特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

カレンダー

2006-07-31 09:52:08 | その他
今日で7月も終わり、今年の夏も後半に入る。
今年の梅雨は、前半が空梅雨で後半は長雨。
東京では、昨日やっと梅雨明けしたらしい。
毎月末には過ぎたカレンダーを破り捨てるのが私の習慣。

このひと月を思い返してみると、特掃業務に追われる毎日だった。
しかも、インパクトのある内容のものが多かった(だいたい、いつもインパクトはあるけど)。
早速にでもブログに書きたい案件もあったが、現場が特定されないような配慮が必要なため、ネタとしてはしばらく寝かせておかざるを得ない。
と言う訳で、私の書く現場ネタは、しばらく寝かせておいたものがほとんど。
鮮度は落ちているかもしれないけど、腐敗ネタには鮮度も何も関係ないか(笑)。

きっちりと自分の中で線を引いている訳ではないけど、死人は人間の形をとどめているモノとそうでないモノでは気持ちが全く違う。
分かり易く説明すると、人間の形をしている死人に対しては極めて人間的に接し、そうでない死人に対してはただの物体として接するのである。
みんな同じ人間なのに、「腐っているのと腐っていないのとでは、こんなに気持ちが異なるものか」と我ながら不思議に思う。
それが正しいことなのか、正しくないことなのかは分からないけど、死体業をやっているうちに自然とそういうスタンスになってしまった。
私は、そういう冷酷?不躾?な一面も持っているのである。
ただ、この世で負った責任を果たすのみ。それだけで精一杯。

「遺体の尊厳」について展開される議論を見聞きしたことがある。
「グリーフケア」に興味を覚えた時期もある。
しかし、現実に起こっていることは机上論とは遠くかけ離れたもの。
きれい事では済まされない。
人が持つ卑しい部分が分かり易いかたちで曝け出されることもある。
まさに「地獄の沙汰も金次第」と思えるようなこともある。
腐敗現場は議論によって片付くものでもなく、遺族も理屈によって癒されるものでもない。
ましてや、死んだ人間が机上論でうかばれることも考え難い。
所詮は、コノ世の人間がどんなきれい事を吐いても、アノ世の人間のことをどうすることもできないということ。

腐乱現場に行くと、遺族に対しても「これは、ヒドイですね」「自殺ですか?」等といった、無神経にも聞こえる言葉がでてくる。
気持ち悪いときは驚嘆の声を上げるし、作業はキツイときは苦渋の言葉を吐く。
腐敗液などは私にとってはただの汚物、人ではない。
亡くなった人と目の前の汚物は物理的には同一でも、私の心情的には全くの別物。
そうは言いながらも、「汚物=故人」という概念も時々は顔を覗かせる。
腐敗液を拭きながら「もうちょっと早く見つけて欲しかったね」とか、腐敗粘土をすくいながら「今、俺がきれいにしてやるからね」とか、自殺痕を始末しながら「何で自殺なんかしちゃったの?」とか思ってしまう。霊感もないのに。
んー・・・この心情を文字にするのは難しい。

私に夏休みなんかない。
社会人になってから、夏休みなど言うものも取ったことがない。
仕事がない時が休み。
過ぎ去る7月のカレンダーを眺めながら、「明日から8月か・・・海にでも行きたいなぁ」と呑気なことを考えている。自分にも刻一刻と死に近づいていることを忘れて。
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苦悶

2006-07-30 08:24:57 | エンゼルメイク
死ぬ瞬間って、どういう感覚を憶えるものなのだろうか。
「脳内アドレナリンが大量に発生して、快感の絶頂に到る」と説いた本を読んだことがあるが、誰もその実態を知ることはできない。
私は、三十数年間の人生で一度だけ人が死ぬ瞬間を目の当たりにしたことがある。
時は幼少の頃、祖父が死んだときのことだ。
内臓疾患で闘病生活を送っていた祖父は、しばらくの闘病生活の後、意識不明の危篤に陥った。

急いで病院に駆けつけたときは、意識不明で荒い息をしていた。
皆が見守る中、最期の息をゆっくり吐いたかと思うと、もう次の息を吸うことはなくそのまま臨終した。
何分にも幼かったため、人が死ぬということがよく理解できなかったけど、祖父の最期の様子は今でも鮮明に記憶している。
黄疸で黄色く変色した身体、腕には無数の内出血の痕、柩に入った祖父の身体の冷たさと固さには、幼い私も異様な感覚を覚えたものだった。
その子が、それから十数年後には見ず知らずの屍をたくさん処置することになるなんて・・・「人生~ってぇぇぇ~不思議な、もので~すね~♪」

死ぬ瞬間って苦しくないのだろうか。
苦悶の表情を浮かべている遺体を見かけるのは、単なる偶然か。
それとも、私の先入観か。

口を開けたままの遺体、目を開けたままの遺体、そして眉間にシワを寄せて苦悶の表情を浮かべている遺体。
遺族は、安らかな死に顔を求めて「何とかならないか」「何とかしてくれ」と要望してくる。
個人的な主観では、故人のためを思って処置を求めるケースは少ないように思う。
遺体は苦悶の表情を浮かべていては、遺族も気持ち悪いのだろうか。
それとも、人目を気にしているのだろうか。
その理由を訊くことはできない。

誰が貼るのか知らないけど、TVタレントのモノマネ顔負けのセロテープ加工してある遺体も少なくない。
失礼ながら、テープのおかげで可笑しな表情を作られている遺体もある。
極端なケースだと顔にガムテープを貼って、しかもご丁寧に「はがすな!」と注意書きが付いた遺体と遭遇したこともある。
「はがすな!」と言ったって、はがさないと仕事にならない。
はがすガムテープに皮膚もくっついてくる。
本人は死んでるから文句も言わないけど、やっていて痛々しい。
しかし、テープを貼ったくらいで表情が変えられるほど人間の表情は単純なものではない。
無駄な抵抗だ。

専門の技術を使えば、開いたままの目や口を閉じることはそんなに難しいことではない。
更に特殊な技を使えば眉間のシワだって消すことができる。
ただし、目や口を閉じるだけならともかく、私の場合は安易に眉間のシワを消すことはしない。
故人の人格を否定してしまうような気がするから。
しかし、遺族の要望も簡単に無視することはできない。
したがって、私が取る策は、遺体の眉間に素手をしばらく当て続けること。
イメージとしては、シワにある布にアイロンを当てて伸ばすような感じで。
もちろん、私に念力などない。
ただただ、自分の体温を遺体に伝えるという非科学的・原始的な手法。
こんなことで完全にシワが取れることはないながらも、少しはシワが目立たないようになる遺体もある。
自分勝手に、「それくらいが調度いい」と考えている。

苦悶の表情には訳がある。
それは最期の瞬間を表しているのかもしれないし、人生そのものを表しているのかもしれない。
残され人にとって気持ちのいい表情ではないけど、それもまた故人である。
遺体の表情を変えることより、自分の心を変えることを考えた方がいいのかも。
他人(遺体)の喜びを自分の喜びとし、他人(遺体)の苦しみを自分の苦しみとできるように。


遺体というものは、生きている者に無言のメッセージを伝えてくれる。
それが苦悶の表情でも安らかな死に顔でも。
メッセージの受け取り方は人それぞれ。
どちらにしろ、やはり遺体は人間の形をしていた方がいい。

「眉間のシワより笑いジワ」と思いながらも、この猛暑についついシカメッ面をしてしまう夏である。
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怪談

2006-07-29 09:54:14 | その他
夏は怪談話のシーズン
あちらこちらで恐ろしいとされる話が湧いてくる。
でも、所詮はフィクションがほとんど。
本当に怖いのはこの世の現実かもしれない。

世間にとって腐乱死体は、突然現れるやっかい者。
本人はしばらく前から時間をかけて腐っているのに、発見されるのが急なものだから、世間的には降って湧いたような印象を受けるのだろう。

キチンとしたデータをとっている訳ではないが、腐乱死体がでる住宅は、自己所有より賃貸の方が多いように思う。そして、経済力も低レベル。
そんな腐乱死体は、残された人々に多大な迷惑を掛けることになる。
その中でも絶大な損害を被るのは、家族(保証人)、大家、近隣住民。

家族、特に賃貸契約の保証人になっている人は、社会的にはもちろん法的にも責任が発生する。
部屋の清掃費用からリフォーム費用、ヒドイ現場になると上下階や隣の住人が引っ越してしまうこともあり、その転居費用からリフォーム費用まで負担するとなると総額は莫大な金額になる。
しかも、「腐乱死体がでた物件」「腐乱死体がでた部屋」ともなれば入居者の獲得も難しくなる。
空室や値下家賃分まで保証せざるを得なくなると、とても一般の人では負担しきれるものではなく、人生を大きく狂わせてしまうことにもなりかねない。
賃貸契約の保証人になっているのなら諦めるしかないけど、血のつながりだけを根拠に責任を背負わされるのも悲劇である。
まったく、気の毒としか言いようがない。

一方、大家のリスクも大きい。
自分の所有物件から腐乱死体をだしてしまった場合、他人事では済まされない。
保証人や家族がキチンとした対応をとれる、責任・誠意を持った人ならまだしも、必ずしもそういう人とは限らない。
無責任な保証人や家族の場合は、「ない袖は振れない」と開き直って責任逃れをする。
しかし、大家は立場的に汚染物件を放置しておくことはできない。
開き直った家族を前に、結局、大家は泣き寝入りするしかなく莫大な損害を肩代わりせざるを得なくなるのである。
裁判沙汰になったケースも複数あるけど、開き直った相手に裁判を起すのは無駄なこと。
裁判所の通達が効くような相手だったら、始めから責任・誠意ある対応をとっていたはず。
無責任で社会的なプライドを持たない人を相手に裁判を起したって、裁判費用をドブに捨てるようなもの。
残念ながら、最後は悪意を持った人間の方が勝ってしまうのである。
腐乱死体がでたお陰でアパート一軒がまるごと空いてしまい、家賃収入が無くなってローンの返済が滞り、手も足もでなくなった大家もいる。
まったく、気の毒としか言いようがない。

次に近隣住民。
同じアパートやマンションに住む人も被害なしという訳にはいかない。
臭いの被害だけならまだ可愛いもの。
ウジ・ハエが上下階や隣室に侵入したり、腐敗液自体が染みるケースもある。
自宅に腐敗液が染みてきたのでは、とても住めたものではない。
この私でも、さすがに引っ越す。
いきなり生活基盤を変えることを余儀なくされ、急な出費が補填される保証もない。
子供がいる世帯では、学校を転校させざるを得なくなることもある。
まったく、気の毒としか言いようがない。

私は過去に友人・知人の賃貸保証人になったことが何度かある。
どんなに親しい相手でも金銭貸借の保証人にはならないと決めていたけど、「住宅の賃貸保証くらいなら平気だろう」と思い違いをしていたのだ。
今考えると恐ろしい。
特掃業務を通じて、住宅賃貸契約の保証人になることは極めてハイリスクな行為であることを知り、それからは誰の保証人にもならないことにしている。

心当たりのある方、心当たりのある人に至急連絡を。
自分に関係する人達から腐乱死体をださない工夫と対策が必要だ。
腐乱死体に責任を負うということは、並の怪談話より怖いこと・・・最悪の場合、自分も生きていられなくなる可能性があるからね。
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ビーフシチュー(後編)

2006-07-28 14:17:50 | 浴室腐乱
書いているうちに気持ち悪くなってきたので、前編と後編に分けさせてもらった。
今回はその後編。
しかし、現場の悲惨さを読者に伝えきれないのが非常に残念!
でも、臨場感があり過ぎると誰も読んでくれなくなるかもね(笑)。

さて、本題のつづき。
思わず悲鳴を上げた私。
なんと、腐敗した肉塊の中に体調10cm・直径3cmくらいの巨ウジがいたのである!
私は悲鳴を上げながら浴室を飛び出した!
全身に鳥肌が立ちまくり、しばらくの間、全身が痒くなるような悪寒が続いた。
「ウジってあんなに大きくなるものか?」「その前にハエになるはずじゃないのか?」「仮にウジじゃないとしたら何?」
もう、頭はパニック状態、仕事なんか放り投げてとっとと帰りたくなった。

しばらくブツブツと独り言をいいながら、「これからどうしようか・・・」と考えた。
引き受けた仕事は途中で投げ出す訳にはいかないのは当然、だけど浴室に戻る勇気がなかなか出てこない。
「適当な言い訳をして逃げようか・・・」⇔「ダメダメ、責任を果たさなきゃ!」
しばらくの間、独り問答を繰り返しながら自分と戦った。

気分を落ち着かせるのと、勇気を振り絞るのに少々の時間を要した私。
「俺は泣く子も目をしかめる特掃隊長、ヨッシャ!」と気合を入れ直して再び浴室へ。
放り投げたままのスコップと肉塊を再び手にした。
自分を勇気づけるために、何かの鼻歌を歌ったように記憶している。
そして、勢いをつけてさっきの巨ウジを直視してみた。
すると、どうも様子がおかしい。
おそるおそる腐敗粘土を削ぎ落として見たら、巨ウジと思ったモノはただの浴室の石鹸だった。
「キーッ!石鹸ごときに脅されて悲鳴をあげてしまうとは!」
ただの石鹸にここまで驚く人間って、そうはいないだろう。
まったく、不覚をとってしまった。
釈明するとしたら、石鹸にここまで怯えられるくらいに凄惨を極めた現場であったとも言えるだろうか。

元気を取り戻した私は、腐敗粘土に包まれて柔らかくなっていたその石鹸をグニュッと踏み潰し、作業を再開した。
相変わらず、腐敗肉塊がかもし出す気持ち悪さも絶好調。
とにかく、違うことを考えるようにしながら、手と体だけを単調に動かした。
食道にこみ上げて来るモノを強引に押し戻しながら。
そうこうしていると、急に腹が痛くなってきた。
そのうち、その痛みと圧迫感は下腹部に降りて行った。
「ゲロだかウ○コだか知らないが、上がダメなら下に行こうって寸法か?」
しばらくして、自分が下痢の腹痛に襲われていることを察知。
「よりによってこんな時に!」
誰に腹を立てていいのか分からないけど、とにかくイラついた。
そのイラつきも、次第に焦りに変わり始めた。
お約束の通り、下腹部の圧迫感が増してきたのである。

我慢できないことは自分がよく分かっていた(諦)。
モノを出すしかないけど、出すところがない(焦)。
作業用の装備と汚れて臭いユニフォームが邪魔をして、外のトイレを借りに出ることもできない(悲)。
苦慮していると、グッドアイデアをひらめいた(喜)。
「灯台元暗し!俺がいる所はトイレじゃないか!」
渡りに船、幸いな事に私はトイレにいたのである(快)。
しかし、こんなトイレに喜ぶ自分って一体・・・(苦笑)。

肝心の便器は腐敗液まみれ。とてもそのままでは用を足せる訳もなく・・・。
皮肉なことに、用を足したければ自分できれいにするしかない状況だった。
私の下腹部の圧迫感は、ひと山越えるごとに強くなってきていた(似たような経験がある人、いるでしょ?)。
そのうち、腸がゴボゴボと妙な音を出し始めた。
限界点へ到達するのは時間の問題だった。
(これ以上、詳細な描写をすると下ネタ注意報が発令されてしまうので、書きたいけどやめておく。)

ウ○コ男が本当にウ○コを漏らしてしまったんでは、汚れた人生に更に汚点が残る。
それからの私は、まるで人が代わったように迅速に動いた。
石鹸ごときに驚嘆した自分がウソのように、腐敗肉塊の気持ち悪さもそっちのけで。
ウ○コを漏らすのが先か、トイレをきれいにするのが先か、背に腹は代えられない時間との戦いであった。
もはや、依頼者のためというより自分のためにトイレを掃除していた。
仕事に対する心構えがなっちゃいないから、自業自得だったのかもしれない。

私は、人生に汚点を残すことになったのか、はたまた無事にクリアできたのか。
その後のことは想像にお任せする。
気が向いたら、今後のブログに載せるかも(ま、誰も興味ないね)。


滅多に食べないビーフシチューを、次に食べるまでは忘れることにする。
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ビーフシチュー(前編)

2006-07-27 15:09:38 | 浴室腐乱
嫌いな訳ではないけど、ビーフシチューなんて滅多に食べない。
しかも、この暑い季節には。
そんな私は、ビーフシチューを目にすると思い出すことがある。
自分の中では伝説になっている現場のことを。

現場はマンションのユニットバス。
狭いスペースに風呂とトイレが一体型で設置されている密閉された空間。
その光景は、「なんでここまでになるまで発見されなかったんだ?」と場慣れしている私でも驚嘆するくらいに衝撃を受けるものだった。
溶けかかった人肉が床一面に広がり、5cmくらいの厚みがある腐敗粘土層を形成していた。
それ自体が床のようにも見えるくらいに、床一面がきれいに腐敗粘土に覆われていたのだ。
そして、その粘土層の数箇所にこんもりと盛り上がった部分があった。
そう、解けるスピードが遅い部位が半固体のまま残っていたのである。
熟成された腐敗臭に、細長い体型をした奇妙なウジがいたりして、現場の不気味さを色濃くしてくれていた。

「とにかく、きれいにしてほしい」という依頼者の要望に対し、さすがに「どうやったらきれいになるんだろうか・・・」とたじろいだ。
依頼者は他に頼める人がいないらしく、藁をも掴むような物腰と弱りきった表情だった。
「この現場じゃ、できるヤツは限られているだろうなぁ・・・(冷汗)」と内心で呟きながら、「とにかく、やるしかない」と心に決め、策を見つけられないまま勢いで引き受けた。
私は依頼者に対して変な使命感を持ってしまうことが多く、ほとんど職業病かもしれない。
引き受ける代わりの条件として、見た目をきれいにすることを最優先に「悪臭は根絶できないこと」「ある程度の日数を要するかもしれないこと」を了承してもらった。

作業初日は緊張した。
とにかく、実践と対策を繰り返しながら試行錯誤するしかなかった。
細かい作業内容や作業手順、使用薬剤や器具等は企業秘密(という程のものでもないけど)と言うことで省略するが、今回は作業の山場を記そうと思う。

困難を極めたのは腐敗粘土(元人間)を除去する作業。
小さなスコップ状の道具で腐敗粘土をすくい取る。
それは、液体に近いものから固体に近いものまで場所によって態様が違い、サックリすくえるモノからスコップからボタボタと垂れてしまうモノまであった。
すくい取ったモノはバケツに移す。
バケツがいっぱいになったら、外へ運んでビニール袋に入れる。
その作業をひたすら繰り返した。
汚物が身体に着かないように作業するものだから、無理な体勢を続けざるを得ず、体力的にもかなりキツかった!
それにも増してその気色悪さときたら・・・泣けるくらい(笑)。
「人間をスコップですくうって、どういうことだよぉ!」「バケツに入る人間って、何なんだよぉ!」「何でこれが人間なんだよぉ!」
私は脳の思考を停止することによって気持ち悪さをクリアするタイプなのに、この現場は思考を停止することを許してくれなかった。
無理矢理に動かされた私の思考回路はショート寸前でぶっ壊れてしまいそうだった。

そんな作業をコツコツと続け、やっとのことで作業も後半戦い入ることができた。
しかし、本当の山場はこれからだった。
防衛本能が働いたのだろうか、私は無意識のうちに床に盛り上がった肉塊を残してしまっていた。
当然、そんなモノを残して帰る訳にはいかない。
意を決して、その肉塊にスコップを入れた。
グスグスとスコップが入る感触とモッチャリした重量感、グレード変えて襲ってくる悪臭に気が遠くなりそうだった。

グルメ番組のリポーターが肉の柔らかさを表現するためによく使うセリフ。
「歯を立てなくても舌の上で崩れる」「口の中で溶ける」
まさに、この表現はこの人肉にもピッタリ当てはまった(当てはめてゴメン)。

しかし、腐敗肉は食い物ではない(言うまでもないね!)。
しばらく直視なんてしようものなら、逆に胃の中のモノが飛び出てきただろう。
私は、とにかく視線を上に向けて泳がせながら、なんとかこらえるしかなかった。
何個か目の肉塊をすくった時、持ち上げたスコップから肉塊の一部が崩れ落ちた。
その肉塊の中に目をやった途端、私の全身に雷のような悪寒が走り抜けた!
私は、持っていたスコップを放り投げて、思わず叫んだ。

「何!?何だよぉ・・・これは一体何なんだよぉーッ!」



つづく。
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身を焦がして

2006-07-26 08:37:56 | 自殺腐乱死体
夏の風物詩のひとつに土用の丑の日がある。
その日に鰻を食べる風習は、全国的なものだと思う。
先日も、スーパーの屋外で鰻を焼く煙が香ばしく、食欲をそそられた。
焼肉屋や焼鳥屋の前を通りかかっても、同じように香ばしいニオイがして、空腹時にはたまらなくいいニオイに感じるものである。
肉を焼くニオイって、どうしてこうも食欲をそそるのだろうか、不思議である。
野菜を焼いたって、こうまでは魅了されないのに。


焼身自殺で人が死んだ。
自殺体は珍しくない中でも、焼身自殺体は少ない。
「何とかなるものなら何とかしてほしい」と依頼され、とりあえず現場へ。
警察の検死が終わって、遺体は納体袋に入れられていた。
この納体袋というヤツは通常の遺体が納められることはほとんどなく、変死体専用の寝袋と言ってもいいほどの不気味な代物である。
したがって、何の説明を受けなくても、納体袋に入っているだけで中の遺体は損傷や腐敗が激しいことがすぐ分かる。
という訳で、納体袋を開けるときはいつも緊張する。

今回は焼身自殺。
「何とかしてほしい」と言うからには「何とかなる」程度のものと推測して、心の準備を整えていた。
しかし、納体袋を開けてビックリ!
損傷が激しく、とても何とかできるような状態ではなかった。
特に、顔・頭部の損傷(燃焼)が酷く、ほとんど部位が炭になって焼失していた。
目蓋・鼻・唇・耳など、燃えやすい部分は燃えてなくなり、大きな眼球と歯は剥き出し状態。
瞬時に、腐敗臭と焦げ臭いニオイが辺りに立ち込めた。
人間の身体も所詮はただの肉。
その焦げたニオイは、普段の街に漂う肉を焼くニオイに酷似していた。

※間違っても「食欲が湧いた」なんてことはないので、誤解のないように(笑)。

「こりゃヒドイなぁ」と思いながら、「依頼者(遺族)の真の要望はどこにあるのだろうか」と考えた。
その損傷の酷さに、遺族の誰も遺体を見ることができなかったよう。
少しでも遺族とコミュニケーションが図れればヒントが掴めるものが、この現場では遺族は立ち会わなかったために思慮を重ねるしかなかった。
しかし、いくら考えを巡らせたところで、遺体の損傷が軽くなる訳でもない。
結局、遺体にはほとんど手を着けることができないまま、隠すように柩に納めた。
遺族の真の要望を計り知れないまま。

焼身自殺はなかなか大胆な手法だと思う。
こと切れるまでの時間、かなり苦しいだろう。
そして、ひとつ間違えて火事にでもなったら、他人を巻き込んでしまう可能性も高い。
もし、そんな事にでもなってしまったら、本人の人生や命そのものを否定されるような結果を招いてしまうだろう。
そして、そんな自分勝手な行為は決して許されることはないと思う。
ただ、残念なことに本人にとっては、「そんなの知ったこっちゃない」のだろうけど。
ほとんどの人が、自分の身の回りも未来も見えなくなるから自殺する訳で、「自分勝手」なんて批判は虚しいばかりか。

ハードな仕事にはスタミナが必要、特に暑い夏は肉料理が恋しくなる。
焼肉・焼鳥、そして鰻の蒲焼etc。
高い人格を持った謙遜な人は言う。
「この世にマズイ食べ物なんかない」と。
私のような愚人は品性もなく、ひたすら舌に美味いものばかりを追い求め、感謝の気持ちなんて少しも持たずに「美味い」「マズイ」と批評しながら命を存えている。

人間に食われるために生まれてくる命がある。
人間に食われるために失われる命がある。
「舌に美味しいものには身体に害があるものが多いのは、何かの摂理が働いているのだろうか」と思うことがある。
人間は、他の命を著しく犠牲にしないと生きていけない動物である。
何を食べるかが問題ではなく、どう食べるかが問題。

平凡な毎日でも、粗食しか口に入れられなくても、当り前のようにモノが食べられる幸せを噛み締めて、「たまには心に美味しいものも食べないとな」と思いながら、街角の香ばしい煙の誘惑との戦いに身を焦がす今日この頃である。
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犬と柿と別れの宴

2006-07-25 12:32:16 | 遺体処置
日本人の平均寿命は男性が77.64歳、女性が84.62歳らしい。
世界的にも長寿国。
現実を見ても、80歳を越えても元気なお年寄りが多く、そんなに長寿というイメージはない。
90歳を越えると長寿という印象がでてきて、100歳を越えると「長生き!」になるのではないだろうか。
実際にも、100歳を超えた故人に合うことはあまり多くない。

葬式というものは普段は顔を合わさない遠い親戚や、疎遠になっていた友人・知人と再会する社交場としての役割もある。
そして、多くの人達が故人の死を忘れて久し振りに会う人との交流に没頭したりするのである。そんな光景は、故人にとっても不快なものでもないと思うし、私的には悪くないことだと思っている。
葬式だからと言って意識して辛気臭くしているよりも、自然体で人と関わり、時には笑顔を浮かべたり笑い声を上げたって一向に構わないと思う。

100歳を越えた老婆が死んだ。
その家に訪問したときは、大勢の人達が集まって酒盛りをしていた。
「100年以上の生涯をまっとうしたのだから立派なもの」「めでたい、めでたい」と。
老年の息子や娘達に中年の孫達、そして年頃の曾孫に幼年の玄孫までいて、それはそれはとても賑やかな宴だった。
一人の人間が死んだのに、そこには悲くて淋しい雰囲気はなかった。

外では、よそ者の私に対して犬が吠え続けていた。
生前の故人が可愛がっていたらしい飼い犬だ。
遺族の中の男性(故人の孫)が、外の犬に向かって「うるせー!このヤロー!黙ってろ!」と怒鳴りちらしながら私には「スイマセンね、バカ犬がうるさくて」と。
私にとっては吠える犬よりも怒鳴る男性の方がうるさかった(笑)

そんな中で、「こういう別れ方があってもいいんだよな」と微笑ましく思いながら私は遺体処置作業を進めた。
酒や食べ物を手に持ったままの人が、故人に近づいては一声掛けたり触ったりして、再び宴に戻っていく。
子々孫々、色んな人が故人に近づいては、そんな別れを繰り返していた。

そんな状況だから、「そのうち自分にも声がかかるだろう」と心の準備をしていたら、やはり「アンタも一杯やって下さいよ」と声が掛かった。
心を許してもらえたような気がして、ちょっと嬉しかった。
「仕事中ですから」なんて言って断るのは野暮ってもの。
死体業はただの仕事ありながらも遺族にとってビジネスとは感じにくい性質を持つ。
死体業は、故人や遺族の極めてプライベートな所まで入り込まないといい仕事ができないし、そこに入れてもらえる嬉しさみたいなものがある。
社会からは嫌悪されても、他人である依頼者に心を許してもらえるような、信頼してもらえるような、そんな嬉しさである。
この宴は故人との別れの宴。
その場の雰囲気を乱さないことを心掛けて宴に混ざった。

誰かが、「庭の柿を食べよう」と言い出した。
生前の故人も柿が好物で、庭に立つ柿の木は、故人に長男が産まれた時の記念樹らしかった。
何人かの男性が外へ出て、たくさんの柿を採ってきた。
もちろん、私も一緒に食べた。その甘さは格別だった。
「柩に入れてあげたらどうですか」と言ったら皆が同意、一人一個づつの柿を柩に納めた。
遺体の回りは小さな柿の実でいっぱいになった。
そこに集まった老若男女すべてが、みんな故人の血を受け継いだ人達だった。
そこに、故人が生きた証と力があった。

外では、相変わらず犬が吠えていた。
そして、ますます酔いが回ってきたアノ男性が「うるせー!」と怒鳴っていた(笑)。
聞けば、その犬は、男性の亡き父親と名前が同じとのこと。
その男性の父親ということは故人の息子(長男)になる訳で・・・産まれた時に柿の木を記念樹にしたときの子供・・・。 
先に逝った息子の名前を飼犬につけて可愛がっていた故人だったらしい。

私はもちろん酔いが回るほどは飲んでいなかったけど、賑やかに送ってもらっている故人の顔が笑っているように見えた。

長寿だろうが短命だろうが、誰にでも生きた証は残る。
犬が元気に吠える声、柿の甘さ、宴の活気から生きることのエネルギーを感じた。
「この故人は、かけがえのない多くの宝物を残したな」としみじみ思いながら、宴を静かに抜けた私であった。
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パートナー

2006-07-24 14:17:33 | 遺体処置
ある老年男性。
妻の葬儀のため一時退院してきた夫は、何も言われなくても病弱ということが明らかだった。
痩せ細った身体は、誰かの介助がないと部屋を移動することもままならない様子。
本来なら、一時退院できるような身体ではなかったのに、無理を言って一時帰宅したとのこと。
「長年連れ添った妻の葬儀」と言えば病院側も承諾せざるを得なかったのだろう。
夫は弱々しい中にも力のこもった言葉で、妻の亡骸に向かって何度も「ありがとう」「ありがとう」と声を掛けていた。そして、「もうじきそっちに行くから待っていてくれ」とも。
作為的な脚色だけど、その別れのひと時は、老夫婦が最期の輝きをみせた瞬間に見えて神妙な気分になった。
その一週間後、私は同じ家に行くことになった。
現場に到着するまで同じ家だとは気づかないでいた。
その家の玄関に到着して、「ん?先週来たばかりの家だ・・・間違いかな?」と間違いじゃないかどうかを会社に確認した。
間違いではなかったので「アノお爺さんが亡くなったのか・・・?」と思いながら玄関を開けた。
亡くなったのは、やはりアノお爺さんだった。
不謹慎かもしれないけど驚きはなかった。
遺族には何と声を掛けていいのか分からず、前回訪問時に比べて自然と言葉数も少なくなった。
対する遺族も私と何を話せばよいのか分からず、言葉が見つからない様子。
既に顔見知りの双方に余計な会話は必要なかった。
故人となったお爺さんは葬儀が終わってから直ちに再入院したものの、体調を一気に崩して妻の後を追うように亡くなったとのこと。
「すぐに自分も逝くから・・・」という言葉は現実のものとなった。
本人にとっては、死に対する心の準備と覚悟がきちんとできていた上での言葉だったのだろう。
帰り道、「お爺さんは、天国でお婆さんと再会できただろうか・・・」としみじみ考えたのを憶えている。

ある老年女性。
夫の亡骸に添い寝をしていた。
最初は家族も止めさせていたのだが、いくら止めても目を離した隙に添い寝をしてしまうらしく、家族もお婆さんの執拗さに根負けしてしまったらしい。
私も仕事がかなりやりにくかったけど、そのお婆さんの気持ちを思えば思うほど遺体から引き離すことはできなかった。
この老夫婦も長い長い年月を共に過ごしたのだろう。
子供達も立派に育て上げ、それぞれがいい歳になり、大きな孫もたくさんいた。
私自身も死体には抵抗感が少ないと自負?している人種だけど、さすがの?私も死体と一緒に同じ布団で寝るのは抵抗を覚える。
「お婆さんは、よっぽどお爺さんのことが好きだったんだろう」
そう思うと、微笑ましくもありながら死別の淋しさが一層気の毒に思えた。
夫を失った喪失感は他の何によっても埋めることはできないのだろう。
遺族からは「こんな調子じゃ、お婆さんも長くないかもな・・・」という溜息も聞こえてきた。
その後、そのお婆さんがどんな人生を過ごしたのかは知る由もない。

一般的には、一生のうちで最も長い間を共にするのは親子でもなく兄弟姉妹でもなく夫婦(配偶者)だろう。
お互い、長生きすればするほど共に過ごす時間も長くなる。
そして、共に過ごす時間が長くなるほど、単なる愛や情を越えた固い絆ができてくるのではないだろうか(想像)。
「生まれ変わっても同じ相手と結婚したい?」なんて愚問は熟年(熟練)夫婦にはナンセンスかも。
その応えは、現世での諸事情があるだろうから、「No!」と言う人もいるだろう。
それはそれで仕方がない。
双方「Yes!」が気持ちいいけど、双方「No!」でも悪くない(それも人生)。
でも、片方が「Yes!」で片方が「No!」だったら・・・なんか嫌だな(笑)。
来世での再婚は希望しないまでも、「亡くなった連れ合いには天国に行ってほしい」と願う人は多いのではないだろうか。そして、天国での再会を願う人も。


「生きているうちに、もっと相手のことを愛すべきだった」
私の経験では、パートナーに先立たれた人の中にはそんな後悔を抱えている人が多いように感じる。
日々の生活と、この社会に生き残るための戦いに追われてばかりの人生では、そんな心のゆとりすら持てない。
でも、ちょっと小休止して立ち止まってみよう。
そして、結婚当時を思い出し、自分を見つめ直してみよう。
自分にとって本当に大切なものを、もう一度探してみたらどうだろうか。
明日から・・・イヤ、今からでも心を入れ替えることはできる。
パートナーへの接し方を変わればお互いの人生も変わる。
そして、「生まれ変わっても一緒になりたい」と思えるようになる・・・といいね。
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皮の流れのように

2006-07-23 09:16:41 | 浴室腐乱
「皮」と言えば何を想像するだろう。
値段は高いけど、皮製品には味わいがある。
身体には悪いらしいけど、焼き鳥の皮は美味い。
面倒臭いけど、果物は皮を剥いた方が甘露。


前フリはこのくらいにしておいて、そろそろ本題。
私が何の皮について書こうとしているのか・・・そう、既にお見通しの人間の皮。


人の皮は薄いけど意外に丈夫。
梅雨が明けたら海水浴に逝く・・・もとい、海水浴に行く人が多いと思う。


本題が始まったばかりなのに早速脱線。
私のwordは「いく」と打てば「行く」じゃなく「逝く」が、「いたい」と打てば「痛い」じゃなく「遺体」が一番に出る。
そんな語句ばかりを毎日当り前のように打っている自分自身が笑える(笑)。


本題に戻る。
日光に弱い人は日焼けの後に水膨れができ、そのうち痒くなってきて皮が破れ剥がれる。
死体が残す皮は、その皮をもっと丈夫にしたようなもの。

浴槽に浸かったままで腐乱した遺体は、体表の皮の大部分を浴槽に置いて行く。
また食べ物に例えてしまうが、濁ったコーラ(コーヒーでもいいけど、そんなのどっちだっていいか)の中に湯葉(ホットミルクの湯膜でもいいけど、そんなのどっちだっていいか)がたくさん入っているような感じ。

浴槽を掃除するのに、皮をそのままにはしておけない。
元人間で排水口を詰まらせでもしたら大変なことになる。
したがって、腐敗水の中の固形物のほとんどは網状の器具を使ってすくい取らなければならない。海や河のように流れて行ってくれれば楽なんだけど。


私自身は未経験だけど、海やダム等の水中で腐乱した場合、皮が身体の形をとどめたままスッポリと抜けていることがあるらしい。
だから、手の皮なんかは手袋と見間違えるような形で浮いていることもあるそう。

ただ、私が浴槽からすくい取る皮は、身体の形を残しているようなものはない。
そんな浴槽をまさぐる緊張感はたまらなくBAD!
まさに「何がでるかな♪何がでるかな♪」と言った感じで。

器具を通じて伝わる感触は何とも言えないものがあり、明らかに何かをキャッチした網を腐敗水から上げるときは緊張度もMAX!
分かるかなぁ、分かんないだろうなぁ・・・このドキドキ感を伝えきれないことが残念だ。


また、床で死んだ場合も、極めて黒に近い茶色になった皮が残っていることが多い。
これは、皮が乾燥した状態で床にくっついているものだから、削り取るしかない。
カーペット・畳や布団・ベッドの上だとそのまま廃棄できるものが、フローリング床とかだと床を傷めないように除去しなければならないので大変。
汗をかきかき、コツコツと削るしかない。
大工仕事みたいな作業を続けていると、自分が削っているものが元人間だったことを忘れてしまう。
この仕事は経験を積めば積むほど神経もズ太く(おかしく?)なる。
いつの間にか、どんなグロい現場も平気でこなしてしまうようになっている自分に、我ながら感心してしまうこともある。
自分の将来を考えるとちょっと恐い(笑)。

最後に一言。
この時季は毎年必ず水の事故で亡くなる人がいる。
これから、海や川に出掛ける予定のある方、くれぐれも事故には注意を。
水を怖がることは格好悪いことじゃないからね。

避暑・納涼と言ったって、出掛けた先で本当に冷たくなって帰ってきちゃいけない
よ。
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2006-07-22 09:35:05 | 遺体処置
「悪夢にうなされるようなことはないのか?」という類の質問が読者から寄せられることがチラホラある。
そういう質問を受けてあらためて思い出してみると、私は仕事がらみの夢はあまり・・・と言うかほとんど見ていないことに気づいた。
ただ、そんな夢も皆無ではない。
かなり前にみた夢だが、覚醒してからもしばらく後味の悪い思いをした夢を紹介したいと思う。


遺体処置業務のこと。
古めの一戸建、私は死んだ老婆に死後処置を施していた。
遺族も一緒に立ち会い、ほとんどの遺族に共通して見られるように、その雰囲気と振舞いは悲しみに包まれていた。
昨日のブログ記事にも通じる部分がある、何となく身体の温かさが残っている、まだ生死の間にいるのではないかと思えるような遺体だった。
作業を進めているうちに、何となく遺体が動いたように感じた。
「気のせいか?」と思いながら更に作業を進めていると、今度はかすかに息をしているように感じた。
さすがに変に思った私は遺体の口元に耳を近づけた。
かすかながら、しかし明らかに呼吸をしていた!
そして、かすかに身体も動き体温も取り戻してきていた!
そう、老婆は生き返ったのである。

驚いた私は、一気に興奮状態。
急いで口や鼻に詰めた綿を取り出し、老婆の蘇生を手助けしようと躍起になった。
一緒にいた遺族にも「おばあさん、生き返りましたよ!」と喜びの声を掛けた。
と同時に「急いで、救急車を呼んで下さい!」と頼んだ。
私は「死者の蘇生」という初めての経験と、老婆が生き返った喜びにかなり興奮していた。

しかし!遺族は一向に救急車を呼ぶような素振りは見せず、何やら身内同士でヒソヒソ話を始めた。
「急いで!早く!」と促す私と、それを無視して静観する遺族。
そして、よく見ると老婆の蘇生を喜んでいる遺族は一人もおらず、それどころかみんな困ったような不快な表情を浮かべていた。
遺族との間にかなりの温度差があることに気づいた私は、独りで勝手にテンションを上げてしまった気恥ずかしさと、蘇生した老婆をどうすればいいのか分からなくなった困惑とで気分がブルーになってしまった。
「なんて冷酷な遺族なんだ!」「さっきまで、老婆の死を悲しんでいたばかりじゃないか!」と。
そんな状況の中で目が醒めた。

この夢を見た当時は、この遺族に人間の本性を見てしまったような気がして後味の悪さに閉口したものだった。
しかし、今、あらためて思い出してみると当時とは違った考えが湧いてくる。
「老婆の蘇生を素直に喜べない、他人には分からない事情があったのかも」と。
介護や看病などの手間、人間関係の問題、経済的な理由など・・・。
夢の中の出来事とはいえ、老婆の蘇生に歓喜した私の喜びは、所詮、人の生存本能からくる無責任な喜びでしかなかった。
対して遺族には責任がある。
「老婆に対しての責任がつきまとう遺族には、素直に喜べない事情があったのかもしれない」
今は、そう思うのである。
そして、私が、遺族や遺体に無用な感情移入をしないようにしている理由は、この辺りにもあるのだろう。

「他人の不幸は蜜の味」という言葉がある。
イヤな言葉だけど、人間の本性を突いた言葉でもあると思う。
私自身にも思い当たる節がたくさんある。
自分以外の人間と喜びや悲しみを真に共有することって、かなり難しいと思う。
ましてや、赤の他人と死の悲しみを共有することなんかできやしない。
少なくとも、この私には。
だから、遺族に対して無責任かつ野次馬根性的な感情移入はできない。
そして、自分のことを、「他人と喜びも悲しみも共有できる善人」と勘違いしないように気をつけている。恥ずかしながら、実態はその逆だから。

そんな私の態度は時には冷淡に、時にはビジネスライクに、そして時にはプロっぽく映るかもしれない。
賛否あると思うが、それが私なりに義であり礼である。

梅雨のせいで脳ミソにカビが生えたのか、仕事疲れのせいで脳ミソの回転速度が落ちたのか、最近はサッパリとくだらないジョークを思いつかなくなった。くだらないオチもね。
そんなの必要ないかもしれないけど、そんなささやかな笑いを提供できる粋な(自己満足)自分が好きだったりするものだから、最近の自分を自分で観察すると「イケていなぁ」とぼやきたくなる。
くだらない事でも笑えるくだらない男だから。
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ちょっとドキッ!

2006-07-21 09:21:17 | 遺体処置
遺体の眼がパッチリ開いていたとき。
薄目を開けている遺体は珍しくはないし、完全に目蓋を開けている遺体も少なくない。
その多くは、筋肉の緊張がなくなったり、腐敗が進行することが原因で眼球が下がることによって起こる現象。
この状態の目蓋を閉じるにはちょっとした技術が必要。
薄目ならともかく、パッチリと眼が開いた状態はさすがの遺族も気味悪がる人が多い。
そう言う私も面布(遺体の顔に掛ける白い布)を取った瞬間、ちょっとドキッ!とする。
そして、私の経験では100%の遺族が「閉じてくれ」と依頼してくる。
やはり、「遺体は眼を閉じているべき」という先入観があるのかな?

ロープがぶら下がっていたとき。
遺族もなかなか言い出せないのだろう、自殺現場だと知らされずに現場に出向くことがある。
床などの汚染部分に目を奪われていて、突然、ぶら下がったままの首吊ロープを見つけたら、ちょっと引く。
無神経な私は思わず「自殺ですか?」とストレートに訊いてしまう。
訊いた後で「もっと気を使った言い方をすればよかった」と思うことが多い。

遺体を落としてしまったとき。
親しい知人の母親が亡くなったとき、遺体を病院から自宅に運んだ。
車から遺体を降ろすとき、ストレッチャーの脚がうまく伸びずに担架ごと地面に遺体を落としてしまった。
遺族からは「キャーッ!」と悲鳴が上がったと同時に私も声にならない悲鳴をあげた。
遺族の一人が親しい友人だったことが不幸中の幸いで、謝って済ませてくれた。
これが、謝るだけじゃ済まない相手だったら・・・と思ったら今でもちょっと冷汗もの。
(7月8日掲載「そこのけ、そこのけ、死体が通る」参照)

遺体が声をだしたとき。
遺体の口腔内にはガスや空気がたまる。
遺体を動かすときにそのエアが口から漏れることによって、声を出したように聞こえるときがある。
そんな遺体には「生き返るかもしれない・・・」という妄想が頭を過り、しばらく作業を止めてしまう。
もちろん、私の経験には遺体が生き返ったという事例はないが。
やはり、声が聞こえるとちょっと手を止めてしまう。

遺体が温かいとき。
普通の人は温かくて柔らかいのが人間だと思っている。
私にとっては冷たくて硬いのも人間。
しかし、遺体は冷たくて硬いものばかりではないときがある。
亡くなってから間もない人や保温性の高い状態で安置された人などは、体温が温存されていることが多い。特に、外気に触れにくい背中は。
普通の人は冷たくて硬い人を触るのには抵抗があると思うが、私は温かくて柔らかい人にちょっと抵抗感を覚える。だって、その人は死んでる訳だから。

車にウジがいたとき。
作業を終えて後片付けを済ませて帰途につく車に乗ったら何故か座席にウジが這っている。
「なんでこんな所にウジがいるんだ?」「俺が連れてきたのか?」と思ったら、急に気持ち悪くなる。
見える範囲で自分の身体を見回す。
ウジって、居るべき所に居る分には何ともないけど、居そうもない所にいきなり発見するとちょっと気持ち悪い。

街から腐敗臭がしたとき。
悪臭には色々なものがある。各種のゴミや排気はもちろん、挙げていけばきりがない。
腐乱死体臭はその最たるものかもしれない。
そして、その臭いを嗅ぎ分けられるのは限られた人間。
たまに、何気なく歩いている街からその臭いを感じることがある。
そのほとんどは気のせいにできる程度なのだけれど、確信を持てるレベルの濃い臭いを感じることがある。
深入りしないのは冷酷・無責任なのかもしれないけど、迷わず不介入。
でも、心臓の鼓動はちょっと高くなる。
(7月11日掲載「液体人間」参照)

トイレが真っ黒だったとき。
長~く掃除しないでいるとトイレというものは真っ黒になる。
便器はもちろん、床・壁・天井に至るまで真っ黒の黒!!
その黒さは色を塗ったのかと見紛うくらい。
その正体はカビ!恐るべし!

腐乱現場のドアを開けるとき。
腐乱現場のドアを開けるときちょっとドキドキする。
中がどんな状況になっているか分からないから。

分からないからドキドキする。
分からないからワクワクする。
長く生きたって80年そこそこ、終わってみれば短いはず。
人生は、先のことが分からないから面白い。

さて、次のドアの向こうには、どんな未来が待っているのだろう。
ドアの隙間から流れ出ている腐敗液が、私を一層ドキドキさせてくれる。
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酒と遺書

2006-07-20 08:29:40 | 遺言書 遺書
私の仕事においては、自殺遺体や自殺現場に遭遇することは珍しいことではない。
昔は、自殺には通常死とは違った感覚を覚えていた。
変な言い方になるかもしれないが、時に新鮮だったり、時に不気味だったり、時に憤ったり、時に同情したり、時に緊張したり、時に興奮したり。

いいのか悪いのか分からないが、今は、自殺遺体や自殺現場に慣れてしまった自分がいる。
自殺現場となると遺族からの依存度も高いので、それに応えようと妙に張り切ってテンションを上げてしまう自分がいる。
職業柄から仕方のないことかもしれないけど、明らかに一般の人と比べ死に対する感覚が異なっている自分がいる。

自殺を大きく分類すると、衝動的なものと計画的なもの、そしてその両方を兼ね備えたものに分かれると思う。
衝動的な自殺と計画的な自殺を判別する材料は色々あるだろうが、身辺整理をした形跡の有無と遺書の有無は大きな要素になると思う。
私の経験では、明らかに身辺整理をしたような形跡があった現場はなかった。整理整頓された部屋を、故人の死後に警察や遺族が散らかした可能性も大きいが。
また遺書を直接見たことはない。遺書の存在や内容を遺族・関係者から聞かされることはあっても。

遺書にも色々あるよう。
短いメモ書き程度のものやこれから死ぬ人間が書いたとは思えないようなシッカリした文章のもの、同じく残される人に遺志を託すものや残される人のことを案じるもの等。
自分が死んだ後のことを憂いながらも、自ら死を選ぶ究極の選択だ。
私も好き勝手な憶測で文章を書いていながら、真の理由は本人にしか分からないという淋しい現実があることも承知している。

遺体の傍に酒の空瓶や空缶が転がっている現場がある。
本当は死ぬのは不本意なのに死ぬしか道がないと覚悟して、それでもこの世に未練があったり残される人のことを案じたり、死ぬのが怖いと思いながら決死の自殺を図る・・・酒の力を借りて。
例によって、私の勝手な憶測かもしれないけど、酒を煽ったような跡がある現場は少しの戸惑いと嫌悪感みたいなものを覚える。
「酒の力を借りなければ自殺できなかったのか・・・だったら生きてりゃよかったのに・・・」と思ってしまうから。
これは、衝動的な自殺にあたるのだろうか、計画的な自殺にあたるのだろうか。
自殺にスッキリするもしないもないけど、どうもスッキリしないモヤモヤしたものを感じてしまう。

「だったら自殺なんかしなきゃいいじゃないか」と思うのは正しいことか。
「死ぬ気になったら何だってできる」と言うのは健常なことか。

自殺を考える人にとっての死は、楽になれること、苦難から逃れられること、ウサを晴らすこと。自殺を嫌悪する一般の人々とは相容れない価値観を持っている。
「死ぬ気になったら何だってできる」なんて理屈はナンセンス、通用しない。
「何でもやらなきゃいけないのなら死んだ方がマシ」と言うことになる。
6月14日掲載「自死の選択」で記したことも本音ながら、一方で自殺を否定しようとする自分と肯定しようとする自分が葛藤している。

私は遺書(遺言)を書いてある(書き続ける)。
親しい友人・知人に遺言を伝え、希望する葬式の仕様まで残してある。
もちろん、今は自殺願望はないけど私にとって生きるために遺書(遺言)は必要だから。
読者にも遺書(遺言)は書いておくことを勧めたい。
自分の誕生日に合わせて毎年遺書を書き溜めていくのがよくあるパターンかも。
遺書を書くと、自分にとって大事な人は誰か、何が大切なのかがよく分かってくる。
価値観の真(芯)が見えてくる。
そして、生き方が少しだけ変わる。


死にたくなったら、まず遺書を書こう。
一人で静かに時間をかけて、できるだけ素直に、できるだけ詳しく、残される人にできるだけの想いが伝わるように。
それが生きる術になるから。
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ある日突然

2006-07-19 09:41:59 | 遺体処置
自殺者数に比べれば少ないものの、交通事故で死ぬ人も決して少なくはない。
私の知り合いでも、過去に交通事故死した人が何人かいる。
交通事故死にも色々なドラマがある。

私が初めて遭遇した交通事故死は20歳前の女性だった。
まだ、死体業を始めて間もない頃で、見習として先輩スタッフに着いて回っていた頃だ。
何もかもが初めてのこと、雰囲気的に自分の居場所さえ自分で確保できないような有り様だったので細かいことはよく覚えていないが、遺族が号泣していたことと、成人式に着る予定だったという振袖の着物を着せていたことを憶えている。
そして、何故か、その女性の姓名も今も憶えてしまっている(別に憶えておきたくないのに、忘れることができない)。
そして、この仕事をしばらく続けていると、若くして事故死する人にはある共通点があることを偶然に発見してしまった。
ただし、それは自分が遭遇した事故遺体に100%当てはまっているものでもないし、自分で強い確信を持っている訳でもないので、あえてここでは取り上げないことにする。
もちろん、科学的根拠もないし、説明を求められても納得のいく回答もできないし。
多分、たまたまの偶然が重なっただけだろう(気になる?)。

若い男性が交通事故で死んだ。
シートベルトをしていなかったのだろう、頭からフロントガラスを突き破ったらしい。
私がその遺体を見たときは、頭が割れ、顔面はワインレッドに光っていた。
「ワインレッド」というのは無数の細かいキズと血。
「光っていた」というのは、ガラスの粉が顔全体に付着していたせいで顔全体がキラキラ光っていた状態ということ。
粉末のなったガラスは拭き取れるようなものではなく、皮膚もザラザラにキズついていた。そんな具合で、首から上はどうにも手がつけられなかった。

男性は相当のスピードのまま突っ込んだようで、ほぼ即死状態。
本人は、そう苦しまずに逝けたかもしれないが、残された家族は本人の何倍もの精神的な痛みに襲われたはず。
相手のいない自爆事故だったと言うことだけが、不幸中の幸いと言えようか。
顔の損傷が酷く、結局、7月13日掲載「女心」の故人と同様に柩に入れてからも顔が見えないように隠すしかなかった。

年配の女性が交通事故で死んだ。
道路を歩いているところを車に跳ねられたらしい。
歩道スペースがある道の曲がり角、スピードをだした車はコーナーを曲がるときに大きく外側に寄ってしまい、たまたま歩いていた女性を跳ね飛ばしたとのこと。
加害者は無傷、被害者(年配女性)は意識不明のまま数日後に亡くなった。

目立った外傷は後頭部のみ。
交通事故と聞かなければそれとは分からないくらいの遺体だった。
遺族は突然の悲しみに呆然としながらも、加害者への憤りを隠しきれないでいた。
尋ねもしない事故の話を、一方的に話すことによって少しでもウサを晴らそうとしているようにも見えた。
私は、作業をしながらそれを黙って聞いているしかなかった。
同時に、一瞬の事故が何人もの人生を狂わせてしまう恐怖を覚えた。
後頭部の傷跡とは裏腹に、顔は眠っているような安らかな表情を浮かべていた。

確かに、スピードをだして走るのは爽快だ。
社会的には追い越されっぱなしの自分が、道路でだけは他人を追い越すことができる。
自分の命と引き換えに、そんなささやかな優越感を楽しんで逝った人もいると思う。

交通事故の悲惨さを人並み以上に知っている私は、車に乗ってもむやみにスピードはださない(だせない)。
後ろから煽られてムッとなるときもあるけど、基本的には追い越されても割り込まれても気にしないことにしている。
ただ、残念なことに、いくら自分が気をつけていても相手にやられる可能性はなくならない。
車と車の間を蛇行運転で走り抜けていくバイク、猛スピードで追い越していく大型トラック、車間距離を詰めて前の車を煽っている車・・・「事故んなよぉ」と思うばかり。

交通事故は加害者になっても被害者になっても大損。
ケガをしてもケガをさせられても大損。
ましてや、他人の命を奪ったり自分が命を落としてしまったら取り返しがつかない。
一瞬のことで一生が狂ってしまうのが交通事故の怖さ。

まるで警察の回し者みたいなことを言うようだが、とにかくスピードの出し過ぎが事故のもと。少しでも心当たりのある方はくれぐれも注意されたし。

ちょっと余談。
「警察」で思い出したが、仕事中に車を運転していて警察に止められたことが今までに何度かある。
高速道路出口の一時停止無視、右折禁止交差点での右折、踏切での一時停止無視、携帯電話での通話など。
「人が死んだ!急いで行かなければならない!」と慌てながら言うと、警察官も驚いて「今回は特別に」と言って見逃してくれることが多い。
警察官でも人の子。「人が死んだ」と聞けば普段は動かない情も動くのだろう。
上記の四件は全て、それで見逃してもらった。
嘘によって逃れるのはよくないと思うけど、私は決して嘘はついていない。でしょ?


ある日突然、小学生の男児が交通事故に遭った。
横断歩道を渡る途中、脇見運転・信号無視の車に跳ねられた。
横断歩道から20~30mのところに生々しい血痕が残っていた。
数日間の昏睡状態の後、やっと意識が回復、家族と言葉を交わして間もなく息を引き取った。
身体は小柄ながらも足が速く、野球が上手な子だった。
絵を描くのも上手く、学校の勉強もよくできた子だった。
幼稚園のときからの幼馴染だった。
彼が逝ったのは20数年前のちょうど今頃、楽しい夏休みを前にした梅雨の季節だった。
「もし、彼が事故に遭わなければ・・・」
時々、幼くして逝った彼のことを想い出し、無邪気な笑顔で脳裏に戻ってくる面影を偲んでいる。


-1989年設立―
遺体処置専門会社
ヒューマンケア株式会社

お急ぎの方は
0120-74-4949
(365日24時間受付)


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ウ○コ男

2006-07-18 09:04:46 | 死臭 消臭
容易に想像してもらえると思うが、夏場の特掃業務は過酷さを極める。
更に、夏場は特掃依頼の数でいうと、一年を通した山場でもある。

その理由も想像は説明するまでもなく、気温・湿度の高い夏は遺体の腐敗スピードも早いからである。
しかも、一件の現場のみならず、そんな現場を複数抱えなければならないことも、過酷さを増す要因になる。

逆に、気温・湿度の低い冬場は遺体の腐敗スピードもかなり遅く、不幸中の幸いに、ある程度の腐敗が進行する前に家族や関係者に発見されるケースが多い。
「無断欠勤が続いている」「ここ何日か電話にでない」「新聞がたまっている」等の生活異変で。
もちろん、真冬でも遺体は少しづつ腐っていくが、ミイラ化現象も並行していくので絵に描いたような腐乱死体になるには、結構な時間を要するのである。
(「絵に描いたような腐乱死体」については、7月12日掲載「液体人間」を参照)
対して、夏場は「異臭がする!」と近隣住民が通報することがほとんど。
それだけで、現場の悲惨さや過酷さを想像できると思う。

それでも、玄関や窓を開けて作業ができればまだマシ。
できるだけ外部に悪臭を漏らさないように、ドアや窓を閉め切って作業することを望まれる依頼者も少なくない。極端なケースだと、外から中が絶対見えないように雨戸を閉め切らざるを得ないこともある。
もちろん、そんなことを横柄に指示してくる依頼者はいない。こちらの労苦にも配慮をもらった上で、言いにくそうに頼んでくる人ばかり。
近隣住民に対する依頼者の気持ちは痛いほど分かるので、「冗談じゃないよ!」「勘弁してくれよ!」等とは思わず快く引き受ける。


しかし、それだけ作業は過酷になる。
最悪なのは、電気が停まっているのに雨戸を閉め切らないといけない場合(これは滅多にないが)。
昼間と言えども中は暗くなる。
大きめの懐中電灯を部屋のあちこちに置いての手探り作業。当然、頭にもつける。
そんな現場は、まるでサウナに腐乱死体と入っているようなもの。
一時間も連続しては入っていられない。
こまめに外にでて水分補給と深呼吸をしないと倒れそうになる。
(残念ながら、年齢による体力の衰えが否めない)
そして、その都度、防汚装備を脱着しなくてはならず、作業効率はかなり落ちてしまう。
でも、作業効率を優先するあまりに無理をして、仮に中で倒れて逝ってしまうようなことがあったら、私の関係者は泣いていいのか笑っていいのか分からず反応に困るだろう(笑)。
自分の死を常に意識する癖がついてしまっている私は、ちょっと体調が悪くなっただけでもそんな事を考えて気持ちの帯を締め直す。
そして、どんなに作業効率が落ちても、キツイ無理はしない。
現場で死んだら、ホント、洒落になんないからね(笑)。

汚染現場が水回り系(風呂・トイレ等)だと全身防護服を着ることが多いが、そうでないとマスクと手袋くらいで済ます。
サウナ状態の現場で全身防護服なんか着たら、作業に手を着ける前に倒れてしまう。

防護服を着ても腐敗臭は身体やユニフォームに付着する。
当然、防護服を着ないと尚更。
これが臭い!!
自分でも自分が臭いことが分かる!
作業が終わって外にでてもプ~ンと自分が匂っているのが分かる。
生きているくせに腐乱死体の臭いがする人間なんて、世界広しと言えどもそう滅多にはいないだろう。ひょっとして天然記念物級の貴重な存在?
そんな状態だから、事情を分かっている依頼者以外の他人には近づけない。
(店に入ると他人に不快な思いをさせてしまうので、飲料・食料類は事前に買っておく)

しかし、「何やってるんですか?」「ここで何かあったんですか?」と、モノ珍しそうな顔をして不用意に近づいてくる通行人がいる。
依頼者とは暗黙の守秘義務を交わしている私は他人に余計な事は言わない。
返事の代わりに悪臭パンチ。私の身体が放つ悪臭パンチに驚愕の表情を浮かべてスゴスゴと引き下がって行く(逃げていく)。

一番手間がかかるのは子供。
近くに子供達の姿が見えると「こっちに来るな!」と念じる。
子供は好奇心が旺盛だ。
ちょっと変わった雰囲気を醸し出している私に遠慮なく近寄ってくる。
そして、「うわぁッ!臭ぇー!」と更に遠慮のないセリフを吐いて走り逃げて行く。
愉快な連中になると、友達を呼んできては度胸試しでもするかのように私に近づいては逃げることを繰り返す。
かつての自分にも覚えがあるが、子供って無邪気な分、言葉や態度もストレート。
他人への礼儀なんかお構いなく、自分達が楽しむことを優先する生き物(それでいい)。

始めは、微笑ましく思いながら寛容に受け入れているものの、何度もやられると次第に悪戯心が芽を出す。
そのうちこっちも開き直って子供のようになり、「オジさん、ウ○コがたくさん着いてるんだ」と言って追い駆けるようなしぐさをする。そうすると、叫び声をあげて逃げていく。
でも、そこは子供。
結局、それを遊びにしてしまい、また戻ってくる(可愛いものだ)。
戻ってくる度に人数が増えてくる。
まるで、ウジ・ハエのような連中だ(笑)。
彼等が成長していくにつれ、「ウ○コ男」は伝説になっていくだろう(笑)。

子供達には子供時代の純真無垢な楽しさを充分に満喫してほしい・・・かつての私のように。
そして、無邪気な笑顔で真っ直ぐに育ってほしい・・・私のような人生を歩まないように。
消臭剤を自分にかけながら、その思いを強くする私である。


-1989年設立―
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愕然!

2006-07-17 08:40:12 | 自殺腐乱死体
ある不動産管理会社から自殺腐乱現場の見積依頼がきた。
場所は、一般には高級住宅街と言われる地域。
中年男性の首吊り自殺だった。自殺の理由は借金苦。
管理会社の担当者に聞くまでもなく、部屋に散乱していたクレジット会社や消費者金融からの請求書で、それは容易に察することができた。
マンションの築年数はそれなりに経過しているものの、その立地もよく高級感のあるたたずまいで、いかにも「買うと高そうだな」と思われるような建物だった。

管理会社立ち会いのもと、いつもの調子で現場の部屋へ。
管理会社の担当者は玄関の外で待っていた。
腐乱痕と腐敗臭以外は、特に変わった雰囲気もなく、多少散らかっている程度の部屋だった。もちろん、毎度のウジ・ハエもたくさんいた(彼等の存在は当り前過ぎて、いちいち書くのも面倒になってきた)。

見積作業では、色々な角度からその部屋を観察しなければならない。
見積り一つ間違うと、赤字仕事になってしまうからである。
私の会社は、一発見積りで金額を確定し、作業中や作業後になってグズグズ言って追加料金をせびるようなことは一切しない。
現場業務はもちろん、金銭的にもクリーン第一!(宣伝)。

その際、何気なく見た本棚に、「ん?」と思うような固有名詞の入った書類が目に留まった。
「これは・・・」、そこには、ごくごく一部の、ごくごく特定の人間にしか分からないような資料があったのである。
そして、その「一部・特定の人間」に私も含まれていた
「なんで、○○の資料がここにあるんだ?」と少し驚いた。
嫌な予感がして、「まさか・・・!」と思いながら、更に目を凝らして部屋を見渡した。
写真タテに飾られた写真もいくつかあり、写真に写った人物を見て愕然とした!
「これは○○さんじゃないか!?」と。
何枚かあった写真を一枚一枚顔に近づけて、何度も何度も見直した。
なんと、写真に写っていた人物は私が見知った人だったのである!
いきなり、心臓がバクバクし始めて、「まさか!人違いだろ!?」「人違いであってくれ!」と思いながら夢中で名前を確認できるものを探した。
氏名はすぐに判明し、力が抜けた。残念ながら、やはり故人はその人だった。
心臓の鼓動は不規則になり、呼吸するのも苦しく感じるくらいに気が動転した!

故人とは、二人で遊ぶ程の親しい間柄ではなかったが、あることを通じて知り合い、複数の人を交えて何度か飲食したり話しをする機会があった。
見積時は、縁が切れてから既に何年も経っていたが、関わりがあった当時のことが昨日のことにように甦ってきた。

彼は当時、かなり羽振りがよさそうにしていて、高級外車に乗っていた。
高級住宅街に住んでいることも自慢していた。
自慢話が多い人で、自分の能力にも生き様にも自信満々。
かなりの年齢差があったので軽く扱われるのは仕方がなかったけど、正直いうとあまり好きなタイプの人物ではなかった。
しかし、「(経済的・社会的に)自分もいつかはこういう風になりたいもんだなぁ」と羨ましくも思っていた。

その人が、首を吊って自殺した。
そして、目の前にはその人の腐乱痕が広がり、ウジは這い回りハエは飛び交っている。
自分が今まで持っていた価値観の一つが崩れた瞬間でもあった。
しかも、よりによってその後始末に自分が来ているなんて・・・気分的にはとっとと逃げ出して、この現実を忘れたかった。
身体に力が入らないまま、とりあえず見積作業を済ませて、そそくさと現場を離れた。
その時の私は、「この仕事は、やりたくない・・」と思っていた。

もちろん、管理会社には、故人が自分と知り合いだったことは言わなかった。言えもしなかった。管理会社だけではなく、その時は誰にも話したくなかった。
でも、否応なく注ぎ込まれる嫌悪感が自分の心のキャパシティーをはるかに越えていた。
誰かに話さないと自分がおかしくなりそう・・・だけど、誰にも話せない・・・。

同情心でもない、悲壮感でもない、喪失感でもない、なんとも言えない重いものが圧し掛かってきて、しばらく気分が沈んだ日々を過ごした。
その人が持つ経済力や社会的地位だけとは言え、羨望視していた人が金銭苦で自殺した・・・その厳しい現実をどう受け止めて消化してよいものやら・・・私の心は完全に消化不良を起していた。
そして、それを消化するのにかなりの時間を要したのである。

作業的なことでは経験を積みながら随分と鍛えたれ、神経もズ太くなって打たれ強くなっていた私だが、知人の死についてはかなり打たれ弱いことが自分自身の中で露呈した。
(もちろん、今は立ち直っているからブログに書いている訳だが)

結局、不本意ながらもその現場の特掃依頼は入り、作業を実施することになった。
本当は行きたくなかった。
でも、仕事は仕事、依頼者に対しても責任があるし、お金をもらう以上はプロとしての仕事をやってみせるのがスジ。
更には、自分自身に「こういう現実から目を逸らして逃げてはいけない」という自戒の念が働いた。
仕事を通じて依頼者をサポートするのが私の責任なのに、当の私が逃げていたのでは話にならない。
依頼者である遺族や関係者は、逃げたくても逃げられないのだから。

現場では、とにかく無心で作業した。
いつもより、無意識に急いでやったように思う。
写真はもちろん、名前がでているようなモノもあえて見ないようにして作業を進めた。
普段は、無神経に見えるくらいの態度と雰囲気で仕事を進めるのだが、「故人が知人となると、ここまで気が重くなるものか・・」と重い気分と新鮮な感覚が交錯した。
故人には申し訳ないけど、少しは遺族側の気持ちを体感することができて、私にとってはいい薬になったかもしれない。
そして、自分の弱い部分が自覚できたことも収穫と言えば収穫。

更に、「あれだけ自分の人生に自信を持ち自分の生き様を自慢していた人が、最期をこういうかたちで迎えることになるなんて・・・」「先々のことは本当に分からないな・・・」とあらためて痛感した。

自殺志願者の気持ちは少し理解できる。
無責任なことを言うようだけど、とりあえず空気を吸い、何かを食べ、雨時々曇りの人生でも、惰性でもいいから、もう少し辛抱してこの世に存在してみたら、意外なところから陽が照ってくるかもしれない。
本当は、いくつかの道がまだ残っているのに、余計なプライドとか世間体とか怠け心(甘え)等が、自分の歩みを邪魔しているってこともあると思う。
死にたくなったらいつでも死ねる。
でも、いくら生きていたくても寿命ばかりは自分で決めることはできない。

誰の人生も、のんびり晴れた日ばかりじゃないと思う。雨も降れば風も吹く。時には暴風雨が襲ってくるかもしれない。
風雨に曝されるのに耐えられなかったら、雨風が凌げるところへ避難すればいい。
「根性なし」「弱虫」「負け犬」などと罵られても、逃げればいい。
格好悪くてもいいから、逃げればいい。
無理に気張ってビショ濡れになっても、結局、風邪をひくのは他人ではなく自分。


そんなことを考えながら、日々、目まぐるしく変わっていく心の天気に逆らわずに生きられるよう自分を励ましているのである。


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