特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

疲労乾杯

2012-10-28 13:16:10 | 特殊清掃
2012年秋、本ブログ、久々の更新。
時はすでに過ごしやすい季節になっている。
ついこの前までの酷暑がウソのように、周りはやさしい空気になっている。
こんな季節は、「紅葉狩り+温泉」なんて格別なんだろうが、夏の労働と酒で筋力も金力も衰えてしまい余力がない。
せめて、近くのスーパー銭湯にでも行って温泉旅行気分を味わおうかと思っている。

それにしても、今年の夏は例年に増してキツかった!
仕事量・仕事内容・気温等々・・・例年に比べて特段のことがあったわけではないけど(一般世間からみると「特段のことばかりだった」とも言えるけど)、とにかくヘトヘト・・・朝から晩まで現場を走り回る日々が、何十日にも渡って続いた。
歳のせいにはしたくはないが、やはり歳のせいか・・・
この先、どうやって生きていくべきか・・・頭は若いつもりでも身体は確実に衰えていくわけで・・・
ま、将来無策を憂いているうちが花か。
先のことを考えられなくなったら夢も希望も持てないからね。

労働量に比例してだろう、酒量も増えた。
頭のどこかが故障しているのか、私は、現場の画を思い浮かべながらでも酒が飲めるわけで・・・
毎晩、ビールをガブ飲み(一口目が極上・格別!)。
腹が膨れると次はウイスキー。
これをロックで2~3杯。
飲まずに寝たほうが疲れもとれるし、翌朝も起きやすいのはわかってはいたけど、とにかく飲まずにはいられなかった。
そうして、いい具合に頭が溶けてきた頃に就寝。
クタクタの身体を横たえ、浅い眠りの中で短い夜を過ごした夏だった。



呼ばれた現場は、郊外の古いマンション。
依頼者は初老の男性で、故人の兄。
電話で話しただけだったが、とても紳士的な人物に感じられた。
約束の日時、男性と私は現場マンションのエントランスで待ち合わせた。

ありきたりの挨拶を交わし、私は名刺を差し出した。
すると、ビジネスマンの習性なのか、男性も出す必要のない名刺を差し出した。
受け取った名刺を見ると、男性は一流企業の管理職。
長いモノには巻かれる主義の私は、頭の角度を一段下げた。

「一流の会社ですね・・・すごいなぁ・・・私なんかこんな仕事で・・・」
私は“お客”にゴマを擂るつもりも自分を卑下するつもりもなく、素直にそう思った。

「いやいや、中身は傍で思われているほどのものじゃありませんから・・・そちらこそ立派な仕事ですよ」
男性は、謙遜であることの大切さを知っているようで、肩書きに合わない低姿勢に私は好感をもった。

「はぁ・・・立派な仕事だとはとても思えませんけど、楽な仕事じゃないことは間違いありません」
私は、話が暗くならないように笑みを浮かべ、そう答えた。

「頼りにしてますから、よろしくお願いします」
男性は、故人の死痕を前にしても笑顔が許されるような懐の深さを匂わせながら、そう持ち上げてくれた。


一通りの世間話をして後、男性は玄関を開錠。
手袋とマスクを用意する私を横目に、ドアを引いた。
促された私は、男性に続いて一歩入室。
靴を脱ぐべきか土足のまま行くべきか一瞬躊躇ったが、靴を脱いだ男性を見て“土足”の選択肢を消した。
鼻に感じる異臭は極めて低レベル。
私は、手袋とマスクは装着しないまま奥へと足を進めた。

間取りは2LDK。
独り暮らしをするには充分のスペースだった。
室内に散らかった様子はなし。
男の独り暮らしにありがちな汚さはなかった。
故人がいたのはベッド。
布団に付着した薄い遺体汚染痕が、私の視線を引きつけた。

「そこで死んでたんです・・・」
男性は、寂しそうにベッドを指差した。

「・・・」
私は、わざとらしい同情顔をださないように気をつけながら、無言でうなずいた。

「普段からもっと気にかけてやればよかったんですけどね・・・」
溜息まじりの言葉には、男性の後悔と謝罪の念が滲み出ていた。

「いや・・・」
男性をフォローしたい気持ちが湧いてはきたけど、私は、それをうまく言葉にできなかった。

故人には妻があったが子供はおらず。
その妻とも何年も前に離婚。
両親はとっくに他界し、身内といえば、男性(兄)とその家族くらい。
結果、独り身での独り暮らしとなっていた。
職業は、一流企業のビジネスマン。
精力的に仕事をこなし、一時期は高いポジションを獲得。
順風満帆のビジネスマン人生を歩いていた。
しかし、数年前、体調を崩し入院。
それを機に役職は解かれ、第一線から外された。
それでも、故人は通院しながら勤続。
精神的にも身体的にもツラい勤務が続いたが、それでも故人は転職を選ばず。
男性(兄)もそれを勧めなかったし、本人(故人)も会社を辞めても人生は上向いていかないことをよく理解していた。
ただ、故人の奮闘も虚しく病は悪化の一途をたどるばかり。
長期休暇を取得して療養している只中、自宅でひっそりと亡くなってしまったのだった。

私は、ことの経緯を聞きながら、汚染痕とその周辺を観察。
すると、ベッド脇の壁にある文字が私の視界に入ってきた。
「今日一日に感謝して、喜んで進んで働きます」
多分、故人が書いたものだろう、大きな字でそう書かれた紙がベッド脇の壁に貼ってあった。
故人が何を思ってそれを書き、何を考えてそれを書き、何を抱えてそれを書いたのか知る由もなかったが、そこに共感できる何かと励まされるような何かを感じた私は、チラチラとそれを見ながら、そして色々な思いを巡らせながら男性の話に耳を傾けた。



昨日には昨日の労苦があった・・・
今日には今日の労苦がある・・・
明日には明日の労苦があるだろう・・・

苦労のない仕事なんてない・・・
ストレスのない仕事なんてない・・・
葛藤のない仕事なんてない・・・

労苦があるから社会が育つ・・・
労苦があるから人間が育つ・・・
労苦があるから幸せが育つ・・・

みんなそうして悩んでいる・・・
みんなそうして働いている・・・
みんなそうして生きている・・・


「働かなくて生きていけたらどんなにいいか・・・」
私は、そんなダメなことばかり考えて生きている。
正直なところ、仕事は嫌いだし、やりたくない。
しかし、自分から労苦がなくなることをリアルに想像してみると、幸せな想像ばかりはできない。
とにかく私は弱い人間なもので、幸福な方向に行く可能性より、不幸な方向に行く可能性の方が高いように思えてしまう。
遊興快楽に走り、暴飲暴食に溺れ、理性倫理を失い、人格を曲げ、身体と精神を病み・・・滅びの道へと突き進んでしまうおそれがある。

一方、過酷な労働にも喜びはある。
また、それを進んでやることで増す喜びもある。
まぁ、そう考えたところで私の安楽志向が変わるわけではない。
ただ・・・
「この労苦は、自分の人生をよくするため、よい人生を生きるために必要不可欠なものなのかもしれない」
と思うように・・・思えるようになってきている。

そうしてまた、疲労困憊の日々に乾杯しては泣き笑っているのである。




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