特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

無駄な抵抗

2022-06-29 07:56:02 | 腐乱死体
梅雨入りは遅く、梅雨明けは早く、まだ六月だというのに、連日の猛暑日。
慌てているのは人間ばかりではなく、蝉も土の中で慌てているのではないだろうか。
こう暑いと、当然、現場作業は、キツい!
仕事ばかりではなく、日常生活においても、水不足、電力不足、物価高、念のためのコロナ対策等々、なかなか楽には生きさせてもらえない。
それでも、まだ、ここは平和。
悲しいことに、平和とは程遠い状況にある地域は世界にたくさんある。
 
身近なところではウクライナ。
遠く離れた我が国でも、ニュースにならない日はない。
当初は、ロシアの圧倒的な戦力を前に、数日で終結すると思われていたよう。
しかし、現実は承知の通り。
無駄な抵抗と思われていたウクライナ軍の戦いは、四カ月が経っても続いている。
 
浅はかな考えかもしれないけど、私は、ウクライナの勝利を望んでいる。
クリミア半島を含めて、ウクライナの領土は回復・保全されるべきだと思っている。
しかし、仮に、ウクライナが勝利したとしても、その人的・物的損害は、あまりにも甚大。
ロシア側においても同様だが、取り返しのつかないことだらけ。
ロシア指導者の首くらいでは、何の贖いにもならない。
とにもかくにも、一刻も早く戦争が終わり、復興に向かってほしいもの。
 
とは言え、世界中で起こっている悲惨な出来事のうち、私の目や耳に入っているのは、ほんの一部。
ウクライナことを小事だとはまったく思わないけど、これは、人間がやらかす無数の惨事のうちの たった一つ。
目を覆いたくなるような、耳を疑いたくなるような悲しい出来事は、日本にも世界にも無数にあるはず。
「まったく、人間ってヤツは・・・」
そんなことを考えると憂鬱にならざるを得ず、「“時”を戻せないものか・・・」と思ってしまう。
 
そう・・・



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修羅場

2022-06-16 10:50:22 | ゴミ部屋 ゴミ屋敷
ゴミの撤去処分について、電話で相談が入った。
声と語気で判断するに、相手は、老年の女性。
また、丁寧な言葉遣いと上品な語り口から、“お金持ちの家の奥様”を連想。
女性は、色々と相談したいことがあるみたいだったが、「まずは、事情をお話ししたい」という。
私は、「必要であれば伺うこともできますから、それもご検討ください」と前置きして、女性の話に耳を傾けた。
 
女性は、自己所有の一軒家で生活。
夫は数年前に死去し、この時は、40代になる娘(以後「当人」)と二人暮らし。
相談の内容は、当人が部屋に溜めたゴミの片付けについて。
しかし、話を聞くにつれ、問題の中核は“ゴミ”ではなく“当人”であることが明るみになってきた。
 
当人は、女性の一人娘。
裕福な家庭だったのだろう、小中、そして、高校も大学も、それなりのところへ進学。
「人並」という言葉は思慮なく使うべきではないのかもしれないけど、人並に成長。
そして、大学を卒業し、とある企業に就職。
父親のコネもあったようで、希望の職種で、しかも名のある企業。
夢と希望に満ち溢れ、その前途は揚々としていた。
 
しかし、ほどなくして、職場の人間関係に揉まれることに。
会社の方針は、「成果主義」の皮をかぶった競争主義で、同僚は「仲間」ではなくライバル。
そして、上司は、「指導管理者」ではなく、手柄は自分に、責任は部下に押しつける上官。
当時は、世の中に、「パワハラ」なんて言葉も問題意識もなく、黙って耐えるのが当り前の時世。
それに耐えられない者は、敗者として辞めていくか、出世コースから外れるしかなく、当人の精神は疲弊していった。
 
精神科にかかっても、薬を飲んでも、根本的な問題が解決しない以上、快方に向かうわけはない。
結局、入社後、一年を待たずして退職。
その後は、働くでもなく、学ぶでもなく、ただ、自宅で寝食を繰り返すばかりの日々。
当人の将来を考えると心配ではあったが、両親は、娘が元気を取り戻すことを一番に望んで、当人の休養生活を容認。
まだ歳も若く、「継続勤務していたとしても、いずれは“寿退社”したはず」と考え、また、「このまま再就職しなくても、いい縁談を探して結婚すればいい」と、楽観的に考えてもいた。
 
両親が、そんな“余裕”を持っていたせいもあったのだろうか、時間が経てば経つほど、当人と社会との距離は空く一方で、次第に、当人は家に引きこもるように。
そして、それは、日に日に深刻化。
当初は、ちょっとしたレジャーや散歩、買い物くらいなら一緒に外出していたのだが、それも減少。
そして、女性の夫(当人の父親)が亡くなったのを機に状況は一変。
女性の願いとは裏腹に、悪い方へ、悪い方へと転がっていった。
 
外に出ることも滅多になくなり、家の中でも、ほとんど自室にこもるように。
当人の部屋は二階の一室だけだったのだが、次第に専有面積を拡大。
いつの間にか、二階はすべて当人の占有スペースに。
そんなことより女性を戸惑わせたのは、当人の、人柄・人格が変わっていったこと。
それまで見たこともないような悪態をつくようになり、耳にしたこともないような粗暴な言葉を使うように。
意見でもしようものなら「クソばばあ!」と、平気で女性を罵った。
機嫌のいいときは一緒に食事をすることもあったが、逆に、ちょっとでも気に入らないことがあると、恐怖を感じるくらいに高圧的な態度をとり、ときには発狂したりもした。
そのうち、二階に上がることも拒み始め、女性は、階段の途中までしか上がれなくなってしまった。
 
食品や食材は、女性が、適当なモノを適当な量、買い揃えておく生活。
三食分だけでなく、菓子や飲料も。
冷蔵庫や棚に買い置いておくと、気ままに下に降りてきては、自分で勝手に調理して二階に持って上がるそう。
ティッシュやトイレットペーパー等の生活消耗品も同様。
たまには、当人が「〇〇が食べたい」「〇〇が必要」とリクエストしてくるようなこともあり、その場合は、それを買ってきていた。
洗濯物は、洗濯カゴに入れられているものを女性が洗濯し、乾いたものを当人が二階に持って上がるといったルーティーン。
ただ、外出着はないわけで、家着・寝間着・下着・靴下・タオルくらいのもの。
労力としては大したことはなかったが、女性にとっては、酷く虚しい作業だろうと思われた。
 
当人は、無職で無収入のため、生活費は、女性が全額負担。
「生活費」と言っても、土地・家屋は自己所有だから家賃がかかっているわけではなく、食費と水道光熱費がメイン。
あとは、医療費・保険料くらい。
外に出ないわけだから現金の必要性はなく、小遣いは渡しておらず。
ただ、ネットで購入されるマンガ書籍・DVD・ゲームソフト等の代金は、女性が払っていた。
また、家賃はかからずとも、土地家屋には税金や修繕費などの維持費はかかる。
女性には、いくからの年金収入があっただろうが、それだけでまかない切れるものではなく、貯えを切り崩しながらの生活であることが察せられた。
 
トイレは二階にあるものの、風呂・洗面所・台所は一階のため、当人は、その用のときだけは一階へ。
以前は、女性に連れられて精神科のカウンセリングに出掛けることもあったが、それも途絶えた状態。
つまり、当人が部屋を出るのは、食事とトイレと風呂のときくらい。
家から出るということはなし。
言い換えれば、「当人の留守を狙って二階を見ることはできない」「強引に二階に上がるしかない」ということだった。
 
当人の部屋をはじめ、二階には、たくさんのゴミが溜まっているそう。
うず高く積み上げられているようなことはないながらも、床は、大半覆われ、所々が見えているくらい。
たまに、当人の部屋を盗み見た女性の話と、当人の生活スタイルを勘案して、私は、部屋の模様を想像。
自分で外に出て何か買ってくることがないわけだから、部屋に溜まっているのは、女性が用意したモノに限られているはず。
つまり、ほとんどが、食品容器・菓子箱・菓子袋・ペットボトル・缶食等の食品系ゴミと思われた。
あとは、衣類や鍋・食器類くらいか。
ゴミの量は定かではなかったが、私が見たところで驚くほどのことではなく、“ありがちなゴミ部屋”になっているものと思われた。
 
一通りの話を聞いた私は、作業が可能かどうか判断しかねた。
また、費用がいくらかかるかも読めない。
具体的に話を進めるには、現地調査が必要であることを女性に説明。
そうは言っても、訪問したところで二階に上がれなければ意味がない。
当人とトラブルになることも避けたい。
考えれば考えるほど心配事がでてきて、それを吐露する様は、どっちが相談者なのかわからなくなるくらいだった。
 
女性によると、「言葉の暴力に耐えられれば大丈夫!」とのこと。
発狂したり暴言を吐いたりするのは日常茶飯事だけど、身体的な暴力に打って出ることはないそう。
何かしらの理性が働くのか、当人は、その一線は越えないらしい。
言葉の暴力にどこまで耐えられるか自信はなく、「殴られなければいい」ということも まったくなかったが、何らかのアクションを起こさなければ次に進めない。
他人に話しにくい家族の問題を打ち明けてくれた女性の期待に応えたい気持ちもあり、現地調査の日時を約束して、とりあえず最初の電話相談は終わった。
 
 
約束した日時に、私は女性宅を訪問。
そこは、「大豪邸」というほどでもないながら、広い土地に建つ大きな家。
寂れた感が強く、庭の手入れや、建物・外構のメンテナンスが疎かになっているのが気になったものの、想像していたより立派な建物。
門のインターフォンを押すと、「お待ちしてました・・・どうぞ・・・」との声。
自分の手で門扉を開け、庭を通って玄関へ。
内側から開いたドアの向こうには女性がにこやかに立っており、私を出迎えてくれた。
 
一階の広いリビングに通された私は、促されるまま、座り心地のよさそうな大きなソファーに腰を降ろした。
女性は、お茶の用意をしてから、ドアを閉め、私の向かい側に。
二階に声が届かないようにだろう、何やら悪い相談でもするかのような小声で
「お電話でお話しした通りのことですけど・・・」
と前置きして、話を始めた。
 
「一人娘」ということもあってか、女性夫妻は当人を溺愛。
「甘やかしすぎでは?」と自認するようなことも多々あった。
「本人のためにならない」と自重したこともあったが、可愛さ余って厳しくしきれず。
「甘やかし過ぎたんでしょうか・・・」
「ワガママな娘に育てたつもりはないんですけどね・・・」
と、女性は、悲しげな顔で、溜め息をつき、
そして、
「小さい頃は、おやつを渡しても“ママと半分ずつね”と言うような優しい子だったんですよ・・・」
「可愛らしかったあの頃のことが忘れられないんです・・・」
と、自嘲気味に微笑んだ。
そこには、この期に及んでも、当人を見放すことも、見捨てることもできない、深い親心があった。
 
親類縁者など、他に頼れる人はいないよう。
行政に相談しても、「プライベートの問題だから・・・」と聞く耳を持ってもらえず。
心ある人の中には、当人の説得を試みてくれた者もいたが、とんだ藪蛇に。
正論や理屈が通用するわけはなく、当人は激怒し、手が付けられなくなるくらい逆上。
誰彼かまわず怒鳴り散らすばかりで、何一つ聞こうとせず。
「警察呼ぶぞ!」と、実際に110番通報し、警察が駆け付けたこともあった。
 
 
女性は、悲壮感が漂うくらいの強い覚悟を持っていた。
「手を出したりはしてきませんから、本人のこと無視して下さい!」
と私に告げると、
「〇〇ちゃん(当人名)、これからそっちに行くよ!」
「もう、〇〇ちゃんの言いなりにはならないからね!」
と大きな声で宣戦布告し、二階への階段を登り始めた。
 
物音から、一階に来客があるのは当人も察知していたはず。
しかし、二階にまで上がってくるとは思っていなかったはず。
いきなりのことで慌てたのだろう、「親に対してそこまで言うか!?」と、憤りを覚えてしまうくらいの悪口雑言を女性に浴びせた。
話には聞いていたし、その覚悟もできていたつもりだったけど、その現実を目の当たりにした私は、不覚にも怯んでしまった。
しかし、そんなの慣れたことなのだろう、女性は一向に怯まず。
ドシドシと威圧するような足音を立てながら階段を登り続け、私も、ややビビりながら、その後に続いた。
 
二階に上がると、すぐに当人が視界に入った。
我々の行く手を阻むように仁王立ちする当人は、「いかにも」といった風貌。
久しぶりに目にする女性以外の人間(私)に、明らかに動揺している様子はあったが、目つきも顔つきも、体形も髪型も、服装も着こなしも、総じて、病的、危険な感じ。
そんな当人と、そんな修羅場に遭遇して導かれた答はただ一つ。
それは、「断念」。
女性の要望が強いことはわかっていたけど、当人を越えて前に進むことはできず。
調査は断念せざるを得ず、自ずと、それは、作業が不可能であることも示唆。
暴言だけでは済まされず、場合によっては、暴力事件、悪ければ刃傷沙汰も起こりかねず、そんなことになったら本末転倒。
女性の期待を裏切るようで申し訳なかったが、無理矢理介入して問題を引き起こすわけにはいかなかった。
 
女性は非常に残念がったが、私の立場も充分に理解してくれた。
で、結局、何の役にも立てないまま引き揚げることに。
帰り際、先々のことについて、役に立つようなアドバイスもできず。
また、気分が変わるような気の利いた言葉を残すこともできず。
私は、自分に対しての後味の悪さだけを残し、惜しまれつつ女性宅を後にしたのだった。
 
 
その後、女性親子がどうなったか、知る由もない。
ただ、悲観的に考えるのは私の悪い癖だけど、女性親子の生活が好転することは想像し難く、また、親子関係が好転することも想像し難く、
それでも、女性は、「娘を守りたい」という母心は持ち続けていくはずで、
しかし、そんな女性だって、確実に年老いていくわけで、そのうち、自分の力だけでは、自分の身も生活も維持できないようになってしまうのは明白で、
そうなると、当人は、どうなってしまうのか、
女性が亡くなって、相続した不動産を金に換えれば、最期まで食べていけるだけの糧は得られるかもしれないけど、社会性も生活力も失くしてしまった当人が、そういった術を使うことができるのか、
病気になったり介護の手が必要になったりしたときはどうするのか、
このまま、朽ちていく家屋の中で、ゴミに埋もれて野垂れ死んでしまうのではないか、
自分が死んだ後、そんな風になることを想像すると、死ぬに死ねない、
老い衰えていくばかりの身体、朽ちていくばかりの家屋、減っていくばかりの貯え、好転の希望が持てない当人の人生・・・女性の苦悩は、察するに余りあるものがあった。
 
 
種類は違えど、精神を病んでいる者としては、私も同類。
そして、引きこもり経験のある私は、一方的に当人を非難できる立場にはなかったし、そんな気も起らなかった。
自分にぶつけきれない鬱憤を女性(母親)にぶつけていい理由にはならないけど、「社会の落伍者」として生きていなければならないことの苦しみは私も理解できる。
非難されても仕方がないことは当人もわかっているはずで、それだけ当人も苦しいはず。
ただ、下り坂で転がりはじめた石を止めるのは簡単なことではない。
いつかは、その気持ちが癒やされる日が来るのか、また、最期までこないのか、誰も知ることができない中で、ただ、一日一日、絶え間なく続く修羅場を、未来志向を捨てて生きるしかなく、まるで、死の際を歩かされるような人生を、死人のようにやり過ごしていくしかない。
 
 
六月中旬、梅雨の候、どんよりした天気が続いている。
梅雨寒の日でも、ちょっと身体を動かしただけで、途端に汗が流れる。
毎年のことながら、この蒸し暑さには閉口する。
とりわけ、一段と体力が衰え、今年は精神も傷んでいるので、一層、堪える。
舞い込む現場も、徐々に修羅場と化してきている。
更に、深刻化する猛暑の夏を想うと、辟易するばかりで、愚痴をこぼす元気さえなくなる。
何もかも放り出して逃げだしたくなる。
 
とにもかくにも、この先も、いくつもの修羅場が私を待っているはず。
まるで、誰かが意図して用意したかのように。
私を打ちのめすためのものか、それとも、一つ一つを乗り越える力をつけさせるためのものかわからないけど、生きているかぎりは、それを受け入れるしかない。
 
ただ、私は、「乗り越えればいいことがある」なんて、安直に受け入れられるような性質ではない。
それでも、「乗り越えればいいことが待っている」という望みは持っていたい。
それが嘘だとはかぎらないから。
本当に、そうなのかもしれないから。
 


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吐気

2022-06-07 07:10:12 | 嘔吐物
「水無月」とも言うのに、六月に入った途端、急な雷雨・豪雨、そして、雹に見舞われるようになった。
今年の梅雨入りは例年より遅くなるようだが、私の精神状態と同様、これから、しばらく、天気・気温ともに不安定かつ不快な日が続く。
私は、もともと、時季に関係なく精神不安定で、年柄年中、虚無感を抱えている人間だけど、このところは、特に気分のUp・Downが激しい・・・
あ、でも、「Downが激しい」と言った方が正確かも。
残念ながら、気分がUpすることは「まったく」と言っていいほどないわけだから。
不眠症も更に重症化し、ここ一か月くらいは、毎晩、変な夢をいくつもみるような始末。
神経質で疑り深い性格が災いしてか、薬の効きもよくない。
時々、朝御飯を食べるときに吐き気をもよおすこともあり、こんな毎日に、嫌気がさしているような始末。
こうして生きていて、楽しいことが何もない、面白いことが何もない。
“こんな日々がいつまで続くのか・・・”と思うと、お先真っ暗、本当にイヤになってくる。
 
雨風しのげる家があり、三食の糧になる仕事があり、衰えてきたとはいえ動く五体があり、退屈に思えるくらいの平和がある。
理屈では、「贅沢な願い」「高すぎる望み」「つまらない欲」だということはわかっている。
「目を向けるべきところが違う」「心の在り方が間違っている」ということもわかっている。
ただ、それが“心”というものの不可思議なところ、“鬱”というヤツの厄介なところ。
どんなに立派な理屈を組み立てて「しっかりしろ!」と揺さぶっても、微動だにしない。
 
吐くまで飲むようなことはないけど、酒量も増えたまま。
「休肝日を復活させたい」と思っていても、酒を前にして、その理性はまったく歯が立たない。
「身体によくない」とわかっていても、「翌朝には鬱状態が待っている」とわかっていても、飲まずにはいられない。
「今夜は飲まないでおこう」と、朝、心に決めても、昼くらいになると その心は完全に折れている。
で、自分に対する言い訳を考え始める。
結局、「今日一日飲んだくらいで病気になるわけじゃない」「今日一日我慢したくらいで元気になるわけじゃない」と、冷蔵庫のウイスキーに手を伸ばすのである。
 
それでも、近年は、割って飲むようにしているから、少しは、身体への負担が減っている・・・と思う。
かつての私は、ウイスキーをロックで飲むことを日常としていた。
咳き込むくらいに濃いヤツを口に含み、舌で転がしながら特有の香りと甘みを楽しんでいた。
そして、それを喉から食道を通して胃に流し込み、五臓六腑に沁みわたらせていた。
その酔いは心地よく、毎晩の楽しみに。
しかし、度数の高い酒は、間接的に肝臓に負担をかける。
そして、胃や食道に直接的に負担をかける。
ほどほどにしておかないとダメなのはわかっていたけど、どうしてもやめられなかった。
 
何がキッカケだったのかは憶えていないけど、あるとき、「このままだと身体を壊すな・・・」
と悟った私は、ハイボールにチェンジすることに。
はじめは薄すぎて口に合わなかったけど、飲んでいるうちに慣れ、今では、美味しく飲んでいる(杯が進むにつれ濃くなっていくのが難だけど)。
とりわけ、たるみやすい胴を持つ中年男にとっては、ビールを飲むより、そっちの方がいいはずだし。
 
先日、「スパークリング日本酒」なるものを、生まれて初めて飲んだ。
“日本酒離れ”を少しでも食い止めようと、酒造元が試行錯誤して商品化したものなのだろう。
私が飲んだのは、とある大手メーカーの一商品。
だから、一概なことは言えないかもしれないけど、まぁ、私の口には合わず!
アルコール度数は5度で、とにかく甘い!甘すぎる!
おそらく、口当たりをよくするために人工的に甘くしているのだろうけど、思わず吐き出しそうに。
しかし、食べ物や飲み物を粗末にするのは大嫌いな私。
とにかく、飲み干そうとがんばった。
が、どうしても口に合わず、二口・三口飲んだところでギブアップ。
結局、そのままで飲み進めることはできず、炭酸水で割ってレモン果汁を足して、ハイボールみたいにして 無理矢理 喉に流し込んだ。
あくまで、個人的な感覚だけど、これがメジャーな酒になるのは難しいと思っている。
 
酔うと、この現実が少し遠ざかるような気がする
イヤなことが頭に浮かびにくくなる
一時でも、気分が軽くなり、鬱気が紛れる。
それが、酒の良さであり、恐さでもある。
しかし、酒が抜けると、ヒドい状態に逆戻り・・・
こんな生活習慣が、自分にとってプラスにならないことはわかっている。
ただの“ごまかし”であることもわかっている。
ただ、心が浮くようなことが他に何もない今の私には、これ以外に策がないのである。
 
 
 
ある日の真夜中、静かに眠っていた電話が 突然 鳴った。
受話器から聞こえてきたのは若い女性の声で、
「ホームページを見たんですけど・・・」
「酒に酔った同居人が吐いてしまいまして・・・」
「“24時間対応”って書いてあるんですが、今からお願いすることはできますか?」
と、かなり慌てた様子だった。
 
女性は、夢中でインターネットを検索して、手当り次第、対応してくれそうな業者に問い合わせたよう。
しかし、色よい返事をしてくれた業者は皆無。
その理由は想像に難くなく・・・
ハッキリ言ってしまえば、嘔吐物の清掃なんて、特殊清掃の中でも雑用中の雑用で、やり甲斐も使命感も見いだせない仕事。
しかも、大したお金をもらえるわけでもなく、更には、真夜中の出動なんて面倒臭くて仕方がない。
業者としては、「やってられるか!」といったところ。
それは、私も同じことで、正直なところ、「面倒臭ぇなぁ・・・」と思いながら、また、うまく断る理由を探しながら女性の話に耳を傾けた。
 
現場は、都内のマンション。
そこの共用通路。
周囲に飛び散った部分があるものの、汚染範囲はそんなに広くなさそう。
ただ、嘔吐物とは言え、侮るのは禁物。
何らかのウイルスが混入している可能性がゼロではないから。
特に、ノロウイルスには注意が必要。
感染力が強く、ちょっとしたことで感染してしまう。
ノロの疑いがある場合は即座に断るつもりだったが、そうでない場合は断る理由もないため、私は、嘔吐の原因があくまで酒であることを、念を押すように女性に確認した。
 
当初は、
「自分でできませんか?」
「そうすれば、余計なお金を使わなくて済みますよ」
と、良心的な装いで親切なアドバイスをしつつ、実際は及び腰だった私。
しかし、
「苦情がきたときのために、“専門業者にキチンと処理してもらった”という事実が必要なんです」
とのこと。
女性は、本当に困っているよう。
また、焦ってもいるよう。
結局のところ、“他に頼れる人がいない”というところに特掃魂が刺激されてしまい、出動することに。
「今が〇時〇分ですから、〇時頃には到着できると思います」
と伝え、閉じたい眼を開け、重い腰を上げた。
 
着いたのは、小規模の賃貸マンション。
出迎えてくれたのは、電話の女性。
やはり、落ち着かない様子。
シ~ンと静まり返った真夜中で、我々は、小声で短い挨拶を交わし、早速、汚染場所へ。
見ると、嘔吐物は、ドア側ではなく柵側ではあったものの、よりによって、隣の部屋の玄関前にベッチョリ。
しかし、マンションの出入口と自宅の位置関係をみると、出入口に近いのは当人宅(女性宅)の方。
つまり、吐き気をもよおした当人は、わざわざ自宅の前を通り過ぎ、隣の部屋の前に着いたところで吐いたということ。
あと、もう少し・・・自宅に入るまで耐えられなかったのか・・・
どうして、他人の部屋の前で吐いてしまったのか・・・
せめて、自室の前で吐けなかったものか・・・
怯えるように汚染個所を見つめる女性が気の毒に思えたことも相まって、まったくの他人事ながらも、私は、悔しいような気持ちでいっぱいになってしまった。
 
女性は、
「隣の人はもちろん、他の住人にも気づかれないよう急いでやって下さい!」
と強く要望。
やけに、他住人から苦情がくることや管理会社から叱られることを恐れていた。
ただ、起こったことはそれなりの事だけと、責任をもって掃除する意思もあり、掃除する手はずも整えたわけで、そこまで心配するようなことには思えず。
それで、私は、
「きれいに掃除すれば大丈夫だと思いますよ」
「念のため、消毒剤と消臭剤も使っていきますし」
と、“おっちゃんに任せとけば大丈夫!”とばかり、カッコつけ気味にフォロー。
すると、女性は、
「他にも、今まで、色々ありまして・・・」
と、気マズそうに口を濁した。
どうも、これまでも、当人は、マンション内で、何らかのトラブルを起こしたことがあるよう。
いわゆる“問題児”“トラブルメーカー”なのか、それも、一度や二度じゃなく、もっと。
しかし、それ以上の話は仕事に必要ない。
女性も話したくはなかっただろうし、私も、愛馬の“野次馬”を馬小屋に入れ、頭を作業の方へ向けなおした。
 
どちらかと言うと、フツーの人が吐き気をもよおすのは、糞便や嘔吐物ではなく腐乱死体のニオイのはず。
しかし、私は、ほぼ平気。
近年では、どんなにヒドい現場でも、重厚な専用マスクを着けることも稀。
その昔、特殊清掃を始めた頃、吐きそうになったことは何度となくあったのに・・・
一方、そんな私でも、人の糞便や嘔吐物のニオイは苦手(苦手じゃない人は少ないと思うけど)。
作業に取り掛かると、嘔吐物特有の酸系の異臭が上がってきて、実際には、吐きそうにはならなかったものの、“オエッ!”となるような不快感に襲われた。
それでも、嘔吐物の清掃なんて、さして難しい作業ではない。
で、ものの30分程度で完了。
痕もニオイも残らず、何事もなかったかのようにきれいになった。
 
作業が終わっての帰り際、玄関先でサヨナラとなって当然の場面だったが、女性は、わざわざ、車までついて来てくれた。
そして、「こんな時間に、本当に助かりました!」「ありがとうございました!」「お気をつけて!」と、私を見送ってくれた。
小さなことだけど、そんな心遣いが自然にできる女性が、私の眼には、一人の“女性”としても 一人の“人間”としても魅力的に映った。
一方の当人は、部屋でダウンしたままだったようで、終始、姿を現さず。
玄関には、男物の靴とサンダルがあったのだが、女性は、「夫」「主人」とか「ダンナ」とは言わず「同居人」と言っていたから、正式な婚姻関係ではなく「同棲相手」ということだろう。
そんな当人に、「酔って吐いた」ということだけで“ダメ人間”の烙印を押すのは、あまりに軽率だし、そもそも、この私も、当人を非難できるような人間ではない。
 
駅のホーム、友人宅の和室、タクシーの窓外・・・若かりし頃のこととはいえ、私も、飲み過ぎて吐いたことが何度かある。
本来なら自分で掃除すべきところ、どこもすべて、誰かが掃除してくれたわけで・・・
私は、一筋の汗も流さず、一円も金も出さず、一言も謝罪せず・・・
「若気の至り」なんて、何の言い訳にもならないことは明白で・・・
本当に、ダメな人間だったし、ダメな人間のまま歳をとってしまった。
私は、そんな複雑な心境を抱えつつ、好印象の女性と、勝手に悪い印象を抱いた当人を天秤にかけ、「若くてチャンスがあるうちに男を選びなおした方がいいかもよ」と、バックミラーに映る女性につぶやきながら現場を後にしたのだった。
 
 
私は、元来、内気でネクラな性格。
それに輪をかけるように患ってしまっている鬱病。
そんな人間と一緒にいて楽しいわけはなく、愚痴をこぼし、弱音を吐く相手もおらず、それを親身に聴いてくれる者もいない。
今は、読んでくれる人の精気まで吸い取ってしまいそうな陰気なブログになってしまっているけど、私にとって、ここは心情を吐露できる場でもある。
また、自分を客観視し、わずかでも冷静さを取り戻すためのツールにもなっている。
こんな みっともない姿を晒しても、「人に読まれて恥ずかしい」という気持ちはない。
そんな虚栄心を持てるほどの元気もない。
 
この先、どこまで持ちこたえられるかわからない。
どこかで潮目が変わるのかどうかも、立ち直れるのかどうかもわからない。
ただ、私が吐く弱音も、こぼす愚痴も、それはそれとして、何かの種に、何かの肥しに、何かの糧にしてもらえれば、私も、少しは、ここに存在している価値があるというもの。
 
今は、それにすがって生きていくしかないのだろう。
私には、まだ、人が生涯をかけて見るべきものが見えていないような、聴くべきものが聴こえていないような、感じるべきことが感じられていないような気がするから。
そして、生きている意味、存在している価値を完全に否定するには、まだ早すぎるような気がするから。


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さみしがり

2022-05-30 07:30:14 | 不用品
まだ五月だというのに、ここ数日、夏のような日が続いている。
ただ、その五月も明日で終わり、もうじき梅雨の時季。
しばらく、ムシムシ・ジメジメと過ごしにくい日が続くことになるけど、例年、私のウォーキングコースの一角には紫陽花が咲く。
今年も、蕾が出ているので、じきに咲き始めることだろう。
そして、雨が降っているときや雨上がりには、その脇の歩道に、生まれたばかりの小さなカタツムリがたくさん這い出てくる。
その姿は、とても小さく、とても可愛らしい。
ただ、彼らは、まったくの無防備で、よくよく見て歩かないと踏みつぶしかねず、その際は、ゆっくり慎重に歩くことが必要。
しかし、道行く人が、皆、私と同じことを心配しているとは限らず、となると、当然、踏みつぶされる子もいるわけで・・・残念ながら、淋しい想いをすることも少なくない。
 
歳のせいか、メンタルが弱っているせいか、このところ、何もかもが淋しく想えて仕方がない。
人間関係もそうなのだが、特に淋しく思えるのは、過ぎ去りし日の想い出。
事ある毎に、「笑顔の想い出は人生の宝物」と言ってきた私。
今も、その考えに変わりはない。
しかし、今は、そこに、極端な淋しさが覆いかぶさってくる。
 
ネクラな私にも、過去には、楽しかった想い出がたくさんあるわけで、それを想い出すたびに、
「もう二度とないんだな・・・」
「もう、この先、あんな楽しいことはないんだろうな・・・」
と、やたらと悲観的に捉えてしまう。
そうすると、生き甲斐が見いだせなくなり、その結果、生きることの意義や、自分の存在価値も見失ってしまう。
 
人生のプロセスには、すべて“時”がある。
すべてにおいて、“始まり”があれば“終わり”もある。
その“時”が過ぎてしまえば、すべておしまい。
時の流れに抗う力がない以上、諦めるしかない、受け入れるしかない。
「元気を出そう!」と、藁をも掴む思いですがりつく“笑顔の想い出”が、更に、淋しさを増長させているような始末。
戻れない時を想うと、戻せない時を想うと、私は、ヒドく淋しい気持ちになってしまうのである。
 
 
 
出向いた現場は、住宅地に建つ一軒家。
建てられてからそれなりの年数が経っており、そこそこ古びて傷んではいたものの、大きな家屋で、ちょっとした豪邸。
新築当初は、きっと、人も羨むような家だったに違いない。
また、下世話な話だけど、当時、結構な建築費がかかったはずだった。
 
そこでは、高齢の女性が一人で生活。
しかし、その昔は、一家五人で生活。
子供達はこの家で大きくなり、夫は会社勤めを続けた。
ただ、時の流れには逆らえず、子供達は成長、独立し、老齢になった夫も死去。
女性も齢を重ね、不自由の多い身となった。
 
私が訪問したとき、女性は、体調を崩して入院中。
で、現場で私に応対してくれたのは、女性の長男(以後「男性」)。
男性にとって、ここは実家で、依頼の内容は、家財生活用品の処分についての相談。
それは、単なる「不用品処分」というより、「生前整理」「終活」に近いニュアンスのもの。
なかなかデリケートな仕事になることが予感される相談内容だった。
 
促されるまま、家の中に入ってみると、広いはずの屋内は手狭な雰囲気。
大型の家具が数多く置かれ、その他の家財もかなりの量。
「ゴミ屋敷」と言うほど、ヒドく散らかっていたり、不衛生な状態になったりはしていないながらも、まるで家全体が、倉庫・物置になってしまったような状態。
あまりの窮屈さに、感嘆の溜め息を漏らしてしまうくらいだった。
 
この家は、男性が幼い頃、まだ若かった男性の両親が建てたもの。
築年数は、約五十年。
長年に渡って買い増されたのだろう、タンスには衣類等がギュウギュウ。
子供のモノから亡き夫のモノまで。
親戚が集まって寝泊りするときに使っていたのだろう、押入には、「旅館か?」と思う程の布団や座布団。
誰かの結婚式などの贈答品だろう、ギフト箱に入ったままの毛布やタオル、鍋やフライパン、コップや皿。
時の移り変わりと共に増えていったのだろう、食器棚には食堂を思わせる程の大量の食器。
その他、大量の割り箸やレジ袋、たたまれた包装紙や紙袋。
居間の物入れの引き出しには、昔出掛けた旅行のパンフレットや泊まった旅館の手ぬぐい、
果ては、ご当地弁当の容器や割り箸の袋まで。
どれもこれも、かなりの年代物。
ただ、これらは、ほんの一例。
一つ一つ説明しているとキリがないくらい。
家中に、五十年の生活の中で手に入れた、ありとあらゆるモノが保管されていた。
 
私にとって、特に圧巻だったのは、二階の子供部屋。
つまり、男性をはじめとする女性の子供達が使っていた部屋。
もちろん、「模様は当時のまま」という訳ではなかったが、部屋に置いてあるモノや しまってあるモノは、ほとんど当時からのモノ。
子供用の勉強机はもちろん、二段ベッドも当時のまま。
押入には、当時の布団をはじめ、箱に入れられた教科書やノート、漫画や玩具も。
ランドセルや学生カバンも。
タンスには、学生服や子供服までも保管。
それ以外にも、とにかく、想い出の残るモノは、徹底的に取り置いてあり、この家に何の想い出もないアカの他人の私でも「懐かしい!」と思ってしまうようなモノがたくさんあった。
 
モノであふれる家を見るにつけ、男性は、それまでも、幾度となく片づけを思案。
しかし、女性が、それをスンナリ認めないことも容易に想像がついたし、また、それは、母親をはじめ、家族の人生を否定するようにも思えて、結局、具体的な行動にまではつながらず。
ただ、そうは言っても、人は、時間には逆らえない。
誰もが皆、過ぎた時間の分だけ歳をとり、老い衰え、やがて死んでいく。
だから、どんなに大切にしているモノでも、どこかのタイミングで始末しなければならない。
どんなに執着しているモノでも、いずれは手放さなくてはならない。
自身もいい年齢になり、更に、女性が病院の世話になるようになって、そのことを悟った男性は、少しずつでも片付けることを決意。
女性に、そのことを相談する意思を固めていた。
 
家は、「異常」と言っても過言ではない状態だったが、女性の心情を察すると、理解できるところもあった。
戦中戦後の、貧しくてモノのない時代を経験した人にとって「使えるものを捨てる」というのは、我々が想像する以上に抵抗があるのかもしれない。
また、“想い出”というものは、心に残るものだけど、忘れ去られやすいものでもある。
しかし、それに関係するモノが物理的に残っている場合は、それに接する度に、当時の温かさを蘇らせることができる。
そうすることによって、知らず知らずのうちに、無機質のモノが擬人化され、“家族同然”みたいな感覚を抱くこともあると思う。
女性にとっては、それらを捨ててしまうことが、まるで、大切な想い出と家族を捨ててしまうような感覚で、大きな淋しさを覚えることだったのかも。
また、自分でも気づかないところで、どことなく、満たされない淋しさを抱えていたのかも。
それで、自分でも気づかないところで、心の隙間を物理的に埋めようとしていたのかもしれなかった。
 
 
モノに対する想いの込め方は、人それぞれ。
モノに想い出を重ねる人もいれば、ドライな人もいる。
私のように、極端に、過去の想い出に縛られる人は、実は、未来志向で生きることが苦手な、さみしがりなのかもしれない。
 
しかし、生き方としては、モノに執着しない方が楽なような気がする。
その人の性格や、その時の精神状態によるのだけど、想い出というものは、心を軽くする浮きになることもあるけど、逆に、心を重くする錘になってしまうこともあるから。
ただ、人によっては、それが簡単でないこともある。
“想い出の品”って、そう簡単に割り切ることも、冷淡に処分することもできるものではない。
 
「心がときめかないモノは捨てた方がいいモノ」「一年使わなかったモノは一生使わないモノだから不要なモノ」と、他人は勝手なことを言う。
そう言われても、当人には「使わないから不要」「使うから必要」といった概念はなく、“使うor使わない”は、問題ではない。
想い出の品が手放せないのは、ただの所有欲とは違う。
何に使うわけでもなく、金銭的な価値がなくても、持っているだけで心が満たされ、心が癒されるのだから。
 
 
私は、これまで、「あれが欲しい!これが欲しい!」と欲張った生き方をしてきた。
余計なモノを手に入れるために、どれだけの時間と労力を費やしてきたことか。
無用なモノを手に入れるために、どれだけの金と気を使ってきたことか。
それだけの、時間・労力・金・気をもっと有用なことへ投じれば、人生はもっと豊かになったかもしれない・・・
しかし、結局のところ、最期は、全部ゴミ。
どんな物持ちも人も、何も持っては逝けない・・・
まま、一生かけて、必死で手に入れた数々のモノは置き去りにするしかない・・・
自分のこの身体だって、ゴミと同じように燃やされてしまうだけ・・・
「この身体も、最期は骨クズと灰クズ」「ゴミ屑も同然」
それを悟ると、モノに対する考え方と自分が出す答が変わってくる。
 
この鬱々とした気分が少しでも変わることを期待して、私は、この春、断捨離することを思い立った。
「死ぬ準備をしておけば、少しは気が楽になるかな・・・」と、ただの“断捨離”というだけではなく“終活”するような気持ちもあった。
というわけで、「想い出は心の中にある」と、今まで捨てられなかったモノも思い切って処分することに。
そして、「こういうことは一気にやった方がいい!」と、先日、そのためだけに休暇をとって一人で作業した。
 
すると、あるわ あるわ、出るわ 出るわ、つまらないモノが、わんさか。
無趣味につき、何かを集めるような収集癖はないのだが、ケチな性分も手伝って、使っていないモノはもちろん、棚・引き出し・押入・クローゼット・収納ケース等には、存在自体を忘れていたり、一体、何のために取って置いたのか、自分でもわからないようなモノまでたくさん。
中には、ホコリにまみれたモノや、カビが出たモノもあり、取って置いた自分をバカにしたくなるようなモノも。
昔の日記や写真、プレゼント、手紙etc、想い出深いモノが現れたときは、思わず声を上げたり、つい手が止まったり、涙が出そうになったりもした。
もちろん、「淋しいなぁ・・・」「もったいないなぁ・・・」といった未練はあった。
それでも、当初の決意を思い出し、思い切ってゴミ袋に放り込んだ。
 
昼休憩はとったけど、朝からやって夕方前には終了。
それで、「処分する!」と決めていたモノの九割くらいは片付けることができた。
残ったモノは、一部の書類と衣類、それから、手紙・写真・日記の類、つまり、想い出深~いモノ。
これらのモノは、最初から「捨てる」と決意していたものではないのだが、それでも「日記くらいは捨てよう」と考えていた。
が、結局、手をつけることができず、「次回にしよう・・・」ということに。
ただ、“次回”も、そんなに先にするつもりはない。
気が変わらないうちに、心が折れないうちに、面倒臭くなる前に、少しずつでも進めたいと思う。
 
今回の“自分始末”は、自分としては思い切ったアクションだったのだが、結果として、メンタルに期待していたほどの変化はなし。
「俺は、この世に不必要な人間なんじゃないか・・・」
「俺の代わりになる人間なんて、いくらでもいる・・・」
そういった淋しさは、ほとんど変わっていない。
まぁ、それでも、「余計なことしたかな?」といった後悔はなく、「片付けてよかった」という気持ちにはなっている。
鬱っぽさは変わらないけど、スッキリした感覚はある。
 
気持ちに変化がないのは、“心の断捨離”できていないから。
気持ちを変化させるには、“心の断捨離”をするしかない。
何の気配もない心配事、自分を陰鬱する勝手な想像、根も葉もない劣等感、勝者のいない敗北感・・・そして、気分を沈ませる過去の記憶・・・
探してみると、心の中には、捨てた方がいいモノがたくさんある。
手放すべきものは手放し、捨てるべきものは捨て、身も心も軽くなれば、この淋しさも、いくらか癒えるかも。
 
必要なのは、「勇気」と「決意」と「覚悟」。
勇気を出さず、固い決意も、強い覚悟もないままで、変化だけを求めるなんて、人生にも世の中にも、そんな虫のいい話はない。
しかし、いつになったら、それらを持てるのか自分でもわからない。
どちらにしろ、こんなに弱っているうちは無理そうだから、もうしばらくは、淋しい人生をしのいでいくしかなさそう。
 
「今の苦しみは、明るい未来に向かうための“鍛錬”“荒療治”、そして、“吉兆”」と、無理矢理にでも自分に信じ込ませて。




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親心 子心

2022-05-19 07:00:30 | 腐乱死体
五月に入り、梅雨のような日や、寒暖差が激しい日が続いたが、ここにきて、やっと、この時季らしい陽気に恵まれるようになってきた。
次の波が来ないとも限らないが、幾度となく社会と人々を苦しめてきたコロナも派手な動きを見せないようになってきている。
マスク着用の要否も議論され始めている中、先日の11日、私も、ワクチン三回目を接種してきた。
自宅近くの病院で、結局、三回ともすべてファイザー。
「今日は激しい運動は控えて下さい」と看護師から言われたが、残念ながら、夜になっても、一緒に“激しい運動”をしてくれる相手はおらず、いつも通り、おとなしく酒を飲んで就寝。
何はともあれ、三回とも、副反応は腕(肩)の痛みのみで、倦怠感も発熱もなく、仕事にも影響なく済んで助かった。

高齢の両親も、幸い、コロナに感染することなく今日に至っており、しばらく前に三回目の接種も終えている。
しかし、すんなり受け入れた父とは違い、当初、母は、得体の知れないワクチンを打つことに難色を示していた。
母は、肺癌と糖尿病、基礎疾患の中でも「コロナにかかると最も危ない」とされる病気をWで患っているわけで、おまけに高齢ときている。
したがって、大多数の専門家と同様、私は、「ワクチンを打つリスクより、打たないデメリットの方がはるかに大きい」と判断した。

それで、その辺のところを幾度となく説明。
脅して強制するつもりは毛頭なかったが、
「その身体でコロナにかかったら命はないよ!」
「“打たない”という選択肢はあり得ない!」
「自分のためだけじゃないよ!」
と、接種を強くすすめた。
かつて、よくやらかしていた親子喧嘩にならないよう気をつけながら。
すると、私が本気で心配していることが通じたのか、しばらくして、母は、やっと承諾。
同地域同年代の人には遅れをとったものの、無事にワクチンを接種することができ、ひとまず、安心することができたのだった。



訪れた現場は、古い賃貸マンションの一室。
間取りは、今では少なくなってきた和室二間と台所の2DK。
その一方の和室で、暮らしていた高齢女性が死去。
「ありがち」とはおかしな表現かもしれないが、ここまでは“ありがち”な孤独死。
しかし、ここからが、あまりないケース。
故人は、亡くなってから半年余り経過して発見されたのだった。

半年も放置されると、当然、遺体は、それなりに腐敗。
ただ、気温が下がり始める秋に亡くなり、上り始める春に発見されたわけで、山場は、低温・乾燥期の冬。
畳には、人のカタチが残留し、頭があったと思われる部分には、白髪まじりの頭髪が大量に残留していたものの、それでも、その汚染は軽症。
また、異臭は発生していたが、「外にまでプンプン臭う」といったほどでもなし。
ウジ・ハエの発生もほとんどなし。
おそらく、その身体は、「腐敗溶解」という過程ではなく、「乾燥収縮」という過程を踏んで傷んでいったものと思われた。

家賃も水道光熱費も、銀行口座からの自動引き落としになっていたのだろう。
そして、同じマンションで親しく付き合っている人もいなければ、わざわざ訪ねてくる人もいなかったのだろう。
また、無職の年金生活者であって、社会との関りも希薄だったのだろう。
高齢につき、ネット通販を利用するようなこともなかったか。
ただ、故人は、天涯孤独な身の上ではなく、息子とその家族がいた。
それを考えると、「半年」という時間は、決して、短い月日ではなく、私には、長すぎるように思えた。

依頼者は、その息子(以後「男性」)。
母親の孤独死したことを半年も気づかずにいたことに罪悪感みたいな想いを抱いているようで、気マズそうにしながら、
「家族の恥をさらすようですが・・・」
と前置きし、発見までの経緯を話してくれた。

男性宅は、もともと男性の両親が建てたもので、現場とは駅の反対側、現場からそう遠くない距離にあった。
そして、数年前まで、男性家族と故人は、一つ屋根の下で同居していた。
ただ、家族といえども、一人一人の人間であり、人間関係に多少のギクシャクがあっても不自然なことではない。
また、「どっちが正しい」とか「どっちが悪い」とかいう問題ではなく、人には「相性」ってものがある。
相性が合わない同士は、どうしたって合わない。
ただ、生計を一にする家族である以上、相性がどうのこうのとワガママは言えない。
お互い、ある程度は、尊重と我慢をしなくては生活が成り立たない。
しかし、それにも限界があるわけで、限界を超えてしまうと、その生活は保てなくなる。
それを理解していたのだろう、もともと、“一枚岩”の家族ではなかったものの、皆がテキトーなところで折り合いをつけることによって、何とかうまくおさまっていた。

転機となったのは、男性の父親(故人の夫)の死去。
「家族の重石がなくなった」というか「規律を失った」というか、家族関係のバランスをとっていた支柱がなくなったみたいな感じで、それ以降、目に見えない何かが変わっていった。
露骨に変わったのは、嫁(男性の妻)と故人。
それまでは、お互い、抑えるところは抑えて、耐えるべきところは耐えてきたのに・・・
「これからは自分の天下」とまでは思っていなかっただろうけど、それぞれ、自分でも気づかないうちに気持ちが大きくなっていったよう。
その結果、家事の分担、家計費の分担、共用スペースの使い方、食事の好み、生活スタイルやリズム等々、些細なことで二人はぶつかるように。
嫁姑の確執なんて、家族間にありがちな揉め事の代表格なのだが、日を追うごとに、その関係は悪化していった。


ここからは、私の想像も含まれるけど・・・
もともと、自分達夫婦が建てた家にやってきた新参者(嫁)が、年月が経つにつれ、自分より幅を利かせるようになってきた。
「老いては子に従え」とも言うが、老いた者にだって自尊心やプライドはある。
年寄り扱いするだけならまだしも、疎まれ、邪魔者扱いされるのは我慢ならない。
必要のないところでも上下関係をつくりたがるのが人間の悪い性質だったりするのだが、居心地が悪くなってくるばかりか、この家で一緒に生活すること自体が苦痛になり、故人は、別れて暮らすことを思案。
「息子家族を追い出すより自分一人が出ていく方が諸々の影響が少ない」と判断し、結局、自分一人が出ていくことに。
高齢で始める一人暮らしのハードルは低くない中で、それでも意地を通すべく、地元の知り合いをツテに、今回、現場となった部屋を見つけ、そこに移り住んだ。

比較的、中立的な立場にあった男性は、時には妻の味方になり、時には母親の味方になり、何とかうまくやろうとしていたのだろうと思う。
しかし、男性には男性の生活がある。
そしてまた、家族のためだけではなく、自分のために生きていい人生がある。
争い事があまりに多いと、いちいち関与していられない。
また、その種があまりに小さいと、いちいち仲裁に入っていられない。
そんな男性の心情や事情は、充分に察することができた。

事実上のケンカ別れだから、以降、双方、関わり合いになろうとせず。
互いに行き来することはもちろん、電話やメールで連絡を取り合うこともなし。
盆暮れのイベントや誕生日などの記念日もスルー。
他人以上に他人行儀な関係に。
“意地とプライドの戦い”でもあったのか、結局、それは最期まで続き、あまりに変わり果てた姿での再会となってしまったのだった。


「それくらいは私がやります・・・」
と、男性は、台所にあったレジ袋を手に遺体痕の方へ。
そして、遺体頭部の脇にしゃがんで合掌。
それから、そのレジ袋を手袋の代わりにして、腐敗体液と混ざって畳にへばり着いた頭髪を、むしり取るようにベリベリと引き剥がし始めた。
時々、小さな溜め息をこぼしながら。

男性が、何を想いながら故人の遺髪を掴み取っていったのか・・・
供養の気持ち、感謝の気持ち、後悔の気持ち、謝罪の気持ち、色々な想いが交錯していたはずで、それを察するに余りあるものがあり・・・
その作業は、本来、私がやるつもりだったことだが、口出しはせず。
「お母さん、天国で喜んでいると思いますよ」なんて歯の浮くようなセリフは、とても吐けたものではなかったが、まんざらそう思わなくもない中で、私は、男性の後ろから、泣いているかのように震える背中を黙って見ていた。
時々、小さな溜め息をこぼしながら。



人間という生き物の性なのだろうか、小さなことのこだわりが捨てられず、意地になってしまうことってよくある。
自分が不幸になることに気づかず、自らの手で、大切な人を蔑ろにしてしまうことも。
時間が経ち、頭が冷えた頃になって、自分で自分がイヤになるほど悔やんだり、情けなくなったりすることもしばしば。

かく言う私も、これまで、随分と小さなことに引っ掛かり、随分と小さなことにつまずいてきた
それで、随分と親子喧嘩を繰り返してきた。
とりわけ、母親とは、子供の頃から、ほんの数年前まで頻繁にケンカ。
顔を合わせたときにかぎらず、電話で何気ない会話をしているうちにケンカになったことも多々。
長い間、絶交状態になったことも、「もう、一生、会えなくてもかまわない」と、頑なに心を冷たくしたことも一度や二度ではない。
しかし、もう、父は八十五、母は八十になり、この私も、結構な年齢になっている。
「もう、先が短いことが見えている」というか、ここまでくると、小さなことにこだわっている場合じゃない。

今となっては、親不孝を悔いることもしばしば。
両親共働きで、中学から私立の進学校へ。
貧乏しながら行かせてくれた大学でも、車やバイクを乗り回し、酒と女の子との遊びに興じ、勉学より優先して得たバイト代も、親に何か贈るどころか、すべて遊び代に費やしてしまった。
挙句の果てが、社会の底辺を這いずり回るような“死体業”への就職と、不名誉極まりない“特掃隊長”への就任。
こんな親不孝・自分不幸が他にあろうか・・・
あれから三十年経つのに、今でも自分の生活を維持するのが精一杯で、何の恩返しもできていない。
もう、申し訳なさ過ぎて、情けなさ過ぎて、この世にいる価値さえ見失いかけている。
そしてまた、そのことに、いい歳にならないと気づけなかったことが、とても恨めしく感じられている。

父や母に、私がやってあげられることがあるとすれば、孤独死腐乱した場合、誰にも負けないくらいシッカリ掃除することくらい。
冗談じゃなく・・・ホント、ガッカリなことだけど・・・
でも、もし、そうなったら、一生懸命!やろう・・・
異臭と汚れと残留汚物を、涙と汗で流しながら。
そして、この先、自分が死の床についたら、ロクに動かせなくなった身体と、ロクに動かなくなった頭で、病院の天井を見つめながら、最期を悟りながら、できるかぎり想い出そう・・・
父と母が与えてくれた“笑顔の想い出”を、後悔と謝罪に勝る、喜びと感謝の気持ちを抱きながら。

「親の心、子知らず」「子の心、親知らず」
それでも、いくつになっても親は親、子は子。
有限の命にある その愛と絆は無限。
こうなってしまった私の人生は もう仕方がないし、孝行らしい孝行ができるとも思えないけど、頻繁に会えない代わりに、メールや電話は こまめにしようと思っている。
そして、あまり無理をしないで、でも、無理をしてでも長生きしてほしいと思っているのである。



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生と死 権利と義務

2022-05-09 07:00:00 | 特殊清掃 自殺
五月に入り、色とりどり、街や野山のあちらこちらでツツジが満開の盛りを迎えている。
そんな中、長~いGWが終わった。
懐が寒くなっている人、渋滞や人ごみに疲れた人、飲み過ぎ食べ過ぎで太った人など、様々な人がいそう。
とにもかくにも、久しぶりに政府や自治体による規制らしい規制がないGWで、多くの人が、その ひと時を楽しんだことだろう。
そして、そこでは、多くの“笑顔の想い出”が生まれたことだろう。
今は気づいていないかもしれないけど、この先、それは、“人生の宝物”になるもの。
だから、次の楽しみを追うばかりではなく、これはこれで、大切に、大切に、心にしまっておいた方がいい。
先々、自分を癒し励ましてくれることがあるかもしれないから。

併せて、今日から再び仕事の人も多いだろう。
家族から解放されてホッとしている人、再びの労苦に向かって憂鬱になっている人、様々か。
憂鬱になっている人にとっては、キツいところ。
そのうちに慣れてくるのだろうけど、とりわけ、新入社員や新入学生などは、五月病にならなければいいけど。
現実逃避からくる退職・退学等の間違いが起こって、私のような人生を歩くことになったら、目も当てられないからね。

私の場合、GW明けとか、まったく関係なく、毎朝、キツい思いをしている。
毎朝、起床前の数回、ほんの数秒から十数秒なのだが、「波」というか「発作」というか、胸の内を得体の知れないものが襲ってくる。
鬱にも慣れたこの頃は、それが「来そう」「来てる」「過ぎた」というのが自分でもわかる。
うまく言葉では言い表せないけど・・・
奈落に突き落とされるような恐怖感、暗闇を彷徨うような不安感、追い詰められるような切迫感、動悸がするほどの緊張感、息をするのもイヤになるくらいの虚無感・・・すべて自分の中で起こっていることながら、身の危険を感じるときもある。
あくまで、個人的な憶測だけど、ビルからの飛び降りや電車への飛び込み等、衝動的な自殺の場合、当人は、この症状に見舞われているときが多く、瞬間的な感情に動かされてしまうのではないかと思う。



「自殺があった部屋なんですけど・・・」
取り引きのある不動管理会社から、現地調査の依頼が入った。
日本人が自殺する場合、「縊死」、つまり、首をくくることが多いのだが、自刃の場合は“血の海”になっていることも多く、念のため、私は、そのことを質問。
すると、担当者は、
「“首吊り”です・・・」
と、声のトーンを落として返答。
発見に至った経緯や汚染・異臭の具合も訊きたかったけど、それ以上、担当者の気分を沈ませては申し訳なかったので、“現場に行けばわかること”と、私は、質問の言葉を飲み込んだ。

希望された調査日は、それから数日後。
訪れた現場は、閑静な住宅地に建つアパート。
軽量鉄骨構造で、「マンション」とは呼ばないものの、「アパート」と呼ぶには高級。
外観もきれいで、同地域の木造アパートに比べると、間違いなく家賃は高いはずだった。

早めに到着した私は、建物の前で待機。
すると、程なくして、二人の男性が現れた。
一人は、電話で話した管理会社の担当者。
そして、もう一人は中年の男性で、故人の遺族(以降「男性」)。
落ち着きのない物腰と、怯えたような表情から、故人とは、かなり近い血縁者であることが伺えた

通常の孤独死でも充分ショッキングなのに、自殺となると、男性も、心中、穏やかではいられないはず。
通常の精神状態ではなく、デリケートな状態、ナーバスになっていても不思議ではない。
私は、前もって、遺族が来ることを知らされておらず。
だから、そんな男性を前に、私は、やや緊張。
どんな表情で、どんな物腰で、どんな言葉遣いで接すればいいのか、ない知恵を絞って思案した。

現場の状況については、「担当者に会った時に訊けばいい」と考えていた私。
しかし、男性が一緒となると、なかなか訊きにくい。
結局、死後どれくらいで発見されたのか、汚染や異臭はどんな具合か、状況は不明のまま、短く挨拶を済ませただけで、我々は部屋の方へ。
玄関前に着くと、担当者は、カバンから鍵を取り出し、何の躊躇いもみせず、ドアの鍵穴に差し込んだ。

部屋が凄惨な状態になっている場合は、一番先に私が入ることが多い。
もっと言うと、私しか入らないことが多い。
しかし、ここでは、鍵を開け、ドアを引いた担当者は、迷うことなくそのまま入室。
次いで男性も。
中が汚い場合は土足のまま、またはシューズカバーをつけて入ることが多いのだが、二人とも玄関で靴を脱いで。
部屋を見るまでもなく、もう、それだけで「軽症」であることが判明した。

部屋に入ると、室内に家財はなく、空っぽ。
また、汚染らしい汚染もなく、異臭らしい異臭もなし。
というか、これから誰かが入居してくるのはないかと思われるくらい、かなりきれいな状態。
事情を知らずに一見すると、部屋を探している人を不動産会社が案内しているのかと見まがうくらいの画で、私は、逆の意味で驚いた。

間取りは1DK。
「この辺です」
部屋に入ると、担当者は、そう言って、遺体があった辺りを指さした。
そして、
「床に、少し体液がついていたようですけど、〇〇さん(男性)が掃除されたそうです」
と説明。
残っていた家財も男性達遺族が片付けたようだった。

「ところで、私は、何をやれば・・・」
特段の汚染も異臭もない部屋で、自分がやるべき仕事を計りかねた私は、そう質問。
「床の清掃と部屋の消毒です!」
担当者は、男性に気遣う素振りもみせず即答。
「大家さんが強く希望されているものですから」
と、言葉を続けた。
しかし、「掃除」と言っても、既に床はピカピカ、「消毒」と言っても、部屋は充分に清潔な感じ。
しかし、大家は、それを強く希望。
担当者は、更に言葉を続け、
「その後、床と天井壁のクロスは貼り替えます」
「水周りの設備をどうするかは検討中です」
と、大家の“要望”・・・というか、”命令”を代弁。
私は、内心で、“どうせ貼り換えるなら、清掃も消毒もいらないんじゃないかな・・・”とも思わなくもなかったが、それを口にしても自分の得にはならないので、黙って聞き流し。
男性も、故人の身体あったところの床を見つめながら、黙ったまま反論もせず。
この流れからすると、「向こう〇年間、通常家賃の〇%を補償していただきます」といった家賃保証の問題がでてくるのも時間の問題だった。

担当者としては、この痛ましい現実に対して、いちいち男性に気遣って、その心情を汲んでいては仕事にならない。
親切のつもりで感情を移入すると、それが、精神的な負担を重くすることもある。
担当者は、横柄な態度をとるとか、偉そうな口調で話すとか、そんなことはなく、男性に対する礼儀をわきまえつつも、男性の顔色をうかがうことなく、一方的、且つ、やや事務的に大家の意向を伝えていった。

同時に、私は、大家の心情も察した。
大家は、ありきたりのアパートを建てて、ありきたりの家賃を得るより、付加価値の高いアパートを建てて、地域相場より高い家賃を得ることを選択したのだろう。
もしくは、結構な資産家か。
どちらにしろ、アパートへの愛着もあれは思い入れもあって当然。
しかも、問題は、この部屋だけのことでおさまる保証はない
「気持ち悪い」と、他の部屋の住人が出ていく心配もある。
「あそこのアパートで自殺があった」等と、一部屋だけの問題ではなく、アパート全体が風評被害に遭って、他の部屋まで家賃を下げなければならなくなる可能性だって充分にある。
ただの孤独死なら、ある種の不可抗力な出来事でもあるが、事情はどうあれ、あくまで自殺は「故意」。
大家は、その事実に対して、大きな嫌悪感を抱き、強い憤りを覚えていたのではないかと思われ、そんな気持ちを考えると、遺族に対する要求は理不尽なものとも思えなかった。

成り行きで、私は、その場にいたのだが、担当者と遺族がやりとりする中では無用の存在。
極めてデリケート、かつ故人や男性のプライバシーに関わるような話だから尚更のこと。
しかし、そこに、「用は済んだので、私は引き揚げます」と口を挟めるような雰囲気はなく、結局、黙ってその場に滞在。
そして、マジマジと見つめたわけではなかったが、担当者が何かを言うたびに、私のチラチラとした横目視線は、自然と遺族の方へ。
無表情の中にも滲み出る心情があり・・・
下衆の野次馬根性がありながらも、独善的な感傷がありながらも、私の頭は、その心情を読んでいった。

亡くなったのは、男性の息子。
年齢を訊く立場にはなかったけど、男性の年齢からすると、故人は若かったはず。
若くして逝った故人の苦悩はいかばかりだったか・・・
残された遺族の嘆き悲しみはいかばかりか・・・
抱えきれない苦悩を抱え、負いきれない重荷を負い・・・
倒れないでいるだけでやっと、潰されないでいるだけでやっと・・・
生きているだけでやっと、やっと生きている・・・
担当者の口から出る言葉に対して、男性は、短い質問こそすれ反論はせず。
反論したいことがなかったわけでもなく、大家の言いなりにもなりたくなかったはずだけど、故人がやってしまったことを大家の立場になって考えると言い返す言葉も見つからなかったのだろう。
私の目には、床に視線を落としたまま黙っている男性が、
「息子はそんなに悪いことをしたのだろうか・・・」
「これだけ人に迷惑をかけてるんだから、やはり、悪いことをしたんだろうな・・・」
と、無理矢理、自分を納得させ、
そしてまた、
「育て方が悪かったんだろうか・・・」
「助けてやる方法はなかったんだろうか・・・」
と、深く悔やんでいるように見えた。
そして、私は、そんな男性の姿に、何も及ぼせない過去を痛感させられ、男性にとって、何の役にも立たない哀れみや同情心をともないながら、ただただ小さな溜め息をつくのみだった。


「自殺」というものは、痛ましいことであり、悲しいことであり、憐れむべきことかもしれない。
しかし、往々にして、「自殺」は悪行とみなされ、故人だけでなく遺族まで罪人のような扱いを受ける・・・
やったのは故人で、遺族ではないのに、いわば、故人の身代わりとして、重荷を背負わされる。
同時に、同じ、一人の死でも、“自殺”となると、同情心はなかなか湧いてこず、疑義や咎める気持ち、場合によっては嫌悪感や恐怖感が沸いてきやすい。
特に他人は。
これも、また現実。
正邪・善悪で片付けることができない中でうごめく悩ましい現実。
しかし、これを「冷酷」と非難することはできない。
もともと、生存本能をもつ人間は、“死”に対して嫌悪感や恐怖感を持っているものだし、自ら命を絶つことに対して、更に強い感情を抱くことも自然なことだと思われるから。

私は、これまで、遺族・利害関係者・他人に関係なく、「自殺」という事象によって甚大な害を被った人々の悲哀や苦悩もたくさん目の当たりにしてきた。
そして、残念ながら、これからも、自殺現場に携わることが少なからずあるだろう。
それでまた、己のメンタルにダメージを受けることもあるだろう。
また、百歩譲って、それで故人は救われるのかもしれないけど、残された人は、誰一人、幸せにはならない。
それどころか、未来に向かって持っている、幸せに生きる権利さえも奪いかねない。
だから、故人を責める気持ちになれないのも事実だけど、私は、決して「自殺」というものを肯定しない。


生きることは権利なのか、それとも義務なのか・・・
不幸の底にいると義務のように思えてしまうこともあるけど、実のところは権利。
行使していいもの。
また、死ぬことは権利なのか、それとも義務なのか・・・
絶望の淵にいると権利のように思えてしまうこともあるけど、実のところは義務。
履行されなければならないもの。
つまるところ、“生きることは権利”であり“死ぬことは義務”であるのが、本来のあり方のように思う。
生きる義務の履行中は死ぬ権利は行使できず、生きる権利を行使している中でも死ぬ義務は履行される・・・つまり、いつまでも生きていたくても、いつか死ななければならないのだから。

本来、権利である“生”を義務として履行せず、本来、義務である“死”だけを権利として行使するのは、虫が良すぎやしないだろうか・・・
しかし、私は、今、義務的に生きてしまっている。
程度に差はあれど、生きにくくなる一方の現代社会には、似たような人も少なからずいそう。

「俺には、俺が生きる権利を奪う権利はないよな・・・」
「死ぬことは、義務として定められているんだから、そんなに、生きることを恐れる必要はないのかもな・・・」
私は、混乱している頭でこの文を打っている自分に、そう語り掛けている。
そうして、やっとの想いで、明日への命を繋いでいるのである。
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泣き虫

2022-04-28 07:00:00 | 自刃自殺
四月も末になり、日によっては、暑いくらいの陽気に。
それにしても、「春暖」というものは、とても心地よい。
秋涼の十月ともども、一年のうちで四月は、心にも身体にも優しい時季である。
また、新年度で、新たな人生や生活をスタートさせた人が多い時期でもあり、私には関係ないこととは言え、それだけでも、少しは新鮮な気分が味わえる。
が、しかし、現場で作業する上では障害になることも少なくない。
やはり、気温が高いと体力を消耗しやすい。
また、孤独死現場などでは、汚染と異臭が深刻化しやすく、ということは、それだけ作業もハードになるわけで、体力消耗と併せると「三重苦」になってしまうのである。

とはいえ、春の陽気なんて、まだまだ序の口。
この後には、蒸し暑い梅雨がきて、猛暑の夏がやってくる。
今の時季でも、既に「ツラいなぁ・・」と感じることがあるのに、夏になったら、どんなヒドい目に遭うことになるのか・・・
もう、過酷な夏はイヤと言うほど経験しているけど、加齢にともなう衰えを携えての夏は、毎年、初めて。
衰えるばかりの中、今年も、それを受け入れるしかないわけだけど、本音を言うと、もうウンザリ・・・
身体が壊れるのが先か、精神が壊れるのが先か、どうしたって明るい気持ちにはなれない。

しかし、世の中は、明日から、嬉しい 楽しいGW。
一般的に、今年は4月29日~5月8日の十連休か。
コロナ禍も、「BA.2」とか「ⅩE」と言われる変異種も流行ってきていて微妙な感じだけど、重症化のリスクを鑑みると、人々は活発に動きそうな雰囲気。
政府や自治体による大きな規制もないし、一昨年・昨年に比べたら、多くの人が、帰省・旅行・飲食等を楽しむのだろう。
「十連休」なんて、まったく縁のない私には夢のような話。
それでも、人々が休暇を楽しんでいる姿を目にすると、ホッとするものがある。
休暇はなくても、そんな平和な社会に自分もいられるわけで、それはそれで、ありがたいことだと思っている。

それにしても、何日も遊び歩くには、相応の費用がかかるだろう。
時間があっても金がなくちゃね・・・
十日間、ずっと遊び通せるのは、そこそこ裕福な人か。
旅行で何泊もし、名湯に浸かり、アトラクションを楽しみ、おいしいものを食べ、欲しいものを買う・・・
それとも、金をかけずに時間を楽しむ術を知っている人か。
ドライブやツーリング、スポーツやアウトドアレジャー、読書や散歩等々・・・
他人の懐事情は私には関係ないことだけど、結局のところ、その両方とも持ち合わせていない私みたいな人間は、長期休暇なんかない方が幸せなのかも?
金も趣味も友達もないのに時間だけできたとしても、外に出ることさえ面倒臭くて、部屋に引きこもったまま昼間から酒を飲むか、眠くもないのに布団でゴロゴロするのが関の山。
そんなことしてたら、身体や精神を余計に壊してしまうだろうから、長期休暇やレジャーは、頭で妄想するだけに済ませた方がよさそうだ。



訪れた現場は、住宅地に建つフツーのアパート。
目的の部屋は一階の一室。
玄関前には、薄っすらとしたコゲ茶色の汚れが点々。
よく見ると、そのカタチは靴の跡。
一般の人だったら気にも留めない汚れだろうけど、私は、それをマジマジと注視。
それが、遺体を搬出する際に警察が残していった血の靴跡であることは、ほぼ間違いなかった。

現地調査を依頼していたのは、このアパートを管理する不動産会社。
私は、そこから「室内で事故があった」とだけしか聞いておらず。
一体、それがどのような事故なのか、室内のどこで起こったのか、それで住人がどうなったのか、まったく知らされておらず。
とにかく、部屋をみて、必要となる対策を提案するよう言われていただけ。
しかし、玄関前の足跡は、私の期待なんか無視して、室内が軽症であることを真っ向から否定。
汚染が、軽くてもミドル級以上であることは、ドアを開けずしても察することができた。

イヤな予感は的中。
玄関ドアを開けると、床は一面ワインレッド。
血で彩られた無数の足跡が重なり、肴のウロコのような紋様がビッシリ。
それだけでも充分に衝撃的な光景だったのだが、それは、まだ序章。
本当の現場は、その脇にあるユニットバスで、私は、扉を開ける前に浴室電灯のスイッチを入れた。

すると、扉の半透明アクリル板の向こうには、「赤」が映し出された。
普通の浴室なら、「白っぽい黄色」もしくは「黄色っぽい白」のはず。
しかし、ここは、「くすんだ赤」。
こうなると、浴室で何が起こったのか、浴室がどういうことになっているのか、だいたいの想像はつく。
もう、ミドル級どころか、おそらく、ヘビー級。
私は、大きく溜息をついて呼吸を落ち着かせ、浴室から視線を避けながら扉を開けた。

すると、目の前には衝撃の光景が・・・
浴槽にたまった水は真っ赤、洗い場の床も壁の下部も真っ赤・・・
それに加えて、あちらこちらに手足の跡による濃淡や紋様が・・・
所々には血塊が黒く光っており、故人に悪い言い方になるけど、まるで地獄絵図・・・
何かよくないものに囲まれたような錯覚を覚え、こういうところには慣れているはずの私の背筋にも強烈な悪寒が走り、また、何かの感情が揺さぶられたのだろう、その目には滲むものがあった。

不動産会社が伝えてきたように、「事故」と言えば事故なのかもしれない・・・
しかし、正確に言うと、「自傷行為」。
当人が亡くなったかどうかは断定できないけど、残された血は大量で、残された血痕は重症で、出血がかなりの量だったことを裏付けており、医学的知識がない私でも「これじゃ、とても生きちゃいられないだろう・・・」と思うほかなく・・・そうなると、私の思考は、不本意でも、「自殺」というところに着地するしかなかった。

部屋に残されたものから、故人の氏名・年齢が判明。
私より少し若い男性だったが、ほぼ同年代。
どんな経緯があったのだろうか・・・
重い苦悩を抱えていたのだろうか・・・
無邪気に人生を楽しめていた頃もあっただろうに・・・
精力的に生きていた頃もあっただろうに・・・
故人の生い立ちは知る由もなかったが、同年代男性の衝撃死は、私の胸に深い溜息と重苦しい鉛を投げ込んできたのだった。

現場がどんなに凄惨であろうと、作業がどんなに過酷であろうと、私は、一人でできる作業は一人でやる主義。
当然、この現場もそう。
「これをやらなきゃならないのか・・・」
「我ながら、よくやるよな・・・」
嫌悪感と恐怖感と同情心が、ゴチャゴチャに混ざり合った“トホホ・・・”な感情を抱きながら、私は、汚染具合を充分に確認して後、ひとまず現場を後にした。

それから数日後のある夜。
私は、いつものように一人で晩酌。
そんな中、何を考えていたわけでもなかったのに、ふと、この現場のことが頭に浮かんできた。
あの、凄惨な、真っ赤な光景が・・・
すると、徐々に、気持ちがグラグラと動揺。
そして、少しすると、目に涙が滲み出てきた。
酒に酔っていたせいもあるのだが、意味不明なことに、滲み出た涙は、こぼれ落ちるくらいに。
いつもの濃いハイボールを飲みすすめながら、血に染まった現場を思い出し、背中を丸めて黙々と掃除する自分の姿を想い浮かべると、泣けてきて・・・泣けて泣けて仕方がなかった。
「やりたくない」というか、「惨め」というか、何かが悲し過ぎて・・・
おそらく、故人への同情と哀れみと、自分への同情と哀れみが、酔った頭の中でグチャグチャに混ざり合って、消化できない想いが涙となって流れ出たのだろうと思う。

作業の日。
特に腹をくくってきたわけでもなく、自分を奮い立たせてきたわけでもないのに、同情心こそ残っていたものの、覚悟していた嫌悪感や恐怖心はまったく湧いてこず。
それどころか、気持ちは至って冷静。
動揺も狼狽もなく、あったのは、同士的感覚で、故人に話しかけるように、「大丈夫!すぐにきれいになる!」と、独り言を繰り返しながら黙々と作業。
“ノリ”としては、まるでライト級の現場でも片づけるかのよう。
その揺るがない感覚は、自分でも不思議なものだった。

ただ、作業自体は決して楽には進まず、なかなか難儀なものに。
汚染度は深刻かつ広範囲で、赤に囲まれた雰囲気もなかなかの圧力。
また、血塊となった部分は石のように固く、なかなか除去できず。
自分の作業によってきれいにできたところが、別の作業で汚れてしまうような始末。
自分で自分の手際の良さを褒めながら、また、自分で自分の段取りの悪さを責めながらの作業となった。

しかし、労苦の甲斐あって、あれだけ赤かった浴室は、もとのベージュ色に回復。
血生臭かったニオイも消えた。
言われなければ、ここで何が起こり、どれだけ汚れていたのかも、知れることはないくらいに。
また、頭の中で、特殊清掃のBefore・Afterを比べると、自分でやったことにも関わらず、まるで夢でも見ていたかのように思えるくらい浴室はきれいに。
その様子を見て、私は安堵。
ちょっとした達成感もあった。
ただ、その中には、故人と自分に対する妙な虚しさや悲しさもあり、再び、私の目は潤んだのだった。


平均的に考えると、私の人生は三分の二が過ぎた。
残されているのは、あと三分の一。
それも、頭も身体も衰えていくばかりの“下り坂”。
そこに、どういった夢や希望が抱けるというのか・・・
どういった夢や希望を抱くべきなのか・・・

この故人も、苦悩を抱えていたのだろう・・・
「人生に苦悩はつきもの」と頭でわかってはいても、心がそれを受け入れない。
「悩んでいるうちに人生は終わる」と頭でわかってはいても、その時間に耐えられない。
心で泣き、顔で泣き、苦悶の涙を流したこともあっただろう・・・
「死にたくはないけど、生きているのもイヤ」といった苦境に陥ったことも何度となくあったかもしれない。

人生は、思い通りにならないもの。
だから、耐え忍ぶことが必要。
そして、耐え忍ぶことは尊い。
しかし、それに潰されてしまいそうになることもある。
ただ、人には、我慢しなくていいことがある、我慢しない方がいいことがある。
また、人生には、我慢しなくていいときがある、我慢しない方がいいときがある。


人は、涙を流すことで癒されたり元気がでたりすることがあるのだそう。
ストレス多き現代社会には、「涙活」という言葉もあるくらい。
諸説・異論もあるだろうが、能動的に涙を流すことでストレスが発散できるらしい。
ただ、口に唾液があるように、鼻に鼻水があるように、目に涙があるのにも意味があるはず。
ということは、「泣く」ということは、まんざら悪いことだけではなさそうだ。

泣きたいことがたくさんある私は、現実にも、泣いてしまうが多い。
ほとんどは一人きりのときだけど、人前で声を詰まらせたり、目を潤ませたりすることも少なくない。
この歳になって、まったく、恥ずかしいかぎりなのだが、しかし、それで恥をかくのは自分だけ。
他の誰かを辱しめるわけではない。
だったら、いいじゃないか。泣いたって。だよね!?

何かが悲しくて、何かが辛くて・・・
そしてまた、何かが嬉しくて、何かがありがたくて・・・
威張れることでもなければ、自慢できることでもないけど、この泣き虫オヤジは、「人生はアッという間」「あと、もう少し」と、今日も心で泣きながら、たまに顔でも泣きながら、自分なりに必死に生きているのである。



-1989年設立―
日本初の特殊清掃専門会社
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だらしな

2022-04-18 07:00:00 | ゴミ部屋 ゴミ屋敷
春本番を迎え、桜の樹はとっくに葉桜になっている今日この頃。
夏のように暑い日があったかと思ったら、冬のように寒い日があったりして、身体が困惑気味。
ただ、そんなことを他所に、自然の草木は次のステップへ。
鮮やかな新緑が、下を向きがちな視線を上に向けてくれている。
桜花にかぎらず、新葉の黄緑色も、生命力が漲っている感じがして、淀んだ空気を洗ってくれるような新風が心の中にスーッと入ってくるような気がする。
そして、瞬間的にでも、暗い心に光が差し込み、ちょっとだけ明るくなれるような気がする。

コロナは、落ち着いているのかいないのか、よくわからない状況だけど、昨年に比べ、今年は、花見に出かけた人も多いだろう。
私は、花見はしなかったけど、ウォーキングコースにある桜や、現場の街々で見かけた桜を愛でては、「元気だしたいな・・・」と思ったりした。
そして、桜の下にレジャーシートを敷いて楽しんでいる人達を見かけて、幸せな気分をおすそ分けしてもらったりもした。

私は、花見酒こそ飲まなかったものの、精神不安も相まって、今は、毎晩、だらしなく酒を飲み続けている。
意志を貫き、頑なに休肝日を設けていた自分が信じられないくらいに。
「このまま生きていて、何かいいことあるだろうか・・・」
「この先、何か楽しいことあるだろうか・・・」
等と、ネガティブな思考に苛まれてばかり、何の楽しみもない日々で、晩酌は、心がわずかでも軽くなるひととき。
アルコールで、一次的に憂鬱をごまかしているだけであることは、自分でもわかっているのだけど、それでもいいから、私は、少しでも、暗い気分がまぎれる時間がほしいのだ。

私は、覚醒剤や危険ドラッグの類には縁がないし、縁を持とうとも思わないが、仮に、その味を覚えてしまったら、無限の深みにハマっていく可能性が高い。
そういう薬物を使っている人を擁護するつもりはないし、精神救済を求めて使用する人がどれくらいいるのかわからないけど、手を出してしまうその気持ちがわかるような気がする。



不動産管理会社から現地調査の依頼が入った。
現場は、利便性のいい街中に建つ賃貸マンション。
状況は、いわゆる「ゴミ部屋」。

実のところ、この案件は、この数週間前に調査依頼が入って日時設定をした後にキャンセルを喰っていた。
住人の都合で、それも、二度も。
だから、今回、調査依頼が入ったとき、少々不愉快に思った。
言葉に出さずとも、その想いは伝わったようで、管理会社の担当者は、
「今度は、留守の場合でもスペアキーを使って入室することを了承してもらっていますから・・・」
と、気マズそうに私に説明。
ただ、三度目の正直、そういうことなら話は変わってくる。
私と担当者は、お互いの都合を合わせて、調査日時を設定した。

調査の日は平日の昼間。
待ち合わせた担当者は、
「度々キャンセルになってすいませんでした・・・キチンと約束を守らない、だらしない人でして・・・」
と、恐縮した面持ちで私にペコリ。
一方の私は、
「どんでもないです・・・○○さん(担当者)のせいじゃありませんから・・・」
と、その時は、かなり気を悪くしたクセに、社交辞令の笑顔をつくって水に流した。

住人は仕事に出ており留守で、玄関は、担当者が持参したスペアキーで開錠。
ドアを開けると、ゴミ部屋特有の異臭がプ~ン。
中を覗くと、その先は、完全なゴミ部屋。
床はゴミで埋め尽くされ、足の踏み場はなし。
我々は、誰もいないはずの部屋に「失礼しま~す」と声を掛け、薄暗い中を、ゴミを踏みながら入室。
玄関の入り口から廊下にかけては、比較、は薄い堆積だったものの、奥に進むにしながって急勾配に。
担当者は、平坦なところでストップ。
“山登り”は私の役目で、そこから先は、私一人で前進した。

私は、ポイント・ポイントのゴミを引っくり返して、ゴミの内容を確認。
食品系ゴミを中心に、日常生活で発生する色々なモノが混合。
下の方は、かなり圧縮された状態で、固く堆積。
結局のところ、部屋の方は山積み状態で、多少の高低凹凸はあったものの、壁の半分くらいの高さまで埋め尽くされていた。

管理会社は、当室がゴミ部屋になっていることを、もう何か月も前から把握。
住人に対し、賃貸借契約で決められた条項、「善良な管理者としての義務」に著しく違反しているため、すみやかに片付けるよう通告。
それを受けた女性から反論はなく、承知した旨の返答。
しかし、それは口だけ。
再三の催促にも返事をするだけで、いつまでも、実際に行動を起こさず。
そんなイタチごっこが続いて堪忍袋の尾を切らした管理会社は、とうとう強制退去を前提として警告。
ここまできて、さすがに慌てたのだろう、女性は降参。
部屋のゴミ撤去は、管理会社主導で算段される手はずとなり、当方が参上することになったのだった。

女性が自発的に動かなかったせいだろうか、一連の契約手続きは、すべて、管理会社が女性を代理するかたちで行われた。
ただ、作業日だけは、女性の休暇日に設定。
ゴミ部屋とはいえ、中には、引っ越し先に持っていくものや大切なものもあるはずで、取捨錯誤を防ぐため、女性の立ち合いが必要だったから。
あらかじめ「捨てない物リスト」を作ってもらいこともできたけど、それでも、こういう部屋では間違いが起こりやすい。
例えば、「きれいな服は捨てない」という要望があったとして、その「きれいor汚い」の判断に困るわけ。
当然、作業上の免責事項として「貴重品・必要品等の取捨錯誤・滅失損傷は免責」と、契約書面に記載はするけど、想定されるトラブルは未然に防ぐに越したことはない。
とにかく、本人がいてくれさえすれば、その辺の問題は起きないのである。

女性について把握していたのは氏名のみ。
顔も歳も知らぬまま、作業の日を迎えた。
その日、約束の時刻に1Fエントランスのインターフォンを押すと、約束通り女性は在宅。
私は、その時に、はじめて女性の声を聞いたのだが、礼儀正しく言葉遣いも丁寧で、抱いた印象は、「聡明な人」。
私は、開けてもらったオートロックをくぐり、女性の部屋へ。
玄関から出てきた女性は、私が想像していたより若く、外見も清楚。
わかりやすく言うと、「とても、ゴミ部屋をつくるような人には見えない」といった雰囲気。
また、「とても、ゴミ部屋に住んでいるようには見えない」清潔感のある服装で、少し驚いてしまった。

ゴミの荷造・梱包作業を担う要員として、二人の女性スタッフを入れたのだが、それだけでは手が足りず、私も室内作業へ。
しかし、女性の心情を察すると、ただでさえゴミ部屋は恥ずかしいだろうに、下着や使用済みの生理用品等、羞恥心を更に刺激するもの混ざっており、気遣いの足りなさを申し訳なく思ったりもした。
だからこそ、好奇心や野次馬根性を言葉や態度にだすのは禁物で、そこは、あえて事務的な物腰で、淡々と作業することを心掛けた。

年齢・学歴・勤務先・・・探るつもりは毛頭なかったのだが、ゴミの中には、女性の素性がわかるものがたくさんあった。
見た目通りで「中年」というには早い年齢、東京の難関私立大学を卒業、そして、TVのCMでも見かけるような某大手企業に勤務。
比べる必要は何もないのだけど、その社会的ポジションは羨ましいかぎり。
私なんか、逆立ちしても入れない世界で生きていた。

一方、生活する部屋はゴミだらけ。
親しい友人や彼氏がいたとしても、とても中に入れることはできない。
となると、そこまで親しく付き合える人はいなかったのか・・・
とにもかくにも、周囲の人間は、女性がゴミ部屋で暮らしているなんて、微塵も想像していなかっただろうと思う。

作業を注文した側・金を払う側とはいえ、自分が溜めたゴミを他人に片付けさせることに後ろめたさがあったのか、はじめ、女性は我々に対して遠慮がち。
したがって、当初の会話は、作業上で必要な最低限のことのみ。
しかし、女性が開き直ってくれたのか、我々と打ち解けることができたのか、作業をすすめるうちに世間話や雑談めいた会話が増えてきた。
こちらから、いちいち質問するより、女性の方から細かな要望を伝えてもらった方が作業は楽で、女性も、遠慮せず要望を言ってくれるように。
それにより、ゴミが掘り返されていく部屋の光景とは真逆に、雰囲気は和やかになり、随分と作業もしやすくなった。

作業を進める上で困難なこともあった。
ゴミ下層は、それほど固くは圧縮されていないと判断していたものが、想像以上に固い層となっていた。
また、ゴミを撤去した後に現れた床の一部、台所床の一部と浴室前の廊下の一部は著しく汚損。
床に固く貼りついたゴミを剥がし掃除するのには、結構な手間を要した。
ただ、内装汚損について、全体的には予想よりはるかに軽症。
居室の方は、ほぼ無キズで、簡単な拭き掃除できれいに。
また、キッチンシンク・トイレ・浴室は、ほどほどに汚れたいたけど、ここもクリーニングで復旧。
「経年劣化」「通常損耗」と言っても充分に通用するくらいきれいになった。

作業が完了して後、私と女性は二人で部屋を確認。
長く悩み続けていたゴミ部屋が片付いたことと、内装が心配していたほど傷んでいなかったことによる安堵感がそうさせたのだろう、女性は、きれいになった部屋を見て安堵の笑顔をみせてくれた。
そして、
「ここまできれいになるなんて思っていませんでした・・・ありがとうございました!」と、嬉しそうに礼を言ってくれた。
私の方も仕事の礼を言いながら、
「余計なお世話かもしれませんけど・・・部屋にゴミを溜めたことがある人は、同じことを繰り返す傾向が強いようですから、引っ越し先では気をつけてくださいね」
と、柔らかく進言。
すると、女性は笑顔を曇らせたかと思うと、急に泣き出してしまった。

「ただ、どうしても片付けられない人っていますから、危ない感じがしてきたら、少量のうちに連絡ください」
「そうすれば、今回のような大事にはなりませんから」
そう言うと、女性は泣き笑いの表情でうなずくように、ペコリペコリと私に頭を下げてくれた。
その嬉しそうな笑顔と理由のある涙は、女性の役に立てた名誉なことにも感じられ、私も嬉しく思った。

人間、誰しも、事情も心情も、本人にしかわからないことはある。
他人には小さなことに見えても、自分にとっては大きな悩みであることも・・・
他人には簡単なことでも、自分にとっては難しく感じられてしまうことも・・・
女性にゴミを溜めさせたのは何か・・・
何が女性にゴミを溜めさせてしまったか・・
女性が抱えている重荷が何であるかわからなかったけど、私は、そこに、他人には決してわかりえない、また、自分でもわからないかもしれない“自分の理由”があることを感じ、ある種の同士的な想いと同情心、そして、応援したい気持ちを抱いたのだった。


種類や強弱は異なるけど、だいたいの人間は、だらしない一面を持っていそう。
「酒にだらしない」「金にだらしない」「異性にだらしない」「時間にだらしない」「身体がだらしない」等々、自らを省みてみると「自分は○○がだらしない」と思い当たることが、一つや二つはあるのではないだろうか。

振り返って見ると、随分と、私もだらしない生き方をしてきた。
自分でも、悲しくなるやら、呆れるやら・・・
自分をぬるま湯に浸けておくことが大好きで、自分に厳しくすることが大嫌い。
「特掃隊長って、自分に厳しくがんばってるんじゃない?」
と思ってくれる人がいるかもしれないけど、実のところ、生きるために仕方なくがんばっているだけ。
能ナシの私は、他に、がんばりようがないだけのこと。
決して、褒められたものではない。

しかし、ある程度のだらしなさは人間味の一つ。
社会や人の迷惑をかけてはいけないけど、いい意味で、皆お互い様、人間の面白さ、社会の潤滑油だったりする。
五十路をとっくに越え、残された月日が少ない私にとっては、今抱えている このだらしなさは、もう、一生の携行品になるだろう。
捨てたくても捨てられないし、今更、捨てなくていいものかも?
誰かに迷惑をかけないよう努めれば、このまま生きていってもいいのかも?
それくらいに開き直れる図太さがあれば、こんなに苦悩しないで済むのかもしれない。

そんなことを考えながら、私は、今夜も酒をあおり、懸命に眠るのである。
明日も、“自分の理由”に抗うために、“自分の理由”に負けないために。



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不正直者

2022-04-07 07:00:54 | 腐乱死体
舞い散る桜の下、コロナ禍は、第六波が収束しきることなく、第七波を予感させるような事態になっている。
どうも、従来のオミクロン株に比べ、「BA2」は、更に感染力が高いらしい。
困ったことに、重症化リスクも。
しかし、まだ、私のところには、三回目ワクチンの接種券が届いていない。
精神脆弱な今の私にとっては、こんなことも悩みの種のなるわけで・・・早いところ、済ませたいものだ。

そんな中、日本では新年度が始まり、希望に満ちて新しい生活をスタートさせた人も多いことだろう。
しかし、同じ地球の向こう側、東欧のウクライナは、それどころではない状況に陥っている。
つい一か月半前までは、賑わっていた街が廃墟となり、平和な日常を暮らしていた人々が殺され、また、家族を奪われ、家を追われ・・・
ウクライナの人々は、悪夢でもみているかのような心持ちか・・・
いや・・・そんな生ぬるいものではないだろう。

一方のロシアでは、不正直な指導者による子供だましの詭弁がまかり通っている。
惨殺・虐殺・拷問・拉致・略奪・・・人身売買まで噂されている。
歴史的背景や国益がからんでいるとはいえ、よくも、あんなヒドいマネができたものだ・・・
男も女も、子供も老人も、軍人も市民も、一人一人が“命”なのに。
ロシア兵だって一人の命。
いつだって、泣きをみるのは下々の者。
とりわけ、赤ん坊や子供が亡くなったニュースに触れると涙が流れる。
そんなに戦争がしたければ、それを指導する者が最前線に立てばいい。

殺人を命令する指導者達も人間。
人として生まれ、人として育ち、人として生きている。
死ななくてよかった人が、その人間の手によって殺されている。
生きようとしている命が、その人間に手によって消されている。
その人間の行いによって、あったはずの平和な暮らしや、希望の未来が奪われている。
これも、摂理なのか・・・
元来、人間が持ち合わせているはずの、「理性」とか「良心」とか「道徳心」はどこへいってしまったのか・・・
自分自身を含めて、人間一人一人が、省みる機会とするべきではないだろうか。



孤独死現場が発生。
依頼者は、故人の息子(以後、「男性」)。
「早急に対応してほしい!」という要望に、私は、ヘヴィー級、少なくともミドル級の現場を想像。
当日の予定を変更し、現場へ向かうことに。
約束の時刻を「到着次第」として、電話を終えた。

到着した現場は、住宅地に建つ一軒家。
「豪邸」というほどではなかったが、近隣とくらべると土地も広く家屋も立派。
インターフォンを押すと、男性が玄関を開けてくれた。
そして、私は、案内されるまま二階へ。
「ここなんです・・・」と男性が指さす和室にゆっくり入った。

結構、深刻な状況を想像していた私は、ちょっと拍子抜け。
故人は、布団に横になったまま亡くなったよう。
その布団は、既にたたまれた状態。
少しめくってみると、一部は赤茶色に変色。
結構な量の遺体液を吸っているようだった。
その下にあった畳二枚には水をこぼしたような遺体シミが。
ただ、窓が開けられていたせいもあって、異臭はほとんど感じず。
ウジ・ハエの発生もなかった。

男性によると、「死後一日で発見」とのこと。
しかし、私の見立ては違っていた。
寒冷の季節で、暖房も動いてなかったよう。
その割には、布団に滲みた遺体液の量が多すぎる。
敷布団を越えて畳にまで到達するくらいだから、少なくとも2~3日、おそらく4~5日は放置されていたと考えるのが合理的だった。

疑義に思うことは他にもあった。
それは、故人は、独居ではなかったということ。
故人には、同居する妻(男性の母親)がいた。
同居家族がいる一軒家で腐乱死体が発生したわけで・・・
一般的な感覚からすると、極めて不自然な状況・・・
その疑念を態度に出したつもりはなかったが、
「うちの両親は、ちょっと色々ありまして・・・」
と男性は、気マズそうな表情を浮かべながら、何かを弁解たそうに口を濁した。

故人夫妻は、縁あって出逢い、好き合って結婚したのだろうから、もともと仲の良い夫婦だったのだろうに・・・
子育てに夢中になっていた若い時分には、ともに笑い、ともに泣くこともあっただろうに・・・
しかし、いつのまにか、夫婦仲は良好ではなくなってしまった・・・

昨今、離婚なんて、まったく珍しいことではない。
熟年離婚だってそう。
恋人同士でいた頃は、特に何をするわけでもなく、ただ一緒にいるだけで楽しいもの。
しかし、いつのまにか、特に何があるわけでもないのに、一緒にいるだけで苦痛を感じるようになる。
人って、変えてはいけないところは変わり、変えた方がいいことが変わらないもので、何かが変わってしまうのだろう。
とりわけ、「子供」という鎹(かすがい)が居なくなってからは、それに拍車がかかったのではないかと思われた。

故人夫妻は、老い先短い人生において、正式に離婚するつもりもなかったのだろう。
離婚となると、現実的な問題として、経済的問題と社会的問題がでてくる。
財産を分割するのも、住居を別々にするのも、極めて面倒。
いい歳をしてからの離婚はスキャンダラスで世間体も悪い。
子供達(男性達)にもバツの悪い思いをさせ迷惑をかける。
また、嫌いな相手でも、“生活必需品”としての価値がないわけでもない。
で、結局、「仮面夫婦」という関係になり、「家庭内別居」という状況に至ったのだろう。

幸い、広い家屋のため、それぞれの部屋も確保でき、寝食を別々にすることも、そんなに難しくなかったのだろう。
お互いの生活パターンやリズムを把握し、水周りなどの共用部は阿吽の呼吸で使用し、顔を合わさずとも生活が成り立っていたのかもしれない。
ただ、仮に顔を合わさずとも、同じ家に暮らしているわけだから、お互いの生活音や気配は感じられていたはず。
ある日、突然、それが消えてしまったわけだから、不審に思いはしなかったのだろうか・・・
結果的に、腐敗が進行するまで放置されていたわけで、そこまで、夫妻の確執は深刻で、頑なにお互いを拒絶していたものと思うほかはなかった。

とにもかくにも、死後経過日数が何日だろうが、故人夫妻の関係がどうだろうが、私に、そんなことを問いただす権限はない。
男性の話が嘘でも本当でも、私には関係のないこと。
私は、余計なことは口にせず、黙って仕事をするべき立場。
頭の中を走り回る下衆の野次馬は放っておいて、私は、作業の方に頭を向けた。

私にとって、作業自体は軽易なものだった。
遺体液を吸い込んだ布団一組と数点の衣類を袋に梱包。
そして、水をこぼしたようなシミがついた畳を二枚、ビニールでグルグル巻きに。
それらを部屋から出してから、消臭剤・消毒剤を周囲に噴霧。
幸い、床板にまでは汚染は浸透しておらず、薬剤を撒いたのみ。
ものの30分程度で作業は終わった。

故人の部屋の畳は、新規に入れ替えれば、それで済む。
その後、一人で暮らすことになる男性の母親(故人の妻)に不便はない。
しかし、その心持ちはどうか・・・
良好な関係ではなかったとはいえ、長年、連れ添った夫が急にいなくなったわけで・・・
かつては、共に楽しく幸せな日々を過ごしていた時期もあったはずで・・・
「生きているうちに和解しておけばよかった」と悔やんだか・・・
「死んでくれてせいせいした」と喜んだか・・・
それとも、まったく無関心で、心が動くことはなかったか・・・
とにもかくにも、人生は一度きり、パートナーは一人きり・・・そこからは、何とも言えない寂しさが感じられた。

もちろん、夫婦関係が良好であっても、この孤独死が防げていたかどうかはわからない。
「寿命」という摂理は、人がどうこうできるものではないから。
だから、故人が部屋で静かに亡くなったことは不可抗力。
それに、すぐ気づけなかったことも不可抗力。
ただ、並の夫婦関係なら、遺体の腐敗までは防げたはず。
とはいえ、それは、後になってみれば何とでも言える「仮」の話。
「家族」といえども、一人一人、個々の人間。
価値観・感性・嗜好・志向も、違っていて当たり前。
その家族にはその家族なり家族関係があり、その家族にはその家族なりの事情がある。
家族にはそれぞれの“かたち”があり、良好な関係の家族もあれば、そうでない家族もある。
理想像はあっても、「こうあるべき」という姿はない。

豪邸とまでは言えなくても、周辺の家と比べると土地も広く、家も大きかった。
経済的には困ってはいなかっただろう。
しかし、例え家が小さくても、御馳走が食べられなくても、ブランド品が持てなくても、とにかく、家族は、仲良くして楽しく暮らす方がいいに決まっている。
そうしないと、人生がもったいないような気がする。

しかし、しかしだ、そこが人間の愚かさ。
小さなことに気持ちを引っ掛ける
小さなことが見過ごせない
小さなことが許せない
小さなことが我慢できない
そして、人間関係をこじらせ、殺し合いにまで発展させてしまう。

世の中で起こる殺人事件は、家族間・血縁者間で起こるものが最も多いらしい。
他人が他人を殺す件数よりも、身内同士の方が多いわけだ。
歴史をみてもそう。
親子・兄弟間の殺し合いなんてザラにあった。
何とも殺伐とした現実だが、これもまた、いかんともしがたい人間の性質。
一体、これは、何を表しているのだろうか。
固い絆で結び付きやすい反面、裏を返せば、危うい関係でもあるということだろうか。

「人間」というヤツは、どうしてこうも愚かなのだろうか。
つまらない意地や面子に固執し、過去の小事をいつまでも根にもち、それが、自分の首を絞めていることにも気づかず、いつまでも拘り続ける。
それでいて、世間・他人に対しては、寛容・謙虚な仮面をかぶって善人を装う。
本当は、素直な自分のまま、自然体で、清々しく生きていきたいのに。

「素直な自分=自分の悪性に従順」ということになりがちだが、本来は、「=自分の良性に正直」ということなのだろうと思う。
しかし、現実には、そうでない自分がいる。
世間体・欲・意地・面子・怠心・虚栄心・対抗心・・・そんなものが“素直な心”を覆い隠す・・・
そして、そのまま、理想に反した自分、不正直な自分だけが成長してしまい、後戻りできるチャンスも自らの手で放してしまう・・・
それが、幸せな人生を失わせることに薄々気づいていながら・・・
・・・素直さが欠けるが故に苦労している、この私が言うのだから間違いない。


本件において、私は、情もないアカの他人。
故人が孤独死したことに大した悼みは覚えず、肉体が腐敗してしまったことも事務的に捉えたのみ。
ただ、故人夫妻の晩年の葛藤や苦悩を察すると、他人事のようには思えず。
素直な心が持てない自分、正直な生き方ができない自分に、憤りや悔しさにも似た寂しさと虚しさを覚え、同時に、悔やまれてならない昨日を振り返り、また、見えない明日を探しきれず、私は、ただただ、溜め息をつくしかなかったのだった。



-1989年設立―
日本初の特殊清掃専門会社
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板ばさみ

2022-03-30 07:38:39 | 腐乱死体
東京で桜の開花が宣言されたのは、3月20日。
あれから一週間余、あちらこちらで桜がきれいに咲いている。
なのに、私の精神は、深く沈み込んだまま。
特に、この一か月余はヒドい状態。
孤独感・疲労感・虚無感・絶望感・倦怠感・緊張感・不安感・・・心の中にあるのはそんなモノばかり。
そんなモノと、元気になりたい自分との板ばさみで、苦しんでいる毎日。
「こうしてブログが書けているうちは、まだ軽症」「まだ余裕がある」という見方もできるかもしれないけど、自分の中では、かなり危ないところまできているという感覚がある。
そして、「これが“鬱病”というヤツの恐ろしさか・・・」と、今更ながらに思い知らされている。



腐乱死体現場が発生。
電話をしてきたのは高齢の男性。
知らされた住所は、郊外の街。
建物は分譲マンションで、故人所有のよう。
亡くなったのは男性の兄で、自宅での孤独死のようだった。

男性は、部屋に入って状況を確認したよう。
ただ、慌てたような様子はなし。
遺体系汚染については、「布団が少し汚れている」とだけ説明。
私は、男性の様子から、発見が早く、特段の汚染異臭もない状況を想像。
現地調査予定は、男性の都合により、その数日後となった。

しかし、間もなく、事態は急変。
その翌日、再び男性から電話がかかってきた。
用件は、「周りの人が文句を言ってきてるらしいから、急いで、何とかしてほしい!」というもの。
いまいち、その状況が飲み込めなかった私が苦情の原因を問うと「悪臭」とのこと。
更に質問を続けると、「部屋がクサいものだからベランダ側の窓を開けっぱなしにしている」という。
てっきり、現場の状況を“ライト級”だと思っていた私は、”ミドル級”に格上げ。
そして、「とにかく、できるだけ早く来てほしい!」との要請に、その日の夕方、現地に急行することにした。

到着したマンションは利便性の高い街中にあった。
多くの世帯が暮らす大規模マンションで、現場は上の階。
私は、下に到着した旨を知らせるため男性に電話。
すると、男性は、既に部屋に入っており、1Fエントランスのオートロックは開錠してくれた。

凄惨な状況なら、とても室内で待っていることはできないはず・・・
ただ、男性は、部屋にいるよう・・・
ということは、軽症なのか・・・
しかし、そんな中で、苦情をよせる近隣住人・・・
一体、現場は、どういう状況なのか・・・
「酷い? 酷くない?」「クサい? クサくない?」
整合しない状況を怪訝に思いながら、私はエレベーターに乗り込んだ。

「著しい」とまではいかないものの、玄関を開けると、私の鼻は、妙な悪臭を感知。
男性が市販の消臭芳香剤を手当たり次第に撒いたようで、腐乱死体臭とそのニオイが混ざり、妙に不快なニオイに。
併せて、その液剤によって床は濡れた状態。
それでも、男性は、スリッパも出してくれず、私は、仕方なく、濡れた廊下を靴下のまま爪先立ちで奥へと進んだ。

「ここなんです・・・」と、男性が指さした和室を見ると、そこには、「いかにも」といった具合の、“汚腐団”が敷かれ、“汚妖服”が放置されたまま。
当然、相応の悪臭も発生しており、少な目ではあったもののウジも発生。
こんな状態で窓を開けっぱなしにすれば、悪臭が外に漏れるのは当たり前で、周辺の部屋から苦情かくるのも当たり前。
慣れないクサさに窓を開けた男性の気持ちもわからなくはなかったが、やはり、それはやってはいけない。
しかも、ただの悪臭ではなく腐乱死体のニオイなのだから尚更だった。

“ポツンと一軒家”(商標侵害?)ならいざ知らず、こういう現場では、玄関や窓を開けないことは鉄則。
換気扇も回してはいけない。
言うまでもなく、その理由は、異臭を漏洩させないため。
ニオイを嗅いでしまったことが原因でノイローゼになったり、精神を病んだりしてしまう人もいる。
実際、異臭が原因で、“遺族vs近隣住民”で大揉めしたような現場はいくつもある。
だから、目に見える汚物だけでなく、目に見えないニオイも、慎重に扱ことが重要なのである。

しかし、男性は、反省するどころか、
「窓を開けようが閉めようがこっちの自由!」
「騒音や振動ならいざ知らず、そんなことまでとやかく言われる筋合いはない!」
「そんなの、マンションの規約にはないでしょ?」
といった調子。
確かに、“ヘビー級”の現場ではなかったし、外に流れているのは著しい悪臭でもなかった。
が、それは、腐乱死体臭。
身内と他人では感覚か異なるし、「鼻が我慢できても精神が我慢できない」ってこともよくある。
前記の通り、「腐乱死体臭」というヤツは、一般のゴミ臭や糞尿臭とは異なり、精神にダメージを与えやすい。
故人に対して悪意はなくても、気持ち悪いものは気持ち悪い。
「同じマンションの住人同士、お互い様の精神で我慢して下さい」なんて、とても言えるものではなかった。


異変に気づいたのは、マンションの管理人。
当初、集合ポストにチラシや郵便物がたくさん溜まり始めていることに気づいた管理人。
それを不審に思わなくもなかったが、現代は、プライバシーを重視する世の中。
余計なお節介を焼いて顰蹙を買いたくはないし、正規の職務でもない。
だから、そのまま放っておいた。
結局、高齢無職だった故人の死に気づく人はおらず、結果、その肉体は溶解しはじめるまで、放置されたのだった。

孤独死・腐乱といっても、人が一人亡くなったことに変わりはないわけで、一般的には、哀悼の意を示すのが礼儀。
遺族に、直接は文句を言いにくい。
また、反感をかったり逆恨みされたりしても困る。
結局、近隣住人は、遺族と対峙することを避け、苦情を管理人にぶつけた。
一方の管理人は、立場的に、故人の尊厳や死の重みを近隣住人に話して、文句を言わないよう諭すわけにもいかない。
管理人にとってマンション住人は“お客様”なわけで、平たくいうと、余程のことがないかぎり、「たてつけない」わけで。
しかし、そういう管理人だって、なかなか遺族には言いにくい。
で、管理人は、近隣住人の声を私から男性(遺族)に伝えてほしいと要望。
専門業者の意見なら男性も聞く耳を持つのではないかと期待されたのだった。

一口に「マンション管理人」と言っても色んな人がいる。
大半は、事務的な人。
このタイプは、可もなく不可もなく、無難に仕事をこなしている。
ありがたいことに、中には、こちらの立場を考えて親切にしてくれる人や紳士的に接してくれる人もいる。
そういう人は、物腰が柔らかく、あまり細かいことを言わず、こちらが仕事をしやすいように協力してくれる。
しかし、残念ながら、その逆の人もいる。
業者に対して、上から目線でモノを言ってくるような横柄な人だ。
最初から命令口調でタメ口をきく人も多く、イラッとくる。
ずっと前にブログにも書いたけど、私は、堪忍袋の緒を切ってしまい、マンション管理人とケンカをした現場もあった。

幸い、ここの管理人は、紳士的で親切な人。
私の話にもキチンと耳を傾けてくれ、特殊清掃に関する話題で話が核心に近づくと、
「こんなこと訊いたら失礼かもしれませんけど・・・」
と前置きした上で、私に質問。
そこには、野次馬根性や好奇心があったと思うけど、人柄の良さの方が勝っており、私にとっては、まったく許せるレベルで、
「何でも遠慮なく訊いてください」
と、快く応じることができた。

私が、
「誰しも、いつかは死ぬ」
「それが、たまたま自宅で、たまたま発見が遅れただけのこと」
「本人(故人)に悪意はない」
といった類の話をすると、管理人も大きく同意してくれた。
ただ、だからと言って、近隣に対する配慮は必要。
で、結局、私は遺族に対して、管理人は近隣住人に対して、それぞれの立場で対応することになった。

お互い、“遺族vs住人”の板ばさみになるような局面もあったが、質問してくる住人には、管理人が丁寧に応対してくれたようで、苦情等が私のところまで波及してくることはなかった。
一方、男性(遺族)の方も、聞き分けはよくなかったものの、汚れモノを撤去した後は悪臭もかなり低減したうえ消臭作業も順調にでき、周囲への問題は早々になくなった。
結局、管理人と良好に付き合えたおかげで、情報が錯綜することもなく、錯誤も誤解も発生せず、その後は、問題らしい問題は発生せず。
そうして、作業は無事に終了。

我々は、
「大変お世話になり、ありがとうございました!」
「こちらこそ」
「何かと親切にしていただいて、スムーズに仕事ができました!」
「どういたしまして・・・またのときもよろしくお願いします」
「ま、でも、こんなことは二度と起こらない方がいいですけどね・・」
「そりゃそうですけど、このマンションは、高齢で一人暮らしの人も多いし・・・人は いつ死ぬかわかりませんからね・・・」
といった言葉を笑顔で交わし、腐乱死体現場跡には似つかわしくない清々しい気分で別れたのだった。


仕事と家庭、親と配偶者、上司と部下、会社と客、本気と浮気、理性と悪性等々・・・
俗世を生きていくうえで、何かと板ばさみになることは多い。
私も、今、とある欲望と とある願望の狭間にあって、気持ちが揺れ動いている。
欲望は自分次第でどうにでもなるが、いつまでも満たされることはなさそう。
一方、願望は、自分次第でどうにかなるものではないけど、実現すれば大いに満たされるかもしれない。
どちらに軸足を置いた方がいいか、どちらに置くべきか、迷い悩んでいる。

ある意味、“生きる”ということは、生と死の板ばさみになっている状態なのかもしれない。
更に、そこにある、欲望と願望の板ばさみになり、上記のような俗世の板ばさみになり、喜怒哀楽、泣き笑いの中で右往左往し七転八倒する。
時に、非常に苦しい状態に陥る。
それが、人間が生まれ持つ“罪過”であり“業”であるのか・・・
残念ながら、私は、「死」というものの他に、ここから抜け出す方法を思いつかない。

私は、このブログを書くにあたり、「読んでくれる人に生きる勇気を与えている」なんて勘違いはしていないつもり。
ただ、その根底に「生きろ!」というメッセージを流しているつもりはある。
自分が、どんなに弱く、どんなに愚かであっても、そんなことは顧みず。
それが今、何とも窮屈で息苦しい毎日にあって熱量を失いつつある・・・
やっとの思いで一日を生きて残るのは、強い疲労感と重い虚無感のみ。
「助けてくれ!」と、このところ、毎日のように、心がうめくような始末なのである。

「余計なことを考えるのはよせ!」「もう、それ以上考えるな!」
と、気分が沈むたびに自分に言い聞かせる。
が、自分の心は、そう簡単に言うことをきかない。
考えても仕方がないこと、余計な考えが、どうしても頭を過ってしまい苦悩してしまう。

ただ、そう遠くないうちに死なせてもらえる日がくる・・・
そう遠くないうちに死ななきゃならない日がくる・・・
それで、この世のことは全部おしまい。
すべては過ぎ去り、すべてから解放される。
苦しかろうが楽しかろうが、それまで、バカになって一日一日を生きるしかないか・・・

「バカになれ!」
「そうだよな?」
「それでいいんだよな?」
もともとバカだからこんなことになっているクセに、私は、自分にそう言って、後悔の昨日と不安の明日の板ばさみになっての苦しみを、少しでもごまかそうとしているのである。



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空回り

2022-03-15 07:00:32 | 腐乱死体
自然のあちらこちらで春の息吹が感じられる今日この頃。
優しい暖かさに癒されている人も多いのではないだろうか。
しかし、季節を逆行するかのように、私のメンタルは悪化。
多少の浮き沈みはあるものの、ほぼ四六時中、緊張状態が続き、息苦しさや動悸も頻発。
当然、気分もずっと落ち込んだままで、永遠の暗闇を彷徨っているような気分。
特に、毎朝、明け方は、一日のうちでも最悪の時間帯。
ここで文字にするのも躊躇われるくらいの感情に苛まれ、危険な状態に陥る。

これまでも、何度も鬱に苦しめられてきた私だが、何とか踏ん張ってきた。
が、ここにきて、元気を出そうとする自分は、完全に空回りするように。
で、藁をもつかむような思いで、この頃は、抗不安薬、いわゆる精神安定剤を服用している。
薬に頼るのは十数年ぶりのこと。
薬を飲んだところで即座に元気がでるものでもないが、「薬は効く!」と思い込むようにしており、そうすると、少しは楽になるような感覚はある。
何の罪過か、何の業か、私という人間は、楽には生きさせてもらえないようだ。

寒々しい時期を過ごしてきたのはメンタルだけでなく、時季もそう。
例年、冬は寒いものだが、今年の冬は特に寒く感じられた。
朝、氷点下になることもざらにあり、とりわけ、雪が、その感覚を強くしたものと思う。
今冬、首都圏では三度、まとまった降雪があった。
一度目1月6日は大雪となり、二度目2月11日も結構積もった。
三度目2月13日は都心の積雪はなかったものの、東京西部はけっこう積もった。
神奈川県の箱根なんて、雪の度にニュースに。
普段は憧れの温泉地・観光地なのだが、降雪により様相は一変。
坂道でタイヤが空回りして動けなくなっている車の映像が、何度も流れた。

当社にも、複数台の社有車があるのだが、使用頻度の高い車には、毎冬、スタッドレスタイヤを装着。
今年と違って、雪が一回も降らない年もあるのだが必ず。
後になってみると、タイヤがもったいないと思うこともあるけど、安全が第一。
事故や立ち往生が起こってからでは遅い。

私も、雪道で恐い思いをしたことが何度かある。
何年も前のことだけど、特殊清掃で福島の浜通りへ行ったときの帰り道と、千葉の山間部に行ったときの帰り道のことが記憶に新しい。
日中はたいしたことなかった雪を甘くみていた私。
しかし、夕方近くになると一気に積もってきて、あれよあれよという間に、辺り一面、真っ白に。
慌てた私は、急ピッチで作業を締め、帰途へ。
スリップするタイヤに車体を左右に振られながら、雪道を走行。
「一度止まったらアウト!」と、ビクビクしながら、ひたすら低速前進。
幸い、その時は、事故もなく立ち往生もせず、無事に、雪道を脱することができたのだが、神経は擦り減り、帰ったときはクタクタの状態だった。

さすがに、もう、積もるほどは降らないと思うけど、やはり、雪の予報を舐めてはいけない。
不要不急の外出予定は変更するのが得策。
また、「備えあれば患いなし」。
冬という季節があるかぎり、スタッドレスタイヤもタイヤチェーンも備えておいた方がいい。
事故の負担を考えれば、そっちの方がよっぽど軽いから。



出向いた現場は、街中に建つ分譲マンション。
その一室で住人が孤独死。
発見までかかった日数は約一か月半。
依頼者は、故人の娘(以後「女性」)。
女性は、何故、一か月半も放置されることになったのかを長々と説明。
ただ、話をまとめてみると、「年金生活で一人暮らしをしていたから」ということを言いたかったよう。
私にとって、それは、あまり必要な情報ではなかったが、業者として好印象を持ってもらうことが大事だった私は黙って応対。
その後、女性と現地調査の日時を約して、最初の電話を終えた。

約束の日時。
女性は、約束の時間になってもなかなか現れず。
時間に厳しい私は、5分を過ぎたところで女性に電話。
しかし、聞こえてくるのは「ただいま、電話に出られません」という機械的なメッセージ。
私は、少し気分を悪くしたが、勝手に帰るわけにはいかず、そのまま待つほかなし。
途方に暮れつつ、そのまましばらくの時間が経過し、結局、女性は、約束の時刻から30分遅れてやってきた。

訊くところによると、電話にでなかったのはバスに乗っていたから。
乗車時のマナーを守ったわけだから、間違ってはいない。
遅れた理由は、バスの遅延。
で、女性は、挨拶もそこそこにバスが遅延した理由を説明。
“もう会えたんだから、今更、そんなことどうでもいいんだけどな・・・”
と思った私だったが、女性があまりに熱心に話すものだから、それを遮るのはやめて話を最後まで聞いた。
ただ、話をまとめてみると、遅延の原因は「ただの工事渋滞」。
最初の電話といい今回といい、女性の個性を垣間見た私は、その後の付き合いが面倒臭いことになりそうなことを予感した。

「死後一か月半」と聞かされていた私は、至極、凄惨な現場を想像。
また、女性が、「恐くて入れない」と言うのも充分に納得できた。
私は、
「一人で中を見てくることもできますから、一緒に入らなくても大丈夫です」
と女性に伝えたうえで、まずは、一緒に部屋前まで行くことに。
女性が開けてくれたオートロックをくぐり、女性の後をついてエレベーターへ乗り込んだ。

玄関前に立つと、まずは、臭気の漏洩を確認。
幸い、そこでは、特段の異臭は感じず。
そして、差し出された鍵を受け取り開錠。
ゆっくりドアを引き、空いた隙間に鼻を近づけると、私の鼻は嗅ぎなれた異臭を感知。
しかし、故人は玄関から離れた部屋にいたのか、または、部屋のドアが閉まっているのか、予想していたほどでもなし。
私は、ドアを更に大きく開け、身体全体で、腐乱死体現場の空気を受け止めた。

そのニオイは、後ろに立つ女性の鼻にも届いたよう。
顔をしかめながら、鼻と口にハンカチを当てた。
私は、そんな女性に、
「じゃ、中を見てきますね・・・」
と言って、一歩二歩と前進した。

すると、女性は予想外の行動に。
「恐くて入れない」と言っていたわけだから、てっきり、女性は玄関の外で待っているものとばかり思っていた。
が、私に着いてそのまま入ってくるではないか。
「大丈夫ですか?入れますか?」
やや驚きながら尋ねると
「あまり大丈夫じゃありません・・・けど、“本当は、一人じゃイヤなんじゃないかな”と思いまして・・・」
とのこと。
“???・・・本当に俺は一人で平気なんだけどな・・・”
突拍子もない言葉に返す言葉はなく、もちろん、「ついて来るな」等という権利もなく、結局、前後並んで、我々は部屋の奥へと進んだ。

遺体があったのは、玄関を入ってすぐ左の寝室。
女性は、故人がいた部屋を警察から聞いており、まずは、そこへ。
私は、女性を遠ざけてから閉まっていた扉を開けた。
すると、異臭のレベルは一気に変わり、高濃度に。
「ちょっと、向こうに行っておいた方がいいかもしれません・・・」
と、女性に声をかけ、部屋に入った。

汚染痕はベッド脇の床にあり、素人目にはわからないだろうけど、人型を形成。
見るも見ないも女性の自由だったし、指図する権利は私にはなかったが、
「ちょっと、ここは見ない方がいいかもしれませんよ・・・」
と、私は、リビングで待つ女性に助言。
もともと、女性は怯えており、衝撃の光景が脳裏に焼き付いて、精神を病んでしまう恐れがあったからだ。
それには、女性もすんなり同意。
ただ、汚染状況を詳細に知りたがり、私に細かな質問を投げてきた。

腐乱死体の汚染を素人にわかりやすく説明するのは難しい。
私が得意とする(?)食べ物に例えるとわかりやすいのだが、それはブログ上でのこと。
依頼者相手に話すのは、さすがに品がない(この仕事に“品格”なんて必要ないかもしれないけど)。
結局、女性は、私の説明が呑み込めないようで、一つ一つの説明に対して、
「どういうことですか?」「よくわかりません!」
といった返事を繰り返してきた。

また、あくまで、主観的な感覚として、
「一か月半のニオイとしては軽い方ですね」
と言うと、女性は、
「え!?これで軽い方!?」と驚いた。
ただ、女性のリアクションは、これだけでは終わらず
「ということは、もっと酷いケースもあるってことですか?」
「それは、どういう状態ですか?」
「どんなニオイになるんですか?」
と矢継早に質問。
ちょっと苛立ってきた私は、
「“百聞は一見にしかず”とも言いますから、実際に見てみますか?」
と言いそうになったが、その言葉は、あまりに不親切なので、吐く前に飲み込んだ。

結局、私は、特殊清掃・消臭消毒を請け負うことになった。
特殊清掃という作業は、一発作業で終わることもあるが、多くは、複数日、または長期間を要する仕事となる。
もっとも時間がかかるのは、「消臭消毒」。
内装建材に染み着いた悪臭を脱臭・消臭する作業は一朝一夕では済まないのだ。
だから、ひとつの現場にも、適宜、何度となく足を運ばせる。
で、「あとはヨロシク頼みます」と、ほとんどは、部屋(家)の鍵を預かる。
本件でも、女性は、部屋の鍵を預けてくれた。
が、大方のケースと違ったのは、作業予定日時を事前に報告する必要があったことと、その度に女性が現場に現れたこと。
正直なところ、「うっとおしいなぁ・・・」と思わなくもなかった。
ただ、「来るな!」と言えるわけもなく、私は、女性が何を意図しているのか、何を考えているのかわからない中で、話相手をしながら作業を進めた。

深夜早朝に電話が鳴ることはなかったけど、女性は、作業のない日も頻繁に私に電話を入れてきた。
はじめは、
「警察から受け取った貴重品の中に、銀行通帳と印鑑がなかった」
というもので、そのとき、私は、
「できるかぎり探してみますね」
と返答。
また、公共料金やクレジットカードの明細書を探すことも頼まれたので、それも快諾。
探し物くらいは“お安い御用”だったから
しかし、事は、それだけでは済まず。
そのうちに、「インターネットのプロバイダーがわからない」「PCの立ち上げ方がわからない」「キーホルダーの鍵束が何の鍵がわからない」「自転車の鍵がない」「公共料金を解約の仕方がわからない」「メールボックスの開け方がわからない」など、色々なことを尋ねてきた。

ほとんどの相談は「そんなの、自分で何とかしてくれ!」と言った類のこと。
世の中には、「背中がかゆい!」と119番したり、「ゴキブリが出た!」と110番したりする輩もいるみたいだが、私にとっては、それに近いものがあった。
そうは言っても、私にとって、女性は“お客様”。
機嫌を損ねられないよう、うまく付き合うのも仕事のうち。
我慢すべきところを我慢し、耐えるべきところを耐えなければならない。
善意的に見れば「頼りにされている」と言えるのだが、悪意的に見れば「便利に使われている」とも言える。
ただ、不思議と、女性に、打算的な図々しさは感じられず。
そのため、一時的には苛立ちを覚えた私だったが、関わっていくうちに、自然と穏やかに対応できるようになっていた。

身内が孤独死して、腐乱死体で発見されるなんてことは、多くの人が経験するものではなく、恐怖感に襲われたのかもしれず・・・
また、最も近い血縁者、相続人だった女性は、故人の後始末をしなければ立場にあってどうしていいかわからず、不安感に襲われたのかもしれず・・・
だからこそ、私に、寄りかかろうとしたのかもしれず・・・
いい方に考えれば、誰かに頼りにされるのって嬉しいもの。
利己主義者の私も、それくらいの善意は持ち合わせていた。


始めの頃は戸惑い、そのうちイラ立ちを覚えるようになり、終わりの頃には女性なりの人間味が味わえるようになっていた私。
不必要なくらい細かな説明は誠意を示すため、
不必要なくらい細かな質問は敬意を示すため、
不必要なくらい細かな相談は信頼を示すため、
そして、最初、無理をしてまで一緒に入室したり、いちいち現場に姿をみせたりしたのは、汚仕事をやる私に対する、女性なりの礼儀と思いやり。
つまり、気持ちを空回りさせていたのは女性ではなく私の方だった。

人の想いを そのままに受け取ること、そして、自分の想いを そのままに伝えることは簡単に思えて、実は難しい。
「素直」の基準は見失いやすく、「自然」の構えは忘れやすい。
どうしても、価値観・感情・願望・打算などが入り交じり、“自分寄り”になってしまう。

その辺のところが、もっとストレートにできれば、私も、少しは人に好かれ、人に必要とされる人間になれるのかもしれない。
人に好かれ 人に必要とされることって、生き甲斐につながることで、元気の源になるものでもあるのだが・・・それが、なかなか難しい。
・・・弱ったおっさんなのである。



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日本初の特殊清掃専門会社
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残された時間 ~続編~

2022-03-02 07:00:52 | その他
2022年も3月に入った。
まだまだ朝晩は冷え込むものの、暦の上では、もう春。
晴天に恵まれた昼間には春暖が感じられるようになり、じきに桜の蕾もふくらんでくるはず。
そして、今日は2日。
昨年3月2日に亡くなった“K子さん”の命日。
(※2021年1月26日 1月30日 2月3日「残された時間」参照)
一昨年12月3日に「余命二か月」と宣告された自分の死期について、
「医師も用心して余命は“最短”で言うでしょうから、“桜が見れるかどうか・・・”ってところでしょうかね・・・」
と言っていたK子さんだったが、結局、その命は、桜が咲くまでもたなかった。

当初、この「続編」は、もっと早く書くつもりでいた。
・・・正確にいうと「書けるつもりでいた」。
想いが強すぎるせいか、書きたくても、言葉(文章)として、うまく文字を並べることができず。
薄情な私のことだから、「悲しみに暮れている」とか「心の悼みが癒えていない」とか、そういうことではないのだが、出会ってからのこと、亡くなる前後のことを想い出すと、色々なことが溢れてきて、まったく頭の整理がつかず。
結局、いつまでたっても書くことができず、一年が経過してしまった次第。

出会いは、一昨年、2020年12月9日の電話。
「余命二か月」を宣告された上での生前相談だった。
しかし、抱えている問題に反して、K子さんが、あまりに平然と、また淡々と話すものだから、はじめ、私は「冗談?」「いたずら?」と疑った。
ただ、話は事実であり現実であり・・・その後の関りはブログ三篇に記した通り。
この世での付き合いは、二か月程度の極めて短いものとなったが、同時に、二度と得られないような濃い時間となった。

もちろん、K子さんのことをブログに書くことは、本人も了承済みだった。
2021年1月26日に「前編」をあげると、早速、読んでくれたらしく、翌日には、
「うお!? 
なんかもしかして、ブログに登場してきましたかワタシ!?
なんかすごい嬉しいです。
でも私へのお気遣いは全く無用ですので、お好きなように書いちゃってくださいね!!
お返事はいりませんよ~」(原文のまま)
と、メッセージを入れてくれた。
喜ぶような場面ではないのに、とても喜んでくれたK子さんに、私は、何やら、自分に存在価値のようなものを感じ、場違いも省みず、少し誇らしく思ってしまった。

また、後日には
「私はブログを拝見しながら ずっと“この人とお友達になりたいなぁ”と思っていたことを思い出しました。」
「私が死ぬことで、友人達に何かの芽が発芽してくれたら、こんなに嬉しいことはないなぁと思いました。」(※「一粒の麦」の話から)
とのメッセージを送ってくれた。

最期に会ったのは、宣告された二か月が経過した2021年2月6日の午後。
癌は確実に進行しており、その前に会ったときに比べて体調は明らかに悪化。
それは、K子さんの動作や口調から、ハッキリ見てとれた。
とりわけ、頭(脳)に支障をきたし始めていたようで、著しい物忘れに苦悩。
TVのリモコン操作や冷蔵庫から飲み物を出してコップに注ぐといった、極めて簡単な日常的動作も、ゆっくり考えながらでないとできないくらいに。
それは本人も自覚しており・・・次第にダメになっていく自分を、培ってきた精神力でやっと支えているといった感じだった。

そこでも、色々な話をした。
K子さんについて書いたブログの話もした。
私が、独りよがりであることを承知のうえで、
「とにかく、K子さんに読んでもらいたい一心で書きました!」
「一文字一文字を渾身の想いで打ちました!」
と伝えると、
「ありがとうございます・・・何度も読み返しますね」
と、穏やかな表情で私に礼を言ってくれた。
一方、泣きたいのはK子さんの方だったのかもしれなかったのに、何故か、私の目には、薄っすらと涙が・・・
悲哀?同情?感傷?達成感?独善?、それは、得体の知れない涙だった。

K子さんは、“死”というものについて、私が、どういう概念を持っているのか尋ねてきた。
私は、
「この肉体は、この世の服みたいなもので、“死”というものは、それを脱いで天の故郷に帰ることみたいに思っています」
と応えた。
すると、同意するでもなく反論するでもなく、ただ、
「そうなんですか・・・なるほどね・・・」
と、不思議そうな表情を浮かべ、その後、感慨深げにうなずいた。

「“人生は楽しまないと損”と思いますか?」
と問うと、
「そうは思いません・・・後悔はありますけど、“楽しまなきゃ損”と言う考え方は、何だか薄っぺらく思えますね」
と応えてくれた。
幸せな話の少なかったK子さんだったが、それでも、ここまで生き抜いてきたことに ささやかな誇りを感じ、また、ここまで生かされてきたことに ささやかな幸せを感じているようでもあった。

それまでのやりとりの中で、私が、無神経なくせに神経質な人間であることは充分に伝わっていたはずだったので、
「私に友達がいない理由が少しはわかるでしょ?」
と言うと、
「私は、勝手に友達だと思っていますよ」
と愛嬌タップリに応えてくれた。
私は、素直に嬉しかった。

「死ぬのはいいけど、苦痛だけは困る」
K子さんは、何度もそう言っていた。
“死”への恐怖ではなく、身体的苦痛への恐怖感は強かったよう。
頼みの綱だった麻薬系の薬も効きにくくなり、痛みに襲われたときは、かなり辛かったみたい。
あまりに辛いときは、耐えきれず、規定量を超えて薬を服用。
その効果で、一時的に痛みは軽減するものの、同時に、それは頭(脳)へ大きなダメージを与えた。

「あと、二度でも三度でも会いたいなぁ・・・」
K子さんは、私にそう言ってくれた。
誰かに必要とされることが少ない人生を生きてきた私には、ありがたい言葉だった。
ましてや、K子さんが最期を迎えるにつき、私が役に立つことがあったとすれば、「ここまで生きてきた甲斐があった」いうもの。
ただ、K子さんは、その言葉の後に、
「でも・・・それで死ぬのがイヤになったら困るな・・・」
と、寂しげにつぶやいた。

ときに、時間は残酷なもの・・・
差し迫っている現実は、夢の話ではなく抗いようのない事実なわけで・・・
その言葉に、私は、今までに覚えたことがないくらいの切なさを覚え、返す言葉を見つけられず、その場に流れる静かな時間の中をさ迷うばかりだった。

そんな中で、私は、K子さんに三つのお願いごとをした。
一つ目は、
「亡くなったときは私にも連絡が入るようにしておいてほしい」ということ。
これについては、
「友達に頼むしかないけど、何か方法を考えておきます」
とのことだった。

二つ目は、
「死んだ後、何らかの合図を送ってほしい」というもの。
何という無茶なお願いだろう・・・
フツーなら、かなり無神経、かなり不躾、また、酷な言葉のはずだが、K子さんと“死”を語るのはタブーではなく、“死”は、我々の関係性の中心にあるものだった。
「死んでから、できることなら、何か合図みたいなものを送ってくださいよ」
「ラップ音とか?」
「そうそう!」
「え~!? なんか、恐くないですかぁ?」
「普通だったら恐いでしょうけど、不可解な現象があったらK子さんだと思いますから」
「そうですかぁ・・・」
「(心霊写真のように)スマホの画像に写り込んでもいいですよ!」
「いやぁ~!・・・さすがに、そんな図々しいマネできませんよぉ~!」
と、二人で、真剣な話を冗談のように話して笑った。

三つ目は、
「最期を迎えるにあたって、思いついたこと何でもいいから、率直な想いを言葉にして残してほしい」というもの。
それまでにも、色々な考えや想いを伝えてもらっていたが、まだまだ聞きたいこと知りたいことが尽きなかった私は、以降も、その心持ち吐露してほしくて、そんなお願いをした。
それが、K子さんがいなくなってからも続くであろう自分の人生において貴重な糧になると考えたのだ。
しかし、その後、K子さんの体調は急激に悪化し、メールを打つこともままならない状態になってしまった。

最後に文章らしい文章が届いたのは、2021年2月8日23:12のこと。
「なかなかお返事できなくてすみません。メールが打てなくなったら、次は入力がほとんどできなくなりました。
日々退化しているようです
メール打つのもすごく時間がかかります
このままではめーるすら打てなくなるかもと焦っています
キーボードも日々打てなくなっていて、今現在は退化しているかもです」(原文のまま)

そして、生前最後の言葉は、その少し後、2月9日0:29に受信。
最後に、私に伝えたいことがあったのか・・・
意識が朦朧とする中で、必死の想いでスマホを打ったのだろう・・・
受信したのは「もっといっぱさん」の八文字。それだけ。
一見、意味不明な言葉だが、私には、その意味がすぐにわかった。
「もっと、いっぱい話したかった」
私は、そう受け止めた・・・間違いなくそのはずだった。
元来の薄情者のくせに、その人間性を無視するかのように、私の目には涙が滲んだ。
「“もっと、いっぱい話したい”ですよね? 言葉にならなくても、その想いは伝わってますよ!」
と、私は、すぐにメッセージを返した。
事実、私も、もっとたくさんのことを訊きたかったし、聞きたかったし、話したかった。
が、しかし、もう“K子さん”からメッセージが送られてくることはなかった。

そのまま音信は途絶え、安否がわからぬまま一か月が過ぎ・・・
3月9日の午後、会社に一本の電話が入った。
私宛で、要件は「“K子さん”の件」とのこと。
私は、某腐乱死体ゴミ部屋での作業を終えて、次の現場へ移動するため車を走らせていた。会社から知らせを受けた私には、話の内容が何であるか、すぐに察しがついた。
車をとめ、伝えられた番号に電話をすると、相手は「K子さんの友人」を名乗る女性だった。

K子さんが自宅から病院に移ったのは2月18日。
つまり、「できるだけ自宅に居たい」と言っていた通り、私に最後のメッセージを送ってから、10日も自宅で頑張っていたわけ。
容赦なく襲ってくる苦痛・・・
急速に失われていく自我・・・
日々、医療スタッフが訪れてサポートしていたはずだけど、さぞツラかったことだろう。
癌は脳にまで転移。
モルヒネを打つほかに苦痛を和らげる手はなく、あとは死を待つばかり・・・
その頃は、もう意識も混濁し、自分のこともわからなくなっていたそう。
最期は昏睡状態。
そうして、3月2日、K子さんは、その生涯に幕を降ろしたのだった。

K子さんの死を知った私は、一人、運転席で涙。
音信不通になってから、「もう亡くなったのかもな・・・」と覚悟はしていたのだが、実際に、その知らせを受けてみると、おとなしくしていた感情が噴出。
「悲しい」とか「寂しい」とか、そういうのではなく、「わびしい」「切ない」みたいな感情がドッと沸いてきた。
そして、その、今まで味わったことがない何ともいえない心持ちは、しばらく私の心を支配し、私を感情的にしたり落ち込ませたり、逆に、落ち着かせたり奮い立たせたりした。
また、K子さんと関わるきっかけとなったのは、遺品整理の生前相談だったのだが、遠戚の親族も相続を放棄し、結局、その遺品整理を当社が契約するには至らなかった。

ただ、話は、これで終わりではなく・・・
K子さんの死を知ってから三日後の3月12日8:42、私のスマホがSMSを受信。
なんと、送信元はK子さんのスマホ。
会社にいた私は、「え!?」と、周りの者が振り向くくらい、驚きの声を上げた。
まさか、亡くなったはずのK子さんからメッセージが届くなんて・・・
すかさず画面を開くと、そこには、「書き方かか」の文字が。
おそらく、「もっといっぱさん」と送った後に、「書き方が」と・・・「書き方がわからなくなってきた」と打とうとしたのだろう・・・
しかし、それも最後まで打つことができず、送信ボタンさえ押せず・・・
そんな極限状態になってまで、私に言葉を送ってくれようとしていたなんて・・・
多分、スマホの契約が解除される際に、未送信メッセージが処理されて私に届いただけのことなのだろうけど、私には、それがK子さんに話した“二つ目のお願い事”のように感じられ、あり余る想いに胸がいっぱいに・・・
そうして、それをもって、今生におけるK子さんとの関りは、すべて終わったのだった。


誰の命にも終わりがある。
誰の人生にも終わりがくる。
いずれは、誰しも死んで逝く。
言われなくてもわかっている。
しかし、人間は、どこまでも愚かで、どこまでも無力。
「生きている」という、その奇跡的な希少性を蔑にし、目の前の雑事に心を奪われ、小さなことにつまずき、克己を忘れ、大切な時間を空費してしまう。

K子さんとは、本当に短い付き合いだった。
しかし、とてつもなく濃い時間だった。
そして、本当に稀有な出逢いだった。
多分、この先、こんな出逢いは、二度とないだろう。
仮に、あったとしても、K子さんくらい明るく死と向き合う人はいないと思う。
幼少期から過酷な経験をし、苦労の連続で、辛酸を舐めたことも多々あり・・・
「“よく死なずに生き続けてこれたな・・・”と自分でも思います」と、話していた。
そこには、病魔に襲われ、家も家族(愛猫)も仕事も奪われ、余命二か月を宣告され、それでも、「前向き」という言葉が陳腐に感じられるくらい明るく生きる姿があった。
世間の片隅で、自分の人生を生き抜いた一人の女性の、泣き笑い、幸せと不幸があった。
そこから“一粒の麦”をもらった私は、これからの人生で、それを咲かせ 実らせるべきなのだろう。

私は、「生涯 忘れません」と約束した。
だからでもないが、K子さんのことは、今でもよく思い出す。
目には見えず、耳にも聞こえず、肌にも感じられないけど、どこかで強い味方になってくれているような気がしている。
そして、その度に、透明な空気の中から「かんばって!」と応援してくれる声がきこえてくるような気がするのである。



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トンネル

2022-02-22 07:00:50 | コロナ死亡現場
一昨日、北京冬季オリンピックがやっと終わった。
TVは、連日、オリンピックの話題に終始。
各局、同じことの繰り返しで、飽き飽きするような放送ばかり。
一部(大勢?)の人の間では、かなり盛り上がっていたようだが、私は、げんなり・うんざり。
昨夏の東京大会同様、「大のオリンピック嫌い」と言っても過言ではない私にとっては、ある意味、薄暗いトンネルの中にいるような状態だった。

一方で、コロナ関連のニュースは、同じことの繰り返しでも、飽きずに観てしまう。
自分の生活や身に直結することだから、やはり、関心がある。
で、知っての通り、今、減少傾向にあるとはいえ、それでも、第六波の感染者数は凄まじいことになっている。
「ピークアウトしている」といった見方が大勢のようだが、こんな状況ではピークアウトもへったくれもないように思う。
現に、重症者や死亡者は増加傾向にあるし、感染者が増えている県もある。
また、医療従事者をはじめ、大変な思いをしている人もたくさんいるわけだし。

人の不幸を横目に「幸い」と言ってはいけないのだが、幸い、まだ、私自身は感染しておらず、直接の知り合いにも感染者は発生していない。
が、東京では“ステルス”も確認されたようだし、こうなってくると、自分が、いつ感染してもおかしくない。
まずは、はやいところ三回目のワクチンを打ちたい。
とりわけ、高齢の両親には、はやいところワクチンが回ってきてほしい。
いずれは、死に別れなければならない時がくるとわかってはいても、できるかぎりの策を講じて、やっと覚えた親孝行したい気持ちを少しでも具現化したいから。

どちらにしろ、現実的には、自分が感染してしまうことや、身近なところで感染者が発生してしまうことも想定しておかなければならない。
そうなると、生活は一変するだろう。
自分が濃厚接触者になったらどうすればいいのか、
検査が迅速に受けられるのかどうか、
感染したら、ただちに病院にかかれるのかどうか、症状はどの程度か、
不安は尽きない。

私は、ワクチンを二回打っているから、少しは、それが安心材料になっている。
ワクチンを打っている人とそうでない人の重症化リスクには差があるらしいから、可能性の問題とはいえ望みはある。
ただ、打てない事情はなく、自らの意思でワクチンを打たなかった人は、今、どういう心境だろう。
私の周りにも何人かいるが、私の目に、そういう人達は、ワクチンについてネガティブな情報ばかりをかき集めているように見える。
しかも、真偽が定かではないようなネット情報ばかりを。
“オミクロン”や“ステルス”が出現するなんて想定してなかったはずで、中には、「打っとけばよかった・・・」と後悔している人もいるのではないだろうか。
とにもかくにも、その想いは、未接種者に対する“優しさ”や“思いやり”からきているのではない。
何かに勝ったときの感覚みたいな、妙な優越感からきているもの。
そんな感情を抱いてしまうところに、私の弱点があるわけで、そういう性質が治らないかぎり、私はダメな人間のままなのだろうと残念に思う。



訪れた現場は、賃貸アパートの一室。
「老朽」というほど傷んでもなかったが、やや古め。
間取りは、狭い1R。
地域の相場に比べれば、割安の物件。
そこで、住人であった中年男性が死去。
わりと早く発見されたため、特段の汚染や異臭はなかった。

ただ、部屋は、男の一人暮らしにありがちな状態。
ロクに掃除もされておらず、そこら中、ホコリまみれカビまみれ。
生活用品やゴミも散らかり放題。
お世辞にも「きれい」と言える部分は、片隅もなし。
ただ、自分で暮らせはしないけど、このくらいの不衛生さは、私にとっては軽症。
ここよりはるかにハードな現場も数多く処理してきたわけだから、いちいち驚くほどのこともなかった。

気になることは他にあった。
それは故人の死因。
不動産管理会社から伝えられた死因は「新型コロナウイルス」。
つまり、今、流行っているヤツの原型。
どういう経緯で死因がコロナだと判明したのかまでは知らされなかったが、故人がコロナに感染していたことは事実のよう。
今と同様、皆がコロナに警戒しているときで、管理会社も「あとはヨロシク!」といった具合に作業を丸投げしてきた。

「気がすすまないなぁ・・・」
死因が新型コロナウイルスであることを知った私は、そんな風に思った。
今よりも更に未知の部分が多かったあの時期だったら、大抵の人がそう思うだろう。
が、こういう現場に先陣を切るのは“特掃隊長”の役目だったりもするわけで・・・
どちらにしろ、他に進んで行ってくれる者はおらず、立場的に他の誰かを行かせることもできず・・・
どこをどう考えても、私が、この現場を避けることは無理な状況・・・
キッパリ諦めて、自分を差し出すほかなかった。

調べたところ、住処(人体)を失ったウイルスは、いつまでも生きているわけではないらしい。
うまく生き延びられたとしても、2~3日のもの。
仮に、部屋にウイルスが残留していたとしても、故人が亡くなってから数日も間を空ければ、ウイルスはすべて死滅するはず。
ということは、それだけの期間を空ければ安全ということ。
更に、いつもやっている消毒を施せば、万全になる。
しかし、しかしだ、それは、あくまで、よそでの研究結果。
今回のコロナウイルスには未解明な部分が多く残っており、おまけに、一度もワクチンを打っていなかった私は、不安がなくはなかった。

アパートの他の住人も、故人がコロナで亡くなったことを承知。
同時に、コロナウイルスに嫌悪感や恐怖心を抱いていた。
だから、周辺で居合わせた誰も、故人の部屋には近づかず。
その部屋に出入りする私をも警戒し、バイキンから逃げるように、そそくさと姿を消した。
中には、「ドアや窓を開けっぱなしにしないで!」と、遠くから言ってくる人もいた。

しかし、そんな状況でも、隣室の初老男性だけは態度が違った。
故人と親しく付き合っていたようで、マスク着用で一定の距離を保ちながらも、
「(死因を)聞いてるよね?」「大丈夫?」「気をつけてね!」
と、優しい言葉をかけてくれた。
これには、随分と気持ちが癒された。

部屋に残留しているかもしれないコロナウイルスが死滅するのと待つため、私は、作業に着手するまでは、充分な期間を設けた。
その上で、念入りに消毒を実施。
更に、本件に携わるスタッフも最少人数に限定。
そして、室内での作業は、ほとんど私一人で行った。

部屋の始末が終わると、もう、この部屋からコロナに感染する心配はまったくなくなった。
隣室の男性も、安心したようで、
「大変だったでしょ・・・ご苦労様でした」
と、私を労ってくれた。
そして、
「あれじゃ、コロナにかかっても仕方がないよ・・・」
と、故人との想い出を話し始めた。


故人が、このアパートに越してきたのは、数年前。
男性と、ほぼ同時期。
故人が、引っ越しの挨拶に来たのが最初の会話だったそう。
話してみると、歳も同じくらいで、境遇も似たようなもの。
独り身の寂しさも手伝ってか、親しみを覚えた。
そして、あるとき、偶然、近所と居酒屋で居合わせ、一緒に酒を飲んだことがあった。
それを機に、男性と故人の距離は一気に縮まり、親しく付き合うようになった。

二人とも酒が好きで、コロナ前は、外で一緒に酒を飲むことも多々あった。
ただ、お互い、仕事の話はほとんどせず。
お互い、紆余曲折があって、このアパートに転がり住んだ身の上。
下り坂にさしかかった人生、再起を期して、新しい生活をスタートさせたのかも・・・
過去に仕事がうまくいっていたら、こんな境遇には陥らなかったかもしれず・・・
そんなところで、仕事の話をしたって、楽しい会話になるはずもなく・・・
だったら、そんなネタを捨て置いた方がいいわけで、仕事のことは詳しく訊かず、話さず・・・それが暗黙のルールになりマナーになった。

楽しい酒の席で仕事の話をするのがナンセンスであることは、何となく私にもわかる。
昔、仕事の自慢話や愚痴を聞かされながら酒を飲んだことが何度かあるが、そのつまらないことといったら、もう、腹が立つくらい。
せっかくの美味い酒が台なしになる。
また、私に至っては、仕事の話をした日には、酒がマズくなるどころか吐いてしまうかもしれないし。
で、男性も、故人の仕事の詳しい事情は知らず。
ただ、故人の様子をみていると、コロナの煽りを喰って、うまくいかなくなっていたことは何となく察することができた。

コロナが流行りだしてから、男性は、不要不急の外出は自粛。
世間の風潮に合わせてマスク生活を送るように。
しかし、一方の故人は、そんなこと一向にお構いなし。
マスクをつけることはなく、
男性が、「マスクくらい着けた方がいい!」「飲みに行くのはやめた方がいい!」といくら忠告しても、まったくきかず。
マスクを着けることはなく、パチンコに行ったり、飲みに出かけたりと、生活スタイルを変えることはなかった。

コロナ前、故人は、羽振りがよさそうにしていた時期もあった。
しかし、コロナが流行りだしてからは、キチンと仕事をしている風ではなかったよう。
故人は、自分の努力や忍耐ではどうにもできないコロナ不況に陥っていたのかも。
その姿は、どこか、「ヤケクソ気味」というか、「投げやりになっている」というか、自暴自棄になっているように映った。
故人の死因は、あくまでコロナウイルスによるものだったし、男性が「自殺」という言葉を使ったわけではなかったけど、男性の語り口には、それを匂わせるものがあった。
そして、それは、私に、ありがちな同情心と、えも言われぬ緊張感を覚えさせたのだった。


コロナが世界で流行りはじめた頃、確か、ハーバード大学の研究チームだったと思うが、
「このコロナ禍は、波と凪を繰り返しながら三~四年続く」
という予想を発表したことがあった。
それを聞いた私は、
「まさか・・・」
と、耳を疑った。
「頭のいい人達の考えだから、まったくの見当違いってこともないんだろうけど・・・」
と思いつつも、
「さすがに、それはないだろぉ・・・」
と、ほとんど信用しなかった。

しかし、現実はどうだ・・・
コロナ禍は、三年目に入る。
そして、オミクロンの後にステルスオミクロンまで出てきて、第七波の襲来も想像だけでは済まなそう。
ということは、コロナ禍が年内でおさまることは考えにくく、前記の研究チームのシュミレーション通りになるのは、ほぼ確実。

多くの庶民は、切り崩せる貯えに限界をもつ。
減っていく一方の仕事と貯金を前にすると不安感は大きくなるばかり。
誰かのせいにしたくても誰のせいにもできない現実。
誰かに助けてもらいたくても誰も助けてくれない現実。
心が折れない方がおかしいくらい。
先の見えない暗闇にあって、「この先、どうやって生きていけばいいのか・・・」と頭を抱えている人も多いはず。

コロナウイルスで亡くなる人、コロナ苦で亡くなる人、また、コロナ禍で死にそうになっている人は、世界にたくさんいる。
絶望の淵をさまよいながら、冷たい雨に打たれながら、暗闇に怯えながら、
「自殺はご免、だけど、生きているのもツラい・・・」
と、一日一日を、必死の思いでやり過ごしている人も少なくないのではないだろうか。
「何のために、そうまでして生きなければならないのか・・・」
と、自問している人も少なくないのではないだろうか。

しかし、このトンネルにも出口はある。
今は、まだ見えていないだけ。
ただ、ここまで打ちのめされると、「明けない夜はない」「やまない雨はない」等といった安売りされた精神論は役に立たない。
残念ながら、それを自分に信じ込ませるだけでは、出口まで元気に歩き切る力を得ることはできない。

そう考えると、人に死があること、人生に終わりがあることは、救いなのかもしれない。
信じようが信じまいが、“死”という“出口”は誰にもあるのだから。
そして、出口までの距離は、自分が恐れているほど遠くない。
振り返ってみればアッという間だったりする。
だったら、たまには、闊歩してみようか。
下を向いてトボトボ歩こうが、上を向いてサクサク歩こうが、暗いトンネルを歩かなきゃならないことに変わりはないのだから。

・・・と、こうして、長々と文字を連ねながら、いつまでも明るい出口が見えない自分を励ましているダメ親父なのである。



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いきづまり

2022-02-10 07:03:20 | 腐乱死体
息詰まる熱戦が繰り広げられている北京冬季オリンピック。
ただ、例によって、私は、興味薄。
連日のTVニュースも飽き飽き。
昨夏もそうだったが、あまりに内容がしつこいと、イラ立ちさえ覚えてしまう。
で、オリンピックの話題をやっていないチャンネルに変えてしまう。

しかし、この前の、スキージャンプ混合団体での出来事は、ちょっと違った。
そう、女子選手がスーツの規定違反で失格になった件だ。
軽はずみな感情なのかもしれないけど、その選手が泣き崩れている姿を見ると、こっちまで“うるっ”ときてしまった。
年齢でいうと娘くらいの子が、あんなに泣いているなんて・・・このポンコツ親父は、可哀想で 可哀想で、仕方がなかった。
そして、自分のダメさを棚に上げて、「人間としても選手としても、これをバネにもっと飛躍してほしい」と強く願った。

そんな二月も、もう中旬に入る。
今更、正月の話をするのもなんだけど・・・
その時季の風物詩の一つに餅がある。
で、この正月、餅を食べた人は多いだろう。
そういう私も食べた。
しかし、肝心の雑煮は食べなかった。
正月くらいは食べてもよかったのだけど、病人のように寝込んでしまい、結局、食べずじまい。
またしばらく、雑煮を口にすることはないだろう。

ただ、私の場合、普段から、たまに餅を食べることがある。
意識して常備しているわけではないのだけど、個包タイプは常温で長期保存できるから、家に餅が置いてあることが多い。
それを、時折、思い出したように食べるのだ。

好きな食べ方は、大福っぽくした粒餡トッピング。
チンして柔らかくした餅に、市販されている既成の粒餡をのせる。
それに、バター(正しくはマーガリン)を少し加えることもある。
ピーナッツバターを試したこともあるが、これはこれで美味だった。
ゴマ団子みたいな風味になるので、ゴマがあったら、ゴマを混ぜたりもする。
もともと、大福とか粒餡菓子は好物なので、とにかく、和菓子感覚で、甘くして食べるのが好きなのだ。

そして、食べるタイミングは、いつも就寝前。
晩酌の後の“締め”で食べるのだ。
ただ、そんな食べ方は、中年男の身体によくはない。
また、酒を飲んだ後、寝る前にそんなことしてたら、普通なら、速攻で太るはず。
なのに、今の私は、体重が増えない。
餅を食べない日はインスタントラーメンを食べることも多いのだが、まったく増えない。
歳のせいか精神的な問題が、食欲も減退しており、一日の総接種カロリーが大したことにはなっていないせいだと思う。
しかし、不健康に太るのはイヤだけど、不健康に太らないのもイヤなもの。
心身ともに元気になり、食欲旺盛なくらいに戻りたいと思っている。

しかし、そんな餅で事故が起きることがある。
毎年、正月は、餅をノドに詰まらせる事故が多発する。
そして、気の毒なことに、そのうちに何人かが、それで亡くなってしまう。
そのすべてが高齢者。
仕方がないことだが、老いとともに身体能力は落ちていくわけで、噛む力も飲み込む力も弱くなっているのだろう。
急に、呼吸ができなくなる苦しみと恐怖感を想像すると、気の毒で仕方がない。



依頼された現場は、街中に立つ一軒家。
二階建ての二世帯住宅。
故人は一階部分で生活。
二階には、本件の依頼者である故人の娘(以後「女性」)とその家族が生活。
で、故人は、自宅の風呂で、浴槽に浸かった状態で孤独死。
発見は比較的はやかったようだったが、それでも、しばらく放置されていた。

「湯に浸かっていた時間は数時間」
女性は、私にそう説明。
ということは、余程、湯が沸いてないかぎり、汚染はライト級のはず。
場合によっては、女性や家族でも掃除できるレベルではないかと思った。
しかし、
「浴槽の栓は抜けているのに、浴槽の半分くらいまで水がたまったままになっている」
とのこと。
排水口に何かが詰まっていることは女性にも容易に想像でき、何が詰まっているのかも、ある程度、想像できているよう。
そう、それは、故人の身体の一部・・・
結局、女性は、浴槽に水が溜まったままになっているのが怖くて、それ以降、浴室に入ることができなくなってしまった。
「たった数時間で?・・・追い炊き機能が動いていたのかな・・・」
私は、怪訝に思いながらも、女性の動揺が感じ取れたため、それ以上のことを尋ねるのはやめ、とりあえず、現場に行ってみることにした。


現場の到着した私を出迎えてくれた女性の顔は曇っていた。
そして、
「恐くて見れないんです・・・」
と、申し訳なさそうにした。
「家族とはいえ、誰しもそうですよ・・・」
と、私は、“気にすることじゃありませんよ”といった雰囲気を前面に醸して女性をフォロー。
それから、女性に促されるまま家に上がり、女性が指差す方の浴室に向かった。

浴室の扉を開けると、独特の異臭が鼻を衝いてきた。
ただ、それは熟成されたニオイではなく、わりとアッサリとしたニオイ。
あえて言うと、生活雑排水と糞尿臭を混ぜて濃くしたような感じ。
もちろん、これでも充分にクサいのだが、“クサいもの慣れ”している私には、「アッサリ」に感じられた。

「しかし・・・これは、“数時間”じゃないな・・・」
水の濁り具合やニオイの感じからして、私は、一~二日の浸水を想像。
ただし、そのことを女性に尋ねる必要は何もない。
また、「数時間」と言った女性の心情もよくわかる。
故人が、突然、風呂で亡くなったことも、発見が遅れたことも、不可抗力な出来事。
人知を超えた領域のことで、女性に非や責があるわけはない。
とは言え、二世帯住宅だろうと同じ家に暮らしていながら、父親の異変に気づくのが遅れたことに罪悪感みたいなものを抱いていたのだろう。
だから、「数時間」と言ったのは、世間体を気にしてのことや私に対しての気遣いだったのかもしれなかったが、自分でも そう思い込みたかったのだろうとも思った。

ちなみに、浴槽死で長期放置だと、かなり厄介なことになる。
想像できるだろう・・・自動運転機能が働いていると、低温調理みたいになって、もう、言葉では表せないくらい強烈なことになる。
しかも、部屋死亡のケースとは異なり、生臭いような、腹をえぐるような、何とも言えない独特のニオイを発する。
当然、見た目も超グロテスク!
色んなモノが溶け込んでいて・・・もう、頭がブッ壊れそうになる。

湯に浸かった遺体は、まず、皮膚が剥離。
よく、日焼けしたとき等に剥がれる、薄い表皮だ。
これが、水でふやけた状態になるから、厚みを増して大きく膨張し、見た目は半透明のレジ袋のようになる。
過去にも書いたが、脱皮したかのようにきれいに抜けている場合もあり、「手袋?」と見まがうくらい良質(?)の状態のものもある。
あと、身体の筋肉が死んでしまうわけだから、脱糞していることも多く、底に糞便が残っていることも少なくない。
おそらく、放尿もしてしまうのだろうけど、尿は水と混合してしまうため判別できない。

この風呂の水も、薄く汚濁。
底に何が沈んでいるか見通せず。
とにもかくにも、浴槽に水が溜まったままでは掃除のしようがない。
私は、まず、バケツで水を汲み、それをトイレに流す・・・バケツで汲みきれない水位に下がるまで、それを繰り返した。
もちろん、汚水をトイレに流すことは女性に許可してもらったうえで。

水位が下がるにつれ、水の濁りは増してきた。
底に沈殿していた異物が水流によって舞い上がるためだ。
ただ、目を引く程の固形物はなく、小さな皮膚の断片が数枚、クラゲのように舞ってくるぐらい。
ヘビーな何かが現れることに緊張しながらの息詰まる作業だったので、私は、ホッと一息。
その場で腰を伸ばして、特掃根性のギアを一つ落とした。

水位が数センチにまで下がったところで作業変更。
排水口は指が入れられる状態になり、私は、軽く指を差し込んでみた。
しかし、水中で手袋をしているせいか、何かに触れた感覚はなし。
とにかく、執拗に指を入れて詰まりがヒドくなったら、作業が行き詰まってしまう。
私は、排水口を目視できるようになるまで、浴槽の汚水を完全に除去することに。
バケツを小さな容器に変え、それでもすくえなくなったら、小さなチリトリを持ってきて、手で汚水をかき集めた。
そして、最後は、雑巾。
雑巾に染み込ませては、バケツに絞り・・・それを繰り返し、浴槽の底を完全に露出させた。

案の定、排水口には、遺体の一部らしき物体が詰まっていた。
一本しか入らない指は諦め、サジのような形状にした針金を差し込んで、少しずつ物体を取り出した。
取り出してみると、それは皮膚。
私は、それらを小さなビニール袋に集め入れた。
また、浴槽の底には、糞便も残留していたが、さすがに、それはトイレに流させてもらった。
皮膚と一緒に収拾したところで、女性も困っただろうし。
もっと言うと、気分を悪くしたかもしれないし。

私は、ビニール袋に入れた皮膚片をハンドタオルに包んで、女性に差し出した。
「何ですか?これは・・・」
私が差し出した包みを見て、女性はそう尋ねた。
「浴槽に残っていた皮膚の一部です・・・」
うまいウソを思いつかなかったし、ウソをついても仕方がなかったので、私はそう答えた。
「・・・・・」
女性は、絶句し手を口に当て、目に涙を滲ませた。
「火葬のとき、柩に入れてください・・・」
私が、そう言うと、女性はゆっくり包みを受け取った。

“余計なことをしてしまったかな・・・”
私は、そう思ったが、遺体の一部が浴槽に残留していたことは女性も察していたはず。
で、それを汚水と一緒にトイレに流したとなると、そっちの方がマズイことになると判断したのだった。

女性は、差し出した包みを悲しそうに見つめながら、
「・・・ということは、こういうものが外の浄化槽にある可能性もありますよね?」
と、私に質問。
私は、
「そうですね・・・その可能性はありますね・・・」
と返答。
すると、女性は、潤んでいた目を更に潤ませ両手で顔を覆った。
“しくじった!”
女性が悲しむ姿を目の当たりにした私は、とっさにそう思った。
ウソも方便、機転をきかせることができなかった私は、「その可能性はないと思います」と答えればよかったところ、バカ正直に答えてしまった。

女性は、浴室で体調が急変し、二階に向かって助けを呼んだかもしれない父親を一人で死なせ、それに気づかず放置し、ほんの一部とはいえ その身体をゴミ同然に流し捨ててしまったことを深刻に捉え、後悔の念と強い罪悪感に苛まれているようだった。
そうは言っても、私は、浄化槽の清掃まではできない。
仮に、できたとしても、日常生活で排出される多種多様の雑排物から、遺体のモノだけ取り出すのは不可能。
結局、女性に対して、気の利いた説明はおろか、何のフォローもできず。
何とも言えない息苦しさが漂う中、「仕方がないこと」と諦めてもらうしかなかった。

「きれいにしてもらって、ありがとうございました」
帰り際、女性は礼を言ってくれた。
が、その表情は曇ったまま。
私は、掃除屋としての仕事は完遂できたはずだったが、何かをやり残してしまったような感覚を拭えず。
女性の曇顔が自分のせいではないことはわかっていたけど、
“もうちょっとマシな仕事ができなかったかな・・・”
と、どことなく、ため息が出るような、息が詰まるような思いで現場を後にしたのだった。



-1989年設立―
日本初の特殊清掃専門会社
コメント
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Speed

2022-02-01 08:00:45 | 腐乱死体
それにしても、速かった!
オミクロン株の拡大スピードは。
先月初頭、にわかに感染者が増え始めたかと思うと、すぐに倍々、いや、もっとはやいスピードで感染者は増えていった。
全体的にみると重症化する確率は従来株より低いらしいが、それは、自分が重症化しない根拠にはならないうえ、「軽症」に類されても、実際の症状はけっこうな重症ときく。
また、医療従事者の感染、幼稚園・保育園や学校の閉鎖、自宅待機者や自宅療養者の急増など、今までにない問題が勃発。
従来通りの動きができない人が増えすぎて、社会インフラが麻痺し始めている。

色々考えると、心配は尽きない。
ワクチンを二回接種していても、まったく油断できず。
はやいところ三回目のワクチンを打ちたいところだけど、私のような一般人に回ってくるのは春・・・いや、夏頃になるかもしれない。
となると、私の場合、オミクロンのピークは、下がりゆく抗体のまましのがなければならないわけだ。

マスク着用・こまめは消毒・三密回避は当然のこと。
外で飲食はしないし、買い物に行く回数も最低限で、手早く目的の品だけ買う。
仕事先で人と会うときも、できるだけ換気のいい状態のところで、できるだけ距離をあけ、味気ないけど、“密”になってしまう場合、余計な会話はしないよう心掛けている。
また、街で人とすれ違うときも、できるだけ端に寄って距離をあけるようにしている。
意味ないとは思うけど、距離が空けきれないときは息を止めることもある。
そういった具合に、私は、感染対策にかなり気をつかっている方だと思うのだが、日々のニュースでオミクロン株の威力を目の当たりにしていると、「今回は防ぎきれないかもな・・・」という諦めの気持ちも湧いてくる。

それでも、第六波だっていつかは収束する。
それが、春なのか夏なのか、はたまた秋になるのかわからないけど。
既に、“ステルス”による第七波もささやかれ始めているが、それがくるかどうかは別として、昨秋のように、再び一息つける時期がくるとありがたい。
特に、何がしたいわけでもないけど、そうなったら、この日常から脱出して、どこかに出かけたい。
ドライブに出かけるのもヨシ、温泉旅行とかで遠出するものヨシ、再び老親の顔を見行くのもヨシ。
とにかく、この曇天の生活圏から脱出して気分転換したい!



1月11日「誤算」の現場。
遺族が後始末から手を引いたものの、そのまま放置することは、大家にとって、自分で自分の首を絞めるようなもの。
結局、特殊清掃・消臭消毒は、大家の負担で実施することに。

間取りは1DK。
時季は真夏で、故人の肉体は猛スピードで腐敗溶解。
故人が倒れていたのは部屋の真ん中で、下半身は布団、上半身は床。
その人型は、腐敗物となってハッキリと残留。
布団は、タップリの脂が浸み込んだような状態でグッショリ!
床は、タップリのタールを流したような状態でベッタリ!
おまけに、頭皮ごとズレ落ちた頭髪がカツラのごとく残留。
光景もさることながら異臭濃度も凄まじく、フツーの人なら嘔吐してしまうようなレベル。
しかし、私にとっては、これも、ある種の“日常”。
部屋はどんでもないことになってはいたけど、慌てふためく程のことではなかった。

それよりも、私が閉口したのは、部屋の温度。
密閉された室内はサウナ状態で、一つ一つの汗腺から汗がフツフツと噴き出していることが感じられるくらい。
また、頭に巻いたタオルがジトッと濡れてくる感覚と、作業着の下、首筋から腹部に向かって汗が流れる感覚もあった。

ちなみに、私は、子供の頃から風呂に長く浸かるのが好き。
好みは、ぬるめの湯。
それに長く浸かっているのが好きなのだ。
一方、サウナは苦手。
昨今は、「ととのう」等と言われて、ちょっとしたブームのようになっているみたいだが、
あの不自然な高温に恐怖心を抱くのだ。
あと、それが本当に身体にいいのかどうか疑問もある。
スーパー銭湯で、よく、真っ赤な顔でサウナ室からでてきて、そのまま水風呂に飛び込んでいく人を見かけるけど、あれは、心臓や血管に悪くはないのだろうか。

もちろん、この“腐乱サウナ”は、それとは別物。
辛抱して入っていなければならないことに変わりはないのだが、そのニオイとビジュアルのインパクトは、あまりにも過激。
「ととのう」どころか、心も身体も、何もかも乱れまくる。
サウナに強い人でも、一秒たりと耐えられないだろう。

時は、外気でさえ尋常な温度ではない季節。
私は、大家からエアコンの使用許可をもらっていた。
換気扇とは違い、室内でエアコンを回しても、近隣へ迷惑はかからない。
しかし、肝心のリモコンが見当たらず。
それは、私にとっては、ある意味の死活問題。
私は、少し焦りながら、少し緊張しながら、キョロキョロと部屋のどこかにあるはずのリモコンを目で追った。

目当てのリモコンは、床に落ちていた・・・
残念ながら、腐敗液に溺れた状態で・・・
拾い上げてみると、液晶仮面はのっぺらぼう・・・
私は、かすかな希望を胸に冷房スイッチを押してみた・・・
が、「ピッ」という音もせず、エアコン本体もウンともスンとも言わず・・・
直接、本体を操作する方法もわからずじまい・・・
とは言え、未練がましく、動かないエアコンを見上げて途方に暮れていても仕方がない。
また、その後に、きれいな女性と会う約束があるわけでもない。
汗みどろになろうが、クサくなろうが、カッコなんて気にする必要はまったくないわけで、私は、頭を切り替えて、己の方位を特掃に向けなおした。

とにもかくにも、そんな所に、長時間、居続けるのは危険。
小刻みに外へでて休息し、水分を摂らないと、下手したらこっちも死んでしまう。
孤独死現場で死んでしまったらスゴ~く残念であるのはもちろん、他人様の部屋で事故っては申し訳ない気もするし、故人にも悪いような気がする。
しかも、一人きりの作業だから、「そんなリスクはない」とは言い切れず、用心には用心を重ねないといけない。
ただ、本来、人並外れて神経質(臆病)な性質の私なのだが、特掃に入ると、そんなことお構いなしに没頭してしまうクセがある。
そして、それを自戒しながらも、やり遂げた後の達成感や爽快感が大きいものだから、あちこちの現場で、麻薬(やったことないけど)のように繰り返してしまうのである。


故人が滲みだしたものをタップリ吸い込んでいる布団の重いこと重いこと。
手を当てた部分からは腐敗脂がジュワッ!滲み出てきて、その感触は、手袋が破れたのかと思うくらいリアル。
しかも、ヌルヌルと滑りやすく、また、身体に着けたくないものだから、うまく持ち上がらず。
また、室温のせいか何かが発酵しているせいか、かなりの熱を持っており、それが人の体温にも感じられて、猛烈に暑いのに背筋に悪寒が。
更には、無数のウジが潜んでおり、そいつらの逃亡も阻止しなければならず。
敷布団一枚を畳んで袋詰めするたけでも悪戦苦闘する始末だった。

床の掃除も同様。
腐敗脂は、ヌルヌル・ベトベトの状態で部屋の床面の半分近くまで拡散。
隅に置かれたタンスやTV台の下にも侵入。
汚染された面積もさることながら、上半身があった場所には、腐敗粘土が結構な厚みで堆積。
その上には、必死に(?)走る輩が・・・
「蜘蛛の子を散らす」とは、まさにこのこと。
安住の地(御布団=汚腐団)を失ったウジが四方八方に拡散逃亡。
一匹一匹のスピードは遅いものの、敵は、中年男一人で相手ができるほど少数にあらず。
私は、「外に逃げられなきゃいい」と考え、萎えそうになる根性から、やる気と根気を引きずり出して、腐敗物の除去作業に入った。

ただ、そんな凄惨な現場にも、過酷な作業にも救いはある。
それは、自分の裁量でやれること。
「あぁやれ、こうやれ」と指示してくる者もいなければ、文句を言ってくる者もいない。
自らの判断で、必要なだけ頑張り、必要なだけ休憩をとればいい。
焦る必要もないし、慌てる必要もない、落ち着いてやればいいだけのこと。
あと、まったくの独り善がりなのだけど、仮に、この作業を故人が見ていたとしたら、きっと感謝してくれるんじゃないかな・・・と思えること。
そこに、この仕事の“楽”がある。


誰しも経験があるだろう・・・
楽しいとき、楽なときは時間が過ぎるのがはやい。
日常的なのは、朝の起床時。
「ウソじゃないか!?」と思うくらい、時計が進むスピードは速い!
先日、両親と共に過ごした時間も、やたらと短く感じた。
逆に、楽しくないとき、苦しいときは時間が過ぎるのが遅く感じる。
昔、十代の頃、工場で単純作業のアルバイトをしていたときは、本当に時間が過ぎるのが遅く感じられた。
「もう30分は経っただろう・・・」と思って時計をみると、たった10分しか経ってなかったりしたもの。
あと、最近では、一日一日が過ぎるのが遅く感じる。
多分、今の精神状態が・・・この日々が苦しいからだと思う。

特殊清掃における時間感覚も特有のものがある。
この仕事においては熟練者を自負している私。
自分では効率のいい作業手順を組み立ててテキパキやっているつもりだけど、終わってみると感覚以上の時間が経過していることが多い。
決して楽しい仕事でもなければ楽な仕事でもないのだけど、時間が経つのがはやく感じる。
作業に没頭し夢中になっている証か・・・
良きにしろ悪きにしろ、特掃根性が沁みついてしまっているのだろう。

日常が平坦なのは、とにかく、ひたすらありがたいことなのだけど、その分、つまらない考えやくだらない想いが涌いてきて、それに苛まれやすい。
本当に愚かなことなのだけど、小さいことをグズグズと考える負のスパイラルに陥りやすい。
で、時間が過ぎるのが、やたらと遅く感じ、一日が長く感じられてしまう。
しかし、特殊清掃ってヤツは、心の余裕を奪い、私を、精神力を超えたところに導いてくれる。
人目には最悪に見える状況から、私を最善の状況に救い出してくれる。


言うまでもなく、“時”は、万民平等のスピードで流れている。
ただ、私という人間は、まったく身勝手な生き物。
その時々で、そのスピード感は異なる。

この先の人生、どのようなスピードで過ぎるのだろう・・・
はやく過ぎる感覚でありたいような、はやく過ぎてもらっては困るような・・・
どうあれ、「過ぎてみればアッと言う間だった」という人生でありたい。
そして、「悩んだことも、苦しかったことも、辛かったことも、悲しかったことも、たくさん たくさんあったけど、ま、それでも、おもしろかったかな」と思える人生でありたい。

そのためには、今、ただ楽を求めるのではなく、楽しく遊ぼうとするのではなく、一心不乱に何かに取り組むこと、何かに熱中することが大切なのではないかと思う。
理想を言えば、それは、仕事や生活から離れたところにある、趣味や娯楽なんだけど、今のところ、私は、その類の持ち合わせがない。

不本意ながらも、やはり、私の場合は、特殊清掃に励むのが手取り早い。
当然、一件一件は、おもしろくも何ともない。
だけど、人生としては、おもしろいかもしれないから。

-1989年設立―
日本初の特殊清掃専門会社
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