特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

生きじまい

2017-01-17 08:10:18 | 生前相談
ある年の晩秋、空気が涼から冷に変わりはじめた頃。
私は、都会の喧騒遠い閑静な住宅地に建つ依頼者宅を訪れた。
依頼者は、高齢の女性。
病気を患っており、病院や老人施設を転々としながらの療養生活。
依頼の内容は、家財生活用品の処分・・・いわゆる生前整理について。
老いには逆らえず、身体は徐々に弱まっており、人生をしまう仕度をしようとしているのだった。

女性宅のエリアは、区画整理された住宅地。
だいぶ前の分譲地で、一帯は古い建物ばかり。
しかも、人影や車の通りもなく、寂しい雰囲気。
その中にある女性宅は、一段と寂れた様相。
庭や外周の手入れも行き届いておらず荒れ気味で、また、建物のメンテナンスもキチンとされておらず。
空き家っぽい雰囲気・・・生活の体温が感じられない冷えた佇まい(たたずまい)で、周囲の家とは趣を異にしていた。

私は、指定されていた時刻ピッタリにインターフォンをプッシュ。
すると、玄関ドアの向こうから「どうぞ~」と声が聞えてきた。
その返事を“入って来て下さい”の意と汲んだ私は、「こんにちは~・・・」とドアを引き、「失礼しま~す・・・」と玄関に足を踏み入れた。
そして、近づいてくるスローな足音を聞きながら、女性が出てくるのを待った。

女性は、ゆっくり ゆっくり、一歩一歩が前に出ているか確かめるように歩いてきた。
老齢病弱ということは先に聞いていたので、そのスローペースにも特に違和感は持たなかったが、女性は気になるものを身に着けていた。
それは、何かのボンベらしきものがついた機材。
そして、そこから伸びた管が鼻孔につながり固定されていた。
女性は、キャスター付のそれを傍らに引きずりながら出てきたのだった。

女性は特に苦しそうにしていたわけではなかったが、その装置は見た目に重々しく、それだけで、その場の雰囲気は重苦しいものになった。
が、女性はそんな私の小驚など気にもせず、やや苦しそうに息をしながらも丁寧な言葉で私を居間に招き入れ、ソファーに座るよう促した。
そして、
「病院からの一時帰宅なものですから、何のお構いもできなくてスミマセン・・・」
「買ってきたもので申し訳ないんですけど、どうぞ・・・」
と、傍らのレジ袋からペットボトルのお茶を出し、私の前に置いてくれた。

いつもの私なら、
「どこを悪くされているんですか?」
「それは何のための機械なんですか?」
等と、余計なことを根掘り葉掘り訊いていくのだが、医学に見識のない私でも、その病気が軽いものではないことは察せられた。
しかも、治る見込みも低そうに見えたため、私は、女性の病気や機材については何も触れなかった。
そして、その後、女性の口からは、“病気について触れなくてよかった”と思うような話が出てきたのだった。


女性には夫がいたが、その夫は数年前に先逝。
家族としては息子が一人いるのだが、息子のほうも重い病気と障害を負っており、長く施設で生活。
将来、社会にでて自立生活できる可能性は、極めて低かった。
となると、女性がいなくなった後、もうこの家は用なしに。
しかも、土地家屋や家財を置いたまま逝った場合、息子に負担がかかってしまう。
しかし、女性の身体は衰えるばかり。
生前にどうにもできないことは息子の成年後見人に頼むとしても、頭がシッカリしているうちに、身体が動かせるうちに家財を始末し、残して逝く息子のために家を金に換えておこうと算段。
そして、その一助になればと、私が呼ばれたのだった。

愛着ある品々も、想い出がタップリ詰まった家も、天国に持って行くことはできない。
それは、誰にだって、すぐわかること。
しかし、実際にそれを手放すとなると、なかなか理屈通りにはいかない。
懐かしい想い出や深い思い入れが邪魔をする。
それが、自分の死をリアルに悟れない時期であるなら尚更。
しかし、女性は、自分の死をリアルに想像していた。
そう遠くない将来にやってくるであろうこと悟っていた。
だから、自分の持ち物を始末することについて迷いはなく、感銘を受けるほど潔かった。

「もう、この家には、二度と戻ってくることはないでしょうから・・・」
「苦労は色々ありましたけど、過ぎてみると人生なんて短かいものですね・・・」
「もうじきこの人生が終わると思うと、寂しい気がしますよ・・・」
「楽しくないことが多くても、それでも、人生は楽しいものですね・・・」
少し前の女性が複雑な心境であったことは、容易に察せられた。
特に、病弱な息子を残して逝かなければならないことを思うと、胸が張り裂けそうになったかもしれない。
しかし、その類のことは相当の覚悟をもって片づけたのだろう、この時の女性は、穏やかな笑みを浮かべていた。
そして、外見は老い衰えた女性だったけど、その内面は、生気にも似た輝きを放っていた。

そこには、死を受け入れざるを得ない者の弱さと、終焉の閑寂があった。
死を覚悟した者の強さと、人生の輝きがあった。
そして、私にとっては、そのことを決して他人事として済ませてはいけない機会があった。
私には、とてもその境地に至ることはできなかったけど、できるかぎり自分に当てはめてみたかった。
銭金のためにやっている仕事だけど、銭金では買えないものを手に入れたかった。
せっかくの自分の人生、せっかくの人の死。
後悔の念にとらわれながらも 頑張っている仕事、人生の多くの時間を費やし 続けている仕事なのだから。



2015年の日本人の平均寿命は女性87.05歳、男性80.79歳で、いずれも過去最高を更新したとのこと。
うちの会社には「エンゼルケア事業部」という遺体処置(死後処置、死化粧、身体の清め、着せ替え、納棺など)を担う部署がある(かつて、私もここに所属していたこともあったけど、近年は「ライフケア事業部」いう部署に所属して活躍?している)。
そこで扱う遺体の多くは、やはり70代・80代の故人。
もちろん、もっと高齢の人もいるし、もっと若い人もいるけど、上数値を反映して高齢者が多い。

もちろん、皆、赤の他人。
見ず知らずの人、生前の縁は皆無。
だから、これといった情もなく、悲哀を感じることもない。
ただ、
「一人一人の人生が終わっていってるんだな・・・」
しみじみそう思う。
そして、
「俺の人生も終わりに向かってるんだよな・・・」
と、再認識する。

また、仕事のせいか性質のせいか、私は、
「“死”というものを想わない日はない」
と言っても過言ではないくらいの毎日を送っている。
「俺、死ぬんだよな・・・」
しみじみと そう想い、同時に不思議にも想う。
また、街の雑踏を眺めながら、
「この人達、いつか皆 死んでいなくなるんだよな・・・」
と現実的かつ不気味なこと?を想う。

生と死は常に隣あわせで、死の機会は、老若男女を問わず、万民平等。
すべての死は不可抗力。
この摂理は、多くの人が知っている。
しかし、平均寿命というデータによって、一般的には“若者より高齢者のほうが死に近い”と考えることが多い。
しかし、あくまで、それは全体的・相対的な数値。確率の問題。
人間個々で考えると、まったく当てはまらない。
幼少・若年で亡くなる人も多くいるわけで、だからこそ、“人生の終わり”を意識すること、考えることは、誰にとっても必要なことなのである。

“死”に教わること、“死”に気づかされることってたくさんある。
が、“死”というものは、かなりデリケートなもの。
揚々としたときには怖れ、欝々としたときには憧れたりもする。
人生を輝かせる遠因にもなれば、暗くする原因にもなる。
そして、“死”それ自体は、なかなかポジティブに捉えられるものではない。
そこから派生する思想や価値観は、容易にポジティブなものになりうるけど、死そのものはそうならない。
未知の恐怖、消滅の寂しさ、有限の切なさ、無力の虚しさ等、ネガティブなものが多く浮かんでくる。
気分の位置によっては、悲観的・短絡的な志向に傾いてしまうから難しい。

老齢や病など、自分の死をリアルに悟る時がきたとき、どういう心境になり、そういう心情になるだろう。
何を考え、何を想うだろう。
悲哀か、緊張か、恐れか、未練か、寂しさか、虚しさか、後悔か、諦めか・・・
それとも、笑顔の想い出か、安堵か、平安か、希望か・・・
そして、何をするだろう。
慌てて遺言を書くか、焦って生前整理をするか、別れを告げに誰かに会いに行くか、懐かしの地を訪れるか・・・
それとも、お金も人目も気にせず、楽しみに興じるか・・・
具体的には想像するのは難しいけど、理想は、穏やかな笑みを浮かべながら生きてきた道程を回顧し、また、天国に希望をもつこと。

死に対してどう向き合うか、どう備えるか、答をだすのは簡単ではない。
生きることとどう向き合うか、どう生きるか、それも同じ。
死を想うことは、生の力を削ぐものではない。
死を想うことは、生を力づけること。
死の準備は時間の密度を上げる。
そして、自分の人生を熱くするエネルギーが宿る。

“死を想いながら生きること”は、“人生を充実させること”“力強く生きること”の基となる。
本ブログにもしつこく書いているけど、私は、それを愚弱な自分に訴え続けていこうと思っている。
人生をしまう日がくるまで。



遺品整理についてのお問い合わせは
0120-74-4949
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