特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

縁の下に咲く花

2015-03-29 16:37:45 | 害虫駆除 消毒
今年もまたこの季節がやってきた。
そう、桜の季節だ。
今日も、日中の気温は高く、桜は一気に開花。
「もう一年過ぎたのか・・・早いもんだな・・・」
と、昨年の桜を昨日のことのように思い出しながら、あちらこちらに見える薄桃色を愛でている。
ただ、美しく咲くのは桜だけではない。
足元に目をやると、小さな春花がひっそりと咲いている。
人々の目は派手に咲く桜に奪われやすいけど、樹の陰や地ベタに咲く花もまたきれい。
小さな春花も桜も、その真美は変わらない。

そんな春、もうじき4月、年度始め。
卒業、進学、就職、転職、異動、転勤etc、新鮮な気持ちをもって新しいスタートをきる人も多いことだろう。
しかし、零細企業の一労働者である私にそんな新鮮さはない。
珍業・小組織にあっては異動や出世の概念そのものがない。
盆暮正月も年度始めも関係なく、長期的なビジョンもなく、日々与えられる業務をこなすのみ。
そんな代わり映えのしない毎日に浮沈する気分を乗せ、ウンザリしたり飽き飽きしたり、逆に、その無難さに感謝したり幸せを感じたりしながら過ごしている。

ただ、そんな代わり映えのしない毎日と戦っているのは私だけではない。
・・・多くの人がそうかもしれない。
折れながら、凹みながら、それでも立ち上がって戦う・・・
そして、それは、この依頼者女性も同じだった。

依頼の内容は、害虫害獣駆除と消臭消毒。
依頼者は年配の女性。
現場は自宅の台所。
しばらく前から異臭が漂うようになり、ネズミやゴキブリも多く発生。
女性の話を聞く私は、ありがちなゴミ部屋を想像。
それまで遭遇してきた数々のゴミ部屋を思い起こしながら、現場の画を頭に描いた。

訪れたのは住宅地に建つ一戸建て。
築年数はそれなりに経っているようだったが、大きな家で安普請ではなさそうな佇まい。
表札に間違いがないことを確認した私は、家の前に車を駐車。
門扉の前に立ち、人差し指でインターフォンを押した。

日時は約束済みだったため、女性はすぐに玄関からでてきた。
私は、簡単に挨拶をし、玄関に入れてもらった。
すると、例の異臭は早速に私の鼻に侵入。
そして、問題の台所に進むと、更に濃度を上げた重異臭が鼻を突いてきた。

そこにはゴミとも生活雑貨とも見分けがつかないモノが山積散乱。
歩く“道”だけは確保されていたもののゴミ部屋同然で、片付けたくてもどこからどう手をつけていいものやら、掃除したくてもどこをどう掃除すればいいものやらわからない・・・そんな無法地帯。
「だらしない?」「無精?」
異臭に包まれる惨状を目にした私は、女性のことをそんな風に思った。
が、事の経緯と具体的な要望を聞かないと仕事が決められない。
私は、この状況が始まった時期と事情を女性に訊ねた。

女性は、もともと几帳面できれい好きな性格。
毎日の家事もキチンとこなしていた。
だから、こんな状況になる前の台所は、きれいに整理整頓され清潔だった。
では、何故、こんなことになってしまったのか・・・
それは、こういうことだった。

女性の家族は、夫、息子、娘、そして、舅と姑、あわせて6人の所帯。
女性は、結婚してからずっと専業主婦。
年中無休の家事労働に何年も従事。
夫は、サラリーマン。
外で働くことが自分の役割と考えるタイプで、家族は大事にしながらも家事を手伝うことはほとんどなし。
息子は、大学生。
学業とアルバイトと遊びで、不規則な生活。
娘は、高校生。
食べることと文句だけは一人前ながら、家事力は半人前にも及ばず。
舅は、老齢により衰弱。
足が悪く杖を使わないと立っていることができず、何かと介助が必要な状態。
姑は、軽い痴呆を患い、長い時間は一人きりにしておけず。
危険な行為をしないよう注視している必要があった。

この家族、食事の時間はバラバラ。しかも、好みもバラバラ。
年寄り二人用、夫の晩酌用、子供達用にそれぞれ食事をつくる必要があった。
だから、食事の支度も片付けも、二度手間・三度手間が当り前。
併せて、食品・食材も多種類を用意しておく必要もあり、女性の負担を倍増・・・いや、それ以上にしていた。

もちろん、食事のことだけやっていればいいというものではない。
女性には、挙げていけばキリがないくらいの家事や雑用があった。
しかし、女性は、良妻賢母になることが自分の本道だと思っていた。
だから、この家にあっては、これが自分の仕事、これが自分の役割だと思い、女性はせっせと家事に励んだ。
が、そんな女性も歳には勝てず。
更年期を過ぎた頃からか、身体が次第にいうことをきかなくなるように。
それまでのように、家事をテキパキとこなすことができなくなり、ひとつひとつの仕事が重く感じるようになっていった。
それでも、家族の中にそれをわかってくれる者も手伝ってくれる者もおらず、家の中が散らかっていく様をみて「少しは片付けたら?」「どうにかしたほうがいい」等と、他人事のような評論ばかり。
身体の衰えに反し、家事の負担が減ることはなく、自分の中で何かがキレていくのが自分でもわかるくらいに女性は脱力していった。

そうしているうち、食品や生活消耗品等、生活必需品をまとめ買いするように。
それまでは、必要なモノを必要なときにこまめに買いにでていた女性だったが、買い溜めることによって買い物の手間を減らそうとしたのだった。
しかし、これが裏目に。
溜まるばかりの物を収めるところがなくなり、食べきれない食品は冷蔵庫や棚からあふれ、使いきれない生活消耗品は床の隅々に山積みになっていた。
そして、それが原因で異臭と害中獣が発生したのだった。

家事労働のひとつひとつを思い浮かべると、それが楽な仕事ではないことは容易に想像できる。
しかし、そこには具体的な報酬もなければ回りからの感謝や評価もない(その家庭にもよるだろうけど)。
家族から当り前のこととして流されているケースがほとんどで、労働として・仕事として評価されていないことが多いのではないだろうか。
おまけに、主婦業にはOFFがない。
これがどういうことなのか、外で働くことを役目とする者には理解しにくい。
これでは、虚しくなるのもやる気がでないのも当然。
力がでないのも疲れが癒されないのもうなずける。
女性の話を聴き、その立たされている場所を考えると、台所がこんなことになってはいても、女性は女性なりに頑張ったことがうかがえた。
だから、私には、女性が家事の手を抜いたからこうなったとは思えなかった。

一通りの事情を聴き、打ち合わせを済ませた私は片付けを開始。
まず、あきらかにゴミと判断できるものをゴミ袋へ。
次に、床に置いてあるモノ、収納ボックスの中、棚の上、棚の中、収納庫の中、引き出しの中etc、片っ端からチェックし、不要と思われるものを次々にゴミ袋へ突っ込んでいった。
その中には、使えるものもたくさんあった。
ただ、“使うもの”と“使えるもの”は違う。
“使えるもの”でも必要じゃないものはある。
そこら辺を混同して躊躇していると、片付くものも片付かない。

色んなモノを容赦なくゴミ袋に突っ込んでいく私に、女性は、
「それはまだ使えますから・・・」
「それは使うことがあるかもしれませんから・・・」
と、抵抗してきたが、
「これがなくても普段の生活に困りませんよね?」
「“一年使ってないものは一生使わない”と思って下さい」
と、毅然とした態度を崩さなかった。

最後に残ったのは食品。
これが、もっとも厄介。
特に、液物や腐物は取り扱いに注意を要する。
そうすると、冷蔵庫はおのずと注意対象になる。
実際、そこには食品がギュウギュウに詰め込まれており、私は、取捨選択のため、それらを一旦全部取り出すことに。
奥のほうの食品には、腐っているものや賞味期限が切れたものが多く、それらはキツイ異臭を放っていた。
野菜室も同様。
下の方からは、原形ととどめないミイラ野菜が次々とでてきた。
冷凍庫の食品にいたっては化石。
市販の冷凍食品に変化はなかったが、肉や魚は石のように変色していた。

そんな具合に、我々は、台所の隅から隅までチェックし、不要物を選び出し撤去。
朝から夕方までかかり、作業を完了させた。
廃棄物もかなりの量が出た・・・というか、目的を達するため、思い切って捨てることを女性に勧めた。
不用となった棚や収納ボックス等、ちょっとした家具類も撤去し、結果、作業前は狭小窮々としていた台所も、作業後はちょっとした開放感が持てるくらいにまで回復した。

片付いた台所を見渡し、女性は、
「ホントに助かりました・・・ありがとうございました」
「これをいい薬にして、また同じようなことにならないよう頑張ってみます」
と、笑顔で私に礼を言ってくれた。

こんな仕事でも、私には、礼を言ってくれ感謝してくれる人がいる。
給与として報酬ももらえる。
しかし、女性の主婦業にはそれがない。
それでも、そこに花はある。
光のあたらないところで黙々とこなされる主婦業には花がある。
そして、そこには特掃業に通じるものもあるような気がして、私の中にも“励み”という名の小さな花が咲いたのだった。



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大福中毒

2015-03-24 09:20:12 | 特殊清掃 消臭消毒
私は、甘味が好き。
食べることだけではなく、見るのも好き。
洋菓子・和菓子を問わず、色とりどり・多種多様の菓子が店頭に並んでいるのを見ると、子供のように気持ちが軽くなる。
クリスマスシーズンには、洋菓子店にかぎらずスーパーやコンビニにケーキのチラシが出回るが、それだけをもらって眺めてはほのぼの感を味わうこともある。
そういった具合に、菓子は、平和と豊かさを感じさせてくれる。
そして、それは、こんな社会にいられることがホントにありがたいことであることを気づかせてくれる。

そんな私だが、昨秋から冬にかけてプチダイエットを敢行。
その期間は、おのずと甘いものは控えざるを得なかった。
菓子は身体を生かすうえでの必需品ではない。
食べなくて精神の健康を害することはあるかもしれないけど、身体の健康を害することはないはず。
だから、とにかく、甘いものは口に入れないよう注意した。
しかし、理性で本性を変えることはできない。理性は本性を抑えるのみ。
“食べたい!”という欲求を抑えるのには、結構な辛抱を要した。

特に食べたくなったのは大福。
ケーキでもアイスクリームでも団子でもなく大福。
以前、大山(神奈川県伊勢原市)に登山した際の塩豆大福との葛藤を書いたことがあったが、アレで味を占めてしまい、以降、まるで中毒にでもかかったみたいに大福への欲求が治まらなくなってしまった。
しかし、まがりなりにもダイエット中。
自分の中では、おやつを食べるのはタブー!
そこで一考。
皿に切餅を並べ、チンしてやわらかくなったところに餡をかけたものを製作(“調理”といえるほどのものではない=カレーライスのカレーを餡に、ライスを餅にした感じのもの)。
そして、
「これは菓子じゃないぞ!御飯だ!御飯!」
「俺は欲望に負けたわけじゃない」
と、言い訳にしかきこえない屁理屈で痩せたダイエット魂を押さえ込んだ。
そして、これ一回きりでは済まず、以降、何回かこのヘンテコメニューに舌鼓を打ったのだった。

余談だが・・・
私は子供の頃から“つぶ餡派”。
団子でも餅でも饅頭でもパンでも、つぶ餡のほうが好き。
舌やノドに纏わりつくようなこし餡のネットリした感覚・・・あの感じが苦手なのである。

一応のダイエットが完了し、今は、体重維持に努めている私。
体重が減りすぎても困るので、今は、少々の甘味は普通に食べている。
ただ、上記の後遺症か、今でも、大福中毒がでることがある。
無性に大福が食べたくなることがあるのだ。
先日も、スーパーに買い物に行った際、まったく買う予定のなかった大福を買ってしまった。
それは二個で一パック、ふっくら丸々として見るからに美味そう。
パッケージには「十勝産小豆使用 甘さひかえめ」と、人の弱みにつけ込むようなことが書いてある。
その上、賞味期限は翌日なのに2割引。しかも、残りはそれ一パックのみ。
これを買わない手はなく、結局、私は大福に降服しささやかな幸福を手に入れたのだった。


ある暑い時季のこと、特掃の依頼が入った。
現場は、某県某市。
行政区分は“市”ではなったが、実際は“村”も同然。
その地域には数軒の家屋が点在しているだけで、カーナビにも登録がないくらいの山間。
単独で現場にたどり着くのは困難と判断した私は、最寄り駅(といっても現場からかなり遠い)駅で依頼者と待ち合わせ、そこから一緒に現場に行くことにした。

約束の日時。
依頼者である初老の女性とその娘夫婦は、遠路はるばるやってきて待ち合わせの駅に降り立った。
まず、我々は、顔合わせと簡単な挨拶を済ませた。
それから、女性達はタクシーを拾い、私は、その後をついて車を走らせた。

車は、どんどんと山の奥の方へ。
そうしてしばらく走って後、二台の車は一軒の家にたどり着いた。
その家・・・小屋といったほうがシックリくる建物は、長閑(のどか)な田園風景が広がる山間部にポツンと建っていた。
まわりは空と山と田畑のみ。
遠くに数軒の人家が散らばっているのみで、人の気配はなし。
家の敷地にも樹木雑草がうっそうと生い茂り、雑草に埋もれた畑の夏野菜が主の不在を暗示。
そこら辺には爬虫類や毒虫もいそうで、長閑さを越えた不気味さがあった。

不気味なことになっているのは、家の中も同じこと・・・いや、家の中はそれ以上。
隙間だらけの家からは、異臭がプンプン。
部屋の中には、蝿がブンブン。
マスク内の息は熱気に圧されてフンフン。
故人がつくりだした死の痕によって、この家全体を異様な雰囲気につつまれていた。

亡くなったのは、この家で一人暮していた依頼者女性の夫。
二人は、夫婦でありながらも別居生活を送っていた。
ただ、それは不仲が原因のことではなく、嗜好の違いによるものだった。

故人一家は、離れた都会に家を持ち、長い間そこで生活していた。
現役時代の故人は、何年にも渡って、自分のため家族のため働いた。
子供成長と家族の幸せを励みに頑張った。
そして、迎えた定年退職。
そのときは既に子供達も成人・独立し、住宅ローンも終わっていた。
そこで故人は、ある計画を実行に移すことに。
それは、田舎暮らし。
もともとアウトドア志向で田舎の自給自足暮らしに憧れていた故人は、かねてから田舎への移住を計画していた。
「やりたいことも我慢して働いてきたのだから、老後くらいは好きなことをやらせてあげよう」と、家族もそれを了承していた。

しかし、女性はそれに同行することはできなかった。
都会生まれ・都会育ちの女性は、まったく気がすすまず。
爬虫類や昆虫類は大の苦手で、たまに故人が連れて行ってくれた(連れて行かれた)キャンプやBBQくらいがギリギリ。
ここは夫婦一緒に暮らすのが自然だったのかもしれないけど、水洗トイレも美容院もない田舎暮しなんてとてもできるものではなかった。
そして、それは、長年連れ添った故人も理解していた。
結局、故人は、夏場は田舎で一人で暮し、冬場は実家で女性(妻)と暮らすことにし、二人は離れ離れの生活を送ることにしたのだった。

女性と故人は、月に2~3度の電話やメールで連絡をとりあった。
故人は、大方の人が嫌がる生活の不便さを逆に楽しんでいるようで、返ってくる声はとても活き活きとしていた。
女性も、“音沙汰ないのは達者な証拠”とばかり、老後になってやっと与えられた“独身生活”を満喫していた。
しかし、あるときから、故人は電話にでなくなりメールの返信もよこさなくなった。
ただ、携帯電話の操作ミスや本人の無精から、以前にも似たようなことがあったため、始めは気にも留めなかった。
が、一ヵ月も過ぎるとさすがに心配に。
安否確認を頼めるような人は近くにいなかったため、女性はソワソワと落ち着かない気分に引っ張られるように故人宅に出向き、そこに起こった異変を目の当たりにしたのだった。

やりたいことをやることは大きな幸せ。
食べたいものを食べ、飲みたいものを飲むことも、
話したいことを話し、聞きたいことを聞くことも、
行きたいところへ行き、見たいものを見ることも、
歩きたい道を歩き、生きたいところで生きることも。
そう考えると、晩年の故人は幸せだったのではないかと思った。
都会生活に比べて不自由なことも多かっただろうし、想像もしなかった困難に遭遇したこともあっただろうけど、長年の夢を実現させたわけで、最期はどうあれ、そこには、それまで味わったことのない幸せがあったのではないかと思った。


人間は、幸せを求める生き物。
そして、幸欲が尽きない生き物。
幸欲が次の幸欲を呼び、際限なく幸せを求める。
まるで、中毒にでもかかったかのように・・・
ただ、この中毒は、悪いものではない。よいものである。
努力すること、忍耐すること、正しく生きることを後押ししてくれるから。
ただ、毒になることもある。
人を駄欲に走らせ、利己的なところへ引っ張ることがあるから。
そして、この中毒は、
「人の幸せって何だろう・・・」
「自分とっての幸せって何だろう・・・」
と、“幸せの定義”という難題に答えられないでいるところに、自分の幸福度を人の好遇・不遇と比べて量るという安易な方程式をもたらす。
量れないはずの幸せを量ることによって、幸せを得させようとする。
結果、その心の中には、人の不幸で自分の不幸感を紛らわそうとする嫌なものうまれる。私のように。

幸せというものは、かたちが見えるようで見えず、見えないようで見える。
気の持ちよう・心の持ちようで得られることもあり、気の持ちよう・心の持ちようで失うこともある。
求めれば得られるものでありながら、求めたからといって得られるものではない。
ときに、求めなくても与えられる・・・多くの幸せは、“気づき”によって与えられる。

身の回りには、様々な幸せがたくさんある。
人には、人それぞれ身の丈に合った幸福がある。
他の人とは共有できない、それぞれの感性や感覚に与えられる幸福がある。
身に余る欲求に支配された幸福は、もはや幸福ではない。
食べ過ぎる大福が害になるように。

そう・・・
“食べる”という幸せもさることながら、その周囲には“食べることができる”という幸せもある。
つい見過ごしがちだけど、なんだか、そっちの幸せのほうが多い(?)大きい(?)ような気がする。
そして、それに気づくこと、気づけることもまた一つの幸せ。
「それを知って食べる大福は、図らずも至福の味になるのだろう・・・」
と、抑えられない幸欲に唾をのむ大福中毒の私である。


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馬鹿に説法

2015-03-20 15:14:04 | 遺品整理
私の世界は狭い。極めて小さい。
特異な小コミュニティーに属し、世の陰でレアな仕事をしながらひっそりと生きている。
一日中、外の誰とも会話しない日だってザラにある。
車での移動中、単独での作業中等、一人で黙っている時間は一日何時間もある。
だから、心の中の独り言が多い。自問自答が多い。
ただ、このポンコツ中年男、そうして歳は重ねているけど、中身はそれほど成長していない。
それでも、仕事においては大ベテラン。幸か不幸か。
教えることはあっても教わることはほとんどない。
新しいことは自らが吸収し、わからないことは自らが考えるしかない。
また、この歳になると、道を説いてくれる人もいない。
先に逝った人々の生き跡や、残された人々の生き様を受けて心の向きを変えながら、頭で理解する正義と心が傾く悪楽の狭間でブレながらフラフラと歩いている。

私は、子供の頃から、人見知りで引っ込み思案な性格。
人と競り合うことが苦手。単なる“負けず嫌い”とは少し違うと思う。
他人を押しのけて先頭を走るタイプではなく、誰かの後を大人しく着いていくタイプ。
性格なんて、そんなに変わるものではなく、その辺のところは、この歳になってもあまり変わらない。
しかも、私は社交的な人間ではない。
だから、大勢の中に属することにストレスを感じる。
ただ、前ブログにも書いたように、不特定の誰かと限られた時間関わることに面白みを感じることがある。
特段の話をするわけでもないのだが、何気ない言葉のやりとりで自分の存在意義を感じられるときがある。
好きでやっている仕事ではないし、他の仕事を羨んでばかりいるけど、誰かと競り合うこともいらず、そういうところでは、この仕事は自分に合っているのかもしれない。


呼ばれて出向いたのは、一般的な一戸建。
依頼者は、初老の男性。
落ち着いた雰囲気をもった人物で、物腰は紳士的でもあった。
応接間に通された私は、すすめられたソファーに腰掛けた。
対には男性が座り、その隣にお茶の支度を持った女性(妻)も座った。
そして、依頼したいのは家財の整理処分であることと、それに至った経緯を話し始めた。

男性は、中堅企業のサラリーマン。
高校を卒業してすぐに就いた仕事だった。
男性は、転職もせず定年までこの会社に勤めた
気の合わない上司の下に置かれたり、不本意な部署に転属させられたり、出世において同僚に先を越されたり、高学歴の年下上司に使われたりと、不愉快な思いもたくさんした。
途中、転職していった先輩・同僚・後輩もたくさんいた。
そんな中にあって、転職の誘惑に惑わされることもしばしばあった。
が、青くない隣の芝生が青く見えるのは世の常・人の常。
男性は、それを悟っていた。
“給料が安いから”“仕事がキツいから”“嫌いなヤツがいるから”等といったネガティブな理由で辞めるのを“良し”とせず、“逃げたら終わり”という考えが常にあった。
結果として、男性は定年まで勤め上げ、以降も嘱託社員として継続勤務していた。
そして、そのことを少し誇りに思い、その道に悔いなく満足していた。

男性夫妻の収入源は、嘱託社員としての収入と老齢年金。
家のローンも終わり、大きな贅沢はできないながらも、日常の小さな贅沢はできるくらいの生活をしていた。
しかし、穏やかな生活ができるのも身体の自由がきく間だけ。
時間は夫妻を老いさせ、夫妻も体力の衰えをヒシヒシと感じるように。
同年代の入院や死去の話も多く入るようになり、もう“他人事”とは済ませられなくなってきた。
そんな中にあって、どちらか一人が残されたときにことを考えるように。
子供のいない夫妻の法定相続人には甥や姪がいたが疎遠な関係。
ただ血のつながりがあるだけで人のつながりはない。
そんな甥や姪に過分な財産を残しても仕方がないし、またに迷惑もかけたくない。
そこで、夫妻は、この家を売却処分し介護付マンションに移ることに。
そしてまた、終末期の面倒や死後の始末を任せられる後見人を元気でいるうちに立てておくことにしたのだった。

色々と話しているうちに、話題は、私のことに。
遺体処置、遺品処理、ゴミ部屋の片付け、腐乱死体現場の処理etc・・・
長年に渡ってそんな仕事に従事している私に、夫妻は興味を覚えたよう。
この仕事に就いたきっかけ・動機にはじまり、やめずに続けている理由、苦労したこと、楽しかったこと等々、私に色々と質問。
他人事とは思えなかったのだろうか、とりわけ、孤独死については事細かく訊いてきた。
野次馬根性からくる好奇心だけならテキトーに応えておくのだけど、夫妻は、私の話を自分達の今後に適用させたいよう。
真剣に聴くつもりであることが夫妻の姿勢からうかがえた私は、グロテスクな表現や個人的な恥部露呈もいとわず率直なところを伝えていった。

「残念ながら、大学を卒業した年からずっとやってます・・・」
「今、○○歳ですから、もう○○年になりますね・・・」
「能力があれば、他の仕事にも就けたのかもしれませんけど・・・」
そういう私に、夫妻は感心した(呆れた?)ような顔をし、
「ご謙遜を・・・」
「どんな仕事でも、続けることが大切ですよ」
「それも大事な能力ですよ」
と、優しくフォローしてくれた。

「“続けてきた”というより“続けざるを得なかった”といった感じですかね・・・」
「責任感はもってるつもりですけど、使命感とかはないです・・・」
「とりあえず、生活と自分のためです・・・」
そういう私に、夫妻はうなずき、
「私を含めて多くの人がそうですよ・・・」
「口でいいこと言うのは簡単ですけどね・・・」
「それでも続けていることは素晴らしいことだと思いますよ」
と、私の思いを受け入れてくれた。

「他人から気持ち悪がられたり、奇異の視線を浴びることも多いですね・・・」
「バカにされて悲しい思いをすることもあるんですよ・・・」
「でも、自分の仕事を一番バカにしているのは、他でもなく自分だったりするんですよね・・・」
そういう私に、夫妻は悲しげな顔をし、
「私達にはわからない苦労があるんですね・・・」
「でも、辛抱して続けてきたことは絶対間違っていないと思いますよ」
「これからも頑張って下さい・・・陰ながら応援していますから・・・」
と、家族のように励ましてくれた。


この仕事、“辞められるものなら辞めてしまいたい”と思うのは日常茶飯事。
しかし、 “継続は力なり”。
そして、続けなければならない理由も事情もある。
男性が一つの会社で勤め上げたように、一つのことを続けるのは大切なことだと思う。
私も、嫌な思いや辛い思いをすることが少なくないこの仕事を、長年、続けてきた。
自分のため、生活のために。
もちろん、大切なのは仕事ばかりではない。
仕事じゃなくても何でもいいから一つ継続しているもの・継続できるものを持っていることが大切だと思う。
そうすると、それが人生の芯になると思う。
そして、その芯を持ってすれば、色んなことをやっても道が外れないのではないかと思う。
実際、この仕事が私の芯なのかどうなのかわからないけど、大きく道を外さないで生きることができているし、これを通じて賃金のほかにも多くの恩恵に与ることができている。

自分の不幸感を紛らわせるため、投げやりに始めた仕事。
とりあえず、生活するために続けてきた仕事。
労働することによって、人並みの生活はできている。
責任感はあるけど、使命感はない。
それでも、小さなやり甲斐とささやかな幸せはある。
報酬は、賃金の他、人の役に立てたことから生まれる自分の存在価値と、文字にも言葉にもなっていない説法。
それは、仕事に、生活に、生きることに疲れたとき、“生きることの意味”ではなく“生きることが意味”ということを教えてくれる。

晩冬初春の今、夏場に比べて身体は格段に楽。
チビ犬との死別の悲哀をのぞけば、昨冬に比べて精神も格段に楽。
ただ、このぬるま湯に浸かったような状態は、なんとも落ち着かない。
やはり、生きているかぎりは、熱を帯びたいし汗もかきたい。
今、与えられた役割を懸命にこなしたい・・・
今、与えられた時間を必死につかいたい・・・
・・・ガムシャラに何かをやってみたい。
「ただの貧乏性」と言ってしまえばそうかもしれないけど、私は、甘くない人生を甘く過ごしている自分に自己嫌悪感にも似た危機感を抱いている。

現実は近く、理想は遥か彼方・・・
この頭も、この心も、この身体も、自分の思い通りには動かない。
ダメな自分が嫌な自分が、ダメな自分に道を説く・・・
この馬鹿に説法は、一生続く・・・続けなければならないのだろうと思っている。



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涙酒

2015-03-16 16:51:44 | 遺品整理
更新頻度が低いことの言い訳のようだけど・・・っていうか、モロ言い訳だけど、ブログ製作は私の本業ではない。
ま、そうは言っても、ある種、仕事のようなもの。
そしてまた、仕事外の務めのような、趣味のような、息抜きのような、気分転換のような、そんな感じのものである。
しかし、昔の筆圧はどこへやら、今は、気の向くまま時間がゆるす範囲でやっている。
ただ、筆圧は低下しても、現場へ向かう意気に低下はない。
一件一件、仕事になりそうでもならなそうでも、とにかく走る。
そして、色々な状況で、色々な人と出会い、関わる。
正直なところ、気持ちよく仕事ができない人や不快な人がいることも事実。
だけど、大半の人は良識をもって普通に仕事をさせてくれる。
接してて気持ちがいい人、話してて楽しい人、見てて愉快な人、生き様に頭が下がる人、走った先には色んな人がいてなかなか面白い。
私は、口下手で人付き合いが苦手な孤独好きだけど、楽しくない仕事をしているからこそ人との関わりを面白く感じるのかもしれない。

低下したのはブログの更新頻度ばかりではない。
ダイエット習慣のお陰か、節操のなかった食欲も少しは下がっている。
また、週休肝二日も二年を経過し、以前に比べれば酒欲も下がっていると思う。
ま、それでも、私は酒が好き。
飲む量は減ってきてはいるけど、好きであることに変わりはない。
ウイスキーとビールは常備(大好物の“にごり酒”は何年も前にやめた)。
たまに日本酒・ワイン・ブランデー・焼酎などをもらうことがあるが、頂き物がある場合はそれも飲む。
「酒が飲めるなんて幸せなことだなぁ・・・」としみじみ噛みしめながら。

自分の酒癖は、悪いほうではないと思っている(若い頃の暴飲・泥酔は例外として)。
酔って不機嫌になるタイプではないと自負しているけど、性格が性格だけに暗い酒になりがち。
それは、酒を欲しているのが、舌なのか胃なのか、それとも心なのかによって変わってくる。
その暗さがいいのか悪いのか、酔って気持ちが大きくなることはあるけど、あまり態度には表れない。
その分、気分よく抜けるアルコールは少なく、時には少量でも翌日に響く。
そして、翌日の不快感や二日酔は、自分の学習能力の低さを身をもって教えてくれる。
治る時間と直すチャンスを与えながら。



遺品処理の依頼が入った。
依頼者は、中年の女性で、現場は女性の両親が住んでいた部屋。
前の年に母親が亡くなり、そして、この年に入って残った父親も亡くなったため退去することになったよう。
客向けの作り声と軽快な口調に、私のことを“若僧”と勘違いしたのか、女性の口のきき方はかなり乱暴。
命令口調ではないもののタメ口で、親を亡くしたことによる悲しげな素振りは一切なし。
“こういうタイプ、苦手なんだよな・・・”
私は、そう思いながらも、仕事と割り切ってできるかぎり愛想よく受け答えた。

現地調査の日。
出向いたのは公営団地の一室。
私は、約束の時刻の数分前に玄関前に行き、インターフォンを押した。
しかし、中から反応はなし。人がいる気配もない。
約束の時刻はもうじき。
車に戻るのが面倒だった私は、そのまま玄関前で待つことに。
そうして外の景色を眺めながらボーッとしていると、依頼者の女性は、約束の時刻ピッタリに現れた。

「待たせてゴメンね~」
と、大きな声で近づいてくる女性に
「とんでもないです・・・約束の時間ピッタリですから・・・」
と応えながら、
“妙に明るい人だな”
“遅れたわけでもないのに謝るなんて、ひょっとしていい人?”
と、私は、気を緩ませながら女性に向かって頭を下げた。

しかし、緩ませた気を、すぐさま身に覚えのあるニオイが覆った。
それは、アルコール臭。
女性から、酒の臭いがプンプンしてきたのだ。
“この人、酒飲んでるな・・・”
昼間から酒のニオイをさせてきた女性に、私は、少し驚いた。
そして、気持ちが引いた。
が、そこは仕事。
女性の気分を害さないように、これまた、できるかぎり愛想よく振舞った。

女性が酒に酔っていることは明らかだった。
よく観察すると足元はフラつき、呂律(ろれつ)もうまく回っていない。
“アル中か?”
そんな風に思わせるくらいだった。
また、電話口と同様、口も悪かった。
普段からそういうキャラなのか、酔いがそうさせているのか、芝居にでてきそうなくらいの“べらんめえ口調”。
人を浅はかな観点で軽率に判断する癖のある私は、抱きかけた女性の好印象をアッサリと捨て、元の悪印象を抱きなおした。

遺品処理は引越しに近い作業。
普通の引越に比べれば荷物の取り扱いはかなり雑だけど、基本的な作業は似たようなもので、部屋から運び出す前に、荷造・梱包が必要。
それと同時に、貴重品や必要品のチェックを行う。
そうした下準備をしたうえで、部屋から運び出す。
荷造梱包と撤去搬出を同日に行うケースもあるけど、費用と時間がゆるせば、複数日に渡って行う。
貴重品のチェックや取捨選択をキチンと行うために。
女性も、ろくに荷物をチェックしていなかったし時間にも余裕があったため、作業は複数日に渡って行うことにした。


荷造梱包の日。
この日も女性は、時間ピッタリに現れた。
時間は正確だったが、やはり、足元はフラフラと千鳥足。
そして、前回同様、酒のニオイがプンプン。
“妙なことが起こらなければいいけどな・・・”
私は、警戒レベルを上げて女性とともに室内に入った。

「何か手伝うことない?」
「いえ・・・大丈夫です・・・“やり方”がありますから」
「そぉ・・・どうせガラクタしかないだろうから、遠慮なくやっちゃって!」
「わかりました・・・」
「私、どうしてればいい?」
「えーっと・・・家具家電は運び出しの日までそのままにしておきますので、テレビでも観ながら楽にしてて下さい」
「“楽に”って言われてもねぇ・・・なんか落ち着かないなぁ・・・」
「スイマセン・・・ただ、貴重品が出てくるかもしれないから、ここにはいてもらいたいんですよ」
「貴重品ねぇ・・・そんなもんないと思うけどねぇ・・・でも、ヘソクリくらいあるかも?」
「そうですよ」
「いいこと考えた!御宝がでてきたら二人で山分けしようか!」
「それいいですね!そうしましょう!そうしましょう!」
と、フツーなら冗談に聞くはずの話を本気で言ってる風な女性に、私は、愉快な感情を抱いた。
同時に、女性の屈託のない性格を垣間見た私は、“悪気はない”と分析し、上げていた警戒レベルを中くらいまで下げた。

「やることないから、飲んじゃっていいかなぁ・・・」
「どうぞ!どうぞ!退屈でしょうから遠慮なくやって下さい」
「ごめんねぇ・・・人が仕事してる傍で・・・」
「いえいえ、私も酒好きですから、気持ちはわかりますよ」
「そおなんだぁ・・・だったら、尚更、悪い気がするなぁ・・・」
「大丈夫ですから、気にしないで下さい」
「いっそのこと、一緒に飲んじゃう?」
「いやいや!そりゃマズイです!仕事中だし車だし・・・」
「そりゃそっかぁ~!」
「そりゃそうです!」
と、これまた冗談みたいな本気の話に、私は笑って応えた。
そして、警戒レベルをかなり低いところまで下げた。

結局、女性は、私に申し訳なさそうにしながらも台所の椅子に座り、冷蔵庫から缶チューハイだして飲み始めた。
始めは遠慮がちに缶チューハイをグラスに入れ換え、空缶は私の視界に留まらないようそそくさとゴミ箱に捨てていた。
2~3本飲んだところでエンジンがかかってきたのか、次は冷蔵庫からワインをとりだして機嫌よく飲み始めた。
しかし、飲み過ぎは身体に毒。
その昔、暴飲暴食が祟って肝臓を悪くしたことがある私は、女性の身体が少し心配になった。
が、せっかくの和やかな雰囲気に野暮な水を差すのはやめておいた。

内向的な私は、言葉数の少ない人より話し好きの人のほうが一緒にいて楽。
女性は私の一返事に対して二も三も返してくるような人で、会話が途切れることはなく、私は作業の手を動かしながら女性の話し相手をし、女性の話し相手をしながら作業の手を動かした。
そんな女性を、“無神経な人”“礼儀知らずな人”と思うのが普通なのかもしれなかったけど、何故か、私にそんな不快な思いは涌いてこなかった。
何がそうさせたのか・・・自分でもよくわからなかったけど、死に関わる現場にあっても雰囲気は煮詰まらず、気分を楽にしていられた。

遺品の中からは写真がたくさんでてきた。
それは、棚の一箇所に丁寧にしまってあった。
「写真はどうしますか?」
「ゴミ!ゴミ!全部ゴミ!」
と、女性は少しうっとおしそうに返事。
しかし、すぐに思い直したようで、
「でも・・・一応、見とくか・・・」
と、私の手から、何冊ものアルバムを受け取った。

「ヤバイ!若い!笑える!」
女性は、アルバムのページをめくりながら、またグラスを傾けながら楽しそうに一人笑い始めた。
古い写真に、懐かしい想い出が次々と甦ったのだろう、女性の笑い声は、感嘆の声とともにしばらく部屋の中に響いた。
そうしてしばし、多弁だった女性は次第に無口に。
「これ・・・一応、とっとくか・・・いらなくなったら自分でゴミに出せるしね・・・」
と、静かに声を落とした。
そして、
「お袋も親父も、こんなに早く死にやがって・・・」
「後始末しなきゃいけないこっちの身にもなってみろ・・・」
と、写真に向かって悪態をついた。
ただ、そこには、それまでのような威勢のよさはなく力ない悲哀だけが漂い、切なさを誘うものだった。


女性は、涙を酒にかえて飲んでいたのかもしれない・・・
私は、悪態の裏に女性の悲哀が、悲哀の底に女性の優しさがあったような気がした。
そして、それが女性の人間味を心よいものにしているのだろうと思い、自分のやった仕事に酔ったのだった。


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小満足

2015-03-07 15:02:07 | 遺品整理
昨年秋からのプチダイエット。
約三ヶ月で標準体重まで落とし、以降は、その維持に努めている。
ただ、維持のつもりでも、ダイエットで身についた習慣をベースに生活しているから、体重は微減を継続。
今では、夕食後の計測でも標準体重を下回るようになっている。
必要以上に痩せたいわけではないので、今後は、摂取カロリーと消費カロリーのバランスをうまくとっていきたいと思っている。

ダイエットの収穫は減量だけではない。
私は、これを通じて面白いことを発見した。
それを一言でいうと、
「空腹でしか味わえない満足感がある」
ということ。
そして、
「満腹で味わう満足感より、空腹で味わう満足感のほうが充足度が高い」
ということ。
ダイエットに難なく成功した達成感がそう思わせているのかもしれないけど、少し腹が減っているくらいが身体にも精神にも健康的なような気がする。
実際、空腹のほうが夜よく眠れるし、朝の心身も軽い。
現場でも、身体がよく動く。
「努力して・忍耐して・挑戦して得られる満足感は、楽して・楽しようとして得られる満足感に勝る」
この感覚をうまく伝えられないのが歯痒いけど、そんなきれいごとを、私は実感として覚えているのである。



「相続するかどうか考えてまして・・・」
「相続しない場合は頼めませんけど・・・」
依頼者の女性は、少し気マズそうに言った。
「大丈夫ですよ・・・現場を見ないと何も始められませんから」
仕事にならなそうでも現場を見に行くことをモットーとする私は、女性の躊躇いを掃うように明るく応えた。

出向いた現場は、市街地に建つマンションの一室。
亡くなったのは部屋の主である年配の男性。
発見は、死後二ヶ月余。
女性は、故人の親戚。
ただ、生前の面識は一切なし。
それでも、女性は、妻子もなく親兄弟も先逝した故人の法定相続人になっていた。

相続財産は正の遺産ばかりとはかぎらない。
借金などの負の遺産だってある。
そのため、遺産相続は、“単純承認”“限定承認”“相続放棄”と、様々な方法を選ぶことができるようになっている。
ただ、後二者の場合、死亡を知ってから三ヶ月以内に決めなければならない。
決められた期間内に故人の遺産をキチンと見極め、相続方法を決める必要があるのである。

老朽マンションで、管理費は高そうで耐震性は低そう。
間取りも1DKで狭小。
場所も街中ではあったが風紀のよくない地域。
不動産としての価値も低いうえ、その原状回復には大きな費用をともなうことは明白。
不動産以外に大きな財産がないかぎり、相続しないほうが有利に思え、私は、あくまで一個人の私見としてその旨を伝えた。
ただ、私が意見するまでもなく、女性も、既に、相続財産が大きなプラスでないかぎり相続を放棄することを決めていた。
それは、手間と心労を考えると、少々のプラスでは割りに合わないと考えてのこと。
そのためにも、女性は、とにかく故人の財産を精査する必要があった。
「ズルい人間のように思われるでしょうけど・・・」
と、少々気マズそうにしながらも、女性は、包み隠すことなく正直な心情を語ってくれた。

女性は、レインコート・防塵マスク・手袋などを用意してきていた。
それらは、一緒に室内に入ることを前提に、電話相談の段階で私が勧めたモノだった。
しかし、玄関ドアを開けると同時に漂ってきた異臭に女性は後退。
早々と気持ちが萎えたらしく、部屋に入ることを断念。
結局、部屋には私一人で入ることになった。

遺体痕は台所の床にあった。
遺体は白骨化していたと思われ、赤茶黒の粘液とウジの食べカスがオガクズのように盛り上がり人型を形成。
更には、頭があった部分には、頭髪・頭皮の一部が付着凝固。
ウジ・ハエの発生はとっくに峠を越え、室内で動いているのは時計と私くらい。
異臭も生々しいものではなく、カビ臭に似たものに変化。
一般の人には耐えられなくても、私には短時間なら専用マスクなしでも耐えられるレベルにまで緩和されていた。

遺体痕と異臭を除けば、室内は整然としていた。
男性の独り暮しにしては、きれいに片付いていた。
そして、片隅には金庫があった。
私は、女性に見せるために、部屋のあちこちをケータイで撮影。
そして、一通りの観察を終えると、身体に付着した異臭とともに玄関前で待つ女性のもとへ戻った。
そして、「見たくない」と言われた遺体痕画像を飛ばしながら撮ってきた画像を女性に見せ、部屋の状況を説明した。

財布・通帳・カード類など、あらかたの貴重品は警察が女性に渡していた。
そして、部屋に金庫があることも女性に知らせ、その鍵も渡していた。
ただ、肝心のダイヤル番号は不明。
金庫の中を確認したくても、手も足もでない状況だった。
しかし、女性は、どうしても金庫内を確認したいよう。
「何かいい方法はありませんかね・・・」
と、困惑した表情を浮かべながら、依りかかるような視線を私に送った。

仕事上、貴重品探しを手伝うことや代行することは珍しくないけど、それは物理的に明確なものばかり。
物理的に存在していれば、相当凝った隠し方をしていないかぎり探し出すことができる。
しかし、ダイヤル番号には“かたち”がない。
“記憶”という目に見えないかたちでも残せる。
それを探し当てるなんて至難の技。
もちろん、番号が記されたモノがどこかに残されている可能性もあったけど、私は、それを探す=雲をつかむような作業に躊躇を覚えた。
それでも、「乗りかかった船だから仕方ないか・・・難儀しそうだな・・・」と、場の流れに身を任せることにし、気が向かない雑用に身を向けることにした。

色々と思案する中で、私は、「ひょっとしたら、故人は開けるたびにダイヤルを合わせるのは面倒だから、常にダイヤルを合わせた状態にして、鍵を差すだけで開くようにしていたかもしれない」と考えた。
だとすると、番号をつきとめる手間が省ける。
だから、番号探しをやるかどうか決める前にまず鍵を差してみることを女性に提案。
すると、即座に女性も同意し、そのまま話を進めた。

ただ、私が女性から鍵を預かって差してみるのはやめた。
中には貴重品が入っている可能性もあるわけで、私が一人で開けて後で疑義が生じたら困るから。
だから、その作業は女性にやってもらうことに。
しかし、女性が凄惨な部屋に入るのは無理。
信義を担保するため私が丸裸になって金庫を開けるのも無理(違う犯罪になる)。
そこで、私は、金庫を女性が立ち入れる玄関まで移動させることにした。

しかし、そこで問題が。
金庫は、私のような普の男が一人で持ち上げるのは不可能なくらいの重量がある。
そもそも、簡単に運べないことが金庫の役割なわけで・・・
「さてさて、これをどうやって玄関まで運ぼうか・・・」
と、工程をシミュレーション。
一人作業が好きな私は、通常なら二人でやるような重荷の移動も一人でやることが多く、
ここでもその術を応用し、押入から一枚の毛布をだし、金庫の前に敷いた。
そして、
「ヨッコイショ!」
と、足腰と腕に力を入れて、その上に金庫を転がし乗せた。
そして、金庫を毛布の中央に寄せてから毛布を強く掴み、倒した状態のまま、「開かなかったら面倒だな・・・」と心配しながら玄関に向かってズルズルと引きずっていった。

玄関まで移動させると、ドアを開け、金庫を女性にみせた。
そして、横倒しを正規の座に直すため、脇に回った。
すると、金庫の底面に貼ってある一枚のメモが目に入った。
よく見ると、そこにはダイヤル番号らしき文字が。
そう・・・私の心配をよそにダイヤル番号はアッサリと見つかった。
同時に、面倒な作業を覚悟していた私は、プレッシャーから解放された安堵感も手伝って、女性にドヤ顔をしてしまった。

金庫には何が入っているかわからない。
貴重品は何も入っていない可能性もあれば、スゴイ財産が入っている可能性もある。
他人事ながら、私は、ちょっとドキドキしながら、ダイヤルを回す女性の手を見つめた。
女性も緊張していたのだろう、その手を微妙に震わせていた。
が、無事に開いた金庫に入っていたのは、部屋の権利書・印鑑など、我々のドキドキ感に反して至って無難なものだけだった。
それでも、女性は金庫の中が確認できたことに満足し、私に深々と頭を下げて礼を言ってくれた。


最終的に、女性は相続放棄を選択。
遺産を±すると、ほとんど0みたいなものだったらしい。
したがって、その後、私がこの部屋に行くことは二度となかった。
結局のところ、仕事(金)にはならなかったけど、損した気にはならなかった。
女性は、始めからその可能性があることを伝えてくれていたわけで、私は、それを承知のうえで動いたわけだから。

「“少しでもお金が入るなら”と思ってましたけど、ダメでした」
「色々とお世話になったのに・・・ごめんなさい」
女性は、私に仕事を依頼しないことを詫びた。
そして、
「来ていただいたときの手間賃は払いますけど・・・」
と言ってくれた。
が、私は、始めの約束を堅持し、その気持ちだけをもらって事を収めた。


遺産を巡って打算を働かせた女性だったが、私が同じ立場だったら同じようなことをしたはず。
だから、女性を非難する気持ちは沸かず、むしろ、私はその人間味に親しみを覚えた。
そして、タダ働きは会社からいい顔されないし、管理会社や近隣住民のことを思うと複雑な心持ちではあったけど、ちっとは人の役に立てたことに小満足できる自分に満足したのであった。


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