特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

騙し騙され

2017-08-21 08:55:28 | 腐乱死体
本年6月12日10:00
“Amazonカスタマーセンター”というところから、
「会員登録の未納料金が発生しております。本日ご連絡なき場合、法的手続きに移行いたします。」
というショートメールが届いた。
一瞬「?」と思ったが、まったく心当たりがない。
念のため、併記されたカスタマーセンターの電話番号を検索してみると、案の定、Amazonを騙った架空請求詐欺。
当然、そんなところに電話するわけはなく、そのまま無視。
もちろん、その後、何の問題も起こっていない。

また、これは、もう何年も前の話だけど、ある日、覚えのない番号で私の携帯が鳴った。
相手は中年の男性。
ややスゴ味をきかせたような口調で、
「有料サイトの利用料が滞納されている」
「払わなければ法に訴える!」
とのこと。
身に覚えのない私は、すぐに詐欺だと直感。
しかし、相手の言い分は、もっともらしい内容。
もちろん、褒められたことではないけど、“屁理屈の達人か?”と感心してしまうくらい 口上もよく練られ その話術も巧み。
また、圧しも強く 交渉も粘り強い。
私は、のらりくらりと要求をかわしながら、野次馬根性半分・悪ふざけ半分で相手の主張を聞き続けた。
そして、最後に、
「そういうことなら払いに行くんで、そっちの所在地を教えて下さい」
と、鼻で笑いながら言った。
すると、“真に受けないヤツは相手にするな”というマニュアルでもあるのだろう、一方的に電話を切られ、それで話は終わった。
もちろん、その後、何の問題も起こっていない。

しかし、詐欺を働くほうも“下手な鉄砲 数打ちゃ当たる”と思って片っ端から当たりをつけているのだろう。
大多数の人は、この手には引っかからないことは承知の上で、引っかかってしまう一部の人をターゲットにしているのだろう。
多分、手間暇かけて作戦を練り込み、頭を使って準備万端整えているに違いない。
しかし、それはそれで、結構な労働のはず。
その負のエネルギーを正の方向に向ければ もっと清々しく生きていけるはずなのに、一度きりの人生で、まったく もったいないことをするものである。



「大家」を名乗る女性から特掃の依頼が入った。
現場は、田舎の古い一軒借家。
亡くなったのは一人暮らしをしていた高齢の女性。
浴室で倒れ、誰にも気づかれず何日も放置されてしまったのだった。

現地調査の日、現地には、大家と私と、故人とは離れて暮らしていた中年の息子(以後、男性)が集合。
母親(故人)の死後、男性が現地を訪れるのは初めて。
借主の許可なく立ち入ることはできないため、大家も室内には入っておらず。
遺体発見の際も、玄関の鍵を開けただけで、中には入っていなかった。

したがって、浴室がどうなっているのか二人とも知らず。
また、玄関から漂ってくる異臭が気持ちを萎えさせ、二人とも中には入りたがらず。
で、とりあえず、私が、一人で浴室を見てくることに。
私は、「失礼しま~す」と誰に言うでもなく挨拶をしながら、玄関を上がった。

目的の浴室は、玄関を上がって少し進んだ右側の洗面所の隣。
建物自体が相当古く、浴室もユニットバスとかではなく、床や壁はタイル貼。
浴槽もステンレス製で給湯設備も旧式のバランス釜。
湯に浸かった後に倒れたのか、湯に浸かる前に倒れたのか、汚染痕は、洗い場に残留していた。

湯に浸かったまま何日も放置されると、かなり悲惨なことになる。
ゲスを承知でわかりやすく表現すると、軽度でも豚汁、重度だとカレーやビーフシチューのように。
同時に、その特掃作業も至極悲惨なことになる。
したがって、私は、浴槽内で亡くなっていなかったことに、故人に失礼なくらいホッとした。

床は赤茶色の粘液が厚みなく覆い、皮膚や頭髪もいくらか付着。
更に、浴室特有の腐乱臭が充満。
それでも、汚染度はライト級に近いミドル級。
私にとっては軽いものだった。

浴室を数分みて後、私は、見積書を作成。
そして、作業内容と かかる費用を大家と男性に説明。
大家は、近所の手前もあるし精神的にも落ち着かないので、すぐにでも作業にとりかかってほしそうに。
しかし、数万円の費用が重いのか、一方の男性は、口を閉じたまま表情を曇らせた。

「恥ずかしい話ですけど・・・今、お金がないもので・・・」
少しして、男性は、私から視線を逸らせ、暗い顔のまま呟いた。
「そうなんですか・・・」
その後の気マズい沈黙は予想できたけど、私は、他人事として冷たい返事しかできなかった。

正式な請負契約を結ばなければ、現地調査に出向く際に使った移動交通費も時間も無駄になってしまう。
だから、できるだけ仕事は請け負うよう努力する。
しかし、お金がもらえなければどうしようもない。
また、二の足を踏む相手の足元をみて押し売るわけにもいかず、私は、仕事を超えた別の手を考えた。

「どちらかというと汚れは軽いほうなので、やろうと思えば自分でできると思いますよ」
「少し大変かもしれませんけど、そうすれば費用はかかりませんから」
私は、考え込む男性に、“お金がないことをバカにしている”と思われないよう、言葉に温かみを持たせながら第三案を示した。
そして、そのやり方や、代用できる市販の洗剤や薬剤等を教えた。

そんなやりとりを傍らで聞いていた大家は、
「そんなこと言ったって、フツーの人には無理でしょ!」
と、私をフツーの人間じゃないみたいな言い方をして、不満を露わに。
そして、“グズグズ言ってないで早くやってよ”と言いたげな顔で、我々を睨みつけた。

前回も書いたように、通常、作業代金は後日の銀行振込で回収する。
しかし、住居や仕事がハッキリしない人、資力がなさそうな人など、相手に怪しげなものを感じたときは、作業後に現場で現金決済をする。
私は、いい歳なのに数万円が払えない男性の場合も、そういった類の不審を感じた。
だから、男性と契約を結ぶことには積極的になれなかった。

「支払いは、ボーナスがもらえるまで待ってもらえると助かるんですけど・・・」
しばらくして、男性は、視線を泳がせながら言った。
すると、とにかく 一刻も早く掃除してほしい大家が、そんな男性に援護射撃。
「場合によったら、私が代金を立て替えますから!」
と、契約成立を後押しした。

そこまで言われたら、その条件を呑まざるを得ない。
結局、代金精算は、男性が勤務する会社のボーナス支給日まで待つことにし、私は特掃を受注。
そして、そそくさと準備をして、一人、誰も入りたがらない浴室に籠った。
そうして、しばし後、難ある浴室の特掃は難なく終わった。

作業を終えると、若干の異臭が残っただけで、遺体汚染はきれいになくなった。
その成果に大家も男性も満足。
私は、ボーナスが支給されたら直ちに代金を支払うよう伝え、契約書類にその期日と誓約文を男性の手で書いてもらった。
併せて、住所・氏名・電話番号だけでなく勤務先も教えてもらい、身分証明書も確認させてもらった。


それから、何か月か経過し、約束の期日がやってきた。
しかし、その日を過ぎても男性からの入金はなし。
日数がかなり経っていたため、支払うのを忘れている可能性もあったが、私は、一抹の不安を覚えた。
だから、すぐに男性に電話。
しかし、受話器からは、“お客様がおかけになった電話番号は現在使われておりません”と乾いたアナウンスが流れるのみ。
「やられたッ!!」
私は、そう思いながら、急いで勤務先に電話。
すると、
「ボーナスが支給されたすぐ後に辞めた」
「社宅に住んでいたのだが、そこも出ていった」
「転居先は知らないし、連絡もとれない」
とのこと。
よくよく聞くと、男性の勤続年数は短かく、更に、ボーナス支給日は、私が聞いていた日より随分前。
ということは、“最初から払うつもりがなかった”ということになるわけで、
「最初からハメられてたわけか・・・」
と、憤りを通り越した寂しさを覚え、私は、自分を含めた人間の何かにウンザリした。

不愉快な気分を吐き出したかった私は、とりあえず、大家に電話し状況を説明。
すると、既に大家は、男性が消えたことを知っていた。
故人が住んでいた借家(現場)の家財(遺品)は、特掃の後、できるだけ早急に男性が片づける約束になっていた。
が、何だかんだと理由をつけては、一向に片づけに着手せず。
また、その間の家賃も払わず。
結局、男性は、何度か足を運んできたものの 金目のモノだけ漁って持ち出し、以降、音信不通になってしまったのだった。

しかし、もともと、最初に特掃を依頼してきたのは大家。
しかも、現場の家は大家所有。
大家の依頼で大家の家を掃除したのだから、費用の一部を大家に請求しても理不尽なことではない。
私は、“痛み分け”ということで作業代金の半分を大家に負担してもらえないか持ちかけた。
すると、大家は
「こっちだって被害者なんですから!」
と、私の要望を一蹴。
そして、まるで、私と男性を混同したかのように、不満を一気にまくし立てた。

大家は、滞納された家賃は回収できず、放置された家財も片づけなければならない。
孤独死腐乱現場の曰く(いわく)がつけば、次に貸しにくくもなるわけで、確かに、被害者ではある。
しかし、私を呼んだ責任と、作業させた責任の一端はある。
その態度のイラッ!ときた私は、
「その態度、おかしくないですか!?」
「最初のとき“場合によったら立て替える”って言われたじゃないですか!」
「でも、大家さんの立場もわかるから、全額じゃなく半額をお願いしてるんじゃないですか!」
と、息を荒くして反論。
すると、弱点を突かれた大家は、ドギマギしながらトーンダウン。
「主人と相談してから連絡します・・・」
と、まったく気が進まなそうな返事をよこして電話を切った。

しかし、それから大家から連絡がくることはなかった。
それだけでなく、私の方から電話しても着信を拒否。
知らない番号が鳴ってもでないことにしたのだろう、他の番号でかけても電話にはでず。
しかし、私は大家の自宅を知らされておらず、他に接触する術はなし。
結局、この件は、そのまま自然消滅。
私は、再び、憤りを通り越した寂しさを覚え、自分を含めた人間の何かにウンザリした。

手間とお金をかければ、男性を追いつめたり、大家の自宅を突き止めることができたかもしれない。
しかし、回収すべき作業代金はそこまでする価値があるほどの金額ではない。
結局、諦めることを選び、泣き寝入り、騙されただけで事を終わらせたのだった。


男性は、故人の借家賃貸借契約の連帯保証人になっており、相続放棄の手続きをとっても、後始末の責を免れることはできなかった。
ただ、仕事を辞め、住居を変えてまで消えるなんて、相当の事情と逃れられない悪意を抱えていたのだろう。
私には、そんな男性の、人と自分を騙し続けてきた人生、そして、その都度 落ちていく人生が想像され、そこから何かを学び取らなければならないような緊張感を覚えた。
そしてまた、男性が残りの人生を、一度きりの人生を、良心の呵責に苛まれながら、何かに怯えながら、隠れるように窮々と生きていかなければならないことを思うと、“赦す”とか“赦さない”とかとは次元を異にした恐ろしさを感じた。


騙され、開き直られ、踏み倒される。
頑張って仕事をしても代金を回収できなかったことは、これまで何度もある。
だけど、ジクジクと思い出して悔やんでも仕方がない。
イライラと思い出して腹を立てても仕方がない。
そんなことをしても、自分が不幸なだけ。
負のエネルギーは、正の方向に向けたほうが自分のため。
教訓のみを残し、“事故に遭った”と思って忘れたほうがいい。

いいことばかりじゃないこの人生、時には、自分を騙すことも大切。
もちろん、いい意味で、いい方に。
「泣いた分 笑える!」
「汗した分 楽しめる!」
「悩んだ分 喜べる!」
「苦しんだ分 強くなれる!」
「悪いことがあった分 いいことがある!」
等と、私は、ほとんど本気で自分を騙しながら、騙し騙し生きている。

騙されていると思われるかもしれないけど、そうすると、こんな生き様でも、案外、大きな幸せを感じられるのである。



ゴミ部屋の片づけについてのお問い合わせは
0120-74-4949
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

夢のカケラ

2017-08-16 08:38:17 | ゴミ部屋 ゴミ屋敷
八月も後半に入るというのに、相変わらず、梅雨のような天気が続いている。
しかし、専門家によると、これでも“異常気象”というほどではないらしい。
でも、何だか おかしな感じがする。
そうは言っても、悪いことばかりではない。
常々不眠症に悩まされている私でも、雨が降っているとよく眠れるから。
気圧のせいなのか湿度のせいなのかよくわからないけど、何故だか昔からそう。
ただ、その分、朝がツラい!
普段、寝起きがいい私も なかなか起きられず、いつもより寝坊してしまうこともしばしば。
もちろん、仕事に遅刻するようなヘマはしないけど、ショボショボする眼とボーッとする頭が朝の私を鈍らせる。

そんな今日この頃、お盆休みが終わった人、また、終わる人も多いだろう。
家族サービスや渋滞混雑で、仕事より疲れた人もいるだろう。
それでも、やはり、長期休暇の後の仕事は憂鬱だろうか。
ま、盆休も正月休もない私には無縁のこと。
長期休暇なんて夢のまた夢。
ただ、そのおかげで、休み明けの鬱に遭わないですんでいる。
また、ここ数日は一部の商業地域を除いて都内は道路が空いていて快適だった。
「いつも、このくらい空いてればいいのにな・・・」
そんな風に思いながら、お盆休みなんかない私も、その平和な雰囲気だけは楽しんだ。



出向いた現場は、郊外の賃貸マンション。
間取りは1K。
依頼者は若い女性。
依頼の内容はゴミの片づけ
そう・・・女性の自宅はゴミ部屋となっていた。

主なゴミは食べ物・飲み物関係。
そこへ、雑誌・衣類・生活消耗品等が混ざっている感じ。
「山のように積まれている」というほどではなかったが、床は見えておらず、そこそこの厚みをもって堆積。
ともなって、ゴミ部屋特有の異臭も充満。
特掃隊長の腕が鳴る前にガス警報器が鳴りそうなくらいだった。

また、台所シンク・浴室・トイレ等の水廻りもヒドい有様。
掃除なんてまったくしていないようで、どこもかしこもカビだらけ垢だらけ。
女性がこれを日常生活で使っていることを思うと、こっちが恥ずかしくなるくらい。
“女=きれい好き”といった男の先入観(エゴ?願望?)を持ち出してしまうと、女性の顔を見て話すのが躊躇われるくらいだった。

ただ、そんな状況に驚いたり顔を顰めたりするのは無神経だと思った私は、あえて表情を変えず、淡々とした口調でコメント。
そして、率直な感想を口にしながらも、針の筵(むしろ)に座らされているかのように表情を強張らせる女性が気の毒に思えた私は、
「でも平気ですよ・・・もっと凄いとこ、たくさんやってきましたから・・・」
と、自分なりの優しさをそっと後付けした。

そうは言っても、状況は、ライト級より重め。
したがって、見積もった費用は、まあまあの金額になった。
「やっぱり、それくらいになりますか・・・」
「ちょっと厳しいです・・・」
おおよその金額は覚悟していたものの、それが現実とわかり、女性は、もともと曇っていた表情を更に曇らせた。

事情をきくと、女性は、学生ではなく社会人。
しかし、定職には就いておらず。
派遣のアルバイトをしながら生活。
ただ、それは、何らかの目的があってのことのようだった。
しかし、収入は不安定で、貯えもほとんどなし。
家賃や公共料金の滞納はなさそうだったが、経済的に逼迫した生活を送っていることは容易に想像できた。

当方としてもビジネスとして成り立つ範囲内なら値引きにも応じる。
しかし、女性の資力は見積金額と随分かけ離れており、とても そこまでの値引きに応じることはできず。
当然、最終的に折り合わなければ、契約はできない。
“ここは仕事にならなそうだな・・・”
私は、内心でそう諦めながら、
「でも、キャッシングとか、変なところで借りたりするのはやめたほうがいいですよ!」
「その気になれば、自分で片づけることもできるはずですし・・・」
と、親切心を押し売り、足労が無駄になった自分を慰めて現場を後にした。


それから、二年近くが経った頃、会社に現地調査の依頼が入った。
依頼者は私の名を挙げ、
「以前、見に来てもらったことがある」
「もう一度、見に来てほしい」
とのこと。
会社からその報を受けた私だったが、あちこちの現場を走り回り、色んな人と関わっているため(おまけに記憶力も悪いため)、すぐには、その依頼者や現場のことを思い出すことができず。
ただ、自ずと 今回も私が出向くことに。
「“流れた”と思っていた仕事が二年近くもたって舞い戻ってくるなんて・・・先のことはわからないもんだよな・・・」
私は、そんな些細なことに人生の機微を重ねながら、事務所の壁にあるスケジュール表に現地調査の予定を書き込んだ。

現地調査の日。
建物を確認すると、その瞬間、それまで何も思い出せなかった私の脳裏に、多くのことが蘇ってきた。
同時に、二年近く経って部屋がどうなっているのか、野次馬根性に近い興味も湧いてきた。
それから、暗かった女性のことも思い出され、それに合わせるため、私は、自分の明るさも暗めに調節。
そうして、やや緊張しながらインターフォンを押した。

女性は、すぐに玄関を開けてくれた。
そして、私の顔を見るなり、旧知の友に再開したときのように、照れくさそうな笑みを浮かべた。
私の中で、女性については暗い印象しか残っていなかったため、その笑顔は意外なものだったが何だか嬉しいものでもあった。
そんな雰囲気に安心した私も笑顔を返し、今回は、淡々とした姿勢をあらためて感情ある人間味を醸し出した。

幸か不幸か、部屋の状況は大きく変わっておらず。
ただ、二年近くが経過していた割にゴミは増えておらず。
水廻りは相変わらずの汚さだったが、ゴミが詰められたゴミ袋が十数個あり、女性が自らの手で片づけているような形跡が残っていた。
そして、女性自身も、その労苦を やや誇らしげに私に話してきた。

見積金額は、女性の労苦を勘案し、前回より若干低めに。
それは、女性の許容範囲内だったようで快諾
ただ、女性の経済力を知っていた私には、精算について疑義が残った。
通常、代金は、作業が終わってから銀行の会社口座に振り込んでもらうことが多いのだが、女性の場合、その辺のところの信用度が低い。
作業が終わった後で値引きを要望されたり、不払いの問題を起こされたりしたらたまらない。
だから、作業後、現地で全額現金精算させてもらうことを条件に契約を結んだ。

女性は、相変わらず、派遣アルバイトで生活。
収入は低く、しかも不安定。
ただ、実のところは、実家の親にいくらか仕送ってもらって生活を成り立たせていた。
そして、今回の費用も、「自分の資力では賄えないので親に出してもらう」とのこと。
それを聞いた私は、瞬間的に複雑な心境に陥った。
が、当方にリスクがあるわけではないので、余計なことは考えずビジネスとして割り切ることにした。


職業は派遣アルバイト。
生計は親の仕送りがないと成り立たない。
家はゴミ部屋。
ルーズな人間・だらしない人間として世間は扱うだろう。
かくいう私も、そういう見方をする。
しかし、そんな女性でも、必死に夢を追いかけていた時期があったよう。
夢見た職業があったよう。

しかし、理想と現実は違ったのだろう。
理想を甘く描きすぎていたのか・・・
現実が厳しすぎたのか・・・
スタート地点に到達することさえできなかったのか・・・
チャレンジするチャンスさえ掴めなかったのか・・・
夢は破れ、それを追うことも諦めてしまったようだった。

そんな女性には、徐々に、ここでの生活の限界が見えてきた。
今はまだ若くとも、時がたてば年をとる。
親も老いていき、仕送りも永久には続かない。
ここにいては、片づけられない習性も変えられない。
結局、親の勧めもあって、女性は、この部屋を引き払って実家に戻ることにしたよう。
そして、夢から離れた定職に就くことを志すよう。
生きる環境を変えて、生き方をリセットするつもりのようだった。


人生、思い通りにならないことはたくさんある。
思い通りになることより、思い通りにならないことのほうが多いかもしれない。
それでも、人は、岐路に立つ度に、次の道を取捨選択して歩いていく。
生きているかぎり、生かされているかぎり、それが不本意な道でも、失望の道でも進んでいかなければならない。
そして、それが人を育み、人生を彩る。

ただ、夢を持ったこと、夢を追いかけたことは無駄ではない。
夢に破れたことも無駄にはならない。
夢はなくなっても、そのカケラは残る。
涙して悩んだこと、汗して努めたこと、歯を食いしばって耐えたこと、勇気を振りしぼって挑んだこと、熱く燃えたこと・・・そのカケラは残る。
そして、それは、次の道の歩みを強めるバネになる。


作業後の私は、汗と脂と汚れにまみれて疲弊。
それでも、無事に終わった安堵感と ささやかな達成感と 心地よい疲労感が心身を覆った。
そして、領収証と引き換えに受け取った紙幣を数えながら、
「ありがとうございます・・・これで、なんとか今月も食べていけますよ」
と冗談を言う余裕も生まれていた。

傍らに立つ女性は、その時、満面の笑顔を浮かべた。
部屋がきれいになった安心感、新しい道を決めた爽快感、新しい道に進む期待感、そういったものが女性に笑顔をもたらしたのかも。
また、女性の耳には、くたびれたオッサンの冗談が冗談に聞こえず、また女性の目には、その気の毒さの中にある幸福感が滑稽に見えたからかも。
とにかく、それは、私にとって、何かいいものを拾ったような喜ばしい笑顔だった。


夢をみたことがない私でも、人の夢に触れることはできる・・・
夢を持ったことがない私でも、夢のカケラを拾うことはできる・・・
そして、夢を追いかけたことがない私でも、誰かに夢をみせてあげることができるかもしれない・・・

汚仕事に次ぐ汚仕事でボロ雑巾のようになっている中年男だけど、私は、そんな夢をみているのである。



ゴミ部屋の片づけについてのお問い合わせは
0120-74-4949
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

眠れぬ夜

2017-08-07 08:19:05 | 腐乱死体
晴天続きの梅雨が明けた途端、梅雨のような雲雨が続いている。
晴天に比べて少しでも涼しいのは助かるけど、ムシムシとした蒸し暑さには閉口している。
身体を少し動かしただけで汗が吹き出し、水でも被ったかのように全身ビッショリ。
それが乾くと、シャツの襟や袖口は、「人間の身体ってこんなに塩分を含んでるんだ」と感心するくらいの白塩をふく。

これだけ蒸し暑いと、仕事だけでなく家にいても楽じゃない。
エアコンをガンガンかければいいのだろうけど、省エネ派(ただのケチ)の私は、あまりエアコンを使わない。
だから、せっかくシャワーを浴びても、すぐに汗みどろになる。
しかし、就寝時はそうも言っていられない。
さすがに、エアコンなしでは眠れない。
25℃・二時間後OFFに設定し、同時に扇風機を回しながら横になる。

それでも、安眠には縁遠い。
暑さのせいだけではなく、もともと、私は酷い不眠症。
暑かろうが涼しかろうが、夜中に何度も目が覚める。
そして、目が覚める度に時計を見るのだが、実際の時刻は自分の体内時計とほぼ合っていて、そのことに満足したりしている始末。
更に、このところは、その不眠症が重症化。
「仕方がない」と諦めてはいるけど、起床時に襲ってくる睡魔と、昼間の運転中に襲ってくる睡魔に悩まされている。


「管理物件で孤独死腐乱が発生!」
「警察によると、中はかなり酷いらしい!」
「できるだけ早く見にきてほしい!」
ある年の初夏の夜、家でくつろいでいた私の携帯が鳴った。
相手は、過去に何度か仕事をしたことがある不動産会社の担当者。
私は、翌日の予定を変更して、この現場に行くことを約束。
暑くなってきた季節と担当者の慌てぶりから、現場は それなりのことになっていることが容易に想像され、私は、冴える目を無理矢理閉じ 眠れぬ夜を過ごした。

春の涼しさがわずかに感じられる朝のうちから、私は、車を走らせた。
訪れた現場は、郊外に建つ古い賃貸マンション。
早く着いた私より少し遅れて担当者も姿を現した。
私は、近隣の住人に怪しまれないよう、専用マスクを隠すように持ち、平静を装って、久しぶりに顔を合わせる担当者に小声で挨拶をした。

「隣の人は苦情を言ってくるし、大家は八つ当たりで怒るばかりだし・・・」
「“早くなんとかしろ!”って、夜にまで電話がかかってくる始末で、おちおち寝てもいられないんですよ・・・」
担当者は、顔を顰めながらそう愚痴った。
それから、“あとは頼みますよ!”と言わんばかりの無責任な笑みを浮かべた。

「そうですか・・・それは災難ですね・・・」
「とりあえず、見てきますよ・・・」
担当者の愚痴を一通り聞いてから、私は鍵を預って現場の部屋へ向かった。
そこには、人の死を悼むような平和はなく、困惑と嫌悪感だけがその場の雰囲気を覆っていた。

「うぁ・・・こりゃヒドいな・・・」
「これじゃ、近隣が文句言うのは当然だな・・・」
玄関前は異臭がプンプン。
ドアの隙間からは何匹ものウジが這い出、更に、ドアポストの隙間からはハエまでも飛び出て、周辺の壁にへばり付いていた。

案の定、室内は至極凄惨。
鼻と口は専用マスクが守ってくれたものの、目は丸裸。
異臭は超濃厚で、目に沁みるくらい。
また、故人の身体から流れ出た腐敗物・・・黒茶色の腐敗粘土、赤茶色の腐敗液、黄色の腐敗脂は、それぞれが意思を持っているかのように不気味な紋様を形成し、家財生活用品を呑み込みながら重力に従って拡散。
その面積はあまりに広く、足の踏み場もないくらいで、慣れているはずの私を圧倒。
更に、害虫の発生も甚大で、家具や壁の角には無数のウジが這った痕が立ち上がり、その汚染は、天井にまで達していた。
当然、それにともなってハエも大量発生。
招かざる客(私)の参上で慌てた彼らは、唸り声のような羽音を立てて部屋中を乱舞。
そして、その仲間は、窓にもカーテンのように集っており、ただでさえ薄暗い部屋に更なる暗い影を落としていた。


亡くなったのは60代の男性。
晩年は家賃も滞納気味。
料金滞納のせいだろう、現地調査時は電気も止められていた。
無職、または不安定な仕事に従事していたのだろう、生活が困窮していたことは明白。
どういう生涯だったのか知る由もないけど、何日も眠れぬ夜を過ごしたであろうことは容易に想像できた。

ただ、故人は天涯孤独ではなく、血のつながった兄弟がいた。
しかし、疎遠で、何十年も絶交状態。
また、賃貸借契約の保証人にも後見人にもなっておらず。
本件についても相続を放棄して関わりを拒絶。
大家は、そんな遺族に対してかなりの不満を覚えたようだが、法的な責任はないし、血のつながりがあるとはいえ、何十年も関わりがないのに血縁者としての道義的責任を背負わせるのも酷なような気がする。
だから、私は、それを反社会的だとも薄情だとも思わなかった。

そんな境遇と汚染痕の模様からは、死因が自殺であることが疑われた。
しかし、その真偽を確かめる意味はどこにもなかった。
ただの野次馬根性と独りよがりの感傷を満たすだけ。
だから、担当者にも余計なことは訊かなかった。
ただ、酷く汚れた水回りや ゴミが散乱した部屋からは、晩年の故人が苦境の中でもがいていた姿ばかりが想像された。
「自殺だろうな・・・多分・・・」
完全な偏見であることを忘れた私の想いは、そこに着地。
生きたいと思えなくなった・・・
生きたいと思わなくなった・・・
故人が失望の果てに逝ってしまったことを勝手に想像し、冷たい同情心を抱いた。


このような現場の場合、現地調査の際に緊急で作業することも珍しくない。
だから、基本的な特掃グッズは常に車に積んでいる。
状況的には、この現場もその必要があった。
しかし、その費用を負担する者が定まらず。
問題を起こした本人はこの世にはおらず、賃貸借契約の保証人もおらず、不動産会社が負担する筋合いもない。
マンションの所有者は大家だから、最終的には大家が負担せざるを得ないのだが、自分に何の落ち度もない大家は、まったく納得できないよう。
そうは言っても、私も無料ではやれない。
結局、費用を担う人間が誰もおらず、作業に着手することができないまま、戸惑う担当者に後ろ髪を引かれながら、私は、その場を後にした。

担当者から再度の電話が入ったのは、完全に休息モードになっていたその日の夜。
すったもんだの末、結局、特掃の費用は大家が負担することに。
そして、「できるだけ早くやれ!」とのこと。
担当者は、その経緯を私に伝え、そして、申し訳なさそうに早急な対応を要望。
そんな案件が発生することは日常茶飯事の私は、すぐさま頭の休息ギアをチェンジ。
仕事モードに切りかえて、ただちに翌日の予定を変更し、再び現場に行くことを約束した。

「あれを掃除すんのか・・・」
翌日に控えた特掃のことを考えると、やはり気分は憂鬱に。
酒を飲む気も失せた私は、晩酌を途中で切り上げ、早々と床に。
が、その頭は勝手に回転。
そのつもりがなくても、作業の段取りや必要な道具備品のこと等、あれこれと頭に浮かんできた。
それまでも、ヘビー級の現場の処理なんて数えきれないくらいやってきた私。
積んできた経験は伊達じゃないので、段取りもうまくなり、手際もよくなっている。
しかし、何回やっても、ハードなものはハード。
決して楽はさせてもらえないわけで、そんなことを想うと、目は冴えるばかり。
結局、夜通し、何かに魘され(うなされ)るように寝返りを打ち続けたのだった。


作業が過酷だったのは言うまでもない。
電気が止められていたため、室内は薄暗く、しかも初夏の陽気でサウナ状態。
息を荒くしながら掻き集めた腐敗物や汚染物は山のような量。
大汗をかきながら駆除したウジやハエもまた山のような量。
とにかく、特掃エンジンが暖まってくるまで、特掃魂が燃えてくるまで辛抱しながら、私は、汗脂でジットリ濡れる身体を動かし続けた。

ウジ痕は居室だけにとどまらず、部屋を出たトイレにまで進延。
ウジ達は、トイレの扉と枠の隙間を足掛かりに天井近くまで登っており、それに沿って腐敗脂が付着。
私は、それを拭き取るため、トイレのドアを開けた。
すると、私の視線は、あるモノに止まった。
床にはいくつものウジ殻が転がり、その壁には何匹ものハエがいたのだが、もちろん、そんなものではない。
それは、便器についた汚れ・・・血痕。
どう見ても、それは糞尿汚染ではなく、下血または吐血による血痕。
となると、故人は体調を崩しており、それが元で亡くなったと考えるのが自然だった。


私は、自分のことは棚に上げて、人を学歴・社会的地位・経済力で計る癖を昔から持っている。
そういう意味では立派な負け組のくせに、勝手に人を勝ち組・負け組に分ける癖もある。
他に弱者を探しては強者気分に浸って満足し、他に愚者を探しては賢者気分に浸って慢心する。
情と慈愛に欠け、偏見の眼差しをもった差別に優越感を覚えている。
強者のフリ、賢者のフリをして隠そうとしているけど、事実、そんな一面を持っている。
そんな私は、故人の死因を自殺と決めてしまったことに、気マズい罪悪感を覚えた。
が、それも束の間、「たいしたことじゃない」と誤魔化し、また一つ よくないものを内に溜めてしまったのだった。


薄々わかっている。
私が安眠できないのは、何が濁ったものが心と身体の内にあるから。
単なるストレスとは違う、自分の悪性(弱性)からくる煩い(患い)があるから。
それは、美味い酒で流すこともできず、必死の労働で中和することもできず、熱心な勉学で解決することもできないもの。
だから、残念ながら、眠れぬ夜は、これから先もまだまだ続くだろう。
しかし、それを悲観ばかりしているわけではない。
何故なら、それらはすべて、小さな自分の中におさまっている小さな悩みだから。
命に直結する悩みではなく、解決できる可能性をもった悩みだから。

暗い闇の夜・・・
孤独に戦う夜・・・
眠れぬ夜・・・
それは、自分を強くするため、自分を賢くするため・・・ひいては人生を楽しくするため、人生を幸せにするために必要なプロセス・・・
疲れ気味のアクビをしながらも、私は、そう思うのである。


コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする