特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

隠し事

2014-04-14 11:39:24 | ゴミ部屋 ゴミ屋敷
依頼者は、若い女性。
依頼の内容は、ゴミの片付け。
現場は、女性の自宅アパート。
女性は、電話で色々と訊いてきたが、現場を見ないで答えられることは限られている。
私は、現地調査の必要性と説明し、女性はそれを理解。
ただ、当日の待ち合わせ場所には、アパートではなく少し離れた公園を指定。
そこから、女性に、それなりの事情があることを感じた私は女性の指示に従い、調査日時を約束した。

その日時、約束した公園に女性は現れた。
仕事は休みのはずなのに、キチンとしたスーツ姿。
作業服姿の中年男とスーツ姿の若い女性が二人でベンチに座っている光景を思い浮かべると、明らかにミスマッチ。
話が長くなりそうな雰囲気はあったけど、私は、立ち話で通すことにした。

誰しも、アカの他人に自分の身分や経歴、個人情報に関することを知られるのは抵抗があるだろう。
隠し通せるものなら隠し通したいもの。
女性も同様のようだったが、それらは、部屋の中にあるものを見ればすぐにわかってしまうこと。
それを悟った女性は、何もかも包み隠さずに話して、自分が抱える事情を汲んでもらったほうが、自分にとってはプラスと考えたよう。
私が訊きもしない事情や心情を吐露し、抱える苦悩を打ち明けた。
もちろん、そんな女性にも羞恥心はあるはず。
私は、女性の羞恥心を刺激しないよう、感情を抑えた態度と淡々とした受け答えを心がけた。


女性は、20代後半。
地方出身で、大学入学と同時にこのアパートに入居。
学生だった4年と社会人になってからの2~3年を、この部屋で暮した。
ゴミがたまりはじめたのは、就職活動を始めた頃。
公務員試験を受けるべく、その勉強を始めた頃だった。

厳しい社会情勢では、公務員は人気職種。
試験自体の難易度もさることながら、その競争率がハンパではなかった。
女性はその厳しさを知っており、とにかく、ライバルより少しでも高得点をとれるよう勉強に没頭。
それまでの生活スタイルを一変させ、友人との遊びやアルバイトも控えた。
しかし、それによってプレッシャーとストレスが更にかかってきたのか、それまでは普通にできていた片付けやゴミ出しが滞るように。
そうしているうちに、部屋にゴミが堆積していったのだった。

努力の甲斐あって、女性は公務員試験に合格。
希望の職業を手に入れた。
同時に、受験勉強から解放され、ゴミを片付けるチャンスがやってきた。
しかし、部屋には相当量のゴミ。
その惨状を前にすると、片付けようとする気力は萎えるばかり。
更に、身に染みついた生活習慣を変えることもできず、ゴミは増加の一途をたどったのだった。

女性は、就職後一年が経過すると、仕事にも慣れてきた。
収入した安定によって安定した生活が送れるようになり、社会人として一人前にやれていることに対する高揚感と達成感も持てるようになってきた。
しかし、ことあるごとに、自宅の惨状がそれに水を差した。
公に奉仕すべき公務員がゴミ部屋の主・・・
いつか誰かが、それに気づくのではないか・・・
そんな不安と恐怖感が、常に、女性につきまとった。

その状況から脱するために、女性は、引っ越すことを決意。
新居となるべく物件を見つけて、秘密裏に居を移した。
一般的には、退去一ヵ月以上前にその旨を大家や管理会社に伝えるのがルールなのに、それをせずに。
ただ、移ったのは女性自身と貴重品のみ。
大量のゴミは片付けることができず、放置されたままとなった。
そうなると、当然、賃貸借契約を終了させることはできず、家賃もそれまでと同様に発生。
女性は、新居と旧居の家賃をダブルで負担することに。
しかし、安定しているとはいえ、給与は限られた額。
いつまでも、二軒分の家賃を負担しているわけにもいかず、悩んだ末、勇気を振り絞って他人の手を借りることにしたのだった。

女性からは特命があった。
それは、大家や近隣に気づかれないように作業をすること。
しかし、アパートの周辺は、家屋がビッシリ建ち並ぶ住宅地。
しかも、真下の一階には大家が居住。
そんな環境で、他の誰にも気づかれないように作業を遂行するなんて、ほとんど不可能。
私は、できるかぎりの努力をすることは約束するけど、周囲に気づかれた場合の責任は負いかねる旨を伝え、了承を求めた。


現場の部屋は、古い木造アパートの二階。
ベランダもない狭い和室。
トイレはついていたが、風呂はなし。
洗濯機を置けるようなスペースもなし。
一階は大家の住居となっており、「アパート」というより「下宿」といったほうがいいくらいの建物。
そして、女性の説明のとおり、室内には、一般の家財生活用品に混ざり大量のゴミがあった。
床はまったく見えておらず、ゴミが結構な厚さ(高さ)に堆積。
私は、これを、秘密裏に片付けるのは不可能であることを再認識した。

大家は、老年の女性。
同じ建物の一階に居を構え、年金と家賃収入で生活。
足腰は達者ながら高齢であり、外出は少なめ。
せいぜい、買い物や病院に出掛けていくぐらい。
基本的に、自宅(一階)にいることが多かった。
しかも、女性とは顔見知り。
日常で頻繁に顔を合わせることはないものの、盆暮には女性の両親が送ってくる田舎の土産物を贈るくらいの親しい間柄にあった。

作業時、建物前にトラックもとめるし、スタッフも出入りする。
おのずと、物音も立てば話声もでる。
やはり、作業を気づかれずに行うのはほぼ不可能。
ならば、見られて困らないような外観を整えるしかない。
幸い、うちのトラックや作業服には、社名とロゴマークが入っているだけで、余計な宣伝文句はない。
したがって、ゴミをキチンと梱包して外から見えないようにすれば、普通の引越しのようにみせることができる。
そんな検討の結果、作業は引越しを装って行われることになった。

それでも、大家に何の連絡もせず、いきなり作業をするわけにはいかない。
また、作業日時は事前に伝えないのは、極めて不自然。
私は、引っ越すことを、大家に事前に伝えることを進言。
その上で、「物音やホコリで迷惑をかけたくないから、作業は大家が不在のときに行う」というのを口実に、大家の外出予定を聞きだすことを提案。
女性もそれに同意し、その後、大家の不在日時を事前に把握することに成功した。

作業の日、約束の時刻より早く到着した我々だったが、女性はそれよりも更に早く現場にきていた。
そして、大家が外出したことを、自分の目で確認していた。
それでも、女性は、真相がバレることを心配してか、緊張の面持ち。
「ヨロシクお願いします」
と、深々と頭を下げ、
「くれぐれも打ち合わせの通りにお願いします」
と念を押してから、“針のムシロ”から離れて消えた。

トラックを離れたところにとめ、まず、ゴミの荷造りから開始。
室内にいくつものダンボール箱とビニール袋を持ち込み、根気よく荷造り。
屋外での作業時間を最小限にとどめるために、それが必要だった。
そして、室内に荷物を置いておくスペースがなくなると、いよいよ搬出開始。
その後は、室内での荷造りと室外への搬出を同時併行。
それは、大家にウソをついての作業。
周囲の目を気にしながらの、罪悪感に満たない後ろめたさがともなう作業となった。

作業工程については、念入りに段取り、シミュレーションを行っていた。
現場規模に比して多めの人員も配置。
だから、特に問題も発生することなく、作業は順調に進んだ。
問題と言えば、予定より早く大家が戻ってきたことくらい。
予想していなかった大家の帰宅で、現場には緊張が走った。
そんなこと意に介さず、大家は、
「ご苦労様です」
と、にこやかに挨拶。
そして、
「ゴミがたくさんあるでしょ?」
と、意味深な一言を残して、そのまま自宅へ入っていった。
「ひょっとしてバレてる?」
私は、大家の一言に動揺。
大家の残像がグルグルと頭を巡る中、私の肝はどんどん冷えていった。
それでも、それは作業を中断する理由にはならず、ひたすら身体を動かし続けるしかなかった。

そんな労苦も虚しく、ゴミを撤去した後の部屋には、重汚損が残留。
水回りにはヒドい生活汚染、畳の一部は腐り、壁はカビだらけ、押入や桟はホコリまみれ。
とても、掃除だけですべてを復旧するのは無理な状況。
しかし、大家に見られる前にこれを何とかしなければならない。
大家の許可なく建材建具に手を入れるのは躊躇われたが、女性が責任を持つということで、畳を撤去し、クッションフロアと壁紙を剥離。
そして、その他の部分を突貫清掃した。

後日、新規畳の設置、クッションフロア・壁紙張り、水回りの仕上げ清掃等々が行われた。
部屋は、見違えるようにきれいになり、その状態で大家に引き渡された。
大家は、内装が新しくなっていることに驚き、
「次に住む人がいるかどうかもわからないのに、こんなにきれいにしてもらって・・・」
「いくらかかりました? 全額負担してもらうのは申し訳ないから・・・」
と、費用負担を申し出た。
しかし、女性は、
「長くお世話になりましたから・・・」
と、大家が申し出た費用負担を固辞。
そして、少々気マズそうに、少々照れくさそうに笑顔を浮かべた。

元の状態を知ってか知らずか、大家は穏やかに微笑んでいた。
小さな老婆であったが、私は、そこに、若輩者には持ち得ない懐の深さを感じた。
同時に、「結果よければすべて良し」と割り切るにはいささか心労が過ぎた仕事だったが、和やかに談笑する二人の姿をみると、隠し事に加担した後ろめたさも爽やかに消えていったのだった。



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春待ち人

2014-04-02 08:05:51 | 自殺 事故 片づけ
暦は四月。
やっと春。もう春。
ついこの前まで極寒が続いていたのに、いきなりこの暖かさ。
車に乗っていると暑いくらい。
ともない、桜も満開。
宴会の予定はないけど、走る車窓から街々の桜を愛でている。

見慣れた景色に桜をみると、昨年の桜が昨日のことのよう。
「もう一年たったのか・・・」
歳のせいか、一年が過ぎるのがはやい。
当り前のように移ろう季節と、当り前じゃない自分の時間の重なりが、何とも不思議なことのように思えてくる。

まだ過去形にはできないけど、今年の冬も何かとツラい思いをした。
この性格・性質を否定し、自分の不甲斐なさと若い頃の薄慮を恨めしく思った。
それでも、そんな人間にも、こうして春は来た。
何の代償も、何の努力もなく、ただ待っただけで。



「飛び降り自殺が起こった」
「血まみれで、肉片も残っている」
「住民が気持ち悪がってるから、至急、片付けてほしい!」
ある晩冬の午後、団地の管理人から、そんな連絡が入った。

出向いた現場は、大規模な団地。
同じ規格の建物が幾重にも建ち並び、単調な景色は、まるで迷路のよう。
ただ、幸い、カーナビは現場の棟まで把握。
現場の棟前に着いた私は、目に飛び込んできた汚染痕の脇に車をとめ、管理人室に到着の電話を入れた。

汚染痕は、異様に目立っていた。
その状況は、一般の人には凄惨極まりない光景に映るものと思われた。
しかし、管理人のテンションから私が想像してきた状況より軽症。
確かに、血は広範囲に飛び散り、脳片・肉片も飛び散ってはいたが、もっと凄惨な現場を何度となく経験していた私にとっては、そんなに負荷のかかる光景ではなかった。
ただ、警察が画いたチョーク線の人型が私を神妙にさせるのみだった。

「ご苦労様です・・・早速にスイマセン・・・」
「住民が次々に苦情を言ってくるもんですから、自分で掃除するしかないかとも思ったんですけど・・・やはり無理でして・・・」
管理人は、駆け足でやってきた。
そして、住人に言うかのように、必要のない言い訳を私にした。

「それが普通ですよ」
「どこの管理人さんだって、やらないと思いますよ」
私は、気マズそうにする管理人をフォロー。
事実、血痕清掃・肉片除去なんて難しい技術のいる作業ではないけど、精神的に著しい嫌悪感を抱くのは人として自然なことだから。

「で、どんな具合でしょうか・・・」
「そんなにヒドくないですね・・・私の経験の中では軽いほうです」
「あれで、軽いほう!?」
「そうですね・・・」
「・・・ということは、これよりヒドいケースも多いということですか?」
「まぁ・・・」
この惨状でも軽症ときいて、管理人は驚いた様子。
同時に、もっとヒドいという他の事例を聞きたそうに。
しかし、私は、“話したくない”という気持ちが伝わるよう無愛想に言葉を濁した。


故人は40代の男性。
飛び降りたのは、その日の昼前。
自宅のベランダでは高さや落下地点に不都合があったため、自宅階より上の階段踊場を選んだよう。
しかし、その下は、建物の出入口につながる通路。
人の往来が頻繁にあるところ。
幸い、巻き添えになった人はいなかったが、下に人がいて激突でもしていたら、とんでもないことになっていただろう。
そこのところに、故人の薄慮を非難する気持ちが湧いてきた。

私から作業内容と費用の説明を受けた管理人は、そのまま特掃を依頼。
その心積もりで来ていた私も、二つ返事で承諾。
ただ、そこは、住民が建物に出入りする際に歩く通路。
とても人目につきやすい場所。
人目が苦手な私は、作業の難易度より、人目につくことの方が気がかりに。
他の現場同様、見世物みたいになって惨めな気分に苛まれるからだった。

やはり、そこには、多くの人の往来があった。
しばし立ち止まり、遠巻きに見物する人もいたけど、ほとんどの人は黙って通過。
中には、「ご苦労様です」と声をかけてくれる人もいた。
その一言の有無は、私をあたため、また冷やした。

汚染された地面の大半は、塗装されたアスファルト地。
コンクリートに比べたら痕が残りにくい。
ただ、細かい凹凸があり、その隙間に入り込んだ脳片は硬毛のブラシで掻き出すしかない。私は、外灯と懐中電灯の明りを頼りに、何十か所にも点在する脳片・肉片をアスファルトの凹から掻き出し、一つ一つ片付けていった。

言うまでもなく、それは根気のいる作業。
しかも、時は、晩冬の夕刻。
気温はそれなりに低下し、身体は冷え、手は凍えた。
そして、その寒さと野次馬の視線は、私の作業の邪魔をした。
ただ、最も邪魔をしたのは、自分の怠け心と、つまらない自尊心だったかもしれなかった。


そんな中、いつまでも立ち去らない人影が遠くにあった。
「モノ好きな人もいるもんだな・・・」
私は、それを不快に感じた。
しかし、
「見世物じゃないんで!」
なんて言えるわけはなし。
とにかく、私は、気にしないよう努めることに。
神経を地面に集中させ、黙々と身体を動かした。

作業の合間にチラッと見ると、それは年配の男女。
夫婦のように見えた。
私と視線が合うと、二人は私に向かって会釈。
人に頭を下げられて無視するのは無礼。
しゃがんで作業していた私は、一度立ち上がって、浅く頭を下げた。

二人は、ただの野次馬ではなさそう・・・
管理会社の人間なら声をかけてくるはず・・・
故人の関係者?・・・
多分、故人の両親・・・
何かを想ってのことだろう、二人は、暗くて寒い中、私の作業が終わるのを待っているように見えた。

私は、作業を中断し、二人に近寄ってみようかと思った。
が、やめておいた。
自分が野次馬になるおそれがあったから。
黙って作業をこなすことが、私が尽くすべき礼儀だと思ったから。

自殺した故人、その痕を消す私、それを見守る両親らしき二人。
そこには、それぞれの想いと立場が交錯。
私にとって、故人はアカの他人。その両親もアカの他人。
故人の死を悼む気持ちや両親を気の毒に思う気持ちがなかったわけではない。
が、心底の悲しみはない。
悲しそうなフリならできるが、過ぎた礼は無礼になる。
結局、そこに社交辞令が入り込む余地はなく、私は、会釈をもって作業終了を伝え、二人と言葉を交わすことなくその場を離れたのだった。


清掃痕をみて、二人は何を思っただろう・・・
故人の自死は、両親の心を凍え上がらせただろう・・・
冷えたその心は、一生、あたたまることがないかもしれない・・・
それでも、受け入れ難い現実を負い、亡くなった息子を、残りの人生に生かそうと考えたのではないかと思う。
私の特掃をずっと見ていたのは、そのためのような気がするから。

「生きていればいいことがある」「春は必ずくる」
そんなことは、軽はずみに言えない。
それでも、時が何かを解決することがある。
時にしか解決できないことがある。

人の一生には、ただ待つしかないときがある。
何の代償も、何の努力もなく、ただ待つことだけが大切なときがあるのである。
春がくることを信じて。



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