声で挨拶をした。

「隣の人は苦情を言ってくるし、大家は八つ当たりで怒るばかりだし・・・」
「“早くなんとかしろ!”って、夜にまで電話がかかってくる始末で、おちおち寝てもいられないんですよ・・・」
担当者は、顔を顰めながらそう愚痴った。
それから、“あとは頼みますよ!”と言わんばかりの無責任な笑みを浮かべた。

「そうですか・・・それは災難ですね・・・」
「とりあえず、見てきますよ・・・」
担当者の愚痴を一通り聞いてから、私は鍵を預って現場の部屋へ向かった。
そこには、人の死を悼むような平和はなく、困惑と嫌悪感だけがその場の雰囲気を覆っていた。

「うぁ・・・こりゃヒドいな・・・」
「これじゃ、近隣が文句言うのは当然だな・・・」
玄関前は異臭がプンプン。
ドアの隙間からは何匹ものウジが這い出、更に、ドアポストの隙間からはハエまでも飛び出て、周辺の壁にへばり付いていた。

案の定、室内は至極凄惨。
鼻と口は専用マスクが守ってくれたものの、目は丸裸。
異臭は超濃厚で、目に沁みるくらい。
また、故人の身体から流れ出た腐敗物・・・黒茶色の腐敗粘土、赤茶色の腐敗液、黄色の腐敗脂は、それぞれが意思を持っているかのように不気味な紋様を形成し、家財生活用品を呑み込みながら重力に従って拡散。
その面積はあまりに広く、足の踏み場もないくらいで、慣れているはずの私を圧倒。
更に、害虫の発生も甚大で、家具や壁の角には無数のウジが這った痕が立ち上がり、その汚染は、天井にまで達していた。
当然、それにともなってハエも大量発生。
招かざる客(私)の参上で慌てた彼らは、唸り声のような羽音を立てて部屋中を乱舞。
そして、その仲間は、窓にもカーテンのように集っており、ただでさえ薄暗い部屋に更なる暗い影を落としていた。


亡くなったのは60代の男性。
晩年は家賃も滞納気味。
料金滞納のせいだろう、現地調査時は電気も止められていた。
無職、または不安定な仕事に従事していたのだろう、生活が困窮していたことは明白。
どういう生涯だったのか知る由もないけど、何日も眠れぬ夜を過ごしたであろうことは容易に想像できた。

ただ、故人は天涯孤独ではなく、血のつながった兄弟がいた。
しかし、疎遠で、何十年も絶交状態。
また、賃貸借契約の保証人にも後見人にもなっておらず。
本件についても相続を放棄して関わりを拒絶。
大家は、そんな遺族に対してかなりの不満を覚えたようだが、法的な責任はないし、血のつながりがあるとはいえ、何十年も関わりがないのに血縁者としての道義的責任を背負わせるのも酷なような気がする。
だから、私は、それを反社会的だとも薄情だとも思わなかった。

そんな境遇と汚染痕の模様からは、死因が自殺であることが疑われた。
しかし、その真偽を確かめる意味はどこにもなかった。
ただの野次馬根性と独りよがりの感傷を満たすだけ。
だから、担当者にも余計なことは訊かなかった。
ただ、酷く汚れた水回りや ゴミが散乱した部屋からは、晩年の故人が苦境の中でもがいていた姿ばかりが想像された。
「自殺だろうな・・・多分・・・」
完全な偏見であることを忘れた私の想いは、そこに着地。
生きたいと思えなくなった・・・
生きたいと思わなくなった・・・
故人が失望の果てに逝ってしまったことを勝手に想像し、冷たい同情心を抱いた。


このような現場の場合、現地調査の際に緊急で作業することも珍しくない。
だから、基本的な特掃グッズは常に車に積んでいる。
状況的には、この現場もその必要があった。
しかし、その費用を負担する者が定まらず。
問題を起こした本人はこの世にはおらず、賃貸借契約の保証人もおらず、不動産会社が負担する筋合いもない。
マンションの所有者は大家だから、最終的には大家が負担せざるを得ないのだが、自分に何の落ち度もない大家は、まったく納得できないよう。
そうは言っても、私も無料ではやれない。
結局、費用を担う人間が誰もおらず、作業に着手することができないまま、戸惑う担当者に後ろ髪を引かれながら、私は、その場を後にした。

担当者から再度の電話が入ったのは、完全に休息モードになっていたその日の夜。
すったもんだの末、結局、特掃の費用は大家が負担することに。
そして、「できるだけ早くやれ!」とのこと。
担当者は、その経緯を私に伝え、そして、申し訳なさそうに早急な対応を要望。
そんな案件が発生することは日常茶飯事の私は、すぐさま頭の休息ギアをチェンジ。
仕事モードに切りかえて、ただちに翌日の予定を変更し、再び現場に行くことを約束した。

「あれを掃除すんのか・・・」
翌日に控えた特掃のことを考えると、やはり気分は憂鬱に。
酒を飲む気も失せた私は、晩酌を途中で切り上げ、早々と床に。
が、その頭は勝手に回転。
そのつもりがなくても、作業の段取りや必要な道具備品のこと等、あれこれと頭に浮かんできた。
それまでも、ヘビー級の現場の処理なんて数えきれないくらいやってきた私。
積んできた経験は伊達じゃないので、段取りもうまくなり、手際もよくなっている。
しかし、何回やっても、ハードなものはハード。
決して楽はさせてもらえないわけで、そんなことを想うと、目は冴えるばかり。
結局、夜通し、何かに魘され(うなされ)るように寝返りを打ち続けたのだった。


作業が過酷だったのは言うまでもない。
電気が止められていたため、室内は薄暗く、しかも初夏の陽気でサウナ状態。
息を荒くしながら掻き集めた腐敗物や汚染物は山のような量。
大汗をかきながら駆除したウジやハエもまた山のような量。
とにかく、特掃エンジンが暖まってくるまで、特掃魂が燃えてくるまで辛抱しながら、私は、汗脂でジットリ濡れる身体を動かし続けた。

ウジ痕は居室だけにとどまらず、部屋を出たトイレにまで進延。
ウジ達は、トイレの扉と枠の隙間を足掛かりに天井近くまで登っており、それに沿って腐敗脂が付着。
私は、それを拭き取るため、トイレのドアを開けた。
すると、私の視線は、あるモノに止まった。
床にはいくつものウジ殻が転がり、その壁には何匹ものハエがいたのだが、もちろん、そんなものではない。
それは、便器についた汚れ・・・血痕。
どう見ても、それは糞尿汚染ではなく、下血または吐血による血痕。
となると、故人は体調を崩しており、それが元で亡くなったと考えるのが自然だった。


私は、自分のことは棚に上げて、人を学歴・社会的地位・経済力で計る癖を昔から持っている。
そういう意味では立派な負け組のくせに、勝手に人を勝ち組・負け組に分ける癖もある。
他に弱者を探しては強者気分に浸って満足し、他に愚者を探しては賢者気分に浸って慢心する。
情と慈愛に欠け、偏見の眼差しをもった差別に優越感を覚えている。
強者のフリ、賢者のフリをして隠そうとしているけど、事実、そんな一面を持っている。
そんな私は、故人の死因を自殺と決めてしまったことに、気マズい罪悪感を覚えた。
が、それも束の間、「たいしたことじゃない」と誤魔化し、また一つ よくないものを内に溜めてしまったのだった。


薄々わかっている。
私が安眠できないのは、何が濁ったものが心と身体の内にあるから。
単なるストレスとは違う、自分の悪性(弱性)からくる煩い(患い)があるから。
それは、美味い酒で流すこともできず、必死の労働で中和することもできず、熱心な勉学で解決することもできないもの。
だから、残念ながら、眠れぬ夜は、これから先もまだまだ続くだろう。
しかし、それを悲観ばかりしているわけではない。
何故なら、それらはすべて、小さな自分の中におさまっている小さな悩みだから。
命に直結する悩みではなく、解決できる可能性をもった悩みだから。

暗い闇の夜・・・
孤独に戦う夜・・・
眠れぬ夜・・・
それは、自分を強くするため、自分を賢くするため・・・ひいては人生を楽しくするため、人生を幸せにするために必要なプロセス・・・
疲れ気味のアクビをしながらも、私は、そう思うのである。


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2017-07-17 08:14:33 | Weblog
梅雨入りが宣言されてしばらくたつけど、その梅雨はどこへ行ったのか。
東京近郊に限っていうと、梅雨らしい日はほとんどない。
猛暑!酷暑!強い陽射しが照りつける毎日、強い熱波に曝される毎日。
気の毒なことに、雨が降らなさ過ぎて、紫陽花の花ビラも干からびている。
このままいくと水不足になるのは必至。
飲水が欠くような事態は想像しにくいけど、異常気象? 恐怖感すら覚えるような空梅雨である。

そんな季節の現場作業は、ホントにツラい!
あまりのしんどさや、はかどらなさに、イラついてくることもままある。
全身から汗が吹き出し、いくら飲んでも喉の渇きが癒えることはない。
心臓のバクバク感もハンパじゃない。
日陰で休んでも、少々のことでは治まらない。
若くない身体には、相当に堪える。

だけど、猛暑の中でキツい労苦を強いられているのは私だけではない。
外で働く多くの肉体労働者も同じこと
冷房のない所で汗をかいている人は巨万といる。
建築現場、工事現場、運配送etc・・・そんな異業の人達のがんばる姿に、私も励まされている。

気をつけなければならないのは熱中症。
特に、私の場合、一人作業が少なくないので、慎重に自己管理しなければならない。
しかし、まだ若いつもりでいる私。
どこからどう見ても若くないアラフィフのくせに、作業に没頭してしまい、ついつい休憩を後回しにしてしまう。
で、知らず知らずのうちに身体の水分が抜け、体温が上がっていく危険を放置してしまうのである。

孤独死現場で孤独死するのは私らしい死に方かもしれないけど、当然、そんなの本望ではない。
「死んでしまいたい」と思ってしまうような虚無感・疲労感・倦怠感に襲われることはしばしばあるけど、その根底には「健康で長生きしたい」という本性がある。
そして、“死”は、毎日 想うことだし、覚悟がいることはわかっているけど、やはり、恐怖感・切なさ・寂しさ・嫌悪感等を覚える
だから、もう少し悟れるくらいまでは生きていたい・・・今、壊れるわけにはいかない。

幸い、この猛暑にあっても、身体の調子を崩さず仕事ができている(相変わらず、精神のほうは不調が多いけど)。
しいて言えば、時折、軽い目眩と蕁麻疹がでるくらい。
病院にかかるほどのことにはなっていない。
とにもかくにも、生活がキツかろうが 仕事がツラかろうが、とりあえず、変わらぬ日常を過ごすことができていることに感謝!している。


先日、何度か取引したことのある不動産会社から、
「住人が孤独死した部屋があるので見てほしい」
との依頼が入った。
“この時季だから、結構なことになってるだろうな・・・”
“百聞は見にしかず、いちいち細かなことを訊くより現場に行ったほうがはやい”
と思った私は、ややテンションを上げながら、早速、その翌日に現地調査の予定を入れた。

訪れたのは、古いアパートの一室。
先入観が働いて、その部屋からは“いかにも”といった雰囲気が漂っているように見えた。
私は、現場に設置されたkeyboxの鍵を使って開錠。
やや緊張しながら、手袋をつけた右手でゆっくりとドアを引いた。

凄まじい悪臭が噴出してくることを予想し、専用マスクを首にブラ下げて構えていた私。
しかし、中から漂ってきたのは、熱せられた空気とホコリっぽい臭いだけ。
私のテンションと部屋の実情は、明らかにミスマッチ。
私は、“安堵”というより“怪訝”な気持ちを抱きながら、部屋に足を踏み入れた。

間取りは1DK。
狭い部屋で、一目で部屋全体を見渡すことができた。
が、明確な汚染痕はどこにも見当たらず。
また、ウジも這っておらず、ハエも飛んでおらず。
部屋の中央に敷かれた薄汚れた布団が、故人の最期の姿を想像させるくらいだった。

部屋の状態は、それと言われなければわからないくらいのライト級。
もちろん、それは、故人、遺族、大家、不動産会社、他住民、そして私、誰にとっても幸いなこと。
本来なら安堵すべきことなのに、私は、拍子抜けした感じの妙な感覚を覚えた。
私は、へビー級を覚悟して現場に出向いたわけで、せっかく火をつけた特掃魂が無駄になったことに対するもったいなさ・寂しさみたいなものを感じたのだ。

もちろん、作業は楽なほうがいい。
キツい作業なんてまっぴらゴメン。
だけど、皮肉なもので、やり終えたときの清々しさ(満足感?達成感?)は、仕事がハードであればあるほど高い。
晩酌の味も同じ。
がんばった分だけ、味が上がる。
そんな日は、「今日もよく働いた!」「美味しく飲めてありがたい!」と、ビールやハイボールをリットル単位で飲んでいく。
最近は、生涯を通じて縁遠かったブランデーやワインを飲むこともある。
そうして、次のエネルギーをチャージして後、疲れた身体を汗臭い布団に横たえるのである。

その旨味を覚えたせいでもないだろうけど、現場の状況が酷ければ酷いほど熱を帯びる私。
「いよいよ変態になってきたか?」
と、自分でもそう思う。
だけど、私は、要領よく楽する自分より、真正面でがんばる自分の方が好き。
労苦に喘いでも、辛酸を舐めても、がんばったことは無駄にならないから。
不本意な結果しか得られなくても、希望が失われても、その欠片は残るから。
そして、がんばった経験と希望の欠片は、次の自分と新たな未来をつくってくれるから。


例によって、ブログの更新がとまっている。
重症化しやすい現場と この暑さで、肉体的にも精神的にも時間的にも、ブログを書く余裕がなくなっているから。
多分、次回の更新も、しばらく先になることだろう。
だけど、「がんばりたい!」という情熱は持っている。
そして、生きているかぎり、この想いは持ち続けていたいと思っている。

略儀ながら、がんばって生きている・・・がんばって生きようとしていることの報告まで。

2017年 盛夏 特掃隊長
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